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速報!家庭連合がまた削除したぞォ~ 

露わになってきた統一教会(家庭連合)の真実(8)

 「徳野執行部諸君に糺したい!」  「君は金明運を知っているかい。今は顯進派の幹部らしいよ!」 で、<統一教会教団内部ビデオ 母の国使命完遂 結団式>の動画を紹介した。

 2つの記事の動画のスタ-トをクリックしてもらいたい。
なっ、な、なんと!
「この動画は再生できません」

 いつものように,家庭連合がyoutube にクレームをつけ、削除となったのであろう。露骨だよなぁ。

 しかし、削除を知った誰かが復活させた。優秀な人(仮にAさん)がいるものである。感心するし、心から拍手を送りたい。
 なお、2点付言しておく。
 前回の記事の投稿欄で、MIKADONさんが「歴史の証人」と題して、
「 この動画は、いい意味でも、悪い意味でも、教会内でどんなことが行われていたか、歴史的に良い証拠になるでしょう。アップ、公開してくださってありがとうございます。米本氏に感謝いたします」
 この謝辞は、Aさんに贈られるべきものだと思う。
 もう1点。削除-復活の情報を教えてくれた方に。ありがとうございました。

 <統一教会教団内部ビデオ 母の国使命完遂 結団式>の動画

 この動画の何がまずいと著作権者(家庭連合)は思ったのか。

「私が持っているこの所有が天のものであるかサタンのものであるかそれをはっきり知らなければなりません。天のものとして分別しておかなければなりません。ですから所有権を転換しなければなりません。
 所有観念を はっきり はっきり はっきり 悟らなければなりません。
 天の側に立つことができないならば、私の先祖すべてを殺す立場になる。私の後孫たちをすべて殺してしまう立場になります」


 家庭連合(旧統一教会)の教えをストレ-トに話しているだけではないのか。何がまずいのか。天に分別された現金を目の当たりにした真のお父様は大いに喜んだではないか。
 いま現在は、天の金は真のお母様の清平事業(換言すれば「コンクリ-トと鉄骨」)に投資されている。素晴らしいことだ。まずいことは全くない!

 それなのに、どうして?

 家庭連合はいま新たな信者獲得作戦をやっている。
「ファミリー礼拝」とか「オープン礼拝」とか呼ばれるキャンペ-ンで、新規の客をゲットしようというものだ。全国的にやっていて、日本海のある地区では400人イベントを成功させるために頑張っているとか。
 新規(金持ち寡婦)をゲットすれば、最後には「あなたの所有が天のものであるかサタンのものであるかそれをはっきり知らなければなりません」と、間違いなくやる。
 しかし、最初の頃に動画をみられてしまうと、ドン引けだ。(ああ、最後にはこういうト-クかぁ)

 数十年前の構図と全く変化がない。
 徳野さんや近藤さんたち。また2人らの上にいる韓国人さんに告げる。
 オイラはしつこい。また削除したら、また誰かが復活する。オイラはそのつどブログに載せる。で、結果として目立つことになる。バカ丸出しである。
 
動画を拡散すべきとと思われた方は
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「介護日記」
 「うちに犬がやってきた!(2)」
 「入れ歯のスペア。goutさんに心から感謝です」 


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コメント

オープン礼拝はしても閉鎖的な体質は変わらない

オープン礼拝はしてもネットは見るな、信じるなというクローズぶり(笑)

この時代にネットを見ない人と言えば限られています。高齢のかなりのアナログ人間でしょう。しかし教会とはいえ若者はネットと共に生きているだろうに、批判的な物は見ないか見ても頭の中で悪い物だと削除する指導でしょうか。そこは堂々とオープンに反論しないんですかね。
 
どう考えても新規伝道が広がる見込みはないですがオウムでさえ新しく伝道される人がいるようですからレアな人はいるんでしょう。孤独な藁をも掴みたい人間に甘い言葉で近寄るのでしょうか。

しかし教会は氏族伝道を広める目標があるようだし、いい加減自分達のやってる事が時代遅れであり、嫌韓の風潮が広がる今受け入れられない体質だという事を悟り、せめてまともな人が改革してほしいです。心ある議員はこの団体の日本を貶める行為を監視、注意すべきだが票欲しさにすり寄っていく議員も多い。そこを上手く教会幹部達は利用していますね。

韓国の愛国無罪は異常ですが、左翼思想が根深いこの国で何でも自由を認めていたら国が滅んでしまう。せめて批判する自由を行使しなければと思います。

家庭連合は、日本と日本国民にたいして、名誉毀損

>動画を拡散すべきだと思われた方は!

この動画にも、うまく、入っています。また、「火の粉ブログ」にアップされたので、今後、多くの信者の目に触れることでしょう(拍手)
家庭連合は、米本氏に対して、名誉毀損とか、記事や動画の削除を要求しても、それらは、全くの本末転倒で、名誉毀損や謝罪すべきは、家庭連合やオール統一ではないでしょうか。
日本と日本国民にたいして、どれだけ、傷つけているでしょうか。文教祖の数々の日本への侮辱発言、法外な集金活動などなど。献金問題に派生する自死や貧困問題などなど。個人が勝手にやったこととして、済まされる問題でしょうか。


・宗教チャンネル:ほんと気持ち悪い韓国系宗教 統一教会 10分

https://www.youtube.com/watch?v=yIKN3HX1zpk

>より責任が重いのは、今はサ教会の劉大行と江利川である。お2人、見解を伸述べなよ<

劉氏や江利川氏は、文教祖から、日本人信者にたいして、法外な天文学的犯罪レベルの高額献金をするよう、直接命令されていた。証拠の文言あり。
それで、文教祖に絶対服従の韓国人幹部と日本人幹部が、文鮮明が命令したごとく、一般信者に命令し、結果的に信者から献金をとりまくったのである。

サ教会に鞍替えした信者は、文教祖が亡くなるまで、家庭連合にいたのだから、非社会的な犯罪レベルの集金活動に全員参加していたのである。
なのに、今では、高額献金の問題は、家庭連合や韓鶴子氏がしたかのように、批判している。サ教会でも行われている先祖解怨や先祖祝福式も、霊感商法と同じ類である。
日本の国体、伝道や文化歴史を、徹底的に侮辱している文教祖や7男に託して、先祖が解放されるわけはなく、むしろ、父祖の名誉を傷つけているのである。日本人の恥である。

・文教祖の日本の滅ぼし方(1~3)
https://ameblo.jp/chanu1/entry-11956364107.html

・ハゲタカ同様、日本全国民の貯金総額1200兆円を狙っていた文教祖
(文教祖が江利川氏に、問いかけている)

https://ameblo.jp/chanu1/entry-11607307415.html

・サラ金から借りてでも、献金を取り立てろと命令したのは、文教祖だった(文教祖が劉氏に問いかけている)

https://ameblo.jp/chanu1/entry-12007898051.html

恥部を隠す。

堕落した人類始祖は、罪を犯した恥部を無花果の葉で隠した。
と原理が教えているところです。
教会も恥部だと思ったから、動画を削除し、隠したのでしょう。

面白いですね

教会本部の人が見てる証拠ですね。
見てる側が先読み出来る範囲の行動かと。
わかりすぎて、滑稽です。
家庭連合側が、もっと説得力のある、効果的な動画など拡散出来たら良いのでしょうけれど。
残念ですね。
  • [2018/05/27 13:24]
  • URL |
  • オズの魔法使い
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

早速消されましたか

ハッキリ最初にカモたちへ見せていただきたい画像なのに、また消されちゃうのかな?

http://www.nicozon.net/watch/sm20578836

これは、消されにくいカモ。


新興宗教は、ほとんどが入り込んでみると・・・いや、カルト統一教会(隠された入り口に注意!)は別格の恐怖を感じられます。

お試ししたい方は、URLを見てからハッキリハッキリこのカルトに全部ぜんぶ~貢献すると決めてからがいいでしょう。

ただし、このカルトは反日教義が、
元になっていますので、関われば関わるほど日本を貶めていきます。
知ってからカモ信者になってくださいねぇ~。



歴史認識まるで嘘のカルト!

それと・・・アダムエバの話、おとぎ話ですからぁ~おとぎ話はおとぎ話なのです。聖書の元になるおとぎ話有りです、ハハッ


一族は、どうして服を着て隠してるのかなぁ~。
素っ裸で生活するべきなのが一族なんじゃないの?
原罪ありませ~~んの一族は見本を示してくださらないといけません。
それとも、袖の下や下半身で悪いことして来たから見せられないの?
早く(自称)メシヤ一族は、裸族一族になりなさぁ~い~♪

大嘘付き一族は裸族になるのが無理ならゼロになればいい!
裸族になる最適な場所は、「清平」かもね?

アメリカ人になってないで早く韓国へ帰化してください。アダム国家、神が選ばれた韓国へお帰り下さい。ハングルが共通語になって行くと言っていた教祖でしたので、孫たちのハングルは素晴らしいのでしょうから、韓国へすぐ帰化しても問題ないですよね?
いつまで天使長国家に居座る気なのですか?そこは、アダム国家ではございません。

文龍明が兵役逃れしたことを、蕩減するためには、
一族全員祖国韓国へ帰化して、兵役義務果たして愛国心を示さないといけませんよね。
そんな孫たちを、文龍明は望んでいると思います~。

続くな、いつまでも

葉っぱで隠し、
嘘をつき、
心を蹂躙する。
全部見られてるのに。
創世記話から全然変わってない。

劉大行と江利川???

劉大行と江利川??
その前に古田 大塚 小山田 大量まとめて アボジの日本入国していただけなくなった元凶がいるでしょう!!!
ご入国できていれば変わったものを あなたたちが呆けて お父様のご入国を拒んだんでしょう!
あなたたちは 責任転嫁し 彼らと同罪であることを忘れておられる!!
いつも誰かのせいにする 卑怯で間抜けな奴隷だ!!!

隗より始めよ。

説教をしているご本人および、
教会の会長はじめ、幹部、公職者の皆様、
この説教にあるように、所有権転換をしているのでしょうね。
是非におうかがいたいところです。

献金搾取説教の間違いについて

(「国家メシア記念礼拝」の文字起こしより)
>私が持っているこの所有が天のものであるかサタンのものであるかそれをはっきり知らなければなりません。天のものとして分別しておかなければなりません。ですから所有権を転換しなければなりません。
 所有観念を はっきり はっきり はっきり 悟らなければなりません。
 天の側に立つことができないならば、私の先祖すべてを殺す立場になる。私の後孫たちをすべて殺してしまう立場になります。

 米本さんが上記の文章となった「礼拝説教」を見て「ヤマギシ会より最悪なのは当然だとしても、オウム真理教より100倍もレベルが低い。」と感じるのは当然です。
 私は当時それと同じ内容の説教を聞いた記憶はありませんが、それと同じような理屈を用いて信者に献金を迫る教団のリーダーの話は様々なところから耳に入っていました。
 当時、現役の信者であった私でさえ「統一原理」を無視した露骨な献金強要で、問題であると思ったのですから、非信者である米本さんがその狂った説教を聞いてどのように思うかは想像できます。
 統一教会信者の内、内容がまともな「創造原理」などが理解できない‘知的レベルが低い’信者は上の説教が「復帰原理」(以前の私のコメントの説明を参照)に沿った内容の説教であると思うかもしれませんが、統一信者であってもまともな知性が働く人は上の説教がお金集めのためのこじつけ説教であることは直ぐに見抜けます。

 米本さんには違和感があると思いますが、あえて統一教団用語を用いて上の説教に反論すれば次のようになります。

 統一原理の理論的柱となる「創造原理」には「万物の所有権」に関連する記述があり、そこには「天」は「万物の所有権」など主張するはずがないことが書かれているのです。

<それでは、宇宙は何のためにあるのであり、その中心は何であるのだろうか。それは、まさしく人間である。故に、神は人間を創造されたのち、被造世界を主管せよ(創世記1・28)と言われた。もしも、被造世界に人間が存在しないならば、その被造世界は、まるで、見物者のいない博物館のようなものとなってしまう。…もしも、そこに、その中心となる人間が存在しないとすれば、それらは一体如何なる存在意義を持つであろうか。…>(第一章 創造原理・第二節・(三)・(4)より)

 上に引用した原理講論の文章にある被造世界とは宇宙すべてのことであり。それを教団では万物と呼んでいます。
 教団は資金集めのことを「万物復帰」と言っていますが、お金は人間社会の環境に存在する全てのもの(万物)を獲得することができるものでもあるので、万物の象徴となります。
 ところが引用した文章にあるように神は人間のために宇宙、即ち万物を創造したのであり、万物は無形の神にとって存在意義を持たないもの、つまり所有する必要のないものとなるのです。
 普通に考えても「天」が、即ち神が万物(お金)の所有観念を持つなどあり得ないことだとわかるのですが、教団の教理の支柱である原理講論の「創造原理」にもそのことが明確に書かれているのです。
 宇宙即ち万物が必要なのは人間なのであり、神は「原理(宇宙の根本法則)的」に考えても万物などあえて要求するはずがなく「所有権」などというものを主張するはずもないのです。

 そのように「創造原理」には宇宙、万物が神にとっては存在価値がないものであることが書かれているにも関わらず、何故引用した説教にあるような間違った「原理」が教団内で語られ、それに日本の信者が黙って聞き従うのか?‥そこにこそ教団の本質的な問題が隠されているのです。
 米本さんは私が以前書いたコメントの中で使った『幼稚思考の壁』を問題視し、その言葉を使わぬよう要求されていましたが、統一教団内で行われていること、語られている説教、また信者同士の会話の異常さを理解しようと思えば、『馬鹿の壁』、『幼稚思考の壁』による思考障害を考えない限り、絶対にその問題の本質を理解することができません。
 その言葉は決して上から目線で頭の悪さを見下して書いているのではなく、そのように表現せざるを得ない心理的障害が実際に信者の心に存在しているのです。

 当然その「思考を妨げる壁」は私が現役信者だった当時も私の中に存在し、教理に対する深い追究を妨げていました。
 しかし、社会から様々な情報を得ることや自分の感情そのものを客観視することによって純粋な思考力が働くようになり、頭の中にあった情報がすべてつながるようになり、「思考を妨げる壁」を超えることができるようになったのでした。
 その「思考を妨げる壁」とは主に‘感情的な拘り’から生み出されるもので、自分の心に完結した感情の構造が出来てしまうと、その心的構造は内的障壁となって純粋な思考を妨げるようになるのです。
 そしてその‘感情的な拘り’によって純粋な思考ができなくなった人間は自分が考えることに矛盾があっても気にならなくなり、「それには何か深い訳がある」「霊界の事情」などと理屈に合わぬことまで言い出すのです。

 「思考を妨げる壁」を生み出す‘情的な拘り’はその個人の生育環境と大きな関りがあり、特に親子の愛情関係が大きく影響していると思われます。 
 また、その育った社会の文化に影響されるのも当然であり、日本などとは違った文化を持つ朝鮮半島の人々は特に‘感情的な拘り’が強固であるのを感じさせられます。
 朝鮮半島の人々が受け継ぐ恨の文化はその‘感情的な拘り’の一つの表れであり、その悪い影響は統一教団内においても様々なところで見られます。
 今回の記事の主題である統一教団の韓国人幹部の説教にもその‘感情的な拘り’が根本にあるのがわかり、その感情の歪みが故に本来の「原理」と矛盾することまで口に出しているのです。
 韓国人幹部が日本家庭連合本部も隠したがるような低劣説教をしたのは もちろんお金をたくさん集めるのが目的だったのですが、その狂ったように熱弁する中には明らかに強い‘感情的な拘り’が見て取れるのです。

 純粋な知性の働きが鈍り、‘感情的な拘り’に支配された人間は抽象的な内容の思考が苦手になり、抽象的な概念にまで感情移入して物事を語るようになります。
 そのことが今回晒されたビデオの説教にも見られ、「私が持っているこの所有が天のものであるかサタンのものであるかそれをはっきり知らなければなりません。」などという‘迷言’まで生み出しています。
 そのような愚言を放つ感情の背景には朝鮮半島の人々の70年以上前の日本統治時代に対する「恨」が明らかに存在すると思われますが、その虚言に反発せずに神妙になって聞き従っている日本人信者たちもやはり異常です。
 その背景にもやはり‘感情的な拘り’があり、人間としての純粋な思考が働かなくなっているのは確かなのですが、その感情がマゾヒズムと低通するものであることは十分考えられます。
 ネットのWikipediaにあるマゾヒズムの解説の文章には様々な問題があるようですが、以下の説明はとても鋭く、秀逸だと思います。

(Wikipedia-マゾヒズムより引用)
<ドイツの社会心理学、精神分析学者であるエーリヒ・フロムは、著書「自由からの逃走」において、サディズムとマゾヒズムは本質的な部分において完全に同質な存在であり、自己実現をあきらめた人間が、他人に対して病的に従属しようとし、相手に対して歪んだ依存心を抱いてしまうとその結果発生するものであるとした…>

 以前コメント欄に私が書いた「“蕩減復帰原理依存信仰”はマゾヒズムとも共通点があります。…」に対して米本さんから分かりやすい説明を求められましたが、上のWikipediaはその一つの回答となっています。

日大アメフト部のタックル問題と霊感商法

今回のブログ内容と関係ない?
いや、自分は大いに関係あると思っております。
神様の摂理?警告?

今回の日大アメフト部の反則タックルですが、論点は選手が勝手にしたか?監督やコーチの指示で行ったのか?、そして監督やコーチが反則を容認してまでの指示だったか?になっております。

一応、監督もコーチも「QBを潰せ」と指示した事は認めております。
しかし、それはあくまでフェアなプレー内での指示だったと言う言い分を貫き通しています。

しかし、当該選手の真摯な記者会見により、「どんな手段でも(反則してでも)相手を潰せ、次の試合に出れなくさせろ」と言う指示があった事を告白しています。
実際、当該選手は最初の反則タックルをしても監督から退場処分されていません。
余りにも悪質な反則を繰り返したので審判によって退場されられた事は皆さんご存知だと思います。結して監督が退場させた訳では無いのです。

しかし、世間はあくまで監督やコーチが反則プレイを公認する指示をしていたにも係らず白を切る態度に怒りを覚えているのです。被害者の関西学院側もそう捉えています。


これは家庭連合の霊感商法の対応と瓜二つです。

信者が勝手にやった?
違法な(反則な)献金指示はしていないという教団責任者の弁。

日大アメフト部の監督とコーチが重なる。
しかし、監督やコーチは半分は自らの責任は認めている。
でも、世間様の反応は厳しいですね。日大アメフト部が存続出来るのか?とも言われています。

家庭連合の場合はどうでしょうか?
正直、お天道様、神様はもう家庭連合は解散して一から出直せ!を思っておられるのでは無いでしょうか?
自分はそんな気がしますね。

神々の黄昏さんに質問です。

 ようやく理解できつつあります。

「蕩減復帰原理」についての質問です。

「蕩減」とは、直截的には借金の帳消し、広げて「罪ほろぼし」のことだと思います。

「復帰」とは「(一時離れていたものが)もとの位置(状態)に戻ること」
<怪我をして休んでいたが、また復帰した>
 よく目にする言葉である。

 自分の罪をつぐなったことによって、ようやく元の状態に戻った。みんながゆるしてくれたから。
 当然の人間的営為である。

 しかし、「蕩減」「復帰」「原理」がチュ-インガムのように結びつくと・・・。

 献金で生活している連中よ。君たちが応えるべきなのだ。 

原理「講論」さえも解釈でしかないという話

前のページで教理ではなく、教義と書いてよかったと、今、つくづく思います。教義解説書が”講論”となっていること、堕落に関する記述が堕落”論”となっていることなど、真理そのものでなく、解釈を記述し、規定しているためだと逃げを打っているのでしょう。自分は原理講論の内容がもともと教団が教えていた原理だと捉えるべきだとする立場なので。


創造目的の項より抜粋
神は自ら創造された被造物が、善の対象となることを願われたことが分かる。

~そこで、神はアダムとエバを創造なさったのち、生育せよ、繁殖せよ、万物世界を主管せよ(創一・28)と言われたのである。この三大祝福のみ言に従って、人間が神の国、すなわち天国をつくって喜ぶとき、神もそれを御覧になって、一層喜ばれるということはいうまでもない。

~神が被造世界を創造なさった目的は、人間をはじめ、すべての被造物が、神を中心として四位基台を完成し、三大祝福のみ言を成就して、天国をつくることにより、善の目的が完成されたのを見て、喜び、楽しまれるところにあったのである。

~(二) 神の喜びのための善の対象
神の創造目的に関する問題を詳細に知るためには、我々がどんな状態にいるときに、喜びが生ずるかという問題を先に知らなければならない。喜びは独自的に生ずるものではない。無形のものであろうと、実体であろうと、自己の性相と形状のとおりに展開された対象があって、それからくる刺激によって自体の性相と形状とを相対的に感ずるとき、ここに初めて喜びが生ずるのである。

~神の第三祝福は、万物世界に対する人間の主管性の完成を意味する。人間が祝福を成就するためには、神の形象的実体対象である人間と、その象徴的実体対象である万物世界とが、愛と美を授け受けして合性一体化することにより、神を中心とする主管的な四位基台が完成されなければならない(本章第五節(二)参照)。

~そして、神はこのように、人間と万物世界とが合性一体化することによって、神の第三対象である被造世界によって、神自体の本性相と本形状に対する刺激的な感性を相対的に感じて、喜びに浸ることができる。


創造原理では天地万物の創造が、完成した人間と万物により地上天国ができ、喜ばれるためにされたと説いています。言い換えれば、これ(完成人間による万物主管)なくして神が喜ばれることはないということです。


堕落論・第四節 人間堕落の結果より
彼らが未完成期において堕落し、サタンを中心とする四位基台をつくったので、この世界はサタン主権の世界となってしまったのである。それゆえ、ヨハネ福音書一二章31節には、サタンを「この世の君」と言い、またコリント・四章4節においては、サタンを「この世の神」と言ったのである。このようにして、サタンは、被造世界の主管主として創造された人間を逆に主管するようになったので、彼は被造世界全体をも主管するようになったのである。ゆえに、ロマ書八章19節には、「被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる」と記録されている。これは、万物が完成した人間の主管を受けることができず、サタンの主管を受けているため、そのサタンを追い払って、自分たちを主管してくれる創造本然の人間が現れることを願っているという意味なのである。


堕落論には人間堕落によって万物もサタンに主管されるようになったと書いてあります。主権者であり、主管主ならば、所有者と言い換えることができるのではないでしょうか。教祖自ら所有という表現を使っていたと思います。統一教会の摂理観は原理講論の創造・堕落・復帰を踏襲して初めて説明されるものです。
今の教団(現、家庭連合)はこれ(原理講論)を踏襲する立場でないので韓氏の時代から、王朝や、歴史解釈が変わり、宗教的に完全な別物に変容したと言えるでしょう。


因みに教団の使う万物という言葉は、文字通りの森羅万象の万物でなく、人間の営為活動全てという意味合いで捉えるべきです。これは講論の堕落、復帰の理論が、人間の責任分担論に関わる内容だけに限定して組み立てられていることに起因するのでしょう。この言い替えから自分は共産主義の修正を想起するのですが。

Re: 日大アメフト部のタックル問題と霊感商法

>今回のブログ内容と関係ない?
いや、自分は大いに関係あると思っております。

 当然ありますよ。

 次の記事を読んでくださいな。
●教育部長の講義日記
●初動対応の躓き
http://kitasendo.blog12.fc2.com/blog-entry-2213.html

 この献金で生活しているオッサンは島根県の人。郷土の恥である。

Re:神々の黄昏さんに質問です。

>しかし、「蕩減」「復帰」「原理」がチュ-インガムのように結びつくと・・・。


 米本さんからの「蕩減復帰原理」に関する質問については、その疑問が生じる理由がよくわかります。
 統一教団で使われる言葉は一般社会の定義を無視して使われるものが多く、それは経典の原理講論においてさえ同じです。
 その原因は韓国人によって生み出された教団であるのと、経典も韓国人によって書かれたものであるためと思われます。
 私が原理講論の講義を初めて聞いたのはまだ二十歳前で、頭もまだ未熟でしたから、哲学的な内容をもつ言葉を完全に理解することはまだできませんでした。
 しかし、統一教会の教理に矛盾を感じるようになってから、改めて教理用語の一つ一つを追究し直した結果、その言葉は一般社会や学問の世界では通用しないものであることがわかりました。
 もし、宗教・哲学全般について高度な専門的知識をもった人が原理講論や文教祖の説教集などを読んだとしたら、そこに書かれているのは論理性に欠けた未熟な宗教論であることが直ぐばれたと思います。
 つまり、知的に優れ、知識も豊富な人が読めば、その教団の書物には決定的に知性が欠けているのがわかってしまうのです。
 そのような宗教書を米本さんが時間をかけて読むとは思えませんので、「蕩減復帰原理」に関する質問について、ここで簡潔に答えようと思います。

 「蕩減」「復帰」については米本さんが書かれた通りで、理解するのはそれ程難しくありません。
 しかし曲者はやはり「原理」なのです。
 通常、「原理」は根本法則、基本的な仕組み、などを意味しますが、統一教会の場合は宗教的な解釈が加わりますので、一般社会とはやや異なる意味でその言葉を捉えます。
 つまり、神が定めたもの、あるいは神から派生した法則として「原理」という言葉を使います。
 もし、神を不可知の存在、人間を超越した認識不可能な存在として理解しているならばそこに問題は起こらないのですが、統一教会は神を擬人化し、人間とほとんど変わらぬ人格神として捉えるため問題が生じるのです。
 神を人間のような人格神として捉える統一教会は「原理」についても一般的な解釈ではなく、人間が考え出した規則、行動の仕組み、と同じような意味合いで捉えるようになり、軽々しく、至るところでその言葉を使うようになるのです。

 「蕩減復帰原理」にある「原理」はそのように手軽に使われた言葉の一つで、本来の「原理」がもつ意味とは異なります。
 そこでは、規則、物事の仕組みというような意味で「原理」が使われており、原理講論に書かれている内容を的確に表すならば「蕩減復帰手法」というような言葉にできるはずです。

 以上のように使っている言葉からして適切ではないため、教義として出てくる用語を一般人が理解するのは大変なことなのですが、内容は単純なことである場合が多いのです。
 「蕩減復帰原理」は原理講論用語で「信仰基台」「実体基台」を造成するという「蕩減」の仕組みのことであり、人類始祖が堕落した原罪を「蕩減復帰」するために行わなければならない‘規則’を意味しています。
 「実体基台」については、米本さんも統一信者のブログで見かけることも多い「アベル・カインの関係」と関連した内容で、簡単に言ってしまえば、神から遠い「カイン」はより神に近い「アベル」に従順屈服し、心情的に一体化せねばならないということを意味しています。
 つまり、統一信者が頻繁に使う「アベル」という言葉は単に上司を意味するのではなく、「原罪」を「蕩減復帰」するために従順屈服せねばならない「より神に近い人」という意味なのです。

 「蕩減復帰原理」は抽象的な「原理」を意味する言葉ではなく、具体的に信者が原罪から救われる‘法則’‘手法’を示しており、信仰生活に密着した行為について述べた言葉です。
 その言葉は一見難しい抽象的な言葉に見えますが、実際は異なり、内容は信仰生活について指導した規則のようなもので、一歩間違えば「カルト」宗教として教団が危険性をもつようになる原因となるものです。

 因みに、その言葉と密接に関連した「蕩減復帰摂理」という言葉がありますが、そちらも大変問題が多い教団用語で、以前米本さんが、統一教団の信仰する神には「全体神」と「個人神」があると錯覚してしまったのも、その「蕩減復帰摂理」という教義が関係しています。
 その教団用語については、また機会がある時に説明したいと思います。

若干の釈明です。

 前投稿「神々の黄昏さんに質問です」は、唐突だったかもしれません。

 説明します。

 非開示投稿で次のようなコメントが入りました。あのヤクザ的演説動画を受けて。

「復活論、蕩減復帰について
「蕩減復帰原理依存信仰」の理解について

「教育部長」さんが、
悪霊の再臨復活に関して分かりやすく説明しておられます。

http://kitasendo.blog12.fc2.com/blog-entry-2212.html

既に参照しておられるかもしれませんが、「悪霊の業を甘受」することで、地上人も、悪霊人も同時に罪の精算がなされるということです。

言い方を変えれば、
常識的には不幸な出来事であっても、感謝して甘受すれば幸福に転換される、
ということです。

イエス様が、
「右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ」に通ずる内容かと考えます。


「言い方を変えれば、常識的には不幸な出来事であっても、感謝して甘受すれば幸福に転換される、ということです」

 教育部長の長文の要旨が上のようなものであれば、最低最悪、悶絶死です。
 
 小生、北朝鮮に飛び、人民に演説します。
「不幸な出来事であっても、感謝して甘受すれば幸福に転換される」

 蕩減復帰原理とか統一原理とかは、こんなバカなことを宇宙語を使ってグジャラグジャラしゃべっているのだろうか。

非開示投稿について

 返信不可能な非開示投稿があると、取扱いに困ります。

「絶対に公開しないでくれ」とか書いてあれば別ですが。
 せっかくいただいた投稿を、批判というか斬るのは切ないものがあります。

 今度、「非開示投稿」に関する注意事項を明らかにします。

Re:若干の釈明です。

 「蕩減復帰原理」について米本さんが質問された理由が上のコメントよりよく理解できましたので、それに対する返答も書いておこうと思います。
 まず、その非開示投稿に書かれた内容は米本さんのコメントに示されたブログ記事を根拠に書かれているということですので、その問題の‘教育部長の講義日記’ブログの記事を読んでみました。
 すると、そこには確かに問題がありましたので、反論を書いておきます。

(‘教育部長の講義日記’ブログより引用)
<このような悪霊たちも、やはり再臨して時代的恵沢を受けるようになるのである。しかし、悪霊人たちの業が、みな再臨復活の恵沢を受けられるような結果をもたらすのではない。その業が、結果的に神の罰として、地上人の罪を清算させるような蕩減条件として立てられたときに、初めてその悪霊人たちは、再臨復活の恵沢を受けるようになるのである。

この場合での地上人の役割は、
「悪霊人が与える苦痛を当然のこととして喜んで受け入れる(これを甘受という)」
ということです。>

 上の文章の前半部分は原理講論から引用したものですが、一部の文章だけを抜き出しているため、その文章だけを見ると誤解が生じることもあり、原理講論に対する正しい理解とはなりませんので、その原理講論の文章の前後に書かれた内容と合わせて読み取る必要があります。
 まず、原理講論には「悪霊人たちの業」とありますが、もとより悪霊人なるものがどのような存在なのか実証されてもいないので原理講論自体が説得力に欠けます。
 そして、それはとても分かりずらい表現であるためどのようにも解釈できてしまいます。
 おそらくそれは大きな罪を犯すなどして人格が悪化して死んでいった人間の霊のことだと思いますが、「悪」の定義も決して簡単ではないので、「原理」を語る場合に用いる言葉ではありません。

 ただ、そこに書かれた内容はバラモン教や仏教などが教える「カルマ」と共通性があり、特に異常な「原理」というわけではありません。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%AD

 問題はその原理講論の引用の後に書かれた‘教育部長’氏の文章であり、その記述には誤解を生む危険性があります。
 つまり、原理講論の引用文はその前後と関連付けて読まねばならず、「悪霊人たちの業」がなされるのはあくまで「悪人たち」に対してであり、誰にでもというわけではないのです。
 原理講論には霊人は相対レベルが合う人に再臨(憑依)するという内容が書かれており、罪を犯した「悪霊人」であれば同じような罪を犯した地上人に再臨することになるのです。
 従って、そのことを明確にせず、「地上人」とだけ書いている‘教育部長’氏には問題があるのです。
 普通に考えても、悪いことをした人間が苦しみを受けざるを得なくなるという理屈は納得できるものでありますが、どんな人であっても「悪霊人が与える苦痛を当然のこととして喜んで受け入れる(これを甘受という)」と書くと捉え方が全く変わるようになり、まさにマゾヒストの論理となってしまうのです。
 ‘教育部長’氏が「悪霊人が与える苦痛」を受けるのが「悪人」であることを書かず、「地上人」としたのは大問題であり、原理講論の内容を大きく歪めることになります。
 確かに、原理講論には間違いも多く、用語も非学問的なものが多いですが、それをさらに変に解釈する‘教育部長’とやらは人間として問題があります。
 米本さんが島根の誇りなら、彼はまさしく島根の恥です。
 よく恥ずかしげもなく「教育部長」を名乗るものだと呆れてしまいます。
 流石、「カルト」教団職員といったところでしょうか…

 ということですので、以下の主張も同じように原理講論を正しく理解していない内容です。
 
<既に参照しておられるかもしれませんが、「悪霊の業を甘受」することで、地上人も、悪霊人も同時に罪の精算がなされるということです。

言い方を変えれば、
常識的には不幸な出来事であっても、感謝して甘受すれば幸福に転換される、
ということです。>

 その原理講論に書かれた復活論の内容は心霊主義について書かれた以下の解説の方がもっと説得力があり、理屈として納得できる内容でもあります。
 原理講論の内容は他の心霊主義などが説く高度な内容と比べてまだまだレベルが低いものです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%AD
<スピリティズムにおいて、自由意思は負債の原因であると同時に救いを可能にするものであり、個人が救済されるか否かは全て個人の自由意思次第であり、救いは慈善活動、他者救済のみによって可能となる。>

 最後に、もしこの原理講論の復活論をもとに韓国人教団幹部による献金強要説教を正当化しているのだとしたら、絶対に許せません。
 「蕩減復帰原理」の観点で人間が乗り越えねばならない人生で巡り合う悲運とは不可避の運命のことであり、他者が意図的に行う犯罪行為は別問題です。
 もし、自分が受ける犯罪行為に対しても甘受してしまったならば、それは相手に罪を犯させることになり、「蕩減」どころか新たな悪を生み出すことにもなるのです。
 もし、‘教育部長’氏が韓国人教団幹部の搾取説教を擁護するために原理講論の「復活論」を持ち出したのだとしたら宗教人として万死に値します。

神々の黄昏さん、感謝です。

 このテ-マは再度、アップするつもりです。
 取りあえず、感謝感謝です。

 いろいろ溜まってきました。
 本日の公文をアップします。

消せばいいってことですか(何か深いものを感じる

動画はかなり不快なもので、教会としても見られてはいけない、見てもらいたくないものではあるでしょうが。
誰がやったにせよ、削除して済まされるなんて。さすがだー、と思いました。
また、以前こちらの記事を読ませていただいたときに、
教会が十数年来変わらない状況に、唯一変わったのは拉致監禁がなくなった、
というような一文があったように思ったのですが、、、。

拉致監禁は本当になくなったのか?今後はないのか?疑問が消えません。
将来において拉致監禁はおきない、と言い得る根拠はいったい何なのでしょうか?

さすがに後藤さんの裁判があのように決着しているのに、まだこれをやろうと企てようとするアホはいないと思うのですが。
ひょっとして知らないだけでまだ監禁されている人いないでしょうね?とも考えたりして、、、。
いたらゾッとする話ですけど。いないと言い切れるんでしょうか。

この辺の疑問に教会がスパッと回答できるなら少し信用できるんですけど、拉致された疑惑のある人のその後を内部だけでも公式的に明らかにできなかったのだから、ここがまた無責任すぎる。

関連施設の出来事だ、その団体だ、ということで、教会は関係ないといいたいのかもしれませんが、一般人はもやもやする。
(全体的に超個人的な分析でおそらく精細さを欠いていることをお詫びいたします。)
このような感想をいだきつつなんじゃこりゃーなネタ毎回楽しみです。近々終わりそうな気配を感じるこの頃。
平和になって良かったかもと複雑な心境です。

アベルの間違いを正す法

悪霊再臨協助について

至らない責任者が立てられるのも悪霊の再臨復活の意味があるとは説明するでしょうね。ただ、摂理のための献金は絶対に善で、悪であるとはなりません。
また、ローマ人への手紙3章10~12節の「義人はいない。ひとりもいない。悟りのある人はいない。神を求める人はいない。すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。善を行う人はいない。ひとりもいない。」を引用すれば、メシヤ以外の全人類に当てはめることができるわけです。

(リアルな話です)所属している部署でアベルの誤りを正す法についての現場での考え方です。

①よく祈ってアベルのアベルに報告、相談する。
②アベルもみ旨(神の摂理を進めようとする神の御心或いは願い)に答える為に行っているならば、目的は勝利(与えられた部署の与えられたノルマを達成すること)出来る。不条理だと思うなら、アベルと一体となって勝利し、アベルのアベルとなるしかない(自然屈服の教え)。

というのが現場で用意された答え。アベルの位置を復帰する為には勝利する(責任分担が献金なら、個人の目標及び部署全体での全額勝利)しかない。献金がどう使われるかは問うな、捧げた人の動機が良ければ、天がその動機を見て良き結果がもたらされる(天に条件が積まれ、いつか良き実を結ぶ)。

…結果、教団運営者を肥え太らせることにしか使われていないわけで…

献金を考え直すことなど絶対にUCでは有り得ません。

さて、家に悪質な詐欺師が来て、この様な事を言ったとする。
「あなたやあなたの子孫の運命はあなたの所有財産をどう考え、使うかで決まる。俺は、神の神託を受け、財欲からあなたを開放する為にきた。今、全財産渡さないと一生後悔するぞ。」

この様な粗悪な口上に、いったいどこの誰が騙されるだろうか。

  (A.日本人食口。命がけで差し出してくれる)

教育部長の講義日記、とやら。。。

日大アメフト部に関するコメント、見ました。

。。。

あの方は、現役公職者ですか?



  • [2018/06/02 11:50]
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