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試論-統一教会の神サマ(個人神と組識神) 

一筆一論(33)

長文です。時間をかけて書きました。ゆっくりじっくり読んでいただければ幸いです。反論を含め投稿を期待しています。

に鋭い、興味深い記事がアップされた。
「統一ブログ村をなくす会」(以下、村なくす会)の「三男派は家庭連合の劣化コピーではないのか?」 である。
 また蛇女のことが出てくるので、「またか」と辟易する人もいると思うが、蛇そのもの(コスモス)はもう終わり。この稿のきっかけになったことは事実だが、記事の趣旨は蛇とは関係ない。
 村なくす会さんの記事によって、私(非教会員)がこれまで漠然と描いていた統一教会員像について整理整頓してみたいと想った。最初に記事の紹介-

三男派は家庭連合の劣化コピーではないのか? (11-06)

 昨日、ブログで蛇女問題について取り上げて、この問題は三男派にとって重要な示唆を含んでいると述べた。
 果たして、蛇女ことコスモス氏に真摯な助言をしてあげた友人はいたのだろうか?
 多分いないだろうなぁ・・・。
 傷口を舐め合うように、正当化してあげた人はいるだろうけど・・・。

 食口は自分が非難された時、それをどのように消化するのか?
 それには家庭連合時代に刷り込まれた「神とサタンを使った脳内ロールプレイ」を使っている場合が多い。
 やり方としては、食口は人から非難された時、非難する人の背後に「サタンがいる」というフレーズを使って、まず非難された内容には向き合わない。

 次に、非難されたことは「神様からの試練だ」とか「神様は本当のことを分かっていらっしゃる」などと思って自分を正当化する。
 結果、反省は生まれない。

 この手法は家庭連合が社会から非難され続ける中で、信徒たちを安心させるために長年使われてきた手法である。

 信徒たちは、社会からの非難の背後にはサタンの力が働いており、それに屈してはならないと教えられた。
 同時に、教会は信徒たちの精誠は神様がご存知だと言って、教会が行なう犯罪行為に向き合わせないようにしてきた。


 このDNAを受け継いだ食口は、自分が非難された時に無意識のうちに同じパターンで自分を正当化してしまう。
 果たして、蛇女とその仲間たちはどうだったのだろうか?
 三男派の人たちは正しい指導者を見つけたので、自分たちも変わったかのように考えているようだが、はたして思考回路が家庭連合時代と比べてどう違うのだろうか?
 万一、家庭連合が悪いと言いながら、自分たちも同じ轍を踏んでいるとしたら、失敗を繰り返している分むしろたちが悪い。

 また、家庭連合では、身内の悪事を指摘することはタブー視されてきた。
 家庭連合を離れた櫻井ファミリーも違法行為や悪事を謝罪してこなかった。
 これができなければ反省をしない家庭連合の二の舞になるのは火を見るよりも明らか。

 三男派が所詮は家庭連合の劣化コピーであるかどうかの判断が、この蛇女問題からも垣間見れる。
(記事の全文引用終了)

非教会員が感じたこと

 かなりアトランダムである。それぞれの断片は相互に関連していると思っているのだが、力量不足ゆえ、体系化できていない。読者が統合化(秩序、体系化)していただければ幸いである。もちろん、「村なくす会」さんの次なる論考も期待したい。
 また、神については無知(まるで興味も関心もなかった)ゆえ、見当違いの見方をしている記述もあるかもしれない。遠慮なく指摘してもらいたい。
 認識がさらに深まれば、蛍の光が流れる頃、卒業論文の1つとして仕上げるつもりである。

(1)「拉致監禁問題」を精力的に告発していたとき、ある食口からある場所で、「感謝しています」と頭を下げられたことがあった。あまりにも真剣な顔つきだったので、ちょっと驚いた。で、記憶に残った。(2007年頃のこと)
 この話を元食口(筑波大原研)にしたら、笑われた。
「その人は、あなたに感謝したのではないのですよ。あなたの背後にいてあなたを動かしている神に感謝したのです」
「その人はあなたの目を見て話しましたか。たぶん、違うと思います。あなたの後ろのやや上を見ていたはずです」
 確かに!

(2)この後に、オウムの青年信者に自宅近くで観誘されたことがあった。
 最初はフレンドリ-だったが、ちょっとばかり苦言(心配している家族を大切にといった趣旨のこと)を呈したところ、突然態度が変って、「おまえには悪霊(悪魔だったかともかく悪い言葉)がついている」
 なぜ、この出来事を書くのか。
 最初に話していたときは、彼は小生の目を見ながらしゃべっていた。ところが、小生を罵倒するときは、彼の目は大きく見開かれ、小生の後ろの方を向いていた。で、思い出したのだ。

(3)ある本部職員に「統一教会の神」についてレクチャ-を受けた。
「一般的に、キリスト教が教える神は人間が知覚できない絶対的存在です。ところが、統一教会の神は人間と同じような感情を持っているのです。たとえば、レンゲの花を見て、その人がかわいいなと思ったら、神様も一緒にかわいいと思ってくれる。悲しい気持ちになったら、神様も一緒になって悲しんでくれる」
<なるほど!知覚も認識もできない超越絶対よりも、ずっと人間的な神様だ>

(4)【参照記事】「寄稿-「非人間的シック大量発生」に関する歴史的考察」 [2015/11/19 13:48]の<統一教会=家庭連合の宗教的な特異性について>
(引用はじめ)
 まず、教会員がよく理解せねばならないのは、ヘブライズムの基本としてあるのは無形の神に対する畏れと、謙虚さをもつということです。
 つまり、信仰を何よりも大切にせねばならないと思ったとしても、信仰の対象は認識することが不可能な無形の神なのですから、何を考え、何を行うにも謙虚にならなければならないのです。
(略)
 ユダヤ教―キリスト教においては唯一神を信仰する態度として神を畏れ、人間には未知の「摂理」というものを宗教活動に置き換えたりせず、常に謙虚だったのです。
 そして人間としては善なる人格を形成することを目指し、他者を傷つけることや嘘をつくことを善しとしなかったのです。
(引用終わり)

 なぜ、ここで「歴史的考察」なのか。
 寄稿文の最初をコピぺする。

ブログ「献金献金で、非人間的食口が大量発生」 で、人格の完成を目指しているはずのシックなのに、いつしか人間性が失われていく-ことを指摘した。統一教会にとっては深刻な話であろう。

金金金!

「金・金・金」

 それについて、神々の黄昏さんがコメント欄で「信仰自体にある問題について」と題して投稿された。私にとっては新鮮な指摘であった。
 そこで、もう少し詳細に述べてもらえないかと、寄稿をお願いした。

73のコメントは秀逸なものが多い)

(5)シックの人間性が失われていくことには、神々の黄昏さんによれば、“統一教会流の”人格神、“統一教会流の”擬人化された神が密接に関係しているという。
<注>あえて“統一教会流の”とヒゲ付きにしたのは、統一教会の神観が神学論レベルに達していない印象を受けたからである。あまりにも恣意的な擬人化、あまりにも恣意的な人格化。(結句、幼ない)

「村なくす会」さんによれば、統一教会が犯罪を行なっても、シックが違法行為を行なっても--、
非難する人の背後に「サタンがいる」
神様からの試練だ
神様は本当のことを分かっていらっしゃる 
信徒たちの精誠は神様がご存知だ

-等々によって、反省は生まれないという。
 神様を親分と言い換えれば、ヤクザ世界のレトリックと全く  同じである。

 シックの人間性喪失と、反省というきわめて人間的な営為の消失。
 これらの根本原因が統一教会流の「擬人化された神」「人格神」にある。つまり「統一教会の神」「文鮮明らが唱える神」だ。
 間違いであれば、ご指摘ください。


(6)統一ブログ村のブログ名で「神」の名がつくもの。
いつも私のとなりに神さま 神と共に生きる真なる息子娘として 神様大好き!神の摂理の真実を追求します kamisamawa-ainariのブログ 神さまとわたしの ~FOOTPRINTS~ 神様と共に 全てが神様の愛 夜の神様 昼の神様
 タイトルだけでなく記事本文でも神・神・神。神のインフレ-ションである。安倍総理と黒田総裁がヨダレを垂らしそうだ。
 統一教会は一神教。信仰する神さまは1つのはず。しかし、ピカピカチカチカ、まるで繁華街のネオンのよう。
 日本にいるたくさんの神サマを知ったのは石原慎太郎の『巷の神々』によってであった。ちなみに、踊る宗教の北村サヨ(山口県)は強烈で、後継者になっていた孫娘さんをタメということもあって(当時、30代だったか)インタビュ-したことがある。確か最初の宗教取材。原稿が載ったのは徳間書店のグランディという雑誌(廃刊)だった。懐かしいなぁ。

(7)話を戻して繰り返す。
 統一教会は一神教。信仰する神さまは1つのはず。OK? 古事記の世界ではないよねッ?
 では、質問したい。是非、考えていただきたい。
「いつも私のとなりに神さま」の松戸教会栗原部長が共にいる神と、「神と共に生きる真なる息子娘として」の櫻井正実さんが共にいる神とは、同じなのか。
(Aさんが抱く神とBさんが抱く神とは-、笑える応用具体例は各自、考えてみてください)
 同じ神だとすれば、栗原さん(家庭連合)と櫻井さん(文3男派)とはどうして意見がまるで異なるのか。
 別だとすれば、統一教会には2つ以上の神がいるということになる。もっと言えば、シックの数だけ神がいることになる・・・。
「いや、奴と共にいるのは神ではなくサタンなのだ」といった声が聞こえてきそうだが、神だ!サタンだ!-となると、お遊戯の世界となっていく。
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(8)統一教会には2種類の神が「ある」(存在、内在)ように思える。
 1つは、「神体験」で現われた神である。(神体験していないシックも少なからずいる)
 オ-ル統一さんは自分たち組識だけの特異な体験と思っているようだが。そうではない。「神秘的体験」「解脱体験」「魔界の世界」など仏教を含め宗教団体各派で言い方はいろいろあるのだが、いずれも同じ体験、意識が変性する体験である。
【参考サイト】「変性意識状態」
【参考文献】『宗教的経験の諸相』『新装版 洗脳の楽園』

 統一さんの場合も、「神体験」によって「神が存在するのは紛うことなき真実」と強く感じ、絶対だと確信する。ただし、神体験はある場面での瞬間的体験であり、何度も体験するシックはいないようだ。数十人のシックに取材するたびに聞いたが、1人を除いてだいたいが一度だけだった。
(神秘的体験と脳について言及した脳科学の本があったはず。いずれ紹介したい)

(9)「神体験」というか、神と出会えたことはシックにとって何事にも変えがたい貴重なことのように思えるようだ。
 万物復帰(一般社会では物売り、行商。押し売り、あるいはキャッチセ-ル)をやっているときに神体験したシックもいる。
 あるシックの証言である。非教会員の私にとってはかなりのカルチャ-ショックだった。

 <シックにとっての万物復帰には信者の信仰訓練としての側面と、運営のための資金源としての側面の二重性があります。プームチャイ さんのように、珍味売りを肯定するのは前者の側面が強く、そこで出会った神との素晴らしい思い出を大切にする。多くの信者は、「万物復帰で出会った神」を心の拠り所の一つとしており、そこまで否定してほしくないという気持ちがあります
<注>「多くの信者」とは言い過ぎである。小生は数十人のシックに取材してきたが、万物復帰で神と出会えたと話したシックは2人だけである。

「万物復帰で出会った神」体験した人は、当然、万物復帰行為を否定しくい。それは心情的には理解できる。しかし、自分の所有物、ヤギとかヒツジとか金貨とかを神(組識の中枢)に捧げるのであれば、何の問題もないのだが、それが他人の所有物だったら、神の世界でも現世でも犯罪である。汝、盗むなかれ。 
 他人のヤギ(財貨)を盗んで神に捧げた場合、どうなるでしょうか。旧約聖書に書いてありましたっけ?
 こんな子どもでも理解できる(人のものを取っちゃあいけない)ことをどうしてシックたちが気がつかないのか。どうして反省し謝罪しないのか。

 現世なら-。詐欺の最高刑は懲役10年、特定商取引法違反なら懲役3年。新世の社長は禁固刑1年だったはず。嘘をついて売るという行為を軽く考えない方がいい(各自現世のサイトを検索してもらいたい)
 福祉売りを中止したのは10年前のことになるか。なぜ中止することにしたのか、組識内教育が行なわれなかったために、多くのシックの法意識はいまだ小学生以下!法関係の執行部の罪は大きい。

 神と出会った是と、ちょっと悪いことをした非-なんて、恐ろしく幼稚なことを比較する発想がいまだシックにあるようだから、当時の岡村信男氏をヘッドとする13人の法務局職員は怠惰だとして糾弾されてしかるべきである。
(万物復帰グッズの販売元-野の花会?-に公安警察が入った。それで、近藤徳茂現総務局長に質問した。「福祉騙りの物売り?当然、違法行為です」。ちなみに、カ-プが物売りを中止したのは2007年だったはず)

(10)話の角度はズレる。
 <神体験をしたシックは拉致監禁されても落ちないだろう。神の存在をリアルに感じたのだから>。こんな疑問を近藤さんにぶつけたことがある。
「いやぁ、それがそうでもないんです。脱会説得者が『君が聞いた神の声は、実はサタンの囁きだったんだ』って説得すると、脱会時には<あれはサタンの声だったんだ>となるのです」
 笑ってしまったが、結局のところ、神かサタンか-相対的でしかないのである。

(11)もう1つの「神」は、教団組識が礼拝等々で語る「神」である。
 前述した「神体験」でリアルに感じた神が「シックの個人神」だとすれば、もう1つの神はお金が大好きなえびすさんみたいな神〓日本の神で、現在では七福神の一員として日本古来の唯一(その他はインドや中国由来)の福の神〓は、統一神、組識神と表現してもいいだろう。
 “神”⇒文鮮明⇒大陸会長⇒クニ会長(徳野英治)⇒教区長⇒教会長⇒アベルさん⇒カインさん--上位下達的な神サンでもある。
<注>統一教会員が信じている神は、個人神と組識神との二重性(表現は適切でないかも。「二面性」がいいか)がある。

(12)献金が集まらず、神サンが悲しんでいるといったト-クがなされると、シックは自分の個人神と対話する。
「学資保険を解約して500万円、神様に献金しようか」
「いやそうしたら、子どもは大学に進学できなくなる」
「でも、献金しなかったら、神様は悲しむ」

 神との対話というよりはその人の「良心」(心、気持ち)とアベルの指示との葛藤、「組識神」(アベルの指示)と「個人神」(シック個人の良心)との対話のように思える。
 シックたちが「神」を意識する場合、自分の心にある神とアベルたちがいう神との二重性、二面性の違いに気がついていないような印象を強く受ける。
 たとえば、献金に勝利したとき教会内で「K勝利」として盛大な拍手を受ける。このとき婦人は神から祝福されたと錯覚するのであろう。夫の金を盗んで(自分の神〓良心を裏切って)献金したことを忘れて。(精神医学では解離状態)

(13)部外者、非教会員かられば、「統一教会の神」はシックを操る道具概念のようにしか思えない。それを曖昧にするために「本然の人間性の回復」とか「ために生きる」とか「恩讐を愛せよ」といった甘言を散りばめる。それによって矛盾をあいまいにしてしまう。
 批判に対しては「相対基準を結ぶな」
「批判をまともに聞けば、君の堕落本性が顔をもたげてくる」と、批判に耳を傾けさせないようにする。あるいは考えさせないようにする。初期資本主義の非論理的で荒っぽい労務管理が浮かぶ。最近では「ユニクロとバングラディッシュ」がキ-用語か。
 これについては稿をあらためたい。勝共連合諸君に伝えたい!

じめなシックは、思考が混乱すると、『原理講論』の「総序」を読んで、<何だか安心する>。心が安定する。
「統一教会の神」(組識神)は最初からシックを使って、この世の金を収奪する(復帰させる)ような神だったかは分からない。この問題を突きつめていけば、「文鮮明論(初期・中期・後期)」になっていくだろう。

(14)社会(世論・マスコミ)から批判されて宗教団体の長が引責辞任した例はそんなに多くないと記憶するが、最近では統一教会の徳野英治会長の引責辞任だろう。
 大手新聞の記者を渋谷のホテルに呼んで、引責辞任の記者会見を開いた。彼はどんな責任を取って辞任したのか。
 今から8年前の「火の粉ブログ」に是非、目を通してもらいたい。
 「統一教会・徳野英治会長?引責辞任の記者会見?」 [2009/07/14 17:15]
 「統一教会・徳野英治会長-記者会見の問題点① 」[2009/07/21 11:43]

信者の個人的な活動とはいえ、家宅捜索で、世間をお騒がせし、多大なご迷惑をおかけしましたことにつきまして、教団の責任者として深くお詫び申し上げます」
 要するに、世間を騒がせたから辞任するというだけ。直接の被害者に謝罪する気持ちはゼロ。社会に対して犯罪行為をしたという自覚もゼロ。
 これが神様を信じている集団トップの姿勢なのだ。
 で、つくづく思うのは徳野さんが信じている神様って、どんな神?-となるのである。

<注>ご存知の通り、記者会見以後、経済犯罪事件として次々とシック(主に婦人シック)が逮捕された。その数、40人! 徳野先生はその後、また黒塗りの車に乗ることに。
 刑事事件の責任を取って辞めたトップが再度トップに就くのは、少なくとも明治以降初めてのことではないのか。

-次回の更新は一週間後です。
 
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関連記事

コメント

統一教会の神様

米本さん

統一教会の神様は、文先生が分かり易く、教えて下さっています。

ご参考までに

天聖教(黒)
『真の神様』『宇宙の根本』など

サイト
”オンライン訓読会 天聖教”です。

b408さん、失礼なのですが。

 b408さん、初投稿(と思いますが)、感謝です。

 しかしながら、何も書かれてないのです。

 例えば、誰かが<共産主義とは何か>と問題提起した場合、ある人が「それはマルクスエンゲルス全集に書かれています」と答えます。
https://maruen.jugemu-tech.co.jp/

 こういうやりとりは一般社会では成立しません。何の答えにもなっていないからです。

 さらにいえば、マルエン全集は県立クラスの図書館なら書蔵されていますが、『真の神様』『宇宙の根本』は国会図書館にもないのではないでしょうか。つまり、私が、国民が手に取ることができない。(泣)

 非教会員の小生は(1)~(14)にわたって具体的に(ただし思いつくまま)書きました。

 このうちのどれでもいいのですが、具体的に意見を述べていただければ幸いです。

連絡ください。

 匿名の手紙をいただきました。
 とても興味深く読みました。
 連絡を取りたいです。

 守秘が前提です。
 一番いいのはメ-ルだと思います。次いで電話でしょうか。

 ともかくやりとりして現実を認識し、ブログに生かしたいです。

 他に漏れない形で連絡ください。再度の手紙か。メ-ルか。
 実名・実住所の教示は不用です。
 よろしくペコリです。

(追)ブログ内容とは関係のない投稿です。でも、管理人だからご容赦を。

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個人神と組織神とその葛藤<1>

 長文失礼します。以下の文章は私が統一教会の様々なサイトやブログの文章を一部引用し、このブログのテーマに合わせてまとめたものです。<1>から<5>まであります。間違いや論理の矛盾があるかもしれません。もしありましたらご指摘ください。よろしくお願いします。

●個人神と組織神について
 統一教会において、教祖や側近が認識する神と末端信者が認識する神には、ずれがあります。個人神については、人それぞれが思い描く神観だと思います。教会では導かれてまもなく、個性完成という言葉を学びます。

 しかし信者の中には個性完成をイコール人格完成というように間違えて捉えてしまう人もいます。また、「神の摂理」を具体的な社会活動として解釈する考え方や、神と人間は親子(人は神の子)という認識のように神を擬人化している(これは組織神との共通点)のも特徴です。

 そこで各々が思い描く神論を展開してしまうのだと思います。いわゆる神様の真の愛を相続した人になろう(そういう人格になろう)と各々努めているのだと推測しますが、個人神については人それぞれ異なるのでここでは割愛します。


 個性完成と聞くと、「素晴らしい人格を完成」させることだと思いがちですが、教会の言う個性完成はそうではありません。統一教会の教義において、個性完成とは神の命令に絶対服従する基準を備える事であり、それはメシア(教祖)の命令に絶対服従するということでもあります。これこそ、教祖や側近が認識する組織神です。、その根拠については<2>に書きます。 
 
考察:組織神
 ここで組織神について考察するとき、<第一章 創造原理 第一節 神の二性性相と被造世界http://www.7roid.com/ucgenri/sozogenri_001>によると、
統一教会における神はこの世界を創造した第一原因(つまり神が世界を造った)であり、人間でいう心に相当する性相(内的)と、体に相当する形状(外的)を備え、それらが相対的関係(例:心の命ずるがままに動じ静ずる)にあるが目には見えない存在であることが分かります。
 
 神の二性性相第一章 創造原理 第六節 人間を中心とする無形実体世界と有形実体世界(http://www.7roid.com/ucgenri/sozogenri_006)によると、世界における人間の位置について、「神はこの世界を直接主管なさらずに、この世界に対する感性を備えた人間を創造され、彼(おそらく教祖)をして被造世界を直接主管するようになされた」そうです。
 
 同じく<第六節 肉身と霊人体との相対的関係 3:生心と肉心との関係から見た人間の心>によると、「常に自分が善であると考えるものを指向する、この心を良心という(注1)。
 良心を主張する人たちの間にも、しばしば闘争が起こる。また、善を指向する心の性相的な部分を本心といい、その形状的な部分を良心という。それゆえに、人間がその無知によって、創造本然のものと基準を異にする善を立てるようになるときにも、良心はその善を指向するが、本心はこれに反発して、良心をその本心が指向する方へと引き戻す作用をする」そうです。

(注:上記の「良心」はこの文中での意味であり、辞書では「社会一般的な価値観(規範意識)に照らして、ことの可否ないし善悪を測る心の働きのこと」を意味します。教会のいう良心は自分勝手ですね)
 
 つまり(文意から察すると)原理的な善を本心、個人的な善を良心として、創造本然(原理)の善である本心個人の良心が異なる場合、本心すなわち原理的な善を指向するということではないでしょうか。

 仮にそうだとすると、非人的食口が大量発生した原因をすっきりと説明できます。
 「世間一般の常識や善」と「教会の常識や教会が考える善」が異なることが問題となったとき、信者は創造本然(原理)の善である本心を指向しようとするから、自分の良心よりも教会の善(=天的と言ったような覚えがあります)を優先する行動に走るため、時に違法行為にもなり、これが非教会員からは非人間的食口に見えるのではないでしょうか。
(ブログ本文(14)にも関連します。 私のコメント<5>に書きました。)
 
 少し脱線しますが、非難する人の背後に「サタンがいる」(教会の善を脅かす存在がいる)という考えがあって、それもシックの人間性喪失と、反省というきわめて人間的な営為の消失の原因だと思います。要するに教会流自己正当化です。

ここまでがブログ記事本文の(1)~(4)についての考察です。
<2>続きます。

個人神と組織神とその葛藤<2>

 直前の私のコメント<1>に「統一教会の教義において、個性完成とは神の命令に絶対服従する基準を備える事であり、それはメシア(教祖)の命令に絶対服従するということでもあります。これこそ、教祖や側近が認識する組織神です。」と書きました。その根拠を書きます。

 これは(12)(13)にも関連すると思います。 (み言については<ちゃぬの裏韓国日記【統一教会の神は○○】 見よ!これが神が文教祖を通して語ったみ言葉の数々だ!https://ameblo.jp/chanu1/entry-12042676715.html> から、原理講論については<統一教会の信者は読んではならない・新版>というタイトルのブログからの引用です。「原理:」と表記します) 教会の善とは何かを考えながら読んでみてください。

 み言:『先生のみ言は、先生が語っているものではありません。先生が語るものではなく、天が先生を通して語られたみ言です。・・・それは文総裁のみ言ではなく、神様のみ言なのです。』(「訓読会に関する文鮮明先生のみ言」より 1998年2月1日のみ言葉)

 原理:「天国においては、神の命令が人類の真の父母を通して、すべての子女たちに伝達されることにより、みな一つの目的に向かって動じ静ずるようになるのである。』 」 (2) 神の喜びのための善の対象
 
 原理:『神からの命令は、脊髄に該当するキリストと、キリストを中心とする末梢神経に該当する聖徒たちを通じて、社会全体に漏れなく及ばなければならない。』)
 
 神の命令は絶対です。その神と一体であるメシアの命令は神の命令そのものとなり、故にメシアの命令は絶対に守らなければなりません。
(統一教会は創造目的を捨てなければ理想世界を造れない。それは創造目的が間違っているから https://blogs.yahoo.co.jp/yondewanaranai/15255211.html より引用)

 絶対服従についての:真の父母様宣布文http://trueparents.jp/
 
統一教会が目指す社会は、神の命令が社会の隅々まで行き渡る世界です。神の命令とは神を代理するメシアの命令であり、またメシアの代理者と称する組織上層部の人間の命令です。  メシアが「万物復帰は善行」と言えば、それは神の命令であり善。同様の屁理屈で、「文顯進をはじめとするUCI理事陣は、即刻現職から退くことを指示」というメシアの言葉(神の命令)に従わない文顯進氏は善ではなく悪つまりサタンということになります。
 
 この命令が“神”⇒文鮮明⇒大陸会長⇒クニ会長(徳野英治)⇒教区長⇒教会長⇒アベルさん⇒カインさん--の順に上位下達的に流れ、それが社会全体に漏れなく及ばなければならないと、組織上層部は考えていると推測します。
 
<3>に続きます


個人神と組織神とその葛藤<3>

 米本さんが(12)、信者は<「良心」(心、気持ち)とアベルの指示との葛藤、「組識神」(アベルの指示)と「個人神」(シック個人の良心)との対話のように思える。>と指摘してくれました。同感です。

 人格完成して天国を造る処が統一教会と思っている信者にとって、自分の良心に反するような原理の善が上から伝達されてきたとすれば組識神、すなわち創造本然(原理)の善と個人神(シックの良心)によって葛藤するのは当然のように思います。

 しかし、組織神に従わないと最悪の場合サタン扱いされてしまうため、しぶしぶ組織神に従うようになり、それが習慣化されると自分の良心が麻痺し人間性が喪失していくのではないでしょうか。
 
●良心が麻痺する過程を、心理学の観点から考察してみました。
<【基礎知識】監禁・虐待事件に見る「人が逃げられなくなる理由」>から要約します。
http://nihon-ronten.jp/article/20151216dog00m010011000c.html
 人に電気ショックを与える心理実験です。
 要約はじめ『「電撃を受ける人」が簡単な設問に対して間違った答えをいうたびに、被験者は電撃スイッチを押さなければならない。電撃のレベルは15ボルトから始まり、押すたびに上がっていく。レベルが上がれば、「電撃を受ける人」の苦痛も増す。「電撃を受ける人」が間違った答えをいうたびに、被験者は電撃スイッチを押さなければならない。最大は450ボルトで、死を招くレベルである。他人に通電を命じられた人が、どこまでその命令に忠実に従うかを調べるというのが、この実験の目的です。(実は電撃を受ける人は演技であるが、それを被験者には知らせていない。)

これとは別に、心理学者や学生、一般の人々を対象に、「あなたが被験者だったら、どのくらいのレベルでスイッチが押せなくなると思うか」という問いに答えるアンケートをとった。多くの人が150ボルトあたりで押せなくなり、実験の中断を申し出るだろうと回答していたが、結果は意外なものだった。「電撃を受ける人」が悲鳴をあげたり、気絶したりする姿を見ているにもかかわらず、最大の450ボルトになるまでスイッチを押し続けた人が30%もいた。相手の姿が見えず、声しか聞こえないようにした実験では、最大ボルトまで続けた人が60%を超えた。
下線の文
 
原因は「電撃を命じる科学者」の台詞だった。被験者がためらいを示すと、「続けてもらわないと実験が成り立ちません」「絶対につづけてください」などと促す。

 被験者は、ためらいながらもそれに従った。「電撃を受ける人」の生命よりも権威者の命令のほうを優先したのである。 』要約おわり
 
 ここで葛藤するシックについて当てはめてみます。(これはあくまでも推測です)
 
 シックの良心としては「組織神の指示は社会的にまずいのでは」と思う一方で、「世間一般の常識や善」と「教会の常識や教会が考える善」が異なることが問題となったとき、組織神=原理の善を指向しようとするよう訓練しているため、「自分勝手な想いは封印して組織神に従おう。」と考え行動するのではないでしょうか。 
 
 その訓練とは何か、それは礼拝や信仰生活の中で語られるメシアの台詞(またはそれが流れ加工されてきたもの・み言)に忠誠することであり、葛藤を乗り越えるために、メシアのみ言を礼拝や信仰生活の場でそれを熱心に聴いたり、或は自発的に教会の書を読んだりする。
 
 そんな訓練を続けているうちに自分の良心よりも組織神に忠実になっていくのではないでしょうか(「電撃を受ける人」の生命よりも権威者の命令のほうを優先したように、被害を受ける世間よりも組織の命令のほうを優先してしまう)。
 引用先の心理学実験のように、原因は「命じる者」のセリフ(み言等)だったのだと推測します。
 

 たとえば、み言:『「絶対服従」という言葉の意味の中には、自分の意識がありません。意識がある限り、それは従順です。服従とは、意識がないのです。』(「後天時代の生活信仰」より)や、み言:『(祝福)家庭はただ、来られる主の家庭と生命と財産を保護するためにあるのです。彼らの生命と財産そのすべてのものは、主の家庭と主の生命が発展するためにあるのです。発展するためにはどうしなければならないでしょうか。このような者たちを肥料として吸収しなければならないのです。発展の原則がそうです。』(「祝福家庭と理想天国」より 第三節 祝福家庭の価値と使命)と発言し、これが組織神の指令として末端シックまで届く(その過程で解説者が柔らかい表現「神の摂理の為にはあなたの献金~Kが必要」などにした可能性もあります)。
 すると、シックが組織神に従いたい心情(たとえば借金してでも献金することが天的には善だと信じて、嘘をついてでも献金!)になってしまうような気がします。
 
 しかも、み言:『(前略)ムーニーの人生は、天の猟犬の人生です。主人のためにあらゆる所を走り回り、ある時は、いやな目に会いながらも天国実現という一つの目的のために働く人々です。いかに美しく素晴らしい人生でしょうか。(拍手)』 (新しいみ旨の誕生 1983年2月18日)に至っては拍手まで起こっているのですから、組織神に忠実に動かしたいメシアはにんまりしていたはずです。 
 これではメシア主人のためには世間の批判という嫌な目に遭いながらも、違法か違法すれすれの万物復帰・正体を隠した伝道などの行為を正当化しそうです。

 たまに現実と原理が矛盾し、辻褄が合わなくなると、教祖や教会上層部からスーパー屁理屈が出てきますが、それもシックを組織神に忠実になるよう仕向けるためだと思います。

 このように、個性完成した人間とは、神の命令(の代理者たるメシアや上層部の命令)を忠実に実行する人間であり、そのような人間で構成された社会であって初めて神の命令が社会の隅々まで行き渡る社会となるということです。そうなる世界こそが教会のいう理想世界、メシア王国です。

 <4>に続きます。




個人神と組織神とその葛藤<4>

「統一教会の神の概念はなぜ複数あるのか」について
 
 統一教会の教義において、個性完成とは神の命令に絶対服従する基準を備える事であり、それはメシア(教祖)の命令に絶対服従するということです。

 ここで組織神、教会の善について分かりやすく解説してくれるブログがあったので紹介いたします。
 (ブログ「統一教会の信者は読んではならない・新版」 タイトル「統一教会は創造目的を捨てなければ理想世界を造れない。それは創造目的が間違っているから」
https://blogs.yahoo.co.jp/yondewanaranai/15255211.html
 
一部引用はじめ
『善の目的を成就していく過程において、その善の目的に役立つ生活的要素を義といい、悪(サタン)の目的を成就していく過程において、その悪の目的に役立つ生活的要素を不義という。それゆえに、善の目的を成就するためには、必然的に、義の生活を必要とするようになるので、義が善の目的を追求する理由は、すなわちここにある』   (3) 義 と 不 義

善の目的に役立つ生活的要素を義というとは、どういうことか、善の目的とは創造目的であり、即ち復帰摂理の目的であるメシア王国実現である。ということは、メシア王国実現の為の行為が善であり、良心的行動が善では無いのである。メシア王国が出来てからの善の行為とは、神の命令が社会の隅々まで及ぶように、その命令組織の一員を担い、お上の命令を忠実に実行する行為こそ義なる生活となるのである。』引用おわり

 

家庭連合(旧統一教会)で、人格の完成を目指しているはずのシックなのに、いつしか人間性が失われていく—その原因は2つの異なる神観からの葛藤を解消する訓練過程で生じる、被害を受ける世間よりも組織の命令のほうを優先する冷たい思想の定着であると推測します。 
 
 1つ目の神観はシックの誤解(個性完成=人格完成と思い込み、真の愛を相続するなどの人格の完成を目指すことが神の喜びだと誤認している)による世間一般の常識や良心をベースとした神観です。
 
 2つ目の神観(教会的に正しい神観)は、「個性完成した人間=神の命令の代理者たるメシアや上層部の命令を忠実に実行する人間」が、メシア王国実現(メシアが考える理想社会・専制君主制のような国家)の僕としてお上の命令を忠実に実行することを善と考える神観です。
 
 教会生活ではこの2つの神観の葛藤が生じると推測しますが、教会的に正しい神観はメシアに忠実に行動することを善と考える神観なので、信仰生活(訓練・「ために生きる」「本然の人間性の回復」といった甘言やみ言を熱心に聴き受け入れ行動する)を通して徐々に自分の良心を麻痺させてしまうのではないでしょうか。
 
 なぜ一神教のはずの統一教会に2つの異なる神観があるのか。それは日本に統一教会を布教した西川勝氏が「人格完成をして理想世界を造る」のが統一教会だと誤解した為に、多くの信者がその前提の上で統一教会を見るようになってしまったからです。
 
 関連記事:教会に混在する二つの宗教、それはメシア教と西川教、その問題を解決する為にメシアのとった手段 (https://blogs.yahoo.co.jp/yondewanaranai/14896015.html
その中の「別冊宝島461 「救い」の正体 宝島社より

 最初の伝道師西川勝氏(74歳)が語る、統一協会よ、なぜ変わってしまったのか
高山和雄(ルポライター)」から要約
はじめ『統一協会はなぜ変わってしまったのか、西川氏は言う
(途中略)私のときは、人間を完成してから神の国をつくろう--それが救いだったんですが、文鮮明によって『真の父』である彼を信じて血統転換(文鮮明の指名した相手との婚姻による子孫をつくること)しないかぎり信者は救われないというふうに変わったのです。そんなバカなことがありますか。そんなものただの宗教儀式ならともかく、それでは明るい社会をつくる「愛と真理」の社会運動ということにはならない。そこが問題なんだ。現在の協会は私にとっては別物になってしまったのです。』おわり
(注)

(注)教会が変わったのではなく、開拓伝道者の誤解によって変わりつつあった教会が元の冷たい絶対服従の教会に戻っただけなのです。

 次に同ブログ同記事から
引用はじめ
 『統一教会創設者の唱える天国は、命令と服従で成り立つ独裁国家、西川先生の目指した理想世界は人格完成者が集う思いやりと信頼に満ちた所。この二つは明らかに別の信仰だ。

 西川先生を日本から排除、これがメシアのとった二つの宗教問題解決の第一の手段だった。 開拓伝道者として、教勢拡大に成功していた功績者を日本から追放する理由はないはずだ。それなのに何故に西川先生は日本から追い出されたのか?

 理由は一つ、このまま日本に置いて置いたら自分の目的が達成されなくなり、自分の説いた宗教とは別の宗教となる事をメシアが危惧したからに他ならない。』
(中略)引用再開
 『我々は西川教を信じて教会に来たようなものだ。西川教は心情と良心を大切に信仰生活を指導していた。そして人格完成を信仰生活の目標においていた。献金の多寡で信仰のレベルを計るような今日の統一教会とは雲泥の差がある。』引用おわり

 
 この異なる2つの宗教概念が同じ統一教会に内在していたから、2つの神観が存在するのだと推測します。
 
 ブログ記事本文(1)について、信者が感謝しているときに米本さんの後ろのやや上を見ていたのは個人の神観ではなく、組織の神観から観て「神の命令と一致した行動(拉致監禁反対)」をとっていたために、非シックでもシックと同じ志のもとで活動している人に出会えた、その境遇を神に対し感謝したのではないでしょうか。
 たしか信者は、拉致監禁反対活動に消極的でしたが、アベルたる文国進氏が拉致監禁反対を指示するとすぐさまそれに応じました。(上からの命令は神の命令)

<5>に続きます

個人神と組織神とその葛藤<5>

 最後に、ブログ記事本文(14)について徳野さんが信じている神様はおそらく組織神でしょう。
 なぜなら、事件の責任を会長自身ではなく信者に押し付けるところが、「信者の不信仰ゆえに教祖・教会が不祥事にあった」と解釈して責任を信者に負わせる教祖・教会組織の慣習と似ているからです。
 
 少なくとも私は(14)において徳野さんに思いやりがあったとは考えられないです。
 葛藤したかもしれないですが、結果的に組織にとっての善=メシア王国実現(組織防衛・存続)のため、表面的には辞任するも、内心信者の責任にしてノコノコと復帰することを選びました。どう考えても良心をベースとする個人神から出た発想ではありません。

 中には個人神を信仰する幹部もいると思いますが、教会上層部は組織神を信じている人が多いと思います。
 
 例えば、この幹部も組織神に染まった人物であると考えられます。
 火の粉を払え IT部長の江口敬一は愛の破壊者である。(http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-571.html

 
彼はメシア王国実現(教会に従わない者を排除)という義の為に、過去の件ではすでに処分を受けて降格されていた人が一度裁かれた事由で、再度裁かれA氏を解雇するという法律違反「一事不再理(二重処罰の禁止)」を犯す暴挙に出ました。
 引用はじめ『A氏は一度、教団組織に不利益となる行為をしたということで、所属の外郭団体内で降格人事となった。 A氏が行った不利益行為の情報は、UCIA長官の江口が保管していた。その後、かなりの月日が流れたころ、A氏はインターネット上で教団の会議のあり方に対する意見を書いた。私もその意見を読んだが、しごくまっとうな内容であり、決して教団の不利益になるようなものではなかった。

ところが、世間的にはまっとうな意見でも、教団内では問題視される。統一教会は、基本的にイエスマン以外は異端視するのだ
A氏の意見も誰かが問題にしたようである(誰であるかは不明)。そこで江口の登場である。自らがストックしていたA氏の過去の資料を教団幹部に提示した。A氏はその後、外郭団体を解雇された。』引用おわり
 
 
 このように、メシア王国実現の為の行為が善であり、良心的行動が善では無いので、世間的にはまっとうな意見や良心的行動であっても教会的にはNG、場合によってはサタン視されることもあります。 

 こうして信仰生活を続けているうち、良心が麻痺していって、教会上層部から末端信者までその冷たい組織神が浸透してゆき、人格完成を信仰生活の目標においていた西川氏の温かい思想、個人の良心をベースとした神観は教団組織から薄れていったのだと思います。
 悲しいですが、これが現実だと推測しています。
 

 これで考察を終わります。ここまで熟読熟考していただきありがとうございました!

うずらの卵さん、感謝感謝

 長文の投稿、感謝感謝です。取り急ぎ一筆まで。

変わらず物売りしてる原研

>カ-プが物売りを中止したのは2007年だったはず

数年前にもこちらに某原研メンバーが物売り来ました。
かなり距離があり、マイクロで寝泊まりしながらこんなとこまで来たようです。長期の休みにはしているようなことも彼は語っていました。

変わらずやってますよ。

うずらの卵さん、有難うございます!

うずらの卵さんの個人神と組織神。ナルホド!まさにその通りだ!と思いました。

朝鮮混淫派カルト統一教会の根本的な矛盾を個人神と組織神に分けて見事に明確に分かり易く説明された。と感じます❗️

>『統一教会創設者の唱える天国は、命令と服従で成り立つ独裁国家、西川先生の目指した理想世界は人格完成者が集う思いやりと信頼に満ちた所。この二つは明らかに別の信仰だ。西川先生を日本から排除、これがメシアのとった二つの宗教問題解決の第一の手段だった。開拓伝道者として、教勢拡大に成功していた功績者を日本から追放する理由はないはずだ。それなのに何故に西川先生は日本から追い出されたのか?理由は一つ、このまま日本に置いて置いたら自分の目的が達成されなくなり、自分の説いた宗教とは別の宗教となる事をメシアが危惧したからに他ならない。』<

日本開拓伝道師の西川勝氏の信仰観によって初期の久保木修己会長達は伝道されたのだと分かりました。

小中華思想に根ざしたであろう恨日朝鮮民族選民主義の文鮮明教祖が己をメシアと自称して目指した文鮮明カルト帝国。

その為に自ら独裁者に成って、日本人を騙し、洗脳し、本心の自由を束縛させて、文鮮明絶対崇拝奴隷信者にして、使い捨て日本人信者を利用してダブルスタンダード(2枚舌)で様々な陰謀を働いて来た文鮮明教祖でした。

日本人信者の人生を奪い反社会的バカカルト人間にした文鮮明教祖の罪は重い!

(14)の関連記事

●私がカルトにはまった理由
●2度目のXデーも突然やって来た②
https://ameblo.jp/nanakusa-1995/entry-12329210066.html

(引用はじめ)
(※2)霊感商法は統一教会が信者に指示してやらせているわけではない、信者が勝手にやっていることというのは、統一教会の常套句でしたので、その記事を見せられたからって驚くことではありません。
 しかし、1回目の監禁の後のリハビリの谷村教会で、元信者と「山崎浩子さんが『霊感商法は統一教会にとっては救いの行為なのだから、やっていると言えばいいのに。』と言っていた」と話したことを思い出し・・・こんなことを統一教会幹部は言い続けているから、親が心配してこんな事態になるのだ!と怒りを感じました。

 この記事を書きながら、その常套句を唱えた統一教会幹部に対し、怒りでいっぱいになりました。
 土下座して謝っただけでは気が済まない・・・土下座している上を踏みつけただけでも気が済まない・・・
 はっきり言って、その幹部を拉致監禁して同じ目にあわせてやらないと気が済まないという位、今、頭が沸騰しています。
(引用終わり)

「霊感商法は信者が勝手にやっている」という発言は、おそらく1987年頃のことだと思います。当時の会長は久保木氏。

 くどいようですが、
 統一教会が宗教法人として認可されたのは、1964年。
 霊感商法は信者が勝手にやっている発言は1987年。
「印鑑販売は信者の個人的な活動」という徳野発言は2009年。

 反省しない・謝罪しない-は、統一教会(家庭連合・サンクチュアリ教会・家庭平和協会)の遺伝子(塩基配列が同じ)と言っていいでしょう。

Re: 変わらず物売りしてる原研

 ナツミカンさんに質問です。

>数年前にもこちらに某原研メンバーが物売り来ました。
>変わらずやってますよ。

 どこの原研でしょうか。どうして「某」と匿名にするのですか。数年前っていつですか。警察に通報しましたか。


「カ-プが物売りを中止したのは2007年だったはず」
 このことは拙著『我らの不快な隣人』(2008年刊)で明記しています。
 全国弁連や有田氏など反統一から事実誤認という抗議は来ていません。

 私の取材不足を指摘されたようで不快です。必ず回答してください。

それは神ではなく

「統一原理の神」を日本の信者の姿から一般化するのは間違いです。

 海外の教会では、このような異様な信仰観は見られません。神学的には偶像崇拝(神ではないものにしがみつく)と呼び、統一神学校で学ぶ食口はそこで初めて自覚するのだそうです。

 ご指摘の通り日本の偶像崇拝は根深く、数値目標さえ達成すれば良い現場では、わざわざ改めるインセンティブがありません。

 経済活動をやっていた私が言うのも何ですが、教会の経済で詐欺でないものを探す方が難しいです。
 クリスチャン・ハン(教会系の宝石店)は、全国を巡回して宝石展を開催してましたが、原価の100倍以上の値段をつけてたはずです。
 それが分かったのは、徳野通達以降500円でたたき売りしてるのを目撃したからです。
 聖書シリーズとか呼ばれる一連の商品は、1個1個に天使が入ってるという触れ込みでした。
 当事者らは、「これは詐欺ではない、メシヤから授かったとすれば天宙的価値があるのだから、信じる人にとっては嘘ではないのだ」と自分を納得させてました。
 宝石展は氷山の一角で、開運グッズ(印鑑、家系図、多宝塔など)販売では遥かに悪辣な、霊界詐欺がマニュアル化されていました。

 社会経験して思うのは、上層部は恐ろしくビジネスをなめているということです。
 どんな下らない商品(胡散臭い健康器具など)を仕入れても食口が根性で売ってくれるし、人件費は原則タダ。損失出しても絶対責任を取らない。
 搾取する方が悪いのか、騙される方がバカなのか・・・

 食口の誰も反省しないのは、およそ活動の全てが詐欺で全員が共犯なので、自分たちのしてきたこと(まごころとか精誠に脳内変換されている)が全否定されてしまうからです。

 西川勝(崔奉春)先生が日本に密入国して宣教した当初、そのような神を教育されたとは聞いてません(カネ目当てではなかった)。
 耳パンをかじって血を売り、廃品回収に勤しんだ時代から、古田コマンダーを経て活動のほぼ全てが詐欺と化した80年代以降との間には、大きなギャップがあります。

 西川先生が教会を去ったというのは、至極まともな判断だったと今では思います。

原研の物売り<米本さんへ

>「カ-プが物売りを中止したのは2007年だったはず」
 このことは拙著『我らの不快な隣人』(2008年刊)で明記しています。
 全国弁連や有田氏など反統一から事実誤認という抗議は来ていません。

 私の取材不足を指摘されたようで不快です。必ず回答してください。<


米本さんの取材不足の指摘なんて、大それたことしてませんよ。
『我らの不快な隣人』は読んでいましたが、すべてを記憶しているわけでは無くて申し訳ありません。

単純に事実を書き込んだだけです。

いつかと聞かれると・・・(正確には覚えていません。2007年以降であることは、確かです。私がネットで組織を調べ始めたのは教祖亡き後からですからね。)

調べ始めて文鮮明教祖は偽メシヤと断定出来た頃・・・、2~3年前くらいだったと思います。大学の夏休み時期でしたでしょうか。
某大学とは、新潟大学の原研・信者二世男性でした。

「国立大学で国の税金使って教育受けてるわけだから、こんなことするのはやめてくれないかな・・・」なんて、言った記憶があります。

この組織は、やってない!といいながら、やってますからね。長期の休みなんて、「信仰訓練」としながらの「稼ぎ時」でしょう。

弁護士宅などのようなところは避けてるだけでしょう。交番には、物売りなんてしないでしょうし、避けるべきところは避けてというのは、組織として認識させていると思います。

当時、警察に通報してとは思いませんでしたが、今度来たら通報させていただきます。

有線放送で、注意喚起していただきましょう。

Re: 原研の物売り<米本さんへ

 ●年に新潟大学の原研が-というだけでは、原研本部に詰問することはできません。

ド近況

 しばらくは、12月1日までは、バイバイキ~ンです。良質な投稿を期待しています。

するどい分析と観察力です。

図書館で本も拾い読みさせて頂きました。
私は信仰歴40年、現在はFPA 会員です。
貴方は、だいたい脱会者と主にインタビューしておられるが、現役信者で今でも感謝して信仰を続けていて、幸せに満足している信者も多数いる訳ですが、そのようなタイプの統一家庭をイワタビューして記事に書いたことがありますでしょうか?

双頭のヘビの腹の中で安堵はない

真の父母…とんでもない!

双頭のヘビ(文夫婦)に飲み込まれ、居心地が良い?双頭どころじゃないけど、妄想世界は続くのか?
人が人の人生をどうこうする、どうこうされたい、なんて、神様を冒涜、良心を冒涜するのと同じだと思う。

生き血を吸われ続けて満足なのか?子供を巻き込んではいけない。他者を巻き込んではいけない。巻き込まれる時代は既に終わっていると思うけど。

ほんと、バカな時を過ごしたと思う。宗教ヒトラーを未だに崇めるヤツいるのか?

原研本部へ・・・か

なるほど~。

米本さんならそうするのですね。

今度来たら詳しく聞いて、原研本部へ苦情も言いましょうか。

それから、弁護団にも伝えなくちゃね。



と、いうことで・・・
長期の大学の休みなどで物売りしている人たちは、注意してね♪
警察などに通報しようとしている人が、田舎にも待ち構えていることを、自覚して下さ~い。

でも、面倒だわ~(^^;


注意して終わりにするかも。

物売りは辞めた?初耳。(^^)

今でも財源は…
形を変えて、合法な企業をかまして、
同じ理念の元、無償で若者を訓練・教育と称して営業させてますよ。

営業職を経て、少なくない収入を現在頂いている社会人としては、あの訓練・教育の意図とは別に学び得たもののお陰で今があるとは考えてますが、

とはいえ、アレは組織運営の為の資金作り以上でもなければ以下でもないのがカーブの現状かなと。

二世三世には朝鮮カルトの井の中の蛙の人生を歩ませるな!

>統一太郎さん<
>するどい分析と観察力です。
>貴方は、だいたい脱会者と主にインタビューしておられるが、現役信者で今でも感謝して信仰を続けていて、幸せに満足している信者も多数いる訳ですが、そのようなタイプの統一家庭をイワタビューして記事に書いたことがありますでしょうか?<

統一太郎さんは、文鮮明教祖を再臨主と信じてシュクフク結婚をした家庭で多くの幸せに立派に暮らしているシュクフク家庭もあるから、……もしかしたら、文鮮明教祖は人類の救世主=メシアでシュクフク結婚した家庭の子孫から神の創造本然の地上天国が出来るかもですよ!と言いたいのでしょうか?

統一太郎さんは6000双ですかね?……6000双、6500双までは相対者がそれなりの人が多かった為に、幸せに暮らせる家庭が多いだろうと推測します。

……あのオウム真理教でさえも残党カルト団体に入って幸せだと思い込んでいる信者がいて、新たに洗脳されて幸せと思い込んでいるカルト脳信者が再び増えているのです。

木の葉っぱや枝だけ見て幸せそうにしていても、種や根の目的が邪悪で神と関係ない存在だったら全く意味が無いというか、人生丸ごと詐欺されかねないのです!

貴方は36万双等の日韓マッチングシュクフク結婚家庭の悲惨な実態を知っていますか?

文鮮明のマッチング結婚によって幸せに暮らしている家庭は教義の素晴らしいところだけ学んだら、朝鮮血統転換カルト組織のネジにさせられない様に二世、三世を育てて行ったら良いと思う。

しかし、人類の救世主=再臨のキリストで無い朝鮮混淫派カルト文鮮明教祖の血統思想を信じて、その残党血統にしがみついて生きる事を子孫には教えない方が子供や孫の為だと思います。…子供には本心の自由を与えて下さい❣️

しあわせそうな演技派

このカルトで幸せそうに見える家庭があるとするなら、それは欺瞞だと思います。

みんな信仰者だと言わんばかりのふりをしている人は多かった。

リアルを知って、被害者被害額を知っても、正常でいられるとしたら、かなり腹は黒いと思う。

幸福そうな人を選んで組織の宣伝家庭になるのは、将来の恥ですからやめたほうがいいでしょう。リアルのカルトを知れば、ただただ恥ずかしいばかりですよ。

こんなカルトは、ぶっ潰れると良いのです。静かに消えてください。

何もしていない

100歩譲って・・・、
今でも行われているであろう経済活動(石を売ったり紙を売ったり)で集めたお金で、貧しく困った人を助けたりしているのであればまだ良いのですが。

現実は集めたお金でまず大量の公職者たちの生活費を確保、次に箱モノの維持費に充て、そして次に大会や集会を開いて呼んでああだこうだと議論し「今回の大会を通して決意を固めました」と言うだけで、既にお金がなくなっているので世のため人のためにはほとんど何もできず、またお金集めることの繰り返し。

聖書も偽メシアの文鮮明教祖も言っている通り、種、動機、血統で真偽を見分けなければならないのです❗️

根本的にオウム真理教や統一教会等のカルトを何故潰さなければならないか?は神様と関係ない悪魔の誇大妄想カルト団体で信者を犠牲にし、反社会的活動をさせて日本国を転覆させ、貶めるだけで無く、信者を犯罪者にして信者の人生を滅茶苦茶不幸な人生にするからです!

終末が有り、人類の救世主=キリストがオウム真理教も統一教会もいづれ再びカリスマ性を持つ独裁者が出て来るのです!

オウム真理教は麻原彰晃教祖の一声でサリン等の大量殺戮兵器での暴力革命が正当化されました!…オウム真理教信者が日本国を奪いオウム真理教の国を創ろうとしたのです!

統一教会もオウム真理教程急進的じゃないにしろ(戦略戦術の違いだけ)、朝鮮混淫派カルト(統一教会含む)は準備さえ整えば最終的に力で支配するカルト宗教なのです!……御花畑脳の日本統一教会信者の大部分は、おそらく知らないと思いますが!

だから、オウム真理教も統一教会(世界平和統一家庭連合グループ)もヤクザ等と同じで、……実はもっと危険なので、警察がシッカリスパイも入れて監視しなくてはなりません!

神という名の自己正当化最強アイテム

>食口は自分が非難された時、それをどのように消化するのか?
 それには家庭連合時代に刷り込まれた「神とサタンを使った脳内ロールプレイ」を使っている場合が多い。
 やり方としては、食口は人から非難された時、非難する人の背後に「サタンがいる」というフレーズを使って、まず非難された内容には向き合わない。

 次に、非難されたことは「神様からの試練だ」とか「神様は本当のことを分かっていらっしゃる」などと思って自分を正当化する。
 結果、反省は生まれない。

 この手法は家庭連合が社会から非難され続ける中で、信徒たちを安心させるために長年使われてきた手法である。

 信徒たちは、社会からの非難の背後にはサタンの力が働いており、それに屈してはならないと教えられた。
 同時に、教会は信徒たちの精誠は神様がご存知だと言って、教会が行なう犯罪行為に向き合わせないようにしてきた。

 このDNAを受け継いだ食口は、自分が非難された時に無意識のうちに同じパターンで自分を正当化してしまう。


 別にこれは食口だけの思考パターンではなく、カルト信者に広く認められる思考パターンです。
「誤った二分法」あるいは「二元論の罠」ともいわれています。


★教祖様にツコッミを入れるページ
★誤った二分法
http://tukkomi.takara-bune.net/kosatsu/mottomo09.html

 より引用
・・・・・・
当教団の教えを否定したり、信者であることを辞めさせようとする人は悪魔に操られている。

①.悪魔の言うことに耳を貸し、虚言に惑わされて信仰を捨てる危険性を侵す。(信仰を捨てると地獄行き)
②.悪魔の言うことには耳を貸さず、信仰を守り通す。(天国行き)

 → 教団の外からの批判には耳を貸さないよう誘導
引用終わり




要するに典型的な白黒思考である。文教祖の説教や
原理講論には執拗に「神側サタン側」「アベルカイン」「善悪」と白黒思考に染まるようなロジックがちりばめられている。

これに自己欺瞞を加えれば最強の典型的なカルト信者(食口)が出来上がる。

自己欺瞞すなわち自分と向き合わないことである。

★ 教祖様にツッコミを入れるページ
★目の中の梁 ~「欲」によって自らの目を曇らせる人達~
http://tukkomi.takara-bune.net/kosatsu/menihari1.html

 より引用

世の中には、このような「目に梁はりが入った人間」が掃いて捨てるほどいる。

 彼らは、自分の「欲」を実現する為に行動しているにも関わらず、「人々のため」、「社会のため」などと誤魔化しの美辞麗句で擬装し、あまつさえ、自分の行動が正義だと勘違いしている。

 また、彼らは、他から誤りを指摘されても決して認めようとせず、詭弁を使ったり、激しい怒りで威嚇したりするのはもちろんのこと、時には、権力などの手段を使って批判を排除し、自分の「欲」に基づいた主張を実現しようとする。

 このような人間が世の中に掃いて捨てるほどいて、世の中が良くなるわけがないであろう。彼らが世の中を迷走・混乱させる元となっているのである。


 私たちは、「欲」から離れて、客観的に己を見詰めることのできる目を養わなければならない。

引用終わり


 以前コメントで自分が「万物復帰」等の教会活動をした理由を突き詰めて分析したら歪んだ自己愛(ナルシズム)だったことを明らかにした。
結局神とサタンという言葉を利用して「願望」「欲」「主観」を正当化してるに過ぎないのだ。
従って「主観」の数ほど神はいるだろう。
 ある人にとっては文3が後継者、ある人にとっては文7が後継者、ある人にとっては鶴子夫人とそれぞれが対立する。
信じたい対象が違いそれぞれの「欲」が異なる。しかしそれを「欲」と言ってしまえば身も蓋もない。
従って、己の「欲」は「快」につながるから 神のお墨付きを与える。そして対立する相手の「欲」に対しては「不快」だからサタン的とレッテリングすれば思考停止でいられる。
 脳というのは楽だから「二元論」「白黒思考」(カルト思考)にすぐ傾くのです。人類進化の歴史は常に出会う相手に「敵か味方」「追う(食物を得る)か逃げる(食べられないように)」
の二択を突き付けてきました。
 カルト思考は人類にしみついています。
 
 ところで元信者さんがよく使うフレーズ

「マインドコントロールがー 、カルトを滅ぼせー」も皮肉なことにカルト思考なんです。
 

仁義なきキリスト教史

>>ユダヤ教―キリスト教においては唯一神を信仰する態度として神を畏れ、人間には未知の「摂理」というものを宗教活動に置き換えたりせず、常に謙虚だったのです。
 そして人間としては善なる人格を形成することを目指し、他者を傷つけることや嘘をつくことを善しとしなかったのです。
(引用終わり)


これはユダヤ教キリスト教に対する幻想でしょう。キリスト教徒が奴隷制を正当化したり先住民を騙して略奪したり、異教徒異端を無慈悲に虐殺してきた例は吐いて捨てるほどある。



そもそも、統一教会信者の拉致監禁強制改宗を主導した大半は牧師でしょう。
もしクリスチャンが人道主義者で人権を重んじるのだったら拉致監禁問題に真っ先に声をあげなければならない。しかしそうではなく無神論者の米本さんが声をあげたのでは?
その疑問にどう答えるのだろうか。
 

>>神様を親分と言い換えれば、ヤクザ世界のレトリックと全く  同じである。
 シックの人間性喪失と、反省というきわめて人間的な営為の消失。
 これらの根本原因が統一教会流の「擬人化された神」「人格神」にある。つまり「統一教会の神」「文鮮明らが唱える神」だ。
 間違いであれば、ご指摘ください。



 シックだけが特別でしょうか?キリスト教や他のイデオロギーに人間性喪失がなかったでしょうか。


確かに今はハイソで優しいイメージのキリスト教ですがその歴史は血で血を洗う壮絶なものです。

おすすめ本
「仁義なきキリスト教史」


http://www.webchikuma.jp/articles/-/426



最後に横から失礼します。

>>●年に新潟大学の原研が-というだけでは、原研本部に詰問することはできません。


いえいえ、争点は「カ-プが物売りを中止したのは2007年だったはず」という記述に反する情報をナツミカンさんがあげたこと。
 つまり2007年以降に原研が物売りをやっていたかやっていないかである。
 原研本部に「2,3年前に新潟原研のメンバーが物売りをやっていたという情報があるが真偽を確かめたい。2007年以降原研は物売りをやっていましたか?
イエスかノーで答えてください。」と尋ねればいいだけだと思いますが。
 私はナツミカンさんの情報がフェイクでないと推測します。

統一信者の特殊な信仰

>シックたちが「神」を意識する場合、自分の心にある神とアベルたちがいう神との二重性、二面性の違いに気がついていないような印象を強く受ける。
>まじめなシックは、思考が混乱すると、『原理講論』の「総序」を読んで、<何だか安心する>。心が安定する。


 今回の記事で米本さんは‘神’‘信仰’について考察を進めていますが、その取材対象となっているのが統一教会員では却って思考がまとまらなくなるのではないかと思います。
 米本さんは記事の中で「統一教会の神観が神学論レベルに達していない印象を受けたからである。あまりにも恣意的な擬人化、あまりにも恣意的な人格化。」と書かれていますが、まさしくその通りでありまして、文教祖の語る「み言」などをいくら読んだとしても神学と呼べるような体系化された理念は見出せません。
 文教祖の「み言」の中核にあるものは血統転換、絶対信仰、絶対服従、絶対愛などですから根本からして‘真理’などとは無縁なものなのです。
 その主な主張には科学的な裏付けもなければ実証性もなく、宗教論は定義さえ定かでない情緒的言葉をただ並べているだけなのです。
 文教祖は「四大心情圏」「三大王権」とか「神様王権即位式」とか、まともな頭を持つ人なら恥ずかしくて口に出せないような言葉を、さもそれが宗教の奥義であるかのように語っていますが、そこに内容など微塵もないのは統一教会の歴史が物語っています。
 結局、統一信者の幼稚思考は創始者から始まっている訳で、その創始者と精神構造に共通性がある人々が信者になったのが統一運動の始まりだったということです。
 ただ、不幸なのは昔、冷戦時代などに伝道された当時の若い日本の青年達で、教祖の真実の姿に接する機会も少ない中、都合の悪い教祖の言動などは教団幹部によって隠蔽され、極端に美化された教祖の姿のみを教えられるばかりで、自分の所属する教団に対する正しい判断を下すことができずにいたのです。
 もし、「六マリア」事件や朴サムエル氏が証言した内容を当時の日本の若い信者達が知ることができたとしたら、「原理運動」などと騒がれたような信者の拡大はなかっただろうと思います。
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 その冷戦時代に伝道された青年たちは基本的に原理講論に書かれた内容を信じて信者となっているはずですが、もし、‘メシア’と信じる人物が原理講論の内容と矛盾する宗教活動を行なってきたと分かれば、それに対する信仰など成り立つはずがないのです。
 しかし、島国で教祖が来る機会が少ない日本では若い信者が教祖の真実の姿を知るチャンスがほとんどなく、幹部によって作り上げられた完璧な人格者のようなイメージを信じるしかなかったのです。

 ただ、文教祖の人格にのみ問題があって、原理講論は思想的に完璧なもので、間違いはなかったのかと言うならば、それは否であり、思考を徹すればそこには大きな矛盾が発見されるのです。
 教団に伝道された者たちがそれを悟れなかったのは知的に未熟だったということなのですが、若い勉強不足の青年達ではしょうがなかった面もあります。
 また、実際、原理講論の一部には優れた進歩的な宗教思想も含まれており、そこに価値を見出した若者からすれば、他の理論的欠陥は見落としやすかったという不幸もあります。
 しかし、原理講論が執筆、出版された経緯や、教祖の実際の宗教活動を知ることができたなら、まともな若者たちは教団の思想全体を受け入れることはなかったと思います。

 現在でも教団は教祖の実像を晒す‘過去’を信者に知らせまいとしていますが、インターネットを通してでも真実の情報を得られる現代では、信者として教団に残っている者達は完全に『幼稚思考の壁』で理性を働かすことができず、精神的に問題を抱えている状態だと思います。
 つまり、精神的価値観が歪んで‘非人間的’になっており、常識的な善も悪もわからなくなっているのです。なので強引な金集めも平気で行えるのです。

 そのように信仰の出発点において既に破綻がある信者たちは考え方全般が歪んでくるので、その言葉はまともな一般人には奇々怪々なものになってしまうのです。
 米本さんは宗教を信じているわけではないので、統一信者たちが「神」と言う時、本当にそのような超越的存在を認識していると思ってしまいやすいですが、その言葉を真に受けてはいけません。
 彼らは定義さえ定かでない言葉を感情に任せていい加減に語るのです。それこそが『幼稚思考』なのです。
 本文では「シックの個人神」以外に「組織神」などという捉え方もされていますが、おそらく「組織神」として神を認識している信者はおらないのではないかと思います。
 何故なら、組織活動の場合、特に日本では「神のために…」というフレーズはほとんど使われず、普通は「真の父母様のために…」「摂理のために…」などとなり、組織はあくまで人間が作るものであって、組織として実績を上げることによって「神を喜ばせたい」と考えるのが普通なのです。
 日本の統一信者が組織を極端に重要視し、また精神的にも依存しているのはその中心に「神」が存在していると思っているからではなく、日本特有の文化のためと考えられます。
 即ち、日本は島国で人々の組織的繋がりを重要視する文化を歴史的に持っており、個人の存在を社会組織の中で考える習慣があります。
 その日本の文化が「統一」を重要視する統一教団の思想と結合して、さらに組織中心の考え方になったのが日本の教団だと思います。
 日本人統一信者が自分が理解できない教団の命令にも従おうとするのは、それが神から来たものと認識するからではなく「真の父母様」からのものと理解しているからです。
 つまり、「真の父母様」は神を喜ばすために活動されているので、その「み言」に従うことが結局は「神を喜ばす」ことにつながると信じているのです。
 その信仰は神に対するものではなく、むしろ「真の父母」に対するものなのです。

 以上のように「個人神」ということはあり得ますが、「組織神」はないはずであり、組織活動の動機となるのは人間としての「真の父母」信仰だと思います。
 その「個人神」信仰と「真の父母」信仰に矛盾が生じて葛藤が起こることも当然あるはずですが、その場合は原理講論にある「堕落論」「復帰原理」という『幼稚思考』が役割を果たし、「自分は堕落人間で無知なので、真の父母に絶対服従せねばならない」となるのです。

 原理講論では最も説得力のある創造原理に従い、「個人神」について述べるなら、神は有限な人間には認識不可能でありながら、人間が行う精神活動の最も本質的な部分では神の精神部分を感じ取ることができると考えられ、それは精神的であるが故に、当然個人的な性格のものになります。
 つまり個人の深い精神的な部分以外で感じ取れる神以外に神など存在せず、組織体に働く神など存在しないのです。
 もし組織体に働く無形の何ものかがあるとしたら、それは伝統文化ということになるのだと思います。

 最後に、goutさんのコメントに質問のようなものがありましたので、ここで手短にレスしておきます。
 私がヘブライズムとして書いた「ユダヤ教―キリスト教」はあくまで個人の精神に影響を与えた宗教心を指したものでして、教会組織、宗教勢力の思想は別ものと考えています。
 キリスト教は基本的にイエス・キリストをメシアとして内面的に信じるのが本質であって、宗教国家を作らねばならないなどという宗教理論をイエス・キリストは語っていません。
 歴史においてキリスト教徒が非人道的なことを行なってきたのは そのイエスの思想に従ったのではなく、宗教とは関係ない目的のために権力者が宗教を利用したに過ぎません。
 その辺りは「主権復帰」などと政治的なことを明言している文教祖の場合とは全く異なります。
 また、投稿文では詳しく述べていませんが、宗教は本来内面的にのみ追究すべきであって、社会団体を作り社会勢力化したならば必ず堕落すると思っています。
 歴史上においては権力を擁護するために宗教が利用されてきましたが、人々の倫理観が発達した現代においては宗教団体など必要なく、ただ高度な哲学を啓蒙できる教育者がいれば十分だと思っています。
 

それそれ調べますよ

ネット環境が整ってきましたので、調べれば誰でも持論を提示している方々は多く、著名人やはたまた一般の人も、コメンテーターのように意見を発信しています。

どの情報をどのように自分で把握して、結論付けするのかの作業だけ必要なだけで、多くの偉人たちなどからのヒントも自分で見つけるだけです。

子供たちは、調べるでしょう。
(ちなみに、今はほとんど就活もネットです。)

カルトか否か
教祖の言ってることは、正しいのか上部だけなのか現実は・・・なんてことは、あからさまになります。

教育されるなら正しく伝える教育をどれだけ日本が出来るかというところでしょう。

でも、反日化している教科書選定ですから、教育も期待は出来ないので、何が正しいかは、「自分で調べる」これが基本になると思います。

ネット使いが20年前から今のようにあって、調べようとしていたなら、カルトの現実に早く気づけたのに残念です。
そうしたら、賠償請求もしたであろうに・・・遅すぎました。

聖書を中心とした宗教も、基本的にカルトです。
聖書の中の「神」は虐殺者でした。殺人を推奨する神でした。

統一教会の場合「神」なんて信じてない教祖が「神」の名を使い信者をカモにしていただけだったというのが真実ですよ。
小難しいこと語るのが好きな方が多いのですが、現実このカルトでは信者は幸福ぶっているだけで、真実は幸福からは遠くなるのでございます。

ホント!カードローンで献金した金はじめとして、金と投入した期間の賠償してほしいわ~。自己責任では済まされないから、賠償請求1000億円以上、被害金額と3万人越えの被害者がいるのです。

悪辣カルトだ消え失せろ!と、書き込む人がいなければ、気づく人も気づかないから書き込むんだよ。理論理屈でこねくり回してるのなんて、私のようなのにはストレートには入って来ないからね。

反日朝鮮カルトは、世界から消え失せろ!
未来の日本人にとって害はあっても益はないカルトは消え失せろ~!


*信教の自由はあるので、選択肢は個人にあります。

ナツミカンさんにアドバイス

>悪辣カルトだ消え失せろ!と、書き込む人がいなければ、気づく人も気づかないから書き込むんだよ。理論理屈でこねくり回してるのなんて、私のようなのにはストレートには入って来ないからね。
>反日朝鮮カルトは、世界から消え失せろ!
未来の日本人にとって害はあっても益はないカルトは消え失せろ~!

 どうか統一ワラ人形に三寸クギでも打ってくだされ。
 書き込みたいのであれば、どうか自分のブログにでもどうぞ。

 当分の間、顔を出さないでくださいな。あまりにも幼稚文なら削除します。

ちょっと泣き泣き

 goutさんと神々の黄昏さんの投稿。論理的にも変なんだけど、「うずらの卵」さんの投稿を読めばすご~く変!に思えるはずです。知性は磨かないとなぁ。

 明日更新する記事を読んで、同感&反発していただきたい。

増井俊行さんに回答します。

 遅くなってごめんなさい。
 タイトル<するどい分析と観察力です>での質問に回答します。

「貴方は、だいたい脱会者と主にインタビューしておられるが、現役信者で今でも感謝して信仰を続けていて、幸せに満足している信者も多数いる訳ですが、そのようなタイプの統一家庭をイワタビューして記事に書いたことがありますでしょうか?」

 記事に書いたことはありません。

 別冊宝島、月刊現代、情報センタ-出版局で、統一教会のことを書きましたが、主題はいずれも「強制説得」のことです。

 ところで、「だいたい脱会者と主にインタビューしておられる」との認識は間違いです。

 現役信者にも取材、というよりおしゃべりはたくさんしています。家にもお邪魔したこともあります(3家庭)。

 もっとも、最初に会ったときは「現役信者」。その後「やめた」「足が遠のいている」といった人は少なからず・・・。先の3家庭のうち1家庭は教会から足が遠のいています。

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