統一教会・徳野英治会長-記者会見の問題点④ 

統一教会考(7)-信者個人の責任について

統一教会の緊急記者会見についてのコメント(4)

信徒会は存在しない!?

徳野氏の記者との質疑応答で、一瞬、わが耳を疑ったのは、次の問答である。

■?宗教団体には教団と信徒会というのがありますが、統一教会には信徒会がない。信徒会の責任に任せるということではなく、教団が直接、信者に責任をもつという立場ではないですか。(統一教会系新聞の記者)

徳野 やはり宗教団体、もちろんそれぞれ宗教団体の性格は違うでしょうが、宗教法人というものはメインは魂の救いと、信仰的宗教的指導がなんといってもメインであります。

したがいまして、当統一教会も信者の方々の信仰指導 そして教育、伝道問題、これを監督指導してまいりました。
したがいまして、個人の信者さんの全生活、プライベート一切、あるいは経済活動、その他を含めてすべてを教団が指導監督する立場にございません。

したがいまして、信者さんが各自がそれぞれ自覚をして、信仰指導を受けながら、自らの行動における倫理基準を高めていく。そして社会的問題を起こさないように自覚をしていただいて、責任をもって行動していただくと。

そういう意味において、確かに、統一教会は教団と信者以外にはありません。信徒会という組織はございません。

しかし、やはり、原則は信者さんの個人の行動に対しては、信者さんの個人の自覚と責任において、しっかり行動していただくと。
そして、社会的な問題や世間にご迷惑をかけるような行動は謹んでもらうと、このように指導している最中であります。
(引用終わり)


 思わずのけぞってしまったのは、「信徒会という組織はございません」-だった。

<そんなバカな!俺はつい最近、「世界基督教統一神霊協会 ○○教会 信徒代表 A」の名刺を渡してくれた信者さんと会ったばかりだぞ。あっ、あれは幽霊だった?のか>

 名刺には信徒会代表と書いてはないが、献金などの返還請求の交渉に立ち合ったときに、話したのは確かに「○○教会の信徒会を代表」をしているというAさんだった。
 そればかりではない。このあと、△△教会のある役職者と話したときに「信徒会」の名前が出ているのだ。

 少しばかり背景を説明しておく。

 教団本部は、一連の事件を受けて、印鑑・風水など霊トークが絡む物品の販売中止を指示した。大英断である。(注1)
 しかし、それにともなって献金目標(ソフトなノルマ)が下方修正されるのならともかく、そうではない。
 そのため、現場は大慌て。
現在、献金を捻出するために、様々なアイデアが検討されているらしいが、この△△教会では、「朝鮮人参フエア」を企画した。(注2)

以下は、役職に就いている信者さんとの会話である。

「印鑑・風水などの販売が中止されて献金が大変でしょう。どうされているのですか」


「朝鮮人参の販売に力を入れているんですよ。近くに教会員がやっているお店がありますので。もちろん純粋に朝鮮人参を販売するだけですが、固定客になった人を伝道する場合には、はっきりと『私は統一教会員です』と名前を明かしてからするように指導しています」

「まさか、『癌が治る』なんて、セールストークしてないでしょうね」
「と、とんでもないですよ(笑)」
(それなら、まったく問題ない。それで、つい突っ込んで聞いてみた)

「信者さんの家々にファックスで、知人・友人・家族などをその店に誘うように動員をかけていませんか。そうしたファックスにはX人という獲得目標数も書いてあると聞いていますが」
 こう質問すると、ちょっとシドロモドロになって、彼はこう答えた。
「そうしたファックスは信徒会のほうでやっているようですが、教会とは関係ありませんよ」

「信徒会」の存在を知ったことは、こうした個人的な体験からだけではない。
 徳野氏が自信ありげに2月と3月の通知文のことに言及していたが、その3月の通知文にもこう書いてあるのだ。(前回、引用した文章である)

「これまで教会員が信徒会等の活動の一環として献金を奨励・勧誘する際に、家系図等を用い、先祖の因縁ないし先祖解放等を理由に献金の必要性を説くようなことが一部行われてきたようです」

 頭隠して尻隠さず。語るに落ちた-とは、このことだ。

 そもそも、民事訴訟で、教団の使用者責任を追及されたとき、教団側は「この事件は宗教法人とは関係のない信徒会が勝手にやっていたことで・・・」と釈明していたではなかったのか。


 それで、統一教会本部に改めて質問した。回答は以下の通り。
「信徒会は任意団体であり、統一教会とは関係ない組織です」
 つまり、統一教会の信者の、たとえば「釣り同好会」とか「皆既日食を見る会」といった任意団体のようなものだ、というのである。

 しかしながら、先の通知文を読む限り、信徒会は教団の献金活動と密接な関わりがある。

 なぜ、統一教会系新聞の記者があえて「信徒会」のことを持ち出し、教団側は存在そのものを否定してしまったのか、あれこれ穿ちながら考えてみたが、納得いく回答は見つからなかった。

 そのことはともかく、信徒会の存在は、「日本の統一教会を考える」上で、世界・統一教会の中における日本・統一教会、そしてまた、日本・統一教会の二重構造を考える上で、とても重要なことだと認識しているが(『我らの不快な隣人』242~247頁を読んでください)、ここでのテーマは信徒会ではなく、記者会見についての私の感想。これ以上、言及しない。

話題を転じる。


組織と個人

 今回の記者会見で、多くの教会員(主に最前線の経済部隊)は重い足かせを嵌められたと思う。

(1)日本の信者にとって絶対的ともいえる摂理献金の目標額(ソフトなノルマ)は変わらない。
(2)しかし、印鑑や風水などの販売は禁止されてしまった。
(3)そして、これから何かをやるにせよ、「信者さんの個人の自覚と責任において、しっかり行動していただく」

今後、もし信者が違法行為につながるような献金活動をした場合、「統一教会考(4)」で述べた使用者責任との関係で、宗教法人としての責任が問われるようなことはないのか。

 教団中枢部(主に法務局か)は実によく考えたと思う。次の法律に注目したのだと推測する。

第715条(使用者等の責任)

1・ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。



 どういうことか。宗教法人としての統一教会は2月の通知文と3月の通知文で、「相当の注意」をした。
 よって、この通知文以降、信者が違法行為を行った場合、統一教会の「使用者責任」は発生しない?ということなのだ。(注3)


「真のお父様」の摂理を実現するために、借金献金で自己破産になろうが、あるいは献金のために違法行為をして刑務所に入ろうが、組織は関係ありませんよ、というわけである。

 法律論では使用者責任をクリアできても、正直、冷たい組織だと思う。

Attention,please!このブログを読んでいる教会員のみなさんは、自分の身を守るために、通知文と記者会見の質疑応答を塾続してください。「前科者になっても、組織は注意したのに守らなかったおまえが悪い」ということになりますから。 



革命を実現するには、組織防衛のために個人が犠牲になるのは当然という、共産主義革命を目指していたコミンテルン時代を思い出した。
 統一教会が闘争の相手としてきた共産主義組織と体質が似てきたとは、皮肉な話である。

 もっとも、歴史が物語るところによれば、「組織を防衛せよ」はその実、「中央本部の幹部党員(革命でメシを食っている人たち)を守れ」だったのが・・・。


(注1)信者の中には誤解している人たちもいるようなので、注釈しておく。問題は印鑑や風水といった商品にあるのではない。もしそうでないのなら、全国の印鑑屋さんや風水師はすべてお縄になってしまう。
 法的に問題になるのは、そうした商品を売買するときに、畏怖・困惑・威迫といったトークがあったかどうかである。
 宝石の販売であっても、「この宝石には霊魂が眠っている。この宝石を買わないと、あなたの運勢は悪くなる一方だ」といったトークをすれば、特定商取引法に違反する。
 商品が問題ではないのにもかかわらず、教団が印鑑や風水などの販売中止に踏み切ったのは、こうした商品を販売するときに、商品の特性上、どうしても霊的トークを信者が使う恐れがあると判断したからなのだろう。

(注2) ある信者たちは「カウンセリング事業」を研究しているという。カウンセラーの資格を得るために専門学校に通い出した人もいるとかいないとか。
 仮に、この事業に乗り出したとしても早番行き詰まるか、トラブルが多発すると予想される。
 なぜなら、事業の中心を担う献身者(有給無給を問わず職業宗教家)は、社会経験がまったくかほとんどない人たちばかりである。そうした人たちが、社会経験が豊富な悩める人たちの具体的な相談に応じることなんかできるわけがないからだ。
 献身者たちも悩みが多いから、それを解決するために、韓国清平(チョンピョン)に出向き、自分に巣くう悪霊を取り除いてもらっているのではないか。
 悪霊払いをしても悩みは解決しない。そのために何度も何度も清平に通う姿は滑稽としか言いようがない。
 カウンセリングが必要なのは、一般の人よりむしろ悩み多き教会員のほうだと思うのだが・・・・。

「もっと献金してえ~」 (ある30代後半の男性献身者が私に語った言葉<笑>)と思っている信者さんは、楽して稼ごうなんて考えずに、2つでも3つでも仕事をもって、60年代の廃品回収をしていたときのように、額に汗して働くがいい。それがまっとうな信仰の道というものであろう。

(注3)民法第715条にある「相当の注意」とは、どの程度のことを指すのかわからないが、統一教会本部の公式サイトに通知文を載せたことで、あるいは教会指導者に通知文を説明したことで、「相当の注意」をしたことにはならないと思う。
 すでに徳野記者会見を受けて、全国の教区長、教会長、教域長、婦人部長などを集めて、コンプライアンスの説明を行ったと聞く。
 しかし、教会指導者が「通知文」をもとに、教会員に向けの注意事項を文章で作成し、信者全員に配り、それをもとに全員に説明してはじめて、「相当の注意を行った」ということになるだろう。ポイントは、すべての信者に周知徹底したのか否か、にある。
 使用者責任をめぐって裁判になれば、周知徹底したという証拠の提出が求められるのは必至だろう。
 コンプライアンスの道、まだ遠かりし、である。

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コメント

お金の出所

具体的に理論立てての解説がおもしろく、笑ってしまいました。

(注2)にある「楽して稼ごうなんて考えずに・・・額に汗して働くがいい」この言葉を肝に銘じるべきだと思う。信者として献金するためのお金が必要ならば。

一般人からみるとそう思います。

統一教会考

率直にいってこの統一教会考こそがこの問題の核心だと考えています。米本さんのブログは火の粉を払うことからはじまりました。拉致監禁は家族によるものであっても明らかな人権侵害です。ただし
家族によるものであれば(たとえ後ろに牧師さんたちがいたとしても)犯罪としての立証はむずかしいものでした。毒をもって毒を制す、この考えを容認するものではないですが、家族から見て他にどんな方法がありうるのか残念ながら現在明確な解は提示されていません。ただそこには統一教会が社会で受け入れざる犯罪カルト教団であるという認識が定着しつつあることが問題なのです。
協会はその教義とはうらはらに金集めの詐欺集団ではないのか、信者はみな犯罪に加担することになるのではないか、協会はその嫌疑を自ら払拭しなければならない。献金、摂理、日本と韓国に特に言及したその教義、さらにマインドコントロールとはどういうものなのか、何故マインドコントロールが拉致監禁でしか解けないと優秀な弁護士さんや神に仕える牧師さんたちが思っているのか。米本さんの述べているように問題とその解決を信徒に押し付けているようでは残念ながら、協会の姿勢が変わったとは
認められない。拉致監禁をいくら非難しても防ぐことができない。信徒会と呼ぼうが呼ぶまいが協会は信徒そものであり信徒の責任は協会の責任である。協会幹部は信徒ではないのか?

私もそうしよう

私も徳野前会長の
>したがいまして、信者さんが各自がそれぞれ自覚をして、信仰指導を受けながら、自らの行動における倫理基準を高めていく。そして社会的問題を起こさないように自覚をしていただいて、責任をもって行動していただくと。

をしっかりと胸に抱きながら、今後の生活指針、信仰指針として行こう。そしてこれに反しそうな人がいたら、注意を促していこう。これまでもそういう方針をここ数年、私個人としては取ってきたが、徳野前会長のお言葉があるのだから、鬼に金棒だな。

手かせ足かせ

壷、多宝塔、印鑑だめはっきり言って一番献金額が大きい品物の販売が不可能になり、使用者責任がついてまわり当教会と関係ありませんでは通用しなくなる。今後、修練会(2デー、3デー)等の時もコンプライアンス指導も追加項目になるだろうし、<天>の都合のみで<地>の方を軽く見すぎた結果だとおもいます。昔の食口は耳パンかじりながらリヤカー引いて額に汗して廃品回収をおこなっていた。故久保木会長のそのときの写真見たことがあります。ひたむきに誠実に食口の人たちはそんな天性のものをお持ちでは?

米本ファンになりました

はじめまして。統一教会現役信者のNY65と言います。現役と言いましても不真面目な信者ですが・・・

恥ずかしながら,米本さんのことは,つい最近知りました。まだブログを少し読ませて頂いた程度ですが,本質的なご意見にはとても納得させられます。

米本さんの毅然とした是々非々の姿勢にとても感銘を受けまして,さっそく「我らの不快な隣人」をアマゾンで注文したところです。

応援いたします。これからも頑張って下さい。

教団本部の内情は?

米本さん。
>もっとも、歴史が物語るところによれば、「組織を防衛せよ」はその実、「中央本部の幹部党員(革命でメシを食っている人たち)を守れ」だったのが・・・。

これを読んで、統一教団本部職員の給与明細をみてみたくなった。米本さんの本にも、本部職員さえ借金しておりバイトしている旨が記されていたが、本当のところはどれくらいの給与をもらっているのだろうか?

また、本部職員というのは何人くらいいるのだろうか?

さらに、教団の資産はどれくらいあるのだろうか?

地方組織や平信徒が借金で苦しんでいるのだから、本部職員は無料奉仕で仕事するべきだろうと思うし、給与を払うならば人数は極力減らすべきだと思うし、資産があるならとことん売却して地方組織や平信徒の借金返済に充てるべきだと思う。

今更、驚くことでもない

太字の文信徒会はあります太字の文

文師の懸念

方便教会といっても良いだろう。

元凶はF氏だと私はおもっている。

光言社「真の御父母様お帰りなさい」
から、42年前の文師の説教を抜粋させていただきたい。


「神は、サタンに対して方便を使わない。そうだろう。神は、サタンに対しては、いつも善をもってする。方便では、サタンは屈服しない。(中略)

もしも、ある一人が、ある一つの特定の地域のために、その責任を果たさんがためにうそを言った。それが統一教会の食口である。それを認める人が政府の責任者だったら、統一教会は一時にぶっ壊れる。そういう基準になる。そうだろう。「これは国家的に許されない。社会的その悪をふやす所の団体だ」。そういうことになる。

そういう例として、ヤコブとかモーセの例を言うだろう。それは違うよ。ヤコブはハランにおいてラバンの所で何回もだまされた。ヤコブがだまされたことに対し、サタンも認め、神がしゃくに触るほどだまされた。神がたまりきれないほど、ヤコブは忍んできた。(中略)

統一教会において「原理」を聞いた。次の日に里のほうに行ってうそを言ったら、それは善か。そうはいかない。それで別れるようになるというと、父母と永遠に別れる。友達と永遠に別れる。(中略)

これは、日本において、そういう社会問題になってくるようなことがあるんじゃないかということで、心配しておる。

(P123~124)」

実に1967年6月13日の説教である。


今の日本教会員の現状を見て、文師のご子息が涙を流されている。


一度構築してしまったF氏方式を、改革するのは困難だ。

ハーバード大学MBAを取得された息子さんがたに、期待している。

日本統一教会の公認教会は数えるに足りない。

大部分が賃貸の未公認教会だ。

そこに公職者が、日本統一教会の人事で、派遣されている。
しかし、建前上はあくまで信徒会の集まりとなっている。

献金にノルマはある。

しかし、あくまで自己責任において、なされている。

借金をしてまで献金する会員もいれば、スルーする者もいる。

それは確かだ。

今回、警察が入ったことを、文師の息子さんたちは良いことだと評価している。

世代が変わり、統一教会が何を目指している団体なのか、世間にもわかる時が来るだろう。

そのためにも、方便教会は改革されなければならない。


便所掃除でも

西田天香という人をご存知の方いますか?大正時代の偉い宗教家ですが、一軒一軒便所掃除をさせてくださいといって回ったそうです。霊感商法で世間に疑いをもたれた統一教会の信者も、それぐらいのことをして回ったらどうでしょうか?

本部職員はいくらの給料もらっているか?

早川さんが言っておられた、(本部職員は給料いくらもらっているか?)についてですけれど、私は本部職員ではなかったのでわかりませんが、私が当時所属していた部署について、1ヶ月いくらもらっていたか書いて見たいと思います。祝福を受けている人12000円、私みたいに未祝福の人11000円、昼食費1日800円×30日=24000円。合計すると祝福者36000円、未祝福者35000円となります。その代り、朝食.夕食はホームで食べれるし寝るとこも一応ホームがあります。日中は外でみ旨してますから(私の部署は置き薬を扱う会社でした)昼食費がでます。ただし、厚生年金健康保険.失業保険等の類は一切ありませんでした。祝福者12000円、未祝福者11000円これが基本給?ですかねー。現在はどうなっているかわかりませんが当時わたしの部署はこうでした。あくまでも当時の本部職員も私の額とそれこそ(どんぐりのせいくらべ)では?と思います。ちなみに1984年当時の金額ですあしからず。

NY65さんへ

 NY65さん、投稿ありがとうございました。不良食口といえども現役の信者さんが、統一教会批判派の私のファンになられるのは、なんだかこそばゆいような複雑な気分になりますが、今後ともよろしくお願いいたします。
 また、拙著を読んでいただけるとのこと。正直、うれしいです。このブログはそれぞれのカテゴリが一つの読物となることを意識して更新しているのですが、あくまで資料に掲載したルポ『我らの不快な隣人』本が前提になっています。そのために、本の何頁に関連記述があるか細かく説明しているわけです。

 徳野記者会見のコメントのあと、拙著の書評を紹介する予定です。そのときに感想をコメントしていただければ、書き手にとっては望外の喜びとなります。よろしくお願いいたします。

 前回のブログのコメント欄は、限られた方による、やや”論争的”な様相を呈していたため、管理人としては新しい人が投稿しにくいだろうと心配していましたが、今回はいろんな方が投稿されるようになって、ホッとしています。これまで投稿をためらっていた方々の登場をお待ちしています。

 匿名希望さん。字体を変えたりカラーリングされる場合は、当該箇所をカーソルでなぞって、反転させてから、お好みの字体や色をクリックすればいいです。
 うまくいかなかった場合は「編集」ボタンを押して、修正すればいいです。その場合、投稿したときのパスワードを覚えておくことがポイントです。参考になれば幸いです。

久しぶりのコメントです。
しばらくブログのチェックができない状況だったものですから・・・(^^ゞ
とりあえず未読の部分に目を通したところです。
今回の米本さんのコメントの、「信徒会は存在しない!?」の件ですが、私も米本さんが投稿された徳野前会長の記者会見の内容を読んで、この部分でぶっ飛びました。正直 会長それはないだろう。屋根に登ってハシゴをはずされた気分です。一体どういうことかと本部に問い合わせたところ、やっと最近返事が来ました。回答は「本部が主催あるいは指示をして設立された信徒会はない。各現場においては、信徒会が存在している教会もある。」・・ということだそうです。????実際、私と同じ思いを各現場や本部担当者も感じていると思います。実際のところは、会長の不用意な発言というところなのでしょうが、記者会見の場でやってしますとは・・・。
いままでの多くのコメントで批判されている内容も、現役信者の立場ではありますが、批判されて当然のことと受けとめております。この会長の発言もそうですし、会長が交代しても公式ホームページではいつまでも告知されないし(最近やっと告知されましたが)内部にいても、人は良いのですが、人間として未熟な人間が多いことは率直に認めるしかありません。そのこと故に、過去に多くの問題を起こしてきたともいえるでしょう。
ただ、國進様を中心に、過去の過ちを率直に認め正して行こうという雰囲気は出来つつあります。とはいっても、信者5万人以上をを抱える組織の末端まで意識浸透するのは容易ではないでしょう。(人間的に未熟な人も多いですし・・・。前途多難です。

首を長くしてお待ちしていました。

「悩める信者」さん、投稿をお待ちしていました。
 オーバーな表現と思われるかもしまれんが、ブログを書いていて孤独になるときがあります。そんなとき、悩める信者さんが投稿してくれないかなあ、それを読めば癒しになるのに、と思っていたのです。

 教会内がいろいろ大変な状況にあることは理解しているつもりですが、もう少し頻繁に覗いていただき、苦悩の一端を明かしていただけるとうれしいです。よろしくペコリです。

Re:首を長くしてお待ちしていました。

米本さんに、そこまで言っていただくと、おもはゆい気分ですが・・・(^^;ゞ
私も正直なところ、統一教会内部にいながら、もう付き合いきれないと思うことも多々ありました。それでも、残っているのは、付き合いきれないと思う内容が、目の前の人間関係であったり、日本統一教会の組織的問題であったりで、文先生や統一原理そのものを否定はできないからです。
米本さんの指摘される内容は、私にとってはいちいち腑に落ちる内容で、批判されながらも共感を覚えています。
私が身内の恥をさらすような投稿をするのも、統一教会がよくなってほしいからですが、残念ながら周りにそのことについて意見を交わせる人は少ないです。
私にとって、このブログは、統一教会外部の方と意見交換できる貴重なブログです。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

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