統一教会・徳野英治会長-記者会見の問題点② 

統一教会考(5)-正体隠しの伝道について

統一教会の緊急記者会見についてのコメント(2)

記者会見の中で、私がいい意味で一番驚いたのは、勧誘・伝道する際に、正体を明かして、つまり統一教会の名前を明かして伝道するように指導している、と徳野会長が明言したことである。

その発言部分を引用してみよう。

画期的な徳野発言

現在、統一教会は直接文先生を最初から証をして、統一教会の名前をはっきりと証をして伝道しなさい。友人、知人、家族の方々、あるいは様々な知り合った人を伝道する際に、はっきりと統一教会の名前を言いなさい。文先生の名前を言いなさい。もちろん、驚く方もおられるだろうし、そう簡単に受け入れない方もおられるでしょうけど、それはやむを得ない。
 しかし、正々堂々と統一教会の名前を証して、そして文先生の名前を証して、伝道しなさい。こう、いま強く指導しています。

本年2月12日の通知文、ならびに3月14日の通知文(日付ママ)を通して、伝道を、最初から統一教会を証してやるように。今までその部分において不足な部分があって様々な誤解や問題が起きてきたところがある。
そういう問題を二度と起こさないように、誠意をもって、正直に、正々堂々と統一教会の名前と文先生の名前を言いなさい。そして伝道しなさい。と、このように指導しているところです。

 ゴチックにしたところは、徳野氏がひときわ力強い声で述べたところである。

 徳野会長のこの発言は、3月25日の通知文よりさらに踏み込んだものである。

 すなわち、正体を明かす部分について、通知文では次のようになっている。

勧誘目的の開示 教会員が自主的に運営するビデオ受講施設等における教育内容に統一原理を用いる場合、勧誘の当初からその旨明示するように指導して下さい。また、宗教との関連性や統一教会との関連性を聞かれた際には、ビデオ受講施設等の運営形態に応じた的確な説明ができるよう、ご指導下さい。


 いま一つ文意が取りにくい文章である。
 ビデオセンターに勧誘するときに、勧誘者は最初から統一教会員であることを明かさなければならないのか、それとも質問された場合に限って説明すればいいのか。「運営形態に応じた的確な説明」とは何なのか。
 要するに、言語明瞭、意味不明瞭の竹下さんみたいな文章なのだ。

 これに対して、記者会見での発言はすっきりしている。「統一教会を明かして伝道しなさい」「文先生(文鮮明)の名前を明かして伝道しなさい」と明確なのだ。

 統一教会のことをあまり知らない人にとっては徳野発言の歴史的意義がわからないことかもしれないが、これは、実に画期的なことなのです。

 そもそも、統一教会の負の歴史は、高額な大理石の壺などを売りまくった80年代の霊感商法から始まった。
 そのときから、信者は自分の正体を明かさずに、「ハッピーワールド」(輸入代理業)あるいは「全国幸せ連絡協議会」(任意団体)などの名前で、また「大理石の壺」以降、90年以降は、印鑑、風水、水晶彫刻などの宗教グッズあるいは朝鮮人参などを、信者はそのつど設立される会社の社員として、やはり正体を明かさず販売し、顧客をビデオセンターなどに勧誘してきた。
 
 伝道は、商品販売を通してだけでなく、街角やキャンパスでのアンケート、手相占い、姓名判断など、婦人部隊は健康セミナーとか子育て相談会といった講演会などを媒介に、やはりいずれも正体を明かさずに行ってきた。(注1)

 自分たちのグループが統一教会であり、世界を救う救世主、再臨主が文鮮明氏であることを明かすのは、信者にするための教化過程の中頃になって、ようやくのことだった。(注2)



 歴史の詳細はともあれ、80年から今日まで、実に30年近く、正体を隠して勧誘・伝道を行ってきたのである。簡単にいえば、日本・統一教会の歴史にとって、大半が正体隠しの歴史だといっていい。

 このため、「統一教会は気味の悪い集団」というイメージは、社会(むろん信者の家族にも!)にすっかり定着してしまった。  私の周辺では、オウムより統一教会のほうが圧倒的に嫌われているが、それは正体隠しのせいである。
フリーメーソンではないが、正体不明だと、実に不気味に感じるものなのだ。この世間の感覚は現役信者には理解しにくいかもしれないが・・・。

 少し横道にそれるが、出版社の編集者(早稲田卒)に「統一教会の取材で松濤の本部に出向くことがある」と話すと、「勇気がありますねえ。ぼくなんかは拉致監禁されるんじゃないかと怖くて、とてもあの建物の中に入れませんよ」と、変に感心されたことがある。

 別の話である。後日書くつもりだが、教会員である妻が夫に内緒で多額な献金をしていることが発覚した。夫は地域の統一教会に直接出向き、返還交渉することになった。北大卒の夫は一流企業のサラリーマン。同僚は「もし、おまえが明日、会社に来なければ、監禁されている、場合によっては殺された可能性もあるとして、警察に出向くよ」と話したそうである。

 これが世間の感覚なのである。すべては正体隠し、それにともなう秘密体質のせいだ。

 正体隠しは、反統一教会陣営も、私など統一教会批判派も、こぞって批判してきたことだ。
 とりわけ、全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)は87年の発足当初から裁判で、正体隠し伝道の違法性を主張し続けてきた。福岡高裁判決などでは正体隠しの伝道は違法であるとはっきり認定している。


 こうしたことが背景にあるだけに、3月の通知文、そして今回の記者会見で、正体隠し伝道を一掃し、「統一教会の名前と、文先生の名前を明かした上で伝道せよ」となったのだから、私が驚き、賛辞を送りたくなるのは当然のことだろう。

 反統一教会の人たちは「もし正体を明かしての伝道指導が本物だったとしても、あたりまえのことをやるようになっただけ。評価に値しないことだ」というかもしれない。気持ちはわかるが、30年間近くできなかったことを改善するというのだから、私は素直に評価したい。


新しい酒には新しい革袋が必要、

ところで、徳野氏に拍手を送りながら、その一方で、<はたして実現可能なのか>と憂える気持ちが湧いてくる。

 3月の通知文からすでに4カ月が経過しようとしている。
 正体を明かしての伝道はどうなっているのか。

 私がたまたま知り得ただけの情報だが、東京・荒川区の青年部は統一教会の名前を明かした上で、アンケートをツールにした勧誘を開始している。
 東京・北区の赤羽教会は教会主催の講演会を企画し、統一教会の名前が明記された講演会の勧誘ビラを、家々を訪問しながら配布する活動を行っている。
 いずれも、統一教会の北東京教区下の組織である。

 赤羽教会主催の講演会情報は、赤羽に住む知人から教えてもらった。知人が受け取ったビラをもとに私も講演会に参加した。この話は後日、書きたいと思っている。

 しかし、全国のほとんどの組織は戸惑っている状態ではないかと思われる。なかには、徳野会長の指導を無視して、相変わらず、正体隠しの勧誘を指導している地域もあると聞く。

 徳野指導が実行に移されないのは、2つの原因が考えられる。

 その1つは、各地域組織の指導者がこれまで正体隠しの伝道しか経験したことがなく、どうやればいいのかわからないことにある。
 80年に25歳で入信した信者は、いま50代半ば。こうした層が地域の指導者(教区長、教域長、教会長クラス)となっている。入信してから今日まで、彼らは正体を明かして伝道した経験が一度もないのだ。
 教団の中枢部を構成する人たちとてそうだろう。

 信者の戸惑いは、いろんなことを想像すればなんとなく理解できてくる。

暴力革命に人生をかけてきた革命戦士が、明日からは平和革命だと中央指導部から指示されたときの戸惑い。
明治維新になったときの武士が、明日からは刀を捨てて糊口をしのがざるを得なくなったときの戸惑い。(この戸惑いが理解できるようになったのは小説家・蜂谷涼さんの小説を読んでからです。お勧めの作家です)

「火の粉ブログ」のテーマに寄せていえば、強制説得しかやってこなかった牧師が、明日からは監禁下ではなく信者の行動が自由な空間で脱会説得しなければならなくなったときの戸惑い。


 まあ、モグラが地上に顔を出し、あまりの明るさに戸惑ったときのような感じといったところか。
 ただただ戸惑うだけで、統一教会の名前を明かして、どうやって勧誘・伝道すればいいのか、誰もわからないのだ。
 その意味で、赤羽教会の実直でまともな試みは、大いに注目されよう。

 また、山陰のある教会か、教会内のグループかは不明だが、一貫して統一教会の名前を明かして伝道してきたところがあるという。文化大革命時の毛沢東の「雷鋒同志に学べ」ではないが、全国の信者はそうした模範的な地域組織に学ぶ必要がある。


 もう1つは、個々の信者や地域指導者に対する「日本・統一教会」の評価基準が、これまで長く、勧誘・伝道数(ビデオセンターに勧誘した数・ビデオセンターでの受講完了者数、献身者の獲得数など)と、献金額(献金した金額、献金させた金額)-の主に2つであり、それが今でも変わっていないことにある。

 評判のきわめて良くない統一教会の名前を明かして、新たな信者を獲得するのは至難の技。それでいながら、評価基準は昔のままというのは矛盾している。

「売上高より利益を重視せよ」と会社の方針は変わったのにもかかわらず、社員の評価基準が売上高一辺倒だったら、社員や中間管理職はどうすればいいか困ってしまう。

 日本担当を命じられた文鮮明氏の4男、ハーバード大卒の国進氏だったら、この意味は理解できるはず。仄聞するところによれば、最近、評価基準を変更したと聞くが、まだハーバード卒の能力を生かしていないようだ(あるいは能力の限界か)。
 
 わかりやすい例題を出せば、こういうことだ。

徳野氏の指導に忠実に従い、1年間1人もビデオセンターに勧誘できなかった信者と、指導を無視して100人を勧誘した信者と、どちらを評価するのかということだ。
 現状の統一教会では、間違いなく、正体を隠して伝道した後者が評価される。

 教会員がメシア、真のご父母様と仰ぐ文鮮明氏は「正体を明かして伝道せよ」「大勢の人を伝道せよ」とみ言葉を発してきた。ところが、正体を明かして大勢の人を伝道するのは至難の技。そこで、日本・統一教会は前者のみ言葉をこれまで無視してきた。

 ちなみに、韓国・統一教会の中で、自分の正体を隠す人はほとんどいない。
 以下の写真は、07年8月に韓国・江原道の日本の花嫁さんの家を取材したときのもの。このときの文章は『我らの不快な隣人』15頁?を読んでください。
 クリックして拡大すれば白い車の上に旗が見えますが、これは統一教会の旗です。近所の人はみんなこの家が統一教会信者だと知っています。

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 ようやく文鮮明氏の言葉に従うことを、徳野氏は明言したのだが、新しい判断基準を示さない限り、指導は画餅に終わってしまう。

 新しい酒は新しい革袋に盛れ。この諺を日本の統一教会幹部にプレゼントしておきたい。


 繰り返しになるが、徳野会長は「統一教会と文先生の名前を明かして伝道するように指導している」とマスコミの前で、とにもかくにも公言した。つまり、賽は投げられたのである。

 もし、信者や地域指導者が正体を明かしての伝道は難しいとか、あるいは教団中枢部の具体的な行動基準が示されないから動きにくいとかといった理由で、正体隠しの伝道を以前と変わりなく続けるのであれば、それは徳野会長をはじめとする日本の「中心」ばかりではなく、メシアに弓を引く行為であり、それは同時に日本の社会が徳野前会長や梶栗新会長ばかりではなく、統一教会の上から下までまるごと、今後一切合切信用しなくなることを意味する。

 それとは逆に、徳野氏の発言を忠実に、愚直に実行していけば、いつかは「気持ち悪い集団」というイメージは払拭される。「ニュース(6)」で書いたが、「拉致監禁をなくす会」のメンバーは堂々と統一教会信者であることを明かして、宣伝活動を行っている。通行人は決して「気味の悪い人たち」と受け取らず、ビラを受け取り、なかにはどういう事件かと質問する人もいるのである。

 文脈からそれるが、正体明かしの問題と大いに関係することなので、もう1点だけ書いておく。

 「まず隗よりより始めよ」。この言葉を、統一教会の婦人とその指導者たちにプレゼントとしておく。

 いま教団の婦人部関係者たちは新伝道方法の実行に頭を悩ませていると思うが、「まず隗より始めよ」で、婦人(妻)は、夫に
「私は統一教会員です。これまで隠していてごめなさい。入信したのは△年です。これまでに家の預金から○△万円、教会に献金していました。心から申し訳なく思っています」
 と正直に告白し謝罪すること、指導者は婦人たちにそのようにするように指導することである。

 日本・統一教会は、既成のキリスト教会と異なり、日曜礼拝だけでなく、月、火曜と平日にも礼拝を行っている。平日礼拝に参加するのは、夫に信者であることを隠している婦人か、明かしたけど反対されてやめたことにしている婦人のどちらかである。(その数、推定で2万人『我らの不快な隣人』の21?26頁と253頁?255頁に詳しく書いてあります)

 夫に隠れて平日礼拝に通う婦人信者たちは、いくぶん後ろめたさを感じながらも、心は隠れキリシタン。別に教団が国家権力から弾圧されているわけではなし、たんに夫に正直に話せないだけのこと。大きな堂々した玄関があるのにいつも勝手口から入るような、奇妙で奇天烈なコソコソ信者でしかないことが、本人たちには見えていないのだ。

 それなのに、彼女たちが目指すのは「まことの家庭」。現実と理想の乖離はなはだし,というより精神が分裂しているのである。
 さらにいえば、彼女たちを指導する人は、夫の目をいかに誤魔化すか、献金勝利の表彰状をどこに隠したらいいかといったレベル。エンタの神様のネタになるような“指導”がゴロゴロしている。「おもしろうてやがて悲しき鵜飼かな」。ほんとうに情けなくて、悲しくなってしまう。

 見知らぬ人に勇気を出してカミングアウトなんかしなくていいから、家族に明かすのが先決だろう。まるで小さな子どもに説教を垂れているようで、頭がくらくらとしてきそうだ。(注3)

長くなったが、最後に一つだけ、韓国取材でのエピソードを紹介しておく。

ソウル市の隣、九里市で日本の花嫁さんを取材した帰り道、高校生の一団が、道路に広げた白い布切れを指さし、南北統一を願う一言を書いてくれと、通行人に頼んでいた。
その中の一人の男の子に、「君は統一教会二世なの」と聞くと、
「はい!そうです!」とうれしそうに、答えてくれた。
両親は日本・統一教会の堺教会に所属しているという。
「日本だと、なかなか統一教会だとは言えないよねえ」と水を向けると、ちょっと曇った表情になった。
「やはり、自分は統一教会の二世だと堂々と言えるのは気持ちはいいよねえ」
こう話すと、目を輝かせて、「はい!」と元気のいい答えが返ってきた。

私もすがすがしい気分になった。忘れえぬエピソードである。


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(注1)統一教会の婦人部隊と、世界女性平和連合の会員とは、年齢層がきわめて似通っている。このため、正体隠しの伝道のための各種催し物も、世界女性平和連合の会員も行っているのではないかと疑われることがあるが、同団体はそんなことはしていない。

(注2)統一教会の教化システムは、郷路征記氏の『統一協会 マインドコントロールのすべて』(教育史料出版会)が詳しい。ただし、彼のマインドコントロール論は作文にすぎない。『我らの不快な隣人』の12章で、そのことを指摘しておいた。

(注3)家族に信仰を明かしていないのは青年や学生も同じである。しかしながら、親に明かすと、拉致監禁される可能性がなきしにもあらず。そのため、青年と学生の場合、なにがなんでも、明かすべきだとは思わない。個々の親子関係、家庭状況を見極める必要がある。必要なのは、拉致監禁されない環境づくりである。
 婦人の場合でも、夫に知られた結果、拉致監禁されたケースもある。これについては後日紹介する。ただ、なるべく早く正直に告白し謝罪すれば、それだけ拉致監禁リスクは減る。

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コメント

「統一教会であることを隠さない」に大賛成

「統一教会であることを隠さない」このことが、私のできる改革運動ではないかと思っています。実をいうと、私が実名で投稿し始めたのも、これとかかわりがあります。私の所属教会のトップは、「私は統一教会○○教会の責任者です」と名乗って毎日伝道しているそうです。で、その次の人が、「最初から名乗ると、話ができないので、うまく途中で入れるようにしている」と言ったので、「それではいかん」と思ったわけです。私は統一教会の信者である、原田和彦である、という姿勢を鮮明にしたかった、ということが実名投稿のきっかけの一つです。私事をあまり述べすぎるといけませんので私のことはここまで。

この堂々と名乗って伝道すること、そしてそれをちゅうちょするような発言を責任者がした場合には意見をいうこと。これが一般信者にできる教会改革運動ではないかと思っています。

名乗らずに伝道している教会がある、というのは、米本さんが最初にあげられたような、新しい体制になかなか順応できないということよりも、二番目にあげられた評価の面が大きいと思います。この「最初から名乗ると、話ができないので、うまく途中で入れるようにしている」という人のように、具体的に伝道実績を追及される立場の人が、統一教会のイメージが悪すぎて、伝道実績が出せないと思っている、ということの方が大きいと思います。

しかし、せっかく徳野会長が12月以来力を入れてきた伝道路線ですので、何とか新会長もこれを引き継いで、強力に全国の責任者たちの後ろを押してほしいと思います。

ただ、新会長の指導だけでは、これが定着するにはまだ時間がかかるでしょう。そこで、一般会員の私たちが、何で最初から統一教会を出さないの、と質問し続けることが大変重要になってくるわけです。さあ、これから現役の出番だ。本部にどなり込む勇気はないけれども、いつも顔を合わせる身近な責任者に忠告進言することなら、私にもできるでしょう。ほかの現役の皆さんもできるのです。将来の希望を見つめて頑張りまーす。

あなたがたもフツーの人間

米本さんの言うように、統一教会内部や反統一教会グループなどの関係者にとっては、正体を明かした伝道は画期的なことなのだろう。

しかし私にとっては、統一教会が最初から正体を明かして伝道しようが、正体を隠して伝道しようが、あまり大差はない。そして、私のように感じる日本人のほうが、「正体を明かした伝道は画期的だ」と感じる人よりも、実は圧倒的に多いと思う。

その理由は、我々一般人は「統一教会なんか関心ねえーよ」という無関心層だからだ。眼中にないのだ。意識に入っていないのだ。名前くらいは知っていても、自分とかかわりがないから、深くは考えていない。正体を隠しても隠さなくても、どうでもよいと思う人々が圧倒的に多い(はず)。

我々一般人が統一教会に関心を持つのは、我々の利害関係者となった時からである。統一教会が我々に迷惑をかけたり、逆に良いことをしてくれたりしたときに、「この教会はどんな団体かな?」と関心を持ち始める。そうでない限り、いくら文教祖がキリストの再臨だと主張していても、はっきり言って「存在すら意識しない」。完全に無視。シカトである。

たぶん統一教会員は、自意識過剰になっているのではないか? あなたがたは、我々一般人にとっては意識圏外にいる人々だ。一般人は、ほとんど気にしていない。

「私は統一教会員です。文教祖を信じています。一緒に礼拝に行きましょう」

と声をかけられても、

「へ? なにそれ? 金もうけできるか?」
「え? 宗教? あーごめんごめん、間に合ってます」

というくらいにしかリアクションしない。

だったら、あとで問題を生じないように、最初から正体を明かして伝道するのが得だよ。私は宗教心がないので、損得でしか物事を考えられない。でも米本さんと結論は同じ。最初から正体を明かして伝道したらいいよ。どうせ、大半の人は統一教会なんて意識もしていないから、あなたがたが心配するほど罵倒されたり水をかけられたりしない。

宗教をやってると、「自分たちの教えこそ真理だ」、「教祖様こそ神様だ」とかいう自意識過剰にどうしてもなってしまう。「自分が宇宙の中心」、「自分が神と結ばれている」という世界になっちゃうんだね。

私のアメリカ時代の彼女も、「わたしはイエス様の花嫁、神の花嫁」などとほざいていた。結構美人だったのでおしかったが、この自分中心宇宙観について行けずに、「おめーはフツーの女だよ」と言って別れた。

一般人は、「あなたがた統一教会員も、フツーの人間の1人、one of them」と思っている。だから、気にせずに正体を明かして伝道に出かけたらいいよ。きっと拍子抜けするほど、みんな君たちのことを知りもしないよ。

原田さん
「そこで、一般会員の私たちが、何で最初から統一教会を出さないの、と質問し続けることが大変重要になってくるわけです」とのことですが、その質問は余り意味がありません。
というのも、アベルを通して、教会の上層部から、そのように教え込まれ、仕向けられるがゆえに、一般会員は正体を隠し続けているからです。
そのために行われる、組織的・計画的心理誘導の実態は種々の判決文でも明らかになっていますが、原田さんは知らぬ存ぜぬと言いますか?それとも知っていると言うのでしょうか?


米本さん
統一教会考(4) 統一教会の緊急記者会見についてのコメント(1)でコメントした者です。
ご返答ありがとうございました。
一週間ほどで何を調べられるか分かりませんが、私が世界平和女性連合へ問い合わせた際の応答内容でしょうか?どうか存分に調べてみてください。
何なら米本さんご本人が一般人を装って同じ内容の問い合わせをしてみてもよいでしょう。

ところで、ダミー組織という言葉を「実物のように見せかけたもの」という意味で使っているのなら、確かに世界平和女性連合は該当しないかもしれません。
しかし、統一教会の反社会性を問題にしている人々(捜査当局、司法当局を含みます)は、統一教会の関連組織を「傀儡」とか「替え玉」、つまり「本体が正体を隠して活動するために組織化し操っている別働部隊」といった意味で使っているのです。

ジャルジンさんへ

ジャルジンさんって、あのジャルジンさん?作曲の大好きな。あなたも残念ながら文脈をよく読まない人なんだね。ま、このブログに書いてある私のすべての投稿を読めとは言わない。私も結構長文を書く人間なんで、その私の全部の投稿を読むなんてのは至難の業だと思う。

「アベルを通して、教会の上層部から、そのように教え込まれ、仕向けられるがゆえに、一般会員は正体を隠し続けているからです。」そんなことは百も承知。だからそこから脱皮したんだよ。完璧にしたかどうかわからんが、しようとしているんだよ。私が理想とするのは内部にいながらアウトサイダー的な発想をする人だ。あなたもそんな模範解答出す前に、それはおかしいんじゃないのと一言言ってみなよ。その勇気を持とうよ。あなたのその模範解答をそのまま言い続けていたら、「だから現役信者には改革はできないんだよ、辞めてからやれよ」って言われるよ。あなたが私の知っているジャルジンさんなら、以前はなんかこんな書き方していたような気がする。ちょっとぞんざいな言葉遣いで失礼しました。

むしろ遅すぎたくらい

今回の、徳野会長の統一教会と明かして活動すると言うことは、むしろ遅すぎたと言いたいです。わたしも、以前統一教会にいたことがあります。1983年から1984年の1年間献身者として活動していました。印鑑販売、マナ展高麗人参、壷多宝塔展示会にも参加しました。えげつない金の取り方も見ました
当然、統一教会と名乗りませんしなのれないわかです。これでは、マスコミに書かれてもしょうがないなーと思いました。当時のアベルもはっきり統一教会と名乗るべきだそれで世間が来るか来ないかだ。といってたことを思い出します。わたしは、退会する時、正体を隠すやり方金の取り方についていけないので、辞めさせてください。と言ってやめてから25年たちますが、全然体質変わらないし世間のイメージよくありません。おまけに今回の事件ですから。この事がいいきっかけになって変わってゆければ、そしてまた米本さんの本または、米本さんの助言がきかっけになっていることも事実です。統一教会の外部アドバイザーとしてかかせない存在です。

米本さん。
>ハーバード大卒の国進氏
>最近、評価基準を変更した

このくだりには、正直驚いた。宗教の内部で、会社のような評価基準があるということに、である。しかも、その基準を作っているのがハーバード大卒の人間だということにも驚いた。

「素晴らしい」という意味での驚きではなく、「それって宗教かよ?」という驚き。会社のように人事考課みたいなものがあるのでしょうか?

Wikipediaで調べたら、国進氏はハーバード大卒といっても、神学ではなく経済学のほうでMBAを取得しているらしい。つまり、経営理論で教団改革しているのだろう。

だったら、最近は教団の内部はきっとリストラの嵐が吹き荒れているのだろうと推測できる。逮捕者続出で世の評判は最悪な状態だから、霊感商法もできない。信者も借金地獄にいるから、教団には金がほとんど入っていないだろう。

ハーバード大卒の経営理論こてこての人間が仕切っているなら、まずは教団運営を安定させるために、確実に世の会社と同じように教団職員の人員削減をするはずだ。

う~ん、これでは宗教ではなく会社ではないか。魂の救済には評価基準など無縁ではなかろうか。MBAの人間をトップに据えるより、世の中で苦労した経験がある牧師をトップに据えるべきだ。

なんだか、ギスギスした教団内部の実情を垣間見た気がした。教団本部に物言えない信者がいるわけも分かった。徳野会長の、信者に冷たい声明のわけも、理解できた。魂の救いよりも教団の生き残りに必死なのでしょう。世の会社と一緒。これでは、じきに信者からそっぽを向かれるぞ。

早川さんへ

>だったら、最近は教団の内部はきっとリストラの嵐が吹き荒れているのだろうと推測できる。逮捕者続出で世の評判は最悪な状態だから、霊感商法もできない。信者も借金地獄にいるから、教団には金がほとんど入っていないだろう。

前半部分、よく見えているね。確かに、一週間前に解雇を言い渡されて、困っていた人がいた。リストラは国進氏の方針通りだとしても、一週間前に解雇を言い渡すというのはハーバード大を卒業した国進氏の指示ではあるまい。そんなエリートなら、一か月前に通告するか、一か月分の給料を渡したうえで即解雇するか、常識的な措置をとるだろうからね。

後半部分は、全く収入が途絶えたという訳ではない。やっぱり伝道はしてみるものだ。背景は分かっているが、献金してくださるという方もいる。ま、しかし以前に比べると、経営難に直面していることは事実だろう。

>ハーバード大卒の経営理論こてこての人間が仕切っているなら、まずは教団運営を安定させるために、確実に世の会社と同じように教団職員の人員削減をするはずだ。
>う~ん、これでは宗教ではなく会社ではないか。魂の救済には評価基準など無縁ではなかろうか。MBAの人間をトップに据えるより、世の中で苦労した経験がある牧師をトップに据えるべきだ。

そうとも言える。しかし逆に、こういうことで痛い思いをして、経済理論一点張りでは行かないんだ、ということを勉強してもらうきっかけにはなるかも。ただ、教会の存亡をかけてということになるので、リスクは大きいが。文師が大きなリスクをかけて、リーダー教育をしているということだろう。

素朴な疑問

米本さんや他の人にお尋ねしたいことがある。とても初歩的なことで恐縮だが…。

「なぜ、正体を隠して伝道することが、それほど問題視されるのか?」ということ。

むろん、正体を明かすに越したことはないが、私は別に正体を隠されて勧誘されても困らない。

正体を隠されたまま教義を吹き込まれていくにしても、いつか「ここは統一教会です」と明かすときがあるわけだよね? そのときにキモければ、「おれ、もうやめる」といって出て行けばいいだけの話に思うのだが…?

まさか、そのときにはマインドコントロールがかかっていて、教義から抜け出せないとか言わないよね? マイコンあほ理論によらず普通に考えれば、明かされたときに抜け出せるんだから、最初に明かさなくってもいいんじゃないか?

そこにカネが絡んでいるから問題なのか? 違う団体に献金したつもりが、統一教会だったと知って頭にくるとか。確かにそういうことはあるかもしれないが、それでも献金したときは「何かを信じた」から献金したのだから、別にいいんじゃないかと思う。

まあ確かに、騙されたことは嬉しくないが、それほど社会問題になるようなことかと思う。どうなんでしょうか?

もし私がそういう立場で献金しちゃっても、「ま、いい社会勉強させてもらいました。献金は勉強代ってことで、あきらめよ」って割り切って終わるけどなあ…。

社会には、そういうことって多いと思う。この前もDVDレンタル店で、ジャケットのうたい文句と女優の顔に惹かれて「ある作品(内容は想像におまかせ!)」を借りたんだけれども、うたい文句と全然違うし、女優の顔も動画はジャケット写真より全然良くなくて、しかも喘ぎも…否失礼、演技もへたくそなんで、「騙されたあ」と思ったよ。

しかし、私は「レンタル代を返せ」と言わないぞ。「ま、勉強代だと思って…」とあきらめた。所詮、妙な期待をしたために眼力が雲って、つまらんDVDを借りた私の責任だからね。

正体を明かされないで伝道されて献金した人も、私と同じ発想をしたらいいんじゃないかと思う。騙すほうも悪いけれども、騙されるほうも反省するところがあるぞ。むろん犯罪行為は駄目だが、明かされないで伝道や献金したくらいで裁判までするのは、ちょっと非常識な気がする。そういう論点で統一教団は反対団体と争わないのだろうか?

Re.素朴な疑問

早川さん

>正体を隠されたまま教義を吹き込ま
>れていくにしても、いつか「ここは
>統一教会です」と明かすときがある
>わけだよね? そのときにキモけれ
>ば、「おれ、もうやめる」といって
>出て行けばいいだけの話に思うのだ
>が…?


確かに、教会内の考え方としてこうした論理で今までやってきたのが実情です。

そして、それで論を戦わしたわけです。

ただ、これには弱点があります。

それは既に、桜田純子さんで有名になった三万双の時、すでに正体を隠して伝道してはいけないという、文先生の強い指示があり、事実、一時期教区ごとに違いはあるかもしれませんが、路傍伝道でもいの一番に”統一教会ですが”と声をかけてた時期があります。

しかし、あまりのパッシングでまったく伝道が進まないということで、元の木阿弥に戻りました。

それで、私たち自身が最高指導者の指示に従っていないという弱点があります。

ですから、早川さんの言われる論理があったとしても、今度またそれを強く指示されたということは、早川さんの言われる論理は私達にとり廃案にしなければならないものである・・・という事です。

第2に、何故ここまで問題視されるかというと、気味悪がれる・・・という米本氏の指摘もありますが、それは主要な根拠ではないかと思います。

これを一番騒いでいるのは反対派の方々ですが、その目的としては、統一教会と名前を出して伝道すれば、伝道される人が劇的に減ると意識があるからに他ならないと、私は見ております。

つまり、彼らの言葉を使えば、騙される人が少なくなる、ということです。

統一教会は邪教であり、邪教に何故人が騙されるのか?それは正体を隠して騙し、マインドコントロールしてから正体を明かすからだ。という論理です。

ようは、統一教会殲滅の為の戦略その1であるわけです。

ですから、早川さんが言われるような論理を一般の人でも話せば、逆に統一教会に洗脳されたもの、マインドコントロールを受けたものとして、激しく断罪される事になります。

そして、これに対して、社会一般・・・というかマスコミ一般は、どちらの論理に軍配を上げているかというと、反対派の方たちの倫理に軍配を上げているというような状況ではないかと思います。

ちなみに、早川さんの

>「おれ、もうやめる」といって出
>て行けばいいだけの話に思うのだ
>が…?

これは正常な感覚かと思いますが、反対派の方達は、その時は既にマインドコントロールされ、恐怖感を植えつけられているから、ほぼ無理だという意見です。

しかしながら、私の体験としては、この論理は笑止です。

私は原理研究会という、統一教会グループの学生団体で信仰を持つにことになったのですが、

その原理研究会の教育システムは、その頃、2day's 7day's 新人研修会・・・と呼ばれる、二日間・七日間・夏休みのほぼ全部などを利用した40日以上の研修会を通過して、はじめて正式メンバーと見られる教育システムでした。

ちなみに私は、伝道の最初から原理研究会という事を知っていましたが、通常は 2day's 7day's の後に、遅くても新人研修会のしょっぱなに聞かされることになっていました(ちなみに、私事ですが、私は原理研究会について悪い噂は知っていました。というか、反対ビラなどでその存在に逆に興味持った次第です。そのビラが無ければ、逆に、原理研究会に興味持たなかったでしょう(笑))。

それで、新人研修会は原理研究会だと知って参加した人がほとんどですが、新人研修会を終わって残るメンバーは2割方という実績でした。

そこまでやっても、立ち去る人の方が遥かに多いわけで、これじゃ、洗脳理論もマインドコントロール理論も空論に過ぎないことが判ります。

つまり、反対派の方達は御自分の論理に正当性を与える為に、無理してしがみついているわけですが、

それは一重に、これが統一教会殲滅の為の最大の武器になると信じられているからに他なりません。

さて、統一教会と明かさないで伝道していた理由ですが、それは、偏見によって伝道が進まないことが主要な理由ですが、

もう一つあります。それは当初、会員の安全を確保する為でもあったことです。

70年代・80年代 原理研究会や統一教会と名乗って伝道することは、かなりリスクがありました。

訪問伝道するのですが、包丁をもって追いかけられたり、取り囲まれて袋叩きにされたりする危険性が常にあったわけです。

私もそこまで酷いものはありませんでしたが、それに類する経験は何度もあります。

ですので、私は最初指示を守らず、原理研究会である事を言ってから伝道するようにしていましたが、最後にはあきらめた経緯があります。

尤も、現在はこういうことも可能性は少ないかと思いますが・・・。

とにかく、賽は投げられています。

四の五の言いましたが、指示は最初から明かせです。私達の立場からすれば、文先生の指示に従ってこなかったのが悪かったわけです。

従って、

>そういう論点で統一教団は反対団
>体と争わないのだろうか?

ということは無いかと思います。

まだまだ疑問

幽霊食口氏。
>四の五の言いましたが、指示は最初から明かせです。私達の立場からすれば、文先生の指示に従ってこなかったのが悪かったわけです。

おたくらの教団は、文教祖をイエスの再来と信じているんだよね? つまり文教祖は神様みたいなものだろう? そんなお方の指示に従わないなんて、おたくらの教団はいったい何を信じているのか、さっぱり分からない。

しかも、「教祖が霊感商法を指示した」という者もいれば、「いや教祖は知らなかった」という者もいる。情報が一元化されていない。いったいどんな教団運営がなされているのか、さっぱり分からない。まさか、このIT時代に口伝で教団情報を伝えているのではあるまい。

こんな為体を見せつけられると、「教祖の責任」というよりも、「弟子の責任」という方に注目せざるを得ない。イエスのときだって、弟子たちが「下層階級の世間知らずのパープリン」だったから、イエスが死刑になったようなものだ(新約聖書を読んだら分かるよ)。イエスの弟子たちは、当時の社会では、たいそう非常識なことをしていたようだよ。

最後には、弟子のユダ(だったかな?)なんぞは、なんと教祖様をカネで売っちゃうんだよな。酷い弟子さ。ヤクザ社会よりも仁義に劣っている。

統一教会も、それと似たところがあるようだ。原田和彦氏がジャーナリスト有田芳生氏のブログに投稿した内容によれば、有田芳生氏のブログは「統一教会本部の職員が代筆している」という噂の域を超えた信憑性がある説が流れ、「某職員が人事異動になったから」最近の有田芳生氏のブログは冴えないらしい。

これなどは、イエスを銀貨で売った弟子と同じだね。本部職員がこんなんじゃあ、教祖もたまったもんじゃない。

統一教会が日本で起こしている様々な問題は、「弟子の責任である、ゆえに弟子が謝るべきである」というのが、私の今の結論だ。

ちょっと古い話

ちょっと古い話をさせてもらいます。わたしは74年頃に初めて統一教会の地区本部で3日修練会(後の3days)に参加しました。そのときの受講生は50人ぐらいはいました。しかし、その講義で信者になった人は(私もいれると)多分2、3人じゃないかと思います。とにかく当時は数多くの受講生をかき集めてきて一度に伝道するというやり方でした。

しかしながら当時は3日間の原理講義の最後の段階になっても再臨のメシアが誰であるかということは決して明かされません。したがって多くの受講生は3日間の講義を受けてもちんぷんかんぷんの印象のまま家へ帰るということになります。

ここでなぜ文鮮明がメシアであるという大事なことがそれほど秘密にされるのかという理由を語らせてもらいます。

原理講論においてもまたビデオなどによる原理講義においてもそうですが、再臨論は最後の章で語られるようになっています。統一教会の考えでは、そこまでの講義を受けた人はすでにそれだけの内容を知り、また条件もあるということでメシアが誰であるか明かされてもよいとされるのですが、そのような内容も条件ない人に文鮮明がいきなりメシアですと告げるとその人がもしそれを受け入れなかった場合、その人は何も知らずにメシアに反対したという立場に立つことになりますので、これはその人の救いの機会をかえって奪ってしまったということになり、統一教会としては、それは申し訳なかったではすまされないような話になるのです。なぜならそんなことをすると死後霊界に行った人たちから統一教会が訴えられるということにもなります。そんな馬鹿げた話が信じられるかと怒る方もいるでしょうが、宗教というものはそういうものです。

統一教会がいままで正体を隠して伝道をしてきたというのは、そうしなければ信者がきてくれないということもあったかもしれませんが、より本質的にはその信者が救われる機会を奪うということの配慮もあったのだということは本当であると思います。

但し、そのような配慮があったとしても、反対する者達にいわせると、このやり方は特殊なマインドコントロールであると主張されるわけであり、またマスコミを初めとする世間一般の捉え方も彼らの主張を鵜呑みにしているという現状があるわけです。

しかしながら文鮮明が誰であるかということはメシア宣言(1902年?)以来、もはや隠す必要がないとされています。だから幽霊シックさんも当時の文師の命令を聞いたのでしょう。

今後の統一教会は摂理的(又は戦略的にも)自らの正体を告げて文師こそ真のメシアであるということを堂々と語っていくべき時代が遂にやってきたのだと考えるべきではないでしょうか?それは悲しむべきことではなく、徳野会長がいわれたようにむしろ本来願われていたことなのです。

PS.早川さんの「素朴な疑問」は至極当然の正論です。たとえば共産党のダミー団体は一般に知られているものだけでも相当数にありますが、知られていないものも含めるとそれは無数といってもよいでしょう。大学の中でもさまざまなダミーのクラブ活動を通じて彼らは将来の共産党員を育てています。ベルリンの壁崩壊後も一人日本共産党員の党員数が減らない(最近では増えているらしい)のはそのあたりに秘密があります。

それらの共産党のダミー活動が批判されることがないのは、共産党という団体の影響力の大きさがあるからです。弁護士や裁判官の中にも共産党の勢力は最大勢力といってもよいほどですし、官僚組織の中にも彼らは一定の勢力を作っています。もしかすると最近では警察や検察の中にも巣食っているのではないかとさえ思われます。それに比べると統一教会はあまりにも小さく、マイナーであり味方になってくれる者が誰もいない(かつては自民党の大物政治家が数多くしましたが現在で彼らもほとんど役立たずになっているらしい)という状況であり、要するに多勢に無勢の中で反対する者達の勢いに負けて守勢に立たされているということだと思います。






素朴な疑問に関して

かつてアメリカの法廷で争われた統一教会の信者勧誘の方法をめぐる事件で裁判所に提出された全米心理学会による法廷助言書がありますので、これを紹介します。この事件はモリコとリールという二人のアメリカ人が統一教会の正体を知らずに勧誘されたことで被害を蒙ったということで訴えられた裁判です。彼らは反カルト側のシンガー博士の理論であるマインドコントロール理論を前面に押し出したのですが、それに対して被告となった統一教会側は全米心理学会の全面的な支援の下に法廷助言書を提出しました。下記はその法廷助言書の全文です。

尚、他にもこの裁判では全米の主なキリスト教団体が統一教会側に立って、原告の訴えがそもそもキリスト教のあらゆる伝統的な伝道活動にも係わるものであるとして統一教会を弁護する法廷助言書を提出しています(日本ではありえないことですが)。

全米心理学会による
法廷助言書の内容:http://www.hucc.hokudai.ac.jp/~n16260/pdf/amicus.pdf#search='マインドコントロール 法廷助言書'

早川さん

>おたくらの教団は、文教祖をイエス
>の再来と信じているんだよね? つ
>まり文教祖は神様みたいなものだろ
>う? そんなお方の指示に従わない
>なんて、おたくらの教団はいったい
>何を信じているのか、さっぱり分か
>らない。

>統一教会が日本で起こしている様々
>な問題は、「弟子の責任である、ゆ
>えに弟子が謝るべきである」という
>のが、私の今の結論だ。


他人事ではないのですが、私もそう思います。

私も含めて、全弟子が反省し、意識を改革し行動の変化を起さなければなりません。

その為に、微力ながら私はネット活動をしており、私の掲示板などを細々ながらやっております。

私が呼びかけているのは、一般的な言葉に変換すると、基本に立ち戻れ、文先生の指示を守れ、教理に忠実であれ・・・という観点でやっておりますが・・・・。

現実問題として、統一教会の教理をきちんと理解し、その通りに行動した上、文先生の重要な指示をきちんと守っている弟子は、今の日本には居ません・・・と断言できるぐらいの状況です。

教理をきちんと理解している弟子の数さえ心許なく思います。

今私が自分のところで取り組んでいる具体的問題でも、教理に基づいた忠告をしていても、その問題の当事者の教会員達は、一切知らん顔です(教理に反する活動だから止めなさいと忠告なんですが・・)。

これをみても、文先生の指示を守らないばかりか、教理もないがしろにしている状態です。

そして、今日の事態は、これらの要因によって必然的にもたらされたもの・・・と私は判断しています。

そして、今の統一教会員は、文先生の指示をないがしろにして、教理をないがしろにして、今日の事態を招いているにも関わらず、卑怯にも誰かのせいのように思っている教会員も多く、このような第3者的な態度が事態をここまで悪化させた事に、まだまだ反省が足りていない状態です。

このような、私達の未熟のゆえに世間に迷惑をおかけしている事を恥ずかしく、また申し訳なく思います。


>「教祖が霊感商法を指示した」とい
>う者もいれば、「いや教祖は知らな
>かった」という者もいる。


元さんの投稿には、

>当時文教祖は、「W展、M展(ゲス
>トに高麗人参を因縁トークで売る)
>を考え出した古田元男は偉い」と言
>ったそうです。

とあります。これは当時かなり流布された話なんですが、”(ゲストに高麗人参を因縁トークで売る)”と表現されているように、この部分は元さんの主観の部分です。

霊感商法を指示されたわけではなく、霊石(壷・多宝塔等)や高麗人参茶を展示販売する事を考え出した事を誉められたわけです。

霊感商法を誉められたわけではないと思われます。

それで、実態を知られて文先生は激怒されて、その霊石などの販売組織の解体を命じられたいうのが実際ではないかと思います。

ホットな話

皆様方、現役食口の皆様は礼拝を守ってますか。今日聞いてきた一番ホットな話。消費者センターへの相談が、昨年に比べ(たぶん前年同期比という意味だと思いますが)、半分に減ったそうです。ということは、本当に徳野前会長は伝道路線をしっかり指導してきたということでしょう。半分に減ったとはいえまだ残っているのは、以前の霊感商法の遺物がまだ残っているということでしょう。したがってすぐにはゼロにはならないと思われますが、ゼロに向かって進みつつあるということでしょう。

それから、本部の方で弁護士をそろえるということです。このあたり私は又聞きですので、どなたか直接梶栗会長の発言を知っている方は教えれていただくとありがたい。ということは、
反対弁護士には今までのようにいいようにはさせないという意思の表れでしょう。

違法性が問われている伝道から脱皮し、政治的に見える反対弁護士の行きすぎた活動には断固とした姿勢で臨む、というように私には見えます。これがそのまま進めば、すぐにとは言わないまでも、やがて霊感商法問題が消滅するでしょうし、また霊感商法を理由とした拉致監禁の容認理由もなくなってくるでしょう。希望的な観測ではありますが、そう進むだろうと見ています。

ちなみに、うちの教会の責任者は、不動産屋に物件を借りたいと申し出たとき、堂々と統一教会の名刺を出したそうです。やったー。

反統一教会人士よ、奮起せよ!

 管理人からの横ヤリで、すみません。

「早川」さんの「なぜ、正体を隠して伝道することが、それほど問題視されるのか?」という質問は、とてもラジカルだと思います。

 これに対して、反統一教会人士あるいは統一教会批判派から、どんな回答がくるのかと期待していたのですが、まるで閑古鳥。拍子抜けしてしまいました。

 おそらく、麻生総理よろしく「上から目線」で、ふむふむ、統一教会信者はどんなレベルかいなと唇を歪めながらコメント欄を読み、「今度、このやりとりを、自分のブログのネタにできないかなあ」といったさもしい感じになっているのではないかと思います。

 ひょっとしたら、早川さんの質問に真っ正面から答えることができないのかも<とも思ったりします。

 このブログのことを、自分のブログでも書いていらっしゃる清水与志雄牧師の登場を期待しています。どうか、早川さんのラジカルな質問に回答をお願いいたします。
 むろん、他の反統一教会人士からでも、大いに歓迎です。

 統一教会人士からは真面目な回答が寄せられています。
 どうか投稿をよろしくお願いいたします。

幽霊シックさんへ

>それで、実態を知られて文先生は激怒されて、その霊石などの販売組織の解体を命じられた

私は外部の者ですので、そのような話はまったく知らなかったのですが、そうであればなぜその後も印鑑や水晶などで類似行為が行われたのでしょうか?仮にもし統一教会がその後も霊感商法を背後で指導していたのだとすれば、それは文師の顔に二重に泥を塗ることになります。それとも先日の会見の通り、やはり一部信者の認識不足や指導の不徹底ということなのでしょうか?そのあたりの経緯や責任の所在をもっと明確にして説明をすべきだと思いますが。ただ単に全員が悪い、反省すべきだというのでは、真実は明らかになりません。

Re:反統一教会人士よ、奮起せよ!

>「早川」さんの「なぜ、正体を隠して伝道することが、それほど問題視されるのか?」という質問は、とてもラジカルだと思います。

統一教会人士としてこの問題を考えたい。この場合、「隠す」ということの定義が問題となろう。どこの団体かと聞かれて、所属団体のことを言わない。これが「隠す」ということの本来的な定義であろう。だから聞かれたことに対して所属団体のことを言わなかったとすれば、それが隠したということであろう。

では聞かれなかった場合、どうなるのか。聞かれなくても、当然いつかの時点では、組織名をあかす時が来る。特に宗教団体の場合はそうであろう。いつかは明かすのだから、隠したことにはならない、聞かれなかったのだから、言わなかったことは隠したことにはならない、という解釈は当然成り立とう。

しかし、これも全てにおいてそれを敷衍すると、問題が生じる場合があろう。では、問題が生じないのはどの時点までか。私は端的にいえば、金銭関係が生じる直前までだろうと思う。

無料の講習会なら、あかされた時点で、自分の思惑と違うものであった、あるいは世間の評判のとても悪いものであった、としても、時間が損した程度で終わるだろう。そこで辞めればよい。

しかし、金銭関係が生じた場合は、その程度では済まされない怒りが生じてくるだろう。例えば2日間のセミナーで土日かけて参加する場合はたいていの人は会社を休む必要はないが、一週間のセミナーで会社を休んだ場合、たとえセミナー代が無料であったとしても(実際はそんなことはなく最初に支払うものが多いと思うが)、会社を休んでその分給料が安くなるということもあろう。

有給休暇を取るにしても、その休暇を他につかえばよかったと思うと、なんだかもったいない気持ちになるだろう。

だから本来的にいえば、聞かれなかったのだから、言わなかったことは隠したことにはならないと思うが、そこに何らかの形で金銭が絡む場合は、金銭を支払う直前までには主催団体名をあかすべきであろう。

金銭を支払った後で、「実は~」なんていうと、相手の人は騙されたという感覚を強く持つのではないか。厳密にいえば、聞かなかった方の問題だと思うが、言ってくれればお金を払うこともなかったという訴えは、説得力をもつものとなろう。

Re:幽霊シックさんへ

幽霊食口さんとはやしさんへ
>>それで、実態を知られて文先生は激怒されて、その霊石などの販売組織の解体を命じられた

>私は外部の者ですので、そのような話はまったく知らなかったのですが、そうであればなぜその後も印鑑や水晶などで類似行為が行われたのでしょうか?

ちょっと水を差すようですが、私は以前の投稿で、以下のように米本さんより御忠告をいただいております。お二人も、最近の問題について焦点を絞られてはいかがでしょうか。

> 過去の漠然としたことを考えることなく、今回の事件のことに頭を凝縮すべきだと思います。

> 原田さんは、20年以上も前の、過去の出来事についての税金問題に関心があるようですが、私は直近の新世事件で5人に500万円の罰金刑が下ったこと、この500万円を5人の信者がそれぞれに負担するのは大変だろうなあ、まさか南東京教区がかぶっていることはないだろうなあ-といったことに、ものすごく関心があります。

> 直近の事件の被害者にどう謝るべきかということを棚上げして、20年前の“霊感商法”のことを持ち出すのは、本質的なことを曖昧にしてしまう思考方向だと考えます。
> きつい言い方をすれば、直近のことを解決できない人は過去のことも解決できないということだと思っています。

Re:反統一教会人士よ、奮起せよ!

私の場合、最初から統一教会だとわかって入教したので自己責任(笑)ですが、サークル伝道や霊感商法から入った人で離教した人は、やはり騙されたという思いは残ると思いますよ。
印鑑から入った家内(一応まだ現役)は、「宗教だとわかっていたら、最初から行かなかった」と言ってますからね。
やはりこそこそしないで、モルモンやエホバのように堂々と名前を出して伝道したほうがいいと思いますよ。
それで伝道されたら自己責任ですから。(笑)

Re 幽霊シックさんへ

原田さんには誤解があるようですので、補足しておきます。私が知りたいのは過去の真実ではなく現在の真実です。霊感商法の実態を知らされて文師が激怒して霊石事業の解体を命じたという話はたとえ証拠がなくとも信じられることです。なぜなら当時、あれだけの収入源であった事業を断ち切るという決断は到底、日本統一教会の決断ではできえないことだからです。しかも当時は霊感商法がマスコミで騒がれてはいても警察の捜査の対象にはなっていなかったのです。なぜなら霊感商法を取り締まる法律(すなわち今日の特定商取引法)は存在していなかったからです。だから当時、霊感商法をどうしてもやめなければならないという必然性はなかったのです。それを考えればやはり文師が激怒して解体を命じたという説明には説得力があります。

ただ私が知りたいのは、それなのになぜまた類似した商行為がよみがえってしまったのかという疑問です。文師の命令が真実であるとすれば、結局、各事業者に対する日本統一教会の指導が行き届いていなかったという結論に至ります。印鑑などの販売に携わった信者は(想像するに)これぐらいのことは許されるのではないかという自己判断で勧誘を続けたのではないでしょうか?しかし、改正された法律では占いをして印鑑の販売をするだけでも罪になるのです。そのあたりを当事者がまったく分かっていなかった。そしてまた彼らを指導監督すべき責任者達もその責任を果たしていなかった。結局、一連の捜査の真相はこういうところに落ち着くのではないのでしょうか?この結論が正しいのかどうか、再度幽霊シックさんにお尋ねしたいと思います。


経緯説明

はやしさん

文先生の指示の意図は、販売方法が悪いから、販売組織の解体を命じられたわけですが、それをどういう風に解釈したのかというと、壺と多宝塔等の販売を禁じられたという超弩級^3のスパーウルトラC級のお馬鹿な解釈をして、壺と多宝塔などの販売を止めて、他の商品に走り、なんの疑問もなくやってきたわけです。

事実、壺などの販売を止めたあと、それを知った文先生がこれまた激怒された、という話もあります(“気まぐれで困ったものだ。でもそれを受け止めて乗り越えるのが信仰だ・・・”、というこれまた超弩級^3のスパーウルトラC級のお馬鹿な解釈すら聞こえてくるのですが・・・)。

このあたりの話は、このブログで発言された“元”さんあたりが詳しいのではないかと思います。尤も、別の解釈をされているとは思いますが。

こんな状態ですから、文先生が弟子達の姿に思いをはせながら・・・“私はどうしてもこの群れ(弟子達)を赦すことが出来ない”と泣かれたという話は、私達の中ではとみに有名です。

ところがその意味がよく判らない、脳天気であんぽんたんの私達は、何か判らないけど私達が悪いんだな・・・ということで反省して、自称“御旨(借金と経済活動)”に邁進する、超とんでも集団だったわけです。

頭が痛い・・・です。


>原田さん

このスレッドでは、確かに少々スレ違いですね。

しかし、この話は皆さんがご興味おありだろうと書いています。

また、前のスレッドのテーマの誰が謝罪すべきかの重要な鍵ではないかと思います。


米本様

もしご迷惑であれば、ご指摘下さい。謝罪いたしますm(__)m。



元さん

多分、お久しぶりです(笑)。よろしくお願い致します。

正体を隠して伝道することの何が問題なのか。率直にいってこの質問が出てくること自体不思議でならない。そもそも宗教の目的とは何か?自らの教えを広め多くの迷える魂を救うことではないのか?
何故正体を隠さねばならぬ。世にうけいれられぬから、迫害されているから、キリスト教が2000年前迫害されたのは時の為政者にとって極めて都合がわるかったからである。しかし彼らはそれでも伝道を続けてきた。今の日本は曲がりなりにも信教の自由を保障している。教義が正しいと信じるなら何も隠す必要はない。何か別の目的がありそれに差し障るから隠す。つまり皆さんが言及しているように金であろう。
本来の目的が布教ではなく金集めなのだ。だから隠す。手前事で恐縮だが私の妻は私と家族に8年間
信徒であることを隠し続けた。ローンで宝石を買い、学資保険で壷を買い、定期を解約し生命保険を担保に金を借り家族に内緒で献金してきた。誰の指導か教えかしらぬが宝石も壷も聖典もそれとわかるものは
一切家に持ち込まなかった。発覚したときに備えてかどうか、預金通帳も処分した。
もらった賞状には妻だけでなく私の名も常に併記されていた。百歩譲って妻の信仰を認めるとして、
信者でもない私が何故献金したことになっている、何故私が文鮮明の祝福を受けるのだ。これは何という
宗教なのだ。単なるもっともらしい教義を利用した金集めの詐欺集団ではないか。
返金交渉でも教会は何も争わなかった。ただ物品(宝石、壷、人参等)の返済額を半分に値切った程度である。教会自身自分たちの行為の違法性、教義に対する不条理、世間に対する非常識を認識しているのではないか。サタン(悪)なら正体を隠し自らを偽って世をだまさねばならぬ、しかし何故正なる神が正体を隠す。お天道様の下にでられぬものがどうして自分たちの信仰の布教を正当化することができるのだ。
正体を隠すこと自体自分たちが邪教であると、迫害に対抗できない偽宗教であると認めているようなものではないか。

正体を隠すこと

正体を隠すことについて考えてみると、私が当時聞いたことは、神様を動機としての嘘自己中心か神様が動機すなはちその人を神側に導くための嘘ならば許される金集めもしかり。そのように教わりました。この世の法よりも天法優先この世の事情よりも天の事情が優先される。そのことが、金科玉条になってしまい、脇が見えなくなりだれも諌める人がいなくなり天法がこの世の法にふれたと言う事態を招く方向にすすんだと思います。

正体を隠すこと

嘘は泥棒のはじまり、嘘で人を導くことはできぬ。神の為についていい嘘などあるはずがない。
信頼の無いところに信仰など存在しない。あるのは偽善だけである。そんな神だから教祖は詐欺師、
教団はカルト、信者は犯罪者とよばれることになり、家族を取り戻すために拉致監禁も許されるという
論理を正当化することになる。子供を妻を犯罪者にしないためには仕方がないと言うことになってします。協会があらたまらなければ拉致監禁もなくならないのでは懸念される。

Re:正体を隠すこと

諸行無常さん
>協会があらたまらなければ拉致監禁もなくならないのでは懸念される。

現場ではすでにかなり改まりつつある感触を感じます。うちの教会では責任者自らが先頭切って統一教会からきましたといって伝道しています。この動きが定着するのはそう遠くはないでしょう。

すると反対派は拉致監禁の根拠を失います。

毅然とした投稿に感謝

「諸行無常」さん、毅然とした投稿ありがとうございました。燐とした響きも感じました。
「早川」さんの素朴な疑問(私の表現ではラジカルな疑問)は、諸行無常さんの回答で、すっきりしたと思います。
 その意味で、「諸行無常」さん、再度感謝いたします。

 正直に告白すると、拙著を書いているときに、正体を隠しての伝道は法的にはどこまで許されるだろうかといった疑問がわき、隘路に入ったことがありました。

 でも、そうした疑問は「諸行無常」さんの投稿が読めば、そもそも愚問であることがわかりました。

 投稿していただいている教会員の方にとって、「文鮮明氏は詐欺師」と言われたことには承服できないでしょうが、「諸行無常」さんの投稿の本筋論には納得されたと思います。
 正体隠し問題は、これにて終わりにしたいと思いますが・・・。

 投稿をいただいている現役信者のみなさんにお願いがあります。議論を議論として終わらせるのではなく、みなさんが所属されている教会の平日礼拝をなくしませんか。
 夫に内緒で教会に通うなんていう社会常識から外れたことはやめさせましょう。それは、明日からすぐにできることです。それができないなら、教団の改革なんて、口にすべきではありませんし、家族を取り戻すために拉致監禁も許されるという論理を正当化すること」になります。

 明日は「諸行無常」さんが問題にされていた「お金」のことについてアップする予定です。正体隠しと献金問題は双子の関係にあります。

 霊感商法の歴史的経緯についての議論・疑問の提示の続きは、次のブログのコメント欄で--。

なるほど、よく分かりました

米本さんの投稿の後で恐縮ですが、ひとことご容赦を。

諸行無常さん。
>正体を隠して伝道することの何が問題なのか。率直にいってこの質問が出てくること自体不思議でならない。

おお、そうですか? 私が阿呆なだけですかね? 阿呆であっても、疑問に感じるのだから致し方ない。納得できるように誰か説明してほしいと思っている。

>今の日本は曲がりなりにも信教の自由を保障している。

それは憲法上の話であって、現実的にはそんな簡単な話ではないことは、米本さんの本を読めばわかる。本人の意思に反して拉致・監禁して信仰を捨てさせることが行われており、これの取り締まりに対して警察や国家権力は極めて消極的だ。

私の正直な気持ちとしては、「こんなに酷い拉致監禁事件が放置されているような国で布教するのだから、そりゃあ正体を隠して伝道しなきゃ無理だろう」ということ。PTSDになったり、12年も監禁されたり、監禁中に自殺した信者までいるというのに、国家が守ってくれないのだからね。

「私は統一教会員です!」と街中で声をかけまくって伝道していたら、おおいに目立つのだから、そのうちに拉致されてしまう危険性が大だろう。親元離れて生活している若者なら、実家に帰って「統一教会に入っている」と言えば、そのまま監禁されちゃうと心配になる。正体を隠したい気持ちはよく分かるよ。

自分たちの「宗教生命」を守るためには、正体を隠して伝道したっていいじゃないか。どうせ、ある段階まで説明したら正体を明かすのだからね。そのとき、嫌だったら逃げればいいし、教団の名前は嫌だけどそれまで聞いてきた教理の内容が良ければ残ればいい。統一教会側は、信者を監禁しているわけではないからね。出入りは自由だろう?

諸行無常さんの奥様の例は、たいへん申しわけないのだが、笑ってしまった。怒らないで読んでくれ(と頼んでも怒りたい内容だと思うけどね)。

奥様は8年間も夫に信徒であることを隠し、内緒で高額な献金や高額な商品を買ってきたという。夫よりも教会を信頼しているということだ。夫からしたら、ずいぶんと馬鹿にされたものだ。これはもはや夫婦の要件を満たしていない。私の妻がこんなことしているのが判明したら、即離婚だ。

ちなみに、わが夫婦に隠し事はない。信頼し合っており、何でも話している。私には若気の至りで別の女性との間に妻の年齢に近いくらいの子供がいるが、ちゃんとそれも妻に伝えてある。妻も、私と結婚する前にホストに入れ込み、婚前交渉も借金もあるが、私に正直に告知している。2人の間に何も隠し事はない。それが夫婦ってものだ。

たいへん申しわけないが、諸行無常さんの夫婦関係は、統一教会問題とは関係ない。奥様が統一教会に出会う前に、すでに夫婦関係は終わっていたようなものだ。もしそうでなければ、奥様が統一教会員になったときに、信頼する夫にちゃんと告白しているはずだ。

諸行無常さんの投稿で、正体を隠して伝道することの何が問題なのか、よく分かった。要は、プライドが傷つけられた夫にとって問題なのだ。また、米本さんの本にあるように、プライドが傷つけられた親にとって問題なのだ。「信者になった家族に信頼されていなかった」という事実を突きつけられた者たちにとって、「正体を隠した伝道」「マインドコントロール」といった言いわけは、ありがたい助け船なのだ。自分たちの反省材料を真摯に見つめず、誰かのせいにしたい心理の現れなのだ。

いや~、ちょっと外国に行っている間に、日本人もずいぶんと堕ちたものだね…。(溜息)

幽霊食口さん

>元さん
多分、お久しぶりです(笑)。よろしくお願い致します。

あら・・・ばれちゃいました?(笑)
あの騒動依頼ですかね?
どうもお久しぶりです。(笑)

平日は会議をかねた礼拝なんですが……

> 投稿をいただいている現役信者のみなさんにお願いがあります。議論を議論として終わらせるのではなく、みなさんが所属されている教会の平日礼拝をなくしませんか。
> 夫に内緒で教会に通うなんていう社会常識から外れたことはやめさせましょう。それは、明日からすぐにできることです。それができないなら、教団の改革なんて、口にすべきではありませんし、「家族を取り戻すために拉致監禁も許されるという論理を正当化すること」になります。



米本さんの次回の記事を読んでみないと何とも言えませんが、平日の礼拝というのは、だいたいの教会が月曜礼拝とか、水曜夕拝とか、行っていると思うんですが、夫に内緒で来るために行っているというところはほとんどないと思います。月曜礼拝というのは、実践的な会議をかねての礼拝ですから、ではその礼拝部分だけをなくしてはどうかという意見は意味をなしませんね。では会議もなくしたらどうかという提案をしたら、これは教会の活動を停止したらどうかということですから、かなり急進的過ぎる提案となり、改革どころか、責任者との対立となります。そこらあたりは米本さんも幹部の方たちとの交流もおありになるでしょうから、お分かりいただけると思います。

今はうちの教会では水曜夕拝なんてのはやっておりませんが、やっているところがあるとすれば、日曜日に仕事があってこれない人のための礼拝です。ご主人たちは夕方帰ってくるわけですから、もし隠して信仰を持つとすれば、この夕方の礼拝には参加できませんので、これまた廃止の意味がありませんね。

別に改革に反対をするわけではないので、あれができないこれができないということではなく、対案を一つ。そういう婦人がいたら、よくよく対話交流して(本当は授受作用してと書こうとしたのですが)、大変さを聞いてあげ、あまり無理しないように言ってあげる。そして、ご主人と合意の上で、納得ずくで献金するといいと進言してあげる。婦人がどうしても責任者に言いづらい場合は、責任者に提案してあげる。これくらいが一番やりやすくて現実的な改革運動ではないでしょうか。

でも、次の記事で米本さんのお考えに賛同できる点もあるかもしれないので、期待しております。読んでみないことには何とも言えませんのでね。

勘違い投稿

 「早川」さんの投稿文は、誤読、誤解釈、思い込みに基づく、勘違いも甚だしいです。

 夫に内緒にするのは、夫婦関係が原因でなく、すべて統一教会の指導によるものです。正体隠しの伝道と同じです。
 そのように指導するのは、「諸行無常」さんが喝破されたように「お金」が原因であり、夫に内緒で家の金を献金させることが目的です。
 拙著ではこうした婦人信者の行動を「家庭内泥棒のようなものだ」(254頁)と表現しました。

 ブログで書きましたが、現在、夫に教会員であることを隠している婦人信者は2万人います。この事実にしっかりと目を向けてください。

 なお、拙著で親のプライド、また諸行無常さんの投稿で夫のプライドのことについてはまったく触れていません。

 どうして諸行無常さんの投稿を読んで、
「正体を隠して伝道することの何が問題なのか、よく分かった。要は、プライドが傷つけられた夫にとって問題なのだ。また、米本さんの本にあるように、プライドが傷つけられた親にとって問題なのだ」
 という結論になるのか、まるできつねにつままれたような気分です。

 正体隠しの伝道についてはすでに決着がついたと思っています。当の教団本部が非を認めているのですから。


 

続・平日は会議をかねた礼拝なんですが……

教会に行っていることを隠している婦人をどうするかというのは、私たち現役会員の言葉でいえば「ご主人復帰」ということなんですね。ご主人を伝道しちゃいましょう、そのためにみんなでどういう協力ができるか……ということです。伝道までできなくても、私たちはこういう素晴らしい活動をやっています、ということを理解いただけるようになればいいわけですね。

うちの教会では、土曜日に壮年(家庭持ちの男性会員をこう呼びます)の集会をもって、ためになるビデオを見たり、近況を語り合ったりしています。また時にはより大きな教区レベルの壮年の集会をもって、評論家などを読んで政治経済情勢を話してもらったり、というようなことも、年に一度くらいですかね、しています。そういうところに来てもらって、ああ、こういう活動をしているのか、と知ってもらったりしているわけです。もちろんそこに来られない方が多いので、これをどうするかということですね。

それからブログを作れる人は、教会の本当の姿、会員の日常生活を知ってもらうように、皆で誘いあって作ったりもしています。

そういう風な努力の結果、責任者のブログを見て、教会に来られて、会員になられた方もいます。

そういうようなトータルなイメージ改善を心がけると同時に、伝道路線の強化により、ご主人復帰にも好影響を及ぼす。これが本来的な「正体隠し信仰」をなくす道だと思いますし、私の所属教会ではそういう方向で進んでいます。

つまんだキツネです

米本さんに駄目だしをされたが、「私の結論」に私はすごく納得している。その理由は上に書いたので、もうくどくどとは述べません。

念のため補足しておくと、最初から書いているように、私も当然正体を明かした伝道・献金をやったらよいと思っている。嘘つきは泥棒の始まりだというのは常識中の常識。正体隠しが教会の指導だということも理解している。

その上で、もっと根源的には、信者と信者家族との関係に歪んだものを感じると書いたつもりです。

もう1つ。
>家族を取り戻すために拉致監禁も許されるという論理を正当化する

これが正当化されるなら、「家族に拉致監禁されないために正体を隠す」という論理も正当化される。

正体隠しが先なのか、拉致監禁が先なのか。たいへん興味がある。

正体隠しが問題になるのは、そこに金銭の授受が絡んでいるからですよね。正体隠しの伝道という場合、いつかは主証しをするわけですから、いつまでも正体を隠すわけではない。で、またそこに霊感商法なり多額の献金なりという問題が、もしなかったとすれば、ある時点までの正体隠しということは、社会問題化することがなかったでしょう。ですから、正体隠しが問題になるのは、それ自体としてではなく、金銭の授受が絡んでくるからです。

家族に統一教会員であることをあかしできないというのも、そこに金銭の授受が絡んでいなければ、あんな団体になぜ入っていたのか、それを隠していたのかという家族からの問いかけにも、あんな団体というほど悪くはない、あなたが自分で入会して確認してみたらどう、私が自分である程度納得して説明できるようになったら話そうと思っていた、という返答もできるだろう。そこに金銭の授受、すなわち夫に相談もなく多額の金を動かしたということがあるので、夫としては腹が立つ、ということになる。

そこで、では金銭の授受自体について分析しよう、ということですね。

米本さん
> 霊感商法の歴史的経緯についての議論・疑問の提示の続きは、次のブログのコメント欄で--。

これまでは、私の投稿に関しては、米本さんより、いまの時代の霊感商法に限定せよとの通達でした。しかし、米本さん自身は歴史的経緯についての議論・疑問の提示は、認めておられたということですか。

林さんが言っておられた、私の投稿に対して反論されたいまの霊感商法に通じるものがあるから投稿しているのだというご意見は、形式上は私の投稿への反論ですが、実質的には米本さんへの反論です。

ま、次のスレッドでは歴史的経緯についても投稿可能ということで、あまりぐだぐだ言わないことにしましょう。

しかし、いくら所属教会の責任者から強く勧められたとしても、それにゆだねてしまう側の問題もあるでしょう。「秘密にしておけよ」って言われたら、「馬鹿野郎、こんな巨額な献金を夫に相談しないで秘密にしろとはどういう料簡だ、てめーその言葉に責任持てよ」というのが常識でしょう。もちろん婦人であれば、言葉はもっと柔らかにするだろうけど。責任者も責任者なら、従う方も従う方だと思いますよ。

正体隠しの問題

正体隠しの問題で、あえて冗談めかして皮肉をいわせてもらいますが、米本さんの言説を聞いていますと、時として米本さんはあえて「鵺(ヌエ)」のような役割を自分で演じていらっしゃるのか、それとも本物の「鵺」なのか(?)という疑問が沸いてまいります。つまり米本さん自身の正体が非常に分かりにくいのです。かといって私は米本さんを誹謗しようとしているのではなく、私からみた米本さんの評価の難しさについての感想にすぎません。おそらくそれは私だけではなく、ここに来られる全員の方が似たような感想をお持ちではないかと思って、あえていわせてもらいました。

ジャーナリストあるいは評論家を職業とする方々は確かにヌエ的な方が多いですね。たとえば評論家の田原総一郎なんかはその代表です。右かと思えば左、左かと思えば右というように、よくいえば変幻自在、悪く言えば八方美人で正体をつかみにくい方ですね。それはしかし是々非々という立場を一貫して貫くためにはそうならざるをえないのであり、田原氏の分かり難さはむしろ彼のその一貫した姿勢が人間離れしているほど絶妙であるということなのかも知れません。米本さんも、そういう意味で人間離れした人なのかもしれませんね(良い意味でも悪い意味でも)。

米本さんはこの場のコーディネーターでもありますので、いろいろなテーマを提示するのは結構です。しかし、正体隠しの問題がすでに決着した問題であるかのような決め付け方はどうかと思います。もちろん、これはあくまでも私の意見です。これについては早川さんと同様言いたいことがまだまだ山ほどあるとだけ言っておきます。


Re:正体隠しの問題

>ジャーナリストあるいは評論家を職業とする方々は確かにヌエ的な方が多いですね。たとえば評論家の田原総一郎なんかはその代表です。右かと思えば左、左かと思えば右というように、よくいえば変幻自在、悪く言えば八方美人で正体をつかみにくい方ですね。

小林秀雄がジャーナリストになったようなタイプではないですか。小林秀雄は、小説家のすべてを知らなければ、評論はできないということで、全集を読めなんてことを言っているようです。また正宗白鳥がトルストイを、しょせんは野垂れ死にするような人だったんだと言った際、それでも文芸の世界で大きな功績があることは間違いないと、評価しました。「是々非々」とはそういうものでしょう。

だから、どちらの味方だとか、あちらサイドだとか、内とか外とか、そういう概念とは関係のない方なんですよ。と私は見ております。

誤解への長~い説明とお願い

 最初の出発点は、早川さん「素朴な疑問」でした。
<「米本さんや他の人にお尋ねしたいことがある。とても初歩的なことで恐縮だが…。なぜ、正体を隠して伝道することが、それほど問題視されるのか?」ということ>

 これを読んで、本を書いているときにこの問題で自問自答したことを思い出しました。
 今から10年前、日弁連が「宗教的活動にかかわる人権侵害についての判断基準」を策定するために、宗教界からもヒアリング調査が行われていました。この基準のひとつに「正体を明かさずに伝道すること」があげられていました。それに対して、宗教界からは反対の声があがっていた。参考サイトはhttp://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/1999_13.html
 それで、本を書くときに「正体隠しの伝道は何が問題なのか」と考えた。日弁連の提起でしたから、頭は主に法律論でした。(拙著の258~9頁

 このときのことが過ったものだから、早川さんの提起はラジカルなものだと考え、以前から「正体隠しの伝道に反対してきた」反統一教会の人たちだったら、答えることができるだろうと、(沈黙している)「反統一教会人士よ、奮起せよ!」とコメントしたわけです。

 早川さんの質問への回答に、いろいろなコメントありました。
 それに業を煮やした諸行無常さんから、毅然として燐とした響きのある投稿がありました。

 正直、目が覚まされた思いでした。

 これで決着がついたなと思っていたのに、その後もいろいろ投稿がありました。それで、「毅然とした投稿に感謝」と題して、こう書きました。
「正直に告白すると、拙著を書いているときに、正体を隠しての伝道は法的にはどこまで許されるだろうかといった疑問がわき、隘路に入ったことがありました。
 でも、そうした疑問は「諸行無常」さんの投稿が読めば、そもそも愚問であることがわかりました。
(略)
 正体隠し問題は、これにて終わりにしたいと思いますが・・・」


しかしながら、決着がついたはずなのに、さらに投稿がありました。

そこで、疑問が生まれました。
<このコメントのやりとりをしているブログって、なんだったっけ>
 再度、自分が書いたブログを読み直しました。
 それで、あらためて、会長の徳野さんが報道各社に「正体を隠した伝道はしないように教育する」と語ったことを紹介し、それを評価すると書いているではないかと思った次第です。
 私はこうも書いていました。
<「まず隗よりより始めよ」。この言葉を、統一教会の婦人とその指導者たちにプレゼントとしておく。
いま教団の婦人部関係者たちは新伝道方法の実行に頭を悩ませていると思うが、「まず隗より始めよ」で、婦人(妻)は、夫に
「私は統一教会員です。これまで隠していてごめなさい。入信したのは△年です。これまでに家の預金から○△万円、教会に献金していました。心から申し訳なく思っています」
 と正直に告白し謝罪すること、指導者は婦人たちにそのようにするように指導することである>


それで、「勘違い投稿」と題して、正直苛立った気分で、「正体隠しの伝道についてはすでに決着がついたと思っています。当の教団本部が非を認めているのですから」と書いたわけです。

 だから、決して「はやし」さんが推測されるようにヌエ的ではありません。きわめて単純なだけです。
 もし、私が管理する掲示板だったら、議論を盛り上げようと、田原さんのような司会ぶりを発揮するかもしれませんが。

 しかし、この「火の粉を払え」は、ルポと本に降りかかってきた火の粉を払うことを目的にしたちょっと変わったブログです。「拉致監禁」がテーマなだけに、それに対する警察の態度(「統一教会考」1~3)にも、教団本部の態度についても触れざるを得ませんが・・・。

 それでお願いがあります。
 火の粉の元になったルポ『我らの不快な隣人』、そしてブログ記事をベースにしたコメントをお願いしたいです。
 ブログ記事では拙著を前提にしていますので、なるべく拙著のどこに書いたを説明してはいますが、コメント欄では省略しているところが多いです。
 ですから、再読されるのは面倒だと思いますが、もう一度目を通していただけたらと思います。徳野記者会見に関して書いていることは、本の10章に書いた30数頁をベースにしたものです。

 大変長くなりましたが、もうひとつ、私の舌足らずによって誤解を生んだ事柄に、釈明をしておきます。

 原田さんの、最後頃の題名なしのコメントの記述です。

<米本さん
 「 霊感商法の歴史的経緯についての議論・疑問の提示の続きは、次のブログのコメント欄で--。」(米本文)
これまでは、私の投稿に関しては、米本さんより、いまの時代の霊感商法に限定せよとの通達でした。しかし、米本さん自身は歴史的経緯についての議論・疑問の提示は、認めておられたということですか>


 今回の一連の経済犯罪事件は、過去のいわゆる霊感商法(正しくは悪質商法)の連続線上にあると推測しています。
 それゆえ、過去についてのコメントは大歓迎なのですが、すべて、事実の根拠があまりない、「我流解釈」のコメントにすぎませんでした。
 注目したのは元さんのコメントでした。過去の霊感商法は明らかに文鮮明さんが知っていたどころか指示を出していた・・・。

 ところが、今回の一連の事件の連続性については不明確でした。
 連続性がわかれば、今回の事件がもっと明瞭になると思ったのですが。

 これがわからない限り、過去のことをいくらコメント欄で書かれても、さして意味あることではなく、逆に、今回の犯罪を曖昧にすることだと思いました。
次にアップしている東京新聞の記事に書いてあるようなことがどうして起きたのか、このことこそが話題になるべきだと思っています。

連続性がどこまで明らかになるかわからないので、「霊感商法の歴史的経緯についての議論・疑問の提示の続きは、次のブログのコメント欄で--。」と書いた次第です。

 大変生意気なように思われるかもしれませんが、ルポと本とブログ記事が前提となったコメントにしか、もうコメントしませんので、どうかご斟酌ください。ブログ記事を書くのだって、大変ですから。
 よろしくお願いいたします。
 

米本様の精力的なブログ書き込みの最中に趣旨からズレた論争を仕掛けるつもりはまったくありませんが、原田氏へイエローカードをだされたことに対して、この際彼自身の釈明を汲み取りぜひとも撤回していただきたいと願うと共に、今後は当ブログの書き込みに際してイエローカードとなる注意すべきガイドラインを明示していただければ幸いかと思います。

たとえば当ブログはもともと反カルトのカルト性を明らかにするために開設されたと米本様は明示されております。この目的に照らせば原田氏の書き込みがブログ開設目的に抵触しているとは考えられないだけに先の警告には正直不可解な点があります。原田氏は拉致監禁をなくす会の会員でもあり、このブログの本来の趣旨にあった訪問者であると私は感じますが、その点はいかが判断されているのしょうか?

逆に、たとえば拉致監禁に直接関わる者又はその疑いのある者に関しては当ブログへの書き込みは許されるのでありましょうか?先に米本様は拉致監禁加害者である清水与志雄氏の投稿をも歓迎するような発言をなされておりますが、それはいかなる意味において歓迎されるのでしょうか?たとえば拉致監禁を許容するような発言は当ブログにおいて許されるのでしょうか?

そのあたりをもう少し具体的に明示していただければ幸いです。同時にご多忙の中、わずらわしい質問をすることにあらためてお許しを乞う次第です。

イエローカードの基準

はやしさんの質問に答えておきます。
変態系の迷惑メールは即刻削除するとともに投稿禁止措置を取っています。
文中に特定個人の名誉を棄損するような記述があるメールは即刻削除します。なぜ、削除なのか、質問がある場合は、「管理者にだけ表示を許可する」ボタンを押して送信してください。名誉棄損のことを説明いたします。

イエローカードにこれといった基準はありません。小川さんの「献金について」のコメントを、講釈された現役信者である原田さんの「RE 献金について」は、本人の意図とは別に拉致監禁を助長する内容でしたので、イエローカードを出しました。疑問があればもう一度、この投稿をじっくり読んでください。

元信者の清水牧師が拉致監禁を肯定する理論を書かれても、それはイエローカードにはなりません。ひとつの議論すべき対象となりますから。これについて疑問、不満があれば、管理者だけに表示ボタンを押して、そのことを書いてください。

元さんへ

あなたの紹介された朴牧師の会見記事を読ませていただきました。この記事は被害弁連の記事ですね。もちろんあなたもご存知だったのでしょうが、それを知りながらあえて記事をリンクされているあなたの立位置に奇妙さを覚えました。なぜならここは反カルトのカルト性を明らかにするという米本氏の強い意志の下に開設されたブログだということをあなたもご存知のはずだからです。

朴牧師は自ら告白しているように現在刑事告訴中の身であるということを考えれば、まともではないということをまず疑ってかかるべきでしょう。米本氏がC級資料といっているのはその辺りの判断が含まれていると思いますが、あなたはそれを読んでもこの人物はおかしいとは露も思わなかったのでしょうか?

それにしても記事の内容にはわたし自身興味を持ちました。但し、あなたが期待されているような意味においてではないですけど。

特に朴牧師の記事を読んでいて興味深く思ったことは朴牧師が信仰を失った理由です。その理由とは要するに文師の前妻及びそのご子息の問題であったらしいということです。ご子息の一人(ご長男)が麻薬やいろいろな問題を仕出かしたということはわたしも洪蘭淑の本で読みました。この本を読んで統一教会をやめたという人が何人もいたという話を聞いたことがありますが、確かに当時の私にとってもショックな話ではありました。しかしあの本の中で正直に述べられている文師の子供達の自由の気風にはむしろ感銘を受けました。文師の養育方は自由放任ともとれるほど子供達に干渉していないという一面があるということです。実際には子供達は優秀な家庭教師がつけられて猛勉強させられたのかもしれませんが、それにしても14人の子供(韓鶴子の子女)のうち5人ものハーバード大卒業生(wikipedeaより)を出すというのはやはり特別の遺伝子であるといわねばならないでしょう。

しかしながら文師のご子息の中には確かに優秀な子がいたとしても、その中に一人でも問題児がいるとすれば文師はメシアではないと罵る人々がいます。なぜなら文師の子は(理論上)原罪のない完璧な子供達でなければならないとされるからです。

私にいわせれば、それらの方々はそもそもキリスト教でいう「原罪」というものを何か目に見えるような特別の概念として捉えているのではないでしょうか?もしそうであるとすれば、キリスト教はとっくの昔に消滅したはずだということを知らなければなりません。なぜならパウロを初めとする最初のキリスト教徒達は原罪を死からの解放であると信じていたのです。原罪がなくなれば人は死ぬこともないと信じられていました。そしてイエスが空中再臨すればイエスを信じた人々は墓からよみがえるとさえ信じられていたのです。そんな馬鹿なと思う人がいるかもしれませんが、現実に今でのそのような信仰を持つクリスチャンが数多くいます(特に統一教会に反対している牧師達の中には実際そのような原罪観をもっている方が多くいます)。

そのような原罪観からすれば、そもそも文鮮明の長男が多少出来が悪かったとしても、なんら問題とされることでもないはずなのですが、しかし統一教会を真面目に信じる信者にとってはそのことは大問題であり、だから彼らはそのような問題を殊更問題にしたがるのでしょう。

私にいわせれば理論と現実が一致しないのは当然であり、そんなことは子供でなければ誰でも分かるはずだと思います(それが分からないのは頭が幼稚なのです)。現実が理論に一致するということは実際にはありえないけれども、だからといってそれによって理論が否定されるという根拠にもなりません。理論というのは現実を説明する道具にすぎないということを知る必要があります(これがいわゆるプラグマティズムです)。この立場によると、現実がある理論に近似していればその理論は正しいものとされます。キリスト教が今日まで廃れずに多くの人々に信じられた理由はそこにあります。また共産主義理論が完全に誤った理論であるとされるのもそこにあります。

文師の家族問題においても、私はそのような立場でみるならばやはりメシア家庭であると信じられます。一人で14人もの子を産んでいるということだけをとっても凄いことであり、その子供の中の5人もハーバード大出を輩出するという家系はやはりすごいことでしょう。他にも韓鶴子女史は短期間の間に世界中を飛行機で飛び回ったギネス級の記録もお持ちだと聞いたことがあります。私は高所恐怖症なのでそれだけでも尊敬に値すると思ってしまいます。そういえば昨年の今頃、文師家族のヘリが墜落して不時着したというニュースがありましたが、あの事件にしても奇跡としか考えられないほどの幸運に恵まれています。そのようなことからも、やはり文師の家族は神の特別な導きの下にあるのではないかと信じたくなります。不信者には「何をいうかこいつ!」と思われるかもしれませんが、信仰というものはそういうものですよ。何をもって信じるのかということです。それは個人の自由であり決して強制はできないのです。この一点だけはおさえていただきたい。








米本さんへ

上の投稿をだす場所を間違えましたので管理人に謝罪します。

ついでながら米本さんのイエロー基準、正直不可解な点がありますが、あえて抗議をするつもりはありません。しかし原田氏への厳しい処置を解除してもらいたいというのが私の変わらぬ願いです。

謹慎中の身ですが……

米本様、原田です。謹慎中の身ですが……。

>これについて疑問、不満があれば、管理者だけに表示ボタンを押して、そのことを書いてください。

疑問や不満ということではありませんが、お詫びと今後の私の方向性についての投稿許可をいただきたいと思い、上記引用文中にあるように、管理者だけに表示を許可するにチェックマークを入れて投稿しようとしたら、非表示コメントは受け付けていませんという表示が出てきました。私の操作ミスでしょうか、それとも……ブログの設定をご確認いただけますか。

はやしさんへ

「元さんへ」の投稿を読みましたが、「立ち位置」がおかしいのは「はやしさん」のほうですよ。
 あなたは管理人ではないのに、管理人的立場から、統一教会から離れた元信者さんの投稿に、いちいちコメントする。「立ち位置」をわきまえてください。

 ついでに注意しておきます。はやしさんが少し前に書かれたことです。
「多分、米本さんも読まれたことがあると思いますが、英国のJ.D.Chryssidesという学者の研究書で邦訳もされている「統一教会の現象学的研究」(93年㈱新評論)という本があります。これはいままで著された統一教会に関する(第三者の執筆による)研究書の中では最高の書物だと私は思っています」
これに対して、私が「読んでいる。必読書だ」とコメントすると、
「実は私は恥ずかしながら十数年前に手にして読もうとしましたが、途中で辞めてしまいました」
 読んでいない本を「最高の書物だ」なんて書かないでください。ズレていますよ。

 私への投稿について。「イエローカード」の意味をご存知ないようですね。サッカーが好きな知り合いに、意味を聞いてください。投稿をいただきながら失礼なのですが、ズレているコメントが多いですよ。

 たまには、ブログのテーマ(ここでは正体隠しの伝道、次のは「献金」)にあったコメントをお願いします。ブログには真っ正面から意見を述べず、テーマに沿ったコメントが入ると、すぐにそのコメントにコメントする。

 信者家族の方が読んだら、どう思われるのか、たまには、考えてください。

 それと技術的なことなのですが、文末後の空白をなくしていただけませんでしょうか。

Re: 謹慎中の身ですが……

原田さんへ。「謹慎中の身ですが……」「投稿許可をいただきたい」と書かれていますが、はやしさんと同じように「イエローカード」の意味をご存知ないようですね。イエローカードは厳重注意(今後は気をつけてください)の意味であり、レッドカードは退場(当分書き込み禁止)の意味です。

反省されたのであれば、いちいち管理人の許可を取ることなく、どうぞ、投稿してください。


>、管理者だけに表示を許可するにチェックマークを入れて投稿しようとしたら、非表示コメントは受け付けていませんという表示が出てきました。私の操作ミスでしょうか、それとも……ブログの設定をご確認いただけますか。

現役信者の方や地域の指導者クラスの方など数人から「管理者だけに表示」のコメントが入っていますので、おそらく操作のやり方に問題があるのではないでしょうか。
個人メールをもらうのなら、拙著に書いているメールアドレスにお願いいたします。

米本さんへ

>統一教会から離れた元信者さんの投稿に、いちいちコメントする。「立ち位置」をわきまえてください。

確かに行き過ぎたコメントであったことを反省します。

>読んでいない本を「最高の書物だ」なんて書かないでください。ズレていますよ。

申し訳ないです。お恥ずかしい限りです。当時は半分近く読んだところで、やめてしまい後は所々拾い読みをしている程度でした。但し、あの書き込みをしてからあらためて読み直しています。現在、四分の三ほど読み進みました。やはりすぐれた書であると確信できます。イギリス人学者特有の帰納主義的方法論が一貫していて知的レベルの高さを感じます。米本様が紹介されていた「本書が健全な批評精神を保ちながら、統一教会の教義を理解することも可能だということを実証していればよい」という言葉は確かにこの研究書の価値だと思いますね。

>たまには、ブログのテーマ(ここでは正体隠しの伝道、次のは「献金」)にあったコメントをお願いします。

そのうち私の経験談でも書かせてもらおうと思っています。

あと清水牧師のコメントもありましたが、彼とこの場で議論ができれば幸いです。彼とはかつて一晩泊り込みで話をしたこともあります。その時はまったく平行線でしたが。

yahoo掲示板削除依頼の件

米本様にはまったく関係のないことでご迷惑かもしれませんが、以前にもお伝えしました私のyahoo掲示版のトピックに再び削除依頼が寄せられているようです。本日書き込みをした下記投稿に対して警告文がパソコンに表示され、これ以上投稿できない状況に陥っています。私は事実を書いているのであり、しかも牧師達の名前は伏せているにもかかわらず、警告が寄せられているということに対して不条理を感じざるをえません。万一トピックが削除された場合、事の経緯を一人でも多くの方に知っていただきたいためにここにリンクさせていただきます。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1143583&tid=0dbbeoa4jygcw4f6xbbv7oa4ka4da4a4a4f&sid=1143583&mid=123

yahoo掲示板削除依頼の件

米本様には再三にわたり迷惑をおかけしますが、先にお伝えした通り私のyahoo掲示板が現在書き込み禁止になりました。よって大変申し訳ないですが、Yahoo掲示板に予定していました下記の投稿をさせてください。できましたこの事態の成り行きを一人でも多くの方に見守っていただければ幸いです。

これより記します「根拠」は私自身の文師に対する信仰の根拠になっているものを思いつくまま箇条書きにして順不同に述べるものです。思い当たるものを自由に列挙するつもりですが、できるだけ検証可能な事実に限りたいと思います。それは事実ではないという反論や訂正すべき箇所があればご教示いただければさいわいです。また異なった見解やご批判も自由にお書き下さい。もちろん文師が偽キリストであるという根拠があれば、それでも結構です。感想などもいただければ幸いです。

根拠①:文師は70年代の終わり頃に近い将来の共産主義の崩壊を予言していました。文師によると共産主義はその誕生から70年以上を越えることはできないとされていました。つまり1914年のロシア革命から数えて70年後の1984年で共産主義は終焉すると予言したのです。この予言を聞いたとき私はとても信じられないと思っていました。当時のソ連はブレジネフの王朝時代であり、ソ連の脅威はまさに絶頂期であった時代です。一体、文師は何を根拠に共産主義の崩壊を予言しておれらるのかまったく私には分かりませんでした。しかも文師は当時ただ漠然とした予言をしているのではありません。70年代の終わり頃に近い将来に文師はモスクワで大会を開くという極めて具体的な構想をもっていました。その後、ソ連の崩壊は82年のブレジネフ死去をもって始まり85年のゴルバチョフ大統領が就任して以来、信じられない速度で加速されました。共産主義の崩壊は誰も夢にも想像できなかった歴史的大変動の稀有な出来事です。しかし文師はその歴史の大変動を前もって知っていた唯一の人物であるとみなされます。

ちなみにブレジネフ政権下の時代に予言されていたモスクワ大会は実際にゴルバチョフの政権下に世界言論人会議という大会が開かれて現実化しました。これは一つの奇跡といってもよいでしょう。以下は文師のゴルバチョフ大統領に対するメッセージをです。

「大統領。大統領は偉大な仕事を成し遂げられました。ソ連大統領の地位は差し出しましたが、あなたはいま『世界の大統領』になられました。そしてこれは『終身大統領』です。誰もあなたの長期執権をけなす者はおりません。ロシアの歴史に永遠に残る名前はカール・マルクスでもなく、ウラジーミル・レーニンでもなく、ヨシフ・スターリンでもなく、ただミハイル・ゴルバチョフのみでありましょう。それよりもさらに重要なことは、あなたが永遠に世界平和の使徒となられたことです。あなたの知恵と勇気によって、戦争なしに世界平和を成就しました。あなたは恐ろしい核戦争の恐怖から世界の人々を解放したのです。あなたは何かを失ったかのように寂しく思ってはいけません。あなたは最も大きなもの、永遠なるもの、美しいもの、偉大なものを得られました。あなたは神様の仕事を成し遂げたのです。
 私から見れば、あなたがいま生きていることが奇跡です。これこそ、われわれが共にその感謝と栄光を神様に捧げなければならないことです。神様があなたを保護されたのです。本当に感謝すべきことです。そのために私は、一九九〇年にあなたに必ず会わなければなりませんでした。あなたに天運と神様の保護をもたらすためでした。大統領。あなたは神様の愛する人であり、平和の英雄です」

参考写真
http://www.chojin.com/history/2/mos.htm
http://www.chojin.com/history/2/mos.htm

はやしさんへ

はやしさん

どうもあなたも勘違いされているようです。

どうして、米本氏のブログでこんな事をやられるのですか?

あなたがやられている事は、逆に世間に統一教会とは非常識で怖いところだと判断される根拠となるでしょう。

確かに、自分の考えと違う事を言われたら反論したくなるし、また事実反論しなければならないでしょう。

しかし、それをやるにも礼儀とルールがあります。

それを超えたやり方では、それが例え正論でも人は耳を傾けません。


どうして、はやしさんは米本氏の迷惑を考慮せず、米本氏のブログの主題を脇にのけた反論をしたり、

今また、関係ないテーマの主張の文章を載せなければならないのですか?


上記の投稿内容は、米本氏の今追われているテーマとあっていないでしょうし、訴えたいこと、論議したいことでもないし、

その行為はただ単に、荒らしと変わりません。

はやしさんは統一教会の外部の方かもしれませんが、ここを読まれる他の一般の方はそう思われないでしょう。


米本氏は

>信者家族の方が読んだら、どう思
>われるのか、たまには、考えてく
>ださい。

と仰っています。

考えてみられましたでしょうか?

また、米本氏の考え・気持ちなど考えてみられたでしょうか?


このブログが注目度が高いからといって、それ幸いと自分の主義主張を我田引水で載せるのは止めて下さる様にお願い致します。


主張を載せるのは御自分の発表の場を新たに別個に設けて、なされるようにしてくださるようにお願い致しますm(__)m。


PS 米本様へ

出すぎた真似をお許し下さいm(__)。

再びジャルジンさんへ

 回答がすっかり遅くなりました。

「統一教会考(4)」の(注2)で書いた文章--

<「統一教会のダミー組織」という表現もそうだ。なにがダミーなのか説明抜き。あまりにもレッテル的使用方法だ。
統一教会と友好関係にあるという世界平和女性連合(会員数1万5000名、うち半数は非統一教会員)にも、全国弁連は「ダミー組織」のレッテルを張っている。
同連合は、世界会長が文鮮明氏の妻、文鶴子、日本の会長が日本・統一教会の初代会長の妻、久保木哲子であることを明かにし、そのことを明記した月刊誌(発行部数10万)も発行している。
アフリカで小学校づくりを行うなど活動の実態もある。
友好先の統一教会よりはるかにまともな団体である。」


--を、次のように訂正いたします。

<「統一教会のダミー組織」という表現もそうだ。なにがダミーなのか説明抜き。あまりにもレッテル的使用方法だ。
 世界平和女性連合(日本の会員数1万5000名、うち半数は非統一教会員)にも、全国弁連は「ダミー組織」のレッテルを張っている。
 同連合は本部をニューヨークに置く、国連・経済社会理事会の諮問資格を有するNGO。総裁は文鮮明氏の妻、韓鶴子氏、世界会長は文蘭英氏。同副会長は6人いるがそのうちの一人は日本会長を兼務する、日本・統一教会の初代会長の妻、久保木哲子氏である。
 アフリカでの学校建設を支援したり、里親制度、奨学金制度を開設し、世界の恵まれない子どもたちを支援するなどの活動を行っている>


 主な修正点は「統一教会の友好関係にある」を削除し、役員の肩書と名前を変更したことにあります。
 世界平和女性連合の日本支部の会員のうち半数(筆者推定)が統一教会員であることから、「友好関係にある」と形容しましたが、規約を含む資料などを見てもそのように書いてあるものはありませんでしたから、削除します。
 ジャルジンさんは電話をかけられたそうですが、「統一教会とは関係ない」と言われたことをもって、正体を隠していると判断されるのはあまりにも短絡的だし、非理性的です。
 同連合はれっきとした世界的なNGO団体であり、活動実績もありますから。

> ところで、ダミー組織という言葉を「実物のように見せかけたもの」という意味で使っているのなら、確かに世界平和女性連合は該当しないかもしれません。
> しかし、統一教会の反社会性を問題にしている人々(捜査当局、司法当局を含みます)は、統一教会の関連組織を「傀儡」とか「替え玉」、つまり「本体が正体を隠して活動するために組織化し操っている別働部隊」といった意味で使っているのです。

 言挙げするつもりはありませんが、他者を批判したり、他者にレッテルを張ったりする場合には、言葉に厳密であらねばなりません。その点でジャルジンさんの一文には首をひねるところ多しです。

 その1・捜査当局、司法当局は統一教会の関連組織を「傀儡」「替え玉」「別動部隊」といった言葉の使い方をしているのでしょうか。統一教会が敗訴した判決文をたくさん読みましたが、そのような使い方をしている例はありませんでしたが・・・。
 反統一教会の人たちのブログでは、そのような使われ方がたくさんなされているのは知っていますが、捜査当局、司法当局においては寡聞にして知らずです。あれば、教えてください。

 その2・「傀儡」について。「傀儡」とは「黒幕に操られ、舞台の表面で踊らされる者を指す」となっていますが、もし、世界平和女性連合が世界・統一教会の傀儡だとすれば、総裁である韓鶴子氏は黒幕である夫の文鮮明氏に操られていることになります。これは笑止です。ジャルジンさんだって、おかしいと思われるでしょ。

 その3・「替え玉」について。「ダミー」の狭義の意味には「替え玉」があります。冒頭に「(ダミー組織には)該当しないかもしれません」と言った舌の根も乾かないうちに「替え玉」(=ダミー)用語を紹介するのは、とても非理性的です。

 その4・「別動部隊」について。世界平和女性連合が統一教会の「別動部隊」として、NGO活動の傍ら秘かに同教会の主な活動(献金集めや伝道)をしているというのなら、「別同部隊」のレッテルは正鵠を射たものと言えるでしょうが、そのような事実はあるのでしょう。同連合の統一教会員である会員が非信者の会員を勧誘するといったことはあるでしょうが、組織的に行われている事実を私は知りません。
 日本・統一教会の幹部信者には世界平和女性連合の活動を快く思っていない人たちがいます。
 それは、同連合の信者会員が、統一教会の活動もせずにボランティア活動に精を出しているからです。

 ただし、渋谷の「新世」や新潟の「北玄」は、「統一教会の別同部隊」と表現されても、それほど事実に反していないと思います。

 ジャルジンさんが世界平和女性連合を批判したいのであれば、あんちょこにレッテルを張って終わりするのではなく、同連合の活動を具体的に批判すべきでしょう。

 ところで、統一教会員の中には「拉致監禁の黒幕は共産党」と思い込んでいる人たちが少なくありません。具体的事実を示すことなく、レッテル的で非理性的な思考方法です。
 反統一教会の人たちは、辞書を調べる作業もせずに、統一教会と関係がありそうな団体に「ダミー」とか「傀儡」「別同部隊」といったレッテルを張る。

 反カルトのカルト性を感じてしまいます。

 世界平和女性連合のことを批判した匿名ブログがいくつかあるようですが、根拠のない批判を繰り返すためにパソコンに向かう時間があれば、世界の貧困地帯に学校をプレゼントするようなボランティア活動に費やしたらどうかと言いたくなります。

 アフリカの子どもたちは、反世界平和女性連合の諸氏なんかどうでもよく(むしろ敵と思うかも)、学校をプレゼントしてくれる同連合の人たちに感謝しています。

お願い反論されるのであれば、自分の言葉で、「~思う」「~思われている」といった曖昧な内容のものではなく、事実に基づいたものにしてください。いちいち辞書を引いて、ジャルジンさんを窘めることに時間を取られたくないので。

幽霊シックさんへ

>主張を載せるのは御自分の発表の場を新たに別個に設けて、なされるようにしてくださるようにお願い致しますm(__)m

その場が現在削除依頼が寄せられているらしいということなのです。もしそうだとしたら、これは一つの大事件です。あなたがご自分の意見を発表されているブログが、もしあなた自身に相談もなく突然削除されたらあなたはどうしますか?このようなことは憲法で保障された自由な言論活動を妨害するものであるとわたしは判断します。

わたしがここにその経緯を投稿しているのは、米本氏のブログの趣旨と直接関係すると思われたからです。ご存知のように後藤さんの異常な監禁事件を一人でも多くの人々に知ってもらいたいという願いからYahoo掲示板のトピックを立ち上げています。その趣旨は米本氏も同じであると私は考えています。しかし、あの事件を知られたくないという目に見えない勢力が存在しています。その彼らの影響下で以前のトピックが削除されました(と私は判断しています)。今回もそのような削除依頼が寄せられているとしか考えられません。半年程書き込んできた私の投稿が明日にも全て削除されるおそれがあります。万一そうなれば、泣き寝入りをしたくないので、迷惑もあろうかと思いましたが、その経緯をここに書かせていただきました。誤解のないように願いますが、これは名誉棄損とかyahooのガイドラインに抵触するという問題ではありません。もしそうなれば、これは憲法に保障された言論の自由が侵害されるという事件であると考えます。

はやしさんへ

もう一度、私が言った内容と

投稿された内容のチェックをお願い致します。

私が言っている内容は、YAHOOの掲示板に投稿されるつもりだった文章を何故、米本氏のブログに投稿しなければならないのか?という事です。

はやしさんの文先生がメシアであると考える根拠を書くことが、ここで必要であることでしょうか?

今、米本氏は統一教会の問題について取り上げておられるのです。

ここは一般の人も多く見に来られています。

はやしさんが脈絡も無く、米本氏のお考えや迷惑を無視して投稿すれば、それだけ一般の人はあきれます。

そういうことをお考え頂きたいと御注意したのです。


また言っておられることが矛盾しています。

yahoo掲示板削除依頼の件 [2009/08/01 13:49]
>米本様にはまったく関係のないこ
>とでご迷惑かもしれませんが

幽霊シックさんへ [2009/08/01 18:15]
>わたしがここにその経緯を投稿し
>ているのは、米本氏のブログの趣
>旨と直接関係すると思われたから
>です。

本当はどう思われているのですか?

どうか少し、冷静になれますようにm(__)m

再度の忠告-イエローカード

 幽霊食口さん。管理人に成り変わって、はやしさんに忠告していただき、ありがとうございました。

 しかしながら、はやしさんは忠告の意味が理解できなかったようですね。ずれまくりもいいとこです。

 はやしさんの「yahoo掲示板削除依頼の件」の内容は、管理人のブログの趣旨とは直接どころかまったく関係ありません。不特定多数の人に主張されたいのであれば、自分でブログを作ればいいのです。 
 パソコンオンチの私も知り合いの援助を受けて、ブログを立ち上げました。知り合いの援助を受ければ、2時間程度で開設できますよ。

 はやしさんの投稿、しかもブログの内容と関係ない投稿は、この2日間で6本にも及んでいます。
 一週間(8月7日まで)ほど、投稿を休止してください。その間、幽霊食口さんの忠告投稿を繰り返し読んでください。

(追記)このブログでのコメントではありませんが、原田さんの「献金その2」は自分の体験を交えた、実に率直な述懐だったと思います。いい投稿ありがとうございました。 

コメント削除の説明

 はやしさんに一週間だけ投稿をやめてほしいと頼みましたが、またコメントが入りました。それに対するコメントもまたありました。

 それで、3つの投稿をすべて削除しました。悪く思わないでください。

 はやしさん、うちの老婆(86)が書道で写筆している言葉を進呈しておきます。
「君、妄想することなかれ」

 追記でタメグチ。
「早くブログを開設しなよ」

日本人牧師も意識変革せよ

「新しい葡萄酒は新しい革袋に盛れ」私の好きな聖句です。この御教えは現行憲法を、偶像崇拝崇めたてまつり続ける事をやめようとしない、日本人牧師にも必要です。

統一教会考(5)?正体隠しの伝道について

統一教会の緊急記者会見についてのコメント(2)

記者会見の中で、私がいい意味で一番驚いたのは、勧誘・伝道する際に、正体を明かして、つまり統一教会の名前を明かして伝道するように指導している、と徳野会長が明言したことである。

その発言部分を引用してみよう。

画期的な徳野発言

現在、統一教会は直接文先生を最初から証をして、統一教会の名前をはっきりと証をして伝道しなさい。友人、知人、家族の方々、あるいは様々な知り合った人を伝道する際に、はっきりと統一教会の名前を言いなさい。文先生の名前を言いなさい。もちろん、驚く方もおられるだろうし、そう簡単に受け入れない方もおられるでしょうけど、それはやむを得ない。
 しかし、正々堂々と統一教会の名前を証して、そして文先生の名前を証して、伝道しなさい。こう、いま強く指導しています。

本年2月12日の通知文、ならびに3月14日の通知文(日付ママ)を通して、伝道を、最初から統一教会を証してやるように。今までその部分において不足な部分があって様々な誤解や問題が起きてきたところがある。
そういう問題を二度と起こさないように、誠意をもって、正直に、正々堂々と統一教会の名前と文先生の名前を言いなさい。そして伝道しなさい。と、このように指導しているところです。

 ゴチックにしたところは、徳野氏がひときわ力強い声で述べたところである。

 徳野会長のこの発言は、3月25日の通知文よりさらに踏み込んだものである。

 すなわち、正体を明かす部分について、通知文では次のようになっている。

勧誘目的の開示 教会員が自主的に運営するビデオ受講施設等における教育内容に統一原理を用いる場合、勧誘の当初からその旨明示するように指導して下さい。また、宗教との関連性や統一教会との関連性を聞かれた際には、ビデオ受講施設等の運営形態に応じた的確な説明ができるよう、ご指導下さい。


いま一つ文意が取りにくい文章である。
ビデオセンターに勧誘するときに、勧誘者は最初から統一教会員であることを明かさなければならないのか、それとも質問された場合に限って説明すればいいのか。「運営形態に応じた的確な説明」とは何なのか。
要するに、言語明瞭、意味不明瞭の竹下さんみたいな文章なのだ。

これに対して、記者会見での発言はすっきりしている。「統一教会を明かして伝道しなさい」「文先生(文鮮明)の名前を明かして伝道しなさい」と明確なのだ。

統一教会のことをあまり知らない人にとっては徳野発言の歴史的意義がわからないことかもしれないが、これは、実に画期的なことなのです。

そもそも、統一教会の負の歴史は、高額な大理石の壺などを売りまくった80年代の霊感商法から始まった。
そのときから、信者は自分の正体を明かさずに、「ハッピーワールド」(輸入代理業)あるいは「全国幸せ連絡協議会」(任意団体)などの名前で、
また「大理石の壺」以降、90年以降は、印鑑、風水、水晶彫刻などの宗教グッズあるいは朝鮮人参などを、信者はそのつど設立される会社の社員として、
やはり正体を明かさず販売し、顧客をビデオセンターなどに勧誘してきた。
 
伝道は、商品販売を通してだけでなく、街角やキャンパスでのアンケート、手相占い、姓名判断など、婦人部隊は健康セミナーとか子育て相談会といった講演会などを媒介に、やはりいずれも正体を明かさずに行ってきた。(注1)

自分たちのグループが統一教会であり、世界を救う救世主、再臨主が文鮮明氏であることを明かすのは、信者にするための教化過程の中頃になって、ようやくのことだった。(注2)



歴史の詳細はともあれ、80年から今日まで、実に30年近く、正体を隠して勧誘・伝道を行ってきたのである。簡単にいえば、日本・統一教会の歴史にとって、大半が正体隠しの歴史だといっていい。
 このため、「統一教会は気味の悪い集団」というイメージは、社会(むろん信者の家族にも!)にすっかり定着してしまった。私の周辺では、オウムより統一教会のほうが圧倒的に嫌われているが、それは正体隠しのせいである。
フリーメーソンではないが、正体不明だと、実に不気味に感じるものなのだ。この世間の感覚は現役信者には理解しにくいかもしれないが・・・。

少し横道にそれるが、出版社の編集者(早稲田卒)に「統一教会の取材で松濤の本部に出向くことがある」と話すと、「勇気がありますねえ。ぼくなんかは拉致監禁されるんじゃないかと怖くて、とてもあの建物の中に入れませんよ」と、変に感心されたことがある。

別の話である。後日書くつもりだが、教会員である妻が夫に内緒で多額な献金をしていることが発覚した。夫は地域の統一教会に直接出向き、返還交渉することになった。北大卒の夫は一流企業のサラリーマン。同僚は「もし、おまえが明日、会社に来なければ、監禁されている、場合によっては殺された可能性もあるとして、警察に出向くよ」と話したそうである。

これが世間の感覚なのである。すべては正体隠し、それにともなう秘密体質のせいだ。

正体隠しは、反統一教会陣営も、私など統一教会批判派も、こぞって批判してきたことだ。
とりわけ、全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)は87年の発足当初から裁判で、正体隠し伝道の違法性を主張し続けてきた。福岡高裁判決などでは正体隠しの伝道は違法であるとはっきり認定している。


こうしたことが背景にあるだけに、3月の通知文、そして今回の記者会見で、正体隠し伝道を一掃し、「統一教会の名前と、文先生の名前を明かした上で伝道せよ」となったのだから、私が驚き、賛辞を送りたくなるのは当然のことだろう。

反統一教会の人たちは「もし正体を明かしての伝道指導が本物だったとしても、あたりまえのことをやるようになっただけ。評価に値しないことだ」というかもしれない。気持ちはわかるが、30年間近くできなかったことを改善するというのだから、私は素直に評価したい。


新しい酒には新しい革袋が必要、

ところで、徳野氏に拍手を送りながら、その一方で、<はたして実現可能なのか>と憂える気持ちが湧いてくる。

3月の通知文からすでに4カ月が経過しようとしている。
正体を明かしての伝道はどうなっているのか。

私がたまたま知り得ただけの情報だが、東京・荒川区の青年部は統一教会の名前を明かした上で、アンケートをツールにした勧誘を開始している。
東京・北区の赤羽教会は教会主催の講演会を企画し、統一教会の名前が明記された講演会の勧誘ビラを、家々を訪問しながら配布する活動を行っている。
いずれも、統一教会の北東京教区下の組織である。

赤羽教会主催の講演会情報は、赤羽に住む知人から教えてもらった。知人が受け取ったビラをもとに私も講演会に参加した。この話は後日、書きたいと思っている。

しかし、全国のほとんどの組織は戸惑っている状態ではないかと思われる。なかには、徳野会長の指導を無視して、相変わらず、正体隠しの勧誘を指導している地域もあると聞く。

徳野指導が実行に移されないのは、2つの原因が考えられる。

その1つは、各地域組織の指導者がこれまで正体隠しの伝道しか経験したことがなく、どうやればいいのかわからないことにある。
80年に25歳で入信した信者は、いま50代半ば。こうした層が地域の指導者(教区長、教域長、教会長クラス)となっている。入信してから今日まで、彼らは正体を明かして伝道した経験が一度もないのだ。
教団の中枢部を構成する人たちとてそうだろう。

信者の戸惑いは、いろんなことを想像すればなんとなく理解できてくる。

暴力革命に人生をかけてきた革命戦士が、明日からは平和革命だと中央指導部から指示されたときの戸惑い。
明治維新になったときの武士が、明日からは刀を捨てて糊口をしのがざるを得なくなったときの戸惑い。(この戸惑いが理解できるようになったのは小説家・蜂谷涼さんの小説を読んでからです。お勧めの作家です)

「火の粉ブログ」のテーマに寄せていえば、強制説得しかやってこなかった牧師が、明日からは監禁下ではなく信者の行動が自由な空間で脱会説得しなければならなくなったときの戸惑い。

まあ、モグラが地上に顔を出し、あまりの明るさに戸惑ったときのような感じといったところか。
ただただ戸惑うだけで、統一教会の名前を明かして、どうやって勧誘・伝道すればいいのか、誰もわからないのだ。
その意味で、赤羽教会の実直でまともな試みは、大いに注目されよう。

また、山陰のある教会か、教会内のグループかは不明だが、一貫して統一教会の名前を明かして伝道してきたところがあるという。文化大革命時の毛沢東の「雷鋒同志に学べ」ではないが、全国の信者はそうした模範的な地域組織に学ぶ必要がある。


もう1つは、個々の信者や地域指導者に対する「日本・統一教会」の評価基準が、これまで長く、勧誘・伝道数(ビデオセンターに勧誘した数・ビデオセンターでの受講完了者数、献身者の獲得数など)と、献金額(献金した金額、献金させた金額)?の主に2つであり、それが今でも変わっていないことにある。

評判のきわめて良くない統一教会の名前を明かして、新たな信者を獲得するのは至難の技。それでいながら、評価基準は昔のままというのは矛盾している。

「売上高より利益を重視せよ」と会社の方針は変わったのにもかかわらず、社員の評価基準が売上高一辺倒だったら、社員や中間管理職はどうすればいいか困ってしまう。

日本担当を命じられた文鮮明氏の4男、ハーバード大卒の国進氏だったら、この意味は理解できるはず。仄聞するところによれば、最近、評価基準を変更したと聞くが、まだハーバード卒の能力を生かしていないようだ(あるいは能力の限界か)。
 
わかりやすい例題を出せば、こういうことだ。
徳野氏の指導に忠実に従い、1年間1人もビデオセンターに勧誘できなかった信者と、指導を無視して100人を勧誘した信者と、どちらを評価するのかということだ。
現状の統一教会では、間違いなく、正体を隠して伝道した後者が評価される。

教会員がメシア、真のご父母様と仰ぐ文鮮明氏は「正体を明かして伝道せよ」「大勢の人を伝道せよ」とみ言葉を発してきた。ところが、正体を明かして大勢の人を伝道するのは至難の技。そこで、日本・統一教会は前者のみ言葉をこれまで無視してきた。

ちなみに、韓国・統一教会の中で、自分の正体を隠す人はほとんどいない。
以下の写真は、07年8月に韓国・江原道の日本の花嫁さんの家を取材したときのもの。このときの文章は『我らの不快な隣人』15頁?を読んでください。
クリックして拡大すれば白い車の上に旗が見えますが、これは統一教会の旗です。近所の人はみんなこの家が統一教会信者だと知っています。

2008_0907画像0256


ようやく文鮮明氏の言葉に従うことを、徳野氏は明言したのだが、新しい判断基準を示さない限り、指導は画餅に終わってしまう。

 新しい酒は新しい革袋に盛れ。この諺を日本の統一教会幹部にプレゼントしておきたい。


繰り返しになるが、徳野会長は「統一教会と文先生の名前を明かして伝道するように指導している」とマスコミの前で、とにもかくにも公言した。つまり、賽は投げられたのである。

もし、信者や地域指導者が正体を明かしての伝道は難しいとか、あるいは教団中枢部の具体的な行動基準が示されないから動きにくいとかといった理由で、正体隠しの伝道を以前と変わりなく続けるのであれば、それは徳野会長をはじめとする日本の「中心」ばかりではなく、メシアに弓を引く行為であり、それは同時に日本の社会が徳野前会長や梶栗新会長ばかりではなく、統一教会の上から下までまるごと、今後一切合切信用しなくなることを意味する。

それとは逆に、徳野氏の発言を忠実に、愚直に実行していけば、いつかは「気持ち悪い集団」というイメージは払拭される。「ニュース(6)」で書いたが、「拉致監禁をなくす会」のメンバーは堂々と統一教会信者であることを明かして、宣伝活動を行っている。通行人は決して「気味の悪い人たち」と受け取らず、ビラを受け取り、なかにはどういう事件かと質問する人もいるのである。

文脈からそれるが、正体明かしの問題と大いに関係することなので、もう1点だけ書いておく。

「まず隗よりより始めよ」。この言葉を、統一教会の婦人とその指導者たちにプレゼントとしておく。

いま教団の婦人部関係者たちは新伝道方法の実行に頭を悩ませていると思うが、「まず隗より始めよ」で、婦人(妻)は、夫に
「私は統一教会員です。これまで隠していてごめなさい。入信したのは△年です。これまでに家の預金から○△万円、教会に献金していました。心から申し訳なく思っています」
 と正直に告白し謝罪すること、指導者は婦人たちにそのようにするように指導することである。

日本・統一教会は、既成のキリスト教会と異なり、日曜礼拝だけでなく、月、火曜と平日にも礼拝を行っている。平日礼拝に参加するのは、夫に信者であることを隠している婦人か、明かしたけど反対されてやめたことにしている婦人のどちらかである。(その数、推定で2万人。『我らの不快な隣人』の21?26頁と253頁?255頁に詳しく書いてあります)

夫に隠れて平日礼拝に通う婦人信者たちは、いくぶん後ろめたさを感じながらも、心は隠れキリシタン。別に教団が国家権力から弾圧されているわけではなし、たんに夫に正直に話せないだけのこと。大きな堂々した玄関があるのにいつも勝手口から入るような、奇妙で奇天烈なコソコソ信者でしかないことが、本人たちには見えていないのだ。

それなのに、彼女たちが目指すのは「まことの家庭」。現実と理想の乖離はなはだし,というより精神が分裂しているのである。
さらにいえば、彼女たちを指導する人は、夫の目をいかに誤魔化すか、献金勝利の表彰状をどこに隠したらいいかといったレベル。エンタの神様のネタになるような“指導”がゴロゴロしている。「おもしろうてやがて悲しき鵜飼かな」。ほんとうに情けなくて、悲しくなってしまう。

見知らぬ人に勇気を出してカミングアウトなんかしなくていいから、家族に明かすのが先決だろう。まるで小さな子どもに説教を垂れているようで、頭がくらくらとしてきそうだ。(注3)

長くなったが、最後に一つだけ、韓国取材でのエピソードを紹介しておく。

ソウル市の隣、九里市で日本の花嫁さんを取材した帰り道、高校生の一団が、道路に広げた白い布切れを指さし、南北統一を願う一言を書いてくれと、通行人に頼んでいた。
その中の一人の男の子に、「君は統一教会二世なの」と聞くと、
「はい!そうです!」とうれしそうに、答えてくれた。
両親は日本・統一教会の堺教会に所属しているという。
「日本だと、なかなか統一教会だとは言えないよねえ」と水を向けると、ちょっと曇った表情になった。
「やはり、自分は統一教会の二世だと堂々と言えるのは気持ちはいいよねえ」
こう話すと、目を輝かせて、「はい!」と元気のいい答えが返ってきた。

私もすがすがしい気分になった。忘れえぬエピソードである。

2008_0907画像0170



(注1)統一教会の婦人部隊と、世界女性平和連合の会員とは、年齢層がきわめて似通っている。このため、正体隠しの伝道のための各種催し物も、世界女性平和連合の会員も行っているのではないかと疑われることがあるが、同団体はそんなことはしていない。

(注2)統一教会の教化システムは、郷路征記氏の『統一協会 マインドコントロールのすべて』(教育史料出版会)が詳しい。ただし、彼のマインドコントロール論は作文にすぎない。『我らの不快な隣人』の12章で、そのことを指摘しておいた。

(注3)家族に信仰を明かしていないのは青年や学生も同じである。しかしながら、親に明かすと、拉致監禁される可能性がなきしにもあらず。そのため、青年と学生の場合、なにがなんでも、明かすべきだとは思わない。個々の親子関係、家庭状況を見極める必要がある。必要なのは、拉致監禁されない環境づくりである。
 婦人の場合でも、夫に知られた結果、拉致監禁されたケースもある。これについては後日紹介する。ただ、なるべく早く正直に告白し謝罪すれば、それだけ拉致監禁リスクは減る。

田中君敏という本部職員

統一教会本部勤務2年で拉致監禁解放PJの仕事をしているとかの田中君敏という奴。

>品の無い輩にしつこく絡まれてますねw相手にしないほうがいいですよ

何だそれ? 同じ田中のよしみか田中清史に尻尾を振って「そうですね、Thanks!」とか頭ナデナデされやがって。
信者でもない我々が、拉致監禁を捏造だとぬかす弁連のパシリ清史を批判してるというのに、テメエら教団本部職員、それも拉致監禁解放PJ担当のテメエの言う言葉かよ。

テメエは一度でも田中清史を正面から批判したことあるのかよ。信者の高額献金を掠め取ってムダ飯食って、一日中ツイート遊びしてるだけの本部職員だから、拉致監禁解放PJとかいうご大層な名称の仕事がなくなると困るよな。テメエのような奴がまず真っ先にクビだから。

田中君敏の上司も何やってんだ? 同じく拉致監禁が完全撲滅されたらクビのくちだから、田中清史に尻尾を振る部下のツイート遊びを推奨しているわけか。

そんな教団、早いとこ潰れちまえ!そうすりゃカネを絞り取られる信者が一番助かるよ。

現物

>田中君敏 ‏ @tanakakimitoshi
詳細 @cult_and_fraud 品の無い輩にしつこく絡まれてますねw相手にしないほうがいいですよ

>エイト ‏ @cult_and_fraud
詳細 @tanakakimitoshi そうだね、Thanks!  


Re: 田中君敏という本部職員

 田中君敏君は2世みたいですよ。

 拉致監禁とはまるで無縁の2世食口には、拉致監禁の恐怖とか痛みとかは絶対に分かりません!

 だから、拉致監禁派のエイト君と仲良しになることができるのでしょう。

 本部にいる2世さんたちが拉致監禁問題に関わる。不適材不適所もいいところですね。

 それにしても、うちの組織は不思議なところ。拉致監禁と闘っているのに、その足元で、本部職員と拉致監禁派が水面下でつながっている。
 ふつうの組織ならクビでしょうに。それなのに、拉致監禁派につながる職員にも給料(献金)を払う。

 どうかしてるわ。
 

R:田中君敏という本部職員

戦争相手とパイプを持つことは必要だけど、その質が問題だよ。田中清史クラスでは邪魔になりこそすれ何のメリットもない。
それに戦争相手とのパイプは隠しておいてナンボで機能するもので、あんなにベタベタ目立ってはものの役にたたない。

統一教会本部の頭脳構造のお粗末さに呆れるね。

アホな君はんとトンマな本部

 エイト・田中清史君は、監禁のパシリをやっている。もし「秘密めいた手紙」作戦が成功していたら、健君は今頃、檻の中。

 そうしたら、アホな君敏はんは「~監禁被害者の会」のサイトに、「またまた拉致監禁事件発生!」と書く(爆笑

 アホというか、バカ丸出しですね。

 こんなバカを本部が職員として雇用するとは!
 まあ、人材がいなかったということなのか。それにしても、トンマですね。

夜の疾風さん
>戦争相手とのパイプは隠しておいてナンボで機能するもので、あんなにベタベタ目立ってはものの役にたたない。

 ひょっとしたら、監禁派の情報を取ろうとして、エイト君と仲良しをやっているつもりなのかもね。

 だとしたら、底抜けのバカというしかありませんね。せちがらいこの社会で働いてみたらと言いたくなるけど、まあ通用しないだろうな。

 でも、頭キタさんのネタは面白かった。吉本興行の新米漫才家のネタになりそッ。

本部さん、何とかしてくれ!

お久しぶりです。いろいろあって静かにしてたんですが、 頭キタさんの情報には本当に頭にきた。

こういう人を職員にしていてはいかんでしょう? 我々の献金で給料もらってるんですよ! だめだめ、こういうのは即クビですよ!

本部の人って、信仰エリート集団だと思っていたんですけど、違うんですかね? こんなんじゃあ、現場の教会よりも世俗化してるように感じますよ。

カルト新聞の田中の記事にも、
http://dailycult.blogspot.jp/2012/03/blog-post_07.html#more

>統一協会本部広報局渉外部長の澤田氏がペットボトルのお茶を差し入れてくれた。

>澤田氏からお茶の差し入れは、昨年の京都での日本脱カルト協会の公開講座の会場外での抗議活動取材時以来、二度目だ。

>せっかくなので記念にということで3人で乾杯する一幕もあった。


と書いてあったけど、「なにやってるんだ!」と言いたい。なれ合ってるんじゃねえよと思いました。田中なんか、追い返すべきでしょう!

お茶を差し入れる必要ある? そのお茶ってぼくらの献金で買ったんじゃないの?

いろいろあったんで、怒りが増幅してしまいました。すみません。でも、本部のこのありさまは許せません。大嶋さんも人を見る目がないんですね、こんな人たちを雇うなんて!

R:本部さん、何とかしてくれ!

弁連や脱カルトのパシリにオベンチャラ弁当やらお茶を配るのが本部広報局渉外部長のお仕事ですかね。炎天下で声をからして脱カルト協を糾弾していた地区信者たちからすれば、それこそフザケルナの話だよ。

そういえば澤田って宇佐美事件でもチョンボした奴だよね。信者関連の事件も無難に処理できないくせに、監禁パシリのご接待だけにはご執心なんだ。呆れたね。

こんな奴が部長面してるからヒラも見習って監禁パシリにオベンチャラ、弛緩しまくりの本部なんだよ。ああヤダヤダ…。

お願い

 2人の田中さんのこと、またエイト君と本部の話題は、もう終わりにしてください。よろしくお願いいたします。

島田裕巳VS田中君敏

統一教会本部勤務の田中君敏君、エイトこと田中清史とのツイート交換で顰蹙を買ったけど、見違えるように毅然としたね。

ここで具体的に紹介する余裕は無いが、宗教学者・島田裕巳氏との今日のツイート討ちあいはなかなか読ませた。

一言で言えば、島田氏は、拉致監禁やディプログラミングによって棄教させられてしまうような信仰ははじめから信仰ではない、とする〃絶対信仰〃の存在を提示している。
対して田中君は、強制棄教にあえぐ信者の無念さや苦しみを支える教団組織人として立場から、その極限状得における〃人間信仰〃に強く思いを致している。

実は、島田氏は信仰の本質としての〃絶対信仰〃を示すことによって、現実に強制棄教に下る人々の〃信仰〃を鼓舞、ひいてはディプログラミングを痛烈に批判しているのだが、田中君の読解はそこまでには届いていない。

しかし、ツイトートの短い文章の応酬なのが惜しいほどなかなかの迫力であることは確かだ。機会を改めてジックリ議論を戦わせるテーマ価値は十分にあると思う。
田中君敏君をやや見直したよ。

旧体制の責任逃れ

ディプログラミングで失われるような信仰は信仰ではない。

これは純粋信仰論でこそ言えるもので、現実の信仰運動論に引き入れてしまうと、信仰はどんな逆境下においても自力で護り通してこそ信仰だとなって、例えば、数十年も信者の拉致監禁と強制棄教の被害を放置してきた、統一教会旧体制の責任逃れと擁護に援用されてしまう。
そのあたりは明確に峻別して考えるべきでしょう。

戦略でしょ

>いろいろあったんで、怒りが増幅してしまいました。すみません。でも、本部のこのありさまは許せません。大嶋さんも人を見る目がないんですね、こんな人たちを雇うなんて!

いろいろな戦略があるのは当たり前だと思います。
しかし米本氏は、実名者に対する匿名批判を非難していたように記憶していますが、ここは匿名批判の宝庫ですね。残念です。

Re: 戦略でしょ

nemoさん、投稿ありがとうございました。
 なかなか鋭い投稿だと思いました。

「匿名と実名」。20年前から関心があったテーマです。
 別冊宝島でも書いたことがありますが、微罪事件の場合、実名で報道すべきかどうか(具体例は白タク事件だった)。
 万引きした人が学校の先生だったら実名で書く。それはどういう基準なのか。大手新聞社に質問したこともありました。
 今でもどうあるべきか考えています。

 こっち(島根県松江市)に戻ってからも、地元の山陰中央新聞の記者とも議論したことがあります。

 で、nemoさんの投稿に絞って、書いておきます。

 おっしゃる通り、この欄では匿名者が実名者を批判しています。具体的に言えば、統一教会本部職員の澤田氏と田中氏です。

 なぜ、管理人として削除しなかったのか。あらためて自問自答しました。

 それは、決して基準というわけではないけど、宗教法人という人格をもった団体(公益性の高い団体,税金を免除されている団体)の職員だから、という気分があったからです。

 この判断は議論を呼ぶと思いますが。

Re: 戦略でしょ

>戦略でしょ
>いろいろな戦略があるのは当たり前だと思います

拉致監禁解放PJ担当本部職員が、拉致監禁を擁護して「監禁に誘う手紙」まで配達しているエイトこと田中清史なる人物と、

>品の無い輩にしつこく絡まれてますねw相手にしないほうがいいですよ
>そうだね、Thanks!

などとツイートし合うこと、また、別の本部幹部職員が田中清史に弁当やお茶を差し入れて乾杯し合い軽口を交わすことの何処にどのような「戦略」があるのですか?
そんなことで反対派を篭絡できると思っているのですか? 反対派にも心安い「開かれた教団」のイメージができるとでも考えているのですか?
答えてください。

それとも、彼らの更に上位教団幹部からの何らかの指示があっての行動なのですか?

「戦略」というからには、それなりの組織的必然性があるのでしょうから…。

統一教会は即刻田中君敏氏を罷免すべし

米本さん、お久しぶりです。
少々忙しくて、様子見をしていました。

デマブログ「やや日刊カルト新聞」の偽名記者の田中清史氏については、触れない方針という事でしたが、どうしても触れざるを得なくなりました。

田中清史氏のブログに、「青春を返せ」裁判の裁判結果を知らせる同氏が書いた「やや日刊カルト新聞」記事を紹介し、拉致監禁を正当化する記事がアップされました。その中で、田中清史氏は、臆面もなくこう述べています。

http://dp.tosp.co.jp/index.php?action=blog_view_entry&ocd=user&oid=5129972&topFlag=1&guestAuthCode=
そのような一世信者はカルトから救出されるべきであり、カルト団体の影響の及ばない環境に保護して説得をおこなうことに合理性があることが判決で裏付けられました。
そんな環境で、家族が専門家を交え話し合いをすること自体には何の問題もないでしょう。


勿論、これは拉致監禁には何の問題がないとの意であるのは間違いありません。

そしてこのブログ記事をアップした事を知らせるツイート記事

http://twitter.com/#!/cult_and_fraud/status/188562859838541824
久しぶりに個人ブログの記事を更新しました。『3.29札幌判決で見えた合理性 』http://dp.tosp.co.jp/?action=blog_view_entry&topFlag=1&ocd=user&oid=5129972 3.29札幌地裁判決の内容に鑑み、信者に『隷属を強いる』カルト団体からの脱会説得についての合理性を論じています

に、件の統一教会拉致監禁解放PJ担当田中君敏氏がこうツイートしています。
http://twitter.com/#!/tanakakimitoshi/status/188653463616503809
@cult_and_fraud エイトさん。「教団の影響下を離れた場所での専門家を交えた家族の話し合い」に異を唱える人なんていないと思んですが

統一教会の拉致監禁解放PJ担当は拉致監禁に賛成という事ですね。おそらく、別の意味で書かれたものとは思いますが、この文脈では、そう受け取れます。
思慮が足りなさすぎます。

田中清史氏は、早速こう答えています。

@tanakakimitoshi それは何より

統一教会は即刻、拉致監禁解放PJ担当田中君敏氏を罷免すべきです。
これを読んだ、どれだけの多くの人が失望するか、傷つくか。思慮が足りなさすぎます。

PS 田中君敏氏がツイッターで

「文章の裏を読み取れない人の誤解をいちいち解くのも大変だ。」
「思想が異なる相手は一から十まで敵視敵対すれば、物事が解決するとでもおもっているのだろうか。少なくともそれは宗教のスタンスではない。自らは場外に身を置きながら、人のやり方を批評するだけの評論家には疲労感すら覚える。」
「拉致監禁問題に触れてきた人ならすぐ読み取れるはずの真意なのに、自分が頭にきている特定人物の名前が出ると逆上して冷静さを失うのだろう。」


とつぶやいてます。どこまで舌禍を広げれば気が済むのでしょう?

今回の私の投稿は、真意が他の事だろうという事はすぐわかります。しかしながら、表面を読めば、その意向とは全く逆の意にとれる事が大問題でそれが多くの人の失望を与え、傷つけるという事と、そういう思慮が足りない事が大問題であるという意味なのですが、どうも、文章の意味がお判りになっておられないらしいですね。
挙句の果てには、自己正当化の為に、相手を評論家、意見を批評と貶めて自分を慰め、それを公開の場でつぶやく。
一体全体どうなっているのでしょうか?

Re: 統一教会は即刻田中君敏氏を罷免すべし

 鸞鳳さんの意見に大賛成!
 罷免だ、罷免だ。

 本部職員の田中は、血と汗と涙の献金で家族を養う資格はゼロだ。
 さっさと監禁パシリ屋(エイト=田中清史)陣営のところに寝返ったほうがいい。
 本部の内部は一体、どうなっているんだ!?

暇コメント

鸞鳳さんのコメントで田中さんのツイート引用してますが、1ツイート抜けてます。

<tanakakimitoshi @cult snd fraud 本人の同意、出入りや連絡の自由があればの話ですけどね。>

別に田中さんを擁護するわけではないですが、決して拉致監禁を容認する発言をしているわけではありません。

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