お馬鹿なアベルに賢いカイン 

お笑い家庭連合考(7)

-お馬鹿なアベルに賢いカイン-

「なぜアベル(公職者)はアホばかりなのか」
「記事削除要求はバカ丸出し(恥ッ) 」

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「火の粉記事の削除工作」は全く意味がなく、かえって自分たち(教団本部)にマイナスになる行為であることは、前回の記事で書いた。
 どうしてこんなことが理解できなかったのか。「伝道対象者である一般社会人」からすれば「教団本部はお馬鹿さんたちばかり」という評価になり、馬鹿から伝道などされたくない!となるだろう。

 ところで、拉致監禁問題を契機に、統一教会の人たちと会うようになった。その数、三桁に近い数十人。アベルとカインという言葉も知った。なかなか理解しにくい概念だったが、だいたい分かった。

 徳野さんを代表とする本部や摂理機関のアベル信者だけではなく、多くのカイン信者(大半が拉致監禁に関係する)とも会ってきた。
 信者に会えば会うほど、「アベル」「カイン」の意味が混乱した。

 なぜなら、「カイン的」と陰口を叩かれる信者に優秀な人が多かったからだ。例をあげればきりがないのだが、例えば-
 「渡辺博弁護士の秘密めいた手紙」に登場する田中幸子さん(仮名)。
 読んでもらえば分かるが、彼女は拉致監禁を誘(いざな)うような手紙を親に送りつけてきた渡辺博弁護士(全国弁連幹部)の懲戒処分を、弁護士会に請求した。結果は棄却となったが、彼女の行動によって渡辺博弁護士は手紙作戦を中止せざるを得なかった。たった1人のカインの力によって!

 渡辺氏及び彼の代理人となった山口広弁護士たちは、懲戒請求の背後には私や教団本部職員がいて、田中さんは操られているといった趣旨の主張をしていたが、それは失当である。
 田中さんから相談を受けたとき、「懲戒請求という方法がある」と教えたのは私である。(一般の人に分かるわけがない)。書面づくりを手伝ったのは私と教団法務担当の職員である。しかしながら、彼女は決して人形などではなく、きわめて主体的であった。先にあげた19本の記事に目を通せば理解できるはず。
 懲戒請求棄却後、私は彼女に日弁連に「不服申し立て」をすることを提案した。これに対して、毅然としてノ-だった。

「カインはアベルの指示通りに動く」
 
これが反統一びとのシック観だが、必ずしもそうでないことは取材体験上理解できた。指示通り動く信者もいたが。
 田中さんはとても面白い女性で、統一教会にも批判的(私にけっこうしゃべっていた。だからカイン的)で、懲戒請求が棄却されてからしばらくして退会した。その後、恋愛結婚したとか。統一のロボットと思い込んでいたであろう渡辺氏や山口氏にとっては仰天情報だろう。エイトさんや花屋の小林君などなども。クスッ 
 考えてみれば、統一にはやや疑問、拉致監禁にはノ-。是是非非の人であったと思う。
 彼女のことを思い出せばきりがないのだが、彼女は直属アベル(教会の原理講師)のグチを聞いてあげていたなぁ~。彼女とアベルの2人と並行的に話していたことがあるが、カインのほうがはるかにはるかにレベルが上だった。

 とまれ、何人かの女性信者に「カインの女王」というあだ名を密かにつけてきたが、トップは田中さん。声は小さく、赤面するし、まるで「王」の名にふさわしくない人だったが。

 ところで、拉致監禁を理由に民事裁判を提起したのは、今利理絵さん、アント-ル美津子さん、寺田こづえさん、後藤徹さんだが、いずれもカインである。アベル(献身者)で監禁された人もいるが、なぜか提訴していない。 40年間にわたって続いてきた異常な拉致監禁が終焉しつつあるのは「カインの力」なのだ。ウコンの力じゃないよ。

(注)後藤さんは最初の拉致監禁で献身者にならざるを得なかった。それがなければ、今頃は大成建設の部長さんになっていたかも。拙著参照のこと。

 また、拉致監禁によって脱会した人で、拉致監禁にノ-の声を上げたのは、拙著『我らの不快な隣人』に登場する宿谷麻子さんなど3人、それによく投稿していただいているkoyomi さんの4人だが、いずれも献身者ではない!教会用語でいう通教者である。 
 ちなみに、取材で会ったのはこの4人以外はすべて現役教会員だが、このうち5割~8割は間違いなく退会したか退会状態にある。わずか10年で!!

は、なぜアベル(献身者、教団職員)はお馬鹿で、カインは利口なのか。
 もう小生の結論はお分かりだろう。すでにこれまでの記事の投稿欄でも何人かの読者が指摘している。
 公式(というより傾向か)である。
「社会に交っている長さによって、頭の善し悪しは決まる」

 くどくど説明するのが面倒になってきた。人の文章を引用してオシマイにする。
 爆笑稿を2つ紹介する。

その1・クリスタルのブログ「裸の王様的家庭連合②徳野会長の言葉」
(引用はじめ。一部略)
 本題の徳野会長の言葉ですが、お父様が聖和された頃、私が宣教地ジョージア(グルジア)の総班長で徳野会長が東北大陸の大陸会長をされていた時の話です。その時何度も耳にしたのが、「日本で長く婦人部長をすると感覚がおかしくなってしまう。皆さん上手くやってください。」という徳野会長の言葉です。
 徳野会長が言われていた「婦人部長は感覚がおかしくなっている」をいう言葉は今でもそう思っていらっしゃるのでしょうか?それとも今立場が違うと「婦人部長は素晴らしい信仰者ですよ。皆さん」という事になるのでしょうか?
 その言葉をそのまま使わせていただけば、婦人部長に限らず、「日本で長く責任者をすると感覚がおかしくなってしまう。」のでは?と正直思うのです。

(引用終わり)

「日本で長く責任者をすると」。これは「日本の一般社会と長く交わらないと」と、同義である。アベルはもともとは馬鹿ではない。そこそこの学歴があり、ポテンシャリティはカインと変わらない。徳野さんの若い頃の評判は悪くない!

 ところが、カインの多くは外の世界で働き、新しい情報を知り、知的刺激を受ける。自分で考えて臨機応変に動かなければ首になる場合だってある。カインの脳の力は向上する。「絶対」は「相対的絶対」に変化する。

 一方のアベルは、人事異動はあるにせよ、同じ種類の人と空間を共にし、新たな思考をせまられることはない。これが何十年も続けば、脳の一部は間違いなく退化する(脳にビニールの幕がかかる)。
「絶対は絶対のまま」で変わらない。♪千代に八千代に♪の世界である。
 だが、広島カープ優勝で盛り上がっている商店街で、「巨人軍は永遠です」とプラカードを掲げて歩いている人がいたら滑稽だろう。
 これは揶揄ではない。
 事実、同じルーチンワーク的仕事をルーチンワーク的にこなしていると、認知症になる傾向がある。どこかの論文で書かれていた。単純労働ではなく、税理士さんの例があげられていた。

 ややショックだったのは、穏やかで常識的な批判派のプームチャイ さんが「徳野、お前アホか? 」の記事を書いたことだった。
 徳野さんは富山大の原研から本部入りして、会長職に昇進したのだけど、それなのに今では末端のカインからアホ扱いだ。

 鴨野守さんの場合、最初は改革マインドが間違いなくあった。ところが、同じ空間にいて変質してしまった。マモ~ル!カンバック!
 
 ただし、神様大好き、献金大好き、ネット大嫌い婦人カインはお馬鹿なアベルと同じ(最高のマッチング!)。
 もう1つただし。例外はたくさんあります。
 文鮮明・韓鶴子・文顯進・文亨進を相対的絶対ではなく「絶対の絶対」と思っているカインはどうしようもない。知的頽廃、はなはだしッ!


その2・ 「記事削除要求はバカ丸出し(恥ッ) 」での勝手に食口代表さんの投稿記事。「この人は一般企業で通用するかどうか」(原文ママ)

「この人は一般企業で通用するかどうか」
 この言葉、教会内部でも結構聞く言葉です。ほとんどは、一般企業ではなく一般社会とか世間とかという言葉に置き換わって使われます。
 例えば「こんな牧会者、社会では通用しない」とか。
 さらには、約束を守れない、あるいは急に変更する、なんだかんだと言い訳をする、人を裁く、そんな職員やスタッフの傲慢さに頭にきた食口から出ることの多い言葉です。
 逆に、「ここは一般企業や社会ではない。教会なのだ。」と、開き直ってしまうこともあります。
 そうやって、自分たちは正しいことをしているんだという思い上がりを積み重ねてきたのが、今の私たちの姿なのでしょう。

 現実の教団の姿を客観的に見ようとしないのか、見ても曇って見えていないのか?
 今の教団は、自分たちのやっていうとは正しいと、信じて疑わない食口が主流派になっているようです。

 そんな教団が2020年までに100万会員を目指すと言っても、内部の分裂を納めることさえもできていない教団にそんなことができるわけがない。
 もっと言えば、分派に流れる多くの食口は、教団に何らかの不満を持っているからそちらに行くわけなのだから、そんな食口の言葉に真剣に耳を傾けてみませんか。それが改革の本筋ではないでしょうか。
「火の粉ブログ」の封殺が問題の解決方法と、甚だしく勘違いしている幹部に、そんなこと期待しても無理なんでしょうけど(T_T)


(注)「見ても曇って見えていないのか?」。これが「脳にビニールの幕がかかっている」状態である。

追加情報「退化の改心」さんの的確な指摘

 会議にヒエラルキー(アベル、カイン)があるので、アベルの意見に対立する内容は通りにくく、カインの意見を取り上げる責任者はごく一部である。
 現場を見ている食口の意見は現実的と言われ、不信仰あつかいもされ、結局は教会長の意見で大半の内容は決定される。
 しばらくすると人事異動があり、新しい教会長が赴任すると、今迄の内容が覆され、また新しい方針が出される。
 教会はこれを繰り返しているので、長期的に発展するのが難しい。
 結局はアベルカインが組織の発展を歪めている現実を認識しなければ行けない段階に来ている。

(注)この投稿の難をあげれば、最後の一文が認識ラグになっている。教団職員の大半はルビコン河を渡ったと思う。




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コメント

今はアベルもカインも馬鹿か惰性で生きていると思います。

ハッキリ言いまして、今はアベルもカインもアホ又は矛盾を抱えて生きている!と言う教会の状況ではないか?と思います!……何故なら教理が結果の現実の実態との大矛盾によって崩壊しているからです!

私が伝道された80年代初期は、教会とハッピーが合体した後で、アベルカインについて、その様な事を良く言われていました!

具体的に言うと経済担当大幹部は馬鹿だけど、中間管理職は優秀だと!

馬鹿の大幹部は大ナタを振るうだけの馬鹿だけど馬鹿大幹部を支える中間管理職は正確な刺身包丁さばきでミムネに具体的に現実的に応えていると❗️

80年代始めから80年代半ばまではその様に言われていた事を覚えています。

実際、私自身も目の前のアベル(責任者)達を尊敬していましたから!

今は昔立派だったアベルも教会にいるなら惰性で(矛盾を抱えながら)信仰生活をしている人が多いのではないか?と察しています。

表題を見ただけでコメントして失礼しました。

会議にヒエラルキー(アベル、カイン)があるので、アベルの意見に対立する内容は通りにくく、カインの意見を取り上げる責任者はごく一部である。現場を見ている食口の意見は現実的と言われ、不信仰あつかいもされ、結局は教会長の意見で大半の内容は決定される。しばらくすると人事異動があり、新しい教会長が赴任すると、今迄の内容が覆され、また新しい方針が出される。教会はこれを繰り返しているので、長期的に発展するのが難しい。結局はアベルカインが組織の発展を歪めている現実を認識しなければ行けない段階に来ている。

統一教会カースト

アベルカイン、諸々の立ち位置が有る統一教会、現家庭連合は、文鮮明が元気に存命中は、その統一教会カルトカーストが成り立っていたけど、今はバラバラになりそれぞれの中で分派カーストが繰り広げられているだけのことでしょうか。

全容が大体解ればその中にイタイなんて人は無くなるんじゃない。
別にアベルはアホばかりってことじゃなく?、体制に拘り統一教会関連組織カルトカーストから抜けられないってことだけのようにも見える・・・。

家畜信者から財産せしめて豊かに暮らし、一族幹部たち子供は自立出来てるなら、弱肉強食の流れを使ったとも見える。

宗教カーストは別のところにも存在するし、地域の中でもカースト的内容はある。

アベルカインは、上下関係の絶対的関係を築くためにどうしても必要なカルトだった。
リコウかアホかって~のは、あまり関係ないことかもね・・・。

信仰者風、脅しがうまい、カツ*ゲがうまい、暴力を加える、断食などの条件を与え、失敗したら三倍条件とか・・・、
恐怖政治を敷くのがうまいカルトのカースト制度。


(文教組風に)
共産主義より質(タチ)が悪いんだね。

二世祝福の重圧

アベル、カインの視点を超えて、祝福家庭にとり最重要課題でしょう。

2020とか、氏族メシアとか、K実績とか、様々なお題目はありますが、とどのつまり二世祝福問題にやっきになってのことではないかと感じます。

この課題こそが絶対命題であり、自己肯定感の要となっているのではないでしょうか?

その焦りが、さらに悪循環を生み出しているのでしょう。

教会内には、強靭な恥の文化が根づいているのかもしれません。
  • [2016/10/11 22:11]
  • URL |
  • 手玉となった二世
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Re: 今はアベルもカインも馬鹿か惰性で生きていると思います。

「教理が結果の現実の実態との大矛盾によって崩壊している」

 その通りです。

 このことが前提になっているのに、
「今は昔立派だったアベルも教会にいるなら惰性で(矛盾を抱えながら)信仰生活をしている人が多いのではないか?と察しています」
 と書くのは矛盾します。

「矛盾を抱えながらも、宗教サラリ-マンだから献金享受生活をやめることができない人が多い」ということなのでしょう。

 物事は冷徹に考えるべきでしょう。

退化の改心さんへ

 リアリティある投稿、ありがとうございました。

 ぼくが見聞きしていることがそのままコンパクトに書かれています。

 本文に「追記情報」として掲載させていただきます。

 今後も情報・ご意見、よろしくお願いいたします。

ルビコンを

渡っていて欲しいです。

心からそう思います。

米本さんの言う通りなら、ある意味、今の日本で最も自己矛盾を抱えた人達の集団ということも言えるかもしれませんね。

もっとも、渡ってなければ本物の馬鹿だと思いますけどね。
  • [2016/10/12 18:35]
  • URL |
  • バカボンパンツ
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失礼しました。

どうも失礼しました!

世界平和統一家庭連合(統一教会)の表裏の真実の姿(実体)をやっと知る処まで来た自分としては、冷徹さの無い甘いコメントばかり書いていた様に思います。失礼しました。

日本在住、全国に今だに根を下ろし、はびこる世界平和統一家庭連合(統一教会)は”羊の皮を着た恨日朝鮮アライグマ”で恨日謀略団体だと言う事を今だに緊張感無く甘く構えていました。敵は既に冷徹なのに。失礼しました。

日本統一教会創設以来、どれだけ多くの日本人信者が犠牲に成って来たか❗️どれだけ多くの日本人信者の家族が犠牲に成って来たか❗️どれだけ多くの日本国民が犠牲に成ったか❗️日本国内に棲息して陰から日本国転覆を狙っていた恨日朝鮮カルト謀略家文鮮明教祖は死にましたが、まだまだ、日本全国に恨日野望の根っこが沢山存在するし、韓国から文鮮明教祖と韓鶴子独生女と更には他の使命を帯びて朝鮮人公職者が世界平和統一家庭連合日本支部(統一教会)に籍を置き今後日本国でどんな謀略を働くか分からないという事を思う時に、私の考えの甘さを感じました。

特に米本さんは統一教会信者でも無いのに、拉致監禁に反対され拉致監禁犠牲者の救済に手を貸され、彼等を救済して彼等に寄り添って来られた訳で、裁判にも何回も出向いて、人道的立場で統一教会の真実を表して多くの統一教会洗脳犠牲者信者達を救って下さっている事は、いくらジャーナリストの血が騒わぐと言っても、普通のジャーナリストに出来る事では無いと今感じています。

健康に気をつけて今後とも宜しくお願いします。

アベル・カイン

アベル・カインと言えば、昔、久保木会長の影響で、アベルが”カラスは白い”って言えば、カイン も”カラスは白い”って言わねばならないって感じだったようです。
その時、多くのシックたちは頭の回線を徐々に切っていったんじゃないかと思います。切らなかった人たちは異分子、さらに、日本の村社会感覚とも重なって、切らなきゃ村八分状態となり、不信仰者の烙印を押され統一教会員として生きていけなかった?のかもしれません。
幹部連中(責任者連中)は古い呪縛が化石化しており、化石状態でスイッチを切れなくなったか、切ったら生活できないという化石観念で敢えて切らないままにしてるのか?、スイッチ自体が壊れてるのか?、脳回線自体が焼き切れてるのか?、わかりませんが。

アベルだ、カインだ、と言っても、元々アベル、カインって、優劣の話ではなくて、本来は、例えば簿記の「借方」「貸方」みたいな単なる区分けだろうという認識でした。でも実際はアベルは献身者であり、組織的に上の位置にいる原理に詳しいリーダー教会員という感覚でした。また、アベル・カインの位置を逆転させたりして訓練させるという話もあったような?

神(教祖・・・幹部)が立てたのがアベル → アベルはより神に近い立場(アベルは目が良くカインは目が悪いという立場)→ カインはアベルに絶対服従(アベルは愛でカインを屈服させるのが前提):アベルが”アホ”ならカインが支え、それでもダメなら共に滅びろ! だったか? 個人的には”アベル””カイン”とかそんな旧約言葉は使わなかったですね。
そういえば昔、韓国人教会長のことを不満に思う区域長(献身者)が、教会長が悔い改めるように区域で祈祷してたのを見たことあります。(直に言えないから?)

実際は、「退化の改心」さんコメントの如くでした。初期の清平修練会に参加した責任者たちは、自らの驕り高ぶりを反省し、教会員たちに謝罪してた時もありましたが、時がたてば元の木阿弥、メシア絶対の人間は確信的犯罪者状態。
献金できない教会員に対して、”献金できないなら絶対返す(分割返済)から貸して”と言いますが、裏の事務所では”返す気なんかない”と平気で言ってたそうです。(献身者の婦人部長)
アベル・カインなんて、実質、教会員を服従させるための方便に使ってただけと思います。

一般的にもブラック企業やパワハラ上司のいる組織に長くいると感覚がおかしくなるので、閉じた妄想世界組織にいる教会職員たちも当然おかしくなると思います。統一教会の場合は、嘘ついても何しても神・摂理のためと正当化してしまうので、非常に質が悪い。”カイン”の立場の一般教会員だって結局、似たようなもんだと思います。
妄想世界の中で自分にとって都合のいい結果ばかり追い求めていた、しょーもない人間たちの教祖依存組織、としか思えないですね。

とある精神科医の名言

「悪魔を退治できるのは、悪魔だけ」

全ての悪に通じた人間のみが、悪魔と戦える?。

まるで、元ハッカーを雇う政府みたいだなと思って聞きました。

本部を自己退職した人間のみが、本部の腐敗を改革できるということかな?。

元朝鮮人総会長こそが、教会の悪も 人類の業も克服できるのかな?。
  • [2016/10/14 22:23]
  • URL |
  • 最下層・甘えん坊
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

最後の砦は揺るぎない信頼関係

結局、どんな組織にいても、自分自身との そして、他者との曇りのない信頼関係を築けなければ、その努力がなければ、マイナスの力があちこちにある世界なので、自然崩壊or歴史は繰り返す状態になると思う。
その世界に悪魔がいるなら、作用反作用の法則で、悪魔自身の力の反作用が生じ、しかも10倍返しで自滅(自然消滅)ですね。

また、位置への拘り、保身、いろんな欲求、所有などで、感覚がおかしくなるなら、自業自得です。

統一信者の宿命的な『馬鹿の壁』

>一方のアベルは、人事異動はあるにせよ、同じ種類の人と空間を共にし、新たな思考をせまられることはない。これが何十年も続けば、脳の一部は間違いなく退化する(脳にビニールの幕がかかる)。
「絶対は絶対のまま」で変わらない。♪千代に八千代に♪の世界である。


 記事の指摘内容はかなり深刻であり、やはり自分が理解していることはコメントしておくべきと思い、時期は遅れましたがコメント投稿します。

 米本さんは統一信者がいうところの「アベル」に阿保が多いのは生活環境が固定化し、新たな思考を迫られることがないためと考えておられるようですが、それが「アベル」の阿保さ加減を説明し切れるすべての理由とは思われません。
 統一信者の指導者、即ち「アベル」の方がマスコミの情報をたくさん知っている場合が多いのは事実で、彼らは「カイン」にネットを見ないように指導したとしても、自分達はネットに目を通している場合も多いのです。
 彼らは確かに新たな思考を迫られる機会は少ないと思いますが、発展的な思想を持っていて、常に向上心があるならば、たとえ生活環境に変化が少なくとも脳が退化するなどということにはならないのです。

 統一信者の「アベル」が阿保な理由に関しては、やはり彼らが思想として強く持っている統一原理の思想内容そのものに原因を求めて行かねば、その根本的な理由が解明できないと思います。
 統一信者のいわゆる「アベル」はその言動をネットで見ても、どうしようもない阿保であることは否定できない事実で、徳野会長などはその典型です。
 その呆れるしかない阿保さ加減を見れば、米本さんが原理講論や「み言葉」教本など読む気もしなくなるのは十分理解できるし、その気持ちはわかり過ぎるくらいよくわかるのですが、彼らが阿保な理由を解明しようとすれば、その中に根本原因を求めていくしかないのです。

 私も今振り返ってみて、教団内部にいた時は実際に脳が『馬鹿の壁』に思考を妨げられていたのを実感しています。
 それは特に宗教の価値について考える場合であり、『馬鹿の壁』があったため、それを異常に高く評価してしまったのです。
 その『馬鹿の壁』を生み出した最初の間違った考えとは既にコメント投稿した「内的知」「内的真理」という原理講論の間違った考え方ですが、それは人間が知性を働かす基本姿勢に関わってくるものなのでかなり重大な問題なのです。
 既に前の記事にコメントしたように「内的知」なるものは定義そのものが的外れで言葉として意味をなしておらず、劉孝元氏の文章から理解する限りでは、単なる‘物事の感情的な理解’としか考えられません。
 つまり劉孝元氏が解釈した「内的知」とは知性とは別もので、感情的な要素が強い心の働きなのです。
 感情の働きは知性とはまったく異なっており、感情表現の言葉は論理性、普遍性などを無視することもあるのです。
 感情を中心として物事を理解する場合はそこに情的な刺激があるかどうかが価値判断のポイントとなり、たとえそれが理性に反していようと、論理的な思考と矛盾していようと問題とはならないのです。
 劉氏は「内的知」によって探究されたのが宗教であると全くの虚偽を書いていましたが、その「内的知」を「道徳的感情」と置き換えればその宗教の説明は理解できるようになります。
 宗教の中で扱う説話などは荒唐無稽なものが多いのですが、それは道徳的感情を促すために考えられたものなので、元来が「真理」とは異質なものなのです。
 ただ、古い時代では科学が発達していなかったため、その荒唐無稽な話が「真理」と混同されてしまうようなこともあったのです。
 その人類が無知だった時代には科学的な発見が宗教によって弾圧を受けるようなこともあったのですが、人類の知性が発達してくるに従い、宗教の教えは「真理」とは別ものであることを人々が悟るようになったのです。
 科学が発達した現代においても宗教が生き残っているのは、人々の道徳心の向上に役立つからであり、それによって人々は情的な満足が得られるためなのです。
 現代人は宗教話が「真理」ではないことは当たり前と思っており、ただ情的には宗教に価値を感じているため、それを完全否定することはしないのです。

 原理講論の総序に書かれた「内的知」の解釈はそのような宗教の本来の役割を見失わせ、正常な人間の価値観を崩壊させてしまう恐れがあり、人間の知性を狂わせてしまうことにもなる重大な間違いなのです。
 私は未成年の知的に未熟な時に統一原理を学んだため、その「内的知」の解釈を否定できずに曖昧にしたまま信仰を続けてしまったのですが、真理探究心だけは失わずに持ち続けていたため、年数はかかりましたがその考え方の間違いに気付き、『馬鹿の壁』からも脱出できるようになったのです。
 一般人の米本さんからすれば思考力が恐ろしく弱く、妄想と現実の区別もつかないように見える統一信者は、そのように間違った思想によって知性の働きが必然的に妨げられてしまっているため、米本さんには馬鹿らしいと思うことも本気で信じてしまうのです。
 一般人が統一教団に批判的になるのはサタンが働いているためであるとか、統一教団がやっていることは「神の摂理」なのでお金をたくさん集めなければならないとか、「メシア」の性交によって血統転換できる…等々まともな知性をもっていればそれが偽りであることは簡単にわかることが「内的知」をもっていると自負している統一信者にはわからなくなってしまうのです。
 そして、その「内的知」とは実際は感情的な思い込みですから、その間違った思考構造に陥ると人間本来の知的な価値観が麻痺し、普遍性をもった「真理」がもつ価値自体を感知できなくなってしまうのです。
 それは非常に恐ろしいことで、例えば教団外部の人が理に適った正論を述べたとしても、自分の信仰に反することであると決してその価値を認めなくなってしまうのです。
 その正論が完璧で反論できないようなものだったとしても、「真理」に価値を感じない彼らは精神的に不感症状態であり、心が動かないので関心も湧かないのです。
 正常な精神をもった人間は反論できないような正論に接すれば「真理」として価値を認め、自らの知性も向上するようになるのですが、知的な価値観が崩壊し、精神的なバランスが崩れた人間は正論であったとしてもその価値がわからず不感症であるため、知的に発展することもできないのです。

 統一教会反対派の人々は昔から「マインド・コントロール」理論を用いて統一信者の信仰を批判しますが、その心理学的理論が欠陥だらけで学術的とは言えないことは米本さんもよくご存じです。
 私もその的を射てない研究は否定されるべきと思っていますが、統一信者の信仰内容が間違った思想教育によって異常なものとなっているとの判断は確かに合っていると思います。
「マインド・コントロール」論の一番の間違いは教団の指導者が意図的に信者をコントロールしていると解釈しているところであり、実際は指導者自身も教えていることは宗教的真理であると思って信者を教育しているので、その理論は根本から成り立たなくなるのです。
 しかし、人間の理性よりも‘内的知’とされる‘感情的思い込み’を思考の中心とする統一信者たちは 屁理屈であっても、指導者の感情的な妄想話に簡単に聞き従うようになるため、外から見れば、まさしく「マインド・コントロール」されているように見えるのです。
 「マインド・コントロール」研究者たちは、その信者特有の精神構造を理解できなかったため、現実にそぐわない「マインド・コントロール」論を展開することになったのです。
 統一信者が馬鹿げた宗教論であっても、それを「メシア」の「み言葉」として信じきってしまうのは実は「マインド・コントロール」されているからではなく、‘感情的思い込み’を‘内的知’として確信を持ってしまうからであり、そこに統一原理の思想的欠陥があるのです。

 原理講論では劉孝元氏が「内的知」という虚偽の概念をつくり出しましたが、それと似たような間違いは過去の宗教も犯しています。
 既に書きましたように宗教の役割とは‘道徳的感情’を向上させることなのですが、宗教は自らの宗派を絶対化するため、教義を「真理」と同等なものとし、その教義を信じ込ませてきたのです。
 仏教信者がよく使う言葉である「悟り」も「内的知」と似たような意味合いをもっていますが、「知」という言葉を使わないため、統一信者ほど精神が狂わないので危険ではないのです。
 以上のように、統一信者の『馬鹿の壁』を生み出した「原罪」は「内的知」という虚偽の概念を思想的に受け入れてしまったことであり、その精神的に‘毒’である「善悪知る木の実」を「食べて」しまったことから知的な退化が始まるようになったのです。

 私は原理講論をそのままのかたちで受け入れている信者は精神が蝕まれていると思っていますが、それをさらに分析すれば「知」「情」「意」の精神機能において、それぞれが障害を受けていると思っています。
 「知」の機能に関しては、上に述べたような「堕落」があるため、正常な脳の働きが阻害されることになるのですが、「情」に関しては ‘火の粉’に企画して掲載してくださった私の論考に書いように「恨」を抱く存在として擬人化された人格神を信じることによって「情」が発展的な方向に向かわなくなってしまうのです。
 ‘火の粉’に掲載された「いちろくの手紙」にはその「情」の問題を指摘した箇所があり、筆者はその原因が教団の思想そのものに根本原因があることは理解できませんでしたが、正常な問題意識を抱いていました。
(以下引用)
 だが、今や教会はマゾが体を痛めつけられることに喜びを覚えるように、苦労することそのものに喜びを覚え、苦労しているからそのうち認められるようになるだろうという、自己満足にひたっているだけなのでしょうか。

 さらに「意」の内容として統一信者に最悪の影響を与えているのは「蕩減復帰」という発想です。
 原理講論にある「蕩減復帰」の考え方自体は「内的知」などと違い、理屈としては筋が通っていますが、『馬鹿の壁』に閉ざされた統一信者はその‘原理’を応用する場合にとんでもない間違いを犯してしまうのです。
 論理的に正しく考えて、「蕩減」とは過ちを犯した人が失敗を帳消しにするために必要な行為のことであり、加害者と被害者がいる場合では加害者が行うべき行為なのです。
 「蕩減」で重要なのは失敗した行為の場合はそれを繰り返さぬようにすることであり、加害行為の場合は、害を与えた結果を埋め合わせ、被害者を元の状態に戻すことなのです。
 然るに『馬鹿の壁』に閉ざされた統一信者は‘蕩減’と‘懲罰’を混同し、‘被害者’と同じ苦しみを味わうことが「蕩減」であると思い違いをしてしまうのです。
 「いちろくの手紙」の記事にも実例があり、イエス・キリストが結婚できずに33才で亡くなってしまったため、その蕩減として祝福家庭は33才まで結婚生活をしてはならないという指導がありました。
 そこで使われている「蕩減」は本来の意味と食い違っており、それとは違った懲罰という意味で使われているのです。
 「蕩減」の原理的な意味を理解できていればそんな馬鹿げた話をするわけがないのですが、『馬鹿の壁』に閉ざされた統一信者は教義でさえも論理的な理解ができず、感情のおもむくままに‘原理’とは異なる恣意的な解釈をしてしまい、それで何とも思わないのです。
 『馬鹿の壁』とは知的に鈍感ということであり、無神経、不感症なのです。

 以上のように統一信者は原理講論の重大な間違いによって知・情・意の精神機能において退化、悪化しており、精神内容 特に知性は鈍感、無神経、不感症ですから現在の思想に埋没したままでは救いようがないのです。
 その知・情・意の機能不全は心の奥底から蝕んでいるため、それを正常に戻そうと思えば思想自体を基本的なところから変えていかねばならないのです。
 結論としてその第一となるのは“本然の知性”の覚醒なのです。
 統一教団内にある著作物では唯一“本然の知性”によって書かれているのが「統一思想要網」であり、そこには「内的知」などという意味不明の概念は出てきません。
 「統一思想要網」の基本的な部分を理解できれば“本然の知性”は覚醒され、原理講論の大きな間違いも悟ることができるようになるのです。

 もし、“本然の知性”が覚醒されないならば、例え「メシア」や「女メシア」の欺瞞性を見破ることができて、誤った信仰から脱却できたとしても、真の意味で‘リハビリ’できたことにはならないのです。 
 

Re:統一信者の宿命的な『馬鹿の壁』

神々の黄昏さんが書かれたように、統一教会は宗教を「異常に高く評価してしまっ」ているところがありますね。その上で、統一教会の教義や教祖を信じているという、、いわば宗教(自体)を信仰した上で統一教会を信仰しているわけで、屋上屋を架すではないけれど、稀に見る密閉性の「バカの壁」は二重サッシ状態、その通気性なしの体質には驚きです。

内的知が宗教だから、いくら事実や論理を言われてもそれは外的知で格下だから相手にしないとなってしまう。教団内部では、外的知はその思い込み(教義)を保つため、発展させるために使うものだとなっているので講義などで屁理屈が多出します。

師観のブログ「私の天国観」のコメント欄より、反応反論のようなPAPPというう人のコメントがあるので紹介します。
「統一教会の教義は他に類を見ないほど理路整然としてますね。
科学者の9割は神様を信じているという。勉強すればする程宇宙の神秘は神様を証明しているからでしょうね。
宗教は人間の営みにとって無くてはならないものです。
何故なら道徳の中に宗教があり、宗教の中に道徳があるからです。」(引用ここまで)

これは統一信者が宗教を異様にやみくもに高く評価してしまっている例で屁理屈の一例でもあると思います。内部でよくあるこういう考え方は宇宙や生命の神秘を感じて崇敬の念を抱くことと宗教とをごちゃまぜにしていると思います。


話は少し変わって、「知についてのお勉強」ということで、知情意の「知」には「感性」「悟性」「理性」があるわけですが、神々の黄昏さんの言っている「知性」とは、その中でも「理性」に近いものかと思います。

「統一思想」 原相論 本性相の内部構造 より引用:
内的性相
内的性相すなわち機能的部分とは知情意の機能をいう。知的機能は認識の能力であって、感性、悟性、理性の機能をいう。情的機能は情感性、すなわち喜怒哀楽などの感情を感ずる能力をいう。意的機能は意欲性、すなわち欲求や決心、決断する能力をいう。
このような機能は内的形状に能動的に作用するから、内的性相は内的形状に対して主体的部分となっている。知的機能における感性とは、五官に映るままに知る能力、直感的に認識する能力を意味し、悟性とは、論理的に原因や理由を問いながら知る能力であり、理性とは、普遍的真理を求める能力、または概念化の能力をいう。(引用ここまで)

別のコメントからですが、
>「知性」は外的な‘感性’などではなく、内的な人間の本性なのです。

「感性」も知性のうちです。用語に混乱ありではないでしょうか。
感性で対象を感知し、悟性でそれを整理・統合し、それをもとに理性で推理・創造するという繋がりだと思います。(カントがこのようなことを言っています)


>もし、“本然の知性”が覚醒されないならば、例え「メシア」や「女メシア」の欺瞞性を見破ることができて、誤った信仰から脱却できたとしても、真の意味で‘リハビリ’できたことにはならないのです。

“本然の知性”覚醒のために。なんちゃって。
創造原理的な世界をもっと追究したいという方におすすめなのが、最近ブログ村ページにちょくちょく広告がでている「神秘哲学を学ぶ通信講座 バラ十字会」、これいいんだよねー。宗教ではありません。私は5カ月目に入りました。内的知とは神秘哲学だ!なんちゃって、冗談言い過ぎ。結局広告かって、違いますがねもうええわ、お笑い風に、ほなさいなら。

Re:Re: 今はアベルもカインも馬鹿か惰性で生きていると思います。

>「教理が結果の現実の実態との大矛盾によって崩壊している」
> その通りです。

米本さんのこの指摘は現役信者を名乗るものには痛いです。ですが多くの信者は、そもそも原理について矛盾した読み方をしていないでしょうか。それを解決もせず振り回すから、矛盾するのは当たり前だと思います。さらに思考停止を教育したから、たちが悪い。

もちろん、私もまだ読めないことは多いですが、読めないからといって教理を否定するのは信者としては正しい姿勢とは思っていません。教理を全体像からみて主旨を読み取る努力が必要だと思っています。

以前に私が主張したカインアベルについて。
http://ameblo.jp/poomchai/entry-11349876230.html

教会では、
一方で、アベルはカインを自然屈服しないとしけないと教えながら、
一方で、カインには主体的に堕落性を脱ぐ蕩減条件を立てろと説く。

※堕落性を脱ぐ蕩減条件
教会ではカインに、アベルを神のように愛して、神との中保者として、アベルに屈服して、善を繁殖、これはアベルの指示を実践することというように教えた。

これ、矛盾してませんか。

これじゃ、実践しようとしたら、頭がウニになります。
私の頭が硬すぎるのかなぁ、バカの壁?

こんにちわ!ブームチャイさん

ブームチャイさんは私から見たら知的で論理的考察が出来て分かりやすい説明も出来る方だと思います。

>「教理が結果の現実の実態との大矛盾によって崩壊している」 <「私」

>米本さんのこの指摘は現役信者を名乗るものには痛い指摘ですが、そもそも多くの信者は原理を矛盾した読み方しかしていないと思います。それを解決もせず振り回すから、矛盾するのは当たり前です。さらに思考停止を教育したから、たちが悪い< 「ブームチャイさん」

私は論理的考察などは苦手なタイプですが、原理口論の読み方論なんて私からすれば馬鹿馬鹿しい事で、原理は真理でないと現実の結果を見て判断した訳です。

自称再臨主の文鮮明教祖が1番大切なものは肉身の命より”血統”と言っている訳です。

文鮮明教祖が言っている血統とは文鮮明教祖との性関係によって発生する血統の事です!

原理では無形世界が有り、地上で生きた人間は全て無形世界(霊界)=永遠の世界で生きる訳で、神の本来創ろうとされた世界(創造本然の世界)が人類始祖(アダムとエバ)の堕落(エバが天使長ルーシェル=サタンと霊的性関係を結んだ)によってサタン世界(地上世界も霊界も神の創造本然の世界では無いサタン主管世界)に成って人類始祖の堕落以来、今日まで神の創造本然の世界(神の願われた神の愛が支配する世界)に成っていないと自称再臨主の文鮮明教祖は言っている訳です!

人類始祖アダムとエバの堕落以来神様は悲しみの神で今日まで神の創造本然の世界を再創造する為に地上に神の代身として神の蕩減復帰摂理を推し進める中心人物を神は地上に送られて来たと文鮮明教祖は言っています。

その責任を担った人物がアベル、ノア、アブラハムイサクヤコブ、だったりする訳です。しかし、それはあくまでも神の子=キリスト=メシアを誕生させる為の準備を成し遂げる中心的使命者としてです。

そして、その神の子=メシア=キリストとして生まれて来たのが、イエスキリストです。

要は神の血統を持った神の子=キリスト(メシア)=救世主を神は地上に送ってその血統(子孫)から原罪の無い神の本当の血統が始まり神の創造本然の世界(地上天国と天上天国)の礎が出来て地上天国建設がその血統を通して成されて行くと文鮮明教祖は言っている訳です。

そのメシアとして来た人物がイエスキリストであり、文鮮明教祖だと文鮮明教祖は言っています。

イエスキリストは妻を持つ事が出来ずに子孫を残す事が出来なかったから失敗した!と文鮮明教祖は言いました。

それでイエスキリストから再び2000年の人類の蕩減復帰の犠牲と苦労の蕩減復帰の歴史的条件が満ちたところで、やっとこさ、2000年前に”ガリラヤのナザレから良き者が出る筈が無い”とユダヤ人に言われていた様に、あの朝鮮半島の朝鮮民族からメシアの再臨として文鮮明教祖が神の1人子のメシアとして生まれて来たと文鮮明教祖が言っている訳です。

そして文鮮明教祖と韓鶴子独生女(マコトの父母)の性関係で生まれて来た子供達は原罪の無い神の神性と神霊を宿した新人類で、この新人類の子孫が産み増える事で神の創造本然の世界(地上天国と霊界天国)が現れると言っている訳です。

文鮮明教祖と韓鶴子独生女(原罪の無いマコトの父母)から神の真の子女が生まれて来て、そのマコトの血統の子供達と文鮮明教祖がマッチングした自称シュクフク家庭の後孫が血統的(性関係して)に繋がる事(結婚して家庭を持つ)でマコトの家庭の血統と繋がる事で原罪清算されて神の血統に繋がると言っている訳です。

……その様にして神の血統の神の神性と神霊を宿した神の子供達(文鮮明教祖の子孫)が誕生して産み増えて行く一方、その子供達が各国の主権を握り、いづれは世界を統一する事によって神の願われた共生共栄共義主義の地上天国が出来上がると文鮮明教祖は言っていた訳です。

……結論は、私は、まず、文鮮明教祖と韓鶴子独生女(マコトの父母)の子供達=マコトの子女達が大人に成って、あの!御姿を見て、”此れが原罪の無い神の神性と神霊を宿した神の真の子女様❓”と思った訳です。

そしてマコトの子女の長男の孝進氏と結婚して長年マコトの家庭を見て来て離婚してマコトの家庭の暴露本を書きアメリカのメディアで証言した洪蘭淑や文恩進氏の話を聞きました。洪蘭淑氏は文鮮明教祖を”詐欺師”と言っている訳です!

私は、その時でさえ、文鮮明教祖の家庭が神の真の家庭と関係無いと判断した訳ではありません!(1999年代はまだまだ妄信者)

それまでも何故なんだろう?と思う事はいろいろ数多くありました。来日した韓国人公職者達の人間性。特に総会長の宋榮錫氏と劉大行氏の事は聞いていましたから。それから36万双の韓国人男性伝道を見て、桁外れのシュクフク数や清平役事の件やetc多過ぎる!

そして1番これはオカシイぞ!と統一教会に疑いを持ち始めたのは3男顕進氏と郭 錠煥氏が文鮮明教祖の言う事を聞かないで離脱した事。

それも統一教会の資産を持ち逃げまでして!

その後、2人は文鮮明教祖の命令にも従わず全く文鮮明教祖の所に全く行かない!(日本人信者に全く事情も説明せずに→此れが痛かった!文鮮明教祖が騙されていると思うなら、その時にシッカリと全統一教会信者に堂々とネットの動画ででも説明すべきだった!)

日本人の常識からは考えられない!恨日朝鮮民族主義カルト洗脳隠蔽団体だからこそウヤムヤに成ったまま!

最近、郭 錠煥氏がコソ〜と日本に来て身内の公園会に来たらしいが、私は馬鹿野郎!と思ったね。

……後は文鮮明教祖の葬式の時に顕進氏がバスで団体で来たけど国進氏と亨進氏達が阻止したし。

挙げ句の果ては鶴子独生女マコトの母さんが、会長の亨進信者と国進氏をアメリカに追い出して、善進を勝手に後釜に据えて現在醜い親子の争い!

日本から献金を貰っている上に日本人信者にマコトの家庭のゴタゴタに対して何の釈明もしないどころか2020年摂理勝利の為に”神氏族復帰伝道しなさい!”とか”万物復帰しなさい!”とか、”あなた方は最高に恵まれた祝福を受けているのですよ!”とか”鶴子独生女総裁が神としてメシアとして聖霊として、独生女として地上に来ている事を70億全人類に伝えなさい!”とか命令だけして!………恥ずかしくて伝道出来るか❗️

まだ、いろんなマコトの家庭の事や韓国人幹部達の事やシュクフク家庭に二世の事やいろんな問題を知った訳です。

そして、何よりもちゃぬさんによる文鮮明教祖が語った日本人信者に知らせなかった文鮮明教祖のお喋り文集の日本語訳をちゃぬさんのブログを通して知る事が出来る様になり、

……ヤッパリ原因に問題があった❗️と理解して悟る様に成った訳です。

私は、原理口論のアベルカイン関係の本来の信仰的あり方とか、そんな、解釈の仕方とか小さな部分で躓いている訳では無いのです。

”総体的に見て来て結論を出した訳です”

>もちろん、私もまだ読めないことは多いですが、読めないからといって教理を否定するのは信者としては正しい姿勢とは思っていません。教理を全体像からみて主旨を読み取る努力が必要だと思っています<
>以前に私が主張したカインアベルについて。 教会では、 一方で、アベルはカインを自然屈服しないとしけないと教え、 一方で、カインには主体的に堕落性を脱ぐ蕩減条件を立てろと説く。 これじゃ、実践しようとしたら、頭がウニにもなります<

>私の頭が硬すぎるのかなぁ、バカの壁? <

私は文鮮明教祖が再臨主かどうか、その教団の統一教会=?=世界平和統一家庭連合が本当に神様の願いの組織かどうか?を考えるべき時に来ているのではないかと思っています。

私はマコトの家庭の血統に疑いを持たないで付いて行く信者は皆、”馬鹿の壁”を考えた方が良いと思います。

Re:暗在さん

 暗在さんから返って来るレスコメントはいつも面白いです。
 さすがに『馬鹿の壁』を打ち破っているだけあって書かれることがしっかりしておられます。
 暗在さんは知的な価値観が正常、即ち「真理」に対する価値判断が可能な人なので書かれる内容は参考になることばかりです。
 今回書いた私のコメントは 究極的と言えるほどの精神の本質的な問題をテーマとして書いたので、説明として省略した事柄も多くあります。
 その知・情・意の問題を書き尽くそうとしたら大論文になってしまうし、とてもブログ記事に収まらないと思います。
 コメントは限られた時間で書いたものなので、その中には表現として適切でなかったことも含まれているのは確かだと思います。
 暗在さんはその一つとして<「知性」は外的な‘感性’などではなく、内的な人間の本性なのです。>という別の記事のコメントの用語違いを指摘してくださいましたが、それについて釈明しておきます。

 「感性」については暗在さんが書かれたとおりであり、非常に本質的な精神の概念であり、「知」の一部に含まれるものです。
 言葉を厳密に使うならば、上の私のコメントは‘感性’ではなく‘感覚’と書くべきだったと思います。
 しかし‘感性’と書いてしまったのには一応理由があります。
 それは阿保としか思えない七色の絹という方が「内的知とは人間の霊性の覚醒と霊人体の成長を言うのであって人体の脳の知的活動ではなく…」とコメントに書いていたので、‘知性’と‘霊性’の違いをまったく理解できていないのがわかり、‘知性’は‘霊性’などとはまったく違った概念であることを強調するために‘霊性’をイメージしやすい‘感性’という言葉を使ってしまったのです。
 私が強調したかったのは「霊性」があくまで外的な性質ものであるということで、‘感性’に深い意味はなかったのです。
 なにせレスコメントする相手が『馬鹿の壁』に閉ざされた人ですから、正直それでいいだろうと思ってしまったのです。
 でも、暗在さんもレスコメントを読んでいるとなると、その安易な妥協を反省しなければなりませんね。 

 ここでは詳しく書きませんが、私は「感性」については非常に重要な概念であると思っています。
 統一信者の『馬鹿の壁』を説明するコメントにおいて「不感症、無神経、鈍感」という表現を使ったのは「感性」が知性の属性として重要な要素であると思っているからなのです。

 宗教は道徳心を高める宗教であれば、それはそれなりに価値はあると思いますが、やはりそれは哲学的な思考が苦手な人向けのものだと思います。
 私は学生時代、尊敬する教授に「神」について質問したことがありますが、その学会でも権威ある教授は「神」の存在を肯定していました。
 しかし、宗教については関心をまったく示しませんでした。
 その理由として挙げられたのは、宗教は「神」を擬人化し、「救い」を強調するからということです。
 「救い」などは宗教の中だけでしか通用しない話で学問とは相容れない主観的なものなのです。
 私は「救い」を強調する宗教はかなり胡散臭いと思っています。
 さらにお金を要求する宗教も出鱈目に近いと思っており、「高額献金」と「救い」が結び付いた宗教なら100%詐欺宗教だと思っています。
 

Re : こんにちわ!ブームチャイさん

コメント、ありがとうございます。
現役信者向けに書いたのですが、お笑い海鳥さんから返事を頂き、恐縮です。

主張を読ませて頂きました。極至当然で共感出来る部分が多いです。私とお笑い海鳥さんとは、紙一重の差で主張を異にしている、そんな気がしました。

そもそも統一原理は真理なのか。人類が争いを繰り返し、人類が実感の伴う一家族となれない、原理はその根本原因を一組の親の基に一家族を形成出来なかったことにおいています。
そしてさらにその原因を、心身一体を成せず、男女が正しく出会えなかった事で、良心が神様と通じあえなくなったと言っているわけです。乱暴な要約ですけど。
私はこの神様の創造理想が存在することを信じてみようと思い、今なお、その理想を捨てていないわけです。

ですが、現実はこれでもかというくらいの、目も当てられない惨状を目にするわけです。総合的に現実を見るならば、ここに理想があるなどと信じるほうがおかしいわけで、バカの壁という言葉が当てはまるのが正直な実状です。

ですが、このような現状が真に統一原理を実践した結果であるならば、私も納得するのですが、私が感じるのは、ほぼ統一原理とは言い難い、全く別の思想を実践してきたと言っても過言ではないでしょうか。それは、神々の黄昏さんが、蕩減復帰について書かれていますが、こんな基本的な、そして原理の根幹をなす思想ですら、深くて難しいなどというレベルでなく、根本的に無茶苦茶な理解で実践して来たわけです。30年以上も前から。ですから、結果を見て明らかという前に、まず正しく実践してみるべきだと言いたいのです。

多くの人が実感しているように、普通にみ言葉を理解すれば、「良心は神に勝る」など多くの感銘を受ける内容があります。確かに血統転換など理解の難しいものはありますが、祝福の儀式が信徒個人の信仰生活を混乱させるものではありません。
むしろ、33歳まで家庭を持てないとか、アベルに従えとか、原理とは程遠い内容の実践が現実の悲惨な結果を生み出したと思っています。

(日本への献金要請や、真の家庭の件などは、ここでは議論を避けさせて下さい。決して肯定できる内容とは思いませんが、まだ、私が十分な見解を持っていないですし、今日のコメントの主題がボケてしまうからです。)

私は、お笑い海鳥さんを単なる批判をする元信者とは見ていません。お笑い海鳥さんの指摘は、統一食口が真摯に考えないといけないことを示唆していると思っています。
感じるままに思うことを書きました。私の思い(憤り)は、批判をする元信者の方々より、無茶苦茶な実践に疑問も持たず続ける現役信者にむしろ向かっています。

プームチャイさん、私は既に一線を越えています。

プームチャイさん、有難うございます。

>このような現状が真に統一原理を実践した結果であるならば、私も納得するのですが、私が感じるのは、ほぼ統一原理とは言い難い、全く別の思想を実践してきたと言っても過言ではないでしょう。それは、神々の黄昏さんが、蕩減復帰について書かれていますが、こんな基本的な、そして原理の根幹をなす思想ですら、深くて難しいなどというレベルでなく、根本的に無茶苦茶な理解で実践して来たわけです。30年以上も前から。ですから、結果を見て明らかという前に、まず正しく実践してみるべきだと言いたいのです<

仰る事は良く分かります。私も日本統一教会で真の本質的信仰が根付く様な信仰教育生活は成されなかった。というか文鮮明教祖の実績ノルマ達成命令が超強力というか第一故に信仰育成教育は二の次で疎かになったというか、文鮮明教祖は自分の為に従順に働く人材と金が欲しかったのだと思います。

文鮮明教祖が自分の王国建設の目的を早く成就したいが故に、その皺寄せが日本統一教会に実績ノルマ達成第一主義と成って強力に押し付けられたのだと思っています。

その為に伝道対象者は短い期間でホーム生活に入らせられ、献身させられ、密閉空間で社会との接触を遮断され、洗脳教育強化しながら実績も共に上げて行くというホームを各地に作って競わさせたのだと思います。

それに日本に入れない文鮮明教祖の代わりに責任者(アベル)を文鮮明教祖の代身の立場に立てる事によってカイン(一般)信者は余計上に対して批判非難し難くなりました。(封建的権威主義の匂いの環境でした)それにより、上意下達の全体主義実績中心組織が出来上がった様に思います。これは古田元男がそうしたと思っています。

そして当時は献身者で無ければ、ぶら下がった人参(シュクフク結婚)は受けられなかった時代でした。

結局、神の最高級の最終真理が原理であると文鮮明教祖は言ってその原理を自分の野望である王国建設の為にフルに活用して、信者は原理の生活化の為の実践生活の中で原理を学び祈る中で信者の知性と心霊は向上して、”それが全てだ!”なんて考えに信者を洗脳して、個人の内外共の目標を全てを棄てさせて、文鮮明カルト王国建設の為に総てを投入させたのだと思います。

90年代末の総生畜献金の文鮮明教祖の日本人信者に対するミコトバを見れば明らか!

兎に角、今思えば恨日朝鮮民族主義血分けカルト教祖で大謀略家だったと思いますし、文鮮明教祖の謀略の手先として日本統一教会を牛耳らせる為に古田元男というフザケタ男をコマンダーという権力者につけました。

よって古田の命令は文鮮明教祖の強力な命令があったからこそで間違いない筈です!

私は統一原理は神の真理だとは今は思っていません。原理講論は劉協会長の書いた本だし、文鮮明教祖が書いていたら、もっと酷い事に成っていたと思う位です。

それでも宗教書として役に立つ内容は多いと思っていますので、文鮮明教祖を再臨のキリストとする再臨論なんかを捨てれば、それなりの自己啓発が出来る書物になると思っています。

よって、この社会と接しながら原理口論の教理の実践生活をした方が、まともな人間に成ったのは間違いないと思うし、日本統一教会信者が年老いて悲惨な現実と向き合う事も無かったと思います。

過去の苦労が結果の現実として実を結んでいれば私も何も言わないが、今の現状の統一教会やマコトの家庭やシュクフク家庭の現実を見れば、悲惨極まりない!文鮮明教祖の野望を成し遂げる為の戦略戦術が完全に失敗して窮地に陥っています。(これがカルトの結末で良かったとも思います)

兎に角、文鮮明教祖のマコトの血統家庭が分裂して憎み合い闘争している状態です。→→→どう考えても神の血統の家庭じゃないでしょう❗️

以前は私も洗脳されていたので、この様なマコトの家庭の悲惨な状況も信者の責任分担の問題だと考えていた時期が結構最近まで有りました。

しかし、マコトの家庭の人間の一人一人の言動や文鮮明教祖が過去に語った知らされて来なかった様々な”お喋りミコトバ”の内容をちゃぬさんの日本語訳で知る事に成って総体的に考えて、アホな私でもマコトの家庭を通した血統転換と統一の教義の実践によって神の国に導いて行く事は出来無いと判断しました。

統一教会教義とマコトの家庭や統一教会の現実の実態を見て、私は文鮮明教祖は人類の再臨主(キリスト)では無く文鮮明教祖の家庭は血統転換されてないし、文鮮明教祖の理想は絵に描いた餅でしかなかった!

朝鮮混淫(血分け)派カルト教義に洗脳された文鮮明教祖が自分はメシアだと妄信する様に成って自分の家庭から神の血統が始まり、自分の王国を創る事が神の国を創る事になる❗️と他の朝鮮混淫派(血分け)カルト仲間の朝鮮人再臨主達と同じ様に思ったのか?

自分は血統転換出来る再臨主では無いという事を知っていた上で再臨主として振舞っていたのかは定かではありませんが!

長くなりました。プームチャイさん有難うございます。これで終わります。

Re:プームチャイさん、私は既に一線を越えています。

貴重なコメント、ありがとうございます。
非常にまとまっており、私の知る限り、末端の信徒から見ればこれが事実です。願わくば、事実は違うという内容が含まれていて欲しいと思うほどに。

真の家庭については、ご指摘を繰り返すまでもなく、悲惨な状態です。教会員の言葉を使えばサタンの主管下です。これでは希望を見出すこと自体不可能です。唯一、残された文先生のみ言葉と、私の目で見てですが、唯一、文先生と同じ香りを感じさせる顕進様に希望を置いています。ここが崩れたら、文先生のみ言葉を信じていても、完全に実体を失うので、私も道に迷うと思います。

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