宮村峻氏に対する告訴状 

告  訴  状
平成20年4月 日
巣鴨警察署長 殿
告訴人代理人弁護士  福 本 修 也
逮捕監禁致傷,強要未遂告訴事件

事件関係者の表示
〒170-0004 東京都豊島区北大塚1丁目18番7号 一心病院内
     告訴人   後藤 徹
〒102-0083 東京都千代田区麹町4丁目3番地 麹町MKビル5階
        福本総合法律事務所(連絡場所)
          告訴人代理人弁護士   福本修也
電話03-5212-2223 FAX03-5212-2224
〒202-00■■ 東京都西東京市■■■■
     被告訴人  後藤■■(母親)
住所不詳      被告訴人  後藤 ■<兄>
住所不詳      被告訴人  後藤■■<兄嫁>
住所不詳      被告訴人  後藤■■<妹>
〒956-00■■ 新潟県新津市山谷町■?■?■
     被告訴人  松永堡智
〒167-00■■ 東京都杉並区荻窪■■■
     被告訴人  宮村 峻

第1 告訴の趣旨

 被告訴人らの下記所為は,刑法第220条及び第221条逮捕監禁致傷罪並びに同法第223条第1項及び第3項強要未遂罪に該当するものと思料されますので,被告訴人らを取り調べの上厳重に処罰することを求めます。

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第2 告訴事実等

 1 告訴事実
 被告訴人らは,告訴人がかねてから世界基督教統一神霊協会(以下,「統一教会」という。)の信者として,その信仰を有していたことから,告訴人を逮捕・監禁した上,棄教を強要しようと企て,共謀の上,
平成7年9月11日ころ,東京都西東京市■■■後藤■■<父親>方において,後藤■■<父親>(平成9年6月22日死亡),被告訴人後藤■■<母親>,同後藤■<兄>ほか数名が,告訴人の両脇を抱えて身動きを封じ,もって告訴人を不法に逮捕し,さらに,告訴人を同所屋外に連行し,予め用意してあった停車中のワゴン車内に乗せ,告訴人を被告訴人後藤■■<母親>ら5,6名で取り囲んでその脱出を不能にし,同月12日ころ,告訴人を新潟県内某所所在のマンションの一室内に連行した上,同室玄関ドアを内側から厳重に封鎖し,同日から平成9年12月末ころまでの間,被告訴人ら数人が告訴人を常時監視するなどしてその脱出を不能にし,更に同年12月末ころから平成20年2月10日までの間,東京都杉並区荻窪3?47?15所在の「荻窪フラワーマンション」804号室に上記同様の方法で告訴人の脱出を不能にし,もって告訴人を不法に監禁し,「全身筋力低下,廃用性筋萎縮(特に両下肢),栄養失調,貧血」の傷害を与えた上,その間,上記各マンションの一室において,被告訴人松永堡智,同宮村峻らにおいて,監禁中の告訴人に対し,こもごも,「統一教会の信仰を棄教しなければ,監禁を解かない」旨申し向け,これに応じなければ告訴人の身体の自由に対し将来にわたって引き続き危害を加えることを告知して脅迫し,告訴人をして義務なきことを行わしめようとしたが,告訴人が棄教を拒否したためその目的を遂げなかったものである。
2 罪名及び罰条
 逮捕監禁致傷,強要未遂       刑法第220条,第221条,
第223条第1項,第3項

第3 告訴に至る経緯等

1 告訴人及び被告訴人らの身上経歴等
(1) 告訴人の身上経歴等
   ア 告訴人は昭和38年11月2日,山形県米沢市にて父後藤■■(昭和6年11月25日生まれ,平成9年6月22日死去),母被告訴人後藤■■(昭和7年12月10日生まれ。)の間に次男として出生し,昭和58年4月,日本大学理工学部建築学科に入学し,昭和62年3月,同大学を卒業した。兄弟としては,兄の被告訴人後藤■(昭和35年3月28日生まれ。)及び妹の被告訴人後藤■■(昭和42年2月14日生まれ。)がいる。
  イ 告訴人は,昭和61年8月ころ,被告訴人後藤隆から伝道され,世界基督教統一神霊協会(以下,「統一教会」と言う)に入会し,昭和62年3月,大学を卒業して,同年4月より大成建設株式会社に入社した。

(2) 被告訴人らの身上経歴等
ア 被告訴人後藤■<兄>及び同後藤■■<妹>は,かつて統一教会の信者であったが,被告訴人宮村峻らに拉致監禁されて棄教した。被告訴人後藤■■<兄嫁>は,元統一教会信者であったが,離教後,被告訴人後藤■<兄>と結婚したものである。

イ 被告訴人松永堡智は,日本同盟基督教団「新津福音キリスト教会」牧師を務めるものであるが,統一教会信者の父兄の依頼を受けて統一教会信者を拉致監禁し,強制棄教を迫る活動を行っている「拉致監禁牧師」である。

ウ 被告訴人宮村峻は,株式会社タップと称する広告代理店を経営しており,荻窪にある日本イエスキリスト教団荻窪栄光教会の森山諭牧師(故人)らと組んで,同教会を拠点に複数の統一教会信者の父兄から,その子供である信者を脱会させる依頼を受け,父兄等に順番待ちをさせ,順番が来るまでの間,拉致監禁による脱会説得の手法を父兄らに指導しているものである。被告訴人宮村が組織していた被告訴人後藤■<兄>らの会を「水茎会」と言い,「水茎会」では,順番が回ってきた父兄は,既に信者の脱会に成功した被告訴人後藤隆らの協力を得て自分の子を拉致監禁し,荻窪栄光教会の牧師館,ないし,近隣のマンションの一室に監禁するというシステムができており,そこに被告訴人宮村が来訪するなどして脱会説得が行われる。
  なお,被告訴人後藤■<兄>は,統一教会を脱会後,被告訴人宮村が行う統一教会信者に対する脱会説得活動を手助けするようになり,更に前記株式会社タップに就職して,被告訴人宮村の下で鞄持ちとして働くようになったものである。

2 第1回目の監禁

告訴人は,昭和62年10月,しばらく音信不通となっていた被告訴人後藤■<兄>から「教会のことで話をしたい」と言われて新宿に呼び出された。被告訴人後藤■<兄>に言われるまま京王プラザホテルの一室に入ると,部屋の中には既に両親(故後藤■■及び被告訴人後藤■■)が待機しており,告訴人は被告訴人後藤■<兄>等から脱会説得を受けた。気がつくと,部屋の入り口のドアは何らかの細工により中から開かないように固定され,部屋から出られない状態になっていた。告訴人は一方的に監禁されたことに憤慨して「出せ!」と叫んだところ,両親及び被告訴人後藤■<兄>と取っ組み合いになったが,取り押さえられた。その後,被告訴人宮村峻が元統一教会信者を数人連れて同室に来るようになり,脱会説得を受け,棄教を強要された。

 約3日後,告訴人は「信仰を持ったままでは部屋から出られない」と判断し,意に反して脱会した振りをしたところ(偽装脱会),約1週間後,京王プラザホテルから杉並区荻窪のマンションの一室に連れて行かれ,同室にて1ヶ月弱監禁された。告訴人は常に両親及び被告訴人後藤■<兄>によって監視される中,同室から前記荻窪栄光教会の礼拝等の集会に参加させられ,同教会の牧師館や近隣のマンションの一室で監禁されている統一教会信者の脱会説得に同席させられた。
荻窪栄光教会の集会には,被告訴人宮村や森山によって脱会させられた元統一教会信者等が多数来ていたが,その中の一部は,被告訴人後藤■<兄>のように被告訴人宮村らの脱会説得活動に積極的に荷担していた。また,告訴人は,同教会のほぼ向かいにある一軒家で水茎会の集会が開催された際,これに参加させられ,被告訴人宮村が被告訴人後藤■<兄>らを指導している場面を目撃している。

 監禁・監視されている間,告訴人は会社にも連絡を取ることは許されず,欠勤を強いられた。
 11月下旬頃,告訴人は,荻窪栄光教会の日曜礼拝に参加させられた際,トイレに行く振りをして教会建物から脱出し,ホーム(統一教会信者が運営する寮)に逃げ帰った。

3 第1回目の監禁から脱出後の経緯

告訴人は,ホームに帰ってから後は,職場に戻ると再度家族等から拉致されるかも知れないという恐怖心があったため,戻ることができず,大成建設を退社するを余儀なくされた。その後は,信徒組織において献身的に伝道活動や教育活動に従事するようになった。
 昭和63年末頃には,妹の被告訴人後藤■■子が両親,及び被告訴人後藤■<兄>等によって拉致され,脱会した。
 被告訴人後藤■<兄>は,脱会後,被告訴人宮村が行う統一教会に対する反対活動に加わるようになり,平成3年には東京地裁に統一教会を被告とする損害賠償請求訴訟(いわゆる「青春を返せ裁判」)を提起している。

 平成4年8月,告訴人は,■■■■■<結婚の相手>と共に韓国ソウルで行われた3万双の国際合同結婚式に参加したが,日本に帰国後,同女は家族らによって脱会説得を受けて信仰を失ったため,同女と結婚生活を開始することはできなかった。

 平成5年頃,被告訴人後藤■<兄>は■■■■<兄嫁>(以下,「被告訴人後藤■■」と言う)と結婚した。被告訴人後藤■■<兄嫁>,親族に拉致監禁され,宮村,及び松永堡智(日本同盟基督教団新津福音キリスト教会牧師)らから脱会説得を受けて統一教会を脱会した元統一教会信者で,脱会後は統一教会に対する反対活動を行うようになり,平成3年に新潟地裁で「青春を返せ裁判」を提起しているものである。

 平成7年8月,告訴人は■■■■<結婚相手>と共に韓国ソウルで行われた36万双の国際合同結婚式に参加したが,同年9月に告訴人が後記の通り2回目の拉致監禁の被害に遭ったため,同女と結婚生活を始めることはでなかった。

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 4 第2回目の監禁(本件)

(1) 新潟のマンションでの監禁

 告訴人は,平成7年9月11日夜,東京都西東京市の自宅に帰宅して滞在中,両親,被告訴人後藤■<兄>及び庭に潜んでいた見知らぬ男性らによって四方八方を囲まれ,左右両脇を抱えられ抵抗できない状態にされ,家の中から引きずり出され,ワゴン車に監禁された。なお,庭に潜んでいた男性は,被告訴人宮村が経営する株式会社タップの従業員であった。

 ワゴン車には家族及び見知らぬ者達が乗り込んで告訴人を取り囲み,見知らぬ男性が運転し,告訴人は,彼らによってワゴン車に監禁されたまま新潟に連行された。

 新潟のマンションの部屋は,窓が全てストッパーで固定され開かないようにされ,玄関は内側から施錠できる玄関で,告訴人が部屋に入れられた後に施錠された。同室では両親,被告訴人後藤■■<兄嫁>,被告訴人後藤■■<妹>が監禁場所に常駐して告訴人を監視し,棄教を強要した。告訴人が同室で監禁されていた最中,被告訴人後藤■<兄>は東京で働いていたため,時々顔を見せる程度であったが,来る度に告訴人に棄教を強要した。特に,告訴人を監禁して間もない頃に被告訴人後藤■<兄>は告訴人に対して,「言っておくが,この問題は絶対に許さんからな。この問題を解決するまでは絶対に妥協しないし,この環境もこのままだ。我々はどんな犠牲を払っても決着をつける。お前もそれは,覚悟しておけ」と言って,告訴人が完全に棄教するまで絶対に監禁から解放しない旨述べて,告訴人に棄教を強要した。また,同室には被告訴人松永らが来て告訴人に対し脱会説得を行い,棄教を強要した。

 平成7年12月末,告訴人は,このままでは監禁状態から解放されることは不可能であると判断し,意に反して脱会した振りをし,意に反して脱会届を書いたが,先の1回目の監禁時,告訴人が偽装脱会をしていたため,信用されず,告訴人が脱会を表明した後も,被告訴人らは告訴人の監禁を継続した。

(2) 東京のマンション(1カ所目)での監禁

 平成9年6月22日,父後藤■■が癌で死去し,父の死後間もなく,告訴人は東京に移送され,マンションの3階か4階の一室に監禁された。同室の玄関ドアは内側から特殊な鍵がかけられており,脱出は不能であった。

(3) 東京のマンション(2カ所目)での監禁

 告訴人は,平成9年12月末頃,被告訴人後藤■■<母>,同後藤■<兄>,同後藤■■<兄嫁>,同後藤■■<妹>及び多くの氏名不詳の男によって再度ワゴン車に監禁され,「荻窪フラワーホーム」という名称のマンション(杉並区荻窪3?●●?●●)に連行され,同マンションの804号室に監禁された。同室で告訴人は一番奥のベランダに面した部屋に連れて行かれ,普段はそこに居るように言われた。

 告訴人は同室到着後間もなく,玄関から出ることが可能かどうか確認しようとして,玄関が見える位置まで行ってみた。すると,玄関は内側からクサリと南京錠で開かないようにされ,窓は全て施錠できるタイプのクレセント錠が取り付けられており,専用の鍵によって施錠されていた。同室においては,被告訴人後藤■■<母>,同後藤■<兄>,同後藤■■<兄嫁>,同後藤■■<妹>が,告訴人が逃げないように監視し続けた。

告訴人が脱会の意思表明をしてから2年を過ぎたにもかかわらず,一向に監禁から解放されず,膠着状態が続く中,告訴人はいつまでも信仰を失った振りをし続けることに我慢ができなくなり,804号室に監禁されてより間もなく,信仰を失っていないことを家族等に対して表明した。
 告訴人が偽装脱会していた事実を表明した結果,告訴人は同室にて,家族や後日同室に来訪した被告訴人宮村等からあらゆる非難,中傷,罵倒を受けることとなり,徹底的な棄教強要を受けるようになった。

(4) 被告訴人宮村等による脱会説得

 平成10年1月初旬から同年9月頃にかけて,被告訴人宮村峻が元信者等を引き連れて804号室に来訪し,棄教強要を行うようになった。
 被告訴人宮村等が同室に滞在する時間帯は午後6時頃から午後8時頃までで,当初,被告訴人宮村は毎日来訪し,同行した元信者は,■■■■(女),■■■■(女),被告訴人宮村の会社の従業員(男),■■夫婦,■■■■(男),■■■(男),■■■(女)といった者達であった。

 被告訴人宮村の会社の従業員(男)は,告訴人が平成7年9月11日に自宅から新潟に連行された際,自宅の庭に潜んでいて,告訴人に対する逮捕監禁に加担した人物である。

 被告訴人宮村,及び■■を始めとする元信者等は,同室に来訪する度,あらゆる非難,中傷,罵倒を告訴人に浴びせかけた。
 告訴人は被告訴人宮村等に対し,「ここから出せ!」「あんたら,統一教会は人権侵害をしていると言うが,統一教会は人を監禁したりしないぞ!あんたらの方が人権侵害をしているじゃないか!」「信教の自由を何だと思っているんだ!」と言って激しく抗議したが,被告訴人宮村は,「えらそうなことを言うな。お前に人権を主張する資格などない」「俺はお前を監禁なんかしてない。家族が保護しているんだ。出して貰いたければ家族に言え」「お前は全然人の話を聞いていない」「頭を使え。自分の頭で良く考えろ」「自分の頭で考えられるようになるまではここから出られないぞ」「もし自分の子供が統一教会を辞めなければ,家に座敷牢を作って死ぬまで閉じこめておく」などと述べて告訴人に棄教を強要した。

 被告訴人宮村は,告訴人が頑として棄教しないため,徐々に同室に来る回数が減っていき,平成10年9月を過ぎるとしばらく来なくなり,元信者だけが同室に来るようになった。

(5) ハンガーストライキの決行

 告訴人は,平成16年4月,このままでは一生監禁されたままで終わるのではないかとの恐怖心に襲われたが,平成13年2月にはどんなに告訴人が脱出しようとしても取り押さえられた経緯があったことから,遂に告訴人は21日間のハンガーストライキを決行し,長期監禁に抗議した。
 平成17年4月,長期監禁に抗議して再度ハンガーストライキを21日間決行した。

 被告訴人らは,ハンガーストライキが終わっても粗末な食事しか出さず,食事制裁によって告訴人を虐待し,棄教を強要した。告訴人が被告訴人後藤洋子に,「1回目のときは1ヶ月で普通食に戻したのに今回は何でこんなに長いのか?兵糧攻めか?制裁のつもりか?」と言って抗議し,「いつ普通食に戻すんだ?」と聞くと,被告訴人後藤洋子は「それは分からない」と言ってとぼけ,結局,粗末な食事しか出さないことによる虐待は7ヶ月間続いた。

 平成18年4月,告訴人は,今度は以前にもまして長期のハンガーストライキを決行しない限り監禁から解放されることはないと思い,3回目のハンガーストライキを30日間決行した。

 これら告訴人の度重なるハンガーストライキによる抗議も空しく,被告訴人らは,監禁を解こうとせず,告訴人に粗末な食事しか与えないようになり,告訴人の体重は激減し,運動不足もあって体力は著しく低下した。

(6) 監禁からの解放

 平成20年2月10日午後4時頃,被告訴人後藤■,同後藤■■,同後藤■■,同後藤■■の4人が告訴人に対して「統一教会の間違いを検証する気がないんだったら即刻出て行け!」と言って804号室からの退去をいきなり命令してきた。
 告訴人は著しく衰弱しており,財布など所持品は返して貰えず,また着替えもない状態で生活の宛てもなかったことから,「12年間も監禁しておいて無一文で追い出すなんて酷いじゃないか!」と言って激しく抗議したところ,揉み合いになり,被告訴人らは力づくで告訴人を追い出した。

 告訴人は,自由の身になれたとはいうものの,体力的に著しく衰弱した中,所持品も着替えもなく,12年間というブランクの中,仕事も生活のあてもなく,かつての知り合いがどこにいるかも分からない中で,一体これからどうやって生きていったらいいのかという不安が襲い,渋谷の統一教会本部教会以外,荻窪近辺の統一教会の場所が分からなかったため,告訴人は歩いて本部教会に向かった。

 マンションを出て4時間くらいかけて漸く渋谷区松濤2丁目の交差点まで来たが,遂に膝の激痛のため一歩も歩けなくなり,通行人に統一教会本部への道順を尋ねたところ,2人目に声を掛けた通行人がたまたま帰宅途中の統一教会信者であったため,道順を教えて貰い,「歩いても行ける距離」とのことだったが,もはや歩行困難であったため,タクシーを拾って貰い,タクシー代として千円を出して貰って何とか本部教会に辿り着き保護された。

第4 参考事項

 本件は,12年間という想像を絶する拉致監禁事件であり,極めて重大であるが,中でも,被告訴人松永及び同被告訴人宮村は,これまで多数の統一教会員を監禁してきた経歴を持つ拉致監禁の常習者であるところ,営利の目的をもって,統一教会信者に対する拉致監禁,棄教強要行為を継続し,本件告訴事実記載の犯行に及んだものであり,その犯情は極めて悪質である。
 警察及び検察庁におかれては,警察庁長官の国会答弁の趣旨(第147回国会衆議院決算行政監視委員会議事録)に従って,被告訴人松永,同被告訴人宮村らをはじめ本件被告訴人らを厳重に処罰することを求めるものである。
 
    添 付 書 類
後藤徹陳述書等関係証拠資料一式
告訴委任状 1通

 以上が告訴状全文です。これで「後藤徹・監禁事件の資料」は終わります。ブログの骨格をクリックして、このブログの全体像を確認してください

 

写真説明=埼玉県行田市の「古代蓮の里」に咲く蓮。園内には41種類もの蓮が咲いています。写真は2年前の今頃に撮ったものです。朝もやの中、様々な蓮をのんびりと眺むれば、しばし煩悩から解き放たれること、間違いなしです。ぜひ、画面をクリックして拡大して眺めてください。



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コメント

有田氏のブログに・・

有田芳生氏のブログによれば、http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2010/03/post_c23c.html
《日本で作られたG君のパンフレットを翻訳して配布しているが、その欺瞞については「月刊タイムズ」での座談会(浅見定雄、山口広、宮村峻、有田芳生)に詳しい》とあります。
この月刊タイムズの座談会の内容をお読みになった方はいらっしゃいますか?

ソウルの日本人集会を受けての有田氏のコメントでもあり、また後藤さん事件についての反対派の座談会となれば、内容が知りたいです。

猫さん翻訳お疲れ様でした。

YAMAさんへ

月刊タイムズの記事の圧縮フォルダーが届いています。まだ読んではいませんが、個人メールでお送りいたします。
 お読みになりたい方は私にメールで、その旨、伝えてください。すぐにお送りいたします。

いずれ、このブログでじっくり批判するつもりです。ただ、アップするものが目白押しなので、もうしばらく経ってからになります。

このブログで掲載している「後藤陳述書」が、彼らにはかなりの世論的圧力になっているようです。渡辺弁護士の秘密めいた手紙も!

なお、統一教会のホームページを読んでみてください。
「拉致監禁問題で、海外のNGOの声明やメディア報道相次ぐ」

http://www.ucjp.org/?p=1891

 後藤陳述書をアップしたのは昨年の6月のことです。ようやく世論が生まれるようになりました。後藤さんの代理人は私がブログにアップすることに反対したようですが、強引にアップして良かったと思っています。

大学教授?とは信じられないのですが

思い出すと笑ってしまって、申し訳ないですが、
浅見という人は面白い人だと思ったことがあります。

本気でそう思っていたのか知りませんが、以前わたしが見た出版物(この人の著作か監修だったと思いますが)にて、豚の顔に敬礼する統一教会教祖、と読者に誤解を与える頓珍漢な意味合いの一文を付けて、教会の名節か何かの写真のコメントとしていました。
これだけで、欺瞞が真実を覆っている、と鮮やかに悟らせてもらって、衝撃的でした。
面白かったです。が、正直、こんな人に反対されてるのか、と脱力しました。
とても真実を伝えることの出来る信頼に足る人物と思えず、
真理を追究する最高学府の
大学教員とはにわかに信じられなく
感じた出来事を思い出しました。

それがまた、
G君のパンフレット云々・・・その欺瞞について。
話し合った?
これも相当な内容で、
笑えるのではないでしょうか。
いえ、しかし、いろいろその内容を
推測できますが、不謹慎な話題なのだろう、と思います。
この人達、いまさら何が言いたいのでしょう。
人でなし、と言われるギリギリのところに立っておられるように私には見えます。
(ハンドルネームから「」省きました)

米本さんありがとうございました

座談会の内容はゆっくり読ませていただきます。とはいえ、両親を返せさんもおっしゃるとおり、まともな内容が書いてあるとは思えませんが。

月刊タイムズ読みました。

拉致監禁を指導した親御さんたちにはほとんど言っていないような発言が多々見られましたね。

拉致監禁を実行した親御さんへの裏切り行為にも似ていると思います。

公の雑誌に彼らの欺瞞性が発表されて良かったです。あとは一般大衆が鵜呑みにしないように早く事実を広めないといけないですね。

反統一も統一も両方謝罪するべきものはしないといけない時代だと感じます。

米本さんの記事UPを楽しみにしています。

幸さんに同感です。

幸さんの仰るとおり、反統一も統一も両方とも謝罪すべき点をきちんとしない限り、世間から認められることは、ないですね。
真実を公平に暴いてくださった米本氏に感謝です。

月刊タイムス読みました

なんだか嘘だらけの内容ですね。あいた口がふさがりません。後藤さんは、解放されてから断食して痩せほそったんでは・・とおっしゃってる。
まあ確かにあのように痩せほそった状態で後藤さんを追い出してしまわれたご家族の心のうちはわかりかねるのですが、まるで後藤さんが、捏造工作までしてるといわんばかりで、弁護士がこんなんでいいのかなと思いました。米本さんがいずれブログで取り上げて下さるでしょうから、それを待ちたいと思います。

Re: 月刊タイムス読みました

まだ読んではいませんが、少しばかり期待していてください。

> なんだか嘘だらけの内容ですね。あいた口がふさがりません。
>まるで後藤さんが、捏造工作までしてるといわんばかりで、弁護士がこんなんでいいのかなと思いました。

 弁護士は京都祇園では「曲屋」(まげや)と呼ばれています。
 山口コメント(6)」http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-13.html#more

告  訴  状
平成20年4月 日
巣鴨警察署長 殿
告訴人代理人弁護士  福 本 修 也
逮捕監禁致傷,強要未遂告訴事件

事件関係者の表示
〒170-0004 東京都豊島区北大塚1丁目18番7号 一心病院内
     告訴人   後藤 徹
〒102-0083 東京都千代田区麹町4丁目3番地 麹町MKビル5階
        福本総合法律事務所(連絡場所)
          告訴人代理人弁護士   福本修也
電話03-5212-2223 FAX03-5212-2224
〒202-00■■ 東京都西東京市■■■■
     被告訴人  後藤■■(母親)
住所不詳      被告訴人  後藤 ■<兄>
住所不詳      被告訴人  後藤■■<兄嫁>
住所不詳      被告訴人  後藤■■<妹>
〒956-00■■ 新潟県新津市山谷町■?■?■
     被告訴人  松永堡智
〒167-00■■ 東京都杉並区荻窪■■■
     被告訴人  宮村 峻

第1 告訴の趣旨

 被告訴人らの下記所為は,刑法第220条及び第221条逮捕監禁致傷罪並びに同法第223条第1項及び第3項強要未遂罪に該当するものと思料されますので,被告訴人らを取り調べの上厳重に処罰することを求めます。


2008_0907画像0144 2008_0907画像0150
第2 告訴事実等

 1 告訴事実
 被告訴人らは,告訴人がかねてから世界基督教統一神霊協会(以下,「統一教会」という。)の信者として,その信仰を有していたことから,告訴人を逮捕・監禁した上,棄教を強要しようと企て,共謀の上,
平成7年9月11日ころ,東京都西東京市■■■後藤■■<父親>方において,後藤■■<父親>(平成9年6月22日死亡),被告訴人後藤■■<母親>,同後藤■<兄>ほか数名が,告訴人の両脇を抱えて身動きを封じ,もって告訴人を不法に逮捕し,さらに,告訴人を同所屋外に連行し,予め用意してあった停車中のワゴン車内に乗せ,告訴人を被告訴人後藤■■<母親>ら5,6名で取り囲んでその脱出を不能にし,同月12日ころ,告訴人を新潟県内某所所在のマンションの一室内に連行した上,同室玄関ドアを内側から厳重に封鎖し,同日から平成9年12月末ころまでの間,被告訴人ら数人が告訴人を常時監視するなどしてその脱出を不能にし,更に同年12月末ころから平成20年2月10日までの間,東京都杉並区荻窪3?47?15所在の「荻窪フラワーマンション」804号室に上記同様の方法で告訴人の脱出を不能にし,もって告訴人を不法に監禁し,「全身筋力低下,廃用性筋萎縮(特に両下肢),栄養失調,貧血」の傷害を与えた上,その間,上記各マンションの一室において,被告訴人松永堡智,同宮村峻らにおいて,監禁中の告訴人に対し,こもごも,「統一教会の信仰を棄教しなければ,監禁を解かない」旨申し向け,これに応じなければ告訴人の身体の自由に対し将来にわたって引き続き危害を加えることを告知して脅迫し,告訴人をして義務なきことを行わしめようとしたが,告訴人が棄教を拒否したためその目的を遂げなかったものである。
2 罪名及び罰条
 逮捕監禁致傷,強要未遂       刑法第220条,第221条,
第223条第1項,第3項

第3 告訴に至る経緯等

1 告訴人及び被告訴人らの身上経歴等
(1) 告訴人の身上経歴等
   ア 告訴人は昭和38年11月2日,山形県米沢市にて父後藤■■(昭和6年11月25日生まれ,平成9年6月22日死去),母被告訴人後藤■■(昭和7年12月10日生まれ。)の間に次男として出生し,昭和58年4月,日本大学理工学部建築学科に入学し,昭和62年3月,同大学を卒業した。兄弟としては,兄の被告訴人後藤■(昭和35年3月28日生まれ。)及び妹の被告訴人後藤■■(昭和42年2月14日生まれ。)がいる。
  イ 告訴人は,昭和61年8月ころ,被告訴人後藤隆から伝道され,世界基督教統一神霊協会(以下,「統一教会」と言う)に入会し,昭和62年3月,大学を卒業して,同年4月より大成建設株式会社に入社した。

(2) 被告訴人らの身上経歴等
ア 被告訴人後藤■<兄>及び同後藤■■<妹>は,かつて統一教会の信者であったが,被告訴人宮村峻らに拉致監禁されて棄教した。被告訴人後藤■■<兄嫁>は,元統一教会信者であったが,離教後,被告訴人後藤■<兄>と結婚したものである。

イ 被告訴人松永堡智は,日本同盟基督教団「新津福音キリスト教会」牧師を務めるものであるが,統一教会信者の父兄の依頼を受けて統一教会信者を拉致監禁し,強制棄教を迫る活動を行っている「拉致監禁牧師」である。

ウ 被告訴人宮村峻は,株式会社タップと称する広告代理店を経営しており,荻窪にある日本イエスキリスト教団荻窪栄光教会の森山諭牧師(故人)らと組んで,同教会を拠点に複数の統一教会信者の父兄から,その子供である信者を脱会させる依頼を受け,父兄等に順番待ちをさせ,順番が来るまでの間,拉致監禁による脱会説得の手法を父兄らに指導しているものである。被告訴人宮村が組織していた被告訴人後藤■<兄>らの会を「水茎会」と言い,「水茎会」では,順番が回ってきた父兄は,既に信者の脱会に成功した被告訴人後藤隆らの協力を得て自分の子を拉致監禁し,荻窪栄光教会の牧師館,ないし,近隣のマンションの一室に監禁するというシステムができており,そこに被告訴人宮村が来訪するなどして脱会説得が行われる。
  なお,被告訴人後藤■<兄>は,統一教会を脱会後,被告訴人宮村が行う統一教会信者に対する脱会説得活動を手助けするようになり,更に前記株式会社タップに就職して,被告訴人宮村の下で鞄持ちとして働くようになったものである。

2 第1回目の監禁

告訴人は,昭和62年10月,しばらく音信不通となっていた被告訴人後藤■<兄>から「教会のことで話をしたい」と言われて新宿に呼び出された。被告訴人後藤■<兄>に言われるまま京王プラザホテルの一室に入ると,部屋の中には既に両親(故後藤■■及び被告訴人後藤■■)が待機しており,告訴人は被告訴人後藤■<兄>等から脱会説得を受けた。気がつくと,部屋の入り口のドアは何らかの細工により中から開かないように固定され,部屋から出られない状態になっていた。告訴人は一方的に監禁されたことに憤慨して「出せ!」と叫んだところ,両親及び被告訴人後藤■<兄>と取っ組み合いになったが,取り押さえられた。その後,被告訴人宮村峻が元統一教会信者を数人連れて同室に来るようになり,脱会説得を受け,棄教を強要された。

 約3日後,告訴人は「信仰を持ったままでは部屋から出られない」と判断し,意に反して脱会した振りをしたところ(偽装脱会),約1週間後,京王プラザホテルから杉並区荻窪のマンションの一室に連れて行かれ,同室にて1ヶ月弱監禁された。告訴人は常に両親及び被告訴人後藤■<兄>によって監視される中,同室から前記荻窪栄光教会の礼拝等の集会に参加させられ,同教会の牧師館や近隣のマンションの一室で監禁されている統一教会信者の脱会説得に同席させられた。
荻窪栄光教会の集会には,被告訴人宮村や森山によって脱会させられた元統一教会信者等が多数来ていたが,その中の一部は,被告訴人後藤■<兄>のように被告訴人宮村らの脱会説得活動に積極的に荷担していた。また,告訴人は,同教会のほぼ向かいにある一軒家で水茎会の集会が開催された際,これに参加させられ,被告訴人宮村が被告訴人後藤■<兄>らを指導している場面を目撃している。

 監禁・監視されている間,告訴人は会社にも連絡を取ることは許されず,欠勤を強いられた。
 11月下旬頃,告訴人は,荻窪栄光教会の日曜礼拝に参加させられた際,トイレに行く振りをして教会建物から脱出し,ホーム(統一教会信者が運営する寮)に逃げ帰った。

3 第1回目の監禁から脱出後の経緯

告訴人は,ホームに帰ってから後は,職場に戻ると再度家族等から拉致されるかも知れないという恐怖心があったため,戻ることができず,大成建設を退社するを余儀なくされた。その後は,信徒組織において献身的に伝道活動や教育活動に従事するようになった。
 昭和63年末頃には,妹の被告訴人後藤■■子が両親,及び被告訴人後藤■<兄>等によって拉致され,脱会した。
 被告訴人後藤■<兄>は,脱会後,被告訴人宮村が行う統一教会に対する反対活動に加わるようになり,平成3年には東京地裁に統一教会を被告とする損害賠償請求訴訟(いわゆる「青春を返せ裁判」)を提起している。

 平成4年8月,告訴人は,■■■■■<結婚の相手>と共に韓国ソウルで行われた3万双の国際合同結婚式に参加したが,日本に帰国後,同女は家族らによって脱会説得を受けて信仰を失ったため,同女と結婚生活を開始することはできなかった。

 平成5年頃,被告訴人後藤■<兄>は■■■■<兄嫁>(以下,「被告訴人後藤■■」と言う)と結婚した。被告訴人後藤■■<兄嫁>,親族に拉致監禁され,宮村,及び松永堡智(日本同盟基督教団新津福音キリスト教会牧師)らから脱会説得を受けて統一教会を脱会した元統一教会信者で,脱会後は統一教会に対する反対活動を行うようになり,平成3年に新潟地裁で「青春を返せ裁判」を提起しているものである。

 平成7年8月,告訴人は■■■■<結婚相手>と共に韓国ソウルで行われた36万双の国際合同結婚式に参加したが,同年9月に告訴人が後記の通り2回目の拉致監禁の被害に遭ったため,同女と結婚生活を始めることはでなかった。


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 4 第2回目の監禁(本件)

(1) 新潟のマンションでの監禁

 告訴人は,平成7年9月11日夜,東京都西東京市の自宅に帰宅して滞在中,両親,被告訴人後藤■<兄>及び庭に潜んでいた見知らぬ男性らによって四方八方を囲まれ,左右両脇を抱えられ抵抗できない状態にされ,家の中から引きずり出され,ワゴン車に監禁された。なお,庭に潜んでいた男性は,被告訴人宮村が経営する株式会社タップの従業員であった。

 ワゴン車には家族及び見知らぬ者達が乗り込んで告訴人を取り囲み,見知らぬ男性が運転し,告訴人は,彼らによってワゴン車に監禁されたまま新潟に連行された。

 新潟のマンションの部屋は,窓が全てストッパーで固定され開かないようにされ,玄関は内側から施錠できる玄関で,告訴人が部屋に入れられた後に施錠された。同室では両親,被告訴人後藤■■<兄嫁>,被告訴人後藤■■<妹>が監禁場所に常駐して告訴人を監視し,棄教を強要した。告訴人が同室で監禁されていた最中,被告訴人後藤■<兄>は東京で働いていたため,時々顔を見せる程度であったが,来る度に告訴人に棄教を強要した。特に,告訴人を監禁して間もない頃に被告訴人後藤■<兄>は告訴人に対して,「言っておくが,この問題は絶対に許さんからな。この問題を解決するまでは絶対に妥協しないし,この環境もこのままだ。我々はどんな犠牲を払っても決着をつける。お前もそれは,覚悟しておけ」と言って,告訴人が完全に棄教するまで絶対に監禁から解放しない旨述べて,告訴人に棄教を強要した。また,同室には被告訴人松永らが来て告訴人に対し脱会説得を行い,棄教を強要した。

 平成7年12月末,告訴人は,このままでは監禁状態から解放されることは不可能であると判断し,意に反して脱会した振りをし,意に反して脱会届を書いたが,先の1回目の監禁時,告訴人が偽装脱会をしていたため,信用されず,告訴人が脱会を表明した後も,被告訴人らは告訴人の監禁を継続した。

(2) 東京のマンション(1カ所目)での監禁

 平成9年6月22日,父後藤■■が癌で死去し,父の死後間もなく,告訴人は東京に移送され,マンションの3階か4階の一室に監禁された。同室の玄関ドアは内側から特殊な鍵がかけられており,脱出は不能であった。

(3) 東京のマンション(2カ所目)での監禁

 告訴人は,平成9年12月末頃,被告訴人後藤■■<母>,同後藤■<兄>,同後藤■■<兄嫁>,同後藤■■<妹>及び多くの氏名不詳の男によって再度ワゴン車に監禁され,「荻窪フラワーホーム」という名称のマンション(杉並区荻窪3?●●?●●)に連行され,同マンションの804号室に監禁された。同室で告訴人は一番奥のベランダに面した部屋に連れて行かれ,普段はそこに居るように言われた。

 告訴人は同室到着後間もなく,玄関から出ることが可能かどうか確認しようとして,玄関が見える位置まで行ってみた。すると,玄関は内側からクサリと南京錠で開かないようにされ,窓は全て施錠できるタイプのクレセント錠が取り付けられており,専用の鍵によって施錠されていた。同室においては,被告訴人後藤■■<母>,同後藤■<兄>,同後藤■■<兄嫁>,同後藤■■<妹>が,告訴人が逃げないように監視し続けた。

告訴人が脱会の意思表明をしてから2年を過ぎたにもかかわらず,一向に監禁から解放されず,膠着状態が続く中,告訴人はいつまでも信仰を失った振りをし続けることに我慢ができなくなり,804号室に監禁されてより間もなく,信仰を失っていないことを家族等に対して表明した。
 告訴人が偽装脱会していた事実を表明した結果,告訴人は同室にて,家族や後日同室に来訪した被告訴人宮村等からあらゆる非難,中傷,罵倒を受けることとなり,徹底的な棄教強要を受けるようになった。

(4) 被告訴人宮村等による脱会説得

 平成10年1月初旬から同年9月頃にかけて,被告訴人宮村峻が元信者等を引き連れて804号室に来訪し,棄教強要を行うようになった。
 被告訴人宮村等が同室に滞在する時間帯は午後6時頃から午後8時頃までで,当初,被告訴人宮村は毎日来訪し,同行した元信者は,■■■■(女),■■■■(女),被告訴人宮村の会社の従業員(男),■■夫婦,■■■■(男),■■■(男),■■■(女)といった者達であった。

 被告訴人宮村の会社の従業員(男)は,告訴人が平成7年9月11日に自宅から新潟に連行された際,自宅の庭に潜んでいて,告訴人に対する逮捕監禁に加担した人物である。

 被告訴人宮村,及び■■を始めとする元信者等は,同室に来訪する度,あらゆる非難,中傷,罵倒を告訴人に浴びせかけた。
 告訴人は被告訴人宮村等に対し,「ここから出せ!」「あんたら,統一教会は人権侵害をしていると言うが,統一教会は人を監禁したりしないぞ!あんたらの方が人権侵害をしているじゃないか!」「信教の自由を何だと思っているんだ!」と言って激しく抗議したが,被告訴人宮村は,「えらそうなことを言うな。お前に人権を主張する資格などない」「俺はお前を監禁なんかしてない。家族が保護しているんだ。出して貰いたければ家族に言え」「お前は全然人の話を聞いていない」「頭を使え。自分の頭で良く考えろ」「自分の頭で考えられるようになるまではここから出られないぞ」「もし自分の子供が統一教会を辞めなければ,家に座敷牢を作って死ぬまで閉じこめておく」などと述べて告訴人に棄教を強要した。

 被告訴人宮村は,告訴人が頑として棄教しないため,徐々に同室に来る回数が減っていき,平成10年9月を過ぎるとしばらく来なくなり,元信者だけが同室に来るようになった。

(5) ハンガーストライキの決行

 告訴人は,平成16年4月,このままでは一生監禁されたままで終わるのではないかとの恐怖心に襲われたが,平成13年2月にはどんなに告訴人が脱出しようとしても取り押さえられた経緯があったことから,遂に告訴人は21日間のハンガーストライキを決行し,長期監禁に抗議した。
 平成17年4月,長期監禁に抗議して再度ハンガーストライキを21日間決行した。

 被告訴人らは,ハンガーストライキが終わっても粗末な食事しか出さず,食事制裁によって告訴人を虐待し,棄教を強要した。告訴人が被告訴人後藤洋子に,「1回目のときは1ヶ月で普通食に戻したのに今回は何でこんなに長いのか?兵糧攻めか?制裁のつもりか?」と言って抗議し,「いつ普通食に戻すんだ?」と聞くと,被告訴人後藤洋子は「それは分からない」と言ってとぼけ,結局,粗末な食事しか出さないことによる虐待は7ヶ月間続いた。

 平成18年4月,告訴人は,今度は以前にもまして長期のハンガーストライキを決行しない限り監禁から解放されることはないと思い,3回目のハンガーストライキを30日間決行した。

 これら告訴人の度重なるハンガーストライキによる抗議も空しく,被告訴人らは,監禁を解こうとせず,告訴人に粗末な食事しか与えないようになり,告訴人の体重は激減し,運動不足もあって体力は著しく低下した。

(6) 監禁からの解放

 平成20年2月10日午後4時頃,被告訴人後藤■,同後藤■■,同後藤■■,同後藤■■の4人が告訴人に対して「統一教会の間違いを検証する気がないんだったら即刻出て行け!」と言って804号室からの退去をいきなり命令してきた。
 告訴人は著しく衰弱しており,財布など所持品は返して貰えず,また着替えもない状態で生活の宛てもなかったことから,「12年間も監禁しておいて無一文で追い出すなんて酷いじゃないか!」と言って激しく抗議したところ,揉み合いになり,被告訴人らは力づくで告訴人を追い出した。

 告訴人は,自由の身になれたとはいうものの,体力的に著しく衰弱した中,所持品も着替えもなく,12年間というブランクの中,仕事も生活のあてもなく,かつての知り合いがどこにいるかも分からない中で,一体これからどうやって生きていったらいいのかという不安が襲い,渋谷の統一教会本部教会以外,荻窪近辺の統一教会の場所が分からなかったため,告訴人は歩いて本部教会に向かった。

 マンションを出て4時間くらいかけて漸く渋谷区松濤2丁目の交差点まで来たが,遂に膝の激痛のため一歩も歩けなくなり,通行人に統一教会本部への道順を尋ねたところ,2人目に声を掛けた通行人がたまたま帰宅途中の統一教会信者であったため,道順を教えて貰い,「歩いても行ける距離」とのことだったが,もはや歩行困難であったため,タクシーを拾って貰い,タクシー代として千円を出して貰って何とか本部教会に辿り着き保護された。

第4 参考事項

 本件は,12年間という想像を絶する拉致監禁事件であり,極めて重大であるが,中でも,被告訴人松永及び同被告訴人宮村は,これまで多数の統一教会員を監禁してきた経歴を持つ拉致監禁の常習者であるところ,営利の目的をもって,統一教会信者に対する拉致監禁,棄教強要行為を継続し,本件告訴事実記載の犯行に及んだものであり,その犯情は極めて悪質である。
 警察及び検察庁におかれては,警察庁長官の国会答弁の趣旨(第147回国会衆議院決算行政監視委員会議事録)に従って,被告訴人松永,同被告訴人宮村らをはじめ本件被告訴人らを厳重に処罰することを求めるものである。
 
    添 付 書 類
後藤徹陳述書等関係証拠資料一式
告訴委任状 1通

 (以上が告訴状全文です。これで「後藤徹・監禁事件の資料」は終わります。ブログの骨格をクリックして、このブログの全体像を確認してください)

 
写真説明=埼玉県行田市の「古代蓮の里」に咲く蓮。園内には41種類もの蓮が咲いています。写真は2年前の今頃に撮ったものです。朝もやの中、様々な蓮をのんびりと眺むれば、しばし煩悩から解き放たれること、間違いなしです。ぜひ、画面をクリックして拡大して眺めてください。

注目!松永直筆の監禁マニュアル

 後藤さんが宮村&松永らを訴えた裁判で、ついに「松永牧師直筆の監禁マニュアル!」が法廷に提出された!

http://antihogosettoku.blog111.fc2.com/blog-entry-115.html

 これを読まなきゃあ、猛暑は終らない。

 松永牧師はどうするのか!?
「俺の字ではない」と筆跡鑑定に持ち込むのか。
 それとも、「後藤徹さんとの話し合いは、このマニュアルに基づいたものではなかった」と、居直るのか。

 後藤さんが訴えた裁判は、俄然面白くなってきた。

後藤徹氏の原告尋問(3月11日)」

3月11日、後藤徹氏の本人証人尋問を傍聴しました。米本さんも島根から駆けつけて熱心に尋問に耳を傾けておられました。

本日(3月12日)、小生のHP(http://www7.ocn.ne.jp/~murou/)中の「日々雑感─備忘録に代えて」に短い文章をアップしておきました。

尋問調書含めて、証人尋問の様子はいずれ、「全国拉致監禁・強制改宗被害者の会」その他から詳細な報告、分析が出されるものと思われますので、雑文としてお読みください。以下の通りです。


「後藤徹氏の原告尋問(3月11日)」
3月11日午前、数日前までの夏日陽気から真冬に戻った寒風吹きすさぶ東京・霞ヶ関。東京地裁803号法廷で、後藤徹「全国拉致監禁・強制改宗被害者の会」代表の主尋問、反対尋問を傍聴した。
千葉に住んでいながら、体調やら都合やらで傍聴できなかったのが心苦しく、後藤氏証人尋問だけは必ず、と以前から決めていた。

島根から上京した米本和広氏の顔も見えて、傍聴席はほぼ満杯。午前10時開廷。後藤氏は1時間の昼食タイムを除いて、午前2時間の主尋問、午後1回の休憩のみの4時間ブッ通しの反対尋問に臨んだ。

スッと伸ばした背筋で証言台に着いたのを皮切りに、見事な証言ぶりであった。数多くの国際会議でのプレゼンを経験してきたとはいえ、裁判証言とあってさすがに緊張したという。
昼食を一緒にしたとき「やはり(いつもの証言とは)違いますね」と漏らしたが、いやいや〃最高〃と表現できる出来栄えだった。これほどシッカリした主尋問答にはお目にかかったことがない、と言っても過言ではない。

さらに圧巻だったのは、山口広・全国霊感商法対策弁護士連絡会事務局長をはじめ、被告・宮村峻らの弁護団計5人が〃よってたかって〃攻めたてた、4時間に及ぶ反対尋問への対応ぶりだった。

最初の10分、『マズイ!もたついているかな?』と思ったのは、筆者の浅はかな早計というもの。反対尋問の資料や時期の確認、意図の見極め、記憶の探り出し…。ジックリと、慎重に、記憶と言葉を確かめながら、一歩一歩揺るぎない証言を続ける後藤氏に、裁判長の雰囲気が、次第に余裕をもったものに変化してくのが感じられた。

もはや〃後藤ペース〃だった。時にはジックリと記憶の底を探りながら、時には、決然たる信念をこめて相手を跳ね飛ばすような硬軟の答弁。
それに比べて、被告弁護団の目に余る拙攻ぶり。次第に攻め手を失って、「被告・宮村はなぜそうしたのですか?」などという呆れた質問を繰り出して、後藤氏から「(私は本人ではないから)わかりません!」と痛烈な皮肉の切り返しをくらっている。 

傍聴席から思わず失笑が沸く。裁判長がその度に右手を軽く上げて制止する。攻め手を失って追い詰められ、霊感商法、合同結婚式、教義の説明…など、本件とは関係ない無用の質問を重ねる被告弁護団に、それでも後藤氏はひとつひとつに慎重に、丁寧に答え続ける。

「何のための質問ですか!目に余る!」

またまた意図不明の尋問で、後藤氏からシッペ返しをくらった被告代理人に傍聴席がドッと沸く。あまりの事態に、それまで我慢していた後藤氏の代理人が、裁判長の方に向かって訴訟指揮を要求する。
すると、裁判長が納得したらしい、さり気ない口調で、 

「(反対尋問者は)何を知りたいのですか?」

またまたドッと爆笑。裁判長の絶妙な〃突っ込み〃に筆者も思わず笑ってしまった。

4時間の反対尋問に耐えきった精神力は、やはり、アウシュビッツさながらの過酷極まりない拉致監禁15年5カ月を耐えぬいた、後藤氏ならではの強靭さなのだろう。

本人尋問のすべてを終えて裁判長が閉廷を告げた。退出しようとする後藤氏が、傍聴席最前列に座っていた筆者と目が合った。筆者が立ち上がって右手を差し出すと、後藤氏は、やや上気した顔でガッチリと握り返した。


後藤ペース

<「(反対尋問者は)何を知りたいのですか?」
またまたドッと爆笑。裁判長の絶妙な〃突っ込み〃に筆者も思わず笑ってしまった>(室生さんのコメント)

臨場感あふれる描写、ありがとうございます。

<〃後藤ペース〃だった>とのことで、正直、ホッとしました。

米本さん、室生さん、傍聴お疲れ様でした。心から心から敬意を表します。

後藤裁判のこと

 オーストラリア在住のYoshiさんが先日の後藤裁判のことをブログでアップしています。

後藤裁判 原告尋問 - 「笑い」のないエイト君の記事
http://humanrightslink.seesaa.net/article/346090803.html

 なかなか客観的な記述で面白い。
 私も投稿しておきました。

(追記)石川県界隈に住んでいる現役食口のpeace君。君だって、法廷を傍聴しなくたって、非食口のYoshiと同じような記事は書けるだろうがッ。
 能力がないのか、そもそも関心がないのか。
 こんなのが統一さんにとって「最優秀記者」なのだから、もうお先、真っ暗(泣

後藤徹氏本人尋問ー偏差値では負けてるが法廷では圧勝!!!

タイトル名は、後藤さんを支援する裁判ブログに載ったものです。なかなかセンスあり。
http://antihogosettoku.blog111.fc2.com/blog-entry-149.html

 読んでみてください。
 小生と同じで受けを狙っているのだけど、実際の場面を比較的忠実に報告されています。

 ついでに小生のコメント欄も。

 カルト新聞の田中清史氏(エイト君)も、傍聴記を書いています。
http://dailycult.blogspot.jp/2013/03/blog-post_13.html#more
 これにもお目通しを。

 2つの傍聴記を読んで、ヤマギシ会の言葉を思い出しました。
「あなたが変われば(あなたの価値観が変われば)、世界が変わる(見え方が変わる)」

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