澤田攻撃の謀略ブログは誰が書いたのか?(下)-鴨野と澤田 

改革か自壊か(17)

鴨野本と澤田本

 さて、いよいよ最終回。これまでの記事は、「澤田攻撃の謀略ブログは誰が書いたのか?(上)」「澤田攻撃の謀略ブログは誰が書いたのか?(中)」。未読の方はぜひお目通しを。

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<デマゴギー満載のブログ記事から読み取れることは何かな。それは、犯人(黒幕)が澤田氏の著書に異様なこだわりを見せていること。またマスコミ対応のことに関心をもっていることだ>

 最近、『精誠の頂』を光言社から出版した鴨野氏(元世界日報記者)は、本にこだわりをもっている。
 広報担当になった彼と最初に会ったとき、私に自著を渡してくれた。私もいくつか本を書いているが、あたりまえのことだが、初対面程度の人に自著(商品)を渡すようなことはしない。それゆえ、ちょっと驚き、「本にプライドをもっている人」という印象を受けた。7年前の何気ないことだが、今でも記憶に残っているほどに。

 その鴨野氏は近しい人に澤田氏の本を「あれは自主出版で、文章もなっていない」と貶していたという。

 この話を聞いて驚いた。あわてて「光言社オンラインショップ」で検索してみると、確かにヒットしない。自主(自費)出版のようだ。
 何だか背筋が寒くなってきた。

 鴨野著の『精誠の頂』を紹介した光言社のサイトを開くと、
「『トゥデイズ・ワールド ジャパン』に13回にわたって連載された、「精誠の頂」が単行本に。著者は鴨野守・世界平和統一家庭連合(旧 世界基督教統一神霊協会)広報局長です」
 このあと、10人ぐらいのシックの証言タイトルが載っている。
 懐かしい名前が出ていましたねえ。
 <悪辣な強制改宗に一矢報いる / 後藤徹さん>

 『精誠の頂』は、シックの証言(証)をまとめたもの。出版社は光言社。
 一方の澤田氏の『統一原理と親孝行 ~親子関係は幸せの鍵~』にもやはり十数人の証が載っているが、これは自費出版。

 何だかおかしいよねえ。
 澤田氏が本のことを上司の鴨野氏に話したのは間違いない。そして「光言社から出版することはできないでしょうか」と打診したはず。おそらく「印税なんかいりませんから」とも付け加えたに違いない。のべ2000人の青年教会員が受講した親孝行講座をもとにした本である。マーケット性はある。(失礼ながら、光言社の本なら1000部売れれば元が取れる)
 しかし、誰がノーと言ったのかはわからないが、澤田本は自費出版になった。おかしな話である。

【関連記事】「献金を頂き!」(印税頂き)。この記事について、鴨野氏にコメントを求めたところ、回答はなかった。


鴨野と澤田を比較検討する

 澤田氏の本がブログで攻撃の対象になっていたまさにそのとき(1月9日)、鴨野氏は広報局サイトで「周囲の人々に、春風を届ける生き方」をアップしている。自分の文に酔いしれているような空疎なエッセイである。
 繰り返しになるが、部下が窮地に立たされているときに、局長はのんびりとエッセイを綴る。是非、目を通していただきたい。違和感を覚える人は少なくないだろう。

 ここで、鴨野氏と澤田氏を比較しておく。
(1)鴨野氏6000双。澤田氏6500双。

(2)経歴の詳細を知っているわけではないが、金沢大(原理研究会)卒の鴨野氏は世界日報の記者を経て、本部広報の責任者に抜擢された。抜擢したのは富山大(原研)卒の徳野会長である。(北陸カープの先輩後輩関係だったからか)
 一方、早稲田(原研)卒の澤田氏は、統一教会系の大学新聞作りに携わったあと(この時代の活動は教えてもらったはずだが記憶にない)、孝成教会の教会長を経て、原研(カープ)本部職員に。私が最初に会ったときはカープの部長だった。そのあと松濤本部にスカウトされる。このとき、カープより統一教会の給料が安いため躊躇したといった話も(笑)。また、孝成教会長になるまでの澤田氏の言動に不信感を抱いている人もいる。

(3)鴨野氏は私と同じ記者。記者はつぶしがきかない。これに対して、澤田氏は現場を経験しているだけに、広報から他の部署に異動しても、そこそこに通用すると思われる。現場の経験が全くない鴨野氏は広報関係の仕事(ネットでの文章発表、本づくりなど)しかできない-という印象をもっている。他の部局に異動しても仕事はできないのではないか。それゆえ、広報局長の座を死守するしかない。その結果からなのか、他の局長はすべて異動となったのに、鴨野氏だけは7年間も広報局長のままだ。異動の対象になるたびに徳野親分にすがった-と考えるのは下衆の勘ぐりか。
 一般論だが、同じ部署に長くいれば利権が発生する。

(4)拉致監禁問題との関わりである。
 鴨野氏は世界日報記者時代に拉致監禁のことを取材し記事にしてきたようだ。伝聞表現なのは記事の実物を見たことがないからだ。
 彼の記者としての能力にイマイチ疑問なのは、彼が私にインタビューして書いた「世界日報日曜版」(1・2面ぶっちぎり)での私への批判が滑稽なほどに誤報だったことだ。

 ともあれ、シック諸君は鴨野氏が拉致監禁問題に熱心に取り組んでいるという印象をもっているはずだ。それは、後藤東京地裁勝利、東京高裁勝利集会のときに、ユーチューブに載っているように、彼が司会していたからだ。
 <鴨野さんって、勝訴するために尽力されてきたんだわ>
 しかしながら、後藤裁判にかなり深く関わってきた私にとって、鴨野氏が後藤勝訴に貢献した事実は知らない。勝利集会の司会だけである。
 もっとも、文国進氏の指示のもと、拉致監禁反対運動を盛り上げようと、韓国、アメリカに飛んでいる。要するに、見栄えがいい仕事だけである。見栄えといえば、勝利集会の最後になぜか断食おじさんが「マンセー、マンセー」をやっていたな。クスッ

 一方、澤田氏は拉致監禁問題のことには無知そのものだった。大阪大学、京都大学、広島大学、岡山大学、島根大学などなどでカープメンバーが相次いで強制脱会していたのにもかかわらず。
 彼が私に教えを請いたいと仕事場にやってきたのは、2006年のことだったと思う。最初はややオボコだったが、「拉致監禁のある法則性」をつかむと、急成長。もはや拉致監禁の現場については私より詳しいかもしれない。今や、教団内では第1人者だろう。

(5)人柄について。2人とも、教会特有のいわゆるいい人である。ただ、「いい人=ヒューマン」ということに限定してみれば、澤田さんのほうが「よりいい人でしょうね」 
その1・澤田氏は故宿谷麻子さんに寄り添った。麻子さん母子とよく会話した。宿谷親子の対話集会のときにも、司会をやって成功させた。
(鴨野氏も関わっていたはずだが、脱会して反統一になった麻子さんが絶対にやって欲しくなかったはずの「偲ぶ会」を仰々しく催した。私も誘われたが、反吐が出そうなので断った)
その2・鴨野氏は本を書くために、拙著の主人公の一人である元女性シック(麻子さんよりもっと重症のPTSDを患っていた)を紹介してくれと私に頼んだ。底意が見えたので断った。
 彼女は今も入退院を繰り返している。これに付き合っているのは澤田氏と後藤氏である。ただ、この支援体制は長続きしない予感がする。この予感が外れれば、とてもうれしいのだが。

(6)広報マンとしての資質である。どちらもさほどの資質はないと思うが、マスコミ人脈がゼロの澤田氏は誠実に対応するようである。
 その根拠は、「知る」ことと「伝える」ことは「愛する」こと。御嶽山の噴火でマスコミ対応にあたったときのエッセーである。
 一方、鴨野氏は世界日報時代に培った人脈によってか、ややダーティなマスコミ人と交流がある。エログロ色のある『週刊実話』にストーカー冤罪事件の宇佐美氏、また後藤徹氏のインタビュー記事が載ったことがあるが、いずれも鴨野氏がセッティングした企画である。鴨野氏とダーティ人脈については後日のブログで書くことにする。

【当該記事】「週刊実話」後藤徹氏 直撃インタビュー(1):激やせ写真の一般的素朴な疑問」「週刊実話」後藤徹氏 直撃インタビュー(2):旧態依然の 「カルト新聞」 藤倉善郎氏」「宇佐美さんの声に耳を傾けよう! /火の粉を払え ルポライター米本和広blog」

(7)「澤田攻撃の謀略ブログは誰が書いたのか?(上)-このミステリーが面白い」で、「渉外部長の素顔」の魚拓を貼り付けているが、その中に「都合の悪い信徒は左遷する」というのがある。真相は知らないが、鴨野氏が広報局のメンバーを辞任させた事実は知っている。いずれ、ブログで書くことになるだろう。


消えた後、復活したコラム記事


 このように綴っていけば、謀略ブログの黒幕は鴨野氏かということになろうが、まさかそんなことはあるまい・・・と思う。
 鴨野氏は、立場が悪くなるととたんに手の平を返す悪癖はあるが(原田氏がコメント欄で書いているが、副島派から反副島派への寝返り)、情深き人である。澤田氏の評価が高いことに嫉妬するような狭量な人物ではないはずだ。

 情深きという点では、こういったことも。
 韓国人幹部は、私と接触するなと言っている。そのためからか、澤田氏にメールを送っても返信が来なくなった。その意味では冷たい奴である。それに比べ、ギリニン(義理と人情)に篤い鴨野氏とはごく最近まで電話&メールで交流してきた。鴨野氏は情の人であり、悪くいえば激情家でもあるという。感極まると、大粒の涙をこぼすことさえあると聞く。
 もしかしたら、澤田氏に嫉妬している世界日報の記者連中の中に犯人がいるかもしれない。ある記者が私に「澤田の野郎。本部で出世しやがって」とつぶやいたこともあったからなぁ。

 と書いていたら、奇妙なことに気がついた。再度、「世界平和統一家庭連合会員の合同ニュースブログ」を開いて読んでもらいたい。末尾の一行である。
「つづきは、統一教会広報局サイトでご覧ください」
 それでクリックしてみると、「お探しのページが見つかりません」
 消されているのだ!
 
 ところがである。
 私と同じように謀略ブログに関心を抱いているネット検索が得意な元女性シックも、同じように消えた記事を探していた。彼女からの連絡である。
「奇妙なことに、広報局の澤田本の書評が復活しています。ファミリ・フォーラムがリンクしたページとは違うページ(違うURL)ですが。ファミリ・フォーラムの書評引用記事が7月6日付なので、先回、雲外蒼天のコラム6月と7月の記事を調べた時には確かになかったのですが、今日見てみたら、7月6日付で載っていました」

 その記事とは、大野真之介氏のコラム記事【書評】 『統一原理と親孝行』(2015年7月6日)である。

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左から2番目が大野真之助氏。
【写真の出所】「雲外蒼天」 http://www.ffwpu-pr.org/


 彼女の分析である。
「まあ、UCIA(企画本部のIT部)などが広報サイトの管理画面でIPを見れば、件のファミリーフォーラムの書評記事のリンクから何回も広報局サイトにアクセスしているし、ここ数日でコラムの6月分7月分前後が集中してアクセスされているのも分かり、澤田本書評について誰かが調べているのは丸わかりだったかも・・・(誰かって米本さん関係だよね)。確かに彼ら、水面下でいろいろやっているようですね」

 (1)ファミリーフォーラムの「つづきは、統一教会広報局サイトでご覧ください」 のリンクを外し、(2)広報局サイトから大野氏のコラム記事を削除し、(3)再び違うURLを使って復活させる。こんなことをIT部がやっているとは思えないし、仮に絡んでいたとしても、広報局サイトの管理運営までIT部が行なっているとは思えない。広報サイトの管理運営は、やはり広報局のメンバーが行なっていると考えるのが自然だろう。
 狐につままれたような気分になる。
 澤田氏の本を高く評価していた大野氏は、書評を載せてから、3カ月後の10月6日付のツィッターで、青年局に異動になったことを明かしている。鴨野氏から煙たがられたのか。

<注>広報局サイトには今でも上掲の写真が載っており、大野氏は広報局員のままである。そして、いつの間にか猪熊広己氏、上田幸輝氏、佐藤進氏が新たに局員になったのかコラムを書いている。同サイトでは大野氏が外れ、3人が新しく広報マンになったことはアナウンスされていない。奇妙な話である。

 澤田広報部長は、2月の大人事異動で、他局に異動となったのだろうか。
 最大の謎は、これまで何度か書いてきたように、広報部長が攻撃されていたのにもかかわらず、鴨野氏を含め広報局の誰も抗議の声を上げていないことだ。
 いずれ、鴨野広報局長がこの謎について広報サイトで明かしてくれるであろうことを期待したい。

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 三味線が鳴る中で、名探偵コナンが退場する。会場からヤンヤの喝采



-次回は「逃げる徳野は小心者、情けない奴」

妙なことが起きているなぁと思われた方は
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よく頑張って推理したねという方は盛大な拍手を!
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コメント

結局、黒幕は・・・

 鴨野守に確定したってこと?

品格などない宗教団体内で起こり得ること

 秀さんのブログで取り上げられた「澤田拓也氏を攻撃する謀略ブログ」の書き手について、米本さんが推理を重ねられましたが、個人名は特定されませんでした。
 しかし、澤田氏の上司であった鴨野広報局長については様々な関連があることがわかるようになりました。
 統一教会=家庭連合の幹部は、その経歴が詳しく公表されることはほとんどありませんし、その人物像を理解するには組織内の身近な人から情報を集めるしかありません。
 さすがに米本さんは多くの情報網をもっており、鴨野氏の人物像はかなり明確になってきました。
 「謀略ブログ」に書かれた具体的な内容から考えて、その書き手と鴨野氏が無関係であるとは考えられず、犯人像は‘鴨野広報局長’がキーワードになるのは必然です。

 今回の「謀略ブログ」犯人推理シリーズでは、記事を通して鴨野氏の実像が見えてきたのですが、鴨野氏に関しては、米本さんが最近、記事で紹介され、反論を展開された「抗議及び謝罪、記事削除要求」文によって、策を弄する人物であることは既に明らかになりました。
 不利な証拠はあえて無視して論を進めたり、断片的な情報を自分の主張に都合のいいように結びつけて、強引に結論を書くなど、抗議文で批判する相手が知性の十分備わった人物であるなら、簡単に反論されてしまうほどの幼稚な策を弄した文章であったため、‘間抜け’な人間という印象が強く残ったのでした。
 そのような‘間抜け’な人物に広報局長としての役割が務まるのは、さすが朝鮮半島を母体とする宗教と言う以外ありませんが、日本の宗教法人格をもった団体であることを考えれば、その様な広報局長を抱えているのは、日本の公益法人としてはかなりレベルが低いことになります。
 鴨野氏の例などは、宗教というものは人間の知性を退化させることの証明であり、特に内部において宗教的権威が最高の力をもち、縦の人間関係が絶対の家庭連合のような組織で何年も暮らしていると、知性のみならず、良心までも麻痺してしまうということです。

 しかし、家庭連合を例にとれば、宗教は知性を退化させると言うよりは、知性とは本質的に無縁であり、反知性と言った方がいいのかもしれません。
 澤田氏にしても、韓国人幹部から指示がある中で、ロボットのように行動し、米本さんとの交流を断ってしまう(?)
 統一教会=家庭連合の信者であれば、ほとんどが教祖の妻や子達がどんなに分裂していようが、「勝利された真の父母様」として教祖を崇拝する。
 まともな知性をもった人が家庭連合のような宗教を信じるのは、知性のスイッチを切らない限り不可能なのです。
 神の存在を追究したり、心霊世界の成長について真剣に考えるなら、個人の内面において純粋に精神的に探究せねばならないのは鉄則であって、その内面的な問題意識が宗教の組織活動と結びつくのがそもそもの間違いだと思います。
 家庭連合内において、高額エンドレス献金を搾取し続けられる信者達というのは内面的な問題意識があまり深くなく、性格として依存心が強いのがその特徴なのですが、その依存心は宗教的権威が組織によって形式化されるようになると、その体制を指向するようになります。
 その宗教的権威というものは中身のない信者達の共同幻想に過ぎませんが、そのような幻想である権威に依存しなければ自己の存在価値さえ発見できないのが依存心をもった宗教信者の限界でもあるのです。
 純粋に個人的な内面世界において宗教を追究している分には破壊的な依存心は生じないのですが、他者に絶対的権威を認めてしまうと、その時点で信仰は深い内面性を失い、非人間的な性格をもつものになってしまうのです。

 徳野会長に対しては、米本さんは質問書を送り、鴨野氏からは米本さんの記事に対する抗議文が送られてきたのですが、その対応や抗議文の内容からは高尚な精神など微塵も感じられず、ポチの心しか感じられません。
 「謀略ブログ」にしても、家庭連合での信仰が長い本部関係者なら書いてもおかしくはないというのが率直な実感です。

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