記事削除要求への回答(拉致監禁問題:中)-嘘八百
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改革か自壊か(11)
-回答文の構成-
「記事削除要求への回答(拉致監禁問題・上)」
「記事削除要求への回答(拉致監禁問題・中)」
「記事削除要求への回答(拉致監禁問題・下)」
「記事削除要求への回答(ピースパレス問題)」
※ゴチックが今回の文章。
「拉致対予算はゼロ」は後藤の言葉である!
さて、書面で名誉毀損だとする私の記述は、「すでに書いてきたことだが、拉致監禁対策費はゼロ円となり、対策委員会は事実上霧消している。」
これについて、貴殿らはこう反論する。
「この記載内容は事実ではない。拉致監禁対策に係る費用は確保されているし、拉致対策委員会は厳然として機能しているのである」
しかしながら、秀のブログ「730日」 ではこう書かれている。ちなみに、秀さんは在米のシックだが、日本にいるとき拉致監禁され、拉致監禁問題に精通している。貴殿も後藤裁判のときに会っているはずだ。
「さらに、頭が爆発、怒り心頭になりそうなのは、所謂『拉致監禁(反対)プロジェクト』なるものの人員、予算ともになくなり、人員のほとんどはそのまま『サンクチュアリ(分派)対策』要員にスライド人事したということだ。(この件については昨年夏に関係筋から聞いた。)」
私も同様に、複数の関係筋から聞いている。
それよりなにより、「記事(拉致監禁問題)全面削除要求-賢明な読者の判断を仰ぎたい」 のコメント欄で、YAMAさんはこう証言している。
「本部の拉致監禁プロジェクトは分派対策プロジェクトになりました。 これを聞いたのは去年の夏ぐらいでした。後藤さん本人からです。 証人もいます。koyomiさんもその時一緒にいましたよね。 正直ビックリしました」
拉致監禁体験者であるYAMAさんは貴殿もご存じの現役教会員。「後藤さんの裁判を支える会」の世話人である。
この投稿を受けて、koyomiさんが「鴨野氏の抗議文は嘘八百」とブログで綴っている。ブログは「心を踏みにじる家庭連合(統一教会)の嘘八百」 。熟読してもらいたい。
koyomiさんは前出した会のやはり世話人で、拉致監禁体験者。貴殿とは二回ほど席を同じくしている。お忘れか。
なお、貴殿にとって、後藤徹さんがYAMAさんらに話したという事実は初耳であろう。事実経過を説明しておく。
最高裁が被告の上告を棄却し、東京高裁の判決が確定したのは昨年9月29日のことだが、その少し前に、「後藤さんの裁判を支える会」の会員であるオーストラリア在住のYoshiさん(元教会員)が日本に里帰りした。そこで支える会の会員らが後藤さんとYoshiさんを中心にした集いを東京で持った。私は参加できなかったが、確か総勢6、7人だったと聞いている。
その集まりの中で、後藤さんが「拉致監禁の対策費はなくなった。本部の拉致監禁プロジェクトは分派対策プロジェクトになった」と話したのである。
今回、回答文を書くにあたって、koyomiさんに確認したが、「確かにそう聞きました」と証言してくれた。
YAMAさん、koyomiさん、秀さんの証言が事実なら、広報局長である貴殿が主張する「拉致監禁対策に係る費用は確保されている」は嘘八百ということになる。
拉致対はメンバーは2人だけ
貴殿の「拉致対策委員会は厳然として機能している」について、補足して述べておく。
「青年食口・石橋正人兄弟を見捨てようとしている日本統一の人びと」 、「拉致監禁対策委のヘチマ脳トリオ(梶栗・横田・鴨野)」 でも書いた通り、その昔の拉致監禁対策委員会の顔ぶれは、委員長・梶栗正義氏、次長・鴨野守氏、顧問格・横田浩一氏、実務責任者・澤田拓也氏だった。
ところが、ヘッドである梶栗氏は九州の教会長に移動になり、その後、天宙平和連合の日本事務副総長に就任した。前掲記事で梶栗氏の責任を問うたところ、貴殿は「もう拉致対の委員長ではないのだから、梶栗さんを責めても仕方がないのではないか」といった趣旨のメールをくれたのではなかったか!
私が情報収集した結果、いま現在も拉致監禁問題に取り組んでいるのは、澤田拓也氏(広報部長)と後藤徹氏(1シック)だけである。もし違うというのなら、「拉致対策委員会は厳然として機能している」と豪語するというなら、組織陣容を明かしてもらいたい。
「澤田攻撃ブログ」
なお、奇怪な出来事を付け加えておく。
今年の1月6日から、ブログ村(カテゴリー「家庭連合」と「統一教会批判・告発」)に、「家庭連合の広報局渉外部長を紹介します。 このブログの内容は基本的に真実です 信じるか?信じないか?は、自由です」というキャッチフレーズのもと、『広報局員の素顔』という名のブログが登場した。実務責任者として拉致監禁問題に一貫して取り組んできた澤田拓也氏を攻撃する内容のものであった。
ちなみに、このブログは6本の記事を掲載したあと、「秀のブログ」で「<疑惑>澤田拓也氏の公金横領、自宅はハーレム?」がアップされた直後に突然閉鎖した。1月12日のことである。
外部の人間が絶対に知ることができないプライベートな内容が含まれており、拉致監禁説得を肯定するいわゆる反対派ではなく、記事の内容からすれば澤田氏のことを知っている教団内部の人間が開設したもの。狙いは広報部長からの追放ないし澤田氏の影響力の低下を目的にしたものであろう。
どういう背景があったかは不明だが、もし狙いが成功すれば結果として拉致監禁に取り組む本部職員はゼロとなる。(貴殿が拉致監禁問題に真剣に取り組んでいるとは到底思えない)
看過できない「由々しき問題」と指摘しておく。
拉致監禁への問題意識がゼロだった徳野英治
次に進む。
私が徳野氏を「ユダ」(裏切り者)と表現した根拠、すなわち「教会員が拉致監禁されても、知らん顔をすべきだ。これが徳野の立場だった。子細は省くが、徳野が拉致監禁問題にきわめて消極的だったことは、私の個人的体験からしても事実である。」
これについて、貴殿らはこう反論する。
「貴殿が拉致監禁問題に消極的、「ユダ」と批判する当法人の徳野会長は拉致監禁問題に熱心に取り組んで来ており、「食口」(信徒)を裏切った事実など全くない。このような貴殿の事実に反する批判は、当法人及び徳野会長の名誉を大きく毀損するものである。
笑止である。
批判の根拠については一部前述した。「(拉致監禁問題の解決を)ライフワークにしたい」と全国紙の記者の前で公言したことを実行していない-とする指摘だ。
これに加えて、「個人的体験」について述べておく。
拙著『我らの不快な隣人』が発刊される2008年夏より少し前の話である。
拉致監禁問題を憂慮する2人のカープ(旧原理研究会)職員から、「どう対応策を取ればいいのか」という相談を受けた。そのときに教団の対策の現状を聞いた。
「拉致監禁事件が発生したら、本部に報告するようにと各教会に公文を流しても、報告が来ないのです。公文はたくさん流れているので、読まれていないのか、関心がないのか」
自分たちの信仰仲間が反対派に監禁されても関心がない!これには心底、驚いた。
後日、当時北東京教区の教区長だった佐野邦雄氏(現家庭教育局長)に会う機会があった。同席していた部下に聞くと、「現在、5人(6人だったか)の教会員が拉致監禁にあっています」。佐野氏はこのことを知らなかった!これにも仰天した。
2008年5月、徳野氏が第11代会長に就任した。
私は彼にこう伝えた。
「今の統一教会の勧誘活動は、穴のあいたピグをもって魚を釣っているようなもの。多大な時間をかけて釣った魚(信者)を穴空きのピグ(拉致監禁による脱会)に入れるから、魚は逃げていく」
「信者が監禁されても知らん顔をしている団体は統一教会だけだ。創価学会なら組織をあげて救出に取り組むし、警察庁に捜索せよと連日抗議活動を行なうだろう」
一介のルポライターがこのような失礼なことを徳野会長に言わざるを得ないほど、貴殿らの団体とその長は拉致監禁への問題意識が欠如していた。これが実態であった。
市民組織が誕生した理由
なお、付言しておけば、統一教会が拉致監禁問題に組織的に取り組む転機になったのは、
(1)後藤徹氏が12年間の監禁を経て解放されたこと(2008年2月)、
(2)拙著『我らの不快な隣人』が発刊され社会に拉致監禁問題が知られるようになったこと(2008年8月、書評によるところが大きかった)。この2つのことに刺激され、
(3)2010年1月に市民組織「拉致監禁をなくす会」が結成されたことだ。【参照記事】「市民組織・拉致監禁をなくす会が発足」
同会の会員には教会員が圧倒的に多いが、反統一の教会員も参加している市民組織である。裏返して言えば、市民組織を結成しなければならないほど、統一教会の拉致監禁反対の動きが鈍かったということだ。
さらに言えば、統一教会が本腰を入れて、拉致監禁反対に取り組むようになったのは、ブログで何度も書いた通り、日本担当になった文国進氏が反対運動の号令をかけたからである。
「徳野会長は拉致監禁問題に熱心に取り組んで来た」
はあ~?寝言は明後日にしてくれと揶揄したいが、そんなレベルではない。貴殿らは歴史を改竄する嘘つき集団だということだ。とりわけ、何回も会って情報交換し苦言も述べてきた貴殿鴨野氏は以上のような実態、歴史的経緯を知っていながら、平気で嘘をつく。宗教役人として御身大切かもしれないが、ひどすぎる。
(注)長くなったので、この続きは次回に。
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コメント
認知症
記事について
私が裁判支援者の皆さんに話したということについて、少し私の認識と違うので投稿させて頂きます。長くなりましたがご了承ください。
この記事にあるように、昨年の夏に東京で裁判支援者の皆さんと集いをもって私の方から皆さんに近況報告をしたのは事実です。確か、最高裁の上告に関する書面内容や、上告が棄却になる可能性が高いこと、広島拉致監禁事件(高澤守牧師の件)のこと、後藤裁判控訴審判決の影響もあってか拉致監禁の件数が減ってきていること、等をお話ししたと記憶します。
そして、当時、拉致監禁プロジェクトの取り組みについての話をした時のことですが、この記事にもある通り、YAMAさんがコメント欄で「本部の拉致監禁プロジェクトは分派対策プロジェクトになりました。」との話を後藤から聞いたと証言され、同じくコメント欄でkoyomiさんが「YAMAさん、確かに、後藤さん、あの場で言いましたよね。」と述べておられます。
私が、当時、何と言ったのか正確には覚えていませんが、確かに「拉致監禁プロジェクトは分派対策プロジェクトになりました」的なことは、言った覚えがあります。これは、当時の私の認識として、教団本部での拉致監禁問題解決の取り組みが2010年前後に盛り上がっていた時期に比べて減少し、一方、当時、いわゆる分派対策が必要な案件が多くなったために必然的に本部はその対策を講じざるを得ない状態になっている、といった当時私が感じていた現状を表現したものでした。というのも、私は松濤に通っている教団本部の人間ではないので、「拉致監禁プロジェクト」のことはそれなりに分かりますが、分派対策に誰がどのような取り組みをしているかは一般信徒並のことしか知りませんし、また、教団本部が、拉致監禁対策費に一体いくら捻出しているかも知り得ません。
従って、私が「拉致監禁対策費はゼロ」などといったことは、言えるはずがないのです。何度も当時のことを思い返してみまいたが、「拉致監禁の対策費はなくなった」とは言っていないと思います。米本さんによるとkoyomiさんが「確かにそう聞きました」と証言されているということですが・・。koyomiさんには申し訳ありませんが、私の記憶にはありません。
繰り返しになりますが、当時、私が支援者の皆さんに何と言ったのか、正確には覚えていません。従って、もし、私の言葉足らずや行き過ぎた表現により、あの時集まって頂いた支援者の皆さんに誤解を与えていたとしたら、この場をお借りしてお詫びいたします。
>記事について
<追記>
大丈夫ですよ、後藤さん。プロジェクトが<拉致監禁プロジェクト>から<分派対策プロジェクト>に代わる。それだけで十分じゃないですか。プロジェクトが変われば、それに就く予算も当然変わります。それまで拉致監禁プロジェクトに注がれていた予算が、分派対策プロジェクトに注がれるようになる。これは自明の理です。後藤さんはプロジェクトが変わるとおっしゃった、それだけで十分でしょう。あとは、それに伴うものは必然的に変わっていく。それだけのことです。予算も当然変わります。そこまでは後藤さんが説明する必要はないと思いますよ。
ブログ防衛策について
反証の「イロハをしていない」鴨野氏
>これについて、貴殿らはこう反論する。
「この記載内容は事実ではない。拉致監禁対策に係る費用は確保されているし、拉致対策委員会は厳然として機能しているのである」
家庭連合の現在の拉致監禁対策費と対策委員会の実情を説明した米本さんの記事内容に対する鴨野さんの反論には具体的な事実が示されておらず、説得力がないもので十分な反論にはなっていません。
米本さんが当該記事にそれらのことを書いた根拠は曖昧なものではなく、「調査、確認」はしっかりなされていたことが今回の記事で明らかになりました。
ただ、その情報の一つの出処である後藤徹さんが ご自分の発言を否定するようなコメントを投稿されたのですが、それは今突然コメントで主張したことであって、米本さんがそれまでに複数の人から得ていた情報をブログで伝えていたとしても、そのことは非難されるべきではありません。
問題となる後藤さんのコメントを読んでも私には理解できないのですが、米本さんが「すでに書いてきたことだが、拉致監禁対策費はゼロ円となり、対策委員会は事実上霧消している。」と記事に書いたのは昨年の11月28日であり、そこには秀さんの確認のコメントもありますし、ご自分が情報の発信源になっていることはその時点で判断できたのではないかと思います。
後藤さんは教団本部関係者ではないので、拉致監禁対策委員会の隅々まで理解していないのは当然ですが、「全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会」の代表を務めており、そのホームページには以下のように書かれています。
(以下引用)
活動として主に以下のことを取り組んでいます。
公的機関等に対する陳情や嘆願
インターネットや小冊子、ビラなどによる拉致監禁問題の広報活動
拉致監禁・強制棄教に関与してきた人々への抗議
会員同士やカウンセラーとの交流の場を提供するなど、心のケア支援
会員が家族との信頼を回復するための支援
http://kidnapping.jp/about.html
上記のような活動をしている以上、教団本部の「拉致監禁プロジェクト」については「それなりに分かります」程度の理解であるはずがなく、その関係において直接的な交流がなければおかしいことになります。
たとえ関係者に「拉致監禁対策費はゼロ」と言葉どおりに言ってなかったとしても、上記の活動をしている以上、教団の拉致監禁対策費に変化が現れれば それを敏感に感じ取ることができ、「拉致監禁対策費はゼロ」を意味する発言をしたとしても不思議ではありません。
もし、後藤さんが昨年の11月28日の‘火の粉を払え’に書かれた「拉致監禁対策費はゼロ」が正しくないと思ったなら、その時点で記事の間違いを指摘することもできたはずです。
記事の内容や秀さんのコメントを読めば、ご自分が情報の発信源であることはすぐに気付けたのではないかと思います。
今回後藤さんが発言否定のコメントを投稿されたのは、後藤さんが現役教会員である立場上、やむを得ないことだと思います。
後藤さんのコメントにあるように「当時、私が支援者の皆さんに何と言ったのか、正確には覚えていません。」となるのは致し方ないことです。
その拉致監禁対策費や対策委員会の問題については、それについて米本さんが書かれた内容を否定しようとするのであれば、鴨野氏は具体的な証拠を示して反論すればよいのであって、それができていないのが最大の問題なのです。
後藤氏のコメントを読んで
とある人から「後藤さんの政治家の答弁みたいなコメントは見ましたが、きっと怒られちゃったんでしょうね」というメールをいただきました。
これが「後藤コメント」の本質だと思います。
後藤氏を支援する立場から、後藤裁判のことをいろいろ書いてきました。コメントも多くありました。
しかし、彼が返信コメントすることはほとんどありませんでした。
「後藤裁判を支援する会」のサイトでも、そうでした。http://antihogosettoku.blog111.fc2.com/
確か、2、3度、彼にお礼の言葉でも述べたらと、アドバイスしたことがあったほどに。
しかるに、今回の彼の反応はとても早かった。「きっと怒られちゃったんでしょうね」というのが正しい指摘だと思いました。
こんな即反応は始めてのことです。
私と後藤さんとはメールや電話をしょっちゅうする仲です。
教団から削除要求文を受け取ってからも、彼に電話で質問しています。
簡潔に言えば、「君のアベルは誰か」という質問です。
後藤氏は東京の「一心平和」教会(旧大塚教会)に所属しています。
後藤氏のアベルは鴨野か一心平和教会の教会長なのか。
そう質問したところ、彼は教会長がアベルだと答えました。
組織形式論的には正しいかもしれないけど、実態的には鴨野アベルだと推測しています。
鴨野氏が小生の回答文を読んで、後藤氏に電話したのでしょう。「米本を何とかしろ」。けっこう、見え見えです。
とても悲しい話です。
裁判を支援してきた世話人のメンバー、また支援する会の会員たちは、後藤氏の人間としての成長に期待していたのです。
これまでになかった「新しいシック」が生まれるのか、と。
支援するる会の現役シックメンバーは、その後、実態的に教会とオサラバしています。今や、彼はひとりぼっち。いや、鴨野大先生がついているかも。
話題を戻して、あの東京での集いの後のカラオケで、後藤氏はヨイトマケの歌を熱唱した。その前後に、拉致対費はゼロとしゃべった。
ところが、私はその2・3週間前に、後藤氏から「ゼロ円」になったことを電話で教えてもらっていた。内情をバラしてもいいですか。
悲しい話だよね。
すべて公開しなければならないのか。
苦しい立場の後藤さん
米本さんをはじめ、裁判を支援してきた有志たちへの恩義を、きっと後藤さんは感じているはずです。でも、同時にやはり教団本部にも恩義を感じているのではないかと思うのです。
普通に考えて、一信徒が裁判をするのに、教団本部が音頭をとってサポートしてくれることはないです。例えば、弁護士費用などはどうしたのでしょうか。最終的に裁判に勝って賠償金が入れば払えばいいというわけにもいかず、もろもろのポイントでお金を払うはずです。そういうのは本部が立て替えたのか、そもそも本部の顧問弁護士になっている人が、顧問料の範疇でやったのか、いろんなケースがあるでしょう。
手に入った賠償金は、12年あまりの被害に見合うものかどうか分かりませんが、いずれにしても現時点で大金が入ってきたのは事実です。そのお金は、米本さんや有志たちのおかげであると同時に、本部のおかげでもあるという思いが、後藤さんにはあるように思います。
そういう立場だから、当然本部からお願い(指示か)されれば、政治家答弁でもするでしょう。それでも米本さんたちの恩義に精いっぱいの表現が、「記憶にございません」なのではないかと思いました。
まあ、本当に記憶がないのなら仕方ないですが、もしさらなる証言や証拠(録音テープなど)が出てきたら、厄介な問題になりそうですね。もちろん、米本さんを怒らせるということが厄介だという意味です。近い関係であったからこそ、敵に回すといろんなことを暴露されるということは、ちゃんと分かっていないと厳しい世間は渡れません。
後藤さんに代わる闘士を探さなきゃ。
あと、拉致監禁反対運動が目指さないといけないのは、次の拉致監禁被害者の支援だな。教団が後藤さんの本格支援を開始したとき、何人かの方が忠告されていました。「教団は、使えるだけ使い、あとはポイ捨てです。今まで、食口(シック)の間で立ち上がったサークルは教団につまみ食いされて、あとはポイ捨てでしたから、注意してくださいね」と。
教団にとって拉致監禁反対運動は、迫害する相手に一撃を加え、教団のイメージを改善するための手段にすぎませんでした。私が所属の教会で見てきたのも、結局は「私たちは迫害されている。後藤さんを支援して、教団のイメージアップを図りましょう」という姿勢以上のものはありませんでした。
今度、拉致監禁反対運動を新たに始めるには、教団を当てにしてはならないことは、今回のことはよい教訓になったことでしょう。「教団は、使えるものは使いまわすために甘い言葉で忍び寄り、教団にとって用がなくなったら、あとはポイ捨てです。」ということがよくわかりましたね。皆さん。
鴨野局長が、デモ集会の時に、声を詰まらして涙したのは、結局後藤さんがかわいそうだったからですね。後藤さんが勝ったら、もう鴨野局長の所期の目的は終わってしまった。じゃあ後の拉致監禁被害者がいまだに出ているのは、どう思うのかな。「そんなの俺の知ったこっちゃないよ」と心の中で、舌を出しているかも。
あの人は、昔から激情家だった。激情家ということは、変わりやすいということ。今朝まであっちサイドだったのが、午後にはこっちサイド。そういうシーンに、私も出くわしています。
鴨野局長、ひょっとしたら次期ポチの位置を狙っているかもね。そのために今吠えているとも推測できる。その推測を確認するため、もう少し我慢していようか。
後藤氏のコメント
苦渋の判断だったと思われますが、後藤さんと米本さんの関わりを考えると、ブログ読者としてもとても悲しい。
私の発言について
「拉致監禁対策費(予算)がゼロになった」と後藤さんが言ったかどうか?後藤さんから電話がありました。
電話で、後藤さんは確かに拉致監禁対策プロジェクトはなくなったと言ったとは言ったけど、お金のことは言ってないと言いました。
電話があったのは、後藤さんのコメントを読む前でしたので、頭が混乱してしまいました。
拉致監禁プロジェクトがなくなったことと、対策費がなくなったことのどこがどう違うのだろう?と思いました。
電話の会話中、拉致監禁対策費がなくなったことが事実かどうかではなく、後藤さんがそのことを言ったかどうかを問題としていることを感じたので、私がそのように後藤さんが言ったと答えた経緯を話しました。
後藤さんから「拉致監禁対策プロジェクトがなくなった」と聞く前に、別の人から同じことを聞いてました。
だから、後藤さんの言葉はそれほどビックリせず、「やっぱりそうだったのか」と頷くのみでした。
YAMAさんのコメントを読んで、後藤さんの発言を思い出しました。
拉致監禁対策プロジェクトがなくなった=拉致監禁対策のための予算がなくなったという図式ができあがりました。
それで米本さんには「確かに聞きました。」と答えました。
私の答えは、事実に反していたでしょうか?
軽率だったでしょうか?
飛躍してましたでしょうか?
記事について2
koyomiさんが投稿されていたので、私の方からもちょっと。
支援者との昨年夏の集まりで私が「拉致監禁の対策費はなくなった」と話したとの指摘、やはりどう考えてもあり得ないと思い、裁判を支援していて頂いた皆さんに当時集まって頂いた5人全てに電話で確認しました(こんなことを聞くのはちょっと気が引けましたが)。
結果、「そんなこと言ってない」1人、「覚えてない」3人、そしてkoyomiさんからはコメントして頂いていますが、koyomiさんとの電話のやり取りでも、やはり対策費のことは言ってなかったのだと確信できました。まあ、koyomiさんの答えが事実に反していたというより、米本さんとkoyomiさんとのやり取りの中でkoyomiさんの解釈が米本さんに伝わる際に事実となってしまったということでしょう。
それから、また誤解も招くといけないので一応言っておきますが、私は「拉致監禁対策プロジェクトがなくなった」とは言ってません。私は、教団の拉致監禁対策プロジェクトがなくなったとの認識は一度も持ったことがありません。先のコメントでも書いたように「拉致監禁プロジェクトは分派対策プロジェクトになりました」的なことは、言った覚えがあるということです。
Re: 記事について2
>私は「拉致監禁対策プロジェクトがなくなった」とは言ってません。
>「拉致監禁プロジェクトは分派対策プロジェクトになりました」的なことは、言った覚えがある
2つの文を読み比べてください。
拉致監禁プロジェクトは分派対策プロジェクトになった。これは「拉致監禁プロジェクトはなくなった」と同義語です。しっかり!
透明性を持って欲しいです
鴨野局長が、「拉致監禁対策プロジェクトについては機能している」というなら、具体的な数値で予算、人員を示し、より詳しい活動内容報告をして欲しいです。
ピースパレスの使用状況も(ピースパレスのスタッフとの口頭のやりとりだけでなく)、信徒の高額献金の使用先についても同様で具体的に公表して欲しいです。今はネットで今まで知られることのないような残念な出来事が末端食口にも伝わり、本部に対する信頼がガタ落ちなのです。
是非、拉致監禁対策について、このように議論されている重要な問題ですから、本部には透明性をもって接して欲しいです。そして今も拉致監禁にあっている方を一刻も早く救ってあげて欲しいですm(_ _)m
それで
予算については、一人でもいて給与が出ていれば「ゼロじゃない。」と詭弁を言うことはできますよ。
無茶苦茶言えば、コピー1つ取って公費で落とせば「ゼロじゃない。」
予算総額がいくらかについては後藤さんはご存じないのでしょう。
でも、拉致監禁プロジェクトのメンバーが誰であるのかまで知らないということはないでしょう?
現在の拉致監禁プロジェクト(専門的に拉致監禁問題に携わっている)のメンバーは何人ですか?それはどなたですか?
アメリカの状況は、長年拉致監禁問題に携わってきたダン・フェファーマン氏はこの問題から退きました。
プロジェクトがあった時にはFFWPUUSAの公式サイトに最低月1で必ず記事を書いていたダグ・バートン氏も同様です。
アメリカの拉致監禁被害者会もお金のかからないメーリングリストと電話会議(座談会)が続いているだけです。
後藤裁判判決確定のニュースが、FFWPU USAの公式サイトに掲載されるのがあまりに遅いんで、「サンクチュアリ教会の方がアナウンス早いじゃないか」とダンにメールしました。
返事は、「すまない。(サンクチュアリ教会の)エルダー氏は日本語ができ訳せるが、自分は日本語ができない。」でしたよ。
日本側から和文を英訳してメールを送れば事足りること。しかし、それすらできないほどに脆弱な人員ということではないのですか。
しかも、ほとんどお金はかかりません。
FFWPU International HQのアナウンスしたものなんかサンクチュアリ教会の出したもののコピペですよコピペ。
http://hydenoshikou.kakuren-bo.com/Entry/167/
さらに遅れて出たFFWPU USA公式サイトの記事はなんで1週間もかかるのか理解に苦しむ内容でした。
その分、訳するのは楽でしたけど、、。
http://hydenoshikou.kakuren-bo.com/Entry/168/
それでいて、後藤さん今まで出したことのない年頭所感を12日になってから突然出してみたり、、、。
どうひいき目に見ても遅すぎたアリバイ作りにしか見えません。
組織対策
それは拉致監禁プロジェクトのことにしろ分派対策のことにしろ、教団の最大の関心事は個人の人権や救済のことではない。それは組織防衛・組織対策だということだ。
だから教団にとっては拉致監禁プロジェクトも分派対策プロジェクトも同じなのだ。だから予算や人材のシフトがあっても組織対策という括りでの予算や人材はあまり動いてはいないんではないか?そこんところが本音なのだろう。
組織最優先・・・そのためには「建前」を押し通す。朴サミュエルさんのことにしろ、6マリアのことにしろ、霊感商法のことにしろ、組織対策の名分のもとに「建前」を押し通すだけではないのか? 更には文師の指示に対しても、特に晩年は教団は「組織最優先」ではなかったのだろうか?
後藤さんの勇気ある証言に対して
(教団から離れた中間位置としてですが・・・)
また、Koyomiさんのコメントも勇気ある証言だと思いました。
気になるのは教会側の意向ですね。
私自身が「火の粉を払え」ブログを読み始めたのが去年の11月下旬からですので、ここでの6年間分の蓄積を十分に把握できているわけではありません。それで、もしかすると広報・対策担当者達でさえ、このサイトをしっかりとチェック出来ていなかった事情もあったり、軽く受け流していたこともあって対応が遅れたのかもしれないと感じてます。(まあ、教会にいれば個人個人あまりにもヘビーな責任分担があってとても手が回らない事情に見舞われることも経験的に理解しています)でもなんとなくディベートを教会側が本当の意味でしようとしていなかったんだなあと言うのが良くわかります。
今まではそれで良かったのかもしれませんが、時勢はどんどん変わってきているので、教会側は積極的に一般の方々と討議することを恐れるべきではないと思います。もしどうしても個別に対応するのがあまりにも手間がかかるというのであれば、「火の粉」ブログで討論せずとも、教会側で討議専用ブログを作り対応するとか、代替案はそれなりにありそうですが…。
現代の合衆国大統領選を見てもその戦い方の重心移動が良くわかると思います。プレスもさることながら、ネット対応が重要なのです。とりわけ、多民族・多宗教国家をまとめる指導者の器をどう示すかということを広報局は常に考えているものです。また民衆を説得できない者を、指導者にすること自体無理があると思っているものです。
「真」を求め、人を指導する立場にありたいと教会が願うのであれば、その点を理解し、実績・根拠に基づいた討議を避けるべきではないと思います。場合によっては法的措置に訴えることを否定するつもりありませんが、それ以前に対話をしたかどうかが問題ではないでしょうか。(文師から、「統班撃破」を言い渡されたとき、私はそのように認識しました)
最後に、天聖経からのみ言で締め括ります。
「真なる方は好きな者だけ好むのではなく、自分を殺せと言う怨讐までも好まなければなりません。彼の前には、すべてを任せることができ、すべてを相談したくもあり、すべてを願うこともできる立場にある人であってこそ、真なる人です。」
=真の父母/二)真の起源/「真」とは より=
~紺碧の空を覆う冷たい雲がかかった状況。明日から日本列島は厳しい寒さに見舞われるようです。どうぞお体に気を付けて下さい~
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