“New神様の夫人グループ” が勃興! 

鶴の絶対化路線(12)

「統一運動のイメージソングはコレに決まり!ハイ、拍手~ぅ 」 (9月2日付記事)

「げっ!これ以上、統一をバラバラにする部隊ができているというのか。悶絶死しそうじゃ」(文鮮明の霊)
「殿、そうではありませんぞ。奥方は殿のご存命のときからメシアの座を狙っていました。鶴の絶対化路線はうまくいきつつあったのですが、7男さんに加え、ダンベリーの刑務所で一緒だった神山さん、尊師ご推奨のオナゴ江利川殿も薙刀を構えて異義あり!と。それらに対して、個別具体的に対処するために実践洗脳部隊を作っているのですぞぉ」(火の粉・管理人)
「そ~か。そいつらは誰なんじゃ!!」(文霊)
「ハハッ、謹んで報告いたします」(火の粉)
 このお話は、また今度。

 今回は「実践洗脳部隊」について。全容はまだ解明できていないので、中間報告として読んでいただければ幸いである。


 日本統一教会を指導する韓国本部内に、「韓鶴子氏を偶像化し文鮮明氏を抹殺する理論」づくりをしているグループが存在する。通称「神様の夫人グループ」ーー

 陰謀史観めいた書き出しになったが、すでに「ブログ村」で彼らの“理論書”が批判的に紹介されている。シャボン玉さんの「すでに基元節以降の渡韓修の講義から違っていた?」 がそれである。
 ここでは、“理論書”の表紙と目次が掲載されている。

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 また、「三大王権・真の御父様に帰ろう」ブログの記事「家庭連合(協会)三位一体論に対する試論、とあるサンクチュアリ人のレポート」には、別の“理論書”が写真で紹介されている。

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 後者の青テキストの題名を翻訳すれば「真の父母様生涯路程 講師教育教材」。表紙の上部に書かれた小さい副題は「牧会者能力強化プログラム必修課程」
 実は、「韓鶴子氏を偶像化し文鮮明氏を抹殺する理論」づくりをしているグループとは、「牧会者能力強化プログラム必修課程」を組織化しているグループのことである。通称「神様の夫人グループ」
 このように紹介すると、何だか陰謀グループのように聞こえるだろうが、韓国本部内に堂々と設置されたプロジェクトチームである。

 前者のテキストは、韓日祝福を受けた日本人女性シックを対象とした任地教育用のもの。目次の写真を見ればわかる通り、独生女理論(?)をひねり出した呉澤龍(オテギョン)教授の講義「真の父母様の生涯路程」が載っている。
 青テキストがオリジナルであり、任地教育テキストはそれを転用して作成されたもの-と言っていいだろう。

 鶴偶像崇拝のことに頭を悩めている韓国シックは、ため息を漏らす。
「牧会者教育のためだけに、呉澤龍(オテギョン)教授の講義『真の父母様の生涯路程』を採用しているものとばかり思っていましたが、私の友人が国際家庭婦人修練会で教育を受けた時の教材に、まさかそのまま載っているとは知りませんでした」
「この青テキストには文先生を排除して鶴さんを持ち上げるための部分があるそうです。友人にきちんとスキャン画像にして送ってくれるよう頼んでおきました」

 ここまでを読まれた読者は、隔靴掻痒ではないがじれったい、火の粉は何を書きたいのじゃ-と思われるだろう。
 大雑把に言えば、こういうことだ。
 まず、火の粉の過去記事の紹介である。

「鶴の心模様(1)-鮮没して、ようやく娘が恋愛結婚を成就 」(2014年12月12日)
「鶴の心模様(2)-いつまで茶番(鮮鶴一体)を演じればいいの?」 (2014年12月22日)
「鶴の心模様(3)-ひたすら辛く、悲しかった私の半生」 (2014年12月29日)
「鶴の心模様(4)-誰を信用していいのかわからないのよぉ!」 (2015年1月4日)

 これらの記事を記号化すれば、「鮮>鶴」から「鮮<鶴」への転換である。
 「鮮<鶴」意図的意識的に表面化させたのが「7/1韓講話」だった、と今になって想う。

<注>日本統一幹部は「7/1韓講話」には衝撃を受けたようで、いまだ全文を公表していない!鞍馬天狗さんの「これが「7・1韓講話」で本部が隠したかった部分」を参照していただきたい。

 つまり、遅くとも、韓鶴子氏が独生女宣言をする2014年7月頃には、「鮮<鶴」(メシア鶴)プロジェクトチームは水面下で結成されていたということだ。
 私は、このチームは文顯進氏が統一教会から“独立”した2010年頃から、徐々に秘密裏に組織化されてきたと推測している。根拠はいずれ書く。なお、“独立”と表現したことについてもいずれ説明するかも、だ。

 時系列で整理すると、
2010年頃、文鮮明氏がまだら惚け状態になった(この根拠についてもいずれ書く)頃から、「鮮<鶴」(メシア鶴)プロジェクトチームは星雲状態で発生した。その現象形態は統一教会と文顯進氏とのバトルである。
2012年9月、文鮮明氏の死去を契機として、「鮮<鶴」(メシア鶴)プロジェクトが動き始めた。文家の子どもたちのスキャンダルが立て続けに暴露される。亨進氏と国進氏を事実上、追放する。
2014年7月、「7・1韓講話」は、「鮮<鶴」(メシア鶴)プロジェクトの具体化の第一歩だった。
2015年春、文亨進氏の世界会長職を剥奪。

 そして、「牧会者能力強化プログラム」として、変更した統一教会の教義(「鮮<鶴」)を、水面下ではなく、韓国本部内で堂々と打ち立てた。
 苦節5年、雌伏5年、よく頑張ってきたもんだ。
 韓鶴子絶対化路線の“完成期”を表すのは前掲の青テキストだろう。
 牧会者ばかりか新米の祝福シックにも、教育を施そうとしている。偉いというか、執念だね、拍手~ぅ

 話は少しズレる。
 冒頭で、2つのテキストのことを、ヒゲ付きで「“理論書”」と表記した。
 それは、この理論 が登場したとたんに、決して理論家ではないはずの「平信徒」さんたちからも揶揄の矢が飛んだのだから。

「世界平和統一家庭連合(協会) が 説明する三位一体論」批判(文7支持派)
「すでに基元節以降の渡韓修の講義から違っていた?」 (シャボン玉さん、コメント欄も見て)
「もうムヤクチャな講義です」 (yosiaさん)
「聖霊の実体、来たれり! 人類に真の父母が必要な理由?!」(著名ないつも隣さん)
「聖霊は女性でも母でもないというのが一般的な解釈である」(鞍馬天狗さん)

 原研出身の在韓婦人シックが苦笑いしながら話す。
「呉澤龍教授の三位一体論とか、えらく反発をかってますね。その様子を見て、ああ、やっぱりそうなのか。『それって、絶対変でしょ』と思ったのは、私だけじゃなかったぁ!(笑)と安心いたしました」

 こんな有り様だから、牧会者能力強化プログラムが成功するのは、ちと厳しいと思うのだが・・・。それはともかく、「鮮<鶴(メシア鶴)グループ」のメンバーを発表することに。

 ジャジャジャ~ン、パッパラパ~ン
 木戸銭はいらないよ。鮮メシアを軽んじる裏切りシックの顔をとくとご覧あれ。

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1. ユ ギョンソク 유경석 柳慶錫 - 韓国協会長。 2世
2. イ ヨンギュン 이영균 - 協会、青年学生局長。 2世
3. イ ヒョンヨン 이현영– 韓国副協会長。
4. オ ギュヨン 오규영- 鮮文神学教授(相談心理、家族のカウンセリング担当)
5. ギル ヨウンファン 길영환- 鮮文大神学元教授(中国、台湾を中心伝導担当、コーチング、リーダーシップ)
6. シン インソン 신인선- 協会の伝道教育局長 2世
7. ソン ジュソン 선주성 ( 선주삼 ソン ジュサム) - 忠南教区長。
8. イ インホ 이인호- 広州教区2世 2歳。
9. ギム インチャン 김인창 - 蘆原教区教区長
10. イ スンイル 이승일(이병열本名 イビョンヨル) 天福宮教区長だったが大邱教区長へ左遷。
11. パク ヨウンベ 박영배 - 蔚山教区
12. ユ ギョンドク 유경득 - 韓国前副協会長。 2世
13. オム ウォンテ 엄원태 西 麗水教区長、2世
14. パク ジョンホ 박정호 天福宮教区長


 写真下の文字は「牧会者能力強化プログラム第4回認証審査を終え団体記念撮影」
 ここにいる人たちは全員が韓鶴子総裁偶像化、独生女論教育の主要人物であり、特に赤色で示した人物は中心人物である。
 中心メンバーの「中心」は、むろん写真の真ん中に鎮座されている「ユ ギョンソク 유경석 柳慶錫 - 韓国協会長。 2世」
 事情通が語る。
「トップガン修練会出身の2世指導者や教区長、副教区長など、教会内に影響力のある方たちがメンバーになっています。より実践的な部隊ということでしょう」

【トップガン TOP GUN 修練会】韓鶴子氏が世界摂理のために若いリーダーを選抜して直接教育と訓練を行う修練会。2013年の9月から毎年開催されている。
 21日間のプログラムは、原理講義(53時間)、呉教授発案「真の父母様の生涯路程」講義(18時間)、改竄編「天聖経」の完読など。関連サイトhttp://unificationnews.jp/report/1863 http://unificationnews.jp/report/3416


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 彼らが狙うのは、韓鶴子総裁偶像化&独生女論の洗脳教育なのだが、具体的には次の3つを周知徹底し完全に実現しようとしている。

(1)韓鶴子総裁は、文鮮明氏に敬拝しなくてもいい。
 2003年2月6日「真の御父母様の天一国開門祝福聖婚式」にて、韓総裁は「女王」の段階に達し、文鮮明氏と一体となったため、これ以降、敬拝は必要なくなった。 **「女王」の段階とは: 娘→妹→妻→母→祖母の各段階を完成させた後に入る段階。

(2)韓鶴子総裁は、神様に敬拝を捧げなくてもいい。
 2006年6月13日「天宙平和の王・真の父母様戴冠式」にて、韓総裁は「万王の王」の段階に入り、神と一体となったため、これ以降、敬拝は必要なくなった。

(3)韓鶴子総裁は、神様ご自身である。
 2013年1月13日「基元節」にて、神と一体化した韓総裁の中に神と文鮮明氏が三位一体となったため、これ以降、韓総裁は天地人真の父母であると同時に神そのものである。
 但し、呉澤龍(オテギョン)教授の古いバージョン<2010~2011>の『真の父母様生涯路程』では、三位一体の段階に至った日時が2013の基元節ではなく、2010年4月29日の「金婚式」の日となっている。韓総裁が「神そのもの」になった歴史的で重要な日時のはずが、存外適当なものだなという印象を持つ。トーイツさんらしいと言おうか。
参考URL:http://ameblo.jp/gildong/entry-11308165799.html


 これは、2011年当時の『真の父母様生涯路程』の中の表。最近のテキストにも同種の表があるが(先の写真参照)、最上部の欄の日付が違っている。

 3年前、韓鶴子氏が「わたしは何者だと思うか?」と聞き、亨進氏が「あなたは勝利した真の母です」と答えると、鶴子氏は「違います。わたしはハナニム(神様)です」 と言ったという。(2015年4月の亨進説教より)。
 その時の鶴子氏は、“理論書”の内容を十分承知していたと思われるが、当時はまだ基元節前。その時の「私は神」発言の“理論”的根拠は2010年の金婚式だったであろう。

鶴・教会はもう文鮮明を追悼しない


 8月30日に開かれた鶴・教会の「天宙聖和(逝去)3周年記念式」に参加、あるいはネットでご覧になった方は、おそらく、今回の記事に違和を感じられたと思う。
 なぜなら、式典では文鮮明氏を軽んじることなく、それなりに遇していたからだ。でも、そ、そっ、それは文鮮明氏逝去3周年記念なのだから、あたり前田のクラッカー、当然のことである。しっかり考えてね。

 読者が想像力をもって考えなければならないことは、この行事と平行して文鮮明抹殺(相対的価値の低下)計画は休むことなく進められている-ということだ。
 根拠は?
 それは、来年からは文鮮明氏の“聖和記念式典”をやらないことになっているからだ。シック支配の道具用語としての「真のご父母様」は使われようが、文鮮明さんその人を偲ぶことは鶴・教会ではもう行なわれない。ただし、ママメシアだけでは献金が集まらないとなれば、取り巻きさんたちが何か違う手を考えるはず・・・。

 聖和に代わって文氏の生誕祭をやるのではないかと推測する人もいるが、神様の夫人が許可するだろうか。おそらく春はキゲンセツ関連で「〇△路程」をやるだろう。
 秋は?これは私の予測だが、『真のお母様の御言葉集』第1巻「待望路程」が始まるのではなかろうか。

(補足)8月30日にバラバラ統一さんはそれぞれ、どんな集いをしたのだろうか。
鶴・教会=「文鮮明 天地人真の父母 天宙聖和(逝去)3周年記念式」
S教会=「真のお父様聖和3周年記念礼拝」 
UCI=昨年に続き行事なし。ただし、文顯進氏の弟子たちが鮮明聖和とは関係のない「RFT東京集会-神様の夢の主人として」(私たちが信じる顕進様の真実)を開催。
神山威=「真のお父様聖和3周忌追慕式」

 名は体を表す。



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コメント

何やら、新しい 原理? 韓鶴子さんを生き神様 にする為の理論理屈とやらがちゃっちゃと作られていたんですね。ほんと 昔 ビデオで倉原講師の統一原理をよく聞きましたが・・・文鮮明さんが亡くなるといやその前から 文鮮明さんを抹消する為の理論理屈が、作られてたんですね。草葉の陰から、彼はどんな気持ちで見ているのでしょうか?
  • [2015/09/10 11:32]
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  • 難しい話はわかりませんが・・・
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前のコメントで名前を入れ忘れました

大変失礼いたしました。タイトルのとうりです

おっと,うちの教会長が

いつも貴重な情報ありがとうございます。それにしても情報網すごいですね,教会員でもないのに。さすが日本人ジャーナリストだっ!この間まで胡散臭いおっさんだと思っていたけど撤回します。今後も偽りない真実を開示していただきたく,応援し,お祈り申し上げます。
  • [2015/09/10 13:09]
  • URL |
  • サンクチュアリのこぶた
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サ教の若造よ

>この間まで胡散臭いおっさんだと思っていた

 本ぐらい読みなよ!
 知的でないレベルの低い連中が集まっても、サ教はスカスカで発展しない。

神様の婦人グループ(笑い)

米本様、読者の皆様こんにちは

いつも秀逸な記事ありがとうございます。

神様の夫人グループ!?超泥舟だわ(笑い)朝鮮民族にまともに国家運営、組織運営できるわけないからな。クラブ活動ですら無理な民族だからね。それに現在進行形で中国と共に破滅の道を着実に進んでいるじゃないか。
VISION2020(特に中身は無い)の2020年が来る前には韓国も中国と一緒にぶっ壊れてもうないだろうなあ。

写真に妙なツラして写っている選民気取りの神様の夫人グループ(笑い)もその頃にはどうなってんだろうな?寒い大地で死ぬまで重労働か?もしくは、なんだかよくワカンネー危険な作業をする名誉ある職にでも就いているんじゃないかと思う(予言ではない)。それにしても神をも恐れぬ者達の所業はすごいよなー、超ドM(下品で失礼)か自殺願望が強いんだろうな。
国が滅ぼうとしているのに愚行に邁進する朝鮮民族、最後に正しい事をなそうとも思わないのは彼らが愚かしき民族である事を、その身をもって証しするかの如し。
これから被る朝鮮民族の災禍は、自業自得だから今から覚悟しとくんだぞ。
ローマ法王も霊的に生まれ変われって言ってたじゃん、朝鮮民族はあるのか無いのか知らんが来世に期待して霊的に生まれ変わろう。

それに反して日本はどんどん良くなるよー
永きに渡り特定アジアに侵され続け不利益を被って来た日本。解き放たれる日は近い、日本人とその先祖は正しかった!!何がサタン国家だ下劣なモノ達め!!
日本も様々な問題を抱えてはいるが全て解決の道がある。国際社会における日本の役割は更に大きくなるだろう。(献金しろって意味ではない)
地上天国という言葉があるが、その重要な鍵となるのが、やっぱり日本だ建国理念が正に天国の理念ではないのか?(献金しろって意味ではない)
統一教会?家庭連合?腐敗した組織に未来などない、あってはならない。
日本人でありながら日本人を踏み躙ってきた連中も覚悟しておけ!!

上納金要請者

宗教者の幹部とは思えない顔ぶれですね。単に下組織の日本教会に対して上納金を要請し、そのお金で私的に贅沢することしか考えていないように見えます。

間抜けなのはそんな上納金に対して犬みたいに応える日本人幹部、公職者です。彼らは一般社会で仕事したら、ほんの数時間で音を上げてへこたれる、8時間以上一生懸命働いて1万円もらうより、適当なこと言えばアホな献金信者がすぐに1万円持ってくるから、楽することが骨の髄まで染み込んでいるんですよ。

“New神様の夫人グループ” が勃興!

以前、韓講話を支持すると言ったけれど、撤回します。

韓講話を支持しません。韓講話は間違いですから。

最最重要事項

3年前のお父様聖和式で、まるで準備していたかのように数字を羅列したお父様聖和の摂理的意味を解説する本が出された時から、お父様抹殺の所業が開始されていたことは十分に推測できました。お父様抹殺の所業を放置することは、人類に対する大きな犯罪です。サタンに加担する行為です。いやしくも、原理を真理と信じ、文先生をメシアと信じたことがあるなら、今このサタンの所業を粉砕することに全力を注がなければなりません。これが、最最重要事項です。

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一部修正しました。

 神様の夫人グループの写真を入れ替えるとともに、メンバーの一部を修正しました。
 再度、眺めていただけたらと、願います。

豪雨被害

鬼怒川流域の甚大な被害に心痛めています。
知人に茨城出身の人もいて…
天災、人災、世の無常です。

これを以て、また日本の罪などと、説教や献金プッシュの種にするんでしょうね。

写真の顔ぶれを見て、天災の意味を読み解けるような能力があると思いますか。
神の怒り(=鶴の怒り)というような説教が始まれば、もう終わりですね。

日本だけではなく、世界中の天災、人災によって、3秒に1人が亡くなってる現代に、真の母なら身もだえするような苦しみに耐えがたいはずですが、かの自称神の妻の振る舞いは感覚的に理解できません。
何をもって「真の母」というのか、あまりにも理念と実態が乖離していて、常に疑問です。

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究極的な欺瞞

(「韓鶴子総裁偶像化&独生女論」のポイントより)
>(3)韓鶴子総裁は、神様ご自身である。
 2013年1月13日「基元節」にて、神と一体化した韓総裁の中に神と文鮮明氏が三位一体となったため、これ以降、韓総裁は天地人真の父母であると同時に神そのものである。
 但し、呉澤龍(オテギョン)教授の古いバージョン<2010~2011>の『真の父母様生涯路程』では、三位一体の段階に至った日時が2013の基元節ではなく、2010年4月29日の「金婚式」の日となっている。韓総裁が「神そのもの」になった歴史的で重要な日時のはずが、存外適当なものだなという印象を持つ。トーイツさんらしいと言おうか。

>3年前、韓鶴子氏が「わたしは何者だと思うか?」と聞き、亨進氏が「あなたは勝利した真の母です」と答えると、鶴子氏は「違います。わたしはハナニム(神様)です」 と言ったという。(2015年4月の亨進説教より)。


 米本さんは上記の言説がまともに‘理論’などと言えた代物ではないことを表すのに<この理論 が登場したとたんに、決して理論家ではないはずの「平信徒」さんたちからも揶揄の矢が飛んだのだから>と書かれましたが、その「神様の夫人グループ」の馬鹿げた主張にはただ唖然とするばかりで、もし統一食口がそれを自然に受け入れられるとしたらもはや宗教者失格だと思います。
 いっそ人間失格と言ってもいいかもしれません。
 いくら学問や科学とは無縁の‘統一食口’であっても、神が無形の存在でなければならないことぐらいは理屈としても精神的な感性によっても分かっているはずですから、「韓鶴子総裁は、神様ご自身である。」と教会指導者が語ったからとて簡単に納得するとはとても思えません。
 米本さんが不確かな情報を伝えるとは考えられないので、それは間違いないのでしょうが、統一教会に長年所属していた者からすれば、そのようにテキストに書かれていたとはなかなか信じることができないのです。
 それが事実だったとしたら、統一原理を勉強している人なら普通に誰が聞いても間違っているとわかるようなことを韓国人指導者は無造作に公式のテキストに書いてしまったことになるのです。
 仮に韓国人幹部達が「真の父母」の名前を使えば末端教会員達は何でも信じる盲目的信者ばかりだと考えてそのように書いたとしたら、これ以上信者を馬鹿にした酷い仕業は他にありません。
 韓国人指導者がその100%統一原理と食い違う主張を間違いなく公式のテキストに書いたのだとしたら、世界の‘統一教会’信者達は韓国人幹部達に対して根本から考え方を変えねばならないと思います。
 彼らは正真正銘の詐欺師達だったのです。
 決して宗教家などではなかったのです。

 結局その異常な‘新テキスト’問題を理解するには、2つのことを想定して重ね合わせねばならなくなります。
 一つ目は、教会中枢の韓国人幹部達は統一原理に対する研究心や、また真摯な一神教の信仰心などはもはや僅かも持ち合わせていないということです。
 そして2つ目は、彼ら韓国人幹部達は、末端信者達を簡単に騙すことができる‘鴨’としか思っておらず、その人格などまったく尊重していないという事実です。
 韓国の文化については基本的に朝鮮儒教や朝鮮シャーマニズムの流れから理解することができますが、さらに小中華思想や地域差別などを考え合わせればその特色が一層わかります。
 しかし、現代文明の発達の中で小国である韓国もその世界的な流れの影響を受けるようになるのは当然で、その古くからの伝統だけによって韓国社会をすべて理解することはできません。
 その現代文明の特徴と言ってもよいのは平等主義と経済中心の国際関係です。
 平等主義は博愛思想や人権思想と密接な関係がありますが、経済中心社会の特徴に関しては、もとよりそのような経済活動が人間社会の営みの中心であり、資本主義経済の発達によってそれが顕著になったと言えます。
 平等で自由な社会が造られたため、社会生活の最大の欲求としての経済発達が何よりも優先されるような形になったのだと思います。

 創造的能力を持たず、依存心の強い‘統一食口’などは「真の愛」こそが人間社会の中心だなどと妄想を語りますが、それは統一原理の最も基本的な部分をよく理解していないからであって、創造原理や統一思想要網などを深く読み込んでいけば、文先生の‘御言葉’とはまったく別の‘原理的’な世界が見えてくるのです。
 それについて書き出すと長くなるので止めますが、人間の幸福追求と経済的欲求は密接な関係にあることは確かなのです。
 わかり易く例を挙げれば、人に愛を与えて喜びを感じるとは、具体的に言えば、その人のために時間と物を費やして恩恵を与え、喜びを共有するということなのです。
 つまり、お金がなくてはそのような実体的な「愛」は与えることができないのです。
 貧困に喘ぐ人々に口で「愛しています」と言っても何のありがたみもないのです。
 経済の発達は全ての人々が幸福になるためには不可欠なのです。
 そして、経済活動の本質とは価値の創造活動であり、経済が発達するということは、人間の創造活動が発達しているということでもあるのです。
 ただ、現代社会で問題なのは、創造活動もせずにお金を搾取する者達が存在したり、貧困な人々が創造的能力を獲得できる教育などの機会を得るのが難しいということです。
 それらの問題を解決し、全ての人々がその能力を十分に発揮して創造活動、あるいはその一部を担う活動を行って経済的に潤い、人々と実体的愛を分かち合えるようになれば、そこに理想世界は建設されるようになるのです。
 問題は人々を誤魔化し、お金を搾取し自分だけの安楽な世界に浸ろうとする精神的に未発達で道徳心のない人達がいることなのです。
 その人達は何の創造活動もせずに金銭を人々から搾取するため、世の中を悪くする一方なのです。
 そのような搾取行為によって財をなす者達がいるため、搾取されて不幸になる人々も現れ、お金は本来の役割を果たせなくなってしまうのです。

 話を戻して、韓国社会について述べますと、朝鮮儒教などの伝統と共に、そのような搾取行為を伴うような悪い経済活動もけっこう多いのではないかと思っております。
 特に儒教は人間の上下関係が厳格ですから、搾取行為を行うには都合が良いのです。
 ましてや、日本人が関係してくれば小中華思想も相まって、韓国人にとっては格好の搾取の対象となるのです。

 今回、米本さんが紹介された「神様の夫人グループ」が作ったテキストは真理を解明するという観点では完全に理解不能なのです。
 しかし、韓国人幹部達が何としても‘絶対的搾取体制’を築きたいと考えて行動していたと思えば、無理なく筋が通り、理解できるのです。
 つまり、搾取体制を築くためになりふり構わず、宗教団体の特性を最大限に利用したのだと思います。
 ただ、いくら思考が苦手の‘統一教会’信者であったとしても「韓鶴子総裁は、神様ご自身である。」を受け入れさせることは不可能ではないかと思います。
 しかし、‘血統転換’教義を信じているような信者がたくさんいるわけですから、中には受け入れられる信者もいるかもしれません。
 ただ、普通の頭で考えれば、あり得ない言説であって一つの分岐点にはなると思います。
 つまり、それを受け入れずに理性を取り戻し、人間として自覚を取り戻すのか、それを受け入れて理性を完全に失った非人間=飼い犬のポチになるのか、が決定されてしまう分岐点になるのだと思います。
 

悪魔の様相を呈してきた

このようなトンデモねつ造理論を信じる人がいるのか?韓国人の特技か?文教祖から譲り受けた大ホラねつ造特技なのかもしれないけど、

日本人信者たちよ、目覚めろ!
あなた方は良心を捨てるのか?

私も随分と長い間、翻弄されてきましたが、ここまで来ると更に輪をかけて、完全異常です。目を凝らしてすべてをよく見てください。

原理講論でいえば「創造本然の価値」には誰でもキリストのような創造本然の完成者になれると書いてあったと思いますが、メシアがどうとかではなく、その創造本然の人間にどれだけ近いかが一番重要なんじゃないですか?
血統についていえば、血統は親からきます。そして、神は第一原因でありすべての親です。だとするならば、元々、サタンも全人類も万物もすべて神の血統です。よって、必要なのは血統転換ではなく、失敗しやすい未熟さと無知を克服する正しい知、正しい愛の追及、教育だと思います。そして、正しい結婚観、正しい性意識をもって生きることが、統一原理でいう肉的新生になると思います。
「サタンの血統」なんて、あえて言えば、極端な比喩、方便です。そして、これが大混乱の元凶です。仮に100歩譲って、仲保者としてのメシアの立場が必要としても、親の願いは子供が親を越えることですよ、なんで、崇拝するんですか?なんで、依存するんですか?なんで、盲従するんですか?創造性の完全放棄です。⇒神への冒涜です。
神を中心とした祝福も正しい人生修行のための意識付けイベントとしてあってもいいのかもしれませんが、血統転換なんて関係ないです。私の結論です。
とにかく、正直で素直に、謙虚に、感謝しながら正しく生きることが一番重要だと思います。統一教会の実態はこれと完全に真逆でした。
この真逆な実態にさらに輪をかけて、名称変えて継続する組織に依存し続けるんですか?
(当然、文教祖のすべてを認める7男が正しいと言ってるのではありません)

まるで戦前の日本のイメージ

天皇の神格化、現人神の出現で、日本はどういう道を歩んだか。なんだか、戦前の日本を見るような感覚になってきた。天皇陛下は、現人神だったのだよ。そして、その天皇に直属している軍は、天皇の軍隊。したがって、内閣総理大臣といえども、天皇の軍隊たる皇軍にたてつくことは、統帥権干犯である。

「私はメシアである」「私は神である」この神である韓女史のために理論を作り上げるグループにたてつくものは、統帥権干犯で追放。それで三男、四男、七男の追放か。なんかそんな構図だな。

大東亜共栄圏の建設のため、天皇陛下を神としてあがめ奉り、爆走してきた日本が、軍部の暴走という事態に直面した時、誰も止めることができなかった。戦争に至った経緯を調べれば、日本だけの問題ではなかったが、国内の政治システムだけを見れば、やはりこの戦前の体制に大いに問題があったわけだ。

今、韓グループの暴走を止めるのは、はっきり言って誰もいないだろう。七男グループがアメリカに例えられるような巨大なグループとなって、ぶつかって潰すか?そういう状況になってきつつある。

激しく希望

 非開示投稿された方にお願いです。
 メールアドレスを教えていただけませんか。少しばかり、やりとりして確認したいことがあるもので。アドレスが漏れることは100%ありません。

 宇田評価をされた方へ
 13番評価をされた方へ

 どうかよろしくお願いいたします。

神様の夫人グループの教理はもはや統一原理ではない。

どうも、神様の夫人グループは、創造原理第6節を理解していないように思える。それを見抜けない韓女史も勉強不足の感を否めない。

創造原理第6節で、神様は人間を通して被造世界のすべてを感得するというふうに、正確な言葉ではないが、書いてあったはず。神さまがエバを求めていると言ったら、誰を通して感得するのか。エバを感得するのはだれかと言ったら決まっているであろうが。反対にアダムを感得すると言ったら、エバを通してということになるのかもしれないが。神様はエバと結婚したかったといわれるが人間を通して感得するなら、アダムを通してだろうが。結婚の喜びもアダムを通してに決まっている。このアダムを降格しようということなら、もはや神様の夫人グループの説く教理は統一原理ではない。早く追い出してしまいなさい、韓女史よ。

下り龍と昇り龍

 前回の記事で、「3万人弱対1000人強。象と蟻との闘いなのだが、前者は下り龍、後者は昇り龍」と書いた。

「物事には勢いがある」
 これは真理と言えるほどの法則かどうかはわからないが、鶴対亨との闘いにはあてはまりそうである。

 すでに文7支持派のブログに書かれていることである。

岐阜県各務原教会から14名
鹿児島教区霧島教会から39名
北愛知教区名古屋教会から4名
南愛知教区みどり教会から3名

-が集団脱会届を提出してサンクチュウアリ教会に移動した。
 合計60人だ。熊本の集団脱会組と合わせると100人を超えた。

 わずか2週間で、100人もの教会員(教会の一つまるごと分)が、堂々と「徳野会長殿」として脱会届を提出して移動したのである。

 仄聞情報だが、近くある地域で40人が集団脱会、サ教会に移動といった話を聞いている。


 日韓の幹部たちが胃薬を飲みながら、
「統一原理的に考えて、この現象をどう考えたらいいのか」
「統一原理的に考えて、神の方向に戻すことはできないだろうか」
 といったテーマで、

 黒板に4位基台の図を書き込みながら、議論する姿を浮かぶ。ものすごく真面目なだけに、嘲笑ではなく、哀しみの涙が浮かぶ。

 檻にいる断食芸人を見ているのと同じ涙なのかもしれない。

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スパルタ VS ペルシャ

何年か前に「300(スリーハンドレッド)」という映画があった。
スパルタ兵士300名がペルシャの軍勢100万を相手に闘うという、史実テルモピュライの戦いを映像で描いたものだ。

世間の目から見ればコップの中の嵐にしか見えないだろうが、総本山サンクチュアリがつい数ヶ月前まで礼拝を2、30人でやっていたことを考えればこの類推はイメージできなくもない。

ただ家庭連合とサンクチュアリの相克はオセロゲームに似ている。家庭連合の-1は即サンクチュアリの+1となるからだ。また家→サンはあっても、サン→家はまずない。ゲームは一方的である(家庭連合がよほど素晴らしい奇策を打たない限り)。

仮に現在の勢力を米本氏の数字(3万VS1千)で計算すると、一日平均10人が「家」→「サン」に移籍すると仮定するなら1450日つまり4年で日本の食口は「家」と「サン」が1万5千5百人の同数になる。実質、日本家庭連合の崩壊だ。何と空恐ろしいVISION2019だろう。

すでにアリの一穴は開いた。家庭連合の対応はいかに。

本当に失礼申し上げますが、私はー

拉致監禁?保護説得?どっちでもよいけど、これらを解決出来たらどっちでもいいですー。
この問題には「お父様」もがんばりなさい、と激励されたんですよね。
日比谷のいつだったかの集会で、ですか?
これらを解決できない集団に未来はないと思います。

まだ残ってますね。署名も集まってないんでしょう。
本人自身が自分で解決出来ればそれは結構ですが。
だからー、拉致監禁解決できないと未来はないんですってば。名称変更したから大丈夫?そんなもんですか。

原理的にみてどうなのか?

統一教会のおはこというか18番 これには何か理由がある・・・原理的に見てどうなのか?食口のみなさんどう思われますか?韓鶴子さんは、神様 です。たしか、原理講論 には、イエス自身は神様ご自身ではない。とする 項目があったと記憶しておりますが、それから見ると 韓鶴子さんは、神様ご自身だそうですからイエス様以上の存在ということになりますよねこれって本来、神をも恐れぬなんとやら ではないでしょうか?必然的に中央集権型のピラミッド組織を形成してきます。それから、文鮮明さん亡き後の彼に対する 抹消 も、スターリン批判・毛沢東批判 に連なることのように感じます。サンクチュアリーへ草木もなびくしばらくはそんな現象が続くのを外野席から見物しています。要は 愛の無い所に人は集まらない光に虫が集まってくるように真理のある所に人は集まる。反対牧師の素顔 というビデオに、この一節がありましたが、その一節が今の 統一教会 に投げかけられている言葉ではないですか?

新規伝道

>ただ家庭連合とサンクチュアリの相克はオセロゲームに似ている。家庭連合の-1は即サンクチュアリの+1となるからだ。

これを仕掛けているのは明らかに文4。小賢しい文4のやりそうなこと。よほど詰まってきたと見えます。
文7はどう思っているのでしょうか。
オセロ同様、碁盤の上で繰り広げられる攻防。
領地領民の奪い合い。

骨肉を分け合った者同士が、血で血を洗う抗争をするような所に発展はないと思われます。サ教が+1になっても、それは新規伝道ではありません。初々しい新鮮な立場で教理を受け入れるような霊的基台は、どちらにもないようです。

記事に挙がっている移教者は、いずれも地方教会。例えば、東京の新宿教会では移教するような若者すらいないとのこと。そこの婆さまたちは「若者が伝道されない」とぼやき、悔い改めて自ら路傍に立つのだそうです。

文7サ教も、米での新規伝道には限界があったということ。2年間の沈黙とか何とか、体のいい名分で、手っ取り早く頭数を集めようとしているだけに見えます。それも日本の信徒でなければ、経済が成り立たない…

唐変木さんの皇軍思想の引用は大変的確で、日本信徒の盲目的信仰の素養は、この皇民教育、皇民思想にあります。中国やアメリカの土壌では決して育たないものが日本にはあり、それを逆手に取って発展してきたのが統一教です。

だから日本の信徒は税金を払うように献金し、賠償金を払うように高額献金をしてきました。
慰安婦問題を皇軍の過ちと認め、償い祝福を受け入れました。韓国の田舎でとうてい縁のない男、韓国の田舎娘でさえ逃げてしまうような無学者、障害者、無法者を宛がわれても、感謝して子を産み育て、子孫を繋ぐ日本の嫁たち。苦労の末に夫と子どもを残して、道半ばで逝ってしまった嫁たちもいます。

でも、もういいでしょう。
この度の70年談話、安倍さんの談話に少し救われました。少なくとも子孫に負い目を残してはいけません。そのために我々は命を懸け生涯をかけ、明るい未来のために頑張っているのですから。
そんな祖国日本であってほしいと、心から願います。
ガンバレ日本!
惑わされるな日本!
どっちの水も苦いぞ日本!

サ教さんは新規伝道の数を上げましょう。
悔しかったら欧米人を伝道してごらん。
欧米人に献金させてごらん。

オセロゲームにまで至らないかと。

その内、サ教の根幹が腐ってるのは、総じて四男サマが腐ってるからにたどり着くでしょう。

三男サマ排斥の時と同じ手口で、相手を弱体化させるためなら何でもやる人ですから、今頃オセロゲームの戦術を練ってるんでしょうが、

実際には本家マイナス1はサ教プラス1に簡単にはいかないかと。双方の地盤沈下を起こし共に弱体化していくだけの事ですから、統一教消滅を願う方々はぜひサ教をサポートしてこのオセロゲームを応援しましょう。長引けば長引くほど統一家全体の崩壊に繋がります。風を煽りましょう!

ただ一つサ教の存在価値として大切だな〜と思うのは、組織に傷ついている人を相手にしていく姿勢は良いなと。お休み中の信徒の0を1に戻す努力をしているのは感じるのですが(傷ついている人は少なくないので)

ただ今後サ教のポンコツオールスターズがどんなに増えても、新規伝道も子女連結もできないでしょうから、どの道オワコンです。

それともあそこの烏合の衆を束ね導いていけるのであれば、それこそ第五飯屋としての霊力は備わってる筈ですよきっと。

(小賢しい四男の事ですから、例えオワコンでも自分を追い出した本家に嫌がらせ出来るなら、やるのでしょうけど…)

それともオバマの銃規制で傾いた会社を救う為に日本の信徒から色々と巻き上げていくのですかね?

早くサ教のセンゾカイオンの新しい教理が聞いてみたいです。笑

最近、チョンピョンの天使が居なくなったとイタコが申してますが、まさか…四男様が霊的に天使らをお連れになって、ロシア人との間にいる隠し子サマと共に御役事頂けるのでしょうか?楽しみで仕方がありません。

神と一体化

『原理講論』の創造原理には、「神と一体となる」とか「神と合性一体化し」などというフレーズが何度も出てきます。
神と一体となった人間、は、神のよう→神とも言える→神である→「神御自身である」となるまでそんなに遠くなく、かなり近いと思います。

もちろん『原理講論』にはそんなこと(神御自身だ)は書いてなく、神々の黄昏さんが言うように、真摯に真実を求めようとする人はそのように考えないでしょうが、あと一歩なので、支配する人や搾取する側の人が利用して言い始めて、ずるく立ちまわってうまくやる人が迎合して得々と語り、神と一体となった実感がなく虚しさを抱えた人かつ緻密に論理的に考えない人などは受け入れてしまう土壌があるのではないでしょうか。

「神と一体となる」を強調する、神を現実に引き寄せたような、神と近い感覚、それは魅力でもありますが、とても危険でもあります。実体で再臨メシアが地上にいる(感動!)、神の国を実際地上に作って行けそう、統一教会でなくほかの宗教なら自分は入らなかった、などの“神との近さ”に惹かれた人は多かったと思いますが、そういう人は自省したほうがいいと思います(自分もだろ、ハイ)

「神と一体となる」ってありえないのではないでしょうか。神の側からいえば「人間と一体となる」ですが、個別具体的で限られた存在の人間と無限・唯一・絶対の存在(と人間が考えている)神が一体となるのは、ちょっと何言ってるかわかんないというか、論理的・原理的(一般的な意味で)に有り得ない、つまり人間と一体化した神がいたとすればそれは神自身ではないわけです。
「神と一体となる」とか「神と合性一体化し」という言葉の表現を何度もするのはおかしいと思います。創造原理のウェブページを検索ワード「一体」で検索すると24回使っています。

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聖書の成立期に似ているね

知り合いから、聖書の成立期の話を少し聞いたことがある。門外漢の私としては、それほど関心があったわけではないが、知り合いが、そういうことが好きなようで、あまりにも熱心に語るからつい聞いてしまった。

知り合いが言うには、福音書は最初はおそらくみ言葉福音書の形であっただろうということ。何でも、外典であるトマス福音書がそれに近いと。字が書ける人たちがイエスの周りにどれだけいたかはわからないけど(ペテロは漁師だから無理だろうね)やはり最初はメモを取ったりしていたんじゃないだろうか。その時でなくても、イエスの死後でも、イエスの言葉を残しておかなければと思い立った人たちがイエスの言葉を断片的にでも思い出しながら、書きとどめていたのではないだろうかと。これがおそらく、今回のケースでいえば、黒表紙の天聖経などの文鮮明氏直の言葉集に当たるだろう。

次に、伝道の機運が弟子たちの間に高まってきた時に、伝道用にふさわしい福音書が必要となった。それで、弟子たちが、それまでにあったみ言葉の断片集みたいなものをもとに、イエスの物語をつづり始めた。まず最初にマルコによる福音書が65年~70年くらいの成立と言われている。いかがかな?もうこの時に、言葉の改ざんが始まっているわけだな。文師の言葉の場合はもう少し早く、他界してすぐに赤表紙の天聖経が出た。

聖書が物語化の時点ですでに改ざんが行われているというのは、イエスが言葉を発した個所と、実際に湖があるところと、60キロの開きがあるということからわかるらしい。豚が集団で湖になだれ込むシーンがあるが、悪魔がイエスを見て恐れて、この豚の中に入れと命じてくださいと懇願したと。イエスがそう命じると、豚たちはいっせいに湖に身を投じて投身自殺してしまったと。イエスが命じたところの地名には湖はなく、その湖と思われるものが60キロ離れた地点にあるというのだから、マルコなる聖書記者の勘違い、つまり改ざんということになる。

それから、最近の聖書学の研究成果によると、どうもあの順番にイエスが語ったわけではなく、中には死後付け加えられたとみられる文言もあるということだ。その研究とは、聖書記者が何を基礎資料として聖書物語を作り上げたのか、その資料が見つからないものだから、聖書の中のイエスの言葉を分解して、再構成することで聖書の中に基礎資料の断片を見出そうという研究らしい。そしてイエスの活動の初期、中期、最終期に並べ替えると、イエスが活動を始めた最初の時期には、社会変革に関する言葉、あるいは道徳に関する言葉のようなものが多く、次第にパリサイ人に対する批判の言葉が多くなっていくと。十字架の予言は、イエス存命中ではなく、どうも後から付け加えられたと考えられる言葉の中に入るらしい。

つまりだ、聖書は、聖書記者が作成した物語福音書の、その当時の必要性に応じてイエスの言葉が並べ替えられたと。どう?これって、改ざんそのものでしょう。しかも言っていないことまで、あとで付け加えると。まさに同じようなことを「「鮮<鶴」(メシア鶴)プロジェクトチーム」が行っているわけだね。似ているね、2000年たってもまた同じことを繰り返しているんだね。

>新規伝道

cosmopolitanさん、

文師は、知り合いから聞くところによると、戦前、日本に来ているそうだね。何やら、日本の工場で働きながら、統一原理の探求をしておったと。また知り合いが國時何某からきいたといっていたが、日本留学時代に島津忠重公爵の秘書としてバイトしていたとも聞く。その事の真偽は確認できないが、いずれにしても日本に来て日本人をよく観察していたことでしょう。

日本人相手であったかどうかはわからないけれども、労働者のところに行って、その労働者が興味を引きそうな面白い話をしてあげると、ケラケラ喜ぶ、そしてその間にその労働者の弁当を食べてしまっても、その労働者はまだ喜んで話を聞いているというようなことも訓練したと。人間の心情の機微を研究したらしい。だから、日本人はこうするとよく働くということがわかっているんだね。口先一つで日本人を必死に働かせる。それを悪魔連盟も引き継いでいるわけだ。そこで思い出したのが植木等のこの歌「ゴマスリ行進曲」
https://www.youtube.com/watch?v=LUCf1vnn4zY

文師が日本人にゴマをすっているというわけではないが、人情話の一つも絡めて、少し持ち上げて話をすれば、日本人なんてチョチョイのチョイという感じだろう。「口から出まかせ出放題、手間もかからず元手もいらず」なんてね。

>原理的に見てどうなの?

小川さん

>たしか、原理講論 には、イエス自身は神様ご自身ではない。とする 項目があったと記憶しておりますが、それから見ると 韓鶴子さんは、神様ご自身だそうですからイエス様以上の存在ということになりますよねこれって本来、神をも恐れぬなんとやら ではないでしょうか?必然的に中央集権型のピラミッド組織を形成してきます。

まったくその通りだね。知り合いに聞いたところでは、統一原理の視点から見ると、韓鶴子女史は復帰されたエバより上でもないし、下でもないということらしい。だから、そういう理論構築をする集団は、非原理的集団そのものということになる。

ところでこの非原理的集団ってどこかで聞いたよね。あ、思い出した。韓派が亨派を最初そう呼んでいたんだ。えっ非原理的集団と相手をののしった集団が、実は本物の非原理的集団だった?これは面白い。座布団一枚。

もう一つの非原理的視点

知り合いから聞いた統一原理の概要によると、歴史は確か一人のアダムを探し求めてきた歴史だったはず。で、エバが必要というのは、まずアダムというものがあって、アダムとエバで堕落したから、復帰もアダムとエバ、堕落した罪の父母から罪の子孫から生まれ広がった人類だから、復帰も真の父母が必要。だからだから復帰されたエバが必要という順序なんだよな、それが復帰原理だと聞いている。

だかまずアダムなんだよ。そしてそのアダムがエバを復帰してくる。これが統一原理なんだということらしい。アダムは関係なく、エバが神様なんて、それは日本神話の天照大神の世界だな。キリスト教の世界でもないし、ましてや統一原理の世界ではない。日本の教団は、こういう非原理的集団が韓国本部にいるのだが、教学部は理論的に歯が立たないのか。こんなど素人の私が、しかも人から聞いた統一原理で韓国本部の非原理性がわかるというのに、日本の教学部は何しているの?私が本部講師連中に講義してやろうか?

ただ、本部連中は、わかっているのかもしれない。唐変木ごときに言われなくてもわかっているよ。でも韓国の教団本部に楯突くと、飯が食えなくなるんだよと。そんなところだろう。

でも、今は、選びさえしなければ、ハローワークに行けばいっぱい仕事はあるぜ。知り合いも職にあぶれていたが、どこかに入社できたらしい。安心して楯突けばいい。

現人が神になる。

 神々の黄昏さんの「究極的な欺瞞」、それへのレス的な暗在さんの「神と一体化」。とても面白かった。知的刺激を受けました。

 神が人間を造った。その人間が神になった。

 これを解くカギは「一体」「一体化」ではないでしょうか。暗在さんが暗示しているように。

 ヤマギシ会に限らず、精神世界(変なカテゴリー名だけど)は「一体」「一体化」は本質的といってもいいほどの重要な概念であります。
 統一教会内でいう「神体験」(オウムでいう解脱体験、精神医学用語では変性意識体験)が密接に関係しているように思えるのですが。

 研究検討課題です。

やっぱり、文師を外すと、なんかおかしくなるよね、韓女史の立場が

文師外しを画策する「神様の夫人グループ」。でも、文氏外しやっちゃうと、おかしくなるんだよね。韓女史の立場が。

だって、韓女史を真の母の立場に立たせたのは、文氏だよね。韓女史の独生女論、ちっとも正しいと思えないけど、それはこっちに置いておいて、独生女論を前提としたとしても、それだけじゃなんの意味もないんだね。文氏が韓女史を真の母として選ばなければ、何の意味もないんじゃないかな。どう思います?みなさん?

それに、崔先吉女史が失敗しなければ、これまた韓女史は必要なかったんだよね。このこと、韓女史は気が付いていないのかね。だとすれば恐ろしいほどのおバカということになる。これだけ考えても、文氏を降ろすということが何を意味するか、分かるだろうに。

文氏あっての韓女史、崔先吉女史の失敗あっての韓女史なんだ。所詮韓女史はピンチヒッターだったんだ。

もちろん、ピンチヒッターといっても、大事なところで満塁ホームランを打てば、英雄だ。真の母の立場を勝利した韓女史は、負けていた試合を、9回2アウト2ストライクで逆転満塁決勝ホームランを打った偉大なるピンチヒッターといえるかもしれない。

だけど、ピンチヒッターであるということは変わりがないのだ。チームが悠々勝てる試合を展開していれば、ピンチヒッターなど出る幕はないのだ。そしてピンチヒッターを指名するのは監督なのだ。自分を使ってくれた監督をこき下ろしておいて、自分のバッターとしての力量をいくら強調したって、監督が使ってくれたから君は日の目を見たんだろうといわれれば、二の句が継げないはずだ。

うーん、状況が全く分かっていない、やはりおバカだ。逆に、そういうみこしを担いで練り歩く「神様の夫人グループ」の執念の恐ろしさを感じる。そのもとで給料欲しさに、私でさえ気が付く問題点をやり過ごす日本教団本部の御用教学部グループ。要らない人たちだなあ。戦前の御用学者たちを見ているようで、胸糞悪くなる。おバカと言っちゃったけど、そういう「神様の夫人グループ」と日本教団御用学者グループに担がれるしかない韓女史。可哀そうになってくる。悪魔連盟にもてあそばれ、掌で転がされる韓女史。ああ、哀れなり。

Re:神と一体化

 「韓鶴子総裁は、神様ご自身である。」という表現の何が問題であるかと言えば、やはり「ご自身」という言葉だと思います。
 暗在さんが関連付けて考えられた「神と一体となる」とか「神と合性一体化し」という表現にある「一体」と「ご自身」は似て非なる言葉であり、根本的に異なる意味であるはずです。
 ただ、暗在さんが問題視した「神と一体となる」や「神と合性一体化し」を論理的に正しい言葉と認めてしまうと、観点を変えて拡大解釈すれば、「神様ご自身」という表現も場合によっては可能となってしまいます。
 つまり、暗在さんが指摘しているように「神と一体となる」とか「神と合性一体化し」という原理講論の表現自体にも内容として問題があることになります。

 実は原理講論には探せば探すほど定義が曖昧な言葉が見つかり、表現として適当と思われない部分も多く見つけ出すことができます。
 たぶん、世の中の知識人に通用する宗教書にするためには最初から書き直す必要があり、そのままでは世界に広めるのは難しいと思います。
 現在は読んでいるのが統一食口レベルの人達なので聖典として持ち堪えていますが、今のままでは真理などと主張できないと思います。
 ましてや、文先生の‘御言葉集’などは理論もへったくりもない談話集のようなもので、改ざんするのがどうこう問題になるほどの‘書’とは言えないのです。

 「神と合性一体化し」という表現については、やはり、創造原理における神を第一原因として捉える観点とは不適合と言わねばなりません。
 第一原因と考え得る存在と、そこから結果として生じた存在が分離したり合成一体化したりするというのもおかしな話で、もともと存在としては切っても切り離せない関係であるわけですし、質的なものを考えれば、無限の原因的存在と有限の結果的存在が「合性一体化」したり、しなかったりする同次元の関係になるはずなどないのです。
 存在論的に神と人間の関係性を考えれば、無形の原因的存在と有限の結果的存在という関係は原理的に不変であり、その基本的な関係が結果的存在である人間の行為によって変わることなどあるはずがないのです。
 「神と合性一体化し」という表現は「神と合性一体化していない」状態もあることが前提なのですが、そのように合性一体化したり、しなかったり変わることは両者の存在形態からしてあり得ないのです。

 原理講論を書かれた劉孝元氏の考えとしては、神を人格神とし、その人格的内容と類似するということを言いたかったのだと思いますが、そうであれば「神と合性一体化」などと書かずに、「神の本性相がより多く反映」とか「神のロゴスが正しく結実」と原理的に、正確に書いて欲しかったのです。
 ただ、原理講論には宗教的なテーマについて非常に論理的に捉えている部分と、突然‘神’を擬人化して古い宗教の観点に逆戻りしてしまう部分が共にあり、全体として間違った結論を導く原因にもなっています。
 劉孝元氏は日本統治下の京城帝国大学で医学を学んだ方であり、馬鹿ではないので、原理講論には論理として一貫性がないことを自覚できないはずはなかったと思います。
 何故、部分々がつながらない宗教論を書いてしまったのか、その理由は大きな疑問として残ることになります。

 暗在さんの名推理「インテリだが自信がない」性格だったのは確かだと思いますが、学生時代病気がちで苦労し、休学するなど挫折を味わったことなども原理講論を執筆する中では影響していると思います。
 また、あるいはどうしても文鮮明氏が「再臨のメシア」であるという結論に至る宗教書にせねばならなかったので、意図的に紛らわしい表現を用いて論理をつなぎ合わせ、正しくないとわかっていながらも原理講論を書き進めていた可能性もあります。
 その劉孝元氏の心理状態は今となってはわかり辛いのですが、原理講論を書く中で‘反知性’の力が加わっていたことは間違いないと思います。

 また、米本さんがコメントに書いておられた<統一教会内でいう「神体験」>とは所謂霊体験ではないかと思います。
 神はどこまで突き詰めていっても無形でなければならず、人間が何らかの実感を伴う体験をしたとするならば、それは神ではなく、霊的存在と関わった体験でなければならないはずです。
 そのように考えねば、原理講論の基本にある正しいと思われる理論との整合性がないのです。
 暗在さんがコメントに書いておられた「つまり人間と一体化した神がいたとすればそれは神自身ではないわけです。」というのはまさにその通りであり、人間と一体化したり、しなかったりするのは第一原因の神であるはずがなく、何らかの霊的存在であるに違いないのです。
 もっとも、朝鮮シャーマニズムの神はそのような霊的存在に当てはまるもので、韓鶴子氏が創造原理で定義されているような第一原因の神を指して「神」と言っているのではなく、朝鮮シャーマニズムの世界観に立って「神」について語り、自分は「神様ご自身」であると言っているのであれば、それは独自のシャーマニズム信仰の中では正当化されるのかもしれません。
 やはり、血統転換であるとか、「神と一体となる」とか「真の父母」を崇拝する朝鮮宗教の世界観は創造原理の世界観とはまったく‘別物’と考えねばならないようです。
 その使っている言葉がたまたま同じ「神」であるため、頭が整理されていない統一食口は何から何まで混同してしまうのです。
 そして救いようのないビニール脳の統一食口は真面目になって「夜の神様・昼の神様」について考えたり、「再臨のメシア」が女性信者と性関係を結べば神の血統に生みかえられるなどと本気で信じるようになってしまうのです。
 そのような信仰を持つようになると、それはもはや朝鮮シャーマニズムの信仰であり、創造原理などとは無関係の民族宗教の世界なのです。

 しかし、にほんブログ村・統一教会(家庭連合)のブロガー達の記事のタイトルを見ても、原理講論を知的に解読しているような人は皆無のようですから、統一食口は疑似キリスト教シャーマニズム信者と考えたほうが良さそうです。
 原理講論から非科学的で不純な朝鮮シャーマニズムを抜き取るためにも、やはり統一教会=家庭連合は一度完全に消滅せねばならないと思います。

カトリックの臭いふんぷん

神々の黄昏さん

> 「韓鶴子総裁は、神様ご自身である。」という表現の何が問題であるかと言えば、やはり「ご自身」という言葉だと思います。
> 暗在さんが関連付けて考えられた「神と一体となる」とか「神と合性一体化し」という表現にある「一体」と「ご自身」は似て非なる言葉であり、根本的に異なる意味であるはずです。
> ただ、暗在さんが問題視した「神と一体となる」や「神と合性一体化し」を論理的に正しい言葉と認めてしまうと、観点を変えて拡大解釈すれば、「神様ご自身」という表現も場合によっては可能となってしまいます。
> つまり、暗在さんが指摘しているように「神と一体となる」とか「神と合性一体化し」という原理講論の表現自体にも内容として問題があることになります。

知り合いから借りて読んだ日本語版原理講論には、「創造目的」というのがキーワードとして登場する。すなわち、合性一体化というのは、「創造目的を中心として」の一体化ということなのだ。体が一つになるとか、全くそのものになるなんてことは、キリスト論において否定されている。

ちょっと原理講論を読んだだけで、今書いたことは理解できるのだが、いったい韓派の理論構築をしている「神様の夫人グループ」とそれに追従する日本教団御用学者グループは、本当に原理講論を読んでいるのか?

創造目的を中心として一体化するということは、世間的にわかりやすく例示すると、高校球児たちは甲子園での優勝目指して心を一つにして、もっと言えば優勝という目的を中心として、一体化するわけだ。この時、誰も体が一つになるなんて考えもしないだろう。

最近のテレビのドラマで、彼と彼女の体が入れ替わったとかいうようなことが放映された。あれ、俺は何でこんな服着ているんだ?鏡を見て、あら驚き、彼女の顔と体だなんて筋書きになったようだ。韓女史の私は神だという主張見ると、なんかそんな印象を受ける。

そういったことも含めて、さっきお風呂に入っていた時、あれっと思うようなひらめきがあった。韓女史は独生女論、神の独り娘論を固く信じているんだね。私は生まれながらに血統転換されていた。どっかで聞いたことがあるな。あっ聖母マリアだと。お、これはカトリックだ。そこから、先ほどの合性一体化論を重ね合わせると(カトリック的には三位一体論といった方がいいかも)、イエスは神だ。おお、おお、なんか繋がってくるような気がする。ひょっとして、「神様の夫人グループ」って、カトリックの解釈から抜け出ていない、つまり原理講論でいう三位一体論ではない、カトリック流の三位一体論に重きを置いているのではないかと。

統一原理とは全く違う要素が、ここに入ってきてしまっている。カトリックの考え方が、入ってしまっているのだ。

ということは、ここからは私の推測だが「神様の夫人グループ」は、カトリック系(の回し者?)もしくは、カトリックのものの考え方が抜けない、半端者の教会員?ミリンゴさんを心酔させられたカトリックが送りオオカミを放ったか?

推測はそこまでにして、韓女史の信奉する三位一体論は、統一原理の主張する三位一体論とは、全く違うものだということがわかる。「神様の夫人グループ」の進めるプロジェクトは、統一原理を、全く別物にしてしまうプロジェクトだったんだね。そして、それに追従する日本教団御用教学部グループ。私でさえも理解できる矛盾点を、彼らは見抜けないのだ。私、ただ借り物の原理講論を読んでいるに過ぎない“アマチュア”。彼らは統一原理を研究することで禄を食んでいる“プロ”。“アマチュア”が“プロ”に勝てる分野が、ここにもあったとは。「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)の本部教学部の人たち、あんたたちは給料もらう資格がない。給料がほしいんなら、“アマチュア”に勝ってからだな。それまでは、土木現場か、街角の警備員化、そこで生活費を稼ぎ、空いた時間に研究を進めなさい。プロになったばかりのボクサーだって、そうやってプロの道を究めているんだよ。会員の方々の献金の一部で、全く力不足の教学部職員を雇っているというのは、コスパが低すぎる。リストラして、教学部職員は、勤青化しなさい。

>「神と合性一体化し」という表現については、やはり、創造原理における神を第一原因として捉える観点とは不適合と言わねばなりません。
> 第一原因と考え得る存在と、そこから結果として生じた存在が分離したり合成一体化したりするというのもおかしな話で、もともと存在としては切っても切り離せない関係であるわけですし、質的なものを考えれば、無限の原因的存在と有限の結果的存在が「合性一体化」したり、しなかったりする同次元の関係になるはずなどないのです。

だから「創造目的を中心として」ということがまず大前提としてあるわけだから、それを抜きにして「神様の夫人グループ」みたいな理論づくりをやっていると、実はそれは統一原理とは全くかけ離れたものになるわけだ。

> 原理講論を書かれた劉孝元氏の考えとしては、神を人格神とし、その人格的内容と類似するということを言いたかったのだと思いますが、そうであれば「神と合性一体化」などと書かずに、「神の本性相がより多く反映」とか「神のロゴスが正しく結実」と原理的に、正確に書いて欲しかったのです。
> ただ、原理講論には宗教的なテーマについて非常に論理的に捉えている部分と、突然‘神’を擬人化して古い宗教の観点に逆戻りしてしまう部分が共にあり、全体として間違った結論を導く原因にもなっています。
> 劉孝元氏は日本統治下の京城帝国大学で医学を学んだ方であり、馬鹿ではないので、原理講論には論理として一貫性がないことを自覚できないはずはなかったと思います。
> 何故、部分々がつながらない宗教論を書いてしまったのか、その理由は大きな疑問として残ることになります。

神々の黄昏さん、総序の一番最後の部分読んだ?彼は殊勝にも、これは弟子が書いたものだ、あとでどんどん真理が発表されることを望むと書いてあるよ。彼がなぜこの本を書いたのかということを責めるより、なぜこの後、より完璧な形にしたものが出ないのかということを責めたほうがいいと思う。

友が言うには、統一教会の歴代の会長さんの苦悩を見ても、どこにいても文氏から急かされるらしい。劉大行総会長という人が、一時一心病院に入院していたというが、本当に病気だったかどうか?大物政治家がマスコミにつつかれそうになった時に大病院に急に入院することが多いが、友はそのことを想起したそうだ。あまりにも督促されるから、最後の逃げ場は、病院しかなかったんじゃないかと。

劉孝元さんも、相当急かされたのじゃないかな?で、とりあえずということで、原理原本や原理解説よりは出来栄えがいいし、とりあえずこれにしますかと、出版したのではないかな?ところが、そのあと続くものがいない。お医者さんの李相憲さんも、結局はより良いものを作れないままに他界されてしまった。

日本国憲法と同じさ。GHQ担当者は、またすぐに改正されるさ、とりあえず平和憲法を作っておこうと。ところが、それがずっと改憲されずに残ってしまった。そんなものさ。

取り合えず、急かされ続けて作り上げた劉孝元さんは、いい仕事したと思うよ。いろんなところで不備はあったとしても、あれだけのものを一人で作ったとなると、相当の力仕事をやったと思う。問題は、後の人が続かなかったということだ。

シャーマニズムの神か?

>韓鶴子氏が創造原理で定義されているような第一原因の神を指して「神」と言っているのではなく、朝鮮シャーマニズムの世界観に立って「神」について語り、自分は「神様ご自身」であると言っているのであれば、それは独自のシャーマニズム信仰の中では正当化されるのかもしれません。

神々の黄昏さんの上記のコメントに共感します。韓鶴子総裁が「神」または「神と一体」であるとしたら、創造主である神ではなく、シャーマニズム的な霊的存在、日本で言う八百万の神のうちの一体のようなものでしょう。

問題はご本人が、韓国ではキリスト教、とくにプロテスタントで創造主を指す「ハナニム」という言葉を使っていることで、つまり実際はシャーマニズムの神が憑依しているのにそれがキリスト教の創造主だと思い込んでいることではないでしょうか。(ハナニムという用語は、シャーマニズムでも最近は使われているかもしれませんが、もともとはキリスト教新教のことばです.土着系は普通「ハヌニム」という言葉を使いますね。。。)

別の見方をするなら、私たちシックは宇宙の創造主から啓示を受けた人とその夫人のもとに集って、創造主の「摂理」に参画しているつもりだったのが、いつのまにかその神は韓国のシャーマニズムの一神にすり替わっていた(あるいは元々そうだっただけか)、という悲劇でもあります。

そうか、シャーマニズムでいう「神」かぁ

千尋さん

>神々の黄昏さんの上記のコメントに共感します。韓鶴子総裁が「神」または「神と一体」であるとしたら、創造主である神ではなく、シャーマニズム的な霊的存在、日本で言う八百万の神のうちの一体のようなものでしょう。

 そうか、シャーマニズムでいう「神」かぁ。それなら、納得です。韓国だけでも、「私は神と一体となった」と公言するシャーマンはたくさんいるでしょう。
 そのうちの1人が韓鶴子さん。
 

 神様の夫人グループは、このことをどのように理論化するでしょうかね。

神は人によって個別的に現れる?

もうそろそろ、世界平和統一家庭連合も解体されるべき時に来ているかもしれない。が、私は解体されるべきは家庭連合だけでなく、宗教そのものが解体されるべきだと思っている。

というのは、神というものがあるならば、私はその人その人の個性や環境に応じ、個別的に現れると思っているのだ。イエスに現れた神、文氏に現れた神、韓女史に現れた神、というだけでなく、マホメットに現れたアラーの神、ブッダに現れた仏、日本の八百万の神、何の神でもよいが、感じた人の個性に従って把握された神だ。いや、神でなくてもいいのだ。宇宙の根源的なエネルギーでもいいし、ブッダが法というなら、法でもよい。良心家が良心というなら、その良心の最も根源にあるもの。無神論者ならなんだろう。労働を規定する基本的な単位?なんでもよい。一番基本となるもの、根源的なものをある人は神ととらえ、ある人は仏法ととらえ、ある人は宇宙に遍満するエネルギーととらえ…ということだと思う。

文氏には、朝鮮半島に生息する朝鮮人たちの歴史観、救済を求める気持ちに働きかけて現れたシャーマニズム的な神か?韓女史には、文氏が子供を産ませた女性たちをも愛さなければならない哀しい運命を背負った韓女史に現れた神。日本人には何?もともと日本人という十把一からげにくくること自体がおかしく、一人一人に現れた神ということではないか。また神という言葉を使うとそれだけで規定されてしまうので、本当は共通に定義できない存在。一人一人の神、良心、エネルギー、仏法…なのだと思う。私はそんなものどうでもいいから、私自身が感じた良心的なものが私の神だ。それでいい。

一番問題なのは、自分が感じた神を、人も同じように感じると勘違いすることだ。その逆バージョンもあって、人が感じた神は同じように自分も感じなければならないと思い込むことは大きな間違いである。人それぞれ、環境も違い個性も違い、したがって感性も違う。それが全く同じ神を認識できるものか。

では、宗教というものがすべからく解体されるべきものか、ということになると、そうでもないのではないかと思う。冒頭に、すべての宗教は解体されるべきと書きながら、ここで解体されなくてもよいと書くのは、矛盾している。確かに矛盾しているかもしれないが、神なり、良心なりを感じるために、初期的な訓練をするものとしての宗教や道徳や、そういうものは、有った方が、とっかかりやすいと思う。イチローが、独特のバッティング勘をもているといっても、最初はだれかに、バットはこう握って、ボックスに入ったらこう構えて、くらいのことは教わっただろう。で、ある程度の段階を経たのち、そこから自由になるべきだ。あるいは、自分で独自の道を模索すべきだ。だから、宗教はあってもいいが、ある時点から、自分でくびきを解くべきだ。

やはり、イエスにはイエスなりの神が表れ、文氏には文氏の神が表れ、韓女史には韓女史の神が表れる。私には私の神が表れる。私の場合は、良心とかそのたぐいのものだが。

ではてんでバラバラじゃないかと思うかもしれないが、そうではない。もともとは一つなのだ。いや、一つとも言えるし多ともいえる。多と言ったら、いや一つとも言える。そういう神、良心、仏法、宇宙のエネルギーである。だからこそ、旧約聖書はただ、「私はある」とだけ表現したのではないか。定義できない、無規定性の神なのだ。「私はあるという方」がこう言っておられると。アブラハム、イサク、ヤコブの神と表現しているのは、三代による勝利ということもあるだろうが、アブラハムにも現れ、イサクにも現れ、ヤコブにも現れた神は一つといいたいのではないか。

文氏に現れた神の願いは、いまだ果たされずにいるかもしれないが、文氏に託された神の願いだ。韓女史に現れた神の願いは韓女史が果たすべきだ。私の感じる良心の願いは、私が果たす。そしてそれらの中の根源的なものは一つなので、世界平和はやがて根源的なものが一つの方向に導いてくれるだろう。

私は、これからは、一人一人、一つ一つがしっかりした独立した主体でありながら、有機的に絡み合う、そういう組織が現れなければならないと思う。組織といっていいかどうかわからない。個体が自由にふるまいながら、なんとなく調和がとれているような組織。組織であって組織でない、逆に組織でないのに何となく組織的な動きをする、そういう状態になっていかなければならないと思う。

そういうわけで、文氏に現れ、韓女史に現れた神は、朝鮮人の歴史、国民性に合わせて現れたシャーマニズム的な神なんだと思う。それはそれでいい。知り合いに現れた神は、日本人の歴史、日本人の国民性、彼個人の育った環境に合わせて現れた彼の神なのだ。私の良心は私の個性に応じて私を導いてくれる良心なのだ。そしてそれらは根源的には一つなので、心を無にして自分の本心や良心に尋ねれば、必ず世界平和に導いてくれるであろう。世界統一ということがあるとすれば、それはどこかの誰かの考えのもとに一つになるということではなく、多様性の有機的な連関としての統一ということになるのだと思う。

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「ハヌニム」と「ハナニム」

千尋さん、
>(ハナニムという用語は、シャーマニズムでも最近は使われているかもしれませんが、もともとはキリスト教新教のことばです.土着系は普通「ハヌニム」という言葉を使いますね。。。)

このことは知りませんでした。統一関係者なら用語「ハナニム」を知らない人はいないでしょうが、「ハヌニム」という用語もあるのですね。驚きです。
検索してみると、たしかに・・・下のように、興味深い結果が得られました:
(引用はじめ)
『韓国の伝統的な神の名前はハヌニム(「ハヌル(天)」と「ニム(敬称)」)と表現しますが、韓国のプロテスタントのキリスト者は神様のことを「ハナニム」の表現を使う』
『サッカー国家代表試合前、(韓国)国歌を歌う時にクリスチャン歌手が歌詞の中にある”ハヌニム”を”ハナニム”と歌って、大きな話題になったこともありました。(現在、韓国のキリスト教人口は約30%程度ですが、仏教関係者や無神論の人も多く、この表現にはとても敏感です)』(引用ここまで)
ttp://www.ncm2.com/%E5%B9%B2%E3%81%B0%E3%81%A4%E3%81%AE%E7%B5%82%E6%81%AF%E3%82%92%E3%83%8F%E3%83%8A%E3%83%8B%E3%83%A0%EF%BC%88%E5%94%AF%E4%B8%80%E3%81%AE%E7%A5%9E%E6%A7%98%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%A5%88%E3%82%8A%E3%81%BE/
「韓国語で神様ってどう発音しますか?」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1365897048

統一教会で聖歌と同じように時々歌っていた、あの韓国国歌の歌詞にあるのも「ハヌニム」の方だそうですが、私も含めて皆ずっと「ハナニム」だと思い、そう歌っていたと思います。

さて本題ですが、
火の粉ブログ2014/06/11の記事『統一教会の儀式セックスによる血統転換』抄訳 http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-485.html
で、Kirsti L. Nevalainen著の本を抄訳し、その中に以下のように訳した箇所がありました。
『韓国の土着の宗教はシャーマニズムで、その主な特徴は、ハナニム(または天の王)を、数々の自然神のうちで最高の神として信仰することにある。』

読んだ当時も、唯一絶対神だと思っていた「ハナニム」の意味は、シャーマニズムの多神教の神々(の親玉)でしかなかったのか?と違和感を感じはしたものの、私にも分かるハングルが出た!と喜び勇んで調べもせず「ハナニム」と訳してしまい、今原書の当該部分(p52)を確認してみると、“Hanunim”となっていました。これは「ハヌニム」ですね。「ハナニム」なら英語圏では“Hananim”と表示するようなので、やはりこれは「ハヌニム」に間違いないでしょう。つまり誤訳ということに。やっちまったなぁ~

>土着系は普通「ハヌニム」という言葉を使いますね。。。)
それ“早く言ってよー”(完璧な逆ギレ状態・笑)
「ハヌニム」を教えて下さったお礼に、今日本で流行っているおもしろCMを御紹介します。
http://youtu.be/izP-4eeCSj8?list=PL3m-2TcY_cZ4DDiPASupBMjeEbCiq0-RZ
(“早く言ってよー”で検索しました)

発音がまぎらわしいし、どうやら一般には日本でも英語圏でもその二つはあまり区別されていないようではありますが、韓国の宗教の統一教会でもそのようです(実態は「ハヌニム」なのに「ハナニム」と言ったりなど)。
先の記事『統一教会の儀式セックスによる血統転換』抄訳’のコメント欄の最初のコメントに、金永雲著『統一神学』が引用されていて、その中にも混同したような使い方の用語「ハナニム」が出てきます。
(コメント欄からの引用始め)
統一教会の教えと韓国の宗教について
記事中にでてくる金永雲氏の著書『統一神学』に記述があります。
<統一神学>P7~12から引用はじめ
シャーマニズム
韓国の土着宗教は、他のほとんどの原始文化の場合と同じように、シャーマニズムの形態をとっていた。
韓国人たちの原始宗教は、完全になくなってはおらず、今に至っても深く根を下ろしており、韓国の宗教に相当の影響を与えている。
古代韓国人たちは、善悪の数多くの神々を信じていた。しかし、もっと重要なことは、彼らが、創造者であり、かつ、すべての被造物を愛でもって治める一つの最高の霊、すなわちハナニム(神)の存在を信じていたことである。
(コメント欄からの引用ここまで)

金永雲ともあろう人が? 
これを見ると、統一教会は昔から「ハナニム」と「ハヌニム」を混同しがちだったというか、違いを意識、識別しようとしない、どんぶり勘定、または意図的に、ご都合主義で使っていたと思われます。

但し、次のような説もあるらしく、混迷を深めるわけですが。
(引用始め)『柳東植「朝鮮のシャーマニズム」からの引用によると、シャーマニズムはふたつあって一つは巫教と言い、超越的な人格神である唯一の神を信じていた。その神を韓国語ではハンいう。それに人格的な尊称であるニムをつけてハナニムといった。ハンは一つと偉大の意味でありここにキリスト教の神が伝えられたとき、そのハナニムを充当したという。他は巫俗と言い、アニミズム的なシャーマニズムであり、一般的にはこちらの方をいっている。』
http://blogs.yahoo.co.jp/qqpd8su9k/64126094.html
《シャーマニズムは汎神論であるが、全体の霊界を支配する最高神を認める:하나님〔ハナニム〕ただし、最高神の概念は大して発達せず、人事には干渉せず、配下である諸霊に人事を司らせると考える。(柳東植『韓国の宗教とキリスト教』)》
http://www.bbweb-arena.com/users/hajimet/syamankorea.pdf#search=
(引用ここまで)
以上もはっきりしませんが、たとえ文献上、朝鮮シャーマニズムには唯一神(ハナニム)系統のものがあったとしても、実際圧倒的多数はアニミズム的な民俗シャーマニズム(ハヌニム)だろうから、先に引用した『統一神学』の中の文章は、控え目に言っても誤解を招く表現だと思います。

最後に、再び『統一教会の儀式セックスによる血統転換』抄訳’からの引用ですが、
『シャーマニズムの世界観では、神は超越ではなく内在していて、神々や女神や精霊たちが霊媒であるシャーマンを通してしゃべり、シャーマンの体の中に安定して住みつく。これはシャーマンと神との霊的な結婚であり、ネリム クッ(神降しの儀式)と呼ばれる。
結婚したシャーマンと霊との性行為は大体は夢や白昼夢の中でなされ、エクスタシーの体験が伴なう。シャーマンは神と結婚し性関係をもっているので、シャーマン自身も神のような神聖な状態に転換されたと見なされる。 』

確かにこういう世界観なら、そのシャーマンは「神と一体化」していて「神御自身」でもあると言えるでしょう。
呉教授の韓鶴子神格化理論は、神々の黄昏さんや千尋さんがご指摘のように、まさしく朝鮮シャーマニズムだといえるのではないでしょうか。

暗在さんありがとうございます

暗在さん、

私の小さな指摘に大きく反応してくださり、ありがとうございます。確かに、もともと朝鮮半島ではシャーマンを始めとした人たちがハヌニム(하느님)を奉じていたので、キリスト教がハナニムを教えやすかったとかいう歴史もあるようですが、一方ではキリスト教のハナニムと国歌で歌う民族主義のハヌニムは現在もはっきり区別されているようです。韓国のキリスト教はシャーマニズムの要素をかなり融合しているようですが、それでも民族神のようなハヌニムとは一線を引いているということです。

なのに、UCの神学者だった金永雲先生は、ハナニムとハヌニムを区別せず扱っていたんですね。UCはキリスト教を融合した民族シャーマニズムなので、区別がない、いうことかもしれませんね。あ、そういえば韓夫人は文先生亡き後、「神」を天の父(ハナニムアボジ 하나님 아버지)ではなく、天の父母(ハヌルプモニム 하늘 부모님)と呼べ、とシックに命じました。ハナニムからハヌニムに移行したとも言えます。ハナニムアボジはキリスト教でもよく使う表現ですが、ハヌルプモニムは決定的に違います。韓国語で書き出して初めて気がつきました。

Re:「ハヌニム」と「ハナニム」

 ハヌニムという朝鮮シャーマニズム用語について書かれた千尋さんのコメントをさらに詳しく追究された暗在さんのコメントは大変興味深く、統一教会の奇妙な神学の謎について考えた時、それを解明する最大の鍵がそこにあると思います。
 ハヌニムの概念は文先生が語る‘神’の概念とほとんど重なり、多神教の中の最高位の‘神’=ハヌニムを文先生が‘神’と捉えていたと考えれば、今までのほとんどの疑問が解決されます。
 私が今まで文先生に関して指摘した問題は 宇宙の第一原因であり、無形の神を極度に擬人化したり、統一思想の定義とは異なる‘神の心情’などを語っていたことなどであり、さらに創造原理と矛盾する非科学的な教義を生み出していることについても批判的なコメントを書いてきましたが、神を極度に擬人化したのではなく、霊的な体を持つ神=ハヌニムを信仰していたと考えれば、確かに辻褄が合うことになります。
 例えば、夜の神様、昼の神様について語った話や、文先生が原理を解き明かした時に、最初はそれを神が否定されたなどという話は ‘神’を第一原因で無形の存在であると定義した創造原理と相容れない内容であり、そのような話はどのように考えても原理講論と矛盾しているのです。
 しかし、その話を冗談ではなく、文先生は信者の前で公に語っていたわけですから、私は正直、信者を馬鹿にしてデタラメを語っていたか、まだらボケになっていたかだと思っていました。
 ただ、そう考えると、別の矛盾も生じてくるので断定はできず、なかなかその心理を理解できませんでした。

 今、劉孝元氏が執筆した原理講論の先入観を捨て去って、文先生の残した基本的な‘御言葉’を考察すると、やはりその信仰は朝鮮シャーニズムの系統にあるのであり、そのように考えて間違いありません。
 特にその天の父として語られた‘神様’は創造原理で定義された‘神’ではなく、明らかに霊的な体を持った朝鮮シャーマニズムの‘神’=ハヌニムだったのです。

 霊界については、霊能者とされる人達でさえ言うことがまちまちであり、その実相については確かな事は言えません。
 ただ、原理講論の説明はかなり論理的であり、一つの参考にはなると思います。
 それを基に考えると、文先生が信じた‘神’=ハヌニムは朝鮮民族のシャーマンに働く様々な‘神々’=霊人体あるいは霊的存在、の上位にあってより強い力を持つと想定される霊的存在あるいは霊人体の集合体のような存在とも考えられます。
 そのような強い力を持った霊人体や霊人体の集合体が果たして存在するかどうかは何とも言えませんが、可能性として否定できません。
 ただ、朝鮮シャーマニズムの‘神’が世界を驚かすような奇蹟を行ったなどと聞いたことはないし、働きがあったとしても「エクスタシーの体験」ぐらいでしょうから、人類の理想実現などとは無関係のようです。

 霊界について原理講論には、あくまで地上世界の人間の活動が影響を与えると書いてあり、地上世界の善なる行動などが霊界の霊人体に力を与えるとされています。
 したがって、たとえ霊的な体を持った‘神’=ハヌニムが存在したとしても、人間が依存することはできない‘神’であることになります。
 様々な人の霊体験を聞いた中では、守護霊といった存在があるとも聞きますが、それが事実とすれば、文先生に働いた‘神’は朝鮮民族霊界の一種の守護霊かもしれません。
 文先生は結局のところ、シャーマンが感知するような霊的存在を神格化し、神学的に拡大解釈して‘神’と呼んだことになります。
 このような根拠のない霊的世界のことを考え始めると妄想の世界に入ってしまうことになり、全く無意味ですし これ以上書くこともできませんが、霊の世界については やはり原理講論に書いてあるとおり、地上の人間世界が原因となって形成された結果的世界と考えたほうが間違いないようです。
 
 

原理の捻じ曲げ

昔、16万訪韓セミナーに何度か参加した際お父様から直接聞いたみ言は、衝撃でした。原理講論の内容におけるアダム・エバの位置関係というより、エバが未完成のアダムを産み変えるというような内容だったからです。結果として主人よりも女性が主体にならなければなり、海外宣教に行く事になりました。主体者も当時若く信仰的だったので、講義の内容を理解し、宣教を応援してくれました。ここで言いたいのは、原理講義の威力についてです。原理を捻じ曲げることは天理を捻じ曲げることですし、立派な重犯罪だということです。「原理原則に則って生活するように」とよく言われますが、その根拠は原理講論じゃないんでしょうか。創造原理・堕落論・・・復帰原理・・・再臨論。この一貫した天理の極意をここから知ることによって蕩減生活・祝福・重生・・・人格・理想家庭完成がなせると今まで信じていました。ですから、この原則を少しでも捻じ曲げることは大罪ではないでしょうか。お母様は、原理講論を聖典から外されたということは、この原理を書き換えることを前提としているとしか思えません。このことにより必然的に信仰基台・実体基台・・メシアの為の基台造成方法が変わるのでは?お父様の再臨主である原理的根拠と復帰摂理の天理の秘密を記した原理講義なしに、人を救うことができないと思うのです。聖典中の聖典だと思っていたこの講論を捻じ曲げようとする教会の前途は真っ暗じゃないでしょうか。頭もあまり良くなくもともと美人でもなく、今じゃ若くない私の意見ですが、的をついてませんか?

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