井口康雄は天宙ウルトラ・カルト脳!
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神山VS教団(5)
井口康雄氏は部長職にあるとはいえ、また断食40日を10回もやった食口として有名であっても、教団にさほど影響力がある人物ではない。それゆえ、彼のことは前回で根りっきり・歯っきり・これっきりにしようと思っていたのだが、どうにも看過できないことがある。
神山威元会長の久留米会場での講演が終わるのを、会場のすぐそばでじ~っと待っている井口氏。まるで岩陰に潜む山椒魚みたいだった。クスッ
郭グループを代弁しているんだってぇ!?
火の粉ブログの記事「拉致監禁を誘引した松濤本部部長・井口康雄に苦言を呈す!」(近く全文削除)の、いくつかの記述について削除を求める最初の手紙(通知書)を受け取ったのは、今年の1月のことだった。
その末尾に「なお、貴殿の上記ブログ記事は、いわゆる『郭グループ』の主張をそのまま代弁しているものが大半」と書かれていた。
そこで、返信に「その具体的根拠を示してください」と、問いただした。
3月22日回答書では次のように書かれていた。
なお、貴殿のブログ「火の粉を払え」が、いわゆる「郭グループ」の主張をそのまま代弁しているものが大半である「具体的根拠」ですが、まず同ブログ記事は、文鮮明師・韓鶴子総裁ご夫妻と統一教会の組織・責任者に対して、一貫して批判的であるのが特徴です。さらに、ここ最近の批判的記事の多くが、いわゆる「郭グループ」及びその支持者を情報源とし、彼らの主張に類似していると考えます。
例えば、郭グループと共同歩調をとっている神山威氏を擁護するような立場で、同氏の主張を積極的に取り上げています。
一方、貴殿は、昨年9月に神山氏が、郭氏の幹部らに伴われて東京、名古屋、久留米の3ヶ所で講演会をした折に、久留米の講演会に島根より駆けつけて参加しました。その折に神山氏、清野清氏、吉田俊一郎、東森氏、本山氏ら郭グループの大幹部だらけの食事会に、招待を受け参加したと聞いています。これらの事実だけでも貴殿が郭グループと特別な関係を持っていると言えないでしょうか?
久留米会場で講演する神山威氏
「だいじょうぶですか、井口さん」
これに対し、私は4月27日付の手紙で、疑問と反論を投げかけた。
(引用はじめ)
このやりとりは公的なものであることもご了承くださいませ。当然、諒解していると思いますが、念のため。
最初は、私に対する認識の問題であります。
回答書の6頁(最後の頁)の3行目から7行目の「なお、貴殿のブログ「火の粉を払え」が~~同氏の主張を積極的に取り上げています」の記述です。
意味不明で、理解できませんでした。
その1・「郭グループ」とは何のことでしょうか。
郭とは元文鮮明氏の最側近にして、文氏3男の顯進氏の義父だとは承知していますが、会ったこともなければ、彼の文章を読んだこともありません。
まず、郭グループとは何を指しているのか説明してください。説明がなければ、具体的な話に進めません。必ず、回答してください。
仮に、「郭グループ」とはUCIの最高責任者である文顯進氏と彼を支持するグループだとして、疑問点を述べることにします。
前回(1月26日付)の手紙で、次のことをお願いしました。
<『郭グループ』の主張をそのまま代弁しているものが大半」と書かれていますが、具体的根拠を示してください>
これに対して、回答書にはこう書かれています。
「(火の粉ブログは)文鮮明師・韓鶴子総裁ご夫婦と統一教会の組織・責任者に対して、一貫して批判的であるのが特徴です。さらに、ここ最近の批判的記事の多くが、いわゆる『郭グループ』及びその支持者を情報源とし、彼らの主張に類似していると考えます。
例えば、郭グループと共同歩調をとっている神山威氏を擁護するような立場で、同氏の主張を積極的に取り上げています」
あなたは早稲田教育学部史学科を卒業し、教団では歴史編纂に携わっています。事実(資料)に謙虚でなければならないはずなのに、私のブログの記事を一切、具体的に指し示していません。
出典を明示した上で、それに基づき、火の粉ブログの記事と顯進氏グループの主張との類似性を説明してください。
そもそも、私が登録しているブログ村のブログで統一教会に批判的な人たちは「文鮮明師・韓鶴子総裁ご夫婦と統一教会の組織・責任者に対して、一貫して批判的であるのが特徴です」。とするなら、いずれのブロガーも顯進氏グループに近しい人たちということになりますが、そのように考えているのですか。
私は、文鮮明氏と韓鶴子氏は「一体ではない」といった記事をいくつか書いています。この点では神山氏の主張と重なるところがあります。
しかしながら、神山氏の主張(久留米会場での講演及び神山氏と教団とのやりとり-しか知らず)よりも、私のほうがより具体的でより事実に基づいたものです。
ブログのカテゴリー「始まった鶴の絶対化路線」(記事は3本)、「文家の恋愛結婚とお母様」(10本)を読んでください。
主張の類似性という点では、文亨進氏の主張(「説教」)のほうではないでしょうか。
それゆえ、あなたが「文亨進グループの主張を積極的に取り上げている」と指摘するなら、間違っているとしても、奇想天外な指摘とまでは言えないでしょう。なぜなら、私は文亨進氏の説教をそのまま火の粉ブログに転載しているからです。
しかし、顯進氏の言葉など一度もブログに載せたことはありません。そもそも彼の言葉は「パシセラのブログ」で引用されたものでしか知ることができません。(パシセラ氏はUCIの職員)
私は、ブログで書いている通り、パシセラ氏に批判的ですよ。
そもそも、本部の日本人幹部で私のことを、あなた以外に「郭グループと特別な関係をもっている」と見なしている人は誰もいないはずです。いるのなら、名前を教えてください。
目の前の事実を直視することなく、曲解して、あるいはありもしないことをそうだと決めつける。空は晴れているのに、曇っているという。
こうした思考のあり方を、私は比喩的に「脳の周りが分厚いビニールで覆われている」と揶揄しているのです。
(引用終わり)
<補足説明>本部で、私が「郭グループと特別な関係をもっている」と見なしている人は、井口氏以外に復興局長の安ヨンソプ氏、法務局長の岡村信男氏(後日記事にする)がいることを失念していた。
それにしても、井口氏の思考がきわめて単純で幼稚であることが理解できるだろう。つい大丈夫ですか、と言いたくなってしまう。統一教会の末端職員ならいざしれず、教会員歴40年!の部長というのだから、心底驚くばかりだ。
有田と井口との共通項
(再び引用はじめ)
回答書の5頁の11行目からの「一方貴殿は、昨年9月に神山氏が~~貴殿が郭グループと特別な関係を持っていると言えないでしょうか? 」の記述についてです。
これについてお伺いします。
(1)ある特定の人と食事をするのは日常的なことです。
そうだからといって、私がその人たちと特別な関係を持っていると言えるのでしょうか?
(2)私は、徳野さんとも食事を共にしたことがあります。元総務局長や元広報局長とも、そればかりか現広報局長とも食事を共にしたことがあります。
井口さんの論法をお借りすれば、「(米本は)統一教会グループと特別な関係を持っている」ということになります。いかがでしょうか?
(3)私は、山口広弁護士と酒席を共にしたことがあります。現国会議員の有田芳生氏とも一回だけでしたが、そうでした。
井口さんの論法によれば、私は拉致監禁肯定グループと特別な関係を持っているということなります。そのように思われるのでしょうか?
(4)宗教ジャーリストの室生忠さんは、横浜地裁での「今利裁判」を傍聴したあと、今利さん側のタクシーに同乗させてもらったようです。
そのことをもってして、浅見定雄さんは「室生なる自称ジャーナリストは統一教会側のライター」とある小冊子に書きました。
この稚拙というか幼稚というか、敵か見方か・白か黒かというウルトラ二分法的思考(カルト脳)と、井口さんの論法はまるで同じように見えますが、どう思われますか?
明確なご答弁をお願いします。
(引用終わり)
<補足説明>一緒に食事をすれば特別な関係だとみなし、邪推する。下衆の勘ぐりである。
国会議員の有田芳生氏は、私が拉致監禁を批判すると、統一教会の御用ライターだという。
井口氏と有田氏は同類であり、そして2人ともウルトラカルト脳である。
スパイを放つ
(三たび引用はじめ)
私が神山さんらと久留米会場の建物の一階にあったインド料理店でカリーとナンを食べたことは事実です。
それが何か問題なのか-ということは前述した通りです。
問題なのは、それを鬼の首を取ったかのように、あなたがそのことを回答書で書いてくることです。
どうでもいいことですが、カルト脳ゆえ妄想していらっしゃるようなので、事実経過を書いておきますね。
イ)講演会の当日午前中に、福岡市内で神山さんに記者として取材した。
(私はシックではないし、教会シンパでも神山シンパでもない。価値中立的であろうとする「記者」である。そのことをきちんと認識していただきたいですね)
ロ)取材が終わり、神山さんがこれから久留米会場に向かうというので、車に便乗させてもらった。
ハ)玄関口で、タスキかけの井口氏を見かけたので、井口氏と会話し、写真を撮った。
ニ)その後、受付の人に「神山さんはどこ?」と聞くと、一階のレストランだという。
ホ)顔を出すと、「あなたもここで昼食をしたらどうか」と言われたので、食事を共にした。
(こういうのを、ふつうの日本語では「招待を受けた」とは表現しないものです)
ヘ)テーブル席には神山さん以外にも数名の方がいた。
以上が実にどうでもいい事実経過です。
私が疑問なのは、私と食事を共にしたのが「清野清氏、吉田俊一郎、東森氏、本山氏」とあなたが特定していることです。
清野さんは午前中の取材で一緒だったので面識がありますが、数名の方の名前が吉田、東森、本山の各氏だったことはあなたの回答書で初めて知りました。
あなたは「40日リレー断食」のタスキをかけて正面玄関で来場者を見張っていらっしゃいました。インド料理店に顔を見せたことはありませんでした。
それなのに、どうして、テーブル席にいた人の名前をご存知なのでしょうか?
実に奇怪です。教えてください。
あのときのことを振り返ると、こういうことだったのではないかと思うようになっています。
インド料理店で食事をしたとき、私の隣に目が細くかつ目つきよろしくない方がいました。
食事をしながら、
「教会の入り口には神山講演会に参加するなという公文が貼られていたけど、俺はそれを無視して神山先生の講演が聞きたくてやってきた」
と話し、そして清平の悪口をみんなに大声でしゃべっていました。
私は関心を抱きましたが、他の人は不思議なほどに無関心でした。
この人は会場で私の隣に座っていましたが、演者の神山さんに一度も目を向けることなく、終始携帯電話をいじっていました。
とても違和感を覚えました。
休憩時間のときに講演の主催者なのかなんたる受付担当なのかは知りませんが、「あの人は偵察にきているスパイみたいな人だ」と忠告を受けました。
あなたからの回答書を受け取ってから、このことを急に思い出し、参加者に誰だったのか調べてもらいました。
熊本教会で対策をやっている中山氏(6500双)だそうです。
あなたは、私が神山さんたちと食事をしたこと、そしてそのとき一緒に食事をした人たちの名前を、この人物から聞いたのではありませんか?
(略)
包み隠さず、話してください。
(引用終わり)
俺は何でも知っている
この4月27日付の手紙に対する回答は一切なし。あたりまえだ。回答なんかできっこない。そして、7月22日付の通知書でいきなり記事の全文削除要求だ。
それにしても、読者も首をひねると思うが、なぜスパイのことが暴露されるようなこと(神山氏、清野清氏、吉田俊一郎、東森氏、本山氏ら郭グループの大幹部だらけの食事会に、招待を受け参加したと聞いています)を書いてきたのだろうか。
井口氏を知る人はこう分析する。
「俺は何でも知っているんだぜと誇示したかったからでしょう。やわらかな脅しトークを使えば、相手は沈黙すると思っている」
この話を聞いて、削除した記事でこう書いたことを思いだした。
「井口がある元局長にこう語ったそうだ。
『私は、統一教会の表だけではなく裏の歴史も研究していますから、教会の動きは何でも知っている』
その元局長曰く。
『幹部のいろんな情報を入手しては、自分の利得にしているのではないか。断食とすごむことくらいしか能がないのに、本部部長を10年以上続けている理由は、他に思いつかないなあ』」
私に対しても同じである。スパイ中山氏から神山氏らと一緒に食事をしたと聞いて、「お前の動きは何でも知っている」とばかりにそのことを回答書で書いてきた。
残念ながら、豈はからんかな、私にそんな脅しは通用しない。なぜなら郭グループと特別な関係をもっているといった事実は一切ないからだ。
結句(けっく)、脅しより真実強し-なのである。
-火の粉ブログの方針-
1973年、産経新聞が意見公告で日本共産党を批判をした。これに対して、共産党は反論権を主張し、「同一スペースの反論文の無料掲載」を求める裁判を起こした。判決は共産党の訴えを退けたが、その正否には法律家を含めた知識人の間で喧々諤々の議論になった。 私の当時の考えは「反論権」を認めるべきというもので、それは今でも変わらない。
【参照記事】「サンケイ新聞事件とは」
今回の井口氏の記事削除要求のことで思考を巡らしているとき、40年以上も前の反論権裁判のことが蘇った。
そこで、火の粉ブログの方針を決めた。
火の粉の記事で批判された個人・組織に異論がある場合には、コメント欄ではなく本欄に「同一スペースの反論文の無料掲載」を行なう、と。
法的手段に訴える前に、まず反論文を送ってもらいたい。
反論の場が与えられているのにもかかわらず、反論することなく、記事の削除要求したり法的手段に訴えるというのは民主主義のルールに反する。
共産党は記事の取り消し要求をしたのではなく、あくまで反論の場を与えよと主張した。道理ある主張だと思う。
◆井口さん、反論があればどうぞ!同一スペースを提供します。
(その1)
ハンドルネーム「かんちゃん」の投稿記事である。
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-620.html#comment12207
<土下座トークや障がい者トークなどは 井口君が考えたのではなく、原研のメンバーが実績追求をされるので苦肉の策で考えだした方法です。実績が出たのでなぜ出たのかと言う話になって「実はこういうトークをしました」ということが解り太田・井口が追認したのです。井口君は珍味行など殆どした事がないのにトークなど生み出せる訳がありません。詐欺トークを追認した犯罪者です。井口君は人の弱みに付け込む悪知恵だけはあります。彼の逸話は40日間パンツを替えない条件をしていたらパンツが溶けたと言う話がもっとも有名です。マグロの養殖話も会社が倒産寸前になって社長をやる人がいなかったので、井口君を社長にしただけです。帳簿もよめない金銭感覚ゼロ人間ですから単なる飾りでした>
(その2)
ハンドルネーム「よう」さんの具体的な証言である。
「ようのブログ」 http://ameblo.jp/yoji1970/entry-12058187935.html
<「障害者トーク、苦学生トーク、土下座は、私の発案ではない」(3月26日井口回答)
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-620.html
井口康雄はうそつきだ。
障害者トークは、井口康雄の発案で、井口は、最大の指導者であった。
1980年のことである。
高田馬場の原研会館に信者が400人くらい集まっていた。
万物復帰の都原研の結団式である。
全国の総団長は、井口康雄、任命したのは、太田洪量
トークの内容は、重度の身体障害者に電動式車いすを買ってあげるというもの。
井口は、重度の身体障害者の恰好を演じて、400人に練習させた。
ぼくもいやいやながら、やっていたら、井口に「こら、○○君、もっと真剣にやれ」と怒られたものだ。>
(記事引用ここまで)
注:詐欺トークの発案に関しては、「かんちゃん」の言うように「井口は追認」と見た方が理に適うが、(その2)は井口がそれを原研メンバーに指示してやらせたという証言である。井口氏に関する件の記事は明日非開示にする予定だが、その後書きなおして再アップすることも考えている。
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お知らせ
よって、質問、要望などがあっても、すぐに応えることができません。悪しからずです。
反論出来ませんね
先の記事と合わせて読むと当時の情景が思う出されました
井口殿
断食はギネス申請をお勧めします
反論出来ませんね 井口殿
先の記事と合わせて読むと当時の情景が思う出されました
井口殿
断食はギネス申請をお勧めします
カッコ悪すぎ!
断食のことは有名なので噂には聞いていましたが。
でも、○○丸出しって感じですね。
いったいあのタスキってなんなんでしょう。
何かメリットあるのかな?
イエス様だって断食するときは、
疲れた顔をせず、
油を顔に塗って、
断食していることがわからないようにしなさいって
言っているのに。
こんな人たちが、
素直なシック達にそれらしいことを言って、
カッコつけて威張っていたんだって
わかりました。
だって、
この米本さんとのやりとり、
全然理性的じゃないですからね。
がっかりです。
囲み記事を追加しました。
「◆井口さん、反論があればどうぞ!同一スペースを提供します」に、
(その2)「ようのブログ」の記事を追加しました。
お読みください。
大幹部の皆さま
この方々、「郭グループの大幹部」というのが本部の公式見解なわけですね(「大幹部」という単語が何だかなあ、、と思いますが)。井口さんが本部の部長な以上、そうなのでしょうね。先輩家庭の皆さまとお見受けしますが、こんな形でお名前が世界に大公開されるとは。
お知らせ
年記念式典
→聖歌隊募集中
2)先輩家庭の集い」で語られた文善進様のメッセージ2015.10.1 京王プラザ
⇒ http://www.upf.cc/~mnet/Truechildren/songjim.html
3)「救済の恩恵の原理」徳野会長の説教2015.7.5
http://www.upf.cc/~mnet/Tokuno/tokuno150705.html
以上、単なるコピペです。
役に立つことは何もないかもしれませんが。
怒りが収まらない
以前から知っている話ですが、今更ながら怒りがこみ上げてきます。
障害者トーク、1980年代といえば、私は高校生でボランティアをしていた頃、理解ない大人から冷たく見られることもあった。それを行動で示すんだと高校生たちは頑張っていたんだ。その原因が原研で統一教会だった? 一体、どちらが蕩減条件立ててるんだよ。井口さん、答えてくれ。さっさと滅びたほうがいいよ。この団体!!
井口さん太田さん古田さん!結局文鮮明教祖の従順な僕でしょう?
神様すら日本を神側のエバ国家にする事を極度に嫌がられたが、再臨主文鮮明教祖が神様の復帰摂理の為に怨讐を許して神様に頼みに頼んでお願いして日本をやっと神側のエバ国家にしてあげた!笑!
再臨主の文鮮明教祖も”君達日本人とまさか神様のミムネを一緒にやるとは思わなかった!”との事。その様に文鮮明教祖から言われたのが、我等日本民族日本国家です。笑笑笑!涙涙涙!
怨讐を愛せ!と言いながら怨讐を愛しているとも思えない文鮮明教祖や統一教会朝鮮人にとっては、日本国で日本人に対して法律を犯して詐欺しても泥棒しても強盗しても日本人の心を傷つけても、日本人からお金を奪う事は善で民族的蕩減復帰の立場から日本人と日本国の救いの為だ!という位の短絡的な考え方しかなかったのではないでしょうか?
古田氏や井口氏は同じ統一教会日本人として”ふざけるな!”という思いは私にはありますが、しかし、結局は文鮮明教祖の誇大妄想に侍るエゴイストでナルシストの僕の僕でしかなかったのではないか?と思っています。
常識力
韓国-父の国とは?
米国ー長子の国ーチョーシ。 巨額の献金を浪費し、同性婚麻薬認可など、チョーシよすぎねぇ。
日本ー母の国ーハハー笑笑笑
善進様メッセージ
② 先輩家庭の集い」で語られた文善進様のメッセージ2014.10.1 京王プラザ
でリンクされた日本語訳メッセージは以前、私が翻訳したものです。
ちなみに私は現在、サンクチュアリ教会に所属しています。
共産党以下としか言えない
反論の場が与えられているのにもかかわらず、反論することなく、記事の削除要求したり法的手段に訴えるというのは民主主義のルールに反する。
共産党は記事の取り消し要求をしたのではなく、あくまで反論の場を与えよと主張した。道理ある主張だと思う。
米本さんの取材を通して井口氏の人間性が良く理解できるようになりました。
その発言といい、行動といい、明らかに‘人格者’という言葉を逆さにしたような印象です。
米本さんのような良識あるジャーナリストが井口氏のような人物や徳野氏のような人物の実像を知り、その社会的立場が宗教者であることを考え合わせれば、宗教そのものに問題意識が芽生えてくるのも致し方ありません。
統一教会では、そのように一般人が統一教会員の悪い実態を知って、統一教会そのものに悪い印象を持つことを「躓く」と言い、特に注意せねばならないことと教えています。
「世の中の人達を躓かせてはならない」とは私が入教してから よく聞かされた言葉です。
そして、世の中の人々が感動するような模範的な人格を示すことが「真の父母様」を証しすることであり、「神様」を証しすることだと、教会指導者はわかり易く教えていたのです。
しかし、井口氏の行動は「神様」を証しするどころか、その真逆を行っており、井口氏が過去に言ってきたこと、行なってきたことを知って、その信仰する宗教が善なる宗教だなどと思う人はどこにもおらないでしょう。
統一教会について知らなかった人が井口氏の過去の言動を知れば、統一教会は邪教そのものだと思うに違いないのです。
しかし、本人は悪いことをしているなどとは全く思っておらず、むしろ 人が真似のできないような信仰を貫いていると自信さえ抱いているのです。
特に、「真の父母様」に対しては「絶対信仰」を捧げていると思っているのは確かで、その人間信仰は言動において一貫しているように思います。
その‘奇行’が結果的に「真の父母様」や統一教会の悪い評判を生み出すことになってしまったとしても、彼自身においては 立派な信仰的行動をしていると思い、悪い評判などは、サタンが背後にいて、そうさせているぐらいにしか思っていないのです。
つまり、「脳の周りが分厚いビニールで覆われている」と揶揄されてしまうほどに思考力が低下しているのです。
しかし、その米本さんが使った「脳にビニールの膜」という表現は、井口氏に対して初めて使ったのではなく、統一教会反対派などにも既に使用してきたものです。
その意味は、思考回路が制限されていて、多角的に物事を考えられないし、閉じられた思考パターンから抜け出ることができないということだと思います。
また、思考が一方向であるため、客観的に自己を見つめることができないし、理性が働かないということのように考えられます。
それらのことを別の言葉で表すと「感情的」あるいは「主情的」ということになると思います。
人間の精神は、知、情、意の機能を備えていて、それらがバランスよく働く中で安定した精神活動を行うことができるようになります。
そのバランスが崩れ、例えば、知的な働きが足りなかったりすれば、抑制のない行動をとり、無秩序な、周りの人々に迷惑をかけるような行動をとることにもなります。
私は統一教会員には「情」を抑えきれぬ主情的な人が多く、井口氏はその典型ですが、似たような教会員はそれなりに多いのではないかと思います。
統一教会員が最初に学ぶ原理講論は‘神’の存在を知的に理解するところから出発しているにも関わらず、そのような主情的な教会員が多いのは不思議な現象と言わねばなりません。
しかし、様々な文先生の‘御言葉’を読めばそれらの疑問も氷解するようになります。
つまり、文先生には原理講論と真逆のことを言っていた‘御言葉’が多くあり、原理講論などよりは、その原理講論の内容と矛盾した‘御言葉’の方が信者に大きな影響を及ぼしていたのです。
私が学生時代、度たび聞かされた「完全投入」という‘御言葉’があり、当時 原研メンバーであった人ならば 耳にたこができるぐらいに聞かされたと思います。
http://ameblo.jp/hapcolo/entry-11111960965.html
その「完全投入」という‘御言葉’の最後の方に「だから絶対的信仰をもってやれば後の責任は神が責任を持つ。」という句がありますが、実はこの‘御言葉’ほど原理講論の神学と真っ向から反する‘神’解釈はないと思っています。
原理講論には「神の責任分担と人間の責任分担」という捉え方があり、現実世界において一つの目的が達成されるためには、‘神’も干渉できない「人間の責任分担」があり、‘神’は「原理的な結果」のみ主管するという考え方です。
その「人間の責任分担」に関しては、もし、‘神’が干渉したならば 「人間の責任分担」を無視する結果ともなり、人間に創造性を与えた‘原理’さえ否定する行為となってしまうのです。
つまり原理的な結果を残すような「人間の責任分担」が果たされない限り、「絶対的信仰をもって」行動したからといって、「後の責任は神が責任を持つ」などということは、絶対にあり得ないのです。
それが原理講論にある基本的な理念なのです。
「絶対的信仰をもってやれば後の責任は神が責任を持つ」などとは‘統一原理’との矛盾も甚だしいのです。
それは‘原理’を歪めた妄想であり、典型的な邪教の教えでもあるのです。
しかし、井口氏などの行動を観察すると、その‘御言葉’には合致しているのです。
自分は「絶対的信仰」をもって行動しているのだから、たとえ、そこに様々な問題や間違いがあろうと、「後の責任は神が責任を持つ」のだから、自分に責任はないと考えてしまうのです。
統一教会員は「真の父母様」を神格化しているため、たとえ原理講論と根本的に異なる考え方であろうと、‘御言葉’として語られていれば、そちらの考えに従うようになるのです。
そして、文先生の宗教思想そのものも、原理講論とは相容れない「絶対的信仰をもってやれば後の責任は神が責任を持つ」という、狂信的な性格のものだったというのが否定できない真実なのです。
簡潔に結論付けてしまえば、原理講論を根本から否定するような発言をいくつもしているのですから、文先生は原理講論に書かれている「再臨のメシア」ではないという結論になってしまうのです。
井口氏のような知性も退化して、主情的で狂信的な人間は 決して‘偶然の産物’ではなく、‘御言葉’から作りだされた必然的な信者なのです。
文先生は‘神’を極度に擬人化しており、「絶対的信仰」などと語っても、その信仰内容はどのようにも解釈できるので、考えようによっては‘御言葉’思想は大変危険な思想であるとも言えるのです。
実際、極端な反日思想を持った朝鮮半島の人間が「真の父母」であり、側近幹部なのですから、主情的な内容がほとんどの‘御言葉’は悪用することが簡単にできるのであり、どんな悪いことでも、信仰的に正当化できてしまうのです。
実際に、統一教会の現実の姿を見れば、そのような原理講論とも矛盾した行動を多く行なって来ており、内部においてさえ情報操作、情報隠蔽を行なって、それを隠しているのが現実なのですから、様々な批判がなされた場合、できることは名誉毀損の言葉を捜すことぐらいで、正々堂々とした反論は難しいのです。
しかし、米本さんが前の記事で書かれたように、宗教法人として税が免除されているなどしているわけですから、無責任な態度など許されないはずです。
米本さんは最初から、コメント欄を開放して反論の場を与えておられますが、<「同一スペースの反論文の無料掲載」を行なう>と決められたことによって、もはや、統一教会は‘火の粉を払え’に対して反論せずに、一方的に記事の全文削除要求などできなくなるのであり、それは道理に反することになります。
その米本さんの方針はまさしく良心的であり、産経新聞以上と言うことができます。
後は、統一教会や、井口氏次第だと思います。
くれぐれも、自分達が‘サタン’の勢力と呼んでいる共産党以下の組織、個人にならないよう願うばかりです。
私、お母様派ではないです
ただ単にコピペしただけです。
無責任で申し訳ないのですが、URLの中身を見ても私にはよくわからない(もうとっくに浦島太郎状態で)ものでしたが、みなさんに何かお役に立つのかな、と思って投稿しました。
相応しくないものであれば削除します。
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