韓鶴子様はメシアに御成りになっていた。各々方、頭が高いぞ! 

鶴の絶対化路線(10)

メシアになった韓鶴子総裁

進説教、「背教の悪しき時代」を読んで、正直、驚いた。

 文鮮明氏が死去した2012年に、韓鶴子氏は文国進&亨進兄弟に「私はメシア」と宣言していたのだ。
 遡って調べてみると、亨進氏は今年の4月初旬から、説教の中でそのことを語り始めていた。
「亨進説教」からそのくだりを引用する。


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あたいはメシアよ!そこのあんた、ちょいと頭が高いわよッ。


(引用はじめ)
 3年前お母様が私に、「私は誰ですか」と訪ねた時、私は「あなたは勝利された真のお母様です。」と答えました。お母様は、「いいえ、私はメシヤです。私は神です。」と言いました。

 私はお母様に「あなたは神様ではありません。あなたはあなたを神様だと言ってはいけません。そうしたら、あなたは神様からの裁きを受けるでしょう。神様はあなたを失望させ、誰か神様なのかを、あなたに教えるでしょう。」と言いました。
 お母様は笑って「天地のお母様がいる韓国に何が起こるというのですか。神様の祝福と守りがここにはあるのです。」私達は「それは違います。」と言いました。

(引用終わり)

 この少し前に亨進氏はこういう話をしている。
(引用はじめ)
 あなた達が知らないとてもショッキングなことの一つは、あなた達は知らないと思いますが、ソウルの中心聖殿(天福宮?)の中の父母様の部屋で、お母様は父母様の写真を降ろして、代わりにお母様の写真を掛けました
(引用終わり)

 他の説教でもメシアのことが語られている。

4月5日 「神の存在」
http://sanctuarychurch.blog.fc2.com/blog-entry-24.html
3年前にお母様は、お母様が神様の一人娘で、お母様はメシアだという話を私はお母様から聞いていました。


4月12日 「なぜペンテコステがおこらないのか」 
http://h2fanclub.blogspot.jp/2015/04/4.html
3年前のお母様との会話:
お母様:私は何者だと思いますか?
亨進様:あなたはキリストの花嫁。勝利した真の母です。この地球上で最も価値あるお方。勝利された真の母です。
お母様:違います。わたしはハナニム(神様)です
亨進様:(唖然として)あなたは神様ではありません。自分を高めるものはいつか低くされます。罰を受けます。お母様、あなたの破滅を手助けすることなどできません。愛するゆえに、お母様を止めて見せます。


5月24日 「天の秩序」
http://h2fanclub.blogspot.jp/2015/06/2015524the-standard-of-heaven.html
お母様の神になりたいという思いの中で…
「私はどのような人間だと思うか」「勝利した真の母です」「違います。私は神です」この会話を思い出します。
お母様、あなたを愛しています。でもあなたは神様ではありません。


6月28日 「審判はすでに始まっている」
http://h2fanclub.blogspot.jp/2015/06/sanctuary-church-sunday-service-june.html
三年前、私と国進兄さんに向って「私は神だ」と言われた時、お母様あなたを愛しています、しかしあなたは神ではありませんときっぱりと言ったのです。

<注>「メシア」(救世主)と「神」が混在して、区別されることなく、使われていることに注目してもらいたい。なお、メシア、メシヤという2つの表記があるが、『広辞苑』に基づき、「メシア」に統一する。


・文鮮明氏(文氏)が亡くなった後、「真のお母様は喪に服されている」といったことが公式に流されていたと記憶するが、事実はそうではなく、さっさと写真を取り替え、息子たちに「メシア宣言」をしていたのだ。
 息子たちが「お母様がメシアならお父様はどういう存在なのですか」と質問していれば、私たちは韓鶴子氏(韓氏)の自意識をもっと鮮明に理解することができていただろうが、それはともかく、彼女のメシア宣言によってこれまでのモヤモヤが晴れたように思う。

 韓氏は、文氏が没した直後あるいは亡くなる前から、夫はメシアではなく,私こそがメシアだと思った。その意識形成過程はわからないが、夫がメシアではないと確信したのは、文氏の淫らな女性関係があったからだと思われる。
【重要参照記事】<劉協会長は「メシアではない」と知っていたのかも知れない>

ょうどこの原稿を書いているときに、「秀のブログ」に原稿を裏付ける記事が掲載された。
「真のお父様の名前がない!」(7月15日付)を引用する。

(引用はじめ)
 2013年2月に行われた祝福2世の「祝福式」での「祝福リング」なのだそうです。
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リングの内側には、メシアであり、教祖である文鮮明師の名前はなく、韓鶴子師の名前のみが刻印されています。「真の父母」という刻印ですらないようです。
(引用終わり)

を戻す。
 韓氏は自分がメシアだと確信した。
 しかし、彼女にとっての課題は、<周囲が自分のことをメシアだと思ってくれるにはどうしたらいいだろうか>ということだった。王様が王様になるのには、周囲が王様だと認めてくれることが絶対的な必要条件である。
 息子たちにメシア宣言してから雌伏2年弱。呉教授を含む何人かの側近に下問したのであろう。
 その結実が2014年7月1日の「韓講話/独生女宣言」だったのだ。

【独生女誕生秘話】韓国サイト・タマレに「真のお母様の独生女論は祝福家庭共同体の伝統になることができるか(1)」「真のお母様の独生女論は祝福家庭共同体の伝統になることができるか(2)」「真のお母様の独生女論は祝福家庭共同体の伝統になることができるか(3)」の記事が載っている。
 機械訳だと全く意味不明。この問題に関心があり、韓国語ができる方が翻訳してくれるとうれしいのだが。


 そして、これを補強するために、3カ月後に彼女はこんな説明も行なっている。
「私のオリジナル、本当の父母は神様だと、それは母方の祖母が教育したのです。幼かったので、あなたのお父さんは神様だと、その一言しか言いませんでした。私がこの場に来るまで天の保護圏があったのです。私を教育した人はいません。一人息子、一人娘は同等なのです。一人息子が一人娘を教育したとはいえません。どのような意味か解りますか?ですから私が決めたのです、私が決心したのです」(2014年10月27日のスピーチ)

 前の記事「天宙ウルトラバカ説教大賞は徳野英治さんに決定!」で、徳野さんをバカめてこう書いた。
(引用はじめ)
 <ご父母様は、お父様とお母様がいて、人類の真の父母になった。お父様とお母様は、どちらも神様が準備してお生まれになった方。お父様がどれほど偉大でも、お母様がいなくては、真の父母になることはできない。お父様とお母様のメシアとしての価値は同じ。今の、統一教会の中心はお母様>
 鶴子王の深遠なる「独生女」理論の勝手な俗流的解釈ですなぁ。でも、これによって鶴子さんはメシアになっちゃった
 男メシアが死んじゃったから、今は女メシアだけになっちゃったとさ
 徳野先生、間違いなく原理(=真理)を忘れたな。真理を忘れる? ということは原理は真理ではなかったということだろうね。ニコッ
(引用終わり)

の記述は間違っていた。徳野氏は韓氏の心模様を十分に理解していた。かなり困ったはずだ。なぜなら、韓鶴子メシア論はこれまでの教義(統一原理)では説明がつかないからだ。そこで苦しいけど、
「お父様がどれほど偉大でも、お母様がいなくては、真の父母になることはできない。お父様とお母様のメシアとしての価値は同じ。今の、統一教会の中心はお母様」
 と語るしかなかったのだ。

 この説明を理論化し、文字化することはできまい。すでに「7/1韓講話」から1年が経過するが、いまだ講話の全文を発表することも、教団教学担当の「独生女」に関する理論的説明もなされていないからだ。
 徳野氏は「話し言葉」で説明するしかなかった。聞き手はイメージ的、感覚で受け取る。(イメージ的認識)  献金捻出の主体、婦人シックは何となくお母様はメシアだと思い込む。
 文字化したテキストに基づいて説明をすれば、統一原理をかじっている男シックの多くは離れていく。(理性的認識
 嘘であっても百回繰り返せば、いつしか真実になってしまうヒットラーの言説を想起せよ。

<注!>韓国・統一教会の一部の幹部は、牧会者の能力アップ研修として、韓鶴子氏のメシア化(文鮮明氏より地位が上)のテキストを作っている。

 我田引水になる。昨年末、私は鮮と鶴のことで記事を何本か書いている。
「鶴の心模様(1)-鮮没して、ようやく娘が恋愛結婚を成就 」(12月12日)
「鶴の心模様(2)-いつまで茶番(鮮鶴一体)を演じればいいの?」 (12月22日)
「鶴の心模様(3)-ひたすら辛く、悲しかった私の半生 」(12月29日)
 記事の信憑性を疑われたが、推測は正しかった。ただ、まさか息子にメシア宣言をしていたとは想像だにできなかったのだが。


文・統一さようなら 韓・統一こんにちは

 部外者にとっては、文鮮明氏がメシアであろうがなかろうが、韓氏がメシアであろうがなかろうが、さしたる関心はない。はっきりしたのは、これまでの文氏をメシアだとする文・統一教会から、韓・統一教会に変わったという事実だけだ。
 文・統一教会を中心に据えれば、韓・統一教会は最大の分派ということになる。外形、外観は前と変わらなくても。

<注>「最大の分派」は比喩的に表現しているのではない。文鮮明氏存命の頃、韓鶴子氏がメシア宣言、神宣言をしたらどうなっていただろうか。それを考えてみるべきだろう。最悪の場合、韓鶴子氏と彼女を支持するグループを分派として追放されたであろう。
 宗教関係の学者が調査した場合、どのような宗教学的概念を使って、この分派的動きをどう表現するだろうか、と想う。
 なお、今後、今の統一教会をときおり実態に即して価値中立的に、「韓・統一教会」と表記する。


 ここから何を導くことができるのか。
 いまブログ村の一部では、文氏の真の後継者は誰かといったことを書いているブロガーがいる。興味深く読んでいたのは、「金容成(キムヨンソン)のblog」だった。
 私も、顯進対国進&亨進、つまり「爆破者問題」には興味があり、真実を追及しようといろいろ調べていた。
 しかし、「韓をメシアとする統一教会」になったことを知って、興味は半減した。コンテンポラリーな感覚からすれば、どうでも良くなってしまった。

 仮に、文氏は後継者として3男の顯進氏を考えていたということが事実として確定したとしても、それが何の意味があろうか。真の後継者が誰かとかといったテーマは、もはや古文書上の世界になりつつあるのだ。今後の関心事は文氏ではなく韓氏の後継者は誰なのかに移っていくのだから。

う1つ導かれることは、文氏を真にメシアだと信じている人たちの今後の進む道が問われているということだ。
 アメリカ統一教会はどうするのか。ヨーロッパ統一教会はどうするのか。
 論理的に言えばなんて厳めしい用語を使わなくても、単純に言えばメシア文をないがしろにする韓・統一教会とオサラバするしかない。
 しかしながら、思想的・信仰的退嬰(たいえい)によって、わかりやすく言えば、もう年齢的にかったるいので「あんまし難しいことを考えるのはやめよッ。波風立てたくないし・・」といったところが大半の処世だろう。哀れ、おじさんシック、おばさんシックよ。
 献金でメシを喰っている公職者の選択肢は、韓・統一に残る以外にない。そうしなければ、メシが喰えなくなるのだから。「いつも私のとなりに神さま」の管理人などがその典型であろう。

 そして幹部公職者。この人たちは給料のほかに利権・利得を得たいがために、変わり身早く、真のお母様はメシアだ、神様だと強調し始めている。わかりやすいのだが(笑)、それにしてもさもしい人たち

 話は逸れる。
 文鮮明氏の愛弟子を自認する文・統一教会の名誉会長、元会長の神山威氏は、歳を重ねても精神的にはきわめて若い。アメリカから日本に戻り、活動を再開するというのだ。実に筋が通っている。
「今日の訓読のみ言友の会」の<皆様いかがお過ごしですか?>によれば、
「今日、7月15日午前10時(米国時間)日本に向けて出発します(略) 私の人生の締め括り(余生)を日本で送りたいと考えております。言葉の限界を感じているアメリカでは私に自由が有りません。毎日不自由を感じ生活しております。言語に拘束されるアメリカより最後の余生は日本と決めました。(略) 神様と真の御父様に対する忠孝の道を日本で送りたいと考えております。日本で懐かしい皆様に 真の御父母様が示してくださった真の愛のもとにて、お会いできる日もあるかと思います」

 失礼ながら、無職のご老人が物価の高い日本でどうやって生活されるのか心配になるのだが、それはともかく、はっきりしているのは神山氏が活動していけば、韓・統一教会から信者が離れていく-ということである。
 今は療養中だという井口先輩が元気になられたら、神山名古屋事務所の前で、40日断食に突入されるだろう。雄姿を拝見できるのが楽しみじゃ。  


を戻す。韓鶴子氏のメシア化、韓・統一教会化によって韓国を中心とする統一教会がどう変わっていくのか-にある。

 これを予測するにはどうすればいいのか。「原理講論」「統一原理」「統一思想」「文鮮明み言葉」などは関係がなくなりつつある。そうした理論・思想・言説を超越した次元で、韓氏が神・メシアに御成りになったからだ。教団は原理用語や文み言葉を使って何かを説明するだろうが、それは外部から客観的にみれば、事実(文→韓)を隠すカムフラージュに過ぎない。
 では、どうすれば・・・。
 韓氏を含む韓国人の重臣たちから、統一教会という宗教を消去すれば、あとに残るのは人間の性・煩悩=欲望と、日本的文化とはまるで異なる朝鮮文化、儒教文化。すなわち欲望と儒教である。
 1988年のソウルオリンピックとその後の高度経済成長によって儒教文化の影響は薄まったと言われているが、様々な現象(出来事、事件)からすれば「薄まった」とする見方は早計のように思われる。仮に薄まったとしても、韓氏を含む重臣たちは韓国の一般社会とはほとんど交流がないため、儒教文化の中で生きているといっていい。

うなると、今後を占うには李氏朝鮮時代の宮廷下で行なわれてきたことが形を変えて再現されることになる。「朝鮮三大妖女」( 張緑水:生年不詳~1506年、第10代国王燕山君の側室。鄭蘭貞 :李氏朝鮮第11代国王・中宗の第3王妃文定王后尹氏の姻族であった女性。張禧嬪:1659年 - 1701年、 李氏朝鮮の第19代国王粛宗の嬪、第20代国王景宗の生母)の時代を知るしかない。

 結句(けっく)、統一原理の勉強より韓国の宮廷ドラマ時代劇の鑑賞である。
 そして、現実の統一宮廷ドラマは前の記事でも書いたように、すでにドンパチの幕が開いている。
 金ソクビョン、前に進め。金マンホ、復権を目指せ。リチャード朴、金ソクビョンを撃て。前へ前へ進め!

 こんな歌が蘇った。


♪さよなら さよなら 元気でいてね
好きなシックは いつでも逢える
たとえ別れて 暮らしていても
分派なんかにゃ 行かないわ
待って 待って
待っているのよ 独りでいるわ
さよなら さよなら 好きになったシックたち♪



-次回は5億円が金ソクビョン(グループ)の懐に!?

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コラム統一教会員はアダム・エバがお好き♡

 前の記事「7/9 電撃人事-金ソクビョンの権力が強まる」 で、鄭ウソンジュ金ソクビョンとが愛人関係にあることを書いた。
 それに対して、数人の読者から信じられない、根拠はあるのかといった反応があった。情報源からのさらなる送信文を紹介する。

「デパートで仲良く買い物をしている様子、金ソクビョンがウォンジュ氏に購入したリップスティックを塗っている様子などが目撃されています。また、2人が仲良さそうにしている姿に関して、複数の人間の目撃談があります。韓国の本部でも噂が流れています。
 昨年から今年あたりのことだと思いますが、2人の愛人関係が金ソクビョンの妻にばれて、大騒ぎになったことがあるそうです。結果的には今のところ奥さんが我慢しているそうですが」

<檄>ウォンジュ(&ソクビョン)によって刺された金マンホ氏よ、目には目を、歯には歯を!だ、今度は君が刺す番だ。外野席からだが応援する。

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コメント

そんなの関係ねい

統一教会が今後どうなるか?はっきりいってオイラには、関係がございません。外野から見ているのは楽しいですが・・・あれほど アダムエバを厳しく戒めていたのに、そのタガが外れたこと自体、もう 今までの統一教会ではないな。このことを強く感じます。食口のみなさんお好きなようにどうぞ!!!

始まりの始まりです

私たちの心の片隅にあった邪念が実態で行われたのであって、これからが、本物志向の者たちが再出発できる始まりです、3男・4男・7男様
が今は難しいでしょうが、いずれ1つになってほしいですが、UCもたとえ大きく衰退したとしても残骸のかけらは残ってゆくでしょう。

信者さん大丈夫ですか?

どんなに篤く信仰してもその対象が聖書が警告している偽メシアだったとしたら目も当てられない。けど統一教会は聖書は古い時代の真理だとして上から目線で眺めている感じだったしな~
だから信者は実際聖書のことはよく知らないのにキリスト教統一なんていっているからいまだ異端扱いなわけで。自称神の女王様は聖書はおろか原理も知らんのじゃないかと。御自分の「み言葉」は原理を超越しているんだから固いこというなよ下々の者たちよ!ってところでしょうかね。

ん?教理的にはさほど…

氏族飯屋
国家飯屋
人類飯屋
皆んな飯屋だ。別に何ら不都合はない。

例えばだ、新大久保の商店街に父母が長年切り盛りしてる一時期アメリカにも出店なんかして少し話題にもなった飯屋があったもんだ。近年飯屋の初代亭主が他界したので妻が女将になって飯屋を継続。今も同じ場所で然程大したメニューの変更もなく続けてる。(途中従業員に芸能人が入ったり、今度は古株が店の金を持ち逃げしたり、食中毒事件でテレビを騒がせたりもしたもんだが)

しっかしまぁ女将が主になったので従業員は亡き親父よりも今は皆女将の言うことを聞く。聞かない従業員の中には『親父の頃が飯屋は繁盛してたもんだ』『いやいや、そもそもあの親父は正統にまなんでないモグリの飯屋だ』と騒いで去っていくのもいたが

馴染みの客も親父のキャラが好きだったから長年通ったし、更には親父は気前がよくツケにもうるさくなくて助かったもんだ。

ところがどっこい以前は跡継ぎを親父から約束させれていた子ども達は女将が飯屋を自分で続けると言われたもんで面白くない。長年親父と女将の下で手伝って来たんだからには自分達の時代だと女将に食ってかかってそのまま家を飛び出してった。

困った事に暖簾分けしてないのに『本当はこれはうちが親父から直々に相伝継承した本来の飯屋だ!』と言って他県で勝手に飯屋の看板やら商標パクって他で飯屋始めたときた。オパボ従業員の筆頭古株婆さんなんざあっちの飯屋のお手伝いだと急に張り切りだしたもんだ。

さてさてそんな話を聞いた女将はもう激怒。更には親父の生前からの馴染みのツケやらなんやらと経営度外視のやり方に色々文句を言ってきたもんだから、自分が後継いだからには繁盛させねばと飯屋の女将として口煩が更に増した。


な〜に、王朝の歴史を紐解く程のスケールのお話でもない。十万人も居ないであろう弱小宗教団体さんの飯屋のお話だ。

大塚家具問題見ながら爆笑してましたよ。なんら本質変わらんアホなお家騒動だなと。

座布団3枚!と言いたいのだけど。

 誰もが飯屋さんの「ん?教理的にはさほど…」は座布団3枚!
 相対化がとても面白かった。心から。

 ただ、一点、視野に入っていないのは、朝鮮儒教なのです。
 兩班と兩班意識がない!

 飯屋のドラマの中で、働かないけど、従業員に権威を持ってあれこれ指導する。そんなこと、過去にありましたっけ。

持つものによって属性がかわる

「あたいは、メシヤよっ」と説明付きの写真。杖(正式になんと言われるものかわからないが) 、冠、ローブ。
ローマ法王のようでもあるし、国の女王のようでもあるし。。。信者たちは「お母様、このかっこう (よそおいと言った方がいいのかな) ナンナンですか??と思わなかっただろうか。絶対化している体制なので、疑問不審不信は、口にしない。
でも、持つものによって属性がかわる。
鶴総裁のローブ
鶴総裁の杖
鶴総裁の冠

面白い!

米本さんの感想同様、「誰もが飯屋」さんのコメントは素晴らしいです。

それにしても鶴ちゃん、やっぱりオツムにウジが湧いてたんですね。
部外者ながら、統一教会を35年ほど観察してきた身としては、10年ほど前から鶴ちゃんの脳内、だいぶ異変をきたしてるんじゃないかと思ってましたが。
2012年に教祖が死去してタガも外れたので、そのウジが一気に外に放出された感じです。

統一教会はもう完全にアウト。
(日本で)社会的には元々アウトですが、肝腎の教義の部分でもこれでアウト。もはや「統一原理」という根幹の部分で、信者にきちんと説明できる何も残っていないですから。

顕進さんの著書

ブログ村で話題にもなっていないが、顕進さんの著書「統一コリアへのビジョン」という本をアマゾンで取り寄せて読んでみたが、なかなか読みごたえのある内容の濃い本だった。
昨年の秋にソウルで開催された南北統一のための行事に合わせて書かれた本の日本語訳だそうだが、有名な幻冬舎が出版しているところも目を引く。
もちろん優秀なスタッフに書かせた部分もあったと思うが、具体的な提案もされていて流石に戦略的にも優れたリーダーだという印象を持つ。どこかの行き当たりばったりのところとは大違いだ。
現統一教会の組織と対立するようになった理由について彼はこの著書で「宗教的指導者と精神的指導者との違い」という観点からごく一部分ではあるが触れている。その話を聞くと市井に身を置く私などはその理由がよく理解できるが、公職者のように宗教組織に身を置いているとその「宗教的指導者と精神的指導者の違い」というものがわからないのかもしれない。
ある意味この著書を読んで両者の次元の違いという感想を持った。少なくとも顕進さんは後継者争いという次元にはいないことがよくわかる。

どうして顕進さんを支持する人たちがこの著書を宣伝しないのか理解に苦しむが、強いて憶測すれば、この著書が韓国及び北朝鮮、そして世界に住む朝鮮民族に対して書かれた本だからかもしれない。率直に言えば植民地時代の朝鮮半島を支配した日本について書かれた部分について顕進さんが誤解される可能性があると危惧したのだろうか? さほどではないと思うが・・・・
それともシックは本を読まないから宣伝しても無駄だと思ったのだろうか?

亨進さんの考えは説教を通して誰でも知ることができるが、顕進さんの方は公開されてないので、せいぜい著書を通してしかその考えを知るしか方法がない。
この本には一般の人が読んでも理解できる内容と方法が書かれている。だから外部の人が共感するのだろう。それがどうも現統一教会幹部には気に入らないらしい。悲しいことに了見が狭いというしかない。

米本さんにもお薦めの一冊と思い投稿しました。

Re: 顕進さんの著書

悟空さん、情報ありがとうございました。

『統一コリアへのビジョン』を検索すると、
幻冬舎のサイトがあって、

著者の文顯進氏は、父や叔父の影響により朝鮮半島の歴史に興味を持ち、コロンビア大学で歴史学を専攻、ハーバード大学経営大学院修士(MBA)と統一神学大学院宗教教育学修士課程を終えた後、父の展開していた世界平和活動の中でも特に南北統一のための活動を手伝うこととなりました。その後、普遍的原則・価値に基づく平和構築のビジョンと方案を提唱し、その実践として2009年にNPO法人を自ら創設、世界20カ国で平和活動を展開してきたのです。
ドレスデン宣言などを通じて祖国コリアの統一問題について国際的に注目が集まる今、著者の考える統一のプロセスにおいて重要な役割を担うであろう日本の多くの人々に平和解決に向けたビジョンを広めたいとの想いから、本書が誕生しました。
 -と紹介されていました。まあ、出版社の宣伝です。

 でも、宣伝通りだとすれば、顯進氏にとって世界で10万人程度のチンケなマイナー統一教会なんてどうでもいいではないでしょうか。

 悟空さんの次の指摘は傾聴に値します。鋭い!
「どうして顕進さんを支持する人たちがこの著書を宣伝しないのか理解に苦しむ」

 悟空さんは呻吟して推測されていますが、いずれも失当だと思います。

 まだ顕進分析まで手がまわりませんが、キーワードは「金」です。何かがあるのです。


 もし、顕進氏が真に南北統一のこと(崇高!)を考えているとすれば、部下たち(ブロガー)は、そのことに言及するはず。

 どう考えても、変なのです。

 この「変さ」を解くためには、顕進氏がやっているという南米のビジネスの実態を調べるしかないと思っています。

 なお一言。
「有名な幻冬舎が出版しているところも目を引く」という発想はよろしくありません。数百万円も出せば、出版するでしょう。

 本は読んでみますが、私の疑問が解けるかどうか・・・。


韓鶴子様の単独写真を教会に飾ろう!

米本さんが、ご指摘された
「教団は原理用語や文み言葉を使って何かを説明するだろうが、それは外部から客観的にみれば、事実(文→韓)を隠すカムフラージュに過ぎない。」はその通りで、こちらはそれを一番危惧している。真の父母と成りすましをやめてほしい。真の父を再臨主と信じている者にとってはいい迷惑である。このカモフラージュでどれだけ多くの信者に影響が出るか考えると恐ろしい限りである。はやく、すべての公的な場所から真の父のお写真を取り外し、韓鶴子さまの単独写真に切り替えるべきだ。そうすれば、信者もどちらについていくべきか、もう少し真剣に考えるようになるだろう。

黙示録22章11節
不義なるものはさらに不義を行い、汚れたものはさらに汚れたことを行い、聖なるものはさらに聖なることを行うままにさせよ。

とありますから。

韓氏のメシア宣言が意味すること

>そして、これを補強するために、3カ月後に彼女はこんな説明も行なっている。
「私のオリジナル、本当の父母は神様だと、それは母方の祖母が教育したのです。幼かったので、あなたのお父さんは神様だと、その一言しか言いませんでした。私がこの場に来るまで天の保護圏があったのです。私を教育した人はいません。一人息子、一人娘は同等なのです。一人息子が一人娘を教育したとはいえません。どのような意味か解りますか?ですから私が決めたのです、私が決心したのです」(2014年10月27日のスピーチ)

>「原理講論」「統一原理」「統一思想」「文鮮明み言葉」などは関係がなくなりつつある。そうした理論・思想・言説を超越した次元で、韓氏が神・メシアに御成りになったからだ。教団は原理用語や文み言葉を使って何かを説明するだろうが、それは外部から客観的にみれば、事実(文→韓)を隠すカムフラージュに過ぎない。


 米本さんが記事で紹介してくださった韓鶴子氏の「メシア宣言」「神様宣言」は 原理講論などを信仰の基本理念としていた統一教会員が知ったとするならば、かなり衝撃を受ける内容です。
 そして、実感としては 衝撃的というよりは、むしろあり得ない事態が現実として起こっているというのが感想であるに違いないのです。
 原理講論の‘総序’には、宗教と科学を統一された一つの課題として解決し得る‘新しい真理’を探し出したのが文先生であると書かれており、その‘新しい真理’によって有史以来のすべての主義や思想、あらゆる宗教までも、ひとつの方向へと完全に統一できるようになる、と書かれているのです。
 ‘総序’の中には、文先生がメシアであるというような記述はありませんが、原理講論は 最後にある後編、第六章‘再臨論’に至る流れの中で、文先生が再臨のメシアであると結論付けられるようになっております。
 原理講論においては、「メシア」と「真の父母」は当然ながら概念として全く異なり、「真の父母」は人類を霊肉共に新生させられる「父」と「母」の2人という意味であって、「新しい真理のみ言」を説く使命を果たす「メシア」とイコールではないのです。
 したがって、原理講論に従えば、‘新しい真理’の解明に微塵も関わっていない韓鶴子氏がメシアになれる根拠は皆無であり、論外なのです。

 日本の統一教会員で、元々クリスチャンであった人は少なく、日本では無宗教の人が伝道されてくるケースが割合として高かったと思います。
 特に世界が冷戦時代にあった時に伝道されてきた人達はそうであったように思います。
 その時代は世紀末の危機感のようなものが世の中にあり、世界を席巻していた共産主義思想に対する問題意識も多くの人達がもっていたのです。
 そのため、その時代は‘真理’に対する関心度はかなり高かったのも確かです。
 その時代に伝道された日本人統一教会員からすれば‘新しい真理’の解明者=メシアという捉えかたは理解しやすく、原理講論の総序などは かなり強い説得力をもっていたのです。
 私もそのように思っていた一人であり、韓鶴子氏の「メシア宣言」「神様宣言」などは論外であり、ただの笑い話にしかなりません。
 たぶん、まともな日本人信者でそれを抵抗なく受け入れられる人は皆無だと思います。
 そのような発言を韓氏ができた理由を考えれば、朝鮮半島の文化の特殊性に根拠を求めねばならなくなるのです。
 そうしますと、既に‘火の粉を払え’で記事にされている朝鮮シャーマニズムがその根拠であることは間違いありません。

『統一教会の儀式セックスによる血統転換』抄訳 より
>韓国でカルト的な運動が盛んになるのは、シャーマニズムの影響が密接に関係している。
 カリスマ的指導者たちは恍惚状態のなかで神からメッセージを受けたと主張し、千年王国や神の地上王国を建てるのだと主張する。それはその霊的団体の設立者が君主となる王国である。
 多くの韓国の霊的団体はメシアが朝鮮半島に人間として生まれると信じている。

 朝鮮シャーマニズムの中にあった元々の「メシア」に対する観点は、原理講論のような‘真理の解明者’とは全く異なるものなのです。
 「メシア」と認められるためには、何か超自然的な能力を示したり、普通の人とは違った特別な存在であることを示せればよいのであり、‘新しい真理’を解明せずとも朝鮮シャーマニズムの「メシア」になることは可能なのです。
 そのようなことは普通の日本人には理解し辛いのですが、朝鮮シャーマニズムの文化をもった韓国人にはそれが普通に理解できるのであり、朝鮮半島における宗教者の「メシア」に対する捉えかたなのだと思います。
 そうであるが故に、韓鶴子氏は原理講論など無視して、なんの躊躇もなく「メシア宣言」「神様宣言」ができたのです。
 統一原理など理解できているのかどうかも定かではない韓氏にすれば、自分が普通の人とは違った特別な存在であることを一つでも示せれば、それでよく、最初に引用したような事柄であったとしても「メシア宣言」「神様宣言」の根拠として足りると思えてしまうのです。
 韓氏の心理をそのように解釈すれば「メシア宣言」「神様宣言」は筋が通るのであり、それ以外に理解のしようがないのです。

 記事やコメントで米本さんが書いているように、朝鮮半島の社会においては朝鮮儒教の文化は根強く残っており、統一教会の内部にも明らかに影響がみられます。
 それは、統一教会員として何にも増して優先せねばならないとされていることが「真の父母様に絶対服従する」ことであることを考えただけでも明白です。
 その朝鮮儒教の特色とも言えるのは、人間の上下関係の厳格さです。
 日本と比べても遥かに厳しい身分制度がしかれた李氏朝鮮王朝時代では、最下層にある奴婢などは奴隷とまったく同じであり、日本の江戸時代にあった士農工商の身分制度どころではありません。
 ‘ちゃぬの裏韓国日記’ブログの管理人であり、元教会員の在韓婦人であるちゃぬさんが以前の記事に書いていましたが(記事が膨大であるため、該当記事が特定できず)、韓国社会では、人間関係は最初にどちらが上位でどちらが下位であるか明確にすることが重要であり、そこから互いのやりとりが始まるということです。
 そして、上位に立ってしまえば何でもありの風潮があり、上位に立てばすべては思い通りになると書かれていたように覚えています。
 つまり、韓鶴子氏が「メシア」「神様」に拘るのもそのような理由からなのです。
 たとえ、それが‘真理’であろうが、なかろうが、事実であろうが、そうでなかろうが重要ではないのです。
 韓国社会で大きな願望を達成するためには、とにかく人々の上位に立てる‘権威’が必要なのです。
 絶対的‘権威’さえ手に入れてしまえば、朝鮮儒教の伝統がある韓国社会組織の中では思いのまま生きることができるのです。
 それが朝鮮社会や そこで生まれた統一教会の特色なのです。

 ただ、そのように‘権威’の力が通用するのは朝鮮半島の社会の中だけであって、他の平等主義の発達した先進国の社会ではとても通用しないでしょう。
 韓鶴子氏は世界各地にあるところの発達した平等主義社会をよく理解できていないのです。
 韓氏はそこから隔離された朝鮮半島社会の文化の中で生きてきて、統一教会内で最高の地位を得たことから その恩恵を受けて暮らしてきたので、世界の人々や社会がどれだけ進歩しているかもまったくわかっていないのです。
 結局、韓氏の「メシア宣言」「神様宣言」などは世界の先進国の人々には受け入れられるはずなどないだろうし、現在の統一教会が滅亡へ向かうことは間違いなくなったとさえ言うことができます。
 ただ、それが早くなるか、遅くなるかの違いがあるだけで、日本統一教会などの対応次第で変わってくるだけだと思います。
 日本統一教会の幹部達が、その韓氏の主張を お得意の情報隠蔽、情報操作でベールに包み、あまり賢くない教会員達をうまく誤魔化して教会につなぎ止め、高額エンドレス献金の搾取を継続できるなら、その分だけ弱体化するスピードが遅くなるというだけだと思います。

 しかし、韓鶴子氏が「メシア宣言」「神様宣言」をしていたとわかったことで、今まで以上に明確になったことが一つあります。
 それは文先生が「再臨のメシア」ではなかったということです。
 すでに「真の父母」の完成宣言をされ、韓鶴子氏の立場を間違いなく一度は‘完成’したとして絶対化されたのですから、その「真の母」が まったく‘御言葉’に反することを主張したとなれば、その「真の父母」を絶対化した人物の宗教思想自体が間違っていたということになるのです。
 だとするならば、その人物は‘神’と一体不可分の「メシア」であろうはずがないのです。
 もっとも、原理講論とさえ矛盾することを多く語っていた‘御言葉’を数多く残しているのですから「メシア」と考えるほうに無理があるのですが、完成した「真の母」による‘御言葉’否定は「メシア」ではないことを決定付けたと思います。
 容易いことではないのですが、日本統一教会は「真の父母」の絶対化を否定するところから出発し直さなければならないし、そうしなければ 進歩した社会で存在価値を主張できる宗教思想団体として残って行くことはできないのです。

真の父母様は絶対完成圏にあられたのか?

「すでに「真の父母」の完成宣言をされ、韓鶴子氏の立場を間違いなく一度は‘完成’したとして絶対化されたのですから、その「真の母」が まったく‘御言葉’に反することを主張したとなれば、その「真の父母」を絶対化した人物の宗教思想自体が間違っていたということになるのです。 」
と神々の黄昏様は指摘されております。
これは、ある面当然のご指摘です。
人間の堕落は未完成圏内で起こったことであり、完成した後での堕落はありえません。
同様に、完成し絶対的な父母が一旦は成立し、その後崩れたとすれば、それは絶対的だとはいえなくなってしまいますよね。
では、真の父母様は本当に完成し、絶対的な基準におられたのでしょうか?
個人的な意見としては、そうではなかったと考えます。その基準こそが真の父があれほど願われた『基元節』だったのではないでしょうか。
生きて基元節を迎えることができなかったということは、残念ながら真の父母は絶対完成の域に達することはできなかったということだと思います。基元節を勝利したのか、そうでないのかといったことは、教会の中でも意見の分かれるところだと思いますが、勝利したというのであれば、整合性がなくなってしまいます。

Re: Re: 顕進さんの著書-自費出版物だった!

さらにネットで検索したところ、顕進さんの著書『統一コリアへのビジョン』の出版元は、幻冬舎そのものではなく、企業出版専門の幻冬舎メディアコンサルティング社でした。

http://www.gentosha-mc.com/product/9784344972568/

 クリックすればわかりますが、本の出版を依頼してきたクライアントとして、一般社団法人グローバル・ピース・ファウンデーション・ジャパンの名前が明記されています。

 すなわち、GPFジャパンが幻冬舎MCにお金を払って自費出版を依頼したということです。

 表現意欲にあふれる市井の人の自費出版物には何の違和感も覚えないけど、企業とか団体とかのトップの自費出版物にはうさん臭さを感じてしまいます。

 前のコメントで「まだ顕進分析まで手がまわりませんが、キーワードは「金」です。何かがあるのです」と書きましたが、やはり、金を払って本を出していたわけです。

 顕進さんが純粋に多くの人に読んでもらいたいと思って、自費出版に踏み切ったということも考えられるでしょう。
 しかし、それなら別に幻冬舎メディアコンサルティング社に依頼することなく、自前で本化すればいいだけのこと。そうすれば廉価で頒布できます。宣伝はネットでやればいいわけで、
そうしたほうがより多くの人に読まれます。(私はヤマギシのことで自前で本を作ったことがあります)

 そもそも、一般の人が幻冬舎MCの2500円を買うのでしょうか。

 穿った見方になるけど、より多くの人に読まれたいというより、幻冬舎から2500円の本を出したというところに、GPFの狙いがあるように思われます。
 つまり、顕進氏の権威づけ。悪く言えば表の顔づくりです。


 顕進さんのことをずいぶん悪く書いたかもしれませんが、文家の子どもを含め今の統一教会関係者で、出版社が相手にするような人は皆無に近いということです。
 それほど社会的にはレベルが低いということです。アージュです。

コメントへの感想

6500truefamily さんのコメント
>では、真の父母様は本当に完成し、絶対的な基準におられたのでしょうか?

生きて基元節を迎えることができなかったということは、残念ながら真の父母は絶対完成の域に達することはできなかったということだと思います。

 「真の父母様」を神格化などせず、あくまで個性をもった人間の一組の夫婦であると考えれば、統一教会の間違った問題も根本から解決できるようになると思います。
 統一原理から朝鮮文化の悪影響を取り除き、真理としての価値をさらに追究していくなら、統一教会にも未来が見えてくると思います。

米本さんのコメント
>顕進さんのことをずいぶん悪く書いたかもしれませんが、文家の子どもを含め今の統一教会関係者で、出版社が相手にするような人は皆無に近いということです。
 それほど社会的にはレベルが低いということです。アージュです。

 ‘広神学研究所’という統一教会の教義に詳しいはずの元原理講師が書いているブログがあるのですが、最近の記事のテーマに興味を覚えて、読んでみて愕然としました。
 その論理の飛躍といい、言葉の脚色した使い方といい、まったく説得力がなく、やはり「ビニール脳」から脱せられないのだと、その進歩のなさに驚いてしまいました。
 元教理担当の原理講師からして、その様ですから「出版社が相手にするような人は皆無に近いということです。
 それほど社会的にはレベルが低いということです。」とは紛れもない真実です。

痛い話

神々の黄昏さんの話題をつないで書きます。

'広神学’を含めて第4イスラエルという人々の主張を読むと独特の癖がありますね。それは現代科学の知識を香辛材として用いるところです。

ところがそれが本格的知識に基づいていないゆえに、いわゆる'とんでも’理論になっています。要するにこの世の本格的な理系専攻者の言う胡散臭い疑似科学です。

アナロジーとして適切に用いるのならまだしも、ヒックス粒子、標準理論を持ちだすのなら、少なくともユニタリー群、ゲージ理論、複素解析、群論、フーリエ解析などの基礎知識を持っている必要があります。

原理も学んだ理系から見ると唯の「とんでも」でしかありません。

あまりに「痛い」のでコメントしてしまいました。

自叙伝もそうでしたね

米本さん
>文家の子どもを含め今の統一教会関係者で、出版社が相手にするような人は皆無に近いということです。

そういえば、お父様の自叙伝の日本語版も自費出版ですよね。あれなんかも、内部会社の光言社で出せばいいものを、「外部の出版社」から出したと言いたかったことが見え見えです。厳密にいうと自費出版(本部から金を出した)ではないかもしれませんが、各教会に購入部数のノルマを買わせていましたから、創芸社に入金金額を確実に保証してあげたわけだから、自費出版と変わりません。

その後、創芸社からいくつもの教会関係の本が出版されました。自叙伝でおいしい思いをした創芸社と本部担当者の誰かが癒着して、しこたまバックマージンをもらっているんじゃないかという噂でもちきりだったことがあります。

ともかく、外部の出版社が真の意味で相手をしてくれることはなく、教会側から金を積んでお願いして出してもらうというレベルなんですね。

そういえば、創芸社の社長って元食口という噂もありましたが、本当なのでしょうか? 本当だとしたら、さらに癒着&バックマージンの臭いがプンプンですね。

Re: 韓氏のメシア宣言が意味すること

>結局、韓氏の「メシア宣言」「神様宣言」などは世界の先進国の人々には受け入れられるはずなどないだろうし、現在の統一教会が滅亡へ向かうことは間違いなくなったとさえ言うことができます。
 ただ、それが早くなるか、遅くなるかの違いがあるだけで、日本統一教会などの対応次第で変わってくるだけだと思います。
 日本統一教会の幹部達が、その韓氏の主張を お得意の情報隠蔽、情報操作でベールに包み、あまり賢くない教会員達をうまく誤魔化して教会につなぎ止め、高額エンドレス献金の搾取を継続できるなら、その分だけ弱体化するスピードが遅くなるというだけだと思います。


 少々ずれた感想ではありますが、この一文を読んだあとに、吉川英治の『新平家物語』(11、平家が西国に都落ちする巻)を寝ころびながら。
 
 どんぴしゃの表現がありました。

「今日別れるも、明日別れるも、立つ秋とおなじものです。梢により、木々により、散るをいそぐ葉、おくれる葉、さまざまなれど、いずれは秋の一ながめの間でしょう」

Re: 韓氏のメシア宣言が意味すること(2)

>その朝鮮儒教の特色とも言えるのは、人間の上下関係の厳格さです。
 日本と比べても遥かに厳しい身分制度がしかれた李氏朝鮮王朝時代では、最下層にある奴婢などは奴隷とまったく同じであり、日本の江戸時代にあった士農工商の身分制度どころではありません。


 上下関係に加え、朝鮮儒教の特質ではないにしても、現実の韓国には出身差別が厳然としてあります。

 なにしろ、戒厳令が出されたほどの騒乱になった光州(全羅道)事件の背景には、全羅道を差別する(一段と下にみる)、ときの権力者の出身地・慶尚道への反発があったと言われています。
 ちなみに、統一教会幹部で慶尚道出身は郭錠煥氏。彼を激しく攻撃する背景には出身地対立があります。

 てなことを考えているときに、「秀のブログ」で「ペー教会長 再び」という記事が。
http://hydenoshikou.kakuren-bo.com/Entry/137/

 抱腹絶倒。笑いすぎて涼しくなった。是非、お目通しを。

 青葉台教会のぺー教会長さん、曰く。
「安氏は全羅北道出身だが、全羅北道の人は奇人変人の人が多いが安氏は変人のほうだ。」

 日本人シック相手の礼拝の場で語ったことです。韓国人はやはり出身地に多大な関心を抱いているようですね。

 ところで、安氏とは復興局長の安ヨンソプ氏のこと。
 安氏は総会長の宋龍天氏と同じ全羅北道出身であることがわかりました。

 上下関係でいえば、宋-方(伝道教育局長)-安ということになりますが、方さんも全羅北道出身かと思っていたら、全羅南道のようです。

 じゃあ、全羅北道をバカにするぺーさんは、どこの出身かと疑問が生まれます。それと、企画本部長のギーマンさんはどこなのか・・・。

 日本には教会長以上の幹部のうち韓国人は約200人います。
 彼らのほとんどすべてが1000年近く差別されてきた全羅道出身者だったら、どういうことになるのでしょうか。日本統一の体質に歪みが生じることはなかったのか。
 これは研究検討課題になるでしょう。

 でも・・・。
 秀逸な論文が完成したとしても、出版社は本にしてくれない。
 じゃあ、幻冬舎の自費出版で?--そんなお金はありません。

Re: 自叙伝もそうでしたね

>そういえば、創芸社の社長って元食口という噂もありましたが、本当なのでしょうか? 本当だとしたら、さらに癒着&バックマージンの臭いがプンプンですね。

 そうです。
 創芸社の古木社長は1800双の元食口です。島根出身で~す。創芸社をごひいきに。

Re 顕進さんの著書

顕進さんの本を話題にしたら、いろんな方向に飛び火しているみたいですね。それぞれ立ち位置が違うし、考えも違うことなので読む読まないも含めてそれぞれでご判断ください。
さすがに米本さん、ジャーナリストだけあって読まずともある程度の背景を理解してしまうのですから、世間知らずの私は驚くばかりです。
正直に言えば「幻冬社」そのものにも関心がなかった自分でしたが、何人かにその本を見せたら「幻冬社がよく出したね」とそれぞれが仰るもんだから、「あの有名な幻冬社が出版しているところも目を引く」というあの文章につながるわけです。
そういうあやふやな所にもツッコミを入れられると並みいる文筆家の前では立つ瀬が無くなってしまいます。
まあ自費出版でも自分にとってはどうでも良いことなので構いません。おそらくは顕進さんにとってその本は名刺代わりみたいなものかもしれませんね。名刺をシックに配っても仕方ないので本を宣伝する必要もないのでしょう。自叙伝のようにベストセラーにする必要も無いのでしょうね。その本は政府関係者や宗教家、NGO関係者などに読んでもらいたいと思っているからでしょうか。

またもや米本さんには失当と言われそうですが、相手をしていただけたら、私も理解が深まるかもしれません。

流石、神々の黄昏さんです。

原理講論は 最後にある後編、第六章‘再臨論’に至る流れの中で、文先生が再臨のメシアであると結論付けられるようになっております。 原理講論に従えば、‘新しい真理’の解明に微塵も関わっていない韓鶴子氏がメシアになれる根拠は皆無であり、論外なのです<

統一原理を真理と確信して献身した信者は韓鶴子様がメシアと仰るなら今の教会とはオサラバすべきでしょう!

>韓国でカルト的な運動が盛んになるのは、シャーマニズムの影響が密接に関係している。 カリスマ的指導者たちは恍惚状態のなかで神からメッセージを受けたと主張し、千年王国や神の地上王国を建てるのだと主張する。それはその霊的団体の設立者が君主となる王国である。 多くの韓国の霊的団体はメシアが朝鮮半島に人間として生まれると信じてる。朝鮮シャーマニズムの中にあった元々の「メシア」に対する観点は、原理講論のような‘真理の解明者’とは全く異なるものなのです。 「メシア」と認められるためには、何か超自然的な能力を示したり、普通の人とは違った特別な存在であることを示せればよいのであり、‘新しい真理’を解明せずとも朝鮮シャーマニズムの「メシア」になることは可能なのです。そうであるが故に、韓鶴子氏は原理講論など無視して、なんの躊躇もなく「メシア宣言」「神様宣言」ができたのです。

仰る通りで、朝鮮半島にあっては、霊通したり怪奇現象を見せたりしてカリスマ性等がある人がメシア宣言している様に思います。よって雨後の筍の様にメシアが出現します。
文鮮明教祖は劉先生の原理講論や
李相憲先生の統一思想や勝共理論を上手く利用して、あの口とカリスマ性と時代背景に上手く乗って韓国の最も有名なメシアの1人になったのだと思います。

私も誇大妄想反憎恨日センミン意識満々の統一基地外自称重生完成韓国人ビックマウス霊能者にシュクフク以来内的苦痛を味合わせられ、内的家庭分解させられました。誇大妄想反憎恨日センミン意識満々の統一基地外自称重生完成韓国人ビッグマウス霊能者に巻き込まれると、跳んだ災難にあいます。何たって相手は誇大妄想反憎恨日センミン意識満々の統一基地外自称重生完成韓国人ビッグマウス霊能者ですから!、、、密かに自分の王国を創ろうとしたのだと思います。

>韓国社会で大きな願望を達成するためには、とにかく人々の上位に立てる‘権威’が必要なのです。絶対的‘権威’さえ手に入れてしまえば、朝鮮儒教の伝統がある韓国社会組織の中では思いのまま生きることができるのです。それが朝鮮社会や そこで生まれた統一教会の特色なのですただ、そのように‘権威’の力が通用するのは朝鮮半島の社会の中だけであって、他の平等主義の発達した先進国の社会ではとても通用しないでしょう韓鶴子氏は世界各地にあるところの発達した平等主義社会をよく理解できていないのです。韓氏はそこから隔離された朝鮮半島社会の文化の中で生きてきて、統一教会内で最高の地位を得たことから その恩恵を受けて暮らしてきたので、世界の人々や社会がどれだけ進歩しているかもまったくわかっていないのです<

神々の黄昏さんの仰る通りだと思います。私の身近な反憎恨日教育を受けて来た韓国一般キリスト教会出身の朝鮮民族主義者で誇大妄想ビッグマウス嫌日文化妄信猛進信仰者も一昔、韓国では心が通じれば何でも出来る!と吠えていました。しかし、結局、口だけ!厳しくなれば日本に頼ろうとする繰り返し。
偉そうな事を言って好き勝手に周りの迷惑顧みないで文鮮明教祖の教えとも離れてオカルト韓国人誇大妄想霊通信者と好きな様に日本統一信者を無視してやるんだから、迷惑千万。そんな人も統一教会の祝福を受けています。

>しかし、韓鶴子氏が「メシア宣言」「神様宣言」をしていたとわかったことで、今まで以上に明確になったことが一つあります。 それは文先生が「再臨のメシア」ではなかったということです。 すでに「真の父母」の完成宣言をされ、韓鶴子氏の立場を間違いなく一度は‘完成’したとして絶対化されたのですから、その「真の母」が まったく‘御言葉’に反することを主張したとなれば、その「真の父母」を絶対化した人物の宗教思想自体が間違っていたということになるのです。 だとするならば、その人物は‘神’と一体不可分の「メシア」であろうはずがないのです。もっとも、原理講論とさえ矛盾することを多く語っていた‘御言葉’を数多く残しているのですから「メシア」と考えるほうに無理があるのですが、完成した「真の母」による‘御言葉’否定は「メシア」ではないことを決定付けたと思います<

神々の黄昏さんの仰る通りだと思います。原理講論がそして、文鮮明教祖が言っている通り、結果は全て原因=動機で決定する!、、、流石、ダブルスタンダード統一教会の教祖の韓国人の世界的大⚫️⚫️⚫️の文鮮明教祖である!と今は納得しています。

>容易いことではないのですが、日本統一教会は「真の父母」の絶対化を否定するところから出発し直さなければならないし、そうしなければ 進歩した社会で存在価値を主張できる宗教思想団体として残って行くことはできないのです<

流石!神々の黄昏さん!日本統一教会員に救いの糸口と救いの手を差し伸べて下さいました。

蕩減復帰です!蕩減復帰の訓練をして来た我々は、開き直る事なく!逃げる事なく、現実をシッカリ見詰めて、最低最悪のドン底から、年は老いたが完全投入の再蕩減復帰の道を進むべきだと思います!
日本国や氏族家族に対するお詫びと懺悔の念を持って、真の信仰の道を探し見出すべき孤軍奮闘すべきだと思います。

忠孝

文師をメシアと信じない人には関係のない話ですが、文師をメシアと信じるなら、お父様派なのか、お母様派なのか、白黒はっきりしなければなりません。真の父母という言葉を隠れ蓑にして、お父様を利用して、お母様が自らの王権を確立しようとしても、全ては水泡に帰すでしょう。会うは別れの始めなり。メシアに会った時から、別れのことを考えておかなければなりません。たとえ老いさらばえたとしても、死して朽ち果てるまで、メシアへの忠孝に偽りがあってはなりません。

文-統一教会から韓-統一教会へ そしてその後

米本さんの指摘、文-統一教会から韓-統一教会へは統一教会の抱える問題を理解する上でわかりやすい指摘だ。
統一教会はメシア思想を持つ団体である。同じくメシア思想を持つ既成のキリスト教と根本的に違うのが、メシアが死んでいるのか?生きているのか?の違いだった。少なくとも3年前までは。しかも韓国は儒教社会。儒教の教えは素晴らしいものだとしても、それが生きた王様を絶対化して来たことも否定できない。韓国では父母が絶対だから王が亡くなって子どもがあとを継いでも王の母が権力を持ち続けるのは韓国歴史ドラマそのままだ。
正直ここまで統一教会が韓国的とは数年前までは思っていなかった。今思うと強烈なメシア思想、父母思想、そして韓国の儒教文化というものが相互に作用しながら、しかも統一原理でそれを補完してきたのだろう。韓-統一教会には男の子女はほとんど残っていない。法統勢力にとっては韓お母様が亡くなってしまえばもはや生きているメシアに振り回される事もなく、永遠に完全無欠な真の父母が完成する事になるのだろう。そうすれば子どもたちの不祥事にも振り回される事もなくなるのだ。おそらくは真の血統なるものも信じてはいないんだろうな。
統一教会はカソリックにも似た組織になっていくのだろうか? しかしそれを夢想する法統勢力にとって残念な事にメシアには子どもが多数いる。これを始末しておきたい法統勢力と後継者と称する子女との仁義なき闘いの火蓋は切って落とされた。さて手打ち式はあるのか?無いのか?聖和3周年もあと2週間後に迫ってきた。
自分としてはその土俵に立ってない実力者で子女でもある顕進さんに期待したいものだが、米本さんの評価は必ずしも高くないようですね。何れにしてもこれからが見ものだ。


Re 文-統一教会から韓-統一教会へ そしてその後

>正直ここまで統一教会が韓国的とは数年前までは思っていなかった。

 同感です。ほとんどのシック、それも在韓の韓国人幹部たちとそれほど付き合いのない松濤界隈の幹部シックも悟空さんと同じような感想を抱いていると思います。

 私が統一教会は李氏朝鮮王朝と限りなく似ていることに気づかされたのは、韓国宮廷ドラマ『イサン』を観たのがきっかけでした。

 それから、「統一王朝と李氏朝鮮王朝(の類似性)」という企画を考え、http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-470.html#more
 そこから発展し、儒教とシャーマニズム、シャーマニズムと血わけについて、暗在さんに『統一教会の儀式セックスによる血統転換』の抄訳をお願いしました。
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-485.html#more

 今後は、日本統一教会もより「韓国的」になっていくと予測しています。

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メシア宣言1992年

世界宗教議会の中でメシア宣言1992年

私と私の妻、韓鶴子女史は、人類の真の父母であり救世主であり、再臨主メシアであると宣布します。

"「丹心」 - 統一教会教祖・文鮮明夫妻の真実-(PART1)゛
https://youtu.be/5DFfxoIIkx0

原理講論P277再臨主は真の父母として来なければならないとあります。

宜しくです。

性欲塗れの統一教会は人間の原罪そのものだ、欲に穢れた統一夫婦の間に生まれる子供はレッドキムチデビルの忌血を脈々と受け継いでいる

原理的に解釈してください

ルポライター米本さんの記事が残念なのは、ただ、誰が言ったということに終始して本当の原理を中心に解釈はしていないということだ。信者ではないので仕方がないことですが・・。韓鶴子お母様の発言は原理から見たら当然のことであり、亨進様が反発したのは私からすれば信じられない事件でした。お母様がメシアだというのは、文先生そのものの発言でもありますし、もちろん神と言っても神様そのものというより、神様の心情と一つになった父母として文先生とともに立っているという意味です。韓鶴子夫人が単独で自分のことを証することはなく、また独生子、独生女という言葉と無原罪という言葉は無原罪でなければ独生子、独生女にはなれないが、責任分担を果たしてこそ、独生子、独生女になれる。それは、アダムとエバの責任を果たしてこそ、神様の最初の独り息子、独り娘としての役割を果たせるという意味なのです。三大王権もその意味で、御父母様と心情的に一つになっていてこそ同位権、同参権が与えられ、同等の立場になるのです。その意味で、亨進様は、真の父母を否定すれば私の価値はないと言い、一体化しているかに見えましたが、韓鶴子夫人を疑い韓鶴子夫人の発言の翻意をことごとくまげてとらえてしまっています。なぜこんなに曲げることができるのか理解しがたいほど・・・。ルポライターさんも偏った悪い情報ばかり真に受けている状況、まあ、仕方がないですが・・・。

お写真について

この話は、虚偽であることが真の父母宣布文サイトで書かれているのでじっくりとお読みになってこんな記事を載せ続けることを恥じてくださいませ。たまたま、基元節のときの写真がバックにあるところを中心に写真撮影しただけでほかの場所に文先生と共に写っている写真が飾られたままです。まだ、この記事も残しているのって意図的ですか?ライターとしての倫理観が疑われます。亨進様にこんなことをそのまま伝えている工作員もおられるようですし、でもこんな工作活動にいつまでも振り回されないようになってほしいと私は思っています。

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