後藤徹の陳述書? 

後藤陳述書(14)

陳述書の構成 (08年4月2日作成)
1・略歴/2・統一教会への入会/3・第1回目の監禁/4・第1回目の監禁から脱出後の経緯
5・第2回目の監禁/(1) 新潟のマンションでの監禁/(2) 東京のマンション(1カ所目)での監禁/(3) 東京のマンション(2カ所目)での監禁/(4) 宮村等による脱会説得/(5) ハンガーストライキの決行(第1回目21日間)/(6) ハンガーストライキの決行(第2回目21日間)/(7) ハンガーストライキの決行(第3回目30日間)/(8) 監禁からの解放
6.入院後の経緯
7.最後に
 青色が今回アップしたところです。



7.最後に

 自由民主主義の認められている日本にあって、信仰を棄教させるために12年5ヶ月間もの長期に亘って監禁し、集団で非難を浴びせ、精神的・肉体的に虐待して苦痛を与え、脱会を強要するこのような行いは、拷問以外の何ものでもなく、絶対に許すことができません。

一体私がどのような罪を犯したために、12年5ヶ月もの期間、留置されなければならなかったのでしょうか?

兄や兄嫁は、元々自由意志で信仰心に燃えて統一教会の信仰をしていたにも拘わらず、脱会した後になって、意に反して伝道され活動に従事させられたなどと嘘の主張をして、「青春を返せ裁判」を起こし、統一教会から賠償金を得ています。

それに比べ、私は31歳から44歳までの12年5ヶ月間、狭いマンションの一室に拘束され続け、信教の自由、結婚の自由、職業選択の自由、居住移転の自由、投票の自由を奪われたことは元より、人間の尊厳を根底から否定し尽くされ、貴重な人生を台無しにさせられました。しかも、監禁中は人間性を無視した非難、罵倒、中傷と、監禁を継続するための暴行傷害、そして食事制裁による拷問を受け棄教を強要され続けました。

しかも健康診断などが受けられなかったことは元より、40度近い高熱が出ても病院にすら行くことを許されず、餓死寸前になっても解放されませんでした。


このような犯罪は前代未聞です。ところが、監禁に関与してきた家族や宮村等には一切の反省もなく、それどころか、宮村は荻窪フラワーホームの玄関ドアが南京錠などで施錠されていたことを知らなかったなどと言って責任逃れをする構えを見せているのです。

 私が12年5ヶ月にも亘る監禁と精神的・肉体的虐待にも拘わらず統一教会の信仰を失わなかった理由の一つは、監禁している側の残虐な行いを目の当たりにすればする程、統一教会に反対している宮村や家族等こそが悪の権化であって、自分は死んでもあのような悪の一味には属したくないという思いを強く抱いたことと、不当な監禁現場からいつの日か必ず自由の身となって、この悪質な人権侵害を万人に訴えていかなければならないという使命感を強く持ったためです。

 巣鴨警察署長を始め司法関係者各位におかれましては、どうか、本件監禁に関与した全員を厳罰に処して頂き、自由と人権が認められる現代国家にあっては、このような残虐な行為は絶対にしてはならないのだということを、満天下にはっきりと示して頂きたいと、心より念願するものです。
以 上



 これで後藤陳述書は終わります。熱心に読んでいただき、ありがとうございました。
 感想をコメントにお寄せいただければ幸いです。なおかつ議論ができればこのうえなしです。







後藤さんの陳述書の呼びかけに応えるかのように、監禁体験者、拉致監禁に異議を唱える人たちが今年2月に「拉致監禁をなくす会」を結成し、街頭宣伝などの活動を開始した。6月2日現在の会員数は「拉致監禁をなくす会」によれば40人となっている。参照記事は「ニュース(1)」 「ニュース(2)」 「ニュース(3)」。写真は横断幕を背に通行人に拉致監禁の非道さを訴える後藤さん。



 次回からは後藤陳述書を補完する資料をアップして、宮村氏のことに言及します。
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コメント

こんな質問が

 こんな質問が個人メールアドレスに届きました。

 後藤さんは監禁(1回目)されてから実家から遠ざかっていにもかかわらず、どうして実家に戻ったのか。監禁される危険性を感じなかったのか。不自然な感じがする。

 質問者からはいくつか疑問点が寄せられていますが、この質問は私もなるほどもっともな疑問と思いました。後藤陳述書(4)を読んでみてください。

 そこで、後藤さんにメールで疑問をそのまま投げかけてみました。

 以下は後藤さんからの回答です。

以下、質問に対する回答です。

①父親が、「もうあんなことはしない」と電話で話していたので、半分信じていた。

②最初の監禁から、2度目の監禁まで8年間あった。8年は、結構長かった。その間、姿をくらまし全く連絡しない⇒居場所は教えないがこちらから時々電話する⇒こちらの連絡先を教える⇒自宅以外の場所で会う⇒自宅で会う、と8年間の間に徐々に変化していったのです。最初の監禁から7~8年たった頃は、普通の話もでき、一家団欒和気藹々というところまで行っていた。父親も①の如く明言していた。私も、その様な状況下で「家族はもう諦めたな」と楽観視していた。監禁された夜も、家族と一緒に夕食をとりながら談笑していた。ところが・・・家族の様子が一変し、みな深刻な顔になり、父親が、「徹、話がある」と切り出した瞬間「やられた!」あるいは、「嵌められた!」とおもった。

③当時、教会では「家族の伝道」が特に勧められ始めた時期でもあり 「いつまでも逃げ隠れしていたら、家族を伝道できない」という思いがあった。

以上です。

 統一教会の拉致監禁予備軍に警告しておきます。
 強固に反対していた家族が統一教会に突然に理解を示すようになったとき、また家族和気あいあいとなるような雰囲気になったときこそがが要注意です。
 家族の変化はそりゃあうれしいでしょうが・・・。

 私も原理講論を読んで理解しようと努力したことがありますが、無理でした。理解できた顔になるほうが不自然です。
 実の親を疑うのは悲しいことだけど、注意してください。

後藤さん、がんばってください。

後藤さんは心身ともに極限状態にありながら、よく記憶し、よく判断し、解放されてから陳述書にまとめ上げたことに感嘆します。

陳述書の7.「最後に」は、がんばれがんばれと心の中で後押ししながら読みました。

質問に対する後藤さんの回答を読むと、年月をかけて家族との信頼関係を取り戻していったことがよくわかります。それを裏切り、騙して監禁した行為は人間としてとうてい許せないと誰もが思うと思います。

月並みですが、後藤さん、がんばってください!

ただ、ただ

大変長く一人にしてきました。 
 先輩家庭であるわれわれがしっかりしていないことが原因です。申し訳ありません。

賢き蛇になれ

統一教会に反対していた両親が、急に懐柔的になった場合、九分九厘反牧に繋がったと思ったほうが良い。食口は『氏族メシヤ』が宿命だと思っている『鳩』的な人が多い。我が家もそうだった。しかし、十年以上の闘争の末思う事は、文師の言葉に対し、是是非非、臨機応変に対応すべきだと言うことだ。イエス様が言うように、鳩には鳩で良い。しかし、蛇には蛇にならなければ、食われてしまう。後藤氏の生還は極稀な事例として捉えた方が良い。米本氏の言う監禁予備軍食口は、賢き蛇になる必要がある。監禁されて、12年以上信仰を貫く自信が無ければ、危うい場所には近づかない方が良い。信仰にも是是非非があると私は思う。それが智恵と言うものだ。

基督の山上の垂訓に
「義のために迫害される人は幸いである。天の国はその人たちのものである」とある(マタイ5章10節)

宗派が違うとはいえ基督者であるのなら、迫害は甘受すべしと思うが如何。

匿名希望さんの意見に反対です

>匿名希望さん

>宗派が違うとはいえ基督者であるの
>なら、迫害は甘受すべしと思うが如
>何。

という意見に反対します。

理由は次の通りです。

①米本氏はルポライターとして社会正義のために取り上げられています。

②家族の方の殆どはキリスト者ではありません(最終的には、多大な金を使った上、家族も傷付きます)。

③罪を放置するのは良くありません。
特に刑法に違反している恐れがあります。特に拉致監禁は重罪です。それを放置し、罪を重ねさせる事は、それを行っている当人達の為にもよくありません。引いてはキリスト教会全体の恥となりましょう。これを止めるのは善いことであると判断します。


是非とも、マーティン・ルーサー・キングJr牧師の講演集を読まれることをお勧めいたします。

間違いを正すことが、けしてキリスト教精神に反する事ではないということが解っていただけると思います。

>間違いを正すことが、けしてキリスト教精神に反する事ではないということが解っていただけると思います。

正統を自認するキリスト教は統一教会の間違いを正そうとしているのでしょう。

しかし拉致監禁を通して間違いを正そうとするやり方はどうなのでしょうか?

個人・団体の信仰姿勢と拉致監禁という犯罪行為を一緒に議論して欲しくないですね。

どんな問題でも分けて考えることが出来ず、泥沼になる事は多いですな。日本人の悪い習性ではないですか?
  • [2009/06/05 17:45]
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弁護士に問題

私は塾で中学生に公民を教えています。授業では生徒に、憲法は最高法規で、基本的人権を尊重し、身体の自由、精神の自由、経済活動の事由を犯す行為を最も許されない違法行為だと規定している、と教えています。
監禁をしたグループをバックで支持し協力していた紀藤、山口、渡辺弁護士は憲法を知った上で、監禁行為を是認したのでしょうか。もし、憲法に違反することを知っていながら、見て見ぬ振りをしていたとしたら、これは大問題です。
司法の根幹に係わる大変な問題です。
司法当局にこの事件に対するコメントを聞きたいものです。

後藤陳述書(14)

陳述書の構成 (08年4月2日作成)
1・略歴/2・統一教会への入会/3・第1回目の監禁/4・第1回目の監禁から脱出後の経緯
5・第2回目の監禁/(1) 新潟のマンションでの監禁/(2) 東京のマンション(1カ所目)での監禁/(3) 東京のマンション(2カ所目)での監禁/(4) 宮村等による脱会説得/(5) ハンガーストライキの決行(第1回目21日間)/(6) ハンガーストライキの決行(第2回目21日間)/(7) ハンガーストライキの決行(第3回目30日間)/(8) 監禁からの解放
6.入院後の経緯
7.最後に
 青色が今回アップしたところです。



7.最後に

 自由民主主義の認められている日本にあって、信仰を棄教させるために12年5ヶ月間もの長期に亘って監禁し、集団で非難を浴びせ、精神的・肉体的に虐待して苦痛を与え、脱会を強要するこのような行いは、拷問以外の何ものでもなく、絶対に許すことができません。
一体私がどのような罪を犯したために、12年5ヶ月もの期間、留置されなければならなかったのでしょうか?

兄や兄嫁は、元々自由意志で信仰心に燃えて統一教会の信仰をしていたにも拘わらず、脱会した後になって、意に反して伝道され活動に従事させられたなどと嘘の主張をして、「青春を返せ裁判」を起こし、統一教会から賠償金を得ています。

それに比べ、私は31歳から44歳までの12年5ヶ月間、狭いマンションの一室に拘束され続け、信教の自由、結婚の自由、職業選択の自由、居住移転の自由、投票の自由を奪われたことは元より、人間の尊厳を根底から否定し尽くされ、貴重な人生を台無しにさせられました。しかも、監禁中は人間性を無視した非難、罵倒、中傷と、監禁を継続するための暴行傷害、そして食事制裁による拷問を受け棄教を強要され続けました。

しかも健康診断などが受けられなかったことは元より、40度近い高熱が出ても病院にすら行くことを許されず、餓死寸前になっても解放されませんでした。

このような犯罪は前代未聞です。ところが、監禁に関与してきた家族や宮村等には一切の反省もなく、それどころか、宮村は荻窪フラワーホームの玄関ドアが南京錠などで施錠されていたことを知らなかったなどと言って責任逃れをする構えを見せているのです。

 私が12年5ヶ月にも亘る監禁と精神的・肉体的虐待にも拘わらず統一教会の信仰を失わなかった理由の一つは、監禁している側の残虐な行いを目の当たりにすればする程、統一教会に反対している宮村や家族等こそが悪の権化であって、自分は死んでもあのような悪の一味には属したくないという思いを強く抱いたことと、不当な監禁現場からいつの日か必ず自由の身となって、この悪質な人権侵害を万人に訴えていかなければならないという使命感を強く持ったためです。

 巣鴨警察署長を始め司法関係者各位におかれましては、どうか、本件監禁に関与した全員を厳罰に処して頂き、自由と人権が認められる現代国家にあっては、このような残虐な行為は絶対にしてはならないのだということを、満天下にはっきりと示して頂きたいと、心より念願するものです。
以 上


 これで後藤陳述書は終わります。熱心に読んでいただき、ありがとうございました。
 感想をコメントにお寄せいただければ幸いです。なおかつ議論ができればこのうえなしです。








後藤さんの陳述書の呼びかけに応えるかのように、監禁体験者、拉致監禁に異議を唱える人たちが今年2月に「拉致監禁をなくす会」を結成し、街頭宣伝などの活動を開始した。6月2日現在の会員数は「拉致監禁をなくす会」によれば40人となっている。参照記事は「ニュース(1)」 「ニュース(2)」 「ニュース(3)」。写真は横断幕を背に通行人に拉致監禁の非道さを訴える後藤さん。



 次回からは後藤陳述書を補完する資料をアップして、宮村氏のことに言及します。

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