島送りその後-続報(金ジョンヨル・丁鍾瑚・具容主) 

韓国統一の植民地化路線(8)

 「本部待機組は島送りに。その後は・・・」 の続報である。

<礼拝時間に亨進のYouTube説教を紹介したとして、清平送りになったキム某宣教師>

 宣教師は間違いで、金ジョンヨルというソウル大出身の教会長だった。
 事情通が語る。
「即刻クビという話になったが、郭、神山両氏の除名騒ぎの直後であり、H2(文亨進氏)の方に引き込まれても大変なことになるという宋総会長の配慮によって清平21修にぶち込まれた。今月初めに「滋賀の彦根教会」に人事になった。その教会は安ヨンソプ(現復興局長)が以前いた教会で、そこの婦人部長が監視役を任されていると思われる」
 
 金ジョンヨルさん、負けないでね。彦根教会員は金ジョンヨルさんが不当な扱いをされないか、それこそ監視してくださいね。

 <金ヨンイルと丁鍾瑚の消息は不明。朝鮮半島に戻されたのであれば慶賀である>

丁鍾瑚は名古屋で資産家の夫人と優雅に暮らしているもようだ」(事情通)



 名古屋市民のみなさま。この写真の人物を見かけたら、「あんた、統一教会でどんなワルしたんかい」と質問してくださいね。


 <清平送りになったのは8人に加え、もう1人いた。昨年の10月まで東京・葛飾教会で教会長をしていた具容主である。どんな不祥事をしでかしたのやら>

 具容主(グヨンジュ)の過去の不祥事が判明した。
 ブログ目安箱で、告発されたG教会長が具容主だった。
「祝福献金強要の事実 〔実録音声ファイル〕 ( Kさんより )」(2013年7月15日)

 事件の概要は、目安箱の管理人さんがブログで書かれていた補足説明を借りる。
(引用はじめ)
 3回にわたるKさんの投稿ですが、いきさつを少々まとめて解説をさせていただきます。
 まず、Kさんは6500双(既成)の家庭です。
 このKさんの息子さんが今回問題になった、カードの名義を貸し、さらに知らないうちに借入れ額(枠)が増額され、そのカード借入残高を、祝福献金として受け止めることを強要されたわけです。
 Kさんは、去年の暮れに上記のような事実があったことを、息子から聞き、これは、聞き捨てならないことだと思い、このG教会長に説明を求めたわけです。
 その時の会話の録音がこの音声ファイルです。

 息子さんが以前勤めていた(研修)店舗の店長に頼まれたたことがカードを作った発端です。Kさんは、カードの借入残高分がなぜ祝福献金に振り替えられるのか納得がいかないため、当時の店長Iさんに何度も説明を求めていましたが、誠意ある回答はありませんでした。
 最終的には、そのカード残高分の返還を求めて、I元店長に内容証明郵便を送りつけています。しかし、これにもIさん及び地元教会関係者からは誠意のある回答はありませんでした。
(引用終わり)

 ものすごく端折って言えば、Kさんの息子がカードの名義を貸した。具容主教会長らはそのカードで高額のお金を引き出した。カード会社は当然、息子に返済を求める。息子は教会に文句を言った。
 そうしたところ、具容主教会長らは「返済額は祝福献金だと思え」と突っぱねた。
 もうムチャクチャである。
 Kさんらは、会話の録音テープを証拠に、本部に公開質問状を送った。
 

 約6分間の録音である。ぜひ、聞いてもらいたい。

「特に日本人は国 国家的蕩減がある国としてですね 日本人がそれもできなければ日本人の祝福家庭に入らないんですね なぜ、日本人は罪が多い だから 罪が多いですね 罪が多いからそのくらいできなければ」 

 強盗の居直りである

 このあと、具容主は横滑り的人事で葛飾教会の教会長となった。きちんと適正に処分しないから、また葛飾で不祥事をしでかし、島送りになった。島帰りの具容主を欲しがるような教会があるとすれば、具容主と同類の韓国人牧会者のところであろう。

 具容主さんがやってきた教会のシックの方へ。一言、ぐちゃんが来たよと、教えてくださいね。

る婦人シックの分析である。
「本部は、よほどでなければ、韓国人牧会者を切ることはしません。しないというより、アダム国家から派遣されてきた人という心理からできないというのが正しいかも。しかし、あまりにもひどい韓国人牧会者に大事な教会(教区本部やそれに準ずる所)を任せることはできない。その結果、小さな教会に人事にするのです」

具体的実例
盧ヨナ氏の場合=第7地区長(パワハラ)→西静岡教区長(パワハラ?)→宮崎台教会長
裵柄喆(ぺ ビョンチョル)氏の場合=小田原教会(教区長と対立?)→横須賀教会長(?)→青葉台教会長→


れがこれまでの不祥事牧会者に対する本部の対応だった。小さい教会に所属する食口や哀れ、である。
 大→中→小といったようなことを繰り返していれば、食口たちは逃散するだけである。
 確かに、前の記事で紹介したように、島から戻ってきても小さな教会だろうが牧会者にしないという方針は進歩である。
 だが、今の教会が置かれた危機的状況、自壊の一途を辿っている状況からすれば、生ぬるい。
 投稿者の誰かが書いていたように、不祥事を犯した韓国人牧会者には清平島送り後、娑婆(日本)に戻さず、島がある韓国に留めておくべきだ。すなわち、ワルの韓国人牧会者は半島に帰れ-の勧めである。

【参照記事】「韓国人牧会者が絶対に韓国へ帰らない理由」

<重要な注>東京急行電鉄田園都市線沿線にある青葉台教会には、交通の便から、複数の渋谷松濤の本部職員、事業団の職員が通っている。そのためかどうかは判然としない、信者数が多い割りには献金実績が出ていない教会として有名だそうだ。

 仄聞情報だが、教団本部広報局長の鴨野守氏もここに通っている。
 これが事実なら、どういうことになるのか。
 裵柄喆(ぺ ビョンチョル)教会長は、本部局長の前で、同じ信徒の秀さんを罵倒したことになる。
362145l.jpg
 ぺ氏の礼拝説教は以下の通りである。
「【仰天】反日極〇韓国人牧会者礼拝説教」
「6月21日ぺー教会長の聖日礼拝 1<」/a>
「6月21日ぺー教会長の聖日礼拝 2 ぺー教会長大反論!」

 局長以上で構成される執行部は、教団の最高意思決定機関だと聞いた。会社でいえば、局長以上は取締役、意思決定機関は取締役会に相当する。
 換言すれば、役員ではない一介の営業所長が、役員の前で、平然と社員を罵倒したということだ。社員に問題があればともかく、上の3つの記事を読んでもらえばわかる通り、社員(平信徒の秀さん)には何の問題もない。
 このことから言えるのは、次のことである。

 ぺ教会長は、目の前にいる局長の存在など歯牙にもかけていなかった。
 鴨野広報局長は、ペ教会長の説教に苦言を呈しなかった。


 ここに、今の日本統一教会内での力関係を見ることができる。
 一介の韓国人教会長のほうが本部広報局長より格が上、ということなのだ。
 秀さんは、日本の本部に質問している。
 回答があるかどうかで、力関係がはっきりするだろう。

鴨野氏が青葉台教会に所属していない、所属していたとしても当日の日曜礼拝には参加していなかった。というのであれば、記事の該当部分を削除するとともに謝罪する。
 ただし、このことは「回答があるかどうかで力関係がはっきりする」という結論部分とは関係ないことである。



論説:信仰者は謙虚でなければならない

 『別冊宝島』150号記念特集号は、1~149号で編集者が面白かった記事を再録するというものだった。『いまどきの神さま』で書いた拙文も選ばれた。幸福の科学の大川隆法氏を批評するルポであった。書き手からの一言欄があったので、こう綴った。
「信仰心はまるでないのだが、信仰者は好きである。それは自分を超越する存在と向き合っているため、謙虚な人が多いからだ。その点、ルポの対象、大川氏に謙虚さはなく、傲慢だから嫌いだ」(記憶に基づいて書いているので、正確ではない)

 そうしたら、幸福の科学は当の「150号」ではなく、それ以前に著した『大川隆法の霊言―神理百問百答』を名誉毀損だとして訴えてきた。損害賠償金はなんと1億円
 謙虚さが足りない傲慢だと記者から指摘されたら、それこそ謙虚に反省すればいいだけのこと。それが真っ当な信仰者というものだ。

 今これと似たようなことが統一教会の幹部と私との間で、起きつつある。
 社会規範に合致するような徳野通達を自ら破っている徳野氏への批判、脱法行為を勧める徳野氏への批判、韓国人牧会者の不正告発、献金横領疑惑などの清平批判、文家末娘の恋愛結婚の疑義-などなど、統一教会を批判するブログを書いてきたことに対する反発が強まっているのだ。
 外部からの批判に謙虚に耳を傾け、その批判が真っ当なものであれば、批判されるようなことをなくしていけばいいだけのことである。それが信仰者のあるべき姿であるはず。

 口幅ったいのだが、韓国やアメリカのサイトに転載されるなど、火の粉ブログは影響力を増している。ヤンチャンシク氏も文亨進氏への手紙で火の粉ブログに言及していたし、青葉教会のペ教会長もそうだ。
 韓国人シックは火の粉ブログが更新されるたびに仲間シックに記事を送信しているそうだ。
 アメリカシックからはこんなメールもいただいている。
「いつも貴重な情報を有難うございます。米本さんのブログは、ここアメリカでもディスカッションの場では、貴重な情報ソースになっています。ネットに世界から集まった元食口や現役達ですが。感謝をお伝えしたくて」

 批判されればムッとするのは当然だろう。しかし、悪感情を抱いたあと、深呼吸をして「私は信仰者なのだ」、と自覚してもらいたい。 そうでなければ、ますます道を外れていく。



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コメント

Re:信仰者は謙虚でなければならない

米本さんの論説を読んで、涙が出そうになりました。

これを読んで、謙虚に受け止めることができないのならば、信仰者を自称することは辞めてほしい。

ブログ村のランキングを見ても、上位の多くは統一教会批判のブログばかり、ネット見る多くの食口は、今の統一教会に呆れ果ててしまっている事を如実に物語っていると思います。
統一教会を本物にしたいならば、一日も早く組織改革に取り組むしかありません。その最も大きな助けになってるのは「火の粉」ブログであることは間違いありません。食口の皆様、幹部の皆様 謙虚になって耳を傾けて下さることを願ってやみません。
  • [2015/07/04 12:27]
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悪魔の呪い

 >「特に日本人は国 国家的蕩減がある国としてですね 日本人がそれもできなければ日本人の祝福家庭に入らないんですね なぜ、日本人は罪が多い だから 罪が多いですね 罪が多いからそのくらいできなければ」 

 純真な信者に借金返済を押し付けた「聖職者」のありがたいお言葉である。

 反日の呪いは韓国憲法より上位にあり、さらにキリストの教え、統一原理の本質より上位にあることからの当然の帰結である。
 韓国人は悟らなければならない。日本を怨み、さげすみ、嘲るその思いはすべて悪魔からくるものであり、神からくるものではない。あなた方は悪魔に魅入られその虜になっているのである。
 「慰安婦がー」と騒げば、ベトナムのライダイハンが明らかとなり、韓国動乱時の米兵韓国兵向け慰安婦が明らかとなった。「虐殺されたー」と騒げば、ベトナムでの市民虐殺、イスンマン政権の国民虐殺、戦後日本で朝鮮人が犯した数々の略奪、強姦、暴行、殺戮の暴虐がタブーから解き放たれ、日本人周知のものとなってきた。
 罪のないものが石を投げよとキリストは言った。呪いはブーメランとなって帰ってくるからだ。
 文先生はなぜ日本を呪う言葉を数々残したのか。ある人は教祖こそ反日の親玉であるという。それでも教祖を信じるとしたら、ウルトラCの解釈はこうである。
 つまり先生は、弟子である韓国人幹部信者が「先生、私たちはそれでも日本を許し愛します」と言うのを待っていたのだということだ。
 挑発しても挑発しても「私は恩讐を愛します」と言わなければ、神の説く愛の勝利者にはなれないのだ。
 韓国人牧会者たちは、そのことこそ自らに課せられた、教祖も干渉できない人間の責任分担なのだと悟らなければならないのである。
 史実を学んだことのない日本人シックは教祖の言葉を甘受した。頭を下げ申し訳ないと涙を流した。
 日本人は国家的にも教会的にも、独善的で一方的な韓国の呪いと糾弾に対し、誠意をもって対応してきた。
 しかし、パックネ大統領は加害者は1000年たっても加害者だ、恨みを忘れることは永遠にないと宣言し、教会もそれに追随した。「よく言った」と神がいわっるだろうか。文先生が霊界で「その通り。もっと恨め」と声援を送っているだろうか。考えてみるがよい。もしそうだというなら、統一教会は呪われた悪魔の教団ということになるだろう。
 蕩減期間は過ぎたのである。昨今の内外情勢の激変は摂理の転換期を明示している。
 

韓国はアダム国家?

>アダム国家から派遣されてきた人・・・

昔は、統一朝鮮がアダム国家で、韓国自体はアダム国家ではない と聞いてましたが・・・

>息子さんが以前勤めていた(研修)店舗の店長に頼まれたたことがカードを作った発端です。

カードを作らせ、その部署、教会がカードを預かるというのは、いつものことです。昔、東京の教会で、旧富〇銀行にシックが務めているから、借入カードの審査が緩いのでつくってください。と言われ、多数が借入カードをつくりました。(私も)そして、ほとんどの人がカードを預けました。また、別の教会にいた人は、カードを預けたまま教会を変わり、借入カードを誰が持っているのか、どこに行ったのかわからなくなったそうです。でも、カードは使用され続け、請求だけはくると言ってました。(昔のことです)
もう、犯罪なので告訴して警察に逮捕してもらい、韓国人は韓国に帰すべきです。そうすれば、犯罪者だから日本には来れないのでは?
★韓国人牧会者が自分のカードを勝手に使われたら、どうするか、見てみたいもんだ。全ての韓国人牧会者さん、カードを作って、あちこちの献金実績の悪い教会に預けてください!日本シックのようにできますか?記事と同じことを教会長から言われたらどうしますか?真面目な人もいると思いますが、連帯責任です。

※韓国人牧会者は、何でこんなに日本にしがみつくのか? 迷惑千万! 
 もういいから帰れ!帰れ!帰れ!

感動です

>信仰心はまるでないのだが、信仰者は好きである。それは自分を超越する存在と向き合っているため、謙虚な人が多いからだ。

こんな観点で見て下さっているのですね。そんな米本さんこそ、普通の信仰者よりももっと信仰心をお持ちだ、といえるではないかと思います。

>外部からの批判に謙虚に耳を傾け、その批判が真っ当なものであれば、批判されるようなことをなくしていけばいいだけのことである。それが信仰者のあるべき姿であるはず。

然り、然り、その通りです。そして、統一教会が良くなって欲しいです。

私も 「勝手に食口代表」さんと同じように、涙が出そうになりました。感動です。

祝福も地に落ちたね。7男さんの祝福が本物です。

録音を聞きました。
み言葉を自分の都合のいいように利用して、金をせびるとは許せないやつですね。
そもそも献金の真意がわかってないですね。
裁判でもおこしてきちんと返してもらって下さい。そして、7男さんのところで、まともな祝福を受けて下さい。

一応ね、定義としてはアダム国家だよ

本来アダム国家としての役割が果たせるのは、統一された韓半島を持ってしてではとないかと思います。

それでこそ、東アジアのバランサーでも虎とでも何とでも名乗れましょう。

では、今の状態は?
中国の政治的傀儡、日本の経済的傀儡、アメリカの軍事的傀儡で、かつ半島の中の更に半分のみの国ですから…

さながら半身不随で、更には碌に職にもつけない飲んべえのまま、妻の稼ぎを乱雑使い果たしているクソ親父ってのが父の国、アダム国家の現状でしょう。

そんな親父に対して、元はアバズレだった事に後ろめたさを感じてか、ついつい財布ごと預けて貢いでしまう依存性の母の国。

そんな腐った親を見て育ったのが脛かじりで口だけ達者なニート長男アメリカ。

こんなもんかなと。

釈迦に説法で申し訳ないのですが

はじめましてm(__)m
滋賀県民の統一教会員です。あの、ちょっと違うところがあって投稿させてもらいました。安さんは彦根教会でなく以前は守山教会という名前でしたが今は”滋賀教会”です。3カ月ほどおられてその後人事でどこに行かれたかは存じませんが清平でちょこちょこお見かけしました。

人が先、お金が先?

彼の発言は祝福をお金で買わせているようにとれる。それも高額で、脅迫的で。これって詐欺に似てないか。50~60年前、文総裁は、莫大なお金を持って、教会をはじめられたのか。無一文だったはずだ。それでも、たくさんの人が、入ってきた。それらの人々が自然に献金するようになった、と思うが。どこから、歯車がはずれたのか。

タイガーさんに1票!

タイガーさんの「悪魔の呪い」に1票!
"ウルトラC"の解釈に強く同意しますが、時代的には"ウルトラG難度"くらいの評価が必要でしょうね。

信仰の原点

>書き手からの一言欄があったので、こう綴った。
「信仰心はまるでないのだが、信仰者は好きである。それは自分を超越する存在と向き合っているため、謙虚な人が多いからだ。その点、ルポの対象、大川氏に謙虚さはなく、傲慢だから嫌いだ」(記憶に基づいて書いているので、正確ではない)


 米本さんがイメージする「信仰者」は統一教会に多いような‘人間’を信仰する「信仰者」ではなく、純粋に‘神’‘仏’を信仰する「信仰者」を指しているのだと思います。
 ‘人間’を信仰する「信仰者」を果たして「信仰者」と呼べるのかどうか、甚だ疑問ですが、その人間を‘自分を超越する存在’‘依存すべき存在’として崇めていることは確かなので、言葉の解釈を広げれば、低次元の「信仰者」と呼ぶことはできるのかもしれません。
 米本さんがイメージする「信仰者」は、‘人間’を信仰する「信仰者」ではなく、‘神’‘仏’を真剣に探究する、求道者と呼んでも良いような「信仰者」を指しているのだと思います。

 統一教会の信者は「あなたは、いったい何を信じているのですか?」と問われれば、「真の御父母様を信じています。」と答える人がほとんどだと思います。
 米本さんは、近年の統一教会で起きた出来事を観察し、統一教会は激しく変化したと感じておられるわけですが、現在、多くの分派と呼ばれる信者達が現れて教会本部を厳しく批判しているのを見ても、それは過去にはなかったような現象であり、統一教会の変化は間違いないことではあります。
 しかし、主流の統一教会員の信仰対象を考えた場合には、「真の父母」が絶対であるのは教会本体側も分派側も同じであって、その点では違わず、むしろ、自分達の方が「真の父母」の伝統を正しく継承していると主張し、お互いに相手を「真の父母」から離反する者達として批判し合っているのです。

 米本さんは無神論者であり、宗教信者であれば、皆一括りにして考えたとしても仕方がないと思いますが、統一教会信者に関しては、主流でない者達も含めれば、信者によって、その信仰内容にはかなり大きな違いがあるのが現実なのです。
 私が統一教会に入教して教会生活をし、最初に他の統一教会員に違和感を覚えたのは、そのお祈りの言葉を聞いた時でした。
 一般的なクリスチャンであれば、目に見えぬ超越者である‘神’に対して語りかけるつもりで祈祷するので、当然「天のお父様、…」などと‘神’に向かって話しかけます。
 しかし、統一教会員の中には、‘神’に呼びかけながらも、同時に、「真の父母」に向かって呼びかけながらお祈りする信者達が思いの外多いのです。
 私にとって、それはかなり違和感があり、理解し難いことでした。
 それは、明らかに‘人間’を神格化しており、‘統一原理’から考えても矛盾しているので、信仰自体の浅薄さを感じ、違和感を取り除くことはできなかったのです。

 事実、統一教会員と信仰について語り合うと、無形の‘神’を心の中心としている信者と、人間「真の父母」を絶対視し、信仰の中心としている信者に分かれるのがわかります。
 過去に、ヨーロッパの統一教会員達が主体のIOWC(国際統一十字軍)と名付けられた伝道チームが結成されて、日本に送られて来たことがありましたが、そのメンバー達と話した際、予想外の言葉に驚いたのを今でも覚えています。
 当時は統一原理を学んで、優れた面の感動が大きかった為、それを探究した文先生には至上の価値があり、神が予定した‘メシア’に違いないと本気で信じていました。
 従って、そのヨーロッパから宣教師として日本に来たメンバー達も、私と同じように文先生をメシアとして特別に崇敬していると思っていたのです。
 ところが、そのメンバーの一人と話したところ、予想もしない言葉を聞くことになったのです。
 そのメンバーがIOWCのヨーロッパ人リーダーについて紹介してくれた際、そのリーダーは優れた人格者であり、レベルとして文先生と同じくらいだろう、というような言葉で紹介されたのです。
 つまり、そのヨーロッパ人統一教会員は、文先生を超越した存在とは考えておらず、最高に優れた人間の中の一人というような見方だったのです。
 未熟な信仰者であった私は‘人間’をまったく神格化しない西洋人の人間観を実感し、一種のカルチャーショックを受けました。
 そこで、同じ統一原理を受け入れている統一教会員であったとしても、世界の信者達を対比すれば、文先生に対する観点には根本的な違いがあることも実感させられたのです。

 私の場合は教会生活を送りながらも、原理講論や統一思想要網などをより深く学んでいくことによって、‘神’の存在についても次第に知的に整理されるようになり、人間との相対関係についても‘原理的’な認識が得られるようになったのです。
 つまり、統一原理は最も基本的な部分において、‘神’を形象化できない存在、根源的存在と捉えており、必然的に個性を持たざるを得ない一個体の人間がその表象となることはないことを明確に理解するようになったのです。
 従って、教会員として生活していても、祈祷で文先生に向かってお祈りをしたり、文先生を神格化して語る統一教会員を見ると、‘神’を理解できていない低次元の信仰者と判断する以外になくなったのです。

 しかしながら、その私の信仰は原理講論の基本部分や統一思想要網などから生み出されたもので、文先生の‘御言葉’を絶対化すると、まったく違った信仰が生まれるようにもなるのです。
 文先生は‘神’に個性を与えて人間的人格神として語り、極端とも思えるほど擬人化して語るのです。
 そして、時には原理講論などとはまったく相容れないことや、科学的に間違っている事、歴史的事実と異なる事も平気で語ってしまっていたのです。
 そのため、原理講論の重要な部分をよく理解できず、もともと‘人間’を神格化しやすい依存的性格の統一教会員などは、「真の父母」教の信者となり、まったく現実離れした考えを持つ狂信者のようになることさえあるのです。
 そして、‘人間’を崇拝する「真の父母」教のような人間信仰になると、もはや‘何でもあり’の宗教となってしまうのです。
 特定の人間が‘神’の代身であるが故に、その人が矛盾したことを語ったとしても、辻褄を合わせるように解釈せねばならず、そうしなければ背信者となってしまうのです。
 当然、その神格化された‘神の代身者’が亡くなれば、分派と呼ばれる者達が続出することになります。
 そのような流れが現実となったのが、今の統一教会なのです。

 原理講論の基本部分や統一思想要網などは‘神’を第一原因として捉え、概念としてしか理解できない対象と考えているのであり、「真の父母」教とは内容が根本的に異なるのです。
 従って、統一教会員であっても、その原理講論を重要視する信者と「真の父母」を絶対視する信者では考え方が異なる事になります。
 米本さんが「傲慢だから嫌い」になるような統一教会員は、間違いなく「真の父母」教の信者だと思います。
 「真の父母」教の信者は「真の父母」に対してはこの上なく謙虚になるのですが、部外者に対してはそうならない場合が多いのです。
 「真の父母」教の信者であるならば、部外者は「サタンの血統」の人間であり、‘神’と無関係の人間と見なすわけですから、当然ながら‘上から目線’で見下げる事になります。
 そのような信者は「にほんブログ村・統一教会」でもよく見かけるので、その傲慢さは米本さんもよくご存知だと思います。
 ただ、現在では原理講論を重要視する信者は統一教会組織に止まることは難しいでしょうから、今でも組織の内部にいる信者達はほとんどが「真の父母」教なのかもしれません。

 私は、原理講論の信じ得る部分をよく研究し、統一思想要網についてもさらに追究して考えて行くならば、文先生の‘御言葉’の間違いについても明確に理解できるようになると思っています。
 これは統一教会員にとっては奇妙な論理でしかありませんが、統一教会員は 文先生は‘再臨のメシアではない’と考える以外に、現在の混沌から抜け出す方法はないと思っています。
 確かに原理講論の基本部分である創造原理や統一思想要網には優れた、画期的思想が含まれています。
 しかし、それらは文先生が‘再臨のメシア’であると考えると全て台無しになってしまうのです。
 文先生の‘御言葉’がそれらの進歩的な考えを歪曲してしまうのです。
 それは統一教会の歴史が証明しているのです。
 私は、原理講論の中にある最大の間違いであり、朝鮮民族から生まれた宗教であるが故に誤った解釈となってしてしまった『神の心情解釈』が、統一教会の宗教思想の間違いの分岐点だと思っています。
 その間違った解釈から脱却しない限り、文先生についても正しい判断ができないし、その神格化のトリックから目覚めることもできないのです。
 それについては関連する記事においてコメント投稿しようと思いますが、統一教会員が原点回帰しようとする原点とは、「真の父母」ではなく、第一原因である創造の神でなければならないことを統一教会員には理解して欲しいと思います。

信仰者

>米本さんがイメージする「信仰者」は統一教会に多いような‘人間’を信仰する「信仰者」ではなく、純粋に‘神’‘仏’を信仰する「信仰者」を指しているのだと思います。

いやいや、統一教会では神を信仰しているよ?

Re.タイガーさんに1票!

 共感者がいて下さって有難いです。
 現在、真の家庭、統一教会、世界情勢がシンクロしていると思います。
 777さんの「平和の主人・・・」分析のように、文先生は妻子をサタンに引き渡すほどに「打たれて復帰する」神の戦法を貫徹されたのだとすれば、文先生の妻韓鶴子氏に対する仕打ちは、まさに文先生の日本シックに対する仕打ち即ちエンドレス高額献金と重なり、文先生の日本国への仕打ち即ち侮日発言の数々と重なります。
 韓鶴子氏がその仕打ちを甘受して子女と一つになり、日本人シックがその仕打ちを甘受して韓国人シックと一つになり、日本がその仕打ちを甘受して韓国と一つとなること、それがサタン屈服の世界的基盤に直結するということです。
 日本人シックは文先生のめちゃくちゃな命令を遂行し、日本は文先生と韓国民からの侮辱の言葉を甘受し続けその使命を果たしてきました。
 残されている蕩減条件は、韓鶴子氏が受けてきた試練を甘受し感謝し、神の創造目的である超民族、超宗教、超人種の理念を子女たちと一つになって世界に宣布することです。
 その中で、日本と日本人シックに対する感謝と慰労の言葉を発すれば、韓国に憑りついたサタンが分立され、霧が晴れたように韓国民の反日感情が薄れ消えていくことになるのだと思います。反日を捨てた韓国を受け入れることは日本人には難しくありません。過去は水に流すからです。
 文先生のされてきたことが、真に神の摂理であったなら、必ずそのようになるはずだと思います。
ウルトラFの難易度ですが。 

連投失礼。ウルトラZになりました。

 世界遺産登録で韓国が言い掛かりをつけ、「強制」徴用の言質を取って、性懲りもなく「謝罪しろー、金を出せー」とゆする気満々のようです。
 しかし、河野談話の時は日本人は皆ぼんやりしていましたが、このたびは日本国中の反韓感情に火が付きました。
 もはや生半可な外交テクニックでは解決できないでしょう。日本政府は、今まで韓国を慮ってはっきりと口にしなかった日本の歴史的立場を世界に発信することになります。
 韓国人には耐えられないでしょうから、日韓関係は一層冷え込み、韓国は経済、外交ともに八方ふさがりになるでしょう。
 日本はと言えば、この2年を見ればわかるとおり、むしろ霧が晴れたように運勢好転しています。
 巷に「Kの法則」とやらが流布されていますが、韓国と係るとろくなことがないということで、その認識は一層広く日本人に浸透するでしょう。
 統一教会の韓国人牧会者がますますファビョって反日侮日礼拝をするようになるでしょう。情弱のおめでたい日本シックもだんだん目覚めてくるでしょう。
 しかし、もう今までのように甘えは通用しないということです。ボールは韓国側にあると思います。教会も政府も。

統一教会も歳をとって痴呆症なのか?

>外部からの批判に謙虚に耳を傾け、その批判が真っ当なものであれば、批判されるようなことをなくしていけばいいだけのことである。それが信仰者のあるべき姿であるはず<

ごもっともです!しかし、やっぱり統一教会は朝鮮半島の朝鮮民族が設立し運営しているせいか、昔から外部からの真っ当な批判に謙虚に耳を傾けません。それどころか、今では内部からの真っ当な批判にも耳を傾けない。傾けても無視し続けるナマケモノ脳です。

>批判されればムッとするのは当然だろう。しかし、悪感情を抱いたと、深呼吸をして「私は信仰者なだ」と自覚してもらいたい。 そうでなけば、ますます道を外れていく<

仰る通りです。もう、聞く耳がないのですね!独善的で排他的な井の中の蛙ですね。


タイガーさん

 >>ウルトラFの難易度
ムーニーサルト4回転半ですね。
しかしひねりすぎて着地失敗パターンです。

 タイガーさんあんまり難しく考えないことですよ。
 私もかつて貴方のように悶々としてましたからわかります。
 ひねったり回転したりしてると
 どんどん矛盾の泥沼に入り込みます。
 素直に跳び箱(文教祖が再臨主でないと悟ること)
 さえ跳べれば良いんです。

具さんー

v-390具さんはー日立教会の教会長の時に直接お話ししたことがありますービジュアルも良いしーもちろん聡明であられますしー好きな教会長でしたよー
140万の祝福献金はー祝福前にハッキリと説明されますのでー出来ないのであればーやはり別の道を探すしかないのでは・・・と思いましたー

ムーニーサルト4回転半

 777さんも4研さんもメシヤ擁護の超絶美技探しに苦闘中のようですしね。と言っては失礼かな。
 理屈をあれこれこねくり回して思考実験しても、擁護する端からぼろが出るメシヤ一家、メシヤを奉じる統一教会ですからきりがありません。
 いい加減にしてくれよと脱力しながら、あらたなウルトラ美技理論を探し続けて早10数年。
 現状ムーニーサルト4回転半で着地失敗しそうですから、新たな脳内実験で次なる技を・・・。時間ありますし。
 悟りの道のりは遠いです。

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