今や「世界先祖解怨教会」へまっしぐら。 

高額エンドレス献金・2013年~(11)

先祖解怨も成績に! 

 来る5月30日、いよいよ「Peaceパレスの奉献式」、「侍墓路程の勝利の式典」がラスベガスで開催される。韓鶴子さんのヒサビの晴れ舞台である。
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 式典の名前は仰々しくても、要するに献金集めを狙いの一つとしたイベントである。次の金集めの名目は文鮮明聖和三周年だろうが、そのあと何にするかは、ちと頭がいる。悪魔連盟諸君、悪知恵を絞ってくれたまえ。

 現在、激しい献金集めの追い込みが始まっており、先日の20日には全国地区長(代表教区長)のインターネット会議」が開かれ、「20日までに月間目標の80%、27日までに100%達成」の檄が飛ばされた。
 教会の責任者はラスベガスの式典に参加せよ。そのためには献金に勝利せよ。要するに、責任者と勝利者は現金をラスベガスに持って来い、だ。100万円以上を機内に持ち込むときには届け出が必要ですぞ!

 興味深いことに、第5代目会長夫人の桜井節子氏も呼ばれているとか。文顯進支持を鮮明にした息子の正実君のことを問われるのか、それとも、神山威氏が来日したとき「神山先生を教会に呼んで話を聞いてみようではないか」と周囲に働きかけたことを詰問されるのか。
 しかし、桜井夫人は故松本ママに次ぐ先駆者である(3番手が神山夫人か)。徳野が頭を下げる女人である。「ご機嫌を取りたいから、懐柔したいから、ラスベガスに招待したのだろう」といった見方も。

 ところで、献金は思うように集まっていない。
【関連記事】yosia621のブログ「危機的状況に打つ手なし!献金目標達成20%!?」 (5月8日)、「15億が30億に!・・・コメントより。」(5月17日)

 ある教会長から届いた情報である。「献金は思うように集まっていないというのは正しいが、それ以外は間違いが多い記事だな」。以下、情報である。

 日本全体の年間目標は360億、月間は30億円だろう。
 3月の推測達成率は45%、4月は75%程度だ。そうなるとだなあ、3月で13億5000万円、4月で22億5000万円の献金が集まったことになる。
 日本教会の経費は年間200億円だ。月にすると16、7億円である。これは、勅使河原氏(人事部長)がみんなの前で話していた数字だから、間違いない。
 ということは、3月は日本教会の経費分も献金が入らなかったということだから、かなり深刻な状況にあると言っていいだろう。
 それにしても、yosia621のブログの内容とは大分数字が違うようで、記事にある月間6億円はあまりに低い。
 他の記述でも、根拠のない推測が先走っている印象を受ける。例えば、今は職員の給与は俸給表に基づいて支給されている。現場で勝手に減らしたり、支給しないという事は出来なくなっている。これは国進改革の成果だろうな。

<注>これまでの献金実績(推測値)は2013年が270億円、月にすると22億5000万円。2014年が262億円、同21億8000万円。【参照記事】「泥棒猫 小判くわえて 教会に」

 ちなみに、27日までに目標を達成できないことがはっきりしたためなのか、「5月度の取り組みは、6月3日までです。 天の恩恵が皆様に限りなく注がれますようにお祈り申し上げます」という公文が流れている。

 さて、本題。
 献金対策をかねてのことだろうが、2、3カ月前から、献金集めの仕組みが変更になった。
 少々ややこしいので、整理しながら説明する。
 清平関連の献金は主に天運石(180万円、600万円、1000万円)、善霊堂(180万円)、祈願書(1000円、5000円、1万円、2万円)、先祖解怨の4つだった。このうち天運石と善霊堂は、近く廃止される。これは、献金の仕組みが変わったからというわけではなく、製造業者との契約が切れたというのがその理由らしい。が、詳細は不明。新しい取引先が見つかれば、また復活するかもしれない。
 
 それはともかく、天運石、善霊堂、祈願書はこれまでその代金の一部が日本の教会(現場)の実績として評価されてきたため(成績としてカウント)、現場では販売促進を行なってきた。しかし、額の桁が違う先祖解怨は、評価の対象ではなかった。そのため、現場では「先祖解怨献金をするお金があるのなら教会に献金して欲しい」という不満の声が渦巻いていた。
 それが今回、先祖解怨も統一教会への献金だとみなされ、一転して評価されることになったのである。


真のご父母様は一体、統一と清平も一体 

「真のご父母様は一体」ならぬ<「清平」(シャーマニズム)と「統一」(宗教運動)の一体化>。合体は夫婦円満の秘訣  現場にとっては福音である。

 今回の最後の追い込みでも、「目標達成」に先祖解怨が加味されることになったから、現場では今現在、熱心に先祖解怨の勧誘を行なっているという。

 部外者からみれば、こと献金に関しての「清平」と「統一」との合体は、ようやく組織が“正常化”した、と評価することができよう。
 なぜなら、合体化前は滑稽なことに、清平と統一の間で「一つしかないシックの財布」の奪い合いをやっていたからだ。正直、バカみたいであった。【関連記事】『我らの不快な隣人』385頁
 一方、反統一の弁護士諸君にとっても福音である。先祖解怨代金の返還をストレートに日本の本部に請求することができるようになったからだ。日本の教会本部は「先祖解怨は清平マターだから、当法人は関係ない」と言えなくなった。一体は諸刃の剣。
弁護士諸君はこのことをしっかり頭に入れてね。

 別の角度から「合体」のことを論じる。
 これまで、清平がらみの内容は最終的に金持ちイタコこと、シャーマンの金孝南女史が了解しないことは出来ず、恐れ多くも真のご子女様であられる国進さまの会計監査請求を拒否できるほどに、清平はある意味アンタッチャブルな存在、治外法権ゾーンであった。
 実際、統一の韓鶴子氏よりも清平の金孝南氏の権力のほうが上ではないか、と一時期囁かれていたこともあった。

 ところが、「前回の記事」でも書いた「清平横領疑惑事件」などもあって、金孝南氏の権威は失墜し、実権が奪われてしまった。
 昨年の7月、韓鶴子氏は講話で「清平についてあれこれ言ってはいけない」と幹部たちに釘を刺していたのに、数カ月後の世界指導者特別会議で、金孝南氏の降格人事を行なった。
 悪魔連盟(全羅南道出身グループ)が韓鶴子氏に強力に働きかけたのであろう。
 とまれ、奢る平家、久しからず。宮島・厳島の紅葉饅頭はうまい。(なんのこっちゃい)
 換言すれば、悪魔連盟が敷いた「韓鶴子絶対化路線」が清平に完全に浸透したということだ。
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 今や、韓鶴子さんはメシアの椅子に座ることができるようになった。良かったね、鶴ちゃん。ハイ、拍手~ぅ
【出典】サンクチュアリ教会 Facebook(公式ページ)日本語訳サイト「お母様、そこはお父様の席です。」
 鶴ママ、「うるさいわねえ。お黙り。あたいがてっぺんなの!」

 もう一つ見落とせないのは、日本の献金が集まらなくなり、韓国本部と日本教会の話し合いの中で献金集金システムの変更が決まったのではないかということだ。韓国本部は日本食口が先祖解怨を熱心にやれば献金が入るし、日本教会は献金ノルマの評価になり、どちらにも好都合。しかも、先祖供養には締め切りがなくエンドレスである。
 数年前の本部職員の話である。
「先祖供養がメシより好きな寡婦シックがいるんですよぉ」
 これはむろん作り話ではない。私に語っていた職員もちょっと驚いた風であった。
 何の御利益もないピースパレス建設のための献金はしたくないが、先祖供養のためならばと高額献金を工面するシックは少なくないはずだ。「今や、抵抗なく献金を集めるには先祖解怨以外にはないでしょう」(現役シック)
 このため、ひょっとすれば「27日に月間目標達成」ということもあり得ない話ではない。

 話は横道に。部外者にとっては不思議でならないことがある。
 これまで、目ん玉が飛び出るほどの大金を積み、スーパーシャーマンに先祖の怨みを解いてもらっていた。しかし、そのシャーマンが事実上いなくなった。それなのに、どうして先祖の怨みを解くことができるのか・・・?
 銀行口座に大金を振り込めば、ラスベガスに現なまを持っていけば、解怨できるというのであれば、振込詐欺の光景とそう変わりがない。小生が納得できる説明を求む。


基督教統一の旗から先祖解怨の旗に

 話を戻す。
 新しい献金の仕組みには、2つの問題がある。
 1つは、先祖解怨プッシュプッシュで目標達成した・勝利したと喜んでも、それはこれまで金持ちイタコのところに入るはずのお金をぶんどっただけの話、感謝感謝のお金が新たにわいてきたのではないということだ。
 結局のところ、高額エンドレス献金の矛盾の解決を先延ばしにしただけのことで、早番行き詰まるのは目に見えている。
 ただし、最後の荒稼ぎをしたい韓国人大幹部たち(全羅南道出身の幹部)にとっては、利権争いのライバルだった金孝南一族に転がり込んだはずのお金を懐に入れることができ、ウハウハなのかもしれないが。

 もう1つは、「本部も旗を振って、先祖解怨を推進して5月と侍墓生活同参路程の追い込みに入っています」(ある教会長)という情報に関してである。こっちのほうが深刻であろう。
 統一教会の正式名称は「世界基督教統一神霊協会」。諸派に分かれている世界のキリスト教、ひいては世界の宗教を統一し、また世界平和を実現するというのが大義だったはず。内的には人格の完成と為に生きることにあった。決して「世界先祖解怨教会」ではなかったはずだ。
 本部まで「今の生活を維持したい」、背に腹は変えられないと、先祖解怨の旗振役になっているとしたら、内部改革の余地がゼロになるほどに、統一教会は変質の一途を辿っていくということを意味する。
 
 先日の新聞インタビュー記事で、アメリカのフセイン打倒直後のイラクで内戦が勃発すると予測した中東研究の第一人者、酒井啓子さんがこう語っていた。
「今の中東は、アメリカがイラクを進攻したときの中東とはまるで異なる」
 統一教会もそうである。10年前に退会した元信者が今の統一教会をみれば、「こっ、ここは統一教会ではない!」と驚くだろう。
 10年前とまでいかなくとも、文鮮明氏が亡くなってからの2年余りで統一教会は大きく変質しつつある。

 話を戻す。
 <本部が旗を振っているといっても、局長以上の執行部の顔ぶれからして、献金の鬼軍曹こと安ヨンソプ復興局長が旗を振り、他の局長たちは異議申し立てをしていないというのが実態だろう>、と思っていたら、そうではなかった。

「420代先祖解怨および先祖祝福に関する御言」の案内

 真のお母様は、去る天一国3年天暦2月28日(陽暦4月16日)、天宙清平修錬苑の次のような御言を語られました.
「全世界のすべての祝福家庭は210代先祖解怨と先祖祝福を早く完了した後、420代までしなければならない」、「420代まで先祖解怨祝福を完了することにより、世界的版図が変わるようになる。祝福を受けた先祖が積極的に子孫を協助して、驚くような奇跡が起きるようになる」と語られました。
 天地人真の父母様は祝福家庭を中心に地上と霊界を同時に復帰して,天の父母様の絶対善なる血統圏を探し立てるため、祝福家庭たちに 420代までの先祖解怨と祝福を督励されています。
 天地人真の父母様の御言を奉じ、全世界すべての祝福家庭たちが420代までの先祖解怨と祝福を完了され、絶対善霊になった先祖の協助と天運の中でビジョン2020勝利に向けて霊界と地上界が力を合わせて進んでいけるようにお祈り申し上げます。

1. 先祖解怨・祝福に関する御言の内容

1) 内容:全世界の祝福家庭たちは420代まで先祖解怨と先祖祝福を完了すること
2) 先祖解怨/祝福内容:直系、母方、父の母方、母の母方 各1代-420代まで
2. 場所:天宙清平修錬苑
3. 参加対象:全祝福家庭
4. 先祖解怨式の日程:毎週、清平特別2日修錬会にて実施
5. 先祖祝福式の日程:毎月1回実施

以上


 世界統一教会総裁・韓鶴子氏が直接、先祖解怨・先祖祝福をやれ!と指示したのである。ここが従来と決定的に異なるところだ。本部一丸となって旗を振るのは当然のことだろう。
 非教会員にとっては、一体どれだけのお金が必要なのかわからない。そこで現役シックに解説を頼んだ。

 結構計算が面倒くさいんです。(^_^;)
 まず、1~7代までは解怨・祝福セットで70万です。最初は高い。それ以降はディスカウントされます。
 7代~210代までは、 7代ごとに解怨が3万、祝福が1万です。7代ごとなので、初めの1~7代を除くと、残り29段階あることになります。
 清平での修練会(4000=0.4万)は、7代ごとだから30回(210=7×30)出ることになります。よって、210代の解怨・祝福を完了するには、
70万 +(3万+1万)× 29回 + 0.4万×30回=198万
 となります。これが1家系です。
1つの家庭で、夫の父方・母方、妻の父方・母方、で4家系ありますから、210代を4家系全部やると、
198万×4=792万

 ちなみに、210代を終わっている人が、420代までやるとすれば、先祖祝福献金と修練会費が掛かりますから、また30回の修練会に行くので、1家系で(1+0.4)× 30=42万、4家系で、42万×4=168万となります。
 したがって、420代解怨祝福勝利(4家系)には、792万+168万=960万となります。

 ただ、参加者の出費はこれで終わりません。清平までの交通費が必要です。1回で5万円とすれば、420代までに60回ですから、5×60=300万
 よって、420代解怨祝福勝利(4家系)のために食口家庭に必要な全費用は、960万+300万=1260万円なり。

 ただし、この交通費は最高額です。清平へ行く回数が最多のものです。
 いっぺんに210代なり420代までを解怨・祝福してしまえば、何十回も行く必要はありません。解怨した先祖は100日たたないと祝福できないので(同じ先祖を解怨・祝福同時にできない)、どうしても2回は行く必要はあります。
 あと、確か7代までを解怨・祝福してからでないと、210代までを進めることはできません。
 また、210代までを解怨・祝福してからでないと、420代までを進めることもできません。

 なので、清平へ行く最小の回数は、
7代までの解怨・祝福で2回、
8代から210代までの解怨・祝福で2回、
211代から420代までの解怨・祝福で2回、
-の計6回となります。

夫なり妻なりが、自分の父方・母方を同時に進めていくことは可能なので、夫と妻がそれぞれ最低6回行けばいい。2人で12回です。
 よって、交通費の最低額は、5万×12=60万。
 よって、420代解怨祝福勝利(4家系)のために食口家庭に必要な全費用・最低額は、960万+60万=1020万円なり。

 交通費を考えたら、なるべくいっぺんに解怨・祝福していったほうがいいですが、現実問題としては、そんなにたくさんの解怨・祝福献金をいっぺんに用意できません。そこら辺は、それぞれの家庭の懐事情で決まるでしょうね。

<一言>解説ありがとうございました。心から感謝です。
 先祖解怨を呼びかけている地区長、教区長、教会長、本部諸君、当然1000万円以上は出費されたのでしょうね。


 それにしても、嗚呼、♪美しき10代♪、いや違った420代!!
 1世代30年とすれば420代前が生存していたのは、今から1万2600年前。旧石器時代から縄文時代への移行期である。
* 『広辞苑』に拠れば、“世代”とは「①親・子・孫と続いてゆくおのおのの代。親の跡を継いで子に譲るまでのほぼ30年を1世代とする」

th_20150523110149e2c.jpg  無題

俺の積年の怨みは、1カ月間かけて獲ったイノシシを太郎たちに盗まれたことだ。子孫が銀行に大金を払ってくれたおかげで、怨みが解けたぞ~ぉ。 Thank you
 子孫が慕う韓鶴子さんって方は実に御心の広いお方じゃ。イノシシの怨みまで解いてくださんるじゃから。ありがたや、ありがたや

重要な追記情報(5月26日午前)

 「<文亨進様と一緒に真のお父様に帰ろう!!BBS> 天の宣布 亨進様掲示板」では、<清平での先祖解怨について>のテーマで活発な議論が行なわれている。いずれの投稿も面白いが、目を剥いたのは、number335のBobさんの証言である。
(引用はじめ)
 1月に飛行機を予約したため、5月2日から4日の修練会に参加しました。先祖解怨はしませんでした。
 そこで印象的だったのは、3回の役事のうち少なくとも1回(うっかりしましたが、おそらく2回)で、司会者が「アボジー!」ではなく「オモニーム!」と叫んで祈祷を始めたことです。
「女神崇拝」を見ました。 
(引用終わり)



ー次回は、何があっても絶対、「亨進説教」をアップします-

◆近日公開予定!「清平の黒いルーツ」(仮題)。請うご期待!

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コメント

ゴールポストがどこまでも後ろに下がる。

先祖解怨はゴールポストがどんどん後ろに下がっていきます。
やってもやってもきりがありません。
それでもまだやる人がおられることが私には信じられません。
今まで解怨された絶対善霊は何をしているのでしょうか。420代が解怨を終わるまでスタンバイして待っているのでしょうか。

払う人と使う人

結局信者からお金を出させる戦略に過ぎません。少なくとも、幹部連中は誰一人としてお金払ってこんな先祖解怨をまともに取り組んでいないでしょうね。

10年位前の話なので今はわかりませんが、事業団の幹部の方と話をしたことがありますが、「献金を払う人と使う人、あなたは今は払う側だが、使う側にならないか」と・・・。

結局幹部は信者からお金出させて自分たちが良いように使って終わりなんです。良い世界を作ろうなんて考えていません。考えていたとしても一般社会では笑われる程レベルが低く適当なものです。

世間でも利用する人と利用される人に分かれると言われますが、同じですね。

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ご利益信仰

なぜ先祖解怨がメシより好きな食口がいるかという事についてです。

日本教会が献金に大きくシフトするに当たり、献金集めの手段としてご利益を餌にしてきたという事が大きな理由の一つだと思っています。

浄財して、印鑑を買えば、霊石を買えば、問題が解決しますよから始まり、不幸の原因は先祖が恨みを受けているから、地獄にいる先祖を救わなければならないとなり、献金をして先祖解怨をすれば地獄にいる先祖が救われ絶対善霊になりますよという分かりやすい教えが、ご利益信仰の食口に見事にはまったという事ではないでしょうか。

反面、統一原理では、肉身の善行により霊人体を善化することの重要性が説かれています。天国に入るには、天国に入るに相応しい人にならなければいけませんよという事なのですが、自分を省みた時にどうも天国に入れそうもない。
しかし、先祖解怨し先祖祝福を受けた先祖は絶対善霊になっているらしい、ならば自分も多くの先祖を解怨祝福すれば、地上では借金地獄で多くの問題を抱えていても、死んで霊界に行ってから絶対善霊になれるに違いない。これはもう、統一原理よりも清平にすがるしかないという感じ。
何、統一原理にはそんな事書いていないって。
メシヤが認めたんだから、大丈夫よ(T_T)
(最近は、ある一定の基準で先祖解怨をした人は、自らが生きているうちに自らを解怨できるようにもなったらしい。)

自分には、天国に入るに相応しい人間を作ろうとした統一原理からいつの間にか離れて、地獄の沙汰も金次第になってしまったことが、そもそもの間違いだと思うのですが。

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先祖解怨・祝福献金

解怨1-7:70万、8-:3万、祝福(同じ代数でまとめれる)1-7:7万、8-:1万では?

あと、鳥が周りを飛ぶようになったせいか、CPU使用率がグンと上がっています。もう少しブログを軽くしてもらえると助かります。

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創造原理から完全に逸脱

>統一教会の正式名称は「世界基督教統一神霊協会」。諸派に分かれている世界のキリスト教、ひいては世界の宗教を統一し、また世界平和を実現するというのが大義だったはず。内的には人格の完成と為に生きることにあった。決して「世界先祖解怨教会」ではなかったはずだ。

まさにおっしゃる通りです。創造原理から完全に逸脱しています。「こんなはずではなかった!」と献身者の嘆きの声が聞こえてくるようで胸が痛みます。


>「全世界のすべての祝福家庭は210代先祖解怨と先祖祝福を早く完了した後、420代までしなければならない」

指示と言うより、シックには韓鶴子メシアの絶対命令のように聞こえて来ますね。
 全世界のすべての祝福家庭ですから、韓国人大幹部の方々は配下を詰める前に、まずは自ら率先して420代解怨、祝福献金をお捧げくださいませ。その完納の暁には実名を挙げて報告してくださることを期待しています。

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ゴールポスト移動はゆすり集りの常套手段

 アメリカ政府に「韓国疲れ」を引き起こしている、韓国政府の対日「謝罪と賠償要求」の「ゴールポスト移動」と同じで、やってもやってもきりがない。お人よしの馬鹿がカモをしょってついて来るから、次はこうしろ、次はああしろと際限なく要求がエスカレートする。
 おめでたいお人よしに付け込むやくざのゆすりタカリと一緒で、理不尽な要求には答えないという毅然とした態度が必要だ。
 韓国政府の言いがかりに毅然と対応している安倍政権の態度こそ、後天時代に天が示している統一シックがとるべき姿勢なのだと思う。
 そうしてこそ組織に寄生する「悪魔連合」の資金源を断ち、真の母を悪魔の巣窟から解放し、真の家庭が一つになる道を整えることができるのだ。いい加減に日本教会本部は悟らなければいけない。

お知らせ

 重大な追記情報を、末尾に加えました。ご一読を!

清平=大バビロン ヨハネの黙示録に予言されていた!

ヨハネの黙示録には、現在の統一教会の予言がなされています!
清平は今では、現代の免罪符となっており、腐敗・堕落しております。
その予言は着実に成就されてきております。
聖書はやはり、神様の書だと認めざるを得ません。
   ↓

その額には、秘められた意味の名が記されていたが、それは、「大バビロン、みだらな女たちや、地上の忌まわしい者たちの」という名である。

天使はまた、わたしに言った。「あなたが見た水、あの淫婦が座っている所は、さまざまの民族、群衆、国民、言葉の違う民である。

あなたが見た女とは、地上の王たちを支配しているあの大きな都のことである。

天使は力強い声で叫んだ。「倒れた。大バビロンが倒れた。そして、そこは悪霊どもの住みか、あらゆる汚れた霊の巣窟、あらゆる汚れた鳥の巣窟、あらゆる汚れた忌まわしい獣の巣窟となった。

「わたしの民よ、彼女から離れ去れ。その罪に加わったり、その災いに巻き込まれたりしないようにせよ。

彼女の罪は積み重なって天にまで届き、神はその不義を覚えておられるからである。

彼女は心の中でこう言っているからである。『わたしは、女王の座に着いており、やもめなどではない。決して悲しい目に遭いはしない。』

それゆえ、一日のうちに、さまざまの災いが、死と悲しみと飢えとが彼女を襲う。また、彼女は火で焼かれる。彼女を裁く神は、力ある主だからである。」

彼女とみだらなことをし、ぜいたくに暮らした地上の王たちは、彼女が焼かれる煙を見て、そのために泣き悲しみ、彼女の苦しみを見て恐れ、遠くに立ってこう言う。「不幸だ、不幸だ、大いなる都、強大な都バビロン、お前は、ひとときの間に裁かれた。」

天よ、この都のゆえに喜べ。聖なる者たち、使徒たち、預言者たちよ、喜べ。神は、あなたがたのためにこの都を裁かれたからである。

「ハレルヤ。大淫婦が焼かれる煙は、世々限りなく立ち上る。」

近代哲学より

日本の友人の話ですが、
近頃の教会には高齢者しか集まらなくなった。若い人がどんどん離れていって、しかも伝道されない。この教会はどうなるのだろうと、古参の壮婦たちが悔い改め、老体に鞭打って街頭に立つそうです。(隆盛期には礼拝2、300人規模の都内S教会) 韓国も同様の傾向ですが…
街頭で何をするのかと問うと、写経をその場で勧め、道ゆく人に書いてもらうとのこと。そうやって因縁を持ち、余裕のありそうなマダムや、ボーとして歩いている若者をターゲットにします。

米本さんのアップ記事からも納得できます。
今は統一原理を語って伝道できる時代ではないということ。
人を集めるのは、金集めのためですから。
金集めが慣性化して何らの矛盾も感じない壮婦を戦闘員するのが、最も得策です。その壮婦たちの得意分野が罪悪感の刷り込みと先祖供養。
桜井ママの得意分野が堕落論。

一見、教会のやろうとすることが新しい変化のように映っても、体質に変化はありません。

同じ都内S区の繁華街では、ぼったくりバーへの警告が商店街、町内会のスピーカーから流れていますが、そのうち「ぼったくり教会に気をつけよう。強引な勧誘に気をつけよう」なんていう警告が流れるようになったりして…

オーストリアの哲学者、ウィトゲンシュタインの名言に「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」、というのがあります。
この『論理哲学論考』の一節に至るまでの過程では、哲学、特に実在論を究めようとする先人の苦悩がヒシヒシと伝わってくるのですが、それでも最後の結論は「沈黙せねばならない」です。

ニーチェも、どの劇作だったか、「世の中のことは所詮わからぬものだ」と語らせています。

「わからないものはわからない」と課題にする姿勢。
統一原理を信奉する人々が失ったのは、まさにこの感覚と姿勢ではないでしょうか。

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「わからないものはわからない」

cosmopolitantさん、いい言葉を教えていただき感謝です。

 わからないことや疑問に思ったことを、曖昧にしたり、自分に心地いい適当な解釈でもってその場限りとしないこと。

「わからないものはわからない」と強く認識して、記憶の引き出しにしまう。そのようにしていた青年の頃を思い出しました。thank you!

早く崩壊させたほうがいいのでは?

もういっその事、早く今の統一教会を崩壊させた方が、間違っている事に気付いて、ショック療法となるのではないでしょうか?
今の統一教会を崩壊させても神様のみ旨は変わりませんから。
罪は全て認め、悔い改めてこそ、復活の道が開かれてくるのではないでしょうか?

それで崩壊させるにはどうしたらいいでしょうか。
ほっといても崩壊するだろうとは思いますが、その速度を早めるには、教会に行ってるお利口な食口を標的に考えたらよいでしょう。
具体的には、清平に関する信頼を失うような情報を新聞にして、教会にばらまくとか…
  • [2015/05/26 18:24]
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爆笑!統一&鶴子スターズ

 23日の、イーストガーデンでのお母様の御言葉がメールで、届き始めているという。

「ご父母様は全て成して遂げてあげました。この国を救い万民を救うためにこられた真の父母に対して責任を果たせなかったのですから蕩減復帰しなければならないでしょう。そうしなければ皆さんの子孫がもっと大変になります
「6月4日から8月31日まで神氏族メシアの勝利路程です」

 爆笑です。久しぶりに屈託なく笑えました。

その1・ふつう脅し文句をいうのは、三下である。しかし、絶対の鶴子さんが「そう(先祖解怨)しなければ皆さんの子孫がもっと大変になります」と脅すのである。滑稽である。

その2・「そう(先祖解怨)しなければ皆さんの子孫がもっと大変になります」。
 なるほど。
 これは脅しじゃ。そうでないというのなら、鶴子さんがお子さんたちに、速達で、「大変じゃ」「大変じゃ」と手紙を出すべきだろう。

その3・次の献金の手だてのために、「神氏族メシアの勝利路程」を考案したのは、寂しく笑うしかない。
 大義がない。
 力が弱い。

 まあ、おいらが執行部、いや韓国本部の重要スタッフなら、こんなタイトルで、献金集めをやるけどなあ。

 祭りだ、ワッショイ。墨田川に花火だ、ワッショイ。
 ワッショイ、ワッショイ、献金ワッショイ!
 献金ワッショイで、みんなシアワセじゃい。ワッショイ・ワッショイ

宮島の

もみじ饅頭おいしくてよかったね。

ハイ、拍手ぅ~v-424

ぼったくり教会ほか

統一教会も、ぼったくりバー並みになりさがりましたか。私が、脱会したころ、機関誌の、ファミリー・新天地 なんかを何回か送ってきましたけど・・・そんの読んだら、また教会に戻りたくなるかもと、淡い期待いだいたのでしょうけれど、所詮戻れば、例の 金集め に従事されるのが目にみえますから。絶対に教会なんか戻りたくないし、今の現状からしても戻らなくて正解だったし、早く脱会してよかったです。「わからないものはわからない」についてですが、米本さんのコメントで、>わからないこと疑問に思った、曖昧にしたり、自分に心地いい適当な解釈でもってその場限りとしないこと。昔、統一教会で語られた・地の事情よりも天の事情・人情よりも天情優先 この言葉がまさしくそれにあたると思います。

先祖開放が必要なのは韓民族

 長い民族歴史のほとんどをシナに支配されてきた。500年続いた李氏朝鮮の両班支配体制も、その悲惨さは想像を絶する。
 戦後、自我を保つために反日刷り込みを国を挙げて行った結果、すべての悲惨な民族歴史を日本のせいにして、真実の半島歴史を上書き消去した。
 併合時代を資料に照らして公平に見れば、むしろ韓民族がかつて体験したことのない繁栄と幸福の時代であったことは明らかである。韓国の高齢者はそのことをよく知っているが、口にすれば殺されかねない異常な社会になってしまった。
 韓民族が摂理的使命を果たせるとしたら、彼らが日本に向かってわめく「真実の歴史から目を背けるものに未来はない」という言葉を自らに向けることである。
 そして、悲惨でみじめな歴史を直視しながら、許せぬ恩讐を許し、消せない復讐心を消し去って、悲惨でみじめな民族歴史を涙とともに甘受して、文先生の説く、みじめで孤独な神の心情の相対圏に立てる高貴な精神性を持つことであろう。
 清平は愚かでお人よしの日本人に、「半万年」の屈辱の歴史の憂さ晴らしをしているにすぎず、本当に必要な韓民族の恨みの解放には全くつながらない。 
 

Re爆笑!統一&鶴子スターズ

すみません。宣伝です。

24日マンハッタンセンターで行われた「真のお父様文鮮明牧師聖和記念礼拝」(True Father Rev. Sun Myung Moon 1000Day Memorial Celebration )での真のお母様・韓鶴子師の講和を、日本語通訳から書き出しました。

http://hydenoshikou.kakuren-bo.com/Entry/115/

韓鶴子氏の霊的死

>真のお母様は、去る天一国3年天暦2月28日(陽暦4月16日)、天宙清平修錬苑の次のような御言を語られました.
「全世界のすべての祝福家庭は210代先祖解怨と先祖祝福を早く完了した後、420代までしなければならない」、「420代まで先祖解怨祝福を完了することにより、世界的版図が変わるようになる。祝福を受けた先祖が積極的に子孫を協助して、驚くような奇跡が起きるようになる」と語られました。


 米本さんは「10年前とまでいかなくとも、文鮮明氏が亡くなってからの2年余りで統一教会は大きく変質しつつある。」と記事の中で述べられていますが、それはあくまでも表面的な部分においてであり、その本質は朝鮮シャーマニズムであり、最初から先進国にあるようなキリスト教とはかけ離れた宗教だったのです。
 日本の統一教会員などが熱心に学んだ原理講論などは教祖である文先生の本来の思想ではなく、血統転換思想などにみられるシャーマニズム救済論を土台とし、朝鮮儒教システムによる階級社会を築こうとしたのが真の統一教会の姿であったのです。
 にほんブログ村にある亨進氏支持者がその説教をたくさんアップしていますが、文先生の「六マリア」事件を堂々と認めており、‘メシア’であると断言している文先生が女性信徒と性的に関係を持つことによって、その女性信徒は神の血統につながれると明確に述べているのです。
 それは一般的なキリスト教とかけ離れており、発想の由来は朝鮮シャーマニズムにあるのです。

 そのような朝鮮シャーマニズム係った真の姿はとても先進国の現代社会では公に表せないので、一般的なキリスト教に近い教義を表向きは主張し、組織の中で、徐々に信者を‘朝鮮民族化’しようとしたのだと想像できるのです。
 文先生の中には‘理想世界=李氏朝鮮型体制国家’のイメージがあったのは間違いなく、少なくとも、共産主義思想における社会主義国に当たるものとして、そのような絶対君主制社会が必要と考えていたのは確かなのです。
 文先生は‘天聖経’を天国の聖書と語られたのですが、それは文先生の講話を抜粋したもので、全て口語であり、あたかも、子供に言い聞かせるかのように単純な内容をくどくどと述べており、ほとんどが訓話のような内容で、‘真理’について解明しようとしたものではありません。
 そこで語られている言葉は文先生の中にあるイメージを思いつくままに表現したもので、哲学的な言葉はほとんど使っておらず、言葉の定義すら不明確な非論理的な講話ばかりです。

 もしも、‘原理講論’の知識を持たず‘天聖経’だけを読んだならば、一宗教家が夢想世界を語っているようにしか感じられず、真理を探究する目的でそれを読んだとしても、何も得るものはないでしょう。
 つまり、実際に文先生が語られてきたのは体系化された宗教理論ではなく、神、愛、霊界などのテーマを脚色して表現した空想論でしかないのです。
 もし、‘火の粉を払え’の「お薦め図書」にもなっている「統一教会の現象学的考察」を著したジョージ・D・クリサイディス氏が文先生の講話集である‘天聖経’などの7大教本全てを読んで、亨進氏が真実と認めた‘六マリア’事件などの事実を知ったとしたら、統一教会に対する考察はかなり違ったものになったはずです。
 同氏も統一教会の教義研究は‘原理講論’から出発しており、文先生の講話などは参考程度にしか考えておりません。
 しかし、‘原理講論’と文先生の宗教思想が基本的に別個のものであったならば、統一教会に対する分析は‘原理講論’を基本にした場合には、内容は不正確なものになってしまうのです。
 統一教会は表向きには‘原理講論’を教理として掲げておりますが、実際に宗教活動を展開し、組織を指導してきたのは文先生であり、その文先生が持っていた宗教思想はそれとは別個にあったのです。

 ‘原理講論’にある‘創造原理’や‘統一思想要網’などに価値を見出して統一教会に入教した信者達は当然ながら「献金摂理」や「先祖解怨」などにも疑問を抱くはずですし、「血分け」など肯定できるはずがありません。
 従って、それらに疑問を感じた多くの信者達は教会を去ることになり、信仰を続けていた場合でも、「献金摂理」や「先祖解怨」などは資金力を強化する為の便宜的なもので、その理屈を真に受けていない教会員の方が多かったのです。
 つまり、多くの統一教会員はその「献金摂理」や「先祖解怨」などの理屈を真剣に考えることなく、文先生の‘原理的’な意図を信頼してそのような宗教活動も行っていたのです。

 しかし、そのように棚上げして真剣に考えることをしなかった未解決問題は、実は‘原理講論’と異なる思想を文先生が抱いていたところから生じた問題だったのであり、そのような‘秘密’を信者達が理解できなかった為に疑問を棚上げしてしまったのです。
 亨進氏が説教で語った「六マリア」を認める発言は、文先生の宗教思想が‘原理講論’などとは別物であることを証明したのであり、極めて重要な意味を持っています。
 もっとも、‘ちゃぬの裏韓国日記’ブログなどには以前から‘原理講論’に反する文先生の‘御言葉’が記事の中にたくさん書かれていましたので、まったく目新しい事柄と言う訳ではないのですが、文先生の実子の証言によってその‘原理講論’との思想的乖離が単なる推測ではなく、事実として証明されることになったのです。

 実際に‘原理講論’を読んで説得力があると思えるのは‘創造原理’の部分で、詳しく調べていけば そこにも問題のある箇所が無くはないのですが、基本的部分においては優れた内容であり、科学などと矛盾した理論とはなっておりません。
 あまり思考力のない統一教会員などは、‘創造原理’の世界は人間が堕落しなかった場合の世界であって、堕落世界においては、その神が創造したとおりの世界にはならないなどと考えたりしますが、それは間違いであり、神の創造はロゴスに基づいているのであり、‘原理’と矛盾するものなどは宇宙に存在しないはずなのです。
 ‘創造原理’には人間の‘責任分担’について書かかれた箇所がありますが、その原理が存在するのは人間の精神的世界の成長と完成には道徳的‘戒め’が必要であると聖書の「戒め」を解釈している為であり、人間の生物学的機能に関してはその原理は当てはまらないのです。
 ‘責任分担’の領域が人間に与えられた理由は、人間が自由意志を持つことができて創造的能力を発揮させるには必要な為であり、その自由意志によって真、美、善などの価値を追求し、さらにその価値の実現能力を体得することが可能になるのであり、それを行なわないならば、精神を持たない動物と変わらない存在となってしまうということなのです。

 即ち、人間の責任分担とは動物的次元から精神的存在である人間に発達する過程のようなものであり、その未完成期間において‘性的堕落’があったと考えたとしても、それが人間の精神的発達を遅らせるような影響があるのみで、人間の心と体の本性を変えるようなことにはならないはずなのです。
 ‘創造原理’からはそのように理解せねばならないのであり、血統的堕落などという非科学的、非原理的な堕落解釈を持ち込んでしまったために統一原理全体がおかしなものになってしまったのです。

 人間の堕落とはいわば、精神的な発達が阻害されているということであり、‘サタンの血統’などという言葉は創造原理からはどのように考えても導き出せない言葉なのです。
 もしも、それを認めたとしたら、「神のみ創造主であらせられるために」という‘堕落論’の項目とも矛盾してしまうことになるのです。
 従って、原理講論にある‘復帰’という概念も人間の歴史には当てはまらないことになります。
 ‘復帰’は言葉のとおり、元の状態に戻すことであり、堕落論的解釈からすれば人間の精神的発達は未完成段階にある訳ですから、より発達するよう努力すればよいのであって、本性が何も変わっていない人間に‘原罪’の‘蕩減’による‘復帰’という宗教思想を持ち込むのは‘原理的’ではないのです。

 仮に、イン乱の問題が人間社会に最後まで残された問題であると認めたとしても、その問題は万人に例外なく付きまとう問題でもなく、節度ある男女愛を育み、理想的な夫婦愛を完成した人は世の中にいくらでも存在する訳ですから、そのような理想的男女関係を可能とする人間性を育むことができる家庭環境なりを研究し、それを社会的文化として築き上げれば解決も可能ということになるのです。
 ‘創造原理’を発展させて考えるならば全ての問題の解決は人間の努力次第であり、超自然的な‘メシア’の誕生など必要ないのです。
 イエス・キリストなど‘メシア’的人物が存在するのは、社会の文化が未発達な時代において、神より付与された精神、即ち知、情、意において、その時代の人々より発達した優れた人間が生まれ、その環境の文化に問題意識をもつようになったことから、自由意志によって それを変革しようと行動したということであり、真、美、善の価値を求める本性を持った人間の歴史において起こり得る必然的な現象でもあるのです。
 それは超自然的な現象と考えなければ説明できないものでもないのです。
 超自然的に見える現象があったとするならば、それは‘創造原理’の中にも書かれている無形実体世界、即ち、霊界からの何らかの作用があったからとも考えられるのであって、それとて‘創造原理’においては地上世界、即ち現実社会に霊的現象の根本要因があると説明されているとおりで、霊人達が人間社会を変える訳ではないのです。 

 ‘原理講論’の‘創造原理’はその科学と矛盾しないような世界観によって、過去の超自然的な力を盲信する宗教の‘無知’を克服しており、新しい時代の宗教を開拓できる宗教思想と捉えることもできるのです。
 もし、‘原理講論’が‘創造原理’の科学的論理性、実証性などを重視する姿勢を一貫させて、それに続く宗教的問題についても論じていたならば、かなり大きな影響力をもった宗教思想になったに違いないのです。
 しかし、残念ながら統一教会の教理書として世に出された‘原理講論’は‘創造原理’など冒頭の理論には啓発的な内容が多くありながら、後編に進むほどその論理的な一貫性が失われ、‘宗教化’してしまうことになるのです。
 そして最終的には朝鮮民族からメシアが出現しなければならないなどという妄想の中の妄想でしかない結論まで導き出してしまっているのです。

 ‘原理講論’を執筆された劉孝元氏は、文先生が金百文牧師から学んで自分なりに解釈した宗教理論を伝えられ、その医学を学んだ知性によって可能な限り理論的に整理し、論理的な教えにしようとして頭脳を尽くしたのでしょうが、元もとの思想体系に矛盾があった為、どうしてもところどころに論理的に無理がある教理書となってしまったのです。
 ただ、‘創造原理’には評価すべき啓発的内容があり、その部分は劉孝元氏の大きな研究成果でもあったのです。
 しかし、劉孝元氏が執筆された‘創造原理’に関しては、その高度な内容を評価するに際して、劉孝元氏の経歴にも注目する必要があると思います。
 劉孝元氏は第二次世界大戦終戦からそれ程経っていない1953年、ソウル大学医学部学生時代に入教し、1966年に‘原理講論’を執筆したのですが、ソウル大学の実質的な前身である京城帝国大学は、「1924年(大正13年)に日本としては6番目の帝国大学として、日本統治下の朝鮮の京畿道京城府(現:ソウル特別市)に設立された朝鮮唯一の旧制大学」(ウィキペディアより)であり、朝鮮半島における西洋医学の教育はその京城帝国大学において初めて本格的に行なわれたのです。
 つまり、ソウル大学医学部を卒業した劉孝元氏の知性は伝統的な朝鮮文化と関連したものではなく、日韓併合時代に達成された高い水準の医学教育に由来しているのです。
 それは即ち、劉孝元氏が‘創造原理’を執筆するに当たり、発揮した知性は日本が創設した大学の教育の遺産によるものだったということなのです。
 朝鮮儒教や朝鮮シャーマニズムと‘創造原理’が一線を画しているのも、そのような執筆者の経歴を考えれば充分納得がいくのです。
 極論を言ってしまえば、‘創造原理’=日本からもたらされた本格的な西洋医学教育による知性の成果、‘堕落論’以降=朝鮮シャーマニズムとキリスト教を混合した朝鮮新宗教レベルの解釈、と捉えることも可能なのです。

 堕落論は、旧約聖書の物語を根拠に‘原罪’について論じたものであり、聖書の物語が事実に基づいているかどうかも証明できないので、真理か否かの判断は難しいのですが、ただ、その物語が事実であったとしても、「サタンの血統」という解釈は明らかに‘創造原理’に反しており、劉孝元氏もそれを強調はしていないのですが、他の説明と矛盾するようなその言葉を唐突に付加えてしまっているのです。
 それは、文先生にとっては血統転換思想を根拠付ける為には必要不可欠なことであったので、それを書き加えるようにと執筆者への指導があったのでしょうが、その辺りから‘創造原理’と矛盾した論理展開が原理講論において見られるようにもなるのです。

 しかし、それでも、‘創造原理’をしっかりと思想の骨格とするのなら、それらの間違いは解釈を変えて是正し、思想を発展させれば良いのであり、‘創造原理’さえきちんと思想の中核として保持しているならば、信仰がおかしなものとなったり、宗教活動が社会問題を起すようなことにはならないはずなのです。

 しかし、今回の記事で初めてわかったのですが、ついに韓鶴子氏は決して超えてはならない一線を越え、公の場で‘創造原理’を否定するような発言をしてしまっていたのです。
 それも、自らの金銭欲のために…

 米本さんが記事で紹介された、上に引用した‘御言葉’は韓鶴子氏が反‘原理’の人間であることを証明するものです。
 「420代まで先祖解怨祝福を完了することにより、世界的版図が変わるようになる。祝福を受けた先祖が積極的に子孫を協助して、驚くような奇跡が起きるようになる」ですって、冗談ではありません。
 韓鶴子様は‘原理講論’の復活論など読んだ事もないのでしょうか?
 原理講論には霊人達が地上人を協助する目的は霊人達が‘再臨復活’することであると明記されているのですよ。
 即ち、霊人達は自らが救われたいが為、‘再臨協助’するのであって、救われているなら、協助などする必要もないのです。
 ‘原理’をひっくり返すようなデタラメを言うのは止めてください。
 霊人達は自分達が完成基準にまで‘復活’したいが為、地上人に‘再臨協助’するのですから、地上でそのような神の目的と一致した活動を行っている団体があったとするならば、その地上人達が求めずとも霊人達が再臨して協助するはずなのではないですか?
 「祝福を受けた先祖が積極的に子孫を協助」するなどと‘原理’音痴の口から出任せは言わないでください。
 日本人をそこまで馬鹿にするのはお止めください。
 そのような馬鹿丸出しの発言は朝鮮半島宗教家の知能の低さと金銭欲しかない貧しい精神を曝け出すだけで、朝鮮半島人に対する軽蔑に輪をかけることにしかならないのですよ。
 私には朝鮮半島人の代表に思える韓鶴子様、あなたの妄言は「真の父母」が根も葉もない戯れ言であることを証明してしまいました。
 あなたの一言によって現統一教は完全に滅びねばならない存在であるとわかってしまいました。

スーパーシャーマン

納得してもらえるかどうかは判りませんが(笑)。

米本氏のいう「スーパーシャーマン」は実は訓母様(金孝南氏)ではないんです。
すでに他界されている大母様(洪順愛=韓総裁の母親)なんですよ。
訓母様は大母様が地上で働くための身体を貸して一緒に活動していたという立場に過ぎません。

ですから清平で表立っていなくても、ちゃんと大母様と精誠を積んでいれば、ちゃんと大母様が霊界で役事をされているというのが解釈で、これに疑問を持つ日本人食口はごく僅かです。

もっともサンクチュアリ派、UCI派は別でしょうけど。

もっともこれが韓国となると話は別のようで、清平財団の財務疑惑は韓国国内では大騒動です。
統一教会の立場は大きく窮地に陥り、その原因となった清平に対して快く思っていない食口も多いようです。

事態はそう単純ではないみたいですね。

韓鶴子氏は原理を重視しません

初めてコメントさせていただきます。
かつて、米本様のブログでだったと思いますが、
韓鶴子氏が、「お父様は原理的にしますが、私はそうではありません。」という旨の発言をした
との記事を読んだ記憶があります。
これが事実であるとすれば、韓鶴子氏に、そもそも原理に従って信徒たちを指導していくことを期待することはできません。彼女にとって、420代の先祖解怨が原理的根拠を有することは不要なのだと思います。

秀さんの記事に注目を!

●「秀のブログ」
●「三者三様の説教 真のお母様編 後編 えっ! これが 真のお父様1000日メモリアル?」
http://hydenoshikou.kakuren-bo.com/Entry/115/

 5月24日マンハッタンで行なわれた「真のお父様1000日メモリアル」での韓鶴子氏のスピーチが翻訳紹介されている。
(秀さん、ご苦労さまでした)

 訳出したあとの秀さん(現役シック)の印象記は注目されていいだろう。

(引用はじめ)

 このスピーチが「真のお父様の聖和1000日追悼の記念」としてどうだったのか。
 いや、統一教会いや真のお母様韓鶴子師にとって、MEMORIALというもの自体、追悼とか追慕とは関係ないものなのか。
 今回の式典自体、私はとてもがっかりしました。
「聖和1000日メモリアル」といいながら、ほとんど真のお父様の話は出てこないのですから、、。
 故人である文鮮明師を偲ぶという内容とは、遠くかけ離れたものだったと思います。
 これが、伝道決断式とかならまだわかります、、、。
「聖和1000日記念、伝道決断式」これならピッタリです。

 しかし、内容的には残念ながら]、「真のお父様を忘れ去った、ないがしろにした聖和1000日講演」だったと思います。
 言い換えれば、「伝道決断式に(文鮮明師を)利用した」というだけのことです。
 伝道決断式だったとしても、脅しによって決意を促すという手法はいかがなものか。
 そのように、私は思います。

(引用終わり)


 もう一つ、注目すべきは式典のアトラクションの紹介記事である。

(引用はじめ)
 孝進様は2008年3月17日に亡くなられたが、その後特に表舞台で語られることはなかったと思う。
 それが、突如、孝進バンドと3人のお子さんが登場する。
 孝進様は、統一教会のタブー(女性問題、薬物、アルコール問題等)をおかし、表舞台には出られなくなった。
(ただし、死去の直前の3月9日、ベルベディアにて説教をしている。)
 もちろん、お子さんたちには何の罪もないが、唐突感はどうしても禁じ得ない。
 教会内政治のため、大人の都合で担ぎだされたとしたらと思い、いやな感じがした。
(引用終わり)

 秀さんの観察眼、感受性は実に鋭い。
 彼とは意見は異にするだろうけど、実に真っ当な教会員がいてうれしくなりました。

Re: スーパーシャーマン

>米本氏のいう「スーパーシャーマン」は実は訓母様(金孝南氏)ではないんです。
すでに他界されている大母様(洪順愛=韓総裁の母親)なんですよ。
訓母様は大母様が地上で働くための身体を貸して一緒に活動していたという立場に過ぎません。

>ですから清平で表立っていなくても、ちゃんと大母様と精誠を積んでいれば、ちゃんと大母様が霊界で役事をされているというのが解釈で、これに疑問を持つ日本人食口はごく僅かです。

 田吾作さんの投稿は、疑問だらけ、理解不能でした。

 これまで一般的に言われてきたのは、地上と天上とを仲立ちするのはシャーマンでした。そのシャーマンが金孝南女史でした。
 その点では、田吾作さんもほぼ同じような認識だと思います。

「訓母様(地上びと)は大母様(天上びと)が地上で働くための身体を貸して一緒に活動していたという立場に過ぎません」
 こうした立場の人を一般に、イタコとか世界共通語で言えばシャーマンと呼ばれています。


 そのシャーマンが事実いなくなれば、地上と天上とを結ぶ人がいなくなります。

 それなのに、どうして唐突に、
「ちゃんと大母様と精誠を積んでいれば、ちゃんと大母様が霊界で役事をされている」ということになるのか。チンプンカンプンです。

疑問1・洪順愛霊は、霊界で役事(先祖解怨)をやっている。誰がいつそのようなことを述べたのでしょうか。

疑問2・その前に「洪順愛霊と精誠を積む」とは、どういうことでしょうか。

疑問3・シックが精誠を積むとは、現実的には銀行に大金を振り込むことです。大金を振り込めば、洪順愛霊ががんばって先祖解怨の役事をするということでしょうか。

 少し考えただけでも目眩がしそうなのに、「これに疑問を持つ日本人食口はごく僅かです」を目にして、頭が完全にイカレ始めました。

 <俺が相手にしている人たちの中には地球外生物がいる>

Re: 韓鶴子氏の霊的死

>米本さんは「10年前とまでいかなくとも、文鮮明氏が亡くなってからの2年余りで統一教会は大きく変質しつつある。」と記事の中で述べられていますが、それはあくまでも表面的な部分においてであり、その本質は朝鮮シャーマニズムであり、最初から先進国にあるようなキリスト教とはかけ離れた宗教だったのです。

 この指摘は疑問です。
「最初から先進国にあるようなキリスト教とはかけ離れた宗教だった」。これについては印象としてそうだと思いますし、
「その(統一教会の)本質は朝鮮シャーマニズム」という指摘についても、概ね、そうだと思います。(本質なのか多大な影響を受けているのか)

 しかし、ある特殊なイズム・ある特殊な文化に多大な影響を受けている組織が、歴史通貫的に、その影響を受け続けるということはあり得ません。

 文鮮明氏の死去後に起きている様々な出来事は、シャーマニズムの影響を受けた朝鮮型儒教とはさほど関係ないと思います。

 その最大の例証は、韓鶴子さんが自ら望んでいた「真の王様」の座を獲得したことです。
 思想的には男尊女卑とはまるで関係ありません。母さまが息子を立てるとかといったこともしていません。
 韓鶴子さんは儒教ではなく、怨み骨髄のウーマンリブです。野心家です。

 また、彼女は悪魔連盟のメンバー(主に金マンホ数人)から影響を受けていると思われるけど、受動態ではない。彼女は主体も発揮している。

 何かを理解し認識しようとすれば、それまで学んできた、自分にとっては既知のことで解釈しようとするけど、それだけでは化石になってしまいます。

神々の黄昏さんは流石!

韓鶴子氏の霊的死

私の統一教会に対する考え方に近い神々の黄昏さんのコメントを統一教会員がより知って頂く為にコメントさせて頂きますので、ブログ管理人様すいませんが宜しくお願いします。

>「420代まで先祖解怨祝福を完了することにより、世界的版図が変わるようになる。祝福を受けた先祖が積極的に子孫を協助して、驚くような奇跡が起きるようになる」と語られました<
=奇跡を起こすと千年の穴が開くと文鮮明教祖は言われたが、それは別として、歴史的中心人物に人格完成の道を行かせる事によって霊人体を完成する道を行かせて下さい。せめて日本人として、恥ずかしくない社会性と人間性を身につけさせて下さい。そうすれば先祖は救われる!韓鶴子お母様、そんなボッタクリ詐欺師の様な事は言わないで下さい。

>その本質は朝鮮シャーマニズムであり、最初から先進国にあるようなキリスト教とはかけ離れた宗教だったのです<
=実態は朝鮮シャーマニズムで組織は李氏朝鮮の文王朝の朝鮮人統一が両班で日本人統一は奴隷。

>日本の統一教会員などが熱心に学んだ原理講論などは教祖である文先生の本来の思想ではなく、血統転換思想などにみられるシャーマニズム救済論を土台とし、朝鮮儒教システムによる階級社会を築こうとしたのが真の統一教会の姿であったのです<
=現実の実態を見れば、正にその通りになっています。

 >‘メシア’であると断言している文先生が女性信徒と性的に関係を持つことによって、その女性信徒は神の血統につながれると明確に述べているのです。それは一般的なキリスト教とかけ離れており、発想の由来は朝鮮シャーマニズムにあるのです<
=正にその通りと思います。

>そのような朝鮮シャーマニズム係った真の姿はとても先進国の現代社会では公に表せないので、一般的なキリスト教に近い教義を表向きは主張し、組織の中で、徐々に信者を‘朝鮮民族化’しようとしたのだと想像できるのです<
=真実ここにあり。と思いました。”朝鮮民族化”です。朝鮮人民族主義者の中には朝鮮人を日本人にした日韓併合を恨みに思っている人達がいます。文鮮明教祖も間違いなくその1人だと思います。自分をメシアとする事で自分を頂点とするドンデン返しを夢想したのだと思います。
=旧約時代にモーセが神様から与えられたとする十戒、モーセの家法がイスラエル民族が従うべき 規律となった様に、文鮮明教祖は自分がメシア(神)になる事によって、すべてを自分の血統を中心として家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙と階級段階を設けて支配しようと夢想(妄想)しただと思います。
自分を再臨主(メシア)とする事によって、自分の周りのもの全てが、神様がメシアである自分に与えてくれたものと思い込んでいたのではないか?と思います。
文化、習慣、儀式等を朝鮮式で行う事が神様の御心と言い、世界の共通語が父母の国韓国のハングルになるとか、韓国が神様の祖国になってエルサレムの様に世界から巡礼者が韓国にお参りに来る様になると言い、その様になる事を文鮮明教祖は妄想していたのではないでしょうか?

 >つまり、実際に文先生が語られてきたのは体系化された宗教理論ではなく、神、愛、霊界などのテーマを脚色して表現した空想論でしかないのです<

=空想、夢想、誇大妄想を文鮮明教祖は語って来られたのではないか!と私も今は思っています。

>統一教会は表向きには‘原理講論’を教理として掲げておりますが、実際に宗教活動を展開し、組織を指導してきたのは文先生であり、その文先生が持っていた宗教思想はそれとは別個にあったのです<

=確かに別個に感じます。神々の黄昏さんの仰る通りだと感じます。

> ‘原理講論’にある‘創造原理’や‘統一思想要網’などに価値を見出して統一教会に入教した信者達は当然ながら「献金摂理」や「先祖解怨」などにも疑問を抱くはずですし、「血分け」など肯定できるはずがありません。 従って、それらに疑問を感じた多くの信者達は教会を去ることになり、信仰を続けていた場合でも、「献金摂理」や「先祖解怨」などは資金力を強化する為の便宜的なもので、その理屈を真に受けていない教会員の方が多かったのです。つまり、多くの統一教会員はその「献金摂理」や「先祖解怨」などの理屈を真剣に考えることなく、文先生の‘原理的’な意図を信頼してそのような宗教活動も行っていたのです。<
=神様の黄昏さんの仰る通りだと思います。

> しかし、そのように棚上げして真剣に考えることをしなかった未解決問題は、実は‘原理講論’と異なる思想を文先生が抱いていたところから生じた問題だったのであり、そのような‘秘密’を信者達が理解できなかった為に疑問を棚上げしてしまったのです<

=仰る通りではないかと思います。

> あまり思考力のない統一教会員などは、‘創造原理’の世界は人間が堕落しなかった場合の世界であって、堕落世界においては、その神が創造したとおりの世界にはならないなどと考えたりしますが、それは間違いであり、神の創造はロゴスに基づいているのであり、‘原理’と矛盾するものなどは宇宙に存在しないはずなのです<
=流石です。

 >‘創造原理’には人間の‘責任分担’について書かかれた箇所がありますが、その原理が存在するのは人間の精神的世界の成長と完成には道徳的‘戒め’が必要であると聖書の記述を解釈している為であり、人間の生物学的機能に関してはその原理は当てはまらないのです。
 ‘責任分担’の領域が人間に与えられた理由は、人間が自由意志を持つことができて創造的能力を発揮させるには必要な為であり、その自由意志によって真、美、善などの価値を追求し、さらにその価値の実現能力を体得することが可能になるのであり、それを行なわないならば、精神を持たない動物と変わらない存在となってしまうということなのです<
=なるほど!流石です。


> 即ち、人間の責任分担とは動物的次元から精神的存在である人間に発達する過程のようなものであり、その未完成期間において‘性的堕落’があったと考えたとしても、それが人間の精神的発達を遅らせるような影響があるのみで、人間の心と体の本性を変えるようなことにはならないはずなのです。
 ‘創造原理’からはそのように理解せねばならないのであり、血統的堕落などという非科学的、非原理的な堕落解釈を持ち込んでしまったために統一原理全体がおかしなものになってしまったのです<

=なるほどです!この部分で統一に踏み込んだ人が多いのでは?私の様な深い思考力のない人間は、この辺で踏み込んで行った様な?


 >人間の堕落とはいわば、精神的な発達が阻害されているということであり、‘サタンの血統’などという言葉は創造原理からはどのように考えても導き出せない言葉なのです。 もしも、それを認めたとしたら、「神のみ創造主であらせられるために」という‘堕落論’の項目とも矛盾してしまうことになるのです。 従って、原理講論にある‘復帰’という概念も人間の歴史には当てはまらないことになります。
 ‘復帰’は言葉のとおり、元の状態に戻すことであり、堕落論的解釈からすれば人間の精神的発達は未完成段階にある訳ですから、より発達するよう努力すればよいのであって、本性が何も変わっていない人間に‘原罪’の‘蕩減’による‘復帰’という宗教思想を持ち込むのは‘原理的’ではないのです<

=難しいけど、なるほどと思います。


 >仮に、イン乱の問題が人間社会に最後まで残された問題であると認めたとしても、その問題は万人に例外なく付きまとう問題でもなく、節度ある男女愛を育み、理想的な夫婦愛を完成した人は世の中にいくらでも存在する訳ですから、そのような理想的男女関係を可能とする人間性を育むことができる家庭環境なりを研究し、それを社会的文化として築き上げれば解決も可能ということになるのです<

=それはそうだと思います。

 >‘創造原理’を発展させて考えるならば全ての問題の解決は人間の努力次第であり、超自然的な‘メシア’の誕生など必要ないのです<

=なるほど!そうなのかもしれない!ワシらは劣等感があったり優越感を感じさせられたりで引っ張って来られた依存心が少し強い群れだったのかもしれない。

>‘原理講論’の‘創造原理’はその科学と矛盾しないような世界観によって、過去の超自然的な力を盲信する宗教の‘無知’を克服しており、新しい時代の宗教を開拓できる宗教思想と捉えることもできるのです。 もし、‘原理講論’が‘創造原理’の科学的論理性、実証性などを重視する姿勢を一貫させて、それに続く宗教的問題についても論じていたならば、かなり大きな影響力をもった宗教思想になったに違いないのです。  しかし、残念ながら統一教会の教理書として世に出された‘原理講論’は‘創造原理’など冒頭の理論には啓発的な内容が多くありながら、後編に進むほどその論理的な一貫性が失われ、‘宗教化’してしまうことになるのです。そして最終的には朝鮮民族からメシアが出現しなければならないなどという妄想の中の妄想でしかない結論まで導き出してしまっているのです<

=なるほど、その通りだと思います。 

 
> 朝鮮儒教や朝鮮シャーマニズムと‘創造原理’が一線を画しているのも、そのような執筆者の経歴を考えれば充分納得がいくのです。
 極論を言ってしまえば、‘創造原理’=日本からもたらされた本格的な西洋医学教育による知性の成果、‘堕落論’以降=朝鮮シャーマニズムとキリスト教を混合した朝鮮新宗教レベルの解釈、と捉えることも可能なのです。<

=なるほど!ヤッパリそうですか!当然、そうでしょうね。

 >堕落論は、旧約聖書の物語を根拠に‘原罪’について論じたものであり、聖書の物語が事実に基づいているかどうかも証明できないので、真理か否かの判断は難しいのですが、ただ、その物語が事実であったとしても、「サタンの血統」という解釈は明らかに‘創造原理’に反しており、劉孝元氏もそれを強調はしていないのですが、他の説明と矛盾するようなその言葉を唐突に付加えてしまっているのです<

=なるほどです。


 >それは、文先生にとっては血統転換思想を根拠付ける為には必要不可欠なことであったので、それを書き加えるようにと執筆者への指導があったのでしょうが、その辺りから‘創造原理’と矛盾した論理展開が原理講論において見られるようにもなるのです<

=なるほど、そうですか。

 >しかし、それでも、‘創造原理’をしっかりと思想の骨格とするのなら、それらの間違いは解釈を変えて是正し、思想を発展させれば良いのであり、‘創造原理’さえきちんと思想の中核として保持しているならば、信仰がおかしなものとなったり、宗教活動が社会問題を起すようなことにはならないはずなのです<

=なるほど。


> しかし、今回の記事で初めてわかったのですが、ついに韓鶴子氏は決して超えてはならない一線を越え、公の場で‘創造原理’を否定するような発言をしてしまっていたのです。 それも、自らの金銭欲のために「420代まで先祖解怨祝福を完了することにより、世界的版図が変わるようになる。祝福を受けた先祖が積極的に子孫を協助して、驚くような奇跡が起きるようになる」ですって、冗談ではありません。  韓鶴子様は‘原理講論’の復活論など読んだ事もないのでしょうか? 原理講論には霊人達が地上人を協助する目的は霊人達が‘再臨復活’することであると明記されているのですよ。 即ち、霊人達は自らが救われたいが為、‘再臨協助’するのであって、救われているなら、協助などする必要もないのです。 ‘原理’をひっくり返すようなデタラメを言うのは止めてください。 霊人達は自分達が完成基準にまで‘復活’したいが為、地上人に‘再臨協助’するのですから、地上でそのような神の目的と一致した活動を行っている団体があったとするならば、その地上人達が求めずとも霊人達が再臨して協助するはずなのではないですか?  「祝福を受けた先祖が積極的に子孫を協助」するなどと‘原理’音痴の口から出任せは言わないでください。
日本人をそこまで馬鹿にするのはお止めください。 そのような馬鹿丸出しの発言は朝鮮半島宗教家の知能の低さと金銭欲しかない貧しい精神を曝け出すだけで、朝鮮半島人に対する軽蔑に輪をかけることにしかならないのですよ。  私には朝鮮半島人の代表に思える韓鶴子様、あなたの妄言は「真の父母」が根も葉もない戯れ言であることを証明してしまいました。 あなたの一言によって現統一教は完全に滅びねばならない存在であるとわかってしまいました<

=涙、涙、馬鹿笑い!文鮮明教祖存命中は💊の中のドクセイジョが文鮮明教祖亡き後💊から出て来て裸のドクセイジョの姿が明らかになっただけではないでしょうか?

日本人と朝鮮人、全く合わないと思っていたら、どうやらDNAも大分違うらしい。良かった!良かった!

米の摂理と兵役義務

秀のブログより(引用はじめ)
 孝進様は2008年3月17日に亡くなられたが、その後特に表舞台で語られることはなかったと思う。それが、突如、孝進バンドと3人のお子さんが登場する。
 孝進様は、統一教会のタブー(女性問題、薬物、アルコール問題等)をおかし、表舞台には出られなくなった。
(ただし、死去の直前の3月9日、ベルベディアにて説教をしている。)
 もちろん、お子さんたちには何の罪もないが、唐突感はどうしても禁じ得ない。教会内政治のため、大人の都合で担ぎだされたとしたらと思い、いやな感じがした。(引用終わり)

米本さんの
>秀さんの観察眼、感受性は実に鋭い。

同感です。

さて、鶴ママはどうされるか。
なぜ、アメリカで孝進バンドなのか。
アトラクションなら、外にも選択肢はあったはずです。

私はその年齢が気に掛かります。
女子はともかく、男子は兵役義務が課せられる時期だからです。

その前にアメリカに逃がしておきたい、ということではないか。アメリカの基盤の中で生きていけるように披露したのではないか。

>(孝進氏が)死去の直前の3月9日、ベルベディアにて説教をしている。

その時は病状が周知されていなかったので、気づきませんでしたが、米の市民権喪失を免れるための方便だったと思われます。

父親が市民権を持ったまま他界するのと、市民権を喪失してしまった立場で他界するのとでは、子どもの将来が完全に違ってくるからです。

それは70年代から米の基盤作りを始めた動機の表向きと、内々の事情に兵役義務から如何に逃れるか、というものに由来します。

「この世の法が我々にとやかく言う筋合いはない」と声高に叫んでも、一般社会では通用するはずもなく、あれこれ知恵を絞ってリスクを回避してきたのです。

それが証拠に、文家の男子は誰一人として大韓民国の兵役義務を果たしていません。聖進氏を初め、嫡子外の子どもたちも日本やアメリカで育ち、兵役義務を免れています。

メシアの息子に兵役義務?
なんて失礼な!
と盲目信者の声が聞こえてきそうですが、イギリス王室の皇太子たちもキチンと軍隊で義務を果たし、国民の信頼を得ています。

皇太子も堕落人間。メシアの息子と一緒にするな!…ですって?

ならば、愛国、愛天のために彼らが何をしてきたか?
兄弟喧嘩に明け暮れ、親を罵り、祖国ためにどう生きてきたのか?
どこにどんな模範を示せるのか?

>朝鮮シャーマニズムとキリスト教を混合した朝鮮新宗教…

などと、酷評を受けても動じないでしょう。
もともと朝鮮だって、どうでもよいのですから。
自分と自分の一族が生き延びる道を過剰追求するための方便だったとも解釈できます。

財産はスイスの銀行に、身はより安全なアメリカに、南北の緊張が高まれば即、アメリカに避難できるよう、スタンバイできています。

10年ほど前になるでしょうか、ヨンピョン島という黄海の北朝鮮に近い島が砲撃を受けて南北関係に緊張が走ったとき、顕進氏、国進氏は家族を連れてすぐ米に逃げました。とりあえず何か口実をつけていたようですが、見え見えです。

3.11の東日本大震災で放射能汚染が憂慮されると、自分の家族を韓国に逃がし、松濤の本部教会(東京都渋谷区)を無理やり大阪に移そうとした韓国幹部の醜態とも重なります。

表では「世界平和」「真の家庭」と、耳障りのよい言葉で尊敬を集め、肝心要のところではエゴ丸出しというのが、このカルト教一族の実態と言えます。

Re: 米の摂理と兵役義務

なるほど。兵役義務のことは韓国人幹部たちの人事の動向を見る上で、重要ですね。教えていただき、感謝です。

 韓国人幹部の子弟で、軍隊に入った人はいるのだろうか。ふと、こんな疑問が浮かびました。

ラスベガス-新情報

 今日(5月30日)のラスベガスの式典に、日本からの参加者は330名だそうです。

 日本の教区は16、教区は68、教会は286。「長」の合計は372です。
 330名は多いのか少ないのか、判断がつきかねます。

Re:米本さん

>文鮮明氏の死去後に起きている様々な出来事は、シャーマニズムの影響を受けた朝鮮型儒教とはさほど関係ないと思います。

 その最大の例証は、韓鶴子さんが自ら望んでいた「真の王様」の座を獲得したことです。
 思想的には男尊女卑とはまるで関係ありません。母さまが息子を立てるとかといったこともしけいません。
 韓鶴子さんは儒教ではなく、怨み骨髄のウーマンリブです。野心家です。


 米本さんのご指摘はまったくその通りで、何の異議もございません。
米本さんが問題とされた私のコメントの記述は、実際言葉不足で、強引過ぎる解釈と批判されても仕方がないと思っています。
 米本さんは、統一教会について、末端信者を含めて総合的に見ておられ、先入観を排して、現実をありのままに観察しておられます。
 しかし、弁解になってしまうのですが、私のコメントを補足させていただきますと、そこで書いた「統一教会」は 特別にその中心的思想を指した意味で書いたものでした。
 それは言葉本来の意味とは異なってしまうのですが、本来ならば「文鮮明思想」あるいは「文鮮明教」と書くべきだったところを、少しだけ現実味を持たせて「統一教会」と書くことにしたのです。
 しかし、米本さんのような、まったくの第三者からすれば、そのような私の主観は知るよしもなく、内容的に適切ではないと思われても、それは認めるしかないのです。

 コメントでも触れたのですが、文亨進氏がサンクチュアリ教会の説教で‘六マリア摂理’を全く教義に適ったこととして 喜んで認めたことは私にとっては言葉に表せないぐらいショックでした。
 その‘六マリア摂理’が事実で、文先生が何人もの女性信徒と性関係をもっていたことは‘ちゃぬの裏韓国日記’記事などによって既に、事実であるとわかってはいたのですが、それは自分達が長年統一教会内で信じ続けていた‘再臨主の行為’とは決定的に違うものだったのです。
 それは、原理講論によってはとても肯定できるような行為ではなく、どのように考えても‘原罪’の無い人間がすべきことではないのです。
 実際、今まで統一教会内においては そのことを否定し続けていた訳ですし、統一原理の内容を考えれば、信者は文先生にそのような異常な女性関係などあろうはずがないと外部の人に対しても自信をもって話すことができたのです。

 しかし、亨進氏は何年も前に‘六マリア摂理’を認める発言をしていて、それを知った時に、初めて文先生の宗教思想は 実は原理講論に書かれたものとは違うものであることを思い知らされることになったのです。
 今まで自分達は原理講論に書かれた内容が文先生の宗教思想だと思っていたのが、実際はそうではなく、文先生は‘血統転換’をキリスト教の洗礼のような‘祝福’によって可能とは考えておらずに、もっと原始的な方法でせねばならないと考えていたのであり、それが文先生の元もとの宗教思想であると考え直さねばならなくなったのです。
 ただ、その文先生の「血分け」行為が統一教会で学んできた‘原理’に照らして肯定できない間違った行為だったとしても、統一教会全体がその「血分け」行為は間違った行為であると認め、文先生が他界された後であれば、そのような朝鮮シャーマニズム信仰は一掃し、キリスト教的な原理講論の基本思想に従うようになるならば、それは確かに統一教会も進歩することがあるのだと思えたのです。

 しかし、亨進氏は現在、その「血分け」行為を教義的にも完全肯定しており、その文先生の朝鮮シャーマニズム信仰は決して消滅しておらず、その中心的人物達の中には根付いた信仰であることがわかってしまったのです。
 亨進氏は確かに統一教会中枢部から排除され、分派のように見なされていますが、彼自身が主張しているとおり、彼の信仰は文先生を絶対化したもので、文先生の宗教思想をそっくりそのまま受け継いでおります。
 実際には韓鶴子氏が統一教会の総裁なのですが、韓鶴子氏のスピーチを聞けばわかりますとおり、彼女の信仰は統一原理とはまったく関係のないものなのです。
 主観的な見方をすれば、今の統一教会はすでに「統一教会」ではなく「韓鶴子教会」なのです。
 宗教思想の系統から考えれば、本来の後継者でもあった亨進氏こそが正統であり、真に「統一教会」を代表していると考えることもできるのです。

 その亨進氏が‘六マリア摂理’を事実として認めたとしても、それを文先生の間違いであったというように解釈するならば、統一教会の信仰は変われる可能性があることになり、米本さんが考えられるように、統一教会信仰も歴史的な流れの中で変化することが可能であったと思えたのです。
 しかし、亨進氏の説教は驚くべきものだったのです。
 その内容は‘六マリア摂理’を完全肯定するものであり、朝鮮シャーマニズムとしての本質はそっくりそのまま受け継がれていたのです。
 それは私にとっては、かなり衝撃的で、統一教会が文鮮明氏を教祖とするものである限り、その本質は決して変わる事がないことを思い知らされたのです。
 私の主観では、現在の統一教会は文先生を第一に信じている教会ではないので「統一教会」ではなく、亨進氏の教会は文先生を絶対化して信じているので、間違いなく「統一教会」なのです。
 そして、真の「統一教会」ではやはり朝鮮シャーマニズム由来の「血分け」を肯定していたのです。

 米本さんは当然ながら、それは「統一教会」を現実の組織と無関係の言葉として捉えていて、めちゃくちゃだと思われるでしょうが、その米本さんの方が普通の理性的な考え方だと思います。
 しかし、統一原理の特定の部分に強い拘りをもっている自分としてはその主観は正直な印象なのです。
 つまり、米本さんが違和感を持たれた私のコメントは、私が感情的とも言える主観的印象をそのままコメントに書いてしまったものなのです。
 ただ、自分としては‘六マリア摂理’を文先生の後継者と自負する人物が完全肯定したことはこれ以上ないショックで、統一教会の中心に流れる信仰は決して変わる事がないことを思い知らされ、その絶望感はあまりにも大きなものだったのです。

 しかし、米本さんはさすがだと思います。
そのような私の感情的とも言えるコメントの乱れをきちんと指摘してくださいました。
 改めて、米本さんは是々非々をモットーとする方であることを実感した次第です。
 韓鶴子氏に対する分析は米本さんに完全に同意致しますし、学ぶべきことが多いと思っています。
 ただ、韓鶴子氏が朝鮮儒教の伝統を最大限に利用しているのは間違いないと思います。
 自分のことを、あえて「真の父母」と強調したり、絶対服従を強調するなどしているのがそれなどですが、できる限り朝鮮儒教にも矛盾しないような理屈を作り上げています。
 それは、文先生の伝統を受け継いだ為であるのですが、またもう一方で、韓氏の本心が違うところにあるのも確かだと思います。
 韓氏の場合は米本さんが仰るように実質的に朝鮮儒教には束縛されておりません。
 「怨み骨髄のウーマンリブです。野心家です。」はまさしくそのとおりだと思います。
 ‘独生女’発言などはその典型ですが、それでも その中にある‘胎中から無原罪’論は文先生の宗教思想とは異なりながら、朝鮮シャーマニズムに近いものであることはとても興味深いと思っています。

 韓鶴子氏の本心は米本さんが見事に見抜いておりますが、現在において現実の統一教会は変わりつつあります。
 ただ、韓鶴子絶対化路線を推し進めるようになれば、それは文鮮明氏を教祖とした宗教でなくなるのは明らかで、中身は統一教会ではなくなってしまうことになります。
 私にはそれは統一教会の変化ではなく、別宗教に変わって行っているようにしか思えないのです。
 それは名目だけの統一教会で、実質的には韓鶴子教会だと思います。

 最後に、言い訳がましいのですが、私がコメントにおいて文先生の思想が朝鮮儒教的と書いたり、朝鮮シャーマニズムと書いたりしているのは、かなり大きな傾向として、キリスト教、儒教、シャーマニズムと分けて考えた場合でありまして、あくまで相対的に対比した傾向を表現する言葉として使っていましたので、言葉の正確な定義からは外れるかもしれません。
 しかし、統一教会の信仰の特徴を大まかに理解する上では非常にわかり易いのでそのように表現していたのです。
 宗教思想には大きな流れがあり、内面的にはその流れに一貫したものがありますので、そのような理解もかなり意味があると思っています。

 ただ、実際の宗教団体の教義などは細分化されていますので、宗教団体を論ずる場合には複雑な要素が絡んでまいります。
 そしてその教義なども常に変化しているので、固定観念で宗教団体を捉えてはならないのも確かだと思います。
 しかし、その宗教理念に様々な要素が影響し合っているとは言え、その基本的な要素には決して変わらない幾つかの要素があるとも思っています。

シャーマニズムの処遇

神々の黄昏さんの投稿を読んで、徒然に投稿、です。

劉孝元氏は“20代の頃統一教会に入り若くして脊髄カリエスで亡くなった”なぜかそんなイメージがありましたが、実際は39歳の時に入教し、56歳まで生き、死因は肝臓がんだったと。1914年出生ですから、文氏より6才年上。京城帝国大学医学部を病気により最終課程で中退(25歳)。

劉孝元氏は親戚繋がりで、文氏に会う前に「原理原本」を借りて読み、大感激して“献身コース決定”したとのこと。「原理原本」のルーツを辿れば、文氏が6ヶ月間弟子入りしたイスラエル修道院長金百文氏が当時の朝鮮のシャーマニズム的キリスト教新集団の教義を集大成し理論化体系化した講義録です。
金百文氏も医学部中退、彼の場合は課程初期の段階でそのキリスト教霊的集団に伝道されてこれまた大感激“献身コース決定”、親泣かせ原理運動に先駆けて大学中退、そっち系の神学校に行くことになった。
金百文にしても、特にその後の劉孝元にしても相当なインテリで論理性が強くてシャーマニズムの割合は少ないかもしれませんが、確実に朝鮮シャーマニズムの要素は入っていると思います。そこがいいからピーピー泣くほど大感激したのだと思います。論理性・科学性とシャーマニズムの絶妙なバランスの理想を自らの頭脳の中に見たのではないでしょうか。

朝鮮シャーマニズムはシベリアからインドまで広がっている古代のシャーマニズム系統の一派で、シャーマニズムは太古からヨーロッパ、中東、アメリカ大陸等世界中にあって、いわば人類の魂の故郷のようなもの。霊と血と情が混然一体化した領域です。古い領域で、ある意味終了した領域ですが、[過去]は[現在]の内部に一部存在し続けているものと考えます。
神々の黄昏さんもシャーマニズム持っていると思いますよ(ゲラッ あ笑っちゃいけない)。人間はそれを(精神内に)(一部少量)持ち合わせていると自覚・認識したほうが、病気に対するワクチンのような効果があって安定するのではと思いますが。

統一教会のようにシャーマニズムにまみれて、それを未来に向けて押し出そうとするのは論外で全く受け入れられるものではないことは大前提ですが。
シャーマニズムで人を説得したり、社会の共通項を作ることはできないのははっきりしていますが、
神々の黄昏さんはシャーマニズム自体を否定しているわけではないのでしょうか。徹底否定すると、西洋キリスト教史で表れるような神経症的状況(性的潔癖症、女性恐怖、魔女狩り等)が連想されます。
6マリア、いいじゃないの~ は言い過ぎにしても。

劉孝元氏参考ソース:
http://furuta65.fc2web.com/001/syougairotei_5/003.html
http://uc-itsumokamisama.seesaa.net/article/405447813.html
その他

Re:シャーマニズムの処遇

 劉孝元氏の正しい経歴や、その詳しい資料などを暗在さんから教えて頂き、感謝致します。
暗在さんが書かれましたような、金百文牧師の新キリスト教講義→文鮮明氏の「原理原本」→劉孝元氏の「原理講論」との流れは間違いないものでしょう。
 その中において、文氏の理論的探究成果はかなり少ないのではないかと思っています。
 文氏の説教などは、ほとんどが物事を断定的に情緒的に語っているだけで、特に知的な刺激を受けるようなものは見当たらず、何か新しい知的な研究をできるような人物とはとても思えません。
 金百文牧師の新キリスト教思想と劉孝元氏が書いた原理講論の間に入る文氏の役割は、“主観的な解釈を加えた宗教思想の伝達者”に過ぎなかったし、文氏のオリジナルの哲学的理論などは皆無だったと思います。

>論理性・科学性とシャーマニズムの絶妙なバランスの理想を自らの頭脳の中に見たのではないでしょうか。

 シャーマニズムについては結局、霊魂の世界を対象としたものであり、全ての人間が同じ体験を得られるものではないので、非常に厄介なものだと思っています。
 原理講論に書かれている‘無形実体世界’即ち霊界は存在していると考えても、真っ向から自然科学と対立する訳ではなく、ただ 科学的に証明される途上にあるだけという捉え方もできますので、肯定して考えても問題ないと思っています。
 そうであれば、シャーマニズムも全否定することはできませんので、やはり、肯定すべきところは肯定せねばならないと思います。
 原理講論にある‘無形実体世界’と‘有形実体世界’の相対関係の説明はよく整理されており、私は真理にかなり近いものと考えております。

 原理講論において、霊界について論じた部分で優れた内容として評価できるのは、人間の霊人体の性相的部分を‘生心’と定義し、その機能は知・情・意として説明されているところです。
 その理論に従えば、霊界においても その価値観は地上世界の精神的価値観と変わらないことになりますので、神秘主義的なシャーマニズムに陥るようなことにはならないのです。
 問題となるのは、その情的な側面での価値観なのです。
 つまり、人間が生きて行く中で体得する‘愛’の‘喜び’がその情的な特性を決定する大きな要因となるのですが、その‘愛’の問題は根本的なものなので、肉身生活で歪んだ‘愛’を多く体験してしまうと、そのような情的特性が生み出され、‘霊人体’も歪んだ‘情’を持つようになってしまうのです。

 朝鮮シャーマニズムについて考えるならば、私は「血と情」が渾然一体となるような‘愛情’を至上とする生活文化が存在する為に、そのような‘性関係’と深い係りを持ったシャーマニズムが誕生したのだと思っています。
 統一教会風に言えば「朝鮮は性愛霊界なので、霊界も性愛を地上人に求めて来る」のではないかと思います。
 たとえ劉孝元氏がインテリだったとしても、「肢体に存在する罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見る。わたしは、なんというみじめな人間なのだろう」とのロマ書の聖句を見て、即座に欲情のことを言っているのだと解釈した訳ですから、そのような文化が朝鮮半島に根付いていたのではないかと思っています。

 しかし、人間の価値観は進歩して行くものですから、理想的な‘愛’の関係、幸福な夫婦愛などが社会の中で多くの人達によって達成されて行くならば、‘霊界’も変わり、誰でも朝鮮シャーマニズムは‘低次元霊界’とわかるようになるのだと思います。
 そうすれば、「メシアと女性信者が性的に関係を持てば、女性信者が血統的に生まれ変わる」などと主張する馬鹿な宗教は この世界から一掃されると思います。

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