後藤徹の陳述書? 

後藤陳述書(7)

陳述書の構成 (08年4月2日作成)
1・略歴/2・統一教会への入会/3・第1回目の監禁/4・第1回目の監禁から脱出後の経緯
5・第2回目の監禁
(1) 新潟のマンションでの監禁/(2) 東京のマンション(1カ所目)での監禁/(3) 東京のマンション(2カ所目)での監禁
4) 宮村等による脱会説得<上>
(5) ハンガーストライキの決行(第1回目21日間)/(6) ハンガーストライキの決行(第2回目21日間)/(7) ハンガーストライキの決行(第3回目30日間)/(8) 監禁からの解放
6.入院後の経緯/7.最後に
 青印が今回アップした部分です。

(4) 宮村等による脱会説得

 1998年1月初旬から同年9月頃にかけて、宮村峻が元信者等を引き連れて804号室に来訪し、棄教強要を行うようになりました。

宮村等が同室に滞在する時間帯は午後6時頃から午後8時頃までで、当初宮村は毎日来訪しました。

同行した元信者は、■■■■(女、以下ここではAと表記)■■■■(女、以下B)宮村の会社の従業員(男)、■■夫婦、■■■■(男、以下C)、■■■(男)、■■■■(女)といった者達です。

宮村の会社の従業員(男)は、私が1995年9月11日に自宅から新潟に連行された際、自宅の庭に潜んでいて、私に対する逮捕監禁に荷担した人物でした。

 

(注)A、B、Cは東京・「青春返せ裁判」の原告

 私は陳述書でCの名前を見たとき、アッと声を出してしまった。それは、『親は何を知るべきか』(いのちのことば社)で、Cの姉が実名でCの脱会説得の模様を生々しく書いていたからだ。
 この本については『我らの不快な隣人』269頁で触れたが、実に面白い本である。宮村峻氏が実名で、信者家族に対して強制説得へ誘う(いざなう)文章を書いているからだ。
 察するに、Cは宮村氏の説得を受けて脱会したあと、宮村氏に誘われて後藤氏の監禁場所にやってきたということなのだろう。
 ちなみに、Cは脱会後、合同結婚式で結婚した相手に対して婚姻無効訴訟を提起し、離婚を成立させている。確か朝日新聞だったと思うが、この訴訟に関する記事が大きく載ったと記憶する。

 拉致監禁に関心がある人は、宮村氏とCの家族の文章は読まれたほうがいいと思います。




死ぬまで座敷牢

宮村、及びAを始めとする元信者等は、同室に来訪する度、あらゆる非難、中傷、罵倒を私に浴びせかけました。

Aは最初に804号室に来た際、不作法にもあぐらをかいて座り、タバコを吹かし、
「卑怯者、あの時あんた逃げたでしょ!」
などと言って、1回目の時(1987年)私が脱出したことを厳しく非難しました。

私は宮村等に対しても、
「ここから出せ!」
「あんたら、統一教会は人権侵害をしていると言うが、統一教会は人を監禁したりしないぞ!あんたらの方が人権侵害をしているじゃないか!」
「信教の自由を何だと思っているんだ!」
と言って激しく抗議しました。

しかし宮村は、

「えらそうなことを言うな。お前に人権を主張する資格などない」
「俺はお前を監禁なんかしてない。家族が保護しているんだ。出して貰いたければ家族に言え」
「お前は全然人の話を聞いていない」
「頭を使え。自分の頭で良く考えろ」
「自分の頭で考えられるようになるまではここから出られないぞ」
「もし自分の子供が統一教会を辞めなければ、家に座敷牢を作って死ぬまで閉じこめておく」


などと述べて私に棄教を強要しました。

お茶をぶっかける

 また、宮村やAは、脱会説得の最中、私に対して「馬鹿」「あほ」といった言葉を頻繁に使い、私を侮辱し続けました。
宮村に同行してきた元信者らも、宮村に同調して私に罵声を浴びせました。

Bという元信者は、私と話をしている最中、突然、出されていた緑茶を私の顔面に浴びせかけました
このため私は、着ていたTシャツがびしょぬれになりました。

 更に、私の家族も宮村等による棄教強要に加わりました。は、私を糾弾している最中に急に立ち上がり、
「本当ならぶん殴って半殺しにしてやるところだ!」
 などと絶叫したこともあります。

または、
「こんな調子だったら一生このままだから覚悟して」
などと言って、私を脅迫しました。

 また、宮村らが帰ると、その直後から今度は家族等による糾弾が午後9時頃まで続きました。
ある時兄は、「お前、ここまで言ってもまだわからんのか、目を醒まさせてやる」と言って、私の顔を平手打ちで叩きました。


「自分の頭で考えろ」の意味

 以上の様な、家族及び宮村やA等による、人間性を無視した棄教強要によって極度に苦しい日々が続きました。
その時に受けた精神的苦痛のため、「私はもういっそのこと死んでしまいたい」と思うほどでした。

 宮村や家族が頻繁に使う言葉に、
「お前は全然人の話を聞いていない」
「自分の頭で良く考えろ」

といった言葉があり、
私は監禁中、何百回この言葉を聞かされたか分かりません。

 私は彼らの話を良く聞いた上で、自分で考えて反論していましたので、
「聞いている」
「自分で考えている」

とその度に反論しましたが、彼らは
「いや、聞いていない」
「考えていない」

と言って頑として受け入れませんでした。

結局のところ、彼らの言う「聞いていない」の意味は、実際には、「お前は俺たちが言う統一教会批判を全然聞き入れようとしない」の意であり、また、「自分の頭で考えろ」の意味は、「統一教会信仰の誤りを認めろ」という意味だったのです。

即ち、私が彼らの統一教会批判を聞き入れ統一教会信仰の誤りを認めて棄教するまでは、絶対に監禁から解放しない、というのが、彼らの変わらない主張だったのです。



宮村は73回やってきた

 宮村等が804号室に来始めて間もない頃、インフルエンザが猛威を振るい、私も含め家族のうち何人かがインフルエンザに罹りました。

このため私は40度近くの高熱が出て寝込みましたが、医者には行かせて貰えませんでした

そして、インフルエンザに罹った他の家族が病院に行った際、その家族のために処方された薬を、私にも飲まされました。

私がインフルエンザに罹っている間は、宮村等は来ず、兄は「小休止だ」などと言っていましたが、私が回復すると、直ちに宮村等が来訪し激しい棄教強要が再開しました。

 宮村は徐々に同室に来る回数が減っていき、1998年9月を過ぎるとしばらく来なくなり、元信者だけが同室に来るようになりました。

 私は、宮村が同室に来る度に、『原理講論』という統一教会の教理解説書に「正」の字を書いて回数を記録しましたが、1998年9月頃までの間、宮村が同室に来た回数は、全部で73回でした。

 なお、宮村と共に来た■■■という女性は、かつて私と同じ部署にいたことがあり、写真説明書掲載の写真にも映っていますが(写真2の前列右から2人目、写真3の前から2列目右端)、私が監禁された後に家族等によって連れ去られて脱会させられたのだと思います。 

(注) この女性元信者のことを時系列で補足説明すれば、後藤さんが監禁されたあとに、知り合いだった女性信者も監禁された。あとから監禁されたのだが、比較的早く脱会したため、後藤さんの脱会説得に加わったということである。
「写真説明書掲載の写真」とは、後藤さんが陳述書とともに証拠として警察に提出したものである。

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コメント

場所が違うのでは?

 後藤陳述書を読んでいて疑問がわいてきました。

 掲載作業をしている米本さんには本当にお疲れさまと思いますが、本来、この「火の粉ブログ」は、米本さんに降り掛かった火の粉を振り払う目的の記事を掲載する場所だと思うのです。

 ですから、後藤陳述書と「火の粉ブログ」の関係に疑問がわいてくるのです。

 後藤陳述書を掲載すべき場所は「拉致監禁をなくす会」のサイトではないでしょうか?

ホントに人権が無い

 「お前に人権を主張する資格などない」ってどういうこと?と思ったら、インフルエンザで40度の高熱を出しても病院にも行かせてもらえない、ということなんですね。これは本当に人権など無い扱いですね。

 よく殺傷事件を起こした犯人でも怪我をしていたら逮捕されても病院で手当を受けている例があります。ニュースなどで「警察は犯人が回復してから詳しい動機を調べる」とか聞きますので、もし逮捕した警察が病院に怪我をしたり発病した犯人を連れて行かなかったら重大な人権問題になって訴えられて警察は負けるでしょう。

 だけど、こいつの信じている宗教は悪い宗教だからやめさせようということで、私的に逮捕監禁して、高熱でも病院に行きたくても行かせないで閉じ込められてしまう。こういうことをしても罪に問われないのなら、嫌われ者(不快な隣人)には何をしてもいいという極論に通じてしまう。たぶん、これが管理人さんの問題意識かもしれません。

 別のところにコメントしたとき、オーストラリアで娘を監禁し性的虐待をしていた父親の事件のニュースのリンクを張ったのですが、あれは病院で事件が発覚したと記憶しております。確かに監禁している側からすると病院に行かせると世間にばれる、逃げられる、という弱味がある。しかし、大の大人がインフルエンザにかかって熱でうなされているのに病院に行かせないとは、「この説得が失敗して逃げられると自分たちが犯罪者にされてしまう」という人権侵害や違法行為の自覚があったのではないかと思うのです。おそらく「火の粉」の元はそこいら辺にあるのではないか。

 しかし、これほどひどいことをされれば殺傷事件になっておかしくないとさえ思ってしまうほどです。殺しはしないけど、平手打ち、お茶のぶっかけ、罵倒は延々と続きますが、犬猿の仲の双方にそれぞれが帰依した宗教の歯止めがあったから殺傷事件にはならなかったのでしょうか。世の中、家族・親族でも近親憎悪から殺傷事件がしょっちゅうおきています。警察ってそのくらいのことが起きないと事件性を感じないのかとも思います。一方的にやり込められる絶対空間が何年も続いたら、生きていても精神がまいってぶっ壊れるよ。

 

改めて。

読みながら改めて怒りとやるせなさが湧いてきました。人の話を聞いてない、自分の頭で考えてないといわれつずけました。私の言うことは同じなのに、教会をやめるといった後のあの態度の変わりようには本当に腹が立ちました。私は私。昨日と同じ事を言っているのに昨日までは私を気ちがい扱いして話を聞いてもくれなかったんです。私は私のままなのに。

私は私

>私は私。昨日と同じ事を言っているのに昨日までは私を気ちがい扱いして話を聞いてもくれなかったんです。私は私のままなのに。

自分の時のことを思い出して悲しくなりました。本当に、教会をやめるといったとたん、態度が変わるんですよね、あの人(反牧)たちは...。教会の信仰をもとうと、やめようと私は私なのに、ね。

宮村氏の罵倒について

・本文ー宮村氏の監禁された人への罵倒

「えらそうなことを言うな。お前に人権を主張する資格などない」
「俺はお前を監禁なんかしてない。家族が保護しているんだ。出して貰いたければ家族に言え」
「お前は全然人の話を聞いていない」
「頭を使え。自分の頭で良く考えろ」
「自分の頭で考えられるようになるまではここから出られないぞ」
「もし自分の子供が統一教会を辞めなければ、家に座敷牢を作って死ぬまで閉じこめておく」
後藤徹・監禁事件の資料 後藤陳述書(7)

* 宮村氏が信者を依存させる過程
(以下ブログ引用)
  罵倒(ばとう)された側は自信を失います。罵倒する人は、相手に「自分はダメな人間」と思いこませ、自信を喪失させて、自分に依存(いぞ
ん)させることで支配し、自分の心の傷を癒(いや)そうとしているのです。
  罵倒し、相手から自信をはぎとり、「自分はダメな人間だから、相手なしには生きられない」と思いこませることで、「偉大な人間に寄生
(きせい)しているから生きていられる無能な人間」にまで相手の価値を下げようとしているのです。

 ・後藤氏の適切な判断をされた事を私は感じます。
相手をわかれば、・・「こんな人から嫌われることを恐れて、自分の意見を言えないで、ストレスがたまるなんて、ばからしい」と思うはずです。
                モラハラ(モラルハラスメント)ブログより

・コメントからの転載

「カウンセラーはクライアントから依存されやすいので、そのことにカウンセラーは自覚的であらねばならない」杉本牧師
                     仮面を剥がされた人たち(4) -宮村・高澤

 有田・オセロ中島さんについて「・・マインドコントロールからの開放を実現するために、『新たな依存対象』になるような人物によるカウンセリングが行われると
すれば本質的解決にはならないことである」(幸)
                          有田議員を糺す(5)

 専門家(?宮村さん)は 、クライアントに対して、自立への一定の責任を負うのが常識ではないかと思います。
そこでクライアントに対して絶対権威に立ち、自分に依存させ愛人にするというのは、罪が深いですね。(猫の手)
                          仮面を剥がされた人たち(1)

私の感想 本末転倒な自称カウンセラーと改めて感じます。

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