速報!天宙清平修練院長のハ・ヨンホが検察に召還された! 

清平の不正疑惑事件(1)

速報!!
清平の金孝南夫妻、清平修練院長のハ・ヨンホを検察が捜査中!

 2日前の10月12日、「ブログ村-統一教会」に新しいブログが登録された。ブログ名は「清平公的資産正常化統一教信徒対策協議会」。最初の記事は驚愕すべき「キムㆍヒョナム(金孝南)、キム・ジェボン、ハㆍヨンホ検察捜査中! 」である。

 実は、「清平公的資産正常化統一教信徒対策協議会」、通称CP対策委からメールで、掲載された記事を含め数本の原稿を送っていただいていた。信用性の担保に欠けていたため、すぐにアップすることはせず、韓国の情報通に確認を求めた。昨夕、返事をもらった。「記事に間違いはない。火の粉ブログに掲載してもOKだよ」
 
 そこで、火の粉ブログでも、再録することにした。
読みやすいように、中見出しをつけ、改行、行空けを適宜行なった。誤記、入力ミスは修正した。一か所だけだが長文を2つの文に分けた。写真も加えた。

(記事の引用はじめ)
キムㆍヒョナム(金孝南)、キム・ジェボン、ハㆍヨンホ
検察捜査中!
ハㆍヨンホ被疑者として検察召喚!
真のお母様 検察召喚の可能性台頭!

事件のもみ消しを画策

 最近、大韓民国ソウル中央地方検察庁は訓母キムㆍヒョナム(以下キムㆍヒョナム 金孝南、呼称省略)とその夫のキム・ジェボン、清心教会(天宙清平修練院) ハㆍヨンホ院長(以下ハヨンホ、呼称省略)の特定経済犯罪加重処罰に関する法律違反(業務上背任)の疑いで捜査を行っています。

 既にハㆍヨンホは被疑者として検察召喚を受け、調査を受けたと知られています。
  ハㆍヨンホは検察調査で嫌疑を大部分認め、全ては真のご父母様の指示と許しを得て、統一教会の宣教のために行ったと主張したということです。 即ち過ちは認めて、その責任を真のご父母様に全部なすり付けたことになります。

 これは、去る8月 12日にハㆍヨンホの名前で発表した清平声明文と同じ主張です。この主張を検察の前で申し立てることで、真のお母様を、清平がやらかした全ての犯罪行為の責任者であると同時に仕掛人であると追い込んでいます。

 これは大変危険千万な行動であり、第2のデンばリ事件 が起こりかねない状況であることをご祝福家庭たちが認知しなければなりません。

<管理人:註解>、「第2のデンばリ事件」という表現は、韓国語からの誤訳で、「第2のダンベリー事件」が正確だと思う。
 教会員の多くは、「ダンベリー事件は、結局のところ、教会幹部が財務管理をきちんとしなかったから(預金口座を教会名義ではなく、文鮮明名義にしていた)、文先生が刑務所に収監されたのだ」と思っている。
 今回の清平の件も、同じように教会幹部が自分の責任ではなく、韓鶴子氏の責任にしようとしている。そのため、真のお母様が刑務所行きとなる可能性がある。それゆえ、「第2のダンベリー事件」だと言いたいのだろう。
【火の粉公文】徳野会長をはじめとする「いつも私のとなりの神さま」などお母様絶対の教会員は清平攻撃に転じよ!真のお母様の刑務所行きを防げ!


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 現在、キム・ヒョナム、キム・ジェボン、 ハㆍヨンホらは処罰を兔れようと、巨額を支給して法務法人バルンの弁護士を選任して対応しているし, 莫大なロビー資金を振りまいているということが検察側からうわさが広まっています。
 甚だしくは法務法人バルンの弁護士はただの上辺で、背後に検察総長級のロビイストを採用したといううわさも立っています。 ご参考までにいうと検察総長級ロビイストを採用するとしたら最低20億ウォン以上は払わなければなりません。


 キムㆍヒョナム、キム・ジェボン、ハㆍヨンホなど3人は声明文を通じてパインリーズカントリークラブ工事は真のご父母様の指示に従ったものであり、工事を進行する過程でお金は一銭も横領したことがないと主張しています。 それとともに彼らはパインリーズゴルフ場を一日でも早く宣教会財団に渡して、検察の起訴を避けようとしています。

 しかし、韓国はもちろん日本の大多数の祝福家庭はキムㆍヒョナム、キム・ジェボン、ハㆍヨンホの主張を信じることができないです。 何故ならばこの声明文には、
パインリーズカントリークラブ及びコンドミニアム事業の土地取得費用など工事原価、

パインリーズカントリークラブに投入された清心教会資金の具体的な使用先、

振興レジャー開発に資金を支援した時、その決定に関与した清心教会取締役会の名簿、

ゴルフ会員券及びコンドミニアム分譲代金の具体的な使用先、

ゴルフ会員券などの分譲代金が振り込まれていたのに、引き続き清心教会の資金を貸与した経緯、

パインリーズカントリークラブを運営した(株)振興レジャー開発の株主現況及びその変動内訳、

2005.10.27.振興レジャー開発と振興ランドを合併した経緯、

振興レジャー開発と振興ランド合併を承認した清心教会取締役会と教会指導者の名簿、

(株)振興ランドの株主現況、

振興レジャー開発の2012会計年度 5,138,799,591ウォン、2013会計年度 4,962,629,084ウォン など 10,101,428,675ウォンを減価償却しないことで、振興レジャー開発の帳簿上の資産価値を高く評価した経緯、
ダウンロード (2)

2013. 10. 1. 振興レジャー開発に対する資産再評価を通じて 62,905,654,039ウォンの帳簿上の価値を増加させた経緯、

2013. 11. 1. 振興レジャー開発ゴルフ場敷地に根抵当権を設定(債券最高額 226,200,000,000ウォン)して、2012年までの債務 57,795,205,250ウォンの他、追加で 130,780,000,000ウォンを振興レジャー開発に貸与したところ、当時振興レジャー開発は営業利益では利子の納付も難しく、破産が不可避な状況だったということが分かりながらも巨額を貸与した経緯などに対して全く言及しなかったからです。


返しゃあ、いいんだろッ

 現在キムㆍヒョナムとキム・ジェボン、ハㆍヨンホはパインリーズカントリークラブゴルフ場を宣教会財団に引き渡す方法で、上記のゴルフ場建設名目で清心教会に与えた被害額約 1,900億ウォンに対する責任を兔れようとしているし、清心教会に約 1,900億ウォンの損害を被らせたにもかかわらず、上記のゴルフ場を引き渡す条件として、100億ウォンを追加で要求しているという話を耳にしました。

 我々はキムㆍヒョナムとキム・ジェボンらの不道徳で破廉恥な行為を目の当たりにして憤慨し、これを内部的に解決しようとしたが、権力の前に挫折の涙を流さなければならなかったです。 何より真のお母様が彼ら3人に取り囲まれて篭絡される姿に絶望しました。しかし、神様と霊界にいらっしゃる真のお父様が真のお母様と一緒になさる限り、必ず希望が持てます。

 キムㆍヒョナムらは日本統一教会祝福家庭が摂理のために献金した巨額の資金と組職を利用して、ロビーをすることで検察調査を歪曲し、真実を隠蔽しようとしています。

 全世界の祝福家庭がパインリーズカントリークラブゴルフ場事業の実体を把握するようにして、清心教会の資金が何人か個人の私金庫ではなく、統一教会祝福家庭の共同財産であり、その財産が公的な摂理事業のために使われるようにしなければなりません。
  もし、キムㆍヒョナムらがそうしない場合はそれ相応の処罰が下されるということを明確にすると同時に、全世界祝福家庭が真実をただすために、最後まで闘うつもりであるという強い意志を宣明しようと本文章を掲載するようになったことを打ち明けます。


中身を食べたスイカを返す

 ある人が果物屋にスイカ 1個をしばらく貸して、スイカの下に小さな穴を開け、中身は全部食べてから返したら、何の異議を申し立てずにそのスイカを受け取る果物屋がいると思いますか?
  確かに果物屋は外見は同じであるが、同じスイカではないことを貸した人に説明して、代金を要求するでしょう。
 なぜでしょうか?
 スイカがもう商品としてその価値を失ったからであり、借りた人の不当な要求に同意したら果物屋はスイカ 1個分の損害を甘んじて受けなければならないからです。

 現在キムㆍヒョナムらがスイカを借りた人のような不当な提案をしているのを、宣教会財団の役員が分からないはずがないでしょう。
 もし宣教会財団の役員が上辺だけ見て、キムㆍヒョナムらの提案を受け入れるとしたら、中身のないスイカを受け取ってくれた行為に対して責任を取るべきでしょう。
 キムㆍヒョナムらがパインリーズカントリークラブを宣教会財団に譲渡する方法で刑事処罰を兔れようと目論んでいるにもかかわらず、宣教会財団の役員がキムㆍヒョナムらの要求を受け入れたら、教会の被害回復が全然出来ていない状況の中、キムㆍヒョナムらがゴルフ場工事をかこつけて教会に及ぼした被害に兔罪符を与える結果になる。よって、 私たち祝福家庭はキムㆍヒョナムらの不法行為に目をつぶってしまった宣教会財団の役員も一つ穴のムジナだとみて、彼らを相手で被害回復のための行動に出るしかないからです。
 宣教会財団の役員はこのことを忘れないで、キムㆍヒョナムらの不法行為を明らかにすることに最善を尽くしてください。



連載は続く

 今後の掲載する資料の順番です。 理解を助けるために事案別に分けて載せるようにします。


※ 掲載順番
【パインリーズカントリークラブ事業進行現況】 - 1回
- 清心教会のゴルフ場敷地買入関連
- (株)振興ランド設立関連
- 振興レジャー開発(株) 設立関連
- 振興レジャー開発のウリ銀行根抵当券(195億ウォン) 譲受関連
- 振興レジャー開発の借入金現況
- パインリーズカントリークラブの工事進行現況
- パインリーズカントリークラブの分譲収益現況
- 振興レジャー開発の損益計算書関連

【清心教会の低利子を通じる振興レジャー開発への不当支援内訳】 - 2回
- 金銭無償貸出などによる利益の贈与計算の時に適用する利率
- 清心教会が低利で振興レジャー開発に貸与することで発生した利子損失額

【振興レジャー開発の資産再評価関連】 - 3回
- ウリ銀行の振興レジャー開発資産評価関連
- 振興レジャー開発の資産再評価関連

【パインリーズカントリークラブの私有化過程】 - 4回
- 振興レジャー開発と振興ランドの合併

【キムㆍヒョナムらは下の事項を迅速に公開しろ】 - 5回

【真のお母様にお送りする要請文】-6回


淸平公的資産正常化 統一敎信徒対策協議会

(記事の引用終わり)

【若干の解説】


 読者が真っ先に思ったのは、信徒対策協議会とはどういうグループなのか-ということだろう。
 正体を明かすわけにはいかないが-といっても実名を知っているわけではない-文顯進派でも文国進派でも金孝律グループでもないことだけは確かである。
 どこの派にも所属しない、清平の不正に怒っている食口グループである。その中に会計にものすごく詳しい人がいるようだ。

 清平の横領疑惑については、これまでも韓国の検察、警察に告発した食口たちがいた。
 しかし、いずれも金孝南一族・グループがお金を払って、捜査の手を止めてきた。
 それだけに、今回、清心教会(天宙清平修練院) ハㆍヨンホ院長を検察が事情聴取したというのは注目すべきニュースであり、横領疑惑が解明される第1歩となるものだ。

 金孝南一族・グループは事件化させないために死に物狂いである。
 その一つは、裏の手である。検察総長級のロビイストを採用し、もみ消しをはかるというものだ。
 CP対策委は「うわさ」としているが、間違いないだろう。日本でも、いや世界で行なわれている裏の常套手段だからだ。元大物検事総長⇒現総長⇒現場の検察部隊といったベクトルで圧力をかけていく。

 もう一つは、「返せばいいだろう」という詭弁的居直り作戦である。CP対策委の比喩を使えば、スイカを万引きして捕まりそうになったから、あわてて中の一部を食べたスイカを返す。
 おめこぼし作戦といってもいい。米つきバッタのように謝り、すべて財団に返還しましたので、お許しを。
 これが検察に通用するだろうか。

 事件をうやむやにしないための唯一の方法がある。私にはできないが、在韓の食口たちにはできる!
 簡単なことだ。「この事件を解明して」という一行添え書きをつけて、CP対策委の記事のコピーをマスコミに郵送すればいいだけのことだ。検察が弱いのはマスコミである。セウォル号事件のときのことを考えればいい。

 CP対策委の調査努力を無にしてはならない!

【関連記事】火の粉ブログ「仰天速報!韓国の食口たちが金持ちイタコらに公開質疑書を送付す 」
奇知外記「パインリーズリゾート疑惑の提起に関する清心教会の声明」
gildongのブログ「パインリッジリゾート疑惑提起に関する清心教会の声明文」


※1 この記事は10月19日まで公開したあと、再び「天国に行けない哀れな倉敷の牧師さん」を再掲する。
※2 CP対策委はすでに記事の第2弾【パインリーズカントリークラブ事業進行現況】 - 1回 をアップしている。すべてこのブログでフォローできないので、右サイトにリンクを貼ることにする。

噂の真相-1行記事

清平には金持ちイタコ一族・その側近・職員を合わせると総勢600人!が解怨で利得生活をしている。


噂の真相-1行主張

清平の横領疑惑事件でソウル地検が捜査に乗り出している。テロを計画している諸君は、もう少し事態を静観すべきである。




興味深い記事だと思われた方は
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関連記事

コメント

ヨスのリゾート開発

youtube動画です
http://youtu.be/DyQ8KDJd68w?list=UUVVEch2RULwAoY_5IFH9B2A

膿は徹底的に出し尽くすべし

「清平には金持ちイタコ一族・その側近・職員を合わせると総勢600人!が解怨で利得生活をしている」
--600人の中には日本の食口や2世もいて、韓国の食口以上の盲信ぶりで批判的な信者を威嚇します。
清平での修練会や解怨式のときは必ず狂って暴れる人が出るのですが、「大母さんを呼んでくればいいでしょう」というと、日本の体格のいい男性食口に取り囲まれて「あっちに行け」と罵られました。3ヶ月の観光ビザ(ノービザ)で入れ替わり立ち替わりやって来る、出稼ぎ輩もいます。あの焼身自殺事件のとき、「今こそ大母の力を見せてくれ」と叫ぶ信者たちを取り押さえたのも日本の狂信食口だったそうです。
何様のつもりかと噂されていることも一切頑せず、狂信的でSPのごとき振る舞い。信徒対策協議会のデモンストレーションに対しても、悪魔の如く暗躍しているそうです。

日本からの献金が悪魔を育てています。資金の流れが明らかになれば、日本の協会(教会)にも検察が入るでしょう。献金ストップをお願いします。やむを得ず集金された場合は返金するか、間違っても送金はしないでください。信徒対策協議会の方々の中には、世界を渡り歩いた日本の古参幹部もいます。内情を知り尽くした方々です。徹底的にやるべきだと思います。

豚に真珠をやるな!清平から豚を追い出せ!

真理と思って全てを捧げて来た日本人信者達を騙したらいけません!•••••バチが当たります!

徹底的な解明、追及をやるべきでしょう!

頑張れ日本!頑張れ負けるな!〉日本からの献金が悪魔を育てています。資金の流れが明らかになれば、日本の協会(教会)にも検察が入るでしょう。献金ストップをお願いします。やむを得ず集金された場合は返金するか、間違っても送金はしないでください。信徒対策協議会の方々の中には、世界を渡り歩いた日本の古参幹部もいます。内情を知り尽くした方々です。徹底的にやるべきだと思います〈





バカにするのも程がある-50Kは日韓国交正常化50周年の感謝献金?

日本で苦労している友人からの情報です。その友人が所属する教会では50Kの意義を日韓国交正常化50周年にかこつけているそうです。--愚、愚、愚(冷笑)

もし日韓国交正常化50周年への感謝や記念の某という名分ならば、日本の統一協会食口ほど貢献した者はいないでしょう。現に私などは人生を懸けて韓国に嫁ぎ、闘ってきました。日本の在日差別もひどいものですが、歴史問題を含む様々な反日感情の中で家庭を守り、子どもを育てることの苦は、自国でのその比ではありません。5倍ぐらいの重力差があります。ですから50Kもらっても、全然足りないぐらい。それを逆に捧げるとは。どうコジツケれば、そんな思考回路に貶められるのか、馬鹿にするのも程があります。みなさまは疑問に思うべきです。

私たちは日韓国交正常化50周年を迎えるにあたり、十分に貢献した者たちです。アジアの平和と安全、世界の平和と安全のために、これからも頑張ります。そんな区切りの50周年です。今年は是非、清平から50K以上をもらいましょう。

これまで出した人ほど、もらう人になるべきです。

信じる心を食らう悪鬼たち

cosmopolitanさんのコメント・・・本当に、本当にその通りだと思います。

霊界のことを語り、公金横領はしてはいけないとずーっと言い続けてきた人間が、その張本人が横領しまくり!とは。
これだけ霊界のことを語る人が間違ったことをするはずないと思ってた時期もありましたが、完全にイカレテますね!

金孝南は自分が王女になったと錯覚して、貢がせた金、稼いだ金を何に使おうがとやかく言われる筋合いはないと思っているような気がしますが、何でここまで出来るのか聞いてみたい。死後が怖くないのか?
清平修練会で、映画:「奇跡の輝き」をみんなに見せたこともあるのに、何やってんだこの人!信じられない。恨みの思いで完全地獄行き!
巷にいる詐欺霊能者、有料先生というか、まさに天使を装った悪魔じゃないか!心と体が分離した人間の代表としか見えない。
結局、あの笑顔は、食口の顔が札束に見えてにんまりしてたのか。

何だかんだと理由をこじつけて、金に貪りつく悪霊の巣窟と成り果てた統一教会、清平の偽善者達!。信じた心を利用して満足か?
したようにされることを忘れるな!

日本人の皆様!朝鮮半島に中国に日本人の精神性や徳性を伝えれば、世界は素晴らしい精神性に近づくと思います。

〉霊界のことを語り、公金横領はしてはいけないとずーっと言い続けてきた人間が、その張本人が横領しまくり!とは。
これだけ霊界のことを語る人が間違ったことをするはずないと思ってた時期もありましたが、完全にイカレテますね!〈

残念ながら文鮮明教祖のミコトバや原理講論、特に総序の内容で言っている事と文鮮明教祖がやっている事が真逆な言葉を多く発見します。

文鮮明教祖を中心とする朝鮮人の幹部の方々の脳細胞を見てみたいです。•••••おそらく日本人の回路と全く違う回路になっているのではないか?と思う位です。

在日の方々や同和出身の方々の中には本当に良い人もいますが、悪い人が余りにも目立っているのだと思います。“和をもって貴しとなす”素晴らしい日本人の徳性•精神性を高めてまいりましょう!••••••柄にも無い事言ってスイマセン。







清平

もともと清平の先祖解怨などあまりまともに信じてないもんだから被害者でもなんでもないけど結構信じていた人が多いのにはむしろ驚くくらいだ。
確か復活論ではみ言葉を信じて実践してこそ復活するのではなかっただろうか?
結局は先祖の解怨などは本来自分自身でやるべきなのではないだろうか?
以前36家庭の金先生が言われていたのを何かで耳にしたことがあったが、「本来は自分自身で先祖を解怨すべきだが、あまりに祝福家庭が悲惨なので清平が始まった」とか?
清平が巨大化したのも祝福家庭の果てしない願望や欲望がつくりあげたものとは言えないだろうか?
霊感商法で生み出された霊石愛好会?がやがて天地正教となり統一教会に吸収されたら、今度は統一教会が清平教に飲み込まれてしまった。人間は所詮ご利益を求めるものなのだろうか?
信じた人、信じさせた人
信じた人は何を信じ、信じさせた人は何を信じさせたんでしょうね。
それが初めから食い違っていたのでしょう。ご愁傷さまです。

清平で解怨祝福するように教会が指示

>清平が巨大化したのも祝福家庭の果てしない願望や欲望がつくりあげたものとは言えないだろうか?

基元節前に清平での210代解怨と祝福を全部終えるようにというのは教会の正式指示でした。それを忘れないでください。信徒がただ好きで自主的にやっていたわけではありません。

私は在米ですが、周囲の日本人シックは清平に入れ込む人が多く、主人も私より熱心だったので、私は信じていなくても清平に解怨祝福の献金をするという圧力が絶えずありました。のみならず、清平の210代を早く終えるようにという公文が何度もまわってきました。もちろん好きで献金したシックもいるけれど、やらねばいけないと文先生と教会幹部に言われたからやったシックはたくさんいます。

その献金を集めた本人が私的に使い違法行為をしてきたなら、信徒がそれを問いただして責任追及するのは当然のことです。

何を信じたのか

>信じた人は何を信じ、信じさせた人は何を信じさせたんでしょうね

私自身は、清平への解怨献金などは少ししかやってませんでした。
(但し、後に高額な天運石はやってしまった)

教区、教会にもよると思いますが、当時、清平への先祖解怨・祝福献金よりも摂理献金を優先してくれと指示があったので・・・。

いやーでも、実際、所属してた教会のドイツ人の教会員が’自分の先祖達が連なってる姿を見た’と証したり、他の教会員も’背中から黒いもやが出てきたのを見た’と証してたのを直接聞きましたから、やっぱり、当時は信じてましたね。また、ご主人を亡くされた奥さんのところに霊的にご主人が来てたとか・・・。

清平初期の頃は、金孝南かどうか忘れましたが、実際に霊力があった人がいたと思います。(個人的にですが、この人霊的力があるなと感じたので)

今まで相対できる人がいなかったので語ってませんが、私は特殊な霊的体験(清平での事ではなく祝福後)をしているので、教会を去った身ですが、文鮮明氏だけについては色々な意味で複雑な思いがあります。

実名者:米本和広 氏へ


ハンドルネーム「米本和広さん」でもありません。
「自称ルポライターY氏」でもありません。

天下の【ルポライター米本和広氏】です。実名をを以ってしてtomy4509の『氏名公表』をされたのです。
過去のことだから忘れた、では済まされません。
誠意ある態度で質問に対して回答いただくか、

http://plaza.rakuten.co.jp/peace3world/diary/201410120000/

該当記事(コメントを含む)の訂正・削除、ならびに謝罪文の掲載を要求します。
また、tomy4509はブログ停止期間(1ヶ月×2ブログ)もあります。これも忘れないでください。

10月16日23:59まで回答期間を延長します。

最初は3年間だったはず

清平の役事は確か1995年ころからでしたっけ?

最初は3年間という期限付きのものでした。
当時はそれなりにご利益?があったと思います。
だから、金イタコさんはまったく能力がなかったわけではないと思います。

ところが確か、オトーサマのために宮殿を建てるという名目で
シックから韓国では450万ウォンか
それくらいを献金すれば
(忘れてしまいました)
清平のミニチュア大理石をもらって
宮殿に名前が彫られるという摂理?が
ありました。

日本のシックはもっと高かったと思います。

その商売?があまりにもうまくいったので
それに味をしめたんでしょうか?

オトーサマのためにという名目や
オトーサマの命令というものを振りかざしたら
何でもいうこと聞く、特に日本シックがターゲットにされてきたと思います。

韓国でも清平に熱心に通う人いますけど、
子供のいない人や子供や自分、および配偶者に心身の異常のある人がかなり多いようです。それと妊婦さん。

ハイキング気分で行く家族もいますが、
今はどうなんでしょう?

昔、通ってたとき(妊娠中)は、
周りの人の来ている理由って
かなり深刻な方が多かった感じがありました。

でも3年をすぎてからは
イタコさんが文さんにだだをこねて
延長しましたけど、ご利益はなくなったと
私は思いました。

単なる気休め、ハイキング、集金摂理になってしまったと。

いい病院に行ってなおしたほうがいいのに、
清平信仰に縛られて取り返しがつかなくなった人もいると聞きました。

私の知り合いは修練会後の和動会で心臓麻痺でばったり倒れてなくなりました。
40になるかならないかで。
身重の奥様の前で、、、、

今も子供を養子にもらおうと熱心に通ってる人もいます。

人々の切実な現状を利用して、私服を肥やす
ことのできるのは
おそらくイタコさんの守護霊?が
最初のまともな霊ではなくなったのかな

だから何の罪悪感もなくすごいことがやれるのではと
思っています。

イタコさんが悔い改める?
それはおそらく無理でしょう。
だってそういう銭ゲバ霊に支配されている以上は、、、と思うんですけど、、


能登教会の若狭さんに通告!

 tomy4509こと能登教会の若狭力さん、しつこいですよ。

 3つの投稿のうち2つは削除しました。これ以上の投稿は禁止します。

 といっても、若狭さんのストーカーマインドはますます増幅する一方でしょう。場合によっては、包丁片手に、若狭の海から日本海の海岸伝いに山陰に(怖ッ)。それは困るので、すでに書いたことですが、改めて書いておきますね。


(1)若狭さんたちヘドロ食口たちの興味深い情報が私のメールに届いた。送信者は不明。その情報を火の粉ブログにコピペした。

(2)若狭さんは、その情報は不正アクセスされたものだと思い、私を犯人だと疑い、10数回にわたって、私を容疑者扱いする記事を「奇知外記」で書きなぐった。むろん、匿名tomy4509で。

(3)10数本の記事はいずれも名誉を毀損するもの。匿名者が匿名をいいことに実名の人物を誹謗中傷を繰り返すのは卑劣そのもの。そこで松濤本部に問い合わせしたり、若狭さんがtomy4509の名で投稿している統一教会のネット媒体元に問い合わせしたりして、つまり苦労に苦労を重ね、tomy4509(peace)が能登教会の若狭力であることを突き止めた。

(4)すぐに名誉毀損で提訴することも考えたが、教会に葉書を送った。若狭さんからメールが来た。実名をさらけ出すのはやめてくれと懇願。「謝罪文」を書き、ブログの更新一カ月ストップということで折り合いがついた。

(5)しかし、その後、また他のブロガー(不正アクセス疑惑問題で私を支持していた人)にやはり誹謗する内容の記事を「奇知外記」で書いた。そこで、若狭さんは反省していないと判断し、実名をさらけ出した。

(ここまでは前史。火の粉の過去記事に記載している)

(6)若狭さんは福井の警察署に不正アクセスで被害届けを出した。プロバイダーだとかいろいろあったようだが(IT音痴ゆえ理解できず)、結局、不正アクセスした人間が判明し、その人が若狭さんに謝罪し、処分は不起訴となった。
(すでに用済みメールは削除しているので、送られてきた(1)情報がその人から送信されたものかどうかは不明)


(7)若狭さんは、火の粉ブログに載っている自分の名前を何としてでも削除したかった。そこで、刑事にも相談した。刑事、答えて曰く。
「米本さんを説得するしかないでしょう」

(8)若狭さんの粘着的相談に辟易した刑事さんは自ら、私のところに電話で、「なんとかなりませんか」
「若狭さんさんから誠意ある態度で、何度も懇願されたならともかく」

(9)刑事からのアドバイスでか、若狭さんはブログのサービス会社(fc2)に削除依頼。「削除依頼が来ていますが、諾否の返事を」。むろんノー。
 1、2回だけならまだしもなんと10回も!きわめてド・粘着質、きわめてストーカー的

(10)その後、「奇知外記」ブログで、「米本氏、だいじょぶですか」の記事を何本か。私の返事がないので、たまりかねてここのコメント欄にも。
 そして、いよいよ感情が昂ってきたのか、今回は立て続けに3本も。


 若狭力さん、私は実名で住所も電話番号もFAX番号もメールアドレスも明らかにしています。
 私に何かいいたいこと、要求したいことがあれば、ブログに書かなくても、直接、伝えればいいでしょう。ただし、感情を棚上げして、事実に基づいて、論理的に。

(1)投稿は禁止
(2)直接の連絡はウェルカム
(3)「奇知外記」を読まないことに怒ってはいけない。

 最後の最後のお願い。
 山陰にやってこないでね。

(からかいもあるが、ほんの少しは心配している。コメントの冒頭の3行
<ハンドルネーム「米本和広さん」でもありません。「自称ルポライターY氏」でもありません。天下の【ルポライター米本和広氏】です>
 に、病的なものを感じるからだ。

(お願い)若狭-米本コメントに反応しないでください。

証明された世界摂理の虚偽

>信用性の担保に欠けていたため、すぐにアップすることはせず、韓国の情報通に確認を求めた。昨夕、返事をもらった。「記事に間違いはない。火の粉ブログに掲載してもOKだよ」


 基本的に誰に対しても‘是々非々の考え方’をされる米本さんがアップされたのですから、今回の記事の内容は真実と捉えて間違いなさそうです。
 そうしますと‘清平公的資産正常化統一教信徒対策協議会’の方が書いた内容は正当な主張ということになり、【火の粉公文】として米本さんが書かれたように<徳野会長をはじめとする「いつも私のとなりの神さま」などお母様絶対の教会員は清平攻撃に転じよ!真のお母様の刑務所行きを防げ!>ということに自然となるはずなのですが、決してそのようにはならないところが、統一教会の病巣の根深さを物語っております。

 即ち、その責任を全部なすり付けられ、裏切られたはずの「真のご父母様」こと韓鶴子氏は怒るどころか「清平のことに対してあれこれ言ってはなりません。大母様の特別権限です。これは天が聖別して育ててきた独り子の家門です。分かりましたか!…肉身を持って役事される訓母に対してあれこれ言ってはなりません。分かりますか!私が生きている限り、皆さんが心配することは何もありません。分かりますか!ヤン・ジュンス!(はい!)信徒対策委員会、あれこれ騒いではいけません。」となるのですから統一教会の内部はまともな理性では理解できない情況となっているのです。

 CP対策委は大韓民国ソウル中央地方検察庁がその件に関して、特定経済犯罪加重処罰に関する法律違反(業務上背任)の疑いで捜査を行っていることを伝えていますが、そのような問題に対しても韓鶴子氏は‘7/1韓講話’において「世の中の法が私たちをあれこれ言うことができません。」と語っており、CP対策委が主張しているような‘被害者’ではなくなっているのです。
 これらの主に統一教、韓国人達の思考回路はまともな理性をもった文明人にはとても理解できるものではなく、朝鮮儒教が及ぼす精神的影響に関する「異常心理学」「集団心理学」「脳の仕組み」を勉強し、その助けがなければ解明は無理で、お手上げです。
‘清平公的資産正常化統一教信徒対策協議会’は「何より真のお母様が彼ら3人に取り囲まれて篭絡される姿に絶望しました。」として韓鶴子氏を批判していますが、「神様と霊界にいらっしゃる真のお父様が真のお母様と一緒になさる限り、必ず希望が持てます。」と書いているように、基本的には「真の父母」として崇拝しており、人間信仰しているのは明らかで、その信仰自体に矛盾を感じないのは驚くべきことで、まったく不思議なことなのです。

 CP対策委が韓鶴子氏は「3人に取り囲まれて篭絡され」ているという考え方ができる時点で、既に「真の父母様は神様と完全一体化している」との「真の父母」信仰が破綻していることに気付かないこともまったく理解不能です。
 やはり、その辺りは朝鮮儒教の伝統と、李氏朝鮮時代からの権謀術数に明け暮れた王朝政治の歴史に馴染んだ国民性なのだと思います。
 しかし、徳野日本統一教会会長は韓総裁が右と言えば右、黒いものが白いと言えば白いと言うのですから、もはやまともな日本人とも思えません。
 完全に韓国中心の小中華思想に毒されており、そこには明らかな‘理性の退化’が見られ、現在の統一教会信仰に関しては「異常心理学」「集団心理学」「脳の仕組み」からの研究が必要と思わざるを得ません。

 しかし、多少なりとも理性が働く統一教会員で非小中華思想の持ち主ならば、現統一教会の教義の決定的な矛盾にも気付くはずなのです。
 即ち、「神の摂理」、徳野会長が述べるところの「世界摂理」とは共同幻想、あるいは妄想に過ぎなかったということなのです。
 キム・ジェボン氏がパインリーズカントリークラブを経営することが「神の摂理」などと考える統一教会員がいたとしたら、完全に統一原理の教えを逸脱した問題外の狂人であり、その不正融資された巨額の資金が何か世界的な人民救済運動に使われるような「神の摂理」として目的のある資金だったとするならば、当然韓総裁は‘公金横領’として断罪せねばならないはずなのです。

 ところが、その不正融資を容認してしまうということは、そもそも「神の摂理」などというものは統一教会の教祖が勝手に作り出した共同幻想だったということなのです。
 文教祖が「神の摂理」として行ってきた事業等は共同幻想を利用した単なる経済活動に過ぎなかったし、それすら明確なものが見当たらない韓総裁が掲げる「神の摂理」とは妄想以外の何ものでもないのです。
 そして、そのような妄想を「世界摂理」と偽って、徳野会長は日本の統一教会員に50Kという高額献金を強要していたということなのです。

 清平施設において霊的な体験をし、その宗教活動には少なからず意味があると捉える統一教会員もおられるようですが、そのような方々は創造原理、第六節‘人間を中心とする無形実体世界と有形実体世界’をよく理解できていないのだと思います。
 肉体から離れた霊人体とて、その心霊基準(精神的発達段階)は肉身生活をしていた時と変わることはないのです。
 それは原理講論を読めばよく理解できるはずですし、その霊界論に関しては原理講論の説明は説得力があり、私は‘真理’であると思っています。
 つまり、霊人体のみとなった(死亡した)人間であっても、霊界へ行って、突然真理を悟ったり、心霊基準が上がったりするようなことはないのです。
 ただ、霊界が存在することがわかったり、霊的五感が目覚めたりするだけで、地上で心霊的に発達できなかった人は同じように心霊的に低いままであるし、神の存在さえもよく認識できないかも知れないのです。

 ですから、清平において霊的な現象があったからとて、それだけだったら何の意味もなく、イエス・キリストや仏陀が現れて清平の活動が正しいことを証ししたというような次元のものでないならば、原理的に「神の摂理」として清平の宗教活動が正当化されたことにはならないのです。
 文先生に対する評価も同様であり、肯定も否定も「絶対」という言葉を使った評価はすべきではないのです。
 正当化される部分と否定されねばならない部分とを見分けることこそが、人間が神より賦与された‘知性’の働きであり、人間はその能力を発揮することによって「人間の責任分担」として成長、発展せねばならないのです。

 今回の記事において現統一教会における「神の摂理」「世界摂理」等は妄想とも言える共同幻想であったことが証明されたのだと思います。
 結局、統一原理を学んだ教会員が悟らねばならないのは、‘神の摂理’とは‘神の存在’と同様、決して人間が単純に表現できるようなものではないし、証明できるような類のものではないということです。
 今まで統一教会の中で神を擬人化して語ったり、「神の摂理」と称して事業活動を行ったりしてきたのは、統一原理をそのレベルでしか理解できなかった朝鮮半島の人々の文化レベルがそれだけ低かったということであり、西川氏によってより理想的な形で運動が進められてきた初期の日本統一教会の教会員達はその「神の摂理」を理想的なものと解釈し、共同幻想を懐いてしまったのです。
 その共同幻想は今回の清平での不正融資を巡る事件で、虚偽だったことが証明されたのですから、日本人の統一教会員は真実に目覚めるべきですし、統一教会の進む方向性を原理的に正す為にも、虚偽の「世界摂理」の為に献金などすべきではないのです。
 

地上生活と霊界生活

>肉体から離れた霊人体とて、その心霊基準(精神的発達段階)は肉身生活をしていた時と変わることはないのです。

仰る通りです。真理と思います。
学生の頃(もう随分昔です)、ある霊通者の本(一般の書籍)を読みましたが、’慣性の法則’で例えられてました。原理を聞いて、次第に理解が深まりました。

統一教会の将来

ショッキングな記事ですが、過去の「火の粉」ブログで記事なっていたこともあり、冷静に受け止めています。

特に文先生が亡くなられてから、あまりに多くの問題噴出に、急性アノミーに陥っていないのが不思議なほどの統一教会です。
ただ、急性アノミーに陥っていないのは、多くの情報や事実が隠されているからに他なりませんが・・・。

多くの問題を抱えながら、自浄作用は望めそうもない現状の統一教会では、当局の追及もやむなしというしかありません。
かくなる上は、検察当局には徹底的に事実を明らかにしてほしいのですが、産経新聞ソウル支局長の一件もあり、どこまで期待できるのでしょうか?

もう一度、原点に立ち返ってやり直すにはどうしたらよいのか?
そればかり考えています。

先祖解放は自分の務め

悟空さまのコメントから
「本来は自分自身で先祖を解怨すべきだが、あまりに祝福家庭が悲惨なので清平が始まった」という話は周知されています。

当然と言えば当然なのですが、他力嗜好の仏教観などが根底にある人々をターゲットにし、弄んできたのが清平の詐欺師たちです。

解怨の本質を知り、清平の詐欺師たちを見抜いていた信者は清平の摂理を無視してきました。
なんで解怨なんかしてもらう必要があるの?って感じで。

日本でも古参の幹部は清平に解怨献金などしません。韓国の一般信者のほとんどは、清平に見切りをつけました。この頃の清平は日本人ばかりだと聞きます。未だに目覚めない日本の食口を、だましだまし首根っこを捕まえ、搾りとるといった状況でしょう。日本の幹部の中には自分はしないが、教会員には清平の修練会に参加し献金することを積極的に促した人もいるはずです。全盛期には世界中から集まっていましたから、韓国の教会でもノルマがありました。

自分の先祖の解怨・解放は自分でしたいものです。
私たちは自分でできるように導かれた者たちです。お金で解怨ができるはずがありません。また天の摂理を使って献金を迫るのも詐欺だということがわかりました。

そうなんですか

>日本でも古参の幹部は清平に解怨献金などしません。

東京では、韓国人の教区長、教会長は、清平解怨、天運石を熱心に教会員に勧めてました。

結局、みんな詐欺師And偽善者か

そういえば、先祖解怨とか無かった清平初期のころ、東京だけだったのかわかりませんが、教会長ら責任者たちが40日修練会を清平で受け、教会に戻った時、皆に、態度、言動など涙ながらに謝罪してたのを思い出しました・・・。でも、元の木阿弥どころか逆に悪くなった。もう、処置なし!

教祖も含めてみんな詐欺師

>東京では、韓国人の教区長、教会長は、清平解怨、天運石を熱心に教会員に勧めてました。

さらに言えば、”メシアと称される”文教祖自身も清平摂理を肯定していた。結局、統一教会はみんな詐欺師の集団なのです。そしてあの文教祖こそ極めつけの大詐欺師か誇大妄想狂!神々の黄昏さんが指摘されるように、血統転換理論も朝鮮シャーマニズムに基づく妄想思想である。ということは、真の父母だとか真の家庭なども所詮は妄想の概念であり、祝福結婚など全く何の価値もない!

ちなみに、原理講論自体には血統転換の理論は提示されていませんが、執筆者である劉孝元氏が文鮮明教祖の弟子である以上、当然のことながら、師である文教祖の思想(ムーニズム)と密接不可分の関係に位置するものです。統一原理の思想的展開である統一思想もまた然り。

思うに、これらの思想は、「現人神ともいえる再臨主が神の啓示を受けて解き明かした真理体系(及びその具体化)などでは決してなく、およそ神の啓示とか摂理とは全く無関係にある人間達が、キリスト教や儒教、シャーマニズムをはじめとした古今東西の宗教や哲学思想、さらに近代科学、現代科学の研究成果等々をブレンドさせて”あくまでも人為的に”作り上げた宗教思想に過ぎない。」と捉えるべきではないでしょうか。

スリッパ

うる覚えですが、以前本部の礼拝に参加した説教の中で、ある婦人がユンノレか何かで勝利して「ある物」をいただいて、最大最強の天運、至福の喜びを得たような証がありました。

「ある物」とは、金孝南(テモニム)が履いたスリッパです。

金孝南が失脚しても狂信的献金教会員はどこかに献金し続けるんでしょうね。

ちなみに私は汚くてそんなもの絶対要らないと思いましたがね・・・。

詐欺師にもう一人つけ加えれば

Watcherさんが詐欺師の範囲を広げて下さったのでもう一人その候補にイエス-キリストを付け加えておきますね。
彼は「私は道であり、真理であり、命である。私によらないでは父のみもとに行くことができない。」と言われたそうですね。
どれだけの人がそれを信じて人生を棒に振ったことでしょうね〜。
まあ時空を超えて騙し続ける人のことを詐欺師とは言いませんがね。
詐欺師とはだいたい一代で終わるものなんでしょう。代々騙し続ける詐欺師って逆に大したものです。「騙された」と思う人は「信じやすい」人でもありますね。
人の言葉にあまり左右されない生き方をしたいものです。
詐欺師に何代も騙され続けることはありません。
もしいたらその時こそ思い切り「おバカさん」と言ってあげましょう。

ところで公的資産がどうのこうのと言われてもあまり実感がないですね。
あまり関係がないからでしょうね。
しかし無駄使いがあれば国でも教会でもどんな団体でもそんなところにはお金は出したくはないですね。

(今更ながら、)本当にキリスト教なのか?

文氏は宗教家ではなく、右翼活動家として生涯を送ったほうがよかったのではないかと最近考える。
原理口論にしても、文氏の言動や考え方、発想にしても、キリスト教の伝統を引き継いでいるとは思えない(元統一教会員鄭明析率いる摂理のほうが、まだキリスト教に近いんじゃないか?)。聖書の言葉や血統転換、蕩減原則を、教祖自ら教えとして、利用すらすれ、あまり守っていないことを見た時、実際はキリスト教を信じてないのだが、熱心な信仰者としての自分の姿に、陶酔しきっていただけなのではないかと思う。血統転換、蕩減原則が事実上反駁された今、統一原理の聖書と接点を持てる部分は、創造原理の神は親であり、愛と命の源泉だという部分だけだろう。晩年近くには、家族も信じられず、自分は一人ぼっちだと言い、喜怒哀楽にむらができた(脳血管性の認知症状ではないかと疑っている)。
米国統一教会の教育の仕方に対し、「これは共産国でしているのと変わりないのではないか」とある食口が尋ねたところ、御子女様は「そうだ、それに倣ってやっているのだ」と答えたという(youtubeにアップされた批判的番組より)。つまり、神側の共産主義なのだ。イエスの十字架の死も統一教会内で言われている程、キリスト教内で、疑問、あるいはタブーになっているわけではない。宗教の和合を世界平和の道筋と唱えているが、具体的な実を結ぶものは、結局提示されなかったと思っている。彼の果たした役割は、統一ではなく、背教を広めることだったと思う。
李ヨハネ氏が日本に来た時に自分も同行した際、仰天した言葉がある。「お父様は誰からも習うものがない方です。降った雨が流れた流れを見て、その中にも原理を見つけられるのだ」と。その時は、メシヤならば、さもありなんと思ったが、ただの普通の人がこう言ったら、どう思うだろうか?この人は普通の生活ができないんじゃないかと、心配になるほど傲慢だと感じるだろう。自分は、文氏が、初めからキリスト教の信仰を持たなかったのだと思う。むしろ、手始めにキリスト教を従えてから、すべての宗祖の頂点に立つ王様になりたかったのではないのかと。

統一原理の核心

朝鮮シャーマニズム、朝鮮儒教の伝統という批判、その他いろいろと非難ごうごうですが、本質的ポイントがずれているなと感じさせられます。
統一原理の核心であり、中核思想は、創造原理の第一節の神の二性性相と第二節の万有原力〜四位基台の部分であるはずです。
堕落論といえども堕落論、論ですし、復活論といえども、論ですから、とらわれすぎる必要はありません。もちろん真理性があるのは当然ですが、解釈の仕方で統一原理そのものを否定することはできません。
創造原理の第1節、第2節の部分が崩れた時には、統一原理そのものの真理性が否定される可能性がありますが、他の部分に不備が、もしあったとしても本質的に問題はありません。
現実面、現状面の影響を受けて、統一原理の真理性に疑問を感じ、つまずく人が多いことにあきれるばかりです。
枝葉とは言いませんが、スキャンダル的な事で影響を受けて、不信感に陥るその信仰に疑問を感じざるを得ないものです。信仰があるとは言えないこの私ですが、そういったことには一切影響を受けることはありません。
イエス・キリストご自身が、当時の社会において、律法を破り社会を乱す反社会的な存在として多くの非難をあびて、最極悪人として処刑されるぐらいですから、再臨時代は、それ以上に反社会的な存在として抹殺される状況に至るのは、ある意味、十分あり得ることです。蕩減復帰的に考えるならば、むしろ、無ければいけない状況といえます。
その防波堤として、絶対信仰、絶対愛、絶対服従という絶対的な愛の信仰が願われているのだと思います。まるで、最後の峠、最後のふるいにかけられているようにみえます。
科学性のない聖書の福音を信じて、殉教の道を行かれた過去のクリスチャンの信仰の偉大さを今更ながらに感じさせられます。

統一原理の位置付け(絶対的真理か?それとも単なる有神論的仮説か?)

「統一原理」とは、広く言えば、単に原理講論や統一思想要綱などの書物において体系的に述べられている宗教理論にとどまらず、文教祖の”み言葉(マルスム)”において具体的に表現されているところの、シャーマニズムや朝鮮型儒教的思想、なかんずく血統転換理論をも含めた宗教思想全体として捉えるべきです。

言うまでもなく、原理講論の執筆者は劉孝元氏、統一思想要綱の執筆者は李相憲氏でありますが、彼らはいずれも文鮮明教祖の弟子であって、(原理講論にしろ統一思想、あるいは勝共理論にしろ)当然のことながら、師である文教祖の思想(ムーニズム)と密接不可分の関係に位置するものです。

何しろ、原理講論の総序において、「神は、既にこの地上に、このような人生と宇宙の根本問題を解決されるために、一人のお方を遣わし給うたのである。そのお方こそ、すなわち、文鮮明先生である。」とか、「時が至るに従って、一層深い真理の部分が継続して発表されることを信じ、それを切に待ち望むものである。」と述べられていますが、このことは、原理講論自体が、「再臨主である文鮮明先生こそが神の真理を解き明かしうる唯一の人物であり、ゆえに、文先生の思想こそが唯一絶対の真理である。」ということを表明しているということを意味する。言い換えれば、創造原理を含めた原理講論の全体系が「文教祖が再臨主であり、真の父母である」ということを証しするための宗教理論である。」ということになります。

ところで、文教祖の血統転換理論は誤りであるとの見解がありますが、当方も全く同じ意見です。言うまでもなく、血統転換理論は文教祖の思想(ムーニズム)の根幹をなす理論であり、文教祖が「真の父母」であるという主張の根拠となる理論であります。もし、この理論が誤りであるとすれば、それを提唱し実践した文教祖は稀代の大詐欺師あるいは誇大妄想狂であって、もはやこのような人物が神の代身=人類の救い主たるメシアなどと称されることはあり得ないということになります。そうであるならば、上記の通り、「文教祖が再臨主であり、真の父母である」という命題を大前提としている原理講論、すなわち統一原理の全体系、さらには統一思想の全体系が崩壊する結果となるのです。

以上の理由から、「文教祖の宗教思想(ムーニズム)と統一原理・統一思想を峻別して、前者は誤っているが後者は正しい」みなす見解は不合理であると考えます。あくまでも(再臨主として神のみ言葉を語る文教祖という存在を土台として)両者は密接不可分の関係にあるのであって、前者の中核理論である血統転換理論が誤りであるとすれば、(あくまでもその理論が再臨主たる人物によって解明されたとする前提に立つ限り)当然のことながら、統一原理・統一思想の全体系が破綻する結果となるのです。

ただ、そうはいっても、

創造原理や統一思想(但し、堕落論と復帰原理を前提とする統一史観は除く)が”人格的有神論としては”、既存のキリスト教神学よりも遥かに合理的で説得力がある宗教理論であることは明らかです。しかしながら、上記のように、文教祖がメシアであるという前提が失われれば、統一原理・統一思想の存在意義はない。果たしてこの矛盾をいかに克服すべきか?

先日も述べたとおり、これらの思想は、「現人神ともいえる再臨主が神の啓示を受けて解き明かした真理体系(及びその具体化)などでは決してなく、神の啓示とは無関係にある人間達がキリスト教や儒教をはじめとした古今東西の宗教や哲学思想、さらに近代科学、現代科学の研究成果等々をブレンドさせて”あくまでも人為的に”作り上げた宗教思想に過ぎない。」と捉えるべきではないでしょうか?

言い換えれば、「創造原理・統一思想は、人格神を前提とする宗教思想の中では”目下のところ”最も合理性が高い理論である(例えば、神の心情を動機とした宇宙創造、授受作用、正分合作用と四位基台、人間の成長期間と責任分担、無形実体世界と有形実体世界等々)といえるが、「神の奥義=永遠普遍の絶対的真理」であるとは断じて言えない。あくまでも人格神による宇宙と人間の創造を示唆する仮説に過ぎないのである。」と捉えるべきではないかということです。

血統転換

「血統転換」思想のどこに思想的な間違いがあるのでしょうか?その核心的な部分の説明をシンプルにお願いします。

血統転換の真理性

>「血統転換」思想のどこに思想的な間違いがあるのでしょうか?

思想は自由です。よって思想的観点のみで真理性有無は判断できません。

問題は、「血統転換」による実体、実績が皆無だと言うことです。どこに「血統転換」されたと誇れる実体や実績があるのでしょうか。

創造原理は、森羅万象や神様の捉え方をある観点から整理したような内容ゆえに、直接実証できない思想であり、その真理性を議論することはナンセンスだと思います。
しかし、「血統転換」については実体として検証可能(ただし判断基準がはっきりとしませんが…)であり、多くの人を納得できるような実体、実績がない以上、否定されるのは当然です。

悪い木は悪い実を結ぶ

ルカによる福音書6章43~45
「悪い実を結ぶ良い木はなく、また、良い実を結ぶ悪い木はない。木は、それぞれ、その結ぶ実によって分かる。茨からいちじくは採れないし、野ばらからぶどうは集められない。善い人は良いものを入れた心の倉から良いものを出し、悪い人は悪いものを入れた倉から悪いものを出す。人の口は、心からあふれ出ることを語るのである。」

原理講義でもよく聞いた聖句です。

創造原理とか血統転換とか堕落論とか、そーいうのは結局机上の空論にすぎないんじゃないですか?

創造原理とか血統転換とか堕落論とかいろいろ言っているけれど、あるシックさんの言うとおり、

>多くの人を納得できるような実体、実績がない以上、否定されるのは当然です。

口だけ達者教会っていうことです。

神様の血統のはずの真のご子女様がサタンの血統と結婚したり、離婚したり、ダブル不倫出産したり、麻薬やったり、自殺したりして、祝福を受ける一世も二世も離婚があるし、家庭もめちゃくちゃな家庭も多いし、チョンピョンでも公金横領して捜査されてるんですよ。悪い木だから悪い実を結ぶんでしょ?

口だけ達者なうんこ一世は、上の聖句をじっくり読むことをおすすめします。

血統転換の理論的間違い

血統転換に対する理論的な間違えを指摘できないということですね。
そうなんです。まず、血統転換ということを理解することが難しいのです。
統一原理を何年にもわたり勉強し、セミナーにも幾度ともなく参加し、7D、21D、40Dと何度も参加して、やっと理解できるレベルのものであると個人的な体験です。
それだけ、私は頭が悪いという証明になってしまいますが。
まず、血統転換の本質的意味を体系的に、そして、実感的に理解することには、年数がかかりますし、社会的な常識的な理解も必要ですし、キリスト教神学の新生論についての深い理解が必要とされるものです。
従って、血統転換について、そのような理解に到達しなければ、思想的、理論的な本質的な問題点を指摘することは難しいのではないかと思われます。
血統転換は、基本的には個人の人格問題と直接には関係のないレベルのものですが、祝福という血統転換を受けたものとしては、その正しさを実感させられていないとは言えないのです。

血統転換理論の自己矛盾

>「血統転換」思想のどこに思想的な間違いがあるのでしょうか?

キリスト教神学をはじめとした宗教理論は、およそ形而上学的な対象に関する理論であるため、もとより経験科学的・実証的手法で真偽を判定することはできません。しかし、理論それ自体に内部的な矛盾(自己矛盾)が存在する場合は、有無を言わさず、その理論は破綻し、真理性は否定されるのです。したがって、血統転換理論についても、自己矛盾を抱えている場合、理論的に破綻する結果となります。

さて、血統転換理論を論ずる前提として、いわゆる「血統」の概念を考察する必要があります。血統の一般的意味は、「先祖から代々受け継がれてきた血の繋がり」ということですが、統一教会で言うところの意味は何か?

文教祖は、血統と遺伝法則について次のように述べています。

「千代万代後孫が罪人になる善悪の実とは何でしょうか。これは血統的関係です。血統的に罪の根を植えておけば、遺伝の法則によって永遠に続くのです。そうであり得るのは愛の問題だけです。誤った愛が堕落の原因です」(『祝福家庭と理想天国Ⅰ』435頁)

「生命を見ましたか?生命に触ってみましたか?生命体は見えるけど、生命は分かりません。触ってみることはできません。血統もそうです。血統は夫婦が愛するその密室、奥の部屋で結ばれるのです。そして、精○と卵○が出合って生命体として結合するとき、血統が連結されるのです」(「ファミリー」95年3月号22頁)

つまり、文教祖は、「心情(愛)」と「性関係」(生物学的な精○と卵○)が一体となって形成される概念として「血統」を捉えているわけですが、そのように捉える限り、いわゆる「神の血統」だとか「サタンの血統」だとかいう概念など生ずる余地がありません。なぜなら、神もサタン(元は天使長)もそれ自身は生物学的な血統を残すことはできないからです。ところが、統一原理の堕落論では、この神の血統とかサタンの血統といった概念に基づいて理論が組み立てられているし、復帰原理以降も堕落論を前提として理論展開がなされている。すなわち、統一教会の教義である「血統理論」そのものが自己矛盾により破綻しているということになるのです。

また、血統理論が破綻している以上、「血統転換理論」も自動的に破綻することになります。上記の通り、血統とは「心情(愛)」と「性関係(生物学的遺伝)」が組み合わさった概念ですが、前者はともかくとして、後者の生物学的遺伝関係が転換されるなどということは断じてあり得ません。例えば、祝福結婚によって遺伝関係が生物学的に転換できるでしょうか?絶対にあり得ない!

以上述べたことから、統一教会が説く「血統理論」も「血統転換理論」も自己矛盾により破綻しているという結論になるのです。ということは、文鮮明という人物は、統一教会が説くところの再臨主でも真の父母でも何でもないし、真の家庭など架空の概念に過ぎない。もちろん、祝福結婚など無意味であり、よって、祝福一世だの二世だのという概念自体もあり得ない単なる言葉遊びに過ぎない。

要するに統一教会の信仰自体が全くもって無意味だということです!ただ、そうはいっても、もとより「信教の自由」とか「思想・信条の自由」は憲法上保障されているから、個人が何を信仰しても勝手ですが、ただ、自分たちの信仰の根幹ともいえる教義それ自体が自己矛盾の極みであるということを十分自覚されてはいかがかと思います。

至極当然の道理

>問題は、「血統転換」による実体、実績が皆無だと言うことです。どこに「血統転換」されたと誇れる実体や実績があるのでしょうか。

統一教会の教義の中核(血統転換理論)が間違っているのだから、実体、実績を伴わないのは至極当然の道理。今や”真の家庭”のハチャメチャぶりは誰の目にも明らかになったのだから、諸悪の根源ともいえる亡き自称メシアと未亡人に対する信仰を一体いつまで続ける気なのかと思いますね。もちろん、清平インチキ摂理のアホらしさは申すまでもないことです。

「血統転換」否定の無意味さ

<神もサタン(元は天使長)もそれ自身は生物学的な血統を残すことはできない>

と主張されていますので、統一原理の理論展開という角度から論ずるにおいては、誤った主張であると言わざるを得ません。
創造原理において、人間は神の子女として、神の血統として誕生すると述べています。従って、血統転換の否定以前に、創造原理の神の子女としての血統を認めないよ、という立場に立っていますので、血統転換の否定は意味のないものであります。
そのように、見てみるならば、やはり、創造原理の中核部分を理論的に否定するしかないのではないでしょうか。

高額エンドレス献金を動機付ける朝鮮儒教

 「血統転換」に関する議論が白熱しているようですが、第三者として述べさせて頂きますと、「血統転換」教義なるものは、教義用語の定義すら曖昧な非科学的、非論理的なものであり、それを正当化したいならば、言葉の定義を人によって違ったように解釈されない、正確で、論理的な言葉で定義した上で、論じてほしいと思います。
 なお、統一教会の教義関係では、原理講論も定義が曖昧な言葉が多く使われており、必ずしも論理的に一貫しているとは言えません。
 私が最も真理として確信し得るのは‘統一思想要網’ですが、それとて全て絶対視しているわけではありません。
 しかし、原理講論や文氏の講話などよりは はるかに言葉の定義がしっかりしており、論理的な一貫性があります。
 そして、その統一思想要網の中では「血統」という概念すら論じられていません。
 即ち、「血統」などという概念は生物学に属するものであり、哲学的な問題を扱う場合、全く意味をなさないのです。
 「本質的意味」とか「実感」とか語っているようでは論理的なやりとりができず、議論にもならないのです。
 なので、ここでは「血統転換」の問題には関わらないことにします。
 そこで、この記事の前のコメントに関連した統一教会の献金問題に関する話題について述べようと思います。

 統一教会の高額エンドレス献金の問題につきましては「神の摂理」を捻じ曲げて解釈した共同幻想が元凶となっていると考えられますが、さらには朝鮮儒教がそれを正当化する理由となっていることも見逃せません。
 どこかの思考力の欠如した統一教育部長が朝鮮民話『沈清伝』を題材として「孝行」と「孝道」についての馬鹿な記事を書いていましたが、朝鮮儒教の「孝道」を統一原理と結び付ける愚論を読んで、かえって統一教育部長が原理を真に理解できていないことと、朝鮮儒教が高額エンドレス献金にどのように利用されているかが、改めてよく理解できました。

 朝鮮民族に伝わる『沈清伝』は、まさしく朝鮮儒教を美化し、それを一般庶民に浸透させようとした昔話ですが、あまりにも不自然な筋書きに とても海外では有名になれるようなしろものではないことがよくわかります。
 そのストーリーは‘Wikipedia’をご覧になればわかりますが、盲目の父とその父の手一つで育った一人娘、沈清が主人公となる作り話で、沈清が父の目が見えるように直してあげたいと願い、自らイムダンス池に棲む悪魔に犠牲となって身を捧げるといった内容で、最後には、その孝行に感動した竜王によって沈清が生き返らされ、王妃となって父と再会し、その時に父は目が開き、ハッピーエンドとなるストーリーです。

 普通に聞いてもあまりに矛盾した不自然さが目立ち、かなり強引な話の繋がりとなっています。
第一、盲目の父と一人娘の貧しい二人暮らしで、父の目を治したいからといって、父の面倒をみることを放棄してしまったら、父は生きていくこともできなくなるはずです。
 一人娘が去ってしまったら、父は心身共に完全な孤独状態におかれる訳ですから、最悪の不幸を味わうことになり、誰かもう一人、別の父の面倒をみてくれる善良な人物が最初から登場していなければ、話それ自体が成り立たないのです。

 しかし今まで面倒をみていた一人娘が突然いなくなって人生最大の危機に立たされた父のその後のことについては全く語らずで、話の中では普通に暮らせていたことになっています。
 それでは、貧しい父と一人娘の二人暮らしという設定自体がなりたたなくなってしまうのです。
 さらに、父が目を開けられるようになった時に、宮殿で行われていた宴に参席していたすべての盲人たちの目も奇跡的に開かれるようになったなどという話が付加えられることもあるようですが、筋書きに一貫性がないのが特徴です。

 ただ、そのような甚だしい矛盾があるにも関わらず、一貫して主張しているのは「子が自分の全てを犠牲にして親孝行することこそが一番大切なことなのだ」という朝鮮儒教の教えなのです。
 前述の統一教育部長は<ここで「孝行」と「孝道」とは何が違うのでしょうか。
「孝行」は目の前の親に尽くす個別の「行動」であるのに対して、「孝道」というのは「子女は親に対してこのようにすべきだ」という普遍的な「行動原理」なのです。
沈清は目の前の父親に尽くすという「行動」よりも、子女として行くべき「行動原理」を優先したということになります。>などと述べていますが、実はその一方的忠孝を要求する考え方こそが高額エンドレス献金を正当化する根拠として利用されていたものなのです。

 統一原理の「行動原理」と言えば、原理講論の‘創造目的’の中に「全体的な目的を離れて、個体的な目的があるはずはなく、個体的な目的を保障しない全体的な目的もあるはずがない。」と書かれており、一方的に主権者に忠孝を尽くすことを要求する朝鮮儒教の伝統思想とは異なっているのです。
 つまり、統一原理が示した普遍的な「行動原理」とは(自己を含めた、より大きな範囲の世界)全体が幸福になるように行動するということであって、(親の立場に立つ)権威者の為に犠牲となって尽くすべき、という「孝道」とは全く異なるのです。

 しかし、高額エンドレス献金のおこぼれで生活している統一教会の公職者はそれでは困るようで、どうしても「絶対服従」「自己犠牲」の要求が必要な為、朝鮮儒教の「孝道」を悪用しているのです。
 原理がわからないか、腹黒いかのどちらかの統一教育部長は「四大心情圏は、家庭の中で自分の父母や配偶者、あるいは子供たちとの間で築くものです。
ところが、それがなぜ天国の基礎になるのかと言えば、それが「道」であるからです。
つまり、家庭の中で父母を愛し、父母によく侍れば、それは世界全体の父母のみならず、天の父母様を愛し侍ったことになるということです。」などと書いていますが、家庭の中で最も大切なのは父母が子女を愛する「心情圏」であるはずであり、個性完成した父母の(無条件の)愛が実現されて初めて、真の子女の愛も実現されるはずなのです。
 原理は原因があって結果があるという因果律を基本としており、主体的、原因的「父母の愛」が成熟、実現されずして、理想的な「子女の愛」が実現されることはないのであり、理想的な「子女の愛」が最初に実現されねばならないなどという原理はあろうはずがないのです。

 その「父母の愛」と「子女の愛」を実践する優先順位や重要視する度合いが逆転しているのが朝鮮儒教の特徴であり、それは李氏朝鮮王朝が体制を維持する為に利用していた思想だったのです。
 そして、李氏朝鮮王国が極めて厳しい身分制度の国で、とても理想的な国家などと呼べた国ではなかったことを思えば、「孝道」を強調することによって理想的な世界など築けないのは明らかです。
 その朝鮮儒教はただ王朝一族が権力を維持するのに都合がよく、それを維持するための道具に過ぎなかったのです。

 しかし、その「孝道」を統一原理と混ぜこぜにするとはとんでもない教育部長です。
いくら献金を強要する為とは言え、統一原理まで歪めてしまうとは正直、知性と良心を疑います。
 参考までに、その統一教育部長とは‘にほんブログ村・統一教会カテゴリー’の「教育部長の講義日記」ブログの主のことです。
 コメント欄は自由解放されておらないようですし、私も度々その記事を読むわけではなく、たまたまその朝鮮儒教を思わせる<「孝行」と「孝道」>というタイトルが気になって読んだだけなのですが、正直言って「知力と時間の無駄使い」でした。
 ただ朝鮮儒教を高額エンドレス献金に結び付けようとする公職者の意図があることはよく理解できました。
  

Re: 高額エンドレス献金を動機付ける朝鮮儒教

神々の黄昏さんが批判している教育部長の記事はhttp://kitasendo.blog12.fc2.com/blog-entry-1663.htmlです。

 珍しく、神々の黄昏さんが少しばかり感情を乱され、憤懣やる方なしといった印象を受けました。

 教育部長さんを擁護するわけではないけど、この方、島根県なので、お手柔らかに。島根には阿呆が多いので。
 なんせ、原発が市役所から9キロの至近距離にあるのに、NOと言わないのですから(泣

「血統転換言説」のこと

 実に多くの投稿、ありがとうございました。いずれも刺激的でした。すべての投稿に、レスコメントをしたいと考えていましたが、ものすごく膨大になりそうなので省略です。メンゴであります。

 一つだけ、教えていただきたいことがあります。

 それは血統転換についてであります。

 出雲大社の千家さんが皇族と結婚されました。天皇家の「血」が千家・家に入ることになりました。
 子どもが生まれれば、文字通り、その子以降の千家には万世一系の血が入るわけです。

 だから、少々お馬鹿な出雲人は万歳三唱しています。

 でも、感覚は理解できます。(部落差別に通じることを認識しながら)

 この文脈でいえば、批判が多い血分けは理解できます。
 メシアこと文鮮明氏の血を女性に注ぐ。今回の「血統を入れる」出雲大社の快挙につながることです。

 しかしながら、血統転換は全く理解できません。

 RHマイナスをプラスに変える?サタン血統を神の血統に変える?


 一族に新しい血を入れるとか、血を引き継ぐとかといったことは、理解の範囲内です。

 でも、転換は理解不能です。

 これについては少しばかり考えていただき、次々回から連載する「文家フツウ婚シリーズ」で、コメントしてください。

高額エンドレス献金と皇民教育、反日思想

神々の黄昏さまから幾度も漏れ出る「朝鮮儒教」「朝鮮シャーマニズム」について、
日本の信徒が高額エンドレス献金に陥りやすい原因の一つに、これらを挙げて矛盾と批判を展開されていますが、ひとつ疑問に思うことがあります。

『沈清伝』を語り継いで「孝道」を説き、『春香伝』をもって「女性の貞操」を重んじる。まさに「朝鮮儒教」「朝鮮シャーマニズム」のパロディですが、では、これらの思想、風潮にとっぷり浸かって育った韓国の信徒は、なぜ、高額エンドレス献金に引っかからないのでしょうか。
韓国で高額献金するのは、韓日の祝福を受けて嫁に来た日本の女性信徒ぐらいです。教会長は何も知らない初々しい嫁をターゲットに、手練手管で高額献金を引き出そうとします。どうすれば高額を得られるか。そのノーハウを心得ている人が教会長になっています。「まず天の神様と真の父母様に精誠を尽くさなければ、夫も家庭もない」と順番を強調し、「高額であればあるほど、天から愛される」と、恐喝と選択を繰り返す。日本の教会と同じ手口です。
夫に相談すると反対されます。はっきり言って信仰のある男性は皆無です。田舎者で嫁を紹介すると聞いて入教したぐらいの動機です。ですから夫は「自分と教会のどちらが大事なのか」と、教会、献金のせいでけんかになります。以前は相談されても、本人が決めることだからと、責任分担とやらに委ねていたのですが、この頃は、教会には程々でいいと思う、と伝えます。

では、韓国の信徒に同じように迫ることができるか。このように迫ったら、従う信徒はいなくなります。それで「韓国人は真の父母と同じ民族で神の血統に近い者、それに引き替え日本人はこの神の血統に近い民族を蹂躙した歴史を持つ者、高額献金をして当然。それでも足りないくらいだ。高額献金をしなければ、家庭はうまくいかない」と、さらに脅し迫ります。

さて、この恐喝の論理が「朝鮮儒教」「朝鮮シャーマニズム」に由来すると言えますか。
むしろ、韓国の歴史教育と反日思想が日本信徒の虚に付け入り、負債感や罪意識(本来の基督教とは次元を異にするもの)を持たせ、さらには皇民教育(日本の公立学校では自然に天皇を崇拝できるような教育課程、教育実践になっている)を逆手にとった巧妙なすり替え(天皇を崇拝するように、統一の神と真の父母を崇めさせる)により、高額エンドレス献金が功を奏したと、私は分析しています。

つまり、日韓の歴史問題を利用して本来キリスト教の説く原罪とは異なる罪意識を持たせ、天皇を抱く日本人の魂を逆手にとった詐欺、巧妙に心理を操る詐欺が高額エンドレス献金詐欺ということです。

なぜ日本人が恐喝されるか

>韓国の信徒に同じように迫ることができるか。このように迫ったら、従う信徒はいなくなります。

ですよね。韓国人はいわば生き馬の目を抜いて生きるような韓国社会でもまれているし、お金を巻き上げようとする人の韓国的やりかたがすぐわかるってしまうので、飴やムチをつかっても、高額献金には応じないと思います。それに中国と韓国の儒教は実際は自分の親や夫に尽くせと言う教えです。主君や国や会社は二の次で、自分の家族・一族の利益を優先するので、献金には応じないで、一族の利益になることにはすぐ飛びつきます。

日本人は親孝行もそうだけれど、公のため、主君のため、国のためにという精神がDNAレベルで入っているので、神の国建設のため、摂理のため、メシアのため、などと言われるとすぐに心も体も動いてしまうようです。

>日韓の歴史問題を利用して本来キリスト教の説く原罪とは異なる罪意識を持たせ、、

そうですよね。それともうひとつは韓国と韓国人に関する無知だと思います。韓国を知らないで、たまに清平に行くくらいだと、韓国が選民で素晴らしいなどと言われてそのまま信じたままの状態が続きます。実際に住めば韓国の現実と教会の内情がわかってくるわけですが。

Re:高額エンドレス献金と皇民教育、反日思想

>『沈清伝』を語り継いで「孝道」を説き、『春香伝』をもって「女性の貞操」を重んじる。まさに「朝鮮儒教」「朝鮮シャーマニズム」のパロディですが、では、これらの思想、風潮にとっぷり浸かって育った韓国の信徒は、なぜ、高額エンドレス献金に引っかからないのでしょうか。


Cosmopolitanさんが仰りたいことはよく理解できます。
 朝鮮儒教の本場で、孝道を当たり前のように教育されて育った韓国人ならば、忠孝精神を利用されて高額献金を要求されれば、今まで私が述べてきた論理からすれば、それに応じて献金するはずなのに、実際には韓国人は高額献金の要求に応えることなどないのが現実で、明らかに矛盾するのではないか、という疑問だと思われます。

 ただ、少し誤解されてると思われる部分は、高額献金を引き出すのに、朝鮮儒教が強力な動機付けとなるという手法は日本人を対象とした場合に有効なのであって、普遍的な意味で、朝鮮儒教に教化されれば 必然的に高額献金の要求にも応えてしまうようになる、という意味で述べてきたのではないのです。

 朝鮮儒教という思想が万能でないのは勿論で、韓国人で伝統的な儒教教育を受けて育ったからとて、儒教が理想とするような人間性が必ずしも形成されるわけではないのです。
 前のコメントに書いたとおり、原理的には忠孝心を意味する「子女の愛」よりも無条件である「父母の愛」の方がより重要で、優先されるべきなのです。
 その無条件の「父母の愛」が実現されていない中で理想的な「子女の愛」を実現しようとしても、それは原理的に不可能なのです。
 特に朝鮮儒教は父母や権威者に対する絶対服従としての忠孝を第一に要求するものですから、原理的ではなく、人間の本性とも一致しないのです。
 その為、朝鮮半島の人々が朝鮮儒教に則った忠孝を行おうとしても、それは義務的なものとならざるを得ず、自然な喜びを伴うものではないはずなのです。

 ですから、朝鮮儒教にはもともと宗教思想として限界があるということなのです。
 たとえ、韓国の統一教幹部がその朝鮮儒教を根拠に信者に高額献金を迫ったとしても所詮限界があるのです。
 しかし、日本人に関しては、その朝鮮儒教が韓国人の場合と違った効果をもたらすのです。
 韓国人は忠孝を逆らえない強制的なものとして考えるのに対し、日本人は忠孝道徳以前に「父母の愛」をイメージし易い民族性のようなものがあるのです。

 それは、長い歴史をもつ天皇制と無関係ではないと考えられます。
歴史上の天皇は史実を見てもわかりますように、独裁政治によって人々を支配するというような存在ではありませんで、ある意味日本人の‘心の拠り所’のような存在でした。
 近代において天皇が政治的な実権を握ったのは明治時代以降ですが、それは天皇が独裁者として権力を奪取したというような性質のものではなく、反徳川幕府勢力によって擁立された立場だったのです。
 第二次世界大戦の敗戦によって天皇は実権を失うわけですが、その最後の実権者であった昭和天皇の示した人間性が、天皇と日本人民の歴史的に続いてきた関係性を物語っているのです。
 つまり、かの有名な話で、終戦後日本占領軍のマッカーサー連合国最高司令官と昭和天皇が会談した際、天皇が戦争の全責任を負う事と、国民に対する善処を懇願する発言をしたと伝えられており、天皇は日本人にとって理想的な「父母」のような存在であり続けたのです。

 そのような歴史的背景がある為、日本人が儒教思想の忠孝精神を教示されると、かえって韓国人よりもそれに影響されやすいのです。
 統一原理は本来はキリスト教の流れにあるものですが、文教祖が晩年に強調したのは朝鮮儒教そのもののような教えで、それは韓国人にとってはむしろ斬新さに欠け、統一教会の指示に対する積極的な貢献を促すものではなかったとも考えられ、高額献金を要求してもそれに従うのは難しかったのだと思われます。
 しかし、日本人の場合は韓国人の場合とは違い、天皇制の良い意味での上下関係が理想的なイメージとしてあった為、文氏を「真の父母」として理想化し、儒教思想によって教化した時に、そこに強い忠孝の犠牲的精神を生み出すことに成功したのだと思われるのです。
 そして、統一教会幹部はそれを利用して高額エンドレス献金に結びつけたのです。
 そのように朝鮮儒教はむしろ日本人に対してだからこそ効果を発揮したのであり、それ以外の天皇制のようなものを持たない人々には効果を発揮し辛かったのです。

 しかし、今までコメントに書いてきましたように、権威者が第一に忠孝による服従を要求する朝鮮儒教は統一原理の基本思想に反するものであり、理想世界をそれによって築くことは不可能なのですが、日本人に対しては高額献金を強要したりする時の動機付けとしては効果を発揮し、教会幹部に利用されやすいのです。
 しかし、元々理想的な社会を生み出せる宗教思想ではない為、その限界を肌で感じている韓国人に その朝鮮儒教をもって高額献金を要求したとしても、それは動機付けとはならないのだと思います。

「韓国の歴史教育と反日思想が日本信徒の虚に付け入り、負債感や罪意識(本来の基督教とは次元を異にするもの)を持たせ」たことが高額エンドレス献金の強要に功を奏したというCosmopolitanさんの分析は間違っていないと思います。
 けれども、それは後から出てきた二次的な内容で、やはり、第一には「神の摂理」という共同幻想の形成があり、それを補助するものとして特に日本人に対する朝鮮儒教の教化がなされ、それらが日本においての高額エンドレス献金の主な動機付けとなっていると考えられます。

 しかし、朝鮮儒教の教化が高額エンドレス献金に利用されたのも、文氏夫妻が真の愛を完成した人類の理想の「真の父母」であるという共同幻想を作り出すことができた為とも考えられ、統一教会の多くの日本人はその実像を知らない為に、高額献金を続けているとも解釈できます。
 そして却って、その実像を知り易い韓国人は高額献金をするまでには至らないのかも知れません。
 そういう意味では“共同幻想”が統一教会の宗教活動を理解する上で重要な鍵になるのは間違いありません。

なぜ韓国人ではなく日本人なのか。

 cosmopolitanさんと神々の黄昏さんのやりとりを読んで。

 千尋さんの「なぜ日本人が恐喝されるか」が的を射ていると思います。

 MONEYは肩たたきと違ってクソリアリズムです。

(1)「中国と韓国の儒教は実際は自分の親や夫に尽くせと言う教えです。主君や国や会社は二の次で、自分の家族・一族の利益を優先するので、献金には応じないで、一族の利益になることにはすぐ飛びつきます」(千尋さん)
 これはドラマ「イサン」にも見ることができます。
 イサンのストーリーはフィクションですが、時代考証は確かなものと評価されています。

(2)韓国統一の主力部隊は日本婦人です。かなり妄信的な人たちです。でも、献金マインドはあっても、夫や姑舅たちが許しません。
 そうしたことを知っているから、韓国統一は献金献金と言うことができず、献金しろといっても、日本の10分の1です。
 それすら、払うことができない生活環境にあります。
 また、熱心な夫のほとんどは公職者ないし教会関係者です。金はありません。


(3)在韓の日本人男性シックが話していました。「韓国人は金がなければ『ない』と献金を断る。でも、日本人は借金してまで・・・」
 儒教よりも日本人論として分析する必要があると感じています。


 日本人は「親孝行もそうだけれど、公のため、主君のため、国のためにという精神がDNAレベルで入っているので、神の国建設のため、摂理のため、メシアのため、などと言われるとすぐに心も体も動いてしまうようです」(千尋さん)

 これに加えていえば、先祖崇拝大好きな日本人が多い。それに祟り信仰も嫌いではない。

「それともうひとつは韓国と韓国人に関する無知だと思います。韓国を知らないで、たまに清平に行くくらいだと、韓国が選民で素晴らしいなどと言われてそのまま信じたままの状態が続きます」
 千尋さんのこの指摘はまさにその通りです。

 清平に行く人のすべてともいっていい行動パターンは、成田・羽田⇒仁川・金浦⇒清平。帰りも同じ。つまり、日本人シックが見る韓国は、飛行場のお土産屋さんと清平だけなのです。

 ソウル駅そばに金ぴかの韓国本部ビル(日本のシックの献金で建った)がありましたが、そこさえ見たことがないという。正直、驚きました。

清平の食事

>清平に行く人のすべてともいっていい行動パターンは、成田・羽田⇒仁川・金浦⇒清平。帰りも同じ。つまり、日本人シックが見る韓国は、飛行場のお土産屋さんと清平だけなのです。

米本さま、よくご存じですね。

かつて、友人がそんな直行便ばかりを使っていたので、たまにはソウルの我が家に寄っていけばどうかと誘ったことがあります。そのとき参鶏湯(サムゲタン)を一緒に食べたのですが、それさえも、こんな美味しいものは初めて食べたと涙を流すのです。本当に胸がつまります。

清平では高額献金をしても、ご飯と草の食事。職員は別メニューで、おかずが多く、格付けに応じてメニューが異なります。

朝鮮儒教について

やはり現地(韓国)で暮らしてみなければ、朝鮮儒教を理解することはできないのでしょうか。黄昏れている方のお話は長いだけで、机上の空論になりかねないものです。

①高額献金を引き出すのに、朝鮮儒教が強力な動機付けとなるという手法は日本人を対象とした場合に有効なのであって…

②韓国人は忠孝を逆らえない強制的なものとして考えるのに対し、日本人は忠孝道徳以前に「父母の愛」をイメージし易い民族性のようなものがあるのです。

③統一原理は本来はキリスト教の流れにあるものですが、文教祖が晩年に強調したのは朝鮮儒教そのもののような教えで、それは韓国人にとってはむしろ斬新さに欠け、統一教会の指示に対する積極的な貢献を促すものではなかったとも考えられ、高額献金を要求してもそれに従うのは難しかったのだと思われます。

④朝鮮儒教はむしろ日本人に対してだからこそ効果を発揮したのであり、それ以外の天皇制のようなものを持たない人々には効果を発揮し辛かったのです。

①~④は黄昏さまのご見解ですが、朝鮮儒教についての理解が不十分なままでの論理展開になっています。解の公式が間違っているのに、それに当てはめて計算しているようなものです。
「神々の黄昏」というハンドルネームも日本的で、その日本的な思考で朝鮮儒教の理解は難しいのではないかと、失礼ながら申し上げます。

ここで1点だけ理由を挙げれば、朝鮮儒教とシャーマニズムにおける絶対性は唯一神であることです。神のことを「ハナニム(唯一の方)」と仰ぎ、我々も韓国語で祈るときは、「…ハナニム、アボジ、…」と始めるように。
そこが日本古来のアニミズムと大きく異なるところです。韓国人からすれば、朝鮮儒教などの概念を意識せずとも、「神々…」と聞いただけで違和感大ありです。韓半島に基督教が定着しやすかったのも、土着の唯一神と概念が衝突しなかったからだと言われています。
ですから、言語も概念も異なる朝鮮儒教をもって日本信徒を感化させるなど、遠回りの徒労です。手っ取り早く皇民思想につけ込んですり替え、日帝40年と従軍慰安婦を種に恐喝するほうが早道でしょう。

---また時間をつくって、続きを書きます。

速報!天宙清平修練院長のハ・ヨンホが検察に召還された

>黄昏れている方のお話は長いだけで、机上の空論になりかねないものです。

笑ってしまった。

今後の展開はどうなるかな?

難しいことはわからない

事実に基づいて書きます。
日本では親子兄弟でも金の貸し借りはクール。
しかし、韓国では親が余裕あれば、最初は貸してといっても
返さない傾向があり、
返せなくても親だから許してくれるくらいに思っている。
兄弟でも、めうえから借りた弟や妹は
返さない傾向があり、
それについて、目上の者も、
よほど自分が火の車でない限り
返せなくても仕方ないと思う人が多い。

その他先輩後輩間でもそういう傾向がある。
実際うちの場合もいろいろお金貸しても帰って来ないことがほとんどで、
考えたら頭痛いので忘れようとするが、
おそらく小さいうちの一一軒くらいたっていたはず。

甘えのある民族だと思うんですけど、
血筋とか、後輩や弟妹には甘い。

だから、文さんのことをオトーサマと思ってる韓国人は、親の物は子供の物、自分は文さんの子供だから、
教会の物は文さんの物、つまり自分の物だぐらいに思ってます。

だから、自分が経済的に苦しいということは親なる文さんにはわかっていることだから、
私的に使っても許してもらえるとおもってます。

実際そういう人たくさんみました。

公的なものでも教会長名義になってたものもあるんですよ。
でも、それを自分の名義だといいながら、
流用してた人、しってます。
担保に入れて、結局失ってしまった人とかね。

でも、その責任なんかとりません。
図太く居座っています。
挙げ句の果てには、教会長やめるとき、
自分の名義の土地なんか、勝手に売ってた人もいましたよ。

そういうことしても、
親なる文さんはわかってくれる。許してくれると思ってるんでしょう。

なので、当然、献金摂理がきても
親なる文さんは、自分がお金ないことしってるから、
払わなくてもゆるしてくれるとおもってますから、無理はしません。
ある人はしますけど。

でも日本人て、なくても義務感と、周りの目を気にしたり、村八分にならないように
無理をする。

美談?と思ってるのは日本人だけ。
韓国人はバカなことしてるなあくらいに思ってます。
でも日本人は、オトーサマのためになったと自己満足しているのでしょう。


韓国人は無かったら無いと言わない日本人の心境はわかりません。

要求しても一応するから、どんどんつけこまれてるんです。
まだあるんだなって?

無かったらしなくても、
親なる文さんは許してくれます。。。。

そして公金を私的に使っても、
親なる文さんは許してくれます。。。

そういう考え方を持ってるから、あのイタコさんも
何の罪悪感もないんですよ。
たぶん、、、、

それに割り勘はあまりしませんし、
お金のある人が出せばいいという感覚、
日本には無いようです。

こうした韓国人の感覚、良し悪しではなく、
国民的差だと思っていただければと思います。


日本シックは大変なんですと訴えても、
できないことはできないと言えない日本人のせいにされるでしょう。
おそらく。。。

日本人の依存性の問題

UCの問題は根深い。

世界中を見て回っても、日本人のUCに対する奉仕は限度を超えている。
その結果、日本人が感謝されるのならばまだいい。

しかし実情は、本体である韓国の腐敗を招き、日本人は感謝されるのではなく、むしろ、慰安婦問題など、滅茶苦茶な難癖をつけられ、一層過剰に利用され続けている。

韓国でこれだけ多くの問題が発覚しても、なぜ日本人信者は献金を続けるのか?
これは日本人の依存性にも(日本国内では美徳であるが、グローバルに見ると)問題があると考える。

宗教を山登りに置き換えて考えてみる。

エベレストに登る登山家は現地人を「シェルパー」として雇う。
登山が終われば、支援に応じた対価を支払って、登山家はその地を去る。

日本人の場合、シェルパーに対して恩義を感じ、いつまでもシェルパーと交流を続けるケースが多い。
これは決して悪いことではない。

しかし、その見返りとしてシェルパーから過剰な要求をされ続けた場合、どうだろうか?
欧米人や韓国人であれば、きっぱりとNOと言う。
日本人の場合どうであろうか?
きっぱりとNOと言えるだろうか?
この違いが根底にあるような気がする。

精神世界の高みを目指すことは決して悪いことではない。否、人間として当然の行為である。

高みに到達することを手伝ってくれた方に対して感謝することも当然のことである。

しかし、いつまでも過剰な要求に対して応えすぎるのはいかがなものか?
このようなことを最近は考えるようになった。

神々の黄昏さんを全面的に支持します。

神々の黄昏さん、cosmopolitan さん、watcherさん、 千鶴さん、mamaさんのコメント、本当に参考になりました。

a(あ~?)とか言えない人間はレベル低過ぎ!

cosmopolitan さんは男性的な竹を割った様な強い女性に感じます。韓国で長い事生活されて子供も立派に育てられてるだけに、とても強い説得力を感じました。

ただ、神々の黄昏さんの文教祖、韓鶴子夫人、統一原理、韓国と日本の責任者達に対する見方や日本信者の見方は私はほぼ、100パーセントに近い位見方が同じで賛同しております。

私も“共同幻想”の中で日本信者は踊らされて来たし、今も“共同幻想”の中で生活させられている!と感じています。

教会で今やっている浅川ナンタレの講演、写経して、伝授式、馬鹿チャウカイ?と思いました。私には日本信者を何時までも眠らせて献金奴隷として繋いでおく為の朝鮮人詐欺師の催眠商法に思いました。金孝南の“お炊き上げ”の業に繋げるのが目的だろうが。

日本統一教会、聖日礼拝で何をやっているのか?••••ホント~にア•ワ•レ!

私は結論から言いますと、日本統一教会初代会長の久保木会長から日本幹部達(古田元男や在日幹部は別として)、現在の徳野さんに至るまで、韓国人の人間性や考え方を知らなかった!

そして何より文教祖や朝鮮人幹部達の人間性や考え方を知らなかった故の不幸が結果として現れてしまっていると思います。

••••••今尚、徳野さん初め殆どの日本責任者達が韓国人を知らないし、統一教会を知らないのではないか?と思っています。

“共同幻想”で日本信者達は今尚眠らせられているのは間違い無いと思います。



速報!天宙清平修練院長のハ・ヨンホが検察に召還された2

>a(あ~?)とか言えない人間はレベル低過ぎ!

低レベルの楽しい旅人のコメントにいちいち反応するのもどうかと思ったが、少々反論しておく。

私が笑ってしまったのは、cosmopolitan氏の「黄昏れている方のお話は長いだけで、机上の空論になりかねないものです。」というコメントの「黄昏れている方」という部分がいい感じに言い換えていると思ったためである。

また、「長いだけで、机上の空論になりかねないものです。」という部分もその通りだと思った。

で、「あ~?」って何?そんな読み方しか出来ないの?

少なくとも楽しい旅人よりは私はあらゆる面においてはるかにレベルは高いと思うが。

清平の件については今後の動向を注目したい。

aさん、ごめんな!今後の活躍に期待します。

aさんよ!失礼しました!ごめんな!確かにあなたの方が全ての面でレベルが高いと私も思う!

私はあらゆる面でレベル低過ぎの人間だから、aさんの方が、あらゆる面でレベル高いと思う!

aさんの今後のコメントにも期待します。

Re:朝鮮儒教について

 cosmopolitanさんの最も強調したかったのは結局、統一教会が特に日本人信徒達に高額献金を強制する動機付けに利用したのは朝鮮儒教ではなく、むしろ日本独自の皇民思想であり、その伝統的な天皇への忠誠心を利用して強制力を大きくした、というように理解いたしました。
 ただ、天皇への忠誠心といったものは日本の軍国主義時代に軍事政権によって煽られたものであって、長い天皇制の歴史を調べればわかると思いますが、天皇家という存在はむしろ国民と親和性があり、‘日本人血統の本家’というような観点だったと捉えたほうが適切です。

 皇民思想などというものは第二次大戦終戦と共に過去のものとなっており、現在の日本人の中には影も形もないように思われますが、それをあえて持ち出すcosmopolitanさんの認識は少しばかり理解に苦しみます。
 儒教は五百年以上続いた李氏朝鮮王国に大きな影響を与えておりますが、日本にはそれ程強い影響を与えておらず、その戦時中の皇民思想や教育勅語などが最大ともいえる儒教の影響です。
 現在の日本人には象徴天皇に対して親しみと敬意こそあれ、忠誠心を真っ先にもたげる人などあまりお目にかかりません。
 確かに戦争を経験した世代の方々はそうなのかも知れませんが、流石に戦後70年になろうかという時代に皇民思想などと聞いて何か強く心に感じる日本人など果たしているのでしょうか。
 どのように考えても、皇民思想が高額エンドレス献金の動機付けになっているなどとは結び付かず理解不能です。

 ただ、私が朝鮮儒教が動機付けとなっていると考えたのは日本語ではあまり使われない「精誠」という言葉が献金を要求する時に使われたり、朝鮮儒教の一つの特色である家長などに対する「絶対服従」という倫理観が献金行為に結び付けられるような場合があるためです。
 確かに純粋な朝鮮儒教によって日本人を動かすというのは不合理なことで、日本人が感情的にも自然と受け入れ易い方法でなければ、動機付けすることはできません。
 そう考えれば、皇民思想といった戦時中のものではなく、朝鮮半島の受けた影響よりは遥かに弱いとは言え、日本も儒教の影響を受けており、朝鮮儒教とは儒教としての共通点があり、その共通部分に対して朝鮮儒教方式によって働きかけてきたと考えるべきでしょう。

 しかし、日本は韓国ほど儒教の影響は強くない為、やはり、儒教精神による動機付けが日本の高額エンドレス献金を可能にしているとは言えず、千尋さんがコメントして、米本さんも賛同した<日本人は「親孝行もそうだけれど、公のため、主君のため、国のためにという精神がDNAレベルで入っているので、神の国建設のため、摂理のため、メシアのため、などと言われるとすぐに心も体も動いてしまうようです」>という動機付けが最大であることは間違いないようです。
 それらは「神の摂理」「世界摂理」といった‘共同幻想’を利用したという解釈もできるので、それには私も充分同意できます。

 朝鮮儒教に関しては、文先生や韓総裁がキリスト教的な統一原理よりも、それらの内容をさらに強調して語っていたのは事実であり、多くの問題を抱えた、弊害の多い、李氏朝鮮時代がそうであったように権力者によって悪用され易い思想だと思われます。
 しかし、cosmopolitanさんは<朝鮮儒教とシャーマニズムにおける絶対性は唯一神であることです。神のことを「ハナニム(唯一の方)」と仰ぎ、我々も韓国語で祈るときは、「…ハナニム、アボジ、…」と始めるように。>と書かれておりますが、朝鮮シャーマニズムはともかく、朝鮮儒教が唯一神を認めているとは初耳です。
 一般的な理解では儒教は神の存在を完全に否定しており、それほどまでに朝鮮儒教は歪んでいるということなのでしょうか。
 できればご教授願いたいものです。
 私は韓国では長く生活したことはありませんので、朝鮮シャーマニズムについても、こちら‘火の粉を払え’において暗在さんが翻訳し、それを米本さんが紹介してくださったKirsti L. Nevalainen著の『Change of Blood Lineage Through Ritual Sex in the Unification Church』 (統一教会の儀式セッ○スによる血統転換)の中に書かれた説明がわかり易く、その内容を最も信頼しております。
 ‘火の粉を払え’のコメント欄において朝鮮シャーマニズムを論ずるからには当然その記事を読んでおられることと思われますが、機会がありましたら、その内容に対する意見や追加するべき事柄なども、是非紹介していただきたいと思います。

 cosmopolitanさんへのレスコメントはできるだけ長くならないようにしたいのですが、最後に一言だけ申し上げたいと思います。

>「神々の黄昏」というハンドルネームも日本的で、その日本的な思考で朝鮮儒教の理解は難しいのではないかと、失礼ながら申し上げます。

 上のcosmopolitanさんのコメントを見て非常に衝撃を受け、見下して笑っていいのか、恥をかくことに同情したらいいのか、無知なのは統一教会の教育のせいだと怒ればいいのか、その信じられない教養のかけらもない言葉に唖然としてしまいました。
 まさかとは思いますが、cosmopolitanさんは人類史に残る楽劇の最高傑作の一つ、リヒャルト・ワーグナーの『ニーベルングの指環』をご存知ないのでしょうか?
 万が一、統一教会内のことは何でも知っているけど、堕落世界の芸術など汚らわしいから絶対鑑賞しないようにしている、というのであれば、インターネットで是非「神々の黄昏」を検索してください。
 『ニーベルングの指環』は多少なりとも統一教会の運命を連想させるような寓意に満ちたストーリーで、音楽はスケールが大きくロマン派の極みです。
 私自身は「神々の黄昏」よりも「ワルキューレ」の方が好みで、中に含まれるブリュンヒルデの二つの独唱などは息が止まるほどの感動を覚えます。
 もし、そんな堕落世界のオペラなどくだらないから興味がないといって一生鑑賞することがなかったら人生で味わえる最高の幸福感の一つを失うことになります。
 その鑑賞を勧めるのは私の善意と受け止めてください。

出る杭が打たれてきた社会の宿命

日本統一教会の高額エンドレス献金の問題を端に発して、
神々の黄昏さんやcosmopolitanさんや彼らに対する米本さんの統一教会議論は真剣そのものであり、
そのほかの方々の指摘にもいちいち腑に落ちる点があり、各人の主張による摩擦もいろいろあるけれども
UCブレインストーミングの機会としては、これほど有意義な場所はないのではないかと思って拝見させていただいています。

特に神々の黄昏さんのコメントは毎回量が多く密度が濃いため私が正しく理解するのには限度がありますが、今までの話の内容からして
信頼できそうな人であるという認識には変わりありませんし、大方納得させていただいてきました。
さすがに米本ブログの人脈というか類は友を呼ぶというか読み応え十分で刺激を受けています。

そのうえでもう一つ身近な事例を通して別の視点をすこし加えてみたいと思いました。
そこで先ずは最近起きている日本での三つのニュースに注目してみました。

一つ目は、今回のノーベル賞受賞者の一人である中村修二教授の話題。
中村氏曰く偉大な発明や発見する個人に対する企業側からの褒賞がなさすぎるという指摘。
だから優秀な技術者が個人の業績を認めてくれる海外に流れていく・・
結局それは日本にとっての喪失であるという主張です。

これは裏返せば日本人は皆全体の利益を最優先にしつつ個人の実績には自ら求めることをするというのは
恥と思っているということではないでしょうか?
だから主張しない。その代り責任問題に関してはお上にお任せで被らないですむわけです。

二つ目は、日本の労働者は有給休暇が何週間もあっても必要最小限しか取らない、あるいは取れないという話題。
この取らない日数は先進国では最低らしいですね。これは要するに全体におもねって自分の居場所を確実に確保する代わりに
個人の保証されている休暇さえも周囲に遠慮して取れないという心理状態を示しているわけです。
自己を主張することで陰で後ろ指をさされるくらいなら現状に甘んじて過ごそうという心があるせいでしょうか。

三つ目は、御嶽山の生存者における犠牲者に対する罪悪感の話題ですね。
これは何も日本人に限らないのではないかという指摘もありそうですが、
個人事情よりも全体の事情を優先して意識させる日本人ゆえに、
深刻なトラウマ状態が生存者にあるのではないかと思えるのです。


回りくどい話になりましたがこれらのすべての話は皆、
個人が全体を犠牲にすることですべてを善しとする…つまり社会が安泰になるのだという日本社会の意識構造そのものが、
個人や家庭が常に犠牲になってきた土壌としてあるということではないかと思うのです。

私は世界中のどこの民族にもない日本人の素晴らしさを
個人が全体のために犠牲になる事をいとわない点として、人間の最大の美徳と認めつつも、
全体(上層部)が十分に個人に実績を認めない現状があるゆえに、各個人が全体に物言いしたくても
黙って忍耐したり、波風立たないように遠慮したり、自ら引き下がったり、進んで詰め腹を切ったりしてきたことが
多々あったのではないかと思います。(一般の日本人に対していえること)

またその意味において統一原理が主張するところの全体と個体の発展のための二重目的は、
日本ではバランスが取れてなく公平さに欠けてきたことを否定できません。
統一教会組織における高額献金要求によって生まれたアリ地獄は二重目的のバランスの崩れた一番ひどい極端な例です。

つまりこういうことが起こってしまった背景は、そもそも日本人社会における日本人の社会意識の在り方に問題の遠因があったのではないかといいたいのです。
(もちろん教会組織の問題を日本社会に責任転嫁するという動機で言っているのではありませんので誤解のないようお願いします)

自分に厳しすぎる日本人。
他人は許せるけど自分を責めてばかりで決して自分を許せない日本人。
外国人や韓国人のすることにはいつも譲歩して寛大だけど、
身内の日本人には当たりがキツイ日本人。

私たち日本人ってそういうイメージないですか?
この点では一般の日本の社会でも日本の統一教会社会でも同じことが言えると思います。
  • [2014/10/21 05:43]
  • URL |
  • 龍丼(ドラゴン・ボウル)
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

ありがたや~!

龍丼(ドラゴンボール)さんのコメントも“ナルホド、その通り!”と思いました。

米本さんブログには、流石に多くの見識の高い方々がコメントされていて、とても参考(勉強)になります。ありがたいです!





韓国人論、日本人論

神々の黄昏さん、Cosmpolitanさんそれぞれ日本に在住しながら統一教会の中での韓国人幹部の姿を見て考えることと韓国で生活しながら見えてくることは当然違うのでしょう。
お二人はもう読まれたかもしれませんが、以前NHKのハングル講座に出演されていて今は京大大学院の教授の小倉紀蔵さんの「韓国人のしくみ 「理」と「気」で読み解く文化と社会 これは韓国人論、ひいては日本人論としても面白い書物でした。
韓国人を「理」と「気」という朝鮮儒教の主流?である朱子学の考え方から論じているものです。是非ご参考にしてください。
韓国社会にはには日本の秩序だったものとは違うカオスのようなものが渦巻いています。それが刺激的で興奮を誘うものだったりするのですが、一方度重なる事故などの原因になっているものでもあります。一方階級社会か?と思うほど秩序にこだわる世界もあります。権威主義的で官僚的、そして硬直していると思うほど保守的。そういった韓国社会を「理」と「気」で読み解いているのですが、韓国人を理解しようという方にはお薦めの書物です。
私のこれを読んだ感想ですが、日本には「理」を体現された天皇という存在を中心に国が建てられ文化や社会も築かれているのに対し、韓国では「理」の体現者を求めてあくなき権力闘争が繰り広げられている社会ではないだろうか? そこが決定的に違う。似ていながら決定的に違うのはそのせいかもしれないと思いました。
日本では権威と権力を分けたのも良かった。韓国では権力と権威が一緒なのでほころびが生じてしまい権力の失墜とともに権威も失墜する。さて北朝鮮は天皇制を模倣しているかのごとく血統相続が三代目だがこの先どうなるのだろう?

日本のような秩序だった社会では権威主義的で横暴な人間は嫌われてもなかなか排除できないのはそういった国民性があるからでしょうね。しかも日本のトップがそれを諌められないとしたらそれは悲劇ですね。
日本と韓国、そして北朝鮮、そして儒教の生みの親の中国。それぞれの表れ方をした4国の今後に目が離せません。

表題と随分とかけ離れてしまいました。こっちも目が離せませんね。

拉致監禁に無関心?

米本様から拉致監禁に無関心という指摘がありました。否定できません。なぜなら兄弟姉妹と言いながら実のところ身の回りの食口のことをあまり知らないのです。もともと関心がなかった人が教会に来たのか?それとも教会に来て関心がなくなったのか? その「病理」?の原因はわかりませんが、個人的に親しい間柄でもないとなかなか拉致監禁に対して憤るといった感情が湧いてこないのかもしれません。憤りの感情を持つにはその家族以上の関係がなければなりません。果たしてそのような関係が教会員の間に築かれているのでしょうか?
それが問われているのかもしれません。

最も愛のない、戦う宗教団体

悟空さんの言うように、「拉致監禁に無関心」という指摘は否定できないですね。自分も無関心派に入ってしまうと思うので偉そうなことを書けませんが、あえて書いてみます。

そもそも論ですが、「これ本当だよ、本当だよ」としつこく言うことって、たいていの場合嘘が多いものです。それと一緒で、真の愛とか理想家庭とか世界平和とか、声高に言ってる統一教会には、実は愛がないし、めちゃくちゃな家庭が多いし(教祖家庭を筆頭に)、世界の平和より教会の存続のために金集めしています。

つまり、最も愛のない宗教団体が統一教会だというのが正しいでしょう。よって、仲間の信者が拉致監禁されても、我関せずなんです。

いつも「ナントカ摂理勝利!」とやってお金を集めています。勝利とは、戦いがあって勝ち取るものです。つまり、統一教会って、常に戦う集団なんです。ずっと戦争状態だということです。

戦争では、隣の兵士が敵に撃たれて苦しみもがいていても、慈愛に満ちて介抱などしている暇はありません。そんなことをしているうちに、部隊全体が殲滅されてしまいます。苦しみもがく仲間を放っておいて、銃を撃ち続け、前に進み続けなければなりません。

統一教会員の心理って、これと似たようなものだと思います。だから、仲間が離教しようが、拉致監禁されようが、自殺しようが、殺されようが、我関せず(多少は「かわいそうね」と思っても)で、目の前の「ナントカ摂理勝利!」のために戦い続けるのです。

最も愛のない、戦う宗教団体、それが統一教会です。

2つの投稿を移動しました。

 悟空さんの投稿「拉致監禁に無関心?」、それに関するさいぞうさんの「最も愛のない、戦う宗教団体」を、
記事<再掲 天国に行けない哀れな倉敷の牧師さん>のコメント欄に移動しました。

 といっても、管理人がコピペしただけですが・・・。

 本来なら、投稿者にお願いすべきなのですが、さらにレスコメントがあれば収拾つかなくなってしまうので。許されたし、です。

朝鮮儒教Ⅱ

黄昏さまのハンドル-ネームは、あの「ゴッター・ダマーング」でしたか。韓国では「신들의 황혼」で知られています。
オペラへの造詣がないと、教養もないというスタンスの…、オペラオタクだったとは。クラッシックは好んで聴きますが、オペラは長いからね。無理。

いずれにせよ「ニーベルングの指環」はギリシャ神話をモチーフに書かれたと評する方が多いことからも、日本の古事記や道祖神などのアニミズムに通じるところがあります。その価値観、世界観をもって宗教の如く連綿を保っているのが、日本の「神道」。

日本の社会で育つと、よほど意識しない限り、そのような価値観、世界観(固定観念)にとっぷり浸かって、それらを尺度に解釈することになります。このような固定観念は各国、各民族特有のもので、経験的に習得するものですから、異文化間でのカルチャーショックや摩擦は避けられません。原理講論の解釈も然りです。

私自身、身をもって体験してきたことで、韓国で30年余り暮らしても、やはり自分は日本人なんだと思わせられることが未だにあります。「三つ子の魂百まで」でしょう。幾冊かの本を読んだぐらいで、朝鮮儒教がわかったような気になって論じるから「机上の空論」、空回りになります。

日本信徒の「真の父母」への絶対忠誠を朝鮮儒教の新鮮な受容などと、評せるのもその一つ。韓国の信徒は古いも新しいもなく、生まれ育つ家庭の中で自然に身についているので、教育する必要もないし、一度「真の父母」を受け入れれば、その関係は切っても切れないものになります。文氏の日本人に対する不信感と、韓国信徒と同じように近い存在になれない日本信徒のもどかしさは、言語の問題だけでは解決し得ないものだと思います。

黄昏さまの「共同幻想」もよくわかります。必然の理だと思います。「絵に描いた餅」を何とか現実のものにしようと信仰し、献金する。恵みとか、祝福とかの見返り?を求める。でも、その餅のイメージは人それぞれですから、「共同」という表現が妥当かどうか。欧米の信徒は餅ではなく、ケーキをイメージするでしょうし… しかも、完成されたひとり子だ、理想の家庭だと、いいところだけ見せられて話に聞いただけでイメージして…その幻想はカテゴリー的には一つに納められても、中味は三者三様です。限定して「日本信徒の共同幻想」となさってはいかがでしょうか。
もっと堅実に、グローバルに論を展開するために。

統一教会の真実とは?

cosmopolitanさんの竹を鋭い日本刀で切り抜いた様な解釈に頷かせられ参考になりました。••••皆様凄い!

さいぞうさんが仰っている事もその通りに思います。

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