統一教会(統一協会)を脱会した人たちの生の声 

資料(4)

「一筆(8)」でアナウンスした「統一教会の元信者の生の声」を紹介する。

 以下に引用するのは、強制説得を手がけていた日本基督教団の川崎経子氏が、脱会した信者に配ったアンケートを集約したものである。

「統一協会で得たものがあったか、それをどう生かしていきたいか」

(回答者は28人。恣意的な引用と誤解されたくないために全員の回答をそのまま載せる。回答は原文のママを基本とするが、わかりやすい表現にしたところもある。不明な点は?マークを入れた)

なお、このアンケート調査は『我らの不快な隣人』380頁注14でも違う角度から触れている。

統一教会の人にとっても、反統一教会の人にとっても、あるいは“カルト”に関心のある人にとっても、<脱会した人たちがやめたあと過去の統一教会にどんな気持ちを抱いているのか・・・>?興味深い必見資料だと思う。

子どもは統一教会のロボットになっていたのか、統一教会時代は暗い日々ばかりだったのか。

信者家族また元信者家族の方々にはこのことを確かめながら読んでいただけたらと願います。



 統一協会を経たので、よりキリスト教を理解できた。又、協会で求めて来たが、脱会して、完全が有り得ない事、求め過ぎてはいけないことなどを知り、考え方、物の見方が変わった。これから、小さな範囲だけど、心に正直な生き方をしていきたい。

 社会のルールを乱す真理など有り得ないということが一番いい勉強になりました。自分の判断が人に迷惑をかけていないか考えられるようになり、生かされていると思います。

 世の中、世界のことを思うようになった(公的意識)。神様からさずかった命であるので、自分自身を大切にするようになった。自分の人生をふりかえり、よくなかったところなど反省した。協会と出あえなければ、傲慢な人になっていたと思う。

 こういう経験があってよかったと思うのは、視野が広くなり、少し世の中が見えたこと。純粋に単純に信じてきたことなので、もうこんなに信じられることはないと思うし、世の中に絶対的なものはないということがわかったこと。しかし、前の方が自分自身とても強かったと思う。

 人を信じる心。また、自分自身が認められなくても、いつかその芽が開くという忍耐力。実際の社会生活では、心のつまずきは多く、そんな時、自分をはげます。また、新興宗教のいつわりを知り、社会の出来事を客観視できるようになった。

 子供のような純粋な気持ちで、物事をとらえていくこと。すべてを神様の恵みとして、困難にものりこえていこうとすること。私もあれだけのことを一生懸命やってこれたのだという自分に対する励ましの気持ち。プラス思考。人に対する思いやり。自分に対する思いやり。etc

 目的観にてっして物事をすること。一体となってみんなで頑張ること。ゆるす事。既成概念があまりなくなったこと。苦しくなった時に思い出して乗り越えていきたい。

 若くして、挫折(と自分では思っていないが社会の目から見たらこう呼ばれるだろう)したことによって、世間の型にはまらないで生きられるのびのびとした考え方を与えられた。
 神様の存在を教えてくれたし、それがキリスト教の真なる求道のきっかけになったことは、それだけでも大きなことだと思う。今はイエス様を知り、平安を得ている。
 全体主義のおそろしさを身をもって感じることができるので、軍国主義や大衆煽動のおそろしさを身近に考えることが出来る。ものの見方が深くなったし、しっかりしてきた。深い一体感や友情を知った。


 誕生日などにプレゼントを贈る習慣。たとえどんなに小さいものでも、もらうとうれしいし、やれば気持ちも伝わるので、続けていきたいと思う。

 真の友情を感じることができた。人に対する思いやりも、私なりに得ることができた。この社会の中にあって、人への接し方などを学んだ。この世では、真理は一つでなく、それぞれの価値観の中にあること。

 得たものは、たくさんあった。神様の愛、人を愛すること、良心(両親のこと?)への思いやり。数えきれない。これから生きていく中で、仕事や人間関係、両親への気持ち、何よりも神様を知る事が出来たので、その気持ちを忘れずに与えていきたい。

l 人間関係。人を認めてあげたり、理解していこうとする態度や、自分中心の考えを捨てるところ。

 統一協会/電昇(?)教祖をはずしての原理内容は役に立つと思う。くせはあるが・・・。愛について、他人のために役立つことなど、日常生活、職場で生かしたいと思う。ハンカチ売りなど、一日通して働いたことから、自分の可能性が高まった。

 神様がいて、今までいつも自分の事を導いて下さったのだというように思えるようになったこと。今後は真のキリスト教の信仰を持って、霊的に満たされて、安らぎをもって生きていきたいと思っていた。(今はよくわからない)

 人間の可能性、強さを知りました。何でもできるという感じです。親子関係の大切さや、愛情の大切さを感じ、人生についても、より真剣に考えるようになりました。人間関係なども、より深い面で、理解しようという心の広さというか、やさしさみたいな事を得たと思います。

 ふつうの人間関係ではなくて、もっと深い交わりをもった友人が脱会者同士でできたこと、こういう友人関係をとても大切にしていきたいと思う。また、今までの友人でも自分に対する友情を知ることができたこと。親類も同じようによくわかったので、絆が深まったように思う。

 人の話を真剣に聞こうとか、相手の立場で考えようとする態度。自分勝手だったけど、相手のことを考えてみて気づいたこともあった。ただ当時はすべて統一協会に結びついていたので、今後はよりよい人間関係、自分を向上させるために相手を知りたい。
 人のだまし方、というと聞こえは悪いがお金を取るためにしていた内容は世の中の悪いやり方を教えてくれた。人の心の弱さをにぎる巧みさにつけこまれないよう気をつけたい。



 どんな人にでも愛すべき部分がある→どんな人にも謙遜な態度で考えていきたい。神様との交わりのきっかけ→神は愛なり。主は万事を益と変えて下さいました。

 人のために奉仕する精神・愛する努力・何事にも完全投入する姿勢→少しでも人の役に立て、愛を与えていくことのできる人間に。

 貧困な人々、思想など自由のない国の人々など。日本の恵まれた環境と、他の国の人々の事も考えてあげられるようになったこと。公的な考え方を学んだ。
 少ないお金、食事、睡眠時間でも頑張れる自信がついた。


 神様や聖書、人を愛する、家族の大切さなど、自分の内的で足りなかった部分(が)少しは成長できた気がする。それを社会や人間関係に生かしていきたい。

 私が統一協会で得たものは・・それは、イエス・キリスト、聖書を通して、実感した。神と救い以外のなにものでもありませんでした。理想だけに突っ走るのではなく、現実の中で小さいながら、自分ができる精一杯のことを一粒の麦のごとく、行っていきたいと思っています。

 神を信じるようになった→1993年イースターに洗礼!!

 神様を知ることができたし、感謝することを教えてもらったので、これからも神様や周囲の人に感謝するように心掛けたい。

 本音で受けとめられる人間関係、実社会の中でそれをやっていくのは難しいが、それをやっていきたい。

 神様がいるということを知ったこと。聖書を知ったこと。尊敬できる人と出会ったこと。



 人と人との触れあい。心という見えないものに対して重点を置き、見つめていくということ。得られたものはたくさんあると思うが、まだはっきりわからない。

 人を思いやる気持ち。人間は一人では生きていけない。喜びもその中から見いだせない。人との交わりの中から様々なものが生み出されることを体験的に感じた。
 また、人の心のもろさ、環境によって操作されるおそろしさ。人間にはどんなにがんばっても、越えられないカベがある。謙虚さを学ばせてもらった。また、周りの家族、友人の愛情を骨身に感じた。


『若干の解説』

 統一教会に好意的な感想が多いため、読んでいる途中で「これは統一教会系組織が行ったアンケートではないのか」と目を疑った人もいたと思うが(私もそうだった)、アンケート調査を行ったのは冒頭に書いた通り、反統一教会の川崎経子牧師である。

 特徴的なものは、元信者のいずれもが素直に語っていることだ。
 アンケートの質問項目は、「説得中の親の態度」「説得中に効果があったと思うこと」「両親に望みたいこと」「説得中の牧師の態度」など多岐にわたっているが、他の質問への回答はほとんどが一行の箇条書き程度。
 それに対して「統一協会で得たものがあったか、それをどう生かしていきたいか」の質問には、一行回答は一人だけで、あとはいずれも数行を費やし、きちんとした文章で書いている。

 それだけこの質問が元信者の琴線に触れたということなのだと思う。

 反統一教会の人たちは「信者は上から指示に従い、自分で考えて自分で行動しようとしない」と批判する。実際、他の教団に比べてそういう傾向は強く、私も否定はしない。
 ここから、信者は教団のロボットというマインドコントロール論が受け入れられることになるのだが、アンケートの回答を見る限り、信者時代は指示?行動という信仰スタイルだったとしても、決してロボットになっていたわけではなく、様々なことを感じたり考えていたことは明らかだろう。

 また、統一教会時代は決して金銭的に搾取し搾取されるだけの暗い日々ではなかったことも理解できる。
 信者家族の方が、お子さんと話し合われるときの参考になると思います。


 アンケートからはマインドコントロールの有無といったことだけではなく、いろんなことが読み取れるはずである。私が注目したのは「共同性の実感」ということである。

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コメント

出来すぎのコメントのような気が・・。

いやぁ、なんか一瞬だけ、ホンワリしたものを感じました。
 私は、教義は「頭では理解しているつもりなのですが、なかなか実践がむずかしい」と思っています。実践が出来ないから、まだまだ磨くべき部分が沢山あるから、悩んだときに指針になるものがちゃんとあるから今もしぶとくしがみついている^^」ってとこですかねぇ。

心で感じたことを!

ここに書いているみんなと感じたことを話し合いたい!!分かち合いたい!!何を信じていたって、感じる世界が、ひどかったら、大変ですよね。感じる事が、安らぎだったり、躍動感だったり、隣の人のやさしさだったりするなら、それは地球上の誰とでも共有しあえる。みんなで生きてる意味ってそこじゃないかな。

戻ってきて

統一教会を離れてしまう人は2つのタイプがあるんですよ。
一つは「原理」自体を批判して離れるタイプ。
もう一つは、自分自身の罪と必死になって戦いながら「すみません、私はもうあなたに付き従っていくことはできません。」と神様に叫びながら離れていくタイプ。ちょうど福音書に出て来るイエス様の弟子たちのようにです。

けんさんへ

 投稿ありがとうございました。遅くなりましたが、「ひろ」さんにも感謝です。

 近況でも教えていただけたらと思います。

「統一協会で得たものがあったか、それをどう生かしていきたいか」

私は基本的に、すべての出会いは必然だと思っているので、統一教会に出会ったのも必然だと思っています。
教会で学んだ事もたくさんありますし、兄弟姉妹との楽しい思いでもたくさんあります。
一つはっきり言える事は、統一教会を通過しなかったらキリスト者(いわゆる既成のキリスト教ではありませんが)にはなっていなかったと思います。
すべての物事には、ポジティブな側面とネガティブな側面がありますから、統一教会の存在も個人的にはそのように捉えています。

資料(4)

「一筆(8)」でアナウンスした「統一教会の元信者の生の声」を紹介する。

 以下に引用するのは、強制説得を手がけていた日本基督教団の川崎経子氏が、脱会した信者に配ったアンケートを集約したものである。

「統一協会で得たものがあったか、それをどう生かしていきたいか」

(回答者は28人。恣意的な引用と誤解されたくないために全員の回答をそのまま載せる。回答は原文のママを基本とするが、わかりやすい表現にしたところもある。不明な点は?マークを入れた)

なお、このアンケート調査は『我らの不快な隣人』の380頁注14でも違う角度から触れている。

統一教会の人にとっても、反統一教会の人にとっても、あるいは“カルト”に関心のある人にとっても、<脱会した人たちがやめたあと過去の統一教会にどんな気持ちを抱いているのか・・・>?興味深い必見資料だと思う。

子どもは統一教会のロボットになっていたのか、統一教会時代は暗い日々ばかりだったのか。

信者家族また元信者家族の方々にはこのことを確かめながら読んでいただけたらと願います。



a 統一協会を経たので、よりキリスト教を理解できた。又、協会で求めて来たが、脱会して、完全が有り得ない事、求め過ぎてはいけないことなどを知り、考え方、物の見方が変わった。これから、小さな範囲だけど、心に正直な生き方をしていきたい。

b 社会のルールを乱す真理など有り得ないということが一番いい勉強になりました。自分の判断が人に迷惑をかけていないか考えられるようになり、生かされていると思います。

c 世の中、世界のことを思うようになった(公的意識)。神様からさずかった命であるので、自分自身を大切にするようになった。自分の人生をふりかえり、よくなかったところなど反省した。協会と出あえなければ、傲慢な人になっていたと思う。

d こういう経験があってよかったと思うのは、視野が広くなり、少し世の中が見えたこと。純粋に単純に信じてきたことなので、もうこんなに信じられることはないと思うし、世の中に絶対的なものはないということがわかったこと。しかし、前の方が自分自身とても強かったと思う。

e 人を信じる心。また、自分自身が認められなくても、いつかその芽が開くという忍耐力。実際の社会生活では、心のつまずきは多く、そんな時、自分をはげます。また、新興宗教のいつわりを知り、社会の出来事を客観視できるようになった。

f 子供のような純粋な気持ちで、物事をとらえていくこと。すべてを神様の恵みとして、困難にものりこえていこうとすること。私もあれだけのことを一生懸命やってこれたのだという自分に対する励ましの気持ち。プラス思考。人に対する思いやり。自分に対する思いやり。etc

g 目的観にてっして物事をすること。一体となってみんなで頑張ること。ゆるす事。既成概念があまりなくなったこと。苦しくなった時に思い出して乗り越えていきたい。

h 若くして、挫折(と自分では思っていないが社会の目から見たらこう呼ばれるだろう)したことによって、世間の型にはまらないで生きられるのびのびとした考え方を与えられた。
 神様の存在を教えてくれたし、それがキリスト教の真なる求道のきっかけになったことは、それだけでも大きなことだと思う。今はイエス様を知り、平安を得ている。
 全体主義のおそろしさを身をもって感じることができるので、軍国主義や大衆煽動のおそろしさを身近に考えることが出来る。ものの見方が深くなったし、しっかりしてきた。深い一体感や友情を知った。

i 誕生日などにプレゼントを贈る習慣。たとえどんなに小さいものでも、もらうとうれしいし、やれば気持ちも伝わるので、続けていきたいと思う。

j 真の友情を感じることができた。人に対する思いやりも、私なりに得ることができた。この社会の中にあって、人への接し方などを学んだ。この世では、真理は一つでなく、それぞれの価値観の中にあること。

k 得たものは、たくさんあった。神様の愛、人を愛すること、良心(両親のこと?)への思いやり。数えきれない。これから生きていく中で、仕事や人間関係、両親への気持ち、何よりも神様を知る事が出来たので、その気持ちを忘れずに与えていきたい。

l 人間関係。人を認めてあげたり、理解していこうとする態度や、自分中心の考えを捨てるところ。

m 統一協会/電昇(?)教祖をはずしての原理内容は役に立つと思う。くせはあるが・・・。愛について、他人のために役立つことなど、日常生活、職場で生かしたいと思う。ハンカチ売りなど、一日通して働いたことから、自分の可能性が高まった。

n 神様がいて、今までいつも自分の事を導いて下さったのだというように思えるようになったこと。今後は真のキリスト教の信仰を持って、霊的に満たされて、安らぎをもって生きていきたいと思っていた。(今はよくわからない)

o 人間の可能性、強さを知りました。何でもできるという感じです。親子関係の大切さや、愛情の大切さを感じ、人生についても、より真剣に考えるようになりました。人間関係なども、より深い面で、理解しようという心の広さというか、やさしさみたいな事を得たと思います。

p ふつうの人間関係ではなくて、もっと深い交わりをもった友人が脱会者同士でできたこと、こういう友人関係をとても大切にしていきたいと思う。また、今までの友人でも自分に対する友情を知ることができたこと。親類も同じようによくわかったので、絆が深まったように思う。

q 人の話を真剣に聞こうとか、相手の立場で考えようとする態度。自分勝手だったけど、相手のことを考えてみて気づいたこともあった。ただ当時はすべて統一協会に結びついていたので、今後はよりよい人間関係、自分を向上させるために相手を知りたい。
 人のだまし方、というと聞こえは悪いがお金を取るためにしていた内容は世の中の悪いやり方を教えてくれた。人の心の弱さをにぎる巧みさにつけこまれないよう気をつけたい。


r どんな人にでも愛すべき部分がある→どんな人にも謙遜な態度で考えていきたい。神様との交わりのきっかけ→神は愛なり。主は万事を益と変えて下さいました。

s 人のために奉仕する精神・愛する努力・何事にも完全投入する姿勢→少しでも人の役に立て、愛を与えていくことのできる人間に。

t 貧困な人々、思想など自由のない国の人々など。日本の恵まれた環境と、他の国の人々の事も考えてあげられるようになったこと。公的な考え方を学んだ。
 少ないお金、食事、睡眠時間でも頑張れる自信がついた。

u 神様や聖書、人を愛する、家族の大切さなど、自分の内的で足りなかった部分(が)少しは成長できた気がする。それを社会や人間関係に生かしていきたい。

v 私が統一協会で得たものは・・それは、イエス・キリスト、聖書を通して、実感した。神と救い以外のなにものでもありませんでした。理想だけに突っ走るのではなく、現実の中で小さいながら、自分ができる精一杯のことを一粒の麦のごとく、行っていきたいと思っています。

w 神を信じるようになった→1993年イースターに洗礼!!

x 神様を知ることができたし、感謝することを教えてもらったので、これからも神様や周囲の人に感謝するように心掛けたい。

y 本音で受けとめられる人間関係、実社会の中でそれをやっていくのは難しいが、それをやっていきたい。

z 神様がいるということを知ったこと。聖書を知ったこと。尊敬できる人と出会ったこと。



a 人と人との触れあい。心という見えないものに対して重点を置き、見つめていくということ。得られたものはたくさんあると思うが、まだはっきりわからない。

b 人を思いやる気持ち。人間は一人では生きていけない。喜びもその中から見いだせない。人との交わりの中から様々なものが生み出されることを体験的に感じた。
 また、人の心のもろさ、環境によって操作されるおそろしさ。人間にはどんなにがんばっても、越えられないカベがある。謙虚さを学ばせてもらった。また、周りの家族、友人の愛情を骨身に感じた。


『若干の解説』

 統一教会に好意的な感想が多いため、読んでいる途中で「これは統一教会系組織が行ったアンケートではないのか」と目を疑った人もいたと思うが(私もそうだった)、アンケート調査を行ったのは冒頭に書いた通り、反統一教会の川崎経子牧師である。

 特徴的なものは、元信者のいずれもが素直に語っていることだ。
 アンケートの質問項目は、「説得中の親の態度」「説得中に効果があったと思うこと」「両親に望みたいこと」「説得中の牧師の態度」など多岐にわたっているが、他の質問への回答はほとんどが一行の箇条書き程度。
 それに対して「統一協会で得たものがあったか、それをどう生かしていきたいか」の質問には、一行回答は一人だけで、あとはいずれも数行を費やし、きちんとした文章で書いている。

 それだけこの質問が元信者の琴線に触れたということなのだと思う。

 反統一教会の人たちは「信者は上から指示に従い、自分で考えて自分で行動しようとしない」と批判する。実際、他の教団に比べてそういう傾向は強く、私も否定はしない。
 ここから、信者は教団のロボットというマインドコントロール論が受け入れられることになるのだが、アンケートの回答を見る限り、信者時代は指示?行動という信仰スタイルだったとしても、決してロボットになっていたわけではなく、様々なことを感じたり考えていたことは明らかだろう。

 また、統一教会時代は決して金銭的に搾取し搾取されるだけの暗い日々ではなかったことも理解できる。
 信者家族の方が、お子さんと話し合われるときの参考になると思います。


 アンケートからはマインドコントロールの有無といったことだけではなく、いろんなことが読み取れるはずである。私が注目したのは「共同性の実感」ということである。

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