愛が狂気に変わるとき 

後藤勝訴判決文(7)
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 いよいよ判決に直接関わる「裁判所の判断」箇所です。それを掲載したあと、超長文の「判決文の評価を含む注解」を三日三晩かけて書いたものを掲載します。被告を支援する人たちは、バカの壁にならず、読んでね!それより、後藤勝訴を喜んで終りの教会員さんが読んでくれるか、それが心配じゃ

第3 当裁判所の判断

1 前記前提となる事実に証拠
  「裁判所が採用した証拠」(判決文1)
(1)裁判所が認めた原告,被告から提出された証拠,陳述書の内容
   アイウエオ(判決文2) カキク(判決文3) ケコサ(判決文4) シスセソタ(判決文5) チツテトナニ

(2)裁判所が採用しない主張
   ア 原告の供述について イ 被告宮村と松永の供述について(判決文6)


2 被告後藤兄ら並びに被告松永及び被告宮村の原告に対する不法行為の成否について

3 損害賠償について
4 被告法人の使用者責任について
5 まとめ ※判決文を読まれると、やたら記号が多いが、ポイントとなるのは括弧がつかないアイウエオ50音表記である。そのため、目立つように大文字にした。


******判決文*************

2 被告後藤兄ら並びに被告松永及び被告宮村の原告に対する不法行為の成否について

(1) 被告後藤兄らの原告に対する不法行為の成否について

 前記認定事実及び弁論の全趣旨を総合すれば,原告がその不法行為該当性を主張する平成7年9月11日から平成20年2月10日までの一連の事実経緯は前記1(1)シからチまでに認定のとおりであり,
 その間の両親及び被告後藤兄らの原告に対する対応は,概して,信者に対する脱会説得につき それぞれ多くの経験を有していた被告松永及び被告宮村がその脱会説得のための実践的・実効的な方法としていたところに従ったものであり,
 各滞在場所における逃走防止措置の実施,外出及び外部との連絡の制限等に重点が置かれたものであって,
 その全体を通じ,原告にとって,その意に反する強制的な要素を含むものであったことは明らかであるというべきである。

(ア) もっとも,平成7年9月11日の亡後藤父宅における状況は,前記認定のとおりであって,原告においては,渋々ではあったものの,亡後藤父らの求めに応じ,自らワゴン車に乗り込んでおり<注解1>,当該状況の態様をもって,直ちに原告が主張するような原告に対する拉致行為があったものと認めることはできず,その際の被告後藤徹兄らの行為に違法性を認めることはできない。

(イ) また,亡後藤父宅からパレスマンション多門への移動及びパレスマンション多門における滞在,パレスマンション多門から荻窪プレイスへの移動及び荻窪プレイスにおける滞在並びに荻窪プレイスから荻窪フラワーホームへの移動に関しては,
 原告自身,既に前記1(1)サのとおり家族から脱会説得を受けた場合の対処方を心得ており,
 偽装脱会を行って時期をみて統一教会のホームに戻ることを企図しながら,話合いに応ずる姿勢を示していたことが窺われ
 また,本件証拠上,その間を通じて,被告後藤兄らに対して各滞在場所から自身を退出させるよう求めたり,機会をねらって各滞在場所からの退出を試みたり,各移動に際して抵抗を試みたりしたことが窺われないことからしても,
 原告が自身の置かれた状況を一応容認していたことが窺われる<注解2>ところであって,
(このことは,前記1(1)ナ(イ)の原告の供述内容からして,原告がパレスマンション多門及び荻窪プレイスに滞在している間,各監禁場所の出入口の施錠の状況に強い関心を寄せてなかったことが窺われること,同ソ(ア)の事実からして,原告がパレスマンション多門から亡後藤父宅への移動の機会を捉えて逃走等を行おうとする意図を全く有していなかったことが窺われること等からしても,明らかである。)
その間の被告らの行為については,直ちに違法性を認めることは困難であるというべきである。

 ウ(ア)これに対し,原告が平成9年12月に荻窪フラワーホームに移動した後間もなく偽装脱会の告白をして以降は,
常に被告後藤兄らのいずれかが原告と共に荻窪フラワーホームに滞在して原告と行動を共にし,原告が一人で外出することや,外部との連絡をとることを許容されなかったことに加え,
原告が退出の意向を示したにもかかわらず,被告後藤兄らにおいて,玄関に向かおうとする原告を取り押さえるなどしていたこと,
原告が,上記の状況に置かれていることについて,被告後藤兄らに対して明示的に抗議の意を表していたこと,
原告の行動範囲に対する著しい制限が長期間に及び,原告の全身の筋力が低下するに至ったことが認められるところであって,

 これらの点からすれば,上記期間中の被告後藤兄らの行為については,原告の明示の意思に反してその行動の自由を大幅に制約し,外部との接触を断たせ,原告の心身を不当に拘束したものと評価せざるを得ず,原告に対する不法行為を構成するというべきである。

(イ) また,前記認定事実によれば,被告後藤兄らは,原告に対し,専ら原告が信者であることを問題視し,原告がその信仰を改めるよう,信者に対する脱会説得に係る豊富な経験を有する被告松永や被告宮村の助力を得ながら,一貫して原告の説得に当たっていたものと認められるから,
 被告後藤兄らの前記(ア)の行為については,原告に統一教会に対する信仰を棄てさせるとの目的の下に行われたものであることは明らかであり,
 被告後藤兄らは,原告に対し,棄教をしない限り,その置かれた状態から解放されないことをその態度をもって示していたものというべきであるから<注解2>
 被告後藤兄らは,原告に対し,前記(ア)の行為を通じて原告に対して棄教を強要したものであり,被告後藤兄らの当該行為は,原告に対する不法行為を構成するものと認めるのが相当である。

(ウ) 被告後藤兄らは,原告が荻窪フラワーホームに滞在していた間,原告のほかには被告後藤妹及び後藤母のみ在室していることがほとんどであり,
 原告と被告後藤妹及び後藤母との体格差からすれば,原告が容易に退出することのできる状態にあった旨等を主張するところ,
 確かに,前記認定事実からは,原告が被告後藤妹又は後藤母のみと在室していた時間は多く,特に前記1(1)タ(キ)の各機会を含め,実力行使で退出を試みるに適した機会も少なくなかったことが窺われ,
 また,原告と被告後藤妹及び後藤母との間に相応の体格差があったことは被告後藤兄ら主張のとおりであるが,
 原告が平成7年9月11日以降,各滞在場所間の移動の機会を除いてはほとんど外出をしておらず,長期間にわたりその行動範囲が著しく制限されていた結果,上記滞在期間中には相応の筋力の低下が生じていたことが窺われることに加え,
 被告後藤妹及び後藤母が自身の肉親であること等に照らせば,原告が,被告後藤妹又は後藤母に対して有形力を行使してまで荻窪フラワーホームからの退出を試みることをしなかったとしても
 そのことから直ちに荻窪フラワーホームにおける滞在が原告の意に反するところではなかったものとみることはできず<注解2>,被告後藤兄らの上記主張は直ちに前記認定説示を左右するものではなく,採用することができない。

 被告後藤兄らは,原告が統一教会の教義に従い,家族を救済する目的の下に上記各居室に居座り続けた旨をも主張するが, <注解3>
 原告自身,これを明確に否定するところであり,
 本件全証拠によるも,荻窪フラワーホームに滞在中の原告の行動が上記のような目的の下に行われていたことを窺わせる事情は認められず,被告後藤兄らの上記主張は採用することができない。

 また,被告後藤兄らは,原告が,荻窪フラワーホームを退出してから約5か月後に,亡後藤父宅を突如訪問したことからすれば,原告が監禁され,棄教を強要されていたという事実はないことは明らかである旨をも主張するところ,
 原告が荻窪フラワーホームを退出した後に亡後藤父宅を訪問したことがあったことは被告後藤兄らの主張のとおりであるが,
 当該訪問は事前の予告なく行われたものであり,
 平成7年9月11日に原告が亡後藤父から招かれて亡後藤父宅を訪問した際の状況とは異なり,後藤母や被告後藤妹において脱会説得のための準備など行い得る状況ではなかったことは明らかであって,
 そのことは原告においても了知していたものとみられるから,当該訪問の事実は,直ちに前記説示を左右するものとみることはできない。 <注解3>

 さらに,被告後藤兄らは,組織的に反社会的活動を行っている団体であることが極めて明白である統一教会により精神の自由を実質的に拘束され,精神的呪縛のもとにある原告に対し,自分自身で考え,信者として組織的な反社会的活動に関わり続けることの問題点に気付いてほしいという気持ちから,話合いに応じるように必死で原告に対する説得を試みたものであり,原告においても,不承不承ながらもこれに応じていたものである旨主張するが,
 前記認定事実によれば,原告は,遅くとも荻窪フラワーホームに移動し,偽装脱会の告白をした後においては,その場に留まり続けて家族らと共に生活を行い,話合いを続ける意思を有しておらず,しばしば退出の意向を明示していたことは明らかであって,
 当時において統一教会について問題のある団体である旨の報道等が広くされており,被告らがそのような統一教会の信者である原告を案じていたことが容易に推察されることを踏まえても,
 成人男性である原告を長期間にわたって1か所に留めおき,その行動の自由を大幅に制約し,外部との接触を断たせた上で説得を試みることについては,その説得の方法として社会通念上相当というべき限度を逸脱したものとみざるを得ないところであって,被告後藤兄らの上記主張については採用することができない。

 なお,原告は,被告後藤兄らにおいて,原告が荻窪フラワーホームに滞在中にハンガーストライキを終えた後においても,原告に対して粗末な食事しか与えずに食事制裁を行い,原告を虐待した旨主張するが,
 前記1(1)タ(キ)のとおり,上記滞在中の原告の食事は後藤母及び被告後藤妹において用意されており,
 被告後藤妹は,かつて信者であった頃に断食を行った経験を生かして,原告の断食明けの食事について配慮し,原告の体調を気遣っていたこと等が認められるところであって,<注解4>
 原告が3度目の断食を行った後に出された普通食が原告と同等の身長の一般男性に必要とされるカロリーを摂取するに十分なものではなかったことも,原告において再度断食を行う意向を表していたことを踏まえてのことであったことを考慮すれば<注解4>,上記の原告の食事に係る事情については,直ちに違法な点を見いだすことはできず,原告の上記主張は採用しない。


(2) 被告松永の原告に対する不法行為の成否について
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 被告松永が,平成7年当時,既に信者に対する脱会説得につき多くの経験を有しており,信者の家族らに対し,信者に対する脱会説得の方法を指導していたこと,
 本件における同年9月11日から平成20年2月10日までの間の両親及び被告後藤兄らの原告に対する対応が,概して,信者に対する脱会説得につき多くの経験を有していた被告松永がその脱会説得のための実践的・実効的な方法としていたところに従ったものであったことは前記認定のとおりである。

 しかしながら,本件における被告後藤兄らの原告に対する行為のうち,原告に対する不法行為の成立を認め得るものは,平成9年12月に荻窪フラワーホームに移動した後の偽装脱会の告白後のものに限られることは前記認定説示のとおりであるところ,
 前記認定事実から明らかなとおり,被告松永は,原告がパレスマンション多門を退出した後は,原告が荻窪フラワーホームに移動した後に原告の元を一度訪問したことがあったものの,その脱会説得にはほとんど関与していなかったものと認められるから,
 被告後藤兄らの原告に対する前記不法行為が被告松永の指導又は指揮命令の下に行われたものとみることはできず,被告松永については,被告後藤兄らの原告に対する不法行為に係る共同不法行為責任は負わないものと認めるのが相当である。

 なお,原告は,被告松永が平成8年頃原告に対して手記を書くことを強要した旨主張するが,
 前記認定のとおり,被告松永は,原告が脱会の意向を表明した後において,原告に対して手記を書くことを勧めたものであって,本件証拠上,そのことについて何ら強制的な要素は窺われないところであるから,
 被告松永の上記行為が原告に対する違法な強要行為に当たるものとみることはできず,原告の上記主張は採用することができない。
 

(3) 被告宮村の原告に対する不法行為の成否について
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 前記認定事実によれば,被告宮村は,信者に対する脱会説得につき多くの経験を有し,その経験に基づき,水茎会などの場において,信者の家族らに対し,脱会説得の実践的・実効的な方法を指導していたところ,
 被告後藤兄らは,水茎会に通い,宮村の下でその方法を学び,原告を荻窪フラワーホームに移動させた後も,その方法に則って原告に対する脱会説得の試みを続け,
 被告宮村も,原告が荻窪フラワーホームにおいて不当に心身を拘束されていることを認識しつつ平成10年1月頃から同年9月頃まで,頻繁に元信者らを連れて原告の元を訪れ,脱会を強要したことが認められるから,
 被告宮村については,被告後藤兄らの原告に対する前記不法行為のうち,上記期間に係る部分について,これに加担したものと認めるのが相当である。

 なお,前記認定のとおり,被告宮村は,平成10年9月頃までは荻窪フラワーホームに頻繁に足を運んでいたが,その後は,被告後藤兄から家族で話し合う旨を告げられ,原告の元を訪れることをやめており,その後の原告の荻窪フラワーホームにおける滞在に関し,被告宮村の指導又は指揮命令その他の何らかの関与があったことを示す確たる証拠も存しないから,被告宮村による被告後藤兄らの前記不法行為への加担は,平成10年1月頃から同年9月頃までの斯間に係る部分に限られ,その後の原告の荻窪フラワーホームにおける滞在に関しては,被告宮村において不法行為責任を負うところはないものというべきである。  

 この点について,原告は,被告宮村において原告が断食をした事実を認識していたことからして,平成10年9月頃以降も被告宮村が原告に対する監禁及び棄教の強要を指導していた旨主張するが,
 前記認定のとおり,被告宮村がその経営するタップの従業員である被告後藤兄から断食に係るものも含めた原告の様子について話を聞くことがあったことは認められるものの,そのことから直ちに上記の指導に係る事実があったものとまで推認することはできず,原告の上記主張は前記説示を左右しない。

******* **********

-判決の評価を含む注解-

<注解1> 事件の全体像を無視している
「原告においては,渋々ではあったものの,亡後藤父らの求めに応じ,自らワゴン車に乗り込んでおり」
 この表現は問題ではないのか。「自ら」は余分だと思う。「原告においては、渋々、ワゴン車に乗り込んでおり」で十分のはず。

 しかし、こうした認定であったとしても、問題は残る。
 なぜなら、原告は「両脇を固められ抵抗できない状態にされて、家から引きずり出され、ワゴン車に無理矢理押し込められた」と陳述しているのだから。
 100歩譲って、後藤自らワゴン車に自ら乗り込んだのだとしても、もしそうしなければ両親、兄、兄嫁、妹、伯父、さらにはタップ従業員に力づくで乗せられてしまうからだ。
 社会通念としても、家族の話し合いの場所に移動するのに、家族のみならず,遠くから原告の伯父、さらにはタップ従業員までもが加わっているのはきわめて不自然である。
 判決では、待機していたタップ従業員の役割について、どういうわけか言及を避けている。
 
 後藤兄らの行為は、原告後藤が抵抗していたら(自ら立ち上がらず、自ら靴をはかず、大声をあげて助けを求めていたら)不法行為。無形の圧力を感じてしぶしぶ乗ったのなら不法行為ではない-とする判断には、強い違和感を覚える。
 裁判官は、後藤への不法行為が荻窪フラワーホーム時代のみに行われた、換言すれば被告松永を免責する。このことを端から判決の骨子としたため、ワゴン車に乗るまでの行為に不法行為がなかった、原告も同意していた-ことを強調したいがために、あえて「自ら」を加えたものと思われる。

 そもそも、1回目(京王プラザホテル)のときでさえ逃げ出した原告を、新潟のマンションに連れて行くというのに、逃げないように拘束しないはずがない
 子どもでもわかることなのに、判決の認定ではこれについてまるで検討していない。
 実に不可解極まりないが、判決文には松永とその教団の責任を免責させたいとの異常なこだわりが随所に見られ、この部分もそのための工夫の一つと感じられる。
 むりやり松永を免責させているために、明らかに相互に矛盾する部分が判決には見られる。
 最大の矛盾は、最初に松永による原告の身体拘束に向けた指導があった事実を認めておきながら(「判決文(2)マル秘の脱会マニュアルが裸にされたぁ!」 を参照!)、松永の責任を松永来訪時に限ってしか検討していない点である。

 松永の指導を受けて始まった被告らの行為は新潟で終わったのではなく、最後まで続いたわけだから、荻窪フラワーホームでの行為に違法性を認める以上、これと因果関係にある指導を行った松永にも当然不法行為責任が認められてしかるべきである。
 松永を免責にしたのは、「一般のキリスト教団は善、統一教会は悪」との社会通念を簡単に崩してはいけないという変なバランス感覚のためではないかと穿つ。日本基督教団の牧師を免責した今利裁判、アントール美津子裁判でもそうでなかったか。

「しぶしぶ・自ら」認定のオカシサを、別の角度から検討する。
 後藤が話し合いに応じることをしぶしぶであっても認めていたというのなら、新潟に行く途中で、なぜ車中で携帯トイレに小便をさせなければならなかったのか、だ。
 社会通念上、考えられない話である。
 それは結局のところ、逃げられないようにするためだ。
 そうであれば、後藤の家からワゴン車に乗るときも、「両脇を固められ抵抗できない状態にされて、家から引きずり出され、ワゴン車に無理矢理押し込められた」という原告の陳述のほうに真実性がある。
 
 裁判官たちも家族がいる車中で、携帯トイレに小便をしてみればいい。原告後藤がいかに恥辱な行為をさせられたか理解できるだろうし、なぜこのような行為を原告がさせられたか推察できよう。

 事件の全体像を鳥瞰すれば、京王プラザホテル⇒荻窪の通称犬猫マンション⇒パレスマンション多門⇒荻窪プレイス⇒荻窪フラワーホーム
 この全体の流れから考えれば、後藤兄らが有形力を使っていなかったとしても、後藤をワゴン車に乗せた行為は社会的相当性を逸脱した不法行為である。


<注解2> 家族の話し合いなのに、どうして偽装脱会といった現象が生じるのか

 いくつかの文に同じ注解をつけているが、まとめて説明したい。
「被告後藤兄らの(略)の行為については,原告に統一教会に対する信仰を棄てさせるとの目的の下に行われたものであることは明らかであり,被告後藤兄らは,原告に対し,棄教をしない限り,その置かれた状態から解放されないことをその態度をもって示していたものというべきであるから,被告後藤兄らは,(略)原告に対して棄教を強要したものであり,被告後藤兄らの当該行為は,原告に対する不法行為を構成するものと認めるのが相当である」
 この判断は正しい。
 ならば、新潟のパレスマンション多門時代、荻窪プレイス時代も同じではないか。
 重要なのは、信仰を棄てない限り、後藤を解放しないという点にある。このことは裁判官が認定したマニュアルからしても明らかだ。
 ならば、信仰を棄てずに、監禁から解放される選択肢は2つしかない。
 (1)隙をついて脱出する。
 (2)偽装脱会によって解放される。

(これまでの拉致監禁事件では、脱会の意向を示し、家族の監視の手が緩んだときに脱出する-という例が少なからずあった)

 偽装脱会の方法で監禁から解放されるには、「家族の話し合い」に同意するしかない。そうでないと、いつまで経っても解放されることがないからだ。
 不法行為という視点でみるのなら、「家族の話し合いに同意していたか否か」にあるのではなく、同意しなければいつまで経っても監禁が解かれないことを重要視すべきだろう。

 繰り返しになるが、偽装せざるを得ない状況に追い込んだのは被告等であり、原告が偽装脱会したからといって被告等の行為が違法でなくなるなどということはあり得ないことである。
 しかも、偽装にせよ脱会の意思表示をさせたという点では「強要」に他ならず(踏み絵と同じ)、れっきとした違法行為である。
 さらにいえば、原告が偽装脱会を始めたのは新潟のマンションに監禁されてしばらく経ってからで、最初は監禁に抗議していた。ところが、荻窪フラワーホームでの抗議はすんなり認めている判決が、新潟のマンションでの抗議は一切無視している。これもことさらに松永を免責させるためだと思われる。

 裁判官に問うてみたい。私の子どもが買春牧師がいる神戸真教会の信徒になった。私は脱会説得するために、子どもを新しく借りたマンションに閉じ込める。子どもは偽装脱会によってマンションから解放されたあと、私を訴える。
 この場合、偽装脱会だったことを理由に、私は免責されるのか否か。 (宮村のタップに就職した子どもをそこから辞めさせるために。具体的事例はなんだっていい)
 行為の是非は、団体の属性とか行為の動機などによって決められるべきではなく、行為そのものを裁かなければならないのだ。

【心からのつぶやき】 様々ないわゆるカルトへの入信をめぐって、葛藤と相剋の中で、親子の対話が行われている。その対話の過程で、「偽装」なるものが登場するのは、統一教会だけなのである。この異常さに裁判所は注視すべきである。


<注解3> 「家族救済説」に乾杯、座布団3枚!

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 ここのくだりは、ただただ爆笑するばかりである。
 原告後藤が荻窪フラワーホームにいたのは、97年12月から08年2月まで
 被告たちは「家族の話し合いだった」と主張していたが、誰がどう考えても長~~い(笑)。そのうえ、原告は10年以上の長きにわたって、1歩も外に出たことがない

 被告側もさすがに「家族の話し合い」だけでは敗訴すると考えて、呻吟苦吟して捻出したのが「家族の救済」(家族を信者にすること)であった。
 すなわち、 後藤徹は私たちを救済するために、外に出ることなく、部屋に居続けたというのだ。
 提出した証拠は『祝福と氏族メシア』(光言社のサイトで調べたが、絶版になっているのかヒットせず)。証拠の該当頁は「裁判ブログ-判決文⑤」の中頃にアップされている。
 教会員でない方にはチンプンカンプンだろうが、氏族メシア(信者本人)は氏族(親兄弟、親族)を救済しなければならない(信者にしなければならない)という教えである。

 確かにこの教えは今でもあるが、監禁されている人間が監禁している家族たちを勧誘せよなんて教えは、いくらなんでもない。教団の拉致監禁対策が教会員に指示しているのは、実にあたりまえなのだが、「監禁されたら、とにもかくにも逃げ出せ」だ。

 しかし、家族救済のことを裁判官に認めてもらう以外に、敗訴を免れる方法はない。だから、もう必死  

 正攻法でいくなら、後藤兄、兄嫁そして妹が陳述書で、あるいは証人尋問で、「徹に、これこれこのように逆説得された」と明かせばいいのだが、真っ赤な虚偽だからいくらなんでも創作することはできない(クリスチャンになったのだから?そこまでワルにはなれなかったのか)

 ならば、弁護士がやるしかない。
 しかし、「原告後藤徹氏本人尋問(反対尋問 山口広弁護士編その1)-キーワードは"氏族メシア"」(終りの頃)を読んでもわかるように、後藤から供述を引き出せたのは、氏族のメシアという考え方は重要だ、といった一般論でしかなかった。

 わが山口貴士弁護士も頑張った。
 氏族メシアに関する証言を引き出したかったのだろうが、なにせ高偏差値オタクだから、何を質問したいのか裁判官にもわからなかったようで、法廷は爆笑に包まれた。「原告後藤徹氏本人尋問(反対尋問 山口貴士弁護士編)-オタク弁護士のマニアックな質問に「何をおっしゃりたいんですか」と質問する裁判長」 を参照。

 余談になるが、島根から上京して裁判を傍聴するのはちょっとしんどかったけど、山貴の尋問のときばかりは思い出せば笑いがとまらず、疲れが吹っ飛んだ。貴士さんに乾杯!そのくだりを紹介する。

(引用はじめ)

被告後藤ら代理人(山口貴士)
・平成9年,97年6月22日にお父さんがお亡くなりましたけれどもあなたは当時ももちろん統一教会の信者だったわけですけど,統一教会の信者として,お父さんの霊人体は死んだ後,地獄に行ったと思ったでしょう。お父さんが亡くなって御遺体と対面されたとき,お父さんの魂というか霊人体はどこに行ったという認識ですか。
   統一教会の地獄というのは神の愛から自ら遠いところに。
・そういう質問じゃなくて,地獄に行ったかどうか。
   父親が自分の生活において神に認められるような生活をしてれば,それは。認められるというか,段階があるんですけれども。
・認められるような生活をしていたんですか,あなたの目から見て。
   それは神じゃないから分かりません。
・統一教会では,自分の方法,レベルに合った場所を自分が自動的に選んで,行く場所が決まると,そういうふうに教えているわけですよね。
  そのとおりです。
・統一教会では,霊界というのは一番下の地獄と呼ばれる暗い場所,どんよりしていて普通の人が行く中間霊界,宗教者や功労者の高級霊界があるというふうににも(原文ママ)教えられていますよね。そのとおりですよね。
   はい。
・あなたの認識だと,お父さんというのはどこに行ったの。お父さんは救われているということになるんですか,統一教会の教義において。
   それが何の関係があるのかよく分からないんです。
・答えてください。
   それは先ほど言ったとおりです。
・先ほど言ったというのは,あなたの答えは何。
   ですから,父親の人生が。
・あなたの認識を聞いているわけ。
   分からないです。
・お母さんがどこに行ったかも分からない。
   分からないです。

(裁判ブログの解説)調書には記載されていませんが、本件とは関係のない質問が延々と続くため、原告代理人が「本件と関係がない質問でしょ」と裁判官に申し立てると、裁判官も山口貴士弁護士に対し「何をおっしゃりたいんですか?」と質問。このやり取りに、傍聴席は爆笑に包まれました。

(引用終り)

 察するに、統一教会に反対した両親は地獄にいる。その両親を救うには後藤兄・兄嫁・妹を統一教会員にしなければならない。こうしたことを後藤本人から引き出したかったのであろう。だが、後藤兄らは勧誘説得を受けたことを一言たりとも述べていない。裁判官は当然のことながら、前掲本『祝福と氏族メシア』を証拠として採用せず、「家族救済説」を一蹴した。ご苦労さまでした
 被告らがどう巻き返すか。控訴状を早く見てみたいものだ。

私のつぶやき:山口貴士さんが「幸福の科学」の大川隆法さんと霊界対談したら面白いだろうなぁ。 クスッ

【関連記事】「採用されなかった論理」(拉致監禁体験者の、実感としての家族救済説への疑問が述べられている)


<注解4> 食事制裁という訴えの方に説得力あり!-明らかな誤判だ!

(判決文の引用)
 後藤妹が,後藤徹に粗食(必要とされるカロリーを摂取するに十分なものではなかった)しか与えなかったのは、かつて信者であった頃に断食を行った経験を生かして,原告の断食明けの食事について配慮し,原告の体調を気遣っていたこと、また後藤徹が再度断食を行う意向を表していたことを踏まえてのことであったことから、後藤の食事制裁という訴えは採用できない。
(引用終わり)
 
 この裁判所の判断は失当である。それもかなり大きな失当、誤判と言わざるを得ない。
 その根拠を示す。

後藤妹は何日間断食したことがあるのか

 まず、「かつて信者であった頃に断食を行った経験を生かして,原告の断食明けの食事について配慮し,原告の体調を気遣っていた」という判断について。
 教会員がよくわからないトーゲン(自己の罪滅ぼし)として断食を行っているのは事実である。したがって、後藤妹も断食したことはあると思う。
 問題はその断食期間である。1日だったのか、3日間だったのか、1週間だったのか。その期間によって、断食後の食事への配慮は異なる。ちなみに、「断食」「その後の食事」で、ネット検索をすればわかるが、1日と1週間とではまるで異なる。

 では、後藤妹は何日間の断食を行ったのか。
 このことを特定しないで、「かつて信者であった頃に断食を行った経験を生かして,原告の断食明けの食事について配慮し,原告の体調を気遣っていた」と判断するのは早計である。

 横道にそれるが、今回の尋問で、裁判官が尋問したのは記憶では一回もない。私の裁判体験を含めこれまでの裁判では、原告・被告代理人が尋問を終えたあと、裁判官が「2、3、質問させていただきます」と証人に尋問していたことからして、奇異な印象を受けていた。
 後藤妹が断食後の食事への配慮を行っていたと認定するなら、断食を行った経験を具体的に聞き、少なくとも「何日間、断食したことがありますか」と質問するのが判事としての当然の責務だろう。 

 よって推測するしかないのだが、青年教会員だったから、長くともせいぜい1週間程度であろう。 
 それに対して後藤の断食は、21日間(1回目、2回目)、30日間(3回目)に及んだ。
 1週間の断食をした人がその経験に照らし合わせて、30日間の「断食明けの食事について配慮することは、主観的にはあり得ても(つまり無知)、本来の意味での「配慮」はできない。

後藤徹は再度の断食の意向など示したことはない

 また、「後藤徹が再度断食を行う意向を表していたこと」。これは後藤妹の言い分であり、後藤がそのような意向を示していたことはどこにも記載されていない。
 両者の言い分が食い違い、その言い分を裏付ける証拠がない場合、判事は禁欲的になるべきであって、無定見かつ一方的に片方の主張を採用すべきではない。
 原告・被告とも今回の判決には不服なところはあるだろうが、裁判官は両者の言い分を公平に検討したような印象を受けている。ただ一点、食事制裁(虐待)だったのか健康への配慮だったかの判断だけは、さして吟味することなく、後藤妹の言い分のみを採用している。よって、誤判が生じるのは当然のことであろう。
 

25キロの激ヤセ
 
 単純に考えてみればわかることだ。後藤は21日間の断食を2回繰り返し、2回目の断食が終わったときには、70キロの体重が45キロまでになっていた。25キロの激ヤセである。
 それから体力を回復して(どの程度かは不明)、今度は30日間の断食に。断食を終えてからも、粗末な食事によって、体力は回復しなかった。
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 この写真はカツカレーなどなどをたどり着いた教団本部で大食いし、さらに3日間の病院食を採ったあとの写真である(さらにこの後、小生が持参したロイヤルホストで買った見舞いのクッキーを一気に平らげたそうだ。三日分と考えて買ったのにィ) 。
 荻窪フラワーホームから追放される前(2006年4月から2008年2月11日まで)は、この写真からカツカレーなど、また3日間の病院食を引いた状態だった。ヘロヘロになっているときに、再度の断食の意向を示すことなどできるものなのか。常識で考えれば、妹の主張が嘘だということぐらい、すぐにわかりそうなものなのだが。

 仮に再度断食するとしたら、一旦体重を元に戻さなければ不可能である。70キロの体重が断食で45キロになったとして、仮にその体重のまま長期断食を敢行すれば体重は20キロに。もちろん実際にはその過程で餓死する。
 したがって、45キロまで落ちた体重を70キロ(どんなに少なくても60キロ)に戻さない限り再度の長期断食などできるはずはないのだ。(実際は後述するように、どんなに高めに推測しても、妹は後藤を50キロ(20キロの激ヤセ)のままにしていた
 再度の断食の意向は妹の完全な作り話なのに、判事は作り話と知りつつ敢えて作り話の方を認定している。これも、あまりにも家族側を悪人として描くと、「家族は善、統一教会は悪」との社会通念を崩すことになるとのバランス感覚のためではないかと推察される。


後藤妹の配慮によって約2年で5キロ増
一心病院のケアによって約1か月で9キロ増

 後藤が3回目の断食を終えたのは2006年4月頃のことである。そして上掲の写真はそれから約2年も経った後の2008年2月に撮影したものである。
 このことからして、かつて信者であった頃に断食を行った経験を生かして,原告の断食明けの食事について配慮した結果、2年後に上掲の写真のような身体つきになるものだろうか。

 算数的に考えてみる。なお、後藤の身長は1メートル82センチ
 新潟のパレスマンション多門に入るまでの後藤の体重は約70キロだった。
 2005年の2回目の断食(21日間)を終えたあとの体重は約45キロだった。
 2006年の3回目の断食(30日間)を終えたあとの体重は不明だが、少なくとも45キロ以下だったと推測される。
 2008年2月、一心病院に入院1週間後(1週間、栄養補給したあと)の体重は約52キロだった。入院直後の体重は不明だが、非科学的にどんなに多く見積もっても50キロだろう。

(当初の後藤の主張、39キロは間違いだったとしても、45キロ前後だったと思われる。が、多めの50キロだったとして話を進める)
 
 後藤妹は、断食後の健康に注意して、特別食を与えたという。
 特別食を始めたのは、2006年4月からである。
 その涙ぐましい努力の甲斐あって、約45キロ以下だった後藤の体重1年10か月かけて(最大に見積もって)5キロ増え、50キロになったというわけなのである。

「原告が3度目の断食を行った後に出された普通食が原告と同等の身長の一般男性に必要とされるカロリーを摂取するに十分なものではなかった」のは、断食後の健康に注意したからではなく、「食事制裁」(虐待)を受けていたからという後藤の主張のほうが納得できるし、説得力があるではないか。
 被告を支援していた人たちはどう思われますか。

 さらに、である。
 一心病院は統一教会系の病院である。教会員である医師、看護師は断食を経験している。そのため、一般教会員以上にプロとして断食後の食事のことについては精通している。

 後藤が入院したのは08年2月11日。1週間後の17日の後藤の体重は52・1キロ。1か月後の3月11日時点で都立大塚病院で測ったときは59.3キロであった(争いのない事実)。
 どういうことになるのか。
 入院時が多めの50キロだったとすれば、後藤の体重は28日間で9キロ強増えたわけである。これに対して、後藤妹の特別食では650日間で5キロである。

 やはり、食事制裁(身体的虐待)を受けていたという主張に説得力がある。


筋肉と栄養との密接な関係  

 話を進める。
 筋肉と栄養との関係についてである。
 次回にアップするが、判決文の治療費のところでは、こう認定されている。
(引用はじめ)
原告は,その行動範囲に対する著しい制限が長期間に及び,原告の全身の筋力が低下するに至り,その治療のため,平成20年2月11日から同年3月31日まで,一心病院に入院したことが認められ
(引用おわり)

 原告の全身の筋力が低下したのは、行動範囲に対する著しい制限が長期間に及んだのが原因というのだ。
 もしこれだけが原因だとしたら、寝たきり老人はすべて全身の筋力が後藤以上に低下していることになる。後藤以上というのは、後藤の場合は寝たきりではなく、6畳一間の空間内であっても、運動するなど身体をある程度、動かすことができたという意味である。

 ところで、寝たきり老人は筋肉が萎えてはいるものの、その治療のために別の病院に入院するとか、特別な手当て(胃ろうに代表される経管栄養法)をしなければならないほどではない。例えば、脳梗塞の後遺症で身体の寝返りはもとより食事が全くできなくなった人でも、胃ろうを施せば、運動しなくても体重はある程度保つことができる。脳梗塞ではないが、胃ろうを施して体重が元に戻ったケースもある。
 個人的な話になるが、私の義理の叔母は特別養護老人ホームに入っている。車椅子生活、食事は全介助。それでも顔の色つやはよく、入所前から比べれば少し痩せたが、特別な手当てをする必要はない状態だ。 

 つまり、体力を回復させるには、なによりも栄養が重要ということなのだ。

 後藤の筋萎縮は、散歩ができないなど「行動範囲に対する著しい制限が長期間に及んだ」こともさることながら、必要とされるカロリーが圧倒的に不足していたからなのである。
 それゆえ、一心病院が後藤にいの一番で施したのはとにもかくにも栄養補給だったのだ。歩行訓練などのリハビリはある程度、体力が回復してからのことであった。
 ここから強く推認できるのは、3回目の断食以降はカロリーの圧倒的不足によって、体力がなくなり、そのため6畳一間で身体を動かすこともほとんどできなくなり、筋萎縮が加速したということなのである。

 百歩譲って、裁判官たちが判断したように、後藤妹が作ったカロリー不足の食事が制裁(故意の傷害)でなく、断食後の兄の身体のことを心配しての善意ゆえのカロリー制限だったとしよう。
 しかしそうだからといって、罪を免れることはできるのだろうか。
 このことは、統一とか反統一とかといった立場を抜きにして考えてみるべきだ。
 

有罪判決が下されるだろう
 
 例えば、栄養について無知であった私が、善意から母の食事を制限したとする。<母は91歳。身体の負担になる肉や魚などカロリーの高いものはやめたほうがいいだろうな>
 その結果、身体が次第に弱っていき、散歩することもできなくなった。
 心配になった私は、母を連れて、病院に行く。体重を計ると38キロだった(現在48キロ)。

20140217233642990.png
裁判ブログから借用。
Cとは、朝食=6枚切りの食パン1枚、昼食=胚芽米ご飯一杯と味噌汁一杯、夕食=胚芽米ご飯一杯と味噌汁一杯、漬け物、小エビ少々、納豆。
被告後藤妹はもっといい食事だったと主張しているが、後藤が約2か月間入院していたのは事実であり、北里病院の診断書も提出されている。



 病院の判断はそく入院。食事のことを聞かれ、正直に答えると、病院は虐待の可能性を疑い、警察に通報する。
(これは突飛なことではない。私が帰郷してから、2件ほど虐待が原因で、家族(介護者)が逮捕される事件が起きている) 

 事情聴取の結果、故意の食事制限ではないとしても、私は過失責任を問われ、検察に送致される。当然だろう。無知とか善意は刑の軽減要素になるとしても、免責の理由とはならないのだから。
 そうでなければ、無知と善意を装い、邪魔になった老親の死期を早めることは簡単にできてしまう。そうなったら、厚労省は介護保険料の収支に頭を悩ます必要はなくなる。まさに慶賀の至りである。 

 話が饒舌になった。判決文が誤判であることを整理して示す。

(1)08年2月11日にマンションを追放された後藤は、その日の夜から3月31日まで入院した。<争いのない事実>
(2)後藤の筋力が低下したのは、行動が著しく制限されたからだ。<裁判所の認定事実>
(3)3度目の断食後、後藤に出された食事は、「原告と同等の身長の一般男性に必要とされるカロリーを摂取するに十分なものではなかった」。<裁判所の認定事実>
(4)筋力が低下するのは、運動不足と栄養不足からくるものである。<保健医学の常識>

【総括】判決文が運動不足と栄養不足を別次元のことととして捉えたのは大きな誤りである。行動を著しく制限し、なおかつカロリー不足の食事しか出さなかったために、後藤は50日間もの入院を余儀なくされた。運動不足・栄養不足にしたのは、どちらも虐待(不法行為)である。

 なお、個人的な話になるが、私は昨年、腸閉塞と結腸癌で病院のお世話になったが、入院日数は40日間であった。



【関連記事】「後藤徹氏裁判判決文を読んでー認められたこと、認められなかったこと③-食事制裁を考える(その3)」 (自分の断食体験をもとに、かなり客観的に食事問題を考察している)


愛が狂気に変わるとき

 ところで、後藤妹たちの立場になって考えてみる。
 被告たちの心象風景である。
 現役信者を抱える親御さんから脱会の相談(手紙、電話)を受けてきただけに、多少はわかる。

 私たち後藤兄弟姉妹は、あの忌まわしき霊感商法をやっている団体から保護説得によって救出された。徹もぜひ助けてあげなければならない。でも、保護説得を続けているものの、いっこうに落ちない!
 それどころか、ハンガーストライキと称して、断食する始末だ。
 そういえば、裁判所が認定したマニュアルにあった。
③断食‥・どうぞどうぞ断食して卞さい。動けなくなったら逃げられないぞ。

 しかし、徹はへこたれない。しぶとい!
 今度の断食は、も~う、3回めだ!
(この段階で、後藤徹のことを弟、兄といった家族意識が後背に追いやられ、そして消えていった。これとは別の表現になるが、徹の断食は家族の心に重くのしかかり=かなりのストレス=断食する徹が憎たらしい存在となり、「以前と同じような感じで普通食に戻したら、体力を回復してまた4回目の断食をやるのではないか」と思った)
 
 妹は婚期を逸していくばかり、兄夫婦は夫婦生活の喜びを享受できない。その原因は、ひとえに「落ちない徹のせいだ」(冷静に考えれば宮村の指示のせいなのだが)。次第にヒステリックになり、感受性が鈍麻していった。
 こうした心情から、食事制裁を後先考えずに、ごく自然な感じでやることになったのではないか。
 彼らからすれば自然であっても、一般社会からすれば狂気としか言いようがない。 
 精神が荒廃したおぞましい心象風景である。


-「判決文(8)」-に続く。
「判決文(6)」-に戻る。

 

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関連記事

コメント

然したる違いの無い私の毎日の食事

仕事の関係でほぼ毎日畳み一畳未満の空間で八時間程度、椅子に座ったままの状態で仕事をしています。
夕食は家族と同じですが、主食は減らしてもらっています。朝昼で1合のお米、副食は卵にみそ汁程度です。食事の合間の飲み物もカロリー控えめです。
食べ物の楽しみはアイスクリームとお菓子、カロリーの取り過ぎを気にしながらもう十数年仕事してます。

仕事に拉致監禁されて厳しい食事制裁を受けてはいます。でも集団検診では肥満のチョット手前!!
二週間の入院での病院食も似た様なものでした。
毎日観ていると体の変化に気付き難いものです。
小柄な母妹にとっては十分な量でしょうが、大柄な徹には不十分でしょう。
時に其の違い、仕事量の違いに気付かぬ馬鹿女もいます。
仕事をしている私と同じ量を食べてブクブク太って、勝手にダイエットして、同じ食事を出して平等だのと言う阿呆女にはヘキヘキしました。

後藤徹君は社会保険(日本では、医療保険、年金保険、介護保険、雇用保険、労災保険の5種類の社会保険がある。)に加入していましたよね?
後藤徹君の家族は徹の収入は当てに出来ない事を承知で支払いを続けていませんでしたか?

統一教会よりは正常とは思います。

まだ結審はしていませんが、一言コメントします。

民事で有罪は無いだろう。

Re: 然したる違いの無い私の毎日の食事

matu8181さん、投稿してくれるのはありがたいのですがe-259、意味不明というかトンチンカンな文章は、どうかご自分のブログ「思った事 感じた事 日常の事」に書いてくださいな。お願いしますよ。

 それよりも、Yoshiさんがあなたの拙い投稿に触発されて、<日本版 「悪の選択」 論 - 拉致監禁正当化理論>をアップされています。秀逸な原稿です。
http://humanrightslink.seesaa.net/article/390177347.html
 そこに、反論投稿を送られてはいかがですか。(Yoshiさん、そちらに振ってごめんね)

>民事で有罪は無いだろう。

 大丈夫ですか。
「検察に送致される」と書いているわけだから、当然、民事ではなく刑事事件を想定して、「有罪判決が下されるだろう」(小見出し)を綴っています。
 よく読んでくださいね。

(追記)読者にお願い。matu8181さんの投稿へのコメントは差し控えてください。コメント欄の質が落ちてしまいますから。ペコリ

お知らせ

 文中の【関連記事】「後藤徹氏裁判判決文を読んでー認められたこと、認められなかったこと③-食事制裁を考える(その3)」 のURLが間違っていました。
 修正しましたので、再度、クリックして読んでください。

>>民事で有罪は無いだろう。

> 大丈夫ですか。
「検察に送致される」と書いているわけだから、当然、民事ではなく刑事事件を想定して、「有罪判決が下されるだろう」(小見出し)を綴っています。
 よく読んでくださいね。

ーーーーーー

>原告は,平成20年,警視庁荻窪警察署の司法警察員に対し,■<後藤徹氏の母>,被告■<後藤徹氏の兄>ら,被告松永及び被告宮村を,それぞれ逮捕監禁致傷罪及び強要未遂罪により告訴した。

嫌疑不十分、不起訴。

>後藤徹氏が自らを拉致監禁したとして、宮村氏らを告訴した事件は、2009年12月9日の東京地検では不起訴処分となっていたが、その後彼は検察審査会に訴え出ていた。

「不起訴相当」という検察審査会の判断が2010/10/08下った。

またやるのでしょうか?

かなり昔の事ですから知らない方もおられるでしょう。

食事

どう表現したらいいかわからないもやもやをかたちにしてくだって
ありがとうございます。
もう見つかりませんが
どなたかが原告側の提示から
この食事を1年間続けるとこうなる
と書かれたことがありました。
兄嫁さんの食事を1年間続けたらどうなるのでしょう?果たして
後藤さんの状態はどうだったのでしょう。
もし健康体になるのであれば、
兄嫁さんの言うことは正しくないわけで、
もし栄養不良になるにであれば、
その本の著者を訴えるべきです。
だいたい断食後、1日
食事をお遅らせ、その後
2ヶ月以上流動食しか出さなかった人が
健康に気づかってあげる?
米本さんの記事を読んでこのモヤモヤがちょっとスッキリしました。

Re: 食事

 食事問題では、まだ書かれなければならないことがあります。
 諸事情によって今は書くことができませんが、おそらく原告の控訴理由書にははっきりと示されるはずです。

 双方の控訴理由書は6月5日の控訴審のあと、裁判ブログにアップされると思います。
 それを受けて、食事問題については再度、解説する予定です。
 それによって、Etsukoさんのモヤモヤは完全になくなり、青空になることを確信しています。今しばらくお待ちください。ニッコリ

断食ほか

私も統一教会にいた時、一週間の断食彼らのいうところの、聖約断食 をおこないました。
たしか、1984年の7月脱会する3か月前でした。水は飲んでもいいが、歯磨きなどの固形物は駄目という条件でした。体重は7キロ減の63キロまで落ちました。三日目か四日目に胃の具合が悪くなりました。人によっては、体の悪いところが断食をすると出るそうです。一週間かけて食事を元に戻していきました。最初は、重湯からお粥にして普通食に戻しました。体重は、確か5キロ増えて68キロになったと記憶してます。ある、糞食口から、その人6000双ですが、皮肉を言われました。ただたんに一週間我慢しただけなら断食の意味はない。とか、3倍の21日断食(3倍蕩減)の意味か?もあるよと言われました。後藤さんは凄いね。3回のハンストだし食事制裁だもの。私が後藤さんの立場なら、とうの昔にギブアップです。糞食口の6000双さんはどう?とききたいです。少し、話が横道に逸れましたが しぶしぶでも話し合いに応じた。抵抗できたのに抵抗しなかったし助けも求めなかった。氏族メシヤの為、家族伝道の為いすわった。この伝道について具体的にどの様に伝道されたのか?後藤さんの兄からの話がなく弁護士の山貴の質問は笑いましたね。どこの霊界へ行ったのか天国か?地獄か?おそまつな質問だったんですね。見て見たかったです。松永免責の為の根底にある 一般のキリスト教善・統一教会悪の世論形成とういか味付けが見え隠れする裁判所の判断です。 

愛が狂気に変わるとき

昔、祝福前に条件として行なっていた一週間断食は「成約断食」です。

昔の人はみんなしました。

口にしていいのは水だけです。

裁判官の統一教会判断の壁

>重要なのは、信仰を棄てない限り、後藤を解放しないという点にある。このことは裁判官が認定したマニュアルからしても明らかだ。
 ならば、信仰を棄てずに、監禁から解放される選択肢は2つしかない。
 (1)隙をついて脱出する。
 (2)偽装脱会によって解放される。


 人道主義者にして真実の探索に長けた実績あるジャーナリストである米本さんの‘注解’はさすがだと思います。
 裁判においては 当然ながら訴える原告側と裁かれようとしている被告側では主張が異なり、過去に起こした一つの行動に対してさえ お互いが違った証言をするような矛盾が表れます。
 その犯罪行為を証明する証拠が完全に揃っているとは限らない裁判で、それらの争いを法律に照らして公正に裁くのは容易いことではなく、結局のところ 裁判官の資質や諸々の心証と心象によって判決が下されてしまい、それらは裁判官によって違いが生じるようにもなります。

 今回の判決文においても「松永とその教団の責任を免責させたいとの異常なこだわりが随所に見られ‥」という米本さんのご指摘は鋭く、的を射ており 判決文には大きな欠陥があることがわかります。
 米本さんは様々な角度から事件を観察しておられ、さらにそれを引き起こした被告人達の内面的な性情にまで過去の記事で鋭い分析を加えておられます。
 その判決文の中に米本さんが発見された裁判官の「異常なこだわり」には統一教会の悪い社会的問題の心象が絡んでいるわけですが、その中立であるべき裁判官が抱える矛盾を米本さんが見逃すはずもなかったのです。
 さらに今回の記事においては 拉致監禁被害者が偽装脱会を行う事情を上のように整理して具体的に説明してくださっているため、松永牧師も加害者であることが よりわかり易くなっています。

 そして、米本さんが、<「一般のキリスト教団は善、統一教会は悪」との社会通念を簡単に崩してはいけないという変なバランス感覚のためではないかと>推察されたのは理に適っており、それ以外の理由を探し出すことは不可能です。
 宮村脱会屋はキリスト教会の牧師ではなく、決して善人とは言えない人物でもあるので、断罪してもその社会通念を覆すことにはならず、こだわりなく加害責任を認めた判決を下せたが、松永牧師に対しては そのこだわりがあった為、断罪することができなかったと理解すれば、判決文にちぐはぐな部分が生じる原因として納得できるようになります。

 しかし、日本国憲法において信教の自由は保障されており、もし松永被告がキリスト教会の牧師で、後藤さんが統一教会の信者であることが理由で判決が正当でなくなってしまったとしたら、その裁判の中では憲法違反の宗教差別が行われていることになってしまいます。
 そのような観点ではまだ深刻な人権問題が完全には解決されていない判決と言えそうです。

 統一教会の宗教活動は社会的に批判されたりしておりますが、今回の記事において米本さんが引用された山貴弁護士と後藤さんの霊界問答においては、後藤さんは統一原理の基本に沿った無難な表現で山貴弁護士の質問に答えており、反社会的な要素は発見されません。
 むしろ、統一教会信者の特異な教義内容を何とか証言させようと独り相撲をしている狐目弁護士の方が迷走して裁判を混乱させており、よい笑いものになってしまったようです。

 しかし、山貴弁護士はさすがに「カルト問題に関わる」レベルの低い弁護士だけあって、統一教会信者はマインドコントロールされているという“反カルト教科書”の通りに後藤さんに質問しています。
 ところが、後藤さんは流石に強い信念を持たれた方で、信仰も歪んだおかしな狂信ではなく、筋が通った原理的な信仰をもっておられ、山貴弁護士の教科書の筋書きとは違ってしまったようです。
 山貴弁護士は単細胞の思考しかできないようで、マインドコントロール理論では解き明かせない宗教心の本質などは全く理解不能なようです。

 しかし、統一教会・日本ブログ村の教会員のブログに目を向けると、案外山貴弁護士の話にのりやすい統一教会員がたくさんいるような気がしてしまいます。
 山貴弁護士に「血統転換されないで亡くなった方の霊人体はどうなったという認識ですか。」と問われれば、「絶対善霊になれず、悪霊になって苦しんでいると思います。」と本気で答えるような教会員が結構多いのではないでしょうか。
 それを考えると、韓総裁や金孝南氏を神格化して崇拝しているような統一教会員は韓国人指導者に支配されたマインドコントロール・レベルの(カルト的)宗教信者なのかもしれません。

FIFA(国際サッカー連盟)規定

 投稿に触発され、浦和レッズ騒動のことが浮かびました。すでにご承知の通り、
<浦和社長「これを機会に生まれ変わる」 差別横断幕問題について謝罪>の記事では、次のように書かれています。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/soccer/jleague/2014/columndtl/201403130006-spnavi

(引用はじめ)
差別に関しては、FIFA(国際サッカー連盟)規定を最大限に尊重いたします。人種、肌の色、性別、言語、宗教、または出自などに関する差別的、侮蔑的な表現または行為を撲滅し、個人あるいは団体の尊厳を徹底的に守ることを目指します。
(引用終わり)

 国際サッカー連盟の規約は、人権尊重、反差別の立場にたった、実に進歩的で普遍的価値あるものです。

 今回の裁判で、ブログに書いた通り、判事が「『一般のキリスト教団は善、統一教会は悪』との社会通念を簡単に崩してはいけないという変なバランス感覚のため」、判決文を書いたのだとしたら、国際サッカー連盟で修行されたほうがいいという提案になります。

 基本的人権をもっとも尊重しなければならない法の番人がと思うと、情けない限りです。

 なお、付言しておきますが、浦和レッズのサッカー選手に教会員がいたら・・・。
 有田国会議員、山口広弁護士らは「UCノー」の横断幕を掲げるでしょうね。恐ろしい話です。
 差別意識をもった人たちの特徴は、差別の対象が広がっていくことにあります。
 UCだけを差別し、それ以外のピープルは平等といったことはありません。
 性同一性障害者、被差別部落出身者、在日北朝鮮・韓国人、アイヌ、ヤクザなどなど、差別の対象はその人の心のままに広がっていくのです。

長々と失礼します。

米本さんの三日三晩の熱意からバカの壁を超えようと読むけど、悲しいかなバカの壁の高さを痛感します。
ちょっとmさんに釣られた感もありますし。

そんな私の感想ですが、今回の被告弁護団の主張は光市母子殺人事件の被告弁護団の主張

・強姦目的ではなく、優しくしてもらいたいという甘えの気持ちで抱きついた
・乳児を押し入れに入れたのは(漫画の登場人物である)ドラえもんに助けてもらおうと思ったから
・死後に姦淫をしたのは小説『魔界転生』に復活の儀式と書いてあった

と同じこじつけのようにしか感じません。 最悪後藤さんが体調をひどく崩して命を落とす結果になっていたら殺人の可能性もあったのではないかとさえ思います。

光市母子殺人事件においてもこじつけの弁護でなく、少年に自分の罪の深さを自覚させ少年が心から悔いていたら裁判官や遺族の心象もかなり違っていただろうし、弁護士の心構えとしてはそのように導くべきであったと思われます。
とにかく結果が全てで勝てばいいような戦略は弁護側にせよ、検察側にせよ本来の法の正義から激しく逸脱してると感じます。
結局統一教会も実績という結果に主管され一番大事なものを見失ってしまった。そしてその結果に固執するのはたいてい自己満足や保身が理由の場合が多い事を見る時に同じ人間の悲しい性を感じます。そしてそれは自分の中にも深く根付いているのです。

職業に優越はないのでしょうが、明らかに人格を求められる職業はあるのではないかと思うし、それが全うできないと社会における影響も大きく失望されるとも感じました。

ただ判事の信仰の自由に対する意識に対しては、その対象が数々の社会問題を起こす統一教会が対象な為、良くない事だけどその意識が低下する事も否めない気が。オウムと似たようなレベルに見られてるのでしょうね。

もっと社会からある程度認められた宗教ならどんな判断が下されたのか?まぁ、そんな宗教の信徒なら拉致監禁されないでしょうが。その点はとても残念だけど少しは自業自得と思われてるのでしょうか?
犯罪者であれど基本的人権はあるという程度しか一般の方には説得力がない団体なんだろうなという寂しさは残ります。

あとサッカー団体でもある宗教の信徒達が多数応援中に問題を起こしたらその宗教にどう対処するのか?個人の問題として捉え切れるかという疑問も残りました。連帯責任的な風に扱われるのでしょうか。
その宗教団体のトップの責任は必ず問われますよね。

いろいろ考えさせられます。いくら言論の自由はあるとはいえ、レベルの高くないコメントですみません。

文だけで伝えるのは難しい、自分の壁をまた痛感

>その対象が数々の社会問題を起こす統一教会が対象な為、良くない事だけどその意識が低下する事も否めない気が。

ここを誤解され敏感に反応されるのではと不安になり、補足。ムチが怖い、、なんてね。
意識の低下を仕方ないと認めてる訳ではなく、判事はそれさえも超えなくてはいけない存在だという事は理解してますが、法に関わる故に裁判を多数抱え社会的問題がある統一教会に対しての印象も影響してくるのではないかという事です。
同じ犯罪者でも日頃の素行は影響してくるでしょう。

ただ統一教会の拉致監禁の被害者は真面目な方が多く個人には非がない。ただ問題が多い統一教会に関わった事が罪というなら、その末端信者のやるせなさを幹部はどう感じているのでしょう。日本の会長が変わり、統一教会も社会に受け入れられる団体に方向転換するようですが、あまりにも遅すぎたと思います。

広い心

<浦和レッズのサッカー選手に教会員がいたら・・・。
 有田国会議員、山口広弁護士らは「UCノー」の横断幕を掲げるでしょうね。恐ろしい話です>(米本さんのコメント)

その通りだと思います。
真っ先に横断幕を掲げるのは、エイトくんでしょうが。
教会員が浦和レッズに所属した段階で、いや、高校サッカーで活躍した段階で、やや日新聞で大々的に「○○くんは霊感商法で世間を………で知られる統一協会の二世だ」みたいに、長~い枕詞を付けて報じることでしょう。

<差別意識をもった人たちの特徴は、差別の対象が広がっていくことにあります。
 UCだけを差別し、それ以外のピープルは平等といったことはありません。
 性同一性障害者、被差別部落出身者、在日北朝鮮・韓国人、アイヌ、ヤクザなどなど、差別の対象はその人の心のままに広がっていくのです>

これって米本さんのコメントですよねぇ。
誰かが語った言葉を引用されているわけではないですよねぇ。
いつもの米本さんとは違うような感じを受けました。

正直、私はこの言葉に愛を感じました。
優しさを感じました。
そして、教えられました。

米本さんについて、対象を許容するよりも、否定する側面の強いお方だなと勝手に思っていましたが、実は、とても広いお心をお持ちの方だったんですね。
大変、お見それいたしました。

異質物の排除

 拉致監禁に反対する私の根底にあるのは、「異質物の排除」を危惧することにあります。

 拙著『我らの不快な隣人』では、統一教会員への「保護説得」はハンセン病患者への隔離政策と通底するものがあると書いています。(233頁~、388頁)
 初稿では、異質物の排除の具体的事例をいくつかあげ、1つの章として詳述していたのですが、編集者から主題(拉致監禁とPTSD)からあまりにもかけ離れていくという指摘を受け、大幅に削除し、ハンセン病のことだけに絞らざるを得ませんでした。

 私は、大学のカープ狩りにも反対していますが、たかだかカープだからといって知らん顔をしていれば、それは右翼狩り、左翼狩りに発展していく。そのことを恐れるからです。「いつか日本がたどった道」と同じことになってしまいます。

 森達也さんがルポ『A3』で、講談社ノンフィクション賞を受賞しました。オウム信者の内面を描いたものでしたが、これに対して日本脱カルト協会はオウムの犯罪を結果として肯定することにつながりかねないとして、講談社に抗議したことがあります。
【森達也著「A3」の講談社ノンフィクション賞受賞への抗議】http://www.jscpr.org/activity.htm#20110903

 私は、たいそう驚くとともに、彼ら学者、弁護士たちの知性を疑ってしまいました。
【理事メンバー】http://www.jscpr.org/member.htm

 森さんは、オウム=異質物の排除の風潮を懸念し、異質物の内実=オウム信者の内面を世に知らしめたいとして、A1、A2(これらは映画)シリーズを手がけてきました。
 深刻なのは、オウムを排除するばかりか、オウム信者の内面を知らせようとする作家、そしてその作家の作品を評価する講談社にまで抗議するという異様さにあります。

 こうした傾向は私に対してもそうでした。「統一教会の御用ライター」というレッテルです。

 今の日本社会は、「異質物を排除する心理」が蔓延しつつあります。最近の話題では暴力団員を自動車保険に加入させない動きです。
【ジャーナリスト 柳原三佳さんの記事】http://president.jp/articles/-/11647
 ときおり、暗澹とした気分になります。

 重要なのは、統一教会員への拉致監禁という行為を、「なにかに通底するものがありはしないか」と考える思考にあると考えています。

 みんなさんの投稿
>これって米本さんのコメントですよねぇ。
誰かが語った言葉を引用されているわけではないですよねぇ。
いつもの米本さんとは違うような感じを受けました。

 に挑発され、コメントしましたが、ブログで書こうと思っていたテーマです。いずれ書くつもりですが。

 統一教会員さんは左翼、日本共産党が大嫌いなようですが、左翼が排除されようとしたとき、個々の教会員は拉致監禁と同じように反対するのでしょうか。
 それは愛といった次元のことではなく、良心良識の問題だと思っています。
 とりあえず、みんなさん、拙著の該当ページを読んでください。 

Re:異質物の排除

>統一教会員さんは左翼、日本共産党が大嫌いなようですが、左翼が排除されようとしたとき、個々の教会員は拉致監禁と同じように反対するのでしょうか。

統一教会員は、左翼、日本共産党が嫌いというよりは、自分たちに反対する、非難する者の全てをサタン視する傾向が強いです。

米本さんも以前から指摘されている様に、カルト脳、オセロ脳に深く蝕まれていると言わざるを得ません。

最近、文顕進様が帰ってくるかもしれないという情報がありますが、もしそうなったら、顕進様を口汚く罵っていた行為はいったい何だったのかと虚しさを覚えます。
帰って来る来ないはともかく、この問題一つとってみても、どれくらいの教会員が自分自身の良心良識でこのことを考えてみたのでしょうか?


>それは愛といった次元のことではなく、良心良識の問題だと思っています。

特に、米本さんを批判し敵対視する教会員は、この意味をよく考えてほしいです。

異質物への恐怖

なんだか米本さんの方が統一教会を広い心で見ているようで複雑な思いですが、、、。すごく人道主義的なお方なんですね。
統一教会は世界平和を叫びながら人道主義を忘れた不思議な世界があるから考えさせられます。

異質物への排除の心理ですが、それは自己防衛にあるとも思います。頭では信仰の自由はわかっていても町内にオウムや統一教会の施設が立てば不安でしょう。
病人の方への排除も絶対に感染しない保証がないから避けてしまう。
大学のカープの勧誘禁止も許可した事により、後で親から訴えられる可能性もある。いくら未成年とはいえ、大学まで入って洗脳される子供を育てた親の責任は放っておくのにね。

自己防衛は生存の為の本能的な所もあり完全否定は出来ないのですが、風評被害的な無責任な被害は深刻だと思います。
それを表だって取り上げ研究する事さえ否定するなら、民主国家とは言えないのではないかな。
知ろうとしないで風潮に流されるのもネットで簡単に情報が入る今は罪だとも思いますが、あまりにも情報が錯乱して何を信じればいいかわからない、政府の見解さえ信じられない悲しい時代。

オウムも統一教会も変わった宗教ならまだ存在は許せても社会に害を与えるとなると排除したい気持ちになるのは自然だし、それを当人が非難するのは責任を放棄しているのに権利ばかり主張する事になってしまうと思います。少なくとも宗教法人である以上責任は免れられないので、統一教会は今のままなら法人を返上した方がいいし、返上しないなら責任をもっと感じるべきです。
今まで統一教会に法人を許可した国の甘さが現役でありながら、不思議なほどです。利益共有の政治家のパイプか?

あと統一教会は自分達に反対や都合の悪い存在をサタン扱いして排除するただのカルト脳でなく、そうしながら「真の愛」やら「恩讐を愛せよ」と叫べる極上カルト脳でございます。末端が変わったと思える改革を一日も早く望みます。
今までの流れから見て期間限定の操り人形的な日本のトップが変われるか不安も大きいですけど、嫌韓が蔓延する日本の現状を無視は出来ないでしょう。

北里大学病院の報告書

 裁判ブログに「北里大学病院 血液内科 宮崎浩二」の報告書がアップされました。

http://antihogosettoku.blog111.fc2.com/blog-entry-259.html

 短文ですので、ぜひ目を通してください。
 管理人が青字で解説を加えています。合わせて読めば、報告書の意味をきちんと理解できるはず。

(少しばかり引用)
精査事項である貧血につきましては鉄欠乏性でよいと思います。
鉄欠乏の原因としては、H.pylori便中抗原は陰性でしたので、長期にわたる低栄養とストレスのためか胃粘膜の萎縮、吸収力の低下があるのではないかと思われます。
(引用終わり)

 どこかの反統一さんが後藤さんの痩せた状態を「自作自演」と阿呆なことを書いていましたが、この報告書を読んで少しは考えてみたらどうかと思います。

 なお、あえて2つばかり付言しておきます。考える力を養うのは事実を知ることから始まります。もう一つ、北里病院は統一教会系の病院ではありません。

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