後藤兄の脱会説得は警察沙汰 

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後藤勝訴判決文(3)

 今回紹介するのも、以下の青字のところである。
 無駄な描写を省いたルポルタージュとして読むことができよう。

第3 当裁判所の判断

1 前記前提となる事実に証拠
  「裁判所が採用した証拠」(判決文1)
(1)裁判所が認めた原告,被告から提出された証拠,陳述書の内容
   アイ(判決文2)ウエオカキクケコサシスセスタチツテトナニ

(2)裁判所が採用しない主張
   ア 原告の供述について イ 被告宮村と松永の供述について

2 被告■<後藤徹氏兄>ら並びに被告松永及び被告宮村の原告に対する不法行為の成否について
3 損害賠償についてI
4 被告法人の使用者責任について
5 まとめ

※判決文を読まれると、やたら記号が多いが、ポイントとなるのは括弧がつかないアイウエオ50音表記である。そのため、目立つように大文字にした。

******判決文(原文ママ)**********


 両親は,昭和62年1月頃,荻窪栄光教会を訪ね,森山牧師及び被告宮村に対し,被告後藤兄,原告及び被告後藤妹を統一教会に取られてしまい,苦しんでいる旨を訴えた。

 後藤兄の脱会のときのこと-なんだか監禁と認定しているような

(ア)a 被告後藤兄は,昭和62年当時,統一教会の「ホーム」と呼ばれる施設に生活の本拠を置き,専ら伝道活動や教育活動に従事する生活を始めており,伝道機動隊という組織の副隊長の地位にあった。

b(a) 被告後藤兄は,昭和62年5月頃,亡後藤の父から,亡父宅に呼び出され,当時その信仰において上位の立場にある信者である「アベル」の一人に対し,その日のうちにホームに戻る旨を告げた上,亡後藤父宅へ赴いた。
 なお,被告後藤兄は,亡後藤父宅に赴く前において,統一教会に反対する牧師らに対する対策の講座を受講しており,当該講座において,統一教会に反対する牧師らによって信者が精神病院に入れられて廃人にされることがあるなどと指導され<注解1>,また,統一教会に反対する牧師らの話を聞かないよう指示されていた。

(b) 被告後藤兄は,亡後藤父宅から帰路につこうとしたところ,亡後藤父から,亡後藤父宅の前に予め準備されていたワゴン車の前において,場所を移した上で話合いをすることを求められ,亡後藤父のかけ声とともに亡後藤父以外のその場にいた人々によって,強引に上記ワゴン車に乗せられた。
 被告後藤兄は,上記ワゴン車に乗せられた後,踏切で停車した際に,車窓から外に出ようとして,亡後藤父らともみ合いとなり,何者かが通報したことにより,亡後藤父らと共に八王子警察署において事情聴取を受けるに至った。

(c) 被告後藤兄は,その後,亡後藤父らと共に再度ワゴン車に乗り,亡後藤父が準備していた神戸にあるアパートに向かい,同所に滞在することとなり,その間,両親,尾島及び被告宮村からの説得を受け,統一教会を脱会することを決意した。 <注解2>
 なお,被告後藤兄が上記アパートに滞在している間,被告宮村は,元信者3名と共に,上記アパートに被告後藤兄を訪ね,被告後藤兄に対し,統一教会の教えの矛盾点などについて教示した。
 
 また,被告後藤兄は,脱会を決意するまでの間,1人で上記アパートから出歩くことはなく,また,統一教会の関係者に連絡をとることもなかった。

(イ) 被告後藤兄は,統一教会からの脱会を決意した後,両親と共に大阪に居住していたが,被告宮村の勧めにより,昭和62年6月頃から,荻窪にアパートを借りて1人暮らしを始め,荻窪栄光教会に通って森山牧師の下で聖書の教えを学び,また,水茎会において自らの体験談を語り,家族らから脱会説得を受けている信者を訪ねて話をするようになった。
 また,被告後藤兄は,昭和63年2月,タップに入社した。<注解3> 

オ 後藤徹の京王プラザでの出来事-なんだか監禁と認定しているような

(ア)a 被告後藤兄は,荻窪において生活を始めた後,両親と相談をしながら,当時信者となっていた原告及び被告後藤妹を統一教会から脱会させるための話合いを行うことを計画し,まず,原告との間で話合いを行うための準備を進めた。

b 原告は,昭和62年当時,東京都台東区にある統一教会のホームにおいて生活をしながら,大成建設において勤務をしていた。
 原告及び被告後藤妹は,当時,統一教会の講座等において,家族らから自宅以外の場所において話合いをすることを求められた場合には,話を聞くふりをし,間違いに気付いたという姿勢をみせて偽装脱会を行い,その後戻るように指示されていた。
 また,原告及び被告後藤妹は,上記講座等において,牧師らや家族らが信者に対して拉致・監禁を行っている旨等の話を耳にしており,昭和62年5月頃から突如連絡が取れなくなった被告後藤兄について,拉致・監禁の被害にあったのではないかという心配をしていた。

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宮村先生御用達の京王プラザホテル

 a 亡後藤父は,昭和62年10月,電話で原告を呼び出し,待ち合わせ場所である新宿駅に現れた原告と共に,予め準備してあった京王プラザホテルの客室へと向かった。
 同客室は,2部屋が1つのドアでつながっているタイプのものであった。
 
 なお,信者の中には,原告と同様に京王プラザホテルの上記の客室と同様の客室において,家族や被告宮村から脱会の説得を受けた経験がある者もいる。

 原告が上記客室に到着すると,既に室内には被告後藤兄が原告を待っていた。被告後藤兄は,原告に対し,統一教会を脱会することにした旨を述べるとともに,自身で統一教会のことを調べた結果,とんでもない団体であることが分かったとして,話し合って統一教会の教えや活動のことについて再度考えるよう告げた。
 なお,原告は,上記客室に到着するまでの間に,亡後藤父又は被告後藤兄から,当日以降しばらく上記客室に滞在することになる旨やその後は荻窪にあるアパートに滞在することになる旨等を告げられてはいなかった。

 また,亡後藤父は,原告が上記客室に到着するのに先立って,大成建設の原告の上司に対し,原告をしばらくの間休ませる旨を伝え,その旨の了解を得ていたが,原告は,そのことを知らされていなかった。

 b 原告は,前記aの客室において,亡後藤父から予め依頼を受けていた被告宮村や被告宮村が帯同する元信者らの訪問を受け,被告宮村から,自らが考えるところの統一教会の教えと聖書の教えとの矛盾点や文鮮明に関する話を聞いた。
 原告は,前記aの客室に入ってから数日後,統一教会の教えやその活動に疑問を持つようになったとして,亡後藤父らに対し,統一教会から脱会する旨の意思を表明した。
 しかし,その後も,原告は,上記客室に滞在することを余儀なくされ,程なく,亡後藤父らと共に,上記客室から荻窪にあるマンションの一室へと移動し,約1か月間同所に滞在した

 c 原告は,前記bのマンションに滞在しながら,被告後藤兄の勧めを受け,被告後藤兄や両親に付き添われて荻窪栄光教会の礼拝に参加し,また,森山牧師の元を訪れて話を聞くなどしていたが,昭和62年11月下旬頃のある日曜礼拝の際,後藤の母に対してトイレに行く旨を告げてその場を離れ,そのまま,統一教会のホームへと戻った。

 d 原告が前記cのとおりホームへと戻るまでの間,原告は,常に両親や被告後藤兄が原告と行動を共にしていたため,統一教会の関係者と連絡をとることはもとより,電話を使用することもできなかった。
 また,原告が前記aの客室から前記bのマンションの一室へと移動する際には,両親及び被告後藤兄のほか,元信者の男性も原告に同行した。

 e 原告は,統一教会のホームに戻った後,「鈴木祐司」という偽名を名乗って生活をしていた。原告は,昭和63年頃に被告後藤妹と会った際には,被告後藤妹に対し,前記aからdまでの自らの体験について語るとともに,「宮村さんと話をして,霊人体がぐちゃぐちゃになった。1回は落ちたけど,どうしても確かめたいことがあって,その疑問点を確かめるために統一教会に戻ってきた。」などと述べ,被告後藤妹に対して注意をするよう述べた。


カ  被告宮村の動きと脱会マニュアルの伝授
 
(ア) 昭和63年7月頃,荻窪栄光教会の森山牧師が脳出血を患い,荻窪栄光教会における水茎会の活動は,一時休止の状態となった。被告宮村は,同年10月頃,それまで上記の活動を共にしてきた他の者らとの間で種々の点において意見の相違がみられるようになったことから,荻窪栄光教会における水茎会という上記の活動の場から離れた。<注解4>

(イ)a その後,信者の家族らにより,荻窪栄光教会とは関係を有しない団体として,新たな水茎会が結成された。被告宮村は,それらの家族らから求められ,その新たな水茎会において,統一教会の実情や統一教会の教義について話をするようになった。<注解5>

 被告宮村は,東京都新宿区所在のキリスト教の教会である新宿西教会において催される水茎会の集まりの場荻窪にあるマンションの一室<注解6>において,信者の家族らに対し,その求めに応じて,信者と脱会説得のための話合いをするに際しての助言を行ったり,自らも家族らからの依頼を受けて直接信者に対する脱会説得に当たったりするなどしていた。

 被告宮村は,脱会説得についての助言を行う際,信者の家族らに対し,
 親戚にも事情を話してその協力を仰ぐ必要がある旨,
 親や兄弟,親戚が一致団結しなければ,脱会説得は成功しない旨,
 信者は命がけで信仰をしているのであるから,家族らも命がけで説得に当たる必要がある旨,
 信者に対する脱会説得を行うに当たっては,事前に長期の休みをとることができるよう準備をしておく必要がある旨,<注解7>
 脱会説得は統一教会との接触を遮断した環境下で行うことが必要であり,絶対に信者に統一教会との連絡をとらせてはいけない旨,
 たとえ信者本人が脱会を表明した場合や辛そうにしている場合でも,偽装脱会のおそれがあるから<注解8>信者を退出させる旨の判断については,家族らが,これを独自に行うべきではなく,被告宮村の意見を聞いた上で行う必要がある旨 などを述べていた。

b また,被告宮村は,前記のとおり,水茎会において,信者の家族らの要望に応じて統一教会の話をしたり,説得についての相談に乗ったりしていたほか,そのような家族らに対し,住んでいる場所や信者本人の性格,経歴等に照らして,他の牧師やカウンセラーに相談をすることを勧めることもあった。

c 被告宮村は,平成元年11月頃,当時偽装脱会をした状態で被告宮村による他の信者の説得に同行していたある信者に対し,「荻窪栄光教会から礼拝中に逃げていった馬鹿な男がいる。」,「今度は絶対に落としてやる。」などと述べていた。


キ 後藤妹も強制説得だったような・・・

(ア)a 被告後藤妹は,平成元年3月当時,亡後藤父宅に1人で住み,東京都渋谷区にある婦人服のメーカーに勤めながら,統一教会の活動を行っていた。同月のある日,被告後藤妹が亡後藤父宅に戻ったところ,両親及び被告後藤兄が被告後藤妹を待っていた。
 被告後藤妹は,両親及び被告後藤兄から,被告後藤妹が信者であることについて話合いをしたい旨の申出を受け,前記の統一教会での指示に従い,これに応じることとして,両親及び被告後藤兄と共に,荻窪にあるマンションの一室へと移動した。

b 被告後藤妹は,約3か月間,前記aのマンションにおいて,両親及び被告後藤兄と共に滞在した。
 被告後藤妹は,上記マンションに滞在している間,被告宮村や元信者の訪問を受けた。被告後藤妹は,当初,被告宮村が訪問した際,室内の押入れの中に閉じこもり,被告宮村との対話を行うことを拒んでいたが,やがてこれに応ずるようになり,被告宮村からその考えるところの統一教会の教えと聖書の教えとの矛盾点や文鮮明に関する話などを聞いた。そして,被告後藤妹は,平成元年4年,統一教会から脱会した。

 被告後藤妹は上記マンションに3か月にわたって滞在した間のうち,当初は外出をすることができない状態にあったが,1か月ほど経過して統一教会の教えが誤りであると考えるようになり,脱会を表明し始めた頃から,両親らと共に外出や外食をするようになった。<注解9>
 
また,上記の滞在期間中において,被告後藤妹が統一教会の関係者に対して連絡をとることはなかった。

(イ) 被告後藤妹は,前記マンションを退去した後,両親と共に,亡後藤父の転勤先であった大阪で過ごし,その後,平成3年頃からは,被告後藤兄及び大阪から東京に戻った両親と共に,亡後藤父宅において生活していた。


 後藤兄嫁の脱会説得も・・・

(ア) 被告後藤兄嫁は,平成3年1月当時,信者であったところ,その頃,新潟市内のホテルの一室において,両親との間で,被告後藤兄嫁が信者であることについての話合いを持った。
 被告後藤兄嫁は,上記話合いを行っている間,被告松永の訪問を受けてその話を聞き,また,被告松永の紹介により,被告宮村の訪問を受け,被告宮村からその考えるところの統一教会の教えと聖書の教えとの矛盾点等についての話を聞いた
 そして,被告後藤兄嫁は,統一教会からの脱会を決意し,同年2月,脱会届を書き,これを統一教会に宛てて提出した。
 なお,被告後藤兄嫁は,脱会を表明した後,被告松永から,脱会に至る経緯等について手記を書くよう勧められたことがあったが,これには応じなかった。<注解10>
 被告後藤兄嫁は,上記の脱会届を提出した後の同年3月頃,新津教会において寝泊まりし,被告松永の下で,聖書の勉強を行ったり<注解11>,家族らと話合いを行っている信者の元に出向いて自らの体験を語ったりしていた。<注解12>

(イ)被告後藤兄嫁は,その後,再び上京した。

*******************

<注解1>「信者が精神病院に入れられて廃人にされることがある」。廃人になった事実は、これまで取材した範囲では聞いたことはないが、精神病院に強制入院させられた信者は17人いる。拙著『我らの不快な隣人』の167~168頁を参照のこと。
 17人のうちの1人の体験記は、このブログでアップしている。
【当該記事】「精神病院そして自宅への誘い(上)」 「精神病院そして自宅への誘い(下)」
 
 私が依拠した資料が示す17人は、精神病院を“退院”してから教団本部に訴え出た人の人数のようで、拙著後、広島県で2人の精神病院体験者の存在が新たにわかっている。そのうちの1人は大量の精神薬を投与された結果、現在、不具者になっている。現役信者である。
 この2人はたまたまわかっただけのことで、教団本部が調査すれば(これはないものねだりか)精神病院に強制隔離された人数はもっと増えるだろう。その過程で、廃人になった事例も見つかるかもしれない。 精神病院隔離時代にはいまだ闇が多い。

<注解2>兵庫県中央区青谷ルーテル教会の信者で、フルネームは尾島淳義。神戸真教会の牧師高澤守と二人三脚で強制説得を行っていた。
【関連記事】「高澤牧師の警察への隠ぺい工作」

<注解3>タップは、被告宮村が経営する零細企業である。 タップの社員は宮村が脱会させた元信者が多く、私が宮村に取材した08年2月時点でも「半分は元信者」ということだった。下の写真がタップ。
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 被告側証人の元信者(元社員)によれば、
「彼(宮村)は中小企業にありがちなワンマンな人でした,やること,なすこと強引で,私が朝に腹の調子が悪くてトイレにこもると,おまえの便所のために金は払えないとばかりに,今後一切朝のトイレで用を足すのを禁止しますと全員に命令したほどです,そんな理不尽な話があるかと私か抗議すると,家で用を足してから出社しろと,ふざけたことを言います,こうした些細なことでけんかしましたね」(「被告側証人OB氏の反対尋問ー親が出させてくれないと口を滑らしたOB氏」
 ここだけをみれば、タップはブラック企業そのもの。
 元信者をこきつかったり、元女性信者を情婦にしたり、宮村はとにもかくにもメチャクチャな人物としか表現できない。
 

<注解4>「種々の点において意見の相違がみられるようになった」。具体的なことには言及していないが、宮村の独善性のほかに、女性関係の悪い噂があったからだと思われる。
 最初の水茎会に関わっていた本間テル子(原理運動被害者父母の会会長)がある信者家族に話した言葉である。「宮村さんは、苦悩している信者のお母さんに、本気で子どもを脱会させる覚悟があるのだったら・・・と、関係を迫ったのよ」

【関連記事】東京地裁が証拠として採用した私の陳述書」
 宮村とのやりとりを引用しておく。

(引用はじめ)
――なぜ、こんなことをしつこく聞くのかといえば、あなたが引き受ける条件について興味があるからだ。けっこう高い料金を請求するという話を聞いているし、またある信者家族の母親に「子どもを脱会させたいのだったら」と関係を迫ったという話も聞いているからだ。言っておくが、これは統一教会からの情報ではなく、反統一教会の陣営から聞いた話だ。
宮村「ハハハ。人は勝手にいろんな噂を流している」
――関係を迫ったという話は、「全国原理運動被害者父母の会」の■■■■子さんが話している。
宮村「あの、キチガイババアか。勝手に噂を流しているだけだ」
(引用終り)

 日本基督教団の故川崎牧師は、本間から聞いたのか、宮村の女性問題のことを知っていた。あるとき、彼女から頼まれたことがある。
「浅見(定雄)先生に会われたら、宮村と付き合うのはやめたほうがいいと話しといて」
 宮村の女衒ぶりを話せば長くなるので省略する。

<注解5>前回のブログでも注意を促したが、水茎会には二つあり、裁判で焦点となっているのは1988年10月以降に設立された水茎会である。

<注解6> 西央マンションのこと。宮村らのアジトであるとともに、信者の監禁場所でもあった。場所は荻窪駅から歩いて10分の環状8号線沿い。数年前にアジトを変えた。

<注解7>「事前に長期の休みをとることができるよう準備をしておく必要がある」とされたため、仕事をしていた信者の家族の多くは退職した。次回紹介する判決文で書かれているが、後藤妹も退職している。
 親は50歳前後の人が多いから、再就職は容易ではない。 子どもが脱会したことを喜びながらも、
 <おまえが統一教会に入りさえしなければ、会社を辞めることなんかなかったのに>
 と不満を抱く。
 罪深い指導(脱会マニュアル)である。

<注解8>偽装脱会のことがごく自然に書かれているが、冤罪事件の被害者、宇佐美さんの刑事裁判では偽装脱会のことが、偏頗的判事・福士によってことごとく無視された。忘れることなかれ!
 もし、この判決が先に出ていていれば、福士も無視することはできなかったのにと思うと、残念である。 

<注解9> 被告らは「親子の話し合い」と抗弁するが、1か月間も一方の当事者が「外出をすることができない状態」を、話し合いだったと言えようか。もし脱会を表明しなかったら、妹も兄の徹と同じようになっていたかもしれない。

 なお、一部のトンチンカンな反統一ブロガー(元信者)は、拉致監禁説得のことをことさら「保護説得だった」と言っている。
 被告側の主張を読んでもらいたいのだが、被告たちは弁護士を含め、一度たりとも裁判で保護という言葉を使っていない。なぜなら、法廷で「保護」を主張すれば、判事は保護=拉致監禁と受け止める。だから、「家族の話し合い」と強弁するしかないのだ。
 
<注解10>脱会に至る経緯等について手記を書くよう勧められた 。これは、脱会の意思が本物か偽りかを確かめるリトマス試験である。
 その昔、特高警察は共産党をやめたという党員に「転向文」を書かせた。<やめたというのが本当だったら書けるだろっ>。書くことをしぶったり、躊躇したりすれば、偽装転向とみなされる。あれと同じである。

<注解11>脱会の意思を示すと、キリスト教会での聖書勉強を誘導する。これが「改宗」である。
 日本基督教団の牧師は、福音派のこうしたやり方に批判的である。反統一のシンボル的存在、同教団所属の東北学院大学名誉教授の浅見定雄から「改宗には反対だ」という手紙をもらったことがある。
 なお、被告兄・兄嫁・妹は脱会後、いずれもキリスト教に改宗している。神に何の赦しを請うているのか、聞きたいものである。

<注解12>他の信者の説得に出向くのも、リトマス試験の一つである。明文化されていないようだが、脱会マニュアルには含まれている。
 
【評価と感想】

 <注>を多く書いたため、少々疲れたので、簡単に。
 前回と同じように、脱会マニュアルがまたまた裸にされている。被告宮村&松永、被告代理人たちは青くなったはず。
 裁判には宮村先生のお世話になった脱会者の父兄が見えていた。判決文を読まれ、<私たちのときもこのマニュアル通りだった>と一様に思われたのではないか。
 だが、宮村先生を助けるためには、<私のときには、こんなマニュアルは実行されていなかった。平穏な家族の話し合いであって、それを宮村先生にサポートしてもらっただけだった>と、父兄が東京高裁に虚偽の陳述書を出すしかない(脱会者たちはすでに東京地裁に提出している)。
 被告側の作戦を早く知りたいものだ

 意外だったのは、判決文が被告後藤兄・兄嫁・妹の脱会の過程に言及していることだった。
 本来であれば、原告が提起した今回の損害賠償事件とは関係ないこと。それなのに・・・。
 穿ちすぎるかもしれないが、東京高裁の判事を意識して、兄・兄嫁・妹もこんな過程だったから、原告後藤もと判断するのは当然-ということを暗に伝えたかったのではないかと思われる。

 被告側は当然、この認定に異議を申し立てるだろうが、判決文では「保護」とか「監禁」とか、また私のように「有形力をともなう説得」といった表現を使っていない。それに、ここに書かれている内容は兄・兄嫁・妹の証言をベースにしたもの。原告代理人福本の反対尋問の成果であろう。東京高裁でこの判断部分が覆るとは思えない。

【被告兄の証人尋問】
「被告後藤徹氏の兄の主尋問-この裁判自体が拉致監禁反対キャンペーンだと主張」
「被告後藤徹氏の兄の反対尋問-12年5ヵ月間居続けたのは,原告本人の意思だ!?」

-「判決文(4)」に続く-

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-ご報告-


 前回の記事のコメント欄で報告があったように、在オーストラリアのYoshiさんのブログ「統一教会 拉致監禁 人権侵害 宗教の自由 英語記事の日本語訳」のブログ村でのカテゴリーが元に戻りました。
 村長さんに異議を唱えていただいた読者の方に、心からお礼申し上げます。


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コメント

意義深い事実認定

>偽装脱会のことがごく自然に書かれているが、冤罪事件の被害者、宇佐美さんの刑事裁判では偽装脱会のことが、偏頗的判事・福士によってことごとく無視された。忘れることなかれ!
 もし、この判決が先に出ていていれば、福士も無視することはできなかったのにと思うと、残念である。


 米本さんが指摘された如く、判決文に書かれている内容は被告側の後藤兄・兄嫁・妹の証言をベースにしたもので、訴えた側の一方的な主張ではないという根拠は極めて重要だと思われます。
 これらの判決の要件としての前提の事実がここまで明瞭な言葉で書かれている以上「東京高裁でこの判断部分が覆るとは思えない。」と書かれた米本さんの推測にはほとんどの人が同意できるはずです。

 また、宇佐美さんの刑事裁判で偏頗的な訴訟指揮を行った東京地裁の裁判官であった福士利博判事のことは、たとえ米本さんが忘れてくれと言ったとしても決して忘れることなどできないでしょう。
 司法の現場に無知であった者達に、公的権力にこれだけの矛盾と不正義が実在することを極身近な問題として実感させてくれた判事であり、「司法の闇」を見事に実証した人物でもあります。
 それを、漏らさず読者に伝えてくださった米本さんは、真正のルポライターであり、他者には真似のできない秀逸なプロの仕事をされたと思っております。

 後藤徹さんの民事裁判で相澤哲裁判長がされたような公正な裁判が 宇佐美さんの刑事裁判でなされなかったのは確かに残念としか言いようがないのですが、逆に考えれば、これで、福士利博判事の偏頗性が明らかになったと言えるのではないでしょうか。
 後藤さんの件で伊藤俊行検事が露呈した「検察の闇」と言い、これらの問題は その事件の当事者には「運が悪かった」「蕩減があった」では済まされない“権力が行う不正義”の深刻な人権蹂躙を露にしており、決して許されるべきことではありません。
 このような「司法の闇」「検察の闇」が白日のもとに晒され、正される社会であってこそ、近代的な‘法の支配’が守られた民主主義社会と呼ぶことができ、日本が目指すべき社会であると言えます。

 以前の宇佐美冤罪事件を追及した記事において、米本さんが「上告棄却の仕組み」を説明されたことがありましたが、完全に正義が行われている訳ではない日本の裁判制度については さらに強い問題意識を持つ必要があると思われます。

 しかし、それを統一教会員に望むことは間違いなく「ないものねだり」でしょう。
それは最近発布された「天一国憲法」の問題点を考えれば明白です。
 日本も含め民主主義の発達した近代国家においては「法の支配」が主流であり、悪法も肯定されてしまう「法治主義」は時代遅れとも言えます。
 ましてや王様の言うことが絶対視される「人治主義」を基本的とした「天一国憲法」は時代錯誤も甚だしいものです。
 「真の父母」の絶対権力は何の制限も受けることがなく、最高委員会の委員長や副委員長等を任命するのは「真の父母」であり中枢の人事権を握っていることになります。
それは民主主義とは対極にあり、過去の過ちを繰り返すかのような憲法と言えるでしょう。

 「創造原理」が明らかにしているように、人間とは‘個性真理体’として‘原存在’(神)の一側面を実体化した存在であり、さらに成長期間が存在するため、完全無欠の完成体である人間などは存在しないのです。
 統一原理において理想社会は完成した人間一個体にも例えられていますが、脳の働きは複雑であり、様々な機能の複合体として形成されております。
 脳が充分に機能するためには部分的な機能だけ強化しても役に立たず、人間の脳の構造はそれ程単純ではないのです。

 つまり、一個性真理体に無条件に全ての社会的権限を集中させるというのは危険であり、社会全体が不平等に歪曲する恐れがあり、その弊害は歴史において証明されています。
 北朝鮮の政治的な問題は共産主義思想に原因があるのではなく、世襲政治と言う血統中心の独裁政治に問題があるのです。
 独裁政治は結局階級社会をつくり、共生共栄共義主義社会とは成り得ないのです。
 万人が共通の権利を認められ、選挙などによってその代表と認められた代議士が議会を通して政治を行う代議制による政治権力の形成こそ、より多くの脳細胞が結集した理想に近い権力を生み出せるのであり、政治的な切磋琢磨が可能であることから 絶えず進歩することが可能なのです。
 一個性真理体でしかない特定の人間に絶対権力を与えることは、原理的な理想社会建設方法とは成り得ないのです。

 それは統一教会組織を例にとっても明らかであり、文先生は様々な超宗教的、超民族的活動も展開されましたが、例えば、一国の大統領や首相に最も要求される経済財政の成否に関して見れば、決して良い結果を生み出しておらず、普通に考えれば 経済財政の完全な失敗者です。
 つまり、一人の頭脳、能力では所詮限界があり、多数の英知の結集こそ必要なのです。
それは政治に限らず、全ての社会的営みにおいて必要だと言えるでしょう。
 その人類の英知を結集した共生共栄共義主義社会こそが理想世界であるというのが統一原理の基本的な考えなのです。

 結局、それを実現する大きな壁となっているのは教義における原理的とは言えない血統転換思想を始めとする李氏朝鮮王国由来の朝鮮型儒教思想の影響だと言えるでしょう。
 普遍的真理を徹底的に追究した統一思想を教義の中に含んでいながら、現在のような組織を創り上げることしかできなかったのは、間違いなくそこに原因があると考えられます。
 果たして、この統一教会を根底から蝕んだ病を治療することが可能なのか、その一つの目安は「天一国憲法」を全教会員が何の疑問もなしに受け入れてしまうのかどうかによっても判断できると思います。
 日本ブログ村・統一教会を見る限りではそれに対する批判的な意見も目にしますが、教会員の間のパソコン普及率、並びにインターネット活用率の低さを考えると決して希望は多く持てないでしょう。

 この「天一国憲法」関連のブログ記事に関してもう一言付け加えますと、以下の記事に掲載された写真はいただけません。
http://kitasendo.blog12.fc2.com/blog-entry-1495.html
 第一、韓総裁の表情が「真の愛」離れしており、すぐさま北朝鮮国営放送を連想してしまいます。
 何だか、以前“火の粉を払え”において、以前より韓総裁の顔の相が悪くなったと指摘された記事を思い出してしまいました。
 韓総裁を擁護したいのであれば、こんな「如何にも朝鮮」的な写真を載せるべきではありません。
 少しばかりセンスを疑います。

拉致換金ビジネスモデル

控訴審でも勝てそうにないと思う。
慰謝料に変更は無いだろうが、宮村さんの支払額は増額できるかも知れない。

インパクト

<意外だったのは、判決文が被告後藤兄・兄嫁・妹の脱会の過程に言及していることだった。本来であれば、原告が提起した今回の損害賠償事件とは関係ないこと。それなのに・・・>

そうなんですか。
裁判長にも強烈なインパクトが残ったのでしょうね、きっと。

兄/・強引にワゴン車に乗せられた
  ・車窓から外に出ようとして,亡後藤父らともみ合いとなった
  ・被告宮村からの説得を受けた

妹/・被告宮村が訪問した際,室内の押入れの中に閉じこもり,被告宮村との対話を行うことを拒んでいた
  ・外出をすることができない状態にあった

兄嫁/・被告宮村の訪問を受け、話を聞いて脱会した

被告らはみ~んな、宮村から説得を受けて脱会に至っている。
しかも、無理矢理な話し合いで。
そして、その後は、宮村と一緒に説得する側に。

いくら詭弁を弄して「 平穏な家族の話し合いであって、それを宮村先生にサポートしてもらっただけ」と言われてもねぇ~~~。
信用しようにも、できませんわぁ。

高裁に行って、被告側がこれ以上、取り繕う理屈がまだあるのでしょうかねぇ。

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