今度は脱法行為の勧めだ! 

統一教会考(45)

NEWS速報!!(12月21日記): 世界・統一教会がUCI財団(理事長文顯進氏)を訴えていた裁判で、棄却判決が出ました。日本・統一教会も原告の一人。訴えの内容は、UCI財団の財産は文鮮明氏のものゆえ、財産を返せというものでした。
 文未亡人とその最側近・金孝律(ピーター金)が文家3男の顯進に仕掛けた抗争は敗北に終わりました。どちらの見方をするわけではありませんが、法形式(登記簿)的に財産の所有権はUCIとなっていたわけですから、訴えは端から無理筋でした。

 このあと注目されるのは、ヨイドの大法院判決韓国国税庁の統一グループ調査結果です。ヨイドの裁判は長引いていますが、国税の判断は来年の春になると言われています。

 

 日本統一教会の会長・徳野英治氏が全国の責任者会議で悪徳の勧めを説いたと思ったら、今度は脱法行為の勧めである。

脱法:手段・方法的には法律を犯していないが、実際は法律の禁止事項を犯していること

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 徳野氏は、全国の教区長を集め、12月10日~12日の3日間、熱海のホテル(ニューフジヤ)で会議を開いた。
 
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ホテルの外観と露天風呂 

 12月は献金集めで現場がもっとも忙しい時期。それなのに現場の最高責任者を3日間も拘束する。しかも、いつもの宿泊完備の教会施設ではなく、一泊数千円のホテル。何から何まで異例づくしである。
 12月の献金実績は、目標に対してまだ数%。このため、地区長(教区長の上司)だけは12月11日の朝になって、急遽、現場に戻したほど、経済状況が最悪のときである。
 事情通が話す。
「献金が1年間でもっとも伸びる12月なのに達成率はわずか数%。幹部が青くなり、地区長だけでも帰して現場で檄を飛ばさせようと考えたのだと思います」 
 この檄に呼応したのか、ある教会では婦人部隊による夜の会議が始まった。テーマは言わずと知れた「献金を年内までにどう集めるか」 。「嗚呼、年内一杯、妻は午前様だ」はダンナのつぶやき。2世は・・・?

 そんなに大変な時期だったら、会議は中止して、教区長も現場に戻せばいいのではないかと思うのだが、どういうわけか会議を続行した。

 どんな重要なことが話し合われたのか。「長野方式」(特定商取引法違反を引き起こしかねない方式)を各教区でいかに具体的に詰めていくかの作戦会議だったのか。
 そんな疑問を抱いていたら、11月1日の徳野・悪徳の勧めスピーチを告発した勇気ある教区長が、会議の一端をまたブログ「目安箱」で明らかにしてくれた。
「2020勝利に向けた祈願書活動に対する、清平日本事務局からの内部資料公開(現役教区長さんより)

 全文、引用&コピペする。

(引用はじめ)

 以前投稿したように、もう黙っていられない。

 目安箱管理人(注):以前投稿の記事は、霊感商法を推奨する徳野会長発言「悔しければ長野を超えろ!」
 引用者注:記事は「霊感商法を推奨する徳野会長発言『悔しければ長野を超えろ!』(現役教区長さんより)」

 12月10~12日の熱海での会議においても、反省の色は全く見られなかったので、次の内部資料を公開します。
 祈願書ラインに関する清平日本事務局からの資料です。

 清平と日本教会の関係がハッキリする資料であり、今まで教会ぐるみで法に触れる手法を用いていた証拠です。

18ページの内、一部公開 
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問題となる箇所はわざわざ赤字で書いてあるのでとても分かりやすい。

こんなごまかしが世間に通用すると思っているのですか? 徳野さん!

頭を冷やしてよーく考えれば分かるでしょう?

だって「非常に客観的に鋭く分析するタイプ」だから。

(引用終わり)
【解題と感想】


清平と日本教会の関係

(1) 資料の作成者は「天宙清平修錬苑 日本事務局」となっている。この組織は清平にあるもので、同様の組織として「天宙清平修錬苑 韓国事務局」もあると聞いた。日本海の向こうにある日本事務局が日本・統一教会のどの部署とつながっているのかは不明だが・・まあ本部の復興局や海外協力局あたりではないか。でも、それは実務レベルのこと。
 重要なポイントは、清平が作成した資料が新宋総会長と徳野会長が主催した会議で配られ、会議の議題になったということだ
 教区長が語るように、確かに清平と日本教会の関係がハッキリする資料である。私も蒙を啓かれた。この関係については後日、書く予定だ。情報があれば是非、個人メールに!


金持ちイタコこと、金孝南。文鮮明が彼女の霊能力に見切りをつけ、2000年の初め頃にヨーロッパに人事しようとしたところ、韓鶴子が抵抗し、そのまま清平に。それから荒稼ぎと贅沢三昧、子どもたちは放蕩三昧だ。「真の子女様」たち全員がイタコを嫌うのも当然のことだろう。


(2)投稿者が指摘しているように、問題となる箇所はわざわざ赤字で書いてあるのでとても分かりやすい。

 先祖供養は恐怖心を与え、畏怖状態に陥れ、金銭を収奪する。
 これは、資料にある通り、刑法246条に該当する犯罪行為(詐欺)である。

 しかし、先祖供養そのものが当たり前のことだが詐欺になるわけではない。資料を正確に記せば、「清平の先祖解怨~~」ということである。

 では、これまでどんなトークを使って、金銭を収奪してきたのか。
 (家系図を利用して)
「あなたには、先祖の女性問題の悪影響がたくさんあります。このままではあなたの家系は衰退していくばかりです」
「あなたに先祖は位(たぶん「暗い」の変換ミスだろう)地獄で苦しんで助けを求めており、あなたが先祖を解放してあげなければ、先祖は毎晩あなたの枕元に現れて讒訴する」

 実に正直に書いたものだとつくづく感心するのだが、おそらくこれまでの献金等返還請求の裁判、示談交渉で、被害者が訴えたものを要約したものであろう。

 ただ、この資料だけでは、どのような脱法行為の勧めを説いたのかはわからない。投稿者の説明もない。おそらく、勝利したという「長野方式」に解答があると思われる。新たな情報が求められるところだ。

 警告しておくが、仮に違法行為を免れるようなトークを使ったとしても、献金達成に切羽詰まれば、婦人特殊部隊は、手っとり早く畏怖トークを使うだろう。 嗚呼、アージュ である。


祈願書販売か祈祷料か

(3)祈願書自体に価値をもたせる表現を使用するようになれば、祈願書代金という形になり、「販売」という概念になってしまう

 これは、2つの点で重大な問題をはらむ。
 
 1つは、教義上のことである。
 教義には門外漢なので、事情通(前の人とは違う人)の憤りを紹介しよう。彼は天福函摂理(430万円)に2函も“勝利した”熱心な教会員である。 

「これはおかしいです。今まで教会は、祈願書そのものに価値があると言ってきました。この本にも明言されています」

 紹介してくれたのは、『先祖解怨と祈願書の恩恵』である。

「祈願書には神様の愛がこもっています。神様の愛の光が紙の形をして現れたものなのです。霊的に見ると、祈願書は明るい光を放つ美しい姿をしているのです。祈願書に願い事を書いて奉献すると、神様はその内容を見て役事してくれるのです。祈願書に書いた内容は神様の光に包まれるので、悪霊は見ることができません。それゆえに祈願が悪霊にじゃまされずに神様に届くのです。」(P38~39)

 この冊子は2009年9月18日発行で、編集は「世界基督教統一神霊協会 伝道教育局 」となっている。
 つまりは、祈願書に対する日本の本部の公式見解。この公式見解が、祈願書を「神様の愛の光が紙の形をして現れたもの」としているのである。彼の話は続く。

「公式見解では、祈祷してもらうから価値があるなどとは一言も書いていません。祈願書自体に『神様の愛の光が紙の形をして現れたもの』としての価値があるから、神様へ祈願が直行すると述べているのです。それを信じて、教会員は1枚3万円とか1万円とか5千円とかで購入し、祈願を書いているのです。
 ちなみに妻からせがまれて1万円の祈願書を買って書いたことはありますが、信じてはいませんでした。なぜなら、『神様の愛の光が紙の形をして現れたもの』が祈願書であり、『祈願が悪霊にじゃまされずに神様に届く』というのに、なぜ何種類も値段の違う祈願書があるのか疑問だったからです」

「3万円だったら悪霊に邪魔されないが、5千円だと少し邪魔されるんでしょうかね?それでは公式見解と矛盾します。すなわち、清平が考えた霊感商法であって、清平が先行して霊感商法をやってしまったので、本部の公式見解は後出しジャンケンで、いたしかたなく、こういう公式見解を2009年に発表したということでしょう。
 このように、もともと宗教的意義はなく、販売先行だったので、今回の内部告発資料のように、社会の状況に合わせて意義をコロコロ変えられるんでしょう。さすがの私も、この内部資料には怒るというか正直呆れました」

 祈願書を床の間に飾ってきた食口諸君は、祈願書は無価値となったのだから、ごみ箱に捨てたらどうか。そして、天福函に勝利した教会員のように憤ったら、どうか。


脱税の動かぬ証拠

 もう一つは、俗法が関係することである。

 正直に資料を素直に解釈すれば、また前出の本によれば、これまでは祈願書を販売してきたということである。
 宗教法人が物品(=祈願書)を販売すれば、収益事業として税金を納めなければならない。それに消費税も。公益法人税率は22%の軽減税率(一般法人は30%)。それに消費税も払わなければならない。
 これは俗世(一般社会)の習わしである。
 しかしながら、徳野は引責辞任の記者会見で、「当法人は収益事業は一切行なっていない」と発言した。この嘘つき、腐れ公職者、徳野めが!

 今回明らかにされた資料によってはっきりしたことは、統一教会はこれまで脱税行為を長年にわたって行なってきたということなのである。

 心ある読者は、資料とともにこのブログ記事をもって、国税庁に告発してもらいたい。そんなに大した話ではない。郵送するだけでいい。
 税務署はスポーツ新聞などに目を通し、脱税事件の端緒を探しているのですから。送ってきた人に連絡を取ろうとすることは絶対にありません。国税の守秘義務意識は徹底しています。ヤマギシ会や(旧)コスモメイトが国税の査察を受けましたが、いずれも告発に基づいたものでした。告発者が誰かはわかっていません。


 国税庁は次の文言に飛びつくはず。
「感謝の祈願料とする認識に変換させることによって、合法的なものとして定着させる必要がある」
 これは、税逃れのテクニック以外のなにものでもない。
 国税は、悪質だとして重加算税を課すのはもとより、警察に告発の手続きを取るはず。

 さらに資料は続く。電算システムを導入することによって、祈願書が販売行為ではなく、宗教行為であることをアピールできる材料になるという。 

 読者に質問です。
「天宙清平修錬苑 日本事務局」(おそらく社会オンチの原研OB?)は、一体誰にアピールできると考えたのでしょうか。
 

脱税:課税要件の成立の事実を全部又は一部について故意をもって秘匿し、課税を不法に免れる行為。

実刑の目安と罰金額:捕脱税額が1億円以上で申告率がゼロか著しく低く(捕脱税額が高く)、捕脱の手口も申告納税制度の根幹を破壊するような悪質なものは実刑率が高くなります。また、捕脱税額が3億円以上の場合にも、実刑率が高くなります。その場合、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金(脱税額が上回る場合には脱税相当額以下)に処し、又はこれを併科するとされています。
引用元は、「脱税等の定義・時効・実刑と罰金の目安」


 -若干のコメント-

 祈願書の脱税の場合、悪質だと判断されるでしょうから、徳野さんは当然、懲役刑で刑務所に入ることになるでしょうね。
 仮に罰金刑だけで済んだとしても、国民・納税者の怒りはすさまじいでしょう。
 特定商取引法違反の記事に、統一教会に対して国民は金集めに執着する不気味な団体と感じても、怒りの感情まではわかなかったはず。しかし、こと脱税となるとそうではない。国民・中小企業の多くが真面目に税金を納めているからです。 私もその一人で、真面目に確定申告しているから、今回の件では個人的に腹が立つ。
「宗教法人の宗教活動(献金含む)は無税。税の特典を最大限に受けているにもかかわらず、収益事業まで意図的かつ計画的に脱税するとは!」
 宗教でメシを食っている宗教官僚には、この国民感情は理解できないかもしれませんね。
 私が驚いたのは、ヤマギシ会の脱税事件です。事件は大きく報道され(確か中日新聞は一面トップ)、カリスマ的存在だった責任者は自殺しました。その後、同会は事実上瓦解。それまでヤマギシ会をうさん臭く思う国民はいなかった、むしろ知識人を中心に好意的に思っていた人が多かった。それにも関わらずです。



 それにしてもと、ため息が出てしまう。以上述べてきたような単純なことが熱海会議の面々にはわからないとは!統一教会の大幹部はバカばっかしということなのか。
 いや、バカを通り越して、もはやお笑い統一教会である。
 なぜ?って。
 脱税の決定的な証拠『先祖解怨と祈願書の恩恵』を焚書にする重要なことが議論されていないのである。認識を転換させようが電算システムを導入しようが、この本がある限り、祈願書販売は祈祷料とはならないのである。頭隠して尻隠さず。ハイ、ご苦労さん。


良心に目覚めよ!

 徳野の悪徳勧め発言は直接、法に違反するようなものではなかった。
 しかし、今回の資料は明らかな脱法行為唆しの文言であることは明々白々。
 徳野をはじめとする「天宙清平修錬苑 日本事務局」、ならびに「本部電算局」のメンバーを逮捕してもらいたいと思う。資料を読めば、反社会的団体である暴力団親分らの「脱法行為の唆しマニュアル」とまるで同じではないか。
 ただし、暴力団の親分はこんな資料を残さない。結句(けっく)、統一はどこまでいってもお笑い統一教会なのである。

 最後に個人的な感想である。教団本部からの妨害や弾圧もあるだろうが、教区長には引き続き頑張ってもらいたい。続報も期待している。
 勇気ある教区長さん(62人)たちが活躍し、ヘドロ統一教会が浄化されることになっていけば、それこそ「国民から信頼される宗教団体」(今は昔の徳野発言)に脱皮できる。

 もう統一教会はつぶれたほうがいい。そう考えている人は少なくないと思う。
 だが、読者諸君。考えてもらいたい。後藤徹さんの気持ちを。
 後藤徹さんは、統一教会の信仰を守るために、12年間もの長きにわたって6畳一間の生活を続けてきたのだ。
 その統一が徳野如きの阿呆によって瓦解する。
 そうならないためには、脱法行為をやめさせることだ。そのためにはどうすればいいのか。それは教会員読者が考えることだ。

【関連記事】<11月1日徳野発言「火の粉ブログ」と「内部資料公開」を読んで> 

公益法人・統一教会は脱税をやめろ!祈願書販売代金の税金は納めろ!
 

徳野さん、卑怯なことをしなさんな!


「ブログ-統一村」のブログ「目安箱」が強制移動させられた。その契機となったのは現役教区長の内部告発だと思われる。徳野逮捕につながるほどの重要な投稿文であった。
【参照記事】「とうとう目安箱ブログ様も強制移住!!!」

 これまで文国進氏のコンプライアンス路線によって、本部内に相談室が設けられた。宗教組織としては画期的な試みだった。なにしろ自分たちの手で組織を浄化しようとする試みだからだ。国進氏は相談室に届いた手紙を翻訳させて読んでいた。役に立たないという教会員もいるが、この相談室によって助けられた教会員がいることも事実である。
 しかし、国進氏がパージされるとともに、相談室は有名無実の存在になってしまった。
 代わるようにして登場したのが、目安箱だった。反統一のブログでは決してない。目安箱で指摘された教会の問題点をきちんと受け止め改善していけば、組織は浄化され、よりよい統一教会になることができる。
 私の感覚からすれば、外部監査役的な存在である。教団本部が感謝すべきブログと思っていた。

 しかし、今回の投稿が地域の教会の問題ではなく、直接、本部それも会長の徳野氏を批判するものだっただけに、たまらなくなって、強制移動にしたのだろう。

 徳野、汚いぞ。教団本部は即刻、元に戻すべきだ。



次回は年内最後の「統一教会考」。請うご期待! 

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コメント

外部監査を受け付けない体質

目安箱のような存在を目障りだ。
こう考えていること自体が組織として終わっています。
行く所まで行かないともう駄目なんでしょうね。

目安箱、運営はお一人なので、まれに「これはどうかな」と思うようなこともありますが、よく運営されていると思いますね。
多分、ものすごい精神的な圧力に耐えながら運営されているはずです。
目安箱のような存在が出てこざるをえない背景に思いがいかないとしたら、悲しいですね。

食口や兄弟姉妹という言葉が空々しく感じてしまいます、今更ながら。
  • [2013/12/18 14:18]
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  • [ 編集 ]
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目安箱の強制移動

どこの組織も誰かしらの内部告発により、組織の実態を暴露して膿みを出し切って組織をより良いものにしよう。そう願って、目安箱は、作られたと思います。統一教会ですら、そうしなければならない組織に成り下がったわけですね。アベルは絶対だ。神聖にして犯すべからず。

ここまで来ていたとは…

米本様、記事に感謝します。

「神様の愛の光が紙の形をして現れたものなのです。」

ひえー、バタン、死んだ。
アホらしくて、言葉もでない。

早く滅ぼしたほうが、救える魂が多いかもしれない。

本部よ。恥を知れ! 

私が教会の食口を愛することと、国税局に告発することは矛盾しない。

税金は公金。
脱税は公金を犯すこと。
教会員が最も気をつけなければならないことのはず。
天の御旨うんぬんではなく、全国民を敵にまわすという意味だ!!

もう、弁護の余地はない。

教会返済が止まり、路頭に迷う食口がでてくるかも知れない。
だが、破産しても、脱税による返済で国民から断罪されるより、心は楽なはずだ。

最後に
私でも、許しがたい思いを持っているのに、
教会員でもない米本さんの、後藤徹さんゆえに教会を改心させようとする言葉に、どうお礼を言って良いのか言葉が見つかりません。

感謝します。

探せば必ず道があると教会で教わったけど

結局逮捕は韓国人の大物黒幕にまでは至らないのだろうか。
所詮日本人幹部なんてただの駒。逮捕されてもトカゲの尻尾切り。あいつらにとっては痛くも痒くもない。日本の罪の清算程度に考えてるんじゃないだろうか。
オモニムは幼少からテモニムに信仰を教えられ、お子様を何人も亡くされてまだ同情出来るが美味しい所取りの奴等がいると思う。

法的制裁が難しいならせめて社会的制裁を受けるべき!
韓国の良心的な宗教家は同じ宗教家、韓国人として断罪すべきです。
 清平の日本人解怨マネーだって慰安婦の方々の補償に使われる方がよっぽど具体的な過去の償いや恨みを解く事として有意義です。

あぁ、韓国に良心的な宗教団体はないのだろうか?それか米本さんのような良識的なジャーナリストはいないのかしら?

逃げ道

明日は、朝から本部では対策会議を開くのだろうか。

私も教会員が路頭に迷うのは望まないので一つ悪知恵を考えてみた。

脱税行為は絶対にいけない。
しかし世の中で追徴課税される場合、見解の相違ということはよくあることだ。

何かって?
それは「祈願書には価格はありません」と言い切ることだ。
どこまでも任意で支払われる祈願料だと。

罪を問うなら、物証が必要だろう。
どうせ、領収書などは一枚も発行してないだろうから、会計上の物証はない。

嘘をつくのかって?
幸い食口への霊感商法なのだから、食口が納得して任意で払ったと思ってくれればなんとかなる。(難しいか)

食口を納得させるアイデアが一つある。
任意の祈願料なのだから、今後、清平には紙代程度の献金をして、あとは日本食口の借金返済や、被害者救済に当てると約束することだ。
そうすれば、事を荒立てる食口や元食口もそうはいないだろう。(甘いか)
祈願書を信じている人は、書けばいいし、霊的ご利益も今までどうり実施していただけばいい。

もし、今後も価格を決めた販売があれば、国税局に告発をする。
食口は、きちんと返済や、被害者救済に当てられているかを監視することだ。(会計さん。是非会計報告を)
いかかがでしょうか。

...

米本様、私は悪い人ですね。
脱税幇助の罪に問われるかな。

それに内部への霊感商法の継続というのもひっかかるなぁ…

韓国とは仲良くしよう

田舎の末端の私。
だから、実際わからないことが多い。
けど、献金について私自身も、疑問に思うようなトークを受けた。これはコンプライアンス違反で、反社会的トークでしょと言いたい内容を受けました。
だから、米本さんのこのブログや記事には感謝だし、組織の改革は必要だと思っています。
ただ、韓国人幹部を非難する記事には、ちょっと疑問というか、違和感も感じます。
確かに一部にはそういう人もいるんでしょう。
地区長の事はよくわからないけど、多くの教区長や教会長は韓日家庭。
それなりに献金もされてるし、お金に苦労されているのではないか。
また、その奥様も自叙伝を配ったり、頑張っておられる人もいる。
何も韓国人幹部がどうこうではなく、そういう韓国人も一部いるし、日本人もいるということではないですか?
摂理的にも、安全保障的にも韓国と日本は仲良くすべき国。
確かに、韓国政府の外交は、今、おかしい。
しかし、そういう意味でも日本政府は大人の外交をしている。
ここでも、本当ならいいのですが、あまり一方的に韓国人幹部と言って否定するのはどうかと思って投稿しました。

日本人食口が哀れすぎる

破産は宗教的な内容での破産は認められないから食口が裁判所も認める嘘をつききれるかが問題。
破産が通らず教会の返済も滞ると困る食口は沢山います。

幹部個人も含め韓国本部の蓄えを日本人被害者の返済に当てればいいのだけど、奴等が日本人食口の痛みに真剣に向き合う可能性は極めて低いです。
 日本人統一食口への搾取に対して日本人政治家や宗教家が韓国政府(いや、クネクネおばさんは無理だろうな)や良識派層に訴えなければ駄目だと思うが、韓国人の中には反日意識を持つ人も多く響かないかも。
海外で拉致監禁に対する反対が強いなら宗教内における人権侵害も問題にすべきではないのでしょうか?

本物の宗教は国境を超えるはずなのに、まともなキリスト教も日韓での連携が無いのなら残念です。私が日本で出会ったクリスチャンの韓国人はとても良い方だったのになぁ。キリスト教でも他宗教でも統一教会への良心的な反対運動をされるなら私は応援したいです。

あぁ、何か道はないのかしら?
米本さんに日本食口の悲劇の本を執筆してもらいそれを翻訳して(幸いこちらには語学に長けた方々のネットワークもあるし)日本や韓国、海外にアボニムの自叙伝並みに配りたいわぁ。
出版にはお金が無い為少しですが協力させて頂きます。
このブログも是非翻訳されて海外に発信してほしいです。

とにかく日本食口の苦労を詳しく知ってほしいです!!亨進様も来日されるまでご存知ではなかったようですし、お金が有り余ってしてる訳でなく皆死に物狂いでやってる事が伝われば韓国人食口の意識も変わるでしょうし韓国人の国民の目も厳しくなるかもしれない。
外から見たら騙されるのが馬鹿に見えるでしょうが、自分の徳積みの為でもなく日本や神様や御父母様の為に純粋すぎる食口が一生懸命やっている姿は痛々しすぎます。 

田舎マンさんへ

私が問題にして批判するのは日本にいるまともな韓国人幹部ではありません。

韓国上層部で美味しい汁を吸っている奴等はいると思います。訓母様の財産も米本さんのブログにありましたが凄い額のようですし、前ハゲ宋会長も豪遊されてます。

日本人食口の献金がまともに平和活動に使われていたら現在日本だけでなく世界でどれだけ認められていたでしょうか?

幹部の報酬、財産並びに献金額は公職者ですから公開されて当然です!!
自分達だけ美味しい思いをして末端に苦労を押し付ける宗教に希望や未来はありません。

祈願書=物品?

一緒になって批判すべきなのでしょうが…。

一つ質問があります。

<宗教法人が物品(=祈願書)を販売すれば、収益事業として税金を納めなければならない。それに消費税も。公益法人税率は22%の軽減税率(一般法人は30%)。それに消費税も払わなければならない>

祈願書=物品、ということですが、神社のお守りと祈願書は同じものとしては考えられないのでしょうか。

国税庁のホームページには、以下のように書かれています。
「お守り、お札、おみくじ等の販売のように、その売価と仕入原価との関係からみて、その差額が通常の物品販売業における売買利潤ではなく、実質的な喜捨金と認められるような場合のその物品の頒布は、収益事業には該当しません」

お守りは喜捨金として収益事業には該当しない、となっています。
祈願書は、ゆくゆく焼却(お焚き上げ)するものなので、喜捨金としか思えないのですが…。

ちなみに、私は祈願書に対する信仰は持ち合わせておりません。もちろん、買うこともありません。

Re: 逃げ道

プームチャイさん
>罪を問うなら、物証が必要だろう。
どうせ、領収書などは一枚も発行してないだろうから、会計上の物証はない。

 なるほどと言いたいところですが、これまでの献金等返還請求には「祈願書」も含まれています。それに支払った代金も明記されています。
 教団が「その代金は原告が任意で支払ったもの」と反論していれば別ですが、どうなんでしょうかねえ。

 私はとある教会に、献金等返還請求をしたことがあります。祈願書代金の返還(確か5000円を5枚)も求めました。
 とある教会は、それも認め、“満額回答”をしてくれました。

 国税が調べようと思えば、祈願書に定価があることぐらいすぐにわかりますよ。
 もうちょっと、悪知恵を(苦笑)。

Re: 祈願書=物品?

みんなさんの祈願書=喜捨金説に、ちょっと考えさせられました。

 しかし、ここでこの説を検討してみてもあまり意味はないと思います。なぜなら、みんなさんは祈願書を買ったことがないし、ぼくも現物を見たことはありませんから。

 重要なのは、総会長、会長以下の幹部が従来の祈願書の販売の仕方だと税金を納めなければならないと認識していることです。
 そして、それではまずいので、祈願料にしようと脱税隠蔽工作をしたことです。

 みんなさんの考え方を生かすとすれば、教団がこれまでの祈願書販売代金にのかかった税金を納めること。そして、「今後は祈願料にするがこれは収益事業になるのか」と税務署に相談することです。
 これが全うなやり方です。

 本文でコスモメイトの脱税事件のことを書きました。コスモメイト側に立って弁明するのですが、彼らは事前に荻窪警察署に税務相談を行い、税金がかからないというお墨付きをもらいました。
 ところが、その後、マルサが査察に入りました。
 コスモメイトは、敢然と抗議しました。
 確か裁判になり、少額の税金を納めて終わったはずです。


 拉致監禁に反対するみんなさんに言いたいのは、教団側を擁護するのではなく、拉致監禁につながるような問題行為をなくしていくという視点に立って、物事を考えるようにしてもらいたいということです。

 後藤さんが12年間、孤独に耐えたのは、脱税をやっているような宗教のためでは断じてありません。

税務署の見解?

販売か献金かというのは、今までの統一教会が行ってきた集金手法のほとんどの部分に関わる問題です。

霊感商法ができなくなってから(1990年代ごろ)、たくさんの宗教グッズが生み出されては消えていきました。実際のところ信者の多くは、決められた金額を献金するとそれが頂けるという認識だったと思いますが、本部の見解はそうではなく、献金をたくさんしていただいたので記念品としていろいろなグッズを差し上げているというものです。

献金がらみの裁判でも、基本的にはその主張が通っていたと思います。
今回は祈願書が問題になっていますが、それが本当に問題になるのなら、今までのグッズの全てに関わってくるように思います。

単に税務署の怠慢なのかもしれませんが、販売行為なのか宗教行為なのかという線引きは案外難しいのかもしれません。

個人的には、何かを頂く為とか、ご利益優先になってしまっている統一教会の献金は、なにかエサで釣っているようで、そこから抜け出せない信仰教育は如何なものかと思っています。
結局、手っ取り早く献金を生み出せる手段に頼らざる得ないのが、現状ということでしょう。

裏切り行為

もし、統一教会がつぶれることになったなら。

12年間の監禁に耐えてきた後藤さんも1番の犠牲者ですが、純粋に頑張っている二世や、青春だけではなく、生涯を捧げてきた多くの食口が犠牲者になってしまいます。

そんな事態を想像すると心が痛みます。
私の様に心がすれた信者はどうでもいいですが、純粋に信じて頑張ってる信者を裏切るようなことはしてほしくない。

本当に!

販売か寄附か

参考になるブログがありました。税理士が書いたものです。

NPO会計道
収益事業と対価性 [2006年12月13日(Wed)]
http://blog.canpan.info/waki/archive/40

みんなさんが引用した国税庁の見解も掲載されていました。しかし、お守り、お札、おみくじなどが販売ではないという考えには問題があると書いています。

 つまり、お札やおみくじなど、原価がただに近いものであるのだから、支払う人は、おみくじに対する対価としての支払いではなく、寄附であると考えるということです。
 ただ、これは微妙ですよね。ブランド品なども原価よりもどう見ても高い金額で売られている場合もあり、これが寄附だということはないわけですよね。


つまり、売価と仕入原価だけでは決められないということです。そのため、最近では、その行為に「対価性」があれば販売であり、「対価性」がなければ寄附だということになっているようです。

「対価性」の有無を判断する要件としては、宗教法人が行うペット葬祭業が販売か寄附かで争われた裁判の判決が、基準になっているようです。

判決では、宗教法人が行うペット葬祭業は販売とされました。その判断基準は下記のとおり。

①ホームページに料金表が掲載されている
②依頼者のほとんどが「料金表」ないし「供養料」として掲示された金員を支払っていると推測されている

筆者のコメント
 チャリティコンサートなどのコンサート料も対価性があるかどうかが問題になりますが、この辺が判断基準となるとなるように思います。
 料金など設定せずに、コンサート代金はお気持ちでいくら支払っても良いという形にすれば寄附と主張できそうです。チケットに代金などが印刷されており、コンサートに来る人はその代金を全員支払っているということですと、対価性がないという主張はできないと思われます。


この基準によれば、祈願書は明確に料金が決まっていますから、やはり販売と認定される確率が高いのではないでしょうか? それだけではなく、天福函や新天聖経などもすべて料金が決まっていますから(任意の額を献金しても、もらえない)、やはり販売と認定されそうです。

ちなみに、宗教法人が行うペット葬祭が販売だと認定された裁判は下記でした。

最高裁も宗教法人が行うペット葬祭業を収益事業と判断
http://www.tabisland.ne.jp/news/news1.nsf/2a03c8904e6f853f492564990021bb43/34ae260a89ac00c7492574d400083f6a?OpenDocument

2008年9月12日、最高裁の判決なので、新しい見解ですね。大丈夫か、統一教会?

今度は脱法行為の勧めだ

祈願書は価格が明確に決まって売られているものだから物品販売だね。

天福函も430と明確に決まっているので販売。

新天聖経なども明確に決まっているので販売だね。

弟子がいつでも正しい何て事は無い。

再臨主は完全でも弟子は不完全だから。

文氏の婚外子サムエルと母親のインタビュー

火の粉ブログ、衝撃的な内容の記事が続いていますね。
関係者(または周辺)の方々は各様の強い刺激を受けておられることだろうと思います。


記事には直接関係なく、どうしようかと迷ったのですが、アメリカのマザージョーンズ誌に載った統一教会に関する長文記事を訳したのでご紹介します(1週間ほどの期間限定にします)
http://www.geocities.jp/yyjapanjp/pak.html
記者が文氏の婚外子サム・パークとその母アニー・崔に会ってインタビューし、調査した内容が詳しく書かれています。
一般的に言って、自分が人生をかけて関係する(した)組織について知ることは自己分析にもなる重要なことだと思います。何をいつ知るかは各自の自由意思でいろいろでしょうが、日本の教会員も知る権利はあると思います。
http://www.geocities.jp/yyjapanjp/pak.html

米本さん、もし不適切でしたらすみません、削除お願いします。

Re: 文氏の婚外子サムエルと母親のインタビュー

暗在さん、情報ありがとうございました。

 この種のテーマの記事は書いたことがないので、ふさわしいコメント欄がなく、このブログ記事での投稿はしかたないことだと思います。よって、気になさらずに。

>何をいつ知るかは各自の自由意思でいろいろでしょうが、日本の教会員も知る権利はあると思います。

 まさにその通りです!

 もう少し経てば、紹介された記事をブログで書くつもりです。そのときにはご協力のほど、よろしくお願いいたします。ペコリ
 ただし、様々な動きがあって、かなり先になるかもです。でも、情勢の変化によって左右されることのないテーマだと思っています。

Re: 税務署の見解?

悩める信者さん
>霊感商法ができなくなってから(1990年代ごろ)、たくさんの宗教グッズが生み出されては消えていきました。実際のところ信者の多くは、決められた金額を献金するとそれが頂けるという認識だったと思いますが、本部の見解はそうではなく、献金をたくさんしていただいたので記念品としていろいろなグッズを差し上げているというものです。

>献金がらみの裁判でも、基本的にはその主張が通っていたと思います。

 ぼくの知り得た情報によれば、原告の訴えに教団は「献金をたくさんしていただいたので記念品としていろいろなグッズを差し上げている」と主張しましたが、全く認められてきませんでした。

 献金等返還請求には、実に長きにわたって教団に支払ってきた「献金等」の品目・項目があげられています。その中には喜んで献金等をした事例もあれば、畏怖状態で献金等をした場合(これはおしなべて最後の頃)があります。

 それを裁判所はすべて一括して「害悪の告知」として、判決を下してきました。

 しかし、ここ数年、裁判所は「具体的な害悪の告知」を重視するようになりました。

 つまり、これは喜んで献金等をした(K勝利の拍手に酔いしれた)、これは畏怖困惑させられて献金等をした。といった具合に個別具体的に判断するようになりました。

 したがって、ごく最近の実例は知りませんが、悩める信者さんの先の指摘は失当ではないでしょうか。

 もう1つ。

>今回は祈願書が問題になっていますが、それが本当に問題になるのなら、今までのグッズの全てに関わってくるように思います。

>単に税務署の怠慢なのかもしれませんが、販売行為なのか宗教行為なのかという線引きは案外難しいのかもしれません。

 ならば、熱海での会議のテーマにする必要はなかったと思います。
<祈願書販売ではなく祈祷料だ。認識を転換しなければ>と意志統一をはかる必要はなかったはず。

 いずれにしても、来年の春には決着がつくと思います。新聞記事に載るかどうかはわかりませんが。

 ちなみに、私のところに相談してくる食口には、一時的であろうが自主的に献金等をしたものは返還請求すべきではないと話しています。このことは、故宿谷麻子さんの事例をもとに、書きたいと思っています。

韓国文化を知るべき

 桜子さんと田舎モンさんが書いていらっしゃったことに関係することです。

 お二人の意見はまるで違うのだけど、共通しているのは「韓国の文化」を知らないことです。(偉そうにいうけどまだ勉強中)

 半端な知識で申し訳ないけど、韓国は儒教の国。李氏朝鮮王朝時代の文化にいまだ影響されている国だということです。いい悪いは関係ない。

 儒教は家族、一族を尊ぶのを最優先する。本来の儒教とはそんなもんではないと呉智英さんに叱られるかもしれませんが、でも韓国の時代劇を見ればそのように描かれています。このドラマのストーリーはフィクションが多々あるらしいけど、時代考証はあっているとか。

 これに対して、日本は儒教の影響も受けているけど、家族や一族郎党の利益を超えた「公」とか「社会」とかの規範を重んじています。日本がなぜそのようになったのは、勉強不足でわからずです。

 韓国人は家族や一族を公を差し置いてきわめて大事にする。典型的なのは、韓国の大統領の兄弟姉妹など一族がほぼ例外なく、一族から輩出された大統領の権威・権限を利用して、私服を肥やす(この表現は日本的。韓国人とっては一族の発展)。
 左傾、右傾がかったといった思想的なことは全く関係ありません。(個人的にはややショックではありましたが)

 統一教会を信仰する韓国人とて、同じなのです。

 とある韓国人大幹部は、とてもいい人で、中抜きなんかしていません。でも、彼は周囲から一族の発展を考えていないと批判されています。
 その意味では、私が批判してきた中抜き総会長である宋氏のほうが韓国社会では評価が高いのです。

 韓国人幹部は悪い人(これは日本人的感覚の評価)、韓国人幹部の中にもいい人がいる(これも日本人的感覚の評価)という見方は、すべて同根なのです。

 もう少し勉強したら、ブログで書くつもりです。ペコリ

Re2: 税務署の見解?

米本さん

確かに、米本さんのコメントされた通りです。

献金が収益事業として課税の対象になるか、ならないかという観点についてコメントしたつもりでしたが、言葉足らずでした。

言い換えれば、宗教グッズを伴った統一教会への献金が収益事業であると裁判所が指摘したということは聞いたことがないということなのですが、考えてみれば、そもそもその部分が争点になっていなけば、裁判所が判断する必要がないだけなのかもしれませんね。

なぜ熱海会議でのテーマになったかということは、グレーゾーンにある祈願書の扱いを問題のない形で存続させようとしてのことかなとも思っています。

韓国人考

米本さんのご指摘通り韓国人幹部の方にも一般の韓国人にも素晴らしい方はおられるし、基本的には人間の善し悪しは人種に関係ない事は同意します。特に韓国人は日本人より宗教性はあるので日本人より立派な方々も多い事は知っていますしそういう方にお会いした事もあります。
ただやはり韓国人幹部の公金横領の方が日本人より凄まじいと思います。
何故なら上層部の位置に占める比率が大きいからです。
 だから考えてみると私が問題にしているのはアベルとしての責任の方かもしれません。大体の指示は韓国人幹部から来ますし、日本人でそれに反抗できる幹部なんてそんなにいないと思います。それに徳野さんにしろ前会長方々にしろ韓国人幹部並みに贅沢している印象が無いのは私が知らないだけでしょうか?皆無だとは勿論思っていませんよ。
こちらで金孝南マネーを読ませてもらい驚きました。あと前宋ハゲ会長とかね。(頭を気にされていてこの表現に気を悪くされた方がおられたらすみません。私はお坊さんのような清々しい頭は好きなんですよ。あとちょっと薄くてもキャラによっては可愛いです。ただ前会長の場合強欲さによるギラギラのテカりが半端ないんですよ。)

横道にかなりそれましたが…。
米本さんの御主張通り儒教の影響は否定できませんが、でもそれ以上に統一原理を学んだわけでそこには公的に生きるべきで私的な動機は悪であると教えられています。
 でも私もそれを知りながらそう出来ていないので規模が違うだけで彼らと同じである事は認めます。
 だから結論として原理以上に個人的にも民族的にも染み付いた罪(一口原理講座:これを統一教会では「堕落性」と言います。)は大きいという事でしょう。

あと問題にしてるのは幹部が実力主義でなく人種的に優遇されている事ですが、これは公用語として韓国語が使われているから日本人には限界があり二世時代には変わると思います。それと父の国という位置にありますが父で夫ならもう少し妻や子供を大事にしろと蹴飛ばしたくもなりますが(あー、どうしても出てしまうS体質)、韓国人一般でも暴力を振るったり傲慢で威厳にだけ固執する韓国人男性は多いようだし民族的背景は大きいでしょう。
それと染み付いた反日感情は凄いものだと思います。

韓国人幹部で日本人が物品や先祖崇拝、韓国への必要以上の贖罪感、群れ主義に弱い所を見透して操っている狡猾さは感心さえします。
 でも原理は狡猾さでなく真の愛で人を主管すべきと説かれているし、例え聖句にあるような蛇のような狡猾なやり方を使うなら正しい事に使ってほしいもんですがね。

とにかく米本さんのご意見は違った角度から韓国人を見るにあたり参考になりました。
ありがとうございますm(__)m 

ニュース速報!

 ニュース速報を記事の冒頭に加筆しました。ご一読を。

桜子さん。お返事ありがとうございます。

桜子さんの、おっしゃる韓国人幹部っていうのは、日本にいる韓国人ではないということ、わかりました。
海の向こうの、韓国人幹部の件、
少なくとも、一生懸命献金したり、献金を集めてる食口は知らないか、聞いても信じてないかですね。
そういう私もよくわからないけど、情報に対してはアンテナ張っておこうと思います。
伝道や摂理に対して、方法論上、パラダイムシフトが必要だと私は思っています。

統一教会再生の可能性

 >もう統一教会はつぶれたほうがいい。そう考えている人は少なくないと思う。
 だが、読者諸君。考えてもらいたい。後藤徹さんの気持ちを。
 後藤徹さんは、統一教会の信仰を守るために、12年間もの長きにわたって6畳一間の生活を続けてきたのだ。
 その統一が徳野如きの阿呆によって瓦解する。
 そうならないためには、脱法行為をやめさせることだ。そのためにはどうすればいいのか。それは教会員読者が考えることだ。


 米本さんが最も懸念される脱法問題には、統一教会信仰の複雑な背景が絡み合っており、一般の良識ある人々が出せるような答えを教会員である者が簡単に導き出せるとは思えません。
 客観的に考えて統一教会の経済活動に違法性があるのは明らかで、今回のように内部告発の投稿がネットに流されるに及んでは公安警察や国税局がその問題を追及してくるのは必至で、日本統一教会が社会的制裁を受けるようになるのは時間の問題でしょう。
しかしその問題が単純でないのは 統一教会の脱法行為が摘発されて徳野会長が逮捕され、統一教会が社会から犯罪集団として非難されるようになったとしても瓦解するまでに至らない可能性が高いからなのです。

 何故ならば、現在の主流をなす統一教会員の信仰においては祝福を受けていない非教会員の人々や一般社会そのものを堕落世界に属するものと思っており、統一教会ブログ村でもよく使う言葉‘サタン側’に属する社会と見なす為、その社会から断罪されたとしても資金調達の手段として上手ではなかったと思うぐらいで、韓国に送金して「天の摂理」を進めようとする経済活動やその目的自体が間違っていたと思うようにはならないのです。

 つまり、徳野会長が逮捕され、宗教法人の認可が取り消されたとしても、活動は制限されるようにはなるものの、熱心な統一教会員の信仰に大きな変化は起こり辛いのです。
 そこに(カルト的)宗教の危険性と問題点があり、その反社会的要素が改善されない限り新手の脱法行為が次々に生まれてくるのは間違いありません。

 しかし、日本統一教会が主導する脱法行為の根本原因は韓国教会中枢部による巨額の資金調達の要求であり、さらに追求すれば 米本さんご指摘の如く韓総裁やその資金によって潤う韓国人幹部達であり、日本の会長等はその命令に応える為、実績第一主義で否応なく脱法行為に手を染めているのが現状なのです。

 従って、その違法行為を生み出す圧力構造(韓総裁、韓国人幹部→日本統一教会幹部→一般教会員)そのものを崩さない限り脱法行為を根絶することは不可能なのですが、一番厄介なのは その構造が統一教会の教義と密接に関係しており、それを改善しようと思えば教義に対する考え方そのものを変えていかざるを得なくなることなのです。

 しかし現在の主流をなす統一教会員の信仰を追及すると、文先生や韓総裁を「真の父母」として神格化することが大前提となっており、その「天の願い」は現実世界の法律や常識に勝る強制力をもつことになります。
 従って「天の願い」が異常な方向に発展すれば、違法行為が行われるのは必然とも言えるのです。
 そして、その「天の願い」である「世界摂理(の為の資金調達)はあたり前」なのですから、統一教会員が「たとえ天の願いに応えられなくなったとしても、宗教法人格を守るべきだ。」と考えられるようになる為には、統一教会の主流の信仰から離れざるを得ないのです。

 後藤徹さんが12年間にも及ぶ監禁、強制改宗説得に耐えて守ってきた“統一教会の信仰”は私も充分理解することができます。
 統一原理、統一思想によってしか得ることができなかった宗教的直感は極めて大きな恩恵を人生にもたらし、大きな幸福感を抱くことができたのは事実であり、その直感を否定することはできません。
 その本質を突き詰めれば“神の在”と“神からのメッセージ”という悟性認識に行き着くようになり、それは精神を覚醒するほどの内容を備えた認識なのです。

 しかし、統一教会が引き起こす社会問題を内部から解決することを困難にさせる要素はその統一原理、統一思想の中にあるのではなく、神格化された「真の父母」によって絶対服従を要求される「天の願い」に反してはならないという人間信仰そのものにあるのです。

 その「天の願い」は世界共産主義運動が台頭していた冷戦時代にあって その左翼勢力との闘いが社会活動の中心であった時代には納得できるものが多かったのです。
 しかし、ソ連崩壊による冷戦構造の終結後、統一原理の歴史観からすればサタン側の最終的国家形態として創り出された共産主義国家(勿論、純粋な共産主義ではありません)に勝利した神側の自由主義圏の中心的宗教団体として台頭せねばならないのが統一教会だったはずなのですが、現実は違っていました。

 その冷戦終結後の歴史は統一原理の歴史観とは合致しない展開となり、却って統一教会は反共という政治的活動以外、何の政治的実践力も持ち合わせてないという現実が露となってしまったのです。

 そのような現実に遭遇する中、文先生は国連を二院制とする改革案を提唱し、1999年に国連の‘上院’となる‘超宗教議会’設置を目指した「世界平和超宗教超国家連合」を創設し、2005年には国連の下院作りのために「天宙平和連合」を創設したのです。
 それらが『勝共理論による冷戦勝利→頭翼思想の世界的な拡大』という戦略に変わる文先生が考える統一世界実現のための具体的な構想だったのです。

 もし、その構想の概要のみを捉えるならば、それはまさしく世界が宗教の壁を越えて統一されるという理想世界の実現に直結する最良の方法であるとも考えられます。
 ただ問題なのは、教祖を神格化し、その一言一句を絶対化するのが一般的宗教の特徴であり、その宗教組織の頂点に立つ代表者達がその己の宗教の絶対性をどこまで軟化させることができるのかという課題が残っていることだったのです。

 しかし、統一原理の基本となる「四位基台」の発想に基づくならば全ての人間は「個性真理体」として永遠の価値を持つということにおいて平等であり、人間を神格化する発想が生まれてくることはなく、統一思想に基づけばそれが可能だったのです。
 原理講論においても、メシアとされたイエス様でもその本来の価値は他の人間と同じであることが書かれており、人間が完成したならば誰でも永遠不変の価値を持つようになると説明されています。
 つまり、統一原理の創造原理的観点に立てば、そのような「世界平和超宗教超国家連合」の推進は可能だったのです。

 しかし、そのように全ての宗教指導者に各宗教の教義を超えて平和連合を結成しようと提案し、主導する人物が自己を絶対化し、人々に自身の神格化を要求するような人物だったとしたらどうなってしまうのでしょうか。
 それは言うまでもなく「世界平和超宗教超国家連合」など実現不可能なのです。

 文先生は2006年に「世界平和のための宗教指導者120人巡回講演会」を世界各国で開催され「神様の理想世界と平和理想世界王国」と題してご自分の宗教思想をメッセージとして語られています。
 その中で一番強調された内容は「真の父母の血統の重要性」と「祝福結婚によって血統転換することが平和理想世界を実現する究極的方法である」ということで、特に一般人からすれば容易には受け入れ難い内容でした。

 そのメッセージの中核にあるのは血統万能主義ともとれる思想で、それらの講演会において語られた「神様の血統の中には、真の愛の種が入っていて、真の生命の体が生きています。したがって、この血統と連結されれば、神様が理想とされた理想人間、すなわち人格完成も可能であり、理想家庭も生まれるのであり、さらには神様の祖国、理想国家も出現するのです。」という説話の中にその思想が凝縮されています。
 その「神の血統」というのは「真の父母」であるご自分の血統を意味している訳なのですが、それは必ずしも統一原理や統一思想で示された人間観と一致するものとは言えないのです。

 原理講論に書かれた「サタンの血統」という概念が論理的に飛躍しており、他の箇所と矛盾していることの説明は前に投稿したことがあるのですが、それは当然非科学的な理論であり、原理講論の不完全な部分なのです。
 また「神の血統」という概念も統一思想の人間観と乖離しており、そもそも被造物である人間の血統に創造主である神が原因となっていないものがあるはずがなく、神の(原理に基づいた)血統以外の血統が存在するはずもないのです。
 霊的被造物である天使長の血統など存在するはずもなく、人間の血統に「神の」とか「サタンの」という属性を与えること自体がナンセンスなのです。

 文先生のメッセージを読む限り、その「血統」という言葉は「心情」や文化を比喩したものでないことは明らかであり、原理講論の根本思想と文先生の思想が別物であることをその血統転換思想は物語っているのです。
 さらに悪いことには、その「真の父母」による「神の血統」に理想人間や理想家庭とは明らかに異なる実態が多く存在するという現実は「神の血統」論や血統転換理論が全く意味をなさないことを完全に証明してしまったのです。

 以上の統一運動の足跡を考察すれば、文先生が推進された「血統転換」による平和理想世界王国の実現が不可能なことぐらいは誰でも察知することができ、韓総裁や側近達も馬鹿でない限りその限界に気付くはずなのです。
 普通に考えてしまうと、その限界を察知した後継者や側近が選択するのは自己防衛、組織防衛の道であり、「清平の摂理」がまさしくその要になったと考えられるのです。

 しかし、組織として今までの文先生の血統転換思想や運動方針を完全に否定することなどは不可能であり、「真の父母」を神格化している以上、過去の文先生の御言葉が間違いだったなどと言葉に出せるはずがないのです。
 その結果として、統一教会の公職者の口に溢れるのは“実現先送り”の理屈ばかりであり、三代かけての家庭完成であるとか、「2020ビジョン」「2030のためのブランディング」などと曖昧な言葉で教義や「摂理」に矛盾があることを隠す理屈を探しては誤魔化し、自己防衛に必至なのです。

 米本さんが言われるように、後藤徹さんの気持ちを台無しにしない為には、脱法行為をやめさせねばならないのは当然ですが、その為には日本統一教会員が間違った教義に対する盲信状態から脱する必要があります。
 しかし、それは至難の業と言わねばなりません。

 私の妄想として頭に浮かぶ統一教会再生の道とは、次のようにしか考えられません。
 即ち、顕進氏が全統一教会員、特に日本統一教会員に宣言するのです。

・今までの摂理が実を結ばなかったのは血統転換思想に拘ったことが大きな原因だったと認めること。そして統一原理の原点に立ち返ること。

・公益法人としてのコンプライアンスを宣言し、強制的な資金調達や献金の強要は一切行わないと約束すること。

・統一思想に基づき宗教の壁を越えた世界的宗教和合の運動を最優先して推進して行くこと。

 もし、このように顕進氏が全日本統一教会員に宣言したならば、統一教会員の多くは顕進氏のもとに集い、元信者でさえ統一教会の誕生は間違っていなかったと思い直し、統一教会の運動がまさしく神の摂理として発展するのではないかと思うのですが‥‥。

Re.統一教会再生の可能性

神々の黄昏氏と顕進様支持者の方々の信仰観、アメリカでも良識ある食口が御父母様の神格化に問題ありとおっしゃっている考え方について整理が付きすっきりしました。
  • [2013/12/22 23:36]
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神々の黄昏様

神々の黄昏様が言われた         >何故ならば、現在の主流をなす統一教会の信仰においては祝福を受けていない非教会員や一般社会そのものを堕落世界に属するものと思っており、統一教会ブログ村でもよく使うことば サタン側 に属する社会と見なす為、その社会から断罪されたとしても資金調達の手段として上手でなかったと思うぐらいで、韓国に送金して「天の摂理」を進めようとする経済活動やその目的自体が間違っていたと思うようにはならないのです。とありますが、このことが 「地の事情よりも天の事情」「人情よりも天情」「神様が動機となれば許される」と言う統一教会の独特の解釈がでてきて社会との摩擦ができます。非原理(一般社会)と分けてバリやを張るのも統一教会の特徴であります。また、日本にばかり献金が集中することも異常であります
今はどうか知りませんが、アダム国家韓国・エバ国家日本・天使長国家アメリカ 摂理の中心国家であります。日本ばかりに負担を強いないで、韓国・アメリカにも献金の割り当てをすれば日本の負担も楽になるのでしょうが・・・難しいことはわかりませんが、お前の見方は人間的見地からの見方だ。原理的神側からみるとどったらこうたらと屁理屈になるのが統一教会ですから。徳野会長が法令順守をせっかく打ち出しコンプライアンスを立ち上げたのに残念な気がします。

早く決着をつけましょう!

~神々の黄昏さんの統一教会再生の可能性~

>>今までの摂理が実を結ばなかったのは血統転換思想に拘ったことが大きな原因だったと認めること。そして統一原理の原点に立ち返ること<<

 >>もし、このように顕進氏が全日本統一教会員に宣言したならば、統一教会員の多くは顕進氏のもとに集い、元信者でさえ統一教会の誕生は間違っていなかったと思い直し、統一教会の運動がまさしく神の摂理として発展するのではないかと思うのですが‥<<

こんにちは、神々の黄昏さんは、とても頭の良い方だと思いました。神々の黄昏さんが仰っている教会の過去の摂理の内容に対する見方は私も、ほぼ同じです。

ただ、違う点は最後(上記)の文章です!

・・・血統転換が再臨主の全てであり、血統転換とは何ぞや?血統転換は何を持って成されるのか?血統転換が完全に成されるにはどうしたら?又どの位の期間がかかるのか?・・・・

要は再臨メシアによって霊肉ともの原罪清算が成されなければ、統一思想や統一原理は理想(絵に描いた餅)で終わると私は思っているのです。

顕進様はもう既に信用がありません!そう言う事宣言しても、おそらく人は来ないでしょう!(教会員は素晴らしい社会運動を今更する元気はないでしょうから!)

原罪清算=祝福によって罪のない子孫(堕落性本性のない神性を宿した子供)が生まれると言う事で聖書やキリスト教にも縁のなかった私の様な人間(猫も杓子も)も大喜びで統一運動に参加したのです!地上天国は新人類によって成される信じて!

要は、早く決着をつけたいのです!文鮮明先生は本当に堕落人間を神の元に帰す再臨のメシアか否かを!

真の子女!祝福2世!現在の統一運動の世界的基盤と実体!・・・30年前の予想と今の実体見て、・・・当然、考えますよ!・・・あれ~あれ~あれ~???何か、何か、全くオカシイナ~???・・・もしかして、竜宮城で夢を見ていたのか???

まして我々は日本社会で現実的に親不幸の道、又霊感商法等の反社会的活動もしてきたのです!

早く、韓鶴子総裁、金孝南さん、P.金さん、朴ポーヒ 先生、金栄輝先生、etcを呼んで・・・しかし、朝鮮人統一幹部はしたたかだし、日本教会員に本音は語らないでしょうから、ヤッパリ日本の古老先生方や離れた倉原講師、広講師等、兄弟姉妹として率直で正直な意見交換をしたいですネ!・・・徳野無い上ばかり見てる徳野会長とかでなく、器の大きい777位の先生!どなたか宜しくお願いします!

              ~失礼しました~

コメントへのコメントを頂いて

>「地の事情よりも天の事情」「人情よりも天情」「神様が動機となれば許される」と言う統一教会の独特の解釈がでてきて社会との摩擦ができます。非原理(一般社会)と分けてバリやを張るのも統一教会の特徴であります。

 小川寿夫さんが取り上げられた(お笑い)統一教会用語は統一原理とは別原理の言葉と考えたほうがよいでしょう。
「地の事情」‥‥おそらく現実的な社会生活の中での人間関係や家計のやりくりなどを指しているのでしょう。
「天の事情」‥‥全く意味不明、天とは神様のことなのか、あるいは霊界の霊人体や天使のことを指しているのか、どちらにせよお金など要求するはずがない!

「人情」‥‥人間らしい情感のことで、一般的な言葉。
「天情」‥‥神様の心情という意味なのか、先祖の霊人体の情感を指しているのか不明。
しかし、神様の心情は喜びを求める衝動であって、人間に同情など求めていないはず。

「神様が動機」‥‥神様を頭の中だけで理解できると思っていること自体が原理の勉強不足。それと似た言葉は宗教テロリストが好んで使う。

 しかし、言葉を少し置き換えると非常に分かりやすい。
「日本人の事情よりも韓国人幹部の事情」
「日本人の人情よりも韓国人幹部の感情」
「韓国人幹部が動機となれば許される」
そのように解釈すると言わんとすることはよく理解できます。


>要は再臨メシアによって霊肉ともの原罪清算が成されなければ、統一思想や統一原理は理想(絵に描いた餅)で終わると私は思っているのです。

 楽しい旅人さんが「霊肉ともの原罪清算」の可能性を信じて統一教会に入教されたそのお気持ちはよく理解できます。
 統一教会員なら例外なく、文先生の祝福によって原罪のない子女が誕生することを信じ、そこに最大の希望を見出して信仰生活を続けてきたはずです。
 しかし、原理講論に書かれた「原罪を清算する霊肉共の救い」とはあくまでも仮説としての宗教理論であって、その理論が正しいか否かは現実的結果を見て判断する以外にないのです。

 その「霊肉共の救い」という考え方をすれば、霊的救いはキリスト教において既に達成されていることになります。
 しかし、肉的救いがなされていない為に、「絶え間なく肉身を通じてサタンの浸入を受けるようになり、罪に対して熾烈な戦いをするようになる。」というのが原理講論の説明です。

 この「罪に対する熾烈な戦い」とは決して「堕落性本性」による葛藤のようなものではなく、原理講論を素直に読めば それが「不倫な情欲との戦い」であることがわかります。
 つまり、肉的救いがなされた状態とは 不倫な情欲が湧き上がることがない、またはそれに支配されて罪を犯すことがないような人間性に転換された状態のことであり、いわゆる肉欲に悩まされない人間ということになります。

 アダムとエバが堕落してしまったのは天使長の巧みな誘惑によってエバが過ちを犯してしまった為だと堕落論に書かれていますが、それは 未完成期において誤った意思を実行したからであり、肉欲に負けたからではないのです。
 つまり、霊肉共に救われていれば情欲とは無縁になり、その人達においては男女の不倫問題などが一般社会のように簡単に起こることはないはずなのです。
ところが、統一教会ブログ村の様々な記事を読めばわかりますように、説明するまでもなく統一教会の祝福によってはその「霊肉共の救い」は果たされていないのです。

 しかし、だからと言って統一思想や統一原理は理想(絵に描いた餅)で終わるということにはならないと思います。
 人間に原罪が存在するという堕落論の問題点は以前に投稿したコメントで書いたことがあるのですが、神を中心とした人類一家族世界を目指す上で、統一思想や統一原理はかなり大きな力を発揮することができると思っています。

 統一思想や統一原理から夾雑物を除去し、さらに理論を発展させるならば、過去に実現できなかったような理想世界を建設することは可能だと思っています。
 それは主に創造原理的な観点から人間の本性を覚醒し、人間の幸福観や価値観を向上させ、変革することが可能だと考えるからです。
 そのように統一思想を発展させ、理想世界を実現して行くのは統一原理が教えるところの「人間の責任分担」だと思っています。

 今の統一教会は統一思想や統一原理を台無しにしてしまっているのです。
血統転換理論や朝鮮型儒教思想の影響を排除すれば画期的な思想として社会から認められるに違いないと思っています。

コンプライアンス違反の是非

ここでいうコンプライアンスとは、法令の遵守、当法人の規則やその他規定、方針等の遵守―なんですね。
私は、法律に抵触するような行為をしない、というだけかと思っていましたが、法人の規則や方針に従う(従わせる)ことも含めるんですね。
範囲が広い、というか、次元の違うものをいっしょくたにしている印象を受けますね。

今回のブログで、米本さんが問題にしていらっしゃることは、
・統一教会が霊感商法を再び始めそうなこと
・「伝道は教会名を告げてやるように」という本部の方針に現場が従っていないこと
・それを教会トップ(会長)が容認していること
というふうに理解すればいいでしょうか。

米本さんは、本部の打ち出した方針は「正」、そして、それに従うことも「正」という前提で話を進めていらっしゃるようですが、幹部が一方的に決めて打ち出した方針に異を唱え、それに背くことはコンプライアンス違反、ということになるのでしょうか。

米本さんは、一部の公職者が漏洩させた部外秘情報をもとにブログを書いていらっしゃいますが、この公職者はコンプライアンス違反をしている、ということにはならないのでしょうか。
この公職者の行為が「正」なら、もはや、統一教会を批判するためなら、何でもあり、ってことになりませんか。

法人の規則・方針に従うことは別次元の問題であるように思います。
コンプライアンスという場合、国の法令を守りなさい!、いくら身内(食口)でも法令違反をする人は許しません!、これだけでいいのではないかと、私は思います。

ただ、いくら統一教会が法令を守ったとしても、隣人は評価しないと思います。
統一教会がどんどん下火になって、力のない団体になってくれることを内心では願っていると思います。
信仰の自由とかなんとか言っても、しょせん、嫌いなものは嫌い。
自分にとって不都合なものはこの世から消えてなくなってほしい、と思うものです。

今回のブログを読んで、米本さんもそんな隣人の一人なのかなぁ、とちょっとそんな気がしました。

Re: コンプライアンス違反の是非

みんなさんのコメントに、ぼくの読解力が問題なのかもしれませんが、クビをひねるところが多々ありましたので、質問に答えるとともに、それについても言及しておきます。

 細かく、くどい言い方になってしまうことに、どうかご寛恕を。

>ここでいうコンプライアンスとは、法令の遵守、当法人の規則やその他規定、方針等の遵守―なんですね。
私は、法律に抵触するような行為をしない、というだけかと思っていましたが、法人の規則や方針に従う(従わせる)ことも含めるんですね。
範囲が広い、というか、次元の違うものをいっしょくたにしている印象を受けますね。

「当法人の規則やその他規定、方針等の遵守」について。

 正直、統一教会の規則、規定、方針は知りません。知っているのは社会に公開されている、教団の公式サイトにあるものだけです。
 ぼくがとりわけ重要視しているのは、徳野さんが09年2、3月に公にされた「通達文」です。話はとても具体的なのです。

>米本さんは、本部の打ち出した方針は「正」、そして、それに従うことも「正」という前提で話を進めていらっしゃるようですが、幹部が一方的に決めて打ち出した方針に異を唱え、それに背くことはコンプライアンス違反、ということになるのでしょうか。

<本部の打ち出した方針は「正」、そして、それに従うことも「正」>

 徳野通達は正しいというか、あたりまえのことだと受け止めています。引責辞任のときに集まった全国紙の記者もそうだったと思います。
 本部のトップが法令を遵守せよと言えば、所属の教会員はそれに従うのは当然のことだと思います。このシンプルな考え方に何か間違いがあるのでしょうか。

「幹部が一方的に決めて打ち出した方針に異を唱え、それに背くことはコンプライアンス違反、ということになるのでしょうか」

「幹部が一方的に決めて打ち出した方針」。具体的に何を指しているのかはわかりませんが、<「伝道は教会名を告げてやるように」という本部の方針>ならば、それに現場が従っていないこと>を意味するのであれば、大きな社会的な問題になると思います。

 重要なことなので、再度繰り返しておきます。

「幹部が一方的に決めて打ち出した方針に異を唱え、それに背くことはコンプライアンス違反、ということになるのでしょうか」

 <幹部が正体明かさずに伝道しろ、そして献金の実績を出せ>
 これに部下が背くことはコンプライアンス(法令)違反とはならないでしょうね。あたりまえのことだと思いますが。

>米本さんは、一部の公職者が漏洩させた部外秘情報をもとにブログを書いていらっしゃいますが、この公職者はコンプライアンス違反をしている、ということにはならないのでしょうか。

 コンプライアンスは法令を遵守せよ、という意味だと思います。一部の公職者が部外秘情報を漏洩させることはコンプライアンス違反ではなく、組織の規則違反ということになるでしょうね。
 しかしながら、日本の法律と組織の規則とがどちらが重要になるのかについて言えば、日本の法律でしょうね。法律のもとに各種団体の規則が決められるのだから。
 ぼくは知らないのですが、統一教会の組織規約を教えてもらえません?

>コンプライアンスという場合、国の法令を守りなさい!、いくら身内(食口)でも法令違反をする人は許しません!、これだけでいいのではないかと、私は思います。

 その通りです!ぼくの書き方が悪かったしれませんが、統一教会の徳野氏らが「国の法令」に違反するような指導をしたら、それを糾弾する。それは当然のことでしょう。世界の動きはそうなっています。


>ただ、いくら統一教会が法令を守ったとしても、隣人は評価しないと思います。

 最後にやや感情的な表現をしてしまうけど、正直、みんなさんはバカではないかと思いました。

 みんなさんが住んでいる隣の人たちは「法律違反」なんかしていないと思います。違いますか?
 その隣人が「法律違反していない」からといって、みんなさんを含め、隣人たちが「評価」しますか。少しは考えてみたらどうでしょうか。

>統一教会がどんどん下火になって、力のない団体になってくれることを内心では願っていると思います。

 アナクロです。統一教会の存在を知っている人はもうほとんどいません。過日の桜田さんのリサイタルで、ごく一部のメディアが報じ、「へえ~、あの団体、まだ生き残っているのか」という反応でしたよ。

 最後に言っておきますが、あなたが支援している後藤さんの気持ちを考えてみたらどうか、そう言っておきます。

 少しは、冷静、平静に考えてみたらいかがでしょうか。

神々の黄昏様有難うございます

>> つまり、肉的救いがなされた状態とは 不倫な情欲が湧き上がることがない、またはそれに支配されて罪を犯すことがないような人間性に転換された状態のことであり、いわゆる肉欲に悩まされない人間ということになります。
 アダムとエバが堕落してしまったのは天使長の巧みな誘惑によってエバが過ちを犯してしまった為だと堕落論に書かれていますが、それは 未完成期において誤った意思を実行したからであり、肉欲に負けたからではないのです。
 つまり、霊肉共に救われていれば情欲とは無縁になり、その人達においては男女の不倫問題などが一般社会のように簡単に起こることはないはずなのです。
ところが、統一教会ブログ村の様々な記事を読めばわかりますように、説明するまでもなく統一教会の祝福によってはその「霊肉共の救い」は果たされていないのです。<<

・・・神々の黄昏さんのご意見と私も全く同じです!

>>統一思想や統一原理から夾雑物を除去し、さらに理論を発展させるならば、過去に実現できなかったような理想世界を建設することは可能だと思っています。
 それは主に創造原理的な観点から人間の本性を覚醒し、人間の幸福観や価値観を向上させ、変革することが可能だと考えるからです。そのように統一思想を発展させ、理想世界を実現して行くのは統一原理が教えるところの「人間の責任分担」だと思っています。<<

・・・神々の黄昏さん、有難うございます。・・・私も、出来る事ならそうなれば!と思います!・・・私は統一思想はあまり良くは知りませんが、原理講論や聖書を学び、ホーム生活の中の兄弟姉妹関係の中で、又、経済、伝道活動の中で、又、社会に出てからも、神様の愛と思えるものは多々感じて来たと思っています。

それで、神々の黄昏さんに質問ですが、
1文鮮明教祖は再臨のメシアと思っていらっしゃいますか?
2再臨のメシアの使命は統一思想、統一原理、勝共理論やその他の御言葉を世に現すだけで良かった?
3再臨メシアの使命はマッチングによる祝福も必要であった?(マッチングは必要でなかった?今の様に自分達で決めるべきだた?)
4再臨メシアが日本で霊感商法をしたのは間違いだった?
5再臨メシアは生きているうちに世界の王の王に成ろうとあせったので文教祖の戦略は間違っていた?
6文教祖の血統転換(実体の血分け)は間違いだった?
7統一教会の現在の実状(涙涙)を見るにつけ、世界摂理・・ナンダカンダと言って日本教会員に顔が引きつりストレスになる様なノルマ献金を押し付けたのは再臨主の間違いだった?

・・・米本先生、先生の趣旨に沿ってない内容で誠にすいません。ブログ村に寛容な教会員のブログがほとんどないのでご容赦下さい

    ~有難うございます~




楽しい旅人さんの質問に返答

 ブログ記事のテーマから逸れ、米本さんには恐縮ですが 楽しい旅人さんからストレートな質問をいただきましたので、簡潔に返答させていただきたいと思います。

1文鮮明教祖は再臨のメシアと思っていらっしゃいますか?

――このご質問は、当然ながら原理講論の観点からの質問ですし、範囲を広げてもキリスト教の観点での質問であります。
 そのキリスト教に属する信仰をもっている人々にとっては最大の関心事とも言える質問なのですが、反面それ以外の宗教、思想をもっている人々にはあまり重要な意味がない質問となってしまいます。
 それに対する解答は次の聖書の聖句を参考にすることができます。
<あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。>マタイによる福音書7/2
つまり、原理講論にはどのような人物が再臨のメシアであると書いてあるのか、そして文先生はどう語られているのかを突き詰めれば答えは自ずと出てきます。

 原理講論に書いてある再臨のメシアの必要条件とは人間の「霊肉共の救い」を実現できる力が与えられているということで、イン乱の問題を解決できるのは再臨のメシアのみとなっています。
 従って、その宗教的能力によってそのような結果を生み出せたならば 再臨のメシアと言っても矛盾しません。
 また文先生ご自身も先のコメントに書いたように「この血統と連結されれば、神様が理想とされた理想人間、すなわち人格完成も可能であり、理想家庭も生まれるのであり‥‥」と公に語っているのです。

 そのようなメシアの定義と現実として表れた過去の結果という明確な判断材料がありながら、私が「文鮮明教祖は再臨のメシアであると思っています。」と言ったとしたら私は嘘つきになってしまいます。
 従いまして原理講論に書いてある再臨のメシアと文鮮明教祖は違っているとしか答えようがないのです。


2再臨のメシアの使命は統一思想、統一原理、勝共理論やその他の御言葉を世に現すだけで良かった?

――最初の質問に対する答えと重なりますが、原理講論にはそのようなことは書かれておりませんし、文先生もそのようなことは言われてないはずです。
 もし、メシア論において真理を解き明かした人物こそが再臨のメシアであると定義しているならば、それが再臨主の使命で良いことになりますが、そのような考え方を文先生はしておりませんし、原理講論には違ったように書いてあります。
 ただし、原罪と贖罪という神学的解釈と救済論を除外して、「普遍的真理」としての価値と影響力を重視するならば 統一原理や統一思想によって人々を啓蒙した業績は小さくないと思います。
 しかしその場合であっても創造原理にあるような社会的善行を実践していなければ言行一致とはならず、思想家、社会運動指導者としては落第でしょう。


3再臨メシアの使命はマッチングによる祝福も必要であった?(マッチングは必要でなかった?今の様に自分達で決めるべきだった?)

――原理講論に書いてある「再臨メシアの使命」とは人間の「霊肉共の救い」でありますが、その救済方法についての具体的な説明は書かれておりません。
 それは文先生が再臨のメシアであるということを認めた前提の上で祝福結婚が教義上最重要視されているのです。
 しかし、その祝福結婚によって原罪が清算されるという「霊肉共の救い」が果たされないとするならば、その祝福は必要でも何でもないことになってしまいます。
 そもそも「霊肉共の救い」とは果たして実現可能なものなのか、そしてその本質とは如何なるものなのかについても追究すべき問題があり、そのマッチング以前の救済論の根拠が曖昧なのです。
 しかし、仮に祝福によって原罪が贖罪されるという教義は正しいと認めた場合でも統一教会の教義では「真の父母」から祝福を受けるということに意義があり、その組み合わせ、即ちマッチングは絶対条件ではないはずです。
 しかし、祝福は「真の父母」の許しによって受けさせて頂く尊いものであるという意義付けから文先生はマッチングを行われ、信者はそれを希望したのです。
 教義上マッチングは絶対条件とされていないので、自分達で理想家庭を築ける確信をもてるのなら、そちらの方が理想的であると思います。


4再臨メシアが日本で霊感商法をしたのは間違いだった?

――「霊感商法」と言われる詐欺的商売は文先生が指導して行われるようになったわけではないので、その「霊感商法」がすべて文先生の責任ということにはなりません。
 しかし詐欺的商売が間違いだったのは、どのような観点から見ても当然のことです。


5再臨メシアは生きているうちに世界の王の王に成ろうとあせったので文教祖の戦略は間違っていた?

――先のコメントにも書きましたが、文先生の歴史観と現実の歴史の流れには食い違いがあり、特に冷戦後はそれがはっきりしています。
 文先生は果たして本当に宗教の壁を超越して世界を一つにすることを第一目標としていたのか、あるいはご自分の血統を中心とした独裁的な王国を建設しようとしたのか判断しかねる内容の御言葉があり、その真意は理解し辛いのです。
 ただはっきりしているのは、最終的には御自身が世界の頂点に立つことを目指しておられたのは間違いありません。
 その戦略が間違っていたのかどうかと問われるならば、自己の家庭や教団に世間の非難を浴びるような問題が山済みしていながら、その目的の実現が可能かどうか考えなかったところから既に間違っていたと思います。
 そのような問題を無視してお金の力で社会に存在感を示し、自分の思想をアピールしたとしても成功するはずがありません。


6文教祖の血統転換(実体の血分け)は間違いだった?

――この行為を肯定できる説得力ある原理的理論も、「霊肉共の救い」がなされたという現実的結果も存在しません。
それが事実だったとしたら、統一原理と本質的に異なる非科学的な教義を文先生は隠れてもっていたことになります。


7統一教会の現在の実状(涙涙)を見るにつけ、世界摂理・・ナンダカンダと言って日本教会員に顔が引きつりストレスになる様なノルマ献金を押し付けたのは再臨主の間違いだった?

――そのような強制的な集金活動をしたのが間違いだったかどうかは答えるまでもないことです。
過去の“火の粉を払え”を読まれれば一目瞭然です。
 仮に文先生が再臨主であったとしたら、後世の人々は次のように話すことでしょう。
「イエス様は奇跡を使い過ぎた為に、神の摂理を失敗してしまったと再臨のメシアは言われた。
その再臨のメシアは今度はお金の力に頼り過ぎた為に、神の摂理を失敗してしまったらしい。お金を騙し取れば千年の蕩減条件の穴が開くということだ。」

神々の黄昏様、解答ありがとうございました。

神々の黄昏様
これだけズバリとストレートに筋が通っている事を言われるとは思いませんでした!・・・ナ・ル・ホ・ド~!です!筋が通った説得力のある解答で、田中将大の様な正確なコントロールの豪速球のストライク!だと思いました。ありがとうございました。今後、深く熟考してゆきたいと思います。

・・・という事は神々の黄昏様は既に鎖国とヤンバン朝鮮の日韓統一球会から、レベルの高いグローバルなメジャー球会に行かれる?もうすでに、行かれている?のですね!・・・それはそれで流石だと思います。・・・どうもありがとうございました。

米本先生、ありがとうございました。

神々の黄昏様へ

神々の黄昏様

悩める信者です。
便乗質問でごめんなさい。
以前も似たような質問をしましたが、楽しい旅人さんへのお答えに対して疑問に思った点があります。

・神々の黄昏様は原理講論について、どのようにとらえておられますか?

・文先生がメシヤでないとすると、再臨のメシヤは他におられるということになりますか?

正直なところ、神々の黄昏様のコメントは入っては行けない所に足を踏み入れそうで怖い気もしますが、勇気をふるって質問させていただきました。お答えいただければ幸いです。

無意味なメシヤ称号

 悩める信者さんは私に対して「原理講論について、どのようにとらえておられますか?」と尋ねておられますが、全く逆の立場から私は「文先生を神格化する統一教会員は原理講論について、どのようにとらえておられますか?」と尋ねたい思いが湧き上がるのです。
 原理講論は神の啓示が人間に降りて自動書記のようにして書かれた書物でないのはよくご存知だと思います。
 総序の最後に<ここに発表するみ言はその真理の一部分であり、今までその弟子達が、或いは聞き、或いは見た範囲のものを収録したに過ぎない。>と説明しており、まさしく弟子即ち劉孝元氏が「収録」し、体系化した宗教理論なのです。

 劉孝元氏は「収録」という謙遜した言い方をされていますが、文先生が過去に語られた無数の講話の内容と比較しても、それは単に収録してまとめただけのものでないのは明らかです。
 その宗教用語の使い方や定義、そしてその根底にある思想的な特性などは文先生の講話と必ずしも一致するものではないのです。

 そのような例を一つ々挙げたら切りがないので、ここでは述べませんが、頭を整理して熟読すれば誰でもその違いを発見できるのです。
 そして、原理講論は一貫して因果律を重視し、科学的な思考と矛盾しない論理展開が図られています。
 統一教会ブログ村でも大きな話題となった天聖経の増補版でもその前の方でもよいので原理講論と比較してください。
 その違いははっきりしており、天聖経においては科学的な論理性などはほとんど無視されています。
 天聖経は紛れも無い宗教書であり、宗教と科学の接点から真理を究明しようとする原理講論とは違い、普遍的真理と呼ぶには無理があるのです。

 しかし、前に何度もコメントに書きましたように、原理講論にも不自然な論理の飛躍があり、血統転換理論につながる「サタンの血統」などの堕落論の説明はその典型です。
 原理講論の真理として価値をもつ中心部分は創造原理であり、そこには人間の本性を覚醒できる計り知れない力が秘められているのです。
 私にとって、その創造原理は神を認識できるこの世界で唯一と言って良いほどの価値がある貴重な真理であり、神様のメッセージと言ってもよいでしょう。

 つまり、原理講論は劉孝元氏が文先生から様々な宗教理論を学ぶ中 その真剣な真理探究の成果として体系化した宗教理論ではあるのですが、その創造原理においてついに神と人間の真の関係が発見されたのであり、そのことにおいてまさしく神が御自分の「姿」を人類に示されたと思っています。
 しかし、そこに到達できたのは人間の内的真理探求の成果でもあり、完全な真理として神が啓示されたものではないのです。
 その為、部分的には不完全なところもあり、それを解明するにはさらなる真理探究が必要になってくるのです。

>・文先生がメシヤでないとすると、再臨のメシヤは他におられるということになりますか?

 「文先生がメシヤでない」と一方的に断言できる人などおりません。
楽しい旅人さんに返答したコメントをよくお読みください。
原理講論に書かれたメシヤの条件、さらに文先生がメシヤとはこのようなことを果たせる人であると宣言されたその条件こそがメシヤか否かの判断基準になるのではないでしょうか。
 つまり、原理が明確になった以上、「メシヤ」とは信じるか否かの問題ではないのです。
そして、仮に「メシヤ」と合致しないという結論になったとしても 決してその人物が実際に残した業績を高くすることもなければ、低くすることもないのです。

 創造原理を真理として認めたとしても、もし原罪という神学的理論を認めなかったならば、「メシヤ」という言葉自体何の意味も持たないのです。
 堕落論でさえ、その部分によってはメシヤによって人間が救われるのではなく、人間自身の責任分担によって創造本然の人間に復帰せねばならないという説明になっているのです。
 メシヤは一体誰なのかと考えることは全く無意味なのです。
文先生が米国で言われたように、「世界を救うことができたならば、その人こそが世界的メシヤとなるのです。」と理解すべきです。 

Re:無意味なメシヤ称号

神々の黄昏様

悩める信者です。

神々の黄昏様にとっては、愚問であろう質問に真摯にお答えいただきありがとうございました。

一連のコメントを読んで、統一教会の信仰観から原理講論を足ががりに、新たな地平に到達した神々の黄昏様の立ち位置が分かるような気がしています。

個人的には、簡単に結論付けることは今は難しいですが、今後も良く考えていきたいと思います。

コメントありがとうございます

神々の黄昏様 私へのコメントありがとうございます                                                すべてが韓国人幹部の事情に日本人食口が振りまわされてる訳ですね。金集めは、日本人にばかり押し付けるその金で一部の幹部の献金中抜きや、高級マンションを買ったりの蓄財に励む。彼らは天法 に引っかからないのですか?何かというと 天天天と振り回すくせに汚いよ。日本人食口の献金に胡坐かいてるだけじゃないか。これほど日本人を愚弄した話はありません。日本人は人が良すぎますそれから、昔こんな話を聞いたことがあるのですが、お父さまは日本人食口に一番祝福を授けている金集めに対する苦労に報いるために配慮なんだとの話を聞いたことがあります。うまくアメとムチを使い分けてるなとおもいましたが・・何回もいいますが、統一教会の屋台骨は日本人食口の献金で支えられていると思う。日本人は韓国人幹部にこのことを誇りにすべきと思います。韓国は、「恨の文化」アダム国家の割には女の腐ったみたいでこれが神の選民?首を傾げてしまいます。最近の韓国の日本に対する反日は、諸外国からも眉をひそめられてます。韓国情勢と統一教会の体たらくが符合するのは偶然でしょうか?原理によれば、アダム国家韓国とエバ国家日本が歩調を合わせていかなければいかないのでしょ。全然歩調あっていません。だいいち自分の連れ合いを避難して眉をひそめられる亭主「アダム」がいますかね。                                                                                                                             

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