解明されていない捜査当局の「闇」 

後藤徹監禁事件の資料(27)法廷での火の粉を払う(6)

 前回からの続きである。

山口貴士弁護士

イ 例えば、米本は、自身の陳述書(甲46の1・5頁)において、本件が不起訴になった背景事情として、もったいぶった様子で、
「今回の告訴事件について、東京地検からこんなお達しがあった。 それは、『起訴にも不起訴にもできるような捜査資料をあげて欲しい』というものだった」

 と担当刑事から聞き出した事情を述べたり、また、検察審査会において不起訴相当の判断が出た経緯として、
 「ちょっと眉間にシワを寄せ、『裏ではいろいろ政治的な動きがあったようだな』と言ったきり、黙ってしまいました。」
  ともっともらしく述べているが、刑事がこのような事情を米本に話をする筈もなく事実を述べていないことは明らかであり(米本の陳述書の内容等が本件の起訴に繋がる様な証拠とは成り得ないことは自明である)、 このような陳述書を裁判において提出していること自体、米本に証人としての信用性、適格がないことを示すものである。 

 実際には、本件における警視庁の捜査は、捜査本部まで設置した徹底的なものであった。
 被告隆ら代理人山口と荻上の両名は、刑事事件においても、被告隆らの弁護人の立場にあったが、当初は、取り調べに当たった警察官が原告の言い分を鵜呑みにしたせいか、被告隆らに対しては、同人らが犯罪行為を行ったと決めつける姿勢から長時間かつ執拗な事情聴取が連日行われ、 冤罪であることを捜査当局に理解して貰うために多大な労苦を強いられた。
 いずれにせよ、少しでも事情を知っていそうな関係者については、事情聴取が行われており、警視庁の本件の真相解明に向けた強い決意と意気込みを強く感じることが出来た事件であり、実際、本件については、 監禁とは言えないことが明らかとなった。

 このように、警視庁が徹底的な真相解明をするという決意を以って臨んだ事件であるにも関わらず、米本については供述調書が作成されていない(甲46の1・4頁、5頁)。これは、捜査当局としては、米本は本件の解明をするための情報源として信頼に値しないと判断したことの証左に他ならない。

(2)(イ)私の陳述書<甲46号証>を批判する記述について。

(ア)刑事が私に語ったことは事実である。守秘義務が課せられている捜査官がなぜ、私に話したかについては、尋問で聞いてもらいたい。陳述書には書かなかった、刑事から聞いた当時の捜査状況のことも話すことができる。
 
帰国子女枠によって、慶応法に入学された「勉強おぼっちゃま」には理解不能なことも多いのですよ(泣)。少しは、本を読んでみたら・・・。そうだなあ、北海道の道警の不祥事事件に絡むのはいかが。反統一の弁護士の協力を得て書いた拙稿「神奈川県警の不祥事-覚醒剤事件」(別冊宝島)でもいいかも。


(イ)警察が私の供述調書を取らなかったのは、「情報源として信用に値しないと判断した」からだと推測しているが、果たしてそうだろうか。
 私の供述調書を取らなかったのは、一般的な感覚からしても奇異なことではなかろうか。
 すなわち、後藤徹氏が一心病院に緊急入院してから、後藤氏の様子を観察したのは、統一教会員、一心病院関係者以外では私が最初である。
 私は、緊急入院から2日後に後藤を見舞っている。
 たんに見舞っただけでなく、後藤氏にパンツ1枚になってもらい裸の写真<甲第1号証>を撮り、後藤氏の告訴状を受理した荻窪警察署に提出している。


右は1年後の、拉致監禁の非道さを市民に訴える後藤さん


 後藤氏の訴えは監禁、強要に加え、監禁致傷(低体重、栄養失調状態など)がある。
 私は、入院直後の後藤氏の致傷の状態を観察し、『我らの不快な隣人』<甲第30号証>で、次のように書いた。

時間をかけて服を脱いだ後藤の裸体は、目を背けたくなるほど貧弱な身体つきだった。骨と皮に、申し訳程度にくっついた萎えた筋肉、太ももからくるぶしまでは、死に行く老人のそれと同じだった」(356頁)

 警察が後藤氏の致傷の訴えを立証するにあたっては、最重要とまでは言えまいが、私が重要な参考人であることは客観的に見て明らかであろう。
 それだからこそ、刑事は私のところに2度にわたって出向き、事情聴取したのである。
 それなのに、供述調書を取らなかった。きわめて不自然なことである。

 一方、反統一教会の急先鋒である元東北学院大学教授の浅見定雄氏は、被告宮村峻と交友関係があるというだけで、後藤氏の監禁事件とは露ほどにも関係ない第三者である。
 それにもかかわらず、警察は供述調書を取っている。

浅見さんは仙台在住である。


 この奇怪さに言及することなく、また根拠を示すことなく、「(米本は)情報源として信用に値しないと判断した」からだと一方的に断じるのは、あまりにも偏頗すぎる。

 なお、後藤氏の監禁事件とは全く無関係の浅見氏に、警察がどんな事情を聴取したのか気にかかる。おそらく、告訴人側が宮村氏による拉致監禁の常習性を主張したことを踏まえ、浅見氏に「宮村氏は過去に拉致監禁したことがありますか」と聞いたのではないかと推測される。それ以外のことで質問することはないはずだからだ。
 浅見氏は反統一陣営の仲間である宮村氏が起訴されることがないようにするために、「拉致監禁に関与したことは一度もない。親子の話し合いの補佐をしているだけ」と答えたと思われる。 
 
 陳述書<甲46号>で、刑事は「検察から起訴にも不起訴にももっていけるような捜査記録をあげて欲しい、と指示を受けた」と、私に語っていた。浅見氏の供述調書は不起訴処分のために使われたのだろう。

(書面は続く )


@@@@@@@@@@@@

 このやりとりの中で、焦点となっている甲46号証の、私と刑事と会話の部分を紹介しておく。

陳 述 書
(略)

六.二回目の事情聴取では,刑事と仲が良くなり,捜査で知り得た情報を教えてくれました。
 私が驚いた情報は,次の二点です。
①宮村の脱会説得の謝礼金は一件あたり平均400万円である。
②宮村は少なくとも4人の元女性信者と男女関係をもっている。
 宮村氏はこれまで約1000人の信者を脱会させていると推計していたので,一件あたり400万円なら,これまで40億円の謝礼金を手にしたことになります。

 刑事は「宮村というのは調べれば調べるほど悪どい奴で,別件での逮捕も考えている」と漏らしてくれました。「外為法でやるのか?」などとカマをかけて聞きましたが,具体的には教えてくれず,「まあ,楽しみに」というばかりでした。
 なお,教会員である宇佐美隆氏を婚約者だった工藤雅子元教会員がストーカー規制法違反で告訴した事件の裁判で,宮村氏は「27,8年間,統一教会の脱会支援をしている」と証言しています。

七.二回目の事情聴取では,こんなことを話してくれました。
「浅見定雄さんに事情聴取するため,仙台まで行ってきたよ。だけど,話があっちこっち飛び,一時間程度の話なのに四時間もかかった。それで調書を取るために,もう一度,仙台に行かなければならないんだ。」
 浅見定雄氏は元東北学院大学の教授であり,統一教会を批判する本もいくつか書いており,反統一教会のシンボル的な存在です。同時に,宮村氏と懇意にしています。このことは『マインド・コントロールの恐怖』という翻訳書のあとがきで明記しています。
 刑事からこの話を聞いて,「警察の予算は乏しいはずなのに,仙台にまで出向くなんて,ずいぶん熱心に捜査しているんだな」と思いましたが,同時にこんな疑問も生まれました。
 「後藤さんが告訴した相手は,彼の家族ならびに松永牧師と宮村峻氏。告訴状に浅見さんの名前はないし,告訴事件とはまったく関係のない人である。しかも,宮村氏とは近しい関係にある。それなのに,どうしてわざわざ仙台にまで出かけて,浅見さんを聴取して調書を取る必要があるのか?」
 同時に,
 「私は後藤さんの入院直後に見舞い,写真も撮っている。見舞ったときには後藤さんから監禁の生々しい証言を聞き,それを本に書いている。
 それなのに,こうして二回目の聴取を受けているのに,警察は調書を1通も取ろうとしていない。これに対して,なぜ事件とは全く関係のない浅見さんの調書は取るのか?」

八.その後,宮村氏が別件で逮捕されることもなく,後藤さんの告訴は不起訴に終わり,そして検察審査会への不服申し立ても却下となりました。
 司法の判断ゆえそれは尊重されなければならないでしょうが,違和感が残りました。
 それは,先に書いた通り,「どうして浅見さんの調書は取ったのに,私の調書は取られなかったのか」という強い違和感でした。

九. この違和感の原因が解消されたのは,今年(2011年)になってからのことでした。
 私は刑事に電話し,会う約束を取り付けました。
 不起訴になった事情,また審査会で棄却になった裏話を聞こうと思ったからです。
 これとは別に,刑事は刑事で,私が貸した前記三の『弁連通信』(全国弁連が発行している機関誌)を返さなければならないと考えていたようです。
 刑事は,私が当時住んでいた浦和までわざわざやってきました。
 いろんな裏話はしていただきましたが,後藤告訴事件に関係することだけに絞って,陳述しておきます。

十.刑事の話です。
「今回の告訴事件について,東京地検からこんなお達しがあった。それは,
起訴にも不起訴にもできるような捜査資料をあげて欲しい
 というものだった」
 ポイントは「不起訴にもできるような」という指示にあります。
 被告訴人を不起訴にも出来るような捜査資料とは,結局のところ,起訴せざるを得ないような証拠をあげてくるな,ということです。
 それで,私の調書は記録として残されなかったのだと,これまでの疑問が氷解したというわけです。
 しかし,また新たな疑問が生まれています。
 後藤告訴を受けて捜査合同チームは,様々な人を聴取しているはずです。
 聴取した人の調書はどうなっているのかという疑問です。
 私以外の人も調書を取られていない人がいるのではないか。
 ひょっとすれば,起訴にもっていかざるを得ないような聴取は,記録として残していないのではないか。
 また,刑事は検察審査会の却下について,ちょっと眉間にシワを寄せ,「裏ではいろいろ政治的な動きがあったようだな」と言ったきり,黙ってしまいました。
 宮村氏を書類送検したときの資料,また検察審査会が不起訴相当か不相当かを審議したときの資料をご覧になれば,これまで述べてきた調書のことがわかると思います。

 カルト反カルトの立場とは関係なく、読者のみなさんはどう思われましたか。私は捜査当局のを感じましたが。
-続く-

-アナウンス-


 オーストラリア在住のYoshiさんが<書籍「韓国 反日感情の正体」- 第十二章「韓国の中の日本 - 統一教会と創価学会」の紹介>(12月31日付)をアップしました。
 産経新聞名物記者の黒田勝弘さんの新著の紹介です。
 同書には、統一教会員への拉致監禁のことが触れられています。
 本の帯には「続々重版!」とあって、私が購入したのは第8版となっていました。刷部数は不明ですが、少なく見積もっても2万人が講読したと思われます。
 いずれ、このブログでも取り上げたいと思っています。
 まずは記事を読んでみてください。


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コメント

諸事情により

諸事情によって、パソコンをたびたび開くことができなくなりました。

ご理解のほど、よろしくお願い致します。

解明されていない捜査当局の「闇」

捜査当局に闇はあると思いますが、統一教会の闇も何とかして欲しいですね。

自分の所で捻じ曲げて、文先生や韓総裁の指示に従わない闇を。

権力に潜む矛盾性

>ひょっとすれば,起訴にもっていかざるを得ないような聴取は,記録として残していないのではないか。
 また,刑事は検察審査会の却下について,ちょっと眉間にシワを寄せ,「裏ではいろいろ政治的な動きがあったようだな」と言ったきり,黙ってしまいました。

 捜査当局の‘理不尽な証拠調べ’や東京地検の‘不適切な通達’が事実であれば捜査当局の背後に不気味な闇があり、その闇の中では不正な謀略が行われていたことになります。
 世間からまともに相手にされない統一教会の教会員関連の事件と告訴である為、一般人は最初から関心を示さないか、あるいは多少矛盾を感じても その問題をスルーしてしまい、結局様々な司法の矛盾は闇に葬られて、そのような矛盾が存在したことさえ人々は気付けないでしまっていた恐れが大きかったのです。

 この後藤徹さんの拉致監禁問題に米本さんが関わった意義は極めて大きいと実感いたします。
 米本さんが事実を直視し真実に真摯に向き合うジャーナリストであることは疑う余地がありませんし、その事実を拾い集める業もまさにプロのものです。
 その事件の片方の主役が統一教会員であるという個別な問題とは関係なく、日本の司法権力、警察権力について そこには隠された‘政治的力学’が作用するという現実が露になったようで、米本さんのルポライターとしての仕事はかなり価値が高いと思われます。

 その政治的な策略は内部告発でもない限り立証することは難しいのですが、米本さんの陳述書を読めば、そのような政治的な動きがあったことは確かであることがわかり、米本さんの主張は否定しようがないのです。
 それは米本さんが追究された宇佐美冤罪裁判と全く同様であり、日本の司法権力、警察権力がこれほど矛盾を多く抱えたものであったことはショックでもあります。
 民主主義国家日本であっても 権力が潔癖を守るのは如何に難しいかというのを改めて感じさせられます。

 しかしながら、その司法権力、警察権力によって擁護されるのが宮村脱会屋のような人物であることを考えると、その不条理な現実には強い憤りを感じてしまいます。
 別件で逮捕されてもおかしくないような「悪どい」宮村脱会屋が‘政治的力学’によって守られる理由は一体何であるのか、深刻に考えざるを得ません。
 まさか反統一教会の一参議院議員がそのような政治力を発揮できるとも思われませんし、米本さんが計算された40億円の財力に物を言わせたと考えるのも短絡的過ぎるし、謎は深いと言わざるを得ません。

 しかし、宇佐美冤罪事件や後藤さんの訴えが不起訴になった問題においても、もし統一教会に日本共産党に匹敵するぐらいの運動力があったならば、多少違った展開になったのではないでしょうか。
 権力に不正があるならば、それを様々な運動や言論活動によって追及し、正していくのは良心に基づく正しい行動であり、社会を善化して行く為には必要なことです。
 そのような社会正義の実現意欲なくして天一国などと理想国家論を論じても全く意味がありません。

 その司法権力や警察権力に対する問題意識に関して、多くの統一教会員の意識構造について心配する事柄があります。
 それは、特に日本統一教会員は“中央権力”に対しては無抵抗な体質が身に付いてしまったのではないかと危惧されるのです。
 教会内の組織構造は絶対主義の政治体制のようであり、‘絶対服従’などと言う‘御言葉’が抵抗なく受け入れられてしまうのですから、人間の重要な本性が抹殺されているような思いさえいたします。

 米本さんにも「ポチ」と見えるのですから、一般常識人から見て統一教会員の人間性に問題ありと思われても仕方がありません。
 私は統一教会員がこのような権力依存体質に陥ったのも、「真の父母」という人間の神格化と内的信仰世界における「神」との断絶によるところが大きいと思っています。 

良心について

前の「良心」の話にもつながりますが人間は時として良心の訴えを思想や理論で誤魔化して正当化する場合がありますよね。
 拉致監禁に関わる人達も明らかな間違った欲望はあるだろうけど、信者の両親の為だとかカルトから救い出す為だとしてやってしまう。司法に関わる人達も自己正当化して良心を誤魔化す場合もあるでしょう。弁護士規定を守るのは相当な努力が必要ですから。
 統一教会は統一教会で最初騙して勧誘しても献金させても摂理の為だと正当化してしまう。タリバンのテロ行為も戦争もそこに自分達の正義を持ち出して行ってしまう。恐ろしい事に自分達の神への信仰故に
残虐な行為を行ってしまう。信仰とは何か考えさせられます。

良心は本当にこれでいいのかと問うのですがそれを正当化させる弱さに誤魔化される事は自分の体験でも見られます。
 深く良心を見つめないと時として誤魔化し、また積み重なった弱さにより良心自身も曇って強く訴えない場合もあるから厄介です。良心の声通りに生きる事は時として自己犠牲を強いられる場合もありますから。

良心を感動させる、清めるような人との出会いは貴重だと思わされます。本来の伝道はそのような出会いをもたらさないといけませんね。

新たな証拠が出てきたのに…

捜査当局の「闇」について整理すると、以下のような感じでしょうか。

刑事…起訴にも不起訴にもできるような捜査資料を上げる。
そのため、米本さんの調書はとらなかった(起訴せざるを得なくなるから)。
   その一方で、告訴事件とはまったく関係のない浅見定雄などの調書をとる。

検察…上がってきた調書をもとに、裏でいろいろ政治的に動き、不起訴処分に。

検察審査会…上がってきた資料をもとに不起訴相当を決定。


要するに、検察は最初から「不起訴」ありきで事を進め、見事、思惑通りになった(シメシメ(^_^))、ってことですよね。

ところが、民事裁判で、その不起訴決定の真偽が再検証されるハメになってしまった…(ガッビーン(T_T))。

その後、さまざまな証言・証拠が出てきたのに、山貴としては、検察(審査会)が不起訴にした過去の事実に執着する…。それしか、頼みの綱がないんですねぇ。
新たな証言・証拠について争ったら、負けてしまう。
検察は正しい、だから、米本さんは正しくない、こう連呼するしかないですね。
しょぼい、しょぼすぎる。

まあ、山貴に限らず、被告側の弁護を引き受けたら、誰だってその戦法しかないでしょうね。監禁の事実は消そうにも消えないのだから(今も2人が監禁中)。

過去の栄光にこだわって、今後の前途洋々なはずの弁護士人生を棒に振る山貴ら監禁加害者弁護団に、神のご加護を。

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