身も心も他者に委ねる人たち 

身辺雑記(7)

がんの説明なんか聞きたくない
 
 前回の記事で書いたのは、病気には医師と患者が共に立ち向かうことの大切さであった。
 今回はそれとはまるで逆を。

 5週間の入院生活で、もっともうれしかったのは子どもに褒められたことだった。
 ぼくが大谷さん(松江市立病院の主治医)にいろいろ質問するのを聞いていての感想である。
「疑問があったり、わからなかったことがあったりすると、曖昧にせず必ず聞くんだね。感心したよ」
 子どもから褒められたのは初めてのことだった。

 どういうやりとりのときだったのか忘れたが、主治医の大谷さんがつぶやくように話した。
「患者さんの中には、がんの説明をしようとすると遮り、『そんな話は聞きたくない。家族にしてくれ』という人もいるんですよ」

 愕然としてしまった。自分の身体に生じたことを知ろうとしないとは!
 思わず考え込んでしまった。
 人間は心と身体から成り立っている。心と身体は自分のものである。それなのに、自分の身体を人に委ねてしまう。
 心と身体は切り離せない関係にあるはず。だとすれば、心の一部も人に委ねることになる。


組織に心を委ねる

 統一教会員の中には、自分が信仰する組織のことを知ろうとしない信者がいる。
 組織がいまどういう状態にあるのかはネットですぐに知ることができる。それなのに、ネット検索をしようとしない。信仰仲間が情報を伝えても「そんな話は聞きたくない」と耳を貸さない。あるいは「それには何か深いわけがある」と考えようとしない。そして、ひたすら組織の方針に盲目的に従う。信者が信者を殺す事件が起きようがまるで関心を示さず。
 自分の大切な心を他者に預けているのだ。

 あるとき組織の間違いに気付く。心を委ねた人に限って、なぜ自分が盲目的に組織に従ったのかを内省しようとはせずに、
「騙されていた!」「巧妙なマインドコントロールの被害にあった」「洗脳されて逃げられないようにされていた」「ネットを見なかったのはアベルから指示されていたからだ」
 自分には悪いことは一切ない。すべてを組織の責任に転嫁し、負の感情を抱く。
 こうした姿勢からは、何の教訓も得ることができないし、人間として成長することはない。
 大谷さんに身を委ね、説明を断った患者も、何か不具合があると、「こんな風になるなんて、聞いていなかった」と憤るだろう。 


身体のことを知らない私たち

 このように考えていくと、<おまえはどうなのか>という声が聞こえてくる。人に発する言葉は我に返り、だ。
 <消化器?消化器に分類される臓器は何なのか>
 <食べたものはどのような臓器を経て排出されのか>
 <それぞれの臓器はどんな役割を果たしているのか>

 こうした問いに回答をすることができないのだ。われながら愕然としてしまった。

 何度か見舞いにきてくれたのは、中学高校時代の友人であった。ときどき細君を伴って。彼女は看護師の教官をしていたことがある。
 ぼくが愕然としたことを話すと、『病気の地図帳』を持ってきてくれた。これを読めば、自分に降りかかってくるであろう病気のほとんどがわかる。4200円の図解豊富な本である。中古だと2000円で購入できる。

 また、元看護師のメル友にも同じ話をしたところ、『人体のすべてがわかる本』を送ってくれた。これも良書である。

 ここで読者に質問です。消化に関わる臓器は何でしょうか。食道、胃、大腸。あとは?
 すべて回答された方には北京から上海までの新幹線の旅をプレゼントします 回答は末尾に。


 話を転じる。
 ぼくたちは身体のことを知らない。子宮、卵巣などのことも知らない女性も少なくないと聞いている。そのことを医者は認識できていない。自分と同じように患者は知っていると錯覚しているのだ。だから、平気で業界用語か専門用語か知らないが、ぼくたちにとって初耳の言葉を乱発する。消化に関わる臓器さえ言えないというのに
 

全体を知る

 話がそれた。なぜ子どもが感心するほどに質問したのか。
 それはがんと治療の全体像を認識したかったからだ。
 うまい例えではないが、家を新築するとき、大工さん任せにする人はいないだろう。設計はもとより材質、工期など、建築に着手してから完成するまでの全体を知ろうとする。あたりまえの話だが、病気についても同じはずだ。
 どんな病気なのか、どんな治療をするのか、いつ終了するのか。全体を知らないと、心が不安定になる。

 入院して初めてわかったことだが、明日は明後日は、来週は何をするのかがわかると、積極的に立ち向かうことができる。どうも、こうした患者の心理を看護師を含め医療関係者は知らないようだ。それだけお任せ患者が多いということなのだろうか。
 具体例を一つだけあげておく。入院中、10回近く血液検査を行なった。なぜ頻繁にと当初は疑問に思ったが(質問すれば良かった)、しばらくして<貧血、栄養状態、炎症の程度などの数値の推移を観察しているのだ>ということがわかった。そうなると、自分でも知りたくなり、いやいやではなく積極的に、注射針を持つ看護婦さんに腕を出すようになった。

<注>全体像を知る上で、前出のメルトモから病院に送ってもらった「大腸癌研究会のガイドライン」はとても役に立った。心から感謝している。
 大谷さんはこのガイドライン(指針)をもとに治療方針を決めている。大谷さんに限らずすべての外科医もそうだろう。ならば、患者もガイドラインを読んでおく必要がある。なにも医者と知識の点で同等になるべきだなどとは思っていない。だけど、読んでおけば、医師の説明をより理解することができるし、疑問もぶつけることができる。
 各がんのガイドラインはネットで検索することができる。
 病院に提案したい。
 患者にパソコンサービス(プリンターは必須)をすべきである。インフォームドコンセントの担保は不可欠だ。松江市立病院、松江日赤にはノートパソコンを接続できるテレビ機器が個々の患者のベッド横に設置されている。だが、ノートパソコンを持っていない人は少なくないし、緊急入院なら持参することができない
 情報がなければ、とても不安になる。そのことを今回、痛感した。
 なにも患者一人一人にパソコン&プリンターを提供しろとは思わない。各フロアにパソコンルームを設ければいいだけのことだ。
 スマートフォン、アイパッドが普及しているから必要はないと思われるかもしれないが、やはりプリントして赤ペンを手に精読しなければ、ガイドラインのどのことが理解できて、どのことが理解できない・納得できないのかわからない。
 パソコンルームは費用がかかるので無理というなら、ガイドラインをプリントしたものを患者一人一人に渡せばいい。せいぜい1部1000円だ。それも費用がかかるというなら、希望者に販売すればいい。
 患者は医者の言うことを聞けばいいのだと、統一教会の指導部のように思っているのならともかく、医者と患者は共同で病に立ち向かうべきだと考えているのなら、ガイドラインの提供は絶対不可欠である。
 

こもれび文庫

 情報提供の点で、松江市立病院を褒めておきたいことがある。
 それは、最上階のレストランに、医学関係の本を集めた図書館「こもれび文庫」が併設されていることだ。まだ不十分だが、がん関係の図書はまあまあある。『がんと闘うな』もあった(笑)


 ただし、この図書館の存在を知っている患者は少ないのではないか。ぼくは、見舞いに来た近藤さんとレストランでお茶をしたとき偶然知った。看護師は患者に積極的に知らせるべきだ。「○△さんの病気に関する本はうちの図書館にありますよ」と。



浣腸は恥辱だった!

 これから手術直前に行なわれたことを足早に紹介する。大腸がんは女性のがんではトップ、男性は4位。参考になるはずだ。

【血液検査】
 やや貧血気味、やや栄養不足、やや炎症。しかし、手術には差し障りのない数値だった。
【尿検査】
 異常を認めず。
【心電図検査】
 異常を認めず。 
【肺機能検査】
 黄色信号が出ると思っていた。高校2年生のときから煙草を吸っていたし、入院する数カ月前から煙草を吸うと胸が苦しくなっていたからだ。ところが、全くの正常。検査技師曰く。健康そのものですよ。じゃあ、また吸おうかと思ったが、桜子さんのSが怖いので・・・。 

【動脈の血液検査】
 異常を認めず。
 
【造影剤を注入するCT検査】
 これはすごかった。なにしろ造影剤を注入されると、身体がもわっと熱くなるからだ。不快そのものだった。
 2つのことが心に浮かんだ。いずれも想像なのだが、オウム真理教が信者の記憶を消すために注射を打ったシーン。スターリン下の秘密警察がスパイと疑った党員に告白剤を打ったシーンである。打った瞬間に身体が熱くなり、記憶が消え、秘密をしゃべってしまう。
 中断してもらいたかったが、我慢するしかなかった。なぜなら、がんを切除するときにどこまで血管とリンパ節を切除していいのか特定させるためには必要な検査、と聞いていたからだ。
 これには説明が必要だろう。
 がんは血液、リンパを通して、他臓器に転移する。このため、がんの部位と関係する血管は切除し、がんが転移しているリンパ節は郭清(かくせい。すっかり取り除くこと)する必要があるという。なぜなのかはいまいち理解できていないのだが。

lymph_illust_01.gif

 何年前から改められたのかはわからないが(まだやっている外科医がいるかもしれない。注意を)、必要のないリンパまで郭清していた長き時代があった。そのため、術後、腕がむくみ(乳がん)、足がむくむ(大腸がん)という障害が起きていた。むくむといっても、パンパンに腫れ上がり生活に支障をきたすほどに。それも死ぬまで!
 前掲の『人体のすべてがわかる本』によれば、リンパ節は身体に800個あり、首のまわり、わきの下、股の付け根に多くある。

 それが問題となり、過度の郭清は良くないということになったらしい。
 ちなみに、温存療法ではなく、全摘手術、ハルステッド術時代の乳がん患者のほとんどがやられたようで(その数は膨大だ)、最近、そうした患者を対象としたリハビリを始めた病院もあるという。進歩といえば進歩だが、変な話である。不必要なリンパ郭清をやって、後遺症になったからそのリハビリに取り組む。無料のアフターフォローというのならともかく、料金を徴収するというのだから。

 不必要なリンパ郭清をやって、足が腫れ上がり、歩行に支障をきたす。思わず、ぞっとした。そうなったらたまったもんではない。それゆえ、造影剤は不快であっても、我慢するしかなかった。

【臍の掃除】
 臍を掃除するなんて初めてだ。

【絶食】
 再び、点滴をすることに。

【浣腸】
 大腸にメスを入れたら大谷さんの顔に小生のウンチがドピィーン。
 そう想像すると、やらざるを得ないのだが、恥辱そのものだ。考えてみればいい。うら若き女性あるいはイケメンの男性看護師に汚い尻の穴を差し出し、管を入れていただく。自分でやるといったけどダメだという。ド赤面。もうお嫁にいけな~い♪
 高熱で手術が延期されたため、浣腸は2回も。2回目になると余裕ができる。「ぼくがやる」「ダメです」。これを何度か。<この看護婦さんは折れる>はずと、けっこう強気で迫った。なぜなら、彼女は注射を二度も失敗していたから、俺に負い目があるはず。そう踏んだからだ。結果、俺の勝利であった。

【2ℓの腹下しの液体を飲む】
 とてもまずかった。でも、外に出たくないと最後まで壁にへばりついていたものも出すことができた。腸がきれいになったかどうかは色で判断される。
 
【ストッキング着用】深部静脈血栓症-足を動かさないことによる血栓症(エコノミー症候群を想起のこと)-予防用の靴下をはく。電源を入れると、膝下の部分を自動的にマッサージするようになっている。長旅するときには便利かも。市販されている。

 9月17日、手術室に向かった。


<質問の回答です>口腔、咽頭、食道、胃、小腸(十二指腸、空腸、回腸)、大腸(盲腸、結腸、直腸)、肛門、肝臓、胆嚢、膵臓
 ついでにこれらの臓器でがんにならないのは小腸です。どうしてなのかはいろんな説があるそうです。そういえば、心臓がんも聞いたことがありませんね。どうしてなのでしょうかねえ。

-次回はいよいよ手術の体験記です-

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コメント

組織に心を委ねる

絶対服従を強いられているんだよ。

疑問を差し挟むのも不適切だとされる。

入ってみれば分かる。

癌が発生しないのは

極少数ですが、小腸癌はあります。

千例がん患者を診た外科医で、3例とのこと。それでも、他の外科医より多いとか。

http://umezawa.blog44.fc2.com/blog-entry-55.html

癌が発生しない臓器は心臓と脾臓です。
  • [2013/11/17 14:11]
  • URL |
  • 通りすがりの元ナース
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

ムフフ(^-^)

私のSが米本さんの禁煙に役立ってるなんて嬉しい♪高校から吸ってたのに問題のない米本さんの肺には驚きましたが。

あと米本さんの仰る通り権力に屈せず自分の人生に責任を持つって大事な事で基本的な事だけどなかなか難しいですよね。
 医者にしろ宗教アベルにしろ難しい用語を使って説得するのが上手いし何となく恐ろしい圧力もある。患者やカインと共に乗り越える姿勢で目線を一緒にしてくれたら随分こちらも疑問を話しやすくなるんですが。こちらもかなり学ばなくては。
あと医者にはセカンドオピニオンがあるけど統一教会は独占組織。やっぱり競争する相手がいないと東電みたいに腐敗しやすいかも。おまけに組織の票に寄りかかった政治家によりチェック機能がなされてないと庶民が太刀打ちしにくい。

でも諦める事なく内省しつつ道を探す事は大事な事ですね。専門的な話も含め参考になったわと私も誉めちゃいます。たまには甘いアメもいいでしょ♪

組織に心を委ねる

>自分には悪いことは一切ない。すべてを組織の責任に転嫁し、負の感情を抱く。
>こうした姿勢からは、何の教訓も得ることができないし、人間として成長することはない。

本当にその通りと思います。
信者一人ひとりの姿勢もそうですが、病膏肓に入っているとしか言えない現在の教団の状況に、危機感を抱いている幹部がどれだけ居るのか?
それが分かっている人は、教団中枢から追いやられているような話も聞きます。

そんな組織に見切りをつけるのも一つ方法かもしれませんが・・・。
信仰の道は険しいです。

aさんの言うとおりです

前にも、偽装食口の書き込みであると指摘のコメントがあり、(確か、本部通達の項でしたか)内容的にダブりますが、聖書解釈と原理講論から。

①エデンの園で、「知る(性的関心)」ことを望んで堕落したので、その蕩減を受け、復帰には、堕落人間の理解の及ばない路程が待っている。凡人が見たら理解できない超越した摂理の奥義はメシヤだけが知っている。馬鹿みたいでも従うこと。時間(万物条件)を奪われることもサタンの条件だ。サタンは知恵の天使長なので、たいてい、思考は悪に傾く。

②自由の定義、堕落性を脱ぐための蕩減条件(メシヤのための基台)より。
原理を離れた自由はなく、自由には責任が有り、そして、必ず実績を伴う。カインの正道とは、神の立場でアベルを愛し、アベルに従順屈服(異なる考え行動を改める)し、アベルを通して善なる目的を達成すること。アベルと一つにならなければ、サタンの所有となり、アベル殺しの結果となる。

①②より、神側の条件を結び、摂理を進める思考のみが善であり、それ以外に時間を使うことは、すべて神への反逆行為となるのだ。その穴埋めを必ず真の家庭や食口が追わなければいけないということである。(つまり、立ち止まって考えている時間さえも誰かに苦労を負わせているということ)
失敗したら、その前に築いてきた歴史的な蕩減条件が崩れ、負わなければいけない(とんでもなく大変な苦労をしなければいけないということ:本当に無慈悲なルールです)

考えた結果、良いと思われることでなく原理的であることに神が働くと考えなければいけないので、つまりは、残念なことに、米本さんの至極当然の指摘は、原理的に否定されているのです。

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ちょいまち、

2世は意外と色んなこと知ってるよ。

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統一教会の婚外子訴訟

(不正な投稿だと判断されて、投稿できませんでした。公開コメントにする際はこの文を消して下さい)


『ニューリパブリック』というアメリカの週刊評論誌(1914年創刊)に載った統一教会に関する長文記事の中の婚外子訴訟に関する部分を翻訳して載せます。
The Fall of the House of Moon - By Mariah Blake, The New Republic
“文家の崩壊” マリー・ブレイク 『ニューリパブリック』
http://“www.newrepublic.com/article/115512/fall-house-moon

-------------------引用始め--
文も結局のところ、必ずしも彼の高潔な教えを守って生きたわけではありませんでした。
4月に、私は、アニー・チェ(崔)とテレビ電話で話しました。彼女はフサフサとした白髪の血色の良い77歳の韓国人女性で、穏やかに話す人でした。

チェ(崔)は1950年代に母親と姉と共に文の教会に加わりましたが、彼女が17歳の時から始まって多くの性の儀式(6人もの女性が含まれているとか)に関わったと主張しています。
彼女の話は、初期の信者たち何人かの話とも一致しますが、文の教会が、性欲的な儀式を通して女性の信者を“浄化する”セックス・カルトとして始まったとの主張を支持しています。

彼は韓鶴子と結婚した1960年までに、彼の宗教の基本的理念として結婚の貞節を売り文句にしていました。
しかし、チェ(崔)は、彼女がアメリカへ引っ越す1964年まで、文の愛人でい続けたと主張します。
翌年、文は、アメリカへお披露目の訪問をしました。
彼が去る頃には、チェ(崔)は、彼の子どもを身ごもっていたと言います。

このようなニュースは駆け出しのアメリカのプロジェクトを消沈させることもできました。
しかし朴普熙は、それが起こらないように手配しました。
チェ(崔)によれば、(彼女は以前はこの経験について公に話したことはなかったが)、朴の妻は布おむつを腹部に巻いて、妊娠していたふりをしました。
出産の時が来た時、朴が病院まで一緒に行って、彼女を彼の妻にみせかけたと、チェ(崔)は言います。
次の日彼は、彼女を誰もいない彼女のアパートで降ろすと、赤ちゃんを連れて彼の家に戻りました。
その後、朴夫人が、チェ(崔)に海草スープを持って来ましたが、チェ(崔)は、それを食べることができなかったと私に話しました。
「私はただそこに座って、器の中に涙をポトポト落とすだけでした」

チェ(崔)はアメリカに留まって、彼女の息子(朴サム)の近くに居ました。朴サムは、仁進が十代の頃に惹かれた青年その人です。
(誰も、サムが彼女の腹違いの兄弟であることを彼女に言っていませんでした)
その後、13歳でサムは、定期的に訪れる親切な“おばさん”が実は自分の母親だということが分かってきました。
「突然、私の生活に意味が通りました」とサムは、彼とチェ(崔)が住むフェニックスで私たちが4月に会った時、私に話しました。

後に、朴普熙は、ある契約書を携えて、サムとその母親に接近して来ました。
かれらの“相互の愛、愛情および尊敬”のしるしとして、とそれには書いてありました;
サム、チェ(崔)および朴は、お互いに、また文家も、遺産相続権から生じるものを含む“過去、現在、未来におけるどんな行為”からも、自由になります。代わりに、サムおよびチェ(崔)は各々100ドル(約一万円)を受け取るものとします。

サムとチェ(崔)は、“神学に基づいた”強制・恐喝の被害者だったと主張して、現在朴家と文家を2000万ドル(約二十億円)で訴えています。
統一教会も文家と朴家の弁護士達も、コメントの要請に答えませんでした。
----------------引用終わり-------
訳注:チェ(崔)=崔順花

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

「戦っているね」さんへ

 非開示の投稿を開示されたらいかがでしょうか。ご検討を。

そうですね、問題ありませんし

O.K.でも、やり方がわかりません。教えてください。米本さんのほうでできるならしてくださいな。

全体像の認識

>なぜ子どもが感心するほどに質問したのか。
それはがんと治療の全体像を認識したかったからだ。


 米本さんのご子息ならずとも癌治療に対する疑問を徹底して解決しようとする米本さんの姿勢には見習うべき内容が多く感心いたします。
 その動機としての「全体像を認識したかった」という探究心は人間の精神や知性が正常に機能するための基本条件とも言えそうです。
 ルポライターとして米本さんが拉致監禁、強制改宗問題を追究される際にもそのような姿勢が一貫しているのは改めて確認されます。
 他者から流れてくる情報をその中に潜む主観性も合わせて垂れ流しているような無能コメンテーターとは違って、米本さんの記事に説得力と信頼性があるのはそのような“全体像を認識した”前提があったからだとわかります。

 その“全体像を理解する”ことは人間が正しい判断や主体的、発展的な行動を起こすには不可欠で、様々な知識の土台となるものです。
 しかし、‘人間の心と体’の病に関してはその“全体像を理解する”ことが決して容易でないことは医療の現実と宗教、倫理の問題が証明していると思います。
 そもそも生命の起源自体に謎が多いのですから、人間の心と体の存在そのものの全体像を理解するのは容易ではなく、どこまでも探求すべきテーマということになってしまいます。
 米本さんが今回の癌治療に関するシリーズ記事の中で書かれていましたが「がんがいつ移転するか」という基本的な問題は医学的には解明されておらず、謎となっており、癌という‘体の病’そのものの全体像は現代医学においては完全に理解できていないことになります。
 つまり、科学が高度に発達した現代においても‘人間の心と体’の病には謎が多く、人間はさらに研究を重ねてその謎を解明し、克服せねばならないのであり、多くの課題が存在している現実の中にいるのです。
 その謎を克服しようと努力し、研究している人間の知性こそ、他の動物にはない人間の価値そのものであり、人間の幸福を実現する為にもそれは欠かせないものです。

> 統一教会員の中には、自分が信仰する組織のことを知ろうとしない信者がいる。
 組織がいまどういう状態にあるのかはネットですぐに知ることができる。それなのに、ネット検索をしようとしない。信仰仲間が情報を伝えても「そんな話は聞きたくない」と耳を貸さない。あるいは「それには何か深いわけがある」と考えようとしない。そして、ひたすら組織の方針に盲目的に従う。信者が信者をコロす事件が起きようがまるで関心を示さず。
 自分の大切な心を他者に預けているのだ。

 米本さんが述べておられるのは まさしく‘下劣な食口’のことだと思います。
しかし、その‘下劣な食口’が大半なのですから悲しくなってしまいます。
 自分が統一教会に入教した時代、文先生が語られた「親は子供が自分以上に立派になることを願うのです。皆さんも先生を超える者になるよう努力しない。」という内容の説教がとても印象的でした。
 それは原理的な親子の関係と愛情が見事に凝縮された表現でしたが、統一原理から学んだ信仰姿勢とも一致し、印象深かったのです。

 しかし、今現在の統一教会で語られる訓話には二律背反と言うべき訓話が無数に存在するのです。
 文先生が語ったとされる「絶対服従」などの御言葉も上の説教と矛盾する要素が多く、その真意に対する解釈は教会員によって分かれてしまいます。
 場合によっては教会としての一貫した理念の欠如さえ疑われてしまうことになります。
 そして、その結果として、統一教会の教義と組織の全体像はかなり不明確なものとなっており、中枢部の密室で組織の方針が決定されている為、たとえ そこに欠陥があったとしても一般教会員は問題を認識できず、特に知性の乏しい盲目的な教会員は教会の問題ある方針に従い、それを繰り返すのみで 自分達の首を絞めることにもなってしまうのです。

 一般の統一教会員が自分の組織の全体像を知ることは、信仰的な理想を実現する上で不可欠のことです。
 統一原理の究極的目的は‘神の愛を中心とした人類一家族世界’の実現ですが、人間のもつ責任分担として切磋琢磨しながら、統一原理を実践していかねば間違った方向に組織が進んでいく可能性も充分にあり得るのです。
 しかし、統一教会が教義として扱っている御言葉のなかに二律背反というべき“教え”が幾つも存在する以上、教義としては淘汰されるべきものがあるはずですし、統一教会が未来に生き残り、さらに発展する為にはそのようにして教義を整理するのは必須と言えるでしょう。

 まずは、知性に至る第一歩である問題意識を統一教会員は持って欲しいものです。
問題意識さえ正常に持つことができたならば、それは探求心となって現われるはずです。
 現在の統一教会の現状を見て理想的な組織だと満足できるなら、それがその人の資質の程度なのでしょうが、統一原理によって触発された より高い理想を抱いているならば、各人が持つ責任分担として、その理想を妨げている原因を真剣に追及すべきです。
 原理講論の“総序”に書かれているとおり、<「知ること」は、生命の光であり、また蘇生のための力でもある。そして、無知は死の影であり、また破滅の要素ともなるのである。無知からは如何なる情緒をも生じ得ない。また、無知と無情緒からは如何なる意志も生ずることはできないのである。人間において、知情意がその役割を果たすことができなくなれば、そこから人間らしい、人間の生活が開かれるはずはない。>のです。

かなの訂正

自分のコメントを読み返しましたところ、一つかなが欠落しており、意味が通じない文になってしまいました。
以下のように訂正します。
 ↓
<自分が統一教会に入教した時代、文先生が語られた「親は子供が自分以上に立派になることを願うのです。皆さんも先生を超える者になるよう努力しなさい。」という内容の説教がとても印象的でした。>

文家の婚外子訴訟

アメリカの『ニューリパブリック』という週刊評論誌(1914年創刊)に載った統一教会に関する記事の中の婚外子訴訟に関する部分を訳してみました。
The Fall of the House of Moon - By Mariah Blake, The New Republic

“文家の崩壊” マリー・ブレイク 『ニューリパブリック』
http://www.newrepublic.com/article/115512/fall-house-moon

-------------------引用始め--
文も結局のところ、必ずしも彼の高潔な教えを守って生きたわけではありませんでした。
4月に、私は、アニー・チェ(崔)とテレビ電話で話しました。彼女はフサフサとした白髪の血色の良い77歳の韓国人女性で、穏やかに話す人でした。
チェ(崔)は1950年代に母親と姉と共に文の教会に加わりましたが、彼女が17歳の時から始まって多くの○の儀式(6人もの女性が含まれているとか)に関わったと主張しています。
彼女の話は、初期の信者たち何人かの話とも一致しますが、文の教会が、○欲的な儀式を通して女性の信者を“浄化する”セッ△△・カルトとして始まったとの主張を支持しています。
彼は韓鶴子と結婚した1960年までに、彼の宗教の基本的理念として結婚の貞節を売り文句にしていました。
しかし、チェ(崔)は、彼女がアメリカへ引っ越す1964年まで、文の愛人でい続けたと主張します。
翌年、文は、アメリカへお披露目の訪問をしました。
彼が去る頃には、チェ(崔)は、彼の子どもを身ごもっていたと言います。
このようなニュースは駆け出しのアメリカのプロジェクトを消沈させることもできました。
しかし朴普熙は、それが起こらないように手配しました。
チェ(崔)によれば、(彼女は以前はこの経験について公に話したことはなかったが)、朴の妻は布おむつを腹部に巻いて、妊娠していたふりをしました。
出産の時が来た時、朴が病院まで一緒に行って、彼女を彼の妻にみせかけたと、チェ(崔)は言います。
次の日彼は、彼女を誰もいない彼女のアパートで降ろすと、赤ちゃんを連れて彼の家に戻りました。
その後、朴夫人が、チェ(崔)に海草スープを持って来ましたが、チェ(崔)は、それを食べることができなかったと私に話しました。
「私はただそこに座って、器の中に涙をポトポト落とすだけでした」
チェ(崔)はアメリカに留まって、彼女の息子(朴サム)の近くに居ました。朴サムは、仁進が十代の頃に惹かれた青年その人です。
(誰も、サムが彼女の腹違いの兄弟であることを彼女に言っていませんでした)
その後、13歳でサムは、定期的に訪れる親切な“おばさん”が実は自分の母親だということが分かってきました。
「突然、私の生活に意味が通りました」とサムは、彼とチェ(崔)が住むフェニックスで私たちが4月に会った時、私に話しました。

後に、朴普熙は、ある契約書を携えて、サムとその母親に接近して来ました。
かれらの“相互の愛、愛情および尊敬”のしるしとして、とそれには書いてありました;サム、チェ(崔)および朴は、お互いに、また文家も、遺産相続権から生じるものを含む“過去、現在、未来におけるどんな行為”からも、自由になります。代わりに、サムおよびチェ(崔)は各々100ドル(約一万円)を受け取るものとします。
サムとチェ(崔)は、“神学に基づいた”強制・恐喝の被害者だったと主張して、現在朴家と文家を2000万ドル(約二十億円)で訴えています。
統一教会も文家と朴家の弁護士達も、コメントの要請に答えませんでした。
----------------引用終わり-------

訳注:チェ(崔)=崔順花

○は性、△△はクス

思考の罠

近年、教条主義からの脱皮を唱える人々がいる。宗教的表現をするとするなら、律法主義、あるいは、旧約的信仰というべきものかもしれない。
僕は、それについて検索をしてみた。市民運動の流れだった。政治家の無力へのアンチテーゼの市民運動版といったものか。
いま、言葉を変えて様々な分野で、同じことを提案する流れが見られる。スポーツやビジネスで話題になったコーチングの技法も、このような反省に立ったものだったかもしれない。
失敗に立った時、現状分析を正確にすることの重要性を、自身も感じている。ヨーロッパで宗教が根付かなくなったのはなぜか?権威化した宗教へのアンチテーゼだ。日本で基幹産業や金融施策を軽視するようになったのはなぜか?癒着とナンセンスな公共投資(まがい)によって年金が使われた事への嫌悪からだ。米やEUの衰退は、反ファシズムの号令のもと、資源戦争の反省を今もしていないからだ(日本は今もこの抑圧のもとにいる)。敵を見つけるのは簡単だが、真の問題は、それは敵ではなく、克服すべきものであったことに殆んどの場合気づかなかったということだ。

米本さんが、反カルトのカルト性を主張されていたのは、不作為の思い込みや、あるいは、弱さを持った人間が安易な解決だけを望む事への警告なのかもしれない。どこの世界にも、100%の善意を持った人だけの集まり、或いは間違いを犯しえない個人や集団というものは有りませんから。

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