食は禅に通ず 

身辺雑記(9)

ともにかくにも嚙む嚙む嚙む

 がん体験記の最後は食のことである。
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 腸閉塞は、松江市立病院のステントの留置術によって解決した。
「蛙の腹が弾け、中身が土石流の如く流れ出す」  を参照)

 ステントは、網状の直径2㎝程度の管である。この管をがんと大腸の壁との間に挿入することによって大腸は開通したわけだが、注意を要するのは食物がつまらないことである。
 このため、留置後の食事は「低残渣食」だった。
 残渣。まず、読み方がわからなかった。
 看護婦さんに聞いて読み方がわかった。「ざんさ」
 持参した辞書で調べると、「こしたあとなどに、残ったかす」

 かすが網状のステントにひっかかり詰まってしまうと、また腸閉塞になってしまう。そうならないために、かすが残らないような食材を使ったのが「低残渣食」というわけだ。

 ステント留置後、看護婦さんから食事の開始にあたって注意があった。
「よく噛んで食べてください」
 こんな指導を受けたのは、ぼくが朝日小学校1年のときの担任だった吉田先生に次いで、2度目のことだった。 「よく嚙んで食べれば、味は次第に変わってきますよ」と話してくれたと思う。
 イメージしてみた。
 食べ物は胃で、胃酸によって砕いて、腸に送られる。
 これを円滑にするためには、よく噛んで、固形が残らないほどに液状にしてから飲み込めばいい。
 それで、食事が出されると、液状化を実践した。ひたすら噛む・噛む・噛む。
 術後しばらくしてから新聞が読めるようになったけど、それを横に置いて、ともかく食に専念した。ニュース番組が流れていても、スィッチを消して。ともかく、噛む噛む噛むだ。
 料理を口に入れ、箸を置いて、噛む。


ごぼうはOUT

 入院前には考えられないことだった。新聞を読みながら食べる。ニュースを見ながら食べる。新聞休刊日は気が狂うと思ったほどに、食は二の次、新聞とニュース番組が一番だった。
 それが、病室でひたすら食に向かい、食に集中する。人生初めての体験だった。
 そうしていたら、ある種、不思議な感覚に囚われた。これについてはあとで。

「低残渣食」は、術後「病後食」に変わり、そして退院となるのだが、退院にあたっては栄養士から「退院後の食事」について指導があった。
 これがなかなか面白いのだ。腸にいいと思っていたものが案外×印。

【消化の悪いもの】(繊維が多いもの)れんこん・たけのこ・ごぼう・こんにゃく・山菜類・きのこ類・海藻類。(脂肪が多いもの)ベーコンなどの油の多い肉・スナック菓子・インスタント食品・揚げ物。(消化の悪いもの)貝類・いか・たこ・玄米。(刺激の強いもの)、からし・わさび・唐辛子・炭酸飲料・コーヒー。(果物)梨・柿・パイナップル・柑橘類・ドライフルーツ

 退院してからも、ひたすら噛む噛む噛むを実践してきた。90歳の母が食べ終わってからも、もぐもぐ。このため毎回の食事時間はなんと1時間。
 面白いことに、「残渣」がわかるようになった。皮をむいてすったリンゴなのに噛んでいると、どうやってもかすが残るのだ。<ああ、これが残渣かあ。不思議発見だ>。ごはんや白身の魚はかすは残らないが、キャベツや小松菜、赤身の肉(おすすめ食品)は残る。


食とひとつになる

 新聞を見ながらの「ながら食べ」をやめ、ひたすら食に集中していると、ときおり雑念が取り払われ、無心の境地になれる瞬間がある。前に書いたように、不思議な感覚だった。
 そんなときに、新聞の書評に『禅と食-生きるを整える』が載っていた。筆者は曹洞宗の住職・桝野俊明氏。感じるものがあって、取り寄せた。

「(品のある食べ方は)何も難しいことではありません。ひとくちごとに箸を置く。たったこれだけのことです。料理をひとくち食べるごとに箸置きに箸を置くようにすると、食事の所作全体がガラリと変わるのです」
「喫茶喫飯(きっさきっぱん)という禅語があります。お茶を飲むときには、そのことだけに集中して、食事とひとつになる、という意味です」
「ひとつの料理をつくるにもさまざまな食材が使われます。その一つひとつの食材とあなたとは縁で結ばれているのです。(略)
 カレーやシチューをつくるときに使うジャガイモ。それが北海道の生産農家で栽培されたとします。ジャガイモとして収穫するまでには、農家の人たちが畑を耕し、タネイモを植えつけ、草取りや水やりをするといった作業プロセスがあります。それらの作業に携わった人がいなかったら、目の前にあるジャガイモはあなたの元に届かなかったのです」

 食事とひとつになる。ひとつになれたとき、そこには邪念は入らない。まさに禅の境地ではないか。

 食べながら、このレタスは群馬県の嬬恋村で取れたもの、そこの農家の人たちと食を通してぼくは結ばれている。そこまで思いをいたすのはなかなか難しいのだが、「食事とひとつになる」という意味にはそうした想念も含まれているのだろう。
 忙しい読者のみなさんは、食事に時間をかけることは難しいだろうが、一週間に1回ぐらいは
「ひとくち食べるごとに箸をおき、噛むことに集中してみたらいかが」
 と思う。わざわざ禅道場に出向き、座禅をしなくても、何か感じるものがはずだ。とりわけ、自己肥大化した教会員ブロガーにはぜひ試してもらいたい(あっ、邪念が入った。ボリボリ)。

 横道にそれるが、なるほどと思ったことを引用しておく。
「四季の移ろいを感じさせ、自然と一体になれる旬の食材を使った料理が、いかんなくもてなしの心をあらわすものになることは、いうまでもないでしょう。
 しかし、実はそれを超える最高のもてなしがあるのです。旬のものを中心に、旬を少し過ぎたもの、これから旬を迎えるものも加える、というのがその最高のもてなしです。(略)
 仏教に三世(さんぜ)という言葉があります。過去、現在、未来がそれですが、私たちはその時間の流れのなかで生きています。旬の食材(現在)に名残の食材(過去)とはしりの食材(未来)を添えて出すことで、ひとときの食事のなかに、人が生きてきた、いまを生きている、そして未来に生きていく、という悠久の時の流れを演出するといっていいかもしれません」


いい本があった!

 話を現実のことに戻す。
 病院の栄養士から「消化に悪いもの」「おすすめの食品」の資料をもとに食事指導を受けたが、問題は料理方法である。「退院するまでに簡単なものでいいから、レシピを作っていただけませんか」と頼んだ。
 にこやかに頷かれたのだが、その後はなしのつぶて。きっと忙しくて忘れたのであろう。

 術後の食事は、胃もそうだろうが大腸を切除した患者にとってはきわめて重要である。
 まず、切除した大腸の両端がまだしっかりとはくっついてはいない。ぼくの場合、腸閉塞になったので、腸壁が長く炎症を起こしていた。それに加え、手術で腸が相当に弱っている。そこに食べ物が胃から送られてくるわけだから、腸に負担になるものだったら消化不良を起こし、また閉塞を起こす。
 不安に思っていたら、娘がネットで見つけたという本を送ってくれた。
 女子栄養大学の大腸がん手術後の100日レシピ―退院後の食事プラン
 まさにどんぴしゃりの本だった。術後の期別ごとにレシピが紹介されていることも大いに参考になったが、レシピの作成者、重野佐和子さんが大腸がんの体験者であり、レシピだけに限らず、細やかなアドバイスが散りばめられているのだ。
 帯のタイトルは「患者さんの術後の不安を解消!」。まさにその通り。不安はかなりの程度、解消された。退院した患者の不安は、この本を読むのと読まないのとでは大違いだと思う。


痩せた・老けた・縮んだ

 1つだけ、心配事が残った。
 それは、入院中もそうだったが、水便がちょろちょろしか出ないことだった。
 食べる量が少ないにしても、いくらなんでも少なすぎる。といって、腹が膨れてくるわけではないし、ガスは出るので閉塞気味になってはいない。
 こう解釈した。
 とことん咀嚼して食べているので、栄養の吸収量が多く、それで不要物が少ないのだ、と。
 知り合いはヤセの大食いの例を出して、「よく噛まずに飲み込んでしまうため栄養が吸収されず、食べた大部分が排泄されるから、どんなに大食いであっても、体重が増えないのだ」という。なかなか説得力があった。その昔、ワカメがそのまま出てきたことを思い出した。
 しかし、それにしても数日間もチョロチョロだと、不安が募る。
 思い余って、診察を受けた。
 レントゲンを撮ったところ、便はたまっていなかった。
 大谷さん曰く。「食べる量を増やし、上からの圧力で出るようにしてみたら」
 食べる量が少ないという見立てである。

 食欲はなかったが、少々無理して、レシピに指示された分量より多く摂ってみたところ、徐々に増えていった。
 湯船につかりながら傷口をさすり、妙齢のご婦人から送っていただいた腹巻をつけてベッドに。朝起きると、散歩に出かけ(腸の運動)、ゆっくり食事を摂り、便座に腰掛ける。そうすると、細いけどつながりが。しげしげと眺め、理解されにくいだろうけど、至福にひたった。

 10月、上京したとき娘に会った。開口一番。「痩せたねえ。老けたねえ。身体が縮んだみたいよ」。強烈なストレートだった。それから容姿を気にするようになった。鏡を見ると、なんと肋骨が浮きでていた。これじゃあ、12年間監禁の後藤徹さんと同じではないか。鏡の前でうめいた。身長は1㎝低くなっていた。おそらくお腹の傷に引っ張られ前かがみになっているせいではないか。
 娘の言葉から、民主党の仙石由人さんが胃がん治療のあと、国会に顔を出したときの映像シーンを思い出した。
 ええ!こんなに痩せて、顔は皺だらけ、老けたなあ。

 娘ちゃんはフォローも忘れていなかった。
「それほど気にすることはないよ。知り合いの人の例からすると、3カ月もすれば元に戻るよ」
 それから、体重計を買って、体重増を意識するようになった。“直言”に感謝である。
 
<注>体重が減ると、抵抗力が弱まり、感染症になりやすく、がんが増殖しやすという。近藤さんは「メタボぐらいがちょうどいい」。近藤著『免疫療法に近づくな――長生きするなら「免疫力」より「抵抗力」』


目指せ、56

 体重を確かめると、8月25日に緊急入院したときの体重は約57キロ。9月29日の退院時は53キロ。
 4キロ痩せたわけだが、57キロには首をひねった。それ以前には60キロあったからだ。腸が弱り、栄養が吸収されない状態が長く続いていたからではないのか。ちなみに、今は55キロ。年内に56キロとなれば、体重計ともオサラバだ。

 なぜ、入院期間中に体重が減ったのか。知り合いによれば、栄養点滴があってもそもそも食べる絶対量が少なかったからだという。確かに、1日のカロリーは1000前後だったと思われる。先の『禅と食』には
「本山に修行に入ると、粗食ゆえ(朝はおかゆに胡麻塩、漬け物。昼はご飯に味噌汁、漬け物。夜はそれに加えて大根を煮たもの)、一カ月もするとたちまち10キロ痩せてしまう人もいる」
 と書かれていた。
 その後、粗食に変わりはないが、3カ月もすると、体重は半分程度は戻るという。
 これについて、桝野氏は「栄養吸収の効率が良くなったからだ」と見る。よく嚙んで液状化して飲み込めば栄養吸収が高まる、というぼくの素人解釈も間違っていないようだ。

 11月18日、退院後3回目となる診察を受けた。お腹の中は問題なし。腸はきちんとつながっていた。血液検査もALP(アルカリ性の状況下でリン酸化合物を分解する酵素)が若干高め以外、すべて正常値。腫瘍マーカーも正常。次回の診察は12月25日。造影剤を注入してのCT検査(被爆量は24ミリシーベルト)を行なうという。これで一段落となるはずだから、我慢我慢。
 しかし、意識の中では、大腸がんとはオサラバしつつある。松江市立病院の管理者に入院中に感じたことを「提言書」にまとめ、郵送し終わったことも大きい。年内いっぱい(術後3カ月間)はチンタラするけど、もうがん体験記を書くこともないだろう。


 最後に余談である。
 最近までアルコールを口に入れたいとはまるで思わなかった。というより、アルコールが体内に入ると、胃腸がのたうち回るのではないかと怖かった。酒が怖いなんて初めての感覚である。
 しかし、次第に近藤さんからいただいた焼酎が気になるようになってきた。
 「琉球 忠孝10年古酒」
 裏のラベルを見ると、販売場所は高島屋新宿店となっている。わざわざ東京から持参してくれたのだ。感激である。
 じっくり眺めていると、怖さは消え、次第に泡盛が「飲んでみてくれ」と呼びかけてくる。
 そこで一杯。これが実にうまい。いろんな焼酎を飲んだが、心からおいしいと思ったことはなかった。だが、これは掛け値なしにうまかった。そこで、もう一杯・・・。
 
 もう一つ。食いてぇと思っていたが術後には全くその気が失せていた豚カツ(ロースカツ)も、食べてみようかという気になった。
 こんがりの匂い。ソースの匂い。そしてサクサク感。とろける脂身。これも実にうまかった。あとは、熱々のカレーパンを食べれば、またまったりとした日常が待っている。

__ (5)

コラム天命

 中学高校時代の友人Aのことである。帰郷してから高校時代の仲間たちと飲んだ。そのあと、Aに誘われ、韓国バーで未明まで飲んで騒いだ。Aは元気そのものだった。2011年の1月のことだった。翌年の4月にも会ったが、変わりがなかった。
 それから5カ月後、Aががんで松江市立病院に入院したと聞いた。見舞いから2週間後に亡くなった。
 ぼくが入院していたちょうど1年前の出来事である。
 これも偶然なのだが、主治医は大谷さんだった。
 がんは大腸(直腸)がん。手術は成功し、転移もなかった。ぼくと同じである。
 しかし、それからほどなくして、骨髄に転移していることがわかった。大腸から骨髄への転移はきわめて珍しく、術前の検査、術中にもわからなかったという。

 今年の9月ぼくは退院し、彼は昨年の9月に亡くなった。自宅で横たわっていた彼の亡骸を思い出しながら、生まれたときから定まっていた天命のようなものを感じる。あのときにぼくの大腸にもがんがあったのに、転移し死ぬことはなかった。だから、こうしてブログを書いている。だが、いつか、ぼくも死ぬ。明日かもしれない。来年の今頃かもしれない。天命として受け止めるしかないと思う。

 道元禅師が好んで使った禅語に「而今」(にこん)という言葉があるそうである。
 通りすぎてしまった過去はどうすることもできないし、来るべき未来がどんなものになるかわからない。たしかなものは「いま」しかない。いまやるべきことを一心におこない、いまを大切に生きなさい。

 今やるべきこととは、「今を楽しむ」ことだと思っている。


コラム麸の効用

 『大腸がん手術後の100日レシピ』の料理にはを使ったものが少なくなかった。腸のエネルギー源、グルテンを含んでいるからというのがその理由のようだ。
 調べてみると、麸には「板麩」「まんじゅう麩(岩船麩)」「車麩」「押し麩」「揚げ麩」「仙台麩(油麩)」「
飾り麩」「角麩」「焼き麩」「丁字麩(ちょうじふ)」「生麸」などがある。たかが麸と思っていただけに驚きだった。グルテンが多く含まれているのは「車麸」。肉の代用になるという。

 このほか本を読んでへ-っと思ったことを4つばかり。
・ ごまの種皮は消化に悪いので、ペースト状になった「練りごま」がいい。市販品をさっそく買った。けっこうイケテル。
・ 湯葉は、大豆製品の中で唯一、タンパク質と脂質の消化率が100パーセント。吸い物をつくったが、京都の料亭のようにはいかなかった。
・ キュウリは皮をむいて食べると、消化にいい。けっこうイケテル。
・ ヨーグルトは同じメーカーのものではなく、メーカーを変えて食べたほうが効果的。なぜ効果的なのか、理由はよくわからないそうだ。



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コメント

会のHPに掲載しました

米本さん、情報満載の闘病記をお疲れさまでした。

病院から被害をなくすためには、医者におまかせでなく、自分で考える患者であることがとても大事だと常日頃思っています。

その意味ではとても貴重な内容だと思ったので、このブログの『お勧めサイト』で紹介されている『静岡市立清水病院から被害をなくす会』のHPに闘病記を掲載させていただきました。

http://www3.tokai.or.jp/shimizu/index.html

トップページの「お知らせ」から掲載ページを見ていただくと、掲載した理由(医者まかせにしない自立した患者とは、医者と共に病気に立ち向かう患者とはどういうことか)を書いてご紹介しています。

寒さ厳しくなる折、くれぐれもご自愛下さいますように。

車麩と湯葉

京都に長く住んでいた知人が郷里に戻ってレストランを始めました。

開店案内ハガキに、肉、牛乳、卵をいっさい使わず野菜だけと書いてあったので、「タンパク質はどうする?」と疑問でした。

先日、彼女のお店で食べたのが車麩と湯葉でした。

車麩が肉の代用になるとは。確かにメイン料理でした。

車麩と湯葉に納得です。

Re: 会のHPに掲載しました

 ホームページへの掲載ありがとうございました。

>医者におまかせでなく、自分で考える患者であることがとても大事

 ほんとうにその通りだと思います。

 ほとんどの人が死ぬまでに、がんに限らず、何らかの大病で病院の世話になります。そんなときに「医者におまかせ」の姿勢だと、悔いが残ることになるし、何も学ぶことができないのだと思います。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントありがとうございました

昨日は私のブログへいらしてくださってありがとうございましたm(__)m
前回はURLを記載した為に管理人様のみの表示でコメントさせて頂きましたが…

全体的にとても参考になる内容が満載で、近藤医師の誤解されがちな部分も一般の方達が読むことである程度解消されていく気がしています。

ブログ内でご紹介されている『大腸がん手術後の100日レシピ―退院後の食事プラン』は買う予定です。
主人の大腸がんに少しでもパワーが与えられるよう日々勉強したいと考えております。

ともあれ読み応えのある濃い内容でした。
道元様のお話を持ってこられているのも驚きです。
実家は曹洞宗なので、今月は道元様の行事もありますし。

これからもお元気で長く執筆活動をされてください。

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