医師と共に病気に立ち向かう。 

身辺雑記(6)

病理診断

 8月26日、内視鏡を使ってステントを留置し腸閉塞が治ったことは、「蛙の腹が弾け、中身が土石流の如く流れ出す」 で、詳述した。
ダウンロード
 あとでわかったことだが、この日、内視鏡を使って腫瘍の一部を検査のために切り取っていた。
 数日後、主治医の大谷裕医師は、その報告書をもとに、ほくのがんの説明をしてくれた。

病理組織診報告書


病理診断/下行結腸癌

進捗/悪性

診断/Tubular adenocarcinoma(tub1),descending colon biopsy

所見/検体は①②とあり。
①は非腫瘍性再生過形成性粘膜のみ
②の一部に核異型高度な管状腺管が増成するtubular adenocarcinoma(tub1)を認めます。

 医学の素人からすれば、何のことかチンプンカンプン。もっと分かりやすく書かんかいと思うのだが、それはともく大谷ドクターのいいところは検査報告書のすべてを現物で渡してくれることだ。朝、血液を採取すれば、すぐに検査結果を持ってきてくれる。検査費用はぼくが払っているから当然のことかもしれないが、「素人に渡しても意味がわからんだろう」と患者に渡さない医師のほうが多いのではないか。

 報告書は要するに、腫瘍は良性ではなく悪性であり、管状の腺がんという診断である。
 tub1について、大谷ドクターが説明してくれた。
「tubには1と2があって、がんを山に例えると、1は遠くから見ると山かどうかわからないけど、近くに寄ってみると山だとわかる。2は遠くから見て、すぐに山とわかる。病理医の主観的診断だけど、米本さんのがんははっきりがんだとわからないようながんだということです」

 前にも書いた通り、CT検査でも転移なし。病理診断でもtub1。質の悪いがんではないことが判明したためか、大谷ドクターの表情は和んだ感じであった。
 数日後、肺に転移していないかを確認するために再度CTを取ったが、やはり転移なし。
 しかし、CTでは数ミリ程度のがんを発見することはできない。大谷医師はちょっと眉間に皺を寄せながら、こう付け加えるのを忘れなかった。
「開腹してみないと、はっきりしたことはわからない」

 ぼくは慶応の近藤さんに連絡を取り、大腸がんになったこと、また診断結果を伝え、意見を仰いだ。
「確かに開腹してみないとはっきりしたことはわからないね。たぶん大丈夫だと思うけど、腹膜に転移していないとは言い切れない。もし腹膜に転移していれば、担当の外科医は腹膜を切ってはいけない。切るとあっという間に悪化する。それだけが心配だ」
 近藤さんの頭には、NHKのキャスター、逸見さんのことがよぎったようだ。リンクを読めばわかる通り、逸見さんはがんの治療をしたがゆえに、死期を早めた。


帰郷は間違っていたのか

 開腹してみないとわからない。リアリティある言葉だった。
 もし、転移していた場合、どうなるのか。

 考えれば考えるほど、暗鬱とした気分になってくる。
 もし転移していた場合、余命は相場3年だ。
 ぼくは老母(当時88歳、このとき90歳)の介護のために、単身帰郷した。
 死ぬのは別に怖くない。懇意にしていた編集者は50歳で亡くなった。彼の闘病中、織田信長の辞世の句を何度か反芻した。
-人間50年 下天のうちをくらぶれば 夢幻のごとくなり-
「下天のうちをくらぶれば」。確かにそうである。すでに同世代の知り合いは亡くなっている。死は天命だと思うようになっていた。
 しかし、ぼくが死ねば、母に強烈なストレスを与えることになる。
 老人にとって過度なストレスは、痴呆を招く。ぼくが死に、母が痴呆になれば、老人ホームに入るしかなくなる。
 <もしそうなれば、俺は何のために帰郷したのか。老人ホームに入れたくないという一心で、埼玉から島根に帰ったというのに。結局、帰郷は親不孝でしかなくなってしまう> 
 正直、自分がバカみたいに思えてくる。

<注>都会に住む親孝行の子どもは、親を自宅に呼び寄せる。しかし、こうした行為は結果として親孝行でもなんでもない。田舎の親が全く見知らぬ土地に引っ越すことは、強烈なストレスを与え、痴呆を誘発する。

 母のこととは別に、転移しての死も現実のこととして考えた。
 さっそく、看護婦に「松江にターミナルケアをやっている病院はないか」と質問した。あれば予約したいと思った。都会では予約待ちの状態だと聞いていたからだ。
 問題となるのは末期に生じる痛みである。ターミナルケア病棟に入院し、痛みを取るモルヒネを調合してもらう。薬は3000種類にも及び,ぼくの痛みに合わせる薬を調合するために、いろいろ試してみることになる。そのためには入院する必要がある。ちなみに、痛みさえ取れれば、ふつうの生活ができる。
 看護婦から「まあ、ずいぶん気の早いことで」とからかわれたが、“危機管理”の要諦は最悪のシュミレーションをすることにある。
最悪の事態を迎え、オタオタするのはみっともない。
 看護婦によれば、「市内にそうした病院はないが、うちでもターミナルケアに力を入れつつある」ということだった。


いつから癌に?

 9月2日(月)、カンファレンスが開かれた。手術の説明だった。

「鳩尾(みぞおち)のちょっと下のところから、お臍(へそ)を迂回して、お臍の下のところまで切ります。米本さんのがんは下行結腸の一番上のところにあるので、横行結腸から下行結腸までの部分を切除します。ガイダンスによれば、がんとがんの左右10㎝を切り取ることになっています。がんだけを切除しないのは、がんが横に広がっている可能性があるので、そこも切除するという意味です。手術時間は3時間、来週の10日(火)を予定しています」


 ガイダンスとは大腸癌研究会(学会)の指針である。
 がんが5㎝だから、それを含めると長さはトータル25㎝。かなりの長さだが、大腸は2mの臓器だから切除するのは一部である。切除しても、影響はないという。
 大谷ドクターが心配しているのは、脾臓と大腸が癒着していないかどうかだった。癒着していれば、切除する前に2つの臓器を慎重に剥がさなければならない。大腸の管の壁は、がんによって炎症を起こしているためもろくなっている。そのため、うまく剥がせないことがある。そうなったときは難手術になり、4時間ぐらいかかる可能性もある。
 癒着しているかどうかは、がんがいつできたかによる。かなり前からであれば、癒着している可能性がある。
「いつ頃からがんができたと思うか」と、大谷ドクターが質問した。


画像をクリックしてみればわかる通り、脾臓は横行結腸と下行結腸との境目の上にある。


 前にも書いた通り、ぼくは以前から大腸がんになっているのではないかと疑っていた。
 それは、とぐろを巻いた立派な黄金色が出なくなっていたからだ。
 意識するようになったのは、大腸がんで亡くなった編集者の言葉からだった。
「実は、潰瘍性大腸炎で下痢状の便しか出なくなっている」
 それで、自分のをしげしげ観察するようになった。とぐろの黄金色が出ることはめったになく、いつも山羊のコロコロかミンチ状か下痢状。当時はアルコールのせいかと思っていたが、編集者がその後、大腸がんになったことを知ってから大腸がんを疑うようになった。あれは、確か7年前のことだった。
 そのことを、大谷ドクターに告げた。
 ちなみに、潰瘍性大腸炎を長く患っていると、大腸がんになりやすい。
 

醸成された信頼関係

 大谷ドクターの説明は2時間近く行なわれた。
 ぼくの質問に、丁寧にすべて答えてくれたからだ。
 子どもの「臍は必要なものかどうか」という質問にも、「臍は必要ではないから、迂回せずに切ってもいいけど、やはり臍がないとしまりがなくなるからね(笑)」 
 手術前日には家人と子どもに、大谷さんは手術の説明をした。2時間もかけて。

 大谷ドクターは毎朝、病室にやってくると、聴診器をあてて終わりではなく、個人的なことを含めいろんな話をしてくれた。
 あるときは、聴診器をぼくに渡し、大腸の音を聞いてごらん。
 ぼくと大谷さんの間で、信頼関係が確立し、共に手術に向かうという気分が醸成されていった。立場は違えど、医師と患者が一緒になって病気に立ち向かう。これは実に大きなことだった。
 アグレッシブという言葉が浮かんだ。がんに攻撃的に前向きに立ち向かう。
 <俺は病人だが、病人クサイことはやめよう>
 病院から支給されるパジャマは辛気臭い。自分のパジャマを使うことにした。朝起きると、ジーパン姿になり、寝るときはパジャマに着替える。いつもの生活通りにした。
 手術前に点滴の管が外されると、毎日、外出届けを出し、周辺を散歩した。そのおかげで、松江市立病院の隣にある田和山古墳の歩道はすべて“踏破”した。
 <豚カツをくいてえ>。そう思ったのはこの頃からだった。

ダウンロード

 テンションは次第に高まっていった。
 患者のやる気が高まれば、医師にもそれが伝わる。大谷さんも同じようにテンションがアップしつつあるように思えた。
 彼の日々の顔つきの変化からだけではなく、手術直前に原因不明の高熱が出て、手術が一週間延期になったとき、「またテンションを高めていくのはけっこう大変だよね」と語ったことでも、やはり同じだと思った。

 このことからぼくは改めて学んだ。病気を発症したとき、医師にお任せではなく、一緒に取り組むことが大切だ、と。病気ばかりではなく、何事においてもそうだ。人任せ、神頼みでは何の進歩もない。これは、大腸がんにならなければ教訓とすることができなかったことの一つである。
 次回は、このことに関連する、ぼくが愕然としたことを話す。
-続く- 


 興味深い記事だと思われた方は
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ
にほんブログ村 をクリック!

トピックス!
『絆 拉致監禁による家族の崩壊と再生』が出版される-

 作:アトリエH2O、画:KAORIによる漫画『絆』が創芸社から出版されました。
 実際に起きた「1997年の拉致監禁事件」を題材としたものです。
 記者が韓国に嫁いだ教会員に会うところを読んで、やはり韓国に嫁いだ富澤裕子さんに、私が2007年に会いに行ったことを思い出しました。
 物語では女性と家族が和解するストーリーになっていますが、富澤さんのところはその後どうなったのか気になってきました。
 巻末に資料として、後藤徹さんとアントール美津子さんの記録が掲載されています。後藤さんのことはかなり知られるようになりましたが、美津子さんの体験はほとんどの方が知らないと思います。どうかご一読を!

関連記事

コメント

本日この書物読みました

本日、絆 拉致監禁による家族の崩壊と再生を、読みました。今までは、文章でしか 拉致監禁の実態がつかめませんでしたが、漫画ということで拉致監禁のリアルさが、伝わりました。願わくば、実際にドラマ化したものだと、もっとリアルに拉致監禁が伝わると感じました。

医師と共に病気に立ち向かう。

医者も人間だからね。

信頼関係は出来ていた方がいい。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://yonemoto.blog63.fc2.com/tb.php/429-45fe27e2