がん業界と反カルト業界の類似性 

身辺雑記(5)

これまでのがん体験記は、「大腸がんによる腸閉塞で妊婦腹に」 「蛙の腹が弾け、中身が土石流の如く流れ出す」「死ぬ癌と死なない癌」 の3つ。アップしたのは10月9日、15日、28日。今回が11月8日だから、10日に1本の割合です。怠けているわけではないのに・・・。体重は1キロ以上増えたけど、頭のほうがまだしっかりしないようです。遅いのは言葉がうまく出てこないから(泣

 後藤さんの裁判の判決が12月17日なので、それまでに後藤裁判絡みの記事をアップしないと無意味になってしまいます。それゆえ、少々スピードアップせねば。
 論より事実のほうが面白いですが、今回もやや論です。以前からどこかで書きたかったことが含まれています。そのため超長文。ごめんなさい。
 先日、日帰り温泉で胃がんと前立腺がんの人に会いました。一昨日は、肺がんのある老婦(近所の人、無治療)の息子(ぼくより1つ年上)が皮膚がんで手術したことを知りました。がんはそこらじゅうにあるようです。ですから、論であっても、少しは参考になるのではないかと勝手に思っています。

 
 最初の記事のコメント欄で米のダチ公さんが「手術3日前に、スペシャルゲストも米を見舞い、元気をもらったらしい」と書いていたが、スペシャルゲストとは慶応医学部の放射線科医の近藤さんのこと。失礼な足は小生の。
 近藤さんが手にしている本は、近著の『免疫療法に近づくな』。見舞いの品だが、焼酎も持ってきてくれた。これには心底驚いた。「少し飲んだら?」だって!。がんで気に病むことはないよというメッセージだと思ったけと、残念ながら飲む気になれず今も冷蔵庫の横に鎮座している。いずれ、飲む気になったら、最初の一杯は”近藤焼酎”と決めている。


近藤さんが嫌われる理由

 前回の記事で、近藤誠さんの考えを紹介した。ごくまっとうなものだと思われるのに、どうして医療村は彼を嫌うのか。
 それは、近藤さんがマスメディアで東大と自分が所属する慶応の名をあげて、乳房ばかりか筋肉までえぐり取ってしまうハルステッド手術のやりすぎを批判したからである。
 このときのことを朝日新聞の折り込み情報誌『be』(2013年10月19日付)は、次のように書いている。(一部略)
「そして88年、近藤は『事件』を起こす。月刊誌『文藝春秋』6月号に『乳ガンは切らずに治る』と題した論文を発表。東大と慶応大学病院の名前をあげてハルステッド手術のやり過ぎだと指摘し、『治癒率が同じなのに、勝手に乳房を切り取るのは、外科医の犯罪行為ではないか』と問題提起したのである。
 日本の乳がん治療を根底から揺るがす論文は大きな反響を呼んだ。
 学内の反応は近藤の予想通りになった。
 乳がん治療の権威として知られる外科の教授は、近藤の担当教授を通じて謝罪を要求した。近藤が突っぱねると、今度は担当教授が出向を促した。他科から患者がぴたりと回ってこなくなった。廊下ですれ違う医師は避けて通る。露骨にいやな顔をする者もいた」

<注>近藤さんの生き方を知りたい方には、「be」の連載記事「逆風満帆」(10月12、19、26日付)がお薦めだ。

 朝日の記者が近藤さんの雑誌での問題提起を「事件」と表現したのは、注目に値する。
 このときの事件はまだ乳がん医療村(乳癌学会)だけを刺激するものだったが、96年に出版した『患者よ、がんと闘うな』で近藤さんの孤立は決定的になった。
「がんと闘うな」にはいくつかの意味が込められているが、直接的には「抗がん剤の副作用と闘う必要はない」「がんに効かない抗がん剤はやめたほうがいい」である。
 この主張に医療村のがん業界が激しく反発した。なにしろ、抗がん剤の売り上げは年間約7000億円。冨士経済によれば、2019年度には1兆2000億円に達する。
【参考サイト】「第5回 国内医療用医薬品市場 調査結果」

 抗がん剤は効かない・やめたほうがよさそうだの声が社会に広がれば、まさに死活問題、業界は壊滅状態になる。だから、近藤さんを激しく憎悪するようになるのだが、ならば正面切って論破、粉砕すればいいのにと思うがそうしない。がん学会(がんの数だけある)は沈黙したまま。彼らの気持ちに即して言えば「無視」「シカト」「相手にしない」ということになろうが、客観的にみれば、近藤理論を否定することができないから、反論できないのだ。日本医学界の権威たちが!

 最近になってようやく近藤さんを批判する本が出版された。長尾クリニックの長尾和宏院長が近藤さんの『医者に殺されない47の心得』の向こうを張って、『「医療否定本」に殺されないための48の真実』(扶桑社)を出版した。
 堂々としていいのだが、本をめくるとたんなる否定のオンパレード。根拠(症例、論文、統計など)に基づいて批判するのではなく、ひたすら「間違っている!」。自分の考え方とは違うと言っているだけなのだ。本屋に立ち寄る機会があれば近藤さんと長尾さんの本を読み比べてみてもらいたい。内容ではなく記述の仕方に注目して。


共通項はシカト&陰湿

 話は大きくそれる。
 がん業界反カルト業界とはよく似ていると思うのだが、こじつけか。ぼくが近藤さんと同じように偉いなんて思っていませんから、誤解なきように。
 近藤さんは、現在のがん治療のあり方を、実名で堂々と批判する。すでに単行本30冊、菊池寛賞まで受賞した。それに対して、がん業界はシカトする。水面下で悪口を述べる。陰湿である。
 小生は、反カルト陣営(実態は反統一教会陣営)の一角を占める「拉致監禁」諸派を執拗に批判してきた。拉致監禁諸派といっても無名の市井人ではない。そこそこに名の知れた弁護士、学者、牧師、国会議員である。彼らはぼくの批判を無視し続ける。無視どころか、山口広弁護士と山口貴士弁護士、有田芳生国会議員にいたっては平気の平佐でデタラメを述べ、誹謗中傷する。陰湿である。(がん体験記が終わったら、ダブル山口のデタラメぶりを公開する)

 両者の類似点はまだあるが、それは後述するとして、なぜ抗がん剤が問題なのか。


騙しのレトリック

 がん業界の人々は、「抗がん剤はがんに効く」という。ひどいまやかしである。どういうことか。
「この薬は風邪に効く」と言われた場合、私たちは「風邪が治る」と受け取る。現実には風邪が治る薬は存在しないから、薬局は「熱が下がる」とか「喉の炎症を抑える」といった説明をする。「風邪が治る」とは言わない。言えば、薬事法にひっかかるはず。
 これに対して、がん業界の人々はがんが治らないにもかかわらず、「がんが一時的に縮小する」ことをもってして平然と「がんに効く」という。縮小して消滅すればいいのだが、そうではない。その後再び細胞分裂が活発になり、前よりさらに大きくなり、生命を奪う。それなのに、「がんに効く」だ。
 患者は、当然のことながら、「がんが治る」と受け取り、抗がん剤投与に同意する。
 こうした騙しのレトリックは、「生存期間が延長した」「長期生存が可能になった」「がんが消失した」「奏効率が高い」など多数あるが、これらの解説は、『新・抗がん剤の副作用がわかる本』を読んでもらいたい(130~141頁、271~285頁)。
 
 そうそう。反カルト業界でもまやかしがあって、信者を拉致監禁することを「保護」といい、監禁下で説得することを「保護説得」という。信者家族はそれによって後ろめたさが薄れる。懲役5年の違法行為だというのに。


転移予防の効果はあるのか

 がん治療に取り組む医者で、いま現在、抗がん剤でがんが治ると心底思っている人はいないはず。(ただし、治るがんもある。急性白血病、悪性リンパ腫、睾丸腫瘍、子宮絨毛腫瘍、小児がん)
 ならばなにゆえ「がんに効くから」と抗がん剤を勧めるのか。ただただ収入のアップを目論む算術医を別にすれば、抗がん剤には効用があると信じているからだ。
 その効用は2つ。
 1つは、がんの転移予防である。
 がんの摘出手術を行なったあと、転移を防ぐために抗がん剤を投与する。
 効果があるかどうかを判断するには、「がんはいつ転移するのか」をはっきりさせる必要があるが、いまだ解明されていない。前回の記事で書いた通り、肉眼で見えるほどの大きさ(1㎝の大きさの腫瘍には10億個のがん細胞。1㎜なら100万個)になるまでに、転移している。そう考えるのが自然だろう。すでに転移してしまっているのに、転移を予防するとして、抗がん剤を投与するのはまるで意味がない。

 理屈ではなく実際の話。がん患者のほとんどすべてが抗がん剤を投与されているのに、「転移-死」はいっこうに減少していないのである。このことは、前回の記事にも書いた通り、本物のがんに「抗がん剤は効かない」し、がんもどきは抗がん剤を投与されようがされまいが転移しないことを意味する。
 医者たちもベテランになればなるほど、このことは認識できている。がんに「本物」と「もどき」とがあることは絶対に認めないが、早期に発見されたがんなのに、抗がん剤が効かないがんがあることを、経験上知っているのだ。
 それなのに、抗がん剤治療をやめようとしないのは、転移を予防できているがんも(実際は「がんもどき」なのに)あると思っているからだ。

<注1>同じことの繰り返しになるが、どうしても言っておきたいことがある。がんで夫を亡くした妻はきまって自分を責める。「私がもっと注意していれば、がんはもっと早く見つかったかもしれない。そうすれば死ななくてすんだかもしれない」
 <いや、そうではない。がんがもっと早く見つかっていたとしても、本物のがんだったから、死ぬ運命にあった。決してあなたのせいではない>。こう言いたいのだが、医療関係者でもないぼくの言葉が信用されることはないだろうから、結局は黙るしかない。話すべきは遺族の周辺ではなく主治医のはず。しかし、医者たちはどんなに早く見つかったとしても治らないがんがあることを、内心はともかく決して口にしない。卑怯である。

<注2>
よく末期がんの話を聞く。ぼくの高校時代の友人もそうだった。
 どうも調子が悪く、松江市立病院を受診した。がんとわかり開腹したが全身に転移していたためすぐに縫合。彼はそれから2カ月後に亡くなった。
 こうした話を耳にすれば、多くの人は「もっと早く検査を受ければ良かったのに」という。だが、検査でがんが見つかったとしても治るのだろうか。
 細胞の分裂(がん細胞の増殖)が活発であれば、あっという間に大きくなると同時に、全身に転移、再発する。友人の場合も、早く見つかったとしても、死を免れることはできなかったと思う。不謹慎と思われるかもしれないが、早くみつからなくて良かったとさえ思う。もし見つかっていれば、手術、抗がん剤、場合によって放射線。死ぬまで抗がん剤の副作用で苦しむことになる。


本物がんは全体の4割?

 近藤さんの指摘、がんには本物ともどきがあることは、科学的には証明されていない。
 そうであっても、「がんには死ぬがんと死なないがんがある」と聞けば、ぼくたちはなるほどそうかもと頷く。前回の記事のコメント欄で、「悩める信者」さんが次のように述べていた。
「私の周りにもがんの方がたくさんいますが、がんと分かっても何年も普通の生活を送っている人もいますし、不幸にしてがんが見つかって数年で亡くなる方もいます。実は、がんは死ぬがんと、死なないがんがある。こんな単純な話だったとは驚きです」
 ぼくも過去を振り返りながら数えてみた。
 亡くなった人は16人、今も生きている人は15人だった。ただし、後者の場合、「私はがんにかかったけど、今も生きている」と公にしない限りわからない。だから、実際はもっと多いはず。
 がんの種類によって死亡率は異なるようだが、割合は4(死)対6(生)ぐらいではないかと思われる。ただし、がんになって亡くなった人、助かった人のデータがないからはっきりしない。大腸がんの場合は転移するのは17%(大腸癌研究会)だと言われている。
 ともあれ、周囲を見渡せば、がんには2つのタイプのがんがあるように思える。このことが正しければ、抗がん剤を投与しようがしまいが転移しない患者に、抗がん剤を投与したから転移しなかったのだと確信する医者たちは、一体何なのか。


抗がん剤に延命効果はあるのか

 もう1つの効用は延命である。
 がんが転移した場合、治すことはできない(例外は大腸がんから肝転移し再発個数が3個以内)。そのため、医者は今度は転移予防ではなく延命のために抗がん剤を投与する。5年間生き延びれば、生存したことになり、生存率はあがる。医者は5年間、患者の命を何とかもたせようとする。患者の生存率が高くなれば、その医者の評価はあがる。
 ところが、延命効果があったとする論文は数多く発表されているようだが、科学的には証明され得ない。なぜなら、抗がん剤を投与しなければその人はもっと短命だったというデータを提示することができないからだ。 1人の患者が同時に抗がん剤、ノー抗がん剤を経験することはできない。

 近藤さんは、抗がん剤には延命とは逆に縮命効果しかないと見る。
 その根拠は、転移したがんに投与する抗がん剤は「毒薬」に分類されるほど、毒性が強烈だからだ。実際に、薬の能書き書の冒頭に「毒」が〇で囲まれ、医師に取り扱いの注意を促している。
 同じ毒薬分類の農薬を体内に入れた場合、どうなるのかを想像すればいい。毒薬によってがん細胞は死ぬが同時に正常細胞もやられる。だから、延命よりも縮命効果のほうが大きいというわけだ。がん細胞が完全に殲滅されればいいのだが、しぶとく生き残る細胞があり、それがしばらくしてから細胞分裂を繰り返すようになる。
 ちなみに、近藤さんは『がん放置療法のすすめ―患者150人の証言』で、体験上、無治療のほうが長生きすると考えている。

 同じことの裏返しだが、延命効果の抗がん剤(毒薬)が問題なのは副作用である。髪の毛が抜けるといったレベルではなく、死をもたらす場合があるからだ。裁判になった例もいくつかある。転移予防のマイルドな抗がん剤の副作用とはわけが違う。
 ここでは私が聞いた話を2つほど紹介する。
 何度も登場してもらっている知人の編集者の例だ。彼は大腸がんを摘出したあと骨に転移し、「ひょっとしたらがんが治るかもしれない」と藁にもすがる思いで抗がん剤に頼った。
 抗がん剤が始まると、とても通常の生活はできず、最初の1週間は寝込んだ。次の1週間は頑張って会社に行くが本調子ではない。さらにその次の1週間は早退するほどひどい状態ではないが本調子ではない。そして次の1週間になると、すこぶる調子がいい(白血球数が正常に)。彼がぼくを飲みに誘うときである。しかし、また抗がん剤の投与が始まり、また生活の質は落ちる。この繰り返しが数カ月(何クールだったか忘れた)。
 彼は3年後に亡くなったが、抗がん剤に延命効果があったかどうか。そばで見ている者からすれば、確実に彼は体力を奪われたという印象しかない。
 
 長野県で消化器外科医をやっている高校時代の友人に延命効果を聞いたところ、「かってより、成績はアップしている。シスプラ系の抗がん剤(毒薬の代表)だが、それが効いて9年も延命したよ」という。QOL(生活の質)はと聞くと、「そりゃあ、まあな」と笑っていた。副作用に苦しみながらの9年間だったということだ。抗がん剤を投与していなければもっと長生きしていたかもしれないという論を置き、仮に延命効果があるとした場合、本物のがんに罹った人たちには次の選択が迫られる。
 副作用に苦しみながら延命するか、無治療でふつうの生活を送りあとは天命に任せるか。


家族に頼んだこと

 話を戻す。
 先輩ライターから聞いた話である。
 彼の姉は、乳がんを切除したが、その後、転移・再発した。
 姉は、最初からかどうかわからないが、抗がん剤治療に消極的だった。しかし、彼女の家族、親兄弟が抗がん剤に熱心だった。副作用に苦しんでいた姉は息を引き取るとき、みんなの顔を見渡し、「あなたたちを恨みます」と語った。先輩は、抗がん剤の副作用がそこまでひどかったのかと思い知らされ、ショックを受けたという。陽気で快活な先輩だが、この話をしてくれたときの陰鬱な顔は今でも覚えている。

【参考書籍】久坂部羊の『神の手』(幻冬舎文庫)。末期がん患者の治療を題材にした小説だが、久坂部が医師だけに副作用の描写はなかなかリアルである。

 抗がん剤の副作用のことはよく聞いていたため、大腸がんと診断されてからぼくが家族に真っ先に頼んだのは、「近藤さんの『あなたの癌はがんもどき』『抗がん剤は効かない』を読んでくれ」だった。
 化学療法(抗がん剤)を試すだけは試してみて。いや、何の効果もないそれどころか延命効果さえ疑わしい抗がん剤なんかやるつもりはない。こんな言い争いをしたくなかったからだ。 
 

藁をもすがる人たち!

 ここで、再びがん業界と脱カルト業界との類似性である。

 がん業界は「抗がん剤は効く」と、がん患者に抗がん剤を勧める。患者や家族が「効く」を「治る」と間違った解釈をしても、訂正しようとしない。そして、亡くなるまで抗がん剤の副作用で苦しむことは伝えない。
 反カルト業界、拉致監禁業界は、統一教会の信者家族に「保護(拉致監禁し監禁下で)説得以外に子どもを脱会させる方法はない」と誇張する。自然脱会が圧倒的に多いというのに。
 拉致監禁説得は抗がん剤と同じで毒薬で、自殺、PTSD、家族との不和といった副作用がある。このことを説得者(脱会屋)は家族に一切伝えない。

 次元がまるで異なるがん業界と反カルト業界。どうして似てしまうのかについて考察したいが、テーマがますますそれてしまうので、ここでは1つだけ指摘したい。
 医者と患者の力関係、脱会屋(脱会カウンセラー)と信者家族の力関係は、対等ではなく圧倒的な差があるということだ。医者と脱会屋は上から目線、患者と信者家族は下から目線。患者にとって医者は、信者家族にとって脱会カウンセラーがそうであるように、藁をもすがる対象である。患者が医者を、信者家族が脱会屋を批判するなんてことは考えられない。もしトラブルになれば、「よそに行ってくれ」で終わりだ。
 それだけの差があるから、真実をあえて話す必要はないし、黙っていても気が咎めないのだ。


医師のアイデンティティ

 長くなった。なぜ近藤さんが医療村に嫌われるかについては理解できたと思う。
 では、ぼくの主治医たちも同じ理由で嫌悪するのか。
 医療村のボスたちと一般の村人(現場の臨床医)とは若干異なる。現場の気分は、おそらくこういうものであろう。
 <俺たちはがん患者の命を救うために精一杯努力している。それなのに、がんには本物のがんとがんもどきがあって、本物のがんはどんなに治療しても命を救うことができない?!ならば俺たちの努力、役割は何なのだぁ>
 <がんにはがんもどきがある?じゃあ、今日、俺が手術室で摘出したのはがんもどきだったのか?!>

 近藤さんの2つのがん理論は、医者のプライドを傷つけ、アイデンティティを揺さぶる。その意味で、嫌近藤気分はわからないではない。「死なないがん」を「がんもどき」と表現したのは、無用の反発を招いたと言ってもいいかもしれない。
 ただ、がんの定義を「死ぬ病(やまい)」とすれば、「死なないがん」はがんではないのだから、何らかの形容が必要になる。「がんもどき」がまずければ、「ニセモノのがん」「仮性がん」・・・なんと表現すればいいのだろうか。
 ストレートに「死なないがん」としてもいいのだが、たとえば大腸癌の場合、腸閉塞で死ぬこともある。

 がん患者になったぼくにとって、近藤さんの「がんには2つのタイプがある」という指摘は福音であった。とりわけがんが転移した場合、どんな治療をしようが助からないという指摘は、死ぬまでの生き方を強く意識させてくれる(後述)。生か死かといつも不安におののきながら過ごす人生より、すっきりしている。またがんもどきだった場合、もうがんのことは忘れて過ごすことができる。 
 このような考え方に到達したのは、元信者の母親、樹村さんのおかげである。
【当該記事】「勝ち犬の遠吠え⑮ 樹村さんへの鎮魂歌」 。再読していただけたら、幸いです。

(追記)外科医は近藤さんは臨床の現場を知らないと批判する。確かに、近藤さんは手術を行うわけではない。だが、近藤さんは大腸、乳房、子宮など様々ながん患者を診ている。セカンドオピニオンを求められる医師としてはダントツで日本一だろう。これに対して、消化器系のがんを治療している外科医は、肺、前立腺、乳房などのがんのことは全く知らない。 

(追記2)医療村の人たちは近藤さんをかなり誤解している。セカンドオピニオンの医師として、近藤さんは決して抗がん剤をやめろとは言わない。意見を求められたら、その治療法のメリット、デメリットを述べるだけである。そのため、強く指示してもらいたいと願う患者は近藤さんの態度に不満を抱く。
 このことからわかる通り、近藤さんは患者の主体性を尊重しているのだ。

(追記3)「ここの管理人はがんのことを取材したことがあるのだろうか。どうして近藤氏と旧知の仲なのか」と疑問に思う読者もいると思う。
 実は、別冊宝島『抗ガン剤は効かない!―警告!抗ガン剤であなたの家族や友人は亡くなったのかもしれない』で、がんと抗がん剤のことを書いたことがあるのです。そのときに近藤さんにいろいろご教示していただいたわけです。今から20年近く前のまだ毛髪がふさふさしている頃の話です。
 それにしても、リンクを貼り付けて驚いたのは、上記別冊宝島が中古でいい値段がついていることでした。

 次回は、ステント術によって腸閉塞が治ってからのことを書く。

-続く-
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コメント

がん業界と反カルト業界の類似性

既得権益を守りたいんだろうね。

会員数が伸びていないのは、退会者がそれなりにいるからで、その問題を解決できなければ大幅な増加も望めないと言うことを分かっていないんだよね。

"なるほど"と思いました。

ガンとガンもどきのお話、知人の癌になって生きた人亡くなった人のことを考えてみて納得できるお話でした。

ちょうど、韓国ドラマの『ハッピーエンディング』という日本の『象の背中』という映画をもとにして作られたという韓国ドラマを薦められて見たところでしたのでわかりやすかったです。
『象の背中』もそのあと見てみて、同じテーマでも日本のものと韓国のものとでは印象が異なることを感じました。

がん業界と反カルト業界が似ているように、医療従事者と統一教会員、医療業界中枢と統一教会の本部も似ていると思いました。
食口に看護婦さんが多いことも私の知り合いの食口に医師が数人いることも不思議な巡り合わせと思います。

お医者さんたちが近藤さんを毛嫌いするのでなく、問題点を共有しより良い理論と治療法を確立してくれたらどんなにいいことかと思うとともに、統一教会の責任者も反カルトの方たちが言っている問題点をきちんと調べて、教会に問題があれば改善してよりよく、わかりやすい社会奉仕団体になっていくことを願うばかりです。
  • [2013/11/12 05:40]
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  • ホーリーナッツ
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

長尾ドクターは近藤さんとの対談を!

 いま発売中の『週刊文春』で、近藤さんがブログで名前をあげた長尾ドクターの批判を行っています。そして、対談しようという呼びかけも。

 長尾ドクターは「早期発見・早期治療すればがんは治る」と、自分の臨床経験をもとに主張しています。
 嘘をついているとは思いません。

 「早期発見・早期治療」をすればがんは治ります。ただし、「大きくなったがんを発見し、治療」してもがんは治ります。

 がんもどきであれば。

 記事の近藤さんのコメントによれば、前立腺のPSA検査(腫瘍マーカー)でがんと診断されたうち95%、乳房のマンモグラフィ-のみでがんと診断されたうちの100%はがんもどきです。

 長尾ドクターの立論の問題点は、「早期発見・早期治療」した患者のうち、がんが治った人(死ななかった人)とがんが治らなかった人(死んだ人)の数字を示していないことです。

 がん(がんもどきを含む)が治ったから、「早期発見・早期治療」は有効だとするのは、科学的な態度とは言えません。
 
 対談に応じなければ、長尾ドクターは科学者ではないということになります。厭味を言えば、近藤さんを批判して有名になりたかっただけの医者ということになります。

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