判事・福士利博の異常なる偏頗性 

ストーカー事件の真相(33)

ストーカー冤罪事件のこれまでの記事一覧

「法的真実は必ずしも真実ではない!」「宮村の支配的性格/取り巻きとの異様な関係」「いきなり荻窪警察の公安だぁ!」「冤罪ドラマの監督は警視庁公安、裏方は誰?」「勝利したフレームアップ作戦」「法律などどこ吹く風の反統一教会の人たち」


取調べは1日13時間

 宇佐美が逮捕されたのが2011年2月7日。警察が送検したのが確か10日。そして28日に東京地検は宇佐美を起訴処分とした。
 起訴するかどうかを決めるまでの勾留期間は20日間。この間に検察は被疑者を取り調べ、自供を迫る(自白調書を取る)。これが日本流の司法制度である。(文中、敬称を略す)


読者のみなさんも、いつなんどき被疑者となるかわかりません。この流れは覚えておいたほうがいいですよ。依頼した弁護士と接見するまでは黙秘したほうがいいし、調書に署名・捺印するときには決して妥協してはなりません。

 話はいきなり横道にそれるが、この司法制度のあり方が「国連の拷問禁止委員会」でやり玉にあがった。
【当該記事】「国連委会合で『黙れ!』、日本の人権人道大使に批判」

 日本では20日間の勾留はあたりまえのこととなっているが、記事によれば、
「国際人権団体は日本の司法制度に関しては、検察の自白調書に過剰に頼っており、検察側に有利となっている上、自白が強要されている場合も少なくない。起訴なしで最大20日間の勾留が認められている制度が、異様に高い有罪率99%以上という数字につながっていると主張した」
 なお、日本の大使が「Shut Up!」(黙れ!)を口にした動画はhttp://www.youtube.com/watch?v=hkoQjIBA_3U。 笑えるというか、まるで威張った猿みたいで、日本人としてやや恥ずかし。

 宇佐美の地検での取り調べでも、同じように強引に自白を迫っている。公判の尋問で、宇佐美は要旨次のように語っていた。

「取り調べは、朝8時~夜9時頃という長時間にわたり、その間休憩は食事休憩のみであった。その上で、取り調べの最後に取調官より
『10分間で全てを見直して捺印を押すよう』
と指示され、極度の緊張感と長時間の取り調べによる疲労によって思考が困難な状況にあったため、そのことを取調官に伝え
『明日にして欲しい』 と頼んだが、
『日付が変わると無効になる。最初から取り調べをやり直さないといけなくなる。どうしても今日中に』
懇願され、私も丸一日かかる取り調べをやり直すことは望まなかったので、不本意ながらも捺印を押してしまった」
(取り調べた公安担当の検察官は斉藤一明荒谷吏である)

 13時間にも及ぶ取り調べは規則違反だと思うが(国会でだったか問題になったはず)、宇佐美の証言でポイントとなるのは検事の懇願である。長時間の厳しい取り調べのあと、いきなり♪浪花節だよおっ母さん♪よろしく、猫なで声で「ねえ~判を押してよ」と懇願されると、被疑者は応じてしまう。これが、国連の拷問禁止委員会も問題にした「冤罪の温床」である。

 誤解されそうなので、付け加えておくが、宇佐美は一部の調書に署名・捺印したことはあったが、最終的にストーカー行為を否認した。長時間にもわたる拷問的(国連)とも言える取り調べの中、立派な態度であったと思う。


公安-警察&検察の誤算

 横道が長くなったが、検察の取り調べのことで問題にしたかったのは、公安の狙いについてである。つまり、宇佐美に対する取り調べの真の狙いはどこにあったのか。

 彼らの計画は、宇佐美逮捕劇をテレビで放映してもらい、一般紙に記事を書いていただく。それに成功すれば「統一教会は怖い団体」と国民に印象づけることができ、フレームアップ作戦は完了する-というものであった。
 彼らにとって、起訴→公判→有罪判決など、どうでもいいことだった。むしろ、面倒くさい「起訴→公判」は避けたかった。そのため、取り調べでは宇佐美に罪を認めさせ、Kへの謝罪の言葉を述べさせなければならなかった
 どうしてか。
 マスコミは有罪になろうがもう報道しない。実際、有罪判決のことを報じたメディアはなかった。(約10回の公判でマスコミは誰一人として傍聴に姿を見せなかった。そもそも司法記者クラブは裁判所にマスコミ席を用意させなかった)
 公安・警察検察たちの意識は「この事件は終わったも同然」というもの。だから、宇佐美に罪を認めさせ、略式起訴-罰金刑処分にして終わり。 面倒な公判は避けたかった。


 起訴が決まった直後、脱会屋の宮村峻(たかし)が周囲にこう漏らした。
「宇佐美はバカだよ。罪を認めれば略式起訴で50万円の罰金で済んだものを。
 それを米本のバカの指示通りにするんだから。ほんとうにバカそのものだ」


 話はそれるが、この宮村発言に若干のコメントと注釈を加えておく。
1)宮村さん、壁に耳あり障子に目あり、だよ。気をつけな。
 宮村教の信者の口は硬くても、つい気の許せる仲間にはしゃべるもの。その仲間がまた仲間にしゃべり、そして噂が風に乗って私のところにも。クスッ、クスクス  
 最近の勉強会の模様も流れてきていますぜ。クス

2)おそらく、宮村は荻窪公安の松岡から(ひょっとしたら警視庁公安の福山から直にか)宇佐美の取り調べの状況を聞いて、周囲に吹聴したのであろう。警察が第3者に捜査や取り調べの状況を話す。あってはならないことで、公務員法違反である。最近も捜査状況を漏らした警察官が逮捕されている。松岡→宮村を立証できれば、松岡は間違いなく有罪判決を受ける。

3)後段の私のことに言及した部分。これは宮村の完全なる妄想である。
 なぜなら、私が逮捕後の宇佐美に会ったのは逮捕から8日後の2月15日のことである。この面会で、立ち会っていた警察官の前で、宇佐美に「徹底的に否認しろ」なんて言えるわけがない。宮村も過去に何回か勾留されて取り調べを受けたことがあったと聞いている。家族が面会に来たとき、面会室の状況・状態はどんなだったか、思い出しなよ。惚けるにはまだ早い。まったく、もう!
【根拠記事】「宇佐美氏が真実を語る」

4)話変わって、後藤裁判の証人尋問で、何度か話題になったのは宮村が監禁下の教会員にまるで口癖のように発する「バカ」発言のことだった。後藤の妹はそれを全面否定したけど、宮村の強制説得を受けた人は傍聴席で失笑していた。実際、私が2度目に宮村に会ったときに遠くから挨拶をしたのだが、やはり一言、いきなり「あ~あのバカかぁ」
 彼の辞書には「バカ」の二文字しかないようだ。古希近くだというのに、可哀相なお方。孫が寄りつかないぞ。


俺はやっていない!

「公安-警察&検察」の先のシナリオが狂ったのは、宇佐美が最終的に否認したことにある。
 検事は宇佐美にこう迫った。
「簡単に済ませる方法がいいか、時間がかかるほうがいいか」
 この意味がわからなかった宇佐美は説明を求めた。
「略式起訴による罰金刑で直ぐ終わらせるか、時間がかかるが裁判にするほうがいいか」
 宇佐美は、様々な葛藤に苦しみながらも、こう考えた。(彼の葛藤のことに思いを寄せてもらいたい)
「簡単な方法は略式であるが、罪を認めることになる。大変であっても、無実を晴らすチャンスがある裁判のほうを選択しよう」

 かくして、宇佐美に起訴処分が下り、裁判に突入する。

コラム/パラドックス

 とりわけ痴漢が典型的なのだが、痴漢をしていないのに逮捕された場合、選択肢は2つある。痴漢をしたと偽り、略式起訴で罰金刑ですませるか。それとも無実であることを訴え続け、裁判を受けるのか。
 
 裁判になった場合、有罪率は99・8%である。これは、中国を抜いて世界1。ナチス刑事裁判所の有罪率の99.5%(推定)も超えている。
 年度によっては99・9%のときもある。99・7%になったときは検察庁で問題になったと記憶する。
 
「有罪率の高さは検察が確かなものしか起訴していないからだ」という検証抜きの説もあるが、痴漢で起訴された多くの場合、決定的な証拠はなく、「痴漢をされた」(女性、検察)、「痴漢をしていない」(男性、弁護人)という双方の主張のみ。それで、判決は有罪となる。取材すればするほど、江戸時代にスリップしたような気分になってしまう。
 この感想に異論があっても、少なくとも「疑わしきは被告人の利益に」という近代刑法の原則が貫かれていると語る人は、当の法曹人を含め一人としていないだろう。

 読者に改めて質問したい。
 痴漢をしていないのに逮捕された場合、偽りの自白をするのか、それとも無実であることを訴え続けるのか
 
 痴漢事件-裁判の実情を知っている人の中には、苦渋の選択であっても偽りの自白をする。この話を飲み友達にしたところ、「痴漢をしていないという証拠を示すことができないとわかった時点で、偽りの自白して罰金を払って終わりにするだろうな」。私も含め全員一致した結論だった。
 こうした心理に目をつけたワルたちがいて、恋人の女性に「痴漢されたぁ!」と大声をあげさせ、男がその男性を捕まえる(私人による現行犯逮捕)。そして「示談がいいか。警察に突き出し、ムショに入るがいいか」
 こうして男性から金をふんだくった。これは新聞にも載った、現実に起きた出来事である。

 痴漢をしていないのに偽りの自白をすれば罰金刑で済み、痴漢をしていないから痴漢をしていないと主張すれば懲役刑を受ける。そして仮釈放も認められない。そんなバナナのパラドックスである。このことがなぜ法曹界で問題とならないのか不思議でならない。 



福士判事が口封じ

 話は公判のことに転じる。東京地裁の裁判官福士利博の偏頗的な訴訟指揮のことについてである。

 地裁判決文については「“ストーカー”裁判-オカシナ判決文(上)」 「“ストーカー”裁判-オカシナ判決文(中)」 「“ストーカー”裁判-オカシナ判決文(下)」 で、判決文の全文を紹介しながら、問題点を詳述した。
 ここではそれと重複しないように、福士の偏頗(へんぱ:上に立つ者の、人の扱いなどがかたよっていて公正を欠く様子)について述べることにしたい。

 宇佐美と弁護人の主張は、実に簡潔明瞭であった。

<祝福結婚式をあげ、三日儀式も終え、新婚生活のための新居を2人して探していた。
 しかし、私の両親は統一教会は嫌いであっても結婚を了承していたが、相手方の両親に結婚の許しを得ることはしていなかった。
 そこで、婚約者だったKは両親の承諾を得るために、相模原市の実家に戻った。2008年の元旦のこと。その直後からKの所在が不明になった。
 それから1年近く経ってから、Kから教会に脱会届けと婚約破棄の通知文が送られてきた。
 私は、Kが拉致監禁から逃れるための偽装脱会(偽装婚約破棄通知)を疑った。そこで、Kの真意を聞くために、彼女の居場所を探し回った>

 まともなというかふつうの裁判官なら、GPSを設置するという通常では考えられないほどのことまでして、Kの居場所を探していた宇佐美の動機に着目するだろう。
 キーワードは拉致監禁偽装脱会である。おそらく裁判官としては初めて耳にする言葉。
 であれば、告訴状・起訴状を読んで宇佐美は黒という心証を抱いていたとしても、<拉致監禁?偽装脱会? これは一体何なのか>と疑問に思うはず。別に裁判官でなくても、知りたくなるさ。

 ちなみに、“カルト”批判の記事を書いてきた私が統一教会員の脱会方法に関心を抱いたのは、「拉致監禁」なる耳慣れない言葉を聞いてしまったからである。そのときの驚きようは拙著『教祖逮捕』の「PART6 家族の苦悩から再生へ」に書いている。拉致監禁というショッキングな4文字熟語の現実を知ったから、そして同時に拉致監禁がなくならないから、今日までこうして拉致監禁絡みの記事を綴っている。

 ところが、福士裁判官は!である。
 宇佐美の弁護人が「拉致監禁」「偽装脱会」のことに言及しようとすると、なんと制止(口封じ)したのである。もう、信じ難き訴訟指揮! 
 
 弁護人が宮村に、拉致監禁関連のこと、たとえば-

「これまで,何人くらいの信者に対する脱会支援を行ったんですか」
「統一教会元信者の父母達を集めた団体を主宰してますよね」
「(Kの)御両親からは,何を頼まれたんですか」
「信者の中で本心で脱会する意思がないのに脱会届を書く信者というのはいましたか」
「偽装脱会という言葉は知っていますか」
 
 -など質問すると、検事はすかさず「主尋問とは関係ないことだ」「本件とは関係ないことだ」と異議を唱え、福士はすかさずそれを認めるのである。
 そうしたやりとりを狡賢く学習したのか、宮村は弁護人の質問に、検事が口を挟む前に「関係ない」と平然と答えるようになったのである。
 証人は質問されたことにのみ簡潔に答えるというのが証人尋問の原則である。信じられないほどの宮村の不規則発言にも関わらず、福士は注意し制止しようとしない。
 Kの母親に対して、宮村との関係や脱会を頼んだときの経緯を尋問しても、その質問を封じる。
 まさに裁量権の濫用であり、刑事訴訟法などどこ吹く風とばかりの光景が繰り広げられたのである。 

刑事訴訟法第1条:この法律は刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権 (被疑者・被告人、つまり宇佐美の人権)  の保障とを全うしつつ事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。



偽装脱会の有無は「本件と密接な関係がある」

 拉致監禁と偽装脱会のことが取り上げられなければ、次のことを立証するのは不可能になってしまう。
<宇佐美の行為は「Kの居場所を探し、Kの真意を聞くことを目的」にしたものであり、「恋愛感情の充足を目的とした行為」という検察の主張は全くの的外れである>
 
 宇佐美の弁護人が面食らい、途方に暮れたような表情をしたのは当然のことだった。おそらく弁護士として福士のような偏頗的な訴訟指揮に出会ったのは、初めてのことだったのではないのか。

 後藤裁判の証人尋問の様子と比較すると、福士判事の異常性がよく理解できる。
 後藤の訴えは、宮村や後藤の家族などによって12年5ヶ月にわたって監禁生活を強いられたというものであり、直接には偽装脱会のことはそれこそ「本件とは関係ない」
 そうであるにもかかわらず、原告側も被告側も「偽装脱会」のことを取り上げていたが、裁判長が制止することはなかった。
  宇佐美裁判の場合は、偽装脱会は「本件と密接に関係すること」である!

 後藤事件は民事、宇佐美事件は刑事。証拠の取り扱いが違うので単純に比較するのは問題だろうが、それであっても福士判事は異常なのである。

 【福士判事とは対照的な訴訟指揮】
「後藤氏の妹&宮村峻氏の尋問録-宮村氏は福本弁護士の手のひらの上で遊ばれているだけ!?」


 それでも、弁護人はKから次のような証言(要旨)を引き出している。
(1)実家に戻ったその日(2008年1月1日)のうちに、場所を移動させられた。その日のうちに宮村さんがやってきた。
(2)(探し回っている宇佐美に対して)彼には辛い思いをさせている。
(3)「偽装脱会」のことは知っており、拉致監禁された場合、部下に偽装脱会によって監禁から逃れるように指導したことがある。
(4)(失踪後1年近く経ってから、その間のことを何ら具体的に説明することのない脱会届けに、受け取った教会側が偽装脱会の可能性を疑うとは思わなかったかの問いに)偽装脱会だと信じているかもしれない、とは思った。

 こうした断片的な証言と宇佐美の主張とを照らし合わせれば、ふつうの裁判官なら、宇佐美の主張を全く否定することはできない、検察が主張する「恋愛感情の充足を目的とした行為」というのは疑わしいところがある-と判断する。であれば、「疑わしきは被告人の利益に」の原則をもとに、無罪判決を出す。
 宇佐美を黒だと思い込んでいる宮村軍団をはじめとする反統一諸君とて、こうした考えを否定することはできまい。

 だが、偏頗判事の福士はKの前述の証言を一切無視し、有罪の判決文を書く。


福士の訴訟指揮は偏頗だらけ

 宇佐美の行為は「Kの本心を確かめることを目的」としたものだったのか、それとも「恋愛感情を充足させることを目的」としたものだったのか。
 この事案の真相を明らかにするには、宇佐美の主観形成に関わるものを丁寧に吟味しなければならない。当然のことであり、何人も否定できまい。

 宇佐美は、後述するいくつかの資料を読み、Kの置かれた状況を推測し、Kの意思を確認するにはK本人と直接会って話をしなければならないと考えるに至った。それがKを探していたときの認識であった。
 このような主張を宇佐美(弁護人)がすれば、真っ当なというかふつうの裁判官なら、「被告人はどんな資料を読んだのか」となるはず。

 宇佐美が読んだ資料というのは、月刊誌『財界にっぽん』の各誌、月刊誌『現代』2004年11月号単行本『我らの不快な隣人』単行本『人さらいからの脱出』、医学専門雑誌『臨床精神医学』、冊子『拉致監禁№3』だった。

 弁護人はこれらをうやうやしく福士判事に上程した(証拠として提出した)。
 ところが、福士は一顧だにすることなく、すべて却下したのである。
 
 福士利博は2枚舌判事でもある。
 弁護人が無罪の立証をするには、犯罪を行ったことにつき合理的な疑いを示せればいいはず。
 実際、福士判事は公判が始まる前の準備手続き中には、弁護人に
「(有罪立証の責任は検察にあり)先生方は、合理的疑いを示せればいいわけですから」
 と、刑事訴訟法の一般論を語っていた。
 それなのに、弁護人が合理的な疑いを示すために、証人尋問でそれを立証しようとすると、ストップをかける。

 また、弁護人はKの尋問のときに、Kが宮村と一緒に監禁下のM子のマンションを訪問したときのことを質問した。Kがその事実を認めたところで、福士は口を挟み、「そのあたりのことは宮村さんに聞けば?」
 それで、弁護人が宮村尋問のときにM子のことを聞こうとすると、福士は異議ありと口封じ。

 宇佐美の行為の背景にあった拉致監禁、偽装脱会に弁護人は触れてはならん。宇佐美の主観を形成した資料?そんなの読めるか!それに加えての二枚舌

 これを「福士利博判事の異常な偏頗性」と言わずして、なんと表現できようか。スポーツに例えるなら、両手を縛られた人に相撲の土俵にあがれというようなものだ。手かせ足かせを受けて、これでどうして宇佐美を弁護できようか!

-資料/福士利博判事の履歴-

(年は元号)
4年4月 ~6年3月  広島地裁判事補
6年4月 ~7年4月  盛岡地裁・家裁判事補
7年4月 ~9年3月  盛岡地裁・家裁判事補、盛岡簡裁判事
9年4月 ~12年3月 新潟地裁・家裁判事補、新潟簡裁判事
12年4月~14年4月 東京地裁判事補、東京簡裁判事
14年4月~15年3月 東京地裁判事
15年4月~19年3月 前橋地裁・家裁高崎支部判事、高崎簡裁判事
19年4月~22年3月 東京高裁判事、東京簡裁判事
22年4月~24年3月東京地裁判事、東京簡裁判事
24年4月~       秋田地裁・家裁部総括判事、秋田簡裁判事


 

判事と検事の癒着


 なぜこうまで福士は歪(いびつ)なのか。誰だって、そう思うだろう。
 真っ先に浮かぶのは、偏見の二文字である。
 そう、統一教会に対する偏見、統一教会員を一等低く見る性向である。
 裁判官には自由心証主義という裁量権が保証されている。かなりの裁量権のようだが、だからといって、被告人の属性(所属する宗教団体や政治団体、出自、民族や性別、知能、資産状況など)に左右されてならないのは当然のことだ。
 しかしながら、法廷でのセカンドレイプ発言にも見られる通り、裁判官はその人の属性を心証に加えてはならないといった教育を受けていない。自由心証に裁判官の差別意識が許容されているとしたら、恐ろしい話である。

 次いで浮かぶのが判検癒着である。

 この癒着が生まれたのは「日本の裁判所や検察庁において、一定期間、裁判官が検察官になったり、検察官が裁判官になったりする人事交流」すなわち判検交流の結果である。
 時間がある方は「判検癒着」で、サイト検索をかけてもらいたい。たとえば、グーグルの場合はこうだ。
 上から順に標題だけを列挙すれば、
「冤罪発生の根源は判検癒着にある」
「判検癒着、無念極まりない裁判批判」
「判検癒着を超越。びっくり仰天、有罪の証明を裁判長がやった」
「判検癒着の見本。裁判官は無罪書くと出世できない」
「判検一体構造の歪み - 丸山徹の裁判員制度徹底解明」。
 もう、パソコンから怨霊が漂ってくるばかり。

 これだけ批判があれば、法務官僚とて気にする。その結果、「刑事裁判の部門における判検交流は2012年度から廃止した」という。ちなみに、宇佐美有罪判決日は2011年12月27日のことである。

 読者に注意を促しておきたいが、判検癒着を生んだ「判検交流」がなくなったからといって、判検癒着がなくなったと判断してはならない。

 ところで、ムーミンとは架空の妖精の生物のことで、キャラクターにはカバが使われている。

 これが、宇佐美の公判で訴訟担当となった公安検事の顔と似ているのだ。カバを狸キャラにすれば、も~う、そっくり。
「人は良さそうだけど、煮ても焼いても食えない狸顔」(傍聴席で私の隣に座った人のつぶやき)。顔をあげつらうようだが、福士判事は狸と熊のハーフ顔。
 狸ムーミンが狸と熊のハーフに近寄って、こうささやいた。
「福士先生、例の統一教会員の宇佐美の公判のことですが、弁護人は拉致監禁とか偽装脱会のことを追及してくるでしょう。それを取り上げたら、面倒なことになります。それで、今回の公判では事件の背景なんかに触れるのはやめて、行為のみでやりませんか。待ち伏せ?それは福士先生の裁量でお願いしますよッ」
 福士曰く。「よしわかった。待ち伏せの定義は俺が考える」
【待ち伏せの定義に関する記事】「趣意書(6)-字義を勝手に“創作”する福士裁判官 」
 あたらずとも遠からずだろう。
 このように推測しない限り、福士判事の異常なまでの偏頗的訴訟指揮を理解することは決してできない。

 なお、これ以上事態に進展がない限り、ストーカー冤罪事件のことは打ち止めにする。長文を熟読していただき感謝感激である。

 ここまでの記事を読んでいただけたら、「2011年春の全国弁連集会に参加した人たち」とて、<山口先生や有田先生たちは宇佐美はストーカー犯だと説明していたが、あの説明は正しかったのか>と、首を傾げざるを得ないだろう。

 最後に、全国弁連所属の弁護士諸君に言っておきたいことがある。

 人権派であることを自認する弁護士に問いたい!

 あなた方の親分的存在である山口広弁護士が警察公安と連携して取った行為は「統一教会に打撃を与えた」という点では、狭い狭い反カルト業界の中では評価されているだろう。

 しかし、あなた方は「統一教会に打撃を与える」ために、あの難関な司法試験にチャレンジしたわけではなかったはず。そう、基本的人権の実現を具体的に果たしたいと考えたからだと思う。
 
 拉致監禁はいまだ続いている。今後、Kさんと同じような教会員からの相談を受けることがあると思う。
 そうした場合、お願いなのは代理人として婚約破棄の通知文を書いたあと、依頼者と婚約破棄を通知した相手との双方を、法律事務所の会議室などに招き、2人で会話するような場面を作ってもらいたい。
 たったそれだけのことで、女性の脱会の意思が本物かどうかを、男性は確認することができるのだ。
 そうすれば、男性教会員が元教会員の女性の居場所を必死になって探すようなことはしなくなるのだ!

 山口先生だって、今から振り返れば、新宿の東京共同法律事務所に宇佐美さんとKさんを招き、二人だけで話し合う場面を作ってあげればそれで済んだことだった、と思うだろう。
「哀しみの神 ~はぐれ統一教会員の実体験回顧録~」の管理人に、婚約破棄の通知文を送った大阪の加納雄二弁護士とて同じである。管理人は婚約者の居場所を探すために、会社に頼んで正社員から契約社員に変えてもらっている。

 なぜ、人権派を志した東大卒の山口先生がそうしなかったのか。
 実に簡単なことである。
 彼は弁護士になってから長い歳月が経ち、人権感覚も薄れ、統一教会に入信した人そして脱会した人のことを、ワンランク下の人間と見るようになってしまったからだ。そのため、婚約者を探し回っている男性教会員のことなど、視界に入らなかった。
 彼の最初は違っていた。
 被害相談を受けた元信者の下宿に出向き、夜を徹して、なぜ入信したのか真摯に耳を傾けた。
 しかし、年が経つうちに次第に変わってきた。相談がくると、
 <またかよぉ!馬鹿げた宗教にはまったバカな奴のまた相談か>
 と、事務的に経過(要点だけ!)を聞き、脱会届婚約破棄の通知文献金等の返還請求文を、前の文章フォーマットをもとに、これまた事務的に書いていく。(宮村教の信者を含め、イヤな思いをした元信は少なくないはず)

  彼の言動の表層だけを見ていれば、このことは決してわからないだろう。私も最初は「真面目で、いろんなことに気配りができる人。人柄もいい」と思っていた。つまり人としても信用できる弁護士だ、と。
 今から10年以上前のことである。
 しかし、酒席で彼が語ったある言葉をきっかけに、信頼は急に色あせ、彼の人格に首を傾げるようになった。

 人を自分より一等下に見る
 一度、そうなってしまうと、それは普遍的なものになってしまう。初期マルクスの言葉にあったはず。 要旨は「私とAとの関係は、私と世界との関係と同じである」(だったと記憶する)
 
 どうかそうならないように、若き法学徒諸君には気をつけてもらいたいものだ。山口先生が依頼者ばかりか他の弁護士のことも一等下に見ていることについては、いずれ明かしたいと思っている。

 彼が心のすべてを許せるのは下の女性だけかもしれない。寂しきことか楽しきことか。

 
 


 最後に。このビデオを見てもらいたい。
「裁きの重み 名張毒ぶどう酒事件の半世紀」である。

 宇佐美さんから送っていただいたニュース録画である。少々長いのだが、どうか時間があるときに見てください。というより、目を逸らさないで見ていただきたい。(広告はスキップして)
 最初と最後の字幕を紹介しておく。

疑わしきは被告人の利益に

被告人が罪を犯したかどうか
その証明に疑問の余地がある場合
裁判官は無罪を言い渡さなければならない

 

-お願い

 このブログに登場するみなさんにお願いがあります。記事に間違いがあれば、ぜひ、指摘してください。すみやかに訂正するとともに、謝罪いたします。連絡先:住所、電話、FAXはブログの右メニューの上に。
 どうかよろしくお願いいたします。



-完-


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-すべての教会員&統一に反対する家族はぜひ読んでください-



 12年間監禁されていた後藤裁判の尋問がブログ「拉致監禁by宮村の裁判記録」にアップされるようになった。すべての教会員は読むべし!(前回の記事以降に、アップされたもの)

「原告側証人美山きよみ氏主尋問(その2)-『異議あり』 原告代理人に「誤導」だと主張する山口広弁護士」
ひとくちコメント:標題にある通り、山口弁護士の異議あり、それに受けて立つ福本弁護士のバトルが面白い。

「原告側証人美山きよみ氏主尋問(その3)-宮村氏が脱会させた元信者のケアをしていたA牧師との会話」
 ひとくちコメント:A牧師とは現青梅教会牧師の有馬歳弘(ありま としひろ)氏のこと。同牧師は過去に、水茎会で宮村峻と二人三脚で脱会活動を行っていた。その牧師が宮村批判をするとは、驚きである。

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コメント

公安-警察&検察の誤算

そもそも逮捕されるような口実を与えたのが間違いだね。

もし偽装脱会なら、宮村の監視が緩くなった時点でKが自分で教会へ戻って来たはず。

偽装でなければある程度の期間を置いても戻ってこないし、原理を間違いだと思っているから、原理が真理だと言うことを再度確信させるところから始めなければならない。

そのためには聖書を原理的に説明できなければならない。

独断で行動するような宇佐美にそこまでのことが出来るはずもないだろうが。

結果的に教会全部に迷惑がかかっているんだけど。

>調書に署名・捺印するときには決して妥協してはなりません。

重要なことは小さな文字で記載されているのが世の常です。

最後まで事実と違うことは認めない。
必ず、釈放されます。
無期限に拘留できない様に成っています。(キツイけど)

疑われたら、即逃げる。逃げ切る。
これが痴漢等の冤罪から身を守る日本での基本です。
無実なら逃げ切る。善人なら逃げ切る。悪人から逃げ切る。

そして、フクシインパクトは、今

よね様、ご機嫌よう。

昨日の夜、教会のアベル(区域長)から電話がありましたの。
受話器を取ったとたん、「しまった!?」と思いましたわ。

私の夜は朝に劣らず忙しく、子豚たちを風呂に入れ、晩御飯を食べさせ、歯磨きをさせ、そして、翌朝の朝食の下ごしらえをし・・・9時までに寝かせたいので、もう戦場(行ったことはございませんが)のよう。それで、うっかり電話のディスプレイを見るのを怠ってしまったんですの。

そう、宅は数年前にナンバーディスプレイにいたしました。(できるだけ、教会からの電話は取りたくないから、ふうっ。)

なんですか、教会からの献金FAXを受信しない為に、FAXを外しちゃった(?)等というツワモノもいらっしゃるみたいですけど。

仕方なく、応対する私。

「黒羊さん、忙しいところ、悪いわねぇ~(ええほんとに)。今度の参院選、是非○○さんに投票して頂きたいの。何せ○○さんは教会に対して・・・云々かんぬん」

ああ、参院選の投票のお願いね。選挙前になると、必ず教会から誰に投票するべきか、「指示」が来ますの。返事はもちろん、「はい、分かりますたっ。」

選挙と言えば、あることを思い出します。
それは・・・○S(マルエス)!!

よね様、ご存知?

このマルエス、平たく言えば選挙応援のことなんですの。主催は多分、勝共連合?あれは・・・今から約二十数年前。私、まだ20代前半のピチピチギャル(古っ)でしたわ。

何度かこのマルエスに駆り出されましたが、中でもその規模で頂点を極めたのは、関西のある地区で行われた衆議院選挙!!ここで私、食口のある女性立候補者の選挙応援をいたしました。

具体的に何をしたか申しますとね。選対本部にて電話部隊に参加しましたの。一人ひとりに渡された電話帳の、一番上から一番下まで、とにかく電話を掛けまくる、という簡単ですが、非常にストレスのたまる任務。受話器をあごの下から外すことなく、一日中有権者に掛けまくる!!

「○部れい子、○部れい子をどうぞ宜しくお願い致します。」ってな感じ。

もちろん無報酬ですわ。各地から集められた食口を一軒の家に住まわせ、そこに集団で寝泊まりしながら、選挙活動するんですの。

そして、選挙投票日前日。もし、破れたら警察に踏み込まれる、という選対部長の脅し文句を裏付けるかのように、ひたすら証拠書類をシュレッタ―に掛け、深夜全員で別の館に移動。ほとぼりが冷めるまで、お家に帰れない、という仕組みになっておりました。

ふう、この○部れい子様、いいとこまで行ったんですけどね。惜しくも落選の運びとなってしまいました。

しかし、この時も、この○部れい子様が統一教会員だということは、内緒になっておりました。共産党によって暴露され、町のいたるところにビラが撒かれてしまいましたけど。

やっぱり、いつの時代も「隠す」統一教会。

何故ここまで隠すんざますでしょうか。教会員であることを、よそ様に知られたくない、知らせたくない、知ってほしくない。とにかく、自分が統一教会員であることを絶対に人に言いませんよね。

とにかく。統一教会が恐らく日本で創設されて以来(?)、必死になって成そうとしてきたことの一つに、「世俗(非原理)において、ある一定の権力を握る」ということがあると思います。

いやいや、そんなことありませんことよ。と思われる方も大勢いらっしゃると思いますが、この「権力を握る」というのは、悪いことばかりではありませんで、この世である程度の影響力を持とうと思えば、絶対必要条件とでもいうべきものなんざます。

勝共連合が選挙の度ごとに、特定の立候補者に的を絞って応援するのも、教会が発展するためには必要不可欠なことなんです。ま、例えば、よく言われていたのが、「お父様が日本に入国できるように。」とか、ですね。
しかし、この数十年で、この「野望」がどれだけ実ったでせうか。

お恥ずかしいことに、世間様の統一教会に対する認識は、よね様のご著書「我らの不快な隣人」というタイトルから、一歩も出ることなく、なんかよく分かんないけど、ちょっとアブない、近寄りたくない、関わりたくない、そんなカルト集団、とかっていう程度。

この、社会に対して及ぼせる何らかの「権力」が無いに等しい為、拉致監禁問題において、また宇佐美裁判において、「権力」を持った人間たちにいいように愚弄されてしまうんですの。

そう、例えばそこのフクシインパクト(あ、福士判事のことね)、のような権力者にね!!

よね様は、フクシインパクトの偏頗性(なんですの!?この難しい言葉は)や、ピロシ(山口弁護士のこと、ね)の人を見下したような態度について言及されておりますが、社会に役立つ「権力」は一切持たない我が統一教会は、情けないかな、彼らの持つ上記のような下卑た属性は残らず備えている、と私は思う訳なのです。

この下卑た属性によって、何を成しているかと言えば、目下のカインに不快な思いをさせたり、心情を蹂躙したり、経済的困窮状態に追い詰めたり・・・等々実につまんない愚行の数々。

まかり間違っても、世間の人々が見習いたいと思うような内容はありません。

どんなに立派なことを説いてもね。ふさわしい行動が伴っていなければ、何にもならない、そうじゃありませんこと?

もし、まあそうねぇ。この度の宇佐美裁判で初めて知った福本弁護士のように、社会的に一流を極めたような立派な食口が、大勢いたならば、世の人々も一目置いてくれたかも知れませんことよ。(彼の一流振りを宣伝してくれてるかのような、何処だかの御仁のブログがあるみたいですけど、この度新築された邸宅一つを取ってみても、ただ金があるだけじゃ建てられない、まさにセンスまで一流!!女性の100人中99人くらいが、その経歴を見ただけで、恋に落ちそうになるくらいの、すさまじい一流っぷり、であります。いやあ、奥様のご尊顔を拝したいくらい。)

その一流びと、福本弁護士サマサマに対し、同じ一流っぽい経歴をお持ちのフクシインパクト、並びにピロシ。その言動は三流以下、と、よね様のこのシリーズを読んだ私は思いました。

ご自分たちの、趣味(そう、趣味よ趣味!!)の為に、一人の人間の人生に、一生消えないような傷跡を残したフクシインパクトやピロシ。そして、宮村教の教祖及び、そのハーレムの住人達(ケメ子含む)。

特に社会的な地位のある、フクシインパクトやピロシ。国家から、特別なる権力を付託されたのは、彼ら個人の趣味や嗜好を満足させるためではなく、国家の秩序安寧や国民の利益を守る為であるはず。その為に、各々の職業に就くにあたり、特別なる宣誓をしたはず!!その聖なる誓いを、彼らの信じる極めて個人的な信念を成就させるため、その価値を地に堕としたのであります。これは到底許されざることではないでせうか!!

ストーカー規制法は、一人の無垢な女性の尊い犠牲によって成就したといえる、血と汗と涙の法律じゃありませんこと?それを、自分たちに都合のいいように利用した罪は、信じられないくらい重いと言えましょう。

彼らが何より重視すべき法を、軽んじ、馬鹿にし、好きなようにいじり回して、他人の人生を捻じ曲げたのならば、彼らはその同じ法によって、いつか思いもかけないしっぺ返しを喰らうかもしれない、と私は懸念してるんですの。

そして、正当な「権力」を今に至るまで、一握たりとも得ることが出来てない、我が統一教会。これもまた恐るべき怠慢の罪、といえましょう。統一教会員であると言うだけで、彼ら偽「権力者」(偽、だけど本当に権力がある、という悲しい現実)の心証が悪くなり、罪とも言えないような罪や、でっち上げの罪によって、犯罪者のレッテルを貼られる可能性があると言うなら、食口の皆様、今日より枕を高くして眠ることは出来なくってよ。

だって、いついかなる時に突然しょっ引いて行かれるかも分からない(もち、ブタ箱に)から!!

ああ、私もかつて突然しょっ引いて行かれたんだっけ、ブタ箱や監禁マンションに。同じような経験をしたい食口の皆様。いやいや、自分にそんな可能性は無いから、なんてがっかりされることはありませんことよ。宇佐美裁判の判例により、誰でも、統一教会の信者である限り、無差別平等にこの特典に与ることができるのである、との前例が出来ましたから。

ご自分の番が回ってくるのを楽しみにお待ち遊ばせな。それがお厭なら、全身全霊で、教会改革の為に邁進なさいませ。孫の代くらいには、少しは実りを結ぶかもしれませんから。

註:完全に人ごと、のような口ぶりになっておりますのはね。まあ、私も元信に移行しつつあるからかもしれませんわ。

宇佐美さんへ

過去のコメントで宇佐美さんを貶めるつもりはないと書いていながら、同じことをコメントする人もいますが、宇佐美さんの行動は何一つ恥じることはしていませんから、ぜひこれからの人生を前向きに誇りをもって歩んでください。
応援している人もたくさんいます。

ありがとうございました。

米本さん
長きに渡っての連載、本当にありがとうございました。

なかなか知る事のできない、事件から裁判に至るまでの背後関係を、つぶさに検証され発表される労力は並大抵のものではないと思います。

世間からは後ろ指をさされる統一教会信者を擁護する動機は、一言でいえば正義感ということなのでしょうが、一銭の金にもならないその行動には、本当に頭が下がります。

早く統一教会が改革され、拉致監禁がなくなる日が来るために、私も微力を尽くしたいと思います。

異議なしの冤罪事件の真実

>弁護人が無罪の立証をするには、犯罪を行ったことにつき合理的な疑いを示せればいいはず。
 実際、福士判事は公判が始まる前の準備手続き中には、弁護人に
「(有罪立証の責任は検察にあり)先生方は、合理的疑いを示せればいいわけですから」
 と、刑事訴訟法の一般論を語っていた。
 それなのに、弁護人が合理的な疑いを示すために、証人尋問でそれを立証しようとすると、ストップをかける。


 ストーカー容疑者としての宇佐美さんの逮捕、そして裁判での有罪判決に纏わる多くの不正行為、謀略行為を追及し、ついに悪人達の実体とその核心に到達された米本さんは‘偏見を排し徹底して真実を追究した、良職を備え正義感に溢れた最高のルポライターである’と心からの賛辞を贈りたいと思います。
 本当にご苦労様でした。そして素晴らしい記事をありがとうございました。

 この宇佐美有罪判決の仕組みを解明されたシリーズ記事に反論できる人は果たして誰かいるのでしょうか。
 米本さんが客観的事実を根拠に、そこに描き出した冤罪事件は衝撃的とも言えるものでした。この一見平和そうな日本において、国家権力の執行者である公安刑事や裁判官が罪もない一国民を文字通り、勝手気ままに犯罪者に仕立て上げていたのです。

 良心と理性を備えているのがまともな人間であると考えれば、この宇佐美冤罪事件の記事を読んで怒りも危機感も抱かないとしたら、その人はもはやまともな人間とは言えなくなります。
 米本さんが実名を挙げてこの事件を論じているということは それだけ記事の内容に自信があり、事実を根拠とした確信があるからなのでしょうが、そのように悪党と名指しされた人々が全く記事の間違いを指摘してこないというのは驚くべきことでもあります。
 その想像できる理由については前のコメントに書いたのですが、今回の米本さんの記事を読んで、さらに新たな推測を加えることができるようです。
 つまり、山口広弁護士に限らず、宮村峻脱会屋、福山研三郎公安刑事、そして福士利博判事は明らかに統一教会に入信した人そして脱会した人のことを見下しているということです。

 彼らの考えでは 米本さんがこのシリーズ記事で宇佐美冤罪事件の問題点を指摘し、その違法性を訴えたとしても、その記事を読むのはほとんどが統一教会関係者で それ以外の一般人は全く関心を示さないだろうし、その統一教会関係者というのは カルト宗教に関わるようなワンランク下の知性も乏しい人間なので、冤罪事件の真相も理解できず、そこから社会問題化することはないだろうと高を括ったのではないでしょうか。

 そのように考えた為、どんなに酷評され、不正行為が暴かれようと 読者のほとんどが統一教会関係者である限り、そこから自分達の立場に悪影響を及ぼす事態は発生しないと判断したと思われます。
 もし、自分達の社会的地位が脅かされるような危機感を抱いたとしたら 決してそれを無視することができないはずです。

 しかし、そうであっても上記の福士利博判事の「二枚舌」には唖然とするばかりです。
その二枚舌の悪辣さは、ナチス刑事裁判所の判事も顔負けなのではないでしょうか。
 米本さんが<裁判官には自由心証主義という裁量権が保証されている。かなりの裁量権のようだが、だからといって、被告人の属性(所属する宗教団体や政治団体、出自、民族や性別、知能、資産状況など)に左右されてならないのは当然のことだ。>と書いておられましたが、差別意識を克服できない人物が たとえ地方裁判所においてであろうと、裁判官になれてしまうという憂慮すべき現実は日本社会の矛盾として問題提起する必要があります。
 学校教師による犯罪が発生すると 教育者としての適性問題が議論されることはありますが、判事に関してはそのような議論はあまり耳にしません。
 しかし今回のような冤罪事件を目の当たりにすると、判事の適性が考慮されていない問題がはかなり深刻であり その国民的な議論が不可欠であることは明白です。

 さらに判検癒着の問題も信じ難い現実ですが、そのように考えなければ「福士判事の異常なまでの偏頗的訴訟指揮を理解することは決してできない。」とされた米本さんの推測は理に適っており、誰しもが同意できる内容です。
 この「悪魔」と「お狸様」に良心を売り渡した税金泥棒:福士利博判事こそ、この冤罪事件を通して最も非難されて然るべき人物です。
 この狸と熊のハーフ顔であるという(笑)福士利博判事と 同じく税金泥棒の福山研三郎公安刑事の不正は決して風化させてはならず、法の番人、法の執行者としての不適格者としてはっきりその名を「日本の公務員罪悪史」に記しておかねばならないでしょう。
 そうでなければ、<著しく正義に反するというべきである。>のです。

 ただ、もし宇佐美さんが統一教会員でなかったとしたら、このような公安警察のフレームアップ作戦や偏頗的な訴訟指揮による裁判も行われることはなかったのかもしれません。
 それは、米本さんも書かれたように、彼らが 統一教会関係者というのはカルト宗教に関わるような「ワンランク下の知性も乏しい人間である」と見下していたのは間違いなく、そのように考えなければ理解できないような異常な冤罪事件でもあります。

 しかし、そのようにワンランク下の人間と見下されても それを覆せない統一教会組織の実態であることを統一教会員はよく自覚せねばなりません。
 そのような一般社会の人々にとって 統一教会員は「敵」という存在であるよりは むしろ「ワンランク下の人間」であるという意識のほうが強く、偏見を排するのが困難なほど低次元の人達と見なされているのです。

 その一般社会の人々の中には他宗教の人達も含まれており、決して神を信じてない人々が統一教会に偏見をもってしまっているという訳ではないのです。
 統一教会員が「矛盾だらけである」と批判している旧来のキリスト教を信仰している人々からも「馬鹿な教義を信じているワンランク下の人間」と見なされているのが現実なのです。
 このような現実を数十年前に予測するのは困難でした。
歴史上誰も成し得なかった宗教統一、思想統一そして共生共栄共義主義世界の実現のための革新的な超宗教運動というのが自分達の認識であり、たとえ様々な「敵」は存在して葛藤は続いていたとしても 一般人から「馬鹿な教義を信じているワンランク下の人間」と蔑まれる羽目になろうとは思ってもみませんでした。

 日本統一教会が創設されてからでさえ半世紀以上経っており、その本来の組織目的と現実的結果についての検証がなされて然るべきです。
 しかし実際には 共生共栄共義主義世界の実現に先立つ宗教統一の気配さえ感じられない状態であり、そのことに矛盾も感じず ひたすら韓国人教会幹部に盲従して献金を搾り取られている信者達を見れば、一般人が「馬鹿な教義を信じているワンランク下の人間」と蔑んでも何も言い返せないのではないでしょうか。

 そのレベルが低い惨状は、ブログ村・統一教会の教会員の記事を見渡しても理解できます。
統一教会の中心部に発生した「真の家庭の血統」問題も正しく理解できず、今もって血統転換理論を真面目に言葉通りに解釈して議論する愚かさは、やはり「ワンランク下の人間」がすることとしか思われません。
 前にWatcherさんに返答した投稿で書いたのですが、「サタンの血統」などという論理は成り立たないし、そこでは詳記しませんでしたが 統一原理の堕落論に書かれた内容や原罪の問題も「血統問題」などという非科学的な用語を用いなくても、適切な統一思想用語で充分に理論的に説明することができます。
 それを統一思想の定義さえ無視した「心情」という言葉を多用して辻褄合わせするなど 全く馬鹿げた話です。
 しかし、それが真理追究と思えてしまうところに統一教会員のレベルの低下が発見できるのです。

 統一原理、統一思想の中に真理を発見したということが多くの統一教会員の入教した動機だと思われますが(勿論、例外もあります。「頭がpeace」のように‥‥)、その核心部分において真理と認めたとしても 現実を観察する過程を通して各論を修正していかねばならないのは当然です。
 もし、現実と矛盾した理論を絶対化してしまったら、それは真理などではなく ただの妄想の思想でしかありません。
 つまり、真理追究の為には「絶対的真理」の部分「普遍的な真理」の部分「発展する真理」の部分を分けて考えねばならないのです。(「絶対的真理」「普遍的な真理」「発展する真理」は米本さんから啓発された概念です。)

 血統転換理論などは統一原理から発展したかのような形式をとりながらも、実質は知的論理的に退化した宗教理論に過ぎません。
 そのようなことは統一思想要網をきちんと読めば誰でも理解できることです。
 今、「馬鹿な教義を信じているワンランク下の人間」と一般人に思われている統一教会員が、本来の目的である宗教統一、思想統一そして共生共栄共義主義世界の実現を可能にする為には何をすべきかよく考える必要があります。
 「馬鹿な教義」を絶対化することなどあってはならないことです。
そして「絶対的真理」「普遍的な真理」を発展させていくことでしかその本来の目的を実現する方法が見つけられないことを知るべきです。
 その「絶対的真理」「普遍的な真理」が統一原理、統一思想に隠されているというのは言うまでもありません。

日本は中世、中年?

宇佐美事件のようなことは、統一教会だからおきたことなのか?

上田大使の発言に対し、笑い(苦笑)がおきたのは、「日本は中世ではない」と言おうとしたところ、大使の英語表現では「日本は中年ではない」となり、それで苦笑がでたそうな。

それはさておき、国連の拷問禁止委員会 には記事”【当該記事】「国連委会合で『黙れ!』、日本の人権人道大使に批判」” に書いてあるとおり、弁護士の小池振一郎 氏が出席されていたが、”布川事件”で自白と現場の目撃証言のみで犯人とされた桜井昌司 氏も出席していた。

桜井氏の「極外記」より

「日本政府代表として出席した法務省、警察庁、外務省の官僚は、日本には拷問的な取り調べは存在しない、と、嘘八百を並べた。
日本政府の答弁を録音して来た俺は、帰国して、2度ほど、その嘘を聞き直しながら、 あのときのことを思い出した。 」

冤罪をはらすため44年間にわたり闘った人物の言葉である。

この言葉が、嘘ではないと思わせられる記述が小池氏のブログにある。

「私が最も言いたいことは、日本では、未だに、取調べへの弁護人の立会が実現していないことと、連日長時間にわたる取調べがいまも普通に行われていること。東電OL事件では、被告人と同居していた同じネパール人が2か月近く連日「任意」で取調べられた。午前3時まで取調べられ、その後午前7時から取調べが再開されたこともあった。私が最近担当した事件では、逮捕された夜遅くまで取調べられ、仮眠をとった後、午前3時50分から5時10分まで再び取調べられている。異常だ。前近代的(まさに「中世」か)刑事司法といっても過言ではない。」

小池弁護士の記述は常識的な時間帯を無視した苛烈な尋問が行われた事実を物語っている。まさに”拷問的な取り調べ”それ以外どう表現できようか。
とても、この分野で進んだ国の一つと胸をはれるものではない。

特定の団体の事件以外は公安はでてこないという反論もあるかもしれない。
しかし、そもそも冤罪をつくる土壌が日本の警察、司法、裁判のシステムにあるなら憂慮されるべき内容である。


拷問禁止委員会の勧告

”1日の取調べ時間を規制し、取調べへの弁護人の立会いを実現せよ。”

というのは極めて妥当 。

今のシステムの中では冤罪は誰にでも起きうる。他人事ではない。

参照

小池振一郎の弁護士日記
http://koike-sinichiro.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-6f08.html

桜井昌司 「極外記」
http://blog.goo.ne.jp/syouji0124/e/051990cb7c3aef48b462d503b0ffd7aa

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