金孝南はマジシャン界のスーパースター! 

統一教会考(38)

プロローグ-裸の王様

 金孝南氏のこと、また彼女を真の「霊媒師」と信じ込んでいる食口たちのことを考えていたら、ふとアンデルセン童話『裸の王様』のことを思い出した。
 さっそく、図書館から借りて読んだ。要約して紹介しようと思ったが、ウィキペディアに要約文が掲載されていたので、それを引用することにした。



 新しい服が大好きな王様の元に、二人組の詐欺師が布織職人という触れ込みでやって来る。
 彼らは何と、馬鹿や自分にふさわしくない仕事をしている者には見えない不思議な布地を織る事が出来るという。
 王様は大喜びで注文する。

 仕事場に出来栄えを見に行った時、目の前にあるはずの布地が王様の目には見えない。
 王様はうろたえるが、家来たちの手前、本当の事は言えず、見えもしない布地を褒めるしかない。
 家来は家来で、自分には見えないもののそうとは言い出せず、同じように衣装を褒める。
 王様は見えもしない衣装を身にまといパレードに臨む。
 見物人も馬鹿と思われてはいけないと同じように衣装を誉めそやすが、その中の小さな子供の一人が、「王様は裸だよ!」と叫んだ。
 ついにみなが「王様は裸だ」と叫ぶなか王様一行はただただパレードを続けた。
 (要約終わり)



 
このマジックがすごい!

 「天運相続還元祈願礼式」全国ツアーは、12月4日の大阪をもって終わった。
 すでに、それから約3週間が経つ。金孝南女史は休養と英気を養い、今は基元節イベント(2月22日)の準備でさぞお忙しいことであろう。

 全国ツアーの8カ所、その前の「2012年秋季清平特別大役事」を含め、金孝南氏のスピーチに共通するのは、いともことなげに、「今ここに真のお父様が椅子に座っておられます」

 まさにマジックショーである。
 箱の中にセクシー姿の美女を入れ、蓋を締め厳重にカギをかけたあと、マジシャンのスタッフが剣を突き出す。会場からキャーという悲鳴。
 効果を見計らって、マジシャンが「1、2、3」と声をかけて、箱の中を会場に。あら、不思議!中は裳抜けの空。会場からは大拍手だ。
 これと比べると、金孝南女史は引田天功の上をいく世界最強のマジシャンだ。
 何の掛け声を発することもなく、何の儀式めいたこともせず、霊界にいる人を「今ここに真のお父様が椅子に座っておられます」と紹介するだけなのである。物静かに。

 しかしながら、会場にいる人には、霊人・文鮮明は見えない。だから、興奮のるつぼとまではならない。
 統一教会中堅官僚の1人、「教育部長の日記」によれば、

今回特筆すべきは、文先生が霊的に来られたことでした。
私の目には見えませんでしたが、大母様は講話中に、
「今、お父様がおいでになりました」
と言われ、その後も何度か、
「今、このようなご様子で座っていらっしゃいます」
「今、こういうふうにおっしゃいました」
などと、感慨深げに話されました。


 先のアンデルセン童話と比較すれば、
 王様は裸であるのに、臣民たちは首を傾げながらも、王様は服を着ているのだと思い込もうとする。しかし、子どもはそんな大人たちのことには頓着せずに、「王様は裸だ」と、つい叫んでしまう。
 一方、統一教会の食口たちは、首を傾げながらも、何も見えないにもかかわらず、お父様の霊がその椅子に座っているのだと思い込もうとする。
 

 
異様な光景

 食口たちには霊人・文鮮明氏が見えていない。これは確定事実(苦笑)
 では、金孝南氏には本当に見えているのかどうか。
 見えているとも・見えていないとも証明することはできない。それゆえ、このことについて言及すべきではないという食口もいるのかもしれない。しかし、ここでは「反証不可能性」のことなど持ち出さなくても、会場の模様を、テレビカメラを抱えた報道陣を含め大勢の第三者が見学していたら、どうなるのかを想像すればいいだけのことだ。

「2012年秋季清平特別大役事」の模様を再録する。
【出典記事】「新しい腐臭は冷たい風に乗って韓半島から」

「今ここに真のお父様が椅子に座っておられます」と言った時には、12000人がどよめいて、お父様が座っているだろう椅子に向かって、150人(たぶん)の日本幹部を含め、拍手拍手です。盛り上がっていましたねえ~。

 会場を取り巻いて見学している一般人は、一斉にどよめき、「何だよ、こいつらぁ。●△集団か 」 と口々に叫ぶのは間違いなし。なかには携帯電話で110番、119番に通報する人だっているだろう。娘の姿をその集団の中で見つけたら、強引に外に連れ出すだろう。
 証明云々以前の話。そもそもがそれほど異様な光景なのである。 

 もしこの感覚がわかなければ、マジックの例を出そう。
 入場料S席3万円、一般席1万円(祈願書の値段だよ)を払って、マジックショーを観る。
 マジシャンが手の平を見せて、「ここに鳩がとまっています」。しかし、手の平には何もない。ブーイングが起きても、同じ言葉を繰り返す。
 入場者は「このインチキ野郎。金を返せ」と、壇上にあがって、マジシャンに詰め寄る。
 マジシャンは務めて平静に、「私には鳩が見えています。見えてない?それを証明できますか」

 金孝南氏がいかにインチキ霊媒師であることがこれでわかっただろう。
 
 いや、大母様だけはインチキではない?
 わかった、わかった。もう続きは読まなくてもいい。木戸銭も払わなくてもいいから、とっとっと、けえってくれ!



 
マジックの「ある法則」
 
 付け加えておく。
 文鮮明氏の霊が見えている、あるいは霊通していると話す場合、金孝南氏はある原則を決めているように思える。それは、
①第三者がいない場所。
②仮に不特定多数の食口がいる場合であっても、自分のことを霊媒師だと信じている食口がいる場所。(清平には関心がなく原理一筋の食口が大勢いれば話さない)
③盲信的に自分のことを信じている食口の前であっても、少人数の場合には話さず、大勢がいるときに限る。

 ③は説明がいるかもしれない。少人数でなおかつアットホームな場所で、文鮮明の霊のことを話せば、質問される可能性があるからだ。
「昨日、お父様はどう過ごされていたのですか」とか(まあ、これは答えることができるか)、「シリアの内戦について、オバマ大統領の『財政の壁』政策について、お父様はどんなお考えをお持ちなのですか」。そんな質問があれば、とたんに自分の化けの皮が剥がれてしまう。お利口な彼女はそんなヘマはしない。

 ➀の補足である。
 青森県・恐山のイタコは、死者を口寄せするとき、記者の参加も認めた。また、『中国の55の少数民族を訪ねて』を読めば、各村のシャーマンが霊媒を行うときに、執筆者が見学することを認めている。
 霊媒する前には、感覚を鋭敏にするために、絶食、不眠などの修行を行っていたとも記されている。むろん、村人全員を一堂に集めて、霊媒する(先祖の霊を引き寄せる)シャーマンなど1人としていない。雨乞いならともかく(苦笑)。
 この意味をあえて説明する必要はなかろう。

 少し横道にそれるが、金孝南氏が一対一での質問を認めているのは韓鶴子氏だけだろう。「認めている」というのは表現がオカシイ。認めなければ、金孝南さんは「清平湖の藻」でしかなくなるのだから。
「お父様は昨日は何をしていらっしゃったの?」
(ハイハイ、お母様。お父様は私の日本での全国ツアーにずっと付き添っていただき、お疲れになったので、休んでいらっしゃいましたよ)
「お父様は私が手料理でこしらえたサムゲタンを食べたのかしら。滋養にいいと思って作ったのよ」
(ハイハイ、お母様。フーッフーッ言いながら、美味しそうに食べていらっしゃいましたよ)
 

-金孝南氏のある能力についての考察-

 
 鮮明氏も金孝南氏の霊能力を信用しなくなっていた。このことに触れると、ますます長文になる。後日、言及するかもしれないが、これまで述べたことで、彼女がインチキ霊媒師であることははっきりしただろう。

 金孝南氏は、文鮮明氏から金英順氏とともに霊能者として認められていた。そのことからすると、彼女には一時期、何らかの霊能力があったのは確かだろう。
 それが失われていったのは、90年代中頃から、清平が宗教施設として開発され、悪霊を追い払う役事のスタイルが確立していく過程と比例してのことだったと思われる。
 それ以前の清平は、大きな掘っ建て小屋のような施設があるだけで、金孝南氏はそこで信者の身体を棒で一人一人叩いていたという。「ものすごく痛かった」と、当時の参加者は語る。かなり昔に、日本でも行われていた棒で身体を叩く悪霊払いと同じである。霊能力があったとすれば、その頃までのことだろう。

 清平の“洗練”された役事がシステム的組織的に行われるようになると、それまで貧乏暮しをしていた金孝南氏は、見たこともないほどの大金を手にするようなった。その時点で、霊能力は完全に失われたと判断していいだろう。
 信仰者として抑制していた物欲に目が眩むと、欲が欲を呼び(先祖解怨料金のアップ)、物欲の世界にひたるようになる。
 これは平家物語ではないけど、世の常である。
 物欲にとらわれると、霊能力は霧消する。自分の子どもたちの祝福結婚についても重要視していないことからすれば、どんなに統一用語、統一的な言い回しでスピーチしようが、信仰心さえ失っているように見えてくる。

 鳳さんは前のコメントでこう書いていた。
「金孝南氏に霊能力はないと判断されていますが、その理由は『贅沢な生活をして霊能力を保持している霊能者はいない』という米本さんの経験則からです。
 しかしながら、それは経験則だけであり、両者には本質的因果関係がないので、証明にはなっておらず、米本さんの今までの経験上からそう判断されているというだけに留まり、事実の報道、事実の追求とは違うわけです」

 俗耳に入りやすいが、この世のすべての現象を因果関係で証明することはできない。とりわけ、神とか霊といった目に見えない現象はなおさらのことである。因果関係をことのほか重視するのは司法の世界だが、そこでも「経験則」は重視されている。経験則という世俗知を無視してはならない。鸞鳳さんが説得力をもって経験則を否定できるとしたら、庶民から崇敬されている「金持ちの霊能者」の存在を具体的に示すことだろう。
 
 そもそもの話である。
「シャーマンが悩める人の身体を叩き、悪霊払いをする。この原始的な方法は未開の国では今でもやられている。しかし、シャーマンは何もせずに、悩める人が自分の身体を、また悩める人同士で、頭、肩、腕、背中と叩く。そんな悪霊払いをやっているところは、清平以外にあるのだろうか」
 シャーマニズムの専門家に聞いてみたいものだ。

 金孝南氏は富を得るにつれ霊能力を失ったが、その代わり手にしたものもある。
 それは食口の心、食口の集団心理を見抜く能力である。
「食口の心」とは依存心である。とりわけ、清平役事に参加するのは、多かれ少なかれ悩みを抱え、自分の力でそれが解決できないから、清平にすがってくる人たちである。

 すがってくる人が多ければ多いほど、「こんなにも大勢の人が!」と感嘆し、金孝南氏の力を再確認する。
 い会場に、金孝南氏の前にいるのは自分1人。そんな状態であれば、彼女のありがたみは薄れてしまい、鼻白む。
 会場が食口でいっぱいになっている中で、「身体を叩く」「身体の叩き合いをやる」から、すばらしく神秘的なことをしているような気分にひたることができ、何だか悩み事が解決するような錯覚に陥る。しかし、清平から戻っても、不幸は解決しない。それで「清平詣で」が続くわけだ。
 悩みが解決しなけば、清平役事なんて効果がないと判断するのが普通だが、そうしないのは「依存心」と「大勢の食口が大母様を頼っているという集団心理」である。

 皮肉な話だが、金孝南氏は霊能力があるときにではなく、その能力がなくなってから、人望を集め、神格化されたのである。

 ところで、ブログを開始してから丸4年が経とうとしているが、金孝南氏のことを取り上げたのはここ2ヶ月のことである。
 文鮮明氏が亡くなり、神様こそが命だったはずの世界中の食口たちが「文鮮明の霊」のこと、「霊界」のことに関心が大きくシフトし、霊媒師・金孝南氏の言動に注目が集まった。

 <お父様は霊界でどうしていらっしゃるのか>
 <お父様の霊を見た人はいないだろうか>
 誰かに聞きたい!これは、切なる食口の願いであり、また同時にその心理の背景にあるのは依存心である。

 の食口大衆の期待に、金孝南氏は見事に応えたのである。
「お父様はそこに座っていらっしゃいます」

 1万2000人いる食口集団はどよめき、拍手拍手であった。(まるで、オウムの麻原とその弟子たちみたいだ。こうした見方には承服できないだろうが、外から見ればそう見えてしまう)
 
 むろん、食口大衆には霊人・文鮮明の姿など見えていないが、金孝南氏の発言は少人数ではなく、大勢の場で行われたもの。一瞬、怪訝に思った食口もいたとは思われるが、その直後に万雷の拍手が起きれば、自分も拍手の輪に加わる。集団心理である。
 金孝南氏は、長年の清平役事で、食口の心と集団心理は知り尽くしている。
「お父様の姿は見えないぞ!」という声が起きることは100%ないと踏んでいる。

 ここまでのことなら、外野席がとやかく言うことではないかもしれない。だが、
 「私には見えなかったが、大母様には見えていたに違いない」
 そう固く思い込んだら、もう「拍手の輪」から抜け出すことはできなくり(コミットメントの法則)、あちらの世界に逝ってしまう。
 そして、金孝南氏が「お父様は、早くすべての先祖の怨みを解かなければ、あなた方の家に幸せが降りてこないとおっしゃっていました」とご託宣すれば、霊界のメシアの言葉ゆえ、1600万円の先祖解怨料を借金してでも払うことになる。

 頭の「裸の王様」の話に戻る。「王様は裸だ」と叫んだ子どもは、あれこれ忖度せず、また集団心理の呪縛に囚われることなく、自分の五感(視覚)に忠実に従っただけである。
 なにも、金孝南氏に向って発言をする必要はない。心の中で、こうつぶやけばいいだけのことだ。

 <お父様の姿は見えなかった。大母様が見えているというのは信じられないな。大母様を通して語られるお父様の言葉って、本当なのか> 


-組織が弱体化する条件-


 食口諸君にとって示唆に富むであろうブログ記事を紹介する。光言社前社長、現顧問の小林浩氏のブログ「パラダイムシフト」にアップされている「信仰を失うとき」である。

(引用はじめ)
進化論の父と言われれるチャールズ・ダーウィンについて研究すると、信仰を失うときがどんな状態かよく理解できます。

ダーウィンは妻のエマとともに熱心なクリスチャンであり、創造論者でした。しかし、長女のアニーが原因不明の病気で、10歳の若さで亡くなります。切実な祈りと、献身的な看病もむなしく亡くなったアニーの姿を目の当たりにして、ダーウィンは神への信仰を失っていきます。

ダーウィンは次のように述べています。

「この世に存在する苦痛や苦悩は、神の直接的な介入によってもたらされているものではなく、一連の自然現象、すなわち一般的な自然法則がもたらす必然的な結果であると見るほうが、私にとっては心安らぐ解釈なのです。」

アニーの死によって、ダーウィンのパラダイムは「神によって創造され、運行される自然現象」というものから、「神なき自然現象」というパラダイムにシフトしたのです。そのようなパラダイムに基づいて自然界を観察した結果、進化論を生み出したのです。

彼が信仰を失った大きな要因はアニーの死でしたが、ほかにも促進材料がいくつかありました。1つは、所属教会です。

ダーウィン一家は唯一なる神を信じ、三位一体論を信じていませんでした。しかし所属教会は、三位一体論に関するダーウィンの疑問に答えず、ただ信じることを強要しました。礼拝の時間、全信徒に三位一体論を信じることを誓う信徒信条を朗読させました。ダーウィン一家は、信徒信条の朗読時間になると、祭壇から顔をそむけて拒否しつづけました。

所属教会のイネス牧師は、とても独善的な人だったそうです。特に彼の子供礼拝が、酷い酷い。「病気になるのは罪を犯したからだ」とか「病死したら永遠の地獄で苦しむ」などと、子供に言うのです。病を抱えたアニーが、どんな思いで聞いていたでしょうか。

しかもイネス牧師は、他教会の批判を子供たちにしていたのです。こんな説教、大人が聞いても気分が悪くなるでしょう。ダーウィンは、教区総会に出席してイネス牧師を糾弾したほどです。しかも、ダーウィンの問題意識である「創造論(6日間の天地創造)と地質学上の発見との矛盾」に回答できる聖職者がおらず、キリスト教の限界を悟りました。ですから、アニーが亡くなったあとは信仰を失ったのです。

アニーが亡くなっても、信仰の篤いエマは他の子供たちと共に礼拝に通い続けました。しかしダーウィンだけは教会に入らず、礼拝が終わるまで教会のまわりを散歩して過ごしていたそうです。

彼に信仰を失わせたもう1つの促進材料は、インチキ霊能者です。死に別れた肉親からメッセージを伝えてくれるという霊能者が話題となっており、ダーウィン夫妻もアニーに会いたい一心で、その霊能者のもとに出かけました。霊能者が霊を呼び出し始めると、テーブルが動いたり、窓ガラスが鳴ったりしました。ダーウィンは、それがインチキであること(仕掛けがあること)を見抜き、席を立ったのです。

神の代身である教会に失望し、霊界の代身である霊能者に失望したダーウィンは、もはや見えない世界を信ずる心を失いました。しかし、持ち前の探求心と、「アニーの死の意味を理解したい」という情熱が、神なき進化論を誕生させたのです。

アベルが失敗すると、カインは救われない。優秀なカインは信仰を失うだけではなく、神や霊界を否定する強力な武器まで作ってしまう…。

これがダーウィンからの教訓だと思います。
(引用終わり)


 実に正鵠を射た指摘だと思う。
 これまでの統一教会は、独善的なアベルに嫌気がさした優秀なカインがやめていった歴史といっていいだろう。今回は、そこにインチキ霊能者が組織に介在するようになったから、事態はよりいっそう深刻である。

 なお、小林氏の名誉のために補足しておくが、彼は統一教会批判をするために上記の記事を書いたのではない。あくまでも信仰一般の話として書いている。それは彼のブログのいくつかを読めばすぐにわかることだ。誤解なきように。


-追記情報-


 長くなって申し訳ないが、是非とも知ってもらいたいことがある。
 POST文鮮明の後継をめぐる争いは、私がこれまで書いてきたような単純なものではなさそうだ。体系立てて解説することはまだできないが、いくつかの動きについて書いておく。

①金孝南氏の訪日ツアーは「私と清平」路線を確立するために行われたものには違いないが、他の勢力に先んじて日本食口への影響力を強める狙いもあった。彼女が霊人・文鮮明の姿が見えると強調したのは、自分の存在を誇示するための過剰な言説だったように思われる。逆効果になった可能性も否定できない。

②私の金持ちイタコ批判を、国進派以外にも、歓迎しているグループがいる。

➂日本の宋ヨンソク総会長を更迭し、自分たちのグループから総会長を送り込む動きが顕著になっている。

韓鶴子氏が宋氏に、日本での全国巡業を行うことを禁止した。このため、最近は外出することもままならないため、本部に常駐するようになっている。
 この理由は諸説あるが、宋氏の日本食口への影響力を削ぐことが基本にあると思われる。金孝南氏の全国巡業、その一方で宋氏の全国巡業禁止。対照的な動きといっていい。

⑤韓鶴子&金孝南氏が新しい総会長を日本に送り込もうとしているのは事実だが、それ以外のグループも画策している。

⑥少なくとも、基元節までは「真の母様」を中心に立てるしかなく、このためいくつかのグループが韓鶴子氏に自分たちの影響力を強めようと、アプローチしている。

⑦このグループのうち、全羅南道グループの存在をごく最近知った。

⑧ヘゲモニー闘争は、「A対B」という対立図式ではなく、敵対しながらもある勢力には共闘するといった部分連合も行っている。そのため、POST文鮮明の動きは実にわかりにくい。

⑨はっきりしているのは、各グループのメンバーはいずれも韓国人であるということだ。
 王が亡くなったあと、金と権力をめぐる宮廷ドラマ。それが現実ものとして繰り広げられつつある。そう判断して間違いないだろう。
 そして日本の教団本部は蚊帳の外。様々な韓国人が教団本部にアプローチしてくるので、教団中枢は戸惑っていると言われている。


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コメント

別辞

米本さん

私の名前が出ていますので、いろいろ書こうかと思いましたが、御理解されないだろうと判断してやめました。

今から考えると、「鸞鳳」の活動は無意味かつ事態を悪化させただけだと激しく後悔しています。

とにもかくにも、私の活動は完全に終了させます。

寒い時期ですので、お体にお気をつけて下さい。

巡業?

米本様 はじめまして。
宋会長巡業が禁じられたという内容を詳しくお願いします。(業、という字から察するに収入を得ながら回るという事ですね。) 明日は大阪で宋会長お迎えして3000名大会なのですが、、。

大阪食口さんへ

 私が聞いたのは、記事でも書いたように、宋氏の全国巡業が「真のお母様」から禁止命令を受けたということです。

 実際、教団本部中枢筋から聞いた話なので、間違いはないと思います。

 で,ちょっと戸惑う。

 おそらく、大阪巡業は前から予定されていたことなので、といったところでは?

 留意すべきは、宋氏は最後の荒稼ぎを考えている節があるので、包みは出さないように。

 礼を尽くすのであれば、淀川の淵で、貧乏な在日韓国人が食べていたホルモン焼きでも、ご馳走したらいかがでしょうか。

 それを不味いと言ったら、終わってる!

ホントあきれます。

☆アベルが失敗すると、カインは救われない。優秀なカインは信仰を・・・

実に的を得ていますね。教会のメンバー達はまったくこのことを理解していません。
アベルとは弟であり、兄のカインから教わらなくてはならないことがたくさんあるのです。それをちょっとお父様に褒めてもらっただけで有頂天になり・・・
あきれますよ。

自然屈服も侍ることもすっかり、忘れたようです。
ひどいのは、末端信者で、あまりことの真相がわからないのに、わかったように騒いでる人です。
哀れです。本当に・・・
このブログ村にもいますね。(まったくわかってない)

孝南氏の霊力

清平役事で病気が治ったり不妊の方が子供を授かったり心情が転換された証の本を読んだ事があります。実際に教会で子供を授かった方も知っているし私も清平で聖霊体験はあったので霊力はあると思います。
今回の巡回役事でも参加者で霊的な方がアボニムの霊を感じた話も聞きました。霊的なものは証明が難しいですけれど。

しかし日本人の高額な解怨献金は納得出来ません。せめて使い道を納得出来るようにして欲しいです。
それと日本人食口は摂理献金とダブルで苦しむ事を考慮して頂きたい。摂理献金に頑張り解怨献金が出来なかったり、摂理献金はあまりしないのに解怨献金はきちんとする方を見ると葛藤します。

あとこちらで孝南氏の子供さんの記事を読みショックでした。何故オモニムがその様な事を知りながら心酔してるか不思議です。
結局は統一教会の十八番「何か深い意味がある」に落ち着くのかしら?

隣人を愛せよ

キリスト教の根幹、イエス様による最大の教えは何でしたか?マタイ伝22章とマルコ伝12章には、(1)主なる神を愛する  (2)自分を愛するように隣り人を愛する、のが一番大事であり、これにすべての律法と預言がかかっているとあります。日本のメンバーたちが法外な献金を課されている、それも、桜子さんが言うように、摂理献金と解怨献金の二本立てで責められていることを知りながら、これを他人事として無視するのが、「隣り人を愛する」ことでしょうか?そもそも、高額摂理献金を課す、さらにその上に、高額の先祖解怨献金を課すのが、隣人を愛することでしょうか?

今までは期限つきの「神様の世界復帰摂理(短期決戦)の為に」、ということで、過酷さと矛盾が正当化されてきましたが、文先生の聖和後は、事情が変わりました。来年まで、または2-3年で世界を具体的に天国化する、という目標もまったく現実性を失いました。

今、この転換期に、戻るべき原点は、先祖解怨中心のシャーマニズムではなく、愛の宗教という原点だと思います!

Re.別辞

年末の慌ただしさと、風邪で体調を崩してしまい、しばらく「火の粉を払え」を見ていない間にこんなことが起こっていて、絶句です。
鸞鳳さんの活動が無意味とは思いません。

自分を愛する統一教会

千尋さんがおっしゃる隣人を愛する姿なんて最近はあまり見ません。
結局自分の家庭が三代祝福を受けたらよいと考えているようで、私もその類かもしれません。隣人の苦しみに耐えきれない良心的な方々が教会を去ったのをたくさん見ました。今はいかに自分の子女を教育ラインに乗せて祝福させるかという感じです。
そして三男派にいった二世をかなり警戒して父母に注意を呼び掛けます。昨日の友は今日の敵という感じです。

優秀な二世を育てる事を重要視されてますが、頭でっかちの父母から生まれた二世が優秀でも思いやりのない姿も見られます。二世であってもこんな人間に世界を任せたくない、二世でなくても統一教会員でなくても他の真の愛を感じる人達がリーダーになってほしい思いもあります。勿論素敵な二世もたくさんいて、そこだけは希望ですけど。

案外中心者の二世が妙なエリート意識があるのか冷たい所もあり、優秀さをずる賢さにして末端信者を主管する文化を続けるのか恐ろしいです。
公職者達が率先して被災地のボランティアや他の良心的な牧師のように底辺の人間を助ける活動をすれば体質も変わるかもしれませんが、実績重視で切り捨ててきた伝統からくる体質はなかなか変わらないでしょう。

時にかなった人を求め役にたつ人間だけ伝道するスタンスなら、綺麗事を言わずそうはっきりしてほしい。苦しんでいる人間を救うために伝道したいとは思えません。もう少し安い祈願書の効能の証が立てばいいですけど。

とにかくメシアを信じきってがむしゃらに活動出来る人を探し伝道するしかない気がします。
うちの氏族を復帰なんて不可能に近いです。自分がお金をためて祝福献金を納める決意がないと無理です。

誇張された霊能力

>金孝南氏は、文鮮明氏から金英順氏とともに霊能者として認められていた。そのことからすると、彼女には一時期、何らかの霊能力があったのは確かだろう。
 それが失われていったのは、90年代中頃から、清平が宗教施設として開発され、悪霊を追い払う役事のスタイルが確立していく過程と比例してのことだったと思われる。


一時期、金孝南氏に霊媒師が持っているような霊能力があったのは間違いないだろうと思います。
それは、韓鶴子総裁の金孝南氏に対する心酔ぶりが物語っていると思います。
そうでなければ 金孝南氏の息子のヒョンス氏を自分の弟として入籍させ、韓ヒョンスとまで名乗らせたことについての説明ができません。
少なくとも 韓氏の母親である故洪順愛の霊人体と交信できるぐらいの「霊能力」はもっていたと考えられます。
米本様が上記のように「悪霊を追い払う役事のスタイルが確立していく過程と比例して金孝南氏の霊能力が失われていった」と考えるのは ある意味正しいと思います。
特に 先祖解怨を形式化したり、絶対善霊の大量生産を語るようになった頃には ほとんど詐欺師に近いような発言をしていたように感じられます。
しかし、「霊能力が失われていった」と単純に言ってしまうと問題が出てくるかもしれません。
原理的に考えれば 人間には生理的な五官と同じように、霊人体が持つ霊的五官も備わっていることになるので、それが発達すれば誰でも霊人体を見たりできることになります。
ただ、その霊的五官が発達できる環境の中にいなかったり、覚醒するのに個人差がある為 霊人が見える人がいたり、見えなかったりするだけのことだと思われます。
私の身近な小学生の女の子でも 体育館の中などで、誰もいない所々を指しながら ~のような人が立っているとか友達に教えているのを知っています。また他にも 一般人が建物の中で霊人を見たりしたというような話は本人などから何度も聞いており、決して珍しいことではありません。
金孝南氏が たとえ霊人達と交信できたとしても、それが金孝南氏の信仰の深さや天的な使命を証明するものではないことを理解する必要があります。
ただ 金孝南氏が先祖解怨式等で披露する霊能力は、米本様が書かれている通り かなり怪しそうです。
「2012年秋季清平特別大役事」で文先生が椅子に座っておられると紹介された話でも、12、000人もの参加者がいて 実際に見えたという人の証が聞こえてこないこと自体 大変不思議です。
信仰をもっていない一般人でさえ霊人が見える人は多いのに、統一教会の信仰をもち 文先生を熱烈に慕っている食口が12、000人もいて、もし誰も文先生の霊人体を見なかったとしたら それは逆の意味で奇跡的です。
金孝南氏の場合は その特殊なこととは言えない霊的五官の問題よりも、それを利用して韓鶴子総裁の心を掴み、清平の主催者として野心をもったことや 先祖解怨式を利用して巨額の収益を得ている問題の方が重大であり その問題を指摘しておられる米本様の観点に注目すべきです。
しかし 米本様が書かれたように「日本の教団本部は蚊帳の外」であり、実質的に教団の財源となっている日本の教会の食口達は 何もわからずただ奴隷のように献金するだけというのは情けないことです。

Re: 孝南氏の霊力

 桜子さんの投稿はとても俗耳に入りやすいものだった。一読したときには、何の違和感も覚えなかった。

 すなわち、奇跡を起こしたからといって、法外の金とは次元の違う話だ。そう、その通りだと思った。

 しかし・・・
>清平役事で病気が治ったり不妊の方が子供を授かったり心情が転換された証の本を読んだ事があります。実際に教会で子供を授かった方も知っているし私も清平で聖霊体験はあったので霊力はあると思います。
今回の巡回役事でも参加者で霊的な方がアボニムの霊を感じた話も聞きました。霊的なものは証明が難しいですけれど。

 一つ一つやっていきたい。

「病気が治った」
 ぼくも聞いたことがある。でも、治っていない人のほうが圧倒的に多いのではないか。
(だから、チャンピョン詣で)

「不妊に悩んでいた人が子どもを授かった」
 ぼくは耳にしたことはないけど、そういった人もいたかと思う。因果関係は分からないけど。
 しかしながら、子どもを授からなかった人の方が圧倒的に多い。韓国の統一新聞『本郷人』を読めば、もらい子の話がわんさか出ている。

 韓国で取材した女性は何十回もチョンピョン詣をした結果、最後にはもらい子をした。
(子どもが授からない人は、今でもチョンピョン詣で)

「霊的体験をした」
 アメリカの脳科学者が実験をしたことがある。
 脳に微弱な電気を与えると、イエス・キリストが現れる。そのときの脳内の化学物質を調べると、側頭テンカンの患者と同じだった、と。

 とまれ、私が言いたいのは、何百万円を費やして、病気を治そうとしたり、子どもを授かろうとしたりしてきた人たちは、まさに藁にでもすがろうとする人たちである。必死なのである。
 さらに、何百万円を払っても、願いを叶えてもらいたいと思っている人たちなのである。
 ちょっとしたトークで、清平に行くのです。

 桜子さんのように、「奇跡」と「金」とを区別して考えない。桜子さんは、恵まれている人なのですよ。

 真に、心底悩んでいる人の気持ちに身を寄せて考えていない。ここが良心的食口の限界なのか。
 桜子さんが良心的食口なら、あとはどうなんじゃいと思うと、暗澹としてくる。

貴方の信仰が貴方を救った

メリークリスマス!
イエスの教えで病気の治った人に対して
こんなことをおっしゃった部分がありますが、
清平に行かなかった夫婦で子供をやっと妊娠した人、私の霊の子含めて3人います。
1人はある医者か霊能者に絶対に子供は無理だろうと言われてた人でしたが、
ちょっとしたアドバイスを彼女は信じて
真剣に祈って実践した結果、神様が子供をくださったとすごく感謝されましたが、
本人の信仰が本人を救ったのであって、
そういう証ってどんな宗教でもあると思います。

それをいいことがあったら清平のおかげと思うのは本人の自由ですし、
清平で心が穏やかになって神ーテモさんではなくーとの心情交流が出来るならいいでしょうけど。

きっかけにすぎないのに、
子供を授かるのも授からないのも
神の意志だと天に任せる気持ちが必要なのに。

子供が3人いないといけないとか、
子供を愛した心情基台がどうのこうの、
条件がおおいんですよ。

生めばいいというわけでもないし、
子供をもらってそれで子供は幸せかと
思えば本人にならなければわからないことだし、養子に出すって多いからいいってもんじゃないし、
生みの親以上に愛せるかどうかもわからないのに、、、

身体や年の問題で無理な場合もあるのに、
一抹の期待を抱いて頼るしかない弱者に
大金出させて、私利私欲に目が眩む人間。

聖書では神は世を救うために独り子を送られたと弟子は書いたけれど、
イエス自身は自分が救ったとは言ってません。

だから清平がテモが救ったんじゃない
メシアはみちを教える立場であって、
救うのは本人自身なのに、
傲慢な人々は手柄を独り占めするのでしょうか。
不思議な宗教になったもんですね。

イエスの教えを考えるクリスマスになれば
いいと思います。
では、よいお年を。

何もわかってないくせに

何がむかつくって、子供がいる人がいない人に対して同情含めてあれこれ言うこと!

上から目線発言にしか聞こえない。

何もわかってないくせに!

mamaさん、あなたのHNがどれだけ人を傷つけているかわかりますか?

今までのあなたの発言にどれだけ傷ついたかわかりますか?

過去のコメントを並べてあげようか。


傷つける結果になったのは申し訳ありませんでした。

子供のことなど本人も相当辛い経験をしてきたのですが、個人的問題なので書きませんでした。
今考えるとこの場で触れるべき問題ではないのでその部分はカットしたいです。
[カットの仕方はよくわからないので米本様にもご協力いただきたいのですが。。。。。]

結果が出たら清平、出なければ条件足りない本人のせいという風に持っていかせるのは、何者なのかということを考えたわけです。

それから上から目線ですと言われればそうなんでしょう。
そう感じられたのなら言い訳しても仕方ないからです。

先に、清平のおかげで救われたと感じるのは自由だと言ってます。
しかし清平だから。。。
清平じゃなかったら。。。
という宗教ではなかったはずです。

統一は。

ただ清平に生き様にも行く交通費さえままならない信者が韓国の田舎にはすごく多かったし、子供を養子に欲しくても現実的に経済的、若しくは夫の無信仰やアル中、、、、の故に大変な人もいる。。。
しかし憧れて憧れて必死で条件立てて行く人も多い。
日本もそうでしょうか。

そんな現実もかなりありました。
しかし、そんな人にもまた次々と。。。。しなければいけないとみ言葉が語られ、でも現実にできないことで変にストレスを受けたり、お金を作るために無理して身体を壊したり、夫婦の葛藤が起こるのなら、何のための救いの摂理なのかと思いました。

夫の中にもそんな妻に対して怒り心頭で訴えてくる人、見放した人、浮気する人など色々いる。
日本と韓国は事情がどうなのかわかりませんが。

また清平や修練会に行った人は行けなかった人を言葉の端々で優越感を剥き出しにする場合を多々見て来ました。
私は行ったから安心。でもあなたは?という風に。

また、子供のいなかった若かりし当時、いつも何でいないんですかと何回も堂々と聞いてくる韓国信者に答える言葉が見つからずに、泣きたいのに笑ってごまかすしかなかった苦い思い出も甦ります。本人は心配してくれてたのかもしれませんが。

当時の上から目線の韓国人や信者に悔しく悲しい思いをさせられた経験が、
無意識のうちに文章に出たんでしょう。
感情を押さえようとしたつもりでしたが、なんだかんだいっても感情丸出しですね。
ご指摘有難うございます。今後気をつけたく思います。

他者を傷つける意図はなかったのです。しかし結果的にそうなって大変申し訳なく思います。

統一に対する情熱と犠牲、、、、、
信者との交流、、、
今、後悔してはいませんが、30年前の教会でのミミパンを食べた思い出が、
本人にとってはひとつの青春だった。
本当に天国が来ると信じてみんな明るかった。
しかし、一生ミミパンを食べたいと思ったわけではなかったし、後輩や子供に食べさせようとはおもわなかった。

しかし、そういうことを信者に要求しているような現在の献金要求のあり方、文夫人の最近のメッセージ、
さらには多すぎる条件、天国や神を無理やり遠いものにしている方策に思えてしまう。

ただ、清平の初期の役事は信ぴょう性があったと本人は認めています。
しかし今はお金目当てのビジネスになって、当初のものとは違うという考えです。

返ってそのお金で美味しいものやえいようのつくものを食べて、健康に気をつけた方がよほど
いいのにといつも思います。
以上です。

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私は良心的な食口ではありません。

私は前に書いた通り自己中心的な食口ですよ。自分の家族の為に教会の未来を明るくしたいと願う者です。

ただ自己中心性を自覚しているのは救いかもしれない。
世界平和を叫びながら影で他の食口の悪口を聞くのはよくある事です。
蕩減が重いとか信仰がないとか、そう言ってるあなたはどうなのって思いながら言うとややこしくなるから黙っています。正直ふるい分け体質で万民救済は統一教会では無理だと感じます。口ばっかりが達者で心より口が立派に成長するのは切り返しトークの訓練の賜物でしょうか。でも人の心は力で押さえつけられるものではありません。

ただ二世達はまだ純粋な子も多いからこんな世界を受け継がないでほしい。薄々感じているだろうけど二世にこんな文化を根づかせたくない。そして出来るなら本当に良心的な食口が戻ってきやすい教会になってほしいです。

孝南氏の霊力がどれ程のものかわかりませんが全くないとも言えない。しかしご指摘通りそれほどずば抜けた能力でもないのでしょう。
ただ食口はそんな事を口が裂けても言えないでしょう。北朝鮮や韓国社会程ではないですが統一教会にも言論の自由は実質制限されています。夫や母にさえ私の本音を知られ心配され上に報告されたら大変です。また清平修練会を勧められるかもしれません。なのでここで本音をぶつけられる事は救いです。
北朝鮮発祥の宗教なので、自分を守る為に思考停止、言論の制限があるんでしょうか(苦笑)

それから何回も清平に行き養子をもらった方は食口思想では養子をもらえない方々も多い中、清平の恵みで授かったと考えるでしょう。あと米本さんのブログを強制移動させた公職者も他の食口が見て混乱させてはいけないと考えて行ったかわかりません。
でも臭いものに蓋的な発想よりも米本さんの記事を間違っていると考えるなら堂々と論破する姿勢を見たいです。そうでないと一般の伝道対象者は納得させられないでしょう。
結局皆心から理解してなく説明出来ない事も多いのでしょうね。それで結局は「絶対信仰」とか「何か意味がある」に落ち着く。

ちょっとコメントする時間も限られていて感情も整理できず内容が混沌としてしまいすみません。 私も何処に向かっていいのかわからない中ストレスだけがたまっている感じです。
統一教会の現状がおかしいのはわかっているが勇気のない末端信者にはどうしようも出来ないのです。叫べ、飛び出せと外部の方は簡単に考えるかもしれませんが考えてみて下さい。そこまでいかないでしょうが仮に北朝鮮で反乱を起こしたら死刑や一家が悲惨になるんですよ。

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いろいろ

●ブログ村の強制移動のことを書きましたが、小出し情報はよくないと考え、削除しました。年明けに詳細情報を書く予定でいます。

●「管理者にだけ表示を許可する」をクリックされて、投稿される方へのお願い。
 個人的に私に返事を求められる場合、アドレスがわからないため、応じることができず。そういう場合には、私の個人メールアドレス宛に送ってもらえばスムーズにコミュニケーションできます。

●今後のブログ更新予定。年内は28日、年明けは4日を予定しています。

●今、松江は雪。これまで積もったのは1回だけ。2、3センチだったのですぐ溶けましたが。今の雪はぼたん雪っぽいので、積もるかも。
 ノロウィルスが猛威を振るっています。手洗い敢行、御身を大切に。

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ニュース;梶栗会長逝去

(引用はじめ)

2012年12月26日

日本統一教会・梶栗玄太郎会長の逝去のお知らせ

梶栗玄太郎・日本統一教会会長が、12月26日午前6時10分、聖和(逝去)されました(享年75)。

梶栗会長は、2009年7月13日に徳野英治・前会長辞任を受けて、同年7月14日、第12代日本統一教会会長に就任。在任時には、日本統一教会の社会的評価や信頼を高めていくために、教会の組織強化を図り、牧会者および信徒の信仰指導、後輩育成のため尽力されました。

【梶栗会長の略歴】

1937年福岡県生まれ。芝浦工業大学土木工学科を卒業。
1963年11月、統一教会に入教。
1971年、文鮮明師によって創設された「国際勝共連合」の事務総長に就任。2010年1月、国際勝共連合会長、世界平和連合会長に就任。

 日韓関係の改善および東北アジアの恒久平和のために「日韓トンネル」が絶対に必要であることを訴え、日韓トンネル推進のために全国各地で講演会や啓蒙活動なども行う。惠李子夫人との間に4男1女。

帰還式と聖和式(葬儀)は、以下の日程で執り行われます。

帰還式:2012年12月27日(木)午後6時~
聖和式:2012年12月28日(金)午前9時~

会場:東京都渋谷区松濤1-1-2 本部教会礼拝堂

取材の申し込みは、日本統一教会広報局(三苫、大野)までご連絡下さい。

以上

世界基督教統一神霊協会 広報局
TEL 03-3467-3184
FAX 03-3485-0412

(引用終わり)


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ニュース!

 POST梶栗老師は、出がらし徳野氏に。

 評価いろいろあれど、けっこう攻めやすい。

人事

梶栗会長のご冥福をお祈りします。

聖和式(葬式)が終わっていないうちから不謹慎かもしれませんが、新会長に徳野さんがなるとするなら、若返りが図られるわけですから、いいことではないかと思います。

もしかして、「大島会長」ということもあるかな、と思っていましたが…。

人事については、それこそ雲の上の話で、これまで同様、多くを期待していませんが、やはり組織の再編・刷新には人事が大きく物を言うと思います。ここにメス(新しい血)を入れられるようになれば、統一教会も発展すると思うのですが…。

私は、清平で、たくさん霊的体験してますよ。行けば、清らかな場所ですから、背後が泣きます。自分だけの涙だけではないのです。「本当に、ここが霊的な場所なら、私にも霊的体験させてください」そう祈ると、私のからだを通して泣く人がいました。自分の感情なら泣くのはとめる事が出来ます。でも、出来ないのです。ただ悲しくて、ひたすら号泣するのです。後ろの人から叩かれながらやくじするのですが痛くて、痛くて、「何で日本人にこんな痛い思いされないといけないのだろう」そう思った瞬間、入りました。真夏でしたが、手足がしびれ、散々泣いた後、震えが止まりませんでした。霊的体験、たくさんありますよ。。悔しかったら1回行ってみたらどうですか?

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