拉致監禁反対にNOの狼煙となった麻子さん 

「秘密(拉致監禁)のベール」に火を放った麻子さんへの追悼の言葉-10年間の想い出



12月1日、拉致監禁体験者を中心に統一教会員有志が「麻子さんを偲ぶ会」を催した。私も招待されたが、出席できず。そこで、メッセージを託した。全文を紹介し、再度、追悼することにしたい。

 宿谷麻子さんが亡くなってから1ヶ月半が経とうとしています。
 麻子さんとこの10年間交流し、彼女のことを理解しようとしてきた者として、若干の想い出話を語ることにします。追悼の言葉に代えて。

 麻子さんと最初に会ったのは、2002年のことでした。
このときの麻子さんはどういう状態だったのか、説明しておきます。

 彼女が拉致監禁され、強制説得を受けたのが1995年の11月。脱会を決意し、横浜のアパートで一人暮らしをするようになったのは96年の夏のことでした。
 すでにご存知のように脱会直後から、麻子さんは心的外傷後ストレス障害(PTSD)に罹り、苦しんでいました。

 統一教会とは完全に縁が切れ、かつての信仰仲間は誰一人として接触してくることはありませんでしたが、しかしまだこのときは、孤独ではありませんでした。
 麻子さんを強制説得した、戸塚教会の黒鳥牧師が行っていた勉強会に参加し、同じように脱会した元信者たちと交流していたからです。

 でも、拉致監禁のためのミーティングには積極的ではなかった。それどころか、黒鳥氏にはときおり、保護説得つまり強制説得はやめるべきだ、少なくとも路上保護つまり路上での拉致はやめるべきだと訴えました。

 って、統一教会の問題点だけを語っていれば、波風は立たなかったでしょう。多くの脱会者はそうしていました。
 保護説得のやり方には程度の差はあれ、強制脱会者たちは内心不満を抱いていましたが、
「脱会するには保護説得しかなかった。あのやり方しかなかった」
 という周囲の言説を受け入れることによって、心の安定をはかろうとしていたわけです。この心理をもう少し述べておきます。実に単純な三段論法です。

 脱会者は、統一教会をやめて心から良かったと思っている。でも、保護説得は問題だと思っている。
 しかし、統一教会をやめるには保護説得しかなかったという。
 確かに、拉致監禁されていなかったら、今でも自分は教会員であったであろうから、保護説得に疑問を抱いたり、不満に思ったりするのはやめよう。

 単純な論法なのですが、脱会者の心にはすーっと入ってくるレトリックなのです。
 おそらく脱会者の多くは今でも「保護説得は仕方のないことだった」と思い、拉致監禁の忌まわしき場面が思い出されると、記憶を封印しようとしているのだと思います。

 話を戻します。
 麻子さんがそうしなかった、というより、そうできなかったのは、監禁下での生活がそれほど苦しいものだったからです。その苦しさは勉強会に参加していても、軽減されることはなかった。
 麻子さんと同じように苦しんでいた脱会者は当時、3人いました。いずれも黒鳥-清水氏に監禁下で説得されていた人たちでした。自分たちのような苦しみを味わう人をこれ以上出してはならない。麻子さんは強くそう願っていました。
 この頃、麻子さんの訴えに、戸塚グループ、つまり黒鳥牧師、脱会に成功した元信者とその家族たちはまだ寛容的でした。それは、教会内部の訴えだけで、外に向って発言することがなかったからです。

 れが一転したのは、1999年、今利理絵さんが黒鳥と清水の両牧師を相手取り、民事訴訟を提起したことから始まりました。
 1960年代後半から始まった拉致監禁事件に対して、初めて民事裁判でその責任を問う。今利さんの訴訟は画期的なものでした。
 これによって戸塚教会の雰囲気はガラリと変わり、黒鳥先生を守れの一色となりました。麻子さんの小さな訴えはかき消されてしまったのです。
 決定的だったのは、裁判が終ってからの、横浜地裁そばの山下公園で行われた反統一教会の集会でした。みんなが「今回の裁判は統一教会が仕掛けてきた攻撃だ」といった発言をしている中で、麻子さんはこう訴えたのです。
「今利さんは保護説得が苦しかったのです。今利さんの訴えにも耳を傾けるべきです」
 
 この瞬間から、麻子さんに対する態度が一変しました。
 象徴的な言葉は、周囲からの野次でした。
「おまえ、どちらの味方なのか!」
 麻子さんの両親に対する態度も変わりました。しょっちゅうかかってきた、母親と仲良しだった元信者の母親からの電話も途絶えるようになりました。

 このときから、麻子さんは「保護説得をやめるべきだ」と訴える場がなくなると同時に、統一教会、反統一教会側のどちらからも相手にされなくなりました。ひとりぼっちになりました。
 誰からも相手にされない孤独感。みなさんはこの孤独感を想像できるでしょうか。

 麻子さんのホームページ「夜桜餡」に、このときの気持ちが綴られています。私と会う1年半前の心情です。


夜桜は夜の桜

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闇夜に光り、静かに舞い散りながら

この世界に一人、孤独生きる

戦士は死に場所を求め、戦場に向かい

命を削って、犠牲となった

舞い落ちて踏みつけにされた花びらは、

どうやって生きていけばいいんだ



 統一教会の仲間から相手にされなくなってから、麻子さんの症状はよりいっそう重くなりました。

 視覚で捉えられるアトピーのことだけが注目されますが、PTSDの症状はアトピーレベルではありません。過覚醒、ふとしたことから突然に生じる過度の緊張感、またよく知られているように侵入を食い止めることができない、突然襲ってくるフラッシュバック。拉致監禁の場面が思い出されるのではなく、リアリティをもって再現されるのです。拉致監禁、監禁下での説得を何度も体験する。これほど恐ろしいことはありません。
 また、ようやく眠りについたと思ったら、モンスターに追いかけられる悪夢を見る。金縛りにあって、必死にもがき、目覚めたら汗びっしょり。悪夢は毎日続いていました。

 こうした状態のときに、私が麻子さんに連絡を取ったのです。
 長期にわたる孤独感のために、初対面の私に堰を切ったように、しゃべりまくりました。
 話を聞くために、戸塚のアパートには10回は通ったと思います。
 なぜそんなに?と思われるでしょうが、1回のインタビューは2時間が限界だったからです。1時間を過ぎる頃になると、身体が痒くなり、頬や指先が痙攣するようになります。 

 取材のあと、麻子さんの精神状態はきまって極端に悪くなります。
 生々しい拉致監禁の場面を、言葉によって再現してもらうわけですから、どうしても、拉致監禁を追体験することになるからです。
 ンタビューは2週間おき。裏付けを取るために、ご両親にも何度か話をうかがいました。ご両親は当初、PTSDのことは何もわからず、麻子が統一教会に入りさえしなければ、私たちは黒鳥さんにマインドコントロールされていたといった認識でした。しかし、短期間で劇的に変化され、最後には麻子さんの監禁に関係していた場所のすべて(当初予定していた所、2カ所の監禁場所、その後の軟禁場所)を、案内していただくことができました。
 ご両親の認識の変化の過程を説明すると、長くなりますので省略します。ただ、自分たちは学がなく頭が悪いと何度かつぶやかれていたのだけど、全然そんなことはなく、物事の本質をきちんと把握される、実に聡明な方たちでした。

「麻子さんの精神状態をよくするためにも早く原稿を仕上げろ」と、彼女の担当医からもせっつかれていたのですが、遅筆ゆえ、雑誌に発表したのは、2004年の秋のことでした。
 麻子さんは両親、親戚、拉致した9人全員に読んでもらうようにしました。
 雑誌を前に、両親と話しているとき、麻子さんは父親を殴りました。一回だけでなく、何度も。それまでの抑圧されていた気持ちが一挙に爆発したのです。父親は鼻血を出しながらも無抵抗のまま。殴られるままだったそうです。どんなに自分が悪いと思っていても、子どもから殴られるままになる。親として、そうそう出来ることではありません。もし、このとき別の態度を取っていたら、その後の親子関係は違ったものになっていたと思います。
 麻子さんの母親からこの話を聞いて、「すばらしいお父さんだ」と思いました。

 両親・親戚全員が麻子さんに謝罪し、関係は修復されていくのですが、PTSDの症状は軽減されても、それで完治することはありません。このことはあとで再び触れます。

 ただ軽減されたことは確かで、2008年の初めから、麻子さんはコンピューター関係の会社に正社員として採用されます。
 麻子さんが賢明なところは、会社に自分がPTSDの疾患者であり、心療内科に通院していることを正直に話し、同時にPTSDに関する本を渡していることです。精神疾患者への差別が根強い中で、なかなか出来ることではありません。

 を先に進めます。
 先に話したルポをまとめた『我らの不快な隣人』を2008年の夏に出版しました。
 その数ヶ月前に、後藤徹さんが12年余の監禁生活から解放されました。
 これらのことが契機になって、市民組織「拉致監禁をなくす会」が結成されました。市民組織には違いないのですが、会員の圧倒的多数は拉致監禁体験者であっても、現役の統一教会員です。統一教会が嫌いな麻子さんに躊躇する気持ちはあったはずですが、会の設立総会に参加し、壇上で「拉致監禁の非道さ」を訴えました。
 彼女が公の場で初めて訴えたのです。勇気ある行為です。それだけ、「拉致監禁をなくしたい」という気持ちが強かったのです。
 会主催の「宿谷麻子さんと母親の対談」企画にも参加し、麻子さんとお母さんがみんなの前で、当時の気持ちを吐露されました。
 監禁した側と監禁された側が、当時の気持ちのすれ違いを、みんなの前でしゃべる。世界的にみても、稀有な企画でした。
 その後のことは端折って、麻子さんの勇気ある行動を列挙しておきます。

・「拉致監禁をなくす会」の副会長の職を一時期引き受けました。
・「関西拉致監禁被害者の会」が企画した拉致監禁問題のシンポジウム企画にも、麻子さん親子は参加されました。
・「拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会」の世話人を引き受けました。
・固有名詞は列挙しませんが、統一教会系の団体からのインタビューにも積極的に応じられました。

 ぶ会に参加された方たちに肝に命じてもらいたいことがあります。
 :現役教会員を含め、ここまで「拉致監禁はいかん」と発言され続けてきた人は宿谷麻子さん以外にいないということです。麻子さんは、統一教会員が好きな言葉、「為に生きる」を実践されてきた方だったのです。

 麻子さんから3ヶ月前に電話をもらいました。「誰かいい精神科医を紹介してもらえないか」ということでした。
 家族・親戚と和解し、彼女によれば「拉致監禁問題はもう卒業した」と言いながらも、それでもPTSDは完治しないのです。
 PTSDはたんなる外傷とも、心的外傷ストレス障害(トラウマ)とも違い、心的外傷「後」ストレス障害なのです。
 
 このような目にあわせ、そして今でものうのうとしているのは戸塚教会牧師の黒鳥栄、そして現行田教会牧師の清水与志雄です。私はこの2人を決して許すようなことはしません。

 麻子さんの死を悼む気持ちがあるのであれば、霊界がどうのといった現世逃避的な考えは捨てて、麻子さんの意志を継いでください。

「拉致監禁は絶対に根絶する」と。

【関連記事】
「訃報-麻子さんが亡くなった」
「後藤徹氏の追悼メッセージ ー かけがえのない同志、宿谷麻子さん 。あなたの篤い意志を受け継ぎ、裁判の闘いに臨みます」
「宿谷麻子氏逝去ー脱会者の立場で、拉致監禁に異を唱えた勇気ある女性の死を悼む」
「Asako's Existence Encouraged Other Victims to Speak Out.」
「拉致監禁撲滅の闘士、宿谷麻子氏が逝く!」
【訃報】宿谷麻子さん逝去

-人と人との横のつながり-


 麻子さんと知り合うきっかけになったのは、元信者の母親・故樹村さんからの抗議の電話からだった。
 彼女が抗議したのは、拙著『教祖逮捕-「カルト」は人を救うか-』に載せた<作られた言説-マインドコントロール>に対してであった。(右にリンクしているカテゴリー「清水牧師の正体」を参照)
 樹村さんは物事を曖昧にしないタイプで、電話は7時間にも及んだ。関西からの電話。これまでの人生で最長時間電話だった。
 その結果、樹村さんは自分の息子にした保護説得は間違いであり、マインドコントロール論は保護説得を正当化するだけの非科学的理論であることを認識された。
 
 その後、しょっちゅう連絡を取り合うようになり、私が探していた「統一教会にも拉致監禁にも批判的な脱会者」を、サイトから見つけ出してくれた。そのサイトが麻子さんの「夜桜餡」だったのである。樹村さんが麻子さんと連絡を取り合ったあと、私に繋いでくれた。

 麻子さんは、同じ黒鳥・清水にやられた高須美佐さん、黒鳥にやられた中島裕美さんを紹介してくれた。
 
 その後、私が麻子さんを「拉致監禁をなくす会」や「拉致監禁・強制改宗被害者の会」、「後藤さんの裁判を支援する会」に繋ぎ、麻子さんは多くの人に自分の体験を語り、秘密のベールに包まれた拉致監禁の実態がますます暴露されるとともに、拉致監禁反対運動が野火のように広がった。
「保護説得は必要悪」と思っていた強制脱会者で、反統一教会の立場に立つkoyomiさんも、反対の輪に加わった。強制脱会者で「拉致監禁は間違っている」と声をあげたのは彼女が4人目です。

 私に訴えた小さな火の粉は、数年後(2009年7月)から、春の野を焼き尽くす野火となったのである。
 想い出を綴りながら、ひとりひとりの顔が浮かび、改めて人と人とのつながりの大切さを痛感した次第です。


-追記(PTSDについて)- (12月7日夕方)


 みんなさんが「PTSDの恐怖」と題して、次のような投稿をされていました。

拉致監禁被害者の苦しみについて、認識を新たにしました。
「誰かいい精神科医を紹介してもらえないか」。
宿谷麻子さんは、最後の最後までPTSDに苦しまれたんですね。


 これに触発されて、PTSDのことを書いておきます。カテゴリー「保護説得と親子関係」で詳細に説明しましたが、もうそれほど書く機会はないと思うので、改めて。
 
 その前に、追悼文の表現で、拙いところがあったので、釈明しておきます。
「ご両親は当初、PTSDのことは何もわからず、麻子が統一教会に入りさえしなければ、私たちは黒鳥さんにマインドコントロールされていたといった認識でした」

 個人メールで指摘されたのですが、確かにわかりにくい。
 ここで言わんとしたかったのは、このときの両親の認識は自分たちの責任を棚上げしている、と言いたかったのです。
 もう少し説明すれば、「麻子が統一教会に入りさえしなければ、私たちはおまえを監禁することはなかった」「黒鳥にマインドコントロールされていなければ、私たちはおまえを監禁することはなかった」。つまり、拉致監禁を実行する主体の責任を痛苦に反省する認識がどこにもなかった、その程度のものだったと言いたかったのです。
 その後、両親は麻子さんに謝罪した。そのときには拉致監禁をしたのは自分たちの責任だったことをはっきり認めて謝罪したのです。だから、麻子さんの心は解放されたのです。
 もしこのとき、「私たちは黒鳥にマインドコントロールされていたから」(実際その通りなのだが)、と自分たちの責任を棚上げして、取り繕ったように謝罪しても、麻子さんの心は解放されなかったと思います。

 さて、本題のPTSDについて。

「私は、おまえなんか生みたくなかった」 
 こう言われた娘が、なんと15年後だったかに、突然精神に変調をきたした。
 相談を受けたのは、現在大阪大学教授の西澤哲さん。
 彼(臨床心理士)は、なぜ、女性が鬱鬱とするようになったのか、その原因を突き止めるために、何度かカウンセリングを行った。その結果、15年前に、母親が娘に言い放った言葉に原因があったことを突き止めたのである。
(このことは彼の『子どものトラウマ』(講談社新書)に書かれている)
 
 私はこの本を読んで、2つのことを学んだ。
 親が何気なく言った言葉でも、子どもにとってはそれが衝撃的な体験になること。(子どもにとっては存在の全否定)
 そして、子どもは親から言われたときには「心的外傷」(トラウマ)になっただろうけど、それが癒されることがなければ、心的外傷を受けた「後」に、ストレス障害の症状が生じるということ。
 ここで怖いのは「後」なのだ。

 日本でPTSD用語が人口に膾炙するようになったのは、95年の「阪神淡路大震災」がきっかけだった。多くの子どもたちが「変」になっていたからだ。
 このとき、先駆的にアメリカでPTSDのことを学んだ精神科医たちは「千載一隅」のチャンスだと思ったという。不謹慎だが、彼らは「不謹慎だと思うが」という言葉を論文の冒頭に必ず添えている。
 なぜ、チャンスだと思ったのか。
 それは、「心的外傷」(トラウマ)ならともかく、「心的外傷ストレス障害」(PTSD)は、とてもわかりにくく、 問題意識があり危機意識をもっていた彼らが日本的精神科医や臨床心理士を含め、周囲にどんなに説明しても理解されなかったからである。

 普及の先頭に立ったのは、故・精神科医の中井久夫先生だった。
 中井先生は、アメリカではすでによく知られていたハーマンの『心的外傷と回復』を翻訳出版した。(出版社はみすず書房)
 この本では、監禁によるPTSDの事例も書かれている。
 それによって、私も麻子さんの精神疾患がPTSDだと確信したのである。麻子さんの担当医に質問したが、やはりハーマンによってだったという返事をくれた。

 ここで言いたいのは、PTSDを発症するのは、特殊、拉致監禁の体験者ばかりではなく、交通事故、性的被害など多数の原因が存在するということだ。
 PTSDが発症する必要条件は、「衝撃的な体験」を受けるということ。子どもの場合には、大人が想像できないようなことでも「衝撃的な体験」として感受する。そのことに、大人たちは留意すべきなのである。

 ある日、突然、母親が目の前からいなくなる。ヨスの修練会に参加するためだろうが、癌の治療入院だろうが、幼き子どもには「母親が突然いなくなった」という衝撃的な体験なのである。

 読者に注目していただきたいのは、麻子さんの写真である。別嬪さんであり、何の精神疾患を患っているようには見えない。だが、しかし、それは外観のことだけのことなのである。

 最近、イヤなことがあった。離婚と相成った子ども(5歳)はパパと月一度の割合で、会い、遊んでいた。それから、一年後、パパはそれまでとは別の家に招き、部屋を見せながら、「父さんは新しい家庭をもった。もう、おまえと会うことはない」と告げた。
 子どもは家に戻って、泣きじゃくって、ママにこの話を告げた。
「その新しいお家にはランドセルがあったよ」
 つまり、パパは子連れの離婚女性と暮らすようになったのである。
 このパパは、子どもが傷つくことを全く歯牙にもかけなかったのだ。おそらく、子どもにはこの日のことが衝撃的体験になって、その後に残るのではないかと心配している。

 日本のマスコミでは東北大震災での「子どもたちのPTSD」のことが一切報道されていない。それも気にかかる。



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関連記事

コメント

麻子さんのことが英文で紹介

 以前にも紹介しましたが、再度。

 オーストラリアのyoshiさんが「麻子さんの拉致監禁問題に対する業績」を英文でアップされています。

 再度、目を通していただければ、うれしいです。

http://humanrightslink.blogspot.com.au/2012/11/asakos-existence-encouraged-other.html#more

宮村による拉致第1号

 後藤さんの裁判を支援する会に、脱会屋宮村氏が最初に手がけたことがわかる手記が載っています。

http://antihogosettoku.blog111.fc2.com/blog-entry-133.html

 宮村氏の高校時代の恩師の娘さんの手記です。これを皮切りに彼は次々と拉致監禁を行うようになります。

 この手記が興味深いのは、宮村氏の乱暴な拉致と、森山牧師の比較的紳士な監禁説得とが対照的に描かれていることです。

 娘さんはその後、再び拉致監禁にあって脱会。東京・青春を返せ裁判の原告にもなっています。

 今は宮村陣営のため、次回期日で、彼女が反対陳述書を出すかもしれません。
 しかし、それは難しいでしょう。

 なぜなら、監禁されていた彼女の救出を試みた「荻窪栄光教会に監禁されていたYC氏を救出にいった伊勢谷氏」の陳述書も提出されているからです。

http://antihogosettoku.blog111.fc2.com/blog-entry-134.html

「俺はそこらへんのヘッポコ牧師と違う」と豪語してきた宮村先生、ますます苦境に。

神共にある人生?

神共にある人生?迎えて、最終真理がそして最後の救世主が来て、この矛盾した世界を、矛盾した社会を矛盾した人間を救ってくれる。そして、その初穂として私は天に選ばれ召され、愛され救われた。そして、この私は歴史的人類救済の大業に参加する様になった。・・・統一教会もオウム真理教もエホバの証人も他新興宗教はこの様な召命意識を持たせて、希望を見いだせなかった者に希望と喜びを与え伝道を進めてきたのだと思う。
特にオウム真理教は聖書の終末の啓示を実現しようと聖なる自分達の命の種さえ残れば人を殺してもポアという名で人殺しを正当化し、大量殺人を計画し、統一教会は蕩減復帰原理の救いの方法として高額な金額を奪い取る事を正当化した。
両宗教の信者は自分達の信じている理想天国が自分達の手で成し遂げられる!理想天国は、スグソコに現れると信じていたので、また、そう信じさせられていたので、魔物に取り憑かれた様に、非常識を非常識とも思わずに.............。
原罪がないはずの神様の血糖の再臨のメシア家庭、原罪のない祝福二世三世、地上天国実現の為の主権復帰、世界に国家メシアを送ってその成果は?氏族メシアは?青年伝道は?清平の“金”さんの役事の効能は?献金による世界摂理の広がりは?献金による世界事業の広がりは?日本人食口に対する救いの蕩減条件のエヤンドレス献金はいつまで続くのか?・・・?????
文鮮明先生はメシアと信じて従って来ましたが、文鮮明先生亡き後、今後は神様に直接・・・神様と共に行く事に決めました。
サヨウナラ~サヨウナラ~サヨウナラ!
統一教!

同じ穴の狢

私の言いたかった事⇨オウム真理教も統一教会霊感商法指導者達も拉致監禁牧師達も~~も、同じ穴の狢だと言うこと!

Re: 神共にある人生?

 竹島独歩さん、かなり辛い経験をされたのだと思います。

 うまい言葉がでないのだけど、オールオアナッシングの思考からはなにも生まれません。

 今は思考をこらし、オルタナティブをやるしかないと思います。ポーランドの当時のワレサを見習って!

PTSDの恐怖

<過覚醒、ふとしたことから突然に生じる過度の緊張感、またよく知られているように侵入を食い止めることができない、突然襲ってくるフラッシュバック。(中略)。ようやく眠りについたと思ったら、モンスターに追いかけられる悪夢を見る。金縛りにあって、必死にもがき、目覚めたら汗びっしょり。悪夢は毎日…>

<PTSDは完治しないのです。PTSDはたんなる外傷とも、心的外傷ストレス障害(トラウマ)とも違い、心的外傷「後」ストレス障害なのです>

拉致監禁被害者の苦しみについて、認識を新たにしました。

「誰かいい精神科医を紹介してもらえないか」。
宿谷麻子さんは、最後の最後までPTSDに苦しまれたんですね。

改めて、ご冥福をお祈りいたします。

小言幸兵衛

 みんなさん、良心的なコメント、ありがとうございました。

 今回も「素の良心性」を感じ取ることができました。
 願わくば、『仮想儀礼』を読んでいただけたら、なおうれし。そんなにすごい小説ではないいですよ。

 ところで、みんなさんの投稿に刺激され、「追記」を加えておきました。

 きっかけを作っていただき、とても感謝です。
 ぜひ、もう一度、末尾を読んでいただけたらと希望します。

 で、本題の「小言幸兵衛」です。

 麻子さんへの追悼文の末尾に、こう書きました。

麻子さんの死を悼む気持ちがあるのであれば、霊界がどうのといった現世逃避的な考えは捨てて、麻子さんの意志を継いでください。
「拉致監禁は絶対に根絶する」と。


 ここからは小言幸兵衛である。

 まず、私も関わった「拉致監禁をなくす会」だ。

 サイトを読めば、最悪である。
 更新のことである。

2012/11/20拉致監禁撲滅の闘士、宿谷麻子氏が逝く!
 
2012/8/3「国境なき人権」の強制改宗報告を採用-米国務省の宗教自由報告書
 
2012/8/1「全国霊感商法対策弁護士連絡会」の弁護士である伊藤芳朗弁護士激白!!
 
2012/6/14現在の拉致監禁者数を更新しました。

・・・・

 まあこういったレベル。

 私が期待していた関西食口のブログ「関西拉致監禁被害者の会」はどうか。

http://ratikan2010.blog134.fc2.com/

 どうしょうもないですね。
 えっ、根拠を示せ?
はいはい。
2012-04-03の投稿が最後ですぜ。

まるで大阪・西成のパチンコ店だね。かっては買っていたけど。

そんで本命の「全国拉致監禁・強制改宗被害者の会」のサイトを読んでくだされ。

ずずっとずいまで。

この会が自分たちでやったことはなにもないのです。

たとえば、俺だったら、宮村の家の前でタチ小便することぐらいのことはやるのに、結局、インボ集団、せいぜい800円のカレーがうまかったとか、六本木ヒルズで観た映画がとうどったのかという幼稚、人間としてかなり低レベルな奴が運営している。

早く、こんな若造、首にして欲しいな。

ともあれともあれ、どう考えても、バカというしかありません。

拉致監禁の根絶を願います

拉致監禁の被害者として、宿谷麻子さんがその凶悪な破壊性を訴え続けられ、その問題が社会的に認知されるのに貢献してくださいました。しかしそのPTSDの爪痕のせいもあって 若くして亡くなられたことは遣る瀬無いことです。
人権蹂躙者に異議を唱えた勇気をお讃えし、ご冥福をお祈り致します。
また、宗教的な思想の相異を超えて このような凶悪行為を社会的に問題提起してくださいました米本様には最大限の敬意を表したいと思います。

統一教会員に対する拉致監禁問題はかなり以前からありました。しかし 米本様が解説された如く、拉致監禁されて棄教し、反統一教会側に転じた元信者が 拉致監禁を正当化するようになる為、拉致監禁行為が大きく社会問題化することはありませんでした。
しかし、一時期 新聞紙上でも拉致監禁問題が取り上げられたことがありました。
それは1993年の3万双祝福に参加した元オリンピック選手・山崎浩子さんが拉致監禁され、その一ヶ月半後にマスコミの前に現れ 統一教会脱会を宣言するという事件が起きた時でした。
山崎さんの失踪後、テレビのワイドショーなどでは連日その事件が報道され、その祝福結婚の相手である勅使河原さんが必死で捜索活動している姿や 対照的に山崎さんの姉家族の謎めいた行動なども紹介され、コメンテーターが熱心に議論を交わしていました。
その突然失踪した山崎さんが 近しい関係者とも一切連絡をとらずにいることや、その失踪事件に関わったとみられる山崎さんの姉が 山崎さんの居場所を故意に隠すという異常さが謎を生み、一挙に世間の関心がこの拉致問題に注がれました。
そして テレビでは勅使河原さんに同情的な報道もなされ、拉致監禁説得に対する批判的な意見が強かったようにさえ感じられました。
しかし、テレビで放送された山崎さんの脱会宣言後は 瞬く間に拉致監禁の問題に対する世間の関心は薄れ、逆に反統一教会コメンテーターが ワイドショーなどで統一教会批判を繰り広げるようになってしまいました。

しかし、その山崎浩子脱会騒動後 有田芳生氏らがその離教説得行為の正当性を発言し続ける中、新聞紙上ではそれに対して異議を唱える論評が掲載されることがありました。
その中で 私が最も印象深かった記事は 産経新聞の遮断機という匿名有識者による社会評論が掲載されるコーナーで その山崎浩子統一教会脱会騒動について論じた記事でした。
その記事が掲載された後、有田芳生氏がクレームをつけ 紙上で論戦も展開されましたが、その匿名有識者の 反統一教会グループと統一教会の思考回路の同一性を指摘するような内容がとても印象的でした。

その有識者は 反統一教会グループが山崎さんを脱会させてから、さらに事実上夫婦関係にあった教会員の婚約者と引き離し 祝福結婚を破棄させた行為に対し エロスの収奪行為の同一性という観点で論じ、反統一教会側が用いている論理が 統一教会の使う論理と共通したものであることを指摘していました。
つまり、祝福結婚しか許されないという統一教会の結婚観と 統一教会での結婚を否定し 一方的にその関係を破棄させた反統一教会側の論理は 現存するエロスの収奪行為という意味で同一であり、反統一教会側は批判している統一教会の論法をそのまま用いており そこに違和感をもつというものでした。

私が特に注目したのは 統一教会の思考回路と反統一教会側の思考回路が同種のものであるという解説です。
自分達の世界観が絶対であり それに反する世界観に依拠するものは全否定するという思考方法は統一教会と反統一教会グループの共通点であり、それによる強制的棄教の異常さを訴えた論説でした。
この指摘は拉致監禁問題を根本的に解決するためには最も重視せねばならない原因の問題についても考えさせてくれます。
拉致監禁問題が発生する最初の原因は 統一教会のような団体が自分達の世界を絶対化して排他的になることであり、自分達以外の世界を間違った悪の世界と考え、生活のあらゆる面においてその独善的排他的行為を実行することが原因であるという考えもできます。
そして統一教会の場合、それに対して非教会員の家族が困惑し 不安感を持つことから家族問題が発生します。

そして 同じように独善的な思想を持つ 統一教会と対立するグループがその家族問題に付け込んで拉致監禁問題を引き起こし、暴力も含め あらゆる手段を使って統一教会を全否定し 離教させようとする為 被監禁者は精神的、肉体的に大きなダメージを被り、PTSD等の後遺症まで残ってしまうことになります。
その被害者が宿谷麻子さんであり 後藤さんでありますし、宿谷さんが辿ったような悲劇が現実として存在する訳です。
しかし、たとえ家族らが善しとして監禁説得を行ったとしても 被監禁者のその後遺症を知れば 誰であってもこのような拷問ともいえる行為を肯定するのは不可能でしょう。歴然とした犯罪行為です。
尚且つ、それらが 正義の名の下に実行されているのですから、絶対許せる行為ではありません。それを撲滅することは統一教会という一団体を超えて社会的正義を全うする為にも絶対必要です。
しかし同時に その拉致監禁問題を根絶する為には 統一教会の独善的、排他的体質自体の改善が必要であることも忘れてはならないのです。

ジャーナリストとして拉致監禁問題の撲滅に尽力されている米本様には心から尊敬の思いが湧きます。
しかし 残念至極であり、暗然たる思いにさせられるのが、自己制御できない頭脳を持つ一部統一食口の米本様に対する非難意見です。

自分達以外をサタン視する統一教会と、その統一教会を完全否定する反統一教会グループの絶対的対立から拉致監禁の可能性が発生することは上に書きましたが、第三者である一般社会人からすれば それは狂信者グループ間の闘争と見ることもでき 一方に明確な犯罪行為でも発見しない限りそこに意見を挟もうとは思わないはずです。
また 余程正義感が強い人物でなければ、その狂信者団体の仲間と世間に勘違いされてまでその対立するグループの悪事を社会に訴えることはしません。
その正義感を持たれた一般のジャーナリストに対し、教会内部で既成事実となっている「終わりなき高額献金」問題、そして教会幹部の裕福な生活の実態を書くのは不快ですと 何のためらいもなくコメントできる人の神経というか、思考回路というものは理解できません。

韓鶴子総裁についてと、金孝南氏について米本様が書かれた記事を読んでも 事実を捻じ曲げて書かれた記事は見受けられません。また実証不可能な宗教的効果を材料に 高額の金銭を要求することは日本では詐欺行為とみなされています。
清平の先祖解怨はそれらに該当すると一般人が考えても間違いではありません。勿論 金額も含めて自由意志で決定できるなら問題はありませんが、食口なら その献金を自由意志で求められていないことなどわかりきっていることです。

最終的には統一教会信者の拉致監禁問題にも関連していく 統一教会内の強制的な献金要求や、社会的適性を欠いた組織運営、そしてその独善的体質について 米本様が批判的に書いたとしても それはジャーナリストとして至極当然のことであります。
当たり前のことを当たり前のこととして理解できず、意味不明の文字を無駄に並べ立てるだけしか脳がない人の意見に言及するのは無駄なことなのでこれ以上は書きません。
ただ、盲信者にも自覚して貰いたいのは 原理講論は神の理想の実現を目指して書かれているということであり、最高の道徳律を示しており 危険団体と映るような教会を作ることなど教えていないということです。

コメントが長引いて読み辛くなってしまいましたが、米本様が 質問者がどんな程度の人間であろうと その問いに丁寧に答えておられるのには頭が下がります。本当に米本様の優しさが感じられます。
拉致監禁問題を始め、人権を踏みにじる悪に対して一貫した批判精神を持っておられるジャーナリストとして米本様を応援致します。 

拉致監禁反対にNOの狼煙となった麻子さん を読ませて頂いて

 拉致監禁反対にNOの狼煙となった麻子さんの記事を読ませていただきました。私は拉致監禁の体験のない身分の立場から書いてしまったコメントを悔いています。改めて、拉致監禁の体験者の方々にお詫び申し上げます。

 問題可決について現実の問題解決は根本的解決にならないようなコメントをしてしまいました。それは自分が体験者でなかったからです。それを知っていればこんなコメントはかけなかったでしょう。

 拉致監禁の方々に改めてお詫び申し上げます。

一周忌

15日、宿谷麻子さんの一周忌ですね。
あらためて、故人のご冥福をお祈りいたします。
最上級の敬意をこめて

Re: 一周忌

早いもので、もう一周忌ですね。
 
 Koyomiさんがお墓参りをされたそうです。麻子さんは、Koyomiさんと同じく、後藤裁判で世話役をされていました。

 少しばかり気がかりなのは、ご両親のことです。
 紫陽花の季節の頃、中島裕美さん(麻子さんと同じ黒鳥にやられた人)、Koyomiさんとの3人で、実家に弔問に行ったとき、拉致監禁のことをいまだに悔いていらっしゃったので。
 もう立ち直っていらっしゃると思いたいです。

 もう一つ気がかりなのは、中島さんがまた入院されたことです。拉致監禁の後遺症を克服するのは実に大変なことと改めて痛感する次第です。 

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