宇佐美有罪判決は憲法違反・最高裁判例違反(下) 

ストーカー事件の真相(26)

目 次

第1 はじめに……1頁
 1 本件上告の概要・・・・・・1頁
 2 本件事案の特殊性・・・・1頁

第2 上告理由……2頁
 1 憲法13条違反があること……………………………2頁
 2 最高裁判所判例と相反する判断をしていること……5頁
 3 憲法31条違反があること……審理不尽……………8頁

(上記は「宇佐美有罪判決は憲法違反・最高裁判例違反(上) 」でアップ

第3 判決に影響を及ぼす重大な事実誤認……13頁
 1 恋愛感情充足目的に関する認定の誤り……………………14頁
 2 恋愛感情充足目的と意思確認目的の非両立性……………17頁
 3 「待ち伏せ」に関する認定の誤り…………………………19頁

(上記は「宇佐美有罪判決は憲法違反・最高裁判例違反(中) 」でアップ)

 4 故意に関する認定の誤り…………・……………………… 27頁
 5 告訴人の「不安」についての疑問…………………………29頁


第4 証拠調べ手続きに判決に影響を及ぼすべき法令違反があること……32頁


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  クレマチス

4 故意に関する認定の誤り

 弁護人は,控訴趣意書において,ストーカー行為の故意として「行動の自由等が著しく害される不安を覚えさせるような方法」の認識が必要であると主張したが,原審判決は,これに対して何ら具体的検討をすることなく,一審判決の判断を是認した。

 しかし,ストーカー規制法第2条2項かっこ書きは,同法第2条1項1号から同4号までに掲げる行為については,当該行為が,身体の安全,住居等の平穏若しくは名誉が害され,又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法(以下「不安を覚えさせる方法」という。)により行なわれる場合に限り,ストーカー行為に当たると規定している以上,前記各号に掲げる行為の場合,不安を覚えさせる方法の要件が,ストーカー行為の成立要件,すなわち構成要件要素であると言える

ストーカー規制法第2条2項かっこ書き:前項第一号から第四号までに掲げる行為については、身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法により行われる場合に限る。

 また,不安を覚えさせる方法の要件は,前記各号に掲げる行為の客観的態様を限定する意味において,客観的な構成要件要素の一つである以上,他の客観的構成要件要素と同様,故意の認識対象になるというべきである。

 そうすると,本件において問題とされている「待ち伏せ」についても,不安を覚えさせる方法により行なわれることが,ストーカー行為の客観的構成要件要素であるとともに,故意の認識対象になることは明らかである。

 また,実質的に考えても,元来,ストーカー規制法は,恋愛感情その他の好意の感情等を表明するなどの行為のうち,相手方の身体の安全,住居等の平穏若しくは名誉が害され又は行動の自由が著しく害される不安をおぼえさせるような方法により行われる社会的に逸脱したつきまとい等の行為を規制の対象とした上で,
 その中でも相手方に対する法益侵害が重大で,刑罰による抑制が必要な場合に限って,相手方の処罰意思に基づき刑罰を科すこととしたものであるから(最判平成15年12月11日判タ1141号132),
 ストーカー行為として処罰の対象となる行為は,相手方が行為者の行為によって,様々な不安を感じるであろうことを知りながらも,あえて,自らの恋愛感情を充たし,または恋愛感情が満たされなかったことによる怨恨の情(逆恨み)を充たす意図をもって行なうなどの,主観的な悪質性を有している場合に限定すべきであると言える。

 さらに,前記各号に掲げる行為に不安を覚えさせる方法の要件が設けられた趣旨は,前記各行為が,それだけでは,通常人をして相手方の身体の安全,住居等の平穏若しくは名誉が害される等の不安を覚えさせるとまでは評価できないことから,処罰範囲を限定するために,不安を覚えさせる方法の要件を加重したというものである。

 つまり,行為者の主観において,前記各行為を行なうことの認識はあるものの,相手方に対して前記不安を与えていることの認識認容がない場合には,自らの行為が社会一般の規範に照らして許されないという違法性を基礎づける最低限の認識すら持ち得ないことになるため,かかる認識に基づく行為を処罰することは,刑法の大原則である故意責任の原則に反する結果となる。
 

故意責任とは耳慣れない用語だろう。簡単に説明すれば、故意とは「一般的にはある行為が意図的なものであること」を指す。意図的なものであれば、その行為には責任が発生する(「故意責任」)。その逆に、意図的なものでなければ、責任は発生しない。
 趣意書の文脈に即して言えば、宇佐美さんの「待ち伏せ」(検察が主張するところの待ち伏せ)がKに「行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法」であると、宇佐美さんが認識していたか(意図的なものか)どうか。もし認識していたら、故意責任が問われるが、そうでなければ責任は問われない。

 したがって,ストーカー行為の故意として,不安を覚えさせる方法の認識を不要とした一審判決の判断を是認した上,当該認識を欠く被告人の行為についてストーカー行為の故意を阻却せずに,これを認定した原審判決には,明らかに事実誤認があったと言え,かかる事実誤認は,ストーカー行為の故意の認定に関わるため,判決に影響を及ぼす重大な事実誤認であるから,これを破棄しなければ著しく正義に反するというべきである。

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  バーベナ

5 告訴人の「不安」についての疑問

(1)序

 原審判決は,被告人が,告訴人の父親の車にGPS機能付き携帯電話を取り付け,そこから発信される位置情報をもとに告訴人の居場所を探していたことが,告訴人の行動の自由が著しく害される不安を覚えさせる方法に当たると認定した一審判決を是認している。

 しかし,以下に述べるとおり,客観的にも,また告訴人の主観的観点から見ても,被告人の前記GPSによる方法は,告訴人の行動の自由が著しく害される不安を覚えさせる方法には当たらないというべきである。

 (2)客観的な観点からの検討

 控訴趣意書36頁(管理人注:「9 方法について」)にて述べたとおり,被告人が利用したGPSは,約50mの誤差があり(甲25・原審記録100丁),その位置情報の表示も,「~何丁目付近」のような大まかな表示しかされない。

 また,被告人が取得した位置情報は,あくまで父親の車の位置情報であって,告訴人本人の位置情報ではない。
 さらに,被告人は,公訴事実4に至るまで,告訴人がどこでどのような生活をしているか全く分からなかった以上,告訴人が父親の車以外の移動手段(徒歩,自転車,電車等)により外出する場合は,告訴人の行動を把握することは不可能であった。

 したがって,被告人が前記GPSによる方法により取得し得た告訴人の行動に関する情報は,極めて限定的かつ部分的なものであったと言え,客観的に,告訴人の行動の自由を著しく害する不安を覚えさせる方法には該当しないというべきである。

(3)告訴人の主観的観点からの検討

  ストーカー規制法により保護されるべき「不安」に該当しない

 告訴人は,法廷において,確かに,被告人の本件各行為によって不安を覚えた旨証言した(一審第2回公判の告訴人供述調書)。
 しかし,以下に述べるとおり,そもそも,告訴人の当該不安は,ストーカー規制法によって保護されるべき利益といえるのか甚だ疑問である。

 すなわち,元来,ストーカー規制法は,相手方から,直接的かつ明確に,交際等を拒絶する旨の意思表示(以下「拒絶の意思表示」という。)を受けたことにより,
 相手方に恋愛感情等がないことを知りながら,
 それでもなお,行為者自身の恋愛感情等を充たそうとする利己的な目的ないし意図を有する行為に対し,刑罰を科すことを目的とした法律であるところ,
 相手方が行為者に対し,直接的かつ明確な拒絶の意思表示をしなかった場合は,行為者において相手方の内面における恋愛感情等の有無を明確に知ることができない以上,
 かかる場合に相手方の気持ちを確認するためにやむなく行なわれた待ち伏せ等の行為は,その行為の目的ないし意図が悪質とは言えない以上,処罰に値しないと解すべきであり,
 また,そのような行為によって生じた相手方の不安は,いわば自らの不誠実な態度または行為が招いた結果であるから,ストーカー規制法によって保護されるべき利益とは言えないと解すべきである。

この部分を読んで、2年以上前にパパイヤさんが「差別されていますね」と題して投稿された文章を思い出した。http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-247.html#comment_list

 ストーカ容疑をかけられた宇佐美さん、とお呼びします。婚約者を捜した末にサウナで1回話をしただけだったのですね。それで、心変わりが分かったので諦めた、のですね。普通は、心変わりを確認したら逆恨みし、ここからが執拗なストーカー行為が始まるのですから、諦めがついて引き下がった宇佐美さんはストーカーではない。それを逮捕する公安警察というのは恐ろしい。[2011/02/18 00:27]


 本件において,告訴人は,一審判決が認定するとおり,平成20年1月に,実家に帰省して行方不明になって以降,それまで頻繁にやりとりしていた被告人とのメールや電話等の連絡を一切断ち,直接的かつ明確な方法による拒絶の意思表示を全く行なわなかったのであるから,
 かかる状況において,被告人が告訴人の気持ち(結婚意思の有無)を確認するためにやむなく行なった行為は,その目的ないし意図が悪質とは言えない以上,
 このような被告人の行為によって生じた告訴人の不安は,いわば自らの不誠実な態度または行為が招いた結果であるから,ストーカー規制法によって保護されるべき利益とは言えないと解すべきである。

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  しゃくやく

   実際の告訴人の行動と法廷証言の矛盾

 告訴人の実際の行動を見ると,当時,告訴人が,被告人の行為により本当に不安を感じていたのか,疑問と言わざるを得ない。

 まず,公訴事実1及び2において,告訴人は,父親の運転する車の車内から,一瞬,被告人の姿を見ただけであり,そもそも不安を感じる程の出来事とは言えない。

 また,公訴事実3においても,車の中から被告人の姿を見ており,しかもその後も,パーキングから弁護士事務所に向かう途中,被告人の姿に気がついていたにもかかわらず,
 告訴人は,自分から進んで被告人のいる方に歩いて行き,表情を変えることなく,弁護士事務所の入っているビルの中に入っていったのであり,このような態度から,不安を感じている様子はどこにも窺われない。

 また,公訴事実4においては,被告人と目があった告訴人は,一旦,マンションの部屋に入り,デジタルカメラをもって,再び外に出て,被告人を追いかけて,車道を歩く被告人の後ろ姿を撮影までしているのであり,不安を感じている者の行動とは言えない。

 さらに,公訴事実5の前段においては,サウナセンターの階段踊り場において被告人を目撃しても,何ら動じることなく,宮村に報告し,公訴事実5の後段においては,受付付近で被告人と出くわしても,被告人に対し,むしろ食ってかかるような口調で,激しく言い合いながら,その場を立ち去ろうとする被告人に対して,「逃げるなよ」と2回叫ぶなど,極めて攻撃的な態度をとっている様子からも,不安を感じているとは言えない。

 このように,実際の告訴人の行動や態度からは,およそ,告訴人が,各公訴事実の当時,不安の思いを抱いていたとは認められない。
 したがって,法廷において告訴人が証言した,被告人の行為によって不安を覚えた旨の証言は,明らかに,実際の告訴人の行動や態度と矛盾ないし整合しないため,信用性に欠けるというべきである。

   小括

 以上より,被告人が用いた前記GPSによる方法,告訴人の主観的な観点から見ても,告訴人の行動の自由を著しく害する不安を覚えさせる方法には該当しないというべきである。 
 
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  ヒマラヤゆきのした

第4 証拠調べ手続に判決に影響を及ぼすべき法令違反があること


1 序

 原判決は,一審判決が弁護人の証拠請求(弁24ないし30,32ないし35,37,以下「本件証拠」という。)を関連性がないとして却下した点につき,弁護人が控訴趣意書において主張した違法性はないとし,
その理由として,
①恋愛感情充足目的の有無については,何よりもまず被告人の告訴人に対する言動,告訴人の被告人に対する言動等から判断すべきであるとの観点からすると,本件雑誌・書籍等の証拠は,恋愛感情充足目的の有無との関連性は乏しいこと,
②告訴人と会って告訴人の意思を確認したいという気持ちと,恋愛感情充足目的は二律背反の関係にはなく,両立するものであるから,被告人に告訴人と会って,告訴人の意思を確認したいという気持ちがあったことを立証することが,恋愛感情充足目的がなかったことを立証することにはならないし,そのような立証は被告人質問によって十分行うことができる,と判示した。

 しかし,原判決が述べる前記理由は,以下に述べるとおり,いずれも不当である。

2 ①の理由の不当性

 原判決が述べる①の理由は,恋愛感情充足目的の有無は,被告人の主観にかかわる部分であるから,まずは,被告人と告訴人間の言動等から判断されるべきであるとするが,この点については,弁護人も認めるところである。

 むしろ,弁護人は,かかる観点から,一審の被告人質問において,被告人の恋愛感情充足目的に関する質問を数多く行い,これに対し,被告人は,詳細な供述を行なった。

 特に,被告人と告訴人との交際経緯,結婚準備状況,告訴人の失踪直前の言動や態度,告訴人の失踪後の状況,告訴人失踪後における被告人の認識,公訴事実の直前における被告人の認識,公訴事実記載の各行為時における被告人の認識等について,被告人は詳細に供述しており(一審第6回公判の被告人供述調書),
 これらの供述に鑑みれば,被告人が告訴人の置かれた状況(強制改宗屋らによる拉致監禁状況)を推測し,告訴人の意思(統一教会の信仰及び被告人に対する結婚意思の有無)を確認するには告訴人本人と直接会って話をしなければならないと認識していたことが立証されるのである。

 このように,被告人の認識そのものは,被告人質問等により明らかにすることを当然の前提とした上で,さらに,前記のような被告人の認識形成に大きな影響を与え,かつ,当該認識に合理性があることを裏付けるため,弁護人は本件証拠を請求したのであり,
 元々,被告人の認識そのものを立証するために本件証拠を請求したのではない。

 言い換えれば,本件証拠は,被告人の認識に関する被告人供述の信用性を補強する意味において重要な証拠であったと言え,かかる供述の信用性を補強する証拠が,刑事訴訟手続上,許容されることは言うまでもない。

 特に本件は,統一教会信者である告訴人に対し,宮村を初めとする脱会支援者らによる「拉致監禁」ともいうべき強力な脱会説得活動が行なわれた背景が存在し,
 かかる背景の存在を抜きにして,被告人と告訴人間における表面的な言動や態度だけを見ていては,その意味ないし本質を理解することは困難な事案であると言え,
 そのような意味において,告訴人が置かれた脱会説得の状況や,告訴人が偽装脱会をしているかもしれないなどの被告人の認識に合理性があることを裏付ける証拠として,本件証拠を取り調べる必要性は極めて高いと言える。

 したがって,恋愛感情充足目的の有無については,被告人の告訴人に対する言動,告訴人の被告人に対する言動等から判断すべきであるとする原判決の理由は,本件証拠の取調べの必要性を否定する理由とはなり得ない。

3 ②の理由の不当性

 前記第3.2において詳述したとおり,告訴人と会って,告訴人の意思を確認したいという気持ちと,恋愛感情充足目的の二つの主観は,本件における被告人の具体的認識を前提とする限り,全く相容れない非両立の関係にあるというべきである。

 また,原判決は,被告人の告訴人と会って意思を確認したいという気持ちが,恋愛感情充足目的がなかったことを立証することにはならないと判示しているが,
 しかしそもそも,刑事訴訟手続上,弁護人は,公訴事実記載の罪となるべき事実について,その不存在の立証責任を負うものではなく,罪となるべき事実の存在について合理的疑いを生じさせる程度の反証をすれば足りる以上,本件においても,弁護人は,恋愛感情充足目的の不存在を立証する責任を負っているわけではない。

 すなわち,弁護人は,意思確認の目的の存在を立証することにより,恋愛感情充足目的の存在に合理的疑いを生じさせれば足りる以上,弁護人に恋愛感情充足目的の不存在の立証責任があることを前提とする原判決の前記判示は,明らかに誤りである。

 したがって,原判決が述べる②の理由は,本件証拠の取調べの必要性を否定する理由とはなり得ない。

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  ラプソディー

4 小括

 仮に,本件証拠を踏まえて,被告人の恋愛感情充足目的の有無の判断がなされていたならば,
被告人は,告訴人が,告訴人の両親の依頼した強制改宗屋らによって意に反して拉致監禁され,当該監禁から逃れるために偽装脱会を試み,統一教会本部に対して脱会届を送付したり,被告人の実家に荷物や手紙を送ったりした可能性があると認識していたことが認定され,
 よって,公訴事実の当時,告訴人の婚約破棄が本心であるとは認識し得なかった事実,または,告訴人の婚約破棄が本心であると信じられなかったことにつき合理的理由があったことを認定することができたはずである。

 つまり,告訴人の居場所を捜し,本人に直接意思確認しなければならないという被告人の認識が,決して一方的独善的な思い込みではないこと,告訴人の身を真剣に心配して,切迫した必死な気持ちでGPSまでつけて捜さずにはいられなかった被告人の置かれた状況が十分に理解されたはずなのである。

 またさらに,ストーカーなどという卑劣な行為をする者とは対極に位置するのが被告人であり,
 単なるストーカーなどよりも格段に卑劣な人物が宮村証人であること,
 被告人供述に反する検察側証人らの供述の信用性は全くないこと,
 少なくとも,本件の検察立証は,合理的な疑いを差し挟む余地がない程度の立証とは到底言えないことなどが明らかにされたはずなのである。

「宇佐美は有罪」を確信していた傍聴者であっても、公判が進む過程で、傍聴席の雰囲気は少しずつ変わり、<ひょっとしたら、ストーカー行為はやっていないのではないか>(合理的な疑いを差し挟む余地がある)と思った人は少なくなかったはずだ。

 そうすると,一審判決の如く,被告人が告訴人には被告人に対する恋愛感情がなく結婚意思がないことを知っていたという事実を認定することはできず,恋愛感情充足目的があったとするには合理的疑いがあると判断されたたはずである。

 しかるに,原審判決は,本件証拠の取調請求を却下し,さらに,恋愛感情充足目的に関する被告人の供述を一切採用することなく,ひたすら,検察側の主張に沿う証拠(告訴人証言,宮村証言,警察官証言等)のみに基づいて,被告人の恋愛感情充足を認定したのであるから,本件証拠請求を却下した一審判決を是認した原判決には,判決に影響を及ぼすべき法令違反があり,かつ,これを破棄しなければ著しく正義に反するというべきである。

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   マーガレット

問題の根源は東京地裁・福士判事の偏頗的な訴訟指揮にあった

 上告趣意書を読み終えて、どんな感想を抱かれたのだろうか。
 宇佐美さんが逮捕、起訴された時点で有罪に決まっているという心証を抱いた反統一の諸君(「宮村先生」に感謝している元信者の家族たち)も、おそらく認識を変えられたのではないかと想う。
 もし「いや、それでもやはり有罪だ」と思われる方がいたら、上告趣意書の問題点を適示するとともに、有罪の根拠を明らかにしてもらいたい。ぜひ、投稿を!

 ここで、宇佐美さんが無罪であることを再度説明しても、屋上屋を架すことになるのでやめるが、判決ではなく裁判(訴訟指揮)の問題点を説明しておく。
 宇佐美さんが婚約者だったKの居場所を探し続けるという今回の出来事は、「統一教会」「拉致監禁」「偽装脱会」(属性と背景)を抜きにして語ることはできない。
 なぜなら、近く結婚生活を始めるために新居を探していた婚約者の一方が突然、姿を消し、連絡も寄こさない。そしてそのあと弁護士を通して「婚約破棄の通知文」を一方的に送ってくる。そうした出来事は、社会常識的には(経験則上)あり得ないことだからだ。
 その「あり得ない」ことがどうして起きたのか。裁判所はまずそのことに注目し、法廷で真実を追求するのが当然の責務だったはずだ。

 婚約者が実はDV男であり、そのことを知った女性が怖くなって姿を消し、弁護士を通して婚約破棄の通知文を送る。こうした背景があれば、男性のストーカー行為が軽微なものであっても、裁判官は総合的に判断して、有罪判決を下すことはあり得るだろう。
 重要なのは、婚約者の居場所を探すという行為の背景なのである。

 宇佐美さんの行為の背景を考察する場合、先の「統一教会」「拉致監禁」「偽装脱会」を審理の対象にしなければならなかったはずだ。
 ところが、よく読んでもらえばわかる通り、「検察の論告」も「東京地裁判決」も「東京高裁判決」も、「統一教会」という用語は登場するものの、出来事の背景については全くといっていいほど言及されていないのだ。
「ストーカー裁判-検察の論告」 (論告全文を掲載)
「暴挙としか言いようのない不当判決!」 (地裁判決全文)
「東京高裁の控訴棄却判決文を公開す。」 (高裁判決全文)

 なぜそうなのか。
 それは、東京地裁の初回の公判で、地裁判事の福士氏が冒頭で「拉致監禁」のことについては、被告代理人に「あまり言及しないでくれ」といった趣旨の訴訟指揮をしたからである。
 そして、被告代理人が被告人それに続く告訴人への尋問で、「拉致監禁」「偽装脱会」(背景)のことに触れようとすると、「本件とは関係ない」を連発し、尋問を遮ったのだ。
 
 一般的に、ある事件を審理する場合、その事件の背景のことを解明するのは基本中の基本だが、福士判事はどういうわけか、背景に触れることを拒否したのである。
 これを「偏頗的訴訟指揮」と言わずして、なんと言えようか!
 片方の手をもぎ取られた被告代理人は、もう片方の手を使い、宇佐美さんの一連の事実関係とストーカー行為との関連性について、精緻に論述するしかなかった。
 むろん、片方の手だけでも十分に弁護はできたと思うけど、一般社会にいる人が上告趣意書を読んでも、「偽装脱会」の説明がなければ、宇佐美氏の行為を正しく認識することはできないと思う。

 私は大いなる疑念を抱いている。

 公判が進み、被告代理人が執拗に「拉致監禁」と「偽装脱会」のことに言及していたのなら、裁判官もいささか辟易し、「もう偽装脱会のことには触れないで欲しい」と指揮する。そうであったならば、まだ理解できる。
 ところが、福士判事の場合、裁判が始まった最初に、被告代理人にかましたのである。

 これとは対照的なのが、後藤裁判である。
 被告たちは頻繁に「偽装脱会」のことに触れているが、裁判官が制止することはない。

 なぜ、福士判事は公判の冒頭!で「拉致監禁と偽装脱会」に触れないようにと訴訟指揮をしたのだろうか。
 それは、公安担当の検事と打ち合わせをして(日弁連が問題にしている判検癒着)、「偽装脱会のことが話題になると、まずいからやめよう」ということになった。そうとしか考えられないのだ。

 このようなことがまかり通れば、国民の裁判不信は強くなる一方である。
 示談屋(地域の顔役)に頼んで、問題の解決を図ってもらったほうがはるかにマシ。裁判官も要らない。弁護士も要らない。そうなってしまうのだ。



興味深い記事だと思われた方は
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-完-
(次回、事件の構造を明らかにする)


「上告趣意書に説得力あり」と思われた方は
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-すべての教会員&統一に反対する家族はぜひ読んでください-



 12年間監禁されていた後藤徹氏の証言がブログ「拉致監禁by宮村の裁判記録」にアップされるようになった。すべての教会員は読むべし!(これまでに紹介したあとに、アップされたもの)

「原告後藤徹氏本人尋問(反対尋問 山口広弁護士編その1)-キーワードは"氏族メシア"」

(若干の注釈)これを読めばわかると思うが、山口広氏の認識は化石なのである。

 裁判記録とは直接関係ないのだけど、この記事は面白い。
「被告尋問 - 傍聴記を書かないエイト君」 

感想:私がブログで「拉致監禁問題」を取り上げないとイチャモンをつけていた「奇知外記」「韓流サッカーをエンジョイ」のpeace君と「ひだまり」のくろねこさん。宇佐美さんの上告趣意書のアップを再開したというのに、後藤裁判の証言録がアップされているというのに知らん顔。
 おいらは拉致監禁のことを書き始めた。
 お前らも書けよ。
 民度、低すぎ。ヘドロはどこまでいってもヘドロでしかない。


アメリカ政府は引き続き日本の拉致監禁事件を注視!

 Yoshiさんのブログ「統一教会 拉致監禁 人権侵害 宗教の自由 英語記事の日本語訳」に、「米国国務省、2012年度版国際宗教自由報告書」の日本語訳がアップされた。
 これまでの報告と違うのは、
(引用はじめ)
かつて、国務省の報告書の拉致監禁箇所に頻繁に使われていた「独自には確認できなかった」という表現がなくなっている。昨年の報告書にあった「他のNGOは、それらの報告は、誇張と捏造であると統一教会を非難している。」という文言もなくなっている。
(引用終わり)
 ということだ。
「(これについての)解説は後日、書きたい」(Yoshiさん)という。注目を!

 私個人のことになるが、以前の報告書にあった「独自には確認できなかった」の文言を根拠に、やや日刊カルト新聞(カルト新聞)の藤倉氏がこう書いたことがあった。

<統一協会は、当報告書の対象期間中に5人の信者が拉致されたと報告している。しかしながら、これらの報告については 統一協会から独立した根拠により 確認することは出来ず、幾つかのNGO団体は、これらの報告は、統一協会が誇張し、あるいは、ねつ造したものであると非難している>
<米本氏は「反統一教会陣営による信者の拉致・監禁」を告発した『我らの不快な隣人』の著者だか、その偏った取材姿勢など様々な問題点が度々指摘されており、拉致監禁問題を「国別人権報告書」で取り上げた米国務省からも「統一教会から独立した情報源」とは認められなかった人物である>

 このコメントについて、Yoshiさんが「意図ある誤訳に基づいた論評だ」として全面的に反論したことがある。
【当該サイト】「カルト新聞と主筆様を評す(補足編)-意図ある誤訳」

 今回の報告では、意図ある誤訳をしたくても、These reports could not be independently confirmed の文言そのものがなくなったわけである。
 カルト新聞は、今回の国務省報告書を無視する(都合が悪いことには馬耳東風)だろう。それは「新聞」の冠をつけようが、新聞ではなく、反統一キャンペーンの宣伝媒体に過ぎないからだ。ライターを名乗りながら、反統一の宣伝屋とは情けない。

 ところで、アメリカ政府は引き続き日本の拉致監禁問題に関心を寄せている。
 日本・統一教会の指導部が変わり、拉致監禁問題への取り組みに変化が起きるか注目されていたが、5月22日、23日に「拉致監禁問題全国会議」が開かれ、引き続きこの問題に取り組んでいくことが確認された。

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コメント

Re:Re:統一教会食口の考えの、耐えられない軽さ。

よね様、良きアドバイス、有難うございます。
読書ですか。パスッ(膝を叩く音)、やっぱりねぇ。
でも、宅のマーク、昨年学校から「よく本を借りたで賞」なる賞状をもらってきてましたわ。しかも、一位!?・・・でも、よく思い返してみましたの。そうしましたら、私、マークが学校から借りてきた本を読んでる姿、一回も見たことナッシング、ってことが判明いたしました。

マーク(豚児の名)!!回るものだけが寿司ではない、そして借りるだけが本ではないわっ!!

で、宇佐美さんの件。(えっ、まだ言いたいことあるの?って??)

統一教会、いろんなことで訴えられてますが、この「宇佐美裁判」、実は私、他のどの裁判にも勝り、気持ち悪いと思ってます。実際に吐き気すらします。

今日仕事の移動中につらつら考えてたんですけど、そのせいで危うく道路に飛び出してきたあるものを車で轢きそうになったんですの。くわばら、くわばら。え?人じゃないのかって??私の地方では、昼日中道路を歩いている「人」なんかいないからご安心を。よくよく見ましたら、そのあるもの、とはどう見ても「雉」でしたの。「タヌキ」などもよく轢かれて死んでおりますね。「ハクビシン」もよく道路を横切ります。(どんなけ田舎?)

ああ、また脱線。

私、この火の粉ブログで散々統一教会批判をさせて頂きました。そう、私は統一教会のある側面を憎んでおります。実際訴えたいくらい。そこで、かつて私を悪しざまにののしり、監禁されたり、ブタ箱に放り込まれたりするたびに私を馬鹿にした、又は私に違法な方法でお金を借り、献金させようとしたあのアベル(♂)をセクハラで訴えたらどうかしら?

うふっ、これは反響あるかもよ。週刊誌なんかが面白がって飛びつくかも♡

って、絶対にそんなことは考えつかないわね。セクハラなんかされたことないし、自分が気持ち悪い。それは、それが嘘だから。私が統一教会を訴えるとすれば、あくまで事実に基づいて訴えます。事実って一杯あるし。公の場でしゃべったら、教会にとってとってもまずいこともあれやこれや・・・ふふ。

先のコメントで、私は宇佐美さんは統一教会員だから訴えられた、と申しました。
と言うことは、つまり、私は宇佐美さんの元カノ(って言っちゃうわ)に「嘘こけっ」って思ってるってことなんですの。あなたは事実に基づいて訴えてるわけじゃない、ってね。
なので、いや、彼女(宇佐美さんの元相対者)は宇佐美さんに恐怖を感じたのよ。宇佐美さんから「恋愛感情を充足」されるかもしれない、と困惑してたのよって思ってる方々には不快な見解かもしれません。

ってか、そもそも裁判で連発されてる「恋愛感情の充足」って具体的にどういうことかしら?

パンピーにも理解できるよう、分かりやすく述べてほしいわ。宇佐美さんが彼女を「ものにする」ってこと?彼女と結婚に持ち込むってこと?まさか、レ○プ、とか!?

とにかく、この裁判を逆サイド(つまり元カノ側)から眺めると、この裁判の性質のいやらしさが際立って見えるんですの。ええ、私には。

元カノは統一教会を訴えてるんじゃなく、宇佐美さんを訴えてるわけでしょ。宇佐美さんが、刑事罰を受けるに値することを自分にしたって言いたいんでしょ。もし、もしもよ、まあ私はこの裁判が今世紀始まって以来の笑止千万な茶番劇だと思ってるから、こんなこと言うんですけどね。彼女が統一教会を憎む、私黒羊以外の人たちによって、いい素材だから、一発ストーカー行為ってことで訴えて、統一教会にひと泡吹かせてやれ、ってな案に乗っかってこのような裁判の原告になったとしたなら、この裁判が終了した暁には、この元カノには一体何が残るんだろうか、って考えちゃうわけ。

これによって、宇佐美さんは心理的に大打撃を受けただろうし、社会的にも抹殺されるに近い状態に陥っているわけです。これがもし、虚偽の訴えだったなら・・・。そう、私にはまさしく、虚構としか思えないんですの。

刃を振り下ろす対象を、間違っていませんか?


元カノの周辺ビト(反統一教会陣営)、はあくまで当事者ではないから。訴えているのは彼女だから。裁判が終われば、解散となるわね。そして、彼女のした「愛の裏切り行為」とでもいうべき行為は、彼女の人生にそのままついて回る訳。そうね。こんなふうに人の愛(まごころ、といってもいい)を徹底的に貶めるようなことをして、この先本当の愛に出会えるのかしらってね。裁判が終われば、彼女に当たっていたスポットライトは消える。そして、役者は全員去る。なんで宇佐美さんを訴えたのか、という事実だけが彼女にのしかかる、ということです。

これから、彼女が真実の愛に出会ったとき、自分が幸せな感情に満たされた時、過去の亡霊に悩まされることのないよう、誠実に生きていく事が絶対的に必要だと思うのよ。もちろん、私たちみんなも、よ。

ああ、かなりセンチメンタルな意見かしら。

でも、私、統一教会的倫理観からこんなこと言ってるんじゃないんですの。
前にね、仁進さまの「昼下がりのジョージ」もとい、「昼下がりのベン」を私、こきおろしましたけどね。それだってあくまでこの世の常識的観点から批判してたんですの。夫、子供、孫までいながら不倫で婚外子まで作ってるんじゃないわよーってね。それなのに、大上段から偉そうに他人に説教してたなんて、人をコケにするにもほどがある。ついでに教会からもらった金返せ―、とか。

統一教会を潰したいと思ってる方々に言いたい。(ちなみに私は統一教会はとにもかくにもいったん潰れたらいいと思ってますの。潰したいって思うほど暇じゃないわね。)こんなね、教会内部で箸にも棒にもかかんない、宇佐美さんのような下層食口(失礼)・・・だって、元カノが拉致された時、全然教会に親身になってもらえなかったんでしょ。助けてもらえなかったんでしょ。それって、私もそうだったけど、教会にとってあまり重要な人物じゃなかったから、ってことでしょ・・・を、こんなこじつけみたいな姑息な理由で有罪にするんだったら、統一教会が宗教法人を剥奪されるよう、もっと世論に働きかけでもしたらいかが?
署名集めでもしなさいな。その暁には、私も微力ながら協力させて頂きますことよ。

あ、徳野会長とかをターゲットにするのもいいかも。徳野さんの一人息子は大学の法学部で、徳野さんは「将来、僕が訴えられたら、息子に弁護してもらうつもり♡」って、まともな組織の長ならば、冗談でも言わないようなことを周囲に吹聴してるくらいだから、案外簡単につぶせるかもよ。

とにかくものすごくいやらしいわ。いかがわしいわ、この裁判。もっと正々堂々と戦ったらどうよ。じゃないと、私もストーカー被害にあったら、警察じゃなく、公安に行くわよ。え?遭うかよ、馬鹿って?

ところで、最寄りの公安ってどこにあるのかしらね、よね様。

気持ち

いつまでももやもやするより、訴えたいなら訴えたらいいよ。

いやいや、ブログの隅っこでうじうじ書いても実力行使出来なければ意味が無いってこと。

北方領土で文句を60年以上言い続けることしかできない日本政府みたいなもの。

力が無いからそうなんだよってこと。

Re:気持ち

取り立てて、突っ込む程のコメントでないような気もしますが・・・・・。

>いつまでももやもやするより、訴えたいなら訴えたらいいよ。

宇佐美さんは上告しているわけですから、それは当然のことながら、いままで裁判結果を不服として訴えているのではないですか?

>いやいや、ブログの隅っこでうじうじ書いても実力行使出来なければ意味が無いってこと。

>北方領土で文句を60年以上言い続けることしかできない日本政府みたいなもの。

>力が無いからそうなんだよってこと。

ここももっと意味が分かりません。宇佐美さんはどんな実力行使をできるというのですか?
aさんは、もし宇佐美さんのように不条理な逮捕をうける立場に置かれたら、どんな実力行使ができるというのですか、宇佐美さんを貶めるようなコメントはやめてください。

宇佐美のことなんて一言も言ってないけど?

流れ読めや。

aさんに忠告

 悩める信者さんのコメントは、「流れを読めや」と言われる筋合いのものではありません。

 なぜなら、このブログのテーマは宇佐美さんの上告趣意書の「下」を紹介したものだからです。

 神々の黄昏さんの投稿<可笑しな原理解釈「アベル・カインの原則」>に、aさんは無タイトルでコメント、それに神々の黄昏さんは<「蕩減復帰原理」の追加説明>でaさんのことに言及した。

 いずれも、上告趣意書の「中」のコメント欄で。
 ここまではいいのですが、aさんは<気持ち>を、「下」のコメント欄に投稿してしまった。

 だから、悩める信者さんが宇佐美さんとのことに関連して、<気持ち>を読解したのは、当然のことです。

 注意を払って、投稿してください。


 なお、神々の黄昏さんとaさんのやりとりは、もうやめてください。
(コメント投稿にあたっての注意事項を読んでください。http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-221.html#more

月刊『宝島』に後藤さんの記事が。

 ブログのテーマとは関係ないことで申し訳ないのですが、月刊『宝島』に後藤さんの事件、裁判のことが載りました。

 月刊誌に拉致監禁のことが載ったのは、拙ルポを掲載した月刊『現代』(講談社)以来のことです。2004年のことでしたから、実に10年ぶりのことです。

 これについては、「全国拉致監禁被害者の会」http://kidnapping.jp/news/20130525.html、教団の公式サイトhttp://www.ucjp.org/?p=15272を読んでください。

 海外の読者は雑誌を読めないと思いますので、一ヶ月後に、記事を紹介するつもりです。

失礼しました

こちらに書いて分かりにくかったですね。

反論に関して、本来ああいう書き方はしないんですが、宇佐美氏について貶めるつもりは全くないのに、宇佐美氏を貶めていると決めつけられたので仕方なく反論したまでです。

あと、「神々の黄昏」氏と絡むつもりもないですね。

向こうから絡んで来ただけで。

「神々の黄昏」氏の意見のような意見もあるでしょう。それを否定するつもりも、やり合うつもりも全くありません。

他のコメントについても同様です。

私は口でいろいろ言うよりも実際に行動して相手に影響を与えてこそ意味があると思っていますので。

コメントでは自分の考えを述べているだけです。誰かの意見を否定したりするつもりはありません。意見は意見として貴重なので。

ただ、「あなたはそう考えていますが、私はこう考えますよ。」と言うことです。

なので、コメントに絡んで来てもらう必要は無いですね。

統一教会叩きの犠牲者

>なぜそうなのか。
 それは、東京地裁の初回の公判で、地裁判事の福士氏が冒頭で「拉致監禁」のことについては、被告代理人に「あまり言及しないでくれ」といった趣旨の訴訟指揮をしたからである。
 そして、被告代理人が被告人それに続く告訴人への尋問で、「拉致監禁」「偽装脱会」(背景)のことに触れようとすると、「本件とは関係ない」を連発し、尋問を遮ったのだ。
 
 一般的に、ある事件を審理する場合、その事件の背景のことを解明するのは基本中の基本だが、福士判事はどういうわけか、背景に触れることを拒否したのである。
 これを「偏頗的訴訟指揮」と言わずして、なんと言えようか!


>なぜ、福士判事は公判の冒頭!で「拉致監禁と偽装脱会」に触れないようにと訴訟指揮をしたのだろうか。
 それは、公安担当の検事と打ち合わせをして(日弁連が問題にしている判検癒着)、「偽装脱会のことが話題になると、まずいからやめよう」ということになった。そうとしか考えられないのだ。



 「宇佐美有罪判決」を下した福士判事の訴訟指揮に判検癒着の疑いがあることを示された米本さんの「暴露」は宇佐美さんの件は冤罪であることを証明したようなものです。
そして、今回のテーマ記事で、宇佐美さんの冤罪判決の背景には 実績狙いのダメ公安警察の暴挙と判検癒着による訴訟指揮の策略が見え隠れしていると米本さんが説明してくださったのですが、それは 限りなく真実に近いと言えます。

 宇佐美さんが無罪であることは、上告趣意書によって充分に説明し尽くされていますが、米本さんが指摘された「偏頗的訴訟指揮」の問題についてはここで真剣に考えなければなりません。
 裁判の尋問で被告代理人が「拉致監禁」「偽装脱会」のことに触れようとする度に福士判事が「本件とは関係ない」と断言して その尋問を遮ったというその言動は異常としか言いようがありません。

 米本さんが書かれているように、一つの事件を審理する場合、その事件の背景の問題を解明するのは基本中の基本とも言えるのですが、その問題に触れることを拒否した福士判事の真意は何であるのか、そこに着目せざるを得ません。
 福士判事が審理の被告代理人の尋問では「拉致監禁」「偽装脱会」のことには触れさせまいと審理の基本を無視した進行を強行するまでしたのは、その「拉致監禁」「偽装脱会」のことが審理された場合、どのような裁判の結果になってしまうかを知っていたからなのではないでしょうか。
 つまり、「拉致監禁」「偽装脱会」という宇佐美さんの行為の動機を裏付ける背景が明確になれば当然、無罪にせざるを得ないことがわかっていたのです。
それで、筋書き通りに有罪判決を下す為の絶対必要条件として、「拉致監禁」「偽装脱会」の話題を排除せねばならないと考えたのだと思われます。

 それは「拉致監禁」「偽装脱会」の問題がこの事件の背景を知る上では欠かせないことを理解できなかったのではなく、それを話題に加えてしまうと宇佐美さんを有罪にできなくなってしまうことを知っていた為、無理矢理でも審理に「拉致監禁」「偽装脱会」の話題を持ち込ませないように行動したということです。
福士判事による、そのような露骨な裁判操作が行われていた為、被告人、弁護人のみならず 第三者が客観的にみても、かなり常識離れした、強い違和感を覚える有罪判決が下されたと考えれば全て納得できます。

 そこで、その福士判事が有罪判決を出したかった理由とは 紛れもなく統一教会に対する危険意識であると思われます。
 そして、その危険意識とはマスコミによって報道されている詐欺商法を行う組織、マインドコントロールによって信者を支配する団体としての統一教会に対するものであり、その認識には間違っていない部分がある一方、宗教的な偏見も含まれてしまっていると言えます。

 福士判事が拉致監禁、強制棄教の問題に触れさせまいと審理の基本を無視したような進行を強行したことについては、統一教会が信者を獲得する時にも同じような、対象者を世間から隔離して教義を信じ込ませる手法を使っているという認識をもっていたことが その原因となっているのかもしれません。
 そうでも考えない限り、拉致監禁があったという背景を審理することを拒絶する異常な言動はなかなか理解できないものです。

 しかし、統一教会が多少問題のある宗教団体だったとしても、その信教の理由で信者が冤罪を被ったとしたら大問題です。
 それは憲法違反であり、重大な人権侵害であります。
この日本においてそのようなことが許されてよいはずがありません。

 米本さんが「最高裁が逆転判決を下すのは1%以下ゆえ上告棄却は間違いない」と仰られましたが、もし宇佐美さんの有罪が確定してしまったら、関係者は裁判不信に陥らざるを得ないでしょう。

 どこぞの独裁国家ではないのですから、このような冤罪裁判が筋書き通りに決定されてしまってはいけないのです。
そして、その統一教会員の見せしめ有罪判決を阻止する抗議活動を展開すべき中心は 勿論日本統一教会でなければなりません。

 日本統一教会責任者は 日本共産党の同士愛に勝る、真の愛と良心を多くの日本人の目に焼き付けねばなりません。
 

心情

<これから、彼女が真実の愛に出会ったとき、自分が幸せな感情に満たされた時、過去の亡霊に悩まされることのないよう、誠実に生きていく事が絶対的に必要だと思うのよ>(黒い羊さんのコメント)

その通りだと思います。
黒い羊さんはとても心情的ですね。

ただ、彼女(元カノ)が今さら誠実に生きていけるか(真実を話して宇佐美さんにワビをいれられるか)どうか…。


<元カノが拉致された時、全然教会に親身になってもらえなかったんでしょ。助けてもらえなかったんでしょ。それって、私もそうだったけど、教会にとってあまり重要な人物じゃなかったから、ってことでしょ・・・を、こんなこじつけみたいな姑息な理由で有罪にするんだったら、統一教会が宗教法人を剥奪されるよう、もっと世論に働きかけでもしたらいかが?>(黒い羊さんのコメント)

統一教会は会員が拉致監禁されても親身にならない―。愛のない統一教会はつぶしてしまえ…。
う~ん。

愛がない、というのは否定しませんが、教会に多くを望むこと自体、無理があるとも思います(私も愛のない教会員の一人ですので、何なんですが)。

昨日の慰霊祭。
遺族を前に教会幹部からは一言も遺族の心をくみ取るような発言はありませんでした。
上の意向(活動方針)を伝え、ハッパをかけることしかしなかった。最初から最後まで。

間違っているとは言えないが、正しいとは思えない。
どうして、心情的な説教ができないのか(できなくなってしまったのか)…。たった一言でも、慰霊祭に来た遺族の思いに寄り添うコメントができないのか…。

これは今、統一教会が抱える最大の課題だと思います。心情的な説教ができない…。

だから、つぶせ、ではなく、これを課題だと考えるべきだろうと思います。
心情をくみ取れない人々(特に幹部)だけをみて、十把一絡げで、つぶせ、というのはちょっと短絡すぎるのではないかと思います。

宝島編集部に敬意

<月刊『宝島』に後藤さんの記事が>

早速、購入して読みました。

実に客観的でジャーナリスティックで、新しい情報も載せてあって、すばらしい記事です。

記者(岸川真という方)にしても、「宝島」編集部にしても、記事掲載にあたってはかなりの勇気と覚悟が必要だったものと拝察いたします。

正直、米本さんに続いて、本当のジャーナリストに出会ったような感覚です。

記者も書いていましたが、12年5ヶ月の監禁、警察も見て見ぬ振り、という興味を持たざるを得ない話なのに、これを大新聞、主要週刊誌が取り上げないのが、不思議でなりません。

改めて、岸川記者と宝島編集部に敬意を表します。


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