「俺は学長の椅子に座るんだ」が自慢の元ヤクザ牧師 

“カルト”化する大学業界の人びと(6)


◆2011年5月号--宗教ジャーナリスト 室生忠

全国大学の「カルト対策」会議で“学長待遇”を豪語する牧師/学生に密告強要で“CARP狩り”

「君には、うち(私)の研究室に来てほしくないんだ」
 2010年8月はじめ、焼けつくような真夏日の午後だった。関東のある国立大学のゼミ室で、J君(当時4年)にN担当教授が一方的に言い渡した。
 ああ、やっぱりか…。

 絶望感に襲われつつも、J君は、必死に問い返した。
「それは、なぜですか?」
「君のことは信頼できない。一緒に研究を続けていくには、何でも腹を割って話せる関係が必要だ。しかし、君はそういう(統一教会という)宗教に入っている。信用できないから、一緒に研究をやっていくのは難しいと思う」

 J君は卒業後、同大学の大学院を受験して、N教授の研究室に配属されることを望んでいた。それが一転、受け入れ拒否通告。理由は、J君が統一教会系学生サークルの全国大学連合原理研究会(CARP)に属しているからだという。
 J君は同大学CARPの指導的なメンバーの一人だった。

 ことの発端は、半月前の7月中旬、J君が学生寮で行ったCARP勧誘だった。
 この大学では宿舎での勧誘は禁止されている。
 7月下旬、J君は学生課に呼び出されて、学部長、担当N教授、学生課の職員らに厳しく尋問されて、話は勧誘の全面禁止にまで発展した。

「勧誘活動をしないとは、どういう範囲での話ですか?」
 と確認を求めるJ君。学生課の中年職員は、
「その態度が反省していないということだろ!」
 と声を荒らげて恫喝した。

 CARPの内情にまで及ぶ執拗な追及に、J君の受け答えは慎重にならざるを得ない。
 N教授にはそうしたJ君の対応が不満だったらしく、
 「これじゃ信用失うよ…」
 と、尋問の最後に吐き捨てた。

 それから1週間後、事件から最初のゼミが終わった後、N教授が「ちょっと残ってほしい」とJ君に声をかけたのである。
 J君は必死に訴えた。
 J君「自分は、先生とオープンに何でも話し合っていきたいと思っています。宗教サークルに参加したのは、学問以外にも大切なものがあると思ったからなのです」
 N教授「反社会的な新興宗教であることが問題なんだ。勧誘しているようでは、君は一生、そこから抜け出すことはできない。だから信頼できない」
 J君「なぜ信頼できないのですか?」
 N教授「新興宗教の教祖は、金を目当てに信者をマインド・コントロールして組織ぐるみで信者が出ていけないようにするんだ。こうなったら、君が宗教をやっていることを知らない先生のところで研究するのがいいんじゃないかな」<注1>
 J君「(入試)願書は、N先生の研究室希望で出しました…」
 N教授「面接試験で、『違う研究室にします』と伝えなさい」

 そのときのJ君の心境である。
 「さすがにショックでした。大学教授でありながら、学生の信仰を理由に、教育の放棄を宣言するN先生に失望を感じました。N先生の教育者としての倫理、道徳性まで疑ってしまいそうでした」


横行する“アカハラ”

 アカデミック・ハラスメント(アカハラ)は近年認識されるようになった不法行為の概念で、一般的には
「大学などの研究機関において、優越した地位にある者がその権力を利用した行為や暴言発言等によって、相手に精神的、肉体的障害をおよぼし、個人の正当な権利である研究、就学の機会を奪う行為」
 と定義されている。
 アカハラは民法709条に該当する不法行為であり、加害者は裁判で民事上の責任を問われるばかりでなく、刑事上の責任についても、場合によっては侮辱罪(刑法231条)、名誉棄損罪(刑法230条)、強要罪(刑法223条)などに該当する可能性がある。
 アカハラに類似の不法行為で、アカハラtが研究機関で起きるハラスメント(嫌がらせ、いじめ)であるのに対して、パワー・ハラスメント(パワハラ)は職場など就業環境での不法行為を指す。
 
 全国大学におけるマイノリティ新宗教とその関係サークルに対する抑圧行為は、すべて明確なアカハラに該当する。
 出席しなければ単位取得が不可能な必須授業で行なわれる、名指しの宗教批判必修「カルト」批判講座で強制される、思想調査レポートの提出。さらには面接尋問で強要される脱会と棄教、サークルメンバーの密告(本誌2011年4月号参照)

 これが日本という民主主義社会の真理・真実探究の砦、大学で実際に起きている現象かと言葉を失う。
 なかでも許しがたいのが、J君が体験しているような、学生の学ぶ権利を踏みにじり、勉学による将来への道をも封殺してしまうアカハラだ。
 やはり関東の国立大学のCARPメンバーが証言する。
 「授業が終わると、担任教授に『話したいことがある』と人気のない教室に連れていかれて、担任の先生と面識のない教授、教務課の50代の男性職員の3人がかりで尋問されました」
 学舎(CARPメンバーの宿舎)はどこにあって、何人いるのか。責任者は誰か…。執拗な尋問は「カルト教団だ」と激しい統一教会批判に発展した。

 「『(反統一教会の)牧師を紹介するから、(指導を受けて)君も一刻も早くCARPをやめろ』と要求するのです。私は
『内心の問題なので触れてほしくありません。勉強は頑張ります』
 と答えました。最後に教務課の職員から、
『すぐに勧誘を止めないと他の学生に迷惑がかかるから、君の退学も考える
 という意味のことを脅すように投げつけられました。脅しだと思ってもやはり不安です」
 
 大学生にとって致命的な「退学処分」をチラつかせる行為は、アカハラ以外のなにものでもない。
 この大学職員は、憲法で保障されている「信教の自由」をも侵害しており、提訴に十分に値する。

 一方、研究室への配属を事前拒否されたJ君はどうなったか。J君はN教授のアカハラにめげず、果敢に大学院入試を受けた。「志望研究室」を「N教授の研究室」としたまま受験したのである。
 しかし試験直後、J君に届いたN教授のメールは素っ気なかった。
 〈大学院の志望研究室の変更について、新しい第一志望研究室名を至急、下記の○○先生宛にメールで送ってください〉

 N教授は信仰を理由に研究室配属の事前拒否、試験後の拒否という二重のアカハラを強行したのである。
 J君に残された途はもはや、大学当局にN教授の「不当な扱い」を訴える他なかった。
 J君は大学の健康管理センター、学生総合相談室に2回にわたって相談。
 いずれもがN教授の言動はアカハラ、パワハラにあたるとして、さらに学部長に相談することを勧めた。発端の学生課での尋問に同席した教授である。
「どの先生も宗教とくに新宗教にはネガティブなイメージを持っておられるようでしたが、私の相談に対しては、教育者として客観的な立場に立たれて
『法的な人権、信教の自由の観点からN教授の行為は明らかに不当だ』
 との判断をいただけました」(J君)

 学部長とJ君の会話である。
 J君「この前の話し合いの後、N先生に研究室配属を拒否され、試験が終わるとこのメールが来ました」
 学部長「(N教授のような)そんなこと(をして)はいけないんだ。宗教や思想、自分の(内心の)ことは触れてはいけない。そんなメールは何だろうと思う」
 J君「不安なのですが、これが原因で大学院入試不合格ということは…」
 学部長「それはあり得ない。入試は受験番号でやるから受験生を特定できない。しかし(合格後の)志望先については、第一志望、第二志望とか事情によっては変わる。(君の状況では)内心で思っていることも言えない、そんな(N教授)の研究室にいても多分幸せではないと思う」

 9月上旬、大学院入試の結果発表。J君は合格した。
 J君は、学部長がN教授に何か助言したように思った。
 実際、学部管理者の立場からすれば、アカハラ裁判が起きることは望ましくないだろう。
 しかし、J君にとってN教授の研究室に入っても、デスクやパソコンが与えられる保障はなく、研究も進まないままアカハラが続く可能性がある。
 それなら、修士から他の研究室に移動する。他の大学院の試験を受け直す。宗教放棄の証拠をN教授に提示して謝罪する…。
 J君は、不条理な選択を迫られ続けるのである。


反対牧師と緊密連携

 もうひとつ大きな問題がある。学生の信仰を破壊するために、大学当局と外部の反統一教会牧師が緊密に連携し合っていることだ。
 大学が関与するCARPメンバーの強制棄教には、学生本人に対するものと、保護者(両親)を動員するものの2ルートある

 前者は、提出レポートなどからメンバーの割り出し→本人尋問で脱会と密告を強要→反統一教会牧師の紹介→棄教強要
 後者は、保護者へ連絡→反統一教会牧師の紹介→勉強会へ参加要請→拉致監禁を実行させて強制棄教
 いずれも、反対牧師が重要な役割を担っている。

 私立大学でも、仙台白百合女子大学のように、
「1年生の冬、クラス・アドバイザーの先生から両親に電話があって、先生と両親に牧師の所に連れて行かれました」(卒業生)
 といった事例は珍しくないが、これが千葉大名古屋大大阪大岡山大愛媛大学…など「カルト」対策に熱心な国立大学になると、さらに密接に反統一教会牧師との連携が図られている。

 島根大学K君(3年)は「カルト対策」担当のA教授<注2>に、井上理牧師の日本基督教団・松江北堀教会<注3>に車で連れていかれそうになった。

島根大学のA教授
 
 本誌2011年3月号で紹介した、研究室教授の幇助によって学内拉致に遭った、名古屋大K君(当時4年生)に棄教を迫ったのは、日本基督教団吹田教会(大阪)・豊田通信牧師、同教団・川崎経子牧師(NPO法人「いのちの会」=長野=)らだった。

 また、岡山大学の学生支援センターが作っている「カルト対策」のホームページに、プロテスタント福音系「倉敷めぐみキリスト教会」(岡山)のリンクが堂々と貼られていたことも記述した。ちなみに、統一教会やCARPからの抗議を受けて今年2月、岡山大学は「倉敷めぐみキリスト教会」のリンクを削除した

 倉敷めぐみキリスト教会は、大学生の強制棄教で知られる高山正治という牧師の教会で、大阪大構内で拉致されたN君(当時・大学院生)の強制棄教(実行者は神戸真教会・高澤守牧師、西日本ルーテル青谷教会・尾島淳義執事)も、当初は高山牧師の予定だった(同号参照)。

 西日本の大学で特に問題なのが、この高山牧師との癒着である。 
 愛媛大CARPメンバーだったKさん(女性)は2006年秋、大学側の幇助のもと軟禁下で高山牧師の脱会説得を受けたが、その際に見せた、愛媛大法文学部Y教授<4>の同牧師に対する傾倒ぶりは異常なほどだった。
「Y教授は
高山先生はすごい!すごい力を持っておられる
 と絶賛するのです。
 嘘か本当か判りませんが、高山牧師本人は、自分のことを“元ヤクザ”だとか“元ハリ師”だとか言っていました。もともとは『エホバの証人』の脱会相談に乗っていたそうです。
『昔のCARP(メンバー)は、批判本を破り捨てたり殴りかかったり激しく抵抗したが、今は弱いからすぐに落ちる(脱会する)』
 と話していました」(Kさんの証言)

 高山牧師の自己顕示は止まるところを知らない。
 2007年春、岡山近辺の某大学生Aさん(女性)が、両親によって岡山県内の山奥にあるアパートに監禁されて、高山牧師の脱会説得を受けた。
 Aさんによれば、高山牧師は他の監禁被害者の様子まで詳しく話しながら、次のように強調したという。
「あなたはこういう形(監禁)でないと(私の)話を聞かないでしょ。私は(CARPメンバーを)20~30人辞めさせてきたんです。(私を招いて)大阪大学では教授陣の(「反カルト」)会議も開かれて、(私は)相当必要とされているんですよ。学長がいないときは、私が学長の椅子に座っているんです。いま全国の大学がそういう状態なんです」
 自分は全国大学の「カルト対策」会議で学長並の扱いを受けている――。
 強制棄教を常習的に行っている外部牧師のこの自己評価を、「いまの全国の大学」関係者はどう聞くだろうか。

-大阪・神戸・そして岡山のトライアングル関係-

大和谷(写真)

秘密警察長官のような大阪大学の大和谷ハラスメント相談室長


高澤
春を買うのがお好きな神戸の高澤牧師

高山牧師(写真)
        
元ヤクザを誇示する岡山の高山牧師




強制棄教で高額報酬

 CARPメンバーの割り出しが、学生の提出レポートや面接での密告強要などによってイモ蔓式に行われている実態は、本誌前号(2011年4月号)で述べたが、許しがたいのは、こうした牧師と大学、牧師同士の連携によって標的リストが作られて“CARP狩り”が実行されていることである。

 2006年6月、関西のある大学でCARPのM君(当時1年)が、学生生活委員O教授に注意されたことがある(本誌2011年3月号参照)。大学はM君のことをどうして知ったのか。
 その3ヵ月前、当時熱心に活動していたSさん(女性)というCARP幹部の大学院生が、家族によって拉致監禁されて脱会したが、そのSさんからM君の名前が出たのだ。
 実際、O教授はM君に。
「君はSさんいう人、面識ある?Sさんが『M君はまだCARPに深入りしていないから、すぐに救い出せるはずです』と(君の)救出を要請したんだよ」
 と打ち明けている。
 Sさんの“密告”はそれだけではない
「O先生からSさんが挙げたリストを見せられましたが、Hさん、Oさん、Iさん、Mさん…15名もの名前が載っていました。Mさん以外の実家の連絡先もすべてリストアップされていて、神戸大学のSさんの名前も載っていました」(M君の証言)

 このSさんを脱会説得して“密告者”に仕立てたのが、“学長待遇”を豪語する高山牧師。Sさんは高山牧師にメンバーの名前を聞き出され、さらに、高山牧師からO教授に連絡が入って15人ものCARPリストが作成されたらしい。

 統一教会信者の強制棄教を常習とする牧師は、親族から「謝礼」という名の領収書なしの“報酬”を得ているのが通例だ。その金額は100万円単位を下らないという親族の証言もあるほどで、事実上高額の営利行為となっている。
 その“営利牧師たち”が、しかも、統一教会という特定教団と対立関係にある片方の当事者が、いかなる資格で国・公立大学の「カルト対策」に関与しているのか。
 誰の許可なのか。
 大学側や「カルト対策」教授と“営利牧師”との間に、金銭的な癒着はないのかを含めて、厳しく調査されなければならない。
 そして、忌むべきCARP抑圧を行なう大学と外部組織の連携は、さらに広範かつ複雑な構造で形成されており、反対牧師の関与はその一端でしかないのである。

<注1>「カルト」用語と同様、「マインドコントロール」用語も確たる定義は存在しない。そのため、使い方が人によってマチマチである。

【参照記事】「空疎なマインドコントロール論」「マインドコントロール論の弊害」
(システム障害のため「・」「-」「~」が「?」に文字化けしています) 

 マインドコントロールの日本での提唱者・西田公昭氏は、著書『マインド・コントロールとは何か』を宗教学・宗教社会学者から批判されたあと、全国霊感商法対策弁護士連絡会の集会でみんなの前で、「批判に応え、再論を書く」と約束した。その結果が「MC論再考」というやや情けないメモ書きである。
 宗教学者の渡邉学氏が喝破した「マインドコントロール万能論」、宗教社会学者の櫻井義秀氏、渡邉太氏が指摘した実験心理学の危うさ、非科学性、私が指摘した自主脱会者の多さ、他宗教への回心者の多さのことを、まるで知らなかったかのように無視している。とても再論といえたシロモノではない。

 それにしてもである。
 オウムの高橋克也氏が逮捕され、またぞろ、テレビでコメンテーターが「マインドコントロール」用語を連発している。
 西田先生もその一人。
「高橋氏が信仰を棄てていないということは、いまだオウムのマインドコントロール状態にあるということです」
 まさにヒェ~である。
「彼がイスラムの信仰を棄てていないということは、いまだイスラムのマインドコントロール状態にあるということです」
「彼女がカトリック信仰を棄てていないということは、いまだカトリック教会のマインドコントロール状態にあるということです」
 これと同じことを、西田氏は話しているのだ。
 私は、彼の発言に思わず苦笑してしまったが、司会者も他のゲストも神妙な顔をして頷いていた。考える力がないのだろう。
 オセロの中島騒動のとき、アッコの何とかという番組のプロデューサーからインタビューの申し入れがあった。私は、すかさず質問した。
「マインドコントロールとはなんですか」「西田さんの『マインド・コントロールとは何か』を読みましたか」
 前者の質問には答えられず。
「答えられないのに、マインドコントロールをお宅のテレビでは連発している。どういうことなのか」と、つい厭味を言ってしまった。
 後者の質問には当然、「読んでいません」。 
 活字媒体と違いテレビ媒体に登場する人たちは、勉強していない人たちが多いように見受けられる。

 西田氏の著書をよく読めば、「マインドコントロールとは強い影響を受けること・与えること」の一言に集約される。
 その意味では、前述した発言は間違っていない。みんなそれぞれの宗教団体から強い影響を受けている(マインドコントロールされている)から、信仰を棄てないのだ。
 西田氏のマインドコントロール論は間違っていないが、人は必ず他者に影響を与え、他者から影響を受けて生きている。人間社会とはそういうのだ。
 何だって言える西田マインドコントロール論を、南山大学の渡邉氏は今から15年も前に「マインドコントロールは万能論」と痛烈に批判した。
 西田氏はビニール脳の先生なのか、またしたり顔で、「信仰を棄てないことはマインドコントロール状態にある」と発言する。この国の「知」はいったい、どこに行ったんだろう・・・。 

 N教授からマインドコントロールのご高説を聞いてみたいものだ。
 それにしても、である。
「新興宗教の教祖は、金を目当てに信者をマインド・コントロールして組織ぐるみで信者が出ていけないようにするんだ」
 
というN教授の言葉は、恐れ入りやの鬼子母神だ。
 そんな新興宗教団体があったら、教えてもらいたいものだ。これまで長年にわたって数々の宗教団体を取材してきたが、なかったね 。もしあれば、雑誌社はN教授に情報提供料を払ってでも、取材を開始するさ。
 Nのような口から出まかせを言う人物が国立大学の教授に君臨しているのだから、知の頽廃を憂える一部大学人が嘆く「日本の大学の劣化」は深刻なのだろう。税金を返していただきたいものである。


<注2>島根大学のA教授とは、保健管理センターの荒川長巳(おさみ)氏のことだが、この注釈を書くのは少々躊躇われる。なぜなら、彼は松江出身で、地元の高校から宮崎医科大に進み、それからUターンで松江に。私は介護のためにUターン。かぶるのである。
 また、私の叔父は島根大学の教授をしていたので、高校時代、ときたま叔父の教授室に遊びに行っていたことがある。それもかぶるのだ。
 戸惑いながらも、同郷人ゆえ愛をもって、2点ばかり指摘しておく。

 荒川氏は精神科医である。その精神科医がカルト対策をやる。この恐さを自覚しなければならない(旧ソ連のスターリン指導下の精神科医を想起せよ)。
 おそらく、スターリンのことは知らないだろう。
 『チャイルド44』 『グラーグ57』をお勧めしておく。話題になった本だから、学生さんも読んでいるはず。構内の本屋、なければすぐそばの今井書店にはあるはず。
 
 ところで、青年統一教会員は、脱会屋の指導の下、親によって拉致され、思想改造のために精神病院にぶち込まれた。その病院の精神科医はそのことを知りながら、強制入院を受け入れ、精神薬を投与した。被害者は1人、2人の話ではない。
【参照記事】「精神病院そして自宅への誘い」
 
 このことを同じ精神科医として、どう総括するのか。総括できなければ、荒川氏はカープ学生の心の内面に触るべきではない。倫理の問題である。

 もう一つは、先輩同郷人としての後輩への指導である。
 仄聞情報だが、荒川教授は子どもたちを相手に「ぼくは島根県からカルトを一掃したいと考えている」と息巻いたそうだが、同郷人としては少々赤面する。息巻くのであれば、カープの子どもたちにではなく、伊勢宮(:松江のネオン街)のお嬢さん方にやってくれ。
 彼女たちはうっとり。松江で島大教授と言えば、肩書だけで、インテリとして尊敬の的。
「おさみちゃん、素敵! カルト退治ね。桃太郎侍ね。私、おむすびを作るわ」
 右に藤倉善郎氏、左に田中清史氏(エイト)を従えたらどうか、と提案しておく。

 
<注3>井上理氏は2011年4月、大阪の淀川教会に異動となっている。北堀教会は、自転車で行けるところ。井上牧師に会いたいと思っていたけど、残念!
 ちなみに、島大カープがやられたのは岡山の高山牧師である。彼の守備エリアは中四国。 まさか、荒川氏が子どもたちを高山に売ったとは思いたくないのだが。

<注4>愛媛大学法文学部のY教授とは、退官した吉田亮三氏のこと。ネットで業績を探したが見つからず。一冊の本も書いていないようだ。まあ、それもむべなるかな。
「高山先生はすごい!すごい力を持っておられる」なんてお馬鹿なことを、親への手紙で書く大学教授なのだから。
 退官後、吉田氏は高山先生の門下生になったとか。むろん、これはブラックである。

 ちなみに、高山先生のブログ「たかたか庵日記」は以下のところ。
http://ameblo.jp/taka-chaya/
 
 
【参照記事】「愛媛大学への抗議文」「監禁の背後にいたのは高山正治牧師と判明」

-続く-

室生忠の『大学の宗教迫害』 、好評発売中。
 41sm+eU0wYL._BO2,204,203,200_PIsitb-sticker-arrow-click,TopRight,35,-76_AA300_SH20_OU09_[1]

  出版社はその昔創価学会に大打撃を与えた、知る人ぞ知るの「日新報道」です。

 同書と意見を異にしようが、すべての大学人は目を通すべきだと思います。一読すれば、今回の佐賀大学&森准教授提訴の今日的意味が理解できるはずです。
 私は案じている。大阪大の大和谷厚先生、千葉大の宮野モモ子先生をはじめとするカープメンバーへのハラスメントを行っている先生方が、佐賀大の森先生のように、被告席に座らされることがないといいが、と。

関連記事

コメント

まんまと悪用

<「君には、うち(私)の研究室に来てほしくないんだ」>

一緒に研究をしていくには、どうせなら相性のいい学生に来てほしい。ところが、Jくんは、思想・宗教が異なるのみならず、研究室で宗教勧誘活動をやらかしかねない。研究室に集まる他の学生たちに迷惑がかかるかもしれない…。「来てほしくない」と思う教授の気持ちは、分からないでもない。

私がJ君だったら、「研究室では勧誘活動はいたしません。教授や研究員には一切ご迷惑をおかけしません。研究活動に専念いたします。お約束します」と頭を下げて、教授と折り合いを付けますね。
根回しやごますりになれてしまった腹黒いサラリーマンの発想かもしれませんが…。

J君について言えば、嫌がられてまで権利を主張するのは、ちょっと賛成しかねます。勧誘とかやられると、研究室の目指す目的が果たせい、と言われれば、反論できないでしょ。
宗教的信念を貫くのは、それはそれで立派だと思いますが、社会と協調するのも大事です。

このたびの記事を読んで、腹立たしく思うのは<学生の信仰を破壊するために、大学当局と外部の反統一教会牧師が緊密に連携し合っている>ということです。
精神の自由を奪おうとする行為、および拉致監禁という犯罪行為に、大学が間接的に加担していることはもとより、一部の宗教に利益供与している形になっていることに大きな問題があります。

買春を平気でやる反統一牧師らを正統な宗教人と錯覚して、マインドコントロールを解く、という大義名分でなされる信者獲得活動に、まんまと大学機関が悪用されているわけです。

この“監禁→改宗→信者獲得誘導システム”を一日でも早く終わりにさせなければなりません!

Re:まんまと悪用

みんなさんにお伝えします。
私の記述が舌足らずでしたが、J君はN教授に対して、それこそ「研究室では勧誘活動はいたしません。教授や研究員には一切ご迷惑をおかけしません。研究活動に専念いたします。お約束します」と研究室入りを懇願しています。
原稿の文字数も限られており、経緯からいって当然ご理解いただけるもの考えたのが甘かったようです。

この懇願に対して、N教授が「君のことは信頼できない。一緒に研究を続けていくには、何でも腹を割って話せる関係が必要だ。しかし、君はそういう(統一教会という)宗教に入っている。信用できないから、一緒に研究をやっていくのは難しいと思う」とニベもなく拒絶したのです。

要するにN教授は、J君の研究室内での勧誘活動というよりも、J君が統一教会の信者であることそのものを忌避して研究室入りを拒んだのです。これは学生の内心・信条を理由に学業を妨害する、明確なアカハラです。
言葉を替えれば、J君がどのように言葉を尽くして説明しても約束しても、N教授はJ君を拒絶したということです。
だからこそ、学部長は「(N教授のような)そんなこと(をして)はいけないんだ。宗教や思想、自分の(内心の)ことは触れてはいけない」と明言したのです。

みんなさんの言われる通り、徒に摩擦を起こす必要はありません。しかし、J君がたとえ「研究室での勧誘活動はしません」と約束しなかったとしても、N教授のとった言動は明確にアカハラ行為です。
学生が有する思想・宗教の内容を、研究室採用の選定条件にすること自体が許されません。

>一緒に研究をしていくには、どうせなら相性のいい学生に来てほしい。ところが、Jくんは、思想・宗教が異なるのみならず、研究室で宗教勧誘活動をやらかしかねない。研究室に集まる他の学生たちに迷惑がかかるかもしれない…。「来てほしくない」と思う教授の気持ちは、分からないでもない。

これはもう〃真理探究の府〃の姿ではありません。真理探究者の姿でもあり得ません。大学教授のまず見るべき対象は学生の能力才能に尽きています。

>私がJ君だったら、「研究室では勧誘活動はいたしません。教授や研究員には一切ご迷惑をおかけしません。研究活動に専念いたします。お約束します」と頭を下げて、教授と折り合いを付けますね。

J君は実際にそのようにしてN教授に懇願しました(何の効力もありませんでしたが…)。それはひとつの事前対処法と言えなくもありませんが、しかし私は、それを大学のおいて絶対とすることには賛成できません。
なぜなら、その言質の質や姿勢が、大学における信教の自由侵害やアカハラの構成要件に、学生自らがハードルを設けてしまうことにつながるからです。

大学は死んでいる!

 みんなさんと室生さんの投稿を読んで浮かんだ言葉は、タイトルに書いた「大学は死んでいる」でした。

 大学のゼミと大学院のそれとは違うかもしれないけど(でも本質は変わらないはず)、私の大学のゼミ生には民青あり、中核派あり、社青同あり、創価学会あり、すべての組織に冷やかな学生ありでした。
 教授(田中正司、ロックやスミスの研究家、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E6%AD%A3%E5%8F%B8)は、ゼミ生の属性なんぞはどうでもよく、ゼミ中にどれだけ鋭い発言をするかどうかしか興味がなかった。
 ゼミが始まる前と後で、ゼミ生の間でどれだけバトル議論があろうが、それはゼミとは関係のないことという悠然とした態度だった。当時のゼミのテキストは内田義彦の著書。どれだけ読み込んで、ゼミに臨んでいるのかをチェックされていたような気がする。

 室生氏の記事の文脈で言えば、ゼミの前や後にJ君がゼミ生を勧誘しようがどうでもいいことだった。
 重要なのは、ゼミ(学問の場)で、勉強を踏まえた上でどれだけ鋭い発言をするかだけ。学生運動(自治会活動)ばかりしていた私は、ゼミの前後はとても元気がいいのだが、いざゼミになると寡黙になっていた。

 2人の投稿を読んで、昔の私の醜態ぶりを思い出すとともに、大学から自由闊達さが失われていることを痛感している次第です。

 どうしてこんな風になってしまったのか。
 それは、次回で紹介する室生さんの記事を読めばわかるはず。請うご期待です。

Re:Re:まんまと悪用

<N教授は、J君の研究室内での勧誘活動というよりも、J君が統一教会の信者であることそのものを忌避して研究室入りを拒んだのです。これは学生の内心・信条を理由に学業を妨害する、明確なアカハラです。
言葉を替えれば、J君がどのように言葉を尽くして説明しても約束しても、N教授はJ君を拒絶したということです>(室生さんのコメントより)

そういうことだったんですね。読みが浅くて、すみません。
サラリーマン生活が長く、数々の転職活動で不採用という痛い眼にあってきたせいか、世の中、権力を持つ者にはかなわない、という精神がこびりついてしまっていて、ついつい学生の立場を軽視してしまっておりました。

大学が、信仰・思想によって学生を差別する―。
能力ではなく、教授の好みで研究生を選定する―。
宗門改めを行い、それに応じなければ、希望する研究への道を閉ざす―。

あってはならないことです。
学生が大学の思想チェックに怯えながら、学業を続けなければならない、とは…。
この国は恐ろしい方向に向かっている、と言わざるを得ませんね。

もともと、この国の公的機関や大学に、宗教的寛容を期待してきてはいませんが、ここまで全体主義化してくると、あきらめを超えて、逆に恐ろしくなります。
まさに民主主義の危機、知性の危機です。

紀藤がおバカであることの証明

 Yoshiさんのブログに、「拉致監禁集団はカルト - 紀藤弁護士のカルト観によれば」がアップされました。
http://humanrightslink.seesaa.net/article/278083368.html#more

 いわゆるカルトに関心がある方は、カルト派・反カルト派を問わず、ぜひ読んでもらいたい記事です。

 前回のブログの注でも触れた紀藤弁護士に関する論評です。

「高偏差値バカ」という言葉があります。英数国社理の勉強はとても優秀のなのだけど頭がとてつもなく悪いという意味です。

 大阪大学卒の紀藤氏は、典型的な「高偏差値バカ」です。

 偏見?それはYoshiの記事を読んでからにしてください。
 論戦に応じます。

荒らしの博物館行き

 プロキシを使った投稿が立て続けに入りました。
 よって博物館行きとさせていただきました。

 またそれらにレスされた鸞鳳さんの投稿も同じようにしました。

http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-264.html#more
 

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://yonemoto.blog63.fc2.com/tb.php/340-7ee36a75