ストーカー裁判-弁護人の最終陳述(上) 

ストーカー事件の真相(8)

 今回は、弁護人の最終弁論。秋の夜長にごゆるりというわけにはいかないほどの長々文である。
 一度にまとめてアップしようと思ったが、やはり目の負担は大きい。そこで分割して掲載する。
 しかしながら、判決日は12月27日。このあと、宇佐美氏の最終意見陳述も載せなければならない。
 そこで、間隔を置かずにアップしていきたい。
 最初に最終弁論の構成を示す。青字部分がアップするところである。
 一部をマスキングした。(括弧)の出典部分は緑字にした。下線、ゴチック、は私。

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最終弁論

<総論>
1.公訴事実記載の目的について
2.公訴事実記載の「かっての婚約者」について
3・公訴事実記載の各行為について
4.ストーカー行為の故意の欠如
5.本件はストーカー規制法を適用すべき事案ではない
<本件は恋愛感情充足目的ではない>
1.序
2.K氏が08年1月1日に行方不明になるまでの経緯
3.K氏が行方不明になって以降、公訴事実記載の日時に至るまでの経緯
4.小括-公訴事実の各日時当時における被告人の目的
<公訴事実記載の「かつての婚約者」について>
1.被告人に対する婚約破棄の意思表示の不到達
2.K氏との婚約解消手続きが統一教会内において未了であること
3.まとめ
<公訴事実1ないし5の各行為について>
1.公訴事実1ないし4における被告人の認識及び行動
2.公訴事実5の日時・場所における被告人の認識及び行動
3.本件各行為が恋愛感情を充足し得る態様ではないこと
<被告人にはストーカー行為の故意がない>
<本件はストーカー規制法を適用すべき事案ではない>
1.ストーカー規制法の適用対象
2.本件事案の特殊性
<K証言について>
1.K証言の弾劾
2.K氏がストーカー市街を訴えることに対する疑問
<K氏の母親証言の弾劾>
<宮村氏証言の弾劾>
<乙第3号証の信用性について>

1.序
2.本件調書の作成経緯
3.小括
<結論>


-弁護人の最終弁論-


<総論>

 1 公訴事実記載の目的について 

 本件は,後記第2のとおり,被告人の婚約者であるKM氏(以下「K氏」という)が突如被告人と連絡を絶った経緯や,統一教会の脱会支援を行う宮村氏がK氏に関与していた事実などから,被告人としては,K氏が拉致監禁による脱会(棄教)強要を受け,監禁から逃れるために偽装脱会をしている可能性があると考えたため,まずは,K氏の居場所を捜し,その上で,K氏本人に対し,被告人との結婚意思を確認する目的で,公訴事実記載の各行為を行ったものであり,K氏に対する恋愛感情を充足する目的で行ったものではない。

(なお,公訴事実5のサウナセンター出入口付近の椅子に座った目的は,後記第4.2(2)のとおり,被告人が追いかけた車に乗っている支援者と思われる人物の顔を確認するためであるから,K氏に対する恋愛感情充足の目的がないことはもちろん,前記の意思確認の目的もなかった)。
 
2 公訴事実記載の「かつての婚約者」について  
 
 後記第3のとおり,公訴事実1,2の各日時当時,K氏の祝福破棄の意思表示は被告人に到達すらしていなかったし,到達後も,被告人は,合理的理由に基づき,K氏の婚約破棄を本心とは認識しなかった。また,公訴事実の各日時当時,被告人とK氏の祝福結婚は解消されていなかった。

 したがって,各公訴事実の当時,被告人にとって,K氏は「かつての婚約者」ではなく「婚約者」であったといえる。

3 公訴事実記載の各行為について

 後記第4のとおり,公訴事実1の当時,被告人は,K氏の父親の車の車内にK氏がいることを認識または予想していなかった。
 また,公訴事実2の当時,被告人は,K氏の父親の車すら見つけておらず,K氏の存在を認識,予想してもいなかった。

 また,公訴事実3の当時,被告人はK氏の姿を見たものの,ただ同人の様子を観察していただけである。

 また,公訴事実4の当時,被告人は,■■方において結果的にK氏を目撃するに至ったが,当初からK氏がアパート裏口に来るのを予想して待機していたわけではない。

 また,公訴事実5の当時,被告人は,荻窪ラドン・サウナセンター出入口付近にて,思いがけずK氏を見かけたが,K氏が来ることを予想していたわけではなく,また,受付付近において,被告人は,一般の待ち合わせ場所でK氏を待っていただけである。

 以上の被告人の各行為は,ストーカー規制法上の「待ち伏せ」には該当しない。


4 ストーカー行為の故意の欠如

 後記第5のとおり,被告人は,K氏が偽装脱会しているのではないかと疑い結婚意思の確認のためには,最終的に公訴事実記載のGPSを用いた方法によるしかないと考えたのであり,K氏が偽装脱会をしているなら,前記のような方法によっても同氏の承諾が得られるであろうと考えていた。

 したがって,仮に,被告人の公訴事実1ないし5の各行為がストーカー規制法における「待ち伏せ」に当たるとしても,被告人の主観においては,これら各行為が,K氏の身体の安全,住居等の平穏若しくは名誉が害され,又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法であることについての認識認容がなかったのであるから,ストーカー行為の故意がなかったと言える。

5 本件はストーカー規制法を適用すべき事案ではない

 後記第6のとおり,本件は,被告人と親密な交際をしながら結婚にも前向きな態度を示していたK氏が,突然,行方不明になり,被告人に対する直接的な連絡が一切ないなか,被告人が,K氏の居場所を捜して同氏の本心を確認したいという思いから行った行為であり,元々,ストーカー規制法が規制すべき事案とは明らかに異なるため,本件被告人の行為に対して,ストーカー規制法を適用して処罰することは,相当でない。



<本件は恋愛感情充足目的ではない>
 
1 序

 本件は,被告人が,突然行方不明になった婚約者であるK氏の結婚意思を確認する目的で行った行為であり,K氏に対する恋愛感情充足を目的として行ったものではない。このことは,以下に詳述する公訴事実に至るまでの経緯に鑑みれば明らかである。

2 K氏が2008年1月1日に行方不明になるまでの経緯 

(1)2007年2月,被告人とK氏は,統一教会の合同結婚式に参加して,両者合意の下,宗教上の結婚をし(甲31添付の2枚目,5枚目の写真),それ以来,親密な交際をしながら家庭出発(結婚入籍)の準備をしていたが(被告人第6回1~3頁),特に,以下のとおり,K氏は被告人に対する愛情を伝え,被告人との結婚入籍に対しても積極的な態度を示していた。

①メールのやりとり
2007年2月から12月までの間,被告人とK氏は,頻繁にメールをやりとりしていた(弁1,弁2,K証言4~5頁,被告人第6回3頁)。中でも,K氏は被告人に,次のようなメールを送り,被告人に対する好意の感情を示していた(K第3回5~6頁)

・「私はあなたとの関係は大切にしたいと思います。」
(弁1の2007年3月12日午前0時28分のメール)

・「特に用事はなくて,声を聞きたかったので電話しました。」 
(弁1の2007年3月16日午前1時13分のメール)

・「これから二人で行く永遠の道を思えば,可能性が沢山あり,希望を感じます。」「私は,あなたとずっと一緒に行くつもりです。」
(弁1の2007年3月16日午後9時30分のメール)

・「あなたがいてくれて嬉しいです。」
(弁1の2007年3月23日午前1時10分のメール)

・「いつも一生懸命ですね。そんな貴方が,大好きです。」
 (弁1の2007年4月21日午後9時0分のメール)

・「私はもちろん隆さんと一緒に幸せな家庭を築くことが願いです。」
(弁1の2007年8月30日午後9時6分のメール)

・「沢山愛してくれてありがとうございます。嬉しかったです。私も愛 してます。だからどこまでも一緒に行こうと思ってます。」
(弁1の2007年11月25日午前3時42分のメール) 

②電話のやりとり
 被告人とK氏は,ほぼ毎日のように電話をし,互いの近況を報告したり,デートの約束をしたり,また特に用事がないのに,K氏から被告人の声を聞きたいとの理由で電話をすることもあった(弁1の2007年3月16日午前1時13分のメール,被告人第6回3頁)

③2007年2月15日,K氏は被告人にバレンタインデーのプレゼントをした(K第3回6頁,同尋問調書添付の資料1)
 
④2007年4月15日,K氏が被告人の誕生日にバースデーカードを渡した(K第3回6頁,同尋問調書添付の資料2)。 

⑤被告人とK氏は,主に北千住駅付近でデートをした(被告人第6回4頁)

⑥2007年6月頃,被告人は,K氏に,婚約指輪を買ってプレゼントし,同プレゼントを,K氏は大変喜んでいた(被告人第6回8頁,K第3回7頁,弁1の2007年6月14日付けメール,同年6月21日付けメール)

⑦2007年8月,K氏は韓国の済州島で行われた統一教会の14日間の修練会に参加し,年内に被告人と家庭出発することを宣誓した(K第3回8頁,同尋問調書添付の資料3)

⑧8月25日から1泊2日で,K氏は被告人と一緒に,被告人の実家のある宮崎県に行き,被告人の両親及び弟に挨拶をした。
 被告人の両親は,K氏を被告人の婚約者として歓迎した。
 翌26日,被告人はK氏と二人で,宮崎の観光地を旅行した(被告人第6回4頁,宇佐美和美証言1~2頁)
 この宮崎行きを提案したのは,K氏であった(被告人第6回4頁)
 宮崎から帰った後,K氏は被告人の両親宛てに,お礼の手紙(弁9)を送ったが,同手紙の中で「二人で,親孝行できるように成長していきたいと思っています」と書いた。
 ここで書かれている「二人」とは,被告人とK氏のことであり,同手紙の内容から,K氏が被告人の婚約者として挨拶をしに,宮崎に行ったことは明らかである。

 「Kさんは、優しく思いやりがある人」(K氏の元同僚)という評価が思い浮かぶ。

⑨被告人とK氏は,2人で住む新居として潮見の雇用促進住宅の申込みをした(弁7)
 同申込みは,被告人が行ったが,K氏はこれに同意し,添付書類の住民票を被告人に渡した(弁8,被告人第6回5頁,K第3回13頁)
 また,同様に,新居の候補として,2人は,埼玉県越谷市にある被告人の自宅を見に行った(被告人第6回6頁,K第3回13頁)

⑩2007年10月頃,被告人とK氏は,統一教会の教義上,家庭出発の直 前に参加する家庭修連会に参加した。同修練会に参加申し込みをしたのはK氏であった。(K第2回5頁,K第3回10頁,被告人第6回6頁,弁1の2007年10月8日付けメール,同年10月11日付けメール)

⑪2007年11月下旬頃,被告人とK氏は,統一教会の教義上,正式な夫婦 になるための行事である「三日行事」を行うため,2泊3日の熱海旅行に行き,肉体関係を結んだ。
 旅行の帰りに,二人は沼津港に寄ってお寿司を食べ,綺麗な夕日を見るなどして楽しく過ごした。なお,この三日行事は,結果的には失敗したが,心情的に,2人の関係はとても近くなり,夫婦同然の関係になった(被告人第6回6~7頁,K第3回10~12頁,弁1の2007年11月25日付けメール)

⑫2007年12月下旬頃,被告人K氏とたくさん電話ができるよう,ソフトバンクの携帯電話をクリスマスプレゼントとしてあげた(被告人第6回7頁,K第3回12~13頁)

⑬2007年12月25日夜,被告人はK氏に誘われて,東京都足立区の竹ノ塚の夜のイルミネーションを一緒に見に行った。この時,被告人とK氏は手をつないで,クリスマスのイルミネーションを見ながら,「竹ノ塚周辺の団地を借りて住むのもいいね。」と話した(被告人第6回7~8頁,K第3回12頁)

 以上のような交際及び結婚準備期間を経て,被告人とK氏は2008年1月中にK氏の両親に挨拶をし,その後,婚姻届を提出して,一緒に生活を始める予定であった(K第3回13頁)


(2)2007年12月31日,K氏と被告人が電話で相談し,K氏が正月実家に帰省する際,被告人が一緒に行き,結婚の挨拶をすることを決めた(被告人第6回9頁,K第2回7頁)


(3)2008年1月1日,被告人はK氏と新宿で待ち合わせをして電車に乗る直前,K氏が両親に電話をし,被告人が挨拶に行くことを伝えた。
 しかし,K氏の両親は被告人に会うことを拒否した。
 そこで,仕方なく,被告人は,K氏の実家の前まで一緒に行くことになった。

 K氏の実家に着くと,K氏は5分位家に入り,被告人を最寄り駅まで送るために家から出てきた。
 二人で駅に向かう途中,K氏は被告人に,K氏の母親が統一教会に反対していることなどを話した。
 
 被告人はK氏から,その話を聞いて,K氏が以前,両親に拉致監禁されそうになったと話しているのを思い出して心配になり,「大丈夫ですか」と聞いたが,K氏は,「今は,関係が良くなっているから大丈夫」と答えた。

 その後,二人は,駅ビル内のレストランに入り,1つのデザートを注文して一緒に食べた。
 そのとき,被告人は,K氏の先ほどの両親の態度が気になり不安になった。
 そこで,万が一の用心に備え,K氏の家族の名前や連絡先を聞いて,携帯していたノートパソコンにメモした。
 一方,K氏はそのような被告人を見ながら,穏やかな表情で微笑んでいたが,被告人は,ますます心配になり,「本当に大丈夫?」「帰って来てくれる?」,「心配だよな~」と言った。
 すると,K氏は被告人の手を握り被告人の目を見て,にっこりと微笑みながら「だ・い・じょ・う・ぶ」と言った。被告人は,このようなK氏の言葉や態度を見て,ようやく安心した。そのうち,K氏が実家に帰る時間が来たため,被告人はK氏と別れた。
 

(4)その後,被告人は,レストランに残り,しばらくパソコンをし,その間,K氏に何度かメールを送った(弁2の2008年1月1日付けメール2通)
 しかし,K氏から返信はなかった。
 被告人はレストランを出て,K氏に電話をかけたが,つながらなかった。ただ,このときはまだ,K氏が家族と過ごすのに忙しいのだろうと思い,それほど心配にならなかった。

 ところが,その後も,被告人が,K氏に電話をしても一向につながらず,メールをしても返信が来なかったため(弁2の2008年1月2日付けメール,K第2回9頁,K第3回20頁),被告人は心配していた拉致監禁による脱会説得が現実になったことを悟った(乙5の1~3頁,乙8の1~2頁,被告人第6回12~13頁)

 この実家に帰省した直後のことについて,K氏は本法廷において,携帯電話を取り上げられたことを否定し,親による強制的な脱会説得が始まったために連絡を取りたくても取れなかったのではなく,話合いをする決意を揺るがされたくなかったので自分の意思で連絡しなかったと証言した(K第3回21,22頁)

 しかし,K氏の母親は本法廷において,K氏が帰省して以降ずっと,K氏の電話を預かったことを認めており(K美穂子証言17頁),K氏が連絡を取りたくても取れない状況であったことが強く推認される。

 そもそも,30歳後半の娘の携帯電話を母親が預かること自体,異常であり不自然である。
 また,帰省直後,K氏は未だ信仰を持っており(K第3回22頁),被告人と結婚する意思を有していた上,拉致監禁されるのではないかという恐怖感を持っていたことからすると(K第3回31頁),K氏が自分の意思で連絡しなかったというのは,極めて不自然な態度である。

 またそもそも,被告人はK氏親子が話合いをすることについて全く反対しておらず,むしろ実家でよく話をしてきたらいいと送り出したのであるから(弁2の2008年1月1日18時48分のメール),K氏が「決意」などと大上段に構えずとも,普通に両親と話し合えばいいはずのことであるが,それにもかかわらず「話合いをする決意」を要し,しかも,その決意を揺るがされたくなかったので,話合いに送り出した被告人と連絡を取らず,実家を離れて身を隠すなどとは,不自然極まりない。

 したがって,被告人と連絡を取らなかった理由について述べるK氏の前記証言は,既に統一教会を脱会して信仰を失った証言の時点において,拉致監禁の実態を隠すために意図的に虚偽の証言をしたと言わざるを得ず,全く信用性に欠けるものである。
 

(5)2008年1月1日当時の被告人のK氏に対する気持ち
 前述のとおり,被告人とK氏は合同結婚式に参加し,お互い家庭を築くことを誓い合った後,交際しながら愛情を育み,結婚生活を始める準備を行っていた関係である以上,被告人のK氏に対する思いは,恋愛感情とは全く次元を異にする責任を伴う真摯な愛情であった(K第3回12頁)

 また,被告人とK氏は,家庭出発のために行う統一教会の儀式である三日行事(統一教会が定めた方法・手順による性行為を三日間行う宗教上の儀式)を行っており,被告人にとってK氏は婚姻届という法的手続きがなされていなかっただけで,被告人の認識としては,単なる婚約者以上の新妻とも言える存在であり(被告人第6回24~25頁),被告人の言葉で言えば「片割れ」的な存在であった(被告人第9回)。

 もっとも,三日行事は,結果として失敗したため,統一教会の規則により,家庭出発が7ヶ月延期されることにはなったが,それによって,被告人とK氏の関係が悪化した事実はなく,むしろ,肉体関係を持ったことで,二人は以前よりも親密になったのである(被告人第6回6~7頁,K第3回10~12頁,弁1の2007年11月25日付けメール)


3 K氏が行方不明になって以降,公訴事実記載の日時に至るまでの経緯

(1)被告人による懸命な捜索

 同年1月3日,被告人はK氏の実家に行ったが,人は全く不在だった。その後も,何日かおきにK氏の実家を訪れたが,やはり人の気配はなかった(被告人第6回13頁,17頁)

 また,被告人はK氏にプレゼントした携帯電話の紛失・亡失時位置確認サービスを使い,同携帯電話の現在地を確認し,そのエリアを探したが,K氏を見つけることはできなった(乙5の3~4頁)

 被告人は,2008年2月頃,被告人の住居近くの巣鴨警察署,及びK氏の実家近くにある相模原南警察署の生活安全課に相談し,K氏の捜索を以頼したが,警察では被告人とK氏が未入籍であったため,捜索願いを受理してもらえず,その後も警察から手がかりを得ることはできなかった(被告人第6回13~14頁,甲46)
 
  2008年2月頃,被告人はK氏の両親宛て手紙(甲72)を送った。
 これは,被告人が統一教会に反対しているK氏の両親の誤解を解いて,被告人を一人の人間として信用してほしいとの気持ちから,被告人自身,自らの素直な気持ちを書いた手紙であったが(被告人第6回15頁),何らの返事もなかった。

 同年5月頃,被告人はK氏の実家宛てに,手紙とCDを同封した荷物 を送ったが,転送先から受取り拒否されて戻ってきた。このとき,被告人は転送先住所にK氏がいるかもしれないと思い,その家を訪ねたが,K氏の所在は分からなかった(乙5の5~6頁,被告人第6回17頁)

 また,被告人は統一教会に反対していると思われるK氏の姉なら,K氏の所在を知っているかもしれないと考え,同年12月下旬頃,同姉が通っていた■■■キリスト教会に行き,同姉に会いたい旨伝言を頼んだが,同姉からは,何ら返事をもらえなかった(被告人第6回24頁)

 また,2009年1月,被告人はK氏の叔母宅を訪ね,同宅にいた叔父にK氏の所在を聞いたが教えてもらえなかった。
 このとき,被告人は同叔父にK氏宛ての手紙(甲73)を渡し,K氏に渡してもらうようお願いしたが(被告人第6回24~25頁)K氏からは何らの返事もなかった。
 なお,前記手紙は,被告人がK氏を心配して捜しているという気持ちそのものをK氏に伝えるため,あえて教会の立場や信仰とは関係ない立場で書いたものである(被告人第6回25頁)

(2)K氏の統一教会本部宛て通知書に対する被告人の認識

 2008年12月18日頃,統一教会本部宛てに,K氏名義の脱会及び祝福破棄の通知書(弁13,以下「脱会通知書」が届いた。

 被告人は,脱会通知書のことを後日,K氏の所属していた足立教会の信者である中務伸人氏(以下「中務氏」)から聞いて知ったが,その際,中務氏からは「Kさんから脱会届が届いたようだ」としか聞かず,脱会通知書中に祝福破棄の記載があることは全く聞かなかった(被告人第6回22頁)。そして,中務氏から脱会通知書のことを聞いた被告人は,以下の理由により,脱会通知書がK氏の真意によるものか疑わしいと考えた。

 すなわち,被告人は,以前より統一教会信者が実家に帰省した際,家族らにより拉致監禁され,棄教を強要されるケースがあることを知っており,K氏の場合も,過去に両親に監禁されそうになった話をしていたことや(被告人第6回10頁),前記1(3)のとおり,2008年1月1日に帰省したきり,家族とともに行方不明になった経緯などから,拉致監禁による脱会(棄教)強要を受けている可能性が高いと考えた。

 また,被告人は統一教会信者が前記のような監禁から逃れるために,偽装脱会をするケースがあることを知っており(被告人第6回21頁),K氏本人からも監禁されたら偽装脱会をするよう指導されている旨を聞いたことがあった(被告人第6回22~23頁)

 さらに,K氏は統一教会の信仰を約10年間持ち続け,信仰心も非常に高く,所属する足立教会においても「マザー」という責任ある立場にいたため,被告人は,長期間,監禁されて脱会説得を受けたとしても,それに屈する人ではないと考えていた(被告人第6回22頁)

 そのため,被告人だけでなく,足立教会においてもK氏は偽装脱会をしている可能性が高いと考え,K氏本人の直接の意思確認ができない限り,真に脱会したとは判断できないと考えた(被告人第6回22~23頁,中務証言4~5頁,弁15)

 また,被告人は中務氏から脱会通知書に関し,「内容は,よくある文体で,実際のところ,どうだか分からない。」と聞いたため(被告人第6回22頁),K氏の具体的な気持ちや考えが分からなかった。

 以上の理由から,被告人は脱会通知書がK氏の真意によるものか否か疑わしいと考えた。
 

(3)荷物返還の件に関する被告人の認識 

 K氏から脱会通知書が送られた直後の2008年12月下旬頃,K氏の叔父と名乗る男性が中務氏に電話をして,K氏が足立教会に置いてある私物を,K氏の実家宛てに返還してほしい旨要請した。

 これを受けた中務氏は,前記(2)のとおり,K氏が偽装脱会をしている可能性が高いとと考えていたので,K氏本人の意思を確かめたいと思い,K氏と話をしたいと何度も要請した末,ようやくK氏と替わってもらうことができた。

 すると,電話口に出たK氏は,最初は周りにいた叔父等に対して,とてもおびえたような口調であったが,中務氏が「2人だけで話すことはできないか?」と聞くと,苦笑いして「無理ですよ。」と落ち着いた口調で答えた(中務証言5~6頁,同15~16頁)

 またこのとき,K氏の隣で,統一教会に反対する叔父が監視していたので,中務氏は<そのような状況では,とてもK氏が本心を言える状況ではなく,仮に脱会が本心でなかったとしても,その旨を正直に言うことは困難であろう>と考え,あえて脱会通知書がK氏の本心かどうかについて,確認しなかった(中務証言7~8頁,同15~16頁)
 一方,K氏からは,「統一教会を脱会した」という言葉は一切なく,脱会通知書についても,一言もなかった(中務証言6頁)
 K氏と中務氏の前記会話は,最終的に前記叔父と名乗る男性によって強引に遮られて終了した(中務証言6頁)

 以上のようなK氏の様子,及び叔父と名乗る男性の態度などから,中務氏はK氏が親戚らの監視の下,偽装脱会をしているか,あるいは,無理矢理,脱会通知書を書かせられたのではないかと考え,数日後,被告人に対しK氏と電話したことを伝えた際,K氏が偽装脱会の可能性が高いと述べた(中務証言6~7頁)

 そして,中務氏から前記内容を聞いた被告人は,K氏が脱会のことについて一切触れず,話の雰囲気も「普通の感じだった」ことから,中務氏と同様,やはり偽装脱会をしており,脱会通知書はK氏の本心ではない可能性が高いと考えた(中務証言8頁,被告人第6回23頁)


(4)宮村氏の関与の判明及びそれ以降における被告人の認識

 2009年8月下旬頃,被告人はK氏の父親が実家に住んでいるのを目撃し,その後,同人を追跡したところ,東京都杉並区荻窪3-47-15所在の「荻窪フラワーホーム」や杉並区南荻窪4-11-10所在の西央マンションに出入りしていることが分かった。

 これと同時期,被告人は,教会で,統一教会信者の後藤徹氏が前記「荻窪フラワーホーム」において12年5カ月間監禁された末に解放されるという事件が発生したこと,及びその監禁及び脱会説得を主導した人物が宮村氏であることを聞いた。
 そのため,被告人はK氏に対して脱会説得を行っている人物もまた,宮村氏に違いないと確信した。(乙5の7頁,被告人第6回25~26頁)

 被告人は,宮村氏の脱会説得の手法が拉致監禁という違法な手段を用いるものであること,このため宮村氏が統一教会内では「強制改宗屋」と呼ばれていることを聞いていたので,K氏の脱会説得に宮村氏が関与していることを知って以降,なんとかしてK氏を救出したいと考え,宮村氏の著作や宮村氏の脱会説得を受けた統一教会信者の小出浩久氏の著作(「人さらいからの脱出」)を読みながら,K氏が今どのような状況の中で,どのような心理状態に置かれているのかなどを考えるようになった(被告人第6回26~28頁)

 その結果,被告人はK氏がもし偽装脱会をしているのなら,両親や宮村氏,元信者らの厳しい監視の下,脱会を装うため神経をとがらせながら過ごしているはずだから,非常にデリケートな心理状態であり,K氏に対する意思確認は,慎重に行わなければならないと考えた(被告人第6回28頁)

 また,被告人は,2008年11月頃,足立教会で開催されたルポライターの米本和広氏の講演会に参加して,その著作を読むなどし,拉致監禁の被害を受けた統一教会信者や元統一教会がPTSD等の深刻な被害を蒙り,なかには廃人同然となった人もいることを知っていたため,仮にK氏が意に反する脱会説得を受けているのなら,なんとしても同人を開放して救出しなければならないと思うに至った(被告人第6回18~21頁)

「有田議員を糺す」のところでも書いたが、この講演会の主催者は市民団体の「拉致監禁をなくす会」。


(5)2009年11月の西央マンションの件

 被告人は,2009年11月に2度,宮村氏が脱会説得を行っていると思われる西央マンションに行き,K氏の所在を確認しようとしたができなかった。

 このうち2回目に前記マンションに行った2009年11月29日,被告人は初めて宮村氏と遭遇し,宮村氏及びその関係者らともみ合いになり,宮村氏の関係者が110番通報して警察を呼んだ。

 現場に来た警察官は,被告人及び宮村氏の双方から言い分を聞いた上,最終的に事件性なしとして処理したが,その際,警察官立会の下,被告人は宮村氏に対しK氏と会って話がしたいので,宮村氏からK氏に連絡を取ってほしい旨要請した。
 
 ところが,宮村氏は,「Kという人は知らない。ただ,仲間が知っているかも知れないから,仲間に聞いてみて,分かったら連絡する」と述べ,被告人に連絡先を訊いたので,被告人は自分の電話番号を宮村氏に教えた(被告人第6回28~29頁)

「Kという人は知らない」。宮村氏はこのような嘘を平気でつく。私に対してもそうだった。平気で嘘といえば、清水氏も有田氏も然りである。

 その8日後,宮村氏から被告人に電話があり,「K氏は会いたくないし,会えないと言っている」,「K氏があなたから借りた物があって,それを私が預かっているから,あなたに返したいのだが」と述べた。

 これに対し,被告人はK氏にプレゼントとしてあげた物はあったが,貸した物はないと認識していたので,「そんなものあったかなあ」と応えた。
 そして,仮にそのような物があったとしても,宮村氏がK氏の脱会説得をしている人物である以上,そのような者の言うことを素直に信じることなどできないと思い,宮村氏に対し,「その荷物をKさん本人が直接,渡してくれるんだったら,受け取りたい」と述べ,また「もし,Kさんが(会いたくないと)本当にそう思っているのなら,本人が出てきて謝ってほしい」と述べた。

 後者の言動は,K氏に謝ってほしかったからではなく,K氏と直接会って,同人の意思を確かめるための口実として言ったのである(被告人第6回30~31頁,乙5の13頁)

 しかし,宮村氏は被告人の回答に全く耳を傾けようとせず,その後も何回か被告人に電話しては,一方的に前記要請を繰り返したので,被告人も前記の回答を繰り返し,双方平行線になって話がまとまらず,そのうち宮村氏からの連絡はなくなった(被告人第6回31頁)

 また,被告人は宮村氏の連絡先を知らず,宮村氏の被告人に対する電話も,毎回非通知設定でかかってきたので,被告人から宮村氏に電話をすることは不可能であった(被告人第6回29,31頁,宮村証言21頁)

 以上の内容に関する被告人の供述は,捜査段階から一貫しており,かつ供述内容も,具体的かつ詳細であり,また,あえてこの点について,被告人が虚偽供述をする動機は存在しないため,信用性が高いと言える。
 
 一方,宮村氏は,本法廷において,この西央マンションでの一件につき,
①被告人と会った日を基準に半日から1日でK氏の意思を伝えたこと(宮村証言5頁)
②被告人が考えさせてくれと言ったとあと2,3時間後に,再び電話をかけたが,以後何十回架けても出なかったこと(同6,22頁)
③被告人が「K氏が会いたくないと言うならK氏本人から言って欲しい」と言ったことは,聞いていないこと(同21頁)
④2009年11月当時,K氏がどこに住んでいたか知らなかったこと(同19頁)
⑤Kという人は知らないし,会ったこともないとは被告人に言っていないこと(同20頁 )
 などを証言し,被告人の前記供述(被告人第6回28~31頁)との間に食い違いがある。

 しかし,まず,宮村氏の前記④の証言は,宮村氏自身,K氏は宮村氏の事務所のある上記マンションに同年8月から10月までは住んでいたことを認めていること(同19頁)
 及びK親子と宮村氏との間に当時,深い支援関係があったこと
 などに鑑みると,同年11月当時,K氏がどこに住んでいたか知らないというのは余りに不自然であり,信用できないというべきである。

 また,前記①②③の証言は,もし当該証言が真実なら,自ら宮村氏からの連絡を希望して同氏に連絡先を教えた被告人が,自らの意思や考えを宮村氏に対して何も伝えないまま,同氏からの電話を拒否し続けたことになるが,それは明らかに不自然である。

 また,前記⑤の証言は,前記④の証言の信用性が否定されるべきである以上,被告人の供述のとおり,宮村氏が「K氏を知らない」と述べたとしか考えられず,一方,被告人がこの点につき虚偽供述を作出して述べる動機は全くないため,前記⑤の証言も信用性が否定されるべきである。
 

(6)K氏の2009年12月28日付け手紙について

 K氏が行方不明になって約2年経過後,K氏から2009年12月28日付けで,被告人の宮崎の実家宛てに被告人宛て荷物が送られてきた。

 被告人はこの荷物を2010年8月頃,実家に帰省した際に両親から受け取り,その中に入っていた被告人宛て手紙(甲66の2枚目,3枚目)を,その時初めて見た(被告人第6回33,35頁,宇佐美和美証言4~5頁)

 このように,被告人が,2010年8月頃になってはじめて,前記荷物の中身を見るに至った経緯,理由は,以下のとおりである。

 すなわち,被告人は,2009年12月下旬に実家に荷物が届いた際,被告人の母親から荷物のことを聞いたが,そのとき,K氏の前記被告人宛て手紙や被告人の両親宛て手紙(弁16)のことは一切聞かなかった。
 また,そもそも,被告人は,同荷物の中身については,宮村氏いわく,K氏が被告人から借りたもの,すなわち,被告人が以前,K氏にプレゼントした本や携帯電話などが入っている程度の認識しかなく,K氏の手紙やメッセージが入っているとは思わなかった(被告人第7回17~18頁,被告人第9回)
 そのため,被告人は,荷物の中身には全く関心がなかった。

 それどころか,前記(5)の宮村氏とのやりとりがあった経緯から,被告人は荷物を受け取ることに対する感情的な反発心があり,荷物の中身を見ようという気にすらならなかった(被告人第7回19頁)
 そして,2010年8月頃,被告人が仕事の用事のついでに実家に帰省した際,母親から前記荷物の存在を知らされたが,そのときは,既に2009年12月から8か月が経過し,前記の感情的な反発心が薄れていたので,何の抵抗もなく荷物を開けたのである(被告人第7回20~21頁)

 また,被告人は,荷物を開けて,その中に入っていたK氏の手紙を読んだが,以下の理由により,同手紙がK氏の本心や真意を表したものであるとは到底思えなかった。

 すなわち,前記手紙が入っていた荷物は,
①伝票(甲65)の「ご依頼主」欄に「神奈川県相模原市■■■■■■」(K氏の実家の住所)と書かれているのに,消印が荻窪川南の郵便局のものであったこと,
②荷物に入っていた携帯電話のバッテリーが抜かれていたこと,
③緩衝材として杉並区や東京都の公報が入っていたこと
 などから,明らかに不自然であり,当該荷物がK氏の実家から送られたものではなく,荻窪にいる強制改宗屋の宮村氏が関与して,K氏の真意によらずに作成かつ発送された可能性があると考えた(被告人第6回33~36頁)

 また,被告人は,前記手紙の内容が交際当時のK氏のメールや手紙の内容とあまりに違い過ぎたので,これをK氏が書いた文章であるとは到底思えなかった(被告人第6回35頁)

 以上の理由により,被告人は,前記手紙がK氏の本心や真意を表したものであるとは到底思えなかったのである(被告人第6回35頁)


(7)興信所を利用したK氏の所在調査
 
  被告人は,2009年12月上旬頃,以前知り合った統一教会広報局の澤田拓也氏(以下「澤田氏」という。)に相談したところ,澤田氏が個人的に興信所を使ってK氏の所在調査をしてくれることになった。
 その結果,K氏が千葉県銚子市内のマンスリーマンションに住んでいることが判明した(甲52)。

 なお,興信所の調査結果報告書の調査結果総括(甲52の右上頁523~524)によると,
 K氏の様子は,外出するときも,「常に母親が後ろをついて周囲を警戒している関係からか,自由が無くどこか影を感じる雰囲気でした」
 とのことであり,またK氏が実姉宅から前記マンションに移った理由として,
「KM様の統一教会脱会の意思が未だ定まっておらず,今後も暫くは母親の監視の下での生活を送らざるを得ない心境ではないかと考えられます」
 と述べ,最後に,
「K氏に対する直接の意思確認を行う為には,居住先への直接アプローチよりも,KM様が外出している際を見計らって心を寄せていた信者様を含む関係者によるアプローチを行う,KM様ご自身が冷静に考えられる環境下において,素直な状態での意思確認を行うことが望ましいと思われます」
 と締めくくられている。

 被告人は,当該調査結果報告書を読み(乙4の8頁),これまで以上に,K氏が統一教会を脱会する意思を固めておらず偽装脱会をしている可能性があること,及びK氏に対する意思確認は,両親等による監視がない環境において慎重に行わなければいけないと思った。

 その後,被告人は澤田氏と相談し,K氏の所属していた足立教会の信者(中務氏)が,前記マンションに行き,K氏に意思確認を行うことになり,同年2月上旬頃,中務氏が前記マンションに行ったが,K氏に会うことはできなかった(中務証言8,18頁,被告人第6回36頁)

 同マンション訪問の直後,中務氏は澤田氏に,自らの気持ちとしてこれ以上K氏の居場所を捜すすべがないので,後はK氏が自力で脱出してくるのを待つしかない旨伝えた(中務証言9頁)

 これに対し,澤田氏の調書(甲35の6頁,甲36の4頁)によると,このとき,中務氏は「脱会したようだ。もう難しい。」と澤田氏に報告したとあるが,中務氏は本法廷の証言において「『脱会したようだ』とは述べていない」旨証言している。

 またそもそも,中務氏はK氏と会うことすらできなかったのであるから,K氏が脱会したかどうかを判断できる状況にもなかった以上,澤田氏の前記供述は不合理であって信用性がないというべきである。

 また,被告人はこのとき,中務氏から「今はこれ以上,K氏を捜しても難しいので,少し時間を空けて,待つしかない」という意味の言葉を聞いたと述べている(被告人第6回36頁)
 一方,中務氏の警察官調書(甲34の4頁)には,このとき中務氏は,「諦めるしかない。」と被告人に伝えた旨記載されているが,同氏は本法廷の証言において,前記調書の記載に関し,「もう少し柔らかいニュアンスで伝えました」と述べ(中務証言10頁),その意味についても「もう捜す手段,捜すという1つの行為は諦めるしかない」という意味であったと述べていることから(中務証言20頁),前記被告人の供述と同趣旨であると言える。

 さらに,中務氏の前記調書には,このとき「気持ちの整理をつけるしかない」と被告人に伝えた旨記載されているが,同氏は本法廷の証言において,前記調書の供述は「期間が長くなればなるほど,脱会の可能性も高くなるので,宇佐美さんも次に向かっていく心の準備をしておいたほうがいいかもしれない」という趣旨であり(中務証言10頁),「徐々に」覚悟を決めるべきという意味であると述べている。

 このように,中務氏は,前記マンションにおいてK氏と会うことができなかったので,K氏が真に統一教会を脱会したか否か,また,K氏が被告人との婚約を破棄する意思があるか否かについて,何らの意思確認もできず,これらの点につき何ら確定的に判断できる材料を持ち得ていなかった。

 したがって,被告人としても,中務氏の前記報告を聞いて納得することができず,後記3のとおり,被告人自らK氏を捜すしかないと考えるに至った(被告人第6回36頁)


(8)川崎氏への仲介要請

 被告人は2009年秋頃以降,K氏の脱会説得に宮村氏が関与していることを知ったが,宮村氏を通じてK氏と会うのは困難と考え,他の第三者を通じて,K氏と会う方法を模索した。その結果,長年,統一教会の信者に対する脱会説得を行ってきた元キリスト教牧師の川崎経子氏(以下「川崎氏」)を仲介者とし,同氏が運営する施設において,K氏と会うのが適当と考えた。

 なぜなら,川崎氏は,宮村氏と面識があるとともに,統一教会に反対するK氏の家族も安心するだろうから,K氏も行きやすいと思ったからである。そこで,被告人は,川崎氏に前記仲介をお願いしたが,川崎氏は,これを拒んだので,被告人が第三者を通じてK氏と会う途が断たれた(被告人第6回37~38頁)


4 小括-公訴事実の各日時当時における被告人の目的

 このように,被告人はK氏が行方不明になった2008年1月1日以降,K氏の居場所を見つけるべく,ときには自ら捜索し(警察への捜索依頼,K氏の家族への連絡等),またときには他の教会信者(澤田氏,中務氏)に協力してもらい,またときには第三者(宮村氏,川崎氏)を通じてK氏と会う途を模索したが,いずれも上手くいかなかった。

 しかしそれでもなお,被告人はK氏が違法な身体拘束下にあるなら救出しなければならないと思ったし,仮に違法な身体拘束からは脱していたとしても,K氏が統一教会の信仰や被告人と結婚する意思を,今もなお持ち続けているのかどうか,K氏に直接会って確かめたいと思った。その理由は,以下のとおりである。

前記2(1)のとおり,K氏は被告人との交際当時,統一教会の信仰心が強かっただけでなく,被告人にも好意の感情を表し,被告人との結婚入籍に積極的な態度を示していた。それに加え,前記2(3)のとおり,2008年1月1日に被告人と別れる際,拉致監禁を心配する被告人を安心させたK氏の表情と言葉が被告人の胸に強く刻まれていた。
 被告人は,その時のK氏の気持ちが,いつどこで,どのようにして変わったのか,また変わっていないのか,直接K氏に会って確認したかった(乙8,被告人第6回40頁)

 もし,被告人がK氏と電話やメールにより直接連絡をとれたならば,わざわざK氏に会わなくても,同氏の本心を確かめることができた。
 しかし,2008年1月1日以降,K氏はそれまで頻繁に行っていた被告人との電話やメールによる直接的な連絡を一切断ったので(K第2回9頁,K第3回27頁),被告人としては,K氏に直接会うことによってしか,同氏の気持ちや本心を確認する術がなかったのである(被告人第6回40頁)

また,被告人は仮にK氏が偽装脱会をして戻ってきたときに,被告人が他の女性と祝福を受けたことを知ったら,K氏は傷つくであろうと思った。そのため,被告人はK氏のためにも,しっかりと同氏に対する意思確認をしたいと考えた(被告人第6回36~37頁)

また,被告人はこれまで統一教会信者が強制改宗屋らによって何年も監禁され脱会説得を受けても,偽装脱会をして信仰を守り抜いたケースがあること,及び,監禁された信者が脱会届を作成するだけでは,監禁を主導する牧師や強制改宗屋に真に脱会したとは信じてもらえず,その後さらに,統一教会に対する献金返還請求や訴え提起などの「踏み絵」を踏むことによって,ようやく脱会の意思があると認めてもらい,監禁から解放されるケースがあることを知っていた(被告人第6回27頁)
 
そして,前記3(2)のとおり,被告人は,2008年12月に統一教会本部に送られたK氏の脱会通知書は,偽装脱会の場合でも作成される書面であり,また,前記3(6)のとおり,2009年12月に被告人の実家に送られたK氏の手紙も,宮村氏が関与して作成,発送された疑いを強く持ったため,なお偽装脱会の可能性を払拭し切れず,真実,これらの書面がK氏の本心を表したものであるとは思えなかった。

また,被告人は,仮にK氏が本心から脱会したことが分かったとしても,さらに,被告人との結婚について,別途,意思確認をする必要があると考えていた。なぜなら,被告人は,統一教会の合同結婚式を受けた信者がその後脱会した場合でも,当事者さえ合意すれば,そのまま結婚するケースがあることを知っていたからである(乙8の4頁,被告人第6回23~24)

また,被告人は,過去にも,統一教会の合同結婚式の相手が,本件のK氏の如く,拉致監禁され脱会説得を受けて脱会したため,婚約を解消した経験があり,その時は,後日,元婚約者の両親の承諾の下,脱会した元婚約者本人と会い,「自然な感じで話ができて」結婚の意思がないことを確認することができた。
 このような経験からも,被告人はK氏が統一教会を完全に脱会したのであれば,むしろK氏本人と会って,直接,結婚の意思がないことを確認できるはずであり,それができないのは,未だK氏が信仰を完全に失っていない,すなわち偽装脱会をしているからであると考えた(被告人第6回39~40頁)
 
 このように,被告人は,前記①ないし⑥の理由により,K氏に会って,直接,被告人との結婚をどうするのかについて確認したいと考え,後記第4以下の各行為を行ったのである。

 以上の内容について,被告人の供述は,捜査段階から一貫しており(乙2の1頁,乙6,乙8の1頁,乙14),極めて信用性が高いというべきである。

 したがって,被告人が公訴事実の各行為を行った目的は,究極的には,K氏本人に会って,直接,被告人との結婚について意思を確認するためであり,K氏に対する恋愛感情を充足する目的ではない

(なお,公訴事実5のサウナセンター出入口付近の椅子に座った目的は,後記第4.2(2)のとおり,被告人が追いかけた車に乗っている支援者と思われる人物の顔を確認するためであるから,K氏に対する恋愛感情充足の目的がなかったことはもちろん,前記の意思確認の目的もなかった)
 
 また,後記第4.3のとおり,被告人の本件公訴事実における具体的な各行為の態様からも,被告人が,恋愛感情を充足する目的を有していなかったことは,明らかである。

 さらに,被告人が意思確認の目的で行動していたことは,公訴事実5以後の被告人の行動からも裏付けられる。

 すなわち,被告人は,公訴事実5の日時以降,K氏の居場所を探し,またはそこに行くことは一切しておらず(被告人第6回69頁,K母親証言14頁),それはまさに,後記第4.2(3)のとおり,公訴事実5のとき,被告人は約3年ぶりにK氏と会話をし,そこでのK氏の言動及び態度から,同氏が被告人と結婚する意思がないことを確認できたからにほかならない。

(なお,被告人は,このとき,K氏がけんか腰になって感情的になり,まともに会話できる様子ではなかったので,意思確認の言葉さえ言えなかったが,かかるK氏の言動や態度から,改めて,言葉による意思確認をするまでもなく,被告人と結婚する意思がないことを確認できたのである)。

 そして,被告人は,公訴事実5の直後,これまでの自分の気持ちを整理する意味で,ノートにK氏に対する思いを記した(被告人第6回67~69頁,甲51の右上頁485,487,488)

 なお,同ノートの記載について,被告人は,捜査段階において,これは公訴事実5の前に書いたものと供述したが(乙6の2~3頁),本法廷において,それが記憶違いであることを認め,公訴事実5の直後に書いたものであると訂正した(被告人第6回68~69)

 なお,同ノートの記載を見れば,K氏と会った後の無力感,失望感が記されていることからも,K氏と会った後に書かれたものであることが分かる。もし,被告人が恋愛感情を充足する目的で自分勝手に行動していたのであれば,このような気持ちの整理などするはずがない。

 またその後,被告人は,2011年2月6日,被告人が所属する練馬教会の教会長である山川都大氏に会い,別の女性と新たに統一教会の合同結婚式に参加したい旨申し入れ,K氏との祝福解消及び新たな祝福の申込みをしようとしたが(被告人第6回69頁,山川証言3~4頁),これもまた,被告人が,前記のとおりK氏の意思を確認することができたからである。

 以上のとおり,公訴事実後における被告人の行動からも,公訴事実の各行為の究極的な目的が,K氏に対する恋愛感情の充足ではなく,同氏の結婚意思を確認するためであったことは,明白である。

            -続く-
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コメント

疑問

裁判官がまともな裁判官なら宇佐美さんは間違いなく無実になると思う。
それにしても理解できないのが被害者の両親、どうしても自分の娘を不幸にしようとしてるとしか思えません。普通の感覚なら婚約してすでに夫婦関係まで結んでいる相手からあえて引き裂こうとはしないと思うのですが、脱会屋からどのような話しを聞かされたらそのようなことをするのか気になります。

挨拶しなかったK氏が悪い

2008年1月1日 <K氏は被告人の手を握り被告人の目を見て,にっこりと微笑みながら「だ・い・じょ・う・ぶ」と言った。被告人は,このようなK氏の言葉や態度を見て,ようやく安心した。そのうち,K氏が実家に帰る時間が来たため,被告人はK氏と別れた>

その後、プッツリと音信不通に。電話もメールも寄こしてこない。
宇佐美さんはどれほど心配し、心身を消耗し、傷ついたことだろう。

ところが、ようやく会えて、2人きりで、わずか1分ほど話せたと思ったら、なんと、ストーカー犯として告訴され、逮捕…。

K氏は、心変わりして、統一協会嫌いになり、婚約を破棄する気持ちになったのはしょうがない。でも、そうならそうで、どうして、面と向かって説明・挨拶をしなかったんだ。

K氏には同情しないわけではないが、罪なき善良な元婚約者を牢屋に送ろうとしていることに何も呵責を感じないのか。

自分のことを心配して、身を粉にして探し回ってくれた人を、犯罪者にして平気なのか。

判決の日がクリスマス後の12月27日だそうですが、イエスを十字架に掛けろと叫んだ民衆と、K氏のことがだぶってなりません。

知らされていなかったのかも!

 宮村氏のこれまでのパターンからすれば、西央マンションでのトラブルを含め、宇佐美さんが必死に探したり、手紙を送ったりしていたことを、K氏は一切知らされていなかった、その可能性はかなり高いと思っています。

 K氏は居場所をかなり転々としていますが、そのつど「統一教会が襲撃してくるから」など、オドロオドロシイことを言われ続けたのでは。

 宇佐美さんが自分のことを探していることがはっきりわかったのは、公訴事実1の時点だと思われます。
 K氏の証言で、宇佐美さんからの手紙を読んだというのはありませんでしたから。

 監禁中は、外の動きは一切伝えられることがありません。外からの手紙も渡されません。

 情報が遮断され、隔絶した空間であれば、人は操作されやすくなります。
 ヤマギシ会がその典型と書こうと思ったのですが、反カルト(拉致監禁派)の場合、隔絶した空間はかなりの長期にわたります。

 K氏は、ひょっとすれば、「告訴」の意味もわからなかったのかもしれません。献身者として長く社会と接することがなかったし、その後は監禁生活です。刑事告訴と民事提訴の違いさえわからなくて当然なほど、社会オンチだったはず。

 宇佐美さんの行為をストーカーだと思い込ませたのも宮村氏だったのではないかと、これは強く推認されます。

 宮村氏はK氏が地裁で証言するとき、「統一教会員に奪い返されるかもしれない」とありもしないことを、K氏を含め周囲に語っていたそうですし。

 同じ強制脱会するにせよ、宮村氏以外の人に強制説得されていたのなら、K氏の運命も変わっていたように思えてなりません。

ネットも見れない

<K氏は一切知らされていなかった>(コメントより)

そうだと思います。
って言うか、今も外部(情報)との接触を制限されていると推測します。

<「統一教会が襲撃してくるから」>

この言葉は都合がいいですね。

すでに、K氏は、統一教会のことをヤクザ、マフィア、北朝鮮のスパイ以上に怖い存在に思い込まされているでしょうから、そう言われると、それに従わざるを得ないですよね。

「今は統一教会の教えを消す期間だから、つまらない情報には接しないほうがいい」とか言われて、インターネットを閲覧することができない環境に置かれている(このブログにアクセスできないでいる)と思います。

K氏が、宮村氏と数人の女性たちと一緒に温泉に行っていた、というのも、外部と隔絶された空間(元信者たちだけのハーレム)にいるため、気を紛らわせる娯楽の一つとして、宮村氏が企画したものでしょう。

裁判長には、事が起きる(公訴事実1の時点)以前から、K氏が“支援者”に囲われ、今もなお囲われ続けている、という異常な事実に思いをはせていただきたい、と心から願います。

まあ、裁判長が「統一教会なら襲撃しかねない」という先入観を持っていたら、お手上げですが。

親たちの未熟

・精神的に未熟な集団(親族の血縁)であれば、お互いに甘え合っている。精神的自立はその集団にとって裏切り者扱いとなる。彼らの”こうあるべき”という言葉が、自立しようとしている人の重圧になる。健全な家庭ではこのようなトラブルは無い。
 子供が社会的精神的に自立していても、親達の精神的未熟によって足を引っ張られていると言えます。
 病んでる親達は杓子定規でものを見ていて、世の中の様々な実情を知らないため、新聞テレビ雑誌とうわさ話を実際の事と思い込んでいるのだと感じます。

・92年の時だと思います、反対派が警視庁担当者に統一教会対策の研修会を行った記憶が有ります。

悲しい

統一協会の中と外という立場の違いはあれど、

宇佐美氏の行動はKさんを助けようとしてのこと。

少なくとも、Kさん自身の意思を確認したかった。

Kさんに危害や恐怖を与えるつもりなど一切なかっただろう。

それがストーカー犯ですか?

北朝鮮に拉致された人もあきらめろ、と?

<宮村氏自身,K氏は宮村氏の事務所のある上記マンションに同年8月から10月までは住んでいたことを認めている>

北朝鮮に拉致されて、帰国できない人がいます。また、北朝鮮が「東洋の楽園」だと聞いて、自分の意思で行ったももの、日本に帰るに帰れなくなってしまった人がいます。

こういう人から、「私は日本に帰りたくありません」という手紙が来た場合、ハイ、そうですか、分かりました、と納得できるでしょうか。

北朝鮮当局から「もう、その人は亡くなりました」と言われた場合、ハイ、そうですか、あきらめます、となるでしょうか。

そんなことは到底、信じることはできません。

ところが、検察は、“支援者”の元にいるK氏から、婚約を破棄します、という通知文を受け取った宇佐美さんに対して、あきらめなかったことをとがめています。

こんなおかしな話があるでしょうか。

被害者(被害を受けたと言っている人)の発言を重んじることが正義なら、日本政府も北朝鮮に抗議することを謹まなければなりません。

プッツリ音信を絶って“支援者”のもとに囲われていた人間が「つきまとわれて怖かった」などと言い出した。この発言にどれだけの信憑性があるでしょうか。虚構性と悪意しか感じられません。

この人間の側に立って、探していた側を犯罪者にしようとしている検察の姿勢に疑問を感じざるを得ません。

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