ストーカー裁判-弁護人の-冒頭陳述 

ストーカー事件の真相(6)

 今回アップする書面は青字ゴチックの部分である。

起訴状・検察の冒頭陳述書弁護人の冒頭陳述書・証人調べ・検察側の論告弁護人の最終陳述宇佐美の最終意見陳述

 
 検察の冒頭陳述書と比較して読んでもらいたい。
 写真を適宜挿入した。プライバシーに関わる陳述などは省略ないしマスキングした。(下線、ゴチック、は私)

長文です。ご存知だと思いますが、コントロール・キーを押しながら、マウス回転部分を回せば文字が拡大(縮小)します。



 -弁護人の冒頭陳述-


構成
<特殊事情>
1.統一教会信者に対する拉致監禁の実態
2.偽装脱会の実態
3・偽装脱会と宇佐美氏の行為との関連性
<K氏が08年1月1日に行方不明になるまでの経緯>
<K氏が行方不明になって以降,公訴事実記載の日時に至るまでの経緯>
1.被告人による懸命な捜索
2.K氏の統一教会本部宛て脱会及び祝福破棄の通知について
3.宮村氏の関与が判明して以降における被告人の認識
4.K氏の09年12月28日付け手紙について
5.興信所を利用したK氏の所在調査
6.川崎元牧師への仲介要請
7.10年3月下旬以降における被告人の認識
<公訴事実記載の日時・場所における被告人の認識及び行動>
1.公訴事実1ないし4の各日時における被告人の認識及び行動
2.公訴事実5の日時・場所における被告人の認識,目的及び行動
<公訴事実記載の日時以降における被告人の認識及び行動>


<背景事情>


1.統一教会信者に対する拉致監禁の実態
 
 1966年頃から、「統一教会」に反対するキリスト教牧師や強制改宗を業とする者が,統一教会の信者家族の依頼を受け,信者を拉致監禁し、統一教会の脱会(棄教)を強要する事件が多数起こっている。
 このような拉致監禁は、統一教会信者が実家に帰省したりした際、信者の家族や親族らが大勢で取り囲んで、信者を無理やり車に乗せ、予め用意したマンションに連れ込むなどの方法により行われ、一度監禁されると、外界との連絡は一切遮断され、当該信者が統一教会の信仰を完全にやめるまで監禁が継続される。

 統一教会信者の小出浩久氏は、1992年6月から1994年5月までの2年間、このような手口で拉致監禁され、統一教会の棄教を強要された。また同様に、統一教会信者の後藤徹氏は、1995年9月から2008年2月までの12年5ヶ月間にわたり拉致監禁され、統一教会の棄教を強要された。

 これら二人は、強制改宗屋の宮村峻氏によって、拉致監禁及び脱会(棄教)強要を受けた点、及び東京都杉並区荻窪所在のマンションにおいて監禁された点において共通する。


2.偽装脱会の実態 
 
  統一教会信者が拉致監禁された場合、監禁から逃れるためには、統一教会の信仰を捨てるしか方法がない。
 そのため、信者の中には統一教会の信仰をやめる意思がないにもかかわらず、長期間に及ぶ身体拘束及び脱会説得による精神的肉体的苦痛から逃れるため、牧師や強制改宗屋の言うままに,統一教会の脱会届を作成して同教会本部宛てに郵送するケースが多数存在する。
 このような脱会を,統一教会では「偽装脱会」と呼んでいる。

 一方,棄教を強要する牧師や強制改宗屋も、そのような偽装脱会による脱出を警戒し、信者が脱会届を作成提出するだけでは真に脱会したものと判断せず、脱会届提出後も監禁を続けて、さらなる「踏み絵」として統一教会に対する献金返還請求や、他の拉致監禁された統一教会信者に対する脱会説得の現場に行かせて手伝わせるなどし、信者が真に統一教会の信仰を捨てたかどうか判断しているのが実情である。

 そのため、信者が偽装脱会を貫いて監禁状態から解放されるためには,これらの「踏み絵」をも踏まなければならない

 前記の小出氏及び後藤氏はいずれも,監禁状態から逃れるべく,偽装脱会を試み,小出氏はこれに成功して監禁から脱出したが,後藤氏は失敗し,長期間の監禁を余儀なくされる結果となった。


3.偽装脱会と宇佐美氏の行為との関連性

 本件は、告訴人・K氏が突如被告人との連絡を絶った経緯や強制改宗屋の宮村氏が関与している事実から、上記の背景事情を知る被告人としては、K氏に対し拉致監禁による脱会(棄教)強要が行われた疑いが濃厚であり、K氏がそのような監禁から逃れるため偽装脱会をした可能性があると考えざるをえず、まずはK氏の所在場所を捜し、本人から直接、意思確認をしようとしていたものである。

<K氏が08年1月1日に行方不明になるまでの経緯>

1.07年2月、被告人とK氏は統一教会の合同結婚式に参加し、それ以来、電話やメールで頻繁に交流しながら、プレゼントのやりとり、食事や映画、ショッピングなどのデートを重ね、8月には被告人の両親への挨拶をすませ、新居を探し、旅行に行くなど親密に交際を深めてきた。

 その後の予定としては、08年1月にはK氏の両親に挨拶をし、その後,婚姻届を提出して、二人で一緒に生活を始めるつもりでいた。

2.K氏の両親への挨拶については、具体的には07年12月31日にK氏と被告人が電話で相談し、K氏が正月実家に帰省する際、被告人を連れて行き,結婚の挨拶をすることを決めた。
 
 ところが、08年1月1日、K氏の両親は被告人に会うことを拒否した。

 それでも、被告人はK氏の実家の前まで一緒に行き、実家に到着するとK氏だけ一旦実家に入ったが、間もなく被告人を最寄り駅まで送るために出てきて、2人で駅に向かい、駅ビル内のファミリーレストランでしばらく話をしてから、同店でK氏と別れた。

 この間、被告人は<以前より統一教会信者が実家に帰省した際などに強制改宗のために家族らに拉致監禁されて行方不明になるケースが多々あったこと。かつてK氏自身にも身の危険が生じたことがあった旨話していたこと>など思い出し、K氏の両親が被告人と会うことを拒否したという事実の意味するところが非常に気になり不安になった。
 
 これに対し、K氏は以前よりは親との関係が良くなっているから、今は拉致監禁される心配は無い旨を被告人に伝えたが、被告人は万が一に備え、K氏の家族の連絡先をK氏から聞きメモした。

 最終的には、被告人はK氏の穏やかな表情の微笑みと必ず帰ってくる旨の言葉に安心し、K氏を全面的に信頼して、同店内で彼女を見送った。

 その後,被告人は同店に残り、K氏に何度かメールや電話をしたが、返信も電話の応答もなかった。ただ,このときはK氏が家族と交流しているのだろうと思い、それほど心配しなかった。
 ところが、K氏からの連絡が何もないまま,夜11時近くになってもK氏が一向に電話に出ないことから,その瞬間、被告人は心配していたことが現実化したと悟った。

 翌2日も被告人はK氏に何回も電話やメールを繰り返したが、一向に返事がなかった。そのようなことはこれまでの交際経過において全く無かったことである。


3.統一教会信者にとって、合同結婚式の相手は神が人類に与える「祝福」であり、神が選んだ相手と結婚して真の愛を中心として家庭を築くことが神の願いにかなうとともに、自らの幸せにつながるとされる。

 本件の被告人とK氏も合同結婚式に参加し、上記の家庭を築くことを誓い合い、前述のように交際を深めたうえ、入籍し婚姻生活を始めるための現実的な準備をしていた。
 被告人のK氏に対する思いは、俗に言う恋愛感情とは全く次元を異にし、上記のような出会いと交際経過において育まれた責任を伴う真摯な愛情である。

 08年1月1日当時においては、既に家庭を出発するための信仰上の儀式を行っており、被告人の意識としてK氏は単なる婚約者というより、むしろ新妻というべき存在であった。
 そのため、被告人はK氏の連絡が途絶え、行方不明となった直後より最も大切な一番身近な自分の家族を捜す心情で、懸命な捜索を開始したのである。
 
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<K氏が行方不明になって以降,公訴事実記載の日時に至るまでの経緯> 

 
 被告人による懸命な捜索

(1) 08年1月3日、被告人は思い余ってK氏の実家に行ったが、人は全く不在だった。被告人はその後何日かおきにK氏の実家を訪れたが、やはり人の気配はなかった。

(2) 数日後、被告人はK氏にプレゼントした携帯電話の紛失・亡失時位置確認サービスを使い、同携帯電話の現在地を確認し、そのエリアを探したが,K氏を見つけることはできなった。

(3) 被告人は08年2月、被告人の住居近くの巣鴨警察署、及びK氏の実家近くにある相模原南警察署の生活安全課に相談し,K氏の捜索を依頼した。
 しかし、警察は被告人とK氏が未入籍だったため、婚約関係に過ぎないとされ、捜索願いは受理されなかった。
 
(4)  被告人は08年2月頃、K氏の両親宛てに手紙を送ったが返事はなく、同年5月頃には手紙とCDを同封した荷物を送ったが、転送先から受取りを拒否され戻ってきた。
 このとき,被告人は,転送先の住所にK氏がいるかもしれないと思い、その家を訪ねたが、K氏の所在については何も教えてもらえなかった。

 また、被告人は統一教会に反対している旨聞いていたK氏の姉ならK氏の所在を知っているかもしれないと考え,同年12月中旬頃,同姉が通っていた■■キリスト教会に行き、同姉に会いたい旨伝言を頼んだが、同姉からは何ら返事をもらえなかった。

 同年12月下旬頃には、被告人はK氏の叔母宅を訪ね、同宅にいた叔父にK氏の所在を聞いたが教えてもらえなかった。このとき,被告人は,同叔父にK氏宛ての手紙を渡し、K氏に渡してもらうようお願いした。


 K氏の統一教会本部宛て脱会及び祝福破棄の通知について
 
(1) K氏が行方不明になって約11カ月半が経過した08年12月18日付で、統一教会の本部宛にK氏名義の脱会及び祝福破棄の通知書が届いた。
 被告人は同書面の存在を、後日、K氏の所属していた足立教会の信者から聞いたが、以下の理由により同書面がK氏の真意によるものかどうか疑わしいと考えた。

 すなわち,前記第1のとおり,統一教会信者が実家に帰省した際,家族らにより拉致監禁され,棄教を強要される事件が頻発しており,K氏も08年1月1日に帰省したきり家族とともに行方不明になった経緯から、拉致監禁が強く疑われていた。

 また、統一教会信者が監禁から逃れるために偽装脱会をすることがあるところ、偽装脱会により作成された脱会届はいくら本人の直筆により内容証明で作成されたものでも、本人の真意に基づかない以上、これを受け取った統一教会側は脱会として処理しない。

 ただ、なかには真意による脱会届も存在する。しかし、表面上、脱会届の文言自体から、それが本人の真意に基づくものか判別が困難なため、いずれにしても脱会届のみをもって当該信者が統一教会を脱会したと判断できないのが実情である。

 とくにK氏の場合,統一教会の信仰を10年間持ち続け、しかも信仰心も非常に高く、所属する足立教会において「マザー」という立場にいたため、長期間、監禁されて脱会説得を受けたとしても、それに屈する人ではないと思われていた。

 したがって、被告人だけでなく足立教会においてもK氏は偽装脱会をしている可能性が高いと考え、K氏本人の直接の意思確認ができない限り、真に脱会したとは判断できないと考えた。

私が宇佐美氏から相談を受けたのは08年11月頃のこと。「偽装脱会の可能性が高いので、とにかく居場所を見つけるしかない」とアドバイスした。10年秋の段階(宇佐美氏がストーカー行為を行っているとされている段階)で、K氏は「携帯電話を返してもらっていない」と周囲につぶやいていた。この段階でも、宮村氏はK氏の脱会表明が偽装ではないかと疑っていたのは間違いない。

(2) また、K氏の前記書面には、祝福破棄つまり被告人との婚約破棄についても記されているが、祝福結婚の解消はあくまで、婚約した当事者同士が双方の合意に基づき所属教会において手続きをするものであるところ、本件の場合、前記のとおり、偽装脱会の可能性があり、婚約当事者である被告人宛には何も意思表示がなかったため、被告人としてもK氏に婚約破棄の意思が真にあるのかどうか判断できず、祝福破棄の手続きをとることはできなかった。

(3) さらに、前記書面には脱会や祝福破棄の具体的理由が何も記載されておらず、わずか数行で結論のみを伝えるものであって、K氏の具体的な考えや気持ちが全く記されていない。

(4) 以上の理由から、被告人はK氏の前記脱会届がK氏の真意によるものかどうか疑わしいと考えた。


 宮村氏の関与が判明して以降における被告人の認識

(1) 09年8月下旬頃、被告人はK氏の父親が実家に住んでいるのを目撃し、その後同人を追跡したところ、東京都杉並区荻窪3-47-15所在の「荻窪フラワーホーム」や杉並区南荻窪4-11-10所在の西央マンションに出入りしていることが分かった。 

「西央マンション」は、宮村氏の自宅から歩いて7、8分のところにある宮村グループのアジトになっていたところである。その後、引き払った。

 この時、被告人はK氏に脱会説得を行っている人物が宮村氏であることを確信した。その理由は、当時、統一教会信者の後藤徹氏が前記「荻窪フラワーホーム」に12年年5ヶ月間監禁された事件が発生し、その監禁及び脱会説得を主導した人物が宮村氏であることを、被告人は知っていたからである。


フラワーホームの全景

 なお、宮村氏は統一教会の信者を脱会させるために、信者を拉致監禁して脱会説得を行う活動を30年以上行っている人物である。

(2) 被告人は、宮村氏の脱会説得の手法が拉致監禁という違法な手段を用いるものであると考えていたので、K氏の脱会説得に宮村氏が関与していることを確信してから、ますますK氏が偽装脱会をしていると思い、なんとかしてK氏を救出したいと考えるようになった。

(3) 被告人は09年11月に2度、宮村氏が脱会説得を行っていると思われる西央マンションに行き、K氏の所在を確認しようとしたができなかった。

 このうち2回目に被告人が前記西央マンションに行った09年11月29日、被告人は宮村氏と遭遇し、もみ合いになり、警察を呼ぶ騒ぎとなった。

 このとき、警察官立会の下、被告人と宮村氏は互いに自己紹介をした後、被告人はK氏と会って話がしたいので、宮村氏からK氏に連絡を取ってほしいと要請した。
 しかし、約1週間後の回答において、宮村氏は被告人にK氏本人を会わせず、K氏から預かったという荷物だけを被告人に返そうとした。
 これを聞いた被告人は、宮村氏に対し「もしKさんが本当にそう思っているのなら,本人が出てきて話してもらいたい。また荷物も、本人から直接受け取るのでない限り、受け取らない」と伝えた。
 その後、同様のやりとりを2、3回繰り返し,宮村氏から被告人への連絡はなくなった。


 K氏の09年12月28日付け手紙について

 K氏が行方不明になって約2年経過後、K氏から09年12月28日付けで、被告人の宮崎の実家に被告人宛て荷物が送られてきた。
 被告人は、この荷物を10年夏頃、実家に帰省した際に両親から受け取った。その中の手紙をその時初めて見たが、荷物の伝票に荻窪の郵便局の消印があったことなどから、その荷物が荻窪にいる強制改宗屋の宮村氏が関与して、K氏の真意によらず作成、発送された可能性があると考えた。

 またそもそも、なぜ被告人宛ての手紙が,被告人の住所ではなく遠く離れた宮崎の実家に送られたのか理解できず,明らかに不自然だと感じた。
 そしてむしろ、<これは、被告人の両親が手紙を見て、被告人に対しK氏のことを諦める旨説得するよう仕向けるため、わざと宮村氏が仕組んだものではないか>と思った。

 以上の理由により、被告人は前記手紙がK氏の本心や真意を表したものであるとは到底思えなかった。


 興信所を利用したK氏の所在調査
 
  被告人は、前記のとおり、09年11月に宮村氏と遭遇した際、警察を呼ぶ騒ぎになった経験から、被告人自身でK氏の居場所を探すことは適切でなく、またK氏の両親や宮村氏がK氏の居場所を知られないよう異常な警戒をしていることから、被告人が一人で仕事の合間に捜索することは事実上困難であった。

 そこで、09年12月上旬頃、被告人は以前知り合った統一教会広報局の■■氏に相談したところ、■■氏が個人的に興信所を使いK氏の所在調査をしてくれることになった。

 その結果、10年1月下旬頃、K氏が千葉県銚子市内のマンスリーマンションに住んでいることが判明した。その後,被告人は■■氏と相談し、K氏の所属していた足立教会の信者が前記場所に行ってK氏に意思確認を行うことになり、同年2月上旬頃、同人が前記場所に行ったが、K氏に会うことはできず、その後、被告人も同場所に行ったが、K氏を見つけることはできなかった。


 川崎元牧師への仲介要請  

 被告人は、09年秋頃以降、K氏の脱会説得に宮村氏が関与していることを知ったが、宮村氏を通じてK氏と会うのは困難と考え、他の第三者を通じて、K氏と会う方法を模索した。
 
 その結果,長年,統一教会の信者に 対する脱会説得を行っている元キリスト教牧師の川崎経子氏が仲介者として 適当と考えた。
 なぜなら、川崎氏は宮村氏と面識があるとともに、統一教会に反対するK氏の家族も安心するであろうと考えたからである。

 そこで、被告人は川崎氏に何度か電話連絡し、また10年3月上旬頃,同氏が所長を務める長野県小諸市所在のNPO法人の施設(「いのちの家」)まで行き、K氏と会って話をする場を作ってもらうよう要請した。

 しかし、被告人の度重なる要請にもかかわらず、10年11月中旬頃、川崎氏はこれを拒んだので、被告人が第三者を通じてK氏と会う途が断たれた。
 

 10年3月下旬以降における被告人の認識

  これまで述べたとおり、被告人はK氏が行方不明になった08年1月1日から10年3月上旬頃までの間、K氏の所在場所を見つけるべく、ときには自ら足を運んで捜索し(警察への捜索依頼,K氏の家族への連絡等)、またときには他の教会信者に協力してもらい、またときには第三者(宮村氏,川崎氏)を通じてK氏を捜索してきたが、いずれの方法によっても,K氏の居場所を見つけることができなかった。

 しかしそれでも、被告人は、K氏が統一教会の信仰や被告人と結婚する意思を今もなお持ち続けているのかどうか、K氏に直接会って確めたいと思った。
 その理由は,以下のとおりである。

①K氏は、被告人との交際当時、統一教会の信仰心が強かっただけでなく、被告人にも好意の感情を表し、被告人との結婚入籍に積極的な態度を示していた。
 また、08年1月1日に被告人と別れる際、拉致監禁を心配する被告人を安心させたKの表情と言葉が被告人の胸に強く刻まれていた。
 被告人は、その時のK氏の気持ちが、いつどこでどのようにして変わったのか、また変わっていないのか、直接確認したかったのである。

②また被告人は、これまで統一教会信者が強制改宗屋らによって何年も監禁され脱会説得を受けた場合でも、偽装脱会やベランダから飛び降りるなどして命がけで脱出し、信仰を守り抜いたケースがあること、および監禁された信者が脱会届を作成するだけでは、監禁を主導する牧師や強制改宗屋に真に脱会したものと信じてもらえず、その後さらに統一教会に対する献金返還請求や、他の統一教会信者の脱会説得に関与させられるなどの「踏み絵」を踏むことによって、ようやく脱会の意思があると認めてもらい,監禁から解放されるケースがあることも知っていた。

③そして、08年12月に送られたK氏の脱会及び祝福破棄の通知は、偽装脱会の場合でも作成される書面であり、また09年12月に送られたK氏の手紙も、前述のとおり宮村氏が関与して作成、発送された疑いが強いため、なお偽装脱会の可能性を払拭し切れず、被告人はこれらの書面がK氏の本心や真意を表したものとは思えなかった。

④また被告人は、過去にも統一教会の合同結婚式の被告人の相手が、本件のK氏の如く、拉致監禁され脱会説得を受け婚約を破棄された経験があり、その時は後日教会を脱会した元婚約者本人と直接会い結婚の意思がないことを確認することができた。
 このような経験からも、被告人はK氏が統一教会の信仰を完全に失ったのであれば、むしろK氏本人と会って、直接、結婚の意思がないことを確認できるはずであり、それができないのは未だK氏が信仰を完全に失っていないからであると考えた。


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<公訴事実記載の日時・場所における被告人の認識及び行動>

 公訴事実1ないし4の各日時における被告人の認識及び行動

(1)K氏の父親の車にGPS付き携帯電話を取り付けた理由
  被告人は、K氏の父親が実家に住んでいたため、同人の外出先を追えばK氏の居場所に辿り着くと考えた。
 しかし、被告人自身がずっとK氏の父親を追跡することは不可能であり、また経済的に興信所を使うこともできなかった。他の信者に、さらに負担をかける協力をお願いすることもできなかった。
 
  そこで,被告人は,K氏の父親の移動を効率的に把握する方法として,GPS機能付き携帯電話を,同人の父親の車に取り付けることを思いついた。

(2)公訴事実1ないし4における被告人の目的
 前記第3.7で述べたとおり、被告人はK氏に会って直接、意思確認をしたいと思ったが、そのためにまずはK氏の居場所を見つけること。その上で、K氏と会って、日時と場所を決めて、二人で落ち着いて話をする必要があると考えた。

 なぜなら、統一教会信者を拉致監禁して脱会説得する場合、同信者が逃げたり、他の信者と連絡をとったりしないように家族が常に監視しているため、K氏の居場所を見つけたとしても、そこではK氏が本心を言うことができないと考えたからである。


 以下,公訴事実1ないし4における被告人の具体的な認識及び行動について詳述する。

(3)公訴事実1ないし4における被告人の認識及び行動について

  公訴事実1について   
 被告人は、2010年6月8日午後5時30分頃、東京都新宿区新宿1丁目35番NPC新宿第2パーキング周辺に、K氏の父親の車に付けたGPSの発信があったので、その位置を確認すべく、同パーキングの出入口付近の精算機の前に立ち同パーキング内に停まっている車の方を見ていた。

GPSでの位置表示はピンポイントではなく、50m前後四方の面である。

 ただし、このとき被告人の前には清算機及び半透明の白い壁があったので、被告人の父親の車に誰が乗り込んだかまでは見えず、また同車が動き出すところも見えなかった。

 すると、K氏の父親の車が被告人のいる精算機の横を通り過ぎたので、被告人はそれがK氏の父親の車であるかどうかを確認するため、上体を少し車の方に向けて目で車を追うように注視した。

 このとき、被告人は同車の後部座席に誰かが乗っているようには見えたが、具体的に誰が乗っているかまでは見えず、K氏が乗っていることも知らなかった。

 また前記(2)のとおり、このときの被告人はK氏の父親の車の位置を確認して、それによりK氏の居場所を見つけることしか考えていなかったので、仮に後部座席にK氏が乗っているのを見たとしても、K氏と会って話をする意思など有していなかった。

イ 公訴事実2について 
 被告人は、10年6月12日午後3時30分頃、東京都杉並区荻窪4丁目7番20号先路上周辺に、K氏の父親の車に付けたGPSの発信があったので、その位置を確認するため付近に同車がいないか探しに行ったが、見つけられなかった。
 
 また、前記ア同様、このときも被告人はK氏の父親の車の位置を確認し、それによりK氏の居場所を見つけることしか考えていなかったため、仮に同車の存在及び同車にK氏が乗っているのを見たとしても、K氏と会って話をする意思など有していなかった。

 公訴事実3について 
  被告人は,10年9月30日午後2時50分頃,東京都新宿区新宿1丁目36番3号グローリービル前路上に、K氏の父親の車に付けたGPSの発信があったので、同路上の付近に行ったところ、K氏と同人の両親が公訴事実1記載のNPC新宿第2パーキングの方から、新宿1丁目15番9号所在のさわだビルに向かって歩いて来るのが遠目に見えた。

 その後、被告人はさわだビルの向かい側の道路に移動し、K氏らがさわだビルの入り口から中に入っていくのを見ていた。

 このとき、被告人は前記グローリービル前路上において、K氏の父親の車が通り過ぎるのは見ていない。
 また、前述のとおり、被告人はK氏の姿を遠目には見ていたが、これは同人の様子を観察していただけで、K氏と会って話をする意思など有していなかった。

 公訴事実4について 
 被告人は、10年10月13日午後0時頃,東京都杉並区荻窪2丁目周辺に、K氏の父親の車に付けたGPSの発信があったため、その位置を確認するために同付近の住宅街の路地を歩いていたところ、ちょうど路地の先の通りにK氏の父親の車が停車し,そこからK氏と同人の母親が降りてきた。

 このとき、K氏と母親は被告人が予測した方向へは行かず、意外にも被告人のいる路地の方に向かってきたので、被告人は慌てて■■方の建物の塀の奥にしゃがんで隠れた。

 そして、K氏と母親が塀の前を通りすぎた後、被告人は塀のところまで戻って隙間から顔を出して覗くと、K氏が向かい側のアパート(フソウハイツ荻窪)の裏口に入っていく後ろ姿が見えた。その瞬間、K氏が後ろを振り返る気配を感じたので、被告人はとっさに体を反対に向けて見られないようにした。そのため,被告人はK氏に気づかれていないだろうと思っていた。

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フソウハイツ荻窪。左の写真の細い路地を進むと、裏口(右の写真)がある。

 被告人は、このとき初めてK氏の居場所が前記アパートであることを知り、そこで偶然、K氏を目撃したのであって、K氏を待ち伏せしていたのではない

 このとき、K氏の居場所発見は全くの予想外であり、K氏に話しかける心の準備ができず、また場所的にも人のアパートの裏口だったので、話をするには不適切な場所と思われ、K氏と会って話をする意思はなかった。
 

 公訴事実5の日時・場所における被告人の認識,目的及び行動

(1)GPSを使用していないこと
  10年10月13日に、被告人がK氏に目撃された後、被告人がK氏の父親の車に取り付けたGPS機能付き携帯電話が取り外され、それ以降、被告人はGPSを使って同人の移動を把握することはできなくなった。そのため、10年11月28日当時、被告人はGPSを使用していない。

(2)被告人がサウナの出入り口付近の椅子に座った目的
 10年11月28日午後5時30分頃、被告人は外出した帰りに、なんとなく同年10月13日に発見したK氏の居場所(フソウハイツ荻窪)に行ってみたくなり、バイクで同場所に行った。

 同場所には習志野ナンバーの車が停まっていて、同車にK氏とは容姿の異なる女性が乗り込むのを見かけた。

 被告人は、その車にK氏が乗っているとは思わなかったが、誰が乗っているのか気になり、後をつけることにした。
 すると、その車が被告人の予想に反し、バス通りを直進せずに宮村氏宅の方に曲がったため、被告人は一時その車を見失ったが、あてずっぽうで車を追いかけたところ、信号待ちをしている同車を見つけた。

 被告人は、宮村氏宅前で誰が車に乗り降りしたか見られなかったが、恐らく宮村氏が同氏の関係者(脱会支援者)であろうと思い、ますます気になって同車の後を付けた。

 すると、車は東京都杉並区桃井1丁目35番9号所在の荻窪ラドン・サウナセンターの駐車場に入っていった。

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荻窪ラドン・サウナセンターの全景 

 そこは、被告人が初めて来た場所で、その駐車場の状況が分からなかったため、同じ駐車場には入らず、同サウナセンターの一軒手前にある共同住宅の駐車場にバイクを停めた。

 このため、被告人は車から誰が降りたかは見られなかった。
 そこで、被告人はそれを確認するため、しばらくその場で人が来る様子をうかがっていたが、誰も来る気配が無かったので、サウナ入口の階段を上り、階段の途中にあった踊り場付近の椅子に座って待つことにした。

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サウナの踊り場

 そして、被告人が携帯電話を見ながら待っていると、宮村氏とK氏及びその他被告人の知らない女性が階段を上って被告人の前を通り過ぎるのが見えた。

 このとき、被告人はそこにまさかK氏が来るとは全く予想していなかったので、内心驚いたが平然を装った。

 その後、宮村氏と女性が戻ってきて、女性が被告人をストーカー呼ばわりした上、被告人の写真を撮ったが、被告人はここで言い争えばトラブルになると思い、ぐっとくる感情をこらえて、平静を保つために携帯をいじる振りをしながら黙って無視していた。

 このように、被告人はサウナの出入り口付近の椅子で座っているとき、K氏を見かけたものの、それは全く予想外の出来事であり、しかもその時はK氏と会って話をする意思を有していなかったので、K氏を待ち伏せしていたのではない。

(3)被告人がサウナの受付付近の椅子に座った目的
  被告人は、前記のとおり、出入口付近にて予想外にもK氏を見かけたので、この機会に約3年ぶりにK氏に会って意思を確認したいと考えた。

 なぜなら、まずこの機会を逃したら、K氏に会うことはできないと考えたのと、それまで被告人は日時と場所を決めて、落ち着いた場所でK氏に対し意思確認をしようと考えていたが、サウナのような公共の場所であれば、周囲に人もいるので,意思確認には適しているであろうと考えたからである。

 ただし、先ほど出入り口付近において宮村氏らにストーカー呼ばわりされたので、いきなりK氏に直接話しかけることは憚られ、宮村氏に間に入ってもらってK氏に会おうと考えた。

 そこで、被告人は2階に上り、お金を払ってサウナに入り、宮村氏に対して丁寧な口調で「K氏と話がしたいので間を取り持ってほしい」旨頼んだ。
 ところが、宮村氏は被告人の言うことに耳を傾けず、全く相手にしなかった。
 そのため、被告人は宮村氏に頼んでも無駄だと思い、直接K氏に会って意思確認をすべく、サウナを出て受付付近の椅子に座り,K氏が出てくるのを待った。

 しばらくしてK氏がサウナから出てきたので、被告人は思い切って、「お久しぶり!」と声をかけた。
 ところが、K氏は強い口調で感情的に、「私はすごく傷ついたんだから」とか「まだあの団体にいるんでしょう」などと述べ、まともに会話ができる様子ではなかった。

 そのうち、宮村氏や他の女性がサウナから出てきて、宮村氏が「110番通報しろ」と言うと,すかさずK氏は他の女性から携帯電話を借りて110番通報し始めた。

この段階(10年11月)でも、K氏は携帯をもたされていなかったようである。

 被告人は、そのようなK氏の態度を見て、K氏の人格が以前の交際当時とは全く変わってしまったことを感じ、とても衝撃を受け、内心「もうだめだ。Kさんは変わってしまった」と思った。

 そして、被告人はこれ以上K氏に意思確認する必要はないと考え、その場を立ち去った。

 このように、被告人がサウナの出入口付近にある椅子に座った目的は約3年ぶりに、ようやくK氏と会って話す機会を得られたので、同女に対し直接、婚約破棄の意思を確認するためである。
 

<公訴事実記載の日時以降における被告人の認識及び行動>
 
1 被告人は、10年11月28日、約3年ぶりにK氏と会話をした。
 そこでのK氏氏の言動及び態度から、K氏が真に統一教会を脱会したこと、及び被告人と結婚する意思を有していないことを確認することができた

 そのため、同日以降、被告人はK氏の所在場所を探したり、所在場所に行ったりすることは一切していない。 

2 そして、被告人はK氏との婚約関係を解消し、他の女性と新たに統一教会の合同結婚式に参加するため、11年2月6日,被告人が所属する練馬教会の教会長に相談した。
 しかし、その翌日の同年2月7日、被告人は本件により逮捕された。



これは、フジテレビが撮った宇佐美氏にとって屈辱的な写真である。2月7日朝、10人の警察官が大勢の報道陣を引き連れて、埼玉県越谷市の宇佐美氏の自宅にやってきた。彼はジャンパーを払いのけたが、有無を言わさず、顔にかけられ、凶悪犯のような写真を撮られてしまった。
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コメント

>K氏は強い口調で感情的に、「私はすごく傷ついたんだから」とか「まだあの団体にいるんでしょう」などと述べ、まともに会話ができる様子ではなかった。

って別に宇佐美さんのせいじゃないじゃん。自分だってかつては信じていたものを踏みにじられ、家庭出発に積極的だったのを不可抗力で強制的にひっくり返されてしまったのだからそりゃ傷ついたでしょうけど。
ああ、統一教会の人を愛したことが人生の汚点、心の傷ってこと?
あなただって宇佐美さんを全国に晒しものにしてこの上なく傷つけたんだから。Kさんにとっては自分のことを正当化するために心のバランスを保つ為の裁判。違いましたか?

>あなただって宇佐美さんを全国に晒しものにしてこの上なく傷つけたんだから。

今の環境じゃ「よくやった!!」と英雄扱いでしょうけど。

宇佐美さん頑張れ

宇佐美さんは間違いなく無実です。
おそらく、同じような経験をした人達はこの内容を呼んで涙したことでしょう。私も多くの怒りと悲しみを感じています。

冤罪事件を作り出す刑事

冤罪を作り出した刑事も同じように、この世で世間の晒し者にしたいですね。
あの世では、逆の立場で永い時を償う事になるのでしょうから、英雄気取りの刑事とマスコミには、お気の毒様です。
宇佐美氏は、最近、再審が決定し、
25年の時を犯罪者に仕立て上げられた福井の少女殺害の「冤罪事件」の被害者のようです。
警察は、神様のつもりなのでしょうか?
11月28日以降も?追い掛け回したなら、ストーカーと認められる(素人でも)その時点で心変わりを確認し、諦めて、その後は、付きまとってもないのに?年が明けてから、2月7日に逮捕?警察は、馬鹿?としか言いようがない、間違った恐ろしい権力以外の何ものでもない。
その権力に真っ向から、戦った宇佐美氏は、アッパレ!!
工藤さんも被害者、気の毒な方です。

どうしちまった

警察を頼って、さらわれた婚約者を捜し、警察官立ち会いの下での話し合いを懇願…。

宇佐美さんの行動は至極、道理にかなっています。
タイミングといい、行動といい、やるべきことを全てやりつくしているように思います。

ところが、警察は見ぬ振りをし、宮村サイドの言うがままに、後ろに引っ込んでいます。

しまいには、宮村サイドの訴えに応じて、10人の警察官が報道陣を引き連れて、いきなり逮捕、とは。

なぜ、宮村サイドに肩入れするんですかねぇ? 警察は。

どうしちまったのか、日本の警察は。

なぜ、拉致監禁に触れないのか、日本の司法は。

公安ー公安委員長=拉致相ー有田さんら

【野田内閣】国家公安委員長    山岡賢次(拉致問題担当大臣兼務)・・・
拉致問題担当議員の有田さん他の人たちの影響力が及ぶ事が心配です。

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