気分は知ったかコメンテーター 

有田議員を糺す(4)

 有田氏はブログ米本和広さん代理人による「警告書」(笑)を公開するで、私が「統一教会の御用ライター」であることの根拠を5点にわたって示した。

 前回のブログでは、このうちの最初の根拠が何の根拠にもならないことを説明した。同時に、有田氏は辞典を平気で“改竄引用”する国会議員であることも暴露した。

 今回は残りの2点-(2)と(4)はほぼ同じことを言っているので、まとめて言及したい。
 まずは全文を引用しておく。

2)米本さんは2009年春に足立区と荒川区の青年信者たちに「手相勧誘、頑張ってますか~」と1時間半ほど講演を行った。この集会のことを米本さんはブログでこう書いている。〈「拉致監禁をなくす会」は、青年信者を対象にした勉強会の企画を考え、会のメ ンバーが北東京教区の教区長さんに申し入れました。当日、主催者側として参加したのは「拉致監禁をなくす会」から2人、それにゲストとして私。聴衆者は同教区の青年信者350人弱(大半は女性)。500人の青年信者がいるそうですから、かなりの信者が集まったわけです。私が会場で配ったのは、レジュメとPTSDに関する精神科医の論文などでした。会場となったのは足立教会の大広間。教区の幹部によれば、統一教会に批判的な人間が大広間でしゃべるのは、教会始まって以来のことだそうです〉。会場では『我らの不快な隣人』を販売、50冊ほどが売れた。

(4)米本さんは信者が組織した「拉致監禁をなくす会」代表の小出浩久さんから顧問就任を依頼されるほどの信頼関係を築いている。それもそうだろう。メンバーしか交流できない「メーリングリスト」で会員を「指導」していたのが米本さんだ。たとえばこんなことも書いていた。「後藤さん(注1)、「~~被害者の会」(注2)のサイトづくりは人不足のようです。エネルギーが余っているこの総務さんを サイトの共同管理者にし、いろいろやってもらえばいいのではないかと思います。文クッチンさんもきっと褒めてくれるに違いないと言えば、飛び込んでくると思いますが」。こんな記述は枚挙にいとまがない。

(注1)後藤徹さんのこと。 「拉致監禁をなくす会」副代表。12年5か月「拉致監禁」されたというが警視庁も東京地検も完全否定、東京第4検察審査会も「不起訴相当」と 判断。
(注2)「全国拉致監禁・強制改宗被害者の会」のこと。このサイトでも米本さんの著作は「お薦め本」として紹介されている



私の原点-根本の根本

 統一教会に対する私のスタンスといったより本質的なことに言及することなく、いかにも知ったかコメンテーター風に、枝葉末節なことをさも重大な出来事であるかのように取り上げ、私がいかに統一教会員と蜜月で、統一教会からいかに利用されているか、読者に印象づけようとしている。

 ここには、前述したように、辞書をねじ曲げてでも、光言社社長の小林氏の批判をかわそうとする姿勢と通底するものがある。


 すでにこのブログでも拙著『我の不快な隣人』でも書いてきたことだが、再度、私と統一教会のことを説明しておく。 

 私は1999年頃から、統一教会員に「拉致監禁を手段とする脱会方法」が取られてきたことに関心を抱き、2000年から2010年の間に、単行本を含め、5つの記事(うち1つは対談記事)を書いてきた。

 2009年の夏頃に、教団の中枢で「拉致監禁に反対していく」という方針が打ち出されたのをきっかけに、具体的な活動が展開されるようになったが、個々の教会員レベルで問題意識がかなり共有されるようになったのは今年の後半に入ってからのことである。
(「全国拉致監禁・強制改宗被害者の会」のサイトが速報性を重視するようになったため、私が「拉致監禁リアル情報」を率先して書かなくて済むようになった)

 私がなぜ執拗に拉致監禁のことを取り上げてきたのか。
 詳細は省略するが、拉致監禁の後遺症のすさまじさを2002年の夏に知った。そのことが私の原点であり、根本の根本である。
 それは、強制説得によって脱会した宿谷麻子さんのアトピーの写真に象徴されよう。




 麻子さんは、1996年から拉致監禁の後遺症に苦しみ、アパートに閉じこもらざるを得ないような生活を続けてきた。2007年の終わり頃にようやく社会復帰(会社に就職)したが、人生の一番いい時期を横浜のアパートで壁と向き合って過ごしてきたわけである。
 同じ頃に知り合った中島裕美さんは、今でも精神病院の入退院を繰り返している。

 ノーモア・麻子ノーモア・裕美。拉致監禁によって脱会しようがしまいが、現役信者だろうが元信者だろうが、そんなこととは関係なく、二度と彼女たちのような人を生んではならない。そう決意したから、拉致監禁とその実行者そしてそれを容認黙認している人たちを告発し続けているのである。
 これが私の原点であり、アトピーの写真はいつも机の上に置いている。

 前掲のアトピーの写真(2004年の「書かれざる宗教監禁の恐怖と悲劇」に掲載)は、拉致監禁派諸兄にも少なからぬ影響を与えたが、有田氏(及び宮村峻氏たち)は何の衝撃も受けなかったようだ。あまりのオセロ脳(カルト脳)ゆえ、感性が鈍麻していると言わざるを得ない。
 
 ところで、拉致監禁問題の集大成といってもいい『我らの不快な隣人』を2008年7月に出版してから、教団の無関心ぶりに変化が起きることを期待したが、まるでと表現してもいいほどに変化はなかった。
 拉致監禁が続いているのに(第2、第3の麻子さんが出現する可能性があるのに)放置状態。
 驚くべきことに、現場で拉致監禁が起きても、そのことが教団本部に報告されることさえない状態が続いていたのである。

 ショックだったのは、拉致監禁の頭目の1人、倉敷めぐみキリスト教会の高山正治牧師が「衝撃的な本」と評した拙著の出版後も、拉致監禁がなくならないことだった。

 2000人以上のヤマギシ会の子どもがヤマギシズム学園という名の虐待施設から解放され、ヤマギシ会そのものが変容したのは、拙著『洗脳の楽園-ヤマギシ会という悲劇』の出版(初版は1997年)が、エホバの証人が子どもを連れての伝道訪問をやめたのは、『カルトの子-心を盗まれた家族』(初版は2000年)が一つのきっかけになったと言われていた。

 それだけに、生意気と思われるだろうが、拉致監禁が続いていることにショックを覚え、焦りにも似た気持ちを抱くようになっていった。


「拉致監禁をなくす会」との関わり

 そんなときに、私が取材した監禁体験者を中心に、「拉致監禁をなくす会」を結成し、啓発・告発運動をしようという声がもちあがった。拙著が一つのきっかけになったと思うが、同時に12年間も監禁されていた後藤徹さんの事件にみんなが刺激を受けたことが大きい。
 <いくらなんでもひどすぎる!>
 統一対反統一など関係なく、前出の麻子さんも裕美さんも怒り心頭だった。

 有志が集まり、準備会が開かれ、規約づくりが行なわれた。
 規約を作るように提案したのは私である。
 会のメンバーは統一教会員が圧倒的に多い。それゆえ「拉致監禁をなくす会」は市民組織であると口先だけで言っても信用されない。市民組織にふさわしい規約をつくるべきだと提案した。
 条文には、教団組織の介入を未然に防ぐ内容の文言も入れるべきだと提案した。 

 こうして会の規約が生まれた。

 2009年2月15日に設立総会が開かれた。
【関連記事】「市民組織・拉致監禁をなくす会」が発足

 会の役員は、この総会に全国紙の記者に取材依頼の案内状を出した。
 総会には、統一教会に批判的になった脱会者、宿谷麻子さんと高須美佐子さんも参加し、スピーチを行なった。
 麻子さんは会員となり、しばらくして会の副会長になった。
 その後、反統一かつ反拉致監禁の立場を鮮明にしている元信者が加わった。

 会の役員は毎月1回、区の公民館で運営会議を開いていた。
 同時に、会員の声を運営に生かし、なおかつ会員同士の交流の場として、メーリングリストが開設された。

 有田氏は私が指導していたとデフォルメしているが、メーリングリストで「こうしたら」と提案していただけである。会を指導するのは規約に明記されている通り、役員のメンバーであり、意思決定機関は役員会である。

 会のこれまでの主な活動は、脱会屋・宮村氏と後藤さんが監禁されていたマンション・フラワーホーム(どちらも杉並区荻窪)を意識した荻窪駅前での、後藤監禁事件を訴える宣伝活動だった。
 これも私とは関係なく、役員会で活動の細部を決めていた。
 


 途中から始まった主要な活動は「サバイバーの集い」だが、参加可能なのは監禁体験者であり、私は一度も参加していない。

 ところで、会が設立当初から重視していたのは、ブログづくりであった。
 しかしながら、いかんせん、読みやすいブログではなかった。
 そのために、メーリングリストでかなり執拗に改善を迫った。
 何度提案してもいっこうに改善されないので、そのうち感情的なトラブルも始まって、メーリングリストのメンバーから外してもらった。
 それゆえ、今は「拉致監禁をなくす会」がどうなっているのかは知らない。
 ブログを今見ると、3ヶ月以上も更新されていない。嘆かわしいことである。

 以上が事実経過である。


有田氏は2年遅れの2チャネラーさん

 話を有田氏の「警告書(笑)」に戻す。
 まず、(2)についてである。

 前述したように、拙著によって教団の対応は変わらなかった。
 そこで、市民組織「拉致監禁をなくす会」主催で講演会を開き、拉致監禁の実態をまず現場の統一教会員に知らせようとした。
 その最初の講演を北東京の青年支部で行なった。
( 合計すれば5ヶ所でスピーチしたと記憶する。どの会場でも「拉致監禁をなくす会」のカンパを呼びかけた。カンパは全額、会の会計担当者に。そうそう、会計の透明化も提案した)

 北東京の会場には手相伝道を終えた青年信者が次々とやってきた。
 私が演壇に立つと、手相伝道に疲れたのか、顔を伏せて熟睡しているような青年が少なからずいた。

 そこで、目を覚まさせるために、「手相勧誘、頑張ってますか~」と、冒頭にかましたのである。
 異化効果は抜群。みんなが爆笑し、私の話に耳を傾けるようになった。

 このことに何か問題でもあるというのだろうか。実際、「警告書(笑)」は私と統一教会とが親密な関係にあることを匂わせるだけで、卑怯なことに問題点を指摘していない。また、冒頭にかました言葉以外に私がどんなスピーチしたのかも明かしていない。
 
 そもそも、北東京教区の青年たちに話したことはなにも隠すことではない。だから、有田氏も引用しているように、ブログでこのときの模様を書いたわけである。

 余談を含め、若干のエピソードを書いておく。

その1・このときの講演会には、なんと、全国弁連の渡辺博弁護士に献金返還のことを相談していた青年信者・EM子さんが参加していた。彼女は、統一教会のホームに住みながら、エイトこと田中清史氏(あるいは花屋の小林だったか)と付き合っていた。
 
 私の「手相勧誘、頑張ってますか~」は、時を置かずして、2チャンネルに流れた。
 2チャンネルでも同じように、私が講演で何をしゃべったのかは全く触れず、冒頭のひと言だけをもって、私のことを統一教会寄りと印象づけようとした。その意味で、有田氏は国会議員というよりは2年遅れの2チャネラー(それもかなりレベルの低い2チャネラー)である。

 どういうことか。
 エイトとか花屋の小林たちグループは、EM子さんから私の講演のことを聞き、彼女に録音機持参で参加させていたのである。
 講演後、彼らは<何か問題発言はないか>、固唾を飲んで再生テープから流れる私の声に聞き入ったのは想像に難くない。
 問題発言がなかったことにガックリしたのか、それとも冒頭のかましに狂喜したのかはわからないが、ともかく品のない人たちである。そういえば、花屋の小林は私から問題発言を引き出そうと電話をかけてきたことがあった。電話口から聞こえてきたのは、複数が蠢いている雑音だった。

 それにしても、である。
  現役の統一教会員と、統一教会に献金返還請求している元教会員とが同じ屋根の下で暮す。そして私の講演会にも堂々と一緒に参加する。
 作り話ではないかと思われるほどに、信じられない話だろう。あとで先に書いた事情を知り、頭がクラクラしてしまった。

 なぜ、同居のまま?と質問すると、現役信者の答えがふるっていて、さらにクラクラしてしまった。
「だって、彼女、お金がないんだもん。ホームから追い出すなんて、そんな可哀相なことできないわよ。お金が戻ってきたら、出て行くという約束で、一緒に暮らしていた」

 統一教会員は人がいい-ということは取材で十二分に知っていたが、「お」を二乗してもいいほどの度を越した「お人好し」さん(つまりバカ)である。 

その2・講演前、教区長さんと雑談していたとき、卒倒しそうなことを聞かされた。
「この2年間に6人ぐらいが拉致監禁されているようです」
 教団本部には報告されていない事件だった。ヒェ~

その3・その6人のうちの1人が、宇佐美隆さんをストーカー事件で告訴した工藤雅子さんだった。インチキ手相勧誘を指導してきた足立青年支部のマザー(1つの班を束ねる女性責任者)である。

 講演後、宇佐美さんから「婚約者が所在不明になっているけど、どうしたらいいか」と相談を受けた。
 これが宇佐美さんと関わる最初のきっかけになった。

その4・有田氏は「会場では『我らの不快な隣人』を販売し、50冊ほどが売れた」と、さも知ったかコメンター風に、意味ありげに書いているが、この会場には拙著を出版してくれた情報センター出版局の担当編集者も参加し、腕まくりをして、販売してくれた。
 それが何か?
 本を出している演者がどこかで講演するときには、出版社の編集者が会場でその本を販売する。
 日常的な話である。
 総持寺派曹洞宗の総会に呼ばれて講演したときには、文藝春秋の担当編集者が会場で『カルトの子』を販売してくれた。
 統一教会員が集うところで『我らの不快な隣人』を出版社が販売するのは問題だというのなら、有田氏は相当に脳をカルトに侵されているというしかない。

ただし、統一教会のために言っておくが、有田氏が反カルト集会で自著を販売したからといって、統一教会がそんな些細でどうでもいいことを問題にしたことは、寡聞にして知らず、だ。 

その5・講演後しばらくしてから、断続的に複数の青年から相談を受けた。そのうちの数人が統一教会をやめた。
 このことは後日、書くことにしたい。



知ったかコメンテーターに復職を

 次は(4)である。

「拉致監禁をなくす会」代表の小出さんから電話で「顧問になってくれ」と言われたのは事実である。
 
 よく知ってるねえ~? さすが現場主義の有田さんと褒めてあげたいのだが、あえてオープンにすることではないがさりとて隠すことでもないので、顧問要請のことは複数の人にしゃべっている。有田氏は誰かから仄聞したのであろう。

 市民組織の代表から「顧問になってくれ」と言われたことに何か問題でもあるというのだろうか。有田国会議員さんの脳はよく分からない。白い旅団氏の尾行を気にするあまり、脳に変調をきたしたのだろうか。

 ついでに言っておけば、なぜ顧問に要請されたのかと言えば、私が市民運動(主にマンション反対運動)をしていたときの経験を小出さんをはじめ会の役員に話していたからだと思う。
 もう一つ、ついでに言っておけば、顧問の要請は断っている。市民運動は、被害者(マンション建設によって太陽を奪われる住民、監禁体験者)が主体となるべきだと思っているからだ。要請を断ったことも何人かに話したので、有田氏は仄聞したはずだ。

 たとえばこんなことも書いていた。

「後藤さん(注1)、「~~被害者の会」(注2)のサイトづくりは人不足のようです。エネルギーが余っているこの総務さんを サイトの共同管理者にし、いろいろやってもらえばいいのではないかと思います。文クッチンさんもきっと褒めてくれるに違いないと言えば、飛び込んでくると思いますが」。こんな記述は枚挙にいとまがない。

 こんなことをメーリングリストで書いた覚えはないけど、仮に書いていたとしても、何か社会的に問題になるようなことですか、と言いたい。
 仮に書いていたとしたら、裁判のときに証拠として提出してくださいな。

 小括である。
 有田氏と私の文を比較検討すればわかるように、有田芳生国会議員(立法府の1員)は刑法に抵触する拉致監禁について、また拉致監禁がもたらす恐怖と悲劇、そして拉致監禁の後遺症について、ひと言も言及していないのだ。(感受力の欠如

 そして、私が市民組織(「拉致監禁をなくす会」)と関わりをもったことが、どうして「統一教会の御用ライター」というレッテルにつながるのか、これまた論理的な説明をまるでしていないのだ。(論理力の欠如

 有田氏に提言したい。
 
国会議員の器ではないのだから、元の「知ったかコメンテーター」に復帰されたらいかがか。

   


-追記:コメンテーターと国会議員-

 
 前回記事のコメント欄を読んで、再度、考えました。
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-291.html#comment5080

khさん
>有田さんの発言を聞いていると、いつも思うのは周囲に波風が立たないような耳触りのよい言葉ばかりです。それは自分の信念からでた言葉ではない証拠であり、要するにできるだけ敵を作らないために周到に考えられた言葉なのだと思います。

林さん
>有田さんは八方美人だと感じます。

 2人が指摘されたことは、いい悪いは別にして、ワイドショーの昼間のコメンテターとしては必要な資質です。
 仮に有田氏に信念とか思想といったものがあったとしても、それを語ることはメインの視聴者である専業主婦に敬遠されてしまいます。昼間のコメンテーターとしてはふさわしくなく、ほどなくして降板となるでしょう。
 したがって、できるだけ耳障りのいい言葉を使い、視聴者の多くから好かれなければなりません。
 
 これがクセになってしまったのではないかと思います。2、3年コメンテーターをしていただけならまだしも、95年頃から07年まで12年間も(奇しくも後藤徹さんが監禁されていた時期と同じ)ですから、いつしかたんなるクセが性格になってしまったのでしょう。
 これは有田氏に限った話ではありません。「職業病(クセ)」という言葉もありますから。

 視聴者が求めている耳障りのいい発言、つまり俗耳に入りやすい言葉を、非論理的であってもいいからしゃべれば、視聴者は「なるほど、そうだ」ということになります。

 本文でも書いている5つの根拠にしても、そうです。
 全国弁連の集会に参加した、反統一かつ拉致監禁を黙認・容認している人たちが求めているのは、私に対する批判的言説です。このため、どんなに事実と違っても、どんなに非論理的であっても、耳にすっと入っていくのだと思います。むろん、コメンテーター時代にアンテナを磨いた有田氏は、計算して発言しています。

 次回でも少しばかり触れますが、オウム事件のとき、茶の間が求めていたのは「オウムへの激烈批判」でした。テレビで識者がそうした発言をすると、事実かどうか考えることなく、オウム憎しの気分は解消されました。

 もう一つ求めていたのは「新しい情報」でした。
 そこで、有田氏は「オウム関係者から聞いた話だが」「ある元幹部から聞いた話だが」「これは内部情報ですが」ともったいをつけたうえで、「新しい情報」を提供する。
 実は、これらの情報の大半は公安警察からもらった仄聞情報直接当事者から聞いていない又聞き情報)です。
 しかし、視聴者は「内部情報」と言えば、「有田さんの情報網はすごい」ということになるのです。

 有田氏はもう国会議員さんです。
 聴衆に話す場合、事実に基づいた情報を、論理的につなぎ合わせて、一つの結論を述べなければならない。
 ところが、気分はいまだ「知ったかコメンテーター」ゆえに、裏付けのない仄聞情報を、非論理的につなげ、「御用ライター」という。
 これは私に対してばかりではなく、国会でもやったから問題になった。
 統一教会とは関係のない分野でもやるから、幾人かの人が有田批判を行なうことになる。

 テレビから国政に登場した人は少なくないけど、いまだテレビの尾っぽをつけている人はほとんどいない。
 たとえば連坊氏。彼女は1985年から20年近くテレビ界にいたけど、仕分け事業を含め、国会・マスコミなどで語るのは国民の生活のことです。

 歳費3400万円いただく有田氏にはそれなりの活躍をしてをもらわなけれればなりませんが、彼の財産は「統一教会」と「知ったかコメンテーター」しかありませんから、国会議員に脱皮するのは至難の技だと思います。
 それで、元の職業に復帰されたほうがいいのではないかと提言した次第です。(11月13日朝追記)

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コメント

後藤徹さんに女児誕生!

 ブログのテーマと直接関係のないことですが、記事に登場する後藤徹さんに、今日女児が誕生しました。

「48歳にしてお父さんになるなんて、何だか夢のよう」とのことです。
 
 3年前の08年2月、監禁解放直後の後藤さんを見舞ったときは浦島太郎の骨皮筋衛門。
 正直、<これからどんな人生を歩むのだろうか>と暗い気分になりました。
 それから就職して、結婚して、そして女児が誕生するなんて、私からしても夢のようです。

 

追記のお知らせ

 前回いただいたコメントをもとに、末尾に「追記:コメンテーターと国会議員」を載せました。

弱者を踏み台にした男

記事内追記より引用
> (有田氏は)2、3年コメンテーターをしていただけならまだしも、
> 95年頃から07年まで12年間も
>(きしくも後藤徹さんが監禁されていた時期と同じ)です

有田さんって、後藤さんがアパートの中で自由を奪われ、生きるか死ぬかの時に、そして後藤さんばかりでなく、監禁され宗教的自由を奪われ、何も言うことの出来なかった人たちを踏み台にして、コメンテーターとして名声を得、今は、国会議員までなったのでしょうか?

有田さんのそんな栄光の人生、いつまでも続くとは思えません。

正しい情報を国民に

有田芳生のナイスガイの栄光の人生がいつまでも続くとは思えません。
有田大先生も当選して間もない時に「全てが始まり、全てが終わる」とカッコつけて記事書いてたっけ。すごいアリちゃん当ってるじゃん。
でもメディアで人畜無害と洗脳されている国民にはカルトのコメンテーターくらいにしか思ってないからまだ危険、無知が一番怖いです。有田芳生のナイスガイの素顔を多くの人に知ってもらうのがまず大事。

以前描いたイラスト再度アップします。
イラスト部分を変更しなければ文字などは内容替えて自由に使ってください。

http://firestorage.jp/download/656e9bf569036e7d410d394d1a7a17467e471d33

御一読を!

 テーマから逸れて誠に申し訳ありません。

 お聞き及びかもわかりませんが、篠田節子さんの最近の長編小説『仮想儀礼』で、下巻に登場するルポライター「安藤靖夫」は、明らかに米本さんと溝口敦さんとを足して2で割ってモデルにしています。それから、いわゆる拉致監禁がしっかりと描かれてもいます。ぜひぜひ皆さんとともに御一読を!

投稿、感謝です。

ukiさん
>以前描いたイラスト再度アップします。
イラスト部分を変更しなければ文字などは内容替えて自由に使ってください。

 次回の記事に使用したいと思って、URLをクリックしたのですが、「削除された」という表示が(泣

ヨッシャーさん
>ぜひぜひ皆さんとともに御一読を!

 篠田さんの『仮想儀礼』は以前読んだことがあり、また週刊文春に頼まれ書評を書いたことがあります。

 ルポライター「安藤靖夫」のモデルの一部が私だと思いもよりませんでしたが、篠田さんからかなり以前にインタビューを受けたことがあったから、さもありなんかとも。

 という個人的な話はともかく、『仮想儀礼』を読めば、戦後の「問題宗教の事件史」がよくわかります。宗教に関心がある方には、私からも「ご一読を!」です。

関係ないですが…

テーマと関係ありませんがイラストです。
今回は3日後の削除なので余裕あります。

イラストは「アホらしや」が口癖の某国会議員に似ているかも知れませんが偶然ですね。
好きな言葉を入れて使ってください。

http://firestorage.jp/download/29380ae09835781387d77d5bb65972dea0462625

震災後の有田さんのつぶやき

http://blog.goo.ne.jp/salt35/e/c1b986291cd5ade5b506cc9a51a33748 タイトルー有田芳生の言い分の根拠
記事ー3月・・双葉病院長「避難迫られた。責任ない」 患者21人死亡(朝日新聞)の記事(誤報)を読んで早速、有田さんは、病院長に対して”逃げるな!”のつぶやき。
後で訂正記事が出された。止むを得ず避難出来る人を優先的に避難させた。機械が無いと生きられない人は、どうしようもない状況だった。
訂正謝罪が出来ない有田さん、知らないうちに問題のつぶやきを抹消する。
言葉の暴力は目に見えないーずるく立ち回る有田さん


「削除する」は以前は無かった

有田のナイスガイが例えブログやtwitterの記事やコメントだとしてもを「削除する」っというのは政治家になる前は無かったと思います。
以前は自称でもジャーナリストと言っている以上、自分の仕事には誇りとプライドがあったんでしょうね。
それが議員になる謝罪も無く勝手に削除だとは情けない。
ブログやtwitterは簡単に消せるが著書や週刊誌記事は国会図書館に永遠と残るんだけど、これはどうやって消すんだろうね。ひょっとして破壊的革命なのかね。

逃げるな、有田!

林さんの紹介リンクを読んで、とっさに<実にいい加減な野郎!だ>と。

 正直、驚きましたね。

 国会議員とて人の子。間違いはあるもの。

 問題は、間違いであったことを認め、理由をつけて修正そして謝罪するかどうかにあります。
<「あれは間違いだった」と修正を出して欲しいだけ>
 リンク先の管理人さんが言う通りです。

 有田氏がやったのは、削除して知らん顔。ひどい奴だと思います。

 病院や院長は、いちいち魚拓なぞ取っていないから、名誉毀損で訴えることもできない。泣き寝入りするだけ。震災で悪戦苦闘していた院長の気持ちを考えると、怒りがこみ上げてきます。
<院長は逃げてなんかいない。逃げたのは有田のほうだろっ>

 なんとかに刃物って言うけど、有田氏のブログ・ツィッターは市民にとって凶器そのもの。

 ひどい国会議員がいたものだ、とつくづく思いました。

 有田被害者は、私だけではないことも痛感いたしました。

問題の本質

有田議員を含めて拉致監禁に携わっている人達の問題は、欲に目がくらんでしまっているということだと思います。欲に目がくらんでしまうと物事に対する正常な判断が出来なくなってしまいます。拉致監禁強制改宗の目的はどう考えても金儲けです。統一教会の霊感商法を非難しながら彼らのやっていることはそれよりはるかにひどいことだと思います。親の不安に付け込んでそれをあおって脅して金儲けをしているのです。早く眼を覚まして物事をもっと正常に考えることが出来るようになってほしいと思います。

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