地獄への道は善意で敷き詰められている!(上)  

統一教会考(18)

 新たな経済摂理は3億2000万ドル(300億円)!


手を変え品を変え


「真の父母様天宙祝福式」を名目にした100K献金は、宋榮渉(ソン・ヨンスブ)総会長(今年6月に改名)が「神が去るぞ!」と喝を入れても、目標には届かなかった。

 そこで、彼は側近(本部復興局のメンバー)らと計らって、2010年4月に、<真のご父母様の金婚式を祝う>という名目で「50K献金」を企画した。

 後日書く記事に登場してもらう予定だが、私のところに相談があった女性は50万円を包み、教会に出向いた。

「名前はわからないのですが、閻魔大王と名乗る韓国人と握手をして、記念撮影をしました」

 宋氏は自ら「閻魔大王」(韓国ではヨンラ大王)を自称し、「自分は神様と直通の友人」とか「自分は霊界のことがよくわかる」と、自分に霊性があることを日頃から吹聴している。
 苦笑するばかりだが、教会員の中にはそれを真に受けているナィーブな人たちもいる。
韓国では、「あの世」には何段階かあって、死んだ人を最初に迎える番人をヨシラ王というのだそうだ。

 とにもかくにも、宋総会長は手を変え品を変え、民百姓が虎の子として隠している米粒までをも吐き出させようとする 悪代官そのものだ。

 話は少し前のことになるが、教団・中枢メンバーの一人に、息子から電話が入った。息子はカープのある地区の学舎長をしていた。
「父さん、統一教会はひどいよ。ぼくが指導している学生が退学になりそうなんだよ」
「どういうことだ?」
「その学生が払うことになっていた授業料を、親が振り込まず、統一教会に献金してしまったんだよ。それで学費未納で退学。何とかして欲しい!」

 この親の場合、虎の子として保管していたのが、子どもの授業料だったわけだ。
 それにしても、わが子の教育費を献金に回すとは、正気の沙汰ではない。

 手を変え品を変え・・・、100Kも50Kも集まっていないのに、金婚式献金から半年後の2010年11月に、またまた新たな経済摂理が発せられた。
 

メシアの御言葉を利用して

 今度はいきなり430K(430万円)である。

 これを説明するには、時計の針を少し前に戻さなければならない。

 2010年2月、文鮮明氏は「全てを成し終えた!」「神様と出会いたいのであれば、教材・教本の中で会おう」と語った(御言葉)。

 教材・教本は「ご父母様の遺言書」とされる「八大教材教本」のこと。①真の父母様御言葉選集、②原理講論、③天国を開く門 真の家庭、④平和の主人血統の主人、⑤家庭盟誓、⑥天聖経、⑦平和神経、⑧世界経典。

 11月に入って、この教材・教本がなぜか経済摂理と直結した。名付けて「母国天運守護天福函勝利」

 ヒェ~~! よ、よっ、430万円!?

 430万円といえば、子どもの4年間の大学費用に相当する。
 献金慣れしていた教会員も、さすがにのけぞった。

 現場の責任者たちは、どうすれば経済摂理を実行に移すことができるのか、頭を悩ました。

 10数年前の「聖本」献金のことが頭によぎった人もいた。
 文鮮明氏の御言葉をまとめたのが「聖本」。当時一冊3000万円で販売した。
 私が元女性信者から聞いたのは、ある段階でのことだが(99年頃のことだと記憶する)、「540億円が集まったらしいですよ」

 この女性(スリーセブン、70年の合同結婚式組)曰く。
「驚きましたよ。聖本献金が始まってから、韓国人の牧会者たちの車が国産からベンツに変わっていたんです」
 つまり、末端食口の汗と涙の献金が中抜きされ、それがベンツに変わったというわけである。

(忠告)この守銭奴・中抜き牧会者たちのことは、稿を改めて書くつもりだ。「真の信者」さんの<しばらくネットから離れている間に>を参照のこと。
 これまで献金してきた教会員、これからK勝利(献金達成勝利)に邁進されようとしている教会員の方々は、血と涙の献金が中抜きされることもあることに留意されたし。 
 
「聖本献金」は当然無理がたたり、何人かが返還訴訟を提起した。
 教会は敗訴し、それが新聞記事に載り、統一教会はますます社会から嫌われることになった。
 
 過去のことを教訓に、今度は「販売」という形をとらずに、教会に感謝の気持ちを込めて430万円を献金(感謝献金)した人に「八大教材教本」を渡すようにしているという。

 こんな悩みもある。その前に430Kについてもう少し説明しておく。

「八大教材教本」は、韓国の統一教会系出版社・成和社がふつうに・ふつうの値段で販売しているテキスト群である。
 これを立派な函(はこ)に入れ,天福函(チョンボッカン)と命名。ありていに言えば、文鮮明氏の「全教会員が読まなければならない」の言葉を利用して、430万円で売ろうと考えた。これが新経済摂理の真相だと推測している。

 
天福函はまるで江戸時代の千両箱みたい。一般の人が見ればゴミに出したくなるようなアナクロである。

 しかしそう推測しても、疑問が残る。
 天福函(チョンボッカン)を430万円で授けることを文鮮明氏が知らなかったのかどうか、たんに御言葉が利用されただけなのか。
 仄聞情報だが、文氏の7男・亨進(ヒョンジン)氏が「430万円は高い」と感想を漏らしたという。だとすれば、文鮮明氏が知らないわけがない。

 これに関する話である。
「経済摂理は文氏が発したものかどうか」
「ひょっとすれば、目標数値(K)はメシアの意向を察した側近たちが弾き出したものではないのか」
 以前からこの疑問を様々な教会員(中央幹部から一般食口、国家メシアの呼称をもつ古参から新人まで)にぶつけてきたが、結局のところ、確としたところはわからなかった。

 間接情報を総合して考えるに、こういうことではないか。
 
 文鮮明氏は年に1回か2回、具体的な目標数値を入れた大がかりな経済摂理を指示する。
 目標数値に届かないと、なんとか達成しようと、宋総会長らが細かい(といっても数十万円)摂理を出す。
 

布教しない変な宗教団体

 話を戻す。まともな教会責任者なら、こう自問自答する。

「私たちはお父様の御言葉を世界に知ってもらいたいと思っている。御言葉を印刷、製本するのに費用がかかるから、無料でというわけにはいかないが、できるだけ低廉な価格で販売するのが食口の使命ではないのか」

 その通りである。信仰者たちは自分たちが信じるところ(教義)を、社会に知ってもらいたい(布教)と願う。

 実際、「エホバの証人」本部に、請求書付きで『新世界訳の聖書』を送ってもらえないかと頼んだことがある。つい最近の話である。
 私がエホバに批判的な記事を書き、今でも批判的な姿勢を示していることを知っているのに、すぐに無料で送ってきてくれた。
 私の職業を意識しての特別な計らいではなく、熱烈な布教精神の発露だったと思う。

 なにも具体的なエピソードなど紹介しなくても、創価学会員に池田名誉会長の『人間革命』が読みたいといえば、すぐに融通してくれる。幸福の科学、顕正会、親鸞会などでも同じだろう。
 
 それなのに、 教義が書かれた本を“千両箱”に入れて、高額な金額と引き替えに信者に授ける。そんな団体は世界広しといえども、日本・統一教会だけだろう。
 この滑稽さに教会員が気がつかないのだとしたら、お金大好き神様 に頭をもぎ取られたとしかいいようがない。


経済摂理の嵐 

 ところで、天福函(チョンボッカン)摂理は、これまでの経済摂理とは異なるところがある。
 それは、いつものように「いついつまでに」という期間を設定していないことにある。
 
 古参教会員の多くは、地上天国が実現するという2013年1月13日までと思っているようだが、期間限定なしの経済摂理にはどうしてもエネルギーがわいてこない。

 そこで、宋総会長はまた新たな経済摂理を発した。

 今年(2011年はじめ)に発せられたのは「天運守護感謝40K」!

 頭がクラクラしてしまうが、徳野氏が会長を引責辞任(09年7月)してからの経済摂理を整理すると、
 2009年10月に100万円
 2010年4月に50万円
 2010年11月に430万円(期限なし)
 2011年1月に40万円
 
 これ以外にもあるかもしれないが、まさに高額エンドレス献金そのものである。  特定商取引法違反で約40人の教会員が逮捕される前の状況と同じようになりつつあるのだ。


 そして、この8月26日付で、これらをまとめた新たな総集編的な経済摂理が発せられた。
 その名を授けて「圓母平愛 40日摂理」 
 

2011年の日本の召命的責任を果たすため、上半期を助走として、飛躍の下半期の取り組みに入っています。この下半期の上昇機運を作る出発点として「圓母平愛40日摂理」を定めました。今は1日を1000年のように狂って活動する時です。
 
 献金目標3億2000万ドル(300億円)

 天福函、37万祝福、1000万自叙伝、55万平和大使勝利
に向けて、忠孝自覚、自発忠誠、無限疾走の精神で、頑張っていきましょう。



文一族の熾烈な闘い

 若干の説明を加える前に、なぜこのような摂理が設けられたのかについて触れておく。

 これについては、前回のブログのコメント欄でノボリーキさんが書いていた。タイトルは<『乾いた雑巾』の言い分>

また新しい40日路程が始まりました。「もっともっと絞れ」と言われています。この40日は、過去最高額の献金が要求されています。もう、頭がぶっ飛んでしまいそうです。
今日は宋総会長による全国インターネット礼拝でした。なんだか、新しい財団を作るような話をしていました。たぶん、UCI財団を顯進様と郭先生一族に乗っ取られたからでしょうね。端的に言って、「資産を乗っ取られたから、もっとカネが必要なんだ」ということなんでしょう。(疲)


 門外漢にはわからないところがあるだろうが、こういうことである。

 現在、文氏の3男・顯進(ヒョンジン)氏・郭先生一族(最近まで文鮮明氏のナンバー2で、顯進氏の妻の父親)、それと文鮮明夫妻・文4男の國進(クッチン)氏・世界統一教会の後継者となった文7男・亨進(ヒョンジン)氏とが、主に教会の資産をめぐって対立した。
   
 まだいくつかの裁判が韓国で行なわれているし、これからも新たな裁判が始まるようだが、勝敗の決着はだいたいがついたようだ。
 仄聞情報によれば、資産の7割が3男、3割が父親といったところ。
 それで資産がなくなったから、「もっと金が必要なんだということでしょうね」(ノボリーキさん)

 横道にそれるが、反統一教会諸君は文鮮明憎しで、文3を支持する人が多いようだが、気分・感情は理解できるものの、理屈としては合わない。

 統一教会の財産はすべてといってもいいほど、日本の食口たちが文氏の妻とか文3や文4とかではなく、ひたすらメシアと信じる「お父様」のために、血と涙と汗を流しながら、家族旅行がしたい、ピアノが欲しいといった子どもの切なる声を断腸の思いで無視し、様々な貧乏物語の中から紡ぎ出したものである。

 ことの善悪、どちらの主張が正しいかを抜きにしていえば、日本食口の献金は文鮮明氏に捧げたもの、その7割を合法的に分捕り、父親が返せといっても知らん顔をするのはいかがなものか。
 
 しかし、3男に取られお金がなくなったからといって、その補てんを日本の食口に求めるというのは筋違いである。
 先週発売の『週刊文春』9月8日号によれば、この8月16日、ラスベガスに「圓母平愛財団」が設立されたという。理事長は文氏の妻、韓鶴子氏だという。「圓母平愛摂理」で集められた献金は、この財団の資産となるのだろうか。
  摂理の目標額が3億2000万ドルとなっていることから、おそらくそうだろう。
 各教会責任者は献金を要請する際、地区長、教区長などに確かめ、教会員に説明しなければならない。

 一方、3男&郭氏は7割取ったからといって満足しているわけではなく、世界統一教会の最大の財産である「日本の食口」を根こそぎ、自分たちのモノにしようとしているように見受けられる。
 そのため、日本・統一教会に揺さぶりをかけるために、怪しげな元信者グループと連携し、日本のマスメディアに働きかけている節がある。なにしろ、郭氏は文氏のナンバー2。門外不出の秘密資料は豊富にもっているから、材料には事欠かないだろう。

【参考記事】「真の父母様宣布文実行 世界祝福家庭・食口決意大会」開催



-長い長い注釈-

 断片的な仄聞情報だが、文一族の熾烈な争いのことを書いておく。興味ない人は読み飛ばしてください。

 文3・顯進氏は周知の通り、宗教運動よりも平和運動に力を注いでいた。世界の要人とも対等に渡り歩き、実力ありカリスマ性ありというのが教会周辺のもっぱらの評価だった。日本の教会員の評判も高く、顯進ファンは多かった。
 当然、世界統一教会の後継者は彼がなるものだと、日本のみならず世界の食口たちは思っていた。
 
 08年頃のことだと思うが時期は定かでない。ラスベガスでだったと記憶する。父親の前で、顯進氏と文4男の国進(クッチン)氏が激しい言い合いとなり、挙げ句、殴り合いになった。幼い頃からこの2人は仲が悪かったと聞いている。
 文鮮明氏は、兄の顯進氏に1年間の蟄居を命じた。
 そのあと、世界統一教会の後継者に文7男の亨進(ヒョンジン)氏を指名した。
 これには、世界の食口も仰天した。

 時期は前後すると思うが、新潟・北玄事件を受けて、文4・クッチン氏が日本・統一教会の建て直しの任を受けて、日本担当になった。彼はハーバード大学経済学部卒、マイアミ大学MBA課程卒の合理主義者。行政改革よろしく献金の支出先に大なたを振るうとともに、韓国・統一教会の企業群の見直しを行なった。
 高級ホテルの所有権者は、文3名義になっていた。そこで、クッチン氏は「統一教会名義に変更するように」申し入れた。それを顯進氏は拒否した。このことがラスベガスでの諍いの原因になったのかもしれない。このような衝突はホテルに限らずいくつかあったと思われる。

 顯進氏が私利私欲に走ったと思われるだろうが、彼は平和運動の資金源として確保しておきたいと考えたのだと思う。
 このあと、謹慎の身でありながら、フィリピンで平和祭典を計画した。クッチン氏は資金源を締めつけた。
 ここらあたりから、各国の統一教会内で、文3派と文4派が対立することになった。ブラジルでは乱闘騒ぎになった。
 日本にいる文3派は、火の粉ブログのコメント欄に投稿し、自分たちの影響を強めようとしたことさえあった。

 ここまでの話なら、抜き差しならぬ対立といっても、まだ兄弟間の争い。修復の可能性はあった。
 ところが、ここに別のベクトルが入り込む。顯進氏の妻の父親、文鮮明氏の側近中の側近、郭錠煥(カク・チョンファン)の動きである。

 彼は自分たちの一族郎党を、韓国・統一教会の要職に配置するようになった。
 兄弟対立が深まるにつれ、おそらく文鮮明氏だと思うが、郭氏の野望を察知し一族を追放するようになった。
 私が韓国で取材したのは07年。名刺交換した好青年の家庭局長(郭氏の縁戚)は2年後にパージ。そのことを聞いて<只事ならぬ権力闘争が始まりつつある>と、複雑な気分になったことがある。

 こうして文夫妻・文4・文7それに連なる縁戚・側近、文3・郭それに連なる縁戚・側近入り乱れての対立が深まっていった。
「真のお母様」こと韓鶴子氏が文4・7側についたのは、3男の嫁つまり郭氏の娘との折り合いが悪く、その結果、嫁をかばった息子とギクシャクとした関係になったからだと聞いたことがある。よくある話である。

 対立が決定的になったのは文3・郭側が、アメリカ財団(ノボリーキさんのコメントにあるUCI財団)を合法的に自分たちのものにしたことである。
 日本の食口たちの血と涙の献金の大半はアメリカ財団に投入されている。文4側が所有しているのは韓国財団。資産割合は8対2とか7対3とか言われている。

 こうした対立がありながらも、顯進ファンが多い日本の食口たち(むろん幹部も含め)は、割り切れないものを感じ、クッチン氏が指示したからといって顯進・郭氏を批判することができないでいた(面従腹背)。この背景には対立の真相がわからなかったこともあったのだと思う。

 この雰囲気に終止符が打たれたのが8月24日、千葉・浦安にある一心特別教育院で開かれた「真の父母様宣布文実行 世界祝福家庭・食口決意大会」(前掲の記事参照)であった。

 日本・統一教会の2000人の幹部が全国から集められ、顯進・郭氏側のこれまで明かされなかった裏の動きが暴露された。内容は知らないが、知り合いの顯進ファンだった幹部も、「あそこまでひどいとは思わなかった」と溜め息まじりに漏らしていたから、相当な裏の動きがあったということだろう。

 今は統一教会に批判的になっている元有力信者が話す。
「日本食口の献金を自分の懐に入れる韓国の黒い幹部は多いが、その中でも郭氏は真っ黒けの真っ黒です」
 
 大会は「悔い改めれば許す」と宗教組織らしく締めくくられたが、その2日後の8月26日に「圓母平愛 40日摂理」が発せられたことからすれば、結論は出たということだ。
 資産問題の争奪戦の勝敗はほぼついたと先に書いたが、郭氏を刑事告訴するという動きもあるから、韓国の雑誌社のネタは尽きない。 また、怪しげな企みを抱く正体を隠した元信者グループの暗躍もインターネットを中心に活発になることが予測される。

(補足)前出の『週刊文春』が、献金を軸にした文ファミリーのスキャンダルを暴露していた。
 さっそく教団が出版社に抗議文を送っているが、記事と抗議文のどちらが正しいかはともかく、記事を読んで首を傾げてしまったのは、次のことだ。(<ちょっと長め>)


文ファミリーのスキャンダルを書くなら、文3ヒョンジン氏と義父の郭錠煥(カク・チョンファン)氏が世界統一教会の財産(記事によると自殺者も出るほどに無理をして集められた献金の集大成)の大半(UCI財団)を自分たちのものにした-ことも書くべきである。
 韓国のジャーナルが大きく報道してきた一大文ファミリーの最大のスキャンダルを、当然知っていただろうに、なぜかあえて無視している。このことにとても違和感を覚えた。

 また、雑誌ジャーナリズムなら、内紛の一方の側にもチクリぐらい刺すものだが、週刊文春は文4・クッチン側だけを批判している。オカシナ話である。
 文3・ヒョンジン氏、文氏ナンバー2の郭氏への批判が一切ないどころか、郭氏は名前すら出てこない。UCI財団のことにも一切触れられていない。
 それどころか、コメントを求められた国会議員の有田芳生氏は、こう語っているのだ。
「日本の幹部の中には、三男の顯進氏についていきたいという動きがあるんです」
 
 明らかに記事の軸足が顯進氏側に偏っているのだ


 このようなことを感じたのだが、有田氏がいう「幹部」を「元幹部」と置き換えると、疑問のすべてが氷解する。

 有田氏は統一教会ウォッチャーを自認し、「統一教会のことなら何でも知っている」と豪語している。
 ならば、8月24日に浦安で開かれた先の文3・郭氏の事実上の糾弾大会のことは知っていたはずだ。
 なにしろ2000人もの幹部が集まった集会。末端幹部も大勢参加している。情報はどこからでも漏れてくる。文春の脱稿日は8月30日。情報収集の余裕は十分にある。

 それなのに、記事にはこのことが一切書かれていない。ふつうのジャーナリスティックな感覚なら、糾弾大会の模様にも触れ、「今後、さらなる血みどろの骨肉の争いが始まる」と書くだろう。
 ところがそうなっていないのだ。

 それは、ウォッチャーの有田氏が8月24日の集会の模様を幹部から知らされていなかったからではないか。
教団公式サイトに前掲の記事が載っているが、表面的なことしかわからない。

 つまり、有田氏のネタもとは現役幹部ではなく、糾弾集会に呼ばれていない元幹部たちということではないのか、ということだ。
 そして、この元幹部たちは文3派ないし、文3派の動きを利用して何らかの企みを抱いている元信者グループではないかと想像する。
 ある属性をもつ元信者グループが有田氏たちにリークした。そのように考えると、文春記事はとてもわかりすい。


 

献金-最大の問題は分母のずれ 

 注釈が長くなったが話を戻せば、文3&郭との闘いに破れた結果、「圓母平愛40日摂理」を発令した。

 話を戻して、先の発令書を再度、読み返して欲しい。
 よくわからないところもあるが、天福函(430万円)は、時期は定めぬが1家庭は1函持て。
 37万祝福は、これから37万家庭を復帰せよ(入信させよ)。
 1000万自叙伝(文鮮明氏の自叙伝)は、日本の食口は1000万冊を(原価で購入し)、そこら中に無料で配布せよ。
 55万平和大使は、日本で力のある人を55万人シンパにしろ。

 ざっと言えば、こんなところだろう。

 


  で、本題の300億円の献金である。
 宋総会長は「日本の教会員は40日間で120万円献金せよ!」 と、指示を飛ばしたという。
 
  少々、頭がこんがらかるのだが、これまでの未達成の経済摂理との関係はどうなのか、と疑問がわく。
 北関東の教会責任者が説明してくれた。
「金婚式の50Kも天運守護40Kも、そして今回の120Kも、献金したら、それは430Kに含まれることにする、ということらしいです」
 
 なんなんだよ!この経済摂理は?
 実にいい加減。まるでブラック企業が頭の弱い販売員にアメとムチで、営業活動にハッパをかけているみたいだ。

 結局のところ、地上天国が実現するという2013年1月までに1家庭はトータルで430万円の献金をしろ-ということのようだ。

 それにしても大いなる疑問がわく。
 日本・統一教会の献金目標はトータルで300億円。これは、メシアが発している。
 個々の祝福家庭は120万円。これは宋氏が指示を出している。

 重要なことなので繰り返すが、文鮮明氏は300億円という目標を打ち出し、それを宋氏は具体的に1家庭の目標を120万円とした-ということである。

 ハンドルネーム「星」さんなど数字が気になる読者は、私と同じように首を傾げると思う。

<あるX集団が1世帯あたり120万円の献金をして、全体で300億円を集めろとなりましたとさ。さて、X集団は何世帯で構成されているのでしょうか>

回答:300(億円)÷120(万円)=2万5000(世帯)

 つまり、宋氏は日本の教会員数を2万5000世帯程度と認識していることになる。
<2万5000の祝福家庭がそれぞれ120万円払えば、お父様が希望される300億円に到達する> 
 もっとも、彼は世帯数から120万円を弾きだしたのではなく、これまでの惰性的な経験値からであろう。 
  
 ところで、  教団本部の公式発表によれば、教会員数は09年段階で 56万人である。

 オーバーな数字と思われるかもしれないが、入会届けの数を累計したものであり、間違った数字ではないと思う。おそらく、文化庁にも届けている人数ではないか。

 いったいに、統一教会に限らず、宗教団体には入会届け(キリスト教の場合は洗礼)はあるが、退会届け(逆洗礼)はない。そのため、信者は事実上(意識・行動の面で)退会していても、教団は今でもその人を現役信者としてカウントしている。

 わかりやすい例として日本最大のメガ教団、創価学会をあげる。
 毎年『年次報告』が発表されるが、それを読むと毎年着実に学会世帯数は増えている。アバウト800万世帯である。しかし、皮膚感覚からすると、そんなに多くの学会世帯はいないと感じる。 ちなみに、「学会世帯」とは<本尊を授かった家庭>という意味である。

 そこで学会本部に質問すると、
「退会届けといったようなものはありません。ただ、なかには本部に『御本尊』を郵送で返却されるといった形で、きちんとした退会の意思表示をされる方もいます。その場合、はじめて世帯数からマイナスカウントします。本尊をゴミに出される方もいると思いますが、そうした人も数字上は、現役学会員のままとなっています」

統一教会は「脱会届け」(すべては監禁された信者から)がくると、マイナスカウントする。

 拙著『我らの不快な隣人』を執筆するにあたって、<いったい、統一教会の現役信者は何人いるのか>と、素朴な疑問が生まれ、本部の局長・部長クラスに何度も、手を変え品を変え、質問した。

 ところが、どうにも歯切れが悪い。ある人は「10万人はいる」、別の人は「最低でも5万人はいる」。別に隠しているようには見えなかった。実際、把握していないのだと思った。

 それで、いろいろ苦心した結果、現役信者を「日常的にある程度の献金をしている信者」と定義し、その数6万人と弾いた。拙著21~25頁を読んでもらいたい。

 統一教会は全国を55教区にわけて運営しているが、1教区に「日常的にある程度の献金をしている信者」が1000人いるとすれば、全国で5万5000人。
 私が弾いた6万人がそれほど間違っているとは思えない。

 何が言いたいか。
 文鮮明氏の頭の中にあるお父様と慕う日本の食口数は、日本の教団の公式発表の56万人という数字ではないか、ということである。
 このことを在韓日本人食口に聞いたところ、
「お父様の頭にあるのは、100万祝福家庭だと思いますよ。劉大行(ユーテヘン)総会長時代(98年~07年)に<100万み言訓読家庭教会の設立>という摂理がありました。劉総会長はこれに勝利したと文先生に報告しています。これをお父様は、100万祝福家庭(獲得)に勝利したと受け取られてしまったようです」

56万人か6万人か

 真相は不明だが、文鮮明氏の頭にあるのは公式発表56万人(28万世帯)として話を進める。

 そうだすると、今回の「40日摂理」の数字のすべてが間尺に合うのである。

 単純な算式である。300億円÷28万世帯=約10万8000円。
 40日にして約11万円なら、借金返済に追われカツカツの生活をしている食口家庭にとってはともかく、社会的には決して高い金額とは言えない。ふつうの生活をしていれば、それぐらいの預金はあるだろう。

 日本の食口が借金返済に追われていることを知らない文鮮明氏は、こう考えたのではなかろうか。

<28万の祝福家庭が40日間で11万円近くを献金すれば300億円か。世界統一教会の危機なのだし、食口もそれぐらいの負担なら十分対応してくれるだろう>
 
 つまり、分母が決定的にズレているのである!

 過去の経済摂理が高額なのも、現役教会員が56万人いることを前提にしているからなのだ。

 しかし、実際は6万人。私の推計では6万人のうち1万人が学生、青年としているので、実質5万人、2万5000家庭(偶然なのだが、宋総会長と同じ)である。
 この実数値をもとにすれば、300億円摂理の1家庭当たりの負担は120万円だ。
 社会的に批判されしてしかるべく高額献金である。

 どうしてこんな単純な小学生4年生レベルの算数が高偏差値多しと言われる教会員にはできないのか。
 不思議でならないと書きたいのだが、教団本部とて現役食口の数を把握していないのだから、計算式すら思いつかないのかもしれない。

 28万祝福家庭なのか、はたまた2万5000祝福家庭なのか。

 この母数がきわめて重要な意味をもつことを理解できない人のために、江戸時代を例に、わかりやすく説明しておく。

 ある村には領民が1万人いる。年貢米を1人1俵とすれば、年間1万俵が庄屋のところに集まる。
 以下は、村の年間の年貢米が1万俵だとした場合の話である。
 ところが、領民は実際には1000人しかいなかった。
 とすれば、領民1人あたりの年貢米は10俵。
 
 1俵は、1回あたり1合食べるとすれば400食分に相当する。
 10俵なら4000食だ。約11年分のお米である。
 これを年貢米として徴収されることになれば、逃散(退会、退会状態)と相成る。
 村の庄屋から借りて年貢米を納めたとしても、いずれ逃散(自己破産)と相成る。
 
 1000人の領民しかいないことを知りながら、領民は1万人いるとして1万俵の年貢米を、過酷な取り立てによって集めようとするのは、「おまえも悪よのぉ~」の悪代官だ。

 このような訳で、経済摂理の目標を決める上で母数はきわめて重要なのである。


「裸のメシア」でいいのか!? 

 前回のブログのコメント欄で、「改革」の言葉が何度も飛び交った。

 私の改革案を示す。
 実にシンプルである。

 統一教会本部ならびに地区-教区-教会が現役の教会員数の調査を行なうこと。
 これが初めの一歩、しかも重要な一歩だと確信している。

 最高幹部として、このことができるのは大嶋秀幸副本部長しかいないと考える。
 日本人の最高幹部は梶栗玄太郎会長だが、高齢の梶栗氏は療養中の身だし、最大の問題意識が如何せん、日韓トンネルの実現、飛んで、飛んで、そして雲のな~かである。

 多くの教会員にとって、日本人ナンバー2の最高幹部、大嶋氏の名前を聞くのは初めてかもしれない。
 先にも書いたように、新潟・北玄事件が起きたのを受けて、文鮮明氏は日本の組織を建て直すために、3男のクッチン氏を日本担当とした。09年2月のことである。そのときにクッチン氏が本部副本部長職に就くことを要請したのが会社社長をしていた大嶋秀幸氏であった。
 会社といっても資本金は3億円以上の一般企業(機械からCAD/CAM/CAEシステムまで取り扱う技術総合商社)である。

 教会のことしか知らない幹部と違って、社会的常識、社会的教養、実務能力はある。
 周辺の評判も悪くはない。

 その大嶋氏をリーダーに家庭教育局が中心となって、全国55の教区長を集め、現役教会員数の調査を行なう。
 この際の現役教会員は「日曜礼拝に定期的に顔を出している」ということになろう。

 それで、人数を調べる。実に簡単な作業である。
 そして、それを正直に「お父様」に報告する。
 日本には56万の食口がいると思い込んでいる文鮮明氏は卒倒するかもしれない。
 それを思って躊躇するならば、「お父様は裸の王様ならぬ裸のメシアのままでいい」ということになってしまう。それは文鮮明氏に失礼というものであろう。 バカにするな!

 次にやるべき改革案もシンプルだ。

 現役教会員すべてに借金の有無、借金の総額、月の返済額のアンケート調査をやること。 

 教会が最近になってやるようになった質問項目が山ほどあるようなものではなく、私が提案するアンケートは先の3項目だけ。これならすぐに回収できるはずだ。

 その結果を、やはり「お父様」に報告する。 おそらく借金の平均総額は300万円ぐらいになるのではないか。
「借金までして献金してはならない」(何度か発している御言葉)と語り、それが実行されていると思い込んでいる文鮮明氏は、やはり卒倒するかもしれない。
 しかし、「裸のメシア」にしてはならないのだ。

 この2つのことをやれば、統一教会改革の土台づくりはできる。

 文鮮明氏が、自分の愛すべき食口たちが借金漬けになっていることを認識したにもかかわらず、相変わらず、高額エンドレス献金を続けるというのなら、それは蛸が自分の足を食べるのと同じ。私が不作為の(知っていながら放置する)責任を問う前に、組織は自滅する。


世界会長がのけぞったド貧乏家庭  

 現役教会員の人数を把握していなくても、教会員の疲弊ぶりは教団中枢(局長クラス)はもとより、文3クッチン氏や文7ヒョンジン氏だって知っている。

 ある出来事ロジーを紹介しておく。

 世界会長の文7・ヒョンジン氏が訪日し、各地を巡回するとき、彼はいつも「一般家庭(つまり民百姓の家の様子)を見たい」という。
 教団本部は会長が訪日するたびに、各地の幹部と計らって、いくつかの家庭を候補にあげる。特別な家庭を紹介するのではないことをアピールするために、ヒョンジン氏にくじ引きで訪問する家を決めてもらう。 (ここらあたりの配慮は感心する)

 その最初の頃の話である。
 クジを引いた家庭に、ヒョンジン氏が訪問することになった。
 地域幹部は真っ青になり、そして訪問したヒョンジン氏はのけぞった。
 6畳1間の風呂なしのアパートに親子6人。はげ落ちた壁にメシア夫妻の写真。

 それで、次からクジ引き候補に、はなからド貧乏家庭を入れるのをやめにしようということになった。 
 
「そうしたことはありますが、クッチンニムやヒョンジンニムは日本の教会員が貧乏であることは知ってらっしゃる」(教団中枢)

 このエピソードを聞いてから、08年だったか東京・調布市の味の素スタジアムで開催された平和祭典に参加した。
 壇上で、文3・ヒョンジン氏が熱く平和を語っているのを横目に、私は貧乏家庭の姿を探した。
 左斜め前に、それらしき家族がいた。小糠雨そぼ降る中、貧相な服装の親子5人が身を寄せ合うにようにして、ヒョンジン氏の演説を聞き、続いて行なわれたアトラクションを熱心に見入っていた。

 母親の服装はとりわけ貧相で、20年前にイトーヨーカ堂(当時はハイカラなスーパー)で買ったようなポリエステル・ジョーゼットのよれよれのワンピース。彼女にとっては晴れの舞台の一張羅なのだろう。
 熱き信仰心は漂ってきたが、なんだかとても哀しかった。

 貧乏家庭の数はそれほど多くなかったように思う。しかし、帰り道、こう思った。
<それはそうだろうな。たとえば浦和駅から調布駅まで片道約600円、往復1200円。親子5人なら、子ども割引があっても、4200円はかかる。このスタジアムに来たくても来れない人のほうが多いのだろう。いや、もうそんな気力さえなく、夢も希望もなく、ひたすら借金を返し続けているだけの教会員もいるだろう>

 今でも、あのときの哀しくなった気持ちと、身を寄せ合うようにして壇上を見つめていた5人の家族、母親のよれよれのワンピースが走馬灯のように蘇る。

            -続く-

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コメント

さすが、米本さん。でも・・・。

いつも、末端信者である私たちの声にならない声を代弁してくださり、ありがとうございます。
この記事を読んで、最初は『え~っ、ひどい。こんな風に書かなくても…。』という気持ちも持ちつつ、『とにかく最後まで読まなくては判断はできない。』と思って最後まで、何回も読みました。
もっともだなぁと思うところも多かったです。特に"われらの不快な隣人"にもありました、献金の計算方法は妥当だと思います。
1/10献金が、きちんとなされてお寺や神社や、普通のキリスト教会のように、教会の基本的な運営が安定していれば、緊急に必要な献金の要請があったとしても、今とは違っていたと思います。
長い歴史の中で、さまざまな歪が積もり積もって、今のようになってしまったのが日本統一教会の現状であり、私たちの姿です。
おっしゃるとおり、私たちは反省して変わらなければなりません。

そのためにも、記事の中に一つ欠けていることがあると思い投稿させてもらいました。
米本さんは、末端信者の悲哀を共に感じながら義憤に駆られて書いてくださっていますね。
どうにもならないことが、自分にもあり、周りのメンバーにもあったこと、今でもあることを知っています。
米本さんが書いてくださっているように、幹部がお金をくすねたり、いろんなこともあったのでしょう。私たちの先祖が味わったような理不尽さを、悪代官のもとで私たちも味わったのかもしれません。
しかし、一方では、家庭の状況が破綻しそうな状況なので、献金しないほうがいいと言っても、それができない人がいるという現実もあります。
そこが抜けているのではないかと思いました。

かつて、私もそうだったかもしれません。
しかし、私たちができないことをできないとはっきりと言わなければ、いつまでも責任者はできると思うのですから、一方的に責任者だけの問題ではないと思います。
これは、男性によるDVから逃れられない女性の心理に似ていると思います。
嫌われたくないから、ノーと言えない。ひどい仕打ちをした後に、負債の念から男性が優しくしたりすると、その構造と本質が見抜けずに『やっぱり、この人もいい人なんだ』と言いなりになってしまうというようなことです。
また、男性は男性で、できない、嫌だといいつつも女性が自分の願いを何とか聞いてくれる姿を見て、できないっていってもできるじゃないかと思うようなものです。

でも、統一教会は暴力をふるったり、DVの男性のように逃げても執拗においかけてくるわけではありません。
嫌なら、しなければいいし、辞めたければ辞めることも自由です。

では、なぜ統一教会員がはたから見ると、言いなりになっているかのように見えるのでしょうか?
それは、その人が献金しなければ地獄に行くと思っていたり、責任者から冷たくされることが嫌だったりするという、DV同様にノーと言えない気持ちがあるからです。
これを、突き詰めると結局、自分を守りたいということに尽きると思います。

かつて、我が家もひどい借金地獄にまみれて、典型的な日本食口の家庭でした。
真面目に働き、酒もたばこも飲まず、趣味も持たず、ほとんどお小遣いらしいお小遣いも持たない主人に申し訳なく思い、自分の家計に対する管理能力がないのではと苦しんでいました。
あるときは、やっと授かった大切な長男が病気になり病院に連れて行きたいのに、連れていくお金がなくて、教会に電話しました。事情を説明して「今月返してくださる予定のお金のうちの1万円だけでいいから、返してください」と会計の方に直談判しました。
その上、その方が責任者に確認もせずに、教会も大変だから云々といわれるので「あなたは責任者ではないでしょう。勝手に判断しないで、私の事情をちゃんと伝えてください。」とまでいいました。私の報告を聞いた仏さまのように温和な主人は「まるで、取税人のようだなぁ。」と苦笑いしていました。
私は、子供に何かあって教会を恨むようなことになるよりは、取税人でもいいと思いました。
すごく批判的な人、信仰のない人などいろいろ言われるだろうなとも思いましたが、私の家庭や子供の責任を誰かが持ってくれるわけではないのだから、それでもいいと思ったんです。

私と同じころに祝福を受け、子供を授かった方のほとんどは、大変でも無理をして返済し、小さい子供さんがいるのに、お母さんが働きに出たりしながら頑張っていました。「ちゃんと言ったらいいのに」というと「でも、教会も大変だから」と言っていました。
教会員が現状をきちんといわずに、ある日突然辞めてしまったり、異端に行ったりしてしまう裸の王様状況は、文鮮明先生だけでなく、日本の責任者のほとんどが味わっている悲哀です。

アメリカで、「国進様が拉致監禁による強制改宗に積極的、具体的に関わり、責任を持ってくださっている。これから日本は変わっていく。」と聞き、苦労している故郷のメンバーに知らせてあげようと思い電話しました。その方曰く、「でも、国進さまの方針に、幹部の方たちは、ハイと返事しても、そのごとくできず、次の月に、できていないのに、できたと報告して、国進様はできたと思われるから、次の指示をされるんだって。それで、もっとできなくなるから、責任者会議に行きたくないって知り合いの責任者に聞いているわよ。」と。私は思わず「それじゃ、国進さまは、裸の王様じゃないですか、その責任者に事実を報告してくださいと伝えてください。」と言ったら「そんなの無理でしょ。」とおっしゃっていました。
今日、米本さんの記事を見て、国進氏どころか、文鮮明先生までも裸の王様にしてしまっていたんだということに気が付き、大変なことだと思いました。
そしたら、一番哀しく、かわいそうなのは、事実を知らされずに、私たちを信じてくださる、文鮮明先生なのではないのですかね。

トップダウンは通用しない

<正直に「お父様」に報告する。
 日本には56万の食口がいると思い込んでいる文鮮明氏は卒倒するかもしれない>

アンケート調査をして、その結果をボスに報告する…。

一般的な組織(会社、法人)なら、それも一つの対策として有効かもしれません。しかし、…。

トップは90歳を超えるご老人。
上層部と一般信者との間の信頼関係は必ずしも強くなく、お金の流れも複数あり、資産管理もきっちりしてはいない(そう見える)。

まじめにアンケートに答える信者もいるでしょうが、大半は半信半疑で、それに応じないと思われます。

身ぐるみ剥がして献金させようと、全資産、全口座を紙に書かせて提出させようとした責任者までいましたからね(今はどうか?)。
怖くて、怖くて、そんなアンケートには、応じられないでしょう。

そうでなくても、献金の話ばかりするので、教会に足を運ぶ信者がどんどん減っているのですから。

教会幹部は過去のやり方が今なお通用すると思いこんでいるように見えます。
何か、純宗教的な条件さえ整えば、現実の諸問題がいい方向に転がっていく、と思いこんでいるようです。

教会責任者(中間管理職)は、人事権を含む、ありとあらゆる権限を上層部に握られていますので、異を唱えることはできません。
異を唱える、という気持ち・意思すら、放棄しているようです。

上層部の人、各信徒がそれぞれ悟って、主体的、自律的に行動を取ることで、組織全体をいい方向に持って行くしかないのではないでしょうか。

すでに、トップダウンではどうにもならないような組織になっていると思います(特にお金の問題は)。

すばらしい!

いつも楽しく拝読しております。元献身者の「むーちゃん」です。素晴らしきリサーチ情報と分析力に関心しております。

今まで教会は信者に対して「報連相」を徹底する様に教育してきました。何かあったらカインはアベルに報告する様に!と。しかし、上の幹部が真のお父様に報告をしていないとは、どういう事でしょうか?「お父様にこれ以上ご心配かけたくない」「怒られるのが怖い」どういう理由だか何だか知りませんが、米本さんの言う通り、その信者の行動は「裸のメシア」を作ってきました。

また、おそらく文氏も見えていない世界が多くあると思います。かわいい信者の欠点は見えないのでしょうか?信じてるから?信じると見えなくなります。また、国民性もあるでしょう。

米本さんの言う通り、おそらく文氏の頭で展開されている世界と私たちが作り上げた世界は天と地の差があるのでしょう。

トップの、リーダーの指名は「ヴィションを掲げる」事です。統一教会では「天一国創建」でしょうか?そして目標を掲げます。あといくら必要で、何年まで…。

お金の集め方を考えるのも幹部です。経理やら何やらは幹部の仕事です。「どのように集めなさい」とまで指示しない筈です。
まさか、日本人が詐欺を働き人を騙してお金を得ているとは思いもでしょう。

しかし、「詐欺の王」となってしまった文氏。
それは教会員は作り上げた姿です。そしてこのイメージを払拭するのは時間がかかるでしょう。

では、どうすれば良かったのか?

私が思うに、容易に「アボジ!やります!」とか言わずに「できません!」って言えば良かったのではないでしょうか?お前がやるんじゃないでしょ?信者がやるんです。
「アボジ、300億円もありません!そんなに信者もいません!みんな借金で火の車です!これ以上やったら信者は逃げていきます!」文氏に近い幹部が言うべきです。

これが「報連相」をしろ!って事です。
もし文氏が知っていたら、これまた問題です。

文氏が理想とした「教会」とは何でしょうか?

教会員が幸せに生き、「み言」を実践して社会でも成功し、神を中心とした自分の特技や好きな事を多くの人と分かち合う。その事によって、自然にお金や人が寄ってくる。10分の1献金だけでも多額のお金が教会に入り、そのお金で世界中の困っている人達に豊さを分け与える…みたいなイメージではないでしょうか?

他の宗教団体がやってる様に。

現状は…教会員は不幸のどん底。み言で人を利用しようとし、人に当てはめて自分にはあてはめない。責任者は人から搾取するが自分は働きもしない。働いた事もないやつが幹部やってるから、お金の稼ぎ方も尊さも知らない。それどころか献金をくすねて車買ったりビル買う奴がいる。信者は自分も得意な事も好きな事も「み旨のため!」と、とっくにささげてしまい何もない。友人もいないし、多くの人を喜びを分かち合ってないから、金もない。教会には金は入らない。愛のない教会から人はどんどん去っていく。人が減るから一人あたりのノルマがどんどんふくれる。元信者からは多額の返金請求。裁判問題。仕方なく詐欺を繰り返し社会的にも詐欺団体のレッテルを張られる。

みたいな構図でしょうか?

私も教会は滅びるべき!と思う一人です。
しかし、米本さんが教会員ではないし、メシアとも信じてないのに「教会信じる人の為に潰さない」という結論に至るところがすごいと思います。

私もその5%を信じてみようかと思います。

米本さんへ

拉致監禁をなくすために、統一教会を批判する!--ホントですか?そう思うのは、私一人では、ないと思います。

統一教会の献金のやり方が悪いから、伝道の仕方が悪いから、拉致監禁が起きるのでしょうか?それだけではないと思います。それよりもっと、本質的な、根本的な原因があると思います。それは以下の2つだと、私は、思います。
(1)拉致監禁を行う主勢力は、反対牧師です。誰に反対しているのか!文鮮明師にです。彼らは、文師を、世を騒がす偽メシア、社会混乱を引き起こしている大悪人と見ています。ですから、この大悪人からだまされている統一教会員を、拉致監禁してまでも、”救出”しなければいけないと、牧師としての強い信念を持って命がけの情熱を、注いでいます。

(2) 統一教会は、キリスト教で言う、父なる神を信じ、その神の実在を実感している宗教団体です。
ところが、唯物論的な共産主義者にとっては、”神は死んで”おり、”宗教は、阿片’です。有田氏のような、共産主義の思想を持っている人、また、左翼思想の弁護士や知識人、またその影響下にあるマスコミ、これらの人にとって、宗教は、麻薬であり、有害物質です。この有害物質なる統一教会を、破壊しなければ、平和な共産主義の世界は、来ないのです。そのためには、拉致監禁どんなことでもしなければならないでしょう。

信者の家族が、自分の息子娘の改宗を願ったとしても、背後に、このような反対牧師や、共産主義的な人たちが、いなければ、どうして、自分の子供を、自殺に追いやるような、ひどい拉致監禁を、するでしょうか?

米本さんは、統一教会批判の取材をする過程で拉致監禁が実際に行われていることを知り、今までの、ご自分の立場を捨てて、その事実を、国民に知らせてくださいました。この、勇気ある行動は、永遠に語りつがれることでしょう!

おっしゃるとうり、献金のやり方など、たくさんの変革が必要です。
しかし、米本さんの、献金問題に的を当てた、バッシングにも、思えるような、統一教会批判は、少し残念に私は、思います。
貧しく哀れな、統一教会員を、救い出すためには、統一教会が、壊れた方が良いのではないか?と、お考えのようにすら、感じられます。

風呂もない6畳一間に、6人で住みながら献金したり、女性が20年前の古い服を着て信者達の大会に参加したとしても、それだけを見て、単に同情したり又、批判することは、出来ないと思います。神を信じ、文師を、慕って歩く統一食口の心の中は、外側から見ただけでは、わからない世界が、あると思うからです。信じられないようなむしろばかげているようなみすぼらしさの中で、この方たちの心の中に、真の父母への、孝行心と、日本の将来を思う、ひたむきな、思いがあるかもしれません。
”ボロは着てても、心は錦!”日本人は、この気持ちがわかります。

実は、私も、以前、風呂なしの3畳間で,2年間ほど,生活したことがあります.トイレも、台所も10人ぐらいの共同でした。立ち机を置き、布団を敷くと、それで一杯でした。その上、私はそのとき35歳の、オールドミスで、外から見れば、惨めな立場で、惨めな生活でした。私は、文師が願う平和な世界を作るための、一員でありたいと思って活動しました。しかし、外側から見る惨めさとは違って、心の中では、神の存在と、霊界からの、助けを、いつも感じていました。

”神がいようと、いまいと、統一教会の献金のやり方は、悪い” 又、”この統一教会の献金額は、氣違い沙汰だ!”と、米本さんがおっしゃることは、そのとうりです。
では、何故、文鮮明師が、そのような、莫大な献金を願われるのでしょうか?それは、日本や、米国、そして、世界の将来のために、本来なら、政府、政治家がしなければならないことを、政治家たちがやっていないので、それを、文師が、代わりにやっておられるからです。
日本からの莫大な献金で運営されている、米国のワシントンタイムスがなかったら、ゴルバチョフは、ソビエトの終焉を、もっと引き伸ばし、共産主義による犠牲者は、もっと増えていたことでしょう。
京都府の政治が、改善されるためにも、たくさんの、献金が、使われたことでしょう。人類の食料危機も、遠い将来のことではありません、その解決は、海洋資源にあると、文師は、30年も40年も前から、漁業産業や、船の開発に、たくさんのお金を、つぎ込まれました。これは、世界の将来、私たちの孫や、ひ孫たちのためでもあります。又、今の、国際状況から見て、日韓トンネルプロジェクトが、死活的に重要なのは、一目瞭然でしょう。これらのことは、その国の、政治家たちが、するべきことではないでしょうか?このような、緊急課題を横において、自分たちの党の権力争いに明け暮れている、政治家に任せておられないので、文師が、やっておられるのです。多くの人から、唾を、かけ続けられながらです。
米本さんが、韓国、米国、南米など、統一教会の、幅広い実態を、見られた後で、この、日本の献金問題を、批判していただけたら、うれしいです。

そんなところまで出かける、時間と、金がないとおっしゃいますな!
”意思あるところに、道ありき”です。統一教会の、実態を、粒さに見て、真実と事実を、報道して下さるなら、米本さんの熱意に呼応して、カンパを申し出る有志が、たくさん出てくるでしょう!私も、その、一人です。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
  • [2011/09/05 18:33]
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  • Georgia Pine
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有田議員のネタ元

雑誌ジャーナリズムの視点から、有田議員のネタ元は現役幹部ではなく元幹部、しかも文3派ないし文3派の動きを利用して何らかの企みを抱いている元信者グループ、というご指摘に感銘を受けました! さすがジャーナリスト。コメンテイターとは大違いの分析力です。

たしかに、文春の記事は文3側に偏っていましたよね。有田議員も文春も、分派さんにうまく利用されているんですかねえ?

ぜひ今後、この「有田議員のネタ元」にも迫ってほしいなあと、一教会員としては感じました。

共に模索する、と考えてみては?

09/05のGeorgia Pineさんの生き方、信徒としては、よく理解できます。たぶん、端くれながら、私も同じように生きているのかもしれません(笑)。

自分の生き方としては、それもそれと思って納得してます。

ただ、全ての教会員が、それでいいかと言えば、そうは思ってません。

一つ、最近のエピソードを書きます。
とある集会で、10年ぶりに現れた人がいました。皆、懐かしく喜んでいました。その人は、
「10年間、教会への気持ちは変わらなかったが、どうしても借金返済に集中するしかなかった」
と言いました。お子さんの病気も含めて、ご苦労なさったようです。

その場の多くの人が涙しました。ふと見ると、責任者も涙していました。

それを見た私の心は、複雑でした。10年前、その人が、苦労の種を抱えた頃からのアベルである責任者が、一緒にただ涙していていいのだろうか…と思ったからです。
教会員としての気持ちをもった人が、10年間も活動できない状態に陥る前に、相談に応えることが出来なかった自分の立場が理解できていないのではないか…と。

教会の多くの責任者は、邪悪な人ではないと思います。ただ、自分の立場が理解できているかと言えば、残念ながら、そうでもないようにも思います。
一緒に涙するだけで心がいっぱいの人が多いように思うのです。
それは、「信徒の心」であって、「責任者の心」ではないように思うのです。

教会の成長期に、左翼的な外敵との闘争に、投入や回避をしすぎたり、目先の実績に追われたりしすぎて数十年を費やし、未だ「責任者とは何か?」という確たるものが共通認識されてないように思えます。
もし、認識されていれば、創立から半世紀を迎えて、こんなブログ談義はなかったはずです。

エピソードの中の責任者を責めたいとは思いません(いい人ですから)。
でも、冷静に考えても、単なる信徒ではない「責任者としての心のあり方」を模索するということは、今後の統一教会のためにも、大切なことではないかという思いが残ります。
「総括」のための重要なテーマの一つには違いないと思うのです。

過去の傷にふれることは、情けなくて痛いことです。でも、未来に同じ過ちを繰り返す恐ろしさよりは、ましかもしれません。

拉致監禁も、宗教的なモラル違反も、早く解決したいものです。
そのために、誰かが誰かを責めていると考えずに、共に模索したいと思います。
そういう気持ちで、時々投稿します。

反カルトのカルト性

記事から連想された些細な疑問です。

週刊文春石井謙一郎記者、
このような記者が有田芳生議員と共に拉致監禁を扇動しているのでしょうか。

そうであるならば、拉致監禁・強制脱会問題における一部報道の責任も大きいですね。

日本国内における反統一教会諸派(保護説得主張、推進、黙認 及び 拉致監禁否定派)の連帯は根が深そうです。

あっ晴れ、Georgia Pine さん。が・・。

最後まで、内容を読んでみて感動もしましたが、最初は??でした。

"拉致監禁をなくすために、統一教会を批判する!--ホントですか?そう思うのは、私一人では、ないと思います。
貧しく哀れな、統一教会員を、救い出すためには、統一教会が、壊れた方が良いのではないか?と、お考えのようにすら、感じられます。 "

私は、同じ記事を見て、
「統一教会がなくなったら、哀れな教会員が発狂したり、自殺したりするかもしれないから、大変だー。だから、潰したりできない。でも、今のままでも、だめなんだ。なんで気が付いてくれないんだょー。」
という、悲痛な叫びに聞こえましたが。

違法性、上には上が

<特定商取引法違反で約40人の教会員が逮捕される前の状況と同じようになりつつあるのだ>

統一教会の内部が分裂して、さらに違法行為に走る危険性が…。
ただただ、違法行為に走らないことを祈ります。

しかし、違法行為に走らない限り、このような心配は、あくまでも教団自体のことなので、ある意味、どうでもいいことだと思います。

北朝鮮が独裁政治を行っていて、自壊の道をたどっています。これも、ある意味、どうしようもないことです。

貧しい北朝鮮国民は助けたいですが、下手に支援すると、独裁政治の延命を助長することになり、悪政が続くことになります。

外圧を与えることはできても、最後は、北朝鮮自体が自らの非に気付いて、変わらなければいけません。

統一教会も同様に、それ自体で主体的に変わらなければいけません。

日本政府も日本国民もマスコミも、統一教会の発展など、願ってはいません。統一教会は国家に間借りさせてもらっている、という認識が必要だと思います。

統一教会の違法行為にノー。
社会に対して違法な行為をしないなら、献金で自分で自分の首を絞めようと、自壊しようと、そんなこと知ったことではありません。任意団体ですし、人は何を信じても、自由ですから。

では、何が問題か。
そんな自分のこともちゃんとできない社会的弱者の統一教会を食い物にして、コソコソと違法な行為をやっている連中がいる、ということです。

どんなに統一教会が悪い、反社会的団体だ、と叫ぼうが、拉致監禁の罪は許されることではありません。

拉致監禁のことについて一切触れず(拉致監禁に加担しつつ)、統一教会がどうのこうのとかき立てる、週刊文春の関係者も同罪です。

統一教会の違法行為にノー。
拉致監禁は統一教会の違法行為以上の大罪です。だから、何としても解決しなければならないと思います。

統一教会を良くする、などということは、ある意味、公益性のない、どうでもいい話のように思います。

涙が流れました…

<統一教会の財産はすべてといってもいいほど、日本の食口たちが文氏の妻とか文3や文4とかではなく、ひたすらメシアと信じる「お父様」のために、血と涙と汗を流しながら、家族旅行がしたい、ピアノが欲しいといった子どもの切なる声を断腸の思いで無視し、様々な貧乏物語の中から紡ぎ出したものである。 >

上記の米本さんの記事を読み、ただただ涙が流れました。子供はたくさん作れと言っておきながら、高額献金をエンドレスに要求し、氏族メシアになれと言っておきながら、氏族にお金を無心させるなど、手足を切っておきながら、さあ歩け、走れと言っているようなものです。言っていることとやっていることが正反対な不統一教会でね。

私もほとんどが献金のための借金で自己破産しました。そのことが今でも心の傷になっています。教会にいればいるほど、通えば通うほど、借金してまで献金してはいけないと心(良心)では分かっていても、献金せざるを得ない状態になってしまうものです。献金せざる者、食口にあらずの雰囲気ですから。

そうやって集めた献金を、今、ロイヤルファミリーが奪い合いをしている体たらくは、本当に情けないやら、腹立たしいやら。文中に<裸のメシア>という表現がありましたが、文氏はアボジでなく、パボジ(爺)になっているのでは?

メシアだと思うから、現在の惨状をメシアなのに・・・という思いが出てくるのかも。むーちゃんが表現しておられるように初めから、<詐欺の王>と思えば、不正に蓄財したり日本人の献金をくすねてベンツに乗り換える韓国人幹部がばっこしていることや、何とか商法で日本人の財産を平気で奪ったりすることなどは果せるかなという思いになったりもします。

米本さんが分かりやすい改革案を提示されていますが、私個人としてはそれでも抜本的改革は難しいと感じます。韓国至上主義の教義に加え、自己中心的要素が強い韓国人幹部が上層部にいる組織は日本人の諌言など聞くはずもないと私の体験上、そう思うからです。

私の改革案は、むーちゃんがコメントされていましたように、今の統一教会は一度潰れるべきだと思っています。それこそ、今まで教会が犯してきた罪を蕩減する、具体的には日本人から新たな献金を要求するのではなく、今韓国中心にある世界中の資産を売却したり、不正蓄財、公金横領した韓国人幹部等の資産を所有権返還させ(しないと思うが)、裁判を起こした被害者の損害賠償にとにかく当て清算する。そして、文氏は最高責任者として、今までの責任を取って当然辞任してもらい、文7の亨進氏を中心とした、純粋な宗教活動のみを行う新たな宗教団体として再出発をする。てな感じです。もちろんそこには傲慢で不正な韓国人元幹部はおらず(所有権返還して悔い改めた場合OK)、謙虚で純粋で公正明大な韓国人や日本人を中心に、メシアの究極のみことば「ために生きる」を実体を通して世界に証して本当の幸せを広げていく。そういう教会なら、神様も共にあり、それこそ天使、絶対善霊も協助するのではないでしょうか。

義憤

こういう内容のブログ記事は難しいですね。献金や布施の理解の仕方は、教団信徒と外部者とではまったく異なる場合があります。外部からは、みすぼらしい服装の貧しい信徒の姿は哀れに見え、その献金で活動する教団指導者や幹部は贅沢三昧の悪党に見えてしまう。しかし、信徒や信仰を内在的に理解する者の眼には、そのみすぼらしい服装の信徒の姿が、最も光り輝いて見えることもあるのです。

思うに、信仰に無縁な外部者の献金や布施についての義憤が許されるのは、教団幹部による「中抜き行為」が中心でしょう。日本を代表する複数の大教団でも、かつては幹部や教団職員による「中抜き」が横行しましたが、現在ではそのほとんどは自浄されています。基本的に生き残っていく教団とは、そうした自浄の年輪を重ねていくものです。

また、外部者が拉致監禁を生む元凶として教会献金を批判できるのは、それが霊感商法や家系図伝道など、対社会関係において著しい弊害を生じさせる場合だけです。中抜き現象、献金原資の社会的発掘の仕方。それに加えれば、信仰活動とかけ離れた教団資金の使い方。外部者の献金批判の範囲設定には、普段以上の節度と配慮が求められます。

それに、もうひとつ、こうした匿名投稿ブログでは義憤先行の献金批判、それも拉致監禁問題と直結した献金批判記事は、別の目的を持つ者、つまり拉致監禁を推進する者や教団に亀裂をもたらそうと画策する者に容易に利用されます。「信仰なき義憤」は、拉致監禁なくして過剰献金は止められない、教団崩壊なくして社会と信者を不幸にする過剰献金名はなくならない、というステレオタイプの安易過ぎる社会的な理解の仕方にいとも容易く誘導できるからです。

信仰者や信仰の内在的理解者は、言葉遣いや雰囲気でそうした匿名投稿の本質を簡単に見破ります。しかし、彼らの標的は信仰者ではなく、拉致監禁容認や教団解体に容易く誘導される、一般社会の人々のフィーリングにあるからです。過去の数々の歴史、事件を検証するまでもなく、心したいものです。

驟雨氏を批判す!

 共感共鳴共苦という立場から、数多くの真実投稿に、泣いたり怒ったり、それこそ義憤に駆られたり。

 ただ、驟雨氏の投稿だけは何の共感共鳴共苦といった感情を呼び起こさなかった。それどころか、柔らかな言葉の中に、現役食口に対して恫喝めいたものを感じた。

 つまり、驟雨氏は直接何も意味あることを語っていないのだが、言っている内容は「教会員がホンネ投稿すれば、拉致監禁派に利用される。だから書くな」。教会員が真実を書けば、拉致監禁派に利用される-と脅しているように思われる。

 驟雨氏はこう語る。
>思うに、信仰に無縁な外部者の献金や布施についての義憤が許されるのは、教団幹部による「中抜き行為」が中心でしょう。

 頭が悪くて言っているのか、頭が良くて隠蔽的に言っているのか。よくわからないのだけど、「中抜き」は横領事件(犯罪)だから、義憤もなにも、刑務所行きでしょうが。こういうレベルのことがわからない驟雨氏は献金でメシを食っている輩かと。

 あとは少しばかりの各論。

> こういう内容のブログ記事は難しいですね。献金や布施の理解の仕方は、教団信徒と外部者とではまったく異なる場合があります。外部からは、みすぼらしい服装の貧しい信徒の姿は哀れに見え、その献金で活動する教団指導者や幹部は贅沢三昧の悪党に見えてしまう。しかし、信徒や信仰を内在的に理解する者の眼には、そのみすぼらしい服装の信徒の姿が、最も光り輝いて見えることもあるのです。

 20年前にイトーヨーカ堂で買ったようなヨレヨレの服を着ている母親が不幸だとは書いていない。「熱き信仰心は漂ってきたが」と書いている。

>思うに、信仰に無縁な外部者の献金や布施についての義憤が許されるのは、教団幹部による「中抜き行為」が中心でしょう。

 驟雨氏は意図的・意識的だと思うけど、あえて「内部者」と「外部者」とを分別している。

 しかしながら、内部と外部とは関係なくなっているのだ。

 40人以上の教会員が逮捕された。
 前代未聞の事件である。

 徳野前会長は朝毎読を含め主要全国紙の記者の前で、頭を下げ、「国民から信頼される模範的な宗教団体になります」と宣言したのである。違うかぁ!

 これを受けて、私は教団の動きをチェックしている。

 驟雨氏はこういう直近の事実をあえて意図的に度外視している。 

考えていただく種

米本さん

この前は済みませんでした。確かに独占状態。ルール違反云々じゃなくて、常識の問題ですね。

反省して、(下)がアップされて、意見がかなり出たところで発言しようかと思ってましたが、仕事の関係でしばらく居なくなるものですから、戻ってきたころにこの話題が終わっていたら、腹が膨れてしょうがないと、出てきました。

御容赦を。

とはいっても、意見そのものはさすがに自粛して、考えて頂く種を提供しようかと。

さて、ブログ本文の長い長い注釈の米本さんの提案

統一教会本部ならびに地区-教区-教会が現役の教会員数の調査を行なうこと。
 これが初めの一歩、しかも重要な一歩だと確信している。


これには、私も意表を突かれました。でも、米本さんらしい提案だと、妙に感心してしまいました。

ただ、統一教会の外部の人の意見の中でも、統一教会に所属する人の身を思っての提案であるのに(「統一教会」を思ってはなく、「所属している人の身」を思ってです)、統一教会の人たちからの反応はあまり芳しくありません。

私なんかから見れば、何はどうあれ、「これほど親身な提案なのにな・・・・」と、意見の違いがあっても、それ自体には非常に感激してもいいじゃないかと思うのですが、なんかなぁ・・・というのが感想ですが。

私がこの前書いたのは、統一教会の外部、しかも、統一教会なんかどうでもいい(それが一般的でしょうから)というような立場での内容だったのですが、

米本さんの意見と提案は、統一教会ではなく、統一教会に所属する人の身を案じての、もう一歩そちらに側に踏み込まれたご提案でしょう。

で、ちょっと整理すると、

外部の意見としては、最大公約的に統一教会にいの一番に望むものとは、

①外部に迷惑かけるな。
端的に言えば、「違法勧誘」「違法金集め」をするな。

でしょう。米本さんの問題意識からすれば、それは、「拉致監禁問題」を誘発させる原因であり、主原因である拉致監禁首謀者たちの活動が封じ込めなくても、それだけでも劇的に、拉致監禁被害が少なくなる、もしくは終息するとお考えだと思います。

ここらは、何に重点を置くかで意見が分かれるのかもしれませんが、私としては、流石は米本さん判っておられると、諸手を挙げて賛成のところです。

ここで注意したいのは、外部が望んでいるのは、「違法勧誘」と「違法金集め」をやめること。

迷惑だから、違法になっているわけで、不幸になるから違法になっているわけです。

逆に言えば、「まっとうな勧誘」「まっとうな金集め」は迷惑じゃない。

このことは留意すべきことです。

ようは、まっとうにやってくれれば文句なし、というのが外部の意見になるかと思います(まっとうにできるかどうかは別として(笑))。

このまっとうにできない原因は、「高額エンドレス献金」であると米本さんは判断され、統一教会員に所属している人の身も案じての御提案だったと思います。

ここで、ちょっと統一教会の方たちの身になって、発想してみたいと思います。

文師というのは、統一教会の人たちにとってみれば、イエスの使命後継者で、その完成者です。

イエスは聖書を読めば、神の独り子で、かなりの奇跡を顕現させ、かなりの霊力(超能力?)を持つ人物として描かれています。また、当然ながら神と直接対話でき、神の命令によって動いた人物という概念も持っているわけです。
統一教会の人からすれば、文師はその後継者です。霊力(超能力?)も当然、イエスと同等と判断されているはずです。神の命令で動いているというのも受け継いでいると考えているわけです。

そうすると、どうなるかというと、

神の命令で献金を出しているとしたら、米本さんの御提案の内容で献金金額が変わるようだったら、文師は本物じゃないとなる・・・というジレンマに陥るわけです。

また、高い霊力を持っているわけですので、信者の状況と思いは、当然ながら霊感で判っており、自分の命令の影響も判っているはず、と思っておられるのではないかと思います。
ところが、米本さんの御提案の内容は、文師はその状況があまり判っておらず、自分の命令の影響も霊感で判っていないという前提に立っているように感じられるのではないかと。

それが、統一教会の人達の反応につながっているのではないかと思います。

ようは、統一教会の人には文師を貶されたように感じる、という事です(米本さんに意図はそこにはないという事はよくわかりますけど、統一教会の人達にはそう感じられるということが問題という事です)。

ま、実際、何がどうなっているのかは判らないので、米本さんの御提案内容は非常に有効なのかもしれませんが、

それはそれとしての話で、統一教会の人達にどう受け取られるかの話です。

それで、私としては基本に立ち返って、

外部としては、「違法勧誘」「違法金集め」を失くしてもらえばいい、逆に言えば「合法勧誘」「合法金集め」を行う体質にするためにはどういう改革をすればいいのか?

ということを主眼においた方がよいような気がします。

統一教会内部で賄えないほどの献金要請がある。ということは、外部に支援を頼まざるを得ないわけです。

じゃぁ、外部に支援を要請するためにはどうするのか?

当然、今のままじゃだめですよね。

「アフリカの貧しい子供たちに学校を建てるために献金をお願いします」、って、普通のボランティア活動をしている団体が使うようなセリフを統一教会の人が言っても、今のままじゃ、「馬鹿かお前」で済んじゃいます。

結局は、統一教会自体が世間の信用を取り戻し、良い活動をしていると認められなくてはいけないわけです。

拉致監禁にしても、親たちが統一教会が悪いことをして、貧乏して苦労しながら、その御先棒を担いで不幸になっていくわが子をどうにかしたいという親心が発端となっているのですが、
それが、統一教会はいいことをしていて、その活動のために貧乏している頭の下がる人達であると、世間に認められれば、親たちもわが子が貧乏して苦労してても、拉致監禁をしてまで引き戻さないといけないとは思わないでしょう。

私としては、そちらからのアプローチの方が、統一教会の真面目な信者さんたちには受け入れやすいのではないかと、思うのですが。

とにかく、外部の要望としては「違法勧誘」と「違法金集め」が起こらないようにしてくれればいいわけで、

合法的な勧誘、納得ずくの入信、納得ずくの献金ならば、別段、文句はないわけですから。

どうでしょうか?

<追記>
意見ではなく、考えて頂く種という位置づけでしたが、読み返すと、意見になっていますね。
私の意見好きにも困ったものです。
直さないといけないと思いますが、とりあえず、今回は、このままで、すみません

宗教、思想は、その人の生き方

米本さん、このように討論できる場を提供してくださり感謝しています。本来なら、私たちがしなければならないことなのに・・ありがとうございます。

ところで、教会員の方かなと思う方に、宗教者の心は外からは分からないと取れるような書き込みがあるのは、おかしいと思います。
そんなことを言っていたら、私たちをカルトと決めつけて、カルト信者に何言っても分からないと言っている人たちと同じではないですか?

信仰心を持って、世の中の人たちに良い影響を与えながら、共に社会で生きている方たちが仏教でも、キリスト教でも、神道でも、ユダヤ、イスラム、ヒンズー教その他あらゆる宗教でも、たくさんいらっしゃいます。
私たちが、そんなこと言ったら、統一教会だけが、そのようには生きられないと言っているようなものです。

信仰生活と、社会生活がかけ離れて融合できなければ、社会の中にいながら山奥で隠遁生活を送っているのと同じです。
社会の中で生きる以上、私たちはいかなる思想信条を持つとしても、果たすべき責任は果たさなくてはいけません。
それができなければ、何を考えている人かわからず、テロやゲリラを起こしていくような人たちと同じように見られても仕方なくなりますよ。
信仰の自由を守ってほしいと権利を主張する以上、責任も果たさなくてはならないのは、小学校の高学年の子供たちでもわかることです。

私は、米本さんの"献金-最大の問題は分母のずれ "を読んで、"太閤検地"のようだなぁと思いました。
秀吉が、各地を征服するごとに検地を行い、征服地を確実に把握して全国統一を行い、それがひいては徳川300年の幕藩体制の基礎となったことを考えながら、どんなに大変でもやらなくてはいけないと思います。

でも、アンケートよりは、一人一人の事情をじっくりと聴き、親身になって考えてほしいです。
えっ?責任者の方たち、忙しくてそんな暇はないですって?
それは、通用しません。
世界を救うため、東西問題、南北問題を解決して、世界中のかわいそうな人たちを一日も早く助けるためにと、献金してもらうときには、一人一人じっくり話を聞いたんですから、いま、目の前にいる、かわいそうな日本のメンバーを救うためにも、寝ないで話を聞かなくては偽善といわれても、しかたありません。


Re 驟雨氏を批判す!

徳野前会長は「内部者」の代表として、外部社会に迷惑をかけたことを、「外部者」の代表格のメディアを通じて「外部者」に謝罪したのです。お間違いなきように。

自分はあくまで「外部者」であり、外部からある教団と社会の関わりに注目しているのだ、という分限の意識は大切だと思います。
教団「外部者」が「内部者」の世界にどう関われるのか。「内部者」の教団に対する不満不平は、内部世界で自ら自浄消化されるべきでしよう。消化できなければ、その教団は滅ぶだけです。「内部者」になれない限り、その滅亡する姿を見届けることが、「内部者」の世界に関心を寄せる「外部者」にできることの限界といえるでしょう。
「外部者」が社会との関わりというハードルを超えて「内部世界」そのものに関与する、関与できると不用意に思うことには慎重であらねばなりません。

私が言いたかったことは、そういうことよりも、「拉致監禁を推進する者や教団に亀裂をもたらそうと画策する者」の介入に注意されたい、ということでした。

では、この辺で─。

改革案の課題

米本さんの改革案には、大筋で賛成です。國進氏が目指している改革と、方向性は同じであると感じます。実際にその案の中のいくつかは進行中です。

まず現役教会員数の把握ですが、教会本部でも同じように「日曜礼拝に定期的に顔を出している人」という定義で把握しようとしているようです。今までは、教区や教会に人数----礼拝参加者に限らず、伝道された数とか、聖酒を飲んだ数など----を報告させても、たいてい水増し報告が常だったようです。この実態自体が、組織が腐っている証拠、改革が必要な証拠でしょう。

したがって現在では、信者さんにIDカードが支給されています。礼拝に参加したときに、IDカードをピッとやれば、教会本部に自動的に「秀寿が今日の礼拝に参加した」と記録されるようになっています。まだ全国規模で行われているか分かりませんが、私の関東圏内ではすでに導入されています。さすが、國進氏と、國進氏から抜擢された大嶋副本部長だと思います。これなら、礼拝参加者数を嘘偽りなく把握できますし、どんな人がどれくらいの信仰レベル(礼拝の参加頻度)なのかも把握できます。

次に、借金調査。これはやっと、教区や教会レベルが終わったところのようです。これは、個人の借金を含まない、教区や教会が借りた借金ということです。教区や教会の借金実態を把握するだけでも、長い時間がかかったということ。献金実績は積極的に報告するのですが、借金などのマイナス面は報告しにくいから、ただ「報告せよ」では実態を把握できなかったのでしょう。この実態自体も、やはり組織が腐っている証拠、改革が必要な証拠でしょう。

結局、教会本部の方で、局長レベルの人を「各地区担当」として振り分け、本部局長が各地区に乗り込み、本部の会計担当者と共に具体的に会計監査も行い、実態が把握できたそうです。教区・教会で新たな借金はしてはいけない方針が出され、國進氏も毎週のように来日して、借金の返済状況をチェックしていると聞きます。

今後の課題は、米本さんご指摘のように、教会員個人(家庭)レベルの借金調査だと私も思います。そして、その課題は教会本部もちゃんと認識していると思います。必ず調査は行われると思います。

ここで私が1つ心配になるのは、礼拝参加者の借金調査は可能でしょうが、礼拝に参加していない信者さん(信仰は捨てていないが、教会に来たくない人)の調査は、残念ながら難しいのではないか、ということです。今まで所属の信者さんをきっちり把握し管理してこなかった各教区・教会組織ですから、そういうお休み状態の人を忘れてしまっている(記録にない)かもしれません。IDカードを支給されていない人は、調査されない。そこが心配です。

むろん、宗教的には「日曜礼拝に出てこない人」は「信者とは言えない」ですが、かといってそういう人たちの実態が把握されないのも問題かと感じています。

「献金を中抜きする幹部」なる者がいるとすれば、排除するべきです。教義的にも公金横領という罪になります。ただし、教義的に罪として問われるがゆえに、単なる噂話で裁いてはならないでしょう。裁判に準じる証拠・証言をもとに裁くべきです。むろん、そういう基準で公金横領が立証された人は、公職者から排除することはもちろん、悔い改めのための何らかの処置が必要です。

危険な思想

驟雨さんが言いたかったのは、「拉致監禁を推進する者や教団に亀裂をもたらそうと画策する者」の介入に注意されたい、ということのようですが、本筋ではない部分で述べられている次の考え方は、明らかに間違っていて危険な考え方だと思いましたので、コメントいたします。

驟雨さんのコメントで気になる部分を、私なりにまとめると次のように解釈しました。

内部には内部の独自ルールがある。だから、外部者は内部の独自ルールについてとやかく言うべきではない。外部者がとやかく言えるのは、対社会関係において著しい弊害を生じさせる場合だけである。例外として、「中抜き行為」については外部者がとやかく言うことも許される。

基本的に、内部には内部の特殊ルールがあるのだから外部からとやかく言われる筋合いではないというスタンスです。

上記の考え方からすると、内部で信者に対して献金を強要する行為があったとしても、それは内部の問題だから、外部者がとやかく言う筋合いではないということになるのでしょうか。それは明らかにおかしいでしょう。

内部の問題であったとしても、社会ルールの範囲内においてのみ初めて内部の特殊ルールが容認されるのであり、信教の自由が保障されるのです。

内部ルールがどんなに不合理な内容であったとしても、外部者はそれに対して一切とやかく言えないなんて明らかに間違っています。

こういうのを部分社会論といって、最高裁も認めています。

ご参考に:「部分社会論」ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%A8%E5%88%86%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E8%AB%96

追記

先ほど「外部者」と信仰「内部世界」の関わり方について書きましたが、忘れた例外があります。
教団側が、教団改革や活動テーマの設定など極めて専門的で込み入った課題について、外部の識者や研究者に提言を求めるケースがあります。その場合、「外部者」が善しとすれば、積極的な提言で教団「内部世界」に協力します。これも「外部者」と信仰「内部世界」そのものとの関わり方のひとつですが、こうしたケースではことさら違和感はありません。
このブログ記事が、そういう要素を幾ばくかを含んでいるかどうかは分かりませんが…。

Re 危険な思想

「社会部分論」は司法が及ぶか及ばないかの話です。

私が言うのは、信仰「外部者」は、いかなる節度で信仰世界にタッチするかです。

米本さんは統一教会の信者ではありません。
NY65さんは信者ですか? 自ら教団内で不当な献金要求に抗議しましたか? 訴訟を起こしましたか?
その後、ようやく「内部世界」の問題は「外部世界」と接合するのです。

それでは、これで─。

驟雨さんへ

「内部世界」に対し「外部世界」の司法権が及ぶ範囲というものは、「内部世界」に対し「外部世界」の者が正当に批判できる範囲よりも当然狭いはずです。

「内部世界」の献金や布施のルールが社会ルールを逸脱していれば、当然に「外部世界」の司法権の判断の対象になります。そういった内容について「外部世界」の者が批判できるのは当然のことでしょう。

仮に、信者に献金を強要する内部ルールがあったと仮定した場合、そのことについて「外部世界」の者が批判できるのは当然のことではないのですか。そういった内容についても外部はとやかく言うべきではないとお考えなのでしょうか。もし、そうなら狂っている。カルト呼ばわりされても仕方ないと思います。

私が信者かどうかとか、抗議したかとか訴訟を起こしたかどうかとか、今議論してることとは全く関係のないことなのでノーコメントです。

今や内部も外部も関係ないとおもうのですが…。

米本さんは信者ではないのに、なんで本来教会がやらなければいけない事をやっているのか?ノーギャラで。米本さんの中には内部も外部もないはずです。

お父様だって「超宗教」をうたっています。
宗教が宗教である時点で天国は出来ないとか?
なのに、なぜ信者は「統一教会」にこだわるのか?

本来の統一教会の目的はキリスト教の摂理的失敗後に、「再びキリスト教を一つにして、地上天国実現するぞ!」であったはず。お父様が地上天国を創建する「目標」の為に必要だった「手段」が統一教会です。すると「地上天国が作れない統一教会」はいらないのです。「手段」の為に「目的」が達成できないから。統一教会があるかぎり、社会悪が続き被害者が出て思考停止の廃人が作られていくなら世の為人の為に滅びるべきです。

本来、「目的」が大事であって「手段」はどうでもいいのではないでしょうか?
目標を達成しましょう!

もうひとつ。

人類は歴史を通して「民主主義」を作って来ました。
民主主義も神が作った主義ですよね?イエス様の時は民衆にぶっ殺されてしまったので、法律を作り道徳性を高め、再臨のメシアがぶっ殺されない様な民主主義を神は2000年かけて作った…。って教わりました。

統一教会のマスコミによる大迫害の後に、外部と完全に遮断された組織になってしまいました。

そうなると、
独自のやり方でルールで動く組織になりました。
教会長の言う事が神の言葉になり、ルールになる。
民主主義ではあり得ない事をやり始めたのです。

教会内では「神の為に!メシアの為に!」とされる事が民主主義では犯罪になりうる。学習しなくてはいけません。

内部と外部…。
これだけ統一教会が社会悪をして色んな問題を引き起こしている団体が、「内部が、外部」がと言えますでしょうか?その「内部」考え方、価値観でどれだけの人が被害にあったのか?どれだけ社会に迷惑をかけてるか?
かといって、拉致監禁は犯罪です。

それでも「内部は内部のやり方がある、信仰的な部分においては外部の人間には理解できない、干渉しないでくれ」と言えるのでしょうか?

確かに、スピリチュアルな世界は理解されにくいでしょう。しかしこれからスピリチュアルの時代が到来し、宗教がもっと注目されるでしょう。

内部と外部は共通の価値観のもとで判断されるべきです。
教会はもっとオープンにし、誰が見ても正しい!素晴らしい!と言える組織になってもらいたいです。

文春/有田の嘘

秀寿さん
>教区・教会で新たな借金はしてはいけない方針が出され、國進氏も毎週のように来日して、借金の返済状況をチェックしていると聞きます。

 ワシもそのように聞いている。
 ところが、「週刊文春」(9月8日号)で、有田氏は次のようにコメントしている。
毎週のように来日しては献金を強いる四男・国進氏のやり方に我慢ならないという声も強い」

 事実はまるで違うな。
 宋総会長ならともかく、国進氏が「献金を強いる」場面を見た幹部なんて、一人もいないはず。ワシもそんな説教聞いたことないな。

 秀寿さんが書いているように、クッチンニムはIDカードを導入したり、各教会の債務調査を指示したりしている。
 それだからこそ、泥船状態の統一教会をひょっとしたらクッチンニムだったら改革してくれるのではないかと、組織に踏みとどまっている食口もけっこういる。これが真実だ。

 有田氏の発言はまるでデタラメ。つまり、彼は現役幹部ではなく、反統一ないし反国進に心変わりした元中堅幹部信者にデタラメ情報をリークされているだけ。有田氏は反統一情報なら、涎を垂らさんばかりに喜び、裏付け取材なく、そのまま垂れ流すような元タイシタコトナイ・ジャーナリストだったからなぁ。

 笑えたのは次のツィッターだ。

@aritayoshifu
有田芳生
統一教会が期待する米本和広さんはブログで教会を批判。ところが統一教会は米本さんを批判しない。なぜか。「利用できる」(幹部)から。


 まるでバカ丸出し。米本氏の記事はわしらが見ても、表現はともかく、間違ったところはない。相当な裏付けありと思われる。だから、米本氏に抗議することができない。抗議したら、またもっとすごい情報を暴露されていると不安に思っているからなあ。

 それに比べると、有田発情報は情報モトが悪いのか、かなりかなりいい加減。

 だから、米本氏には抗議がいかないが、文春には抗議の内容証明書が届く。
 こんなことがわからないから、バカ丸出し議員なのだ。


@aritayoshifu有田芳生
午後から行う日本基督教団での講演準備中。テーマは「危機に立つ統一教会」。彼らのいう「拉致監禁」(実は霊感商法など反社会的行為を行う統一教会からの息子、娘たちの保護、脱会)の対策文書など内部資料を紹介しつつ、「週刊文春」記事がいかに衝撃を与えたかなどを語る予定だ。


 文春記事は悪いのだが、衝撃など受け取らん。間違った記述ばかりだったから、衝撃ではなく怒りを招いた。

 だから、文藝春秋の本社前で抗議行動と相成った。

 教会が衝撃を受けたのは文春ではなく米本氏の記事だ。
 これは相当、すごいでっせ。
 本部周辺では「火の粉、読んだ?」という言葉がひそひそ話で飛び交っている。
 ワルの教区からは「米本をなんとかせよ」という電話が本部にかかってきているという。

 有田氏よ、講演で、せいぜい自分はいかにすごい情報をもっているか自慢してくるがいい。
 ともかく笑えるのである。

(追記)ワシは「むーちゃん」さんの意見に賛成や。

滑走路から飛び立つ飛行機

事情通さん。本当に「事情通」ですねえ。もしかして現役幹部さんでしょうか。

とまあ、詮索はここまでとして、私も秀寿さんの書いた内容については聞いたことがあります。国進氏は献金をプッシュしてなんかいません。まったく逆です。「祝福家庭の幸福度、満足度をあげるように」と指示しているくらいです。そういうアンケート調査もされましたよ。まともに礼拝に出ている信者なら、そのくらい知っています。礼拝後にアンケートを書かされたんだから。

国進氏は、借金して献金させている公職者がいるなんて聞いたら、「ファイヤー!(燃やしてしまえ!)」と激怒するそうです。実際に、それでクビにされた人もいると聞きます。

うちの教区長から、こういうことを聞きました。

今年の下半期の出発の会議で、宋総会長が国進氏に献金摂理について次のように言ったそうです。

「上半期は助走でした。滑走路を走っていたようなものです。下半期はいよいよ大空へ飛び立ち、急上昇します!」

国進氏はこう答えたそうです。

「あんたねえ~、飛行機は急に上昇すると失速して、墜落してしまうんだよ。徐々に高度をあげないと、だめだよ」

会議の参加者は一同失笑だったそうです。

つまり献金摂理に関しては、アクセルをガンガン踏み続けるのは宋総会長であって、ブレーキを踏み続けるのが国進氏なんだそうです。これが現役幹部(教区長)からの情報です。

有田さんのネタ元は、絶対に現役幹部ではありませんね。国進氏との会議に出られない人、地区長・教区長・教会長からの報告すら聞けない人、つまり礼拝すら参加していない人です。私のような平信徒ですらないわけです。元信者もしくは元幹部で当確でしょう。

驟雨さん、へんですよ!

驟雨さん、あなたは統一教会の方なのですか?
イスラエルの民が、腐敗した時に神様は、預言者を送って内的な刷新運動をされたのではないですか?
そして、その予言者をイスラエルの民が受け入れない時に、外的なな刷新運動がおこり、戦争や粛清の道を通してでも、イスラエルの信仰を守ろうとされたのが神様なのではなかったですか。

日本統一教会では、すでに外的刷新運動が起こっていると思います。
内部の意見を聞かないから、このように外部者の口を通してでも何とかしないといけないのです。
もし、あなたが内部の方ならば、あなたたちがカイン的と呼ぶ人たちの意見を謙虚に聞く気持ちがなかったのでこんな状態になったということを肝に銘じてください。

だいたい、文鮮明先生は、内部外部と分けて世界平和を実現しようとされているわけではありません。
メンバーが、分け隔てするから、文鮮明先生まで誤解されるんです。
統一教会員だけを救おうとされているのが、神様でもなく文鮮明先生でもありません。神様も文鮮明先生も世界平和を実現したいから、苦労が多いんでしょう?
小さな世界で教会員だけで慰めあい喜んでいては、世界平和の実現からは程遠いです。
神様を抜きにすれば、理想世界の実現のために苦労し、私たち以上に世界平和に貢献している方たちはいっぱいいます。その方たちのほうが、ある意味では人間としての責任分担を果たしているところがあります。
少なくとも、その方たちは、誰かに頼ろうとはせず、自分自身の責任でなしておられるところが立派です。
統一教会の多くの人たちは、自分が責任をもとうとはせず、文鮮明先生やその御子息に頼る心ばかりが大きいから、問題が見えてこないのです。分派も起こります。自分がいつも責任を持っていたら、米本さんもおっしゃっているように、文鮮明先生に捧げたお金を横取りするような御子息についていくことはできないし、文鮮明先生を利用するような集団には行けません。

文鮮明先生がメシアだったとしても、お一人では世界平和を実現できないから、私たちが召命されたのではないですか。メシアが一人で世界平和を実現できるのであれば、イエスさまが亡くなる必要も、イエス様に従ったクリスチャンが殉教する必要も、文鮮明先生が数十年を御苦労される必要もありません。

話が、それましたが、統一教会員が先に、内部外部と差別するから、差別されるのです。
内部外部関係なく、神様が働いておられるから、私たちは召命を受けたのでしょう。それとも、あなたは、世間知らずの箱入り祝福二世、三世の方なのですか?
もし、そうだったら、御自分の両親や祖父母に話を聞くところから始めてください。

内部外部問わず、人を差別するところには信頼は生まれません。

「内部」と「外部」

>内部と外部は共通の価値観のもとで判断されるべきです

実に口当たりの良い言葉ですね。私は統一教会の教理には何の興味もありませんが、統一教会の教理は本当に、内部と外部を共通の価値観のもとで判断しているのですか。
私が思うに、信仰とは万教同根、万教帰一を唱える教団といえども、絶対的な宗教的価値観(教理)つまり「内部世界」と、その教化伝道の対象となる現在只今の功利的価値観に支配された社会つまり「外部世界」を厳然と峻別することを第一歩としてスタートするものです。

もし統一教会が本当に内部と外部を共通の価値観のもとで判断している教団であるなら、教団としての存在理由も存在価値も皆無な、実に面妖な団体と言うしかありません。

>文鮮明先生は、内部外部と分けて世界平和を実現しようとされているわけではありません

信仰者であるなら当然のことです。当たり前です。しかし、理解していますか?
内部外部を統一した世界平和の実現とは、信仰の世界においては、「内部」価値観によって「外部」価値観が超越克服された瞬間にこそ現出するものです。真摯な教団とは、その瞬間を招来させるために、「内部」と「外部」の厳しい峻別とその対比検証、そして「内部」による「外部」の克服統一つまり伝道教化の努力をこそ続ける教団のことなのです。

返信は無用です。これ以上、あなた方の相手をしている暇はありません。

いまからここから

事情通さん、賛成ありがとうございます!
賛成して頂きますとうれしいですね。

先日この様な話を責任者たちに話しましたが、目の前で寝てました。興味なかったみたい。

前回の内容にもなるのですが、拉致監禁派に何も言われない様な、真に正しい組織を作る。米本さんおアイディアはすばらしいですね。反対派も反対する内容がなくなり、彼らのビジネスは崩壊します。その後は、ひたすらコツコツと社会との繋がりを築いていくしかありません。いちから、いやマイナスからのスタートですが、いままでの事はいままでの事で深く反省をして、コツコツやっていく。
現にいるじゃないですか?
こうして米本さんや皆さんの様に信者以外で教会に理解を示している人が。米本さんの心を動かしたのは、純粋な信仰をもった信者たちです。その姿を見て、残せるものなら残したいと思ったのでしょう。望みが薄いのは承知の上です。
米本さんの存在は教会にとって貴重ですが、それなのに潰そうとする信者もいるとの事です。まったく自分の事しか考えない奴ら、理解出来ない事です。利用するだけして…と思ってしまいます。
(米本さんは「教会に利用される俺じゃない!」と言いそうですが。)
教会を簡単に批判する人は多いですが、教会と教義を理解して本質的改善案をくれる人はなかなかいませんよ。謙虚に改善案を実行し、そして意見を言ってくれる人を一人二人と増やしていけばいいのです。意見を潰さずにね。

「宗教への差別がない国」を探すのではなく、「拉致監禁がない国」を探すでなく、日本統一教会は日本で生きていくのです。ここで大衆に理解を得られる様に教会を変えていくしか方法がありません!

いまから、ここから初めていきましょう!

まずは現状把握。自分たちの「今いる社会的位置」を知る事から!現在地を知らずに目的地にはいけません。
ヨルシミハセヨ~!頑張って下さい!

情けない

ついでに一言。

>日本統一教会では、すでに外的刷新運動が起こっていると思います。
内部の意見を聞かないから、このように外部者の口を通してでも何とかしないといけないのです。

書いていて、自分が情けないと思わない心根とは…。
そのままでいくのでょうね、あなた方は…。

 では、さようなら。

価値観は、人それぞれ

私は、義憤を読んで、驟雨さんを統一教会内部の幹部の方と思っておりました。
勝手に決め付けてしまったこと、お詫びいたします。

>内部と外部は共通の価値観のもとで判断されるべきです

この文章は、私の書いたものにはありませんが、他のどなたかに対してでしょうか?それとも、驟雨さんの読んだ感想ですか?
もし、そうだったらそのように一言お書きください。驟雨さんのコメントを読んだ人は、私がそのように考えているとおもわれるでしょうから。

内部と外部は共通の価値観のもとで判断されるべきとは思いません。そもそも、人それぞれ価値観はちがうのですから。
私は、内部の人、外部の人と差別しないでほしいと言いました。
難しいことは、わかりませんが、ただそれだけです。

驟雨 ?

末端信者は、文師と神の摂理の為に血の滲むような献金をしてきたのであって
驟雨 さんのような公金で生活し、傲慢、極まりない幹部がいる限り、世間から軽蔑され、八方塞がりになる一方ですね。
驟雨 さんら幹部達が自ら汗を流し、裁判に負けた「賠償金」の支払いを終わらせて下さい。
その問題も解決できない幹部のいる組織に尻拭いの為に?伝道される方達も気の毒です。
個人的に寄生虫幹部としか思っていません。
驟雨 さんのような人が天国に逝けるとしたら、心配なく皆、逝けますよ。

事情通 さんは

事情通 さんの文面は明らかに、米本氏ですよね(笑) 自己弁解おつかれさまです。

面白情報

 驟雨氏話題とは違うのだが、有田氏がこんなことをつぶやいていた。

aritayoshifu 有田芳生
統一教会から信頼絶大な米本和広さんの弁護士から警告書が届いた。統一教会の「御用ライター」「信頼、期待されるライター」などは虚偽だから、これからも書くなら法的措置を取るという。脅しだ。霊感商法被害弁連の弁護士との間で米本さんが5つの理由で御用ライターと確認済み。集会でも紹介する。
9月9日12:07pm

aritayoshifu 有田芳生
米本和広さん代理として私に警告書を送ってきたのは、東京21法律事務所の岡田宰、杉本博哉弁護士の2人。「人間は嘘をつけるものなので、依頼者が嘘をついていないか見分け、不可能なことは引き受けないこと」と岡田さん。http://goo.gl/WF0mv 諸事情をご存知ないようだ。
9月9日12:21pm

 ワシは部外者で申し訳ないのだけど、ドンパチが好きなんや。

 米本のオッサン、がんばってや。

教会員の数

統一教会の関連団体で『会費』の口座振替を行っている数が25,000口座あります。これには個人も法人も含まれるのですが、実質的には統一教会の会員とイコールなので、実質的な信者数もその位です。
参考:http://www.jfc-net.co.jp/jfc/daiko.files/frame.htm

本部が教会員の数をハッキリさせないというのは、カウントの仕方によっていろいろな定義の仕方ができるからです。祝福を受けた人の数(これはハッキリしてますね)、献金してる人の数(毎月献金してるのか、過去に献金したことがある人は全員含めるのか)、礼拝に参加してる数(毎週参加してる人数なのか、月1回とか年1回程度の人も含めるのか、によっても当然数は変わります)、教義を勉強しただけ人の数も含めるのかとか、定義によって変わります。毎週礼拝に参加してる人の人数だと日本全国で1万人ほどです。

意外と少ない

>統一教会の関連団体で『会費』の口座振替を行っている数が25,000口座あります。

>毎週礼拝に参加してる人の人数だと日本全国で1万人ほどです。

意外と少ないんですね。

その人数で月100億円の献金をしていたということは、一人あたり、月に40万円~100万円かあ。

そりゃ問題になるわな。

メサイアコンプレックス

 一つの原因は、献金する人の心理状態が、地に足がついてない状態という場合です。
雰囲気だけで「献金をやろう」と思って献金をする。
 自分の心の未熟を忘れるために、「平和のため」と言って行動する。
メサイア(メシア)コンプレックスという心理状態だといえます。

http://allabout.co.jp/gm/gc/299180/ 参照ください。
隣人を愛せないのに、人類愛を説く
「メサイア・コンプレックス」「人の役に立ちたい」その気持ちの裏に潜むのは?
「自己実現」ができて初めて、人に与えることができる
自分を幸せにすることが、人の幸せにつながる

 自分で「出来ない」という事が言えないのは、身近にいる人に「さびしい」等の話が出来ない、溜め込み易い人が陥り易いのではないかと思います。
 事が大きくならないうちに、周りの誰かが早めに気づいてあげる必要が有ります。
 

林さんへ

すばらしい分析ですね。
献金をする信者の心理…いろんな思いがあるとおもいますが、「全体的な雰囲気」「自分が評価されたい」という気持ちある人も多いのでは?
教会も献金勝利者に表彰をして、信者からは羨望のまなざしで見られる。
しかし、それは自分の為にやっているのであって、世界平和的な観点ではない場合が多く、その動機を変えないと、献金をして評価されい時に不満が出るし、最終的には疲れ果てる事になりますね。
伝道をする動機、展示会に友人を誘い商品を販売する動機も、そのような事が考えられます。
かわいそうなのは被害者です。利用された!騙された!となるのは当然の事です。

神が許しても人は許してくれない。

今日、ある青年支部に3年ぶりに礼拝に参加してみた。ここに参加するまで色んな事があった。私たちは、私たちが決めた「一つの決断」により、彼らに誹謗中傷を受け、神の名をかざした責任者たちによって神の名で傷つけられてきた。

参加したくもない礼拝に参加したのは、私たちの訴えを聞いて、本部教会が謝罪をし、青年支部は独自のやり方を反省し、私たちの相談局を作って欲しいという意見を受け入れ、相談局を作り改善しているという話を聞いたからである。

礼拝に行って驚いた。
「アンケート伝道、まだやってんだ…。」

礼拝の説教を聞いて驚いた。
「10年前と変わってない…」

良い事を言ってるのですが、今の教会の現状を考えると、地に足がついていない。
20年30年あの組織に所属する先輩食口もいるので、本当によくやってると思う。
もちろん、誰一人悪意などない。
みんな一生懸命頑張っているのである。

説教の内容は簡単に言うと以下…。
「神の愛を知りましょう。神の愛は父母の愛。無形の神を理解するには5つのパターンポイントがある。
自然を通して、人を通して、愛する事を通して祈りを通して…。」

本質をついている様でどこかオブラートにかかっているような…。
神とか神の愛とか、解釈によってそれぞれ違う捉え方になってしまうから、10年言い続けても教会は発展しなかったのだろうか?ならば、以下の様にもっと細かく噛み砕いて話さなくてはいけない。

たとえば、

●献身制度がなくなったにも関わらず、献身トレーニングという部署を存続させ、いまだにアンケートで伝道している事は神の愛からしてどうなのか?
●伝道を頑張るのもいいが、その前にやる事あるのではないか?
●ボランティアという新しい献身者の名前を作り、その人にアルバイトをさせながら教会のお手伝いをさせる事は、教会にとっては都合がいいが、その人にとってはどうなのだろうか?その人の人生に責任を持てるのだろうか?
●そのボランティアは先輩達が間違って作ってしまった詐欺教会の尻拭いをさせられていく訳だが、それが神の愛からしてどうなのか?
●人の人生を壊しておいて、何も謝罪しない事は、神の愛からしてどうなのか?
●今でも教会に関わった事により多額の借金を抱え、必死になって返済している信者たちに献金をさせているのは、神の愛からしてどうなのか?
●責任者は青年ばかりに働かせて、自分はどうして働きに行かないのか?今までの献金で飯を食ってたのに、そのお金の返金請求に払うお金は青年たちが稼いだお金で払っている。

神の愛?親の愛?父母の愛?
ばかばかしいにも程がある。
立派な事を言うなら実行して欲しい。
できないなら言うな。

この組織に所属するには、自分で自分を洗脳するしかない。
小さい組織である。実際にも小さいが組織の器が小さい。だから自分を器に合わせて小さくしなくてはいけない。
それが出来ない人は去っていく。当然である。

人を洗脳して自分を洗脳して、あの組織に所属し続けている事自体が、自分の本来の価値をみつけようとせず、自分を殺して無理にでも狭い枠に入ろうとする行為は、神の愛からしてどうなのか?
そんな事が神の願いなのか?また、頑張ったけれどもそれが出来ずに出て行った人に対してサタンと言ってしまう態度は、「神の愛」からしてどうなのか?

私は思った。
これ以上、存続する事によって社会的に迷惑をかけるなら、早く崩壊して欲しい。もう犠牲者を出さないで欲しい。青年たちの未来を考えて欲しい。
これも私が愛した教会と兄弟姉妹に対する、ひとつの愛である。

10年前の2001年9月11日、私はちょうど「み言」を知り、神、メシアと言われる存在を知り、それが本当なら素晴らしい世界が出来るのではと、意気揚々としていた。そのヴィジョンに賛同したいと、実際にその3年後に献身もした。しかし10年たった今、私は最も尊敬していた教会の責任者に対して、こんな文章を書いている。
そしてもっとも輝くべきだった「真理」をベースに作られた教会は今、この10年で何も社会に良い影響を及ぼす事は出来ず、悪名高い詐欺の団体になっている。
なんとも嘆かわしい限りである。

私個人は神の愛を感じた。どんな神であるか、
「食口が人を騙したとしても、決して責める事なく、愛しておられる神。稚拙な信者の行為により、多くの人を傷つけて、それにより「真のご父母様」の社会的評価が下がったとしても決して責めない神、10年で一歩すすんだ事を心から喜ぶ神、食口ゆえに、摂理は遅れ延長を繰り返したとしても、それを決して責めない神」

しかし、神が許しても人は許してくれない。
私たちの事を神が許したのに、あなた方が許さなかった様に。

むーちゃんさん に共感!!

むーちゃん さんに共感!!
協会幹部が裁判やマスコミに対して「霊感商法」問題を
「一部の信者が勝手にやった・・」と
責任転嫁した時点でアベルとして完全に・・
失格、人格と器のない者に神が働く?
魔が働いた結果が今の日本統一教会の結果ですね。
個人的には、これ以上・・御父母様の名を汚さない為にも崩壊を望むと共に
「拉致監禁改宗ビジネス」の実態が明らかにされ、反牧集団にも神の裁きがなされるように期待します。

山城さんありがとうございます。

山城さんのおっしゃる通り、本部教会はいつも責任逃ればかりです。
マスコミの報道や取材に対して、「直接コメントする立場ではない…」「一般信者が個人的に…」という解答ばかり。いつもそうだ。そう言う様に指示しているからだ。
教会はいままで、社会に対してキッチリ謝罪をした事があるのだろうか?
謝罪もしない教会を世の中は許すのだろうか?
認めるのだろうか?何かスタート出来るのだろうか?

「見事なまでの責任逃れ」
逆に言えば、これが教会の本質です。

昨日も北千住、西日暮里を歩いていただけで、数十名の信者が勧誘をしていました。教会を証していた者もいれば、かくしてダミー団体を名乗り、アンケートをとる。自叙伝を配る(自分で買うらしい)

私は教会の人に聞く。
「まだやってるのですか?」と言えば、
「ちゃんと証してやっている」と「問題ない」と。
統一教会を証せばいいのだ!と言わんばかり。

証せばいいのか?
証すのがどれだけ大変な組織か?
しかも「悪名高き統一教会で~す!」を名乗るのはタワーをとっている責任者ではなく、まだ若い一般信者。
その行為を会社の同僚や友人知人にでも見つかったら一気に社会的信用を失う。まさに命がけ。
そんなリスクをおかしてもする事なのか?アンケートで天国創建できるのか?
アンケートで天国が出来るならとっくに北千住あたりに「地上天国1号店」が完成しているハズ。
そしてこのアンケート信者がもし、警察に捕まったら、教会は何と言うか?責任者は何というか?
「私が命令しました」って言うか?その信者に変わって「私を牢屋に入れて下さい」と刑務所に入るか?
間違いなく、「個人的にやってるので知りません」と言うであろう。そうやっていつも「個人」よりも「組織」を優先してきた。組織を守る為に、個人を刑務所に入れるようなものである。

それが、親の愛?神の愛?ばかばかしい。「自分を犠牲にしても子を愛する、それが親の愛」と書いてある。
子を犠牲にして親が生き残る組織。
為に生きなさい、犠牲精神をもちなさいと犠牲になる事を強要し、人を利用したらそれは「犯罪」である。
自発的にしたいと思えるときにするものである。

世間一般の人も、あほらしくて誰も何も言わない。見て見ぬ振り。一般人も彼らを批判して逆恨みされても面倒である。世間はそんな感じである。犯罪組織に関わりたくないのは、人間の自然な心の動きである。

根本的な解決をする努力もせずに、ただ今までと全く同じ方法で勧誘に走るのは意味のない事であり、また新たな犠牲者を出す事になるのが、どうしてわからないのか?馬鹿か?馬鹿と言うと「一生懸命やってるのに!ひどい!」という声が聞こえそうだが、一生懸命やってれば何をしてもいいのか?

そんなにやりたいなら、責任者が街頭に立って頂きたい。
長年献金でメシを食ってる人達だ。
ぬくぬくとアジトにこもり、信者たちに羨望のまなざしで見つめられながら、神様気分を味わってないで早く最前線に立って欲しい。30年前と今がどれだけ違うか肌で感じて欲しい。
北千住でも日暮里でも新越谷でも、どこでもいいから、前線で本当の自分に出会って欲しい。

もしくは、離れて行った信者の多額の返金請求に払うお金を稼ぐために、アルバイトでもして欲しい。
教会によって傷付きながら社会で普通に働いている人に直接会って欲しい。誰にも相談できない悩みを話を聞いてあげてくれ!

「リーダーは前線主義・真のリーダーは自ら最前線に立つ人達である」

そう言ったのは教会である。世間一般的にもそうである。「親の愛」や「神の愛」は「リーダーシップ」よりも、もっともっと上の次元である。

びくびくしながら、アンケートをする信者が実に痛々しい。かわいそうである。
親だったら子供にそんな事をさせるのか?
親の愛を説く統一教会は言ってる事とやってる事があまりにも違う。
そんな教会に神の愛とか言って欲しくないし、アンケートは教育であると言ってしまう教会が信じられない。

自然に伝えたいと思える組織にして欲しい。ぜひ実践して頂きたい。
駅前で責任者たちにお会い出来る日を楽しみにしております。
迫害しますけど(笑)

真偽を見分ける指標

昨日仕事から帰り、あちらこちらを読んでいるうちに、どうしてもこれを書かなくてはいけないような、そういう思いになりました。

統一・反統一、いやすべてのことに当てはまるそういう内容です。


拉致監禁の話題にも、霊感商法の話題にも当てはまりますが、抽象論であり、どの話題にも当てはまらない内容で、どこに書いて良いものやらと悩んで、ここにしました。


理想は現実化しなければ無意味であり、
現実は理想化しなければ悲惨です。

本当の道は理想と現実を結び合わせるところにあります。

理想と現実を結び合わせる道こそ、真であると言えます。

ただ、偽の道も、人を惑わせ、隘路に迷い込ませる道も、真を装いますので、注意が必要です。

理想をもって現実を飲み込ませる道は偽です。それは、例えるならば共産主義国家の誤りです。

現実をもって理想を飲む込ませる道は偽です。それは例えるならば独裁国家の誤りです。

理想を現実化するために、現実を強引にねじ伏せるのは誤りであり、その為の論旨は誤りです。

こうこう、こうあらねばならぬとして、現実をやみくもに否定し、それをやみくもに押し付けようとするのは偽です。

どんなに論旨が正しく見えても、何かが間違っているでしょう。
前提が間違っていたり、論理の飛躍があったり、論理自体が間違っていたり。

そういう論理にはまった時には、一から検証し直しましょう。

逆に現実を持って、理想をねじ伏せる道も誤りであり、そのための論旨も誤りです。

こうこう、こうだからそれを行うことは困難と理想をあきらめ、それを放り出すは偽です。

どんなに現実的に見えても、それは明確な間違っでしょう。
心が折れているから、あきらめているから、そうなります。

偽の道に居る人は、この二筋道を行ったり来たりしています。

こうあらねばならぬと、理想を現実に強引に押し付けている人に気を付けましょう。

現実はこうだから仕方がないと、理想をねじ伏せる人に気を付けましょう。

理想を現実化するために現実的に正当な方策を模索する人こそ真の道にいます。

現実を理想化するために理想的な道筋を方策を模索する人こそ真の道います。

ぜひとも、御自分を、御自分の周りを検証してみてください。

RE: 真偽を見分ける指標

鸞鳳 さんの言われていることはつまり、

”理想を持って現実に当たれ!
現実を持って理想を探せ!・・・
これを同時に目指す者だけが真の道を歩んでいる”
ということですよね?

偽者は、理想だけ追っかけて現実を見ようとしない。
偽者は、現実だけに閉じこもって理想を諦めている。

真の道を目指すものなら
理想と現実の頂点を極めるべき・・・ということかな、と。

だとしたら、素晴らしい見方ですね。
その考え方にとてもインスパイアーされます。
私もそうでありたい。

前提条件

ROYさん

”理想を持って現実に当たれ!
現実を持って理想を探せ!・・・
これを同時に目指す者だけが真の道を歩んでいる”
ということですよね?


縮めればそうなります。
但し、前提条件は、「理想は現実化しなければならない、現実は理想化されなければならない」という事が正しければ、です。

まぁ、これに反対する人はあまりいないとは思いますが。

ただ、「理想」という言葉に抵抗感を持つ人がいるかもしれませんが、そういう方は「理想」を「目標」と読み変えてください。

子供が統一教会をやめる、目標金額を達成する。統一教会がつぶれる、内部批判者をなくし、組織を強化する。

これもその目標を掲げる人たちの一つの理想です。

でも、その目標を掲げただけでは意味がありません。
やみくもに、やめろ、達成しろ、やらせろと強引に迫っても無意味です。

目標を達成できなければ、結局は、焦れて、挙句の果てに強引な手に移っていきます。

強引な手段をとるこれは明らかに間違いです。

拉致監禁・霊感商法、強引な手段での従わないものに対する排除につながっていきます。

つまり、理想を掲げて現実をねじ伏せようとする人は、強引で非正当な現実的な手段で理想を放り出して対処するのが通例です。

丸っきりの矛盾です。

反統一と統一の問題の問題点は、理想で現実をねじ伏せようとしている人達の問題点の集積のように観察されますので、特に注意を喚起したいと思います。

反統一・統一も、結局は本質的に同じことをやっています。

現実は現実と受け止めて、それをどう現実的な正当な手段で理想化するのか、この方策を考えることが肝要であると思います。

宋氏のような人達のこと

 昭和60年8月20日初版発行「御旨の世界」より

 P859 全体蕩減 最後の三行目・・文師のみ言葉より

 サタンは、知恵がある。サタンは、頭がいいよね。利口だから、先生の

 やる方法をまねて自分は、中心に立つ。

 そういう者、たくさんいるんだね。自分の欲望を中心としてやる。

 それは、宗教の中で最悪の者だ。その目的は、何のため?

 自分のために。

 名目は、日本とか、神とか、そういうんだけれど、自分のためである。

 先生がみんな出発点になっているのに、それを全部さておいて

 自分のものにする。

 他人の金を持ってきて自分のものに使うのは、泥棒だね。

大嶋氏登場!

米本さんの記事
>最高幹部として、このことができるのは大嶋秀幸副本部長しかいないと考える。
>多くの教会員にとって、日本人ナンバー2の最高幹部、大嶋氏の名前を聞くのは初めてかもしれない。
>教会のことしか知らない幹部と違って、社会的常識、社会的教養、実務能力はある。 周辺の評判も悪くはない。

どんな人なのかなあと思っていたら、昨日届いたトゥデイズワールドで巻頭言を書いていました。写真をみるからに、今までの教会幹部にはない雰囲気が漂ってきました。出来る人って感じがプンプン。

原稿も、今までのなんだかよく分からない地区長たちの説教と違って、「へえ、こういう改革してきたんだ」と感心する内容でした。私のような下っ端には分からないけど、上は上でちゃんと改革しているんですね。

この火の粉ブログをみたから、慌てて大嶋氏を機関誌に登場させたのかもしれませんね。(笑) さすが米本さんの力は大きい!

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