弁護士山口氏のコラムを評す(13) 

山口コラム(13)
希望の行方-拉致監禁はなくなるのか

 山口氏はコラムでこう書いている。
「この号だけ統一協会信者は大量に購入して、親元を含むあっちこっちにバラまいて宣伝している」

 そうした事実があるのなら、正直、うれしい。
 ルポを読んで、信者家族が拉致監禁を実行することを思いとどまってくれれば、「拉致監禁され、物として扱われ、人権を侵害されたことによって深い傷を負い、今でも後遺症に苦しんでいる」(山口コラム(6) - 元信者のKM氏のファックスより引用)ということがなくなるからだ。

 ところが、講談社から「この号」が売れたという話は聞かなかったし、ルポのあとも、監禁事例を覗いてもらえばわかる通り、拉致監禁は相変わらず続いている。ルポ掲載後に監禁から脱出してきた信者3人にインタビューしたが、ルポは読まれていなかった。それこそ山口氏がいう「残念!」である。

 反統一教会の陣営が想像しているのとはまるで違い、教団は中和新聞にルポを紹介しただけで、拉致監禁対策などまるでしていない。拉致監禁が発生しても本部には報告されない。そのため、今現在、何人の信者が監禁されているのかさえ、教団本部は把握していないのだ。それは「ニュース(2)」に書いた通りで、コメント欄で現役信者も認めている。


私は心から希う。

 脱会してもその後、後遺症に苦しむような特殊な脱会手法はなくならないものか。
拉致監禁と監禁下での説得による後遺症を「平常心で対外的に発言できないような心理状態」と切って捨てられるような状況がなくなることはないのか。

 本の出版後にも、名古屋大学と関西学院大学の学生が拉致され、マンションに監禁された。現在でも監禁されたままだ。もう4、5カ月月が経つ。

強制説得を行なっている牧師も、私がこの事実を掴んでいることを知っているから、容易に解放しないはずだ。2人の学生はともに4年生。すでに留年は確定的だ。仮に、親の願い通りに脱会し復学したとしても、鬱症状に苦しむようなことがあれば中退ということだってあり得る。、

 しかし、希望がないわけではない。

私が取材したことのある監禁体験者たちが、教団とは関係なく自主的に集まって、市民組織「拉致監禁をなくす会」を立ち上げたことだ。

きっかけとなったのは12年5ヶ月もの間、監禁されていた後藤徹氏がマンションから出てきたことだ。(『我らの不快な隣人』エピローグ参照)

後藤氏はその後、脱会説得を行なっていた新潟の松永牧師と、東京・荻窪のタップ社長宮村峻氏を刑事告訴した。これが監禁体験者たちを刺激し、会を結成することになったのだ(「ニュース(1)」、「ニュース(2)」、「ニュース(3)」、「ニュース(4)」「ニュース(6)」」を参照)。すでに「拉致監禁をなくす会」のブログも開設されている。

どうせ、反統一教会陣営は、会の訴えに耳を傾けることなく、「教団が市民組織を装って作らせたダミー組織」と批判するに決まっている。人は知りたくないことは自主的に情報を遮断するそのほうが認知的不協和に陥ることなく、心の安寧が得られるからだ。



 私は市民組織「拉致監禁をなくす会」を高く評価する。

 正体を明かさないことが組織の体質となっている日本・統一教会にあって、報道各社にも取材要請をした設立総会の会場(文京区の区民施設!)に、現役信者が姿を現した。

設立総会の前には信者有志が素顔をさらけ出し、後藤徹氏の監禁体験を暴露し脱会説得者の宮村峻氏の不当性を訴えるビラを、宮村氏の自宅がある荻窪駅前で配り、「実は私も拉致監禁されたことがあるんです」とハンドマイクで市民に訴えた。

お前ら、霊感商法の統一教会だろっ。カルトだろ!

と悪罵を浴びせられるのを覚悟して。

この会はある可能性を秘めていると思っている。
彼らが、40年間も続いてきた拉致監禁をなくそうと立ち上がった背骨には、人権感覚がある。
教義や教団組織とは関係ない。それゆえ、監禁を体験した脱会者、統一教会に対する評価がまるで異なる元信者にも参加を呼びかけているのである。

あんな恐怖、屈辱体験は人として決して許されるべきではないし、これ以上続いてはならないことだ

この人権感覚が広がっていけば、拉致監禁の口実とされる統一教会の問題点にも必然的に目が向いていく。そうした可能性を秘めていると期待するのである。

人権感覚なき信仰の自由は砂上の楼閣にすぎない。人権に裏打ちされた信仰の自由が主張されるようになったとき、はじめて宗教組織は力を持つ。


 ところで、市民組織といっても、会員の多くは現役信者である。信者である前に一人の市民であらねばならないが、どうしても日本・統一教会員特有の思考・組織運営・体質などもろもろの癖が出てしまうはず。
とりわけ、顕著なのは「指示待ち体質」。上からの指示を待ち、指示が出ればそれを実行するという体質だ。創意工夫とか批判的に建設的意見を述べるといったことは欠落している。

それと同時に、教会員の多くは無関心、会が発足したことさえ知っていない。
理由はわからないが、快く思っていない幹部教会員もいると聞く。

そうした、組織の無関心さ、また自分たちの体質と対峙しながら、創意ある運動を起こすことができるかどうか。それができなければ市民組織でなく、教団系組織と化してしまうだろう。そうなれば、同じ監禁体験を共有する脱会者が集うことはもとより、拉致監禁をなくすという目的は遠のくばかりだろう。

会員の知性と獅子奮迅の活動に期待したい。



山口弁護士の短文コラムへの評論が大変長くなりましたが、これで終わります。
熟読していただき、ありがとうございました。


出来事の流れなどは、このブログの見取り図である『ブログの骨格』を見てください。次に、振り払う火の粉は、新党日本副代表の有田芳生氏です。



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コメント

20年も前のことですが

実は自分は在韓の統一教会信者です。20年以上も前の事になりますが、父が勤めていた病院の同僚で親しかったボイラー技師の娘さんも偶然に統一教会の信者だという事を聞いたそうです。
その数年後、今度はその方から「娘を脱会させた」と言う話を聞かされたそうです。でもその人が暫く仕事を休んでいたという話は聞かなかったので主に母親に任せたのかもしれません。それで「君も娘さんを脱会させたらいい」と誘われたそうですが「300万円掛かる」と言われ、お金がもったいなくて断ったそうです。その「300万円」の内訳が監禁用の部屋を借りる費用などの実費なのかあるいは「礼金」なのか、その合計なのかはわかりません。
その後しばらくすると、「もう要らなくなったから」といって脱会させるときに使われたと思われる「統一教会の実態」みたいなことが書いてある本をたくさん持って帰ってきました。きちんとした書籍ではありましたが、本屋で売られているような本とは思えないものだったのを覚えています。父に「これ読んでみろ」と言われ読むつもりもありませんでしたが捲ってみると随分と昔の内容が書かれていたので「これ内容が古くて読んでも役に立たないよ」と言うと、父も本が好きな方ではなかったので、結局誰も読まずにトイレットペーパーと交換されました。
その娘さんは脱会後、仕事もせずにずっと家にいると聞きました。理由は聞いていません。
もし父が「金に糸目はつけない」タイプだったら自分も監禁されたのかもしれないと思うとぞっとします。
親の気持ちは理解できますが、監禁はやはり犯罪です。米本さん是非その実態を明らかにして下さい。

猫さんへ

 貴重な情報、ありがとうございました。猫さんの投稿に触発されて、いろんなことが思い出されてきます。あらためて別稿でお返事を書くことにいたします。

コメントの内容一部訂正します

タイトルに「20年も前のことですが」と書き、本文には「20年以上も前の事になりますが」と書きましたが、これは私の計算間違いです。正しくは「20年近く前」です。更に具体的に言うと15年から19年前になりますが正確な時期は覚えていません。
それから「その娘さんがずっと家にいる」というのは脱会後恐らく1~2年位後に聞いた内容であって、娘さんの親である父の同僚はだいぶ前に先に退職してしまった為その後どうしているかは全く分かりません。

感謝いたします

はじめまして。

幽霊食口と名乗ってネットで活動しているものです。

著書は未読ですが、ブログの内容を拝見いたしまして(全部は読みきれてませんが)、大変感謝の念に尽きません。

米本様は是々非々として活動しているだけとして、感謝する謂れはないと思われるかもしれませんが、統一教会員にとり、どれほど勇気付けられるかわからない内容です。

高い理想を掲げながら、その理想と現実のギャップに必死にあがきながら苦しみ、更には誰にも認められないまま、更には”救出”という欺瞞に満ちた言葉を使われ、物ごとくに取り扱われる悲哀は言葉に尽くせないものがあります。

時と条件が満ちれば、神は義を顕す。他動的に見えるかもしれませんが、これが統一教会の信仰であり、迫害(統一教会員としては考えるのですが)を感謝し甘受し、事態が好転するのを粘り強く待つわけですが、事、この問題だけは別であると私は感じます。

そして、踏みつけにされ、行き場のなかった兄弟姉妹達のどうしようもない思いを汲んでくださったことに心から感謝いたします。

お体にお気をつけて頑張って下さい。

幽霊食口さんへ

 投稿ありがとうございました。
 しかしながら、正直に申せば、拙著未読で、ブログに感謝されても、複雑な気分です。
 なぜなら、このブログは「現代のルポ」と「拙著」にふりかかってきた火の粉を振り払うために開設したものだからです。
 ぜひ、ご一読をお願いいたします。
 
 

米本様へ

レスありがとうございます。

>しかしながら、正直に申せば、拙著
>未読で、ブログに感謝されても、複
>雑な気分です。

そりゃそうですね。申し訳ありませんでしたm(__)m。

注文していますのでもう暫くしたら、読めると思います。

それと、私のブログ(掲示板の過去ログ保存用なんのですが・・・)にリンクの方を張らせて頂きました。

http://yuureisikku.blog.shinobi.jp/

リンクフリーとの事ですが、御一報させて頂きます。

色々、飛んでくる火の粉が大変だと思いますが頑張ってください。

感謝です。

 幽霊食口さん。リンクしていただきありがとうございました。拙著を読まれたら、ブログで感想文なりを書いていただけたらうれしいです。むろん、このブログでも。

我らの不快な隣人-統一教会から「救出」されたある女性信者の悲劇を-”を読んで

米本様

御著書を読みました。
それで、感想とそれに託けての意見をアップいたしましたm(__)m。

少々長いので、ブログの方にあります。

なお、ブログの方は過去ログです。

掲示板のほうは、

http://ppp.atbbs.jp/yuureisikku/

となります。

少々統一教会色が強いのですが、今まさに計画を立てられている方々にも読んで頂きたいと願っておりますm(__)m

幽霊食口さんへ

 拙著への感想を拝読いたしました。
 丁寧に書いていただき、ありがとうございました。
 いずれ「本の書評&感想」のカテゴリーを設けようと考えています。そこで全文アップを考えています。そのときにはよろしくお願いいたします。

米本様

>そこで全文アップを考えています。
>そのときにはよろしくお願いいたし
>ます。

こちらこそよろしくお願いいたします。

このような事が少しでも無くなればと思います。

ただ、コメントの方に関してご使用されるときには、発言されている光太郎さんやTKさんにご確認をお願いいたします。

体に気をつけて頑張ってください。

大変申し訳ありません

先日書いた、感想と意見ですが、統一教会内部の問題により、削除いたしましたm(__)m。

米本様においては、事の軽重が逆ではないかと思われるとは思いますが、

統一教会の諸問題の原因が表れている問題の解決のほうが、統一教会員として最優先問題であると判断しました。

ただ、言わせていただければ、自己反省の無いところには、善き関係は望むべくも無く、自己反省なきところには破壊と絶望が待っていると思います。

これは、統一教会、反統一教会関係ないところで真であると私は信じています。

お騒がせしまして、大変申し訳ありませんでしたm(__)m。

不可解ながら了解です。

幽霊食口さんへ。
拙著への感想文を自ら削除されたとのこと、とても残念です。
削除理由について、「言の軽重」とか「原因が表れている問題」とか、言葉の意味すら理解できませんでしたが、不可解ながら了解いたしました。

今後とも「脱会方法の問題」「拉致監禁の問題」について関心をもっていただき、拙きブログを読んでいただけたら、とてもうれしく思います。今後ともよろしくお願いいたします。

米本様

御了解ありがとうございます。


>不可解ながら

説明しだすとかなり長くなるのですが・・・・。

統一教会にまつわる諸問題の発生について、その統一教会側の原因は、統一教会及び教会員全体に自浄能力が無かった、もしくはそれが著しく低下している事であると私は見ています。

そしてこれを象徴するような問題がネット上にあって、それに取り組んでいるのですが、未だ解決を見ていません。

この自浄能力を回復すべく、私はネットで主張掲げて活動しており、そこでこの象徴的な出来事の解決を目指さすのが先決である・・・・と考え直したということです。

自分達が反省も出来ないのに、人に反省しろという事は出来ない・・・・と反省して今回の行動になったわけであり、”原因が表れている問題”とはこの事を指します。

"事の軽重"の意は、

拉致監禁は犯罪であり、統一教会の自浄作用の問題とどちらが重い内容か?という判断のこと意味しています。どちらが重いか、もしくは早急に取り組むべき内容かの判断が逆ではないか思われるのではないか・・・ということを意味しています。



私としては、米本様及び拉致監禁を無くす会の御活動に興味がないとか異議を申し立てるものとかではなく、また応援しないということではなりません。


というより、大いに応援したいという私の気持ちは変わりませんが、先に解決すべき問題があると判断したということです。

色々不可解で、不快だと思いますがご了承頂いて感謝いたします。

幽霊食口さんへ

 丁寧に説明していただき、ありがとうございました。
 統一教会が社会的に批判されてしかるべき問題を構造的に内包していること(特定商法取引法違反など)と、教会員が拉致監禁されていること(逮捕監禁罪)-とは別次元のことですが、まったく無関係ではないと考えています。
 この問題についてはいずれ「統一教会考」で述べるつもりです。
 一番大切なことは、問題を摘出する場合、外に情報が漏れないようにすべて秘密裏に議論すべきではないということだと考えています。
「統一教会考」に拙論が載ったときには意見をお寄せいただけたら幸いです。

Yahoo掲示板に拉致監禁のトビックを立ち上げている者です。お二人の話を興味深く読ませていただきました。わたしも幽霊シックさんの考え方に近いのかもしれませんが、昨日の捜索でも感じたことは日本統一教会のいつもながらのコメントに監督責任者の誠意が感じられないことです。あまりにも守勢に立たされるあまり、あるいは言葉尻をとらえられるのを怖れてか、第三者には統一教会が責任を回避しようとする卑怯な姿勢を印象づけています。これはやはりまずいでしょう。自分自身の非を認める誠実さがなければ、他者を批判する資格も失われます。このあたりは信者一人ひとりの自覚も必要であると感じます。

わたしの考えに対して誤解がないように補足します。拉致監禁問題と特定商取引法違反の問題とどちらが重いかという議論がありますが、わたし自身は前者(拉致監禁問題)の方がはるかに重い問題であると思います。なぜならこの問題は第一に憲法の基本的人権を否定する犯罪であり、またそれは命に関る重大な刑事犯罪であるという2点があります。特定商取引法違反というのはいわば現代社会の商ルールとして定められたものだと思いますが、拉致監禁という行為は人権を重んじる近代社会においては普遍的に許されざる罪であると認定されると思います。残念ながら、日本社会の現状ではそのような基本的認識を欠いているのが情けないといわざるをえません。特定商取引法違反にあたるというだけでまるで鬼の首でもとるかのような報道がなされるのはむしろ異常であり、またもし警察がその法律の違反行為のみを重大視し、その一方で基本的人権の明白な蹂躙に対して無関心であるとすれば、それこそ真に憂うべき事態であるとしなければなりません。日本の警察がそこまでおちぶれていることはないと思うのですが、この心配はただの杞憂であるとしてよいでしょうか?










スコラ的議論

 はやしさん、投稿ありがとうございました。
 渋谷の「新世」の社長以下7人が逮捕された今回の事件について言及したいのですが、本ブログでは後藤監禁事件関連の資料をアップしている最中です。
 それが終わったあとで論じるつもりですが、それとの関連で、2つ目の投稿文には首を傾げてしまうところがあったので、先に指摘しておきたいと思います。

 はやしさんの投稿文によって、軽重議論があることを知りましたが、まったくのスコラ議論に過ぎません。
 一般に、居酒屋レベルでも、殺人と傷害致死とは「問題としてはどちらが重いか」といった議論はしません。なぜなら、刑罰は殺人のほうが重いが、人を傷つけるという点ではどちらも問題であると、みんなが認識しているからです。

 それと同じで、逮捕監禁と特定商取引法違反とはどちらが重いかなんて議論も、ふつうはしません。刑罰は逮捕監禁(最高刑5年)のほうが特定商取引法違反(同2年)よりも重いが、人を傷つける点ではどちらも問題というのはあたりまえすぎることで、そもそも議論にならないからです。

 特定商取引法が定められたのは、消費者が悪い奴から被害を受けないためです。そもそもすべての法律は「基本的人権の尊重」の精神に基づいて定められています。どの法律が重いかなんて、たとえば有印私文書偽造と偽計業務妨害とは「問題としてどちらが重い」かなんて、議論する人はこの世に誰もいないでしょう。

 それが、はやしさんによれば「(略)どちらが重いかという議論があ」るという。そうした議論をあえて成立させたいとする人々がいるとすれば、その狙いははっきりしています。

 今回の統一教会員7人の逮捕事件(特定商取引法違反容疑)は、拉致監禁に比べれば問題としては軽いということを印象づけたい(あるいは信者仲間としてはそう信じたい)ということなのです。
 その意味ではスコラ議論ではなく、政治的議論と表現したほうがいいかもしれません。

 でも、こうした議論があるのは信者の仲間うちだけでしょう。自分たちの議論のレベルがどの程度なのか、社会に向かって議論を提起してみたらいいと思います。

「どちらも問題だぞ。そんな比較論議をぶつけるということは、ハハーン、統一教会員で犯罪をおかした奴を庇いたいってことか」
という答え返ってくるでしょう。

米本さんの反論よく分かりました。この件に関しては私の方にも若干の異論がありますが、ここでは慎みます。

但し、新生の捜索に関して「統一教会本部が責任回避をしているような印象を与えているのはまずいのではないか」という先のわたしの投稿に関するのですが、昨日、この件に関してYahoo掲示板に(ネット上で発見した)内部通達をコピーしました。これをコピーしたのはわたし自身の危機感があったからです。但し、わたしは内部の教会員ではありません。

この通達文を読みますと、わたし自身にも誤解があったといわざるをえません。この通達文を読みますと本部教会は霊感商法問題について真面目に反省し、自らの体質を改革したいと考えていることは確かなようです。にもかかわらず、そのような本部の見解が(外部にも内部にも?)反映されていないようにみえるのが問題であると思います。

マスコミ(及び警察)はこの通達文を知りながら一方的に統一教会の使用者責任をあえて問題にしようとしているのか、それとも逆に通達文は捜査を免れるための虚偽のものなのかいずれなのでしょうか?又は、只単に新生の指導責任者が通達文を無視して暴走しているというのが真相なのか?そのあたりが解明される必要があると思います。よれば以下にアクセスしてください。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1143583&tid=0dbbeoa4jygcw4f6xbbv7oa4ka4da4a4a4f&sid=1143583&mid=69






はやしさんへ

はやしさん、おはつです。

幽霊食口と申します。

さて、遅くなったようですが、はやしさんは誤解されているようです。

物事はけして単独の要因で発生しません。事故等が端的な例でしょう。

例えば運転者が脇見をしてて、車の進行先に人とか物があれば、事故が起きます。この場合、運転者の脇見が主体的要因ですが、人とか物が無ければ事故が起きないわけですから、人とか物があることが副要因(原理的に言えば対象的要因)となります。

その人とか物とか存在する事に過失があれば(例えば、飛び出したとか)、ただ単に運転者を責めれば良いというものではありません。

勿論、普通は事故そのものを処理する事が最優先です(この場合、犯罪行為を明らかにし取り締まる事)。しかしながら、事故を防止しようとなると、事故の内容を明らかにして、それを処理し、主体的要因・副要因を無くす努力が必要です。

拉致監禁の場合、その内容を明らかにして、それに適切な処置をする事と、主体的要因である親族の意識と、副要因である統一教会の意識を変える必要があります。

そういった意味でそれぞれの活動に意味があるわけです。

勿論、事故内容を明らかにして、それに対する処置は何よりも重要であり、要因への対処はその後の話になるかと思います。

しかしながら、事故を無くそうとするときは、主体的要因ばかり問題にしていれば良いというものではありません。


勿論主体的要因の方により重い責任があるのは間違いありません。しかしながら、“飛び出した”事にも責任があるわけです。そして飛び出した方がその責任を全て脇におき、脇見運転したと一方的に責めるならば、脇見運転した方が飛び出す方も悪いというでしょう。

そして、私達は宗教家です。高い倫理性を求められる者として、まず飛び出した過失を認め、反省し、改めるべきだと私は考えているわけです。

でなければ、なんで、脇見の事を責められようか?と

しかし、一般の方としては、当然重い過失がある方をまず何とかしなければと思われるではないか?

だから、私は“事の軽重”と表現したものです。

そして、それを汲んで、米本氏は統一教会の過失の象徴として「特定商取引法違反容疑」の事を出されているわけです。

従って、「拉致監禁」と「特定商取引法違反」のどちらかが重いのかかるいのかを話しているわけではありません。

防止に当たって、何を重点的に考えるべきかの話です。

幽霊シックさんへ

幽霊シックさんありがとうございます。もしかするとわたし自身も幽霊シックという呼び名がふさわしい人間かもしれないので、なんとなく親近感を感じています。但し、この議論についてはこれ以上あまり論じたくはありません。

しかしながら一点だけわたしの考えを紹介しておきます。ご存知のように、今回の後藤さんの事件はアメリカ国務省の年次報告書に記載されるぐらい重要な案件であると(少なくともアメリカでは)受けとめられています。なぜアメリカがある意味で内政干渉めいた表現を使ってまで、この種の事件に対して発言しているのかといいますと、そこには宗教迫害というものの彼らの長い歴史があるからです。アメリカという国自体が実は宗教迫害から逃れるために生まれた国であるということを思い出せば、そのことは自明でしょう。

ご存知のようにかつてはデプログラミングという名の下に監禁説得という手法がアメリカで行われていた時期がありました。しかしそのようなやり方に対してはアメリカのほとんどの宗教界が違法でると認識したのです。統一教会に対して敵対関係にある正統派教会もこの問題に関してはそのようなやり方を一致して非難しています。ここには日本人が見習うべき自由の国=アメリカの良心があると思います。

このことからも「信教の自由が基本的人権の中でもとりわけ重いものである」というのは民主主義や人権思想の発達史をみてもそういえるとわたしは思っています。

但し、これ以上の議論は(米本氏のブログの趣旨に反しますので)ここではあまりしたくありません。よければYahoo掲示板にきてください。いずれそちらの方でもこの問題に関する私見を展開したいと思いますので、そちらの場でしたら議論は大歓迎です。

補足

すみません(また余計になるかもしれませんが)、もう少しだけ補足させてください。アメリカに比べて日本のキリスト教会の人権意識の低さや信教の自由に対するマスコミの認識の低さも問題ではありますが、それと同時にいえることは実は日本の統一教会員自身のこの問題に対する意識の低さがさらにこの種の問題を拡大させている原因でもあると感じています。より根本的には人権意識よりも感情に流されやすい日本人の負の側面がこの問題に集約的に現われているように思います。

はやしさんへ

どうも意図が判って頂け無いようです。

自分の思い、考えに固執することなく、人が何を言っているのかを正確に把握する努力をする癖を付けてください。

ここで、論議していると思っているのは、はやしさんだけです。私は私が取った行動を不愉快に思われるだろうから、御説明にあがっただけです。そして、これこれこういう理由でこういう行動を取りましたと説明し、了解したという回答を得た、だだそれだけの話です。

それをみて、“拉致監禁”と“特定商取引法違反容疑”の軽重論議になっていると林さんが思い込んでいるので、私が言った内容はこうである、再度ご説明しただけです。

論議は何も無い状態です。私の行動に対して、はやしさんに異議がおありでしたら、私の掲示板で異議申し立てしてくださって結構です。

それで初めて論議が始まりす。

はやしさんが、私に対して、私の行動に異論がなければ話はここで終わりです。

>次に、振り払う火の粉は、

はじめまして

>次に、振り払う火の粉は、
>新党日本副代表の有田芳生氏です。

という記述を目にしましたが
記事は、はじまるのでしょうか?

有田議員の社会貢献は

有田芳生議員のホームページを見た。
「統一教会の全国的妨害など、いろいろなことがありましたが、トップ当選することができました」「私にとっては拉致問題への取り組みなど、やりたいことがいっぱいあります」「人生後期の仕事としての社会貢献」などと誇らしげに書いている。
自身を、悪い組織と闘い、囚われの身となっている日本人を救う正義の味方とでも言いたいのだろうか。
笑ってしまうのは、北朝鮮の拉致問題の解決を公約に掲げていること。卑劣極まりない拉致・監禁という行為を何とも思っていない人間が、それを公約に掲げるとは、どういう神経を持っているのだろうか。
こうしたプロパガンダが果たして、国民に通用するのか。いまはまだマイナーな話である、統一教会信者に対する拉致・監禁問題も、いずれ国民が知るところとなるだろう。その時に、有田議員はどう釈明するつもりなのか?。
有田議員が何よりもまず、やらなければならない社会貢献は、自身が知っている拉致・監禁についての一切合切を情報公開することだ。さもなくば、日本は人権に対していいかげんな国だ、ということになり、北朝鮮による拉致問題の解決にブレーキをかけることにもなりかねない。

山口コラム(13)
希望の行方?拉致監禁はなくなるのか

 山口氏はコラムでこう書いている。
「この号だけ統一協会信者は大量に購入して、親元を含むあっちこっちにバラまいて宣伝している」

 そうした事実があるのなら、正直、うれしい。
 ルポを読んで、信者家族が拉致監禁を実行することを思いとどまってくれれば、「拉致監禁され、物として扱われ、人権を侵害されたことによって深い傷を負い、今でも後遺症に苦しんでいる」(山口コラム(6) - 元信者のKM氏のファックスより引用)ということがなくなるからだ。

 ところが、講談社から「この号」が売れたという話は聞かなかったし、ルポのあとも、監禁事例を覗いてもらえばわかる通り、拉致監禁は相変わらず続いている。ルポ掲載後に監禁から脱出してきた信者3人にインタビューしたが、ルポは読まれていなかった。それこそ山口氏がいう「残念!」である。

 反統一教会の陣営が想像しているのとはまるで違い、教団は中和新聞にルポを紹介しただけで、拉致監禁対策などまるでしていない。拉致監禁が発生しても本部には報告されない。そのため、今現在、何人の信者が監禁されているのかさえ、教団本部は把握していないのだ。それは「ニュース(2)」に書いた通りで、コメント欄で現役信者も認めている。


私は心から希う。

 脱会してもその後、後遺症に苦しむような特殊な脱会手法はなくならないものか。
拉致監禁と監禁下での説得による後遺症を「平常心で対外的に発言できないような心理状態」と切って捨てられるような状況がなくなることはないのか。

 本の出版後にも、名古屋大学と関西学院大学の学生が拉致され、マンションに監禁された。現在でも監禁されたままだ。もう4、5カ月月が経つ。

強制説得を行なっている牧師も、私がこの事実を掴んでいることを知っているから、容易に解放しないはずだ。2人の学生はともに4年生。すでに留年は確定的だ。仮に、親の願い通りに脱会し復学したとしても、鬱症状に苦しむようなことがあれば中退ということだってあり得る。、

 しかし、希望がないわけではない。

私が取材したことのある監禁体験者たちが、教団とは関係なく自主的に集まって、市民組織「拉致監禁をなくす会」を立ち上げたことだ。

きっかけとなったのは12年5ヶ月もの間、監禁されていた後藤徹氏がマンションから出てきたことだ。(『我らの不快な隣人』エピローグ参照)

後藤氏はその後、脱会説得を行なっていた新潟の松永牧師と、東京・荻窪のタップ社長宮村峻氏を刑事告訴した。これが監禁体験者たちを刺激し、会を結成することになったのだ(「ニュース(1)」、「ニュース(2)」、「ニュース(3)」、「ニュース(4)」、「ニュース(6)」」を参照)。すでに「拉致監禁をなくす会」のブログも開設されている。

どうせ、反統一教会陣営は、会の訴えに耳を傾けることなく、「教団が市民組織を装って作らせたダミー組織」と批判するに決まっている。「人は知りたくないことは自主的に情報を遮断する」そのほうが認知的不協和に陥ることなく、心の安寧が得られるからだ。



 私は市民組織「拉致監禁をなくす会」を高く評価する。

 正体を明かさないことが組織の体質となっている日本・統一教会にあって、報道各社にも取材要請をした設立総会の会場(文京区の区民施設!)に、現役信者が姿を現した。

設立総会の前には信者有志が素顔をさらけ出し、後藤徹氏の監禁体験を暴露し脱会説得者の宮村峻氏の不当性を訴えるビラを、宮村氏の自宅がある荻窪駅前で配り、「実は私も拉致監禁されたことがあるんです」とハンドマイクで市民に訴えた。

「お前ら、霊感商法の統一教会だろっ。カルトだろ!」

と悪罵を浴びせられるのを覚悟して。

この会はある可能性を秘めていると思っている。
彼らが、40年間も続いてきた拉致監禁をなくそうと立ち上がった背骨には、人権感覚がある。
教義や教団組織とは関係ない。それゆえ、監禁を体験した脱会者、統一教会に対する評価がまるで異なる元信者にも参加を呼びかけているのである。

「あんな恐怖、屈辱体験は人として決して許されるべきではないし、これ以上続いてはならないことだ」

この人権感覚が広がっていけば、拉致監禁の口実とされる統一教会の問題点にも必然的に目が向いていく。そうした可能性を秘めていると期待するのである。

人権感覚なき信仰の自由は砂上の楼閣にすぎない。人権に裏打ちされた信仰の自由が主張されるようになったとき、はじめて宗教組織は力を持つ。


 ところで、市民組織といっても、会員の多くは現役信者である。信者である前に一人の市民であらねばならないが、どうしても日本・統一教会員特有の思考・組織運営・体質などもろもろの癖が出てしまうはず。
とりわけ、顕著なのは「指示待ち体質」。上からの指示を待ち、指示が出ればそれを実行するという体質だ。創意工夫とか批判的に建設的意見を述べるといったことは欠落している。

それと同時に、教会員の多くは無関心、会が発足したことさえ知っていない。
理由はわからないが、快く思っていない幹部教会員もいると聞く。

そうした、組織の無関心さ、また自分たちの体質と対峙しながら、創意ある運動を起こすことができるかどうか。それができなければ市民組織でなく、教団系組織と化してしまうだろう。そうなれば、同じ監禁体験を共有する脱会者が集うことはもとより、拉致監禁をなくすという目的は遠のくばかりだろう。

会員の知性と獅子奮迅の活動に期待したい。



山口弁護士の短文コラムへの評論が大変長くなりましたが、これで終わります。
熟読していただき、ありがとうございました。


出来事の流れなどは、このブログの見取り図である『ブログの骨格』を見てください。次に、振り払う火の粉は、新党日本副代表の有田芳生氏です。

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