SSさん、自宅に戻る! 

拉致監禁リアル情報(32)

 SSさん、自宅に戻る!


 足立教会所属の女性教会員SSさん(33歳)が2月26日以降、所在不明になっていたが、3月18日に軟禁場所から家族一緒に自宅(埼玉県桶川市)に戻っていたことが判明した。

 この間、脱会説得者は軟禁場所に現れなかったというから、外形的に言えば、2月26日から約20日間にわたって、自宅そばの別の場所で「親子の話し合い」を行なっていたということになる。

 なぜ、脱会説得者が現れなかったのかは不明である。今回の巨大地震が影響したのかもしれない。(注1)

 ともかく、両親が軟禁場所での話し合いを断念したということである。(注2)
 実に賢明な選択だったと思う

 事実関係の詳細が不明であることから、軽々に論評したり推測したりすべきではないだろうが、次のことは注目に値する。

 SSさんは“解放”され、自由の身になったのにもかかわらず、軟禁前の足立区内のホームに逃げ戻ることなく、家族と一緒に自宅に帰った、ということである。

 “解放”後に自宅に戻るケースはなくはなかったが、それらはいずれも脱会を装ってのこと。今回のように脱会の意思を示さない状態で解放された場合(もっとも、ほとんどが脱出)、ほぼ例外なく、教会に逃げ戻っていた。

 ではなぜ、SSさんは自宅に戻ったのか。
 考えられるのは、軟禁中に、恐怖心とか屈辱感を味わうことがなかったこと。逆に言えば、家族が強制説得のマニュアル通りではなく、SSさんの立場もある程度尊重し、上から目線の強圧的な態度を取らなかったということなのだろう。ご両親の聡明さを感じる。そのため、軟禁下にあっても、親子関係は悪化しなかった・・・。

 もともと、親子関係が良好だったことも関係しているのかもしれない。
(SSさんのブログ「ひつじとひつじ飼いさん♪を参照のこと。文章の端々からSSさんの両親への愛情が感じられる)

 私は次のことを期待したい。
 SSさんは韓日祝福家庭。いつ韓国に渡るのかは不明だが、渡韓前に慣れ親しんだ自宅で、くつろいだ気分で、誰にも邪魔をされずに、親子でとことん話し合って欲しいということだ。

 むろん双方が望むことは180度違う。親は統一教会をやめて欲しい・祝福を破棄して欲しい。子どもは統一教会のことを理解してもらいたい。

 宗教に限らず、親子の価値観の違いは相克を招き、双方が葛藤に苦しむ。話せば話すほど疲れ、ストレスは増大するかもしれない。
 結果として、価値観は違ったまま、噛み合うことなく話し合いは終わり、双方が徒労感だけを味わうことになるかもしれない。しかし、そうであったとしても、後年になって残るのは、「第3者を交えることなく、親子でしっかり向き合い、とことん話し合った」という記憶であろう。価値観は交わることなくても、心は間違いなく交差する。

 Sさん親子の信頼関係が深まることを祈るばかりである。

 なお、SSさんが自宅に戻ったことによって、今でも監禁されているのは元世田谷教会の女性教会員田中妙子さん松江教会の女性教会員YAさんの2人である。巨大地震の影響で日本中が混乱に陥っているにもかかわらず、いまだに解放されないのは、脱会説得者の、病的とさえ言える強い意思が感じ取られる。

(注1)もし脱会説得を予定していたのが、荻窪栄光教会の黛藤夫執事だったとしたら、私がそのように予測したのを、彼が嫌がったのかもしれない。

(注2)「軟禁」と表現するのは、SSさんが勤務先に連絡することなく無断欠勤したこと、また携帯電話が使用不可能になっていたこと?からである。

追加情報:この事件の背後にいたのは「いのちの家」(長野県小諸市)所長の川崎経子氏と判明しました。(4月15日)

-お知らせ-

3月22日(火)、12年間監禁されていた後藤さんが宮村氏らを訴えた裁判の第1回口頭弁論が、東京地裁で開かれました。詳細は、このブログの注目サイトで紹介している「拉致監禁by宮村の裁判記録」に書いてあります。訴状もアップされると聞いています。関心がある方は、ぜひ「お気に入り」に登録してください。また、ブログをお持ちの方はサイト紹介にアップしていただければ。リンクはフリーだと聞いています。


 また延びてしまった「勝ち犬の遠吠え」は、次回に必ず掲載いたします。
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コメント

影にいたのは川崎経子だった。

 SSさんの拉致監禁の背後にいたのは、「いのちの家」所長の川崎経子氏だったことが判明いたしました。

 本文に追加情報として掲載することにします。

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