弁護士山口氏のコラムを評す(11) 

山口コラム(11)
山口弁護士の倫理を疑う(下)

山口コラム(10)」の末尾で書いた奇妙なこととは、実は、山口弁護士はルポの中心人物、宿谷麻子氏のかつて代理人を務めていたことがあったということだ。

どういうことか。
時間的経過を書いたほうがわかりやすいだろう。

1. 宿谷麻子氏が監禁下で清水与志雄牧師と黒鳥栄牧師の脱会説得を受ける。
2. 宿谷氏は、脱会後、黒鳥牧師の勧めによって統一教会(統一協会)に献金等返還請求を行うことを決意する。黒鳥氏から山口弁護士を紹介される。

3. そのあと、黒鳥牧師らは今利理絵氏に拉致監禁で訴えられる。
4. 2人の牧師は山口氏に弁護を依頼する。
 
つまり、山口氏は最初に宿谷麻子氏の代理人になり、そのあとで2人の牧師の代理人になったわけである。

 山口氏が批判した私のルポ「宗教監禁の恐怖と悲劇」では、宿谷麻子氏が2人の牧師の監禁下での脱会説得も原因となってPTSDを発症した-ことを明らかにしている。
このことを山口弁護士側からみれば、過去の依頼者が現在の依頼者によって傷つけられたということになる。

宿谷麻子氏によれば、山口弁護士は「怖い感じの事務的な人だった」という。
山口氏は誰からも好かれるような柔和な感じの弁護士(本人の弁によれば八方美人だと仲間から批判されるという)である。
彼女が怖い印象を受けたのは、彼女の受け止め方が偏ったものだったのか、それとも山口氏には二面性があるということなのか。
それはともかく、彼が要求したのは「統一教会にいったいいくら払ったのか。その詳細を明確にしてくれ」というものだった。

彼女は、身体中にできたアトピー湿疹と過覚醒、睡眠障害と闘いながら、銀行通帳、メモ帳を引っ張り出し、詳細を明確にした。実に、この作業に数年を費やしている。(『我らの不快な隣人』第6章「引き裂かれた家族」を参照)

返還請求金額は約800万円。山口弁護士は示談交渉によって約400万円の分割返済を統一教会に約束させた。 月々、統一教会は山口氏の口座に何がしかのお金を振り込み、そこから山口氏は報酬金を差し引いたうえで麻子氏の口座に振り込んだ。
ちなみに、振り込み手数料は麻子氏負担。彼女が手数料が安くなるような送金方法を頼んだこともあった。
それに対する山口弁護士の返事の手紙の写しが手元にあるが、依頼者の人格を軽んじるような実に乱暴な字である。それを見たとき、山口氏への好印象を吹っ飛んだ。

ともあれ、 山口弁護士にとっての宿谷麻子氏は依頼者であり、同時に自分の収入源の一人でもあった。




 そうした事情を伏せながら、平気でこう書く。
「少なくとも平常心で対外的に発言できる心理情況にはない元信者」
私が怒りすら覚えるのは当然のことだろう。

くどいと思われることを承知で書けば、「少なくとも平常心で対外的に発言できる心理情況にはない」とする元信者から、山口氏はまともに話を聞き、そして統一教会と交渉し、その結果、幾ばくかの収入を得たのである。
そして、そのことをおくびにも出さずに、反統一教会陣営にとって都合の悪いルポを貶めるために、かつての顧客をまともな発言ができないような元信者と書く。
これが“正義派”“人権派”弁護士の一面なのである。

草葉の陰で眠っている正義の弁護士、戦時中官憲による拷問死を告発した「首なし事件」で知られるた正木ひろし弁護士が、この「奇妙なこと」を知ったら、なんと思われるのだろうか。(そういえば、山口氏と名前が同じである)

弁護士倫理規定には「かつての依頼者であっても、中傷したり傷つけたりしてはならない」と定められている。
これは私の創作である。そんなことは書かれていない。
なぜ、書かれていないのか。
あまりにも、あたりまえのことだからである。

商人の道を説いた人として有名なのは倉本長治氏(商業界の創始者)である。今では功なり名をとげたビッグカンパニーの社長たちも感銘を受けた「店はお客さんのためにある」など、いくつかの名語録を残している。しかし、次の語録はない。
店主は客の悪口を言ってはならない
あまりにも、あたりまえのことだからである。

山口氏は、たかだか“お粗末な論文”にすぎないルポを批判するために、 「人の道」まで踏み外してしまったのである。

<この項、『我らの不快な隣人』306~307頁の詳細を書きました>

「山口コラム(12)

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コメント

弁護士は勝てばいい商売です。

 この世の中は、「賢いもの」に都合のいいようにできています。どんなことをしても、合法的にお金を儲けたらいい、裁判に勝てさえsりゃどんなことをやってもいい。と水戸黄門の悪代官と越後屋の座敷の会話のように「お前も悪よのぉ」というそのままの社会であることは昨今の○○建設の記事で立証されています。
 悲しいかな、弁護士の世界に限らず一般的にそうです。とても悲しいことです。でもそんな世の中は少しづつなくなっています。後世のためにもそんなことを続けさせたらいけません。心の正義の叫びを大事に生きるのが本当の生き方だと思います。日本人自体がそのようなことを考えない体質になってしまっているので、これを覆すには大変なエネルギーと労力が必要となると思いますが、ご指摘内容は大変な意義と価値を社会に提議するものです。
 米本さんでしたら出来ると思いますので、コメントで応援させていただきます。
 

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