「いのちの家」(川崎牧師)からの脱出記? 

拉致監禁リアル情報(24)

始まった統一教会エンドレス批判


前回は、慶一が「いのちの家」に、「慶応大学のカウンセラーの先生がやっている施設」と騙されて到着したときのこと、また「いのちの家」所長・川崎経子の二段階構えとも言うべき新しい脱会説得方法を説明した。


聖書講義はそこそこに

 今回は、10月2日から始まった軟禁生活の模様から始める。

 1日の基本的な生活スタイルは――
朝食をとったあと、9時から12時まで川崎のレクチャーを中心とした話し合い。昼食をとったあと、14時から17時まで川崎のレクチャーを中心とした話し合い。夕食後は比較的自由な時間。

 食事は、だいたいが慶一家族と川崎の4人。そばに犬が一匹。(注1)

 毎週水曜日の夜と日曜日の午前は、近くの日本基督教団・岩村田教会で開かれていた勉強会(水曜)と礼拝(日曜)に参加した。
 強制ではなかったが、外の空気に触れたいし、気分転換したいという気持ちもあって、川崎のあとについていった。

 慶一の観察によれば、「聖書やキリスト教に無縁の両親は、勉強会、礼拝とも居心地が悪かったようだった」という。

 勉強会は、午後7時頃から9時頃まで。聖書の1章を輪読し、それを浜田牧師が解説するという形式だった。勉強会が終わると、お茶を囲んでの交流の場、牧師が中心の雑談の場に。
 慶一が雑談のなかで印象的だったのは、「(浜田牧師の)姪が統一教会の信者だったことがあり(今も信者かは不明)、姪を脱会させるために彼女の母親がお互いに手錠をかけて生活していた」というエピソードを、牧師が悪びれることなく、披露していたことだった。

 
「いのちの家」では、最初の頃は聖書の創世記に関する『創世記を読む』を輪読しながら、川崎からキリスト教の神観、罪観、メシア観を聞かされた。
 川崎の神観の説明は矛盾に満ち、慶一にはとても納得できるものではなかった。

 これを説明するのは私の能力を超えるが、川崎つまりプロテスタントの神は人間の英知では窺い知ることのできない絶対的な神。統一教会の神観は、もう少し人間的で人間的な感情をもった神である。人間が悲しみ苦しめば、神もまた悲しみ苦しむ。
 人間が関わることのできる神かどうかに違いがあるように思われる。後者の神観のほうに親しみが持てるだろうが、人間の恣意性が入り込む余地があるという点で疑問がわく。
 
 次いで、『イザヤ書を読む』の輪読が始まったが、慶一の両親が「先生、私たちは統一教会や文教祖のことを知りたい」と要求してきたため、急遽それについてのレクチャーがなされることになった。

 <聖書の勉強会を続けていたのでは、いつになっても本題に入らない>。両親はまどろっこしさを感じたのだろう。
 興味深いのは、川崎がこれから始める統一教会批判も、川崎自らが進んで行なったものではない。あくまで「信者の親からの提案を受けて」という形式を取っているため、前回述べた通り、<統一教会の信仰を持つか否かはあなたが決めなさい>というスタンスを取る川崎には責任が発生しないということである。つまり強要罪は成立しない。実に巧妙である。


重箱の隅

 川崎の統一教会批判で、慶一が記憶しているものを列挙すると、

(1)『淫教のメシア文鮮明伝』をテキストに「文鮮明は血分けしている」
(2)「日韓トンネルは教会で買った土地に穴を掘っているだけ」
(3)「韓鶴子は13人子どもを産んでいると言っているが、実際は14人だ」
(4)「イエス様から啓示を受けた日はイースターではない」
(5)「朴正華を背負って川を渡っている写真は偽者だ」
(6)「ノアの箱船から鳩が3回出た期間を21日と教えている。これでは算数はゼロ点」
(7)「『原理講論』は金百文の『聖神゜神学』からの盗作だ」
(8)「聖書でヤコブが嘘をついたように、神のための嘘なら正当化されると、教会員は教えられている」

 慶一は「重箱の隅をつっついたような話ばかりだった」と振り返る。

 彼の記憶が正しければ、川崎の脱会説得家としてのレベルは正直、低いと思う。
 この中で、事実だと確認できるものは(2)だけである。
 ただし、「教会が買った土地に穴を掘っているだけ」は未確認。莫大な献金を集めながら、300億円台の投資しかしていないという点で、(2)は事実であると記した。

 10数年前なら、日韓トンネルの話は有効だった。実際、それがきっかけとなって脱会した信者は少なくなかったからだ。しかし、32歳の慶一は日韓トンネルのために壺売りをした体験もなければ、トンネル献金したこともない。事実であっても、リアリティのある話ではないのだ。

 だいたいが、教団広報部長(教理担当)の太田朝久が『踏みにじられた信教の自由』で、反論なり弁明をしていることである。(注2)

 なぜ、川崎が08年11月以降に摘発された刑事事件、特定商取引法違反のことを、慶一にぶつけなかったのか不思議でならない。(もっとも、特定商取引をしていない慶一にはぴんと来なかったと思うが)

 そもそも、韓鶴子には14人の子どもがいることは教会員なら誰でも知っていることであり(フリー辞書にも載っている!)、「朴正華を背負っている写真の人物はお父様(文鮮明)だ」と説明していたことについては、教団は間違いであったことを認めている。今の青年教会員は、その写真そのものさえ見たこともないだろう。

 つまり、川崎は20数年前に脱会説得の材料として使ってきた情報を、時代に合わなくなった今においても、使い続けているわけだ。「レベルが低い」と感じても、当然だろう。

 (8)に至っては、お笑いクリスチャンというしかない。川崎たちも平気で嘘をついているからだ。泥棒が他の泥棒に「人のものを盗んではいけない」とお説教しているようなものだ。


 慶一は川崎の『統一協会の素顔』を読んで、彼が把握している情報とのギャップを感じたという。それはそうだと思う。2年前に新装改定版を出したが、「古くなり、修正しなければならないところがある」(まえがき)と自らエクスキューズしながらも、表紙を変えただけの旧版(1990年)のままなのだから。(注3)


化石の効用

 レクチャーのひとコマとしてビデオが使われることもあった。5、6本は見せられたというそのビデオは、なんと20年近くも前の、山崎浩子や桜田淳子の合同結婚式騒動のワイドショー。もはや、歴史的遺物であり、今の青年教会員が見れば、「へぇー、こんな報道もなされていたのか」と驚きはしても、自分のこととしてリアリティをもって受け取めることはできないだろう。

 慶一から川崎レクのことを聞けば聞くほど、「化石」という言葉が浮かんでしまう。

 しかしながら、時代遅れの言説であっても、信者家族にとってはリアリティがある。なにしろ統一教会と闘って何十年という牧師様が教えてくれる稀少情報である。お宝モノのビデオを見れば、報道されているのと同じようなことが今でも組織内で行なわれていると思い込む。
 見れば見るほど聞けば聞くほど、家族は焦燥感に駆られ、一刻でも早く、「子どもを救出しなければ」という気持ちになっていく。化石の効用である。(注4)

 慶一は黙って聞いただけではない。反論したり釈明しようとしたこともあった。
 川崎も「反論があるなら反論してみて」と語っていた。
 しかし、彼が話を始めると、それを遮り、怖い顔つきになって・押しつけがましい態度で・大きな声で・断定した口調でまくし立てる。(注5)

 今でも記憶にはっきり残っているのは、
「イエス様は、私生児(聖霊とマリアによって身ごもった)として生まれ、それゆえに両親(ヨセフとマリア)の愛を受けられなかった」
 と話そうとすると、話し終わらないうちに、川崎が「とんでもない!」と大声で一喝し、
「イエス様は両親からふんだんに愛を受けて育ちました。統一教会は血分け教だからそういういやらしい解釈になるんだ!」
 と、顔を歪めながら叫んだことだった。(注6)

 その迫力に圧倒され、川崎の意に反したことは何も言えない。言っても無駄だと思い知らされた。
 慶一は次第に耐えきれなくなっていった・・・。

(注1)「いのちの家」の費用は1泊3食で、1人4000円である。決して高くはないが、1人が1カ月いるとすれば月に12万円。両親と子どもの3人だと36万円。1泊だけだと安いのだが、説得が長引けば、信者家族の負担は大きくなっていく。
 母親と子どもの2人が5カ月間いたケースでは、120万円の費用が発生した。(値引きしてもらったのだろうが・・)

(注2) 太田の『踏みにじられた信教の自由』では、萩原の『淫教のメシア文鮮明伝』を説得力をもって論破していた。

 ところが最近、文鮮明の7男、世界会長の文亨進(ヒョンジン)が公的な場で、「六マリア」(6人の女性と文鮮明は性交渉があった)について、こう語ったという。
「マホメットには11人の女がいたし、宗教の教祖たちにはみな女がたくさんいた。お父様は、女性を完全に主管できる真のアダムであるのに、そのお父様に女性がいたとして、何の問題があるのか。私たちは堂々としなければならない」
 教会を挙げて「六マリアはなかった。反対派の捏造だ」と釈明してきたのを、教団トップがあっさり批判を肯定するような発言をする。よくわからない統一教会の後継者である。

 ただし、亨進は「六マリアは事実」と語ったわけではない。父親が6人の女性と性的関係をもったかどうかは、父親か6人の女性に聞く以外に証明することはできない。

 話を戻せば、亨進の話は「英雄色を好む」といった俗世レベルである。宗教レベルにしても、一夫多妻のイスラムと、「純潔・命」の統一教会との決定的な差異を捨象して論じられるような話ではない。
「亨進様は統一教会の信仰のことを理解していらっしゃらないのではないか」
 と、教会員が嘆くのは当然のことだろう。
 実際、文鮮明の子どもたち(「御子女様」)のスピーチを聞く機会が多い韓国の牧会者クラスは「御子女様たちの神学的理解が浅すぎる」と嘆いているという。それが最近では一般信者も同じような疑問を囁(ささや)くようになっている。

 統一原理のことは理解できていないが、「女性を完全に主管できる」という場合の「主管」について、亨進は誤解釈しているのではないか(「主管」の濫用)と思われる。俗っぽく、「Aには女が6人いるが、上手に彼女らを操り、彼女たちも満ち足りている」と言っているのと、それほど変わらないように思えてならない。
 それにしても、である。
「宗教の教祖たちにはみな女がたくさんいた」と語った言葉が事実なら、何とも俗っぽい。


(注3)「『統一協会の素顔』を一度読んで欲しい」(親)
「読んだけど、全然ぴんとこないよ」(子ども)
 こんな会話がなされた家庭はあると思う。そして、子どもの感想に、「マインドコントロールは相当強烈だ」と判断した親もいたと思う。
 しかしながら、川崎も認めているように、この本は現実と合わなくなっている部分がある。だから、「ぴんとこないよ」と子どもが感想を述べても、不思議ではないのだ。

(注4)「物事を白か黒かに2分し、単純化したイメージを増幅させるのがテレビや週刊誌の特徴」。こう書いたのはジャーリズムの動向を調査している月刊『創』編集長の篠田博之である。(東京新聞の最近コラム)
 実際、そうだと思う。
 20年近く前のワイドショーのビデオを見れば、「統一教会は真っ黒」な印象をもつと思う。
 
 ただ、統一教会側にも悪のイメージを払拭できなかったという点で、問題はある。
 統一教会系企業である「ハッピーワールド」とその販売会社そして統一教会の組織とが一体となって行なっていた“霊感商法”(=大理石の壺売り)は、文鮮明の指示によって中止された。それにもかかわらず、日本・統一教会は国民に向って謝罪をしていないからだ。
 謝罪がなければ、誰しも連続して行なわれていると思うのがふつうである。

 あのとき(90年頃)、統一教会の教祖、文鮮明は「大理石の壺売り」を禁止するとともに、それに従事していた献身者(本部の有給献身者=職員を含む)に還故郷の命令(簡単に言えば、田舎に戻って働け。田舎の両親を伝道せよ)を下した。同時に献身者をむやみに増やすことも禁止した。

 このときの文鮮明の御言葉を、いつもなら金科玉条の如くおしいただくはずの古参教会員(文鮮明が招集したアメリカの会議に参加したのは10人前後いたはずだ)が曖昧にし、その結果、多くの教会員がこの御言葉を知らされないままになってしまった。その結果、「真のお父様」の指示は、不徹底に終わってしまった。
 教会員は、還故郷の事実は知っていても、なぜそれが行なわれなければならなかったのか。文鮮明がなぜ壺売りを禁じたのか。そしてそのときの彼がどういう態度で何を語ったかについては知らないままになっている。

 文鮮明の御言葉が組織全体に徹底されていれば、08年11月以降相次いで摘発された「特定商取引法」違反事件(逮捕者は約40人)は起きなかったと思う。(「09年7月以降の刑事事件」を参照のこと)

 化石言説を有効にしているのは、当の統一教会側にも責任があるということなのだ。

 もう一つ付け加えておく。
 統一教会のイメージが決定的に悪化したのは、92年?95年の合同結婚式騒動のワイドショーと雑誌の、膨大な量の報道によってであった。直接は、合同結婚式そのものが批判の対象だったが、80年代の霊感商法批判も拡大再生産されたが如く、再び激しく繰り返された。
 もし、90年に霊感商法について謝罪し、中止したことを記者発表していたのなら、92年?95年の報道は合同結婚式批判だけにとどまり、ここまで統一教会のイメージが地に堕ちることはなかった。そして、拉致監禁の発生件数ももっと少なくなっていたはずだ。
 組織内で“戦後責任”が問われても、しかるべきだと思う。
 このことに、教団はあまりにも無自覚的すぎる。
 
(注5) 川崎の表情、態度、口調をあえてゴチック表記にしたのは、慶一だけではなく、複数の信者・元信者の共通した感想だからである。

(注6)クライアントの声に静かに耳を傾ける・自分の意見を押しつけない。これは、カウンセリングの原理原則である。強制説得の牧師たちは、自分でカウンセラーを名乗ることを恥ずかしく思わないのか。不思議でならない。

 マリアの処女受胎なんてオカルトチックなことを信じているのは狂信的なクリスチャンだけ。イエスはマリアの不倫の子ではないかと疑うのは、統一教会に限ったことではない。そもそも、処女の女性から子どもが生まれるなんて、生物学的にもあり得ない話である。

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コメント

すぐに終わると思っていましたが・・・

私が川牧師の説得(監禁ではない)を受けたのは84年ごろでした。当時は髪も黒々としていましたが、まさかこんなご老人になるまで説得をやってこれるとは思いませんでした。あまりのレベルの低さにこの人はすぐに終わるだろうというのが私の率直な感想でしたから・・・・。こちらが質問しても答えられないとすぐに話題を霊感商法のことに変えるんです。レパートリーも少なかったです。
 
 印象に残っているのは、文師夫妻の17歳という若さで交通事故でなくなった二男興進氏の批判でした。さんざん批判した後、川牧師は親に先立つのは一番の親不孝だといったのですが、親に先立ったのはイエス様も同じでは・・・・。よっぽど突っ込みを入れようかと思いましたが、また霊感商法の話をされるのも嫌なので、そのままスルーしたような記憶があります。

レベルが低い

私も1回目の拉致監禁後のリハビリと称して川崎牧師の所(当時は谷村教会)に数日いました。偽装脱会だったし、何せ数日だったので、それなりにしか接してなかったので、川崎牧師の怖い形相にはお目にかかりませんでした。牧師というより、ただの太ったおばちゃんという感じであまり悪い印象はありませんでした。
それはいいとしても、説得内容があまりにも古すぎるのは驚きました。米本さんご指摘の通り、今時の信者が血わけや日韓トンネルで脱会するとは思えません。「淫教のメシア文鮮明伝」は私も読むように言われました。内容は殆ど覚えてないのですが、文鮮明をメシアと信じていた当時は、あまりにも馬鹿馬鹿しい内容で信じる信じないのレベルではありませんでした。大体「血わけ」についてもあまりにも現実とかけ離れた内容で、信じるに至りませんでした。そういえば、深雪さんの説得に黛氏も最後「血わけ」話しを熱心にしたというが、それで脱会すると思っているのでしょうか?米本さんがおっしゃるように正に化石です。
92年~93年(合同結婚式~山崎浩子さん脱会まで)のビデオは確かにご両親には効果的だと思います。慶一さんのお母さんが専業主婦なら、多分その当時のワイドショーは見ていたでしょう。その時は人事でも今は我が子の所属している団体のことですから、当時の記憶とあいまって「脱会させなければならない」とより強く思わされることでしょう。その点では非常に効果的ですが、果たして川崎牧師はそこまで考えていたか?・・
話しが変わりまして、90年当時の還故郷摂理時に文鮮明が霊感商法禁止と言ったことは知りませんでした。還故郷の意味は、氏族のメシアになるため、としか言われてなかったような・・・・
文鮮明が直接霊感商法禁止と言ったというのは初耳です。それがきちんと伝わっていたら、その時きちんとマスコミに説明し、謝罪していたら、その後の拉致監禁の歴史は変わっていたと思います。
とは言っても、霊感商法を禁止しても、エンドレス高額献金は相変わらず要求していた(いる)わけだから、どうなんでしょうか?高額献金に応えるために霊感商法をしている面もあるでしょうし。
わかりません。

やっぱし

> 90年当時の還故郷摂理時に文鮮明が霊感商法禁止と言ったことは知りませんでした。還故郷の意味は、氏族のメシアになるため、としか言われてなかったような・・・・
> 文鮮明が直接霊感商法禁止と言ったというのは初耳です。

 やっぱしか思いました。

 上記の話は、文鮮明氏が招集した会議に参加した古参の一人に聞きました。文鮮明氏が古田元男氏を叱責したという話も聞きました。
(今度、もう一度聞こうと思っています。取材した当時の認識はきわめて浅かったので)

 どうも、文鮮明氏は若かりし頃(70歳前後以前)は、目端が利いていたと思うけど、だんだん裸の王様・状態になっているような気がします。

 今度書きたいと思っていますが、文鮮明氏はもはや利用されるだけの存在になっていると思っています。

外部のジャーナリストから知る事実

私も、90年当時の還故郷摂理時に文鮮明先生が霊感商法禁止と言ったことは知りませんでした。そんなことがあったのですね。わたしは現役の信者である程度、情報に詳しいほうだと思いますが、それでも聞いたことがありませんでした。最近(一、二年前くらい)、文鮮明先生が霊感商法のようなことをやれと先生が命令したことはない、即刻中止せよと命令されたのは知っていましたが・・・。

こういう話を聞いても、都合が悪ければ下には伝えないで、都合のいい命令だけ伝えて、わたしの命令はメシアの命令だといばるだけの幹部が多いのが問題ですね。こういう大事な話を外部の米本さんを通じて知るのですから、この組織も本当にダメですね。

Re: 外部のジャーナリストから知る事実

 現役信者の方からタイトルのようなことを書かれると、責任を感じてしまいます。
 したがって、もう少し丁寧に書いておきます。

 90年頃に、日本の幹部がアメリカに呼ばれ、文鮮明氏の指導を受ける会議がなされたのは確かです。そこで、「やめろ」といったのも確かです。

 不確かなのは、会議は一度だけだったのか、それとも数回にわたってのことだったのか。
 つまり、還故郷・80年代の社会問題になっていた高額な大理石の壺売りの中止・献身者をむやみに増やすな-という指示が同時に行なわれたのかが不確かなのです。
 なにしろ、当時の統一教会にとっては、いずれも、そう簡単に実現できないような大きな課題ばかりですから。

 では、何を「やめろ」といったのか。“霊感商法”なのか、輸入会社・販社・教会組織が一体となって物を売るような組織的な販売なのか、それとも高額な大理石の壺売り(多宝塔含む)なのか。取材当時は、問題意識が浅かったため、きちんと取材できていません。

 結果として、組織販売は全面的に、高額な壺売りは基本的になくなったのだから、この2つを禁止したことは間違いないと思います。
 ただ、“霊感商法”となると、どうなんでしょうか。この言葉が韓国語にあるのかどうか。それに、いつもカッコつきで表現する「霊感商法」の定義が実に曖昧であるということもあります。

 これは、仄聞情報も交えた推測にすぎませんが、文鮮明氏は社会的に批判されるような「人を脅かすような販売の仕方はやめろ」といったのではないかと思っています。

 いずれにしても、仄聞情報ではなく、文鮮明氏から直接話を聞いた人に話を聞かない限り、正確なところはわかりません。
 はっきりしているのは、文鮮明氏の言葉が正確に全教会員に伝えられ、教団が記者会見などできちんと謝罪をしていれば、拉致監禁の発生件数は減っただろうし、特定商取引法違反事件が起きなかったのは確かなことだと思います。

 

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