荻窪栄光教会の黛藤夫の正体(下) 

“救出カウンセラー”の素顔(25)

道は2つ?監禁か見捨てるか

不可解な黛の来訪

前回のブログでは、私のところにやってきた黛藤夫が「なんで、あんな記事を書いたのか」と難詰した当の記事を、長々と紹介した。

 記事を読まれればわかる通り、私の記事に問題となるようなところはなかったはずだ。
 黛の来訪については、「ドキュメント救出」も収録した『教祖逮捕』(2000年3月)の「作られた言説?マインドコントロール論」で、このくだりを書いているので、それを引用しておく。

 ルポを発表してから、健君の“救出“を指導した東京の脱会カウンセラーが「会いたい」とやってきた。
「何の用で?」と聞くと、彼は顔を歪めながら「なんであんなルポを今、書いたんですか」と抗議めいた口調で語った。

 統一教会の人に文句を言われるのならまだしもと(「ドキュメント救出」では統一教会批判の記述もある)、一瞬ムカッとしたが、彼が言いたかったのは、自分たちは改宗を目的に統一教会の信者を“救出”しているのではないし、実際に改宗もしていない。それなのに、あの記事では改宗が目的のように受け取られてしまう?ということだった。
 そこでこう質問した。
「マンションの窓が開かないように細工をしたり、玄関に南京錠を付けたのは、あなたではありませんか」
 彼は顔を歪めながら頷いたあと、「記事を書かれる前に、どうしてうちに取材に来てくれなかったのですか」と詰(なじ)った。
「取材に行ったら、すべてを見せてくれるのですか。いろんな人に会わせてくれるのですか」
 と聞くと、彼は即座に「それはできない」と答えた。
 閉鎖的な集団にありがちな対応と変わりがなかった。


 このときから10年以上経った今でも、なぜ黛が私のところにやってきたのかは謎のままである。
 もし、荻窪栄光教会そして黛に取材を申し込み、仮に応じてくれていたとしたら――。
 同教会の信徒である元信者たちを取材し、改宗が目的の脱会説得であると明確に書くことができただろうし、彼が取材に応じていれば、当然のことながら、「脱会カウンセラー」ではなく「黛藤夫」と書いていた。

 いま改めて、『教祖逮捕』を読み直しても、脱会カウンセラーが黛であることを知ったにも関わらず、記事では相変わらず「東京の脱会カウンセラー」としか書いていない。実名で書くことを心がけている私が、なぜ、名前を書かなかったのか。(注1) おそらく、未来ある若者(といっても30代半ば)ゆえ、恩情の気分が働いたのだろう。

 ところで、黛の来訪は不快だった。
 なぜか。話は少し迂遠になる。

 私は、鈴木家族に取材しているとき、脱会カウンセラーの名前を質問することはなかった。それなのに、電話で「黛と申します。お目にかかりたい」と言ってきたとき、どうして健の保護説得を指導した人物だとわかったのか。

 それはこういうことがあったからだ。
 くだんの記事が載った別冊宝島『救いの正体』が発売された直後に、鈴木家に電話が入った。黛からであった。
 家族は、黛の指導による保護説得には失敗したものの、記事を読めば健が脱会したことはわかる。「良かったですね」の一言でも声をかけてくれるのかと思ったそうだ。しかし、豈図らんや、黛はこう詰ったというのである。
「なぜ、米本にしゃべったのか」

 そのことを聞いていたから、すぐにわかった次第である。

 黛が計画した強制説得には失敗したが、穏やかな雰囲気のもと、自宅で行なわれた説得は成功し、健は統一教会をやめた。そのことを素直に喜べばいいはずだ。それなのに、私の取材を受け入れてくれた鈴木家の人たちを詰る。健の妹は「叱責されたような感じだった」という。
 健の脱会よりも、水面下での出来事を表にさらけ出されたことに、黛は怒りを覚えたのだろう。

 この話を聞いて、黛に不快感をいだいたし、彼の人間性も疑っていた。
 だから、彼の来訪は正直、不快だったのである。

 実際、蕎麦屋で話を聞いたが、来訪の用件がさっぱりわからず、少々いらついたが、おそらくこういうことだろうと内心思った。
<長年、反カルトの記事を書いていた私がなにゆえ、保護説得の実態を暴露したのか。その真意が知りたい>

「なぜ、あんな記事を書いたのか」という質問は、黛とは別に、2人の牧師からもあった。

 組織に所属しているかどうかは関係なく、記者は「水面下に隠されていること」を暴くものである。
 検察や警察の機密費を、マスメディアの記者やフリーの記者が暴いたことがあるが、真意もヘッタクレもない。「水面下に隠されていること」を暴くのが、記者の仕事であり習性でもある。

 韓国の大手テレビ局が最近、拉致監禁問題を1時間番組で放映した。記者はタブー視されていることであっても、書かれざること、知られざることを、社会に報せたいのだ。
 今は国会議員になった有田芳生は、信者が監禁下で説得を受けていることを知りながら、そのことを監禁・監禁容認グループと歩調を合わせ、いまだに明らかにしようとしない。このことからすれば、「水面下に隠されていること」を暴露しようとしない記者もいるかもしれない。しかし、それは例外だろう。

 記者は暴露するのが仕事。こんな基本的なことがわかっていないから、<真意は何なのか><統一教会と関係があるのではないか>と邪推し、しまいには<統一教会のスパイだ>とヒステリー反応を示す。

 話が、私と黛との個人的なことになりすぎた。
 「拉致監禁リアル情報(14)に今一度、目を通してもらいたい。
 ここで、今でも保護説得を行なっている、あるいはそのマインドをもっている人たちのリストを載せた。多くが60歳以上だが、その中で比較的若いのは神和教会牧師の豊田通信と黛の2人である。

 組織的に保護説得を行なっていた日本基督教団に所属する豊田ならともかく、当時30代半ばの黛は、保護説得をどこでどのようにして習得したのだろうか。


運命の別れ道

 世間は狭いというか、12年間監禁された後藤徹は、実は黛と面識がある。

 後藤は一回目の拉致監禁のときには偽装脱会している。後藤が刑事告訴したときに提出した「陳述書?」を読んでもらいたい。そこに、こういうくだりがある。

(京王プラザホテルに監禁されてから)3日くらい後、私は信仰を持ったままでは部屋から出られないと判断し、意に反して脱会した振りをしました(偽装脱会)。

約1週間後、京王プラザホテルから杉並区荻窪のマンションの一室に連れて行かれ、同室にて1ヶ月弱監禁されました。私は常に両親及び兄によって監視された中、同室から前記荻窪栄光教会の礼拝等の集会に参加させられたり、同教会の牧師館や近隣のマンションの一室で監禁されている統一教会信者の脱会説得に同席させられました
(略)
11月下旬頃、私は荻窪栄光教会の日曜礼拝に参加させられた際、トイレに行く振りをして教会建物から脱出し、ホームに逃げ帰りました。


 後藤は次のように振り返る。

<統一教会信者の脱会説得に同席させられたと書いていますが、宮村峻から脱会説得を受けていた統一教会信者とは、実は黛君だったのです。
 彼は1987年10月、私が一回目に拉致監禁されたちょうど同時期に荻窪界隈のマンションで監禁説得を受けていました。
 もう、遠い昔のことですが、なぜか黛君のことは、よく覚えています。

 当時、偽装脱会していた私に宮村が「これから、説得に行く。君も来るように」と言いました。宮村は、私の兄や高森洋子(仮名)など何人かの元信者を引連れて、あるマンションの一室に入りました。そこにいたのが黛君でした。
 宮村の詰問に対し、元気なく、うなだれて何も答えない彼の様子にしびれを切らした高森洋子が、例の如く「はっきりしなさいよ!気持ち悪い!」と言っていたのを覚えています。
 監禁から逃れるため偽装脱会を続けていた私は、宮村から「最近脱会した後藤君だ」と紹介されました。心の中で「黛君、頑張れ!」と応援しながらも、脱会したての元信者を装い、当たり障りのない話をした記憶があります>

「高森洋子」については、「“救出カウンセラー”の素顔(15)」を参照

<あと1つ、黛君のことで記憶に残ることがあります。
 陳述書?の最後「11月下旬頃、私は荻窪栄光教会の日曜礼拝に参加させられた際、トイレに行く振りをして教会建物から脱出し、ホームに逃げ帰りました」の場面に関することです。
         
 私は、偽装脱会をしながら逃走の隙を窺っていました。
 荻窪栄光教会の聖日礼拝の日、森山諭牧師の説教が終わり、礼拝参加者全員がお祈りをする時間があります。みな目を閉じ、思い思いに祈りをささげるのですが、「この時しかない」と直感した私は、トイレに行く振りをして栄光教会から脱出しました。 
 そのとき、私の左隣に座っていたのが、脱会を決意しマンションから解放されたばかりの黛君でした。
 まだ、信仰を持っていた私は、彼にもう一度神に真剣に祈り、信仰を取り戻してほしいという思いから、当時私が読んでいた『祈りによる力』を去り際に、彼に渡しました>

 この後藤の話から、オーバーに思われるかもしれないが、「運命」という言葉が浮かんでしまった。

 1987年頃、後藤も黛も、監禁下で宮村の説得をほぼ同時期に受けた。
 後藤はその後脱出。そして2回目の拉致監禁にあい、12年間の監禁生活に耐え、今は統一教会の拉致監禁反対運動の先頭に立って活動している。
 一方、脱会した黛は自分がやられた強制説得を、前の自分の年齢と同じような青年信者に行なっている。後藤の反対運動の標的の1人といってもいい。

 宮村の脱会説得を受けてから4半世紀後、後藤は表に堂々と顔をさらし、拉致監禁反対のデモ行進の先頭に立ち、一方の黛は水面下に潜み、脱会説得をする相手にすら自分の名前を明かそうとしない。

 後藤が黛、黛がその後の後藤になっていたとしても、何ら不思議ではない。運命の別れ道とはいったい何だったのか・・・。

 後藤に黛の年齢を聞くと、「私とほぼ同年齢でしょう。だから47歳前後では」という。

 ともあれ、黛は脱会したあと、鈴木健の保護説得の指導をしたように、宮村と同じような強制説得家になった。
 ところが、黛は宮村を快く思っていなかったようだ。そのため、高森洋子のように、宮村の腰巾着とならず、独自の道を歩んだのだと思われる。

荻窪栄光教会の変遷

荻窪栄光教会の外観


 ここで、人脈的なことを整理しておきたい。

・アメリカで行なわれていたディ・プログラミングとは別に、1960年代後半に、日本で「保護説得」という脱会手法を編み出したのは、荻窪栄光教会の森山諭である。(←をクリックして読んでもらいたい)
 森山はその後、プロテスタント、その中でも再臨主(メシア)を待望するプロテスタントの牧師たちに保護説得のやり方を伝授した。

・森山と宮村がタグを組むようになったのは、1983年頃である。詳細は鳥海豊の『脱会屋のすべて』を参照。

1980年代の終わり頃、宮村は事実上、荻窪栄光教会から追放された。女性問題や金銭問題があったという良からぬ噂が流れたようだが、真相は不明である。

・宮村は、「全国原理運動被害者父母の会」の代表・本間てる子が作った「水茎会」に入り込み、その会の中心的な人物になる。
 しかしながら、本間は宮村のことを「信者の母親に肉体関係を迫った」という理由で毛嫌いし、一方、宮村は本間のことを「あのキチガイばばあ」(私に語った言葉)と罵るほどに、2人は犬猿の仲である。そえゆえ、本間がつくった「水茎会」に、どうして宮村が入り込み、会の中心的存在になったのかは不明である。森山が「仲良くしろ」と2人を諭したのだろう。


 話を「荻窪栄光教会」と「黛藤夫」のことに移す。

 想像の域を出ないのだが、森山と仲の良かった宮村と本間が荻窪栄光教会から去ったあとの教会は、森山も病気になり、リタイア(1990年)したため、保護説得活動に空白が生じた。
 ちなみに、本間は『秋田の母ちゃん/統一協会とわたりあう』によれば、森山が病に倒れた(1990年)あと、荻窪栄光教会の信徒たちは本間に冷たい視線を送るようになったという。

 荻窪栄光教会と保護説得を軸に歴史区分をすれば、初期(1960年代後半から1980年代前半)は森山、中期(1980年代前半から1990年)は森山・宮村・本間時代(宮村と本間の仲は悪かったが)ということになろうか。

 鈴木健の家族が私に語ったことだが、「黛さんが荻窪栄光教会の施設で主催する勉強会に参加したが、牧師はいなかった。勉強会は黛さんが主役で、あとのスタッフは元信者ばかりだった。教会そのものがタッチしているようには思えなかった」という。

 黛は来訪したとき、私に、「今は牧師になるため神学の勉強をしている」と語っていた。先の後藤の話から推測できるのは、黛は脱会後、荻窪栄光教会の信徒となり、そののち、神学の勉強をするために、教会に居つくようになったということではないか。

 これらのことからすれば、後期(1990年以降)は「黛ら元信者グループが活躍する時代」になったと言えよう。

 深雪の脱会説得をしたとき、彼は牧師ではなく「主事」であった。主事の役割はわからないが、おそらく牧師の助手のような存在だろう。そうした主事がなぜ、本業である教会の牧会活動とは別に、私的な「脱会説得活動」に時間を費やすことができるのか。

 このことで注目されるのは、「全国統一教会被害者家族の会」の事実上の代表、神保たみ子(日本脱カルト協会の元役員)の存在である。
 彼女は荻窪栄光教会の信徒である。
 信徒の神保と主事の黛がタグを組めば、教会内で「一定程度の力」をもつ。むろん、教会の主管牧師である中島秀一(1990年に就任)が、彼らの活動を容認していることが前提である。
 ちなみに、「日本脱カルト協会の第1回カルト問題研究会」で、神保と黛はパネラーとして一緒にスピーチを行なっている。

 深雪の両親は、様々なサイトを検索した結果、「全国統一教会被害者家族の会」にたどりつき、そこで黛を紹介されたのではないかと思われる。荻窪栄光教会のサイトを読むと、高山がやっている倉敷めぐみ教会のサイトのように、「カルト相談会」を謳っているわけではない。それゆえ、両親が黛に直接、アクセスする機会・方法はないはずだ。


「監禁か見捨てるか」


 ところで、今回の深雪のケースは、10年前の鈴木家のケースとはかなり違いがある。鈴木健に行なわれようとしたことは、明らかに刑法に違反する拉致監禁説得である。それに対して、深雪のケースは心理的監禁である。(注2)
 おそらく、今利理絵・アントール美津子・寺田こずえ・元木恵美子の告訴・提訴があったため、法的責任が問われないように、よりソフトなやり方にシフトしたのだろう。

 そのことは容易に想像できるのだが、私の疑問は黛が脱会屋・宮村の何を嫌い、何を受け継いだのかということである。この疑問は、深雪の両親が「生き別れになる」「親子の縁が切れる」といった一般では信じられない言葉を、なぜ娘にぶつけたのかという疑問に通じるものである。

 黛が健の家族や家族の知人に指導した内容は、宮村が長年やってきたことと何の変わりもない。おそらく、宮村を嫌ったのは、自分もやられた脱会方法そのものに対してではなく、宮村の言動が嫌だったのだろう。

 宮村は、監禁部屋で信者や家族が嫌がるのも物かは平気で煙草をプカプカやる。言葉もぞんざいである。
 また、説得には大勢の取り巻き(元信者)を連れてくる。そこで、宮村がそうだよなと取り巻きに語れば、「そうです」「そうです」。まるで王様気取りである。
参照サイトは「宮村氏の性格と思考」

 では、宮村の何を受け継いだのか。
 話はまた迂遠になる。
 
 宮村の勉強会に参加し、宮村に脱会説得を頼むのをやめた信者の母親がいる。
 彼女はなぜやめたのか。
 それは宮村がこう話したからだという。
「統一教会員となった子どもをどうすればいいのか。選択肢は2つある。監禁か見捨てるか、だ」

 監禁とは、子どもを拉致監禁し、監禁下で説得する脱会方法のことである。それに踏み切ることができない親は、子どもを見捨てるしかない?というのである。
 母親は、宮村の話を聞いて、とても違和感を覚えたという。

 子どもを見捨てるとは、「生き別れ」「親子の縁を切る」と同義である。

 この母親の感想を知って、なぜ深雪の両親が「生き別れ」「親子の縁を切る」と語ったのか、その疑問が氷解した。
 黛が宮村から引き継いだのは、宮村の“思想”だと思う。
 おそらく、深雪の両親に繰り返し、黛はこう説明したのではないか。

「脱会説得に娘さんが耳を傾けないようであれば、統一教会のロボットとして生きていくしかないでしょう。そうなったら、もう見捨てるしかありません。親子の縁はなくなったと諦めるしかありません」
 このように教え込まれたから、深雪の両親は娘が脱会しなければ「生き別れになる」「親子の縁が切れる」と思ったのだろう。

 であれば、黛藤夫は親子の仲を切り裂き、家族を崩壊させようとする点で、宮村と同じような反社会的な人物ということになろう。


化石

 黛が統一教会を脱会し、脱会説得活動家になってから、黛の時間は止まっているとしか思えない。
 「黛の個人ブログ」には、彼の経歴とともに、メッセージが載っている。

<カルト問題の研究と対策をライフワーク としています>
 クリスチャンとしてのそれではなく、カルトから反カルトメンバーに変わった20代のときの問題意識のままである。

 黛は今もこう語り続けている。

「統一教会は明らかに犯罪集団だ。異常な集団により騙されて犯罪者にさせられている子どもに対し、家族が必死に助け出したいと願うのは、家族として当然のことである」

 20年以上も前のトークと同じである。
 高額な大理石の壺売り時代、民事裁判では統一教会の行為は違法という判決が下されてきた。しかし、『我らの不快な隣人』229?235頁で詳述したように、“霊感商法”時代、犯罪として罰せられたのは1983年の青森事件一件だけである。(最近の特定商取引法違反事件を除く)
 
 それにもかかわらず、強制説得家たちは民事と刑事事件とをあえて混同させて(ひょっとすれば違いが認識できていないのかもしれないが)、「犯罪集団」と呼び続けてきた。さすがに、牧師たちの勉強会では露骨に「犯罪者集団」と言うことは減ってきているようだが、黛はいまだに言い続けている。

 統一教会の問題点は時代ととともに変化してきている。それなのに、相変わらず「犯罪集団」である。
 まるで化石としかいいようがないのだ。

「統一教会は犯罪者集団。お子さんはその集団の一員で、犯罪に加担している」と言われたら、信者家族はどんな風に思うだろうか。

 脱会説得家に会う前の家族の統一教会への平均的なイメージは、「霊感商法で問題になった宗教団体」「気色悪い合同結婚式を行なっている団体」「薄気味の悪い団体」といったところではないか。そうしたイメージに加え、さらに先のようなトークをされれば、親はもうパニック、頭が真っ白な状態になると思う。
 その結果、何がなんでも脱会させねばという気持ちになるのは、当然のことである。

 このあたりについて、強制説得によって脱会し、反統一教会の立場に転じ(黛と同じ)、その後、拉致監禁にも反対するようになった(つまり反統一教会、反拉致監禁の)koyomiさんは、次のように述べている。監禁体験者だけに説得力がある。

強制説得者の反統一教会教育は凄いです。あんなのをまともに受けたら、絶対脱会させないと不幸になると思い込みます。その思い込みゆえに強制説得者の言いなりになるのですから、恐ろしいです。私は、統一教会以上にそんな強制説得者が許せないです。(出典は解放された孝成教会のHMの体験(4)のコメント欄「複雑な思い」


 黛は2つのことに誠実に答える義務があると思う。深雪さん親子の関係を分断したのだから。

その1・統一教会が犯罪集団だというのなら、君は統一教会時代にどんな犯罪を犯したのか。ブログを開設しているにもかかわらず、自分が犯した犯罪についてなぜ正直に綴らないのか。なぜ、警察に自首しないのか。(これは、反統一教会になり保護説得を容認している元信者すべてに言いたいことである。<あなたはいつ・どんな犯罪をおかしたのか>)

その2・深雪さんは、どんな犯罪を犯しているのか。それを具体的に彼女の家族に明かすべきである。

 おそらく答えることはできまい。

 黛の心象風景を想像する。
 彼は拉致監禁され、監禁下で宮村をはじめ後藤徹の兄や高森洋子らの説得を受けて脱会した。
 おそらく、その後、こう決意を固めたのだろう。
 <統一教会がいう原理は真理ではなかった。俺は騙されて真理だと思い込まされていただけのなのだ。原理が真理でないことを、多くの現役信者に伝え、彼らを一刻でも早く脱会させなければならない。みんな早く気づいて欲しい!>
 それゆえ、カルト問題の研究と対策をライフワークにしようと心に誓ったのであろう。
 この心理は、エホバの証人が伝道訪問しながら、「終わりは近い(ハルマゲドンがやってくる)。早くエホバの言葉をみんなに伝えなければ」というのと似ている。実に興味深い。
 
 彼の信念を1歩も2歩も引いて考えれば、彼が信じる宗教は結局のところ、「反統一」教である。
 統一教会員は原理が絶対、反統一教会員は原理が絶対間違いと考える。
 思考構造が同じなのである。そして自分たちに都合の悪いことには口をつむぐことも・・。

 ところで、「ドキュメント救出」の記事で、健の妹は黛たちに「統一教会の影響を拭えていない。なぜなら、個々の人間そのものに関心がなさそう」と感じたこと?を書いた。
 
 実際、黛は健が脱会したことを知っても喜ばず、その後、健がどうしているのかも聞こうとせず、私の取材に応じたことだけを咎めるだけだった。
 
 ここで、健のその後について触れておく。拉致監禁未遂事件から8カ月後、脱会から4、5カ月後のことである。
 『教祖逮捕』(250?251頁)で紹介しているので、それを引用しておく。

 陽子さん(健の妹)によれば、健君はその後、自分の足で見つけた従業員数人の小さな会社に就職した。同世代の社員がいないのが不満の種だが、自分の技術が生かせる仕事に就き、毎日楽しそうに自宅から仕事に通っている。
(略)
「あのとき、もし救出が成功していたら、どうなっていたんでしょうかねえ。監禁状態で脱会届を書き、今頃はキリスト教の教会でリハビリをしていたかもね(笑)。救出、いや拉致(笑)が失敗して本当に良かったと思います」と話した。
 今になって陽子さんが拉致の失敗を喜ぶのは、自分の関わりが少なくてすんだためではない。
(監禁説得となれば数カ月は、家族は拘束される)

 最近、家族と陽子さんの恋人の5人でドライブに行くことになった。陽子さんの恋人が自宅に来ると、家族全員が外に出て迎えた。
 彼が乗ってきたのはワゴン車だった。
 その車を見て、健君は一瞬顔を引きつらせ、露(あらわ)な警戒心を、顔に浮かべたのだ。
「あの夜、玄関の前に停めてあった車のことがフラッシュバックのように蘇ったんだと思います。あれから8カ月が経とうとしているのに・・・驚きました。
 未遂に終わっただけでも兄の心は傷ついたのに、拉致が成功し監禁状態で説得されていたらトラウマになっていたのではないか。そう思うから、陽子さんは失敗を喜ぶのである。

 黛は、その後、鈴木家にただの一度も電話をかけていない。それまで3年間にわたって、両親と一緒に救出計画を練ってきた間柄だったというのに。
 だから、彼はその後の健のことを知らない。そもそも、健や鈴木家のその後のことなど、まるで関心がないのだろう。すでに失敗に終わった深雪の家族のことも、視界から消えているのかもしれない。

 まだ公にできないが、黛が絡んだ脱会説得で、信者は脱会したものの、その後親子関係が悪化し、深刻な事態になっている例がある。それなのに、黛は親子の修復に関わろうとしない。その後の親子関係など関心の対象外なのだろう。


(注1)週刊誌の記事にはよく匿名者が登場する。ごくまれにだが、架空の人物をでっちあげて、ストーリーに沿った記事を書いているケースもある。読者には匿名者が実在しているのか架空の人物か知る方法はない。それゆえ、できる限り、実名にすべきだと考えている。もちろん、その人に被害が及ぶ可能性がある場合は別だが。

(注2) 「見捨てないで」で書いたことだが、深雪は川崎のマンションに移動するとき、自ら車に乗り込んでいる。だが、深雪が抵抗した場合はどうなっていたのか。
 保護説得する場合、コーチや家族は入念なシュミレーションを行なう。抵抗した場合はどうするか、とか。

 深雪が抵抗した場合、両親は川崎のマンションでの話し合いを諦めていただろうか。
 窓の外に向かって「助けて」と叫ぶ深雪を、後ろから両親は中に引っ張り込み、姉夫婦は窓を閉めてしまった。
 このことからすれば、深雪が抵抗した場合、暴力的に川崎のマンションに運び込んだと考えるのが経験則上、合理的である。
 もしそうなっていた場合、川崎のマンションでは厳重なカギをかけることになっていたのではないだろうか。
 部屋は5階だった。これは健の妹に、黛が「部屋は4階以上」とした条件と符合する。

文中一部、敬称は略しました。


?完?


次回から孝成教会のMK君の脱出記を連載します。
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コメント

言葉は必然、犯罪集団やめたら自首すべし

 力作のブログ記事で、会話の何気ない言葉も偶然ではなく、いろいろな理由に裏打ちされた必然から出ているのだと感じます。その「必然」を黛氏らのケースにおいて取材の中から輪郭を浮かび上がらせてるなと思いました。
 自由のない強制された脱会は脱会活動のロボットとなってしまうパラドックスを提起されていますが、自由のある脱会という健君の例、強制説得から自由を求めて脱出した後藤さんの例など、信じるもやめるもやっぱり自由が大切なんだと感じました。
 旧約聖書の最初に男と女が禁断の果実を神との約束を破って食べる話がありますが、この時、神が男と女を拉致監禁して食べさせなかったら、どうなったか?禁断の果実というのもたぶん何か重大なものだろうし、神との約束もとても重大なことだろうし、その重大なことの次第にかかわる局面に及んでも神は拉致監禁しなかったのだから、キリスト教会の人は聖書を信じているのだから、人を統一教会であっても拉致監禁するべきではないのです。もし親が子どもをそういうことをしていたら、やめるように諭すべきなのです。指導しているなどとんでもない話です。
 あと、ふと思ったのですが、犯罪集団をやめたら警察に自首するのが正しい行動だと思います。

犯罪集団

トーイツは犯罪集団って思うのは元信者のほとんどがかかるビョーキですね。

パパイヤさんが仰ること(犯罪集団辞めたら警察に自首すべし)はリハビリブログを書いている時に(現役と思しき人に)何度か言われましたね。

そこで「トーイツは犯罪集団」であるかないか考えるか、考えないか・・・

考えない方は、拉致監禁容認「派」になっていくのではないかと思うのですけれど。

その昔の話

 その昔、おそらく80年代のことだと思う。

 強制説得家たちは脱会した信者に、壺を売った人たちの家々に謝罪のお遍路さんをやらせていた。このことは、クリスチャン関係の新聞に書かれていたと記憶する。

 統一教会諸兄は「ずいぶんひどいことをさせる」と怒り心頭だったが、私と、当時仲のよかった元オウム信者は、「謝罪行脚は正しい」と話し合ったことがある。

 悪いことをした人は正直に具体的に謝る。犯罪をおかしたと自覚ある人は、被害者に謝罪する。これは、真っ当な社会的規範である。

 ところが、どうしたことだろうか。反統一教会(拉致監禁派)諸兄は、統一教会は犯罪者集団と言いながら、自分の犯罪については口をつぐむ。

 自分も犯罪者の片割れなのに、自分の罪については語らない。

 そのような反「社会的規範」になってしまったのは、90年代中葉から登場したマインドコントロール論のせいだと思う。

 マインドコントロールされて(自律ゼロ、他律100%、つまりロボット状態で)、壺売りをしていたから、自分には責任がないという無責任な風潮が、社会ではなく、ごくごく狭い反カルト業界でまかり通るようになってしまった。

 このことを、別の表現で批判したのは、その後拉致監禁説得容認派に変わってしまった若き頃の北大の櫻井義秀氏であった。

水茎会はいつの間にか・・・

たいへん興味深く読ませていただきました。水茎会が本間さんの作った組織だということは、はじめて知りました。そもそも水茎会というネーミングがあまり宮村氏のイメージとマッチしないなとは思っていましたが・・・・。
 森山牧師は、本間さんや宮村氏と合流する以前、後藤富五郎氏と提携していたのではないでしょうか?後藤富五郎氏の自宅は、栄光教会からそれほど遠くありませんし、実際に後藤氏に精神病院に入れられて、偽装脱会した後、森山牧師を紹介された人がいます。
 
 私の親は私の脱会には失敗しましたが、今現在親子の関係も切れていませんし、孫もかわいがってくれています。監禁か見捨てるかなんて、宮村氏がいった言葉には説得力がありませんね。

Re: 水茎会はいつの間にか・・・

 本間氏の『秋田の母ちゃん/統一協会とわたりあう』に、こう書かれています。
「森山先生に、思い切って(原理運動被害者家族の会の)事務所の件を相談し、荻窪栄光教会の中に会を置くことを承知されました。『水茎会』と名づけました」(136頁)

 水茎会が設立された年月は不明ですが、その後、森山氏が病気になり、それとともに、栄光教会内で本間氏は浮いた存在になり、本間氏は秋田に帰り、それと同時に会の事務所が新宿西教会(有馬牧師)に移り、そこで宮村氏が活躍するようになっていったのでしょう。このときに脱会のシステムのマニュアル化が完成したのだと思います。

 本では、森山氏と後藤氏との関係は書かれていません。しかし、推測するに、「~被害者の会」の初代会長は後藤氏(本間氏は3代目)で、ご指摘のように後藤氏は中野に住んでいたので、当然、交流はあったと思います。

 本間氏は、後藤氏のことを冷やかに書いていますが、2人とも信者を精神病院送りにした仲です。森山氏-後藤氏-本間氏は、当然、連絡を取り合っていたと推測しても、不自然ではありません。
 

Re: 言葉は必然、犯罪集団やめたら自首すべし

パパイヤさん、いつも鋭い投稿、ありがとうございます。

>自由のない強制された脱会は脱会活動のロボットとなってしまうパラドックスを提起されていますが

 偉そうな言い方になってしまいますが、書き手の意図とは違って、読み手はいろんなことを洞察されるのだ-と思いました。

 宮村氏の強制説得を受けた黛氏が、同じようなスタイルで強制説得を行なう。
 このことを書いたときには、子育てのことが念頭にあります。

 親は自分が育てられたようにしか、子どもを育てることができない-というものです。

 むろん、自分の親を反面教師として、まったく違ったように子育てをしようとされる人もいるとは思いますが、結構、難しいことだと思います。

 子どもを育てる場合、一番難しいのは、「どんなときに叱ればいいのか」ということです。

 そんなときに、<俺はこんなときに親に叱られたなあ>という記憶が蘇ります。

 で、自分が叱られたときと同じように子どもを叱る。とりわけ、折檻された場合、同じように折檻してしまう。

 虐待の世代間伝播です。

 黛氏も自分がやられたときは嫌だったはずだけど(元気なくうなだれた様子だったとは、後藤氏の観察)、やはり脱会説得をしようとなると、自分が体験をしたことを、ついやってしまう。再現してしまう。これも、世代間伝播の一種なのではないかと思ったのです。

 暴力の連鎖を止めるには、月並みだけど、「意思と理性」しかないと思います。

 論語でいう「己の欲せざる所は、人に施すこと勿れ」。

 もっとも、黛氏は宮村氏が嫌いであっても、統一教会をやめることができてほんとうに良かったと思っているから、「己の欲せざる所でもあっても、人に施すべし」ということになるのでしょうが。

大義があるのか

<黛氏は宮村氏が嫌いであっても、統一教会をやめることができてほんとうに良かったと思っているから、「己の欲せざる所でもあっても、人に施すべし」ということになるのでしょうが>(米本さんのコメントより)

それにしても、黛氏の拉致監禁指導行為は大義がないように思えてなりません。

監禁被害者の後藤さんの話だと、
<監禁から逃れるため偽装脱会を続けていた私は、宮村から「最近脱会した後藤君だ」と紹介されました。心の中で「黛君、頑張れ!」と応援しながらも、脱会したての元信者を装い、当たり障りのない話をした記憶があります>(ブログより)、とのこと。

要するに、黛氏は、個人的な信仰遍歴の中で、自分自身が信じることになった教会を「正義」として、過去の信仰を否定し、元の教会の信者を無理矢理、今の自分の教会に引きずり込んでいるだけですよね。

もし、黛氏が、何らかの理由で、荻窪栄光教会に対する信仰を棄てて、別の宗教団体に行ったとしたら、今度は荻窪栄光教会の信者に対して「君は間違っている」として棄教を迫るのではないでしょうか。

信仰観、価値観が変わることは別に問題ではありませんし、それを口にすることも大いに結構なことです。問題なのは、親をそそのかし、その子供を拉致監禁させ、監禁した密室で、あるいは自分の教会に軟禁して、自分の信仰観を押しつける行為です。

こうした“保護説得”に一体、どれだけの大義がありますか。極めて個人的な自己満足のための、自己正当化のための犯罪行為としか見えませんね。

Re: 大義があるのか

 みんなさん、久しぶりの投稿、ありがとうございました。

> 要するに、黛氏は、個人的な信仰遍歴の中で、自分自身が信じることになった教会を「正義」として、過去の信仰を否定し、元の教会の信者を無理矢理、今の自分の教会に引きずり込んでいるだけですよね。
>
> もし、黛氏が、何らかの理由で、荻窪栄光教会に対する信仰を棄てて、別の宗教団体に行ったとしたら、今度は荻窪栄光教会の信者に対して「君は間違っている」として棄教を迫るのではないでしょうか。

 鋭い指摘だと思います。
 黛氏は統一教会員時代、「統一原理は絶対的な真理だ」と思っていたはずです。
 そして脱会して、荻窪栄光教会の信徒となって、「再臨主を待望するプロテスタント派の教義こそが絶対的な真理だ」と思い込むようになった。
 ちなみに、プロテスタント諸派は1200近くあって、それぞれが自分たちの教えこそが絶対的真理だと主張している。

 この「絶対」こそが曲者なんだけど、絶対だと思うのは自由の領域でしょう。重要なのは次の指摘だと思います。

> 信仰観、価値観が変わることは別に問題ではありませんし、それを口にすることも大いに結構なことです。問題なのは、親をそそのかし、その子供を拉致監禁させ、監禁した密室で、あるいは自分の教会に軟禁して、自分の信仰観を押しつける行為です。

信じる力は宗教だけに限らず、仕事(ライフワーク)を含む一般生活上でもとても大切なことだと思います。
ただ、大事なのは自分が信じていたことが間違いだった、方向修正をしなければいけないと悟った時にどれだけ素直に過ちを認めることが出来るか。
とてつもない過ちだった場合には人生の一部をかけて代価を払う必要もあるでしょう。

もう何年も前の話です。
統一教会にとても近い海外の大物宗教家と個人的に話をした際「君たちは原理を真理だと信じているが、そのことが君たちをあまりにも傲慢にしている部分がある」「私はそれを見ていてとてももったいないと思う(意訳)」と言われました。

どのような宗教、理念、信念を持って生きているにせよ、忘れてはならないのは謙虚さを備えた信念を持つ心でしょう。

それは、プロテスタント、統一教会、諸宗教、無宗教、すべてに必要なものだと思います。

脱線失礼しました。
必要であれば削除しますので、一言書いておいてください。
  • [2010/12/13 10:46]
  • URL |
  • マンゴープリン
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

マンゴープリンさんへ

 初めての投稿ありがとうございました。

> どのような宗教、理念、信念を持って生きているにせよ、忘れてはならないのは謙虚さを備えた信念を持つ心でしょう。

 とても同感です。

「自分こそが真理を会得した」「自分だけが真理を知っている」と思っている人たちは、往々にして他者を見下すような態度を取ります。周囲からすると、なんと傲慢な奴と思うのだけど、当人はそのことにまるで気がつかない。

 若い頃は嫌悪の対象だったけど、今では哀れな感じがするだけです。

 また投稿のほど、よろしくお願いいたします。

(追記)次に投稿していただくときには、タイトルも書いてください。

Mother

 Re:監禁か見捨てるか、だ

 子どもを見捨てるとは、「生き別れ」「親子の縁を切る」と同義である。
 米本氏のブログを今回初めて読ませていただいています。私は統一教会信者です。  この日本の拉致監禁と強制改宗の問題解決を考えてきた時にその加害者のなかに自分の親としての子供に対する姿勢を垣間見て我に返させられた瞬間がありました。
 私たちはカルトではありませんが本当のカルトになる可能性を思春期で反抗期にある自分子供に対する自分の行動と言動の中に見つけドキッとしました。
 未熟な人間が(特に宗教団体や思想団体)が陥る危険な穴だと思います。悪というのかも知れません。今こうして自分が感じだことを裏付ける文献などを
インターネットでさがしています。

千鶴さんへ

 初めての投稿、またブログを読んでいただき、ありがとうございました。

>未熟な人間が(特に宗教団体や思想団体)が陥る危険な穴だと思います。悪というのかも知れません。今こうして自分が感じだことを裏付ける文献などをインターネットでさがしています。

 口幅ったいのですが、拙著の『カルトの子』が一番いいと思います。子どもをもつ教会員の方々も読んでいます。相対化するために、統一教会以外の章も読んでください。
 この本を書いてからちょうど10年目にあたる今年、『婦人公論』で、続編のようなルポを書いています。3月7日号から4回ほど連載しました。大きな図書館にはあると思います。

 統一教会の二世が書いた本では『「人を好きになってはいけない」といわれて』(大沼正安、講談社)があります。

 ネットは匿名情報ばかりなので、情報の真偽のほどに注意を払いながら、読まれたほうがいいと思います。
 

RE:『カルトの子』

『カルトの子』という題名を聞いただけで内容が想像つきそうです。また『「人を好きになってはいけない」といわれて』という本もその本の名前からして胸が痛くなるような内容であることが想像できます。人を好きになることは2世たちの本性の発露です。アメリカに住んでいますで婦人公論は図書館では読めませんがこれらのお勧めの本をぜひ読んで見たく思います。 また婦人公論の内容もいつか読んでみたく思います。
 このブログの『反カルトのカルト性』をより広く知ってもらうという主旨から少しずれた投稿内容であったことをお許しください。
 薫氏が反カルトという組織から強制的拉致監禁、強制改宗を受けられて 本物のカルト性をもつ人物へと変貌してしまわれた事実は悲しいことです。彼の極端なカルト性は、”親をそそのかし、その子供を拉致監禁させ、監禁した密室で、あるいは自分の教会に軟禁して、自分の信仰観を押しつける行為”で判断がつきますしまた”親子の仲を切り裂き、家族を崩壊させようとする点で反社会的な人物"となり、また救出といいながら実際は愛のない、人間に関心のない人に変貌してしまったという面を見てもわかります。
 私がここで学ぶことはこのような統一教会反対派の完璧とまで組織化された悪を見ながら(読みながら)、またそのもたらされる自他ともへの破壊の恐ろしさを見ながら(読みながら)、私の中にも潜む愛のない意識と言葉と態度の中にある(特に)子供の人格への破壊性の恐ろしさを予知できたことです。
  子供たちが親の願いに生きるという結果以上に彼らがが自由意志で選択して生きるという過程がいかにに子供のみずみずしい人格形成のうえで重要かと考えさせられているところです 

チャレンジャー

黛藤夫へ一言言わせてもらう。貴様まだ詐欺ペテンまがいの事まだやってるのか?一度警察に厳しく叩きのめされないと分からないのかよ。信用無くしてれば世話ないよな。いつもお前達は警察関係者から目をつけられてる事決して忘れないように。お前が荻窪栄光教会に火をつけてるんだろう。何が火の粉を払えだよ!適当な事言えるか?恥を知れ。偽善者野郎…

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