勝ち犬(清水与志雄さん)の遠吠え②-通知文 

「清水牧師の正体(2)」


清水牧師と日本基督教団に手紙を送る!


*長文ですし、お盆なので、ゆっくり読んでください。

「勝ち犬の遠吠え①」で、「私への名誉毀損については次回のブログで」と書きました。

 今回はこれについて報告いたします。
 名誉回復のための行動、内容証明書付きの「訂正と謝罪を求める」手紙を清水牧師に送りました。すでに届いているはずです。文面は以下の通りです。(縦書きで送付)

 

貴殿に以下のことを通告する。

 貴殿が開設しているブログ「カルトからの自由」で、私のことを「カルトごろつき」と表現している。これは、明らかに私の名誉を毀損する表現である。すみやかに訂正し、謝罪文を私に郵送するとともに、貴ブログに掲載することを要求する。
 一度ならずではない。六月三〇日付・七月二日付・同五日付・八日付ブログで、合計一八回にわたって、執拗に「カルトごろつき」を繰り返している。これは明らかに私の名誉を毀損しようとする意図的な行為である。

 私は「拉致監禁」を批判している。そのことがなぜ、「ゆすりやたかりを働いていること」(ごろつき)になるのか。正気の沙汰ではない。貴殿にかかれば、拙著を評価し、同じように拉致監禁に批判的な精神科医の斉藤環氏、評論家の芹沢俊介氏、翻訳家の徳川家広氏なども、「カルトごろつき」(あるいは「カルトごろつきの支援者」)ということになってしまう。やはり、正気の沙汰ではない。

 最近、貴殿は知人に注意されたのか、「カルトごろつき」に線を引き、私のことを今度は「バランスを欠くライター」と表現するようになっている。
 この表現も、ルポライターとしての私の名誉を明らかに毀損する表現である。
 私は、貴殿らが長年にわたって行ってきた、統一教会員への「拉致監禁を手段とする脱会説得の手法」をテーマに、九九年から雑誌や単行本で、記事を書いてきた。また、私が開設した「火の粉を払え」ブログでもそのことに言及してきた。このことがどうして「バランスを欠く」ことになるのか。
 一つのテーマにそって記事を書くライターは少なくない。
 そうしたライターも「バランスを欠くライター」ということになるのか。
 公害を批判する記事を書き続けるライターは、公害を垂れ流す企業のいい面も書かなければ、「バランスを欠くライター」ということになるのか。
 戦争を批判するライターは、戦争を肯定するような記事も書かなければ、「バランスを欠くライター」ということになるのか。
 統一教会を批判するライターは、統一教会のいい面も書かなければ「バランスを欠くライター」ということになるのか。
 笑止である。
 貴殿の、私の名誉を毀損する表現は、これだけにとどまらない。
「統一協会のスポークスマン」
「シナリオライター」
「統一協会お抱えジャーナリスト米本」
 もう、言いたい放題である。
他のブログへの投稿文では「寄生虫」と表現している。

 私を名誉毀損する表現はまだあるかもしれない。八月末までに、「カルトからの自由」や他のブログで書いたこれまでのすべての記事・投稿文を精査し、名誉を毀損する表現ならびに、記述のすべてを訂正することを要求する。二重線を引いて削除したかのような姑息な方法は訂正とは認められない。
 
 繰り返す。訂正の告知と謝罪の文章を私に郵送するとともに、それを貴殿のブログにアップすることを要求する。ブログでの訂正・謝罪の告知は、単一のスレッドを立て、一カ月間は、次の記事をアップせずに「広告期間」とすることを要求する。
 このささやかな要求に応じなければ、法的措置(民法七〇九条・七一〇条・七二三条)を取ることを通告しておく。さいたま地裁でお目にかかるかどうかは貴殿次第である。(八月八日)

差出人
埼玉県さいたま市南区白幡六?一五?一?一〇三
米本和広

受取人
埼玉県行田市本丸一一?二〇
行田教会牧師・清水与志雄




「六月三〇日付・七月二日付・同五日付・八日付ブログ」は「カルトからの自由」で確かめてください。
 この一文を書いたことは、彼のブログのコメント欄に投稿しておきます。削除されるかもしれませんが。

************


また、清水牧師が所属する日本基督教団にも、議長と統一教会問題対策委員会担当者の2人に手紙を出しました。文面は同じです。それを以下に紹介します。

前略ごめんください。
 ルポライターの米本和広と申します。
 突然、お便りをすることにしたのは、貴教団に所属する行田教会の牧師、清水与志雄氏から、名誉を毀損される状態が続いており、貴教団本部によってそれを改善してもらいたいと願ったからです。
 同封いたしました清水氏宛の内容証明付の通知文を読んでいただければ、私の申し出の意味がわかると思いますが、簡単に事実経過を記せば、以下の通りです。

 私は、2004年11月号の月刊『現代』(講談社)所収のルポ「書かれざる宗教監禁の恐怖と悲劇」、2008年7月に発売された単行本『我らの不快な隣人』(情報センター出版局)で、統一教会員に対して行われてきた「拉致監禁を手段とする脱会説得」の実態を書きました。

 貴教団に関係することで言えば、貴教団に所属する前出の清水牧師ならびに戸塚教会の黒鳥栄牧師が、統一教会員だった宿谷麻子さんに行った強制説得の詳細(拉致から脱会に至る過程、脱会後に発症した心的外傷後ストレス障害の症状)を描きました。

 月刊誌の記事に対して、2人の牧師から記事の訂正要求を含めた抗議は、出版社にも私にも一切ありませんでした。
 単行本については、出版直後に本を出版したこと、事実に間違いがあれば訂正の要求をして欲しい旨の手紙を2人の牧師に差し上げました。これに対しても、彼らからは一切、訂正の申し出はありませんでした。

 その後、私の記事に対して陰に陽に批判の声があがっていることに対して、私は「火の粉を払え」
( http://yonemoto.blog63.fc2.com/)というブログを2009年2月から立ち上げ、批判に対する反批判、また本で書けなかったことや、新たな拉致監禁(保護説得)のことを書いてきました。

 これに対して、清水氏は彼のブログ「カルトからの自由」(http://plaza.rakuten.co.jp/retreatcenter/)で、単行本の出版直後から私のことを誹謗中傷するようになりました。

 拉致監禁に反対する私の姿勢に異論があるのなら、それについて書くのは自由です。しかしながら、インターネット上で、私のことを「カルトごろつき」とか「バランスを欠くライター」とか「シナリオライター」とか「寄生虫」とか「統一協会と癒着したライター」といった表現をするのは、名誉毀損以外の何者でもありません。

 提訴すれば、私が勝訴するのは間違いありません。
 最近でも、ある人がラーメンチェーンを経営する企業に対して、「あそこはカルト集団」とサイトに書き、名誉毀損で刑事処罰、民事で損害賠償金の支払命令を受けていますから。

 しかし、言論の自由は最大限に守られるべきという立場にある私は、清水氏を裁判に訴えるようなことはしたくありません。
 私が彼に要求しているのは、削除・訂正・謝罪であります。
 私のささやかな要求が実現するように、貴教団が行田教会の清水与志雄牧師を指導してください。つまり、私が清水牧師を裁判に訴える必要がないようにして欲しいのです。
 よろしくお願いいたします。

 ただし、削除・訂正・謝罪だけでは、ブログで名誉毀損され続けた私の損害が回復するわけではありません。
 清水牧師にはそれなりの罪を償ってもらう必要があります。

 一般人であっても他者の権利侵害をしてはならないのに、清水氏は一般人よりも重い道徳的義務を負い、高度な倫理規範を守らなければならない、牧会権を有する聖職者であります。また、税金を免除されている公益法人の一員でもあります。公益に資する実践が求められている牧師が他者の権利侵害していたのでは、話にもなりません。
 
 そこで、教団教規の第142条の戒規規定に基づき、戒規処分に処してください。そして、清水氏が「削除・訂正・謝罪」要求に応じなければ、さらに重い処分を課してください。
 日本基督教団と牧師との関係は被使用者、使用者といった概念があてはまるかどうかはわかりませんが、統一教会員が違法行為を行った場合、統一教会・教団の使用者責任が問われることは裁判では確定しています。このことからすれば、日本基督教団は清水牧師の言動に対して何らかの責任を負っているのは、間違いないことだと思います。

 戒規処分に処したかどうか、教団は私に責任をもって連絡ください。
 もし不問にした場合、日本基督教団は教団に所属する牧師が他者の権利を侵害しても放置する(基本的人権の軽視ないし無視)という社会的誹りを受けることになります。そもそも、現代社会にあって、宗教が拠って立つのは信教の自由を含む「基本的人権の尊重思想」にあります。もし、基本的人権を軽視ないし無視されるようなことがあれば、貴教団が自らの土台を自ら崩すことを意味します。

 貴教団の生活綱領には次のように定められています。

「互に人格を重んじ、隣人を愛し、社会の福祉のために労し、キリストの正義と愛とがあまねく世に行われるようにすること」

 清水牧師の行為に対して何らかの処分をしないということは、この生活綱領は「たんなる作文」に過ぎないということになります。

 教団所属の牧師のセクハラ問題で、伝統ある貴教団のイメージは悪化しています。これ以上、社会からの評価が下がることがないように、願っております。
 8月末までにご連絡ください。
 どうかよろしくお願いいたします。
 なお、この手紙は「火の粉ブログ」で公開いたします。一方的ではありますが、そのことはご了承ください。
                                 草々

             2010年8月10日

日本基督教団 山北宣久議長殿 

米本和広 
〒336?0022 
  さいたま市南区白幡6?15?1?103 
 電話/048(837)2892 
    fax/ 048(837)2809



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 さて、清水氏はどう対応するだろうか。興味津々である。
 相も変わらず幼児性のままなら、ストレスで胃を痛くしながら、この手紙を無視するか、さらなる罵倒を繰り返すかのどちらかであろう。
 そうであれば、11年ぶりに(99年に一度だけ会ったことがある)、彼とさいたま地裁(うちからチャリで10分)でご対面となる。


 私の清水氏への姿勢に対し、「大人げない」とか「なにもそこまでしなくても」と眉をひそめる読者もいると思う。それについて簡単に説明しておきたい。

 長年人生をやってきて感じたのは、他者の権利を平気で侵害する人は、自分の権利侵害にも鈍感な人が多いということである。逆に言えば、自分の権利侵害に敏感な人は、他者の権利を侵害しない傾向にある。
(私のものは私のもの、あなたのものは私のものといったレベルの、自分の権利侵害だけには敏感で、他者の権利侵害に鈍感な人もいるが、あまりにも次元が異なるので、考察外)

 たとえば、統一教会は長年、信者が拉致監禁されても放置し、その一方で、K勝利に奔走し、印鑑販売をしてきた。これなぞ、自分の権利侵害にも他者への権利侵害にも鈍感の最たるものである。(注1)

 最近、拉致監禁反対運動をやるようになり、「人権侵害反対」を叫ぶようになった。我(われ)が発する言葉は我に帰れり。参加者はごく一部の教会員のようだが、そうした人たちは己の他者への権利侵害にも敏感にならざるを得ない。

 清水牧師は長年、保護説得をやり、他者の人権を侵害してきた(行動の自由を奪われた人に対する脱会説得)。保護説得をやめてから(正確には日本基督教団からの指示によって、やめさせられてから)、12年が経過するというが、やめた経緯が経緯だけに、過去を反省することがなかった。だからまた、「カルトごろつき」などと連呼し、人の名誉を平気で毀損するのである。
 先ほど「考察外」とした「自分の権利侵害だけには敏感で(名誉毀損だと喚き散らす)、他者の権利侵害に鈍感な人」。このタイプにあてはまるのは10年前から台頭するようになったクレーマーそして清水さんである。

 清水さんは、「人権侵害だ。訴えてやる」と自分のブログなどで「負け犬の遠吠え」の如く喚いているが、いっこうに実行しようとしない。
 裁判に訴えるべきだなどとは思わない。まずは、相手に「訂正、謝罪」を求めるべきなのである。相手に抗議・要求文を送ればいいだけのことだ。他者への権利侵害に鈍感だから、自分の権利侵害(権利の回復)にも本気で取り組もうとしないのだ。(注2)

 あるときから、他者の権利を侵害しないためにも、私は自分の権利侵害には敏感でありたいと思うようになった。(そのことをきちんと実行しているジャーナリストは岩瀬達哉さんだと思う)
 このようなわけで、清水氏には訂正と謝罪を申し出たわけである。別に、裁判がしたくて、手紙を送ったわけではない。

 このブログのプロフィール欄で、「ブログの内容に関する正式な抗議、記事訂正要求があれば、以下のところにお願いします」と住所・電話・fax番号を明記しているのは、他者の権利を侵害しないための措置なのである。どんなに慎重を期したつもりであっても、裏を取らずに書いたり、筆が走ってしまう場合だってあるからだ。


 最後に、私が素朴に感じる最大の疑問について、付言しておきたい。
 それは、清水氏への手紙に書いたように、なぜ「ごろつき」と呼ばれなければならないのかという疑問である。

 私は、これまで『救いの正体』の「ドキュメント救出」(初出は99年)や『現代』ルポ(04年)、『我らの不快な隣人』(08年)そして、この「火の粉ブログ」(09年2月開始)で書いているのは、実に単純なことである。
 拉致監禁はいかんぜよというただそれだけのことである。

 それなのに、なぜ「カルトごろつき」とまで表現されることになるのか。(注3)
 これから書く予定でいる国会議員になった有田芳生さんは、私のことを「統一教会の御用ライター」と表現している。明らかに、名誉毀損である。
 統一教会員への拉致監禁が圧倒的に多いから、どうしても統一教会信者のことを多く書かざるを得ないが、エホバの証人や摂理信者の拉致監禁にも反対していることはブログでも書いている。ならば、「エホバの御用ライター」とか「摂理の御用ライター」と表現されることになるのか。
 このことが不思議でならないのである。

 『瀬戸際に立つ統一教会』『瀬戸際に立つ統一教会』以降の刑事事件編?でも書いているように、私は統一教会にも批判的である。
 それなのに、統一教会員の拉致監禁に反対すれば、それだけで「カルトごろつき」「御用ライター」とレッテルを貼る。

 整理すれば、図式は単純である。

統一教会の違法行為にNO←私・反統一教会派・知識人を含む世間
統一教会信者への拉致監禁にNO←私・統一教会派・知識人を含む世間(水面下の真実が広く伝われば)

 この図式を眺めれば、私が首を傾げるのも当然だろう。
 なぜ、私だけが「カルトごろつき」「御用ライター」と呼ばれなければならないのか。
 考えられるのは、ただひとつ。黙認・容認を含める反統一教会・拉致監禁派の諸氏が嫌がる水面下の真実を、私が広く伝えようとしてきた・しているからである。(注4)

 この構造については、後日のブログでおいおいと書いていくつもりである。

 それにしても、清水さんはどうするのか。とても興味深い。

参照サイトは以下の5つ
「反カルトからの自由-カルトごろつきの定義(1)」
「反カルトからの自由-カルトごろつきの定義(2)」
「反カルトからの自由-カルトごろつきの定義(3)・(4)」
「反カルトからの自由-カルトごろつきの定義(5)・(7)」
「反カルトからの自由-寄生虫(宿主は「拉致監禁問題」)」
 

(注1)「瀬戸際に立つ統一教会」が載った『宗教と事件』の編集者(学研)と打ち合わせをしたときに、彼はこう話して首をひねった。
「統一教会は気味悪いんですよねえ。だって、どんなにボロクソに書かれても、名誉棄損で訴えたことは一度もないでしょう。かつての幸福の科学のように訴訟を頻繁に起こされても困りもんだけど、あれほど書かれて一度もないとは・・ねえ」

 咄嗟に、「朝日新聞の神戸支局の記者を87年5月に銃殺した赤報隊の正体は統一教会」と書いた週刊文春(97年5月15日号)の記事が思い浮かんだ。
 執筆者は有田芳生氏で、(1)86年12月から「朝日ジャーナル」は霊感商法批判キャンペーンを始め、当時まだタブー視されていた統一教会批判に乗り出したことへの報復,(2)殺害された小尻記者も統一協会の霊感商法を取材していたようだ、(3)教団関連企業の「統一産業」が韓国から大量狩猟用散弾銃を輸入したことがあり、信者の多くが全国各地で鉄砲店を経営している?というのが統一教会犯人説の根拠である。参考サイトは「赤報隊テロ事件」
 実に根拠としてはあいまいである。統一教会は名誉棄損で裁判に訴えたためしがないから、たかをくくったとしか考えられない。

 有田氏の主張的記事について言っておけば、散弾銃の予約販売活動をしていた元統一教会女性信者(今は統一教会批判派)によれば、「散弾銃を輸入販売する予定だったが、輸入は法的に不可能なことがわかり、中止となった。そのために事前に購入代金をもらっていたお客さんにお金を返さなければならなくなり、大変だった」という。1人の証言でしかないが、散弾銃を予約販売していた元信者の証言である。信用性はきわめて高いだろう。
 また、信者の多くが全国各地で鉄砲店を経営している事実はない。
 ひどい中傷記事だったけど、統一教会は確かに名誉棄損で訴えていない。
 このように、自分の権利が侵害されても知らん顔をしていることは、周囲に不気味に思われるのである。

 最近、統一教会も名誉を守るべき権利を主張するようになった。それは次ので。
 なお、ネットでは、赤報隊=統一教会説が流れているにもかかわらず、いまだ削除要求をしていない。(統一教会は組織全体がネットに弱いせいもあってか、ネットの影響力を認識していない。滑稽と思えるほど、ズレている)

(注2)最近、ある弁護士が清水氏に「刑事告訴しそれをブログなどで発表するやり方がある」とアドバイスしたらしい
 刑事告訴について説明しておく。
 雑誌で批判された政治家がよくヤル手は、民事裁判には訴えずに刑事告訴のみを行うやり方である。それをマスコミや地元民に発表し、「記事は誹謗中傷なので、刑事告訴した。私は潔癖だ」と主張する。
 私たちは、そうした新聞記事を読めば、<政治家が批判されたあの週刊誌の記事は事実ではなかったのか>といった印象を抱く。
 このやり方には、からくりがある。
 意外と知られていないようだが、刑事告訴しても実は、たいがいが受理されないのである。
 統計がないので、名誉毀損の不受理率は不明だが、限りなくゼロに近いだろう(最近では『噂の真相』への告訴事件が記憶に新しい)。仮に警察が受理し、1、2年後、名誉毀損の事実はないとなっても、それをいちいち警察は発表なんかしない。マスコミも報道しない。
 このやり方は、刑事告訴したと発表することに最大のポイントがある。「私は潔癖で週刊誌は間違いだ」というイメージ認識を植えつけるのが狙いなのである。ただし、最近では刑事告訴のみする政治家にマスコミは「民事はやらないのか」と追及するようになっている。
 
 真に名誉を毀損されたと思う人なら、民事裁判を提起するのが常である。
 民事提訴した場合、不受理といったことはなく、法廷が開かれ、そこで真実性が争われることになる。だから、真実性に自信がある人は提訴する。よほどひどいと思った場合は刑事告訴もする。

 清水牧師に忠告しておきたい。刑事告訴したとブログで発表してお茶を濁すような姑息なやり方は、キリストに仕える者、幼子を預かる園長にはふさわしくない。やるなら、堂々と印紙代を払っての民事提訴だろう。

 裁判が開かれた場合、私は次のように主張する。

「火の粉ブログ」では「ブログの内容に関する正式な抗議、記事訂正要求があれば、以下のところにお願いします」と書き、住所も電話番号もfax番号も明記しています。どうして裁判を起こす前に記事の訂正要求をしなかったのですか?紛争の解決処理を裁判所に委ねるのは、国民の税金を使う方法です。裁判を起こす前に、私に記事訂正要求を求めるのが当然の行為だとは思いませんでしたか?

 裁判所も私の主張を注目するはず。だから、裁判を起こす前には、私が清水氏に手紙を送ったように、清水氏も私に対して、「訂正、謝罪」を要求すればいいのである。


 これに関連して興味深いのは、在韓国の日本人花嫁がセックス地獄に苦しんでいるという記事を書いた週刊ポストである。統一教会は刑事告訴でお茶を濁すことなく、またいきなり民事提訴することもなく、週刊ポストに「訂正・謝罪」を求めている。このやり方は、失礼ながら、統一教会にふさわしくないほどに、民主的である。
 統一教会と闘っている清水先生には、「統一教会以下の人」にはなってもらいたくないものだ。

(注3)「ごろつき」とは、前回ブログで辞書を引用したように、「弱みをもった人をいつも狙いながら、ゆすりやたかりを働いたりすること」。きちんとした日本語として定義されている。

   話はそれるが、名誉毀損について誤解があるようなので、そのことに触れておく。
   私がゆすりやたかりをしている事実があれば、清水氏が私のことを「ごろつき」と論評(評価的表現)しても名誉毀損とはならない。私のことを「短足男」「色黒男」と論評しても、それは事実だから、名誉毀損とならない。
正確に言えば、名誉毀損なのだが、真実ないし真実と信じるに至った相当の理由があれば、名誉毀損という違法性は阻却される。
「彼は自分のことしか考えない幼稚なエゴイストだ」。この場合、書き手が彼のことを「自分のことしか考えていない」「幼稚なエゴイスト」だと信じるに至った相当の理由を証明できるのであれば(たとえば、彼の具体的なエピソードなどを提示)、違法性が阻却され、法的な意味での名誉毀損とはならない。
 ただし、事実であっても、名誉毀損になる場合がある。前ブログで書いたが、戸塚ヨットスクールの戸塚宏氏は確かに漫画で書かれているカッパの顔と似ている。しかし、だからといって「カッパのような顔つき」と書けば、名誉毀損となる。
 たとえば、清水氏のお腹はスイカでも入っていると思うほどの太鼓腹である。だからといって「産気づいた猫腹のようだ」と書けば、名誉毀損は成立すると思う。判例を読むと、動物を比喩したような表現は事実であっても名誉毀損とされている例が多い。私は先に書いた通り、「短足」だが、「子豚のような短足」となれば、名誉毀損と認定されるのではないか。

 話が長くなった。元に戻す。
「ごろつき」には定義があるが、「カルト」には定義がない。「カルトって何ですか」を参照。
 私は『婦人公論』で「大人になったカルトの子どもたち」を4回ほど連載したが、どの号にも次のような断り書きを編集者に入れてもらった。
「カルト」という用語には確立された定義は存在しないが、この連載に登場する団体を一言で表現するため、筆者は「組織や個人がある教えを絶対であると教え込み、それを実践させる過程で人権侵害や違法行為を引き起こす集団である」という定義のもとに使用している。しかし、筆者はこれも十全ではないと考えていることを付記しておく。

 わが清水さんは、カルトをどんな定義のもとに使っているのだろうか。
 おそらく、カルトの意味など考えたことなんかないだろう。
 清水さんのことだから、俺がカルトだと言えばカルトなんだぁ、文句あっか!というのではあるまいか。
 「カルトからの自由」に、清水さんがカルトの定義をしている記述があれば、誰か教えて欲しい。

(注4)「カルトごろつき」「統一教会の御用ライター」のほかに、私は「統一教会寄りライター」「統一教会の広報マン」「統一教会に利用されていることに気づいていないライター」「統一教会のスパイ」「統一教会から金をもらっているライター」といった実に様々なレッテルを貼られている。多くは匿名ブログで。
 その点、清水氏は実名(ヨシュア2002というハンドルネームだが、ヨシュア2002が清水氏であることは、“業界”では有名)で書くから、まだまともかもしれない。

 事実に基づき具体的に批判できない人は、認知的協和を得るために、レッテルを貼るものだが、それはともかく、レッテルを貼る人たちに共通するのは、拉致監禁のことを否定していないことである。
 彼らにとって都合が悪いのは、私が統一教会を批判することである。“統一教会の広報マン”が教会批判をすればするほど、彼らは認知的不協和を引き起し、精神が不安定になるからだ。
 彼らの心が安定するのは、
統一教会の違法行為にNO←反統一教会派・知識人を含む世間
統一教会信者への拉致監禁にNO←私・統一教会派
 という図式である。
 統一教会の違法行為に口をつぐんでいれば、様々なレッテルは有効だが、統一教会の違法行為にNO←反統一教会派・知識人を含む世間に、私が加われば、レッテルは有効でなくなり、たんなる誹謗中傷になってしまう。
 認知的協和、精神の安定を保つためには、拉致監禁肯定派は自分たちと同じように私に統一教会を批判してもらいたくないのだ(彼らの批判は霊感商法だというだけで底が浅いのだが)。健全な精神とは、とても言えまい。


(追記) (注2)で、「週刊ポスト」の記事に対する統一教会の姿勢に触れた。その後に進展があったので、報告しておきたい。 
 統一教会のサイト(8月12日付)に掲載された 「週刊ポスト」報道で、中西尋子氏に抗議申し入れ/本人は弁明に終始 を読んでもらいたい。
 解説を加えておく。
「週刊ポスト」は、宗教社会学の研究者である中西尋子さんと中西さんの『統一教会』(北海道大学出版)所収の論文をもとに、韓国在住の日本人女性Aさんなる人物を登場させ、「韓国農民にあてがわれた統一教会・合同結婚式日本人妻の『SEX地獄』」というセンセーショナルな見出しのもとに、韓国人男性のもとに嫁いだ日本の統一教会員花嫁のルポを書いた。
 ちなみに、中西さんのことは、拙著の14章(韓国の統一教会の花嫁)で、少しばかり触れている。

 日本・統一教会にとって問題なのは、中西さんが取材したとされるAさんが韓国に実在するかどうかである。
 そのため、統一教会は調査団を派遣し、中西さんの取材に応じた女性のすべてを調べた。その結果、Aさんなる女性が実在しないことが判明した。

 そこで、統一教会はそのことを確認するために、7月12日に、中西さんに抗議&質問状を出した。
 その回答が7月30日に届いた。
 前述のサイトには、抗議&質問状の全文、中西回答の全文を紹介、そしてその解説が載っている。

 結論を言えば、架空の女性信者Aがさも実在するかのようにデッチあげたのは「週刊ポスト」だったということである。

 今後、週刊ポストが誠意ある姿勢を示さなければ、統一教会は名誉毀損の訴訟を提起するだろう。そうなれば、週刊ポストは間違いなく損害賠償金を原告に支払わなければならないということだ。
 
 私が、中西回答で興味深く思ったのは、委任契約した弁護士が回答したことにある。
 統一教会から名誉毀損で訴えられたのならともかく、抗議&質問書が届いただけの話である。
 かりそめにも、中西さんは文章(論文)を生業(なりわい)としている研究者である。文章が不得手ならともかく、どうして弁護士をつけなければならなかったのか。
 しかも、その弁護士が信者家族に「秘密めいた手紙」を方々に送り、懲戒請求を受けている渡辺博弁護士なのである。
 この意味するところは何なのか。後日、もう少し事実を調べたうえで、分析したい。
 分析の仮題は「良心的な学者は、なぜ拉致監禁問題に巻き込まれたのか」 (追記は8月14日)


 
故郷(島根県松江市)紀行②

 嵩山(だけさん)の頂上にたどりつくと、いきなり鳥居が“現れて”(写真左)、ちょっと驚きました。神社(写真中)の名前は布自伎美(ふじきみ)神社。出雲には神々の国と言われるだけあって、出雲大社を筆頭に実にたくさんの神社があります。この神社の由来は写真の下にコピーしておきました。興味ある方はどうぞ。
 右から2場目の写真は、神社の裏側に広がる中海です。小さな島は牡丹と朝鮮人参の栽培で有名な大根島。写真の右は頂上から眺めた松江市街。湖は宍道湖です。中海と宍道湖の両方を見ることができるスポットはそう多くはありません。

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布自伎美神社由緒
本社は延喜式所載の古社にして、都留支日子命を鎮祭す別に合殿あり式内多気神社は大已貴命を祭るその他
合祀紙式内門江神社小祀縁結社あり出雲風土記に「須佐男命ノ御子、都留支日子命ノ詔リタマワク吾敷キマセノ
山口ノ処ナリト詔ヒテ山口ト負ハセ給ヒキ故山口トイフナリ」とあり「風土記ニ布自伎爾社トアリ又布自伎美山モアリテ
其山二座神ナリ東川津村ノ山高ナル嵩大明神是也大穴持神ヲ祭ル」といえり社伝の古文書によれば都留支日子命
布自枳美山に宮所を領め吾吉所なりと詔り玉ふとあり社伝に「おいて」創筆の由来を見るに最初は素より社殿なく
大神は此山全体に清清しき神奈備に御親ら御開顕玉える幽宮にし鎮座ましましと活気勇ましく嵩の神山を命の
光輝くたる神威により永久に領有き給いて神代より鎮り玉ふ後世に至り雄略天皇(第21代)の御宇に初めて顕宮を
建立したものと考察される。なほ、寛永年間(江戸時代1624年)頃までは山7分以上社有であった多気神社後方弥仙
に影向石としょうする石神体の小祀あり世、俗、石の宝殿としょうす、式にも風土記にも布自枳美社、多気社と2社ありと
見れば往古には2社あれど天永2年(平安1110年)に1社を建立して合殿したとある。本社は明治初年郷社に列せられ
大神の御神徳は高大で武徳の守護神として御霊験顕著なり国司崇敬社にして松平家の尊信厚く鼓の奉納あり弓矢の
大神として武人の崇拝頗る盛んなり又神社縁記に「藩士松平氏の客家老三谷半太夫の祖正徳4年(江戸1711年)当社
大神の神助により一命を助かり為に神社を再建し宝剣を納め代々信仰す」とあり由緒異常なる古社にて棟札に
「天永二辛卯歳神主吉岡次郎左衛門」とあるは現宮司(吉岡惇雄)の祖先にしてなんじ子孫相次いで当社に奉仕している。
布自伎美峰山は海抜326〓にして山頂めがけて四季の眺望最高にして境内より東へ十歩淡彩をこらせる中海の海波慢々
として東南の山麓お洗ひ富士を思わせる小さな出雲富士きぜんとして東天に天橋立を模して拡大なる如き夜見ヶ浜の延々
なる清影の水に映して横斜せるを見る西は松江市及び静に美容を装したる女性湖水に嫁島眼下に眺め遠くは斐川平野より
出雲石見の境なる佐比売山を双眸の中に収むべく又せみ色に覆われ高低参差たる雲南群山の遠影を隅なく展望する更に
眺望すれば日本海面双眸掠め晴天の日には隠岐の国をも煙波の中に望まるるのみならず鑑識家の言にいわく嵩山は山体
の幾何的体式と山容の美術的形式と樹林青々の美彩とを巧に調和して一種の山岳美を具象せる之をハルマントンの所謂
第一次形式美の点より観察すれば土壌安排の様式円滑にして山じわを畳める細大斜線の配合また最隠和なれば大いに
静的量美の発揮に成功せり伝伝と実に神人の感賞措かざるまのあるも宜なりというべし。

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コメント

是々非々

統一教会の違法行為にNO
統一教会信者への拉致監禁にNO
このスタンスは至極妥当です。
負けないでください。応援しています。

すごい!

こんにちは。すごいですね。

清水牧師がどのような対応をされるのかとても興味があります。誠意ある対応を期待したいところです。

当然の処置

名誉を棄損された被害者として当然の処置だと存じます。当該牧師と所管教団の誠意ある対応が待ち望まれます。

感謝です。

 みんなさん、 NY65さん、早川さん、投稿ありがとうございました。

 ブログで書いた通り、私の名誉の回復は、粛々とやるだけだと思っています。

 それにしても、あのような名誉毀損表現をするような人は、寡聞にして知りません。どんなに私を嫌っている人であれ、市民脳であれば、あそこまでは書きません。

 おそらく、清水さんの脳は、マイコート(法廷)、マイ教室、マイ教会になっていると思います。
 その証明は、清水さんのブログのコメント欄には、日本基督教団の牧師仲間(保護説得仲間は200人はいる)の誰一人として書き込んでいないことにあります。

 今利理絵さん、アントール美津子さんから訴えられて裁判では、全国各地の日本基督教団地域組織から次々と清水支援の決議があがっていたというのに。

 今日、清水さん、議長さん、統一教会問題対策委員会に、私の手紙が配達されたという証明葉書が私のところに届きました。

 さて、清水さん、日本基督教団さん、ここがロゴスだ、飛んでみなよ-という気分です。

 なお、先ほど、清水さんのブログのコメント欄に挨拶しておきました。http://plaza.rakuten.co.jp/retreatcenter/diary/201008100000/#comment

統一教会の違法行為にNO
統一教会信者への拉致監禁にNO

私もこの態度が理にかなっていると思います。
その点で米本さんを応援しています。

お知らせ-記事の追加

 本文の注2で、週刊ポストと統一教会とのことを書きましたが、進展があったので、(追記)として、そのことを書いておきました。
 興味深い内容だと思います。

言うに事欠いて

言うに事欠いて、ごろつき とはねえそれは言いすぎであります。仮にも、キリスト教の牧師でしょ。統一教会の違法行為NO。統一教会員の拉致監禁NO是々非々の立場私も同じ考えであります。万が一、裁判になったあかつきには、応援いたします!! 
  

ヨシュア2002氏に質問

ヨシュア2002氏に以下の質問を投稿しておきました。またボツになるかもしれませんが。
ヨシュア2002さんへ
米本氏のブログに以下の内容のことが書いてありました。どう思われますか。

「私は「拉致監禁」を批判している。そのことがなぜ、「ゆすりやたかりを働いていること」(ごろつき)になるのか。正気の沙汰ではない。貴殿にかかれば、拙著を評価し、同じように拉致監禁に批判的な精神科医の斉藤環氏、評論家の芹沢俊介氏、翻訳家の徳川家広氏なども、「カルトごろつき」(あるいは「カルトごろつきの支援者」)ということになってしまう。やはり、正気の沙汰ではない。」

ヨシュア2002氏のブログに書き込みを行ったつもりでしたが、書きこみ制限で、できませんでした。つまり、きわどい質問が多くて、対応できないというところでしょうか。

故郷(島根県松江市)紀行について

素朴な日本の風景に心が癒されました。やはり日本っていいところです。
 また一度行ってみたいなぁ。

統一教会員もそうでない方も「金、金」の世界に疲れて余裕がなく心が荒れている気がします。

疲れたら自然から神様の愛をもらいましょう。
 人間からも感じれたら一番良いのでしょうが…。

匿名希望さんに注意

 コメントへのコメントは控えてください。

「自意識過剰なhenjoukongou777さん」(タイトル)は、ブログのテーマ「手紙を送付」と何の関係もありません。

そのうえ、「単なる荒らし対策という可能性もありますね」というのも変。henjoukongou777さんは「ヨシュア2002氏に質問」で、質問の全文をコピーしています。誰が読んでも、荒らしとは思われません。

くだらない感想は、どうか自分のノートにでも書いてくださいな。

このコメントへのレスも不要です。


匿名希望さんに再度、警告

このコメントへのレスも不要です。

こう書いたのが読めなかったのですか。

「ここは議論禁止のコメント欄」
???

大丈夫ですか。「議論」と呼ぶのに値する投稿をされたのでしょうか。

「単なる荒らし対策という可能性もありますね」
これが議論ですか。単なる感想に過ぎない。だから、自分の雑記帳にでも書いたらどうかと勧めた。それなのに「議論禁止か」とくる。

なんどもなんども、「お願い」「注意」「警告」として「ブログのテーマとは関係のない投稿は控えてくれ」と頼んでいるのに、暑いせいで大脳新皮質にうっすらと幕がかかってしまったのか、理解できないようですね。

ブログのテーマに則したこと(ここでは清水氏や日本基督教団に手紙を出したこと、その内容について)で、議論になるのであれば歓迎しますが、2チャンネルのように、コメントへのコメント、さらなるコメント(つまり横レスの垂れ流し)はやめてくれと言っているのです。

このコメントへのレスも不要です。

三度(みたび)、同じような投稿をされるようであれば、イエローカードを出します。

次に、別のテーマで投稿されるときには、「匿名希望」ではなく、きちんとしたハンドルネームをつけてからにしてください。

質問への回答

匿名希望さんの質問に答えていませんでしたね。

「SDGさんなどの書き込みを削除するというのは、どういう基準で行っているのでしょうか?」

http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-151.html#more

 ここのコメント欄で、私とSDGさんとのやりとりが載っています。
 読めば理解できるはず。ただし、ビニールの幕を取ってから読まないと、理解できないかもしれませんね。

 SDGさんは4月1日以降、コメントに書き込みは可能なのに、いっこうに投稿されません。何かの不都合なことがあるのではないかと推察しています。

 なお、この回答へのコメントも不要です。管理人の指示に従ってください。

脳にビニール発言反対さんへ

>この回答へのコメントも不要です。
「禁止」ではなく、「不要」とのことなので、返信させていただきます。


 苦笑です。ビニール発言に反対されようが、やはり脳にビニールがかぶったままのようですね。

 管理人が「不要」いえば、一般的には「やめてくれ」(漢字二文字にすれば禁止)ということを意味します。

 今後も、ブログのテーマと関係のない投稿を続けるのであれば、イエローカードを出します。

脳にビニール発言反対さんへ

「脳にビニール発言反対」さんが脳にどんな器質障害をおったのか、ほんとうに障害をおったのかわかりません。

 もし事実なら、こんなところに顔を出さず、今夜8時からNHKの衛星放送で、吉永小百合さんの「原爆の朗読」が放映されます。アナログ波で先日、鑑賞しましたが、とても感動的で、眠っていた脳の機能が蘇ってきました。

 ぜひ、ご覧になってください。


(追記)田舎へは飛行機で帰りましたが、機内放送で「携帯電話など電子機器のご利用は控えてください」とアナウンスされました。もちろん、「控える」イコール禁止ではありませんが、ふつうの人は「禁止」と受け取り、電子機器は使用しません。
「ブログのテーマと関係ない投稿は控えてください」「このコメントの返信は不要です」も、やんわりと禁止を伝えているのです。

<格好をつけて「不要」などと言わず、どうぞ遠慮なく禁止してください>

 まさか、「脳にビニール発言反対」さんがいろいろ画策している当たり屋みたいなSDGさんと同類項とは思いませんが、「禁止」用語を使うと、「一方的に削除された」(車にぶつけられた、イタタ)とか「書き込みを禁止された」(イタタ)のように書かれる可能性があると想うと、やんわりとした表現を使うしかないのです。どうぞ、ご理解を。

いま、下記の文章を清水牧師のブログに投稿しました。いつも使っているパソコンからではなく、別のパソコンから、またhenjoukongou777では禁止設定されているようなので、以前も使っていた「遍照金剛」で投稿したところ、投稿はできました。
投稿禁止設定までしているのだから、投稿するのはおかしいという意見もあるでしょうが、一点だけ、清水牧師にどうしても言っておきたいことがあったので、別名で投稿しました。それは、明確な投稿削除基準も示さず、ただ一方的に削除するということが、牧師としての品性を汚すのではないかということです。質問に対してろくな答えもせず、一方的に削除するというのは、解せない。削除するかしないかは管理人の自由ですが、一般人のブログではなく、キリストに代わってすべての人を愛さなければならない牧師のブログですから、人権を守る手本となっていただきたいものです。
……………………………………………
牧師さん

なぜ、礼節を重んじるようにというあなたの言葉に忠実に従ってきた私の投稿を削除してしまったのですか。
私の投稿を、どこがどういうふうに礼節を書いたのか説明もなく、一方的に削除を通告し、さらに削除しただけでなく、その後の書き込みも不可にしてしまった。これがあなたの礼節なのでしょうか。あなたは自身が正しい牧師と思っていらっしゃると思います。ならば、牧師とは、あなたの言葉に従い、敬語さえ使い、きちんと議論しようとした、その姿勢を一方的に打ち捨てる、牧師とはそのようなものなのでしょうか。

名誉毀損との絡みで。

米本さんの名誉毀損の記事との絡みですが、私も名誉毀損と言ってもいいようなニックネームを清水牧師からつけられ、謝罪を求めても、誠実な謝罪を得られていません。
いま、「遍照金剛」名で投稿できていますので、以下の文章を清水ブログに投稿しておきました。いつまた削除・投稿禁止になるか分かりませんが。

…………………………………………
えくたさん
>遍照金剛さん
>決して「一方的」ではないことは、まともな読者なら理解できるでしょう。
-----
まともな読者なら、この部分でヨシュア2002さんが一方的な削除を決めたと判断するでしょう。
「もう忍耐するのにも程度というものがあります。
もうおつきあいはしません。以後貴殿の発言は、内容のいかんを問わず削除します。わたしはSDGさんほど忍耐強くありません。」

このもともとのきっかけは、私が「カルト脳」呼ばわりされたことに対して謝罪を要求したことにあります。しかし、これは私は当然の要求ではないかと思います。そして、ヨシュア2002さんはこれに対して「謝罪した」とおっしゃいましたが、その内容は、同じことを意味する言葉で、別の言葉はないかというものです。別の言葉にしたところで、同じことを意味する言葉で表現するのなら、実質謝罪していないということです。謝罪をしていないのに、謝罪をしているように振舞う、そのことは、「まともな読者なら」謝罪する意思はないのだと思うのではないでしょうか。

この議論が、今後の米本さんとの動向に影響を及ぼすと判断して、これにかかわる一切を削除した、つまり私のこととは関係がなく、米本さん対策上、私のコメントを削除したのではないかと思われます。しかし、それはヨシュア2002さんの立場や事情から出たことであって、だからと言って私の投稿が削除されなければならないと、わたしが納得できるものではありません。

納得のいく謝罪を求めることは、決して礼節を書くことにはならないと思います。

ヨシュア2002さんは、相手への礼節を重視するためには、自虐的である必要があるとお考えでしょうか。

寝返れば「正義」か

このブログをきっかけに、清水牧師の経営するホザナ教会のホームページを見た。
同HPには統一協会問題を扱うコーナーもあり、その中には保護説得(監禁)によって脱会したと思われる人の、監禁容認発言のコメントがえんえんと綴られていた。
考えさせられた。
もし、強姦しても、その人に自分を好きにさせてしまったら、強姦罪に問われることないだろうか。無理矢理、たばこを口に加えさせても、それをきっかけにその人がたばこを好きになったとしたら、その喫煙強要行為は正当化されるだろうか、と。
そんなことが許されていいはずがない。
どう考えても、強姦、喫煙強要行為は正義にはなりえない。
最初抵抗していたが、強要後に寝返った人。その人が「今は幸せ」と主張しようが、その行為自体は決して許されるものではない。
しかも、清水牧師たちのやっている保護説得は、考えを改めるまで、鍵の付いた監禁マンションから外に出さない、というのだから、なおさらだ。
清水牧師、およびそれを支援する人たちの感覚は異常としか思えない。

助けてくれたから「正義」

強姦、喫煙強要行為はひどいと思うし、犯罪ですが、そこまでいかなかった場合、助けてもらい良かったと思う人もいるのではないですか? 反社会的な組織や活動内容、伝道の仕方、教会も異常です。 
 私は元信者ですがやめて正解だったかと思います。
私の場合、いろいろ悩む事が多くてやめたけど、もっと早く家族が反対牧師に頼んでくれたら良かったのにと思う時もあります。やめるのも利用価値がまだあったのか、大変でした。

傷つく事がたくさんあり、しばらく人間不信になりました。 嘘ばっかりついて伝道するから、全然人格が身につかず口だけ立派になるんですよ。
愛で伝道より、マインドコントロール伝道は大したものです。
 上の人は頭のいい人達が多いけど、そのぶんずる賢いですよ。彼らは文先生に喜ばれる目標を達成できたら何をしてもいいと思っているのではないですかね?
 とにかくもっと普通の教会みたいにオープンにしてやればいいと思います。

まぁ、そうしたら自分達の人間性がバレバレになるから、先ず教理で洗脳して上の意見に従ういい子ちゃんにしてから付き合うんですがね。


このごろ書き込みが

近頃清水牧師はすっかりガードを固くしてしまいました。何を書き込もうとしても、キーワードで制限をかけているようで、書き込みができません。これ以上名誉毀損について書き込まれると、何が名誉毀損だと書かないといけないと考えているのでしょう。「俺は謝らないぞ」と回答し続けなければ沽券に触る。でもそう書くと今度は米本さんの訴訟が怖い。もうあまりそのことには触れないでくれーと、戦々恐々としている様子が目に浮かびます。

元信子さんへ

「強姦、喫煙強要行為はひどいと思うし、犯罪ですが、そこまでいかなかった場合、助けてもらい良かったと思う人もいるのではないですか?」

 良かったと思っている人もいるかもしれません。
 しかしながら、このブログを開設してから1年半になりますが、反統一教会・拉致監禁肯定派(拉致監禁体験者ではない)の人たちからの横レス投稿はあっても、いまだ「拉致監禁されて良かった」という投稿は1件もありません。

「保護説得と親子関係」カテゴリーhttp://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-category-10.htmlを読んでいただければわかると思いますが、マインドコントロール論者の西田公昭さんは、保護説得によって脱会した元信者は「親との同居を好まない」と書いています。つまり、強制説得によって脱会した人の精神的予後はあまりよろしくない-ということだと思います。

 元信子さんは、拙著で書いた宿谷麻子さんたち3人の脱会者の脱会後の状態を読まれて、どう思われました?

 教えていただければ、うれしいです。

 というより、<助けてくれたから「正義」>とまで書かれるのですから、ぜひ、感想を書いてください。そうでないと、3人の元信は怒りますよ。

 ちなみに、このブログのテーマに即して言えば、3人のうちの2人は清水牧師の強制説得によって、いまだ心療内科に通っています。2人のサイトは、このブログの「参照リンク」に載っていますので、じっくり読んでみてください。同じ元信のサイトですから。

このブログ

日本人は、真面目で背が低い。 A型は神経質だ。
と良く決め付けて物を言う人がいる。それに対して、嫌悪感を憶える人もいる。
なんか、保護説得に反対している人も自分の経験からの憶測とか、自分の周囲にいる人だけの情報で、あたかもそれが全てのように語るので、痛いですね。

 どうか、もうちょっと広く深く物事を勉強してから、書いてください。 質の悪いブログは、書いた人の憶測や自分の経験、解釈を、真実だと勘違いし、コメントに「あー、そうなんだ」とか共感し、書いた人は更に自分の意見が理解された共感されたと、また憶測や経験から真実ではないものを書く。 これは、もう愚かですね。 だから、賢明な人達は、あまり質の悪いブログを見ない。 見たとしても、あぁレベルの低い話をこういう風に展開していくのかと、反面教師にしたりする。
 米本さん、別に自己満で書いてるなら、それで良いんですけど、そうではなくて、真実を書こうとか知らせようとしているのなら、もう少し勉強してから書いたら良いですよ。
 質の高いブログを参考にしてみてください。

脳にビニール発言反対さんへ

 少々苦笑です。

「私の質問には答えていただいていないようですが、何か都合の悪い事でもあるのでしょうか?」

 この間、あなたは実に多くの投稿をされています。ブログのテーマと関係なく。

 前の投稿を再度読み返したけど、怒りは読み取れたものの、どんな質問でしたっけ?

 ところで、吉永小百合さんの「原爆の詩の朗読」は見ましたか?

 このお盆、『二重スバイ』『プロレスラー』『ラストコーション』を鑑賞しましたが、あなたはいかが。
 もう少し余裕をもったらどうでしょうか。3人の元信も「暑い夏」を過ごしています。

疑問に思ったので質問させてください

管理人さんへ

「元信子さんへ」というタイトルの書き込みで、「3人のうちの2人は清水牧師の強制説得によって、いまだ心療内科に通っています。」と書かれていますが、清水牧師の強制説得が起因となり心療内科に通うはめになったという、両者の因果関係を示す客観的な資料(例えば、公的な診断書など)はあるのでしょうか。ご存知でしたら、その所在を教えてくださればと思います。

真実の追究さんへ

まず、拙著を読んでくださいな。
ほぼすべてを書きましたんで。

2週間前には精神病院に見舞いに行きました。

まあ、ともかく読んで。悲しくなる。2チャンネルやっているわけじゃないよ!

管理人さん

> ところで、吉永小百合さんの「原爆の詩の朗読」は見ましたか?

> このお盆、『二重スバイ』『プロレスラー』『ラストコーション』を鑑賞しましたが、あなたはいかが。

そういう事こそ「ブログのテーマと関係ない」でしょ。脳にビニール発言反対の質問に答えたくなくて話を逸らしているとしか思えない。

そんな事してる暇があったら、親御さんの介護をしてあげてください。お盆やお正月だけ介護して、これ見よがしにブログに書くのではなく。

管理人さん

何かあったら二言目には2ちゃんねる。そんなに2ちゃんねるを気にしてるんだったら、関連リンクに2ちゃんねるを追加してはどうですか?

>両者の因果関係を示す客観的な資料(例えば、公的な診断書など)

ですよ。米本さんの本は客観的な資料じゃない。

ありがとうございます

管理人さんへ

なるほど、両者の因果関係を示す客観的な資料が載っているのですね。
さっそく読み返してみます。

最後の文章は意味不明ですが。テーマと関係のない2チャンネルの話がどうしてここで出てくるのやら、です。

>> ところで、吉永小百合さんの「原爆の詩の朗読」は見ましたか?

>> このお盆、『二重スバイ』『プロレスラー』『ラストコーション』を鑑賞しましたが、あなたはいかが。

>そういう事こそ「ブログのテーマと関係ない」でしょ。

全く持ってその通りですね。

もういいでしょう

水掛け論です、もうやめましょう。
米本さんの本を読んで納得できなかった方が、ここであれこれ言い合ったからって納得できるわけありません。逆もまた真なり。
悪口雑言の応酬はブログの主旨に反するものだと思います。

自分と意見の合わない人はどんどん排除する。
これは清水も米本も同じですね。
なんとも情けない人間ですね。

清水牧師の一方の側のコメント削除について

清水牧師のブログに、私の投稿コメントのみ削除し、他方の側のコメントを残すことは、明白なる私の一方的なイメージ付けであり、名誉毀損になるのではないかと思い、次の投稿をしておきました。これもいつまで残されるかは分かりませんが。

───────────

以下のごとく、議論の一方の側のコメントのみ残し、それに対するもう一方のコメントを削除するということは、明白なる一方的なイメージ付けになると思います。以下のコメントもともに削除されてはいかがですか。
………………………………………
Re:一方的な削除と投稿禁止について(08/10) えくたさん
遍照金剛さん
>なぜ、礼節を重んじるようにというあなたの言葉に忠実に従ってきた私の投稿を削除してしまったのですか。

決して「一方的」ではないことは、まともな読者なら理解できるでしょう。(August 16, 2010 21:21:23)
返事を書く

遍照金剛さん(=henjoukongou777さん?) SDGさん
以前にも書きましたが、どんなに言葉使いが丁寧で真面目であっても、コメントの内容が見当違いなものであれば、建設的な議論の要素とはなりません。

「礼節を重んじる」とは、言葉遣いが丁寧であるという事だけではないのです。

henjoukongou777さんは表面的な礼節だけに捉われて、中身の礼節が失われています。

人の意見を聞かず、自分の独り善がりな主張をひたすら押し付け、その主張が間違っていた事があきらかになっても、一言の謝罪も無い。どんなに言葉遣いが丁寧でも、そんな事を繰り返していては、礼節があるとは言えません。(August 16, 2010 22:06:09)

バランスを欠くライターについて

「カルトごろつき」については清水牧師のブログで投稿したことはありますが、「バランスを欠くライター」については投稿したことがありませんでした。そこで、清水牧師の考えを聞きたいと思い、以下の投稿を残しておきました。

──────────

「バランスを○○○○○○」について へんじょうこんごうさん
Y氏が「火の粉を払え」ブログの中で「バランスを○○○○」についても以下のように書いています。これについては、どのようにお考えでしょうか。
……………………………………………………
 私は、貴殿らが長年にわたって行ってきた、統一教会員への「拉致換金を手段とする脱会説得の手法」をテーマに、九九年から雑誌や単行本で、記事を書いてきた。また、私が開設した「火の粉を払え」ブログでもそのことに言及してきた。このことがどうして「バランスを欠く」ことになるのか。
 一つのテーマにそって記事を書くライターは少なくない。
 そうしたライターも「バランスを欠くライター」ということになるのか。

  ────引用終わり────

上記の引用の中で「バランスを○○○○○○」は「バランスを欠くライター」であり、「拉致換金」は「拉致監禁」ですが、清水牧師のブログで禁止ワードに設定されているようなので、意図的に誤植しました。

禁止ワード

清水氏は「拉致監禁」と「カルトごろつき」を禁止ワードに設定したようですね。
自分にとって都合の悪い内容は投稿させないという明確な意図が読み取れます。
どこまでも言論統制、情報コントロールするつもりのようですね。

動機

心に傷(PTSD)をうけた体験者の存在を、見過ごすことができず、「我らの不快な隣人」、を書かれた。
(こちらのブログでも、)米本さんの動機がいつもそこにあると感じます。

私にとって米本さんは、事実を事実として知らしめる人、です。
頑張ってください。

不思議

米本さんを批判する皆さんが疑問視されている内容の回答は、すべて『我らの不快な隣人』中に提示されてあると思うのですが。

弁明と謝罪の違い

脳にビニール発言反対さん

米本さんの記事を読むと、米本さんが求めているのは素直な謝罪であって、いろいろと言葉を取り繕う弁明ではないと思います。

私も、清水牧師のブログで、あつさんという方への謝罪を求められた際に、素直にそれに応じ、謝罪しました。

聖書を元に、神様の言葉を信者に伝える牧師なら、そういう素直な姿勢を持ってほしいと思います。

いろいろ失礼しました。

拉致監禁の経験もないのに、また詳しく知らないのに軽く発言した事を反省しました。その事はお詫びします。

ただ私は拉致監禁されても教会をやめれて良かったと思う人がブログに書き込まないからそれが全てとする考えもおかしいと思います。だって精神的に満たされていたらもう統一教会の全てに興味がないかもしれないし、反対に怖すぎて二度と近づかないでおこうと思ってるかもしれないでしょう。他の方が仰るように拉致監禁反対を掲げるブログには反対意見はなかなか書き込みにくいですよね。

いずれにせよ内の事が全てとするのはおかしいですよ。統一教会内が全てとする教会員達と一緒。

 確かにPTSDの事を読むと、拉致監禁は異常だと思います。 しかし、いずれにせよ脱会するのに「拉致監禁」なんて方法までとられる宗教が異常ですよ。もっとオープンに入会も退会も自由にすればいいし、入会してからの組織による管理をやめるべきですよ。

それに拉致監禁で信者を増やしている牧師達もおかしいですね。

双方おかしいから結果として「宗教は怖いから近づかないでおこう」になるのではないでしょうか?
 双方おかしいというのは米本さんの意見を支持しますね。
 どちらか、より平和を愛する宗教が平和的解決を模索すべきです。

どちらが「汝の敵を愛せよ」を実行するか興味がありますよ。

とにかく子供が小さく忙しいので(私の愛する子供ですが、教会的には神様から認知されてない、ひどい人はサタン側の子供というかもしれない子供)なかなかじっくり読んだり書き込みできないかもしれないです。

たまたま読んで「みんな」さんに反応して書いたけど、そんな中途半端に人のテリトリーに入るなって話ですよね。
 その事も反省します。
ここは2chではないのですからね。 失礼しました。

 ただ、教会で味わった人間不信も「善人ぶるやつには気をつけろ」という勉強にはなりました。
だから今年もある24時間偽善テレビにも当然寄付はしません。出演者が高いギャラを貰っているんだし。 日本人自体が偽善体質で外国は違うのかな?
ビル・ゲイツとか資産の半分を寄付するんですものね。
では、横道にそれたし長くなり失礼しました。

Re: いろいろ失礼しました。

 元信子さんへ。丁寧な返信ありがとうございました。

 2点だけ、ひっかかるところがありましたので、再返信しておきます。

「ただ私は拉致監禁されても教会をやめれて良かったと思う人がブログに書き込まないからそれが全てとする考えもおかしいと思います」

 このようなことを述べたつもりはありません。事実として書き込みがないという指摘をしてまでです。前メールをきちんと読んでください。

 ここに書き込みがないからといって、保護説得によってて脱会した人がすべて拉致監禁に嫌悪感を抱いているとは思っていません。

 嫌悪感を抱いているかもしれないけど、そうでないかもしれない。ただ、私が拉致監禁に反対することに対して、かなりの人たちがイロイロ自由闊達に、ときにハンドルネームを多用しながら批判しているけど、「拉致監禁されて良かった」という投稿がないという事実だけを伝えたまでです。
 それ以上でも以下でもありません。

 それにプラスαしていえば、マインドコントロール論者の西田公昭さんは保護説得した場合の精神的予後は悪いと書いているといったことを伝えました。これ以上書くとすれば尽きませんのでやめます。

 付言すれば、 実際、そんなに数は多くないだろうけど、拉致監禁されて脱会した元信者の中には、拉致監禁説得に協力する人だっていますよ。彼ら彼女らは「拉致監禁説得」されて良かったと思っているから、別の信者にも善行をしているのだという気分だと思っていますよ。
 ただ、なぜか後ろめたいから言わないだけ。


 もう一つは、いろんな体験がある中で、私たちはどこに焦点をあてるべきかということです。

 統一教会とか拉致監禁から離れて、戦争体験のことを考えてみればいいと思います。

 家族が殺されて今でも涙する人もいれば、関係なかったという人もいる。あるいは戦争は良かった、金儲けできたという人もいる。このように類型化できるわけではなく、体験はもっともっと複雑です。

 こうした様々な体験をしている人たちの話を聞いて、私たちはどこに焦点をあてればいいのかという問題が出てきます。

 私は一番弱いところに焦点を当てるべきだと思っています。

 統一教会-拉致監禁問題に戻せば、脱会しようがそうでなかろうが、拉致監禁によって、深く傷ついて人に焦点をあてるべきだと思うのです。

 元信子さんにお願いなのは、拙著を読んでとは言いません。このブログにアップしている現代のルポを読んでから、再び発言してもらえることを希望します。クリックすれば無料で読めますから。感想を聞かせてもらえればうれしいな。



 

感想

管理人さんへ

以前、「我らの不快な隣人」を読み返すと書き込みをした者です。
時間があったので、その他のご著書も読み返してみました。

当ブログは、話題も変わってしまい、最初に表示されるページでもなくなったので、ここを見る人は米本さんを始めとして、もう殆んどいないと思われますが、感想を書かせていただきます。

ご著書数冊を改めて読み返した今、二つの思いが頭をよぎっています。

一つ目は、「どこでボタンの掛け違いが起こったのだろう」という疑問です。

統一教会の信者もご親族も反対派も、そして勿論のこと米本さんも皆「善意で行動している」のは間違いないと思います。
少なくともスタート時点では皆そうだったはずです。

それが、どうしてこのような泥仕合になってしまったのでしょう。
価値観の違いといってしまえば、それまでではありますが。

二つ目は、米本さんの是々非々の姿勢は素晴らしいし、実証主義的に物事を進めようと努力されているのも評価できますが、このブログ全体を見ると統一教会にとって都合がよい文章の方が多くなってしまっているように感じました。

米本さんとしてみれば、一つのテーマを取材するとき、両者とも公平にインタビューしたいところでしょうが、どうやら途中からいわゆる反対派から敬遠され、意見をとれなくなってしまったようですね。

その結果、否応なしに統一教会寄りの情報が米本さんのところに集まりやすくなってしまい、前述のような有様となるのだと想像しています。
例えば、「緊急!監禁事件発生!」のような記事に関しては、情報が利害関係者以外の第三者からもたらされるとは思えないので、当然のことながら、統一教会関係者からのリークに基づいて書かれていることでしょう。

なお、現在の当ブログ(および早川氏など関連ブログ)の状況を見ると、人格攻撃の応報が続いており、論点からずれまくりだと思います。
論ずるべきは、管理人さんが是々非々とおっしゃるとおり、統一教会とご親族等が行っている行為の違法性の有無です。

互いに名誉毀損などで訴える可能性を示唆しあっているだけでは埒が明きません。
相手にこれ以上の猶予を与える必要などさらさらないと思われるので、法廷闘争に持ち込み、一刻も早く決着をつけ、本来の論議に戻るべきです。

ところで、元信子さんに対して「『拉致監禁されて良かった』という投稿がないという事実だけを伝えたまでです」と書かれていますが、確かにこのブログでは記述がないようですね。
そこで、バランスをとるためにも、米本さんが司会をされた座談会「人はなぜ、カルトにハマるのか?」の中から、元統一教会員Dさんの意見を抜粋して記述して終わりにしたいと思います。

───どうしてカルトから離れたんですか。
D 私の場合は、救出カウンセラーと呼ばれる牧師さんが私の親の要請を受け、私を連れ出し説得したわけです。そのときは、こんなやり方は、拉致監禁による強制説得だと怒りもしたんですが、今はあえて「保護説得」という言葉を使いたいと思います。とくに統一協会についてはそうだと思う。なぜって、外部からのこうしたサポートがない限り、中でどんなに疑問をもっていても、やめるところにはたどりつけない。
───カルトの脱会の仕方って、各団体によってかなり事情が違うということは意外に知られていないと思うんです。
D 統一協会の場合は、今言ったように、いったん入るとやめるきっかけがなかなか見いだせないんで、説得の場を設定するのは必要悪だと思います。私自身、救出カウンセラーには言葉で表わせないくらい感謝していますから。

それでは、当方はこれにてROMに戻ります。
米本さんが、ジャーナリストとして、さらに公平な視点で真実を追究されることを祈ってペンを置きます。

真実の探求さんへ

 貴重なご意見ありがとうございました。
 深く心にとめておきます。真摯に。

 パソコンとかネットに音痴だった私がブログを開設して、つくづく思ったのは自分が意図した通りの文脈にならないということです。このことをご理解していただけたら、うれしいです。

 あとは各論です。

「このブログ全体を見ると統一教会にとって都合がよい文章の方が多くなってしまっていると感じました」

 具体的に指摘していただけたらうれしいです。ブログの流れで、まだ書けませんが、相当厳しいことも予定に入れています。
 そうはいっても、このブログは拙著や私への火の粉(拉致監禁に反対することへの陰に陽にの批判)を払うことを目的にしたものです。統一教会を批判することを目的にしたものではありません。
 

「どうやら途中からいわゆる反対派から敬遠され、意見をとれなくなってしまったようですね」

 拙著の我隣を読んでいただけたら理解できると思うのですが、「途中から」ではありません。
 反対派は私のことを仲間だと思っていました。ところが、水面下で行われている拉致監禁のことを書くようになると、とたんに取材拒否となりました。その意味では「最初から」です。我隣では統一教会の問題点も書きましたが、取材拒否だったので、「片肺飛行」と注釈を入れました。

「反対派の意見」が何を意味しているのかわかりませんが、統一教会をやめた人からの情報はしばしば届いています。そうした情報をもとに「厳しいこと」を書く予定でいます。
 反対派が拉致監禁派を意味するのであれば、当然、情報は入ってきません。「菅野江里子さんの婚約者はここにいる」といった情報を教えてくれることはありません。

 最後に書かれた記事の抜粋は、『救いの正体』所収の「女たちのカルト」という座談会だったと思いますが、この記事を載せたときのリアクションは相当なものがありました。
 この女性は、本ブログで批判しつつある清水牧師の脱会説得を受けて脱会した女性です。
 記事後、彼女は反対派から批判にさらされました。
 なぜなら、彼女の証言を読めば、水面下で保護説得を行われていることを明かしているからです。
「青春を返せ裁判」の立役者でしたが、その後、どうされているのか。
 統一教会対反統一教会の渦に巻き込まれてはいないと思いますが・・。

横レス御免

>そうはいっても、このブログは拙著や私への火の粉(拉致監禁に反対することへの陰に陽にの批判)を払うことを目的にしたものです。統一教会を批判することを目的にしたものではありません。

 そうは言っても、ブログに記述した情報量に片寄りがあれば、モットーとして掲げられている「是々非々」の信憑性も薄らいでしまいかねません。
 こちらのブログを閲覧しているのは当事者だけではない、つまり第三者の視点で見て判断しようとしている人々もいるということを忘れないでください。

>反対派が拉致監禁派を意味するのであれば、当然、情報は入ってきません。「菅野江里子さんの婚約者はここにいる」といった情報を教えてくれることはありません。

 それは当然じゃないですか。
 真実の探求さんは、ジャーナリストとして公平を旨としたい筆者の意図に反して、こちらのブログが統一教会関係者からのリーク情報に基づく記事の方が多くなってしまっているようだと言いたかったのでしょう。

>記事後、彼女は反対派から批判にさらされました。

 反対者から批判にさらされたとしたら、本人はショックだったでしょうね。
 言葉で表わせないくらい感謝している相手に否定された訳ですから。

>なぜなら、彼女の証言を読めば、水面下で保護説得を行われていることを明かしているからです。

 水面下の保護説得に関しては、すでに山崎浩子さんの手記『愛が偽りに終わるとき』(文藝春秋社刊)の中で記述されていたのではないかと思います。

 それにしても、山崎浩子さん、証言をした彼女(Dさん)、菅野江里子さんとその婚約者 等々は、そもそも統一教会の勧誘(多くの場合、正体を隠して行われるそうじゃないですか)にさえ遭ってなければ、これらの悲劇に見舞われることがなかったのもまた確かなようです。

お久しぶりです。

何度かメールしましたが、スパムメールと判断されてしまいました。
 教会に対する批判はいつ書いてくださるのでしょうか?

もちろん清水牧師始め拉致監禁の実態を知ると酷さに吐き気がします。

しかし親子関係を壊すような脅迫的カルト的伝道により(地獄に落ちる、先祖が救われない)精神的苦痛を味わい、断食、水行、長時間伝道、海外宣教 、あげくは韓国の田舎に嫁に行った方々を考えると統一教会が行ってきた事が正しいか疑問です。

文さんの本を読まれた事がありますか?自慢と脅迫まがいな事がいっぱいあります。
教会員は二世をブランド化してそうでない子供を見下している人も多いのではないですか?

彼らの行為にはいつも金がつきまといます。
 平和の為とはいえこれが正しい宗教でしょうか?

もちろん評価できる平和活動がある事は知っています。しかし彼らの多くは万民を救う気持ちもないし、救えないでしょう。
 結局自分の氏族達だけ救われ自分が天国にいければよいのです。
たまにすごい善人がいますが、多くは偽善者です。

一度米本さんが教会内部に身元を明かさず浮浪者を名乗っていかれたら真の愛を唱える彼らはどんな態度をとるのでしょうか?

統一教会が名誉毀損で提訴

 このブログでも触れている「週刊ポスト」の記事に対して、統一教会が名誉毀損で提訴しました。
http://www.ucjp.org/?p=4589

 私が知る限り、マスメディアを名誉毀損で訴えたのは初めてのことだと思います。

 画期的なことだと思います。
その1・「瀬戸際に立つ統一教会」http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-121.htmlで、統一教会を「首を甲羅にひっこめた亀」と揶揄しましたが、ようやく首を出したという点で画期的。

その2・自分の権利侵害に敏感になるということは、他者への権利侵害にも敏感にならざるを得ないということ。「週刊ポスト」を提訴したことで、自分たちも他者への権利侵害をしてはならないという縛りがかかったわけです。その意味でも画期的。

 裁判開始となれば、期日(法廷が開かれる日)をアナウンスしていきたいです。ぜひ、統一も反統一も関係なく、傍聴に行きましょう!

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