後藤徹さんの驚くべき回復力 

ニュース(3)
後藤氏の驚くべき回復力
「絶対に自分の事件をあいまいにしない」
(2月17日)

 2月15日に開かれた「拉致監禁をなくす会」の設立総会で、参加者が圧倒されたのは後藤徹氏の熱弁だった。

与えられたスピーチ時間はわずか10分。この10分間で、後藤氏は12年5カ月の監禁生活を、速射砲の如く、しゃべりにしゃべり、しゃべりまくった。圧巻であった。

彼のスピーチが終わると、まるで感動的なオペラが終わった如く、自然と拍手が沸き起こった。

私が感慨深かったのは、後藤さんの身体つきであった。
監禁解放直後は39キロ。今は70キロ。

 今から1年と6日前(彼が解放されたのは1年前の2月10日)までは、荻窪のマンションで痩せ細った身体で頭をかきむしっていた。まるで石牢の中にいるが如く、なんどもなんどもつぶやいていた。

もう一生、俺はここから出ることができないかもしれない

それが解放1年後には「絶対に自分の事件はあいまいにしない」と力強く、早口でしゃべっている。

人は自由になると、こんなにも元気になるものかと、ただただ驚嘆した。

2月11日付ニュース(1)の写真と今回の写真とを見比べて欲しい。

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牧師さんをはじめ反統一教会の人たちが何も感じなかったとすれば、それは反統一に凝り固まったために、感受性を喪失してしてしまったとしか言いようがない。

でも、人間は硬直した塊ではないはずだ。

 2つの写真を見比べながら、外に一歩も出ることもできず、31歳から44歳までマンションの中だけで生きてきた後藤徹さんの内面を想像力をもって察してみてください。

人権・正義を口にする反統一教会の人たちは、保護説得(監禁説得)は正しいことなのか内省してみてください。

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コメント

ムダです

反統一教会集団の良心に、訴えてもムダです。彼らに人間性の欠片でもあれば、米本さんの本を読んだ時点で、被害者に謝罪してるでしょう。それが炎上して、こんなブログまで立ち上げて、火の粉を払わなければならない現実は、明らかにそのことを証明しています。しかしながら、後藤氏には心からお見舞い申し上げます。すでに、自殺者まで出している反対派の拉致監禁で、よく12年5ヶ月もの間、生き延びられました。奇跡の生還と語って良いでしょう。実行犯が、起訴される事をひたすらにお祈りしております。反対過激派に、最後のとどめを刺してください。 保護説得=拉致監禁○ 拉致監禁=逮捕監禁罪○ この等式は百点です。 採点者:人として

 後藤さんの生還を心から喜んでいます。本人の頑張りに心から拍手したいと思います。もし彼がなくなっていたら、私達の霊界での讒訴条件は、また重くなるところでした。
 同業の建設会社の経験をしたものとして、今後もともに同じ心で頑張らせて、いただきたい、と思っています。
まず、一級建築施工管理技士取得しましょう!(申し込み日メ切り日迫っています)私見、お許しください。

大和櫻さん,SAKAさんへ

 大和櫻さん、SAKAさん、温かいメッセージありがとうございました。
 おかげさまで本日、我が家にネットが開通いたしました!!
 監禁から解放されて約1年がたち、出てきた当時は、ほとんどの人が携帯電話を駆使していることに驚愕いたしました。
 今は、自分も携帯電話はもちろん、ネット社会の仲間入りをすることができました。^^v
 非常に感慨深いです。
 今後ともよろしくお願いいたします。

日本の記者クラブでも会見を

他のサイトで、8月上旬に外国人記者クラブ(名前は違うかも)で後藤徹さんが記者会見したニュースを見ました。
同席された外国の方は、日本の政府、警察の人権感覚の無さを訴えられたそうですが、ここで留まらず、日本の記者クラブでも同様の記者会見ができればと期待します。
本来は日本の記者クラブでこそ行われるべき、日本のための記者会見だと思います。
実現するのは決して容易ではないでしょうが(会見されると困る人々=メディア、弁護士、政治家が反対するでしょうから)、会見ができるよう、心から祈念しています。

ニュース(2)
市民組織「拉致監禁をなくす会」が発足
脱会者2人を含め50人が参加 (2月16日付)

「拉致監禁をなくす会」の設立総会が2月15日、文京シビックセンターで開かれた。参加者は拉致監禁(保護説得)によって脱会した元信者2人を含む50人が参加した。

総会は、会を代表して小出浩久氏(一心病院医師、『人さらいからの脱出』の著者)の挨拶から始まった。
「会の目的は拉致監禁をなくすことだが、それと同時に会が監禁体験者が心の傷を癒す場になるようになればと願っている」

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 それを受けて、特別参加した元衆議院議員の桧田仁氏が激励のスピーチ。
「会が発展するためには、まずみんなが団結すること。そして、感情的にならずに常に法的にはどうかと考えて行動することです。警察や行政に要望する場合は書類だけでは無理で、具体的に行動を起すことが大切だ」

ちなみに、桧田氏は国会で拉致監禁問題を取り上げ、警察庁長官から「刑法に触れる拉致監禁には厳正に対処する」という答弁を引き出している。

続いて、5人の監禁体験者が自らの体験談を語った。

■ 子ども2人がいるのに夫婦ともども拉致監禁され、8カ月に及ぶ監禁期間中は子どもに会わせてもらえなかったというS氏。

■ 自分が監禁されたことで婚約者の心が傷つき、今でも夫は精神的に不調だと訴える塩谷知子氏。

■ 大阪大学のキャンパスで白昼に拉致されたというN氏。

■ 12年5カ月の監禁体験を語った後藤徹氏(会副代表)。

■ 黒鳥牧師(日本基督教団・戸塚教会牧師)に3年間にわたって拉致監禁はやめて欲しいと言い続けたが、相手にされなかったという高須美佐氏。

■ 「多くの脱会者は統一教会をやめても拉致監禁には反対しているはず。そうした人たちもこの会に参加して欲しい」と訴えた宿谷麻子氏。

5人のプロフィールは監禁リスト参照

50人の参加者の中には自らの拉致監禁を恐れる統一教会員もいて、体験談に真剣に耳を傾け、メモを取っていた。

仰天したのは、田中幸子氏(仮名)の報告だった。これについては後日、ニュース欄で流します。
※「ニュース(5)」に載せました。

私的ニュース解説

 総会では「激励の辞」として私も挨拶させられた。そこで話したことを含め、ニュースの解説をしておく。

 拉致監禁に反対する会が誕生したのは、今回設立された会が初めてではない。87、8年頃、また94年にも誕生している。いずれも監禁を体験した統一教会の信者有志が立ち上げたものである。

反統一教会陣営は教団の指令に基づく組織化という見方をしていたようだが、少なくとも94年に発足した「拉致・監禁による強制改宗被害者の会」はそうではなかった。教団はこの会を指導するどころか、その逆に非協力的だった。

それはともかく、これら2つの組織が短期間で霧消したのは、会の方向に問題があった。つまり、広く社会にではなく統一教会内部だけに顔を向けていた。冷やかな言い方をすれば、教団内の自主的サークル組織でしかなかった。

 これに対し、新しい組織は、文京区の公的施設で設立総会が行なわれたこと、また、「本日の催し案内」にも堂々と「拉致監禁をなくす会」と明記されていたことに象徴されるように、社会に顔を向けようとしているのが特徴である。

 会の役員(教会員)に聞くと、設立総会の取材に来て欲しいと、全国紙や主だった雑誌社に案内状を出したという。残念ながら、会場に来たのは私を含めフリーライターが2人、世界日報、UPI通信の記者の4人しかいなかったが、そうであっても、閉鎖的・秘密的体質をもつ教会員が、これまで統一教会を批判してきた新聞・雑誌社に案内文を出す自体、画期的なことだと思う。

1964年に宗教法人が設立されてから今日まで40年以上が経過するが、教団がマスコミに取材案内を出したのは、情けないことに、ただの一度としてなかったと思う。

 また、会の会則の第5条に「会員は半年で一口3000円を支払う」、第8条に「会の性格上、特定の教団教派の教義や利害を持ち込むことを禁止する」と明記している。

そうであっても、反統一教会陣営は「拉致監禁をなくす会」を市民組織の装いをした教団のダミー組織といった見方するだろう。

会則にしてもそれは形式に過ぎないと鼻も引っかけないかもしれない。しかし、一つの組織を律するのは会則であり、それは民法上の契約に準じるもの。これが社会常識、社会通念というものである。このように説明しても、反統一の人たちは納得しないだろう。

 「会員は統一教会の信者が圧倒的に多いのではないか」

こうなると、言葉を失ってしまう。
監禁体験者は統一教会の信者(元信者)が圧倒的に多いんだから、しかたがないではないか。原宿でショッピングを楽しんだり、六本木でカクテルを飲んでいる人は、どんなに頼んでも、会員になってくれないのだ。

 信じられないことだろうが、取材してみて初めてわかったことがある。

教団は信者が拉致監禁されても知らん顔。そればかりか、そもそもがの話だが、拉致監禁事件が起きても教団本部に報告するようになっていないのだ。
逆に言えば、
教団本部は信仰仲間がある日突然行方不明になっても、その事実を知らないのだ。
世界広しといえども、仲間がいなくなっていくことに無頓着な組織は、わが日本・統一教会だけだろう。

拉致監禁に対する教団の態度、あり方を知ったときには、頭がくらくらしてしまった。
(なぜ、こんな世にも奇妙なことが生じるのか、いずれ「統一教会考」で考察することにしたい)

話を元に戻す。

 「拉致監禁をなくす会」に限らずどんな組織でも、会則だけで会の性格が決まるわけではない。公益法人の会則は立派だが、内部は不祥事続きといったことは少なくない。

問題は内実である。なくす会がどれだけ社会に開かれたオープンな活動をするかどうかだ。
日比谷公会堂で、市民一般を対象に、“時局演説会”でもやれるようになるかどうか・・・。

弁護士山口氏のコラムを評すの「勝訴の裏側3」で紹介した元信者のような、反統一教会、反拉致監禁の立場に立つ人は少なくないと思う。

元信者がどれだけこの会に参加してくるのかも興味深い。

設立総会には2人の元信者が参加した。さらに人数が増えれば、統一教会員と反統一教会員が混在する世にも珍らしい組織となると思う。

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