市民組織「拉致監禁をなくす会」が発足 

ニュース(2)
市民組織「拉致監禁をなくす会」が発足
脱会者2人を含め50人が参加 (2月16日付)

「拉致監禁をなくす会」の設立総会が2月15日、文京シビックセンターで開かれた。参加者は拉致監禁(保護説得)によって脱会した元信者2人を含む50人が参加した。

総会は、会を代表して小出浩久氏(一心病院医師、『人さらいからの脱出』の著者)の挨拶から始まった。
「会の目的は拉致監禁をなくすことだが、それと同時に会が監禁体験者が心の傷を癒す場になるようになればと願っている」

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 それを受けて、特別参加した元衆議院議員の桧田仁氏が激励のスピーチ。
「会が発展するためには、まずみんなが団結すること。そして、感情的にならずに常に法的にはどうかと考えて行動することです。警察や行政に要望する場合は書類だけでは無理で、具体的に行動を起すことが大切だ」

ちなみに、桧田氏は国会で拉致監禁問題を取り上げ、警察庁長官から「刑法に触れる拉致監禁には厳正に対処する」という答弁を引き出している。

続いて、5人の監禁体験者が自らの体験談を語った。

 子ども2人がいるのに夫婦ともども拉致監禁され、8カ月に及ぶ監禁期間中は子どもに会わせてもらえなかったというS氏。

 自分が監禁されたことで婚約者の心が傷つき、今でも夫は精神的に不調だと訴える塩谷知子氏。

 大阪大学のキャンパスで白昼に拉致されたというN氏。

 12年5カ月の監禁体験を語った後藤徹氏(会副代表)。

 黒鳥牧師(日本基督教団・戸塚教会牧師)に3年間にわたって拉致監禁はやめて欲しいと言い続けたが、相手にされなかったという高須美佐氏。

 「多くの脱会者は統一教会をやめても拉致監禁には反対しているはず。そうした人たちもこの会に参加して欲しい」と訴えた宿谷麻子氏。

5人のプロフィールは監禁リスト参照

50人の参加者の中には自らの拉致監禁を恐れる統一教会員もいて、体験談に真剣に耳を傾け、メモを取っていた。

仰天したのは、田中幸子氏(仮名)の報告だった。これについては後日、ニュース欄で流します
「ニュース(5)」に載せました。

私的ニュース解説

 総会では「激励の辞」として私も挨拶させられた。そこで話したことを含め、ニュースの解説をしておく。

 拉致監禁に反対する会が誕生したのは、今回設立された会が初めてではない。87、8年頃、また94年にも誕生している。いずれも監禁を体験した統一教会の信者有志が立ち上げたものである。

反統一教会陣営は教団の指令に基づく組織化という見方をしていたようだが、少なくとも94年に発足した「拉致・監禁による強制改宗被害者の会」はそうではなかった。教団はこの会を指導するどころか、その逆に非協力的だった。

それはともかく、これら2つの組織が短期間で霧消したのは、会の方向に問題があった。つまり、広く社会にではなく統一教会内部だけに顔を向けていた。冷やかな言い方をすれば、教団内の自主的サークル組織でしかなかった。

 これに対し、新しい組織は、文京区の公的施設で設立総会が行なわれたこと、また、「本日の催し案内」にも堂々と「拉致監禁をなくす会」と明記されていたことに象徴されるように、社会に顔を向けようとしているのが特徴である。

 会の役員(教会員)に聞くと、設立総会の取材に来て欲しいと、全国紙や主だった雑誌社に案内状を出したという。残念ながら、会場に来たのは私を含めフリーライターが2人、世界日報、UPI通信の記者の4人しかいなかったが、そうであっても、閉鎖的・秘密的体質をもつ教会員が、これまで統一教会を批判してきた新聞・雑誌社に案内文を出す自体、画期的なことだと思う。

1964年に宗教法人が設立されてから今日まで40年以上が経過するが、教団がマスコミに取材案内を出したのは、情けないことに、ただの一度としてなかったと思う。

 また、会の会則の第5条に「会員は半年で一口3000円を支払う」、第8条に「会の性格上、特定の教団教派の教義や利害を持ち込むことを禁止する」と明記している。

そうであっても、反統一教会陣営は「拉致監禁をなくす会」を市民組織の装いをした教団のダミー組織といった見方するだろう。

会則にしてもそれは形式に過ぎないと鼻も引っかけないかもしれない。しかし、一つの組織を律するのは会則であり、それは民法上の契約に準じるもの。これが社会常識、社会通念というものである。このように説明しても、反統一の人たちは納得しないだろう。

 「会員は統一教会の信者が圧倒的に多いのではないか

こうなると、言葉を失ってしまう。
監禁体験者は統一教会の信者(元信者)が圧倒的に多いんだから、しかたがないではないか。原宿でショッピングを楽しんだり、六本木でカクテルを飲んでいる人は、どんなに頼んでも、会員になってくれないのだ。

 信じられないことだろうが、取材してみて初めてわかったことがある。

教団は信者が拉致監禁されても知らん顔。そればかりか、そもそもがの話だが、拉致監禁事件が起きても教団本部に報告するようになっていないのだ。
逆に言えば、
教団本部は信仰仲間がある日突然行方不明になっても、その事実を知らないのだ。
世界広しといえども、仲間がいなくなっていくことに無頓着な組織は、わが日本・統一教会だけだろう。

拉致監禁に対する教団の態度、あり方を知ったときには、頭がくらくらしてしまった。
なぜ、こんな世にも奇妙なことが生じるのか、いずれ「統一教会考」で考察することにしたい)

話を元に戻す。

 「拉致監禁をなくす会」に限らずどんな組織でも、会則だけで会の性格が決まるわけではない。公益法人の会則は立派だが、内部は不祥事続きといったことは少なくない。

問題は内実である。なくす会がどれだけ社会に開かれたオープンな活動をするかどうかだ。
日比谷公会堂で、市民一般を対象に、“時局演説会”でもやれるようになるかどうか・・・。

弁護士山口氏のコラムを評すの「勝訴の裏側3」で紹介した元信者のような、反統一教会、反拉致監禁の立場に立つ人は少なくないと思う。

元信者がどれだけこの会に参加してくるのかも興味深い。

設立総会には2人の元信者が参加した。さらに人数が増えれば、統一教会員と反統一教会員が混在する世にも珍らしい組織となると思う。

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コメント

おめでとうございます!

会設立おめでとうございます。拉致監禁の被害がなくなることを願っています。

>教団本部は信仰仲間がある日突然行方不明になっても、その事実を知らないのだ。
世界広しといえども、仲間がいなくなっていくことに無頓着な組織は、わが日本・統一教会だけだろう。
 
 米本氏のご指摘はほんとにそのとおりです。認めます。
 長年本当に、あまりにもわが身のことだけで精一杯だった6500双家庭として謝罪したいです。
 ほんとに申し訳なかったです。先輩家庭はみんなそう思っていると思います。会長も全国紙では「ウチの記事は出さない」と暗黙の了解になっていると言っていました。そこまで社会に認められなくしてしまったのは誰の責任でもありません。私たちの責任です。各自が真の責任を感じる組織にしていくために尽力していきますのでどうかお許しください。そして同志でありますので、同じ心を少しでも共有していきたいと思っています。今後のご活躍心からお祈りいたします。

慶祝 拉致監禁をなくす会発足

桧田先生も来られましたか。先生のおっしゃる通りです。更に監禁問題がね、なかなか解決しない要因の一つに、教会内部の『温度差』があります。詰まり、統一教会員の中にも、監禁とは考えずに、親子の問題だろう?と言ってはばからない輩が少なからず存在すると言う事です。私たちが親を被告人にした時に、苦言を呈する古老教会員もいました。また、地区単位で、勝手に示談するケースもあるようで、本部が正確な被害状況を把握出来ないということも問題としてあるように思います。まぁおそらく、本部が主導して解決しようとしても、地区組織が言う事を聞かないと考えられますので、ある意味教会組織を無視した、今回の監禁被害者自身の決起は実に合理的な事と思います。信仰云々は考えずに、桧田先生のおっしゃるように、拉致監禁の『違法性』について、北朝鮮の拉致問題と同レベルまで、国民の意識に載せられると良いですね。信仰は関係なく監禁被害者の皆さんが、一致団結しこのような卑劣な犯行を通して、莫大な利益をむさぼる弁護士や牧師、脱会屋達を刑法犯として、刑務所へ送ってください。貴会の御発展を心からお祈りしております。

うれしいです

太字の文
このような会が発足してうれしいです。画期的な会だと思います。拉致監禁されて、心変わりをした人も「だまされた」といって自らの信念を変えた人も知っています。また、人生の大半の時間を無駄に過ごし、監禁されたもの同士で結婚した人も知っています。信仰を失わずにいるが、その後遺症に苦しんでいる人もいます。この問題に対して、統一教会として、果敢に闘ったこともあったと記憶しています。テレビに良く出ている田中弁護士は「統一教会も元気なときがあった。」と表現していたころです。拉致されている場所に行って、乗り込んだり、法律に照らして、人権保護法で戦った時代もあったのです。親を訴えられないという人情と、マスコミの(山崎浩子の監禁事件の後から)攻勢により無力化したと思います。戦うすべを失ったと思います。信仰の何たるかをたずね、人間の弱さだけを嘆いてきたように思います。遠藤周作の「沈黙」の中のロドリコ神父の転びのように、すべての責任を拉致された人の信仰の弱さに責任を問い、その犯罪に対しての自らの責任を放棄してきたと思います。その意味で、信仰以前の人間の基本的人権として、あってはならない犯罪であると声を上げてくださった米本さんの社会的正義感に対して、心からの敬意を表します。もう一度、自らの良心に耳を傾け、一人の人間として何ができるのかを問い、できる限りの事をしたいと思います。

この会に参加でき、本当に良かったです。
この会には傷ついた傷を癒す力があることをとても感じました。
声を上げる場が出来た事は私たちにとって希望です。




たとえ千人監禁されようが、統一教会は発展する!

私たちが裁判で死にもの狂いで戦っていたとき、当時の所属教会の教域長の繋がりから、ある古老教会員に会う事になった。彼は西●先生から、直接伝道された本物の古老だった。私たちが、監禁の裁判をやっていると言うと、『お父様は訴えられる裁判はしたが、訴える裁判はしない』『今は氏族メシアの時代だ、親を訴えてどうする』『たとえ千人監禁されようが、統一教会は発展するんだ!』と、無茶苦茶な事言う方であった。当然、私が反論して、『じゃあ、あんたが、反対牧師を訪問して監禁を止めさせてくださいよ!』と、詰め寄ったが黙ってしまった。『反対牧師を訪問せよ』とは、20年以上前からの文師の命令だ。しかし、どの会長も実践していない。昔、統一教会が元気だったころも、対策は防衛が主で、こちらから攻め込む事はなかった。そして山崎さんが監禁離教されて、統一教会は事実上崩壊する。『千人監禁されても統一教会は発展する』と豪語した、古老の馬鹿さ加減が、20年近くの時を経て、証明されてしまった。因みに、監禁被害者は、推計4000名を越える。何故推計なのか。それは神●会長が、事実上の対策本部であった、H事務所を潰してしまった為に、監禁に関する貴重な資料が処分された為だ。

千人監禁されても統一教会は発展する! 2

神●会長の行いは血迷った蛮行だった。事実上、対策の消滅だった。会長がかわるたびに、本部機能も衰退して行ったように思われる。現在、一番権力を握っているのは会計さんである。これが今どきの統一教会を端的に表している。要は金だ。『発展』しなかった教会に多額の献金要請。真面目な会員は火だるまだ。私事で恐縮だが、昨年末、もう離婚かと追い詰められた我が家、部長さんに家庭訪問をして欲しいとお願いした。答えは、いま献金摂理で忙しいので、来年にして欲しいとの事だった。おそらく監禁事件でも同じ対応だったと思われる。部長さんはいい人だ。しかし、体はひとつしか無い。何が言いたいか。かような事実を踏まえ、なくす会諸氏におかれましては、資金人材面において『自立』され、組織のしがらみの及ばない、会として、敵味方関係なく監禁被害者を救済する団体へと発展していただければと思う次第です。そう、ナイチンゲールのように。

>米本氏「統一教会の犯罪」

紀藤弁護士のブログリンクを貼らせていただいたものですが疑問を提出

統一教会は前科が無いから犯罪集団ではないと書いてましたが今回強制捜査が入ったのはどうなるんですか。

名無しさんへ

名無しさんにお願いいたします。
前記事の「一筆一論」のコメントでも書きましたが、この欄は会設立のことがテーマとなっています。テーマに沿ったコメントをお願いします。

もうしばらくしたら、山口コラムを評すを再開します。大きなタイトルは「小細工」です。そこで、統一教会の特定商取引法違反容疑についても触れています。
 それまでに、資料①のルポ、『我らの不快な隣人』そして山口弁護士のコラムを精読して文脈の流れを把握していただけたらと、あつかましくもお願いする次第です。

 ブログ開設の目的および骨格で書いた通り、水面下の拉致監禁の実態を暴いた私のルポや本に、かつての“お友だち”から数年間にわたって陰に陽に批判されてきました。そうした批判(火の粉)にこれまでひたすら耐えるだけでしたが、ようやくにしてわが師匠のボランティアテクニカルサポートによってブログを開設し、火の粉を払う(反批判)ことができるようになりました。火の粉の大元は保護説得=監禁説得です。
 そのことを理解していただけたらうれしいです。
 また、コラム「一筆一論」でも書きましたが、活字媒体に慣れ親しんできたため、どうしても順を追って書きたいという指向から抜けきることができません。
そのため、テーマに沿わない質問がくると、小さな頭の容量がショートオーバーしてしまいます。 どうかご理解のほどを。

追記

名無しさんへ
これから何回かやりとりすることになるかもしれません。よろしければ、次回からは適当なハンドルネームをつけていただけませんでしょうか。よろしくお願いいたします。

保護か監禁か

統一教会は犯罪者集団、しかもマインドコントロールする、だから保護が絶対に必要。これが、反統一教会集団の屁理屈です。しかし、私たちが裁判に訴えた時には、保護という言葉すらも被告人たちは、使おうとしませんでした。私たちは、暴行を行い、抵抗する妻を無理矢理拉致し、5ヶ月以上に渡り警察の捜査網をかいくぐり監禁したことは、違法であると主張しました。てっきり、被告人たちの『行為』が、保護か監禁かが裁判の争点になると思っていました。しかし、被告人たちは『全面否定』してきたのです。何故ですか?保護が正当な手法なら、そう主張すればいいのではありませんか?それでいて、米本さんが、保護はいけないと主張しただけで、炎上しているのは実に滑稽です。なくす会は、保護は監禁であり、『犯罪』だと言う事を世論にアピールする市民団体と認識します。これは信仰を問わず、監禁被害者がその苦痛を訴えるものです。『犯罪集団』にこだわるなら、貴方の仲間たちがもし保護をやっているなら、貴方も犯罪集団の構成員と監禁被害者から疑われるでしょう。目くそが鼻くそを笑っていなかなる意味があるのですか?当会には、統一教会員以外の方々も参加されているのに、実に失礼です。

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