ブログと活字媒体との落差について 

一筆一論(1)

プロローグ

 ブログのメインでは「火の粉を払う」ことに専念していますが、それとは別に、思いついたことをときおり綴っていくことにします。

最初に、タイトルをどうしようかと考えました。

 とっさに浮かんだのは産経新聞のコラム「一筆多論」。でも、一筆で多くのことを論じる能力は私にはありません。「多筆一論」にしようかと思ったけど、それではあまりにも自分を卑下しすぎる。

それで、まあ、奇をてらうことなく、素直に「一筆一論」にしました。

ブログを書きながら、また読み返しながら、本や雑誌など活字媒体とあまりにも違うことに戸惑い続けています。ブログを開設してから半月が過ぎようとしているのに・・。

いや、ブログの開設以前から、ネットで検索する情報には馴染めなかった。

たとえば、「A企業」の現在を大まかに把握するには、A企業の歴史的推移を知るのが手っとり早い。
そこで、ネットでA企業の30年分の記事を検索をする。
プリントアウトすると、記事は新しい順に印刷機から出てくる。
それに合わせて新しい順で読んでいくと、とたんに頭はショートする。

考えてみれば、無理からぬことです。
歴史の教科書は古代から始まり中世、近世、近代、現代という古い順で書かれています。
現代から近代へと時計逆回りの教科書は存在しない。
歴史的過程は論理的過程とある程度照応するため、論理的帰結から論理の出発点に戻るような叙述の仕方をすれば、子どもたちの頭はとたんに混乱してしまう。それと同じです。

そのため、A企業の歴史的推移を頭に叩き込むために、プリントアウトした記事を古いもの順から並べ替える作業を行ないます。30年分になるとけっこうな労力です。

「社長が交替した」(今年の記事)
「社内に権力闘争があり、古参役員が辞表を提出した」(1年前の記事)
「オーナーと生え抜き役員との間で内紛があった」(10年前の古い記事)

これを古い順から内紛、権力闘争、社長交替と読んでいくと、ふむふむ、なるほどそうか。社長は交替し新体制となったがまだもめるなあという仮説が生まれてくる。

ブログも、画面を開けば最初にアップされるのは最新の記事。過去と現在との関係がそれほど気にならない、たとえばこんな本を読んだとか・うちの猫がこうしたとか・あそこの飯屋はうまかったとか身辺雑記的な記事ならともかく、少しでも歴史的あるいは論理的要素とかが絡む記事だと、読み手は戸惑ってしまいます。
簡単にいえば、書く側は起承転結型にブログを綴っていても、読む側(書いた私も含め)に回ると、「結」「転」「承」「起」の順で読むことになってしまうからです。

活字媒体だと目次の順で読んでいけばいいから、何の矛盾も生じないけど、ブログはそうはいかない。「書く側」と「読む側」との間に、どうしても乖離が生じてしまいます。

 このコラムは「一筆一論」ゆえに一回ごとの読み切りを目指しますが、テーマがテーマだけに、現在のことを書いていても、どうしても前後の関係が生じてきます。

 ブログの特性に合わせて文章を綴ればいいのですが、固くなった頭を柔らかくすることは、齢いくつともなれば、もはや無理というもの。
 そこで、わがブログの偉大なる師匠は、「博愛衆に及ぼす」の精神の持ち主で、サイト内リンクをこまめに張ることで、乖離を減じさせ、私のストレスを解消してやろうとお考えになられたのです。

 師匠、ありがとうございます。

 早く師匠の技を盗み、一本立ちしたいと思っています。それまでは面倒なサイト内リンク作業よろしくお願いいたします。

 といっても、この「はじめに」はしばらくすれば、過去記事になってしまうから、うーん、ブログってやつは。

その欠陥を補うために、本でいえば目次にあたるものとして「ブログの骨格」を設けました。ときおり、ブログ全体の中でどういう位置づけになっているか確認してください。

 興味深い記事だと思われた方は
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コメント

攻撃は最大の防御

反統一教会集団は、ひつこい、細かい、左翼崩れでプロパガンダはお家芸です。一度、敵と見なされると容赦の無いリンチに遭います。火の粉も服に穴をあけ、最悪、火災を起こします。そうならないためにも、攻撃し続ける事が重要です。嘘も言い続けるとホントになります。嘘でソ連と言う国まで出来ました。嘘はシラミ潰しに攻撃すべきです。それをしなかったのが統一教会です。だから、未だに評判が悪いでしょう?反論して来なかったからです。また、しても論波できなかった。残念なことです。優秀な人はたくさんいたのにな。ま、始まっちまったものはしょうかない

フレーフレー!

とても見やすいですよ。今後を期待してます!

うれしいです。

大和櫻さん、たぬきさん、投稿ありがとうざいます。
とてもうれしいです。
今後とも時折の投稿を楽しみにしております。 

統一協会の犯罪?

http://kito.cocolog-nifty.com/topnews/2009/02/asahicom---6386.html
有罪が確定してないから犯罪じゃないのでしょうか?

名無しの投稿者さんへ

紹介されたサイトをクリックすると、紀藤弁護士のサイトにつながりました。
 しかしながら、紀藤サイトを開いても膨大、海の中、まあ彼のオツムのようにカオスです。

それゆえ、「有罪が確定していないから犯罪じゃないのでしょうか?」という意味がわかりませんでした。
 ごめんなさい。
 もう少し説明していただけると、会話になるのですが・・・。

統一協会の犯罪?2

そのページのど真ん中の
2009.02.11
「警視庁頑張れ!ついに警視庁が霊感商法店舗の一つ「新生」に家宅捜索に入りました。東京では初摘発ではないかと思います。」です

警察の摘発

名無しさんへ。
警察の摘発は、東京だけでなく、大阪、新潟、福岡、沖縄などでも行なわれています。
この件に関しては、メインの火の粉ブログでコメントいただけたらうれしいです。この欄は「一筆一論」なので。
次の「弁護士山口氏のコラムを評す」では犯罪のことを取り上げます。
ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

税金の無駄遣い

何が警視庁頑張れだ。動いてんのは公安部なんだよ!なんで、商法違反らしき事件?に公安部が動くんだよ。本家韓国の議会選挙で、0.8%しか票を取れなかった統一教会に、なんで日本の公安が動くんだよ!馬鹿馬鹿しい。そんな人員と経費があれば、北朝鮮の工作員摘発をもっと気合い入れてやれって言いたいね。日本統一教会に何ができる?あ?馬鹿だなお前。公安がこんな調子じゃあ、日本の安全保障も危ういね。アメリカの核が日本を守ってくれると本気で思ってんのか?ロシア連邦も、中国の核ミサイルは日本をロックオンしてるっていうのに、頭がピーマンな連中が多すぎる。アメリカは日本にF22を売らないんだ。仕方なく、オンボロF15と16を改造して使ってんだ。そんな事も知らないんだろ。お前みたいなのを亡国のアホっていうだ。

ここか

まぁまぁ団長さん、気持ちは察するが、左翼にたなびく公安はもうとっくに売国奴やけん仕方なかたい。文先生にはお世話になった。ばってんもう爺さんたい。おいもばってん。そっとしておけばよか。なぁ、米本さんよ、あんたも左翼らしかな、そいがウチゲバね?やるのぉ。おいたちも、昔は左翼スパイ見つけては、血祭りにしたもんたい。そいが、今じゃ暴力団扱いやけんのぉ、こがん裏切りもなか。あんた身辺、気い付けんとな。統一教の連中に売国奴のやることなど、気にせんでもよかと伝えてくれんね。本は読んだ。いかにも売国奴のやりそうなことたい。文屋にドスは要らんか。せいぜいペンでキバランね。文先生の弟子たちをよろしく頼む。

お願い

憂国団々長さん、長崎組々長さんに、お願いします。
この欄のテーマは「ブログと活字媒体の落差」です。私への批判コメントは大いに歓迎ですが、テーマに沿ったコメント以外は書き込まないでください。どうしても感情を爆発させたいのであれば、どうか2チャンネルで。

どうかよろしくお願いいたします。

米本さん、勇敢な会を立ち上げてくださってありがとうございます。これは、基本的人権の尊重であり、人権後進国といわれる日本を変えることに他ならないと思います。微力ですが、何かできることがあれば役に立ちたいと思っております。

物を書く方はこの様に考えられるのだな~ととっても興味深く納得しながら読みました。次回の一筆一論楽しみです。

いろいろ

 かぼちゃさん、投稿ありがとうございました。
 一つだけ誤解があります。
 私が会を立ち上げたわけではありません。会代表の小出さん、副代表の後藤さんをはじめとする監禁体験者が立ち上げたのです。この事実をしっかり認識していただければうれしいです。「主体」の問題はとても大きい。
 正体を明かさない教会員が顔をさらし、実名で活動を始めることに(教団は設立から40年以上が経つのに、やっていない!)、私は心を動かされているのです。それで、会設立総会の場で激励の挨拶をしたわけです。
(この欄は一筆一論ですので、場外コメントになってしまいました)

YURIさん。ブログと活字媒体との落差のことを、理解していただき、ありがとうございました。ブログの時間差にはほんとうに混乱しています。時空を超える人でないと、両方をこなすのは無理なのではないかと思ってしまいます。
 やってみて思うのですが、テーマというか表現欲求というか、うまい言葉が見つからないのですが、表現したいことによって、ブログなのか、ホームページなのか、活字媒体なのかが決まっていくような気がします。
 マルクスの認識過程と叙述過程、分析過程と総合過程なんか思い出したりして、なんだか、力が入ってしまいました(苦笑)。

 かぼちゃさん、YURIさん。ご愛読のほど、よろしくお願いします。知人友人に、このマイナーなブログのことを紹介していただけたら、うれしいです。


 

日本を貶めた安倍政権に感謝!(皮肉をこめて)

皮肉ですが統一教会は安倍首相に感謝すべきだ。なぜなら安倍首相ほど日本を経済的にも道徳的にも貶めた首相はいないから。そのおかげで韓国と北朝鮮が世界の中で脚光をあびています。たしか韓国版原理講論の最後の方にそう書いているのですよね。日本は元々サタンの国ですが選民を邪魔する為に2000年前のエジプトやバビロンのように栄えた。しかしその賞味期限がついに切れて日本型バビロンは崩壊しだした。これはめちゃくちゃな安倍政治のおかげです。その結果、韓国経済は栄えさらに北朝鮮との統一構想まで現実味を帯びてきた。原理講論の最後にはこう書いています。文明は大陸から島嶼文明へそして半島文明へと移ってきた。かつての島嶼文明の代表は英国でしたが、それが日本に移り、やがて韓半島で半島文明が再び花開くだろうと。本当にその通りになってきましたね。統一シックのみなさんは、この南北の平和統一こそ長年の念願であり、ついにその時が訪れようとしているのだと思い、神の導きに感謝すべきです。但し、ここまで日本をずたずたにした安倍さんには、一人の日本人として忸怩たるものはありますし、あの人に騙されてついていった多くのシックやシンパが不憫でなりませんが。

安倍真理教と化したカルト宗教

私は40年以上前に統一原理の信仰をもった者ですが、ここ最近(安倍政権誕生後の5年程)の動きをみていて完全に夢から覚めました。この教会はすでに終わっていますね。いつどこで終わったのかという事も自分なりに総括しています。90年代の初め頃に5万双の合同結婚が挙行された当時、ワイドショーで騒がれました。同時に反対派が霊感商法をもちだして大キャンペーンが繰り広げられました。いずれも当然の現象でしょう。問題はその後の行動でした。

霊感商法については文先生が激怒したといわれます。にもかかわらず日本のシック達は反省もせずに同じような事を続けていました。ここに日本統一教会の根深いカルト性があります。

反統一教会側にも問題はあるでしょうし、拉致監禁などのやり方は大問題であるのは当然です。しかし統一教会は常に秘密主義で信者をがんじがらめにしてマインドコントロールのような事をやってきました。そして政治的にはあろうことか嫌韓右翼と結びつき、統一教会の本来の宗主国である韓国を徹底的に貶める勢力と手を結んでまいりました。

私は今でも統一原理の核となる教えを信仰している者ですが、安倍真理教と化した日本統一教会は異端だと断じてもよいと思っております。彼らは文師の教えはもうどうでもよいらしい。それよりも安倍政権と一緒になって憲法改正を実現する事こそが目標であるというのです。これが宗教でしょうか?

いま南北が平和統一に向かっている時に、何のための改憲ですか?彼らの本質はただ自分たちの保身だけでしょう。むしろこのような右翼カルトと化した統一教会は滅ぶべきです。一度、滅んで再生すべきだと思います。

たとえば中国に布教すればこのような右翼カルトにはならなかったのではと思います。もともと中国人はキリスト教の受容力がはるかにあるのです。現在では中国人のクリスチャンの数は1億人近くいるとされています(大半は地下教会ですが)。なのになぜ中国に統一教会は布教しなかったのでしょうか?不思議ですね。今からでも遅くはないと思いますけど。

南北平和ムードに水を差す統一教会?

今劇的に変わりつつある朝鮮半島情勢ですが、なぜか統一教会の影響力は影も形もなし。むしろ嫌韓勢力と結びついた日本統一教会は安倍政権と一緒になって半島の平和ムードに水を差そうとする行動を起こしていたので、この劇的変化の中で安倍氏と一緒に蚊帳の外に置かれています。

そもそもこのような平和ムードをなんとか作りだそうとしてきたのが文先生でしたが、大先生の死後はそれと真反対のことをされてますね。金正恩政権の誕生後も真っ先にパイプを作ろうとしたのは統一教会だったと思う。大きなホテルも建て、そこで働くシック達もいたはず。なのになぜ彼らの働きが表に出ないのでしょうか?韓国の文在寅大統領のような人物はなぜ日本の政治家にはでないのか?なぜ世界日報はネットウヨクのような連中といつまでも連帯しているのか?まったく不思議でなりませんね。

同じ穴のむじなでは?

統一教会員が被害者になってきた拉致監禁問題。私は後藤さんにも会い握手もさせてもらいました。しかしよく考えると、このような問題は日本でしか起こり得ない問題なのですね。韓国でも米国でもこのようなやり方は起こっていません(米国では監禁メンバーが処罰されました)。

なぜ日本だけなのかと考えると、結局、日本人の人権感覚のなさが原因だと思います。この点では加害者も被害者もそして司法も警察もひっくるめてグルになっていると私は感じます。だから元被害者が加害者側に容易になるのではないでしょうか?

だから私は日本統一教会も反統一教会も同じ穴のむじなのようなものと感じます。そのような体質をもった人が宗教をやるから勧誘方法も献金生活もすべてが異常になっているのではないでしょうか?自分の生活をすべて投げ出して教会に献金するというのは一見美しくは見えますが、これは昔の日本人の滅私奉公的生き方と同じで狂気に近いものです。

なぜそこで理性の働きが停止するのでしょうか?そのような教えは本来のキリスト教ではないと思いますし、人間を幸福に導くものではないでしょう。今の統一教会の異常性は日本人の異常性とそのままつながっているような気がしております。

師の理想を相続できなかった凡人たち

私がある会合で安倍政治を暗に批判した時に、シックの方が「この人は左翼の方ですか?」と聞こえよがしに言っているのを聞きました。これには愕然としましたね。「左翼」という言葉は統一シックの間ではある種の悪のレッテルとして通用しています。

確かに統一教会は勝共連合をやっていたので、反左翼の勢力と共闘関係はありました。しかし文先生ご自身は決して元々反左翼ではありませんし、統一の為にはいかなるイデオロギーをも越えていかねばならないという立場です。戦前に日本で活動された時は同じ朝鮮出身の共産党の方と反日運動で共闘されておられましたし、日本の憲兵につかまって仲間の名を教えよと縄でくるぶしを括られて逆さ吊りにされながら拷問を受けましたが、それでも文師は仲間の名を教えませんでした。

そういう大きな考え方だから、戦後は憎むべき日本の右翼笹川良一や岸信介と手を握る事もできたのだと思います。文師は決して昔の反日活動家から転向して親日右翼と手を結んだわけではなく、60年代~70年代にかけて重大な脅威になっていた国際共産主義革命に対決する為に勝共運動を始めたのだと思います。

一方、韓国では朴軍事独裁政権に弾圧されていた金大中氏とも連携していましたので、右翼とか左翼というレッテルは少なくとも韓国内では通用しません。

80年代になると共産主義終焉とソ連邦の解体を予告し、レーガン政権のソ連との対話姿勢に大きな影響を与えました。その後か北朝鮮の金日成とも会談し、ゴルバチョフとも相まみえました。このような相対立する思想を超えた運動ができたのはやはり文鮮明師の非凡さでしょう。

90年代は頭翼思想を唱え、もはや左翼と右翼が対決する時代ではないということを先取りし、宗教とイデオロギーの違いを超えていかねばならないという方向性を確立しました。

このような文鮮明師の壮大な歴史的ビジョンを統一シック達は結局誰も分かっていなかったのです。今も日本統一教会の幹部たちは80年代以前のイデオロギーに固執し思考は停止しています。文鮮明という偉大な方を信じていた弟子たちは実はなにもその理想と心情を分かっていなかったのだと私は今つくづく思います。

大先生が亡くなってもぬけの殻というのはなんとも空しい宗教かと思いますが、所詮、凡人がやる宗教とはそのようなものでしかないかとも思います。

たとえばインドのガンジーの理想にしても、結局、誰も相続しえなかったわけですから。

学会の池田大作さんはよく知りませんが、現在の公明党の活動ぶりをみえいると同じようなことが言えるのではという気もします。


「怨讐を愛せ」の意味

文鮮明師の言葉の中に「怨讐を愛せ」という言葉がありますね。この「怨讐」という言葉はそもそも日本語ではありません。なぜなら日本人にはそのような概念が存在しないからです。しかし韓国人ならおそらく誰でも分かる言葉です。すなわちその意味は日帝の併合によって受けた屈辱的な40年(実際はもっと長いですが)の期間を意味します。

ところが日本人はその意味がよく分からないので別の意味に解釈してきました。たとえば怨讐とは北朝鮮の事であるとか、あるいは共産党の事であるとか・・・。もちろん文鮮明師がそれは「何々だ」と言ったことはありません。おそらく直近の弟子にさえもその意味を解説してはいないでしょう。だから弟子たちが思い思いに解釈するのは仕方のない部分もあるのですが、私はその意味がまさに日帝による屈辱の40年しかないと確信しています。

ただし、私がこれに気づいたのは比較的最近です。それまでは文鮮明師のその言葉を抽象的に受け取っていました。しかし歴史を勉強し韓国と朝鮮人が日本人から受けた屈辱は、文鮮明師の運動の原点にあると確信するようになりました。にもかかわらず文鮮明師はその怨讐が何であるかということを誰にも告げずに、自ら率先して自分の怨讐の対象である日本の右翼たちを受け入れたのです。それこそが「怨讐を愛せ」の真の意味であると私は確信しました。

ただし、だからといってこの言葉に普遍的な意味がないというのではありません。イエスの言葉にも「汝の敵を愛せよ」という言葉がありますように、同じような響きと意味があると思います。たまたまその歴史の背景が違っているだけで、イエスの時はその「汝の敵」は当時のローマに他なりませんが、文鮮明師にとっては日帝に他ならないのです。人は必ず具体的な状況の中でなんらかの感情を学習するのであって、その意味では文師も自らの歴史的体験によってそのような感情を自分自身に刻み込み、それを自らの行動指針にしたのです。ここに文師の偉大性が私は信じています。

しかし残念ながら日本統一教会のシック達はおそらく誰一人文師のその思いを理解している者はいなかったでしょう。初代会長の久保木修巳でさえおそらく誤解していたと思います。というのは日本統一教会のシックはほとんどすべて戦後生まれか戦争を知らない世代だからです。

しかも彼らは歴史を軽視し宗教的な形而上学的世界だけを求めました。その結果、日本統一教会のシックは妄想が強く現実の世界を正しくみる能力を欠いてしまったのです。これが統一教会の今日の失敗に繋がっていると思います。自分自身が拠って立つところの由来を知らずに、形而上学的な道徳や理想を語るだけでは片手落ちだという事にいまだに誰も気づいていませんね。そのような意味では共産党に学ぶべきだと思いますけど、そういえば「やっぱり彼は左翼だわ」となるのでしょうね。

国際高速鉄道網は実現段階へ

文鮮明師の構想の中で本当に将来実現するかもしれない構想が国際ハイウェイ網、あるいは国際高速鉄道網です。この実現によって世界中の大陸(オーストラリアを除く)が地続きになり、飛行機を利用しなくても世界中を旅する事ができるようになります。当然この構想の中には日韓トンネル構想も含まれており、またベーリング海峡をつなぐ橋(又はトンネル)の構想もあります。

但し、日本統一教会のシックの方には残念ながらこの構想は今中国の技術を中心として現実化されようとしているのです。もちろん日本にもリニア鉄道の技術がありますが、中国ではそれをはるかに上回る技術が開発されています。それによるとジェット機よりも速いスピードでの高速鉄道の移動が可能になるとされています。

しかしなによりも中国の地点は地政学的な有利さにあるでしょう。中国はヨーロッパと地続きですし、ベーリング海峡をつなげばアメリカとも地続きになります。そして北朝鮮と韓国が統一されれば、北京から北朝鮮を経由してアメリカへ渡るという事も現実味をもちます。

このような構想はもはや夢物語ではなく、実際に中国政府が構想しているのです。もちろん日本でも統一教会の長年の努力で自民党議員の中に多くの日韓トンネル構想の支持者がいますが、肝心の政治的壁によっていまだに見通しがつきません。

しかし元々統一教会は日本の為にあるのではなく、世界の為にあるわけですから、中国で着々と進む国際高速鉄道網の構想には日本のシック達も歓迎すべきではないかと思います。それこそが将来文鮮明師が遺した偉大な先見の証だと言われる日が来ることを願って・・・。

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