監禁した側(親)と監禁された側(子)の対話? 

保護説得と親子関係(11)


家族以外の人物


司会:それでは、監禁後のお話に移っていきます。それぞれの立場からですね、今日のテーマの一番大事な部分の親子関係が、どのように修復していったのか、経験からポイントになることを、お母さん、麻子さんお願いします。

母:麻子がすごいアトピーになったのですね。買い物にも行けなくなるし、何もできなくなって、「お母さん来て」ということで、私は泊まりで、ずっと、麻子の面倒を見るようになりました。
 そこから少しずつ麻子の言うことをだんだん聞くようになったんだと思います。

『我らの不快な隣人』103?108頁を参照)

娘:アトピーになったのは96年7月に解放されてからすぐでした。アトピーは体中全身に出て、ステロイド剤の後遺症で、全身が腫れ上がるほど酷い状態で、体中から体液が漏れ出るという症状を起こしていまして、介護がなければ絶対一人では生活できない状況に追い込まれていました。

 そこで親と一緒にいるのは非常に精神的に嫌だったんですけれども、それでも居てもらわないとしかたないと諦めて、しかたなく母親に来てもらうことにしました。

 それと同時に、私の怒りというものを、毎日のように親にぶつけるようになりました。親の方は、怒りを徐々に受け止めていくようになったのだと思います。ただ、<何が私の怒りになっているのか>という点については、母親は、まだよく分かっていなかったようで 、それを理解するにはもっともっと時間がかかりました。

 私のアトピーが治まって、ホームページ(「夜桜餡」)を立ち上げて、ホームページの内容を印刷して両親に見せて、手紙を添えて、これを読んで感想を送ってくれるように頼んで、それで母親が、これはいけなかったということを、謝罪の手紙に書いてくれました。
 一言ではないのですが(一言しか書かれてなかったわけではないのですが)、ただ「悪かった」では、私の心はなかなか納得しなくて、本当に納得のいく回答が得られるようになるまでもっともっと時間を要しました。

 私は両親と徐々に話し始めるようになるのですが、その中でたとえばテレビとかドラマとかで、子供が両親から虐待を受けて、酷い扱いを受けて、心に傷を受けるような場面を見ると、フラッシュバックを起こすのですね。

 そのたびに、母親に
これと同じことをあなたはしてきたのよ
と、私は強く怒りをぶつけるのです。
 そうすると母親は最初のうちは「それは悪かったわね」と言うのですが、こうしたことが繰り返されていくと、「
なんで何度もこういうことで私を苦しめるの、私はいつまで加害者でいなくちゃいけないの
と、だんだん怒るようになってきて、これでは分かってくれていないと、まだダメだと思うようになりました。


 膠着状態は長く続きました。本当に分かってくれるようになるのは、やっと私が正社員になり始めた頃(08年1月頃)で、その頃になると、私が苦しかったことを言うと、「あれは悪かったことだったわ」と本当に、思い起こすように、言ってくれるようになりました。
 いまから振り返ると、繰り返し言うしかなかったと思います。

司会:監禁中、最も辛かったことは何ですか?
それからPTSDは監禁の後に出ると言われていますが、監禁中、その予兆などありましたか? テーマが重いかもしれませんが。

娘:はい、監禁中、辛かったことは、私を外に出しても良いとか、いけないとかいう人物が、私たち家族以外の人物がいるということ自体が、許せなかったです。

 また、監禁されている状態そのものも、すごく辛かった。親も妹も黒鳥(横浜の戸塚教会黒鳥栄牧師)の指示の元にロボットのように動いていましたから、そのような親との関係を家族団欒のように(表面を取り繕って仲良く)過ごすのはとても辛かったです。
 今まで親子団欒をというものを過ごした経験がなかったのに、拉致監禁の場ではじめて仲睦まじい親子団欒を演じていること自体に、気持ち悪さを覚えました。

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)の兆候ですが、監禁中から、まず過覚醒(極度の緊張)と睡眠障害が出てきました。朝起きられなくなってきました。毎日のスケジュールを私が決めて、朝何時に起きて何時から勉強会とスケジュールを決めていましたが、それが私から守れなくなりました。以上です。


母:戸塚教会の勉強会に参加されている脱会した方は、親子の関係が脱会してからうまくいっていない方の方が多いのですよね。

 ある方が座敷牢をやったというのですよ。そのとき私、座敷牢でもやるのだという感じにしか聞いていなかったのですが、そのお子さんが今、精神的にちょっと病んでいるということをおっしゃっていたのですね。
=この元信者は麻子を統一教会に勧誘した女性だと記憶する。保護説得による脱会後、「座敷牢、ナイフが怖い」と唐突に話すようになった。精神統合失調症を患うようになったと思われる。むろん、このことは「全国統一協会被害者家族の会」の相談担当にして聖職者でもある黒鳥栄女史はよくよくご存知のはず。娘の精神疾患の原因の一つには拉致監禁があったのではと両親が推測しなければ、まさに悲劇そのものであろう。その後、彼女がどうなったのか気にかかる)

「ああ、そりゃそうだろうな、そんなことされたら、自分だったらどのような思いがするだろうか、辛かっただろうな」と、最近、つくづく分かるようになったんですね。兄弟関係も、うまくいっていない方が多かった。

 前には(自分がどんなことをしてしまったのか)よく分からなかったのですよ、あんまり。
 でも、自分が監禁されたらどんなに苦しいかということがすごく分かるようになってきた。この子に可哀想なことをしたなって・・あんな酷いことを・・すごいことをやったのですよ、うちの場合は。心に傷がつくのも無理なかった。

 これ(監禁)は、やってはいけないことだと思います。もっと親子でなんでも話せるようにならなければいけないと思います。(涙)


米本:麻子さんに手紙で謝られるようになってからも、お母さんたちはずっと黒鳥さんのところの勉強会に行かれるわけですね。
 麻子さんが一方で苦しみ、それを看病しながら、お母さんは戸塚教会の勉強会で脱会の経験者として勉強会で話をする。

 それは矛盾することですが、その矛盾がどうやって解けたのか。

 1999年2月頃のことです。これはあとで、お二人に聞いてみたいのですが、今利理恵さんが黒鳥牧師と清水牧師を訴えた裁判の法廷が終わったあとの集会で、ご両親と麻子さんが一緒に参加して、麻子さんがみんなに訴えるのです。
 どのように訴えたのかは、麻子さんから聞いてもらって、そのあと、お母さんからそのときのことを話してもらえればいいと思います。(別表の1999年2月の項を参照してください。)

娘:裁判に行ったあと(の集会では)、それぞれ感想を一人ずつ話すのですが、私はみんなが「黒鳥先生に恩になったからと、(黒鳥先生の保護説得はなかったという主張に)賛成しているというのはおかしい」と言ったのですね。

 その後、黒鳥先生に呼び出されて「あなた、なんであんなことを言ったのよ。(私の主張に)賛成するのは当然じゃない」と言われて・・・。
 しかし、それはおかしい。やっていること自体、拉致監禁であって、言っていることも嘘八百だしと(私が)言っても(黒鳥先生は)「それは当然じゃない」と、嘘をついても当然なんだということを堂々と言っていました。それを聞いてこの人はもうダメだとはっきりと分かりました。

母:「高塚さん(今利理絵さんの旧姓)が裁判になる」と黒鳥先生がおっしゃって、そのときになぜか黒鳥先生が私にすごくあたったのですよね。

 黒鳥先生が言おうとしていることは、分からなかったのですが、「あなたが裁判になってもおかしくないのよ」とかいう。なぜ私を責めるのだろうと、そこのところは今でもわからない。私に当たりやすかったのか。麻子が、拉致監禁についてのホームページ(「夜桜餡」)を出したから、私に当たっているのか、ともかく、黒鳥先生が、私に当たるようになりました。
=黒鳥氏が麻子のホームページを嫌がっていたことは、詳細は省くが、いくつかの事実でも明らかである。
 そのうちの興味深い話を一つ。
 黒鳥氏の夫(学校の教員)と息子が、アトピーに苦しんでいる麻子のアパートにやってきて、「パソコンを教えてくれ」と言ってきたことがあった。それもたったの一回だけ。あとで考えるに、「ホームページのことをなんとかして」という黒鳥牧師の意を受けて、様子(パソコンの環境設定など)を見に来たのではなかったか・・)

 私も、裁判に行くようになって、(黒鳥先生は)間違ったことを言っていると感じました。
 結局、黒鳥牧師は、拉致監禁でやってきたことを、陳述書に「私が言ってなくて、これはこの人がやった」とか、違うことを黒鳥先生が書かせて、親子の関係をどんどん、悪くしていった。
 黒鳥先生や清水先生の主張が正しくて、高塚さんの子ども(=今利理絵さん)が訴えている「保護説得」などなかったということになっていけば、高塚さん親子の関係はどんどん悪くなっていく。

=ここのあたりの話は理解しにくいだろう。母親が言いたかったのは、次のようなことだと思う。
 被告弁護団とすれば、被告の黒鳥、清水を裁判で勝たせるためには「保護説得はなかった」ことにする以外になかった。
 そうなると、両親や妹、親戚などもそのシナリオに沿って証言するほかない。たとえば、「話し合いを嫌がっている風ではなかった」と、嘘をつかなければならなくなる。理絵からすれば、「なんで、お父さん、お母さん、平気で嘘をつくの」ということになる。その結果、理絵と親との関係は決定的に悪くなってしまう。
 そういうことを、母親はここで言いたかったのだと思う。
このブログで大和櫻さんが何度もコメントしているのと関係することである。 

 ある会合で、ある反統一教会の重鎮が「(理絵の)両親はともかく、なんとしてでも2人の牧師を救わなければ(裁判で勝たせなければ)ならない」と話していた?ことを思い出す。(これに関することは「弁護士山口広氏のコラムを評す」 を参照)

 こんな裁判で良いのかなと、こんな裁判に行かなくてもいいって言うか、そういう思いになりました。だから一切、裁判には行かない。もう、黒鳥先生のところには行かない、ということを(決心)しました。

司会:お母さん、離婚したとか言われたりしたのでしょ。

母:それからは、私は結局先生を裏切るのです。恩になっていながら、結局、教会に行かなくなる。行かないから結局、悪口を言われる。麻子の味方になっているから、拉致監禁の反対の味方になっているから、結局「あの宿谷さんとこへいってはいけないよ。電話してはいけないよ、宿谷さんの家族は離婚したんだと」か、悪いように言われていったんです。

=離婚のうわさ話を聞いたのは、宿谷家が新築し、そこにお祝いに出向いたときのことだった。
 ピカピカのリビングルームで、麻子と両親の3人と会っているときに、うわさ話を聞かせてもらった。
「私たちは離婚し家族はバラバラになっている、と言われているそうですよ」

 ところで、母親の統一教会に対するスタンスと、黒鳥たちのそれとは程度の差はあれ、同じである。それなのに、母親は「裏切り」と、自分のことを表現する。このことに大いに注意を払って欲しい。
 同じ反統一教会であっても、「保護(拉致監禁)説得」のことを公にし、それを批判する人は、裏切り者ということになるのだ。

 私も拉致監禁を批判しただけで、「統一教会寄りのライター」というレッテルを、反統一教会諸兄から頂戴した。
 一部の反統一教会の人たちにとって重要なのは、統一教会に対するスタンスではなく、「保護(拉致監禁)説得」に対するスタンス?ということなのである)


続く

故郷紀行(4)
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コメント

固定観念

宿谷麻子さんの証言は、本当に痛くて悲しくなってしまいます。人にこれほどの心の傷を与えて良い事であろうはずがありません。

しかも、それを企み、煽り、指導するのが・・・牧師・・・・。

そして、その実態をレポートし、批判すれば、”統一教会よりのライター”とレッテル張り・・・

なんとも、薄ら寒い話です。

統一教会憎しの固定観念に縛られ、心が縛られ、人の心を考える事、思いやる事が出来ない・・・そんな姿が浮かび上がってくるように思います。

この固定観念に縛られる事により、人が何を言っているのか、何を主張しているのか・・・その意味と意義を理解できない・・・

結局、こういう方たちに取り問題は、

統一教会に有利になるか不利になるのか
自分の主張に少しでも反する事があるかないか

だけが問題なのでしょう。

とにかく、物事を判断するには、物事を見つめる時に、固定観念を排する努力をしなければと思います。

身に付けなければ・・・と思います。


>「離婚し、家族はバラバラになっていると言われているそうですよ」

前に、ある方が「統一教会員は離教された方が不幸になる事を異常にに喜ぶ」と批判されていた事があるのですが・・・・・・なんとも・・・・・言いがたい気分にさせられます。

他宗教を信仰しているとしても人として尊敬できる人格が問われる?神様に近ければ自ずと人も万物も自然に寄ってくるものだと思います。反牧は、神の意図には、全く副っていないので八方塞がりになるでしょう。サウロがパウロに改心すれば又、別ですが・・重要なのは、神の目線でどうなのか?自分自身の良心で判断し行動できるようにすること教会であれ所詮は、堕落人間の組織・・世間も同じ・・魔に近いか神に近いか関わる人によって良くも悪くも左右される・・でも人を傷つけたなら償うという責任がなければならないのに反牧には、その意識が無いのが大問題でやっぱり高額謝礼金目当ての詐欺師と言われても仕方がないのでは?

拉致監禁について、親子でしっかり話し合われた麻子さんが羨ましいです。勿論、辛いことも苦しいことも一杯あったでしょうから、こういう表現は不謹慎かもしれません。
私の場合は、2度目の監禁時は母が精神的にノイローゼになってました。1回目の監禁時、偽装脱会して統一教会に戻り1年、親に連絡もとらず逃げ回っていたからこうなったんだ!と思い、罪悪感を感じてました。勿論、父、弟には抗議してましたけど。母が病気になるまで悩んでいたこと、比較的私を説得した人達は良心的で説得が的を得ていたことで、説得内容はすんなり入り、統一教会の間違いはすぐにわかりました。でも、即脱会には至らなかったので、余計に家族を苦しめてしまい、拉致監禁の辛さを訴えるどころではありませんでした。というか辛いという感情すら封じ込めて忘れてました。でも、やはり辛かったし、思い出すと怒りが出てきます。でも、今更親には言えないです。母は私が脱会したことで、元気になりましたが、また私が蒸し返すことでおかしくならないとも限らないし。それに14年も経ちましたし。

お正月のこと

久しぶりに、投稿してみようという気持ちになりました。

今年のお正月は、なんとも晴れやかな気分になれない正月でした。一昨年から昨年にかけての年末年始は、拉致監禁体験者のことは全く念頭になかったので、のんびりと過ごしました。

しかし、昨年7月に拉致監禁体験者の方とお知り合いになって以来、いつも、この瞬間、閉じ込められて激しい精神的肉体的闘いを強いられている人たちがいるという思いが、頭の中から去りません。

年越しそばを食べながら、苦痛の中にある人のことを思い、おせちをいただきながら、激しく闘っている人のことを思い起こしておりました。紅白歌合戦で歌って踊っているアイドルを見て騒いでいる娘の横顔を、何とも言えない気分で見つめておりました。「今この時に、一人で闘っている人がいるんだよ」と家内に言っては見たものの、どうにもならず、気分は新年を迎える気分にはなれませんでした。

拉致監禁をなくす会はもうすぐ定期総会を迎えます。議案書作成のお手伝いをしながら、少しでも協力できるかなという思いのみが、慰めを与えてくれます。拉致監禁牧師の教会を訪ねて見たいという思いは持ちながらも、まだ時間的余裕がなくて実現できておりません。次年度こそは、牧師のところに行ってみたいと思いますし、拉致監禁しようとする親と、子供の間に入れるようになりたいと思います。

宿谷さん親子の講演会は、私自身にとっても、拉致監禁をなくす活動に対して、ある種の決断をかなり迫られるものでした。拉致監禁をなくす会は2月の定期総会を持って新年度の活動に入ります。拉致監禁をなくすための飛躍が求められる年になりそうです。

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