田中さんの懲戒請求に関する意見書(1) 

「渡辺博弁護士の秘密めいた手紙(4)」

 これから、渡辺博弁護士への懲戒請求に関する私の意見書を公開する。

 その前に、渡辺さんとの個人的なことについて触れておく。

 私が最初に拉致監禁の事実を知ったのは、『我らの不快な隣人』(35?38頁、300頁)で書いたように、 荻窪栄光教会の黛藤夫氏の指導のもとに行われた「拉致監禁未遂事件」によってである。この事件の詳細は『救いの正体』の<ドキュメント救出>と、『教祖逮捕』の<家族の「苦悩」から「再生」へ>で書いた。
 
 『教祖逮捕』では、<ドキュメント救出>後のことにも触れている。

「私は事の重大さ(拉致監禁が行われているという現実)に気づき、この問題に関係する学者、脱会カウンセラー、弁護士の8人に原稿用紙にして40枚の手紙を送った。ひとりの弁護士を除き返事はなかった」 (259頁)

 このひとりの弁護士が渡辺さんであった。
 40枚もの手紙ゆえに丸2日間以上を要したと思う。みんなが深刻に受けとめてくれると思いきや、ナシのつぶて。フェイントをくらったような感じだった。
 それだけに、渡辺さんの「読んだ」という葉書は、ことのほかうれしかった。

 ちなみに、あとの人は杉本誠牧師(山崎浩子さんの脱会説得で一躍有名になった人)、川崎経子牧師(当時、谷村教会牧師、現「いのちの家」所長)、浅見定雄元東北学院大教授(反カルトのシンボル的存在)、山口広弁護士(全国弁連の代表)、滝本太郎弁護士(オウムで有名になった人。日本脱カルト協会事務局長)。あと2人は思い出せないが、『マインド・コントロールとは何か』を著した西田公昭静岡県立大学助手(現准教授)にも送った記憶がある。

 今から考えると、これらの人たちは拉致監禁のことをすでに知っていた、あるいは関わっていただけに、返事がないのは当然のこと。今となっては当時の私の無知を苦笑するばかりである。

 渡辺さんには感謝していることもある。それは、『カルトの子』では取材先を紹介してもらったことである。

 このように、渡辺博弁護士には感謝することあれど、紀藤正樹弁護士と違って不快な体験をしたことは一度もなかった。(紀藤弁護士から受けた不快な体験は「弁護士山口氏のコラムを評す?)」「弁護士山口氏のコラムを評す?」「弁護士山口氏のコラムを評す➇」を参照)

 しかし、渡辺弁護士に感謝の気持ちはあっても、田中幸子さん(仮名)の両親に送った手紙を無視することはできない。感情を棚上げして、是は是、非は非で臨むべきだと考え、懲戒請求書の添付資料として「意見書」を書いた次第である。

 説明が長くなりました。以下に「意見書」を添付します。
 意見書は長文なので、3回にわたってアップします。読みやすいように目次をつけました。

意見書(1)


一、はじめに
(1)私の経歴と立場について
(2)田中幸子さんとの関わりについて
二、渡辺博弁護士の手紙について
(1)虚言と誇張(事実に合致せず)
(2)虚偽の記述は何が問題なのか
(3)渡辺氏の手紙の虚偽記述以外の問題点
三、田中幸子さんが懲戒請求を出すに至った経緯について

(ゴチック部分が今回アップしたところです)

第二東京弁護士会御中

――田中幸子さんの懲戒請求に関連する意見書――
                       2009年3月30日
        ルポライター米本和広

 田中幸子さんが第二東京弁護士会に所属する渡辺博弁護士の懲戒を請求した事件について、意見を述べておきます。
綱紀委員会ならびに懲戒委員会での審議で、この意見書を参考にされることを希望いたします。


一、はじめに

 私の職業はルポライターです。
  これまでの取材体験上、統一教会や教会員が絡む事柄について叙述すると、統一教会側か統一教会に反対する側の立場に立つのか(カルトか反カルトか)が問われるのが常でした。本来は叙述の内容そのもので正否が判断されるべきなのですが、どうしても“政治的立場”が問われるようです。
そこで、最初に私の経歴と立場を明らかにし、そして懲戒請求者である田中さんとの関わりについて説明しておきます。

(1)私の経歴と立場について

? 私は宗教法人「幸福の科学」の取材をきっかけに、疑似宗教団体を含め新興宗教、十数年前からの流行の言葉を使えば、いわゆる「カルト」集団について関心を抱き、執筆してきました。
 これまで批判的に記事として取り上げたのは「幸福の科学」「コスモメイト」(現パワフルメイト)「法の華三法行」「顕正会」「浄土真宗親鸞会」「エホバの証人」「統一教会」「ライフスペース」「ヤマギシ会」の各団体です。執筆した媒体は主に月刊誌です。

 幸福の科学は『大川隆法百問百答』(宝島社)、ヤマギシ会は『洗脳の楽園』(洋泉社)、雑誌記事をまとめたものとして『教祖逮捕』(宝島社)を単行本として出版しました。また、統一教会やエホバの証人などカルト二世の現状については『カルトの子』(文藝春秋社)で明らかにしました。

?カルト批判記事を数年間にわたって書き続けていると、信者の家族からたくさんの質問や相談がきます。その中でも最も多かったのは「どうしたら信者を脱会させることができるのか」というものでした。そこで、私の問題意識はカルト批判からカルトからの脱会方法に変わっていきました。
 その取材の過程で、統一教会の信者に対する脱会方法として、信者を拉致し、監禁下で説得していることを知りました。カルトからの脱会活動は人権尊重、正義の実現として行なわれているものだと思い込んでいた私にとっては大きな衝撃でした。

?これを契機に、この世で誰にも知られていない、水面下で行なわれている拉致監禁説得のことをスクープしたいと考えました。取材対象者は価値中立的な元信者でなければなりません。拉致監禁説得から脱出して統一教会に戻った現役信者、また拉致監禁説得によって脱会し、その後反統一教会派となった元信者から話を聞いても、たぶんにバイアスがかかったものである可能性があったからです。

「拉致監禁説得によって脱会したが、その脱会説得方法についても批判的な元信者」という条件に叶った取材対象者を探すのはきわめて困難でしたが、ようやく3人の女性と出会うことになりました。彼女たちの証言をもとにまとめたのが、2004年11月号発刊の月刊『現代』の「書かれざる『宗教監禁』の恐怖と悲劇」というルポですので、資料として提出いたします。
 
?3人の女性の証言等によって、拉致監禁というショッキングな手法が信者にPTSD(心的外傷後ストレス障害)など重大な障害を与えること、仮に脱会に成功したとしても、家族関係は益々悪化する傾向にあることがわかりました。

?その後、このルポをベースにさらに取材を積み重ね、『我らの不快な隣人』(情報センター出版局、以下拙著)を08年7月に出版しました。資料として提出いたします。


 拙著で明らかにしたことは以下のことです。

(イ) 統一教会信者に対する脱会方法は、家族以外の第三者(日本基督教団をはじめとする牧師)が絡む場合、例外なく、信者を拉致し、マンションなどに監禁し、外に逃げ出すことができないような監禁状態で、脱会説得が行われている。(拙著14頁、160?163頁

(ロ) 信者家族が拉致監禁に至るのは、これもまた例外なく、以下の経緯をたどっている。
  統一教会を批判する書籍の巻末資料あるいはインターネットなどによって、脱会説得を手がける牧師の存在を知る。そして牧師が所属する教会などで行われる勉強会に参加し、「統一教会は犯罪者集団である。お子さんは統一教会からマインドコントロールされており、ロボット状態になっている。そのため、お子さんを脱会させるには保護説得するしか道はない。合同結婚式で韓国人男性と結婚し、渡韓すれば行方不明になってしまう」と教え込まれる。(拙著63?68頁)
  ちなみに、保護とはふつうの日本語でいえば「拉致監禁」のことです。

(ハ) 勉強会での牧師のトークはすべて誇張ないし虚言であり、「保護説得」に誘導するために、信者家族を脅すものである。犯罪者集団は虚言であり(拙著229?233頁)、マインドコントロール論は宗教学者、宗教社会学者が批判しており、科学の名にも値しない似非学説である。(拙著274?289頁)
「韓国に行けば行方不明になる」という説については、二回にわたって韓国に出向き現地調査を行った結果、虚言であることが判明した。(拙著317?321頁)

(ニ) 強制説得を経て脱会した元信者、あるいは強制説得の途中で脱出した信者は、その後、心的外傷後ストレス障害など精神の変調をきたすケースが少なくなく、また家族関係が悪化する。これは子どもが脱会した家庭でも同じである。(ルポおよび拙著205?208頁)


?『我らの不快な隣人』では、今回の渡辺博弁護士を含めた弁護士、研究者、牧師などを実名で批判的に取り上げました。そのため、本を出版したことを本で批判的に取り上げた人たちすべてに案内文(一部はメール)を出し、「間違った記述があれば訂正するので指摘して欲しい」と書きました。

  本を出版してから約8カ月間が経過しますが、1人の牧師から抗議があっただけでした。その牧師にしても電話で話し合ったところ、誤読であったことを認めてくれました。8カ月間抗議や記事の訂正要求がなかったからといって、本の記述すべてが正しいとは言えませんが、少なくとも重大な間違いはなかったと考えてもいいのではないでしょうか。

?拙著11頁を読んでいただけたらわかるでしょうが、私の立場は以下に述べるものです。
  統一教会には「正体を隠して勧誘する」「高額な献金をエンドレスで行っている」という問題がある。だからといって、統一教会に反対する人たちが水面下で行っている、暴力をともなう脱会説得は決して容認できるものではない。
つまり、是は是、非は非、「是々非々」の立場です。

本の出版以降、特定商取引法違反で現役教会員が営む物品販売会社に捜索が入り、現役教会員が逮捕されるという事件が起きました。
こうした事件が起きているからといっても、拉致監禁が認められていいということにならないのは、当然のことです。

?付言しておけば、12年間監禁されていた後藤徹氏が逮捕監禁罪、監禁致傷罪、強要未遂罪で監禁に関わった家族と2人の脱会説得者を刑事告訴しました。(この事件の概要は『我らの不快な隣人』のエピローグで書いています)。それを受けて、警視庁と荻窪警察署の刑事課が合同で捜査し、この2月に東京地検に書類送致しました。現在、検察の取り調べが続いています。


(2)田中幸子さんとの関わりについて

『我らの不快な隣人』の裏背表紙には私の連絡先が明記されています。
パソコンのメールアドレスを通して、これまで5人の方から相談が入っています。2人は信者家族からのものであり、あとの3人は拉致監禁絡みの相談です。そのうちの一人が田中幸子さんでした。
 田中さんからの相談は「渡辺博弁護士という方から両親に手紙が届いている。不気味な手紙であり、拉致監禁とも関係するので、一度、手紙を読んでもらえないか」というものでした。
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コメント

意見書(1)を読まさせていただいて。

意見書(1)を読まさせていただいて。

管理人様の、尋常ではない堅い意思の力を感じ、
このテーマは大変な内容なのだと知りました。

きっと。命懸けで取り組んでらっしゃるのでしょう。
  • [2009/10/22 00:13]
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心の眼を閉じないで

米本和広さんが書かれた文章を読むと、あたかも、正当防衛や緊急避難を認められた人に向かって違法行為をなじっているかのような印象を受けます。
つまり「感情を棚上げして、是は是、非は非で臨んでいる」のではなく「因果関係を無視して、是は是、非は非で臨んでいる」ということです。

ところが、警察官や検察官、判事など法務担当者は、職業柄、因果関係を無視することはできないので、統一教会員に対する保護説得事案を原因から掘り下げて調べた結果「事件性、違法性はない」と判断することが多くなっているのでしょう。

なぜ、米本和広さんが頑なに「因果関係を無視して、是は是、非は非で臨んでいる」のかは不明ですが、話題を盛り上げて関連著作の出版部数を伸ばそうなどという意図はないと思います。
しかし、無意識のうちに「因果関係には目をつむり、話題をセンセーショナルに膨らませようと行動してしまっている」ように見受けられるのです(また、最近では当ブログにおいて、統一教会員と思われる者たちに賛美のシャワーを浴びせられ、その傾向が日に日に助長しているような感さえあります)。

出版されたばかりの洗脳の楽園を読んで以来すっかり米本ファンとなっている者として、このままでは「事実を客観的に叙述し報道するべきジャーナリスト」としての社会的信用が失墜してしまうのではと危惧する次第です。

緊急避難・因果関係

 「一米本ファン」さんへ
(ファンと言われると、面映いので、別のハンドルネームにしていただけるとうれしいのですが)

『洗脳の楽園』」を読んでいただいたとのこと。ありがとうございました。

 ところで、投稿を読みましたが、納得できないことがありました。まず、「因果関係」についてです。
 文脈からすると、何らかの原因があって拉致監禁という結果が生じている。この原因について「ファン」さんは何も語られてないのですが、おそらく、最近の経済犯罪事件などを含め統一教会の社会的な問題点のことだと思います。

 つまり、ご主張は「統一教会には社会的な問題点があるから拉致監禁されるのだ。その因果関係を米本は無視している」ということだと思います。

 まず、「原因」のほうですが、統一教会の問題点については『我らの不快な隣人』の第11章、「お知らせ(15)」でアナウンスした『宗教と事件』(学研)の「統一教会と事件」で、さらにはこのブログ「統一教会考(4)~(9)」でも書いています。古くは「ドキュメント救出」でも聖本献金のことを批判しています。

 つまり、ファンさんが言われる「結果」(拉致監禁)のみならず、「原因」についても言及しています。

 では、「原因」は「因果関係」として必然的に「結果」に結びつくものでしょうか。拉致監禁された人、また拉致監禁されようとしている人は犯罪に関わったことがあるのでしょうか。

 経済犯罪事件として摘発された北玄、新世、共栄、エム・ワンなどの社員信者の場合、親から拉致監禁されても、直接的な因果関係はないにしても、やむを得ないことと思っています。
なぜ、直接的な因果関係はないのか。それは親が犯罪の事実を知った場合、警察に通報するなり、自首を勧めたりすることができるからです。

 話を戻せば、統一教会には多くの社会的問題点があるから、拉致監禁されてもしかたがないという「因果関係」はないから、抹茶さん(反統一教会)も幽霊食口さん(統一教会)も、統一教会の問題と拉致監禁問題とは別次元のことだと語っています。お二人から批判されたちゃびさん(おそらく反統一教会)も「確かに拉致監禁はよくないですね」とある程度、納得されたようです。

統一教会の社会的問題点と拉致監禁に因果関係があるとすれば、それは「統一教会から脱会させるには保護説得しかない」という牧師のトークが媒介になっているということです。

もうひとつの論点、 ファンさんが語る「因果関係論」と密接に関係する「緊急避難」論(正当防衛は意味が違う)ですが、拙著の171~172頁で書いた通り、緊急避難として信者を拉致監禁することは認められませんでした。
 それゆえ、今利理絵さん、アントール美津子さん、富澤裕子さん、寺田こずえさんの裁判では、牧師側の代理人となった弁護士は「緊急避難」の主張はしなかった。
 なぜ、緊急避難は適用できないかについては「統一教会考(1)~(3)」で触れていますので、目を通してください。

 緊急避難が適用できないことがわかり、一時期、自力救済論を主張したことがあります。これは、拉致監禁で訴えられたエホバの証人の草刈牧師の裁判で登場した理論で、早稲田大の棚村教授が提唱したものです。しかし、裁判所は相手にしませんでした。

 このように緊急避難論(その亜流としての自力救済論)は論理的にも現実的にも、拉致監禁事件では適用できないのです。

 ファンさんは、私が心の眼を閉じ、無意識のうちに、因果関係論や緊急避難論を避けていると批判されていますが、前述した4人の裁判記録、緊急避難の適用ができなかったと反省の弁を述べられている郷路弁護士の総括文章、棚村教授の論文などを読んだ上で、因果関係論や緊急避難論は、拉致監禁事件と関わりがないと判断しているのです。

 もし、拉致監禁は緊急避難として違法性は阻却されるという論文があるのなら、教えてください。心の眼を開いて、熟読することにしますので。


 話題をセンセーショナルに膨らませようと行動してしまっている」ように見受けられる?

 拙著の第一部を読まれたのでしょうか。拉致監禁によって心療内科に通院せざるを得ない人たちが存在するのです。診断名はPTSD。ちなみに、この場合の因果関係、すなわち拉致監禁とPTSDとの因果関係は精神科医が認めているところであります。PTSDは原因を作った人に損害賠償請求をすることも可能で、実際に損害賠償の判決(主に交通事故に起因するもの)が多数下っています。

 拙著以後にも新たに2人が、PTSDと診断されました。1人は19年前、もう1人は8年前に拉致監禁された人です。診断されるまでの期間は、回避という行動様式で、抑鬱状態を引きずりながらも、精神の安定をどうにか保ってきたようです。(回避については左カテゴリーで紹介した『PTSDとトラウマのすべてがわかる本』を読んでください)

 拉致監禁後に抑鬱状態に悩まされ、心療内科で「PTSDではなく鬱病の診断を下された人たち」が相当数いると推測しています。鬱病ではないから、鬱病の薬を飲めば、精神状態はさらに悪化します。<どうしたら、この鬱々とした気分、気力がわいてこない状態から抜けきれるのか>。そう、苦しんでいる信者・元信者は少なくないと思っています。

 拙著では3人の元信者がPTSDと診断されたことを明らかにしました。3人だけの特殊な事情があったのではないかという陰口も聞きましたが、「拉致監禁をなくす会」が誕生し、また最近では統一教会もようやくにしてこの問題に取り組むようになり、拉致監禁問題に光があたるようになってきました。光があたればあたるほど、自分の鬱々とした気分はPTSDによるものではないかと思い、あらためて心療内科を受診した結果、PTSDと診断される事例が増えてくると予想しています。

 こうした事実を書くことがセンセーショナルを膨らませることだとは決して思っていません。ぜひ、『洗脳の楽園』だけでなく、『我らの不快な隣人』を読んでみてください。

雑感

統一教会員の賛美のシャワーなんか普通の感覚の持ち主なら気持ち悪いだけでしょ(笑

ずれた「賛美」なんかされても皮肉にしか思えないですし。



統一教会がたとえ「悪」でも、教会員個人を「拉致監禁」することは許されません。
夜桜さんやみさちさんの経験を読んで、自分がそういう目にあったらどう感じるか想像したらいいと思います。

私はあんな目に遭わされたら関わった人間を絶対許しません。

一米本ファンさん

私は統一教会が大嫌いな元協会員です。
教会在籍当時、拉致監禁被害体験者が数人周りに居ました。

一人は「内務」をしていましたが家族の反対が酷く、自宅へ帰り、通教になりました。その状態で拉致監禁されました。

彼女が何か違法なことに携わっていたんでしょうか?
内務と言うのは、先輩家庭宅での「家政婦」のようなものです。統一教会の信者の家庭の家政婦は「違法」な仕事なんでしょうか?

統一教会よりも「悪」な団体(宗教団体とは限らず)もありますが、そういう団体構成員への「拉致監禁」脱会工作なんて聞いたこともないですが、何故ないんでしょう?
教えていただけますでしょうか。

たとえ話から入ります

あなたに最愛の家族がいるとします。子供でもいいし親御さんでもいいし兄弟姉妹でもいいでしょう。とにかく大切でいとしい家族の一員です。

ところで、世の中には狡猾な宗教団体もあります。世間向けの教義やスローガンでは真の愛や世界平和、純潔など美しい言葉を並べ立て、実際にやっていることといったら、正体を隠して人々に近づいては、組織的計画的に賛美したり脅したり賺したりして心理状態を誘導し、自分の血統は汚れているだの先祖が苦しんでいるだの子孫に害が及ぶだのといった恐怖心を植え付け、それだけではなく、他人から団体の真の姿を指摘されて、せっかく身も心も捧げるようになった信者が離れていってしまうのを阻止するために、世間や、あまつさえ自分の親兄弟までもがサタンだと信じ込ませ、聞く耳を持たせなくする。そして、いつの間にか被害者だったはずの信者が、新しい人を騙し脅す加害者に成り果てる。

そんな狡猾な宗教団体に、いつの間にかあなたの最愛の家族が取り込まれてしまったら、どうしますか?多くの人は辞めて欲しいと思うでしょう。でも、時はすでに遅しで、教団から抜けたら地獄に落ちると信じ込まされている。だから自ら脱会することは考えられない。そのような状況となったら、助け出したいと思いませんか?

ところで、統一教会が主張している拉致監禁という言葉は本当に実態に合ったふさわしいものでしょうか?もし、本当に実態として拉致監禁が行われているのなら、警察に事実関係を告げることです。その内容から事件性ありと判断できるのなら、拉致監禁をした者は捕まり、起訴され、有罪となり、罰せられます。

しかし、状況を総合的に見た場合、それは違法行為を行う狡猾な宗教団体からの保護だと判断できる場合はどうでしょう。司法当局は、当然のことながら、保護した者を罪に問うことはありません。そして、違法行為を行う狡猾な宗教団体への監視を強め、家宅捜索や犯人逮捕により証拠固めをし、被害の拡大を食い止め、ゆくゆくは宗教法人格の剥奪をも行われるかもしれません。

だから、軽々しく拉致監禁などという言葉は使わないことです。どうしても使いたかったら、事実関係を洗いざらい警察に提出し、告訴する。そして、相手の有罪判決を勝ち取る。そうしたら、正々堂々と拉致監禁という言葉を使ってよいし、世間に対する訴えの説得力も増すというものです。

ちなみに、狡猾な宗教団体に取り込まれた、あなたの最愛の家族は違法行為に直接はタッチしていないとします。しかし、そのような反社会的な組織からは一刻も早く引き離したいですよね。今のところ、せいぜい背後からの支援レベルに止まっているとしても、間接的に違法行為を支えているのは間違いなく道義的な責任は免れませんから。そして、そのまま居座れば、いつ何どき兵士として最前線に送り込まれるか分からないのです。もしそうなったら、あなたの最愛の家族は犯罪者の烙印を押されてしまいます。

VIPゆえに霊感商法などの違法行為を行わずに済んでいる桜田淳子がなぜ芸能界に復帰できないのか。それは、統一教会の広告塔となり、反社会的な活動を側面から支えているからに他なりません。側面からといっても、影響力は大です。あの大物歌手だった桜田淳子でさえ私達の仲間だ。やはり統一教会が行っていることは正しいのだ、という確信を信者に与えかねません。そうすれば、違法行為に従事している信者の励みにもなるし、つまり反社会的な活動を助長していると言えるのです。そう言えば、「霊感商法のどこが悪いんですか?」といった趣旨の発言をしていましたね。

P.S.
 ラテン語のJohannes(ヨハネス)、英語のJohn(ジョン)、フランス語のJean(ジャン)にあたる、スペイン語のJuan(フアン)からとって、この次からHNをフアンとします。

拉致監禁は拉致監禁でしょう?
保護なんていうのは言い換えに過ぎません。

桜田さんは復帰しなくても、信者の支えにはなってますね。
「霊感商法」のどこが悪いんですか?なんて発言をしたら復帰は出来なくて当たり前でしょう・・・何が言いたいんだか。

話をずらされただけみたいな気がします。

「統一教会」が主張する・・・ではなく「体験者」の体験を読めば、拉致監禁はあると言う判断になりますけどね。
教会に戻った信者だけでなく、元信者さんの体験などもありますし?

ついでに。

親子でも「他者」なんですから他者の心に土足で踏み込むのはいかがなものかと思いますけどね。

心を傷つけるやり方はしないでほしいと言っているのに・・・それがわからないんだからよっぽど「思い込み」の激しい人なんだなと思います。

「統一教会はいいといわれるように云々」と書く現役さんと同じような気がしますけどね。。

議論の進め方

 ファンさんへ

 ファンさんは、「心の眼を閉じないで」で、「因果関係」「緊急避難」の問題を提起されました。それに対して、私は丁寧に回答したつもりです。私が心の眼を閉じていないこと、また話題をセンセーショナルに膨らませようと行動してしていないことについても具体的に書きました。

 そして、「もし、拉致監禁は緊急避難として違法性は阻却されるという論文があるのなら、教えてください」と、質問しました。
 さらに、拉致監禁を媒介とする説得は、PTSDを発症させる危険な脱会方法であることを指摘し、『我らの不快な隣人』を読んでくださいと頼みました。

 しかし、「たとえ話から入ります」では、因果関係のイの字も、緊急避難のキの字も、書かれていません。これはどういうことでしょうか。

 議論をする場合、自分が出した問題提起に回答があれば、新たな論点を出す前に、まず、それに応えるのが先決です。それが「議論の進め方」のルール、マナーというものです。
 先にも触れたように、私の回答にはファンさんの問題提起を受けて、PTSDという新たな論点を提起をしています。これこそが「火の粉」の元のメインテーマです。それについても自分の見解を述べた上で、次に進むべきでしょう。

 私は実名を出していますし、ブログの管理人でもあるため、問われたことには回答しなければなりません。これまで何人かの投稿者のように、都合が悪くなると「これで消えます」ということはできないのです。

 時間をかけて回答文を書いても、それにはノーアンサーで、新たな論点を提起される。時間をかけたことに徒労感を覚えます。
 新たな論点について回答するのは管理人の義務だといっても、生身の人間ですから、疲れます。

 このコメント欄は2チャンネルなどの掲示板と違って、書きっぱなしのような欄にしたくありません。新しい事実、情報の提供の場であり、情報交換の場であり、同時に、議論の場になることを願っています。

 議論になれば、双方の事実認識や考え方の違いが鮮明になり、どちらかが、認識が間違っていた、認識を改めることにする-ということになっていきます。そうすれば、発展性があります。

 統一教会問題と拉致監禁(保護説得)との間には因果関係がある、拉致監禁(保護)の違法性は緊急避難によって阻却される-ということに納得できれば、私は認識を改めることができます。そうなれば、私にとっては進歩となります。

 もし、以上のような「議論の進め方」に同意されるのであれば、先にファンさんが提起された「因果関係」「緊急避難」について、私の回答を読まれて、どう思われたのか、書いてください。

 それから、新たな論点に入りたいと思います。

保護か拉致監禁か」についてはすでに「一筆一論」で予定稿を用意しています。そこで議論したいと思います。
自ら脱会することはできない」の指摘については、次回にアップする予定の「意見書(2)」で書いています。あと1、2日したらアップしますので、そこに投稿してください。
警察の問題」はすでにアップしている「統一教会考(1)~(3)」のコメント欄に書き込んでください。

 これは管理人からのお願いです。

 以前にも何度か注意を喚起したことですが、個々のブログのコメント欄はできるだけ、そのブログのテーマに合ったところに書き込んでください。そうでないと、ブログ欄とコメント欄は遊離してしまい、コメント欄だけが過熱し、ときには炎上することもあります。ご協力をお願いいたします。

 ついでに言えば、前回、「一米本ファン」というハンドルネームは変えて欲しいとお願いいたしました。このハンドルネームにこだわりがあれば別ですが、そうでなければ管理人の希望に応えていただけないでしょうか。

逆でしょう。
実態としては、違法行為を行い、親をサタンと信じ込ませるような反社会的な集団からの救出保護です。
反社会的な集団側が戦略上、そのように言い換えているのです。

もっとも、当事者同士の意見の食い違いはよくあることで、さほど重視する必要はありません。
重要なのは、客観的な立場で事実関係を吟味する司法当局の判断です。
  • [2009/10/23 09:02]
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  • 横からすみません
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なんだかな・・・

「救出」された元信者さんの心の傷はどうでもいいということですか。

違法集団から「救出」すれば、後はどうなろうと知ったこっちゃないんですか。

「カルト」の周辺にいる人たちって言うのは・・・なんだかな・・・な人が多いですね。。

読んでて疲れます。

だから「カルト村」のブログは読みたくないんですよね(米本さんのブログを除く)。


親をサタンと信じ込ませる?

本来の記事のテーマからは少し外れますが「拉致監禁」を「保護説得」として正当化する為のキーワードにもなってるように思えてどうしても気になるので書かせていただきます。
私は在韓の現役信者です。信仰を持って25年になります。韓国に来てからは13年が経とうとしています。
しかしこの25年の間に「親はサタンであると信じ込まされた」などということは一切ありません。そういう教育も受けた記憶がありません。また「原理講論」を始めとする文先生の御言葉もたくさん読みましたがその中にもそのような言葉が書かれていた記憶がありません。むしろその反対の御言葉はたくさん書かれています。
つまり一部の「アベル」という立場の人の中には「親をサタンと思え」などと言う人がもしかしたらいたのかも知れませんが、「統一教会」としてそういう教育をしてはいないし、ましてや「信じ込ませる」となると「親=サタン」であることを証明するだけの相当な根拠や説明が必要になると思うのですがいったいその根拠はなんのなのでしょう。私が知りたいくらいです。
一米本フアンさんがおっしゃる「親をサタンと信じ込ませている」というのはいったいどこから出てきた物なのでしょうか。
私にはむしろ一米本フアンさんが「統一教会では親はサタンであると信じ込まされている」と信じ込まされているように思えます。

親をサタンですか・・・

原理を受け入れたほうが神側、この世はサタン側と区別はしますね。

原理を受け入れていない親はサタン側であり、救うためには原理を受け入れてもらわなければなりませんから親をサタン呼ばわりしたら、ダメですよね。

アベルには親にサタンだと言って親を怒らせた人の話をされ、そういうことを言ってはいけませんよ・・・とは言われましたね。

私は親には教会のことは言いませんでしたが、親が気が付いてキリスト教会に聞きに行き、恐ろしいところです、と言われたと言っていました。

キリスト教会にしたら、偽キリストを信じているところだから「恐ろしいところ」と言ったのでしょうが、普通の人が「恐ろしいところ」と言う言葉を聴くと「犯罪者の集団」ではないかと思うでしょうね。

危険な思想

 猫さん、久しぶりの投稿ありがとうごさいました。
 
 統一教会は「親はサタンであると信じ込ませている」-については、猫さんが指摘されている通りだと思います。

 『我らの不快な隣人』には信者、元信者を問わず、数十人の監禁体験者が登場しています。インタビューでは、この親=サタンについても質問しました。その結果、1人を除いて、全員が「親はサタンだなんて教えられたことはない」というものでした。

「当時、私は親に、あなたはサタンだと言ったことがある。今から考えるとなんとバカなことを言ってしまったか。悔やんでいます」

 こうに答えた人は、今から30年以上も前の1976年に監禁された現役信者さんです。
 その後、親は拉致監禁を謝罪し、今では親子の関係は表面的なものであっても再生しています。

 その意味で、猫さんの「一部の<アベル>という立場の人の中には<親をサタンと思え>などと言う人がもしかしたらいたのかも知れませんが」と留保をつけられたのは、誠実な態度だと思いました。

 そもそも、親がサタンだと本気で信じ込んでいる人がいれば、サタン(親)に「ご無沙汰しているけど、元気にしていますか」なんて言葉を手紙や電話などで声をかけることなんかしません。思い込みという呪縛を一度、解き放ち、常識で物事を考えてみてください。
 親はサタンなんかではなく、親は親だと思うから、たまには「元気にしている?」と電話をかけるのです。

 「横からすみません」さん、投稿ありがとうございました。

「親をサタンと信じ込ませる反社会的な集団からの救出保護」と書かれていますが、前段の部分は猫さんが体験に基づいて反論されていますので省略します。問題は後段の「反社会的な集団からの救出保護」という部分についてです。

 一般に、キリスト教系の宗教団体は神かサタンか、天国か地獄かといった二元論思考で物事を考える傾向が強く、その中でも、聖書原理主義のエホバの証人はとりわけそうです。

 夫が非信者で、妻が現役信者の場合、妻は夫のことをサタンがついていると考えます。心の中でそう思っているだけでなく、子どもに「お父さんにはサタンがついている」と話します。
また、家族だけでなく、たとえば伝道訪問で、冷たくあしらわれると、「この家はサタンだ」といった考え方をし、実際にその家から離れるときに、口にする信者もいます。
 こうしたエホバの証人を反社会的集団だと思われるのでしょうか。教えてください。

 もし反社会的集団だと言うなら、ファンさんや「横からすみません」さんによれば、「救出保護」しなければなりません。反社会的な集団であれば、親であろうがなかろうが、伝道訪問にきた人をとっつかまえて(保護し)、エホバの信仰を捨てさせなければなりません。
 どこに保護しましょうか。
 エホバの証人は20万人(実数)はいます。マンションじゃあ、収容できないから、ハンセン病患者が経験したような隔離施設(拙著233頁参照)に、収容するしかありません。

 反社会的集団は救出保護しなければならないという考え方は、上から目線の裁きの思想です。そこに危険性を感じるのです。

 ところで、何をもってして「反社会的」と規定できるのか。それはその国の体制や時代によって違ってきます。

 戦時中は、共産党員・シンパのみならず、反戦思想をもった人でさえ、反社会的(非国民、アカ)だとされ、留置場に隔離されました。留置場で拷問を受け惨殺された小林多喜二の事件はあまりにも有名です。

 旧ソ連や中国では、体制を批判する人たちは反社会的、反国家的の烙印を押され、思想改造収容施設に送りこまれました。中国では今でも思想改造施設がカムフラージュされた形で存在し、秘かに逮捕され、そこに送り込まれているそうです。

 統一教会は反社会的集団であり、その一員である教会員は救出保護し、脱会(思想改造)させなければならない。この思想は、日本の戦前戦中、旧ソ連や中国と通底するものがあり、とてもきな臭い臭いがします。

 日本は戦前・戦中の歴史を反省し、思想信条、信仰の自由を憲法(国家から社会への約束)にうたいました。
 その結果、オウムであろうが、反社会的集団だから“救出保護”し、思想改造(脱会)するようなことはしていません。オウムの場合、破防法の対象団体に指定しただけです。

 ところが、こと統一教会員だけは“救出保護”し、脱会させなければならないと考える人たちがいます。それは国家でなく、社会の一部の勢力です。一部の勢力とは、キリスト教の一部の牧師たちであり、ファンさんであり、「横からすみません」さんたちです。
 そうした勢力がまだ社会の一部ならいいのですが、社会の大勢になることを、私は恐れています。

 幸い、エホバの証人を“救出保護”してきたバプテスマ連盟の牧師たちは、草刈牧師の敗訴をきっかけに、思想改造にコミットメントすることをやめました。
統一教会員の脱会に関わってきたプロテスタント最大組織の日本基督教団に所属する牧師も大半が、今利理絵さんの裁判を契機に(牧師側が勝訴したにもかかわらず)、手を引きました。今でもやっているのは、「いのちの家」所長の川崎経子牧師、元吹田教会の牧師だった豊田通信牧師、元立川教会の牧師だった愛澤豊重牧師などです。(名前を特定できないが、まだ数名はいる)

 かなりの人たちが手を引いたのは、“救出保護”といっても、実態は拉致監禁であり、監禁下での脱会説得であることを認識したからです。

ただし、神戸真教会の高澤守牧師や、倉敷めぐみ教会の高山正治牧師は相変わらず、拉致監禁に手を染めており、その他の福音系の牧師も手を引いたという話は伝わってきません。


 抹茶さんが「カルト村のブログ」を読みたくないとおっしゃる感覚はよく理解できます。それは、“カルト”に関する事象を、キリスト教系諸団体の如く、カルトか反カルトかという狭い狭い枠の中でしか発信していないからです。簡単にいえば、品がなく、つまらない。

 仮にその狭い枠の中であっても、統一教会だけでなく、エホバの証人、親鸞会、顕正会、幸福の科学、創価学会、アレフ、光の輪など、議論の対象となるような団体のことを、もう少し勉強され、客体化したうえで、発言されることを切望します。

(追記)NY65さん、勘違いに気づかれて、安心しました。指摘すべきかどうか迷っていたもので。

恐縮です・・・

どうも恥ずかしい限りで,米本さんにもご心配して頂き恐縮です。

私は,統一教会の非常識な行いが拉致監禁を容認する土壌となっていると思っています。例えその点が解消されても,一部に確信犯がいる以上,拉致監禁被害は容易にはなくならないと思いますが,拉致監禁対策に真剣に取り組むと言っている統一教会側としては,その点の重要性を認識してしっかりと対策をして欲しいという気持ちを持っております。

ですから徳野会長が選挙で再任されたと聞いた時,拉致監禁被害に真剣に取り組むと言っておきながら,何で全く逆方向の,そんな非常識なことをするのか・・・と早とちりしてしまい,血圧が上がってしまいました。お騒がせして申し訳ありませんでした。

一米本ファンさん

心の目を閉じないで、米本さんの返事をお読みになってくださいませ。

このまま無視なさるのであれば、都合の悪いことは無視する「カルト」さんたちとそっくりのような気がします。



米本さん
今「救い」の正体を読んでいます。
109ページに登場する西本願寺派の高僧のような深く大きな心を、統一教会反対派の方が持っていらっしゃればな・・と思いました。

因果関係

 NY65さん、わざわざの謝罪、恐縮至極であります。

 徳野会長の再任の時期の勘違いは、あくまで勘違いですから、仕方がないことなのですが、次の一文は看過できません。

「統一教会の非常識な行いが拉致監禁を容認する土壌となっている」

 全面的に否定することはできませんが、ファンさんの考え方と通底するものがあるように思えてなりません。

「非常識な行い」をやっているところは、エホバの証人や親鸞会、顕正会、摂理、旧オウムも同じです。

 とりわけ、オウムの場合、一部の幹部だけの行為とはいえ、多数の人を殺しました。しかし、新たにリンクを貼った「幻想の崩壊」の管理人さん(オウム信者歴20年)によれば、前から書いていたように、サリン事件以降、拉致監禁は一件もないということです。

 これは、いったい、どういうことでしょうか。真剣に考察すべきことではないでしょうか。

 ブログの最新の記事のテーマから大きくそれるので、ここでは詳述しませんが、冷静かつ冷徹に考えてみて欲しいのです。
「非常識な行い」(社会的な問題点)をすれば、その集団の一員は拉致監禁され、そして「非常識的な行い」ゆえに拉致監禁は受容される。これが正しいとすれば、なぜ、「非常識な行い」の極みをやったオウム信者は監禁されないのか。どうして、統一教会だけに適用されるのか・・・。

このことについては、いずれ「危険な思想」をベースに、考察するつもりです。 


 ところで、ファンさんは私に「心の眼を閉じないで」と書かれました。私はきちんと回答したのに、返事がいまだありません。心の眼ではなく、「口を閉じられた」のでしょうか。
 反統一の立場に立つ抹茶さんのいくつかの問いかけにも、全く返事がないのはどうしてでしょうか。
 反論されて返事に窮すると、コメント欄から退場される。その割合は、統一よりも反統一の人たちのほうが多いように思います。 

米本さんへ

>「統一教会の非常識な行いが拉致監禁を容認する土壌となっている」

> 全面的に否定することはできませんが、ファンさんの考え方と通底す
>るものがあるように思えてなりません。

誤解を与えるような表現で申し訳ありません。例え統一教会が非常識な集団であっても拉致監禁が容認される正当な理由にならないことは当然のことだと思っております。

しかしながら,現実には警察までもが容認してしまう事実がある。確信犯は別にして,警察の一部の人間や中立的な立場にいる人の場合,何故このような酷いことを容認してしまうのか。確信犯たちによって過度に統一教会のマイナスイメージを植え付けられている面や拉致監禁の酷い実態を知らないという面があるにしろ,統一教会の非常識な行いが,中立的立場にいる人の心理状態を「やはり容認せざるを得ない部分もあるのかな」というような気持ちにさせてしまっている面も多分にあると思います。そういう意味で「拉致監禁を容認する土壌」と表現しました。

確信犯のデマ宣伝に対しては,きちんと反論し,間違いを正すことは当然必要で,拉致監禁の酷い実態を世に知らしめる活動とともに,拉致監禁被害をなくすためのメイン的な活動と言えると思います。

しかし,サブ的な活動として,中立的な立場の人が統一教会を擁護し,拉致監禁というやり方はおかしいと言いやすくする環境を整えること(非常識な行いの払拭)も必要だと思っています。

メイン的な活動(デマに対する反論,酷い被害実態の広報等)の場合,確信犯を直接相手にするので,相手側の抵抗も大きく,あの手この手で妨害してくるでしょうからなかなか大変なことだと思います。

サブ的な活動(非常識な行いの払拭)の場合,統一教会側が自分たちの行いを社会的に認められるように正していくことなので,相手がいるわけではなく,自分たちだけで実行できるので,メイン的な活動に比較すると実行しやすいのではないかと思います。

そういう意味で比較的実行しやすいサブ的な活動がきちんとできていないようでは,メイン的な活動も大したことはできないだろうと思ってしまい,血圧が上がってしまったのです。

パパイヤ

 なぜ考え方を変えさせるために拉致監禁という手段が統一教会だけ起こるのか?確かに謎ですね。
 統一教会がどう認識しているか、ホームページには、異端というキリスト教との対立、反共(国際勝共連合)という共産党社会党などとの対立、キリシタン狩りの歴史という風土が挙げられてるのですが、自分が一番これだろうな、というのは書いてなかった。それは朝鮮人への差別感情です。
 「韓国に行けば行方不明になる」という説について管理人さんは現地ルポされているわけですが、この説を弁護士が引用するのだから「効果あり」と感じた証拠ではないでしょうか。

> なぜ考え方を変えさせるために拉致監禁という手段が統一教会だけ
>起こるのか?確かに謎ですね。

ビジネスになるからでしょう(笑

確かに「拉致監禁という脱会方法」と「統一教会の非常識な行為」との間にはあまり因果関係はないと思います。この点は一部の確信犯の存在が大きいと思います。

しかし,「統一教会の非常識な行為」と「中立的な立場の人達の容認する態度」の間にはそれなりの因果関係はあると思っています。もちろん,デマ宣伝や酷い実態に対する無知による因果関係の部分の方が大きいとは思いますが。

オウムに拉致監禁がないのはビジネスとしてなりたたないからではないでしょうか。復讐されるのが怖い(笑

統一教会は,おとなしいので,手荒なことをしても黙っていて,安心して拉致監禁できるからという面もあると思います。

仮にオウムの場合で,拉致監禁という脱会方法が取られたとしたら,世間は「やはり容認せざるを得ない部分もあるのかな」となるだろうと想像します。

つまり,「反社会的で非常識な行動」と「中立的な立場の人達の容認する態度」との間にはそれなりの因果関係があると思っています。

オウムなどの場合は,「ビジネスとしてなりたたない」,「相手が黙っているほどおとなしくない」等の理由でリスクを犯してまで,そのようなことをしないだけではないでしょうか。もし,拉致監禁という手段が行われれば,統一教会と同様に,世間は「やはり容認せざるを得ない部分もあるのかな」という風潮になるのではないかと想像します。

NY65さんへ

丁寧な返信、ありがとうございました。
 私の誤読だったようで、安心いたしました。

 メインとサブについてのNY65さんの考え方に全面的に賛同します。「拉致監禁をなくす会」の現役信者である会員の方々の多くも、同じように考えています。

 霊トークを使うような印鑑や宗教グッズの販売は、2・3月に出された徳野前会長の通達文以降、全国的に中止となりましたが、正体隠しの伝道はまだ一部で行われているようです。

 ある会員と話したことです。
 <正体隠しの伝道をやっている人、また指導をしている人たちは、それが「拉致監禁行為に直接結びつく」ことに気づいていない>ということです。

 むろん、正体隠しの伝道をしたからといって拉致監禁していいことにはならないのは当然ですが、現実的には直接、結びついているのです。

 そのことに気づいていない地域指導者と信者たちは、拉致監禁をなくそうとする立場からすれば、バカ丸出しとしか言いようがありません。会員(現役信者)は怒っていました。ちなみに、この会員が所属する組織では禁止となっています。

 以前、二代目信者さんが、「無知からは何の情緒も生じえない」(10月21日付)のタイトルで、「会員全てが未だに無関心で非情なのではありません。事態を知り衝撃に胸痛く涙する会員は日々世界中で増えています」と大風呂敷を広げていたけど、涙するどころか、拉致監禁を促進しているような教会員が存在しています。

 この点では、正直、反統一教会の人たちに頑張ってもらいたい、「まだ○△駅では手相勧誘をしているぞ」といったアナウンスをしてもらいたいと願っています。

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