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追う地平・逃げる小山田 

鶴の絶対化路線(30)

家庭連合と澤田地平らとの対立は、韓鶴子の絶対化路線を背景にしたものである。
すなわち韓鶴子はメシアなのかどうか。もしメシアだとするのなら、これまで何十年間にわたってメシアだとして崇めてきた文鮮明は何だったのかということになる。
定義もできないような原理用語に毒され、具体的現実的に物事を考えることができなくなった人たちは、一般社会人ばかりか2世の中高生も理解できないことを述べているが、“路線問題“はきわめてシンプルである。

独生女と称される韓鶴子は、メシアなのかどうか。
そして、繰り返しになるが、だとすれば、メシアだとされてきた文鮮明は何だったのか、ということになる。

澤田らの問いかけは実にシンプルであり、根源的なものである。

メシアとは絶対的存在である。オリンピックじゃあるまいし、韓鶴子が一番目のメシアで、夫の文鮮明は二番目のメシア。と説明することは絶対にできないのだ。だから、これまでメシのためにお父様お父様と崇めてきた小山田や徳野らは頭が痛いのだ。

小山田からすれば、澤田地平はチンピラである。そのチンピラに堂々と追及され、詰問され、逃げるしかない。でも、エレベ-タ-は公共空間。屈辱的であったであろう。

逃げる・逃げる・逃げる






韓鶴子絶対化のカテゴリ-を見出しだけでもいいから眺めてもらえば、家庭連合の今が理解できると思います。
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-category-28.html

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卑怯者!目が踊っている。動揺している!逃げるな!小山田さんは、会長までされた方ですよね。地平さんの問いに、堂々と答えよ!逃げるな!腰抜け統一教会(家庭連合)!

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お金を生み出す能力が皆無の依存症宗教家

 今回記事にアップされています澤田地平氏のブログ動画は彼が今までブログで公開した動画の中でも最高傑作の一つに数えることができます。
 地平氏のブログは日本家庭連合を告発するものとして中身が濃い割には日本ブログ村ランキングでの注目度が意外と低いのですが、日本家庭連合の実像を知る上では大変参考になり、日本ブログ村、統一教会関連カテゴリーにこれまで名を連ねた数多くのブログの中にあっても注目に値する画期的なブログと言えます。
 ‘審判回避プロジェクト’ブログにおいて、今回アップされた地平氏の動画を最初に見た時は、ブログ村においても相当の反響があるものと思っていましたが、予想は外れ、それ程注目を浴びずに終わってしまいました。
 しかし、動画の中で地平氏が小山田氏に問いかけている質問内容やそれに対する小山田氏の返答は統一原理の神髄に関わる内容であり、統一原理を信じている者にとっては決して無関心ではいられない内容のはずです。
 地平氏は統一原理を忠実に信じている立場で小山田氏に問いかけを行っていますが、その質問内容は完璧に的を射た内容であり、取材者として申し分ありません。一方の小山田氏は日本統一教会を代表するに十分な経歴を持っており、古田元男氏などとは違って教団内では知性派で知られており、教義の質問をする上では最適の人物と言えます。
 私もこの動画を最初に見た時は地平氏の問いかけに対し、小山田氏がどのように答えるかワクワクしながら見ていましたが、実際に小山田氏が放った言葉を聞いた後は虚しさを感じるばかりでした。
 私自身は既に統一原理の致命的な誤りを把握していますので、もちろん小山田氏に名回答など期待していませんでしたが、どれだけ知恵をしぼって地平氏に対抗できるか、その知力と、また宗教者としての人格に注目していました。
 しかし、彼の実像は動画を見ての通りであり、心が狭く、頭の歯車も噛み合わない、見ていてため息しか出てこない惨めな非人格者が小山田氏の実像でした。
 私は少し前のコメントで、昔選挙応援活動を行った際に聞いた自民党候補の指導者に相応しい態度について書きましたが、小山田氏は徳野嘘つき会長同様、そのような政治指導者とは悪い意味で正反対の人格を持った人間でした。
 そういえば、昔どこで聞いたか、記事を読んだか忘れましたが、それとつながる話を思い出しました。
 それは久保木初代日本会長が小山田氏について語ったという話であり、久保木氏は「私が世の中の地位がある人達に原理を語る場合には、そういう人たちが理解できるように噛み砕いて語るように心がけている。しかしあの人(小山田氏)は違う。上段に立ってストレートに原理を語るだけだ。そのため聞く人の反発を招いてしまっている。」というような内容を語ったということでした。
 それを初めて聞いたか読んだかした時は、小山田氏は意外とプライドが高い性格なのだと、それまでとイメージが変わりましたが、今回アップされている地平氏の動画はその話とつながりがあるものでもありました。
 もっとも小山田氏の場合、元クリスチャンとして知られていたのですが、それは宗教信者が陥りやすい視野の狭さが身についてしまっている危険性があることになり、彼は実際に宗教団体の中でしか生きていけない人間になってしまっていたのでした。

 前回の‘火の粉’ブログコメント欄では日本ブログ村に登録された06112010さんのブログの記事が話題になりましたが、最新の記事には教団が信者に高額献金を要求せねばならない理由が書いてあり、それは文鮮明氏について述べた内容でしたが、小山田氏にもピッタリ当てはまる内容でもあります。
 つまり小山田氏に関してはこういうことなのです。
(‘統一原理で世界平和100%無理ゲーの理由’ブログより引用)

それは正規の方法では、到底、
お金を稼ぐ事が出来ないからだ。
これは彼らにとって
凄まじい恐怖であり絶望だ。
皆さんの想像を超える恐怖心なのである。
https://ameblo.jp/18181888-1818/entry-12486961002.html

 小山田氏にとって組織のトップに依存するのをやめることは即ち収入源が無くなることを意味するのであり、教団からお金をもらう以外にお金を稼ぐ能力は皆無に等しいのが現実で、トップに逆らうことなどできようはずがないのです。
 小山田氏が澤田地平氏の詰問から逃れようと足早に走る姿は実に惨めでありますが、それは上に書かれた恐怖心が根底にあり、地平氏の質問に今までの自分の考えに沿って「原理的」に答えてしまったならば、組織のトップである韓鶴子氏の主張と齟齬が生じ、組織から排除される危険性がありますから、間違っても「原理的」に答えることなどできないのです。
 小山田氏の地平氏を避けようとする態度は実に惨めであり、心を取り乱している姿をカメラがしっかり捉えています。
 言い逃れできない小山田氏の醜態をカメラに捉えた地平氏の取材行為はまさに快挙であり、特にサンクチュアリー教会のメンバーからすれば日本家庭連合の非を問う貴重な資料となるはずです。
 しかし、つくづく残念だったのはサンクチュアリー教会メンバーもほとんどが知性と人間性において家庭連合メンバーと変わりなかったことです。

 蛇足になりますが、家庭連合・教育部長の低能を象徴する‘いつも私のとなりに神さま’ブログの管理人は6月27日の記事で大和勇知という人の著書を紹介し、その一部を引用して「心の病の原因」について書いていました。
(‘いつも私のとなりに神さま’ブログ/6月27日記より引用)
>心の病や問題に共通していることは、
「客観的に物事を見ることができない」ということと、
「合理的・合目的的に行動できない」ということである。
________________________________________
>そして、こうした文化の伝達は、元をたどれば、
アダムとエバまでさかのぼることができると、私は考えます。


 上の2つの文章には明らかな自己矛盾があり、「客観的に物事を見ることができない」ことを問題視している人が「アダムとエバまでさかのぼる」を当たり前のように書くとは開いた口が塞がりません。
 もし最初の引用が正しいことを書いているなら、大和勇知という人間自身が「心の病」をもっていることになります。
 このような笑える著書をまるで教科書を引用するように、ブログに引用している馬鹿丸出しの人間が教育部長なのですから、家庭連合信者の知的レベル恐るべしです。
 

メシアについて

今日更新されたテーマについてお伝えしたいと思います。たぶん元信者も含めて多くの信者は気づいていると思いますので、今後指摘してくる人もいるかもしれませんし、米本さんご自身が知っていてあえてそのように表現しているのかもしれませんので、余計なお世話になったら申し訳ありません。


前置きが長くなりましたが、教義では「メシアは『真の父母』である」となっています。つまり、真の父母になった時点で(誰が認めたのか知りませんが…)鶴子さんもメシアということになります。でも、あくまでも夫婦でメシアという考え方です。

<参考>(このページ主は参考になりませんが、教義は参考になります)
http://myuumyuutyann.blog.fc2.com/blog-entry-335.html

ですので、鶴子さんも鮮明さんも教会内ではれっきとした「メシア」ということになっています。
もちろん一番、二番の序列はつけられませんが、鶴子さんだけ「メシア」だと呼んだとしても何も不自然なことはありません。

今の議論はメシアかどうかではなく、澤田氏が執拗に問いただしている「生まれながらにして原罪がなかったのか」ということなのですが、鶴子氏は堂々と「生まれながらにして原罪がなかった」と豪語しているのです。

また、鶴子氏は「自分と出会ったから鮮明さんは原罪が脱げてメシア(真の父母)になれた」とも指摘しています。これは明らかに鮮明さんが説いた原理、教義ではありません。

教会全体には、1960年の聖婚式から鮮明、鶴子夫妻は真の父母であり、メシアだという認識が浸透していますので、小山田氏も徳野氏も入教した時から今に至るまで、鶴子さんがメシアだと確信していますし、多くの現役信者たちもそれを信じて疑いません。

また、「鶴子さんがメシアである」と肯定しても、それは「鮮明さんがメシアではない」と言っていることにはならないので、どんなに追及されても困らないはずなのです。

しかし、繰り返しますが、自分が勝手にメシアになった(いわゆる独生女)と言い始めているので、それだけが一番の頭痛の種です。

でも、徳野氏も小山田氏も頭痛が起きないくらい頭が空洞なので、たぶんそんなには悩んではいないかもしれません。
太田氏など原理を解説していた人たちは絶対に困っていると思います。本当に以前の説明では説明できなくなってしまっているのですから・・・。

小山田氏は「メシアになれたんだから初めから原罪があるはずなかろう、あなたは何も知らない、わかっていない」と澤田氏を罵っていますが、何もわかっていないのはあなたでしょ、と元信者や否定的な信者はみんな思うはずです。

もし私の投稿が論点がずれていてお門違いであればご容赦ください。でも、私は「米本さん、分かってないね」と批判的に言われるのが嫌なので、あえてお伝えさせていただきました。

私はもう誰もメシアだと思っていないし、原理(教義)も信じてない元信者です。

夫婦でメシア?(上)

統一教会で「真の父母様」という場合、往々にして文鮮明氏のことを指します。
文氏自身、自分のことを「真の父母様」としゃべることがあって、門外漢の
小生は実に戸惑いました。

しかし、サ教の誰かも最近問題にしていました。
「真の父母様」〓文鮮明
「真の父母様」〓文鮮明&韓鶴子
最近は、
「真の父母様」〓韓鶴子

もうグジャグジャです。何度も指摘していますが、原理語、統一教会用語は実にいい加減です。定義ができないのだから。

>教義では「メシアは『真の父母』である」となっています。つまり、真の父母になった時点で(誰が認めたのか知りませんが…)鶴子さんもメシアということになります。でも、あくまでも夫婦でメシアという考え方です。

「夫婦でメシア」???
失礼ながら珍説ではありませんか。

もし「鶴子さんも(前から)メシア」だったのなら、<自分が勝手にメシアになった(いわゆる独生女)と言い始めているので、それだけが一番の頭痛の種です>ということにはならないのでは?

(追記)私は批判されるのを是としています。

夫婦でメシア?(下)

次の方と小生の認識は同じです。

●「松濤本部前行動6.23/統一教会に来た者の中で小山田より大きい人物は起こらなかった、しかし…」
http://shimpankaihiproject.blog.fc2.com/blog-entry-320.html#comment
●投稿欄-上から4番目

(引用はじめ、原文ママ)
澤田氏の質問は本質的で明白なのに、責任者である小山田氏の対応は酷いですね。「あなたがた全然原理を知らんな」は何の説明にもなってません。
祝福2世として生まれて、小学生の時から何度も修練会に参加し、礼拝にも参加してきましたが、韓氏が原罪のないメシアだなんて一度も聞いたことがありませんでした。お父様が霊界に行かれまではね。お父様がいらっしゃる時に「韓氏は原罪のないメシア」だと講義された方がいたら是非とも教えていただきたい。

何にせよ、お父様が霊界に行かれてから、こんな後付け設定を紹介したところで、誰だれが信じるのだろうかと考えておりましたが、明確な理由もなく思考停止で受け入れる人達が大勢いることは大変残念です。
(引用終わり)

個人的体験

韓鶴子氏の講演を聞いたことがある。2007年のこと。
(『我らの不快な隣人』21頁~)

文鮮明氏の来日が許可されないので、彼の代理として妻が来日し、講演するといった雰囲気だった。

講演は、原稿の棒読みだった。

メシアとはほど遠かった。

第二の性

女メシア宣言とは、ボーヴォワールの「第二の性」と同じで、女性の地位とは、後付けされた作られたものだとする、嫉妬心、闘争心の産物です。

魂のインフレーション

 ヒロシさんのコメントは的を得てるとおもいます。現役信者時代の時を思い出すと、
1 政治、経済、宗教問題などを解決するためのメシア
2 個人の魂の救い、並びに「血統問題」のためのメシア
という両面があった。

1の場合文教祖前面の単独メシアであり、鶴子さんは妻として支える立場になるとおもいます。

 現役信者ならばG20の指導者の前で

「皆の者、頭が高い控えおろう。
この方をどなたと心得るか畏れ多くも韓国から来られたメシア様(王の王)であるぞ。」
と証たい存在なのだが。 トホホ、精神勝利の権化。

実際は小学生が 後頭部で第二指を二度回旋し開掌した後、瞼結膜を露出させ舌を口外に突出させる行為に値する存在に過ぎないのである。(お大事に)

 しかし、2の場合は「祝福」「血統的に生みかえる」作業を伴うため「真の父母」(堕落していないアダムとエバ)が必要という教義があるため
「真の父母ー鮮鶴夫妻」 =メシアという概念も生じてきます。
 
 だから、鮮ちゃん一人では「祝福式」に正当性を担保できないからサ教で
間に合わせに姜さんを「真の母」に仕立て上げました。


 米本さんの場合 メシアというと1のほうにイメージを置いてるため、「ショッピング依存症棒読み韓国オバサン」にメシア性を感じなかったと思います。
 でも、その当時はその「ショッピング依存症棒読み韓国オバサン」を文教祖は「すごいすごい、オモニは真のエバとして完全勝利した」(第二のメシア)と信者の前で吹聴していたのです。
 そして、地平さんを初めとする信者は真の父母は一体化してる「鶴鮮夫妻二人三脚」で神の代理ということを信じていたはずです。

(完全勝利して直接圏主管になったのにどうして鮮鶴は別れたのですか?サ教メンバー説明してください)

 鮮鶴夫妻を簡単に説明すると、「俺が世界の中心」と「私が世界の中心」という自我肥大モンスター夫婦がメシア夫婦と自称していただけ。
本人達は「自分はスゲー超スゲー、自分はメシア,(王の王、独生女)」と思ってしまったんだけど、
 ただ「魔境、増上慢」に陥っただけ。彼等は精神病理の対象にはなるが、崇拝すべき存在ではない。(信者を続けると自我肥大、自己陶酔にはまり良心が麻痺したり精神バランスを崩す為危険)

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1340892163?__ysp=6a2C44Gu44Kk44Oz44OV44Os44O844K344On44Oz


 文教祖には遺伝的に統合失調症傾向がみられ生来の「妄想人格」がみられるが、鶴子氏の場合、環境によって自我が異常に肥大してしまい文教祖死後に
「あちらの世界」にイッテしまったと私は分析する。


師範さんの記事からインスパイア-

https://youtu.be/HLpzXc0As_Y

嘘         あなたと二人

虚栄        あなたと二人

銭         あなたと二人

奴婢(日本人信者) あなたと二人 

二人のため     世界はあるの ♪

二人のため     世界はあるの ♪

ーーーーーーーーーーーーーーー

舞台裏では諍いのたえない仮面夫婦が仲睦まじい「真の父母」を演じてメシアゴッコ。
何度も金婚式を挙げ信者から献金吸い上げやがって。
金返せー ! (ナツミカン風)

小山田さんは舞台裏も理解してる(原理が分かるから文夫妻をメシアと信じていない)ので素面幹部シックとして死ぬまで利権を貪るだけでしょう。

補足・訂正します

※米本様 すみませんが、タイトルなく投稿してしまったので、先ほどの投稿を削除していただけますか。よろしくお願いします。

>「夫婦でメシア」???
>失礼ながら珍説ではありませんか。
>
>もし「鶴子さんも(前から)メシア」だったのなら、<自分が勝手にメシアになった
>(い>わゆる独生女)と言い始めているので、それだけが一番の頭痛の種です>と
>いうことにはならないのでは?

goutさん、ありがとうございました。

米本さんの上記の疑問に対して補足したいと思います。

その前に、確かに言葉の定義がはっきりしていないので、ぐちゃぐちゃになるのは当然のことだと思います。はっきり言って、それがこの教団の分裂の一番の原因だと思います。「イエスのみ言の解釈の違いで400以上に分裂したキリスト教を統一できるのは統一原理と再臨のメシアを有する統一教会しかいない」と我々は信じ込まされてきたのですが、確かにバチカンの教理省などのように権威がある部署があるわけではなく、教祖の発言もころころ変わっているため、定義などできるはずもなく、一般信者などは何が何だか全く分かっていません。

唯一、小山田氏は韓国語もできるし、鮮明氏のみ言を理解できる「達人」として崇められていましたが、どなたかも久保木氏の言葉を引用しているように、自分だけが理解していると思っているだけで、説明は全く下手で理解できる代物ではありませんでした。きっと頭の中はたまたま鮮明氏と同じサイコパス的回路だっただけだと思います。

「メシア」というと教義的には「真の父母」であり「鮮鶴夫妻」のことを指しています(珍説と言われれば超珍説です)が、信徒間でも「あなたは私の人生を救ってくれたメシアですよ」とか「夫にとっては妻がメシアだよね」みたいに、単なる救世主として「メシア」と使うこともあります。

また霊感商法から来た仏教系の婦人たちは「メシア」といってもそもそもチンプンカンプンでどうでもいいお話です。原罪についてもきっとピンときていないでしよう。それよりも「真の父母様」のほうがピンとくるし、お母さまお母さまと呼んで慕っていれば、心は満たされるのです。婦人たちは、鶴子さんに生まれながら原罪があったかどうかなんて、全くどうでもいい話なのです。

さて、米本さんのご質問についてですが、私の説明不足でした。失礼しました。

「自分が勝手にメシアになった(いわゆる独生女)と言い始めているので、それだけが一番の頭痛の種です」ですが、以下のように訂正します。

「自分は原罪がない『独生女』として生まれてきたと言い始めているので、それが一番の頭痛の種です」

「勝手にメシアになった」という表現に誤解があったと思います。鶴子氏も鮮明氏と結婚した時点で真の父母となり、メシアになったということは認めていると思います。問題は、自分の(原罪がない)おかげで鮮明氏をメシアにしてあげたという、思い込み(確かに嫉妬心、闘争心の産物かも)を公言していることです。

なお、サ教の二世が「韓氏が原罪のないメシアだなんて一度も聞いたことがありませんでした。」と書いた文も、正しくは「韓氏が生まれながらにして原罪がなくメシアになっただなんて一度も聞いたことがありませんでした。」という意味であって、「韓氏がメシアだとは聞いたことない」という意味ではないと思います。そういう意味で、この二世と米本さんの認識は違うと思いますがいかがでしょうか。

「独生女」という言葉の定義も全く曖昧なので、それも混乱のもとになっています。

いずれにしても、鮮明氏の死後、自分こそ(鮮明氏より立場の上の※)メシアであり、神の妻であり、女王なのだと権威を振るい続けていることが一番の問題ですので、鮮から鶴への路線変更が実質的に行われたことは間違いありません。

※「立場が上」というのは原罪がない自分が原罪のある鮮明氏を贖罪させてあげた、という上目線のことです。

用語の定義

こんにちは。

米本さんの
>文氏自身、自分のことを「真の父母様」としゃべることがあって、
>原理語、統一教会用語は実にいい加減です。定義ができないのだから。

私も共感するところなのです。
教会の問題の多くは概念を正しく理解できないことにあったのかも知れません。

私はブログ開設当初から、アベルカイン観を扱ってきました。
これは用語の概念を説明してきただけのことに過ぎません。
では私は正しく定義出来ているかといえば、出来ていないのです。
私自身、曖昧な部分が残っていることも感じていながらはじめました。
ですからその部分について否定があることは、予想してのことです。
ですが7年ほど経ちますが、未だ指摘はありません。

それでも少しでもきちんと定義すれば問題が少なくなると思うのです。
罪の問題ももう少しきちんと定義すれば、思春期の二世がこんなに病むこともなかったのにと思うわけです。

メシヤについてですが、
1992年に文先生は自身を、メシヤであり、救世主であり、再臨主であり、真の父母であると宣言しました。
原理講義では、メシヤ、救世主、再臨主、真の父母は意味が違うと聞きましたが教会での用語の使い方は、私を含め無茶苦茶です。

メシヤ:油を注がれた者、イスラエルの王
救世主:意味不明
再臨主:再び来ると言ったキリストの再臨
真の父母:創造本然のアダムとエバ

メシヤという言葉は、エリアという言葉と対に使われる言葉だと思うのです。イスラエル民族は、メシヤが現れる前にエリアが現れるからエリアを待望した。

1992年に文先生は、真の父母を宣布していますが、堕落前のアダムとエバの立場に立つのは基元節のときと言われたので、この用語定義も正しくないです。

統一原理を理解するときは、絶えず概念の指す範囲などを補正しながら理解を進めないといけないと思うのです。
それは統一原理の示す復帰という言葉が段階的な概念なのに、そのとき説明がないのか、説明があっても理解できないためか、私達が完成したものとして考えるからです。(一般社会からみれば、文先生の語り方にも問題ありと見られるかもですが)

3年で天国ができるなんていう話は、その一例でしょう。(この例は適切ではないですね。m(_ _)m )

教会内で言葉を定義できず、またあまりにいい加減な解釈をしたことで
多くの犠牲者を生み出し、
今なお、争いが絶えないことが残念です。

(追記)
こんな説明がありました。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/1734964.html
(引用はじめ)
「メシア」は、古代においては「民族の危機の救い手」一般に付けられた普通名詞であり、特定の一人を意味しませんでした。
(引用おわり)
こう捉えると、教会の使う氏族メシヤという言葉はおかしくないのですね。
ってことは、韓鶴子メシヤもOKか。(笑)

韓鶴子教においてのメシア

>独生女と称される韓鶴子は、メシアなのかどうか。


 韓鶴子氏は未亡人になってから突然、自らが「独生女」であることを強調するようになりましたが、統一原理の定義において彼女が「メシア」かどうかなどは考えるまでもなく否と答えるしかありません。
 基本的に統一信者は何事においても勉強不足であり、ひどい場合には原理講論の総序に書いてあることさえ理解できていません。
 私がまだ若年だったころ、文鮮明氏を「再臨のメシア」と信じるようになったのは原理講論の総序に書かれたことが根拠となったためであり、文氏が自らを「再臨のメシア」と主張したからではありませんでした。
 年がまだ若く、精神的に未熟で宗教に対しても無知だった私は原理講論の総序に感化され、「新しい真理」とは統一原理であり、それを発見した文鮮明氏こそが「メシア」であると信じるようになり、統一教会員となったのでした。
 原理講論の総序には聖書に予言された「再臨のメシア」の条件が詳しく書いてあり、基本的にメシアは「宗教と科学を一つの課題として解決することができる新しい真理」を解明できる人でなければならないのです。
 私は当時未熟で無知だったため、原理講論に書かれた内容の矛盾を見抜けず、統一原理こそが新しい真理であると思い込み、文氏をメシアと信じるようになったのです。

 統一原理で言うところの「真の父母」とは「血統転換」に関連して出てくる用語であり、原理講論に沿って考えるならば、「真の父母」と「メシア」は言葉がそうであるように概念として別のものなのです。
 ただ、基本的に統一信者の信仰は依存的なものであり、信者は頭で考えることはあまりしませんから、定義など関係なく「メシア」=「真の父母」となってしまうのです。
 従いまして、統一信者が原理講論を経典として認めるならば、韓鶴子氏が「メシア」であるかどうかなど考えるまでもなく答えを出せるのです。
 もし、家庭連合が韓鶴子氏を「メシア」と認めるのであれば、原理講論は間違いであるとして、経典から外さなければなりません。
 原理講論の間違いを認め、それを経典から除外した上で、新しい「独生女」教を立ち上げるならば、その時には韓氏が自らを「独生女」と言おうが「メシア」と言おうが「あなたの勝手です。」それが宗教というものなのですから。

 因みに、ここのところどういうわけかコメントで言及する機会が増えている‘いつも私のとなりに神さま’ブログには連続して家庭連合関連の大会や会議のことが書かれていますが、それらの記事ではキリスト教の大司教や「預言者」が韓鶴子氏を「独生女」「メシア」として「証した」ことが特に強調されています。そのような「証し」をことさら強調するのは、サンクチュアリー教会などからの批判をかわし、韓鶴子氏の「メシア」としての正当性を宣伝するのが目的であることは間違いありません。
 それらの記事に書かれたことについては、‘審判回避プロジェクト’ブログにおいて澤田地平氏がごもっともな分析を書いていますので関心がある人は地平氏のブログを読まれたらいいと思います。
http://shimpankaihiproject.blog.fc2.com/blog-entry-317.html
「310松濤本部前行動6.9/韓氏オモニのせいで撤退する在韓米軍」(6月11日記)

 ‘いつも私のとなりに神さま’ブログの低レベルを指摘する上で、それに付け加えることがあるとすれば、世界にはキリスト教の教派など数限りなくあり、自称「預言者」など探せばいくらでも見つかるということです。その中で世界の人々、宗教者が等しく評価する人など滅多におりません。また宗教界においてその人が認められていたとしても、先進国においては宗教団体の持つ影響力そのものが限られたものでしかないのです。
 従って、数えるばかりの宗教家、自称「預言者」が韓鶴子氏を「独生女」として認めたとしても、現代社会においてはそこに何の意味もないのです。
 そして澤田地平氏も指摘しているように、お金さえあれば、そのような人達を動かすことなど簡単なのです。「正規の方法では、到底、お金を稼ぐ事が出来ない」のは小山田氏に限ったことではなく、宗教家全般に言えることなのです。
 ただ、原理講論の総序もよく理解できていない‘いつも私のとなりに神さま’馬鹿教育部長には地平氏の記事は理解できないに違いありませんから、哀れと言うしかありません。

 蛇足ですが、宗教ではない神秘学を知るようになって、とても興味をそそられたことに「人間のオーラ」があります。
 即ち、人間や動物、植物は一種の電磁場としてオーラを発しており、人間の場合はその精神世界、魂と関連するエネルギーがオーラとして現れるとのことです。
 オーラは精神的な集中力を高めれば誰でも感知できるとのことですから、神秘学的な方法に従って努力さえすれば他者のオーラを見ることもできます。
 神秘学の理論は実際の研究者の経験と科学的な根拠に基づいており、かなり説得力があります。ですので信じるのではなく、自分自身でいくらでも確かめることができます。 
 そのような神秘学を根拠とすれば、‘いつも私のとなりに神さま’馬鹿教育部長が紹介しているサミュエル・ハデベ預言者は曲者と言えるでしょう。
 人のオーラを実際に見ることができる人間であるならば、韓鶴子氏を絶賛するなどあり得ず、デタラメを言っているのは明らかだからです。
 それが嘘だと思う人は、是非オーラを感知できるよう努力してみてください。そうすれば、韓鶴子氏のオーラのレベルもサミュエル・ハデベ預言者のレベルも、また他の宗教家のレベルもみんなわかるようになります。
 

メシア宣言=劣化・消滅宣言

神々の黄昏さんが良いことを書かれてます。
オーラ=人の地場、磁気 なので、
皆、その良くない磁気の影響を受けてます。それを広めようとしてます。
見る人が見ればわかります。

1992年に確か、あの教祖はメシア宣言したと思いますが、
メシア宣言=教会の劣化・消滅宣言、そして、名称の変更とかも、そうです。
新興宗教のパターンです。
ただの新興宗教、会員から金を貪るただの奴隷化集団です。

教会の書籍にも、信徒はメシア家庭のために存在するとか何とか、書かれてたと思う。

メシアという言葉に簡単に騙されてます。
金を要求するとか、「会員」とかそういう言葉使うだけで、既にOUTです。論外です。

「メシア」とどうしても言いたいなら、「日本」=メシア 
それを貶めているのが、文家とその一派。

鶴子教では、
鶴子=神 だから、無原罪化など、そんなのどうにでもなる
”これが原理だ!これでいいのだ”(バカボン流)
→ 原罪・無原罪などどうでも良い → 私は神だから?
 → でも金は送れよ日本、なのか?
    ・・・おこぼれ必死の責任者、職員たち
        何がどうなろうと、金だけは確保だ!!!
    ・・・ これが奴隷教なのだ!

おまえは原理がわかっとらんーアベルの鉄板捨て台詞

 私の記憶が正しければ(料理の鉄人風)
1981年とある原研学舎で学区長は
「霊界で神様が姿を現れとき、御父母様(鮮鶴夫妻)の姿で現れる。」とおっしゃっていた。
 また、現役、元を問わず教会では天国に入る時は二人でないと入れない独身でははいれない、つまり夫婦で一つの単位なのだという事を何度も強調される。だから祝福が必要なんだと。
(単品オーダー不可、セットしか受け付けません。どうする地平さん)

文教祖は

●「メシアは真の父母です」 (8大教材教本天聖経192ページ)
●「メシアとは誰でしょうか。『真の父母』です。」
(真の御父母様の生涯路程4 第4章 真の父母の聖婚と第一次7年路程)
●「メシアは何であるかと言うと、『真の父母』のことです。」
(愛天日1984年5月20日)
●「メシアは『真の父母』である」(8大教材教本天聖経191ページ)
●個人的なメシアでは 世界を救うことはできません。
世界を救おうとすれば、家庭的なメシアにならなければなりません。
●メシアは父母であって 個人ではない 1993年1月10日

等語っているのである。

 
オカルティズム推しの神々さんの大好きな「総序」にはこう書かれている。

「新しい真理の光の中で相まみえ、一つの大家族を形成していく世界なのである。ところで、真理の目的は善を成就するところにあり、そしてまた、善の本体はすなわち神であられるがゆえに、
この真理によって到達する世界は、あくまでも神を父母として侍り、人々がお互いに兄弟愛に固く結ばれて生きる、そのような世界でなければならないのである。」

 論理が飛躍してこじつけみたいだが、信じてる奴はそう信じてるだからしかたない。
ところで国進と顕進って兄弟愛で結ばれてるの?

 家族をつくるには父母が必要である。当然ここからメシアー父母という概念が生じると思う。これは既成キリスト教から外れた概念だ。
そもそも、ユダヤ教とキリスト教でもメシアに対する概念が違う。
 統一教会では救う側も救われる側も夫婦という事が強調される特異な宗教なのだ。
二人で一つ バロローム♪ バロムワンは友情だけど統一の場合は夫婦愛で一つみたいな感じ。(個人はベターハーフという事だ)

 だから、文教祖亡きあと鶴子がメシアと自称しても家庭連合内ではそれほど混乱が起こらないのではないか?文教祖がメシアでないと言ってるわけではないのだ。
メシアの片割れが死んで、自分がメシアを引き継いでいるということだ。
 ただ、「原罪」問題に関しては以前教会で言われていた言説と違うのは確かである。
原研の新人研後に先輩にお母様には原罪があったのかと先輩に聞いたら有ったと明確に答えていたし、その後それを否定する言説を聞いたことが無かった。
 ヒロシさんが指摘してるように、活動中心メンバーにとって難しい神学なんて関係ない。「原罪」とか「独生女」に関心ない、献金して祝福うけて天国いければいいだという考えなんだろう。
そんな ことにこだわるなんて野暮な感じ。
 まあ私からすれば、統一三派が「おまえは原理をわかっとらん!」「おまえこそお父様を理解していない!」等と醜い諍い(内ゲバ)をしてくださる
と「ほーらね、新左翼の内ゲバみたいでしょう」と世間に示す事ができるんで楽だわ。
 どんどんやってくんろ。(暗在風投げやり)

Re: おまえは原理がわかっとらんーアベルの鉄板捨て台詞

タイトルだけに反応してごめんだけど。

「おまえは原理がわかっとらん」
小山田のとっつあんの言葉だけど、けっこう組織内では使われてるような気がします。

統一教会(家庭連合)は改めて、おバカな集団だと思いました。相対的に考えると、バカさかげんが見えてきます。

「おまえはマルクスがわかっとらん」(左翼世界)
「おまえは日蓮がわかっとらん」(創価学会世界)
「おまえはオウム真理がわかっとらん」(カルト世界)
-なんて、言葉は絶対に発せられないし、仮にそんな言葉を吐く奴がいたら、とことんバカにされる。


ところが、統一さんは違うのです。

「おまえは原理がわかっとらん」
(原理の意味が不明)
とのたまった人はバカにされない。むしろ相対的に上位にたつ。オカシナ集団、いや幼稚な集団だという印象を強く受けてしまうのです。

夜昼の神様の戦い

文教祖の晩年の語った言葉で、家庭連合がスルーしている「夜昼の神様の戦い」がありますが、これは、真の父母の婚姻の失敗を意味しています。(ここで言う婚姻とは生殖とは異なります)

お願いごと

投稿文で何か引用される場合、元の文のURLを添付してください。
そうでないと、確かめることができないので、流し読みしてしまいます。

たとえば、神々の黄昏さん。
>それらの記事に書かれたことについては、‘審判回避プロジェクト’ブログにおいて澤田地平氏がごもっともな分析を書いていますので関心がある人は地平氏のブログを読まれたらいいと思います。

地平氏のブログの記事数はたくさんあるので、どのブログなのか分かりません。

ウィキペディアの「メシア」

ウィキペディアの「メシア」
https://ja.wikipedia.org/wiki/メシア

キリスト教の文脈においてメシアを自称した者たち
-の項目を引用すると、

出口王仁三郎 - 自分を、再臨(再来)のキリストだと主張
金百文(キム・ベンムン) - 自分が再臨のキリストであると主張。文鮮明に影響を与える
朴泰善(パク・テソン) - 1960年代に、キリストが雲に乗ってくると言って、多くの信徒を連れて閉鎖的な信仰村を作った。キリストが来ると予言した日には何も起こらず、信徒たちは離れて行った。自分こそが再臨のキリストであると主張
文鮮明 - 1992年に公にメシアであると宣言。2012年死去
麻原彰晃 - 1991年に「キリスト宣言」を出して、自分だけが世界を救済することのできる「救世主・キリスト」であると宣言
又吉イエス - 日本の政治運動家。選挙演説などで再来のキリストと主張

これが一般社会(ウィキ)でのとらえ方です。

いただいた投稿を読むと、どれが正しいか、判断不能です。おそらく、すべて正しいと思います。

しかし、そうなると、今後の展開が難しくなるので、ウィキに従い、メシアは文鮮明ということで話を進めさせていきます。

定まった教義を持たない依存者集団

 管理人様よりご指摘がありました、引用元のURLの記入については了解いたしました。反省して、前のコメントを編集し直しました。

 「メシア」に関しましては統一教団と一般社会では明らかに定義が異なりますが、一般的にはプームチャイさんがコメントで紹介された<「メシア」は、古代においては「民族の危機の救い手」一般に付けられた普通名詞であり、特定の一人を意味しませんでした。>が正しいように思います。
 米本さんは統一教会系信者ならびに元信者のブログやコメントを読んでお気づきかと思いますが、統一教会の中で長年過ごすと知性が退化し、言葉の使い方もおかしくなってしまいます。
 特に宗教・思想関係の用語に関しては滅茶苦茶であり、以前‘火の粉’コメントで指摘した方がおられましたが、まるで宇宙語=地球外生物語のようです。
 私も自戒を込めて言いますが、そもそも統一教会=家庭連合に「教義」などというものは存在しないのです。
 私が‘火の粉を払え’ブログにコメントを投稿するようになった初期のころ、統一教会系信者のタイプを大きく原理講論派と「み言葉」派に分けて、いろいろ書いたと記憶しているのですが、原理講論と文教祖が語る「み言葉」では同じ言葉を使っていたとしても、意味が異なる場合が多々あり、さらに、文教祖自身が時と場合によって同じ言葉を異なる意味で話すことが少なからずあるです。
 今回話題となっている「メシア」などはその典型であり、統一信者でさえ解釈が分かれるのに、米本さんがそれについて一つの理解を得るなど絶対に不可能なのです。

 統一信者の場合、修練会などで最初に学ぶのは原理講論であり、基本的にその内容を受け入れることによって信者は教団の信仰をもつようになるのです。
 しかし、現実の統一教会の信仰は依存的なものであり、教祖が原理講論と違った「み言葉」を話せば、それが正当な‘教え’となってしまうのです。
 常識的に「教義」という場合には文章化されていて定義がしっかりしたものでなければならないのですが、文教祖の「み言葉」の場合は時と場合によって‘七変化’であり、基本的に話し言葉として語られたものですから、いわゆる「教義」などと呼べるものではないのです。
 ところが、統一信者になってしまうと、知性はどんどん退化してしまいますので、統一教会には「教義」があるように錯覚してしまうのです。
 そのような錯覚は、人によっては元信者となった後でさえ残っており、理性を取り戻していない元信者は「教義では~」などと統一信者と同じようなことを言いだすのです。

 米本さんには理解しがたいことかもしれませんが、そもそも統一教会=家庭連合に一般的に定義されるような「教義」など存在しないのです。
 統一信者の信仰は基本的にカリスマ韓国人に対する依存であるし、言葉=ロゴスなどあまり重要視されないのです。
 したがって、米本さんが統一教会系信者、さらにその悪い影響が残っている元信者と「教義」に関する問題について論じたとしても、共通認識など得られるわけがないのです。(笑)‥‘06112011’さんのまね

 文教祖の「み言葉」が如何にいい加減なものかは‘ちゃぬの裏韓国日記’ブログの過去記事を読めば理解できると思います。
(記事のURLについては、該当する記事が多々あり、恐縮ですが省略いたします)
 「メシア」についても、文教祖自身が「氏族的メシア」「国家的メシア」などいろんな意味でその言葉を使っており、「教義」として論じられる言葉などではないのです。

小山田と聞いて思い出す事

昔の話だが、ロサンゼルスの藤田グループの万物復帰の拠点、今は無きハンティントンセンターに小山田さんの三男坊が数ヶ月募金活動をしに来た。頭は良いが気が弱い青年という印象がある。あまり覚えていないが、1つだけ強烈なエピソードを語っていた。この小山田さん、日本人である息子達を強制的に朝鮮学校に通わせたそう。兄2人は当然イジメに合いグレて協会も離れたとか。三男坊の彼は、ブレずに息子を入学させ続けることで、不思議と受け入れてもらったそう。
息子がイジメを受けようと、無理矢理合わない学校に通わすって虐待ですよね。協会長が真の愛とか家族を語っても説得力を感じなくなりました(笑)お父さんと話す時は敬語で、心を開いて話せないので、大事な話はお母さんを通してと言っていました。こんな家庭にはなりたくないものです。

Re: 小山田と聞いて思い出す事

在米元ムーニーさん、情報ありがとうございました。

小山田氏は徳野氏より上の大幹部ですが、最低の虐待親だったのですねえ。とても納得です。

公金横領はするわ、妻を労らないわ、子どもを愛さないわ、最低の男のようです。
「いつも隣の神さん」に事例研究として取り上げてもらいたいです。

3番目の息子にもう一度会ってみたいです。

ブログと関係ないけど

暑いです。

確か小山田家の三男坊くんは、東京の某私立大学に進学後、合わなかったのかやめて、早稲田大学(か慶應)に入り直したという秀才です。その後なぜか韓国留学をする際、ソウル大学を外国人枠で合格したにもかかわらずソンムン大学を選んだという話でした。お父様の勧めだったのでしょうか。ただ私は他の多くの二世の貧乏話をよく聞いていたので、よく学費の高い私立大学に通わせられるなぁと不思議に思ったものです。もしかしたら優秀で奨学金を受けていたのかしれませんが。
彼がアメリカを去ってしばらくしてから、教会の雑誌の新天地の祝福式の写真に写ってましたね。さすが会長のご子息ともなると、最前列にいるんだなぁと感心したものです(笑)

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