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家庭連合が腐ったのは「相対基準を結ばない」からだ!重要追記あり 

「消えゆく分裂3派」 (25)

重要な警告

 このブログが利用しているFC2に申し立て、2つの記事の削除を申し込んだ X らに告げる。
 家庭連合(信者)の言論も、絶対に守られるべきと考えている。誰かが削除しようとするなどとんでもないことである。
 
 腰痛に苦しみながら、記事を復旧させた。
 これ以上やると、裁判沙汰に。使用者責任として徳野会長も訴えることになる。
  X らは、IT全能感かもしれないが、示威行動はたくさんある。朝日ビルあたりでの「統一は出て行け」といったチラシ配り!だってある。
 ちゃらちゃらするんじゃない! 


 家庭連合(オ-ル統一教会)が消えゆく原因は、アベルカインといった組織体質などいくつかあるが、その1つに「相対基準を結ばない」というのがあげられよう。
 文鮮明氏の発言を含め統一教会の教義にそんなことが書かれているかどうか知らないが、組織を腐らせた原因の1つといっていいだろう。
「相対基準を結ばない」。最初は何のことか分からなかったが、要するに学校でのイジメに通じる「相手にしない」「シカトする」。
 泣きたい程に、ものすご~く幼稚ィ。゚(゚´Д`゚)゚。

 前回の記事「“真のお母様”はメシアですか大淫婦ですか」 。事実でなければ完全にOUT!名誉毀損成立である。
 私は文末にこう書いて注意を促した。
「徳野さん、近藤さん、毅然として、小生に記事の訂正要求(配達証明書付郵便)をしてください。誠実に対応させていただきます」
 

ダウンロード (1)


 一切、反応はなかった。これは、いったい、どういうことだろうか。

を進める前に、事実関係を列挙しておこう。
 家庭連合〓統一教会は、小生の記事を最初からシカトしていたか。
 そんなことは全くない。
(1)会長の徳野英治氏は「天宙ウルトラバカ」という表現に反応し、名誉毀損で訴えるぞとやってきた。小生は「バカ」表現を修正した。
(2)断食の井口康雄氏は、「土下座ト-ク」「障害者ト-ク」「貧困ト-ク」を発案したのは俺ではないと言ってきたので、記事を非公開にした。
(3)家庭連合(鴨野広報局長)は、
「スクープ! ピースパレスがレンタルビジネスの館に」 (2015/12/08)の記事を削除せよとやってきた。
【関連記事】
「記事(ピースパレス問題)全面削除要求-賢明な読者の判断を仰ぎたい」 (2016/01/15)
 しかし、(3)以降、一切をシカトするようになった。

は横道に。
 ピースパレス、懐かしい名前です。
tumblr_np956ktYrP1qcq878o1_500.jpg
  鳴り物入りで誕生したというのに、写真(数人がこのあと消えた)以降、一切話題に出なくなりました。統一さんといえば統一さんらしい。献金で「建物」を建てたあとは放置。大淫婦さんがこの後、ピースパレスに顔を出したという話は一切聞こえてきません。
 文鮮明さんも同じでした。「鉄筋コンクリ-ト」フェチではないかと思っています。


 どうして、小生の記事と相対基準を結ばなくなったのか。
 ここからは推測だが、上記(1)~(3)のように火の粉ブログに対応すれば、すべてのことに反応(抗議・削除要求)しなければならなくなる。そこで、小生&火の粉ブログとは相対基準を結ばない-ということになったのだと思う。
 たとえば、「“真のお母様”はメシアですか大淫婦ですか」 に反応すれば、韓鶴子さんは金孝律さんと内緒で結婚式をあげたことを否定しなければならなくなる。

を大元に戻す。相対基準を結ばないと、どうして組織は先細っていくのか。
 人や組織が成長・発展していくのは、他者の手を借りずに独力で-というのは無理である。赤ちゃんからの成長を考えれば分かるはず。
 他者からの手助け・援助・叱責・批判があって、はじめて人は成長する。
 他者と相対基準を結ばなければ、衰退していくのは自明の理である。
 小生はブログ開始以来10年余にわたって、統一教会を批判してきた。一番に力点を置いてきたのは「高額エンドレス献金」批判である。この問題を少しでも改善していれば、組織が衰退することはなかった。
 内部改革の提言は数多くあった!!いずれもシカトだった。もったいない。

ころで、家庭連合は「審判回避プロジェクト」の澤田地平氏と相対基準を結んでいる。これはどういう訳か。澤田地平氏が弁護士をつけていないから裁判しても勝てると思ったからではないか。
 これに加わえ、司法試験に落ちて弁護士になれなかった近藤徳茂・現総務局長の役割が大きいように思われる。
 彼は早稲田法学部卒業。原研ではなく教会からの伝道で入信(献身)。いつからかは分からないが、弁護士を目指すようになった。しかし、合格かなうことはなかった。小生は彼も知っているけど応援していた。

 司法試験くずれにありがちなのは、何年も勉強してきた法律の知識を生かしたい!
 気持ちは分からないでもない。
 くずれで、企業等の法務担当になる人は少なくない。つまり、消費者からクレ-ムがくると、法律用語をふんだんに使って追い払う。「弁護士登場前のつゆ払い役」だ。哀しい仕事だと思う。
 澤田地平氏が弁護士を雇っていなかったからこそ、韓国人の“指示教官”のもと、近藤氏が張り切ることになった。
【重要関連記事】「面従腹背の澤田拓也副局長」

重要な追記(4月17日昼)統一教会は「非原理・サタン世界」に感謝していた!

 うかつなことに、統一教会は積極的に「非原理・サタン世界」と相対基準を結んでいたことを忘れていた。
 次のブログを読んでもらいたい。
●「私がカルトにはまった理由」
●「内海医師との出会い」
●https://ameblo.jp/nanakusa-1995/entry-12453932814.html
 これは、拉致監禁された現役シック・後藤徹さんの裁判をテ-マにしたシリ-ズの記事だが、ここに登場するのは、
「原理・神世界」サイドは、近藤徳茂(現総務局長)、K医師(一心病院医師・拉致監禁経験者)、後藤徹。ここでは登場していないが、鴨野守広報局長(当時)も裁判の打ち合わせに顔を出したことがある。
「非原理・サタン世界」サイドは、内海聡医師、G医師、3人の医師、なによりななくささん(元信者&反統一、別ハンはkoyomi)

 裁判は後藤さんが勝訴した。
 後藤さんの勝訴にあたってのメッセージである。
<私は統一教会員ですので、統一教会員の皆さんが世話人になっていると思われている方も多いと思いますが、実は統一教会員はyamaさんだけで、他の皆さんは統一教会を脱会し、統一教会に批判的な方々です。
 このように、世話人の皆さんは、信者である無しにかかわらず「拉致監禁NO!」を掲げ、この裁判のために尽力して下さいました。
 長年、拉致監禁によるPTSDに苦しまれ、2012年10月15日に逝去された宿谷麻子さんは、生前私の裁判を熱心に応援して下さいました。
 また、看護師としての知識と体験を総動員して手弁当で飛び回り私の身体への虐待の証拠を集めて下さったkoyomiさん、いつも励ましの電話を下さり、何度も新潟から傍聴に駆けつけて下さった小川さん、そして、いつも面倒な雑務を快く引き受けて下さった同じ宮村の被害者のyamaさん、その他、全員の名前を挙げることはできませんが、信者であるなしにかかわらず、多くの皆さんが労力を惜しまず協力して下さいました。
(略)
 皆さんの協力なくしては今日の勝訴の結果を迎えることは決してできませんでした。この場をお借りして、皆様に心から感謝申し上げます>
*yamaさんはその後、サンクチュアリ教会に改宗。

統一教会は「非原理・サタン世界」に感謝していた!(下)

 拉致監禁について教えてもらいたいと、埼玉県浦和の仕事場にやってきたシックは多かった。有名どころでは今の広報局長の澤田拓也さんか。
 小生が介護単身赴任で田舎に戻るときは、鴨野さんと澤田さんが渋谷で接待してくれた。
 相対基準を太く結んでいたのであります。(笑) 



ちんたら息子の母親介護日記- 
大腸癌術後の痛みと比べて
母は退院に。
ついに母退院!



味深い記事だと思われた方は
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コメント

なぜ相対基準を結ばないのか

単純に「うえをむいて歩こう」というだけです。
つまり絶対に後悔したくないんですよ。
  
誰だって犬のウ◎チ踏んだことなんかさっぱり忘れたいでしょ。
  
なるようにしかならないという諦め?

ま、もはや天のみ旨とは何の関係もなし!

相対しない教会

相対基準については、家庭連合の教義の根幹である原理講論に記述してあります。なので教会員の間では、人と話したり相まみえることを「相対する」という独特の表現が共有されていました。

エバが堕落したのは神に対して愛の減少感をもったルーシェル(サタン)と相対基準を結んだからだ、なんていう話もよく講義で聞きました。

だからサタン的なものと相対基準を結ぶことは良くないことだという話です。教会の御法度である性的な誘惑に対する戒めの意味でも使われていました。

そして教会の中では、一般社会の事を「非原理・サタン世界」とする風潮も根強くあります。
なので教会にとって都合のよくない一般社会の意見や出来事はシカトしろ、という論理はこの辺りから生まれたのでしょう。

サタン世界である一般社会に対して、目を閉じ耳をふさぎながら相対しない事で自らを守ろうとした教会ですが、その中に含まれる教会に対する真摯な提言や意見にも耳を傾けず、その結果衰退の過程にあるとは、まぁ皮肉な話です。

この世の男

私が妻と家庭を持ち始めた頃、相対基準だの、サタン的だのと、よく喧嘩してましたわ(笑)。私は献身していなく、普通のサラリーマンだったので妻によくシモネタを言うと、「まったくこの世の男みたいに!」と言うので、私は「お前はあの世の女か!」と。今では笑い話ですが。だからいつまでたっても一般社会から認められないんだなあ。昨日の「こんな所に日本人」というテレビ東京の番組て、80年代に単身アフリカに行きパイナップルを作る為に一生懸命に命をかけてわずか27歳で亡くなった青年の物語をやってました。彼はUCでなくてもメシアだと思いました。その番組でたくさんの素晴らしい日本人がたくさん活躍している姿を見るたびに、妻に「UCじゃなくてもメシアはいるんだよ。」と話しています。今では妻は教会に対して多くの矛盾は感じておりますので、昔みたいに私に「この世の男」は言わなくなりましたが。

Re: 相対しない教会

>相対基準については、家庭連合の教義の根幹である原理講論に記述してあります。

 ブルータスさん、ご教示、感謝です。

 おかしな話です。
 この世が「サタン世界」なら、統一教会世界は「神的世界」。
 統一教会はもちろん「神はサタンに勝つ」と考えている。
 ならば、一般社会と相対基準を結び、サタンを屈伏させればいいだけの話ではないか。
 
 何かが臭ってくる。

 原理講論が登場したのは1966年5月。
 この頃、大学生が廃品回収業で金を儲け、文鮮明氏に送った。

 社会的批判が起きるのは当然のこと。
1967年親泣かせの原理運動

 こんなときのために「相対基準を結ぶな」論を用意していたのだと思う。

無し

そんなに反応がほしいなら、直接手紙なり電話すれば良いのでは?
ブログで公開したとはいえ、貴方の日記に振り回されるほど、皆さん暇ではないでしょう。

統一教会は「非原理・サタン世界」に感謝していた!(上)

うかつなことに、統一教会は積極的に「非原理・サタン世界」と相対基準を結んでいたことを忘れていた。

 次のブログを読んでもらいたい。
●「私がカルトにはまった理由」
●「内海医師との出会い」
https://ameblo.jp/nanakusa-1995/entry-12453932814.html

 これは、拉致監禁された現役シック・後藤徹さんの裁判をテ-マにしたシリ-ズの記事だが、ここに登場するのは、
「原理・神世界」サイドは、近藤徳茂(現総務局長)、K医師(一心病院医師・拉致監禁経験者)、後藤徹。ここでは登場していないが、鴨野守広報局長(当時)も裁判の打ち合わせに顔を出したことがある。
「非原理・サタン世界」サイドは、内海聡医師、G医師、3人の医師、なによりななくささん(元信者&反統一、別ハンはkoyomi)

 裁判は後藤さんが勝訴した。
 後藤さんの勝訴にあたってのメッセージである。
<私は統一教会員ですので、統一教会員の皆さんが世話人になっていると思われている方も多いと思いますが、実は統一教会員はyamaさんだけで、他の皆さんは統一教会を脱会し、統一教会に批判的な方々です。このように、世話人の皆さんは、信者である無しにかかわらず「拉致監禁NO!」を掲げ、この裁判のために尽力して下さいました。長年、拉致監禁によるPTSDに苦しまれ、2012年10月15日に逝去された宿谷麻子さんは、生前私の裁判を熱心に応援して下さいました。また、看護師としての知識と体験を総動員して手弁当で飛び回り私の身体への虐待の証拠を集めて下さったkoyomiさん、いつも励ましの電話を下さり、何度も新潟から傍聴に駆けつけて下さった小川さん、そして、いつも面倒な雑務を快く引き受けて下さった同じ宮村の被害者のyamaさん、その他、全員の名前を挙げることはできませんが、信者であるなしにかかわらず、多くの皆さんが労力を惜しまず協力して下さいました。(略)皆さんの協力なくしては今日の勝訴の結果を迎えることは決してできませんでした。この場をお借りして、皆様に心から感謝申し上げます>
*yamaさんはその後、サンクチュアリ教会に改宗。

統一教会は「非原理・サタン世界」に感謝していた!(下)

拉致監禁について教えてもらいたいと、埼玉県浦和の仕事場にやってきたシックは多かった。有名どころでは今の広報局長の澤田拓也さんか。

 小生が介護単身赴任で田舎に戻るときは、鴨野さんと澤田さんが渋谷で接待してくれた。

 相対基準を太く結んでいたのであります。(笑)

Re: 無し

名無しさん、感情がゆがんでいませんか。

劣化した「相対基準」解釈

>文鮮明氏の発言を含め統一教会の教義にそんなことが書かれているかどうか知らないが、組織を腐らせた原因の1つといっていいだろう。
「相対基準を結ばない」。最初は何のことか分からなかったが、要するに学校でのイジメに通じる「相手にしない」「シカトする」。

 米本さんが書かれたように、確かに統一教会系信者は「相対基準を結ばない」という言葉を使うことがありますが、それは経典である原理講論に出てくる統一原理用語を正しく使った表現ではないことを理解しておく必要があります。
 原理講論は文教祖の説教=「み言葉」と違って、知的な表現を用いて統一原理について論じていますが、筆者の劉孝元氏は大学で医学を学んでいるとは言え、学生時代に精神不安定になって統一教会の信者となった人物であり、医師の資格も取っておらず、その精神的な不安定さは原理講論の文章にも表れています。
 原理講論は文字を丁寧に追って読めばわかりますが、論理的に不整合な部分が多く、決して学問的に価値がある書物ではなく、一つの歪んだ宗教的な主観を述べたものに過ぎません。
 その内容には非科学的な部分、現実と異なる部分が所々にあり、突っ込みどころ満載と言ってもいいぐらいです。
 ただ、劉孝元氏は米本さんが馬鹿だと呆れているような統一信者よりは頭脳が優れているため、原理講論に関しては知的な言葉を使って文章を書いています。
 「相対基準」という用語もその知的な言葉の一つですが、一般人には馴染みづらい言葉であり、米本さんに理解してもらうためには多くの説明が必要です。
 「相対基準」が原理講論において最初に表れるのは「創造原理」においてであり、以下が「相対基準」が初めて登場する文章です。

「あらゆる存在を造っている主体と対象とが、万有原力により、相対基準を造成して、よく授けよく受ければ、ここにおいて、その存在のためのすべての力、即ち、生存と繁殖と作用などのための力を発生するのである。」
<第一章創造原理 第二節/(二)授受作用-より引用>

 上の文章にある「万有原力」とは(原理講論によれば)神が永遠に自存するための根本的な力であり、絶対的な力とされていますから、「相対基準」とは神の力によって生まれるものであり、人間を含めたあらゆる存在が授受作用(=相互作用、相互交流)を行うことを可能にする‘共通の性質、傾向’を意味するものとして捉えることができます。
 「創造原理」においては「授受作用」をあらゆる存在において必要不可欠なものとして捉えており、それなくしてこの世に存在するものは「生存と繁殖と作用」などができないのです。
 その「原理」を人間世界に当てはめれば、人間が持つ「共通の性質、傾向としての社会性、発展志向」などは神の力によって生み出された「相対基準」なのであり、その神によって結ばれた「相対基準」のもと「授受作用」を発展的に行ってこそ、初めて人間個人や社会の発展が可能となるのです。
 つまり「相対基準」とは「創造原理」によれば、人間が生み出すものではなく、神の根本的な力によって生み出されるものであり、必然的にそこから人間の「授受作用」を展開させる条件となるものなのです。
 そのような内容が「創造原理」が述べるところの「相対基準」の意味であり、そのようになっていない実態があるとするならば、それは「原理」に反する力が働いているということなのです。
 「堕落論」に出てくる「サタン」は神ではないので「相対基準」を生み出すことはできず、「原理」を破壊することはできません。
 「原理」に反する行為を行えるのは自由意志を持った人間だけであり、人間が本質として持っている良心に逆らおうとするならば、人間は「原理」に逆行することも可能であり、停滞を意味する自己保身のために「授受作用」を拒むこともあり得るのです。

 「創造原理」の中で述べられている「相対基準」は言葉が一般人には馴染みづらいとは言え、それほど見当違いの言葉ではなく、その言葉を使った文章もそれほど酷いものではありません。
 問題は「堕落論」であり、「堕落論」の中においては「相対基準」を「創造原理」とは一致しない意味で使っており、‘共通の感情、願望’を意味するような言葉として使っています。
<第二章堕落論 第二節/(二)/(1)霊的堕落-より引用>
「…このようにして、愛に対する過分の欲望によって自己の位置を離れたルーシェルと、神のように目が開けることを望み、時ならぬ時に、時のものを願ったエバとが、互いに相対基準を造り、授受作用をするようになったため、それによって非原理的な愛の力は、彼等をして不倫なる霊的性関係を結ぶに至らしめてしまったのである。」 

 原理講論の「創造原理」と「堕落論」では統一原理の重要な用語であっても、それぞれにおいてニュアンスの異なる意味を表す言葉としてそれが使われる場合があり、そのような食い違いが多くあるため、原理講論は同じ筆者が書いたものとは思えないほどです。
 もっとも、原理講論は文教祖が書いたとされる「原理原本」を参考にして劉孝元氏が新たに書いたものであり、劉孝元氏は文教祖から命じられて、経典として原理講論を書いたのであり、文教祖の「原理原本」に矛盾が多ければ、それを経典として書き直しただけの原理講論の文章にチグハグなことが書いてあったとしても仕方ないことではあります。
 ですので、原理講論にある論理的に一貫しない文章表現については全て劉孝元氏の責任とは言えません。

 「相対基準を結ばない」という言葉の使い方や、そのような考え方は完全に「創造原理」に書かれた「原理」に反しており、そのような言葉や考えが頭にある人は「創造原理」を全く理解していないことになります。
 しかし実際の統一教会系信者は頭が劣化して非科学的な妄想である「堕落論」を信じており、「創造原理」などは頭から消え去っています。
 そのように頭も劣化し、良心も衰退した統一信者であれば、米本さんと「相対基準を結ばない」ことになったとしても不思議ではなく、自分の馬鹿さ加減を悟れるようになるまでは、誰もその状態から救い出すことはできません。

Re:劣化した「相対基準」解釈

神々の黄昏さん、正直チンプンカンです。

 たとえば、
>「創造原理」においては「授受作用」をあらゆる存在において必要不可欠なものとして捉えており、それなくしてこの世に存在するものは「生存と繁殖と作用」などができないのです。
 その「原理」を人間世界に当てはめれば、人間が持つ「共通の性質、傾向としての社会性、発展志向」などは神の力によって生み出された「相対基準」なのであり、その神によって結ばれた「相対基準」のもと「授受作用」を発展的に行ってこそ、初めて人間個人や社会の発展が可能となるのです。

「授受作用」〓「生存と繁殖と作用」は理解できましたが。

 なお、「筆者の劉孝元氏は大学で医学を学んでいるとは言え、学生時代に精神不安定になって統一教会の信者となった人物であり、医師の資格も取っておらず、その精神的な不安定さは原理講論の文章にも表れています」について。

 医学を学ぼうが精神的不安定な人物が書いた文章を解読する意味はないように思えます。
 もし学ぶ意味があるとすれば、この記述部分は精神が安定しているとき、ここはちょっとおかしくなっているところか-と、措定していかなければなりません。

 意味ある作業とは思えません。

 スタ-リンは世界を席巻した人物ですが、いま一般的に「スタ-リン全集」を研究検討する人はいないと思います。

Re:この世の男

みずすましさん、とても面白い投稿でした。感謝です。

「この世の男」と「あの世の女」が授受作用、つまり合体するとき、何だか恐~い。笑

強く同意します!

このテーマは現役信者、元信者にかかわらず大きなテーマですね。確かにこの「相対基準を結ばない」という恥ずかしい教え、習慣、文化によって、どんどん組織が崩壊していくことは間違いないでしょう。さすが米本さん、私も強く同意します。

私も以前コメント欄で「感受性の欠如」は「サタンに相対しない教え」ゆえだと投稿せていただきました。

神々の黄昏さんが書いているように、確かに「解釈」が劣化しているかもしれません。しかし、私はもっと単純なものだと思います。つまり、劣化している以前に、教義とそれに基づく信仰指導が間違っているのだと思います。(ブルータスさんとだぶってしまいますが、あらためて…)

もともとは「相対する」ことは普通のことで、人間は一人では生きられないように、みんなと「相対しながら生きていく」のが普通の社会です。

しかし、堕落した結果、相対してはいけないものが生じてしまいました。教義によると堕落は天使と人間の淫行関係(Sex)によるものだということですが、もともと天使と人間は相対し、いろいろと相談しながら生きていたのだそうです(←私は堕落論否定派です)。ですから相対すること自体は悪いことではありませんでした。

しかし、性的な誘惑をしてきたので、そういうことに反応してはいけなかったのだと教義は言います。分かりやすくいえば、教師が女子生徒に「今日、夜ホテルどう?」とナンパをしてきたということです。それは現代でも悪とされています。

そのような悪の誘惑に相対してしまったので、人間は堕落し、原罪を持ち、サタンの子となってしまったわけです。そこから、「何事にもサタンや非原理とは相対しないように」という極端な信仰指導が生まれてきたわけですが、もともと「相対してはいけないこと」は性的な誘惑に対してであって、それ以外の人間関係すべてを「相対するな」ということではないはずです。その極端な教えはあくまでも信徒を一般社会と隔絶させるための手段でしかありませんでした。

天使と人間がSexをしたから罪ができ、その天使がサタンとなりました。そしてそのサタンはエバと結婚(略奪婚)したことで、すべての人間を支配できるようになった、と教義では教えています。(そんなことで支配できると思い込むってサタンてバカなんじゃね?と若者たちはいうでしよう)

それゆえに、教義ではすべての悪い人には「サタンがついている」と教えられます。なので、自分の不利になること、都合の悪いこと、嫌いなことは、相手にサタン(や悪霊)がついているので、その人には「相対しなくてもよい」し、むしろ積極的に「相対するな!」と指導されます。(ブログを見るな、澤田氏を無視しろ、もその指導によるもの)

神々さんが指摘されるように、頭が劣化し、堕落論をただうのみにしている信者は、なんでもかんでも、とにかく自分や組織の敵になるような相手に対しては「相対するな」と教え込まれているので、たとえば親が連絡してきても「無視」、たまに帰省して親が話しかけてきても、(親はサタンだから)のらりくらりかわしながら、そそくさとホームに戻る、会社でも学校でもできるだけ人と話をするな、というような指導を青年にしてきたわけです。

この論理のすり替え、なかなか巧みですね。サタンや悪霊などは目に見えないし実体もないので、どうにでも言えてしまうわけです。一般的にサタン=悪のイメージがありますので、サタンと相対するな、と言われれば、「怖い怖い、相対したら(=ついつい話でもした暁には)自分も悪に染まってしまう」と洗脳されているのです。

話がそれますが、韓国も「日本=悪」と教え込まされていますよね…思い込みは民族的な悪い文化かな…

もう一度話を戻すと、天使はSexで堕落しただけで、それ以前にはしっかり人間と相対していたし、そのSexのあとにどうなったかなんて誰にも分らないわけです。(断食芸人の言葉を借りれば「お前、見たのか?」となるわけです)

そもそも、神々さんが常々指摘されている通り、そんな幼稚なおとぎ話を真理だと信じているところから悲劇が始まるわけですが、信じさせたうえに、上記のような人間性を奪う指導をしているのが現家庭連合です。つくづく「相対してはならない論」は強力な信仰指導です。その教えに毒された人は、自己中心な人格を形成し、人間としても反社会的になっていきますし、組織としても崩壊していきます。

そしてそれは三派とも同じ穴のムジナなのです。原罪がどうしたこうした、メシアが私だ、いや私が後継者だ、などとほざいている暇があれば、少しでも平和に向けた奉仕活動でもしなさいよ、と言いたいです。(自分たちが非原理社会だと差別し壁を作っている一般社会から、本当に三派とも「相対」されなくなりますよ)

このテーマは本当に奥が深く、また誰もが何かしらひっかかっている内容だと思います。取り上げてくださり、ありがとうございました。現役信徒の皆様、何を信じるかは人それぞれの自由です。でも、その教えが自分や社会のためになっているのか、よく考えて行動してください! 

お願い…私は原理講論を信じていないので、上記の教義解釈について難癖付けないでくださいね。あくまで私が教えられてきたことを述べたまでです。

長文になり、失礼しました。m(_ _)m

堕落論とか悪魔の血とかバカ三昧の原理

一言でいえば、
「自分の頭で考えろ、バカ教主、バカ信者」結局、何でもよかったのか。

ウィキペディアの「ルシファー」(韓国読みではルーシェル?)に出てますが、一部引用しますと、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC

―――――――――――――――――――――――――――

アウグスティヌスはこれは預言者イザヤが、悪魔をバビロニアの君主の人格をもって象徴的に表している、

サタンや堕天使を伝説とする考えもある、

イエス・キリストはルシファーだとする主張がある、

ルシファーは闇である女神ディアーナと対となる光を象徴する男神である。ディアーナ自身より分かたれて生まれた息子であるルシファーは、かの女と結ばれ、ふたりは魔女の女神アラディアとその他の万物を生んだという
(ルシファーは母親の魔女と結ばれた???)

エホバの証人の見解では、ルシファーは悪魔ではなく、バビロニア王朝が倒れた後に、その王朝をあざける意味合いで使われた表現としている。

ルシファーと大天使ミカエルは双子の兄弟だという説がある

ルシファーはルドルフ・シュタイナーの提唱した人智学で用いられる概念であり、悪の二大原理の一つである(もう一つはアーリマン)。ドイツ語で Luzifer と綴り、日本ではドイツ語風にルツィフェルと表記することもある。シュタイナーは宇宙と人間の進化の過程で人間存在にはたらきかけたさまざまな存在に言及しており、ルツィフェル(的な霊たち)もそのひとつである。ルツィフェルの影響によって人間は能動性と自由意志を獲得したが、同時にそれは悪の契機となった、と論じている
―――――――――――――――――――――――――――

原理ではルシファー以外の天使(100人以上?)は全然出てこなかった気がするけど、明らかに妄想ねつ造だよ。

ルシファーもずっとサタン(悪魔)扱いされ、宗教ネタにされて可哀想だと思う。

統一原理という韓国発祥の土着宗派にまみれた韓国人男をメシアとして祭り上げ、いいようにされている信者たちは実に哀れ。
思い込みと妄想の連鎖しかない。

自分もそうでしたが・・・。

ところで、

相対基準と言えば、原研学生女子が教授から何かの質問をされ、「相対基準があいません」と答えた、という記憶があります。

Re: 強く同意します!

アムロさん、感謝です。とても分かりやすく、説得力がありました。すっきり。

Re: 堕落論とか悪魔の血とかバカ三昧の原理


>相対基準と言えば、原研学生女子が教授から何かの質問をされ、「相対基準があいません」と答えた、という記憶があります。

 爆笑です。漫才に使える材料です。絶対に。

 税務暑に、「あなた方とは相対基準があいません」と、能面のように、繰り返してみたかったです。

原理用語は意外と便利!? Re: 堕落論とか悪魔の血とかバカ三昧の原理

米本さん、お疲れのところ記事を復旧していただきありがとうございました。腰を大事にされてください。

しかし、数ある記事のうちこの2つだけが削除されたということは、よほど大事なことが書かれていたんでしょうね。是非、後日分析、解説をしていただきたいです。米本さんの反撃を期待しています。

再投稿で申し訳ないですが、上記の女子学生ネタへの投稿なのでご容赦ください。

原理用語って面白いですよね。ほかにも「愛減」という便利な言葉があります。寂しいとか傷ついたときに使う魔法の言葉ですが、教会を離れた今でも人前でついつい使ってしまいそうになり、すぐに言い換えたりします。相対基準とか愛の減少感とか基準が下がる、とか、意外と便利な言葉なので、広まったらいいなと不謹慎ながら思ったりします。

若者たちが「それって愛減じゃね?」とか「今日、基準合わねぇや!」とか使ったらウケると思うんですけどね。(二世たちは使ってるのかな?)あと10年後くらいに広まっていてマスコミが調べたら、その言葉は「今はなき統一教会で使われていた専門用語だった~」とチコちゃんに紹介してもらいたいです!

冗談はさておき「相対基準を結ぶ」についてもう少し触れさせてください。

もともとこの言葉は創造原理で使われていて、神と人間の関係や人間同士ではとても大事な行為でした。しかし、性的に相対して堕落したので、「相対基準を合わせる」という言葉は、教会内ではどちらかというと悪い意味、忌み嫌う意味で使われてきたように思います。食口の心理には「相対基準なんて合わせるもんじゃない」みたいなトラウマが埋め込まれてしまっているのです(汗)

みんなで力を合わせてがんばろう、とか神様と共にがんばろう、という時に「みんなで相対基準を合わせようね」とか「神と基準を合わせようね」とかと言うよりも「みんなで一体化して…」とか「神と一体化して…」と「一体化」のほうをよく使うと思います。「一体化」はポジティブな時に使われる用語でしたね。

また、この「結ぶ」の中には「契りを結ぶ」というような意味も知らず知らず込められているのかもしれません。(基準を結ぶってよく考えたら変ですよね)

つまり、本来の意味から変遷して

【相対基準を結ばない・相対基準を合わせない】(動詞)
①自分より低い立場の者に自分が上だということをアピールするときに使う
②Sexしたくない時の断りの言葉

という意味で使われてきたのではないでしょうか。(諸説あり)

この女子大生の場合、「私より基準が低いあなた(教授)の質問には答えられません」という意味になります。

またこの言葉を発すると「自分は神の立場、あなたはサタン」ということを宣言することになります。つまり、相手にしたくない人と対したときに「私はあなたと相対基準が合わない」と発言すると「私は神の立場、あなたは天使(僕)の立場。だから無視します(または「私の言うことを聞きなさい」)」と宣言し優位な立場に立つことができるのです。

私もよくチャーチマザーとかに「あなたの言っていることは分からない。相対基準が合わない」と言われたものです。なので、幹部たちに、先にこの言葉を発すると優位に立てますよ、きっと。先に「あなたとは相対できない」と言ったもん勝ちなのです。

断食芸人に対して、「あなたとは相対基準が合わない」と言うと、(普通は合わなくて結構と思うのですが、そういうバカにする意味が含まれているので)相手はバカにされたと思って逆上します。是非澤田氏には今度使ってみてほしいです。(笑)

以上、最近、中野信子の脳科学にはまっているアムロでした。

使える原理語

 原理語は小生にとって宇宙語ですが、2つだけ使える言葉があります。

1)授受作用。ただし、霊界との関係も含むようなので、統一さんとは関係のないところに限って、使用できそうです。

2)愛の減少感

アムロさん
>原理用語って面白いですよね。ほかにも「愛減」という便利な言葉があります。寂しいとか傷ついたときに使う魔法の言葉ですが、教会を離れた今でも人前でついつい使ってしまいそうになり、すぐに言い換えたりします。相対基準とか愛の減少感とか基準が下がる、とか、意外と便利な言葉なので、広まったらいいなと不謹慎ながら思ったりします。

 いい言葉です。相手からつぶやかれたら最悪ですが。

(追)中野信子さんの本の中で一冊だけあげるとすれば。

相対基準と愛の減少感

誰かが二つの記事を削除したのは、何が気に障ったのか?知りませんが、
隠したい→広まったら献金に響く=給料に響く→生活が大変になる なのか?アホか!
そして、アムロさんのコメント読んで、
またまた思い出してしまいました。

昔々、少し原研に関わっていた時、
質問してたのが、堕落の原因でした。
結局、原因は、他よりも愛されてないという愛の減少感だと言われました。
誰が感じた→堕天使、⇒勝手につくるな!

今、私的に言い換えると、愛の比較による愛の不足感を感じたから?
韓国的に言えば、愛の恨(ハン)?
そんなの乗り越えてる人間いっぱいいるよ!
勝手に決めつけるな!弱虫集団!

ついでですが、
―個人的な話―(30年以上前)
私が社会に出てからしばらくして、一人の青年が会社に入ってきました。
その青年は両足が使えず、常に松葉づえで歩行してましたが、私の配下になり、健常者と同様に扱ってくれということで、どこに行くにも(新宿の高層ビルでも)連れて行きました。汗をかきながら懸命に階段を上り下りしたり、本当に大変でした。変な目で見たり、言葉を発したりされたら、相手が誰であろうと客であろうと怒鳴る覚悟でしたが、幸いいませんでした。ある時、話し合いを持つ場があり、彼は涙を流しながら本当は大変だったと語りました。
結局、彼は足を使わなくても手だけで運転できる車の免許を取り、私の転職後、彼も別の大手グループの企業に転職したとのこと。本当に良かった。

今思えば、私も引っ掛かった
統一って、教祖以下、ホントに情けない集団だと心底思いますね。

Re: 使える原理語

>(追)中野信子さんの本の中で一冊だけあげるとすれば。

そうですね…。実は私は出勤時にAudibleやYouTubeで聞きながら学んでいるので、本は買ったことがありません。Audibleで聞いたのは、やはり代表的著作「サイコパス」です。サイコパスというのはどういう人かよく分かりましたが、まさに「家庭連合」はサイコパシーの高い人たちの集団でした。今は『ヒトは「いじめ」をやめられない』を聞いています。

教会では、精神的に病んでくるとすぐに清平に行かされます。これも堕落論の影響でしょう。堕落人間は悪霊に主管されやすいから、清めてきなさいということなんですが(献金も増えますしね)、もっと心理学や脳科学、カウンセリングなどを導入しないとダメだと現役信者時代は思っていました。(きっと幹部たちはサイコパスが見抜かれてしまうので、そういう分野の導入は避けていたのでしょう)

中野さんによると、「サイコパスからは逃げるしかない」ということなので、脱会して正解だったと思いながら学んでいます。

<参考>【中野信子】サイコパスは、あなたの近くにいる!簡単に見分ける方法
https://www.youtube.com/watch?v=GBJkW2cw54c

ゆがんだ「相対基準」

最近久しぶりにコメントを投稿していましたが、そんな折にまたしてもこのような教会側からの何らかの圧力による記事の削除が行われたことを非常に残念に思います。

記事内にもあるように過去にもたびたび,米本さんのブログ記事の内容に耐えかねた教会側からFC2の運営サイドに記事削除要求があったり、教会員に対して米本さんとの接触を避けるよう要請する公文を流したりといったことがあったと思います。

そのような事がおきる度にこのコメント欄にも、現役・元信者を問わず、教会に対する落胆と義憤が入り混じった多くのコメントが寄せられていました。
そして、goutさんが別記事でコメントされているように(「ストライサンド効果」)、そのような記事はより一層の注目を集める事でアクセス数もコメント数もいつも以上の伸びをみせ、そのような圧力をかける教会側に対してさらなる懐疑心を抱かせることにつながります。

残念ながら教会側の人間は今までのそういった経験から学ぶことをせず、またしても同じことを繰り返すのでしょうか。

米本さんの記事で伝えられた澤田地平さんに対する教会の対応も同様ですが、教会側は教会に対して根本的な問題提起を投げかける人間に対して、話し合い・対話・議論をするといった最も平和的と思われる形での「相対基準」を結ばず、強制的・暴力的ともいえる形で排除するという手段でしか「相対基準」を結ぶことができないようです。

そのような手段をとることが、「神側・天側」にいる(はずの)教会の行う行動なのでしょうか。

米本さんが速報記事の中に「統一教会会員の心得」をあげていましたが、このような教会の現状を見るにつけ、「会員の心得」で書かれている歯の浮くような美辞麗句の、その空虚さがよりいっそう際立つように思います。

コメント欄でも教義の中の「堕落論」についての議論が盛んになされていますが、この「会員の心得」を改めて読むことで、教会の現状がその「会員の心得」で描かれる理想像といかに乖離しているかを感じざるをえず、さらに現在の教会が本来目指すべき組織像に対していかに“堕落”しているかを思わされざるをえません。

さて、以下は蛇足となりますが、記事の削除といえば個人的に思い出されるのは、かつて文家の6女・7女である妍進氏と情進氏の恋愛結婚が伝えられた記事が、当時大きな反響がありながらも復刻されることなく削除状態にあることです。(タイトルは「火の粉・公文─お母様が恋愛結婚をお認めになり、事実上、血統転換を否定されました!」のようです。)

コメント投稿数は100を超えており、教会二世からの教会に対するリアルな声・生々しい叫びのような投稿もあり、大きな反響と教会の現状に対する非常に活発な議論がみられた、とても印象・興味深い記事だったと記憶しています。

そのような膨大な文字量の記事を復刻することはかなりの労力を伴い非常に困難な事と推察しますが、そういった貴重なドキュメントとしての記事が削除状態にあることを残念に思っています。

このように、ブログ記事を削除するという事は、その当時行われたドキュメントとしての記録を破壊するということであり、民主主義社会において最も大切なものの一つである言論・表現の自由という権利に対する暴力的行為であることを、教会側の人間は自覚するべきです。

Re:ゆがんだ「相対基準」

>さて、以下は蛇足となりますが、記事の削除といえば個人的に思い出されるのは、かつて文家の6女・7女である妍進氏と情進氏の恋愛結婚が伝えられた記事が、当時大きな反響がありながらも復刻されることなく削除状態にあることです。(タイトルは「火の粉・公文─お母様が恋愛結婚をお認めになり、事実上、血統転換を否定されました!」のようです。)

>コメント投稿数は100を超えており、教会二世からの教会に対するリアルな声・生々しい叫びのような投稿もあり、大きな反響と教会の現状に対する非常に活発な議論がみられた、とても印象・興味深い記事だったと記憶しています。

 ブルータスさん、教えていただき、ありがとうございます。

 管理画面を調べたところ、かなりの記事が凍結となっていました。

 区切りがいいところで、復活させます。ただし投稿欄の復活はものすごく時間がかかるので、省略させていただきます。

 goutさんが教えてくれたストライドサンド効果によって、再度 記事が読まれることになります。

 どの記事が削除されていたか、ニッコリ 請うご期待です。

削除魔らよ、読みな。

 プームチャイさんは、現役シックのはず。まっとうなシックもいるものだ。

●「言論統制 ー下劣な食口思考ー」
https://ameblo.jp/poomchai/entry-12455532121.html

削除記事の「真の」理由は?!

「火の粉」氏、隠されることなく事実を書かれてはいかがですか?
事実を書かれるのがルポライターというものでしょう。

突如削除された2記事、実は(教会関係の)記事内容そのものが問題ではありませんでした。実は、それら記事の中に「tomy4509」のたった1行を入れてしまったためでした。今後は十分に注意して記事をUPしていきます。
皆様に大変ご迷惑、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。

-----

と。

FC2事務局を介してtomy4509からは、2年ほど前に20弱の「火の粉」記事削除の事例を踏まえてその1行の訂正削除の要請をしていました。4月19日期限でその対応がなかったためにFC2事務局が削除に至ったものでした。

「火の粉」氏がFC2事務局のメールに気付き、その1行を訂正削除していれば起こらなかった出来事です。明らかに「火の粉」氏自身の不注意からであったことを、「火の粉」読者の皆様はご理解ください。

なお、前回削除された20弱の中にはコメント欄に記載された1行も対象となっていました。ブログ管理者「火の粉」氏は読者コメントにも目を光らせてくださることもお願いしておきます。

粘着気質すぎ(^.^;

統一教会の熱心な信者さんって信仰者の前に一人間として体質的にも知性的にも情報が偏り薄気味悪い人が多いように感じられます。これが個人的感想にとどまればいいけど、そう感じる人が大多数になれば社会で受け入れられ発展できるんだろうか疑問に感じます。

こんな体質で伝道は進んでるんですかね?
一般的には近寄らないで引く人が多いでしょうね。

ゾンビ信者

「信教の自由」はあるが、
宗教組織には批判があって当たり前と思う。
組織維持の為にと言いながら、信者の金を貪り食う組織。あっ、性も悪用か。しかも、韓国人主導の組織。

金ありきの伝道なんて、クソくらえだ。

天国とか祝福とか、箱物まで前面にだして心を煽り、誘導する魔組織、知ってしまったら、自然な心の発露として、
破滅を願うのが当たり前だよ。

そして、皆が意識もしない、何のことか意味不明なことで、批判の自由を害する輩たち(地獄の先導者)もいる。

邪魔するな!

tomyさんは面白い人だ。

(1)平気で嘘(うそ)をつく。

>突如削除された2記事、実は(教会関係の)記事内容そのものが問題ではありませんでした。実は、それら記事の中に「tomy4509」のたった1行を入れてしまったためでした。

 記事に間違いがなかったというのだな。正直でよろしい。

 記事の中に「tomy4509」のたった1行を入れてしまった。
 違うでしょッ。小生はこう書いた。
「奇知外記」〓「tomy4509」〓能登教会の〇△×(実名)。
 正確に引用したらどうでしょうか。

「平気で嘘をつく人」のことをサイコパスという。

(2)正直である。
 2つの記事の削除の申し出をFC2に誰がしたのか特定できなかった。正直に教えてくれてありがとう。
 嘘と真実が混在する。サイコパスの特徴である。

 今回のカテ強制移動も貴殿がやっていたのかな。前科があるからなぁv-16

 サイコパスのもう1つの特徴、自分の功績をしゃべりたくてしかたがない。
 また、しゃべってね。ニッコリ

御言葉

為に生きてね!

tomyさんは面白い人だ。(続)

 tomyさんは自分の実名がさらされていないか、それをチェックするために、小生の記事がアップされるたびに目を通し、

>なお、前回削除された20弱の中にはコメント欄に記載された1行も対象となっていました。

コメント欄もすべて読む。

 これまでの記事数は953件、投稿数は17596件。
 tomyさんはぼくにとってとてもいい人である。
 コメント欄で取り上げるのはもったいないので、今度、ブログ本体で記事にするねv-8
 あっ、そんときは読者大賞を。副賞は「宍道湖しじみ1キロ」です。楽しみにしててね。

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  • [2019/04/21 18:55]
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