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心をどこかに置いてきた分裂3派の人たち(下) 

露わになってきた統一教会(家庭連合)の真実(26)

「真のお母様こと韓鶴子氏は無原罪」という主張に異を唱え、家庭連合本部前で街頭抗議活動をしている澤田地平氏は同団体の職員らに暴行を受け,全治3日間の怪我を負った。

第二百四条 人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
第206条前2条の犯罪が行われるに当たり、現場において勢いを助けた者は、自ら人を傷害しなくても、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料に処する。

 決して軽い罪ではない。こうした事件を看過すれば、いずれ全治一ヶ月の傷害事件に発展し、やがて刃物でメッタ刺しという副島事件になっていく。
<注>ナツミカン女史はいう。「日曜の朝、本部組織前でチャンバラなんて、過去の組織の障害事件(個人的には殺人未遂だろ?と思う)副島事件とは、比べ物にならない内輪もめでしかない」。まるで現役さんだ(泣)。

 当然、抗議の声が起きると思ったが、前回の記事で見た通りである。

「内輪もめにすぎない」「どっちもどっちだ」と、親のまっとうな愛を受けずに成長した結果、物事のすべてを斜に構えてしか見ることができないひねくれはいる。そうした人たちを相手にしても意味がないので捨象するが、問題は大多数の「無視(ないし沈黙)」である。

 ことさらあげつらう訳ではないことをエクスキュ-ズして。
 2月28日昼現在。サ教ブログの注目1位は澤田地平氏の最新記事。第2位が「サンクチュアリ教会本部のランチ風景」なのだ。へなへなヘタヘタ。暴力とは無縁のお花畑!
 サ教よいとこ、一度はおいでhttps://youtu.be/NKKszuIH06I?t=170

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の歪んだ構図は前からあった。

 信仰仲間、統一教会員が反対派に拉致監禁されても、上から下までずっと知らん顔をしてきた。

逮捕・監禁罪(たいほ・かんきんざい)は、刑法220条に規定されている罪。 不法に人を逮捕し、または監禁する行為を内容とする。法定刑は3月以上7年以下の懲役(組織的な様態の場合は組織犯罪処罰法3条1項8号が適用され3月以上10年以下の懲役)。 逮捕・監禁の結果として傷害または死亡の結果が生じた場合には、逮捕・監禁致死傷罪(刑法221条)に該当する。

 もちろん、ごく一部だが、覚醒した教会員もいて、裁判という手段で、被害をくいとめようとした。しかし、拉致監禁反対に関わるシックはいずれも直接の被害者か関係者。一般のシック(兄弟姉妹)はほとんどが知らん顔だった。
 
 何回も書いてきた記憶があるが、創価学会なら仲間が反学会に拉致監禁されたら、学会員全員が怒り狂い、監禁場所を命懸けで探すだろう。あたりまえの話だ。ヤクザ組織だってそうだ。

 ところが、統一さんの場合、親分(会長の徳野英治)そのものが信者が拉致監禁されても全く関心がなかった。
 今は特別巡回師となっている佐野邦雄が北東京教区の責任者をやっているとき、彼は足立教会、荒川教会のシックが監禁されている事実を知らなかった。
<注>このことを以前に書いたとき、佐野から事実に反すると抗議がきた。きちんと説明してあげると、黙った。情けない奴!肩書を特別耄碌師に変えたらどうか。

 (12年も監禁されていた)後藤徹さんが監禁されたままでいることは、反対派は知っていた。しかし、統一教会の方は彼が拉致された段階で、すぐに視界から消えてしまった。探すこともしなかった。
【参考サイト】私がカルトにはまった理由(https://ameblo.jp/nanakusa-1995/)

 澤田地平氏の傷害事件に関心を抱かない。隣の信者が拉致監禁されてもさして関心を示めさない。心理構造は同じなのだ。

「同情」という言葉がある。哀れむという意味もあるから、この感情はあまり重視されないが、「情」を同じくするのはとても難しい。
「拉致監禁されている人の気持ちはどんなかなあ」「家庭連合の職員から暴行を受けた人の気持ちはどんなかなあ」

 分裂3派の人たちは、他者の痛みを自分の痛みとして感じない。人間失格の烙印を押されても仕方がないのだ。

 シックになる前から、感受力が欠落していたのか。
 ここらへんはよく分からない。不適切な養育によって、感情が否んでしまった人もいるだろう。(同じ情を抱くことができず、「どっちもどっち」)
 しかし、統一教会に入信してから、心の否みがより大きくなったのではないかと推測する。
 なぜなら、アベル・カインの組織論、「横の関係より縦の関係」と徹底的に教え込まれてきたからだ。

 佐野邦雄は上(アベル)を見る。徳野英治も上(韓国人)を見る。徳野と上は韓鶴子をヨイショする。旧日本軍以上に滑稽な組織である。

<注>足立だったか荒川だったかの、ある教会員としゃべりながら道を歩いていると、老婆が道路を渡れなくて困っていた。彼は、急いでエスコ-トした。10年以上も前の話だ。そんとき想った。「この人はやめるな」。案の定であった。

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コメント

両班とペクチョ

現UCの構造は李氏朝鮮時代の両班とペクチョの関係に類似している
両班はペクチョを人間とは観ていない
奴隷であり牛以下の扱いだった
ペクチョのことは眼中になくただ自分たちの僕であり奴隷であり使用人もしくは物にすぎなかった
この関係が現UCの上下関係である
彼らの意識は完全に狂気のものである
善なる顔をした悪そのものであることを
悟者は少ない

いずれは殺人まで行くってこと?

サヨナラしたけど、私のコメントの引用があったのでお邪魔します。

単純に起こっていることだけの比率で考えるなら、殺人未遂に近いような副島傷害事件とは、違うってことなのですが、
米本さんは、これから起こるかもしれない傷害サツジン事件を心配しているってことでしょうか。
(この組織の一般信者には、組織上層部からすべては語られませんが、ネットを調べれば暴力を受け入院している人もいますし、断食や条件で死人、たまたま店舗の名目上の社長で刑務所へ入った人、などなど組織の為に死人や刑務所に入った人多数あり)
自浄能力なし、どころか悪事を隠し通そうと必死!釣り上げた信者たちへのパフォーマンスで抗議文まで送る異常。妄想で作り上げた組織は「白」になるのは不可能なのよね。

副島事件の詳細については、有田氏が「「神の国」の崩壊」で記述しています。(マネーロンダリング腹に現金巻き付けて運んだ話も有り)組織にヤりましょうかの電話があり、そして、副島さんはヤられた。

裏組織とつながっているこの宗教団体を取り締まる能力のある国家組織はない状態に思えます。副島さんの事件も未解決で終わりました。

それとも・・・米本さんが、ペンの力で変えてくださるのかしら?

事件を辿って行くと、政治家や警察とつながるのかもね?
カネをばらまき続けた統一教会=家庭連合はどこまでも消滅しないのかもしれないのか?と思われるような過去事件はいくらでもある。

表に出ている被害額、1000億円越えの悪辣組織でも存在する異常に、
この国の恐ろしさも感ずる・・・。

https://www.stopreikan.com/madoguchi_higai.htm
窓口別被害集計(1987年~2017年)
合計被害金額 119,162,049,769円

感受力の欠如について

米本さん、いつもありがとうございます。最後の文に胸が熱くなりました。
<引用>そんとき想った。「この人はやめるな」。案の定であった。(ここまで)

「愛の反対は憎しみではなく無関心です」とマザーテレサが残したように、松濤本部前の出来事を見て見ぬふりして無関心を装うのは愛とは真逆の行為だと私は思います。かく言う私も自分のブログなどで発信すればいいのですが、まだないので米本さんのブログや澤田氏のブログなどに投稿して、一緒に考えてきました。

といっても大したことはできていないし、そもそも離教した人間がコメントすることではないかもしれませんが、せめて自分のいた組織にはよくなってほしいし、今も純粋に信じている信徒をもっと大事にしてほしいと願っています。(でも同じくらい「早く潰れてくれ」という思いも正直あります。複雑です。)

米本さんは感受力が欠けた原因をアベルカインの組織論だと論じています。それはその通りだと思います。

私はそれに加えて2つの要因を加えたいと思います。

1つは「サタンに相対しない」という教え。本部前で責任者や信徒たちが澤田氏を無視しているのは「サタンと相対基準を結んだら自分たちもサタンになる」と思い込んでいるからでしょう。(私もそうでしたから)

神々の黄昏さんがコメントでよく書いているように、「堕落論」という科学的根拠もなく信じ込まされた教義に縛られているのだと思いますが、もちろんそれを信じている人を否定するつもりはありません。ただ、なんでもかんでも、自分の嫌いなもの、かかわりたくないものを勝手にサタン扱いする傾向があり、ひどいときはそれゆえに他を攻撃したりします。その教義ゆえに大事なものが見えなくなる、感じなくなるということがあると思います。井口、大西両氏は完璧に澤田氏をサタンの実体だと思って攻撃しているに違いありません。

もう一つの要素は、霊感商法以降、「自分の人生」や「自分の家族や先祖」にしか関心がない信徒が急増したということです。感受力が低下したというよりも、米本さんも指摘していたように、シックになる前から他人のことに関心がなかったというほうが正しいかもしれません。

古い幹部たちは澤田氏のような真理を求める志をもって左翼から暴力を受けても戦い続けて来ました。しかし、霊商以降はそんな志がなくても教会は発展していき、いつしか勝共青年たちもすっかりブルジョワ化していったと私は感じています。(自分の体験からもそう言えます)先祖や家族ばかりにしか関心がない婦人たちとブルジョワ化した幹部たち(韓国人も含め)が教団を無関心、無気力な組織にしてしまったと私は感じてきました。(でもそんな婦人たちもかつては涙ながらに宣教に出かけて行ったものでした…それも先祖の救いのための行だったのかな)

私はそんな感受力が乏しい組織にいることがいやで離教するに至りました。

自己満足かもだけど、その通りです。

●夜の神様 昼の神様
●「教会をやめる人は見れば分かる」by Y氏
https://ameblo.jp/father30000/entry-12445000548.html

 ちなみに、拉致監禁体験者で拉致監禁に反対していた現役信者の大半は組織から離れました。

 米国の「ル-ク」さんは別ですが(苦笑)

原因は?

 すみません。ちょっと思うところがあって、コメントさせていただきました。後から考えてみましたら、書かないほうが良かったなと思ってます。でもかいてしまったので、もう少し詳しく書いた方が良いと思います。

私達は教えられた天情がありました。地の事情を考えるなということでした。地の事情というのは人情です。人情に流れてしまってはならないということだった受け止めてました。

私は人情を切れなくて、天の事情と言われている天情と地の事情と言われていた人情のジレンマがありましたが、私は地の事情が切れなくて、天の事情に負けてました。目的があって目的達成の為に目的観に徹することができない人間でした。

こんな人間は試練が大きくて離れます。

ということが言いたかったです。

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