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松濤本部職員よ、目を閉じてはならない。 

露わになってきた統一教会(家庭連合)の真実(23)

「神々の黄昏」さんから投稿があった。実にまっとうで実直なもの。とても説得力があった。
 松濤本部職員&周辺に読んでもらいたい。
 目を閉じるな!思考を停止させるな!

<注>これまで「思考を停止させるな」とは一般シック、末端シックに向けて言ってきた言葉である。それを徳野会長以下の本部職員に告げなければならないとは、なんと悲しいことか。組織の劣化は急速、急激に進んでいる。
 なお、井口康雄先輩は読まなくてよろしい。

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(引用開始)
松濤本部職員の真実を晒した動画

>「お母様は生まれながらにして原罪がなかったのか」と追及する澤田地平氏に対して、全く関係ないというか次元が全然別の大西親子のことに言及する。
 頭がクラクラしてしまう。

 統一原理を信じている統一教会系信者であるなら澤田地平氏が問いかける問題に対して明確に答えられないはずはなく、韓鶴子氏が独生女の主張を公言するようになる前であれば、たとえ新人修練会を出たばかりの信者であったとしても即座に答えを返すことができたはずです。
 その質問に対して日本家庭連合本部の職員がハッキリ答えられないというのは普通に考えてあり得ないことであり、それが現実として動画に映されているということは‘統一運動’史の上でも画期的な出来事と言えます。

 澤田地平氏が松濤本部前で、そこを通る主な幹部信者に質問を投げかけるのは 統一原理を信じる信者としてまさしく筋の通った行為であり、信者として批判されるべきことは何一つありません。
 その統一原理の根本に関わる問題を問いかける澤田地平氏と、それに対し手段を尽くして中止させようとする家庭連合本部関係者のやり取りは、たとえ統一原理に関心を持たない者であったとしても興味をそそられる一面があります。

 つまり、常々「絶対信仰」を口にしてきた新興宗教信者が、今までの教えと矛盾するようなことを信じるよう組織のトップから命じられた場合、どのようなことが起こるのか?
 また、その変節した教団トップを批判する者と対峙した場合、信仰歴の長い幹部たちはどのような態度を表すのか?
 それらを確かめることは宗教信者の本質を知る材料にもなるし、彼らの価値観は実質的にどのようなものであったのかについても、その実際の態度から推測することができるようになるのです。
 
<注>ヤクザのことを考えれば分かりやすい。「親分のため」と言っていたのに、親分が死んだら、直近の子分たちは親分を足蹴にして、姉(あね)さんが命だという。それに異義を唱えた子分は口を封じられる。まるで田舎芝居。赤城の山が泣いてるぜ

平氏がもしも中途半端な性格の人間で、教団本部関係者に対する問いかけ糾弾行動を短い期間しか行わなかったならば、我々がそこから得られる‘真実’も僅かだったかもしれませんが、彼が信念を通して長期間行動を継続し、生々しい動画まで公表してくれたため、統一教団に秘められた多くの‘真実’をより明確にすることができたと言えます。

 今回の記事で紹介された動画では いつも登場する大西信者や井口信者以外に古参の信者である「河西夫人」も登場して地平氏と長く会話しており、彼女は長時間にわたって地平氏の質問にも答えているため、家庭連合の古くからの信者たちが何を考えているのかよく知ることができます。



 地平氏がこれまで公開した動画を通して見ると、結局、松濤本部職員の信者は統一原理など教団の教理には無頓着なのがわかり、彼らが最も価値視しているのは教義や信仰などではなく、組織そのものであり、組織に従順であることが何より重要と考えていることがわかります。
 そのため、今まで信じていた宗教教義に従うべきか、それに反する組織のトップに従うべきか選択を迫られたならば、最終的には組織の方を選ぶことになります。
 そこには確かに生活のためにそうせざるを得ない事情があるのも確かですが、それまでもっていた「信仰」そのものに対して絶対化するほどの価値を感じていなかったという真実も露呈されています。

<注>信仰か組織か。これを突きつめていけば、信仰か生活の維持かということになる。信仰のために組織を去れば、「井の中の蛙」「井の中の蛙大海を知らず」となることは、当人も本能的に予知できるであろう。

た、所属する組織を重要と考えるとは言っても、教団の正当性を強く訴えているわけではないので、その組織に対して第一に考えていることは‘依存’であり、その‘依存’こそが彼らの生き方の本質であることになります。
 それはガキ大将のような井口信者とて同じであり、自分は40日断食を何度も経験したことがあるなどと自慢したとしても、それは深い宗教心に基づくものではなかったわけで、そこまで数多く断食を行った動機は 組織の中での‘承認欲求だったに違いなく、それはつまり、‘依存者’として自己主張したということになるのです。

 古参の河西夫人の場合は質問する地平氏に対して多くを語っているので、とても興味深いのですが、基本的に統一原理に基づいて語っている地平氏に対し「もう一度よく原理を勉強しなさい」と上から目線で語っているのには驚かされます。

<注>河西女史はもう70ぐらい。統一原理なんか忘れたから、黒板伝道などできる訳がない。憶えているのは、自分が気に入った片言(堕落論?)だけ。だから、「上から目線」でしゃべるしかない。
 失言が止まらない麻生副総理と、思考&言説構造がよく似ている。彼も無知だから、つい失言してしまう。まあ、読んでる本がマンガだけだからなぁ

れは米本さんでなくとも、頭がクラクラしてしまいますが、統一原理の理論的弱点を見抜くことができる人であるなら、その河西夫人の考えていることは容易に想像がつきます。
 つまり、彼女は原理講論の堕落論に‘洗脳’されているのであり、堕落論が‘真理’と考えるなら、この世界で起こる‘非原理的’(不道徳的)なことはいくらでもこじ付けが可能であり、韓鶴子氏の不倫問題についてもこじ付けで正当化することができてしまうのです。

 しかし、以前にも‘火の粉’のコメントに書いたように、原理講論の「堕落論」は非科学的な、真実ではあり得ない虚偽のカルト論であり、それを信じていること自体が「原理」(宇宙の根本法則)を理解していないということなのです。
 ただ、河西夫人が考えているであろう原理講論の「堕落論」の解釈は極端なものと思われ、拡大解釈したものに違いなく、「堕落論」を信じている他の統一教会系信者が同じように考えているとは限りません。
 「堕落論」は非科学的で、人間そのものを矛盾した存在と決めつけてしまうため、人間の善悪についてはどんなこじ付けも可能となってしまいます。
 上から目線の河西夫人の場合は組織に依存することを正当化するために、そのこじ付け解釈を利用していると考えられます。

 地平氏の動画において教団の番犬信者たちが彼の質問にまともに答えず、必死に話題をそらして地平氏の個人攻撃に執着するのは、それだけ地平氏を恐れているということですが、組織の‘依存者’には基本的に‘良心’がありませんから、話す言葉も下品で、品性を疑う言葉ばかりです。
 ただ、‘良心’がない分、何をしでかすかわからず、澤田地平氏には十分暴力に注意してもらいたいと思うし、そのためにもビデオカメラで彼らの行動を監視してもらいたいと思います。
(引用終わり)

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コメント

クレーマー対策

一般社会で例えると、澤田さんは一種のクレーマーなので、このような時は責任者が出てきて解決するものです。

確かに大西氏や江原氏?も総務部長や何とか長の立場のようですが、家庭連合の場合は誰でも「長」の役職がもらえることから、澤田さんと冷静に話し合えるレベルではないのでしょう。

そうであれば、教区長の杉田氏や、動画にアップされマヌケさを世界中にさらされている現状から会長の徳野氏が出てきて解決に至るのが良いのでしょうが、おそらく彼らも澤田さんと討論しても太刀打ちできないでしょう。なぜなら矛盾しているから。

(※クレーマーが精神異常者、キチガイであれば話は別ですが、澤田さんはそうではないと思われる。)

一度そういう上の人が出てきて、全て認めたらどうでしょうか。文鮮明師は原罪あり、韓鶴子氏は原罪なし、教義が変わったスムニダ、悪いか!って。

何となくですが、献金して表彰状もらって壇上でとても喜んでいる献金信者にとって、原罪あるなしとかはあまり重要ではないように見えます。ただ、目標を達成した優越感、みんなから拍手される喜び、そしてこれで祟りから免れるわって感じです。

宗教詐欺

思考を停止して現実逃避しないと、組織から放り出され一般社会で惨めになる自分が見えてしまうんでしょう。

教会では立場などで尊重されていたのに、そこから出たら惨めな自分になるのを恐れるのは年老いた人達の方が深刻なのかな。
 リストラされた人より一般社会を知らないから深刻。

あんな団体にこれから伝道される日本人のレベルとは、、、??だから世間知らずの若者を優しい言葉で釣ろうとしているのでしょう。

彼らの中身が充実するように変わるスープは何スープだろう、、、ないね(笑)

ありがとうございます

次に私が殴られる事件が起きたなら、それは間違いなく家庭連合の仕業であると誰しも考えるでしょう。その意味でこの記事の家庭連合に対する抑止効果は大きいと思います。しかし、それでも家庭連合はリスクを冒してくるのか、あるいは良識の範囲内に留まるのか、果たして私の運命や如何に…

澤田さんの身に何かあればネットで拡散しよう

澤田さんが被害に遭われたら皆で拡散しましょうよ!!

これだけ日韓問題がニュースになっているし、マスコミの目にとまりTVで取り上げられる可能性もあると考えたら、奴等イメージ戦略で必死だし繋がってる議員からも苦情が来るだろうから慎重になるでしょう。

澤田さん、体にはくれぐれも気をつけて下さいよ!

堕落?依存信徒は日本に住むな!

組織、名誉、金、権力、隠す、騙す、蹂躙する、犯罪者たち ・・・
 楽しいか?
 気分はいいか?
 満足か?

人間と天使の淫行が堕落?神が承認した?
犬の糞以下集団ども、汚物集団へ言いますが、
・堕落なんて元々無いよ。あるのは、他と比較する心。 
・作用反作用、自業自得になる。
・血統はオリジナルの血統が一番清いので、これを魔の磁気で汚し続けるあんたらは人間に再び生まれない気がする。
(エデンの園から追放される)
少なくとも日本人には生まれない。日本人は特別だし、日本語も。
・妄想は論外。死ぬまでに妄想捨てないともう元返せないよ。

読んでもらいたいブログ

●「夜の神様 昼の神様」(fatherF)
●「澤田地平氏の運命を見届けよう!」
https://ameblo.jp/father30000/entry-12440423056.html

 実にまっとう。良識ある感想・意見です。
「徳野会長には、番犬や飼い犬のしつけをきっちりしておいてもらいたいです」
 座布団3枚です。

 かつて澤田地平氏らが所属していた、江利川引きいる日本サンクチュアリ協会のブロガ-で、fatherFさんのような意見を述べる人はゼロ人!感覚が統一教会とウリ2つ!だからです。

 勇気を出して、統一教会(家庭連合)から体質的には同じ日本サンクチュアリ協会に改宗した諸君、バカ丸出しです。

今は昔

会長の権威も地に落ちたものだなあ。

「夜の神様 昼の神様」のブログ主です

家庭連合とその仲間たちに長らく関心を持って記事にして頂き感謝しています

良心を持たぬ‘依存者’

 米本さんが‘火の粉’に取り上げてくださった私の投稿において、私は家庭連合の井口信者や大西信者などを組織に依存しているだけの人間と書き、‘良心’を持たぬ者とも書きましたが、それについてはコメントとして長くなり過ぎないように簡単に書いたのですが、言葉が少し足りなかったとも感じていました。
 思いもよらず米本さんがその不完全な投稿を本文の記事にしてくださったので、せっかくですから その辺の内容についてもう少し説明を加えさせていただきたいと思います。
 井口信者や大西信者は客観的にみれば明らかに組織の指示通りに考え、行動する組織の‘依存者’なのですが、彼ら自身としてはそのような意識は乏しいであろうし、自分では「誇れる信仰者」と思い込んでいるのは間違いありません。
 澤田地平氏が今までにアップした動画の中でも大西信者は地平氏に向かって「世の中に誇れるものがない」などと貶していましたが、それは自分には誇れる「信仰」があると思っているからであり、井口信者においても40日断食を何度も経験したことを根拠に自分には「信仰」があることを自慢し、誇らしげに語っています。
 そのように大西信者や井口信者が自慢している「信仰」は一般社会から見れば「狂信」あるいは「カルト信仰」でしかないのですが、彼らはそのように思っておらず、歴史上の人類に貢献した宗教家に匹敵する価値ある「信仰」をもっていると思い込んでいるのです。

 しかし、「信仰」に関する問題はとても難しく、歴史を振り返ればそこには複雑な問題が隠されているのがわかります。
 その代表的な例では地動説を唱えたガリレオ・ガリレイの宗教裁判があります。それは一部の人たちには宗教と科学の葛藤のように考えられていますが、実際はそうではなく、ガリレオは敬虔なカトリック信徒であり、彼を宗教裁判にかけたローマ教皇庁の聖職者と同じようにカトリックの信仰をもっていたのです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ガリレオ・ガリレイ
 ガリレオとすれば、地動説を唱えたとしても、それが神への冒とくとはならなかったのであり、それは神が創造した宇宙の神秘を解き明かすことであると考えたに違いないのですが、ローマ教皇庁は聖書に対する非科学的な解釈に囚われ、それが正しい信仰と考えたため、ガリレオを宗教裁判にかけ断罪したのです。
 ガリレオに対する宗教裁判は、ローマ教皇庁の観点に立ったもので、その学説が神への信仰に適っているか否かの裁判だったわけですが、ガリレオは本心から生まれた信仰をもっていたのであり、神に背こうなどとは全く思っていなかったのです。
 しかし、ガリレオの学説が正しく、ローマ教皇庁は間違っていたことは科学の発達によって証明されたのであり、ローマ教皇庁の「信仰」は正しくないことが誰の目にも明らかとなったのです。

 その聖書に基づく中世の迷信信仰の弊害を教訓とし、宗教そのものに大きな欠陥があると考える人は「信仰」に対しても否定的になってしまうのですが、ガリレオのもっていた「信仰」はそれが真理を探究する動機につながったとも考えられ、迷信信仰にあるような欠陥はもっていなかったのです。
 その科学の進歩を阻害するような迷信信仰は、別の見方をすれば人間の本性=知・情・意が働いていない「信仰」であり、他律的な組織信仰と捉えることもできます。
 一方、ガリレオなどが抱いていた「信仰」は人間の知性も尊重しており、人間の本性に忠実なものなのです。
 そして良心とは人間の本性として心の奥に存在するものですから、精神が正常に機能していれば良心は自然に働くようになります。
 しかし、他律的な組織信仰に束縛されている宗教信者の場合は人間の本性=知・情・意が正常に機能していない状態にあり、本性から生じるはずの良心も十分には働かなくなってしまうのです。
 良心は他律的なものではなく、個人の魂から自然にわき出てくるものですから、組織の‘依存者’である家庭連合の井口信者や大西信者には良心の働きなど望めないのです。

 澤田地平氏がアップした動画に映っている井口信者や大西信者を観察すれば、以上のことがよく理解できると思います。
 彼らには‘良心’などというものは微塵も感じられず、その地平氏に迫る態度から伝わってくるのは狂信的な組織信仰であり、自律した精神をもたない‘依存者’の浅ましさです。
 彼らは教団に依存しなければ生活できないという理由で家庭連合の番犬になっているのも確かですが、その人間離れした非良心的な態度からは組織信仰という歪んだ信仰が働いているのも感じ取れるのです。
 

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