全国弁連に所属する弁護士の人権感覚 

「渡辺博弁護士の秘密めいた手紙(7)」

渡辺博弁護士の人権感覚

 これまで6回にわたって、田中さんの「拉致監禁をなくす会」での訴え渡辺博弁護士の手紙、田中さんが第二東京弁護士会に提出した懲戒請求書、私の意見書を紹介してきた。

 このカテゴリー「渡辺博弁護士の秘密めいた手紙」を終えるにあたって、意見書では書けなかった弁護士の人権感覚、またコメント投稿にあった警察のことについて、2回に分けて述べておく。

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統一教会信者の脱会説得と警察との関係について 

「渡辺博弁護士の秘密めいた手紙(8)」

なぜ、警察は拉致監禁を取り締まらないのか。


 反統一教会の中でも、保護説得を肯定しない人たちは少なくないと思う。
 しかし、保護説得は「逮捕監禁罪」にあたるとして、脱会説得者が有罪判決を受けたケースは一度もない。そのため、はたして本当に違法行為なのか確信が持てず、積極的に反対の姿勢を示すことができない人もいるように思える。
 ましてや、法律に精通している弁護士が保護説得に誘う(いざなう)ような手紙を送るのだから、なおさらのことだ。 

 統一教会員への拉致監禁に対する態度については、「統一教会員の拉致監禁に関する態度?」 「?」 「?」で述べたが、角度と次元を変えて、再度説明しておく。

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倉敷めぐみキリスト教会の高山牧師が監禁説得していた事実について 

拉致監禁リアル情報(5)


大阪の女性信者が監禁から解放される!
監禁の背後にいたのは高山正治牧師と判明


 9月26日付のブログ、「緊急ニュース(13)」で書いた大阪の女性信者が監禁されていたマンションから解放された。
 女性信者が鳥取県東伯郡の実家に戻ったところを家族らによって拉致されたのは8月18日のこと。それから2カ月後の10月23日、岡山県倉敷市のマンションに監禁されていたところを、無事、救出された。

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倉敷めぐみキリスト教会・高山正治牧師への公開質問状 

拉致監禁リアル情報(6)

 倉敷めぐみキリスト教会の高山正治牧師に
以下のような質問書を送りました。


末尾に、被害女性の手記が発表されたので、それを全文紹介しておく。(2011年6月6日追記)


*************

高山正治様

                     ルポライター 米本和広

 前略ごめんください。
 もう昨年のことになりますが、拙著が出版されたときに案内文を差し上げたルポライターの米本和広と申します。

 今回、お手紙を差し上げたのは、大阪の女性信者が実家(鳥取県)に戻ったところを、両親らによって岡山のマンションに拉致監禁された事件についての問い合わせです。

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新リンク・推薦図書のご案内とこれからのブログの内容について 

お知らせ(17)

 早いもので、そろそろ師走です。
 ブログを開始したときには、10月頃には完了する目算でいましたが、新たな拉致監禁事件が発生したり、渡辺博弁護士の手紙が発覚したりで、ブログの目的を達成するまでにはまだ時間がかかりそうです。どうかお付き合いのほどを。新しく読者になられた方はぜひ「お気に入り」に登録していただけたら、うれしいこと、このうえなしです。

 ところで、1カ月前からリンク先に新しいブログ<「幻想の崩壊」オウムとはなんだったのか?>を貼りつけました。

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保護か拉致監禁か 

一筆(8)
用語と用語法

保護>か<拉致監禁>か。これも、「用語と用語法」に関わるテーマの一つである。

統一教会信者を「一定の区画された場所に、無理に連れて行き、そこに閉じ込め、そこから出る自由を奪い」、親子の話し合いをする、あるいは牧師が脱会説得を行う。

反統一教会陣営は上述のカギ括弧の太字部分を保護(あるいは救出)と呼び、私や統一教会の人たちは拉致監禁という。
 どちらの用語、用語の使い方が正しいのだろうか。

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親は子どもに謝罪すべきか否か?PTSDについて考える?(1) 

保護説得と親子関係(1) 同居を好まず

親は子どもに謝罪すべきか否か(1)

 「高山牧師への質問書」「保護か拉致監禁か」のコメント欄で、秀さんと自主脱会PTSDさん、佐藤さんが、監禁した親は子どもに謝罪すべきかどうかを話題にされていました。
 とても重要で深刻なテーマなので、予定を変更して、急遽、取り上げておくことにします。
 保護か拉致監禁かのテーマとも関係し、続編として読んでいただければ幸いです。

 とりわけ、強制説得に成功した元信者家族失敗した信者家族の方々が読んでくれることを期待しています。

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親は子どもに謝罪すべきか否か?PTSDについて考える(2) 

保護説得と親子関係(2) 子ども目線

親は子どもに謝罪すべきか否か(2)


 外傷と違って心の傷(トラウマ)は外から見ても分からない。このことは、前回」のブログ「一筆(9)」で述べた。

 ところで、ここ数年、「トラウマ」(trauma)という言葉が、本来の意味から離れて、日常的に使われるようになっている。たとえば、「彼女にふられてトラウマになった」とか。しかし、traumaの本来の意味は、手元にある小学館の『プログレッシブ英和中辞典』(初版1980年)によれば、病院用語として「外傷」「外傷性傷害」、精神医学用語として「精神的衝撃」となっている。一般用語としての記述はなく、病院、精神医学用語としてしか使われていない。

 英語圏に住む人たちが「彼女にふられて心が傷ついた」という意味で、traumaという言葉を使うことはない。イギリスに長く住んだことのある友人によれば、この場合の「心が傷つく」はget hurtと表現するという。

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